MBOSは理想論?第2章から第4章まで、チャレンジ目標のPlan→Do→Seeを意欲的、かつ自律的に展開するための具体的な方法や留意点を述べてきた。
それは筆者の体験をベースにしたMBOSであり、一般的に行われている、いわゆる目標管理とは趣を異にするものである。
そのため、「本当にこんなことができるのだろうか?」という疑心暗鬼を持っている読者もいるのではなかろうか。
実はその昔、筆者もそうだった。
1991年の始め頃、あるディスカッションの席上で、筆者は生意気にも「MBOSは理想論なのでは?」と発言した。
人と仕事をうまく結びつけるためにはチャレンジ目標が必要であり、目標設定や達成活動に際してはセルフ・コントロールの力を最大限に引き出すこと。
それがMBOSのコンセプトであり、その文言は以前から知っていた。
しかし、セルフ・コントロールの開発がどうしても腑に落ちない。
人間が潜在的に持っている意欲や自律性を引き出して、苦しさの伴うチャレンジ目標を粘り強く追いかけること。
理想としてはもっともだが、本当にそんなことはできるのか。
あまりにも、綺麗ごと過ぎるのではないか。
世の中には、限りなく他律的な生き方をしている人もいるようだ。
自分自身にしても、威勢よくチャレンジテーマを掲げたものの、達成の苦しさゆえに挫折して、易きに流れた過去がある。
やはり、セルフ・コントロールは鉄人のみが持つ力。
そんな思いにとらわれて、「MBOSは理想論……」と口走ったのだ。
『黒字浮上!最終指令』との出会い筆者の発言に、先輩コンサルタントが反応し、「MBOSがうまくいった事例がある。
『黒字浮上!最終指令』(猿谷雅治/ダイヤモンド社/1991年)を読んでみたら……」というアドバイスが飛んできた。
同書には、意欲・能力・責任感のかけらも感じられなかった町工場の人たちが、潜在能力を発揮して、万年赤字の会社を黒字に転換したプロセスが克明に描かれているという。
著者は住友金属鉱山(株)の元常務であり、同社の目標管理制度の創造と推進に深くかかわった「日本のMBOSの草分け的存在」と言われている人である。
子会社の社長時代の実体験を小説風に仕上げたという。
さっそく本を買い求め、むさぼるように読み込んだ。
『黒字浮上!最終指令』のあらすじ本書の内容は、一部上場会社の部長級の男が、万年赤字の子会社に社長として出向して、赴任後9ヶ月目から黒字に浮上させた物語である。
赤字会社を再建する事例は必ずしも珍しいものではないが、本書の物語には、次のような特徴がある。
この男(沢井正敏)が出向を命じられたときの、親会社社長からの条件は、(1)この子会社が黒字に浮上できるかどうかの最後の戦いをしてみること(2)戦ってみて黒字浮上不能の結論になったら、会社を整理すること(3)以上の結論を1年後に出すことというものである。
1年後につぶす可能性が高いということは、(1)設備投資等、多額の金額を要する戦略、戦術はとれない(2)採用等による人員増加はできないということになる。
つまり沢井は現有設備、現有人員によってその会社の黒字浮上をはからねばならないのである。
したがって、いわゆる組織の活性化による業績向上だけが沢井に残された方策となる。
赴任した沢井は、長年の赤字経営によって沈滞し、やる気を失って、暗くじめじめした雰囲気のなかで、逃避的で無責任、面従腹背、現状墨守……などなど、冷えきった人びとに直面する。
そして、ここから彼の戦いがはじまる。
沢井は、彼の哲学を基礎に、目標による管理の思想を中軸にして、さまざまな方策を打ち出していく。
人びとは意欲づけられ、燃えて、組織が動きはじめる。
生産性と品質が向上し、コストが下がる一方で、販売組織の活動も強くなっていく。
その結果、赴任後わずか9ヶ月目から、この会社は黒字浮上に成功する。
9ヶ月という短期間に、現有設備、現有人員で、組織をこれだけ変化させた沢井の打った手とは具体的にどんなものだったのか。
またその背後にある沢井の哲学と目標による管理の思想とは、どのようなものなのか。
これを一つの物語として具体化し、最後にこの物語を理論的に整理したのが本書である。
(黒字浮上!最終指令新装版/まえがき)温かい涙と共感を覚えながら読み進むこの本をある所まで読んだとき、筆者は大変な感動を覚えた。
