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第4章 禁煙を支える5つのメンタルテクニック

第4章の始まりとして、最初に質問があります。

一旦、禁煙のことは忘れて、次の3つの質問に答えてください。

「あなたは自分自身のことをどのくらい理解していますか?」抽象的すぎる問いかけなので、補足します。

「人生で何がほしいかわかっていますか?」「そのためにはどのように行動すべきか明確な指針を持っていますか?」どうでしょうか。

あなたは自分の願望、人生の方向性を客観的につかみ、自分自身を理解しているでしょうか。

組織心理学者のターシャ・ユーリックは、「自己認識」ついての数百の先行研究を分析した結果、95%の人が「自分のことを理解している」と考えているにもかかわらず、実際の理解度は10~15%に過ぎないと指摘しています。

そして、その原因は正しい自己評価能力の欠陥にあると結論づけています。

例えば、複数の研究によって、大半のドライバーは「あなたは運転がうまいですか?」と聞かれれば、「人並み以上には」と答えることがわかっています。

また、暴力事件を起こした犯罪者を対象にした実験でも、ほとんどが「自分は他人よりも親切で信頼がおける人間だ」と答えています。

人は自分が思っている以上に、自分のことを肯定的に評価しているのです。しかも、その評価は感情によって簡単に上下動します。

気分がいいときは「自分はできる人間だ」と評価を上げ、落ち込んだときは「ダメな人間だ」と評価を下げてしまうのです。

簡単に言ってしまえば、「人は思っているほど、自分のことをわかっていない」「自己評価の自分は、簡単に自分を裏切る」ということです。

それが、この組織心理学の研究が発信しているメッセージです。

なぜ、一連の研究の話から始めたのかと言うと、ここに意志の力に頼った「禁煙」がうまくいかない理由が示されているからです。

先程の質問を禁煙に当てはめてみましょう。

「あなたは自分自身のことをどのくらいよく理解していますか?」タバコなんてやめたいと思えば、自分はいつでもやめられる

「人生で何がほしいかわかっていますか?」タバコをやめた生活に決まっている

「そのためにはどのように行動すべきか明確な指針を持っていますか?」タバコを吸わないと決意し、我慢するだけ。

簡単なことだ自分を肯定的にとらえたこの思考ルートでは遠からず禁煙はうまくいかなくなります。

それは、ここまで読んでくださったあなたなら納得してもらえると思います。

目次

「自分はできる」という罠から逃れる

本書では、ありのままの自分を信じても喫煙の習慣から逃れることは難しいという前提に立ち、第1章では従来の禁煙法の常識を疑うことを、第2章、第3章では「科学的に正しい禁煙法」をお伝えしました。

それを読み、理解した時点で、あなたはもう「自分のことを理解している」という思い込みから脱し、意志の力に頼らず、タバコを吸う習慣を変える禁煙法に目が向いた状態にあるはずです。

この状態を意識した上で、再び先程の質問に答えるとこうなります。

「あなたは自分自身のことをどのくらい理解していますか?」タバコなんてやめたいと思えば、いつでもやめられると思っていたが、そうではないらしい「人生で何がほしいかわかっていますか?」タバコをやめた生活だが、これは簡単には手に入らない。

まずはタバコを吸わない生活習慣を身につけることだ「そのためにはどのように行動すべきか明確な指針を持っていますか?」大半の人はタバコを吸わないと決意し、我慢することなんてできない。

だから科学的に正しい禁煙法で、環境と行動を変え、新しい習慣を定着させなければならない「自分はできる」という甘い自己認識の罠から脱し、「科学的に正しい禁煙法で、環境と行動を変え、新しい習慣を定着させる」と覚悟を決めた時点で、禁煙に成功する下地がはじめて整います。

しかし、「タバコを吸いたいという欲求」「タバコを吸うという習慣」からくる自動的な行動(気づいたら、タバコを吸っていた)は、どれだけロジカルな禁煙法を実践していても、抑えきれるものではありません。

「自分だけはできる」という自己評価の高い人ほど、先にご紹介した通り、かんたんに裏切られます。

第3章の「禁煙日記をつける」でも触れましたが、どれだけ身の回りからタバコやタバコ関連のアイテムを取り除き、どれだけ喫煙のトリガーとなっている行動を自覚しても、おもむろに立ち上がる「吸いたい欲求」はなかなか消えず、「気づいたら吸っていたという事故」は起きてしまうのです。

