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第3章 神々の世界・この世・あの世

なぜ 、日本の神話は乱れてしまったのか ?第一章では 「神社参拝は神話をインスト ールする儀式 」という話をいたしました 。第二章では神話 ・古事記の暗号を紐解きました 。古事記の秘事を覗いてみると 、そこには欲望と感情がぶつかりあう 、血なまぐさく汚れたダ ーティ ー ( d i r t y )な世界が広がっています 。なぜ現実の古事記が 、そのような争いの歴史になってしまったのでしょうか ?第三章では 、その原因である 「神々の世界 」の真実に迫ります 。神様は 、全知全能でカンペキな存在だと思われている方がいます 。しかし 、それは人が勝手につくった幻想に過ぎません 。むしろ 、神様は欠点だらけで 、できないこともたくさんあります 。例えば 、神様は人が天命を果たせるように 、さまざまな計画を立てます 。そのために 、出会いや仕事やチャンスを用意します 。けれども 、人が神様の思ったような人生を歩まずに 、計画通りいかなかった … … 、なんてことはゴマンとあります 。また 、神様自身が少しでも 「この世をよくしよう 」と生まれ変わってきたけれども 、結果的に何もできずに亡くなっていった … … 、なんてこともあります 。もし 、神様が全知全能な存在だとしたら 、宗教紛争は起きませんし 、環境破壊もなく 、貧富の差もないはずです 。つまり 、神様もミスをすることがあるのです 。神様はカンペキではないから 、世の中は乱れてしまったのです 。だから 「神様を信じるな 」とか 「神社参拝してもムダ 」と言いたいわけではありません 。この章で私が伝えたいことは 、神様がつむいできた神話の世界と 、私たちが生きているこの世との関係性です 。イズモ族とヤマト族の争いが起きた背景にある理由を紐解くには 、神々の世界 ・あの世 ・この世の関係性について知る必要があります 。そもそも 、この世とあの世はどのようにして 、できたのでしょうか ?占いの大原則 (グランドセオリ ー )に 、 「ココロが現実を作る 」というものがあります 。例えば 、イライラしながら食器を洗っていると 、割ってしまった 、ということがそうです 。自分のココロにあるイライラが 、現実にウツっているのです 。他にも … …不安な状態で試験に臨んだら 、普段はしないようなミスをしてしまった 。ネガティブな思いを抱えたまま料理をすると 、美味しくなかった 。仕事でずっと失敗を恐れていたら 、周りに迷惑をかけるようなことをしてしまった 。これらは全部 、ココロが現実に反映されているのです 。場所にも同じことが言えます 。自分のココロが乱れているときは 、部屋は散らかり 、ゴミがたまり 、汚れていきます 。逆もまた真なりで 、場を整えることで 、ココロを整えることもできます 。掃除をしたら 、頭がスッキリしたり 、気持ちが軽くなった 、という経験は 、誰でもあると思います 。 「掃除をすれば 、人生が変わる 」と言われますが 、これは非常に理にかなっているのです 。他にも 、大病を患ったとします 。そのときに 、自分の今までの生き方を振り返ります 。 「そういえば 、自分は暴飲暴食するし 、不健康な生活だし 、思えば 、自分勝手にずっと生きてきたな … … 。このままだったらよくない 、生き方を改めよう ! 」と決心します 。そして 、健康的な生活を心がけて 、食生活をととのえ 、生き方を改めていきます 。すると 、病気が改善していくだけでなく 、人間関係や働き方まで変わっていった 。そんな話は 、枚挙にいとまがありません 。多くの場合 、そういう方は 、次のように言うでしょう 。 「あのとき 、病気にならなかったら 、自分の人生が誤った方向に進んでいたと思う 。人生が変わったのは 、あの病気のおかげです 」その方にとっては 、病気だったからこそ 、気づくことができたわけです 。 「このままだったらよくない 」と思って 、ココロが改まったからこそ 、現実が変わり 、そして病気が治ったという順番です 。ここまでは個人単位の話ですが 、国単位でも 、同じことが当てはまります 。例えば 、近年 、日本と韓国の間で竹島の領土問題が起きていますが 、領土の問題が起こる根本的な原因には 、感情の衝突があります 。韓国の方たちのなかには 「日本人のせいで 、苦しんだ 」という思いを抱いている方がいます 。しかし 、日本人のなかにも韓国に対して反発心を抱いている方がいます 。