第14章良い習慣を必然にし、悪い習慣を不可能にする方法HowtoMakeGoodHabitsInevitableandBadHabitsImpossible一八三〇年の夏、フランス人作家ビクトル・ユーゴーは、とても間に合いそうにない締め切りに追われていた。その一二カ月前、彼は出版社に新しい本を書くと約束した。ところが執筆するかわりに、他のことに没頭したり、客をもてなしたりして一年を過ごし、仕事が遅れてしまった。すると業を煮やした出版社が、あと六カ月以内という締め切りを提示してきた。本は一八三一年二月までに刊行しなくてはいけない。ユーゴーは先延ばし癖を克服するために、風変わりな策をとった。自分の服を全部集めて助手に渡し、大きなタンスにしまって鍵をかけてくれと頼んだ。大きなショール以外、着るものは何ひとつない。外出にふさわしい服がないので書斎にこもり、秋と冬の間中、がむしゃらに執筆した。こうして『ノートル=ダム・ド・パリ』は予定より二週間早く、一八三一年一月一四日に出版された。*この逸話と、本書を執筆中のわたしの状況がとてもよく似ているのは、じつに皮肉な話だ。わたしの場合、出版社はもっと寛容だったし、クローゼットに服がいっぱいあったけれど、原稿を書き終えるためには、自分を家に閉じこめなければいけないような気がしたものだ。ときには、良い習慣を身につけるより、悪い習慣を断つほうが成功につながることがある。これは、第三の法則の逆、「難しくする」である。もし自分の計画どおりに進まなくて困っているなら、ユーゴーに見習って、心理学者が「背水の陣法」と呼ぶ方法で、悪い習慣を行いにくくしてみよう。背水の陣法とは、未来の行動を導くために、現在行う選択である。未来の行動をたしかなものにして、自分に良い習慣を身につけさせ、悪い習慣から離れさせる。ユーゴーが執筆に集中できるよう服を片づけたとき、彼もやはり背水の陣を敷いていた。*これは「ユリシーズの契約」とも呼ばれている。『オデュッセイア』の主人公ユリシーズにちなんで名づけられたものだ。彼は、妖精セイレーンの魅惑的な歌が聞こえても惹きつけられて座礁しないように、水夫たちに命じて自分を船のマストに縛りつけさせた。正気なうちに未来の行動をたしかなものにしておくほうが、そのとき欲望のままに引きこまれるのを待つよりもいいと、わかっていたからである。背水の陣法を用いるにはさまざまな方法がある。徳用サイズではなく、個包装された食品を買うことで、食べすぎを減らせる。将来ギャンブルにはまらないように、カジノやオンライン・ポーカーサイトの出入り禁止リストに自ら載せてもらう。試合のために「体重調整」しなければならないアスリートは、計量前の週には財布を家に置いておくと聞いたことがある。ファストフードを買いたくなるのを防ぐためだ。もうひとつの例を挙げよう。同じく〝習慣〟専門家で友人のニール・エヤルは、タイマー付きのコンセントを買って、インターネットのルーターと電源コンセントのあいだに差しこんだ。毎晩午後一〇時になると、タイマー付きコンセントがルーターの電源を切る。インターネットが切れると、家族みんながもう寝る時間だと気づくという。背水の陣法が役立つのは、誘惑に陥るまえに、良い意志を働かすことができるからだ。たとえばわたしは、カロリー摂取を減らしたいときはウェイターに頼んで、食事が運ばれるまえに、料理の半分を持ち帰り用の箱に入れてもらうようにしている。もし料理が運ばれるまで待って、自分に「半分だけ食べよう」と言いきかせても、けっしてうまくいかない。ポイントは、良い習慣を始めるより、やめるほうがたいへんなように手順を変えることだ。もし身体を鍛えたいという気があるなら、ヨガのクラスに申し込んで、先に受講料を払ってしまおう。起業したくて胸が高鳴るなら、尊敬している起業家にメールして、電話での相談を予約しよう。実行するときが来たら、やめるには予約をキャンセルするしかない。それには労力がいるし、お金もかかるだろう。背水の陣法は、現在の悪い習慣を難しくすることで、未来に良い行動をする確率を上げるというものだ。