そして、涙が止めどもなく溢れてきた。
それは、何かとても温い心情に触れたとき、自然に湧き出る涙と、切々と訴える人間の思いに共感する涙とが入り交じったものであった。
その箇所とは、以下の文章である。
2月10日の午後、沢井は例によって現場を歩いていた。
今では協力会社の社員たちも含めて、「おはよう」とか「ご苦労さん」という沢井の声に、ほとんどの人が笑顔で挨拶を返すようになっている。
だが200名余りの人びとのなかで、ところどころに返事もせず、いまだに沢井と言葉を交わしたことのない人が何人かいた。
人間いろいろだ。
200人もいると私と肌が合わない人もいれば、なかには私を嫌っている人もいるかもしれない。
あるいは無口な人、口下手で人と話すのが苦手な人もいるだろう─と沢井は考えていた。
そういう人のそばへ行くと、黙々と仕事をしているその人の背中に「ご苦労さん」と声をかけて、返事を期待せずに沢井は通りすぎていく。
この日も、鋳造工場の造型の職場に来た沢井は、小林研三という作業員の背中に「ご苦労さん……」と声をかけて、そのまま通りすぎようとした。
彼もまだ一度も話したことのない人の一人であった。
しゃがんで砂型の手入れをしていた小林が、慌てて立ち上がった。
沢井はすでに数歩先へ行っている。
小林の顔が緊張し、真っ赤になった。
工場内の騒音を
突き破って、小林が大きな声を出した。
「社長!」沢井の背中がビクッとして、止まった。
ゆっくりふり返った沢井の前へ、小林が近づいた。
「小林君か。
どうした。
何かね」「あのう……う、オレ、あんたの本を読んだよ」「え、私の本を……」「うん、この間の日曜日、用事で駅前へ出て、本屋に入ったら、そうしたら、あんたの本があったから」「買ってくれたのかね」「うん、買った。
なんたってうちの社長が書いた本だもの」「で、読んでくれた」「読んだ」「どうだった」「うん、面白い。
仕事だけじゃなく、生活していくうえでも役に立つ。
勉強になった」しばらく本の内容についての話が続いた。
話していることは本のことだった。
だが沢井の心のなかには全然別のことが伝わってくる。
小林は、沢井を嫌って話をしなかったのではない。
むしろ沢井と立ち話がしたくてしょうがなかったのだ。
だが、中学卒ですぐ仕事につき、真面目一本槍に固く生きてきた小林にとって、沢井という男はあまりにもかけ離れた存在だった。
東大卒、親会社からの出向社長、経営管理に関する著書も何冊かある勉強家―沢井は雲の上の人で、とても対等に話はできない。
少なくとも常日ごろ仲間や家族と話している低次元の話題では、社長に失礼になる、とこの真面目な男は考えたのだ。
何か高級な話題を探して……と思っているところへ、沢井の本を見つけた。
これだ。
この本を話題にすればよい。
とうとう見つけたぞ。
小林は喜んでその本を買い、読んだのだった。
そして沢井と話しのできるときを待っていた。
ところが沢井のほうは、どうせ返事もしない人間だとレッテルを貼って、ご苦労さん、とひと声かけて、足早に通りすぎてしまう。
沢井の気づかぬ間に、何回か声をかけようとしてためらったにちがいない。
そこで今日、通りすぎた沢井の背中へ、勇気を出して大声で呼び止めたのだ。
やっと社長と話しができた。
オレは今、こうして向き合って、社長と話しているんだ―。
小林の熱っぽい心が、沢井のなかにどんどん流れ込んでくる。
話の中身なんかどうでもいい。
―今日家へ帰ったら、女房や子供にオレは言う。
「今日オレは社長と話したんだ。
二人だけで向き合って、対等にな……」小林のこんな気持もつかめないで、オレが嫌いなのか、それとも無口な男か、と一方的に決めつけてレッテルを貼ってしまった自分の固い心が、沢井は情けなかった。
人間200名もいれば、オレを嫌う人が何人かいるのが当たり前と、自分に都合のよい言いわけをこしらえる。
何百人いたって、すべての人をこちらから好きになっていけるような人間になれないのか。
砂だらけの汚れた顔のなかで、眼と歯を白く輝かせて、いきいきと話しかけてくる小林を見ながら、沢井は痛切な反省におそわれていた。
SD(セルフ・デベロップメント・トレーニング)やTAを含めて勉強を積み重ねてきたつもりのオレが、この程度なのか。