そこでこの第4章では、禁煙プログラムのチャレンジ中、不意打ちのように襲ってくる欲求と事故に対処するための5つのメンタルテクニックを伝授します。

狙いは、「吸いたい欲求を先延ばしにすること」と「事故によって喫煙習慣を復活させないこと」です。

禁煙中、タバコを吸ってしまうと、多くの人は強烈な自己嫌悪に襲われます。

でもその心の動きはすばらしいことでもあります。

なぜなら自己嫌悪に襲われるのは、それだけ自分や禁煙と真剣に向き合っている証拠だからです。

嫌悪感をばねにして前に進みましょう。

自分と向き合う勇気のない人間は、他人を叩き、失敗の原因を外に向け、現実から目を背けます。

しかし、そんなことをしても、現実は何も変わりません。

自己嫌悪に襲われるのは、そこに成長の余地がある証拠です。

これからご紹介する5つのメンタルテクニックは、「吸いたい」という強い欲求に襲われる自己嫌悪からみなさんを助けるものです。

プログラム実行中にぜひ併用してください。

きっとあなたの心を楽にしてくれるはずです。

禁煙を助けるメンタルテクニック①「20秒先延ばし」テクニック

1つ目のメンタルテクニックは、「20秒の先延ばしテクニック」です。

これは、不意に襲ってくる吸いたい欲求を先延ばしにし、やり過ごす方法です。

吸いたい欲求を否定したり、タバコを強く拒否したり、吸いたい自分を批判したりするのではなく、「欲求はある。でも落ち込むことはない。大丈夫。やり過ごそう」という考え方です。

長年、タバコを吸ってきた人たちは禁煙を始める前、「吸いたい」と思った瞬間にはもう手を動かしていたはずです。

「吸いたいな、あれ?タバコどこだっけ?」ではなく、「吸いたいな」と思ったときにはすでに口元にタバコ、手にはライターがあるはずです。

習慣化された行動は、無意識のうちに実行されるからです。

ここにワンクッション入れるのが、「20秒の先延ばしテクニック」です。

なぜ、20秒なのか。

ポイントは「吸いたい欲求」と行動を切り離すことにあります。

ポジティブ心理学の専門家でハーバード大学の人気講師でもあるショーン・エイカーは、良い習慣を作り、悪い習慣を断ち切る方法として「20秒ルール」を提唱しています。

彼は、人生を変えるためには「身につけたいと思う習慣を行うためのステップを減らし、やめたいと思う習慣を行うためのステップを増やすこと」を提案。

彼自身がギターの練習を習慣化したときを例に、20秒ルールの有効性を紹介しています。

エイカーは、ギターケースに入れて玄関横のクローゼットにしまっていたギターを取り出し、スタンドに立て、リビングのソファの近くに置く一方で、家に帰ってすぐにテレビをつけて、ぼんやり見てしまうというやめたい習慣を断ち切るために、リモコンの電池を抜き、引き出しにしまってしまいました。

どうしてもテレビをつけたければ、立ち上がり、引き出しを開け、電池を出し、リモコンにセットしなくてはいけません。

つまりこの作業に、20秒以上の時間がかかるようにしたわけです。

こうしてやめたい習慣を実行するためのステップを増やす一方で、ギターはソファの間近にある。

結果、彼は家に帰ってくるとテレビを見るのではなく、ギターを練習するようになったのです。

ダイエットや依存症対策にも効く「20秒ルール」子どもだましのようなテクニックだと思えるかもしれませんが、これはスマホゲームへの依存やダイエットにも有効な手段となっています。

例えば、スマホを手にすると習慣的にプレイしてしまうゲームアプリがあったとしましょう。

この依存をなくすには、アプリそのものを消してしまえれば一番です。

あるいはどうしてもそれができないときはアプリがひと目で目に入らないページへ移し、何回かタップしなければたどり着かないようにすると、面倒臭さが上回り、プレイ回数が減っていきます。

ダイエットの天敵と言える間食に関しても、目に入る場所にスナック菓子がある状況と、見えない場所にしまってある状態では、食べる量に6倍の差が出るという研究データがあります。

