職場の雰囲気作りが会社と新人のためになる 次に、学習 =「獲得」「参加」「変化」のうちの、「参加」を手助けする教え方について見ていきましょう。この本では教育学の知見を参考に、学習 =参加 =「なじむ」と考えています。この「なじむ」ということについて、経営学の「組織社会化」という領域では、「適応」という言葉で表現しています。 これらの研究の中で「適応 =なじむ」とはどういう状態なのか、研究者たちは様々な議論をしていますが、この本では、それらの議論を整理した組織社会論の研究者であるバウアーらの「適応」の考え方を参考にしています。 バウアーのいう「適応」とは、つまり仕事への慣れ、同僚への慣れのことを指しますが、「慣れ」は時間とともに自然と起こるもので、教える側が意図的に行わなくてもいいのではないかと思う人もいるでしょう。 しかし、「適応」を甘く見てはいけません。人間という生き物は、自分のためではなく、他の誰かのために動くときが一番力を発揮するのです。それは、個人的な話ではなく、会社という単位でも同じことが言えます。結束力の強い会社は成長力があります。新人が、会社のためにと思う気持ち、そして、会社が新人のためにと思う気持ちが、何よりも大切なのです。 参加の手助け、つまり、教わる側が職場に適応( =なじむ)できるよう支援することが、最終目標になります。ここでも、「相手の立場に立つ」という本質は忘れずに話を進めていきましょう。 新しい会社に「なじむ」とはどういう状態かというと、次の3つがなされた状態だと考えます。 ●役割の認識 ●適度な自信 ●周囲の受容 では、具体的に何をすればよいのか、確認していきます。「マニュアル読んでおいて」は教えたことにならない 突然ですが、新しく職場に入ってきた人が困ることって何だと思いますか。 覚えることが多い、今までとやり方が違う、専門用語についていけない、職場にいる人の顔と名前が一致しないなど、あるでしょう。その中でも新人が一番困るのは、「することがない」という状態です。仕事ができないので、何か教えてもらわないと、あるいは彼らのレベルでもできる仕事を与えてもらわないと、何もすることがなくなってしまいます。 私たち教える側も忙しいですから、新人ばかりにかまっていられません。かといって、新人に何も指導しないというわけにもいきません。そこで、つい「マニュアルでも読んでおいて」と放置状態にしてしまうことがあるのです。指導者にそう指示された新人は、言われた通り机に向かってマニュアルを読みはじめます。いえ、正しい言い方をすれば、マニュアルを広げて眺めはじめます。 本人の気持ちとしては、「自分だけ仕事ができずに申し訳ない」「周りの人に悪い」と思いながらも、できることがないので、申し訳なさと焦りで頭がいっぱいになってしまいます。こんな心理状態で、マニュアルの内容が頭に入ってくるわけがありません。マニュアルのページをなんとなくめくるだけで、手持ち無沙汰な状態が続きます。 ある新人は、「やることがないので、仕方ないからメールを見ているふりをしたり、オフィスのゴミや書類
書類を片付けるふりをしていました。エクセル入力でも何でもいいから、仕事をもらえたらありがたかったです」ということを話していました。 こういう手持ち無沙汰な状態では、いつまでたっても職場になじむことができません。何もすることがなければ、その場に「参加」することはできないからです。新人が職場に参加し、適応するためには「役割の認識」が必要になります。「役割の認識」とは、自分が職場に来て何をすればいいのか、いちいち言われなくても分かっている、という状態であり、こういう状態を作れるよう手助けすることが、私たち教える側には求められます。最初の段階は「今日は、昨日受注した商品の受注処理を午前中までにやっておいて。それが終わったら、次の仕事をお願いするからまた聞きに来て」と、細かい指示しなければいけないでしょうが、いずれは「今日は、午前中に昨日の受注処理を、午後には新商品の PR用の資料作成をやっておきます」と自分から言ってくるようにしていきたいものです。 そこでお勧めしたいのが、「仕事マップ」を描いてみることです。