そのお互いの感情の衝突による 〝あらわれ 〟が竹島問題です 。日本人と韓国人の感情が高まり 、それが 、現象化しているのです 。もし 、竹島問題がなかったとしても 、お互いの感情の衝突がある限り 、形を変えて問題は起こり続けます 。あの世の真実 「ココロが現実を作る 」という話をしました 。ココロの状態にも 、いろいろあります 。日によっても違います 。良いときもあれば 、悪いときもあり 、幸せなときもあれば 、不幸なときもあります 。 〝只今 〟のココロの状態がとても重要です 。もし 、たった今 、死んだとすると 、今この瞬間のココロの状態で自分が行く 「あの世 (死後の世界 ) 」が決まるのです 。あの世は 「霊界 」と言われたりもしますが 、 「霊界 」は遠い世界にあるのでなく 、今のココロの状態とリンクしているのです 。天国や地獄は 、ココロの住所です 。過去のことを振り返って 、バッドになっているときは地獄です 。

逆に 、自分がハッピ ーなとき 、幸せなとき 、 「いつ死んでもいい 」と思えるような至福のなかにいるとき 、その人のココロは天国です 。この身体は地球にありますが 、ココロの世界は常に 〝あの世 〟と呼ばれる死後の世界とつながっているのです 。過去 、いろんな霊能者たちが 「あの世って 、こんな世界ですよ … … 」と書き残しています 。海外の霊能者だと 、スウェ ーデンボルグ 、エドガ ー ・ケ ーシ ー 、シルバ ーバ ーチなどが有名です 。日本でも 、平田篤胤 、出口王仁三郎など 。最近で申しますと 、お亡くなりになった丹波哲郎さんです 。 「大霊界 」は映画化されました 。 「私は霊界の宣伝マンですから 」 「あの世があるということを 、この世に伝える役割がありますからね 」とおっしゃっていました 。そういった方たちは 、 「あの世はこうだった … … 、ああだった … … 」と 、いろいろなカタチで表現されています 。天国に行く人と地獄に行く人のココロの違いひと口に 、 「あの世 」と言いましたが 、いろいろあります 。例えば 、天国の中には 、南の島みたいな楽園があり 、そこの住人たちは 、全員ものすごくハッピ ーです 。そこにいる方に 「なぜ 、この天国に来ることができたのですか ? 」と尋ねると 、 「なぜかはわかりませんが 、生前は 、いつも人の幸せを願い 、善い行いをするように心がけた人生を送りました 」とおっしゃいます 。天国の住人に共通しているのは 、素直で純粋なお心を持ち 、明るく 、軽く 、温かくて 、たくさん善い行いをし 、言うまでもなく 、みなさん幸せということです 。誰もがあこがれるような 、素晴らしい世界です 。 「天国 」があれば 、 「地獄 」もあります 。例えば 、地獄には灼熱の炎天下のなかでひたすら荷物を運び続けている人がいます 。そこにいる方に 「なぜ 、ここで働くことになったのですか ? 」と尋ねれば 、 「いや … … 、生きているときに 、ものすごく悪いことをして 、多くの人を苦しめてしまって 、その罰として 、僕はこの地獄のなかに閉じ込められているんです … … 」とおっしゃいます 。 「あと何年 、ここにいなければ 、ならないんですか ? 」と尋ねると 、 「あと三十年くらいは 、この地獄で過ごさなければいけないのです 」と 。地獄もさまざまです 。例えば 、凍えるような寒さの極寒地獄があります 。他にも牢屋みたいなところに何百年も閉じ込められ続ける地獄もあります 。先ほど 、 「今のココロ 」が 「あの世につながっている 」と書きましたが 、地獄とは 、 「自分を責め続けるココロ 」とつながっています 。つまり 、自分を責めて不幸になればなるほど 、地獄とつながりやすくなるのです 。悪いことをした記憶は 、どれだけ正当化して忘れようとしても 、潜在意識には残っています 。地獄とは 、自分を責め続けるココロとつながっています 。つまり 、不幸であればあるほど 、地獄とつながりやすくなるのです 。ココロの中で 「こんなことやってしまって 、申し訳ない 。なんてことをしてしまったんだ … … 」と後悔し苦しむ様子を 、霊能者がビジョンで見た場合 、地獄のような景色にウツるのです 。天国は 、明るく 、軽くて 、温くて 、美しい世界が広がっています 。地獄は 、暗く 、重たく 、冷たく 、醜い世界になっていきます 。だから幸せな人ほど 、ココロが明るく 、軽く 、温かい 。逆に 、不幸な人ほど 、ココロが暗く 、重たく 、冷たい 。ちなみに 、天国でもなければ地獄でもない世界もあります 。