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第6章 好ましい偶然を好ましい結果に変える方法

第6章好ましい偶然を好ましい結果に変える方法

粘り強さと賢明さがあったからセレンディピティにはインキュベーション期間がある完璧を求める期待から自由になるグリットと強靱な意思の組み合わせ前に進み続けるためのレジリエンス今日の不運が明日のセレンディピティになる現状への不満は、高い理想の裏返しレジリエンスを高める2つの方法組織としての粘り強さを高めるにはいいアイデアと悪いアイデアを見きわめるにはアイデアのフィルターになりうるもの優先順位をつけることもフィルターになるどれくらい多くの人に会えばいいのかセレンディピティのための時間管理あなたのセレンディピティは誰かの不運かもしれないまとめ

第6章好ましい偶然を好ましい結果に変える方法前に進み続ければ何かに出会う可能性がある。

それもまったく予想していないところで。

ただ座っているだけで何かに出会ったという人にはお目にかかったことがない──ゼネラルモーターズの研究部門元責任者チャールズ・ケタリング1920年から1947年にかけてゼネラルモーターズの研究部門を率いたチャールズ・ケタリングは当時すでに、今日の研究によって確認されつつある事実をわかっていたようだ。

行動し続ければ運に恵まれるようになる、と★1。

幸運な偶然に恵まれるだけでは不十分だ。

必要なのは、それを好ましい結果につなげるための賢明さと粘り強さである。

それらを持ち合わせているかが月並みな研究者で終わるか、ノーベル賞学者となるかの分かれ目となることもある。

コーネル大学の病理学教授であったアーロン・ケルナーは、パパインという酵素を注射すると、ウサギの耳がパタッと倒れることに気づいた。

ほぼ同じ時期にNYU教授のルイス・トーマスもこの現象に気づいていた。

どちらも奇妙だとは思ったが、他の研究に忙しく、深追いすることはなかった。

研究のなかでウサギの耳が倒れる場面を何度見ても、それ以上調べようとはしなかった。

だが1955年、トーマスはようやくウサギの耳が倒れる原因を調べる気になり、パパインが耳の細胞構造に劇的な影響を及ぼすことを突き止めた。

これは関節リウマチなどの疾患の解明の突破口となり、トーマスはノーベル賞を受賞した。

一方ケルナーがこの現象をさらに調べることはなかった。

ケルナーはセレンディピティを見逃し、トーマスはそれをとらえた★2。

その差は具体的にどこから生じるのか。

粘り強さと賢明さがあったからこの問いに答える前に、ダニエル・スペンサーを紹介しよう。

本書を水没の危機から救ってくれた技術者だ。

私がダニエルと会ったのは、ノートパソコンにコーヒーをこぼしたために駆け込んだ修理店だった。

ダニエルは副業として始めたばかりの写真ビジネスについて話してくれた。

6年前から温めていたアイデアだという。

もとはアップルで技術者として働きつつ、趣味の作曲をしていた。

だが次第に自分が本当に好きなのは写真だという思いが強まっていったという。

写真を撮っていると心が落ち着き、喜びを感じた。

そこで徐々にアップルでの勤務時間を減らし、友人のガレージを借りて写真スタジオを開いた。

スタジオで収入が得られるようになるとアップルは退社した。

ダニエルは俳優やビジネスパーソンのためにポートレートや顔写真を撮り始めた。

会社名は「ターン&シュート・フォトグラフィ」とした。

なぜかはわからないが、この名前が「しっくりくる」と感じたのだ。

ちょうど360度画像がネット上で流行し始め、ファッション企業のASOSなどが商品を回転させて見やすくしていた。

意識し始めると、あらゆるところで回転しているモノが目に留まるようになった。

「まるで時間の流れが遅くなったかのように、見るべきものに焦点がしっかり合うようになった。

ショーウィンドウではマネキンが回転していて、iPhoneでゲームをすればキャラクターが回転していた。

まるで世界が私に向かって手を振り、この変化に気づいてくれと叫んでいるようだった」。

点と点が結びつき、ダニエルは俳優の顔写真を回転させるというアイデアを思いついた。

演劇の経験があり、オーディションで右や左を向くよう求められたのを思い出したのだ。

人間の重みに耐えられるターンテーブルをネット上で探したが、高すぎて買えなかった。

そんななかフェイスブックで、優勝するとターンテーブルがもらえるコンテストを見つけた。

そこでエントリーし、優勝した。

「見た瞬間『これだ!』と思ったね。

霊感などではないけれど、自分が優勝するという確信があった。

1ミリの疑いもなかった」。

ダニエルは友人の俳優の協力を得て、回転式顔写真のアイデアを試してみた。

それからロンドンのキャスティング会社に熱心に売り込み、ホームページで採用してもらうことになった。

ダニエルの技術をキャスティング会社は「ヘッドショット360」と名づけた。

「ターン&シュート」という会社名が俄然意味を持ち始めた。

「意識的に会社名や進むべき道を選んだのか。

初めから道は決まっていて、一歩ずつ前に進んでいっただけなのか。

僕にもわからない」。

トーマスやダニエルのストーリーからわかるのは、アイデアはもともと私たちのなかにあり、それが何らかのトリガーによって喚起され、形になるケースも多いということだ。

こんなアイデアは意味がない、それほど重要ではない、あるいは「今は忙しすぎる」など、自分ではさまざまな理由から封印したつもりになっていても、脳は引き続きせっせと情報を処理し続ける。

この無意識下の活動は、脳の電気的活動を測定する機器でも追跡できる★3。

脳のネットワークは日々の問題解決、エラーの検出、問題解決に大きな影響を及ぼす。

私たちは無意識のうちに時間をかけてたくさんの情報を統合する傾向がある★4。

その結果、ある時点で「エウレカ・モメント」が訪れる。

エウレカ・モメントは偶発的なもののように言われるが、実は私たちはそれとつながりのあるアイデアをもともと持っており、何らかのきっかけや好ましい結果が生じて点と点が結びつくまで忘れていただけということも多い。

出会いは日常的に、あらゆる場所で起きている。

私が最近ハーバード大学の研究者や世界銀行と行った共同研究では、世界で最も成功しているCEOたちは、自分自身や会社の運命を変えるような重大な出来事を経験する前に試行錯誤を繰り返していたことが明らかになっている★5。

そして後から振り返って初めて、好ましい偶然が必然的に起こるような環境を自ら生み出していたことに気づく。

好ましい偶然を好ましい結果へと転換できたのは、彼らに粘り強さと賢明さがあったからだ。

セレンディピティにはインキュベーション期間があるここから興味深い事実がわかる。

セレンディピティにはたいてい「インキュベーション(培養)期間」があり、それをくぐり抜けるためには粘り強さと知恵が必要なのだ。

セレンディピティは1回限りのサプライズと思われがちだが、トリガーからバイソシエーションまでには長いインキュベーション期間があり、それから最終的な機会が出現するまでにさらにもう一度インキュベーション期間がある。