50年の人生、オレは何を勉強してきたのか。
どうも様子が違う!涙と共感を織り交ぜながら、『黒字浮上!最終指令』のすべてを読み終えたとき、そこには筆者の思い込みとはまったく違う、MBOSの輪郭が現れた。
上司と部下とが一対一で面接し、「何を目標にするのか、どこまでやるのか?」をお互いに納得するまで話し合い、そのプロセスでヤル気を高めていく。
それがMBOSだと思っていたが、そんな短絡的な場面はどこにもない。
繰り返し出てくるのは、人間同士の心と心の触れ合いが仕事の成果を上げるための問題意識と問題解決意欲を高めていく、という情景である。
どうも様子が違う。
MBOSの実践には、自分の知らない奥深い世界があるようだ。
いくつかの印象的な場面が脳裏に焼きついて離れない。
その場面を何度も何度も反芻し、そして考えた。
著者は何を訴えようとしたのだろうか。
もう一度、読み返す。
矢も盾もたまらずに、著者に会いに行き、そこから押しかけ弟子の人生が始まった。
これが、筆者をMBOSの虜にするきっかけとなった出来事である。
もしも、この本との出会いがなければ、これほどまでMBOSにはのめり込まなかったであろう。
ノウハウの蓄積もままならなかったのではと思っている。
本書の背景には、間違いなく、『黒字浮上!最終指令』の世界が存在するのである。
その黒字浮上の物語の所どころを借りながら、もう一度、第2章から第4章までのエッセンスを復習し、若干の補足説明をしてみたい。
マネジメントの目的は「ともにハッピー」『黒字浮上!最終指令』の物語の随所には、「哲学の必要性」が説かれている。
確かにそうだ。
マネジメントに際しては哲学が必要だ。
哲学とは「深い思索と経験から導き出された〝信念〟」であり、リーダーに哲学がなければ、言動はブレやすく、人々の信頼も得にくくなるだろう。
沢井社長の哲学は明快だ。
「共生の哲学」である。
「会社というものは、人類をより幸せにするために、人間によってつくられた1つのシステムなのだ」という企業観から説き起こし、「〝人間が会社に従属する〟のではなく、会社と働く人々が〝共生の関係〟を構築することが大切だ」と従業員に訴える。
従来、会社は業績向上の手段として従業員を見ていたが、それは間違いだ。
確かに、人は「会社のハッピー」を実現するための経営資源の1つには違いない。
しかし、モノでもなければカネでもない。
生身の人間であり、この世から消えるまで「ハッピー」を求めて生きている。
辛いことや悲しいことがあったとしても、ときどき訪れるハッピーが薄めてくれる。
ハッピーなしには生きられないのが人間である。
このような考え方に立脚し、会社のハッピーのみならず、働く人々の働きがいも真剣に追い求め、「ともにハッピー」の状態を実現すること。
それが共生の哲学である。
ともにハッピーの求心力は「経営方針」沢井社長は、「ともにハッピー」を実現するためには求心力になるものが必要だと考えた。
この会社の現状は、逃避的で無責任、非協力的で保守的な人たちの寄り集まりで、とても組織と呼べるようなものではない。
そんな人たちを意味ある集団に変身させる。
そのためには、まず「経営方針」が必要だ。
経営方針とは「わが社における正しい行動の在り方」を示したものであり、経営陣をはじめ、すべての従業員にとっての行動規範となるべきものである。
沢井社長は3つの経営方針を打ち上げる。
・オレがやる・協力する・明るくするこれらの文言の持つ意味を従業員がハートでズシンと受け止める。
そうでなければ、経営方針は組織の求心力にはなり得ない。
現実に、言葉遊びに終始している事例は山ほどある。
だから、沢井社長は朝礼などで、その必要性を繰り返し訴えた。
身をもって示すのも忘れない。
毎日現場を回って従業員にストロークを打ち込むなど、社長の立場で経営方針を実践したのである。
実務の求心力は「全社目標」経営方針の浸透は、ともにハッピーへの気運を高めるのに成功した。
しかし、それだけでは組織の求心力としては物足りない。
もう1つ、「全社目標の共有化」が必要だ。
働く人々は、全社目標を「自分のチャレンジ目標」に落とし込み、その達成活動を展開する。