人にも 、そういう状態があります 。ハッピ ーでもないし 、ネガティブでもない 。燃えているわけでも 、悩んでいるわけでもない 。そんな天国と地獄の中間に位置する 、ヌルイ霊界もあって 、それは 〝幽界 〟という名です 。霊界の話をすると 、いくらでもお伝えすることはあるのですが 、本書のテ ーマからそれますので 、また別の機会に … … 。神々の世界 ・あの世 ・この世の三つの関係さて 、ここからが大事です 。ココロの世界である 「あの世 」をつくったは神々です 。神々の世界が先にあって 、その後に 、 「あの世 」と 「この世 」がつくられました 。神々はなぜ 、あの世とこの世をつくったのでしょうか ?それは 、あることが原因で 、神々の世界 ( 5次元 )に大問題が生じたからです 。神々は 、その大問題を自分たちでは解決できませんでした 。その結果 、低い次元に別世界を作って 、そこに神々の世の問題をスライドさせました 。その別世界こそ 、あの世 ( 4次元 )であり 、この世 ( 3次元 )なのです 。つまり 、神々ですら解決できなかった問題が 〝託された 〟 … … 、いや 、 〝押しつけられた 〟のがあの世 ( 4次元 )とこの世 ( 3次元 )なのです 。 「神々の世界 ( 5次元 )のゴミが 、あの世 ( 4次元 )に押しつけられ 、あの世でも処理できないゴミをさらに 、この世 ( 3次元 )に押しつけた 」という構図です 。ゴミとは 、つまり 〝矛盾 〟のこと 。残念ながら 、この 〝矛盾 〟は 5次元 → 4次元 → 3次元と次元がスライドしていくにしたがって 、より複雑化するのです 。神々ですら解決できない 〝矛盾 〟なのですから 、それをこの世 ( 3次元 )で建て直すのは容易ではありません 。実は 、神々の世界 ( 5次元 )に存在していた天照太御神と須佐之男命は 、この世 ( 3次元 )の矛盾を解消するために 、アマテラスとスサノオとして生まれてきました 。そして 、第二章でお伝えした通り 、二つの国のリ ーダ ーとなって和睦を試みたのです 。もともと 、 ○ (一つ ・真実 ・宇宙 )だった世界が Dと (反転 D )に別れて 、次元がスライドして下がるにしたがって 、その間に溝ができて 、摩擦が生じていったのです 。では 、神々の世界 ( 5次元 )から降りてきた 、矛盾をどのように建て直していけば良いのか ?それをこれからお話していきましょう 。 2 0 1 3年から時代は大きく変わる 「 2 0 1 2年は 、時代の変わり目である 」 、精神世界でも現実社会でも言われています 。経済 ・環境 ・政治 ・外交 ・戦争 ・文化 ・産業 、すべての世界において 、変わり目です 。 2 0 1 2年は 、古事記編纂 1 3 0 0周年でした 。第二章で 、なぜ 、古事記の秘事を明かしたかといえば 、本当の神話を見直す必要があったからです 。このことは 〝知る 〟だけで 、あなたのなかに眠るイズモ族 ・ヤマト族だったときの古代の記憶が無意識レベルで目覚めます 。第一章で Dの秘密について 、お伝えしました 。誰しも 、イズモ族かヤマト族のどちらかの魂 ( D )を持っています 。身の内に眠る魂は 、失われた Dの片割れと再会し 、再び ○ 「真理 ・宇宙 ・神 」に到達したいと欲しています

。古事記の神話は 、 Dの片側の不完全な神話です 。本当の神話とは ○ 「真理 ・宇宙 ・神 」に至る物語です 。本当の神話に至るとは 、自分の魂 ( D )の片割れと出会い 、自分の人生の神話をつむいでいくということです 。その本格的なスタ ートを切るのが 、 2 0 1 3年からなのです 。それは 、まさに新しい古事記を 、私たちが綴っていくようなものです 。 2 0 1 3年の時代の変わり目を象徴するのが 「伊勢神宮 」と 「出雲大社 」の式年遷宮です 。 「式年遷宮 」とは 、神社の正殿を修理したり 、新しく作りなおした正殿に 、ご神体を遷すことです 。遷宮は 、伊勢神宮では 、 6 9 0年からほぼ 2 0年ごとにおこなわれ 、出雲大社は 、今の本殿になった 1 7 4 4年からだいたい 6 0 〜 7 0年ごとにおこなわれています 。戦争や諸々の事情により 、遷宮の時期が多少ズレて 、今まで出雲大社と伊勢神宮の遷宮が重なったことはありませんでした 。それが 2 0 1 3年に初めて 、同じ年に式年遷宮がおこなわれるのです 。この現実の世界は 、あの世 ( 4次元 )のウツし鏡です 。