HaveGrit
最近「グリット(Grit)」という言葉が注目されています。グリットとは、困難にも屈せず、長期的な目標達成に向けて全力を尽くす「やり抜く力」を意味します。
「グリット(=やり抜く力)」を持つ人は、大学入試でも高い得点を得て、教育水準も高いということが研究でわかっています。
「やり抜く力」は、厳しい訓練で知られるウェストポイント(陸軍士官学校)への入学者のうち、誰が残るのかを予測する指標にもなります。
また、全米スペリング大会(世界中から集まる16歳未満の学生が、英単語の綴りの正しさを競う大会)で、誰が勝ち残るのかさえ予測できてしまいます。
この話を聞いて「私は、やり抜く力なんて持っていない」と思うのは、少し気が早すぎます。そんなことは決してありません。
もしも「自分には成功する資質が欠けている」と思うなら、ちょっと待ってください。心配することはありません。あなたの判断は間違っています。
成功に必要なことは、とてもシンプルです。
繰り返しになりますが、努力すること、正しい戦略を立てること、詳細なプランを立てること、そして成功をつかむまであきらめないこと─これらは決して生まれつきの資質ではありません。
プロスポーツ選手、コンピューターや数学の天才、成功した起業家、優れたミュージシャン、ベストセラー作家─私たちは、こうしたすばらしい能力を発揮している〝成功者〟を「なんてすばらしい才能の持ち主なんだろう」と憧れの気持ちで見てしまいます。
同時に、「自分にも、もう少し才能があれば」と、うらやましく思うことは誰にでも経験のあることのはずです。
固定的知能観と拡張的知能観スタンフォード大学にキャロル・ドゥエック(『マインドセット「やればできる!」の研究』(草思社)著者)という心理学者がいます。
ドゥエックによると、私たちは自分の知能に関して2つの考え方のどちらかを持っているといいます。まずひとつは「固定的知能観」と言うべきものです。これは、「個々人の知能とは持って生まれたものとして固定されている」という考え方です。
「固定的知能観」から見ると、業績や成績は生まれつきの才能で決まってしまう、固定的なものであるということになります。
言い方を変えると、知的能力は生まれたときから決まっていて、個人の努力ではどうしようもないということです。念のためにつけ加えておくと、固定的知能観は間違いです。人の知能とは、固定的なものではありません。
もうひとつは「拡張的知能観」と言うべきものです。これは固定的知能観とは対極にあるものです。拡張的知能観の背景にあるのは「能力とは変更可能なもの」という考え方です。すなわち「能力は経験や努力を重ねることによって高めることができる」と考える立場です。
これまでのさまざまな研究から、この考え方の正しさは証明されています。
つまり、あなたは能力を伸ばすことができます。ただし、そのためには「グリット(やり抜く力)」が不可欠だということです。
「やり抜く力」を支える拡張的知能観
「グリット」という言葉は、心理学用語としては「長期目標に向かうときの粘り強さとやる気」を意味します。
スポーツ、音楽、数学、発明……どの分野においても「成功した人は、数千時間にわたって、目的に沿った練習を地道に続けている」ということが、これまでの研究から明らかになっています。
こうした地道な努力を可能にしてくれるのが「グリット(やり抜く力)」です。
何かの目標に向かうとき、目標を投げ出してしまいたくなる瞬間は誰にでも訪れるものです。つらい気持ちになったり、どうしても気が向かなかったり、あるいは努力にあきるということもあります。
そんなときにあきらめる人か、がまん強く続けられる人かは「何のせい」にするかで予測することができます。目標を投げ出したくなるとき、あなたはそれを「何のせい」にするでしょうか。
「固定的知能観」を持つ人は「うまくいかないのは自分に能力がないせいだ」と考えます。そして「私には向いていない」と考えるのです。こう考える結果、彼らはそれをやり続けません。早々と見切りをつけて「自分はこれ以上やってもむだだ」と結論づけてしまうのです。
一方「拡張的知能観」を持つ人は「努力不足だった」「戦略を間違えた」「プランを練らなかった」などと自分の努力や行動のせいにします。
こう考える結果、彼らは困難な状況下でも、努力を続けることができます。自分でコントロールできることに原因があると考えれば「成功は自分のがんばり次第」と信じることができるからです。
こうした態度が、大きな成果を得ることにつながるのです。
自分の成長に不安を覚える人
最近の研究では、さらに興味深いことがわかってきています。それは固定的知能観の人は、単に自分や状況を良くするための「やり抜く力」を欠いているだけではない─ということです。
彼らは、自分自身で自覚することなく「自分や状況を良くしよう」という考えに不安を抱いています。
なぜ、彼らがそう感じるかといえば、そもそも固定的知能観とは「努力して、自分や状況を良くすることなど不可能」という考え方だからです。
トロント大学の心理学者ジェイソン・プラクスとクリスティン・ステッチャーによって行われた実験があります。
対象になった大学生たちは、難しい推論の問題を与えられました。
1回目のテストの後、学生たちは「上位39パーセントに入った」と伝えられました。そして、問題解決の方法やコツを教えられました。
2回目のテストの後、何人かの学生は「成績は変わらなかった」と伝えられました。また何人かの学生には「成績は上位9パーセントにまで伸びた」と伝えられました。