開けるのが大変な保存用の缶にお菓子を入れ、それをさらに棚の奥にしまいます。

さらに、同じ缶の空き缶を左右に置き、どれがお菓子の入った缶かがわからないように収納することで、スナック菓子の消費量は激減します。

これもまた、「お菓子が食べたい」という欲求が高まってから、実際にお菓子を手にするまでに20秒以上の時間があくしくみです。

逆に身につけたい習慣に関しては、手間のかかるステップをできるだけ取り除くことです。

例えば、私は毎日、ジムでトレーニングをしています。

しかし、数年前までは運動が苦手で、体を動かすくらいなら1冊でも多く本を読みたいと思っていました。

それがあるとき、運動が脳のコンディションを向上させ、集中力、決断力を高める最適な方法だと知り、運動習慣を身につけようと生活を変えることを決めました。

このとき、私も「20秒ルール」を活用しました。

取り組んだことはシンプルで、1日のスケジュールの中に運動する時間をあらかじめ確保し、ジムセットをまとめた袋を玄関のドアノブに引っ掛けただけです。

時間になるとアラームが鳴り、「ジムの時間だ」と本を閉じ、玄関に行き、ドアノブから袋を取って、ジムに向かう。

身につけたい習慣に関しては、初動にかかる時間を20秒以内(短ければ短い方がいい)にすること。

これで面倒から先延ばしすることがなくなります。

禁煙に関して「20秒ルール」を活かすなら、「タバコを吸う」という行動に取り掛かるまで、20秒以上時間がかかるしくみを作ることです。

例えば、家族の目があってベランダでしかタバコを吸えないのであれば、ベランダに置きっぱなしにしてあるサンダルを玄関の靴箱に入れてしまう。

家族に協力してもらってライターを毎日、違う場所に隠してもらう。

タバコを旅行用の鍵つきの貴重品袋にしまっておく。

そんなふうにして、「吸いたい欲求」をかわし、先延ばしするしくみを作っていきましょう。

抑えきれないほどの強い欲求は長時間持続しません。

初動の20秒を避ければ、面倒臭さの方が勝ってくれるのです。

吸いたい欲求を歌にする「脱フュージョン」

ちなみに、第3章で紹介した禁煙法「喫煙リマインダーを消す」を完璧に実践し、禁煙開始日に突入した人は、別の形で「20秒ルール」を活用しましょう。

すでにあなたの身の回りにあったタバコとタバコ関連のアイテムは処分されているわけですから、「吸いたい欲求」が浮かび上がっても問題ありません。

身近にタバコがないので、吸いたくても吸えない状態だからです。

そうなればそのうち抑えきれないほどの強い欲求は去っていきます。

つまり、「喫煙リマインダーを消す」を実践できている人は、すでに「吸いたい欲求」を先延ばしするしくみができ上がっているわけです。

そこでそのレベルに達している人は、「20秒ルール」にプラスして、「うわ、吸いたい!」と感じたとき、その欲求を「タバコを吸いたい」などと声に出してみてください。

それもちょっとおバカな節回しで。

例えば、ドラえもんが四次元ポケットからひみつ道具を取り出すときの節回しで、「どこでもドア~」ふうに「タバコが吸いたい~」と言ってみましょう。

恥ずかしいですか?正しい反応です。

でも、だからこそ、この方法には意味があります。

これは認知行動療法の現場で「第三世代」と言われるACT(AcceptanceandCommitmentTherapy。現在、とても注目を集めている、マインドフルネスの進化版。自分を責めるのではなく受け入れていく治療法)の中で、ネガティブな感情をやり過ごす方法として使われている「脱フュージョン」と呼ばれる手法です。

禁煙における「脱フュージョン」は、タバコを取り出しにくくしたり、吸う場所に行きにくくするなどといった物理的な方法で「吸いたい欲求」をやり過ごす方法と違って、思考と現実をフュージョン(融合)させないよう、「吸いたい欲求」を客観視して行動から切り離す効果があります。

簡単に言うと、「吸いたい欲求」に駆り立てられる感情を自らパロディ化して、「はいはい、わかった、わかった。ちょっと放っておけば収まるから」と先延ばししていくわけです。