でも、さらに良い方法がある。わたしたちは良い習慣を必然にし、悪い習慣を不可能にすることができる。習慣を自動化すれば、考えなくてもいいジョン・ヘンリー・パターソンは、一八四四年にオハイオ州のデイトンで生まれた。子ども時代は家の農場を手伝いながら、父の製材所で働いた。ダートマスの大学へ行ったあと、オハイオへ戻って、炭鉱夫向けの小さな雑貨店を開いた。それはいいチャンスのように思えた。競争相手の店はないし、客はひっきりなしにやってくる。ところが、少しも儲からなかった。ようやくパターソンは、従業員たちが売上金をくすねていることに気がついた。一八〇〇年代の半ばごろ、従業員による盗みはよくある問題だった。レシートは鍵のかかっていない引き出しに入れられていて、簡単に書きかえたり、捨てたりできた。行動を調べるビデオカメラも、取引を記録するソフトウエアもない。一日中ずっと従業員を見張っているか、すべての取引を自分でやらないかぎり、盗みを防ぐのは難しい。この状況に悩んでいると、「リッティの正直な会計係」という新しい発明品の広告に出合った。同じくデイトンに住むジェームズ・リッティによって考案されたもので、世界初のキャッシュレジスターである。この機械は取引が終わるたびに、現金とレシートを自動的に内部に閉じこめる。パターソンは、一台五〇ドルで二台買った。店員による盗みは、一晩でなくなった。それからの六カ月で、パターソンの商売は赤字から五〇〇〇ドルの黒字になった。現在の一〇万ドル以上に相当する額だ。パターソンはこの機械にとても感心し、仕事を変える決心をした。リッティから発明の権利を買い取り、ナショナル・キャッシュ・レジスター社を起ち上げた。一〇年後、この会社は一〇〇〇人以上の従業員を抱えるようになり、当時もっとも成功したビジネスになっていった。悪い習慣を断つ最善の方法は、実行困難にすることである。行う選択肢がなくなるまで、抵抗を大きくすればいい。キャッシュレジスターのすばらしい点は、盗みを事実上不可能にすることで、倫理的行動を自動化したことだ。従業員の態度を変えようとするのではなく、自動的に望ましい行動をさせたわけである。行動のなかには、キャッシュレジスターの導入のように、何度も繰りかえして効果をもたらすものがある。この一度だけの行動は、はじめに少しの労力を要するが、時とともに価値を増していく。一度だけの選択行動が何度も報酬をもたらすとは、じつにすば
らしいアイデアではないだろうか。そこでわたしの読者に、長つづきする良い習慣へとつながった、一度だけの行動がないかと尋ねてみた。次の表は、もっとも多かった回答を記したものである。ふつうの人がこのリストの行動を半分でも実行したら、たとえ習慣について考えなくても、ほとんどの人が一年後には生活が良くなっているにちがいない。この一度だけの行動は、行動の第三の変化をそのまま適用したものだ。これによって、良い睡眠や、健康的な食事、生産的な行動ができ、貯金がしやすくなり、生
活を改善できるようになる。もちろん、良い習慣を自動化し、悪い習慣を断つ方法はたくさんある。典型的なのは、テクノロジーを利用する方法である。テクノロジーによって、以前は難しくて苦痛で面倒だった行動を、易しくて楽でシンプルな行動に変えることができる。正しい行動を保証するたしかで効果的な方法だ。この方法は、たまにしか行わないため習慣になりにくい行動の場合に、とくに役立つ。投資ポートフォリオの見直しのように月ごとや年ごとに行うものは、それほど繰りかえさないので習慣になりにくい。だから、テクノロジーが見直すよう「思い出させてくれる」と、たいへん便利である。他の例も挙げてみよう。・投薬………処方薬は自動的に補充することができる・個人資産…従業員は退職に備えて自動引き落としで貯金できる・料理………食事配達サービスで食料品の買い物ができる・生産性……ソーシャルメディアは、ウェブサイトブロッカーというソフトで閲覧制限できる生活をできるだけ自動化すると、まだ機械にはできない作業に労力を使える。