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第8章習慣を魅力的にする方法

第8章習慣を魅力的にする方法HowtoMakeaHabitIrresistible一九四〇年代、オランダの科学者ニコ・ティンバーゲンが行った実験によって、動機についての理解が大きく変わった。のちにノーベル賞を受賞したティンバーゲンは、北アメリカの海岸沿いでよく目にする灰色と白の鳥、セグロカモメの研究をしていた。セグロカモメの成鳥のくちばしには小さな赤い斑点がある。卵からかえったヒナが、餌が欲しくなるたびにこの斑点をつつくことに、ティンバーゲンは気がついた。実験のため、彼は厚紙で偽物のくちばしを作った。身体はなく、頭部だけである。親鳥が飛び去ったあと、巣に近づいて、くちばしの模型をヒナに差し出した。見るからに偽物なので、ヒナはきっと拒絶するだろうと彼は思っていた。ところが、ヒナは厚紙のくちばしの赤い斑点を見ると、母鳥のくちばしと同じように、せっせとつついた。ヒナは明らかに赤い斑点を好んでいた。まるで、生まれたときから遺伝的にプログラムされているかのようだ。やがてティンバーゲンは、赤い斑点が大きいほど、ヒナが速くつつくことを発見した。最後には、大きな赤い斑点が三つもあるくちばしを作った。それを巣の上にかざすと、ヒナは狂喜した。こんな大きなくちばしを見たのは初めてだといわんばかりに、赤い斑点をひたすらつついた。ティンバーゲンと同僚たちは、他の動物にも同じような行動が見られるのを発見した。たとえば、ハイイロガンだ。これは地上に巣を作る鳥である。ときどき、母鳥が巣の上で動くと、卵がそばの草の上へ転がり出ることがある。そのたびに母鳥はよたよたと卵のところまで歩いていき、くちばしと首を使って卵を巣のなかへ引きもどす。ティンバーゲンは、ハイイロガンがビリヤードの玉や電球など、そばにある丸いものならなんでも引きもどそうとすることを発見した。しかも、それが大きいほど、ガンの反応は強くなる。あるガンは、必死に努力してバレーボールを巣まで転がし、その上にすわろうとした。カモメのヒナが赤い斑点を反射的につつくように、ハイイロガンも本能的なルールに従っていた――「そばに丸いものがあったら、巣へ戻さなくちゃいけない。それが大きいほど、がんばって戻さなきゃ」どの動物の脳にも、ある行動のルールが組みこまれていて、誇張されたルールに出くわすと、クリスマスツリーのように輝くらしい。科学者は、この誇張されたきっかけを「超正常刺激」と呼ぶ。超正常刺激とは、赤い斑点が三つあるくちばしや、バレーボール大の卵のように現実を誇張したもので、通常より強い反応を引き起こす。人間も、誇張された現実に惹かれやすい。たとえば、ジャンクフードはわたしたちの報酬系を熱狂させる。何十万年も自然のなかで狩りをしたり食料を探しまわったりしたため、人間の脳は、塩と糖分と脂肪を重視するよう進化した。そういう食物はたいてい高カロリーだし、古代の祖先たちがサバンナを放浪していた頃には、めったになかった。次はどこで食物が見つかるかわからないとき、できるだけたくさん食べることが、生き残るための最善の策である。ところが現在、わたしたちは高カロリーのものが多い環境に住んでいる。食料はあふれるほどあるのに、脳は不足しているかのように欲しがりつづける。塩と糖分と脂肪の過剰摂取はもはや健康によくないのに、欲求は根強く残っている。脳の報酬系は約五万年前から変わっていないからだ。現代の食品産業が栄えているのは、旧石器時代の本能が進化という目的を超えて働いているおかげである。食品科学の主な目的は、消費者にとってより魅力的な製品を作ることだ。袋入り、箱入り、びん入りなどのあらゆる食品が、少し風味を加えただけだとしても、何かしら改良されてきた。ポテトチップスの歯ごたえを最高にするためや、炭酸飲料の泡の量を完璧にするために、企業は何百万ドルもの資金をつぎこむ。全部門が、製品を口に入れたときの食感を最適にしようと全力を尽くす。これは「黄金感覚」として知られている品質である。たとえばフライドポテトは、外側は黄金色でサクサク、なかは軽くてなめらかという最強のコンビネーションだ。食感のコントラストを強めた加工食品もある。サクサクやクリーミーというような感覚を組み合わせたものだ。カリッとしたピザ生地の上にのったとろけるチーズの粘っこさ、また、オレオクッキーのサクサク感となかのクリームのなめらかさを思い浮かべてほしい。加工されていない自然の食品だったら、同じ感覚を何度も味わうことが多い。