ドラえもんの節回しが難しければ、戦場カメラマンの渡部陽一さんの口調で「も~う~れ~つ~に~タ~バ~コ~が~吸~い~た~い~」と超スローペースで言葉にしてみるのはどうでしょうか。

言い終わる前に、非常にどうでもいい気分になってくるはずです。

あるいは、「吸いたい欲求」を擬人化して、むくむく欲求が湧き上がってきたら、「またきたの?おつかれさま!」と挨拶するといった方法も「脱フュージョン」の一種として知られています。

「20秒ルール」も「脱フュージョン」も、ともに共通しているのは、ワンクッション置くための時間を稼ぐことです。

欲求が湧き上がった瞬間、行動に移していた状態を変化させ、欲求と行動の間をきり離すことで禁煙習慣の定着をバックアップしていきましょう。

禁煙を助けるメンタルテクニック②採点法

2つ目のメンタルテクニックは「吸いたい欲求を採点する」という方法です。

これも前項で紹介した「脱フュージョン」の手法の一種で、「採点法」と呼ばれています。

狙いはやはり「欲求と行動をきり離すこと」にあります。

やり方は簡単です。

「うわ、吸いたい!」と思った瞬間の欲求を100点として、20秒後は何点か、1分後は何点か、5分後は何点か……と自分の欲求を観察して採点します。

すると、時間の経過とともに点数が下がっていくことが目に見えてわかるはずです。

ポイントは点数をつけることで、今の自分の欲求レベルが客観視できるところにあります。

「うわ、吸いたい!」と思った瞬間の欲求を100点とすることで、禁煙開始日以降、自分がどんなときに欲求に負けそうになるかを測ることもできます。

例えば、高所恐怖症の改善に「採点法」がとられる場合、次のように使われます。

谷を渡る吊橋を前に、高さへの恐怖から吐き気すら感じている高所恐怖症の人がいたとしましょう。

そのときの恐怖感を0~100点で採点してもらうと、100点。

もう限界で逃げ出したいレベルです。

次にそのまま吊橋から遠ざかり、恐怖が80点になり、ぎりぎり耐えられそうな場所に立ったら教えてもらいます。

その場でしばらく立ち止まってもらい、恐怖感の変化を観察します。

目の前の風景に慣れてきて恐怖感が60点、50点と下がってきたら、1歩ずつ前に進んでいきます。

すると、先程より吊橋に近い位置でも、恐怖感は80点という評価に変わっていくのです。

そのまま吊橋に近づき、「90点になったら止まってください」と声をかけ、立ち止まったら落ち着くまで待ち、恐怖感が70点になったらまた少し前進。

この繰り返しによって高所恐怖症の人は吊橋の前に立ち、最終的には渡れるようになっていくのです。

あえて吸いたくなる状況で欲求と行動を切り離すこのステップを禁煙習慣に応用すると、「採点法」は2つの意味で役に立ちます。

1つは、「うわ、吸いたい!」と思ったそのときの欲求と行動を採点するという思考をはさむことで切り離すこと。

ドラえもんの声色で「タバコが吸いたい~」と言うのと同じく、欲求を数字に置き換える作業はあなたに冷静さを取り戻させてくれます。

そして、もう1つは「タバコを吸いたくなるような状況で、欲求がどう変わるか観察できること」です。

これは第3章で紹介した「喫煙のトリガー(状況)を見極める」と「ifthenプラン」をバックアップするメンタルテクニックとなります。

例えば、タバコの自動販売機を前に「吸いたい欲求」を採点します。

すぐにでも吸いたい気持ちが100点だとするなら、自動販売機の前に立った状態では何点か。

あるいは、友人が目の前でタバコを吸っている状況では何点か。

あらかじめ、「吸いたい気持ちが80点を超えたら、その場から立ち去る」といったルールを決めておき、自分の欲求の変化を観察します。

そうすれば禁煙中、どんな状況で「吸いたい欲求」が高まるかがわかるだけでなく、自分の吸いたい気持ちが「さっきは85点までいったけど、その場から離れた今は50点に下がった」など、その上下動を一歩引いて眺めることができるようになります。