目標が達成されれば、会社はハッピーであり、働く人々も達成感や「努力が報われた」という充実感を味わえる。
金銭的報酬も入手でき、ハッピー感が増幅する。
また、働く人々は、「チャレンジ目標のPlan→Do→See」の各々のプロセスで、「他力」、もしくは「自力」で働きがいを手に入れる。
前者は「他者からの関心と愛情」や「上司からの称賛」などであり、後者は「仕事の面白さ」や「有能感の手応え」などである。
このように、会社のハッピーも働きがいも、「チャレンジ目標のPlan→Do→See」なしには入手不可能な世界であり、出発点には「全社目標」が存在する。
その全社目標の共有化を図ること。
それは、ともにハッピーの実現に向けた臨場感の伴った求心力づくりの作業である。
沢井社長は、全社目標の設定と優先順位を、悩みに悩んだ結果、全社目標の1番目が「安全第1(休業災害ゼロ)」、2番目が「黒字達成(年間経常利益1億円以上)」と決定する。
従業員が怪我をしないことと黒字浮上とを秤にかければ、やはり従業員の安全が重い。
そういう思いを込めて、1番と2番の順位を決めたのである。
しかし、このような難度の高い目標を本気になって達成しようとすることは、従業員にとって修羅場以外の何物でもない。
なにせ、万年赤字の会社であるために、黒字浮上などは実現不可能だと思い込んでいる人もいる。
「そんなハードな仕事は御免だ」と修羅場を避けたい人もいるだろう。
このままでは、全社目標は社長と経営陣だけの目標になってしまい、達成するのは至難の業である。
全社目標を浸透させる沢井社長は、全社目標の浸透と、従業員の修羅場に入る決意を促すために、職場のリーダー研修を実施した。
テーマは、「経営陣とリーダーとの思いのすり合わせ」と「目標達成の阻害要因の明確化とその対策の検討」である。
それらをみんなでワイワイと議論する。
コミュニケーションを活発にするために、職場のリーダーの何人かは社外研修に送り込む。
単なる自己啓発やスキルの習得のためではない。
ワイワイガヤガヤの旗振り役をうまくやるためである。
そんな努力と経営陣の熱意とがあいまって、職場のリーダーたちは全社目標と解決すべき課題を腑に落とす。
経営陣との距離感も縮まって、一体感が醸成される。
研修を終え、職場に戻ったリーダーは「職場の目標設定ミーティング」を開催する。
そこでは、職場目標を達成するための「メンバー個々人の役割分担」が検討され、それにもとづく「個人目標」もメンバー全員で合意する。
このような目標設定や進捗管理の仕方を、「MBOSのオープン展開」と呼ぶ。
沢井社長は、長年のMBOSへの取り組み経験から、「クローズド・システム」の展開には限界があることを知っていた。
クローズド・システムとは、上司と部下とで、部下の目標を囲い込むような一対一の個人面接スタイルであり、良さもあるが致命的な弱点を持っている。
弱点の1つは知恵の創出に関することである。
「黒字にするために何をすればいいのか?」というような知恵の出し合いを個人面接でやろうとするのは無謀であり、「衆知を集めること」が必要だ。
2つは「協働意識」の欠落である。
仕事は分業だけでは成り立たず、協働が必須であるが、個人面接で協働状態を作り出すのは難しい。
「みんなとの約束事をやり切る」とか、「協力する、補佐する」というチームワークの強化はオープンシステムに委ねざるを得ない領域である。
3つは「競争意識」の欠落だ。
モチベーションの源泉の1つに競争意識があるが、個人面接ではその刺激を受けにくい。
ヤル気を出すためには、職場のメンバーが「協力しながら競争する」という状態づくりが不可欠である。
修羅場が潜在能力を引き出すMBOSのオープンシステムに則って、沢井社長はより具体的な修羅場づくりに打って出た。
「営業の努力で受注はかなり確保できている。
しかし製造がうまく動いていない。
私はかねがね200トンできたら確実に黒字になると思っている。
そこでこの11月は製造の全力投球をしてもらう。
残業、公休出勤もギリギリまでやってもらいたい。
当社は頑張ったら月に何トン製造できるのか。
今月はみなさんの掛け値なしのトコトンの力を試してみたい。
