一般に覚醒時には、アルファ波とベーター波が出ていることになります。さて、実は、普段からスモーカーは、ノンスモーカーに比べて脳波が少し遅いのです。アルファ波や、ベーター波が少ないのです。これを初めて聞いた時には、私も驚きました。外見からは想像できませんが、喫煙者と非喫煙者の脳波には違いがあるということです。私の父は昔タバコを吸っていたのですが、父はとても活発な元気な人で、あの父のどこが脳波が遅いんだ、という気分でした。遅くなる理由はニコチンです。ニコチンは、神経が電気をやり取りする時に使う、神経伝達物質(代表的なものに、アドレナリンや、ドーパミンがあります)を強制的に分泌させます。この強制的、というのが重要です。そのためタバコを吸っていると、脳は無理やり刺激を受けて活動を続けているうちに、だんだん疲れてきて、普段の反応が弱くなります。そのため、吸っていない時は、信号が遅れがちになるのです。ニコチンの二つの作用詳しく見ると、ニコチンには二つの作用があります。一つは即効性の作用で、興奮作用とも呼ばれます。脳波を速くする作用です。もう一つは遅発性の作用で、抑制作用と呼ばれます。脳波を遅くする作用です。さて、ここに今まで一度もタバコを吸ったことのない健康な大学生がいたとしましょう。彼が初めての1本を吸うと、すぐに、即効性の作用が働きます。健康な人にとってこの即効性の作用は、吐き気、頭痛などの不快なものです。ニコチンによる強制的な刺激だからです。この作用はすぐおさまり、脳波も元に戻ります。しかし、その後30~40分くらいで、遅発性の作用が現れます。今度は脳波が正常より、少しずつ遅くなってきます。アルファ波やベーター波が減ってきます。そのため、ほんの少しですが落ち着かない気分になります。これは非常にかすかな症状で、はじめはほとんど感じません。しかし、この遅発性の抑制作用は確実に生じています。非常に微妙な感覚なので、人によりいろいろな感じ方になります。手持ち無沙汰とか、口さびしいとか、なんとなく退屈とか、あるいは「気分転換」したい感じなどです。そのまま二度と吸わなければ、この抑制作用もじきに消えて、何も起きません。喫煙者にならなかった人でも、若いころに試しに吸ったことはある、という人は少なくないと思います。その人たちは、この段階で運よくやめていたわけです。ところが、2本、3本と吸い続けていると、だんだん、抑制作用がつみ重なってきます。この作用はニコチンによる強
制的なもので、本人が喫煙者になるつもりがあろうがなかろうが無差別に起こってきます。例えば、毎週金曜日のアルバイトの日には仲間がみんな吸うので、付き合いでその時だけ吸う。自分は喫煙者になるつもりはない。というような場合でも、脳波は確実に遅くなっていくのです。タバコの味がわかるようになる「魔の瞬間」さて、脳波がはっきり遅くなってくると、アルファ波やベーター波が減ってくることになります。しかし、それでも自分では気づきません。なぜなら、30分以上かかる、ゆっくりとした変化だからです。これに対して、変化の速い、即効性の作用にはそのうち気づくようになります。タバコを吸った途端、脳波が吸う前の状態に戻り、なんとなく退屈な感じがしていたのが、パッと消えるからです。タバコの味がわかるようになった瞬間です。実はこれが「魔の瞬間」なのです。なぜかというと、ここまでくるとあとは戻ってくることがとても難しくなるからです。自分では習慣と思っていようが、気分転換と思っていようが、吸い続けることになっていきます。先ほどの例でいえば、アルバイトの時だけの付き合いのつもりで、もらいタバコをしていた若者は、味がわかった後は、自分で買いに行くようになるでしょう。実際私たちの調査でも、「タバコの味がわかった」と答えた若年者53人中、喫煙者にならず非喫煙者のままであったのは1名だけでした。生物学的に見ると、喫煙者がタバコを吸う理由は、この遅くなった脳波を元に戻すためです。脳波が元に戻ると、なんとなくタルイ感じがとれ、集中力が戻ります。