ケールを一七回目に噛むとどんな味がする?数分後には脳が興味を失い、おなかがふくれた気がしてくるだろう。でも食感のコントラストが強い食品は、新鮮で楽しい経験をいつまでも与えてくれるので、もっと食べたくなってしまう。突きつめれば、このような方法で、食品科学者は各製品の「至福点」を見つけることができる。それは塩と糖分と脂肪のちょうどいいコンビネーションで、あなたの脳を興奮させ、もっと食べたいと思わせつづける。その結果、もちろん食べすぎになる。非常においしい食品は人間の脳にとって魅力的だからだ。食習慣と肥満を専門とする神経科学者スティーブ・ガイアナットが言うとおり、「自分たちの心をつかむのが、うまくなりすぎたのだ」現代の食品産業と、それが引き起こした過食の習慣は、行動変化の第二の法則「魅力的にする」の一例にすぎない。その機会が魅力的であるほど、習慣になりやすい。まわりを見てみよう。社会は高度に作りかえた現実でいっぱいで、祖先が進化してきた世界よりも魅力的だ。店は、誇張したヒップとバストのマネキンを店頭に並べて服を売ろうとする。ソーシャルメディアは数分のうちに、会社や家で得られるより多くの「いいね!」や賞賛を与えてくれる。インターネットのポルノは、現実の生活ではありえないほど刺激的なシーンをつなぎ合わせている。広告は、理想的な照明や、プロによるメイク、画像処理ソフトの編集によって作られ、モデルでさえ本人とは思えない画像が出来上がる。これらは現代社会の超正常刺激である。それは自然でも魅力的なものをさらに誇張して、わたしたちの本能を熱狂させ、買いすぎや、ソーシャルメディア漬け、ポルノ視聴、食べすぎ、その他の習慣へと向かわせる。歴史からみれば、未来は今より魅力的になるだろう。報酬はより濃厚に、刺激はさらにそそるものになっていく。ジャンクフードは自然の食物よりカロリーを濃厚にしたものだ。ウィスキーなどの強い酒は、ビールよりアルコールを濃厚にしたもの。ビデオゲームはボードゲームより楽しみを濃厚にしたもの。自然と比べて、喜びがた

くさん詰まった経験には抗いがたい。わたしたちは祖先と同じ脳を持っているが、それは祖先が出合わずにすんだ誘惑を知らない脳である。行動が起こる確率を上げたければ、その行動を魅力的にする必要がある。第二の法則について考えるなかでの目標は、習慣を魅力的にする方法を学ぶことだ。すべての習慣を超正常刺激に変えられなくても、もっとそそるものにはできる。そのためには、欲求とは何か、また、欲求はどのように働くのかを理解しなくてはならない。まずはじめに、あらゆる習慣が持つ生物学的特徴、つまりドーパミンスパイク〔ドーパミンの量を示す波形が急激に上昇すること〕について見てみよう。

ドーパミン主導のフィードバックループ科学者は、ドーパミンという神経伝達物質を計測することによって、欲求が生じる正確な瞬間を確認できる。ドーパミンの重要性が明らかになったのは、一九五四年、神経科学者のジェームズ・オールズとピーター・ミルナーが、欲求と願望の背後にある神経プロセスを突きとめる実験を行ったときのことだ。科学者は、ラットの脳に電極を埋めこんで、ドーパミンの放出を阻害した。すると驚いたことに、ラットは生きる意欲をすっかり失った。もう食べようとしない。交尾もしない。何も欲しがらない。数日のうちに、ラットは餓死した。*ドーパミンは、習慣に影響する唯一の化学物質ではない。どの行動も複数の脳領域や神経化学物質と関わっており、「習慣はすべてドーパミンのせいだ」というよくある主張は、プロセスの大きな部分を見逃している。ドーパミンは習慣形成における重要な役割のひとつを担っているにすぎない。それでも本章でとくにドーパミン回路を取りあげるのは、それによって各習慣の背後にある願望、欲求、モチベーションの生物学的基礎を理解できるようになるからだ。それに続く研究で、他の科学者も、脳内のドーパミンを放出する部分を遮断した。ただしこのときは、砂糖水の小さな水滴を、ドーパミンが激減しているラットの口へ噴きこんでみた。すると、甘みを感じてラットの小さな顔が明るくなり、うれしそうな笑みを浮かべた。ドーパミンが疎外されていても、ラットは以前と変わらず砂糖が好きだった。喜びを感じる能力は残っている。ただしドーパミンがないと、欲望は消えてしまう。そして欲望がないと、動くのをやめてしまう。他の研究者がこの逆を行い、脳の報酬系をドーパミンで満たすと、ラットは恐ろしいほどの速さで行動した。ある実験では、ネズミが箱に鼻をつっこむたびに、大量のドーパミンを注入した。