目に見えない世界における二つの中心の神社が建て直しされるということは 、あの世ではものすごく大きな変化をしているということになるのです 。出雲大社と伊勢神宮の二つの社には 、あの世 ( 4次元 )だけではなく 、神々の世 ( 5次元以上の世界 )にもつながる 、 ○ 「真理 ・宇宙 ・神 」に至る通い路 (ル ート ・パイプ )が降りています 。その二大神社が同時に 「建て直し 」をするということは 、私たちひとりひとりが Dと (反転 D )を ○にしていくための 、本当の神話を本格的に綴っていくということです 。 2 0 1 3年から現実的にもさまざまな変化が起きるでしょう 。 「でも 」 「だって 」と言いわけしたくなる困難苦難がやってくるかもしれません 。しかし 、それはすべて ○ 「真理 ・宇宙 ・神 」に至るために必要なことなのです 。この世が乱れている原因繰り返しますが 、この世が乱れている原因は神々の世界 ( 5次元 )にあります 。神々が 、完ぺきな世界を 5次元以上の世界で作ったときに 、 〝ひずみ (矛盾 ) 〟が生じました 。その 〝ひずみ (矛盾 ) 〟がこの現実界に押し付けられ 、イズモ族とヤマト族の争いは起きました 。 5次元 =完ぺきな世界 ↓ ↓ウツすときに 〝ひずみ 〟 (矛盾 )が生じる 。 4次元 、 3次元が乱れる 。 =この世の乱れ 。真実の神話につながる 。 〝ひずみ (矛盾 ) 〟を押しつけられた結果 、起きたのが二項対立の世界です 。今までの日本の歴史は 〝争い 〟の歴史です 。イズモ族とヤマト族の争いからはじまって 、源氏と平氏でも争いました 。ヤマト族のなかでも内部分裂が起きて 、北朝 (足利尊氏 )と南朝 (後醍醐天皇 )で争っています 。そして 、今なお 、南朝は北朝を恨み続けています 。その後も戦国時代 、幕末と 、ひたすらに争いの歴史です 。世界規模でもそうです 。イスラム教 V Sキリスト教 、イスラム教のなかでもスンニ派 V Sシ ーア派 、第一次世界大戦 、第二次世界大戦 、戦争の後も 、アメリカはロシア ・中国と争い続けています 。

この世は二項対立の世界です 。そして 、そのすべての二項対立の世の中の原型 〝ひな型 〟は神界と霊界にあるイズモ族とヤマト族です 。ヤマト族の聖地は伊勢神宮です 。イズモ族の聖地は出雲大社です 。伊勢と出雲 。実は伊勢神宮と出雲大社は 、ありとあらゆるものが対照的と言われています 。標準子午線の 1 3 5度ラインを中心にして 、西の出雲に東の伊勢といった具合に地理的にも対立関係にあります 。例えば 、月の暦で有名なのは 、出雲は 1 0月が神在月です 。一方 、他の国内では神無月 (神様がいない月 )です 。これも対照形です 。皇室では皇位継承の際に 「日継ぎ 」の神事をおこなうと言われています 。 「日継ぎ 」とは 、日 ・太陽 ・天照大御神をお取次ぎ儀式です 。それと対照になるのが 、出雲国の長である国造家を継ぐ儀式です 。出雲の国を治める者の代表のお取次ぎの神事は 「火継ぎ 」と呼ばれています 。

「日継ぎ 」と 「火継ぎ 」で 、読み方は同じですが 、対照的な意味を持ちます 。 「日継ぎ 」は太陽を継ぐ儀式です 。しかし 、出雲の 「火継ぎ 」は闇夜に輝く火を継ぐ儀式です 。闇夜に輝く火は月を象徴しています 。つまり 、出雲は月の儀式なのです 。だから継承の儀式でも全く違うことがおこなわれます 。出雲大社だけは 、しめ縄を巻く向きも逆です 。なぜか 、出雲大社だけが二礼四拍手 。これは 、イズモ族の礼拝の様式からくるものと思われます 。ヤマト族の隠蔽癖なぜ 、イズモ族とヤマト族は争うようになってしまったのか ?そのお互いの性格的欠点にあります 。アマテラスを代表とするヤマト族とスサノオを代表とするイズモ族 。二つの部族はお互いに 、神々から 、 〝押しつけられた 〟悪い癖があるのです 。この二つの悪癖が争いの火種となりました 。それがなければ 、争いは起きませんでした 。そして 、この二つの悪癖は 、人の苦しみの二大要因と言っても過言ではありません 。 「なぜ人は人生で悩んだり苦しんだりするのか ? 」つきつめていけば 、この二つが原因になります 。ヤマト族の悪い癖は 「隠蔽癖 」です 。自分にとって 、都合の悪いことを隠す癖です 。ヤマト族とイズモ族であれば 、イズモ族のほうが力は強かったと言われています 。イズモ族は 、体力には自信があります 。しかも 、シュメ ール文明では 、軍事を担当していました 。しかも 、当時から製鉄技術を持っていました 。