当初はつながりに気づかない、心の準備ができていない、あるいはそのアイデアに重要性を見出せない場合もある。

インキュベーション期間とは、何かを意識の片隅に置いてから「突然の気づき」までの時間と言える★6。

ありふれた行動(ダニエルの場合はウィンドウショッピング)が、それまで意識的に考えたことのなかった現象に注意を向けるきっかけになり、何の脈絡もなくそれがパッと頭に浮かぶ。

その瞬間、抱えていた問題の解決方法が突然完全な形で降りてきたりする。

典型的なエウレカ・モメントだ★7。

シャワーを浴びているときに起こることもあれば、午前3時にすばらしいアイデアがひらめいて飛び起きたりすることもある。

インキュベーション期間はたいてい5分から8時間だが★8、はるかに長くなることもある。

ウサギの耳のケースのように、ときには何年もかかる。

いずれにせよ、ひらめきやつながりの本当の起源は往々にして忘れられている、あるいは追跡不可能なものだ★9。

エウレカ・モメントの種は本当はずっと昔にまかれていたにもかかわらず、きっかけは最近の会議だとされたりする*。

だからこそお礼のメールを送るといった方法で、誰かのレーダー範囲内に長くとどまることに意味があるのだ。

私たちはここから何を学べるだろうか。

アメリカの広告業界のカリスマであったジェームス・ヤングは、アイデアを生み出すシンプルな方法を実践していた。

そこから生まれるアイデアは一見偶然の思いつきのようで、実は周到な準備に基づくものだった。

たとえばリビングルームを改装するアイデアを探すときはどうするか。

グーグル検索で事例を調べたり、友人の意見を求めたり、視点を変えて検討してみたりする。

あなたの好みのスタイルはどんなものか。

パートナーの好みは?このプロジェクトのどこに魅力を感じるか。

友人たちはどうか。

やがてあなたは好みのデザインを見つける。

それをさらにじっくり寝かせる。

するとある日、シャワーを浴びていると「これだ!」という瞬間が訪れる。

突然の出来事だが、こうして生まれたアイデアは単なる思いつきではない。

それまで検討してきたありとあらゆる点、そして点と点との結びつきから生まれたものだ。

要は頭にできるだけたくさんの情報を与え、それから無意識が答えを見つけ出すまで時間を置いたのだ。

寝ている間に無意識のうちに検討できるように、検討すべき問題は夜寝る前に読むという人も多い。

熟睡するには好ましくないかもしれないが、インキュベーション期間を置くことでエウレカ・モメントが訪れる可能性がある。

これはあらゆる分野に当てはまる。

ポスト・イットやペニシリンなど、世界的に有名なセレンディピティによる発見の多くは、実現するまでに長い時間がかかっている。

発明者が大元の発見の価値を理解し、周囲を説得するまでにかかった時間だ。

偶然の発見を好ましい結果につなげる能力は、どうすれば高められるのか。

*これはイノベーション研究者の間で、非常に重要な問題となってきた。

セレンディピティの起源を正しく追跡できなければ、本当の原因のインパクトを測ることはできない。

ヒーロー物語では重要な構成要素がカットされていたり、その部分についてフィードバックがされないことが多い。

完璧を求める期待から自由になるダニエルの物語は、私たちは意識的あるいは無意識的に、さまざまな理由からアイデアを抑え込もうとする傾向があることを示している。

特定の人間関係や状況に縛られていたり、漠然とした不安、口先だけの人間だと思われないかといった思いがブレーキになる。

本書もセレンディピティの賜物であると同時に、私自身が心のブレーキを克服しようと努力した結果だ。

私は何年も前から、ビジネスと理想を一致させる方法について本を書こうと考えていたが、いつも時期尚早だと感じていた。

企画書まで完成させたものの、何かがブレーキをかけていた。

そんななか、友人のグレース一家と一緒に休暇を過ごすことになった。

ある晩ミャンマーの海辺でお酒を飲みながら、私は自分が書こうと思っているテーマを話してみた。

だがグレースたちの表情から、それほどピンと来ていないのは明らかだった。

それでも親切な彼らはこう聞いてくれた。

「他に本にしたいアイデアはないの?」。

そのときなぜか頭に浮かんだのは、私生活でも研究のなかでも繰り返し登場するセレンディピティというテーマだ。

頻繁にセレンディピティを経験する人がいる一方で、人生で一度も経験しない人がいるというのは、とても不思議なことに思えたのだ。

セレンディピティについては検討すべきエビデンスがあり、発生頻度を高めるための科学的方法を示すことも可能ではないかと思われた。

それまでの15年で、私は相当な資料を集めていた。

それを聞いて、グレースたちの表情は一変した。

「それはおもしろいよ!」と誰もが夢中になっていた。

その晩、私はこの本に盛り込むべき内容をすべて書き出した。

こうしてセレンディピティによって本書の種はまかれた。

だがその後何度も執筆を始めようとしたものの、そのたびに「やることリスト」の下のほうに押しやってしまった。

「薄っぺらい人間と思われたくない病」が頭をもたげ、もっと研究したり、多くの人の話を聞く必要があると思えてくるためだ。

しかも人生においてまださまざまな物語が進行中なのに、新たな章をスタートさせることに不安もあった。

時間はかかったものの、聡明ですばらしい人たちと会話を重ねるなかで、私は自由になることの大切さを学んだ。

「完璧な本を書かなければならない」という自分や周囲の期待から自由になること。

人生の新たな章を始める前に、他の章をすべて完結させなければならないという考えから自由になること。

特定の成果を挙げなければならないという意識から自由になり、ここ15年間やってきたことを振り返り、その意味を考える機会を楽しむこと。

自分が納得していない過去の決断を受け入れ、そのときの状況に立ち戻って適切な判断であったかを考え、後悔から自由になること★10。

私はあらゆる事態に備えておきたい、できるだけ多くの人と良好な関係を築きたいと思うタイプだが、常にすべてを完璧な状態にすることはできないと学ぶ必要があった。

ようやく準備が整った私は、ミャンマーでまかれたセレンディピティの種を好ましい結果につなげようと全身全霊で本書の執筆にとりかかった。

ブレネー・ブラウンの教えブレネー・ブラウンの「弱さ」に関する研究は、この点について多くの気づきを与えてくれる。

ブラウンは弱さと勇気は表裏一体だと考えている。

弱さとは結果がどう転ぶかわからないときに、それを率直に伝えることだ。

ブラウンは自分が「弱さ」の権威になったのは偶然で、弱さととことん向き合った結果だという。

数年前に「TEDxヒューストン」への登壇を求められたとき、主催者にこう言われたという。

「内容についての縛りは何もありません。