それで、スモーカーはタバコがありがたいものだと感じます。さて、タバコを吸うと、ホッとするのも束の間、ニコチンの遅発性作用のため、また脳波が遅くなってきます。それでまた、脳波を元に戻してもらうために、もう1本タバコを吸ってしまいます。すると、また退屈な感じや落ち着かない気持ちが消え、スモーカーはやっぱりタバコはいいものだ、と思います。こんな具合で、この感覚が起きてくると、グルグル、グルグルいつまでも、同じことが繰り返されるのです。ここで大事なのは、スモーカーはタバコを吸いさえすればこの不快感がパッとなくなると感じ、そのことを学習することです。この「学習」というのがキーワードです。ですから、脳波が遅くなるたびに、タバコが吸いたい気持ちが湧いてきます。これが、自分の意志と関係なくタバコが吸いたくなる理由です。そして、タバコを吸えばニコチンの遅発性作用により、再び脳波が遅くなるのでこのサイクルはあたかも習慣のように繰り返されることになるのです。タバコで解消できるのは「ニコチン切れのストレス」だけさて、問題なのは、この脳波が遅くなってきた状態(ニコチン切れのストレス状態)の感覚は、非常に微妙で曖昧なものだということです。何か特別に手が震えるとか、吐き気がするとか、ましてやアルコールの禁断症状のように幻聴が聞こえてくるというようなことはありません。確かに状況によっては、強いイライラやタバコを吸いたいという渇望に襲われることもあるでしょう。しかしいつもそうかというとそうでもなくて、人によっては、イライラするというよりも、なんとなく間がもたないとか、物足りないような虚しい気持ちがするとか、口さびしいとか、ごくありふれた感覚の場合も多いのです。そのため、他の原因で起きる日常的なストレスと区別がつくかというと?そう、区別がつかないのです。ですから、仕事のストレスも、家庭でのイライラも、みんなニコチン切れのストレスとごちゃ混ぜになってしまいます。だからこんなことを言う人がいますね。「俺はタバコでストレスを解消している」。ごちゃ混ぜになってしまうのです。つまり、この人たちは、本当は「ニコチン切れのストレス」による感覚を回復させているだけなのに、他のストレスにもタバコは効くと思ってしまうのです。もちろん中には、「自分はストレス解消には吸っていない」という人もあるでしょう。単なる習慣、なんとなく落ち着くからと。しかしそうだとしても、吸った瞬間に感じていたのは、ニコチン切れによる脳波の遅れの解消だったのです。つまりこういうことだったのです。あなたがタバコから得られると思っていたこと、ホッとするというのも、ストレス解消になるというのも、集中力が上がるというのも、気分転換するというのも、みんな、そうではなかったのです。ニコチンが切れて脳波が遅くなっていたのが、もとに戻っていただけなのです。こんな言い方もできます。世の中のいろいろあるストレスや虚しさのうちで、タバコが、効果があるものが一つだけあります。それは何でしょうか?このストレスに対してだけは、確かにタバコが効くのです。こればっかりは私も認めましょう。タバコで解消できるストレス、それはどんなストレスですか?答えはニコチン切れのストレスです。言われてみればあたりまえですね。ニコチンが切れてきた時にタバコを吸えば、
体にニコチンが入り根本原因が解決。ニコチン切れのストレスは解消されます。しかし、ということは、ニコチン切れ以外のストレスには、タバコは効いていなかったということです。どうでしょう。いつの間にか、気づかないうちに騙されていたのがわかってきましたね。スモーカーが勘違いしていることしかし、ちょっと待ってください。実はまだ説明していない、もっと大事なことがあるのです。それを次の質問で考えましょう。でもあわてないで、質問の前に、もう一度確認しておきましょう。私はタバコを吸った時の「いい感じ」が幻想だとは言っていません。単なる「ニコチン切れの解消」を集中力アップや、ストレス解消と錯覚していたとはいえ、この遅くなった脳波が元に戻る時に、スモーカーが感じる感覚は本物です。