つまり、当社の現状における瞬間最大風速をつかんでみたい」こう沢井社長は従業員に訴えて、協力を要請したのである。
これは会社が一皮むけるためのチャレンジであり、従業員にとっては潜在能力を試される修羅場である。
結局、社長も従業員も、協力会社の人たちも、へとへとに疲れ果てるまで働いて、230トンの製造量を記録した。
会社と個人の潜在能力の存在は証明されたのである。
しかし、それはみんなが無理に無理を重ねた結果であり、毎月こんなことをやっていたのでは潰れてしまう。
もっと楽に働いて黒字になるような仕組みが必要だ。
今度は「その仕組みづくり」を職場目標に設定し、新たな挑戦をしてみよう。
そう従業員に呼び掛けて、次なる修羅場を沢井社長は用意する。
このように、会社も個人も成長するためには潜在能力の開発が必須であり、それを可能にするのが修羅場体験である。
しかし、修羅場は苦しく、一人で潜ろうとすれば濁流に飲み込まれ溺れてしまう。
修羅場の乗り切りにはチームワークが必要なのである。
チームワークが分業の質と意欲を刺激する
組織は「分業」と「協働」の仕組みであり、分業は個人目標のPlan→Do→Seeの推進を、協働は分業と分業との相乗効果の促進、すなわち個人の総和以上の組織パワーの創出を意味している。
その協働のあり方を一般的にはチームワークと呼ぶ。
チームワークの主たる機能は、分業同士の「利害損得の調整」と「相互協力の促進」、それと「一体感の醸成」である。
それらがうまく機能すると、個人目標のPlan→Do→Seeの質が向上し、達成意欲や責任感も刺激を受ける。
結果として、潜在能力が開発される。
そういう影響関係がチームワークと分業との間には存在するのである。
この関係に着目し、さまざまなチームワークの強化策を展開し、一人ひとりの意欲的、かつ自律的な働きぶりを引き出そうとするのが「組織の活性化」である。
「同時並行多面作戦」がセルフ・コントロールに火をつける沢井社長は組織の活性化を「同時並行多面作戦」と命名し、ありとあらゆることに手を打った。
たとえば、結局何も決まらない会議のやり方を改善する。
部門を横断した問題解決プロジェクト・チームを立ち上げる。
適材適所の人事配置も実行する。
あるいは、従業員のプライドを高めるために新たな社章(バッジ)づくりに着手して、そのデザインを従業員の家族も含めたみんなから募集する。
さらには、職場を明るくするための一環として「花壇づくり」にも精を出す。
トイレや食堂などの福利厚生にも配慮する。
いずれも、「効率的な仕事の仕組みづくり」と「人の心への働きかけ」との両面からのチームワークの強化策である。
それらの方策に働く人々が熱く反応し、目標達成に向けた自発的な動きがあっちでもこっちでも始まった。
忘れかけていた仕事の面白さを久々に味わって、休憩時間の雑談にも仕事の創意工夫に花が咲く。
無表情で無気力だった人たちに笑顔が戻り、「目標達成はオレがやる」、「自らすすんで協力するし、明るくする」という決意も芽生えてきた。
それは内発的動機づけの喚起であり、働く人々がセルフ・コントロール(内発的動機づけによる意欲的、かつ自律的な行動)のモードに入ったことを意味している。
このモードに入れば、その先には一気呵成の「安全第1、黒字達成」に向けた活発な目標達成活動が待っている。
人が燃え組織が動いて、不可能と思われた「黒字浮上」が実現したのである。
セルフ・コントロールについてまとめようMBOSは、一人ひとりが上位計画と連動した「ギリギリ背伸びのチャレンジ目標」を設定し、その達成を「意欲的、かつ自律的」に追いかけるプロセスである。
しかし、それをごく自然にやり切るのはひと握りの特別な人であり、普通の人には難しい。
最大の難しさは、「会社の目標を自分の目標に同化させること」ではないか。
もし、同化がうまくいけば、あとは比較的簡単で、働く人々は自主性を発揮して意欲的にチャレンジ目標を追いかける。
それがセルフ・コントロールの世界であるが、MBOSの目標はプライベートの目標のようにはセルフ・コントロール状態が訪れない。
プライベート目標においてセルフ・コントロールが容易なのは同化の努力が不要だからである。
たとえば、筆者はこの本の執筆を8ヶ月前に決意した。