数分のうちに、ネズミの欲求は強くなり、一時間に八〇〇回も箱に鼻をつっこむようになった(人間も大してちがわない。スロットマシンをする人は、平均で一時間に六〇〇回ルーレットを回すという)。習慣はドーパミン主導のフィードバックループである。麻薬の摂取、ジャンクフードを食べること、ビデオゲームをすること、ソーシャルメディアを見ることなど、非常に習慣化しやすい行動には、多量のドーパミンが関係している。食事をとること、水を飲むこと、セックスをすること、社交をすることなど、基本的な習慣的行動についても、同じことがいえるだろう。何年ものあいだ、ドーパミンは喜びだけに関係するものだと考えられていたが、現在では、さまざまな神経プロセスで中心的役割を果たしていることがわかっている。それには、動機づけ、学習と記憶、罰と嫌悪、随意運動などが含まれる。習慣に関していえば、重要なのは次の点だ。ドーパミンは喜びを経験するときだけでなく、予測するときにも放出される。ギャンブル依存症の人は、勝ったあとではなく、賭けをする直前にドーパミンが急激に増える。コカイン中毒者は、コカインを摂取したあとではなく、粉を見たときにドーパミンが溢れ出る。報酬がありそうだと思うといつも、その予測でドーパミンの量が急増する。そして、ドーパミンが増加すると、行動へのモチベーションも上がる。わたしたちを動かすのは、報酬の実現ではなく、報酬の予測である。興味深いことに、報酬を受けたときに脳内で活動する報酬系と、報酬を予測したときに脳内で活動する報酬系は、同じものである。そのため、ある経験の予測が、達成そのものよりうれしいことがよくある。子どもの頃、クリスマスの朝を待つほうが、プレゼントの箱を開けることよりうれしかったものだ。大人になっても、次の休暇について夢想するほうが、実際に休暇を過ごすより楽しかったりする。科学者はこれを、「欲する」と「好む」の違いと呼んでいる。脳は、「好む」報酬よりも、「欲する」報酬のために、はるかに多くの神経回路を割り当てている。脳内の「欲する」を司る部位は大きい。脳幹や、側坐核、腹側被蓋領域、背側線条体、扁桃体、そして前頭前野の一部だ。それに比べて、「好む」を司る部位はもっと小さい。これは「快楽のホットスポット」と呼ばれるもので、脳内に小さな島のように散在している。たとえば、何かを欲するときは、側坐核の一〇〇パーセントが活性化することが、研究によってわかっている。一方、何かを好むときは、その部位の一〇パーセントしか活性化しない。欲求や願望に関係する部位に、脳がそれほど多くのスペースを割り当てているということから、このプロセスの役割がどれほど重要かよくわかる。願望は行動を駆りたてるエンジンだ。どの行動も、それに先立つ予測のために行われる。反応を導くのは、欲求である。

そのように考えると、行動変化の第二の法則の大切さがわかってくる。わたしたちは習慣を魅力的にする必要がある。そもそも行動する気にさせるのは、報酬となる経験への期待だからだ。これには、誘惑の抱き合わせ(テンプテーション・バンドリング)として知られる戦略が役に立つ。誘惑の抱き合わせで習慣を魅力的にするアイルランドのダブリンに住む電気工学科の学生ロナン・バーンは、ネットフリックスで映画やドラマを観るのが好きだったが、運動不足だということも自覚していた。そこで工学のスキルを生かして、サイクリングマシンを改造し、パソコンとテレビに接続した。それからプログラムを作り、サイクリングマシンを一定のスピードでこいでいるときだけ、ネットフリックスの画像が動くようにした。スピードが落ちたままでしばらくたつと、どんな番組を観ていても動画が停止し、再びペダルを踏むまで動かない。あるファンの言葉を借りれば、彼は「肥満解消とネットフリックスの番組を同時に楽しんでいる」。彼もまた、運動の習慣を魅力的にするために、誘惑の抱き合わせを利用している。誘惑の抱き合わせは、自分がしたい行動と、しなければならない行動をセットにすることで効果を生じる。バーンの場合は、ネットフリックスを見ること(彼がしたいこと)と、サイクリングマシンをこぐこと(しなければならないこと)をセットにしたわけだ。企業は誘惑の抱き合わせの名人だ。たとえば、放送局のABC(アメリカン・ブロードキャスティング・カンパニー)は、二〇一四~一五年シーズンの木曜夜のテレビ番組スケジュールを組むとき、大々的に誘惑の抱き合わせを行った。毎週木曜日、脚本家ションダ・ライムズによる三本のドラマ『グレイズ・アナトミー恋の解剖学』『スキャンダル託された秘密』『殺人を無罪にする方法』を放送した。