かたや 、ヤマト族が担当していたのは祭祀でした 。普通に真正面から戦えば 、イズモ族のほうが強かったはずです 。しかし 、なぜヤマト族が勝ったのか ?その理由は 、ヤマト族はズルかった 。卑怯だったからです 。イズモ族は強く 、力もありました 。しかし 、正々堂々と戦いすぎました 。ヤマト族はスパイを送り込んだり 、内部混乱を起こさせるなど 、いろいろな卑怯な手を使って勝利を手にしました 。イズモ族はヤマト族ほど裏工作が得意ではありませんでした 。そして 、勝者のヤマト族は歴史を改ざんしました 。汚ない手を使ったから 、隠さざるをえなかったのです 。伊勢神宮は隠蔽傾向にあります 。伊勢神宮の御神体の一つが 「心の御柱 」と言われていますが 、隠されています 。一般の人は誰も見ることができません 。また 、伊勢神宮には未だによくわかってないことが多くあります 。 「伊勢神宮の誕生は 、はたしていつだったのか 」 「なぜ 、式年遷宮がはじまったのか 」 「大和の王権がなぜ伊勢の土地に最高神をまつるのか 」 「心の御柱と神鏡という二つの御神体が共存する理由 」とか … …しかも 、明治天皇より以前の天皇は千年以上 、伊勢神宮に参拝した記録が残っていないと言われています 。伊勢神宮ほど秘密や謎の多い神社はありません 。その傾向は 、ヤマト族にウツっていたのです 。書き換えに次ぐ 、書き換えによって 、できたのが今の古代史です 。歴史や情報が正しく伝わらないのはヤマト族のせいです 。自分たちにとって都合の悪い歴史だったから隠したのです 。この隠蔽癖は 、現代に生きる私たちにも引き継がれています 。東日本大震災が起こったとき 、政府も東電も 、自分たちにとって都合の悪い情報を隠蔽したと言われています 。隠蔽することによって 、問題がますます大きくなっていくわけです 。国家規模での話をしましたが 、個人にも当てはまります 。会社で仕事をミスしたとします 。 「上司に怒られたらまずいから隠しておこう … … 」と思います 。しかし内心では 、 「隠すと 、余計に大問題につながるのではないか … … 」と思っているのです 。それでココロが重く 、暗く 、冷たくなってきます 。その状態をひきずると 、やがて 、それは現実にウツります 。問題が起こって 、隠していたことが明らかになります 。しかも 、そのときには 、自分で解決しようがないぐらいの大問題になってしまうものです 。そして 、上司に怒られることになります 。 「なぜ 、お前はもっと早く相談しておかなかったのだ ? 」と 。ミスしたことよりも 、 「怒られたくないから 」という理由で隠蔽したことのほうが大問題です 。これは 、明らかに 〝悪い 〟と知りながら 、隠す悪質な隠蔽癖です 。しかし 、知らず知らずのうちに 、罪悪感なしに隠蔽してしまって 、それで後々 、だれかに迷惑をかけてしまうこともあります 。これは 、ある女性の話です 。彼女には 3歳の子どもがいました 。一人の子どもの面倒を見るのも大変なものですが 、また新たな子どもが生まれたのです 。赤ちゃんは夜泣きし 、より一層 、大変になります 。エネルギ ーが切れてきます 。本当は 、誰かに助けて欲しい気持ちでいっぱいです 。しかし 、旦那様も仕事を抱えており 、帰ってくるのはいつも夜遅くです 。誰にも頼れそうにありません 。それでも 、旦那様は奥様を心配してこう聞きます 。 「大丈夫か ?何か手伝うことないか ? 」と 。

そこで奥様は 、 「うん 、大丈夫 」と答えてしまいます 。本当はその奥様はストレスをためていて 、エネルギ ー切れの状態で 、今にも泣き出したいような気持ちでした 。しかし 、 「こんなことは 、旦那に相談しても仕方がない … … 」と思って隠したのです 。けれども 、旦那様が自分よりも先に寝ているところを見ると腹がたってくるわけです 。 「なんで私ばっかりこんなしんどい思いをしなければならないんだろう … … 」という気持ちも湧いてきます 。やがてストレスはより一層たまり 、旦那様に対する 〝潜在意識下での (無自覚な )復讐 〟がはじまります 。 ◎料理を作らない 。 ◎掃除をしない 。 ◎旦那様に愛情を向けない 。 … …といった行為です 。奥様は悪意があってしているのではありません 。本人も無自覚に復讐しているのです 。結果 、夫婦関係は冷めていき 、ケンカが増えていきます 。奥様の気持ちに気づいてあげることができない旦那様も悪いのかもしれませんが 、それは子育てに悩んでいることを相談しない奥様にも原因があります 。