誰に言われたわけでもなく、自分でそうしようと思ったのだ。
なおかつ、目標を達成することに「大いなる魅力」も感じる。
そういう「自分で決めた自分の目標」だから、何が何でも達成したいと強く思う。
その思いがセルフ・コントロールの源泉であり、それは「目標設定そのもの」が必然的にもたらすパワーである。
ところが、MBOSの目標はそうはいかない。
出発点には会社の目標が制約条件として存在し、自分の意思決定を制約する。
目標達成の魅力もピーンと来るものがあまり見当たらないかもしれない。
チャレンジ目標は設定してみたものの、それはあくまでも「会社のための目標」であって「自分の目標だ」という実感が湧きにくい。
だから、同化の努力が必須であり、そのままでは「趣味の世界ではあんなにイキイキしているのに、それが仕事でなぜできない!」という状態になってしまうのが常である。
では、自分が背負う業務目標を自分の目標と受け止めて、セルフ・コントロール状態を作り出すためにはどうしたらいいのか。
それは、チャレンジ目標のPlan→Do→Seeの各場面において、「納得感と責任感」を育てて、「仕事の面白さや自己成長の手応え」を実感することである。
これが基本であるが、そこにもう1つ、外発的動機づけを差し込むことも重要だ。
働く人々の意欲的行動は内発的動機づけだけでなく、他者からの承認や称賛という外発的動機づけにも支えられており、多くの人たちがその充足を望んでいるからである。
このような、チャレンジ目標のPlan→Do→Seeの場面における内発的動機づけと外発的動機づけは、一対一の個人面接だけでは限界があり、オープン展開との組み合わせが必要だ。
みんなでワイワイガヤガヤと語り合いながらヤル気を高めていくのである。
ここまでやれれば、会社の目標は自分の目標とかなりの程度同化して、セルフ・コントロールのパワーも強まるであろう。
しかし、油断は禁物だ。
人間は複雑な生き物であり、四六時中、仕事のことばかり考えたり、仕事がらみの話をするだけでは疲れがたまり、セルフ・コントロールのパワーも陰りを見せる。
仕事の合間には、遊び心を楽しんだり、憩いの時間を持つことも必要だ。
また、仕事の持ち場を離れて、仕事に必要な知識を充電するという勉強の場も大切である。
そのようなリフレッシュや勉強があるから、再び修羅場に突入する気力も湧いてくるのである。
リフレッシュや勉強に有効な方策を職場の行事として仕事の中に組み入れて、その行事とチャレンジ目標のPlan→Do→Seeの各場面における動機づけとをうまく融合させること。
それが「同時並行多面作戦」であり、チームワームの強化と働く人々のセルフ・コントロールの促進剤として不可欠な押さえどころと考える。
普通の人間がセルフ・コントロールに火をつけて、それを維持することは簡単なことではない。
それが身にしみてわかっているから、自ら飛び込まず、一歩引いて他者の努力を傍観したり、「オレには無理だよなぁ〜」と逃避を決め込む人が出てくる。
しかし、本来、人間はセルフ・コントロールの力を潜在的に持っていて、その顕在化は「同時並行多面作戦」の展開により可能なのではないか。
少なくとも、今までの体験から、筆者はそう固く信じている。
「社長、あんたが来てから何となく忙しくて、わしら、あれよ、あれよと言っている間に、気がついたら黒字になっていたよ」、「やれ標語を出せ、ポスターを書け、新しいバッジを配るぞ、QCの勉強しろ、合宿研修だ、花壇を作れ、何だかんだと仕事と仕事以外の何やらとごちゃまぜにして、バタバタと走りまわっているうちに黒字になっちゃった」これは、「同時並行多面作戦」でセルフ・コントロール状態を経験した、『黒字浮上!最終指令』の会社の従業員の後日談である。
おわりにミドルを応援したい筆者の職業は教育コンサルタントである。
世間の人からは研修講師と呼ばれているが、モノを教える講師ではない。
マネジメント研修に参加する人たちの「モチベーションの刺激剤」になることが、自分の付加価値だと思っている。
受講者の大半は「課長やチームリーダー」と呼ばれる、いわゆる「ミドル・マネジメント」という階層に属している人たちだ。
ミドルというと、何かマイナーな響きを感じる人も多いと聞く。