すばらしいトークにしてもらえさえすれば結構です」。

そこでブラウンはいつもの学者然としたスピーチではなく、自分自身が「弱さ」を感じる場面について語ることにした。

聴衆の心に訴えるような自分自身のエピソードを語り、弱さをさらけ出したのだ。

これをきっかけに、ブラウンの知名度は飛躍的に高まった。

それはブラウンの研究が、多くの人にとって共感できるものになったからだ。

ブラウンは自らの研究の体現者となった。

TEDのウェブサイトでも大きく取り上げられ、すでに4000万回視聴されるなどTED史上最も人気のあるトークの仲間入りを果たした。

だが複数の視聴者から厳しいフィードバックを受けたことにショックを受け、ブラウンは現実逃避としてテレビ番組の『ダウントン・アビー』を一気見した。

シリーズを観終わった後、寄り道の延長としてダウントン・アビー時代の大物政治家について調べてみた。

そこで出会ったのがセオドア・ルーズベルト元アメリカ大統領だ。

ルーズベルトの以下の言葉は、その後のブラウンの研究やモノの考え方の基礎となり、著書タイトル(DaringGreatly〈大胆に挑む、邦訳のタイトルは『本当の勇気は「弱さ」を認めること』〉)にもなっている。

重要なのは批評家ではない。

勇気ある者の失敗をあげつらう者でもなければ、行動した者に「もっとこうすれば良かった」と注文をつける者でもない。

称えるべきは、現場に身を投じ、埃と汗と血にまみれた顔をしている者。

勇敢に戦った者。

挑戦に失敗や力不足はつきものであることを理解し、失敗や挫折を厭わない者。

もがきながら事を成し遂げようとする者。

すばらしい情熱と献身を知っている者。

高邁な理想に身を投じる者。

うまくいったときには偉業を成し遂げた達成感を味わい、うまくいかなかったときでも少なくとも大胆に挑んだ末に敗れる者だ。

こうした者たちが勝利も敗北も知らない冷淡で臆病な者と同列に扱われることは決してない★11。

自分を信じることを学ぶ私はこのルーズベルトの言葉をパソコンのデスクトップに保存し、気弱になりそうになったときに気持ちを立て直すために読むようにしている。

私はこのような人をさまざまな場面で目にしてきた。

第3章に登場したチャーリー・ダロウェイもその1人だ。

自分を信じることを学んだとき、セレンディピティは起こる。

そしてひとたび流れができると容易には止まらず、私生活と仕事の境界を超越していく。

ビビ・ラルス・ゴンザレスが身をもってそれを学んだのは、恋人との10年に及ぶ不安定な関係を解消しようとしていたときだ。

すでに世界経済フォーラム(WEF)の若者向けコミュニティ「グローバル・シェイパーズ」の一員として活動しており、仲間には恵まれていた。

恋人との困難な日々を乗り越えるため、ビビは散歩をするようになった。

アメリカ南西部を横断するパシフィック・クレスト・トレイルを踏破した女性の物語『わたしに出会うまでの1600キロ』を読んだことがきっかけだった。

トレイルを歩きながら自らを取り戻していった主人公にビビは自らを重ね合わせた。

ビビはWEFのメキシコ支部への入会を申し込み、選抜された。

そのときグアテマラ製のブレスレットを世界市場に売り込むプロジェクトが成功したら、恋人との関係を断ち切る、と決意した。

メキシコでのイベントに参加したビビは、そこでグローバル・シェイパーズのメンバーと出会い、「ワン・ヤング・ワールド」という若者のサミットがあることを知った。

メキシコでの経験を通じて、人生の次の章を開く準備ができたと感じた。

栄養士になるという夢を思い出し、それを開発問題と結びつけられないかと考えた。

オックスフォード大学のMBAプログラムへの入学を認められたが(学士号は何年も前にウォーウィック大学で取得していた)、奨学金を獲得できなかったために断念した。

その代わりに「イート・ベター・ウェイク」という食料問題の解決を目指す団体を独自に立ち上げることにした。

この年ビビはタイで開催されたワン・ヤング・ワールド・サミットに講演者として参加した。

自分の団体について大勢の聴衆の前で話すのは初めてだった。

旅費はクラウドファンディングで調達し、スポンサーを探すために何百通ものメールも送った。

そんななかでメールを送った会社の1つから、フリージャーナリスト兼パートナーシップ・スペシャリストのポストをオファーされるというセレンディピティが起きた。

タイに到着すると、ビビはスマホの充電器が調達できなくて困っている人に自分のものを貸した。

実はその相手はサミットのスタッフの1人だった。

充電器を受け取りにいくと他のスタッフを紹介された。

特に親しくなったのが持続可能な開発目標部門(SDGs)のリーダーで、SDGsに取り組む他の団体を紹介してもらえることになった。

新たに知り合った人々の支援を得て、ビビはSDGs分野で多くの機会を見つけた。

国連本部で演説をする、オバマ財団の起業家奨励制度の対象に選ばれるなど、すばらしい成果が次々と実現するようになった。

そんななか「アメリカ大陸若手リーダー・イニシアチブ」と呼ばれるプログラムの一環として、ビビはネバダ州とカリフォルニア州の州境に招かれた。

こうして偶然にも旅路の出発点であった「パシフィック・クレスト・トレイル」に立つことになったのだ。

若手リーダー・イニシアチブでも志を同じくする人々との多くの出会いに恵まれた。

「私と同じような変わり者ばかりで、とても居心地が良かった」とビビは振り返る。

グリットと強靱な意思の組み合わせ「一夜にして成功を収めた」という話を聞くと、私はいつも疑問を感じてしまう。

成功はたいてい、何年にもわたる努力と粘り強さがもたらす。

本人のグリット(やり抜く力)と粘り強さがなければ、成功への長い旅路がいつ何どき不運に見舞われて頓挫してもおかしくない。

グリット(粘り強さと、特定の目標あるいは状態を達成することへの情熱の組み合わさったもの)と強靭な意思(熱心に正しい努力を続けること)は、(全体的プロセスとしての)セレンディピティの根幹を成す★12。

長期的成功を手に入れるか、苦い敗北感を味わうかを決定づける要素にもなる。

リンクトイン創業者のリード・ホフマンは実例を挙げながら「幸運を手にするためのポジション取り」のノウハウを説き、限られた人だけが正しいタイミングで正しい場所に居合わせる幸運を持っているという幻想を否定する。

もちろんタイミングは重要だが、成功のカギを握るのは情熱とグリットだ。

ツイッター、メディアム、ブロガーを創業し、「ブロガー」という言葉そのものの生みの親となったエヴァン・ウィリアムズのケースを見てみよう。

ブロガーが成功したのはタイミングが良かったこともあるが、そこまで行きついたのは金欠に陥ったとき(スタートアップ企業ではよくあることだ)にウィリアムズがグリットを発揮したからだ★13。