だからこそ、当然それを「捨てがたい」と感じる人もいるはずです。というか、大多数の喫煙者はこんなふうに考えるかもしれません。「なるほど、確かにタバコはニコチン切れのストレスにしか効いていないのかもしれない。でも、吸った時にはホッとするよ」しかし、そうではないのです。いくら吸った時に「ホッとする」のが本当だとしても、「捨てがたい」と考えるのは誤りなのです。やっぱりタバコを吸うとは、とんでもない大損なのです。誰もが納得する合理的な理由があります。なぜなら、そう考えるスモーカーは非常に大切なことを見落としているからです。何かわかりますか?……これは本当に大切な質問です。急いで続きを読まないで、ちょっとでいいので考えてみてください。ただし、答えは、体のことではありませんよ。お金のことでもありません……。それは、この遅くなった脳波は、もともとはタバコが原因だということです。もともと、タバコさえ吸っていなければ、脳波は遅くなっていなかったのです。手持ち無沙汰も、退屈な感じも味わうことはなかったのです。ずっとリラックスしていられたかもしれないのです。もちろん人生にはいろいろなストレスがつきものです。でもひょっとしたら、あなたは「自分はどうしてこうも落ち着いていられないのかな?」と、のんびりしている非喫煙者を横目に感じたことがあるかもしれません。自分は落ち着きのない、じっとしていることが苦手な人間だと考えていたかもしれません。でもそれも、実はニコチンのせいだったかもしれないのです。つまり、タバコを吸って喜ぶとは、気がつかないうちにスリにあい、盗られたお金を返してもらって喜んでいるようなものです。タバコを吸った瞬間、アルファ波をドーンと返してもらえるので、スモーカーはニコニコしています。しかし、いったんタバコをもみ消すと、今度は、少しずつ少しずつ、アルファ波を盗られていきます。もちろん、スモーカーはそのことに気づいていません。ですから、アルファ波が減って、落ち着かなくなると、何度も何度も喜んでスリに会いに行ってしまうのです。実際には、そのたびごとに次のストレスをしょい込んでいるのに……。結局、スモーカーはタバコを吸うと気持ちがよくなる、アップすると感じています。しかし現実には、まず、ゆっくり下がってから、吸った時だけ元に戻っているにすぎないのです。そして、それも束の間、また、下がってくるのです。タバコを吸わない人も喫煙者と同じようにいろいろなストレスを感じています。もちろんあなたもいろいろなストレスを感じていることでしょう。でも、タバコを吸うと、それに加えてニコチン切れのストレスまで抱えることになるのです。タバコを吸い始めると、集中力が低下するリセット禁煙は、もともと予備校を舞台に研究が始まりました。そこで受験生を例に考えてみましょう。ここに受験に失敗し「また1年勉強かよ……。ストレスたまるなあ」と思っている受験生がいるとしましょう。その彼に先輩が「落ち着くよ。集中できるよ」とタバコをすすめてくれました。さて、それまでタバコを吸っていなかったその受験生がタバコを吸い始めると、本当に受験のストレスは減るでしょうか。そんなことはありませんね。結局、試験はありますし、勉強はしなくてはなりませんから。それどころか、ストレス全体としてはどうでしょうか。そう、全体として見るとストレスは増えてしまいます。それは、受験のストレスに加えて、ニコチン切れのストレスまで加わるからです。それまではなんともなかった脳波が、タバコのせいで遅くなるようになってしまうからです。もちろん、喫煙者の先輩はそうは考えていません。こんな具合です。勉強を始めてしばらくすると、なんとなく落ち着