その結果、何が起きるかと言うと、あなたの欲求のスイッチとなっている状況がわかるだけでなく、対応策が見えることで感情の揺れが収まっていくのです。

欲求がコントロールできないのは、その欲求が心の内側に秘められているからです。

これを外から眺め、観察できるようになると、欲求は環境の変化によって落ち着くことがわかります。

すると、衝動的な行動に出ることを踏みとどまることができる。

これがやめたい習慣に対する「脱フュージョン」の効果です。

禁煙を助けるメンタルテクニック③心理的対比

3つ目のメンタルテクニックは、「禁煙のメリットとトラブルを書き出す」です。

これは心理学の「心理的対比」という知見を用いた目標達成のための技法です。

ノートとペンを用意して、そこにタバコを吸わないことのメリット、トラブルを書き出し、自分なりの禁煙の理由を見出して禁煙継続の動機づけに使います。

手順はこうです。

①メリットを書き出す今の自分の目標(禁煙)を達成したら、どんなポジティブなことが起きるかを書き出す②ライフスタイルの変化をイメージするメリットの中から、自分にとって最もポジティブなものを1つ選び、選んだメリットがもたらすライフスタイルの変化について具体的に細かくイメージを広げる③トラブルを書き出す目標(禁煙)を達成し、メリットを手に入れようとするとき、どんなトラブルが起きるかを書き出す④トラブルの場面をイメージする③で挙げたトラブルの中から、「この状況なら間違いなくタバコを吸ってしまいそうだ」という場面をイメージする(ただし「ifthenプラン」のように必ずしも対策を準備する必要はない)脳のメカニズムで禁煙を持続させるなぜ、「心理的対比」が目標達成を高めるのでしょうか。

そのプロセスは次のようなもので、これがまず脳内で起こります。

目標を達成したイメージを細かく思い描く脳がイメージをダイレクトに受け取る「自分は目標を達成できるのではないか」と脳が思い込む私たちの脳はイメージと現実を区別することが苦手なので、想像が具体的であればあるほど、「達成できそうだ」と思い込む傾向があります。