粘り強さが重要だというのは、当たり前のことのように思えるかもしれない。

だが私たちは才能より努力のほうが重要だと口では言いながら、心のなかではその逆を信じている。

自分のアイデアがうまくいかなかったり、昇進できなかったりすると、「私は才能がないんだ」と思う。

チャ・ユン・ツァイが興味深い実験をしている。

2人の音楽の専門家に、2人の演奏家が同じ曲を弾くのを聴いてもらう。

演奏家のうちの1人は「熱心な努力家」、もう1人は「生まれながらの天才」だと説明する★14。

専門家は2人とも、「生まれながらの天才」の演奏のほうが好きだと言い切った。

そのどこが意外なのかと言えば、2つの演奏は実はまったく同じものだったからだ。

アンジェラ・ダックワースはグリットに関するすばらしい研究で、私たちは大切なのは努力だと自らに言い聞かせる傾向がある、と指摘している。

だが困難な状況に直面すると、原因は才能が足りないためだと考えがちだ。

ダックワースはさまざまな分野で成功している人々を分析した結果、グリットのほうが才能よりはるかに重要であることを示した★15。

結局のところ、本心ではどう思っていようと、私たちが自分自身に言い聞かせていることは正しいようだ。

この矛盾を解決するには、どうすればいいのか。

ダックワースが勧めるのは、日常的な小さな目標を設定することだ。

その目標は、日々ささやかな勝利を積み上げつつ、それと同時にもっと大きな夢やビジョンの実現に近づき、意欲を保てるようなものにする必要がある。

この2つの要素を組み合わせれば、好ましい結果が起こりやすくなる。

そのためにもリーダーや保護者は叱咤と激励の両方を与えなければならない。

レディー・ガガは2019年にアカデミー賞主題歌賞を受賞したスピーチで、それをこんな美しい表現で語っている。

「あなたが今、自宅のソファーに寝そべってこれを観ているのなら、私がお伝えしたいのは1つだけです。

この仕事は大変なのだ、と。

私はずっと懸命に努力してきました。

大切なのは勝つことではありません。

諦めないことです。

あなたに夢があるなら、それを勝ち取るために戦ってください。

情熱を叶えるためには自己規律が必要です。

何度拒絶されるか、失敗するか、打ちのめされるかが問題ではなく、何度立ち上がるか、勇気を持って前に進み続けるかが重要なのです」。

前に進み続けるためのレジリエンス前に進み続けるためには、レジリエンスが必要だ。

政府のための世界的な情報プラットフォーム「アポリティカル」の共同創設者で作家のロビン・スコットが、南アフリカの凶悪犯罪者たちの活動について書いている。

いずれも人生において、誰からも信頼されたことのない者たちだ。

その多くが、自分には価値がないと思って生きてきた。

だが8人の受刑者が自らの罪を償うために、刑務所内あるいは刑務所の外の貧困地域でHIVに苦しんでいる人たちを支援するような活動をしたいと考えた。

信頼できるソーシャルワーカーがいるという話を聞いた受刑者たちは、ソーシャルワーカーと連絡を取り、自分たちが他の人々を助けられるように手を貸してほしい、と頼み込んだ。