かなくなってきます。ニコチンが切れてきたのです。時計を見るとまだ20分しかたっていません。「まだ20分かよ。もうちょっと頑張ってから」。先輩はもうひと頑張りしてから、「ご褒美!」と言ってタバコに火をつけます。するとニコチンはもっと切れていますから、きっとさぞかしおいしいタバコになるはずでしょう。だから、先輩は本当にタバコで集中できると信じているのです。それで悪気ではなく、後輩にタバコをすすめたりするのです。しかしよく考えてみれば、その先輩にしても、もともとタバコを吸っていなかったころなら、20~30分であれば、十分集中できていたかもしれないのです。こういうわけで結局タバコを吸い始めると、集中力は低下してしまいます。普段から脳波が遅くなるようになるからです。タバコを吸った時しか集中できなくなるのです。先輩はもう中毒になっているので、吸った時にホッと感じることでしょう。しかし、新しく吸い始める人にとっては、効果はあべこべ、ストレスは増すし、集中力は落ちるのです。実際に河合塾と受験生を対象に共同研究したところ、タバコを吸う学生の合格率が一番低く、禁煙すると合格率が回復するとわかりました。
そのストレスは、タバコが生み出したものだった別の例を挙げてみましょう。夫に先立たれてタバコを吸い始めたというおばあさんがいます。彼女の気持ちは落ち着くようになったでしょうか。逆なのです。タバコを吸っても、夫は帰ってきません。それどころか、ニコチンまで切れるようになるのです。それまで以上に、やるせない、落ち着かない気持ちになってしまうのです。あなたが、騙されて買っていたもの、それは、あなたが、第2章の質問で答えてくれたことすべてがそうなのです。あなたはもしかすると、集中力のためにタバコを吸っているのかもしれません。しかし、実際に起こっていることは、タバコがもとで、集中力が落ちているところへ、吸った後だけ少し元に戻るということにすぎないのです。ホッとするのもそうなのです。吸った途端は、確かにホッとするでしょう。でもそれはもともと、タバコのせいでなんとなく手持ち無沙汰というか、口さびしいというか、落ち着かない、退屈な感じになっていたのが、少し軽くなっただけなのです。あなたはタバコを吸うようになる以前、例えば中学生のころ、周期的に口さびしくなったり、手持ち無沙汰を感じたりしていましたか?そんなことはありませんね。すべてはタバコによるニコチン切れがもとなのです。確かに、今のあなたは、1本吸うと、その時は楽になるでしょう。しかし、それは普段リラックスできていなかったことが原因なのです。そしてすぐ、次のイライラがやってきます。むごいことに、このサイクルから逃れない限り、それは永遠に続くのです。タバコが与えてくれる喜びは、もともと、タバコのせいで、感じていたイヤな感じを、吸った時だけ紛らわすこと。こう聞くと多くのスモーカーは、ショックを受けるようです。ええっ!?という感じですね。しかし、そのショックは良い知らせです。びっくりした瞬間というのは、新たな学習が生じる瞬間でもあるからです。タバコを吸うようになってからいつの間にかでき上がっていた頭の中のプログラムがリセットされてきた証拠です。決してイヤなショックではありませんね。読者の中には、何か変化を予感させるような、インパクトを感じ取った人もあるのでは、と思います。この頭の中の混乱状態を和らげようとでもするのでしょうか。今まさに、新しい世界に入ろうとしているあなたを、古い世界にいるタバコ推進委員のもう1人のあなたが、引き戻そうとやってきます。まだまだ、不安な気持ちは残っているでしょうし、次々と疑問が湧いてきます。実際に禁煙を始めたら苦しい禁断症状が出るはずだ、とか、あの食後の1本、あれだけは本当においしかった、とか。心配しないでください。今までの人も皆そうなのです。しかし、油断もしないでください。この世の中にはタバコをめぐるさまざまな誤った思い込みが渦巻いています。ですから、まだまだあなたが知っておかなければならないことがたくさんあります。そしてこの本の続きを読めば、疑問や不安は解消していくと思います。このまま読書を続けながら、頭の中をフルリセットしてしまいましょう。
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