それぞれの習慣をテクノロジーにゆだねることで余った時間とエネルギーを、次の成長段階へと注ぐことができる。数学者で哲学者のアルフレッド・ノース・ホワイトヘッドが書いたように、「考えずに行える作業の数が増えることによって、文明は進んでいく」もちろん、テクノロジーの力が不利に働くこともある。テレビドラマの数話分を一気に観るのが習慣になってしまうのは、画面を見つづけるより、やめるほうが努力がいるからだ。次のエピソードへ進むためにボタンを押さなくても、ネットフリックスやユーチューブが自動再生してくれる。あなたはただ目を開いているだけでいい。テクノロジーによってとても便利になったため、ほんの少しの気まぐれや願望で行動できるようになった。ちょっと小腹がすいたら、食事を宅配してもらえる。ほんの少し退屈だと思ったら、ソーシャルメディアの広大な世界に没頭できる。願望による行動に必要な労力が事実上ゼロのとき、そのときのあらゆる衝動にいつのまにか引きずられてしまう。自動化の欠点は、知らないうちに易しい作業から易しい作業へと飛びついてしまい、もっと難しいが最後には報われるもの、つまり仕事のための時間がなくなることだ。わたしはよく、一息入れるたびにソーシャルメディアに惹きつけられる。ほんの一瞬でも退屈だと思うと、スマートフォンに手をのばす。このささやかな気晴らしを「ちょっと休憩してるだけさ」とすませることは簡単だが、やがて積み重なれば深刻な問題になりかねない。「もう一分だけ」といつも引き伸ばしてしまい、大事なことが何もできなくなってしまう。(わたしだけではない。人は平均して一日に二時間以上、ソーシャルメディアで時間をつぶしている。一年に六〇〇時間も余分にあったら、どんなことができるだろう?)
本書を書いていた一年間、わたしは新しい時間管理術を試してみた。毎週月曜日、ソーシャルメディアのアカウントのパスワードを、助手にすべて変更してもらう。わたしはどのデバイスでもログインできない。だから平日のあいだ、気を散らすことなく働ける。金曜日になると、助手が新しいパスワードを送ってくれる。わたしは週末のあいだソーシャルメディアをたっぷり楽しみ、やがて月曜の朝がくると、助手がまたパスワードを変更する(もし助手がいないなら、友人や家族とチームを組み、毎週お互いのパスワードを変更しよう)。いちばん驚いたのは、思ったより早くそれに慣れたということだ。ソーシャルメディアを断った最初の週に、今までのようにしょっちゅうチェックする必要などない、とくに毎日する必要はないと気がついた。あまりにも簡単に見られたから、毎日するのが当然になっていただけだ。悪い習慣が不可能になると、有意義な作業をしようというやる気が、自分にはちゃんとあることがわかった。環境から心理的なキャンディーを取り除いたら、健康的なものを食べやすくなったというわけだ。自動化は有利に働けば、良い習慣を必然にし、悪い習慣を不可能にする。そのときの意志に頼るのではなく、未来の行動をたしかなものにする究極の方法だ。背水の陣法、一度だけの戦略的な決断、そしてテクノロジーを利用すれば、必然の環境を作ることができる。その環境では、良い習慣はただ望んでいるだけの結果ではなく、事実上保証されている結果である。本章のまとめ・行動変化の第三の法則の逆は「難しくする」である。・背水の陣法とは、未来の良い行動をたしかなものにするための現在の選択である。・未来の行動をたしかなものにする究極の方法は、習慣を自動化することだ。・良いマットレスを買ったり、自動積立てのプランに申し込むというような一度だけの選択は、未来の習慣を自動化し、時とともに見返りが増していく行動である。・テクノロジーを使って習慣を自動化することは、正しい行動を保証するためのもっともたしかで効果的な方法だ。
第四の法則満足できるものにするTHE4THLAW MakeItSatisfying
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