ソーシャルワーカーは当初そんなことは不可能だと思った。

刑務所内はギャングが仕切っており、白人と黒人の派閥が対立しており、しかも楽器の演奏さえ禁じられていた。

だが最終的に受刑者たちの善意を信じることにした。

受刑者のグループはソーシャルワーカーの助けを借りて、エイズに苦しむ11歳の少年と知り合った。

少年のために新しい洋服をつくり、食料を育てるために菜園をつくる権利を勝ち取った。

少年の最大の夢は空を飛ぶことだったので、ソーシャルワーカーがパイロットを見つけてきた。

受刑者たちが少年の最大の夢を叶えたのだ。

自らを「希望のグループ」と名づけた受刑者たちは、刑務所内の多くの受刑者のみならず、地域に住む数百人の孤児たちの人生を変えた。

彼らのために食料を栽培し、洋服をつくっただけでなく、刑務所内でパーティを開いて孤児たちを招待し、愛情を注いだ。

孤児たちにとっては刑務所を訪問するのが毎月の最高の楽しみになった。

受刑者たちが自らに課した行動規範は厳格に守られ、大きな事件は10年間一度もなかった。

受刑者たちの個人的つながりは強く、凶悪犯罪者たちが孤児らにとっては心から求めていた家族になった。

受刑者たちは活動資金を得るために、ビーズで作品をつくって販売した。

孤児たちを助けるという意義と尊厳のある活動は、受刑者たちに「自分たちが扱っているのはビーズではなく、子供たちの未来なんだ」という意識を与えた★16。

人は責任を与えられると責任感が強まり、主体的になる。

それによってさらに大きな責任を与えられるようになる。

これは自己強化型サイクルだ。

それまで人生で一度も誰かから頼りにされた経験のなかった凶悪犯が、今では自分の存在に意味があるのだと思えるようになった。

プロジェクトが凶悪犯の更生に役立ったのだ。

幸い、このような過酷な状況を経験する人はそれほど多くないが、幸運な出来事の前後には、たいてい不運な出来事がある。

人はあまり不幸な時期について語

ろうとしないが、それは間違いなく存在する。

私たちはどうすれば不運から立ち直り、やがてそれを幸運に変えていくことができるだろうか。

ロンドンのリージェント大学総長のマイケル・ヘイスティングスは貧困地域で育った若者たちのメンターを務めるにあたって、ピアグループを組織する。

そして若者たちがロールモデルを形成するのを支援し、「真実」は彼らの内にあり、彼らにできないことは何もないと教える。

指導を受けた若者の1人であるサムは2年間服役し、2017年に釈放された。

その後レジリエンスを身につけ、不運を好ましい結果に変えたとしてリーダーシップ・カレッジ・ロンドンの「ステューデンツ・オブ・ザ・イヤー2019」に選ばれた。

サムの場合、強い信仰心が正しい道を歩む支えとなった。

「私には価値がある。

周囲から頼りにされ、自らの行動によって周囲に良い影響を与えることができる★17」。

マイケルが若者たちに教えている、このような考えを持つことの重要性は、研究によって裏づけられている。

あなたの人生には、こんなふうに思わせてくれる人はいるだろうか。

あるいはこのような考え方ができるように、あなたが助けてあげられる人はいるだろうか。

今日の不運が明日のセレンディピティになる運に関する私たちの評価は時間とともに変わることもある。

状況や入手できる情報によって、同じ出来事でも解釈はまったく違ってくる★18。

厳しい状況でやめてしまえば、不運として終わってしまう。

それでは他のエンディングの可能性が残っているのに、物語を完結させてしまうことになる。

共同設立者となった団体が破産しかけたとき、私は何をやっても裏目に出るような気がした。

組織のアイデンティティも私自身のそれも、脅かされているように感じた。

だが長い目で見れば、これは組織にとって幸運なことだった。

投資家と距離を置き、コミュニティに軸足を置いた運営に舵を切ったことは、組織のアラインメントと持続性にプラスだった。

だがそれは後になって初めてわかったことであり、それまでに感情的浮き沈みをたくさん経験しなければならなかった。

主要メンバーがあれほど粘り強くなかったら、まったく違う結果に終わっていた可能性もあった。

私は今でも高校を退学させられた日のことを覚えている。

しかも退学になっただけでなく、同じ学年をもう1回やり直さなければならなかった。

放校自体、愉快なものではなかったし、もともと拒絶される恐怖や疎外感を常に抱いていたので、なおさらだった。

新しい学校では先生方には恵まれたが、それでも私がアビトゥーア(ドイツの大学入学資格試験)に合格したのは奇跡としかいいようがなかった。

悲惨な高校の成績表と、最終学年に志願してプレゼンテーションをするなど何とか体裁を整えた願書を用意し、私は40以上の大学に出願した。

チャンスを与えてくれたのは、小規模で進取の気鋭に富む応用科学系のフルトヴァンゲン大学だった。

その後はLSEで修士号と博士号を取得し、最終的にNYUとLSEで教壇に立つことになった。

こんな私の経歴は2通りの伝え方ができる。

高校卒業後はフルトヴァンゲン大学に行き、さらにLSE、NYUと順調にキャリアを重ねました、というのが1つ。

「努力と多少の幸運に恵まれたおかげです」と。

もう1つはもっと生々しい伝え方だ。

高校を落第し、さらに自分を引き受けてくれる大学探しにも苦労した。

遅まきながら勉強に目覚めて何十という大学に出願し、通学している大学以外の遠くの大学の講義にも参加してスキルを磨いた。

大学院に進む際にも数十校に出願した。

そうしてようやくLSEに受け入れてもらうことができ、キャリアが一気に拓けた。

なぜこんな話をするのか。

私の人生は、今ではセレンディピティに満ちている。

日々セレンディピティに巡り合う機会を与えてくれるプラットフォームを見つけたからだ(ただし内向的自分に戻る日曜日は除く)。

だが人生の初めのほうはそうではなかった。

最初の壁で諦めていたら、まったく違った人生になっていたかもしれない。

何が変わったかといえば、人生に対する向き合い方だ。

人生にはもっと深い意味があることに気づき、困難な状況でも前に進もうとするようになった。

粘り強さを持たずに、長期間にわたって幸運を謳歌し続けた人にはまずお目にかかったことがない。

成功はたいてい山ほど失敗を繰り返した後に訪れる。

ロンドンで活躍する起業家、ベン・グラビナーのケースを見てみよう。

ベンはロンドンのベンチャーキャピタル(VC)に片っ端から起業のアイデアを売り込んだが、門前払いされてきた。

だがそれでおしまいとは思わず、連絡を取り続けた。

相手のレーダー圏内にとどまり、何度も挑戦したのだ。

ベン自身の言葉を借りれば「VCにつきまとった」という。

あるとき、その粘り強さに感心したVCからプラトゥーンという新たなベンチャーの共同創業者にならないかと声がかかった。

プラトゥーンは最近アップルに買収されたばかりで、現在その共同経営者を務めている。

ベンは粘り強さを発揮することでこのような状況を呼び込み、実際にチャンスが到来したときにはそれを見抜いた。

粘り強さがセレンディピティをもたらすことを、まさに体現する人物と言える。

現状への不満は、高い理想の裏返しここに挙げた例は、次に何が起きるかを常に予測しようとするのではなく、何が起ころうと対応できるような備えをしておく、という選択肢を示している。

これは免疫系の働きに通じるところがある。

若い頃に多少汚れのついた食材を口にしていれば、体内に抗体ができ、後の人生で助けになる。

一方、子供の頃にありとあらゆる細菌を排除していると、大人になっても免疫系はそれほど発達していないかもしれない★19。

予想外を受け入れるのではなく、抑え込もうとすると、かえって自分が弱くなる。

常にリスクを管理し、ミスの可能性を抑えようとするより、予想外に備え、状況を見きわめるためのレジリエンスと粘り強さを身につけたほうがいい。

そうすれば予想外は脅威ではなく機会になる。

状況をコントロールしようとしすぎるのは、予想外を受け入れるのではなく避けようとすることに等しく、不測の事態に対して弱くなる。

社会、家族、そして私たちの身体のような複雑なシステムにおいてはさまざまな要素が互いに絡み合っており、直線的な反応は返ってこない。

お酒を飲むと人生はある程度愉快になるかもしれないが、度を超えるとはるかに困難なものになる。

他人を大声で怒鳴りつけても、あなたの思いはかえって伝わらなくなるどころか、むしろ逆効果になる場合もある。

薬の服用量を2倍にしても効果は2倍にならず、むしろ危険だ。

複雑なシステムへの介入は、決まって予想外の影響を引き起こす。

ベトナム戦争からイラク戦争まで、西欧諸国が「敗れた」戦争を振り返ってみるとそれがよくわかる★20。

介入がかえって事態を悪化させるのは、たいてい予想外の影響を見過ごしている、あるいは理解できないためだ。

どのような影響が生じるかを理解せずに介入し、コントロールしようとすると、対象となる人、コミュニティ、あるいはシステム全体を弱くしてしまう。

過保護の両親に育てられた子供が、大人になっても他者といるのに不安を感じるようなものだ。

ナシーム・ニコラス・タレブは反脆弱性に関する著書のなかで、説得力のある主張をしている。

システムは予測不可能なショックや事象からダメージを受けるのではなく、むしろそれらを活かして絶えず再生していくのだ、と★21。

感情について考えるとき、この指摘は特に重要だ。

私たちはネガティブな感情を抑え込もうとし、自分や他者のそうした感情を否定的に見る傾向がある。

しかしネガティブな感情を避けるのではなく、うまく対処する方法を身につけるという選択肢もある。

失敗がもたらすネガティブな感情を恐れていたら、新しい挑戦などできない。

ハーバード・メディカルスクール教授で、『不安や疑念と向き合うスキル』の著者であるスーザン・デイビッドは、つらい感情を好ましくないもの、避けるべきものととらえるのではなく、人生という契約の一部だと考えるよう勧める。