事実、「ミドル:会社の中でいちばん多くいる種族。
〝若くはないが偉くもない〟という人すべての総称」(『ビジネス版悪魔の辞典』/山田英夫/株式会社メディアファクトリー/1998年)、と揶揄される対象である。
しかし、ミドルは間違いなく、会社を支える屋台骨である。
揶揄されようが、ときには嫌悪されようとも歯を食いしばって働いており、その努力なしに会社の成長はあり得ない。
そういう存在がミドル・マネジメントである。
また、多くのミドルはプレイング・マネジャーであり、自分自身の担当業務を持っている。
重要客先の担当であったり、主要技術の開発業務であったりする。
それだけでも大変な仕事なのに、それに加えてマネジメントも担当する。
野球でいえば、4番バッターと監督の兼任であり、とても月並みな言葉では表現できない重責労働である。
上級マネジャーは、背伸びしても届かない天文学的数字を平気で投げてきて、達成方法は「現場で考えろ!」と突き放す。
自己主張は一人前でも、責任感の希薄なメンバーもいる。
役職離脱の年長者はいまだに上司顔で接してくる。
最近では外国人のメンバーも珍しくなく、彼らは何を考えているかよくわからない。
そのうえに、わがままなお客様からは無理難題が飛んでくる。
これが現場の実態であり、ミドルはもろもろの問題解決に振り回され、あっという間に1日が暮れていく。
へとへとの心と体を引きずって、家路を急ぐ電車の中では「マネジャーとは雑用係かぁ。
あぁ~、あぁ、課長なんかにならなければ……」と嘆きの吐息を漏らしてしまい、家に帰れば愚痴の1つも言いたくなる。
それが平均的なミドルの実態なのではなかろうか。
そんなミドルを筆者は応援したい。
ミドルの元気に役立つような、マネジメントのヒントを提供したい。
そういう思いを込めて、この本を執筆した。
マネジメント仮説の構築を!ミドルが元気を出すためには、自分なりの「マネジメント仮説」を持つことが必要だ。
仮説とは「今現在の己の信じる道」であり、仮説があれば明日の行動が見えてくる。
プレイング・マネジャーの「限られたマネジメント時間」の有効活用も可能になる。
仮説は、ミドルを元気に導くためのナビゲーターとして機能する。
だから、仮説づくりをしてほしい。
仮説づくりに際しては、「手掛かりとなる情報」が必要だが、いちばん身近にある情報源は「自分の体験」である。
すでにマネジメント経験のある人は「自分のマネジメント行動」を振り返り、うまくいったことや失敗したことなどを整理する。
経験のない人は、メンバーの立場から見たリーダーの行動で、「なるほど……、もし自分が上司だったら……」と思ったことを書き出してみる。
書きとめる行為は「自分に言い聞かす」という効果があり、それだけでも、やってみる価値は十分ある。
しかし、自分の体験は断片的であり、それだけではマネジメント仮説の構築は難しい。
全体を支える「背骨」がほしい。
背骨があれば、「体系的な仮説」が可能である。
本書で解説したMBOSは、筆者の実体験や見聞を整理した筆者なりの仮説であり、ミドルの「仮説づくりの背骨」になり得るものと信じている。
目標管理制度を導入済みの会社はもちろんのこと、マネジメントに携わるすべてのミドルに推奨したい「マネジメントの基本枠組み」である。
仮説づくりと並行して、仮説を試してみることも大切である。
実践してこそ、仮説は価値がある。
そう頭でわかっていても、実践は別物だ。
MBOSは当たり前の地道な実践の世界ゆえ、頓挫することも珍しくない。
やり切るためには「一途な思い」と「愚直さ」が必要である。
その思いを持って真っ直ぐ取り組めば、何らかの手応えがあり、仮説の補強も可能になる。
「マネジメントの面白さ」も実感される。
そんな好循環をイメージして、仮説の実践に励んでほしい。
現場のミドルは奮起せよ!日本はすでに、知識労働の時代に突入した。
20年以上も前に、ドラッカーが言った通りの事態である。
「これまでの100年は、肉体労働の生産性の向上に成功した国や産業が世界経済のリーダー役となった。
はじめにアメリカ、次にドイツと日本が続いた。