「仕事マップ」とは、新人が関わるであろう仕事の全体像のことです。 この全体像をもとに、 「1年かけて、ここに書かれているすべての仕事ができるようになってもらうから」 と説明した上で、「最初の 1ヶ月間は、この営業活動のアポ取りができるように、一緒に進めていこうか」 といった形で、指導していくことができます。この全体像があることで、今自分がやらなければならないことが何なのか明確になり、新人が自分の「役割の認識」をしやすくなるのです。 また、全体像が見えることによって、新人が抱える不安も解消できるようになります。覚えなければならないことがたくさんあると、何をどこまで覚えれば終わるのか、不安になってしまう新人もいます。仕事マップで全体像が把握できれば、これからどんな仕事を身につけるのか分かって安心しますし、今後どんなことを学んでいくのか事前に知れて、心の準備をすることもできます。 一度作ってしまえば流用もできますので、新人のために仕事マップを作成してみてください。
辞めさせないために「チヤホヤ」する? 新しく職場に入ってきた人は、不安を抱えています。「自分はここでやっていけるのか?」「職場の人たちはどんな感じか?」「自分の力が通用するのか?」など、新しい会社に自分がどれだけ適応できるのか想像できず、縮こまってしまいます。 しかし、そういう不安を持っているということを、既に職場になじんでしまった私たちは忘れがちです。早く戦力になってほしい、 1日でも早く活躍できるようになってほしいと焦る気持ちが強くなってしまい、仕事の出来不出来にばかり目がいってしまいます。その気持ちは理解できますが、まずは、相手も不安を持っているということを理解してあげるようにしましょう。 仮に新人が不安を抱えているとするならば、タイミングを見て新人の話を聞いてあげる機会を作ってみてはどうでしょう。相手の意見に耳を傾けることは、相手を尊重していることになるので、新人に安心感を与えることができます。ただ、注意してほしい点が1つあります。それは、抽象的な質問をしないということです。 大人相手に「何か不安なことありますか?」と訊いても「いえ、大丈夫です」と言われると思いますので、「新しい職場に慣れましたか?」「何かやりづらい点とかありますか?」「少し困っていることとか、あるいは“こうしたらもっとやりやすいのに”と思うことはありますか?」 など、具体的な質問をして相手の気持ちや考えていることを聞き出してみてください。向こうからはなかなか言いづらいことも、こちらから訊いてあげると話しやすくなります。 さらに、このような不安を抱えている新人が、職場に適応するためには「適度な自信」が必要になります。「適度な」とわざわざつけているのは、「過剰な」自信を持ってほしくないためです。 職場によっては、せっかく採用できた新人を辞めさせたくないために、新人に過剰に気を遣っているケースも見られます。新人にダメ出しをせず、「いいよ、いいよ」とチヤホヤしてしまい、新人が「自分は仕事ができている」と勘違いをしてしまっていることもあります。特に、学歴が高い新人にその傾向は見られるかもしれません。このような「過剰な」自信ではなく、「適度な」自信を持てるよう、私たち教える側が手助けする必要があります。 そのために、まず必要なのは、仕事を与えることです。「適度な自信」は、仕事をやり遂げたという経験からしか生まれてきません。そのような達成感を得させるためにも、新人を手持ち無沙汰にせず「仕事マップ」を通じて、仕事経験を積む機会を作ってあげてください。 しかし、そうは言っても、新人の知識・技術レベルでは、与えられる仕事が少ないというのが難しい点でもあります。そこで有効なのが「雑用」です。 職場内の片付け、資料の整理、先輩の手伝い、朝一番に出社して鍵を開けておくなど、誰でもできる簡単な仕事を依頼します。ここでポイントなのが、「簡単な」仕事という点です。例えどんな雑用だったとしても、頼まれた仕事を成し遂げたという経験が蓄積されるということが大切だからです。