ですから逆にイメージを途中で止めてしまうと、ポジティブな想像に対して脳が「もういいや」となりモチベーションが低下するという副作用が出てしまいます。

「自分は意志が強いからタバコはすぐにやめられる」という人の禁煙がうまくいかないのは、脳のこのメカニズムに原因があります。

そこで、次のステップが役に立つわけです。

目標達成に向けたプロセスで起こり得るトラブルを想定すること。

それを細かく想像することで、脳がトラブルを認識。

ネガティブなイメージが加わることで、「このトラブルを乗り越えれば、目標達成という報酬が手に入るのだな」と納得し、モチベーションが高まっていくのです。

これが「心理的対比」が禁煙に役立つ理由です。

これによって吸いたい欲求がゼロになるわけではありません。

しかし、細かくイメージし、吸ってしまう状況や原因を突き詰めることで、タバコを吸いたい欲求が多少やわらぎます。

欲求はゼロか100ではなく、常に上下動を繰り返しています。

吸いたいという欲求がゼロにならなければ、禁煙が成功しないと考える人もいますが、そうではありません。

吸ってしまいそうな危険な場面で、欲求を下げてやれば、踏みとどまることができるのです。

吸いたいけど、そこまででもない。

「心理的対比」は、そんなふうに吸いたい欲求をコントロールするのにも役立ちます。

禁煙を助けるメンタルテクニック④「どうにでもなれ効果」回避テクニック

4つ目のメンタルテクニックは、「『どうにでもなれ効果』を回避する」です。

禁煙中に起きる一度や二度の「タバコを吸ってしまった」という失敗から、禁煙を諦め、以前と同じようにタバコを吸う日々が始まってしまうことがあります。

この背景で働いている心理が、「どうにでもなれ効果(TheWhatTheHellEffect)」です。

「どうにもでもなれ効果」は、いったん計画が崩れると自暴自棄になってしまう心理状態を指します。

かなり砕けた名称ですが、心理学の論文でも使われている用語です。

例えば、「ダイエット中だからデザートは食べない」と決めていたのに、ランチの後に先輩がパフェを注文してくれて、断れずに食べてしまった。

今日はもう台無しだからいいやと夜の飲み会ではビールを飲み、揚げ物をがんがん食べ、ラーメンで締めて帰ってきた……というような現象です。

禁煙に置き換えれば、「1本もらいタバコをしてしまった。

今日はもうダメだから、コンビニでタバコを買って、好きなだけ吸ってしまおう」といったことになります。

この「どうにでもなれ効果」には、発動しやすい状況があります。

それは「目標が短期的なものであるとき」、「目標が『◯◯をやめる』など禁欲的であるとき」です。

残念なことに禁煙はうまく計画を立てないと、見事にこの2つの状況に当てはまってしまいます。

「今日からすぐにタバコをやめる」「1日1日、我慢して吸わないことで禁煙が続く」といった禁煙法は前者に、「タバコをやめる」と我慢するのは、後者の状況に当てはまります。

禁煙開始日までに2週間の準備期間を設けて禁煙の準備をする「CDCクイットプラン」は、さまざまな禁煙法を組み合わせ、長期的に習慣を変えていくので、「どうにでもなれ効果」を発動させにくくする効果があります。

それでも「タバコを吸うという行動」を止めるのは、基本的に禁欲的な目標です。

事故的に吸ってしまったとき、「どうにでもなれ」とすべてを投げ出してしまう可能性は残っています。

だからこそ、この4つ目のメンタルテクニックは重要で、その狙いは、「事故によって喫煙習慣を復活させないこと」にあります。

「どうにでもなれ効果」を避ける3つの方法この「どうにでもなれ効果」を避けるための方法が3つあります。

①長期的な目標を立てる「今月、10万円貯める」よりも「1年間で100万円貯める」、「3カ月で10キロ瘦せる」よりも「1年後に10キロ瘦せて、健康的な体にする」といったように、長期的な目標を意識すると「どうにでもなれ」と思いにくくなります。

禁煙であれば「明日から禁煙する」よりも「5年後、10年後もタバコを吸わない生活習慣を手に入れる」といったイメージです。

習慣というのは、今日よりは明日、明日よりも明後日の方が定着し、実行するのが楽になっていきます。

禁煙も同じで、基本的に「吸いたい欲求」は今日より明日、明日より明後日の方が減っていきます。

それでも、ふとしたときに事故のような形で喫煙トリガーの中に飛び込んでしまい、タバコを吸ってしまうことは起こりえます。

しかし、事故は事故であって、「5年後、10年後もタバコを吸わない生活習慣を手に入れる」という長期的な目標からすれば小さなこと。

その1本を消したところからまた禁煙習慣を継続すればいいのです。

②「やめる」目標を「やる」目標に変える「今月は無駄遣いをしない」ではなく「今月は無駄遣いしない日を増やす」、「ダイエット中だからデザートは食べない」ではなく、「ダイエット中だからデザートを食べたくなったときは、ナッツを食べる」といった形で、「やめる」目標を「やる」目標に置き換えていきます。

禁煙ならば「タバコをやめる」ではなく、「タバコを吸わない日を増やし、連続させていく」といったイメージです。

「やめる」と考えると禁欲的な目標になりますが、「やる」と考えると能動的な目標になります。

それが「どうにでもなれ効果」の発動を遠ざけてくれるのです。

③失敗から立ち直った回数をカウントする例えば、「1日のカロリーをきちんと計算し、炭水化物、糖質は控えつつ、1年間で10キロ落とす」というダイエットをしていたとします。

ある日、旅先の旅館の朝食がおいしすぎて、ごはんをお代わり。

その勢いで「旅の間だけ」と暴飲暴食。

翌日になって、「やってしまった……」と「どうにでもなれ効果」が発動しそうになったとしましょう。

そこで、ひどく落ち込むくらいなら、翌日を堅実に過ごし、「今日はカロリー計算できた」「目標達成に近づけた」とカウントするのがこの方法です。

もらいタバコや「吸ってみたら、どう感じるだろう?」と興味本位でタバコを吸ってしまった場合も、その1本を消したところから始まった禁煙が1日、また1日と更新されていく数をカウントするべきです。