しかも、それを「ABCでTGIT(「最高の木曜日」をさす略語)」と銘打った。そして番組の宣伝とともに、ポップコーンを作り、赤ワインを飲んで、夜を楽しもうと視聴者に勧めた。ABCの企画部長アンドリュー・キュービッツは、このキャンペーンの背後にある考えをこう語った。「わたしたちにとって木曜の夜は視聴率の稼ぎ時です。夫婦でも、独身女性でも、みんなソファにすわってくつろぎ、赤ワインを飲みながらポップコーンを食べて楽しみたいのです」。この戦略のすばらしいところは、ABCが視聴者にしてもらう必要のあること(ドラマを観ること)と、視聴者がしたいと思っていること(リラックスし、ワインを飲み、ポップコーンを食べること)をセットにした点である。しばらくすると、人々はABCの番組を観ることと、くつろいだ楽しい気分を結びつけるようになった。毎週木曜の午後八時に赤ワインを飲んでポップコーンを食べていたら、いずれは「木曜日の午後八時」がリラックスと楽しみを意味するようになるのも当然だ。報酬がきっかけと結びつき、テレビをつける習慣がより魅力的になっていく。自分の好きなことと同時に行えば、習慣を魅力的に感じやすい。たぶんあなたは有名人の最新のゴシップを聞きたいだろう。でも身体を鍛える必要もある。そこで誘惑の抱き合わせを使って、読むのはタブロイド紙だけにし、テレビのリアリティー番組はジムで観ればいい。もしかしたら、あなたはペディキュアを塗りたいかもしれない。でも受信箱のEメールを処理しなければいけない。解決法は、返事が遅れている仕事のメールを片づけたときだけ、ペディキュアを塗ることだ。誘惑の抱き合わせは、「プレマックの原理」として知られている心理学の理論を応用した方法だ。デビッド・プレマック教授の研究にちなんで名づけられたこの原理は、「起こる確率の高い行動は、起こる確率の低い行動を強化する」というものである。いいかえれば、返信が遅れた仕事のメールを片づけるのが嫌でも、それで本当にしたいことができるなら、やろうという気になってくる。また、誘惑の抱き合わせを、第5章で述べた習慣の積み上げの戦略と組み合わせて、行動を導く一連の法則を作ることもできる。習慣の積み上げ+誘惑の抱き合わせの公式は次のようになる。一、〈現在の習慣〉をしたら、〈必要な習慣〉をする。二、〈必要な習慣〉をしたら、〈したい習慣〉をする。ニュースを読みたいけれど、もっと感謝の気持ちを表す必要があるなら、一、朝のコーヒーを飲んだら、昨日の出来事で感謝していることをひとつ言う(必要なこと)。二、感謝していることをひとつ言ったら、ニュースを読む(したいこと)。スポーツを観たいけれど、セールスの電話をする必要があるなら、一、昼休みから戻ったら、三人の見込み客に電話をする(必要なこと)。二、三人の見込み客に電話をしたら、ESPN〔娯楽スポーツテレビ放送ネットワーク〕をチェックする(したいこと)。フェイスブックを見たいけれど、もっと運動する必要があるなら、一、スマートフォンを取り出したら、バーピー〔五つのステップを基本とする運動。スクワット状態→足を延ばす→腕立て伏せ→スクワット状態に戻る→ジャンプして立ちあがる〕を一〇回する(必要なこと)。二、バーピーを一〇回したら、フェイスブックを見る(したいこと)。理想は、やがて三人の見込み客への電話や、一〇回のバーピーが楽しみになることである。そういう行いが最新のニュースを読んだり、フェイスブックを見たりできることを意味するからだ。必要な行動をすることが、したい行動ができることを意味するようになる。この章では、超正常刺激から話を始めた。これは現実を強化したもので、欲望をかきたてて行動を促す。誘惑の抱き合わせは、したい行動とセットにすることで、習慣を強化する方法だ。本当に魅力的な習慣を作るのは難しいが、ほぼどんな習慣でも、このシンプルな戦略で魅力的にできるはずだ。本章のまとめ・行動変化の第二の法則は、「魅力的にする」である。・魅力的なものほど、習慣になりやすい。・習慣はドーパミン主導のフィードバックループである。ドーパミンが増えると、行動のモチベーションも上がる。・行動へ駆りたてるのは、報酬の実現ではなく、報酬の予測である。予測が大きいほど、ドーパミンが急増する。・誘惑の抱き合わせは、習慣を魅力的にするひとつの方法だ。これは、したい行動と、する必要のある行動をセットにする戦略である。

 

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