固定的知能観を持っている学生は、成績が上がったことを喜びませんでした。
逆に「ありえないことが起きた」と大きな不安を訴えたのです。続く3回目のテストでは、その不安を訴えた学生には、かなりの成績の低下が見られました。
「固定的知能観」を持っている学生でも、2回目のテストのときに「成績が伸びた」と伝えられなかった者は、3回目のテストで成績を伸ばすことができたのは皮肉な結果です。
自分自身の成長を望まない人がいるとは、私は思いません。誰でも自分が成長すればうれしいはずです。しかし、「固定的知能観」の人には、「自分の成長」が不安を駆り立てる原因になってしまうのです。そして、その不安が業績や成績に悪影響を及ぼします。
なぜなら「努力によって成長は可能だ」ということを信じていないからです。固定的知能観でチャンスを見逃してはいけないここで私自身のことをお話ししましょう。
実は、ここまでの話は、私の人生を振り返ってみても、納得がいく話だからです。
私は、ビリヤードがとても下手です。大学時代に何回かやったことはあるのですが、救いようもない下手さでした。
ビリヤードに必要な、視覚情報を手の感覚に結びつける神経が、生まれつき劣っているのだ─私はそう決めつけていました。だから、私は一度もビリヤードを楽しむことはできませんでした。
実際、眼と手のコーディネイションは、子どもの頃からひどかったと思います。10歳のとき、兄とキャッチボールをして、ボールを顔で受けて鼻の骨を折ったこともありました。大学を卒業してから、私にはビリヤード好きのボーイフレンドができました。
そして、ある夜、バーで飲んでいたときに、「もう一度ビリヤードをやってみよう」とけしかけられました。ゲームを始める前に、キューの持ち方やショットの仕方など、ビリヤードの基本を教えてもらいました。そうすると、おもしろいことが起きました。
あれほど苦手だったのに、案外うまくプレーできるのです。「案外うまく」というのは、控えめすぎるかもしれません。ビリヤード好きの彼にもう少しで勝てるところまでいったのですから。
このとき、私は「本当に私がうまくなったの?」という高揚した気持ちと「こんなこと、あるわけない。私には向いてないはずだもの」という怖気づいた気持ちの両方を感じていました。
確かにその晩のことは「まぐれ」だったのかもしれません。何日かして、またプレーしてみました。
ビリヤード台に向かったとき、私は、やる前から、失敗することがわかっているときのような、強い居心地の悪さを感じました。
そして、その居心地の悪さがプレーの邪魔をしたようで、まったくうまくプレーできませんでした。
「ほら、言ったでしょ。この前うまくできたのは、まぐれだったのよ!」「私はこういうゲームには絶対に向いていないんだからね!」こんな言葉を、私は自分自身に投げつけていました。
たかがビリヤードの話、人生に関わるようなスキルの話じゃない─そう思われるかもしれません。
でも、これが「たかがビリヤードの話」でなければどうでしょう。
実は、人生に関わる話だったら、どうなるでしょうか。
あのときの私がビリヤードを見限ったように、数学を、コンピューターを、文章を書くことを、リーダーシップを取ることを、クリエイティブになることを、リスクを取ることを、プレゼンをすることを、人間関係を築くことを、─こうしたすべてを見限ったとしたら……。
もし、私がこうした人生で大切なことを「自分には向いていない」と考えたとしたらどうなったでしょうか。
すばらしい成長の機会に恵まれたとしても「成長することなどできない」と思い込んでいれば、現実にも、成長することはありません。
固定的知能観で「努力で能力を伸ばすことはできない」と考えていれば、それは自己充足的予言となり、そう考える人の足を引っ張り続けることになります。
「成長することなんか無理」と思っていたとしたら、がんばる必要などありません。目標とすべきものが、たいへんなものであればなおさらです。
「やり抜く力」を発揮する場面などありません。自分の能力を最大限に高めたいと願うのであれば、自分自身の思い込みを注意深く観察することが大切です。
もし、自分自身が、成功や能力向上を邪魔する考えを持っていると気づいたなら、それを変えてしまうことです。
人は変わることができます。どんな能力でも、あなたの努力次第で高めることができるのです。このことは心理学が証明しています。次に「私には無理だ」と言いたくなったら、こう言い換えましょう。「今の私にはまだ無理だ」と。
第6章のまとめ
1苦手とすることを振り返る。
「人生で(あるいは仕事で)、苦手なことは何でしょうか?」自分に正直になって、少しの時間考えてみてください。
2自分の思い込みを注意深く観察する。
苦手なことについて「できるようになる」と考えていますか?それとも「自分には向いていないからどうせ無理」と考えていますか?もし後者なら、自分自身にハンディキャップを課していることになります。
どんなことでも努力と経験で上達することができる─このことをしっかりと心に刻んでください。
3固定的知能観にとらわれていないかを、注意深く振り返る。
もし、とらわれていると思ったら、今すぐ考え直すべきです。
拡張的知能観で「自分には伸びしろがある」と信じることで、「グリット(やり抜く力)」を発揮することができるようになるのです。
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