すると、1回の事故的な喫煙をきっかけに「どうにでもなれ効果」が発動されるのを防ぐことができます。

これは失敗から立ち直った自分を自覚することで、「もう1回失敗しても同じ」という衝動にブレーキがかかるからです。

また、できたことをカウントすることで自己肯定感が高まる効果も期待できます。

「どうにでもなれ効果」は禁煙中、誰もが一度は陥りそうになる罠だけに、ここで紹介した対処法を確実に自分のものにしておきましょう。

禁煙を助けるメンタルテクニック⑤瞑想トレーニング

5つ目のメンタルテクニックは、「瞑想トレーニング」です。

習慣化されているあまり、無意識のうちにやってしまう意図しない動作(これは心理学で「スリップ」と呼ばれています)を防ぐためのトレーニングです。

無意識のうちにやってしまう意図しない動作とは、学校の先生に「おかあさん」と呼びかけてしまったり、駅の自動改札機を通るとき、間違えて社員証でタッチしてしまったり、マウスからトラックパッドに切り替えた当初、クリックを繰り返したりすることですが、このように私たちは意図しないまま習慣化された動作を行うことがあります。

じつは、禁煙中の事故的な「気づいたら吸っていた、うっかり喫煙」も「スリップ」が原因となっていることが少なくありません。

身の回りのタバコはすべて処分したのに、長時間の会議の後、喫煙者の同僚と話しながらもらいタバコで一服。

満員電車で地元の駅に帰ってきた後、行きつけの居酒屋でマスターから1本もらって吸ってしまう。

こうした「スリップ」が起きやすい条件は2つあります。1つは、タバコを吸っていたとき、喫煙トリガーとなっていた場所に無意識に行ったときです。

会社の喫煙所や行きつけの居酒屋、パチンコ店、車の運転中、自宅のトイレやベランダなど、第3章の「喫煙のトリガー(状況)を見極める」でピックアップした場所や状況では、自動化された習慣行動としてタバコを吸ってしまう可能性が高まります。

もう1つは、ストレスを感じているときです。私たちはストレス下に置かれると、習慣的な行動に支配されてしまいます。これは意思決定力が低下するため、習慣的な行動に身を委ねるという防衛反応です。

ですから、習慣的な行動がいい形でデザインされている人は、ストレスがかかっている状態でもいつもと変わらぬパフォーマンスを見せることができます。

一方、イライラしたときにタバコを吸うという習慣のあった人は、やはり禁煙中もストレスがかかっている状況になるとタバコを求め、うっかり吸ってしまうのです。

うっかり喫煙を避ける「瞑想トレーニング」では、この「スリップ」による、うっかり喫煙を避けるためにはどうしたらいいのでしょうか。

先程の2つの条件に対して、対策を取ることです。

1つ目の「喫煙トリガー」に対してはメンタルテクニックよりも、第3章で紹介した禁煙法「喫煙のトリガー(状況)を見極める」、「喫煙リマインダーを消す」を完璧に行うことが有効です。

2つ目の「ストレスを感じているとき」に対しては、これから解説する「瞑想トレーニング」が役立ちます。

私はストレスを感じているとき、風呂上がりに瞑想するようにしています。

すると、心が落ち着き、ストンと眠ることができて、翌朝にはストレスがどこかにいってしまっています。

しかも、瞑想を繰り返すうち、ストレスを感じている自分を客観視できるようになり、結果的にストレスがかかっている状態でもいつもと変わらぬパフォーマンスを出せるようになってきました。