「ストレスや不満を一切感じることなく、充実したキャリアや家族を手に入れたり、より良い世界を生み出すことはできない。

不満は有意義な人生を生きるためのコストなのだ」と。

たしかに現状への不満は、高い理想の裏返しであり、生産的不幸にはたいてい意味がある★22。

不確実性や予想外を受け入れるのと同じように、心の痛みやネガティブな感情を受け入れることは、挫折ではなく成功につながる。

すべては私たちのとらえ方次第だ。

レジリエンスを高める2つの方法レジリエンスは、どうすれば高められるのだろうか。

ここまでモチベーション、適応力、失敗から学ぶ能力(サミュエル・ベケットの言葉を借りれば「何度も失敗せよ、そして前より上手に失敗せよ」)の大切さを見てきた。

だがレジリエンスに必要なのはそれだけではない。

アダム・グラントはこのトピックを深く研究しており、レジリエンスを高めるのに役立つ2つの方法を示している。

1つめは、過去の自分と向き合う能力を高めることだ。

フェイスブックCOOのシェリル・サンドバーグは夫に先立たれるなど困難な時期をくぐり抜けてきたが、そのなかで過去の自分と向き合うことを実践してきた。

困難な状況に置かれたとき、昔の自分だったらどうするだろう、と考えてみるのだ。

たいていそのときと比べて、状況にうまく対応できるような新たなスキルを身につけていることに気づく。

うまくいかなければ、これまでに経験した逆境を思い出し、それをどう克服したかを考えてみよう。

これまで上手に対処できた状況をいくつか覚えておき、新たに困難な状況に直面したときにはそれを思い出してもいい。

私は新しい研究論文を書き始めるとき、よくそうする。

まっさらのページと向き合うのはつらいものだが、これまで何度もそれを乗り越えてきたという事実が、不安を少し和らげてくれる。

とにかくひととおり原稿を書いてしまい、2巡めから本格的に仕上げていくという方法も役に立つ。

2つめの方法は視点を変えることだ。

グラントは子供たちが困難な状況に直面すると、他者の視点から見るよう促すという。

ダニエル・カーネマンの有名な意思決定プロセスに関する研究によると、私たちは困難な状況ではカーネマンの言う「システム1(自動的で直感的な速い思考)」に頼る。

だが本当は「システム2(理性が支配する分析的な遅い思考)」を使うべきなのだ★23。

そこでグラントは子供から悩みを相談されると、反対にアドバイスを求める。

「パパはどうすれば助けてあげられるかな」と子供に問いかけるのだ。

そうすると子供は合理的視点から状況を見直すことができる。

この方法の有効性を示す研究がある。

ハミルトン・カレッジの心理学教授、レイチェル・ホワイトの研究チームは「自己距離化(自分の状況を他者の視点で見ること)」は粘り強さ、すなわち何かをやり続ける能力を高めるのに効果があることを明らかにした。

粘り強く何かに取り組むことはきわめて重要だが、現代のような注意力を削ぐ要素のあふれた時代にはなかなか難しい。

研究チームは4~6歳の子供を140人集め、10分間にわたって単調で退屈な作業に取り組ませた。

子供たちのそばにはiPadを置き、休憩をとってビデオゲームで遊ぶという選択肢を与えた。

子供たちは3つのグループに分けられた。

1つめのグループは、ふだんどおりの視点に立った。

作業に取り組んでいる間の自分自身の気持ちや考えに意識を集中し、「自分は一生懸命やっているかな?」と自問するのだ。

2つめのグループは第三者の視点から自分を見るように、と言われた(「〇〇ちゃんは一生懸命やっているかな?」)。

最後のグループはバットマンや『ボブとはたらくブーブーズ』のボブなど、働き者になったつもりで作業するように言われた。

それぞれのキャラクターの衣装を着て、「バットマンは一生懸命やっているかな」と考えるわけだ。

それから子供たちは作業にとりかかり、1分おきに状態を尋ねられた(「〇〇ちゃんは一生懸命やっているかな?」)。

子供たちにはあらかじめ「この作業はとても大切なので、できるだけ長い時間頑張ってもらいたい」と伝えてあった。

粘り強さはこの作業に取り組んだ時間の長さで測った。

当然ながら、子供たちは大半の時間(63%)をiPadに費やした。

ただ興味深いことに、一番長い時間作業をしたのは働き者のキャラクターに扮したグループで、次は第三者の視点に立ったグループだった。

当事者の視点に立ったグループは作業時間が最も短かった★24。

子供たちが自己との距離を置くほど、集中力と粘り強さは高まったのだ。

この研究は、子供たちにマシュマロのような魅力的なお菓子を見せながら単調な作業に取り組ませる「マシュマロテスト」のような過去の研究を参考にしている★25。

自己制御ができ、報酬を受け取るのを遅らせることのできた子供たちのほうが、大人になってからの報酬、教育、健康、幸福度は高かった。

専門家の間で「実行機能」と呼ばれる能力だ。

実験で良い成果を残した子供たちは、誘惑材料を抽象的な何かに置き換えていた。

たとえばマシュマロを絵だと思うようにしていた子供もいた。

そうすることで誘惑の熱を冷まそうとしたのだ。

マシュマロを絵や雲だと思ったり、無関係の経験に意識を集中したりというのは、空想上の距離をつくる行為だ★26。

同じような効果は、先に挙げた粘り強さに関する研究でも観察された。

別の人間のふりをすることで、子供たちは誘惑にうまく抗ったり、ヒーローの特徴を体現したりすることができた。

2つの研究からわかるのは、自己制御において重要なのは報酬を先延ばしする能力である一方、認知制御において重要なのはさまざまな気の散る要素を無視し、集中し続ける能力だということだ。

後者のほうが重要なのはまちがいない。

私はさまざまな方法でこうした知見を人生に取り入れるよう努力してきた。

たとえば何か不安を感じているとき(申請したライセンスが下りないのではないか、など)、私は最悪のシナリオを考えるクセがある。

担当の役人は私の発言(「何か私にできることはありますか」)を賄賂の誘いと思ったかもしれない。

あるいは2つの国に住所を持っていることで詐欺を疑われ、免許の条件を満たしていないと思われるのではないか。

こうした考えはすべて気を散らす材料であり、本当に優先すべき活動に集中する妨げとなる。

そんなとき私はこう自問する。

「友達が同じ質問をしてきたら、何とアドバイスするだろう」と。

するとたいてい、このような質問がばかばかしいものに思えてくる。

このアプローチを実践してみると、最悪のシナリオが実現する可能性はおそろしく低いことがわかる*。

いうまでもなく、レジリエンスと粘り強さを養うことは、人生のあらゆる分野において重要だ。

初めてのデートに出かける前に、結果を予測することは不可能だ。

だがフラれても立ち直り、何度も挑戦する姿勢を身につけることはできる。

その結果、「この人だ」という相手に巡り合えるのだ。

セレンディピティの可能性を機会に変えるには、努力と粘り強さが必要だ。

逆説的ではあるが、すばらしいことを次々に成し遂げる「運に恵まれた人」は、たいてい集中力がとても高い。

最も価値のある機会をふるいわけ(次項を参照)、粘り強く追求する能力が高いのだ。

新しいアイデアはとかく抵抗を受けやすいので、自らの選んだプロジェクトを最後までやり抜く能力を持つことはきわめて重要だ。

*もう1つの選択肢は、理性的な友人に同じ質問をしてみることだ。

私の場合はかつてアパートをシェアしていたニコ・ワツェニッヒだ。

ニコと同居することになったのは、2人とも部屋を探していたときにたまたま同じエレベーターに乗り合わせるというセレンディピティのおかげだ。

組織としての粘り強さを高めるにはハーバード大学のリース・シャープは、さまざまな業界で何百というアイデアが組織の階層をどのように流れていくかを調べた。

結果は明白で、(セレンディピティと呼ぶにふさわしい)アイデアやプロジェクトの生まれる過程は決して直線的なものではなく、「曲がりくねった」道のりであることが多かった。