これに対し、これからの50年において世界経済のリーダー役となるのは、〝知識労働の生産性向上〟に成功した国や産業である」(『テクノロジストの条件』/P・F・ドラッカー/ダイヤモンド社/2005年)。
もう後戻りはあり得ない。
大企業も中小企業も、定型労働の手際の良さが生み出す「規格品の大量生産」から「知恵の創出産業」への変身をせざるを得ない状況に置かれている。
マネジメントも「アメとムチのマネジメント」からMBOSへの切り替えが急務であり、その成否のカギを握っているのが「現場のミドル」である。
だから、ミドルには、MBOSのコンセプトを具現化した自分のマネジメント仮説を本気になって実践してほしい。
今がミドルの力の見せ所、そう奮起した現場のミドルが大勢現れること。
それが筆者の切なる願いである。
謝辞本書の執筆にあたり、いろいろな方々のお世話になった。
『黒字浮上!最終指令』との出会いがなければ、おそらく本書は存在しなかったであろう。
著者の猿谷雅治氏(平成10年没)との深い交わりがあったからこそ、MBOSをライフワークにすることが可能になった。
まずは、同氏と、同氏亡き後も温かい心で筆者を包み込んでいただいているご家族に、最大限の感謝の意を表したい。
多くの企業や公共団体のご支援もいただいた。
情熱だけが取り柄の未熟な筆者に期待をかけて、40歳代から今日まで、20年以上の長きにわたり、仕事を出し続けてくれる会社もある。
大規模企業にもかかわらず、MBOS研修の全社展開を筆者一人に委ねてくれた会社も数社ある。
教育コンサルタントのみならず、戦略コンサルタントをも兼任させ、東証1部上場のプロセスを間近で見させてくれた会社もある。
経営の細部にまで筆者を立ち入らせ、現実の修羅場を体験させくれた中小企業の社長もあまたいる。
いずれも、「生涯、足を向けて寝られない存在」と感謝の気持ちでいっぱいである。
研修受講者との交流からも、多くのことを学ばせていただいた。
喫煙室での瞬間的な会話から、はっとするような気づきが得られたことも稀ではない。
「ありがとうございます」と心からお礼を申し上げたい。
また、学者やコンサルタントの方々からも、多くのヒントや示唆、それと励ましをいただいた。
とりわけ、問題解決研修の師である佐藤允一先生(自己啓発協会会長、帝京大学名誉教授)には、その包容力の大きさに感謝の念を抱いている。
末尾になったが、ダイヤモンド社の方々にもお礼を申し述べたい。
書籍編集局第一編集部の中嶋秀喜編集長には、執筆の機会のみならず、執筆パターンにも変身を促すような配慮をしていただいた。
企画から上梓までの一切合財をお世話いただいた、第一編集部の真田友美さんのアドバイスがなければ、筆者は自分の殻を打ち破れず、本書もこのようなスタイルにはならなかったであろう。
今回の執筆は、自分の潜在的可能性を感じ取る、またとない体験であったと感謝の念を表したい。
最後に、執筆にもがき苦しむ筆者に寄り添いながら、3月の誕生日を迎えた、お茶目でピュアな妻に感謝して、心を込めて本書を捧げたい。
2012年4月五十嵐英憲
[著者]五十嵐英憲(いがらし・ひでのり)1969年早稲田大学商学部卒。
資生堂、リクルートを経て教育コンサルタントとして独立。
現在、五十嵐コンサルタント(株)代表取締役。
(株)自己啓発協会インストラクター。
専門分野はMBOS(目標管理)研修やマネジメント・システムの構築支援活動。
セミナー受講、講演受講者はのべ10万人超。
著書に『新版・目標管理の本質』ダイヤモンド社などがある。
連絡先igarashi@pp.iij4u.or.jp個人、チーム、組織を伸ばす目標管理の教科書——ノルマ主義に陥らないMBOの正しいやり方2012年5月31日プリント版第1刷発行2014年12月26日電子版発行著者——五十嵐英憲発行所——ダイヤモンド社〒150‐8409東京都渋谷区神宮前6‐12‐17http://www.diamond.co.jp/電話/03・5778・7232(編集)03・5778・7263(製作)装丁—————水戸部功本文デザイン——大谷昌稔(POWERHOUSE)製作進行————ダイヤモンド・グラフィック社編集担当————真田友美
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