自分が困っていることや悩んでいることを 、誰にも相談せずに 、隠していても 、永遠に問題は解決しません 。 「私一人がガマンすれば … … 」というのは 、愛でも思いやりでもありません 。それは単なる自己犠牲です 。その人のテ ーマは 「相談すること 」なのです 。相談できる相手は必ずいます 。旦那様 ・両親 ・友達 … … 、必ず突破口となるチャンスは神様から与えられています 。しかし 、誰にも相談せずに隠していると 、ストレスはたまり 、苦しみは大きくなり 、不幸は広がる一方 。それでは子供や旦那様にもよくありません 。誰も幸せにしていません 。これが 「隠蔽癖 」が招く不幸です 。イズモ族の顕示欲ヤマト族の対となるイズモ族の悪い癖は 「顕示欲 」です 。 「力に頼る 」という癖です 。イズモ族は力が強く 、 「自分たちはこれだけ力があるんだ 」と自慢したがる癖 、 〝力づく 〟で人を支配する癖がありました 。それが 「顕示欲 」です 。出雲大社は 、今から千年ほど前は 、もっと大きな社殿だった 、と言われています 。 2 0 0 0年に出雲大社の境内から 1 3世紀半ばの出雲大社本殿を支えたと考えられる巨大な三本柱が発見されました 。伝承などからも 、高さ 5 0メ ートル程の大神殿がそこにあったと推測されています 。どこよりも大きな社殿 。どこよりも大きなしめ縄 。 〝自己顕示 (アピ ール ) 〟の強い神社が出雲大社です 。その傾向は出雲族にウツっています 。 「顕示欲 」には以下のようなものがあります 。例えば … … 「もっと 、自分に才能や能力があったら幸せになれるのになあ 」 「自分にはこんなに能力がない 、だから俺は幸せになれないんだ 」 「私にあの資格があったらなあ 」と 、思ってしまう 。これらはすべて 〝力 〟に対する憧れです 。 「もっと 、 ○ ○が欲しい 」 「 … …さえあれば幸せになれる 」そのように考える人間が 、それを手に入れたらどうなるでしょうか ?ほとんどの場合 、エラそうになったり 、傲慢になります 。さらに 、それ (力や得たものや人 )を失うことへの恐怖が心に芽生えてきます 。 「 ○ ○さえあればな … … 」とついつい思ってしまうのは 、人の持つ悪い癖でもあります 。力を手に入れては弱いものを支配したり 、名誉を手に入れてはやたら自慢したり調子に乗ったり 、有名になりたかったり 、人に認められたり 、ほめられたかったり 、それを満たして 、高揚感や満足感に浸る 。これがイズモ族の悪癖です 。拙著 『ドラゴンノ ート 』のなかにも書かせていただきました 。 「願望成就は本当の幸せではない 」と 。 「願いが叶ったら →幸せ 」これは 、一時のものです 、長くは続きません 。 「お金が入ったから →幸せ 」 「恋人ができたから →幸せ 」 「地位や名誉を手に入れたから →幸せ 」これは一時です 。毎日 、味わうことはできませんし 、 「何か手に入ったから幸せ 」というのは本物ではありません 。しかし 、マスコミや親や世間からの洗脳によって 、そう思い込まされている方が多くいらっしゃいます 。テレビや雑誌で 、結婚 、お金 、能力が大事だと 、煽られるから 「 ○ ○が手に入ったら自分は幸せになれるのではないか 」と思ってしまうのです 。本当の幸せは 、 「 (願望が )叶っても叶わなくても 、幸せ 」という状態です 。そんな方であれば 、仮にお金や能力や権力といった力を手に入れたとしても 、それで己の満足感を満たすのではなく 、その力を使って誰かの幸せに貢献するで

しょう 。しかし 、顕示欲のある方は仮にそういった力を手に入れた場合 、それで己の満足感を満たすのです 。そして 、才能や名誉やお金を失うことが怖いと思うようになります 。イズモ族は 、己の力を過信しすぎたため 、ヤマト族との戦いに敗れてしまいました 。その根底にあったのが顕示欲です 。 「俺たちは力を持っている 」と過信していたため 、真っ向勝負をしたがりました 。その結果 、足元をすくわれて 、ヤマト族に負けてしまったのです 。誰しも隠蔽癖と顕示欲を持っているヤマト族の 「隠蔽癖 」とイズモ族の 「顕示欲 」の二つが 、人間の二大不幸の要因です 。人の悩みはこのどちらかに大別できるかもしれません 。隠蔽癖は ◎困ったことがあっても相談しない ◎自分にとって都合の悪いことは隠す ◎信頼している人にも自分の欠点は見せられない … …といった癖です 。顕示欲は ◎ 「 … …さえあればなぁ 」という考え方 ◎ 「認められたい 」 「ほめられたい 」 ◎力で弱いものを支配するという状態です 。 