組織のなかで新しいアイデアを育てていくのには膨大なエネルギーが必要で、誰もが成功するわけではない。

だがすでに見てきたように、このような紆余曲折、すなわちアイデアが拒絶されたり後退したりといった経緯は、後から振り返ったときにストーリーから省略されがちだ。

これは2つの理由から危険である。

まず物事が直線的に進むというロジックに基づいて、目標設定やアイデアの評価が行われるようになる。

また直線的なサクセスストーリーは現実とはかけ離れていることが多く、そこから何かを学ぶことはできない。

自分がすべてをコントロールしてきたと錯覚したいがために、私たちは過去を語るとき実態以上に断定的な言葉を使いがちだ。

私たちが描くストーリーは直線に満ちているが、現実世界は曲線が支配している。

往々にして障害は他者の抵抗ではない。

自分が最後までやり遂げる粘り強さを持てるかだ。

自分自身が目標達成の妨げとなることは多い。

「セレンディピティは頻繁に起こるのだけど、それをフォローアップできなくて」という人は本当に多い。

私がこの言い訳を聞くたびに1ペニー集めていたら、今頃新しいパソコンが買えていただろう。

セレンディピティを機会に変えるためには、賢明さと粘り強さが必要だ。

セレンディピティのために自ら行動を起こすのだ。

組織における1つのやり方は、従業員のアイデアを吸い上げ、統合するための「タッチポイント(接点)」をつくることだ。

家電メーカーのハイアールでは、従業員が新しいアイデアをいつでも投資委員会の前でプレゼンできるようにしている。

サンドボックスではシンプルな顧客関係管理(CRM)システムを使い、新しいパートナーと面談するたびにタグを設定し、そこに「次にやるべきこと」のメモを含めるようにしている。

パートナーとの交流を常にチームで共有し、チームとして関心を払い続けるとともに、説明責任を明確にし、アクションを促す狙いがある。

Rラボも同じようなアプローチをとっている。

研修資料には「Rラボの活動に興味を持った人が初めて訪ねて来たとき、どう対応すべきか」「どうすれ

ば相手と協力する可能性を見出すことができるか」といった問いが並んでいる。

こうしたやりとりとCRMシステムを組み合わせると、誰を組織に招くべきか、誰をフォローアップすべきかを効果的に判断できるようになる。

要するに、組織として粘り強さを生み出し、強化することは可能なのだ。

ではセレンディピティがもたらすさまざまな出会いのなかで、追求すべきものを見きわめるにはどうすればいいのか。

虻蜂取らずになるのをどうすれば防げるのか。

単刀直入に言えば、どうすればセレンディピティの価値を見抜き、注意を払う価値のあるものをフィルタリング(ふるい分け)できるのか。

いいアイデアと悪いアイデアを見きわめるには独創的な人というのは、必ずしも他の人より優れたアイデアを思いつくわけではない。

思いつくアイデアの数が多いので、結果として最高のアイデアを生み出せる確率が高まるのだ。

シェイクスピアは最高傑作ととんでもない駄作を同時期に生み出していたとされ、天才さえときには(少なくとも天才という基準に照らすと)イマイチなアイデアを思いつくという実例になっている*。

私は初めて参加した学会での経験が忘れられない。

学生の頃から憧れていた経営学のカリスマのセッションがあったので、経営学の未来が学べると期待に胸を躍らせながら足を運んだ。

だがフタを開けてみると、教授の発表した論文の質の低さにひどく失望してしまった。

その理由は、理論がまだ生まれたばかりで、成熟するまでにはあと5年はかかるという段階にあったためだ。

その後教授はこのアイデアをさまざまなワークショップや学会、1対1の対話を通じて発展させていった。

こうしたフィードバックが論文を磨き上げ、最終的に発表されたときには読む価値のあるものに仕上げる。

これは私たちがアイデアを選び、磨いていく各段階において、フィードバックがいかに重要であるかを物語っている。

最初からすばらしいアイデアを持っている人はいない。

たいていは直感からスタートし、何年も努力しながら徐々に磨きをかけ、その過程で質の低いアイデアは捨てていく。

だからフィードバックの質(およびそれに基づいて見込みのないアイデアをフィルタリングすること)は、その後の成功を左右する重要な要素だ。

追求する価値のあるアイデア、あるいは出会いを見きわめるには、どうすれば良いのか。

またそのための情報をどのように集めればいいのか。

タークセルのように人工知能を活用してフィルタリングする組織もあるが★27、テクノロジーに頼らなくても同じことはできる。

意思決定とセレンディピティの共通点は、情報量あるいは潜在的トリガーが増えるほど、優れた決定あるいはセレンディピティが生まれる機会は増えることだ。

ただ限界もあり、そこを過ぎると情報過多になる(図6を参照★28)。

興味をそそるトリガーも、有用なものとそうでないものをふるい分けできなければあまり役には立たない。

つまり情報はできるかぎり有用なものに絞り、トリガーが集中の妨げとならないよう注意する必要がある。

長期的に見ると不用なトリガーのほうが有用なものよりはるかに多い世界においては、ふるい分けのためのフィルターが必要だ。

*自分を周囲と比べるのが危険な理由はここにある。

相手をよく知らないのなら、なおさらだ。

人はたいてい自分の最高の業績や経験を語るので、それを聞くと「自分の人生もこうあるべきだ」というとんでもなく非現実的期待を抱くようになる。

常に優秀であり続けなければならない、と思うようになる。

だが実際には傑出した人物でも業績の多くは凡庸だ。

有名な経営学のカリスマも偉大な詩人も、誰もがとんでもなく質の低い仕事をすることがある。

私たちが自分をつまらない人間だと思う大きな原因は、他の人々の表の顔(入念に演出されたインスタグラムやフェイスブックのフィード)と、自分のプライベートな顔を比べることだ。