禁煙中の「スリップ」の対策として、瞑想を使うなら「イライラしてきた」と感じたときにその場でできる方法が向いています。

瞑想には、さまざまなやり方がありますが、今回は最もシンプルな「呼吸に集中する瞑想」を紹介したいと思います。

基本的には、軽く目を閉じ、「吸って吐いて」の呼吸に意識を向けて、5分間の瞑想を行います。

たったこれだけで、ストレスは軽減され、「吸いたい欲求」は過ぎ去っていきます。

やり方は簡単です。

①リラックスして座るできるだけ静かな部屋を選び、可能なら照明はやや暗めに。

背筋を伸ばして座ります。

②タイマーをスタートさせるスマホのタイマーなどを5分間にセット。

③深呼吸を3回まずは鼻から吸って鼻から吐いての深呼吸を3回行います。

すると、呼気の出入りを敏感に感じられるエリアが見つかるはずです。

例えば、息を吸うときは鼻の穴の中程が、息を吐くときは鼻腔の縁あたりが、呼気の行き来を感じるのではないでしょうか。

瞑想中は、そこに意識を集中させましょう。

④呼吸に意識を向ける③で探したエリアに意識を向け続けます。

とはいえ、「集中するぞ!」と力むのではなく、ぼーっと呼吸を見つめるようなイメージです。

ここが瞑想の最重要パートであり、最も難しいところです。

⑤頭では考えない呼吸に意識を向けるときは、「息を吸ったぞ!」「吐いたぞ!」と言葉にせず、ひたすら息の出入りを感じることです。

ついつい何回吸った、吐いたと数えてしまいがちですが、ただただぼーっと「吸った、吐いた」という感覚を見つめましょう。

この感覚をつかむのはなかなか大変ですが、繰り返すうち、必ず見えてきます。

めげずに試してください。

⑥気がそれたらゆっくり戻す瞑想中に仕事のことやタバコのことを考えたり、過去の記憶を思い出したりしたら、そのたびにゆっくり呼吸に意識を戻しましょう。

大事なのは、「しまった!気がそれた!ダメだ!」と落ち込まないことです。

「瞑想って退屈」「これで合っている?」と思っても、まずはひたすら呼吸に意識を戻し、タイマーが鳴るまでこれを繰り返します。

瞑想中のポイントは、以下の3点です。

  • ・呼吸に意識を向ける
  • ・呼吸から意識がそれたらもとに戻す
  • ・時間までくり返す

あまりにも単純なので、瞑想中に「正しくできているのか?」と不安になることもあります。

そんなときは、不安をそのまま瞑想の中に取り入れてしまいましょう。

まだ数は少ないですが、瞑想を禁煙に応用した研究も行われています。

これは2016年に発表されたテキサス工科大学による論文ですが、瞑想トレーニングを行った喫煙者は脳の前帯状皮質の働きが活性化したと報告されています。

前帯状皮質は、感情や欲望の制御に関連した部位で、吸いたい欲求を瞑想がコントロールするのに役立つ可能性を示しています。

とはいえ、瞑想に関する研究自体がまだまだ新しい分野なので、今後の研究の推移を見守る必要があります。

それでも複数の研究が「瞑想にはストレスや不安を減らす効果がある」と指摘し、「ネガティブな感情を処理する能力も高めてくれる」としています。

禁煙のためという理由にこだわらず、人生をよりよく、楽しいものに変えていきたいと望むなら、生活習慣の1つに瞑想を取り入れてみることをおすすめします。

COLUMN吸いたい欲求を先延ばしする超簡単なテクニックとは?

これは禁煙開始日の前、「今、この瞬間、猛烈にタバコを吸いたい」というタイミングで試してもらいたいテクニックです。

やり方はいたってシンプル。

いつもとは逆の手でタバコを持ってみてください。

あなたが普段、右手でタバコを吸っているなら左手で、左手でタバコを吸っているなら右手で。

ただそれだけです。

タバコを吸うという行為が習慣化されている場合、いつも吸っている手は無意識のうちにタバコをつかみ、指で挟み、口元に持っていっています。

もちろん、火を点ける手も同様で、「吸いたい」と思ったら一服するまでが自動化されているわけです。

ところが、「今からいつもとは逆の手でタバコを吸う」と意識すると、無意識の自動化が打ち破れます。

自分はこれから右手(左手)でタバコを取り出して、火を点けて、一服する、と。

そう意識化することで、自然と「タバコを吸いたい欲求を抱いている自分」と「これからタバコを吸うという行動に移る自分」を自覚することができます。

2つの自分を意識できたら、その間に「本当に吸いたい?」という疑問を挟み込んでいくわけです。

すると、欲求を先延ばしして、行動を抑えることが可能になります。

つまり、慣れない手でタバコを吸うだけで、今からやろうとしている行動が本当に必要なものかどうかを考える余白が生じるわけです。

子ども騙しのテクニックのように思えるかもしれませんが、これはダイエットに関する心理テストでも立証されており、例えば、ダイエット中にポテトチップスを利き手ではない手で食べるよう条件づけするだけで、消費量が減ることがわかっています。

ふだん何気なくしている行動を変えること。それだけで意外な効果が得られるとしたら、試す価値は十分にあるはずです。

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