「隠蔽している 」か 、 「力を求めている 」かどちらかです 。これがほとんどの悩みの原因と言っても過言ではありません 。それは神々から人間に押しつけられた宿題と言えます 。古事記の神話でも ◎岩戸隠れする天照太御神 = 「隠蔽 」 ◎暴れん坊の須佐之男命 = 「自己顕示 」という二つの象徴的なエピソ ードで示されています 。これらの悪癖を乗り越えることは人間に託されています 。この悪い癖は 、誰しも持っている心の癖でもありますから 、乗り越えようとするときに 、 「でも 」 、 「だって 」 、 「ダメ 」 、 「だけど 」など言いわけしたくなります 。ここで重要なことは 、自分一人の力だけで 、成し遂げようとする必要はないということです 。もともと神々の問題なのですから 、神様の力をお借りすればいいのです 。実は 、神社参拝とは 、そのためにおこなうのです 。神様が動いてくれる神社参拝のポイント 「神社は感謝するところ 。自分の願い事を言ってはいけない 」と言う方もいらっしゃいますが 、そんなことはありません 。神様には 、堂々とお願いしたらいいのです 。 「神様ならば 、なにも言わなくても私の悩みを解決してくれるだろう 」と思われるかもしれませんが 、それでは神様は快く力を貸してはくれません 。願い事や悩み事があるならば 、神社に行って 、そこの神様に具体的に細かく 、言葉にして相談してみることです 。その素直で 、正直なココロに 、神様は動いてくださるのです 。それは 、人も一緒です 。 「私には 、悩んでいることがあります 。言わなくてもわかってますよね ?それに気づいて 、私がよくなるように助けてくださいね 」という態度の人がいたら 、周りはその人を助けるでしょうか ?そんなことは 、ないでしょう 。面と向かって 、真面目に 、真剣に 、相談されれば 、誰だってなにかしらココロが動くものです 。それは 、神様とて一緒なのです 。神社で神様に相談すれば 、その問題や悩みが解決するための 、アイデアやチャンスを与えてくださるのです 。もちろん 、なんでもかんでも 、 「とにかくお金が欲しい 」とか 「ラクして出世できますように 」とか 「芸能人のような恋人が欲しいです 」とか 、わがままなお願いをするのは違います 。当然 、叶うはずもありません 。神社参拝にはポイントがあります 。 「今 、私は … …という問題を抱えていますが 、それを解決するために 、 〜ということをしようと考えています 。そのような行動でよろしいでしょうか ?どうか 、解決するよき方向へと 、お導きください 」というように 、具体的な問題点と 、そのための行動プランや対策を相談することです 。しかし 、多くの人は 、そこまで具体的に 、神様にお願いしません 。だから 、神様も動いてくださらず 、運命が変わらないのです 。運命を変える第一歩は 、神様に包み隠さずに相談することです 。隠蔽癖がある方は 、なにか問題を抱えていても 、周りに助けを求めずに 、自分の悩みを隠します 。そして 、顕示欲のある方は 、問題を自分の力だけでなんとかしようとします 。自分一人で抱え込んで 、自力でなんとかしようとして 、やがて大問題になっていきます 。そのときになって 「神様 、助けてください 」と祈っても 、後の祭りです 。

ヤマト族とイズモ族が 、数々の問題を乗り越えて 、一つになれなかった根本的な原因が 、そこにあります 。ヤマト族は都合の悪いことを隠し 、イズモ族は力に頼るからです 。困ったことがあっても 、誰にも頼らなければ 、他力は働きません 。周りも力を貸してくれません 。だから問題を乗り越えて 、一つになれないのです 。正直に相談して 、素直に頼るからこそ 、自分にはない力を誰かが貸してくれます 。自分の欠点を 、それの得意な誰かがカバ ーしてくれるのです 。 「 (自分一人ではなんともできないのに )自分でなんとかできる 」と思っている人は 、傲慢です 。自分の無力さ (限界 )を認められず 、受け入れず 、素直になれないからです 。そういう人こそが 、誰か (なにか )のせいにして 、言いわけの多い人生を突き進んでしまうのです 。それでは 、 Dの片割れと一つになって 、 ○ 「真理 ・宇宙 ・神 」に至ることはできません 。誰しもココロのなかに 、ヤマト族とイズモ族の課題である 「隠蔽癖 」と 「顕示欲 」を抱えています 。その二つを超えるために 、日常で問題が起き 、テ ーマが突きつけられているのです 。