中途採用の方にお願いするのは難しいかもしれませんが、学校を卒業したばかりの新人にはお願いしやすいでしょう。 【お願いできそうな雑用リスト 】 ●書類の整理 ●ゴミ捨て ●オフィスの掃除 ●来客対応 ●電話対応 ●植物の水やり ●備品の補充 ●発送物の手配 ●飲み会の手配 ただ、最近の職場では派遣社員や契約社員が、こういった雑務的な仕事をしていることも多いので、新人に与える雑用を探すのも難しいといったこともあるかもしれません。でも、雑用でもやることがあれば、新人の経験も増えますし、雑用を通じて学べることや、先輩たちとの接点が増えるメリットもあるので、積極的に取り組んでもらいましょう。 また、こういう雑用を新人自らが積極的に行うことで、自分の存在をアピールできるというメリットもあります。「誰かがやらなくてはいけない仕事」である雑用を、まだそれほど忙しくない新人が肩代わりしてくれることで、職場の他のメンバーの負担が減ることになります。それは新人の存在価値を上げることにつながるので、より職場に参加しやすくなるのです。 さらに、雑用は新人に仕事を教えるための「対価」であるという説もあります。忙しい先輩にこれまで培ってきた技術や経験を教えてもらうためには、それに見合った対価を提供するということです。新人が雑用をしてくれるのであれば、「仕方ねーなー。教えてやるか」という感じです。 以上のように、雑用には、新人に「適度な自信」をつけさせ、新人の「存在価値」を上げ、「仕事を教えてもらう対価」の提供にもなるという様々なメリットがありますので、ぜひ新人ができる雑用を考えてみてください。
会話が続くか不安でも話をする機会を作る 新人が職場に適応するためには、「周囲の受容」が必要になります。私たち教える人間だけでなく、他の職場メンバーも新人を受け入れてくれている状態です。新人から会社に溶け込むのを待つのではなく、私たちから新人を認めていかなければなりません。 認めるといっても、そんな大げさなことではありません。新人に声をかける、仕事を振る、時には昼食を一緒にとるなど、長期的にということは難しくても、短期的にでも新人と接点を持ってもらい、新人を職場の仲間として受け入れてもらうことが、適応( =なじむ)にとっては必要なのです。 そうはいっても、人によっては 10歳も 20歳も離れている新人相手に、何を話したらいいか分からないという人もいるでしょう。そんな人のために、年齢差があっても会話が続く話のネタを参考までに記しておきます。 【話題例 】 ●大学時代の話題(専攻、サークル、バイト) ●出身地の話(名産物、観光地) ●趣味・娯楽 ●時事問題 ●週末の出来事 ●季節(天候、イベント) ついでに、 NGテーマとしては、家族や恋人、友人などの人間関係です。 逆に、新人がなじめず浮いてしまって、いつも 1人でいる、周囲の輪に入れないという状況になると、職場の雰囲気が悪くなり、新人も私たちも辛くなりますので、何とか避けたいものです。 そこでお勧めしたいのが「職場インタビュー」です。 新人に自部署、他部署含め、これから関係するであろう人たちに、インタビューをしてくるよう指示するのです。インタビューしてくる内容としては、仕事内容、新人と関わる可能性、その人のキャリア、趣味など、新人が今後その人と話をしやすくなるような情報を得られるようにします。 もちろん、インタビューを受ける相手にも、私たちから事前に、「これから新人が話を聞きにいくので、 15分ぐらい付き合ってやってください」などと、根回しをしておく必要はあります。新人にとっては、会社の中で話せる人が増えるほど、会社での居心地がよくなり、新しい環境にスムーズになじんでいけるようになるのです。 【インタビューリスト 】 ●現在の仕事内容 ●成功事例と失敗談 ● 1番嬉しかったこと ●今後の目標 ●今までのキャリア ●新人との関係性 ●オススメのランチ ●趣味 インタビュー内容によっては、インタビューされる側も自分の仕事を振り返るきっかけになったりもするので、おすすめです。
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