隠蔽癖を超えるには 、正直に現状を受け入れて 、周りに相談すること 。顕示欲を捨てるには 、己の無力さを受け入れることです 。言い訳したくなった時こそ 、運命が開く直前大事なことを隠すヤマト族と 、力に頼るイズモ族は一つになれなかった 。そのテ ーマは 、私たちにそのまま引き継がれています 。別な言い方をすれば 、神様から私たちは 、その物語の続きを綴ることを託されているのです 。例えば 、占い鑑定に来られるお客様のなかには 、ご夫婦もいらっしゃいます 。得てして 、夫婦というものは相反する者二人が結ばれています 。奥さんがせっかちだったら 、旦那さんはゆったりしている 。旦那さんが現実主義だったら 、奥さんはスピリチュアル好き 。奥さんがキレイ好きだったら 、旦那さんは無頓着 。旦那さんが怒りっぽかったら 、奥さんはおおらか 。夫婦は 、合わせ鏡のような性格だったりします 。お互いに 、自分が持っていないものを持ちあわせているのです 。恋愛をして付き合っているときは 「気が合うなぁ 」と思っているのですが 、結婚してはじめて 「この人こんな性格だったんだ ! 」と自分と対照的であることに気づく人もいます 。しかし 、夫婦の性格が反対になっていることはむしろ当然です 。反対だからこそ 、お互いに欠けているところを 、補いあう関係になれるのです 。だから 1 + 1 = 3にも 、 4にも 、 5にもなり 、無限の可能性を秘めています 。夫婦もそれぞれ持っている Dと片割れのがそろって 、 ○ 「真理 ・宇宙 ・神 」に至る夫婦になるのです 。だからこそ人は 、潜在意識的 、無意識的に 、対照的な相手を選びます 。性格の不一致はしぜんです 。もう少し具体的に申しますと 、潜在意識的な理由としては 、相手から自分にないものを 〝学ぶ 〟ためです 。一緒にいて学ぶべきことがあり 、成長できるから 、その相手を選ぶのです 。これが潜在意識的な理由です 。しかし 、無意識的な理由は違います 。イズモ族とヤマト族の時代から続いている因縁を終わらせるために 、もう一つの片割れの (反転 D )を持っている合わせ鏡のような相手を選ぶのです 。それは 、二人でしかつむげない神話を完結させるためです 。だから 、夫婦はお互いの言動に感情的になりやすく 、相手を責めたくなったり 、また責められたら言いわけしたくなります 。それは 、魂に眠っている 「 Dの因縁 」であり 、そのときこそ 、 ○に至るチャンスと言えます 。

これは 、結婚に限ったことではありません 。職場でも同じようなことがあるはずです 。 「こいつとは合わないけれども 、手を組まねばならない 」とか 、 「人間的にはキライだけれども 、一緒にやらなければならない 」という状況は 、人生のどこかでセッティングされるようになっているのです 。一つになるための第一歩は 、小さなことからです 。困ったことや問題があっても 、旦那様 (奥様 )にひたすら隠し通して 、ココロが重たく暗くなっている方がいたとします 。そんな人は一人で抱えず 、まず相談してみることです 。そこから運命がひらいていきます 。 「 … …さえあればなぁ 」と 、外の世界に幸せを求め続けて 、夫婦バラバラになっている方であれば 、旦那さん (奥さん )に正直に気持ちを話してみることです 。そこが問題解決の糸口となります 。それぞれの感情を乗り越え 、欠点と向き合い 、相反する二人が一つになるとき 、神々ですらできなかったことを成し遂げることになります 。それは 、どんなに小さくても 、あの世を変え 、そして神々の世を変える 、大きなことにつながるのです 。第三章まとめ ◎神様は全知全能で完ぺきではない 。 ◎神様が完ぺきでないから 、この世が乱れている 。 ◎ココロが現実を作る 。 ◎今のココロはあの世につながっている 。 ◎あの世には天国や地獄がある 。 ◎神々があの世とこの世を作った 。 ◎神々の世界 ( 5次元 )あの世 ( 4次元 )この世 ( 3次元 )の乱れは 、あの世とこの世に押し付けられた 。 ◎時代の変わり目 。神様の世界もあの世もこの世も変わる 。 ◎神様の世界から押し付けられた二項対立の問題 。 ◎人間の二大欠点 〝隠蔽癖 〟と 〝顕示欲 〟 ◎自分にとって都合の悪いことを隠す 〝隠蔽癖 〟 ◎力を手に入れてはおごり高ぶる 〝顕示欲 〟 ◎二つの欠点を乗り越えることを神々から人に託されている 。

 

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