アイデアのフィルターになりうるものひとくちにフィルターといっても、さまざまなものがある。

まず挙げられるのは、目に入った情報を理解し、その価値を明らかにするのに役立つ既存の関連知識やヒューリスティックス、あるいは何らかの理論などだ。

本書でもすでにいくつか見てきたが、たとえば物事を始める際に定めた指針などがこれに当たる。

とはいえ、予想外の事態が起こったときには、どう対処すれば良いだろう。

それ以上に重要なこととして、フィルターはどのように役立つのか。

フィルターはどのように役立つのか1983年、シアトルの小さなコーヒー会社に勤めていたハワード・シュルツは、ミラノで開かれたインテリア用品の見本市に出席した。

ミラノを散策していたシュルツは、イタリアのコーヒーショップに夢中になった。

それが潜在的ニーズであると同時に、解決策でもあることに気づいたのだ★29。

点と点を結び、アメリカでイタリアのコーヒーショップ文化を再現したいと思い立った。

だが勤務先の創業者がこのビジョンに乗り気ではなかったため、シュルツは自ら会社を立ち上げた。

そして1987年にシアトルで「スターバックス」という名のコーヒーショップを買い取った。

その後は急速に店舗網を広げ、今では誰もが知る人気

ブランドになった。

ただスターバックスに成功をもたらした要因は、シュルツがイタリアのコーヒーショップを見て、それがアメリカ市場にも応用できると気づいたことだけではない。

社内で暗黙のうちに共有される包括的な「価値創造のための哲学」を生み出し、フィードバックと実験を通じてそれを磨き上げていったためだ。

この理論には、品ぞろえ、店舗フォーマット、商品の調達、店舗のオーナーシップ形態、消費者教育やインセンティブに関する問いや答えが含まれている。

シュルツの価値創造に関する暗黙の哲学(すべての要素の最適な組み合わせを導き出すための方法)は、会社がさまざまな選択をするうえで指針となった。

シュルツが事業アイデアを最初に思いついたのは偶然だったかもしれないが、スターバックスが今日の姿に成長したのは、運営やカスタマー・エクスペリエンスにかかわるさまざまな問題を解決し、また試行錯誤しながら解決策を見出していったためだ。

そこでフィルターの役割を果たしたのが、シュルツの哲学だった。

これはディズニーやアップルなど、現代を代表する企業や個人の多くに共通して言えることだ★30。

哲学はフィルターとして役立つが、もっと具体的な手段も必要だ。

たとえばピクサーは新たなアイデアをうまくスクリーニングし、フィルタリングするため、外部の評価者を動員する「ブレイントラスト」という仕組みを採用している。

これは個人レベルでも役立つ方法だ。

少数の知人に相談役あるいは非公式なブレイントラストの役割を果たしてもらうのだ。

セレンディピティによってアイデアがひらめいたとき、私は彼らにフィードバックを求める。

ここで重要なのは、個人の趣味に合わないというだけの理由でアイデアが早々に否定されることのないように、同時に2~3人に意見を求めることだ。

メンターに相談するときの注意点一方、メンターに相談することは、必ずしも納得できる結果につながらない。

メンターのアドバイスを求め、フィルターとして使うことは効果的かもしれないが、アイデアを否定されたり、誤った方向へ誘導されるリスクもある。

メンターが与えるアドバイスはたいてい「自分はこれでうまくいった」という経験に基づいている。

それはその人固有の状況に合致したというだけで、必ずしも他の人を取り巻く現実に役立つわけではない。

メンターあるいは友人としてアドバイスをする人が、相手の置かれた状況の複雑さを理解していないことも多い。

私がこれまでで最も後悔している意思決定のなかには、自分の置かれた状況や、自分にとっての優先事項や価値観を十分伝えきれないままメンターのアドバイスを受け、それに従ってしまったケースがいくつもある。

こうしたアドバイスはその時点では有益なものに思えたが、長い目で見れば自分が培ってきた直感に従うべきだった。

あるいは状況の複雑さや背景をもっとよく理解できるキャリアコーチや友人に相談すべきだった。

メンターが機能的固着に陥り、自分が正しいと思っていることしか見ないというケースもある。

ピーター・ミルナーとジェームズ・オールズによる脳の快感回路の発見について考えてみよう。

2人が快感回路を発見したのは1953年だ。

ラットの脳に電気的刺激を与えることで、特定の反応を引き出せることを明らかにした。

ただ、これを発見したのはミルナーとジェームズが初めてではなかった。

それより何年も前にロバート・ヒースが統合失調症患者の脳に電極を埋め込んで刺激すると、快感を与えられることを発見していた。

しかしヒースはこの発見にどれほどの広がりがあるかに気づかなかった。

統合失調症の原因と影響について固定観念があったことが一因だ。

このため誰かのメンターになるときには、自己発見の方法を教え、自律的に結論を導き出せるようにするほうが相手の役に立てる。

臨床心理士のなかには、(逆)ソクラテス法を実践する人もいる。

まず相談者に希望する状態を想像してもらう(友人と仲直りをする、など)。

それから「その実現には何が必要なのか」と尋ね、選択肢をイメージしてもらう。

相手が夢や進むべき道に確信を持ち、必要なパズルのピースを探せるようにサポートする。

そして最後にこう尋ねる。

「これを『本気でやる』ってどういうことか、あなたの言葉で説明してみて」。

これは企業でも使える手法で、当事者の意欲を高めるのに役立つというメリットもある。

私が教えていた経営幹部向けの研修コースで、ある学生が勤務先でのこんな話をしてくれた。

自らがボトルネックになりがちなことに気づいた経営陣が、社員がおうかがいを立て、経営陣がその答えを与えるという従来のプロセス(これは責任転嫁につながる)を逆転させたという。

社員から「これはどうしましょうか?」と聞かれたら、「君はどうすべきだと思う?」と尋ねるのだ。

社員のほうが現場に近いので、経営陣よりも答えをわかっていることが多い。

しかも意思決定が下れば、これまで以上に責任感を持って仕事に当たるようになる(もちろんこれがうまくいく企業文化と難しい文化はあるので、後で詳しく述べる)。

重要なのは、不完全かもしれない情報に基づいて指示を出すのではなく、社員に自ら答えを見つけさせることだ。

こちらの価値観や好みではなく、相手の価値観と選好に応じて優先順位を決めさせるのだ*。

ここから明らかなのは、優先順位をつけることの重要性だ。

*とはいえルーチン化によってクリエイティビティを阻害することも避けなければならない。

3Mではマネジメントシステム「シックスシグマ」を導入した結果、業務執行を重視する規律の文化が生まれたが、それは探究と予想外へのオープンな姿勢の妨げとなった。

ルーチンは通常、結果にバラツキが出るのを抑えることを目的としている。

通常、企業はできるだけ確実に予測可能な結果を手に入れようとするからだ(Austinetal.,2012)。

しかしこのような「予定調和的」ロジックはオポチュニティ・スペースを狭める。

多少ランダムな要素を加えることで、バラツキという名のバリエーションを高めるようなシステムをデザインすることは可能だ。

エド・キャットマルもこう言っている。

「クリエイティビティを引き出すのは予想外の要因だ」。

優先順位をつけることもフィルターになるあなたは旅先にいて、シャンプーを買おうとしている。

村の商店には2種類しかない。

髪を輝かせるシャンプーと、フサフサにするシャンプーだ。

この場合、好みに応じて選ぶのは簡単だ。

だが旅先に大型スーパーしかなく、40種類ものシャンプーが並んでいたらどうだろう。

パッケージにはどれも輝くばかりの笑みを浮かべ、見たこともないようなフサフサの輝く髪をしたモデルが映っている。

さあ、どれを選ぼう。

私を含めて、たいていの人は最初の店を選ぶだろう。

選択するのが簡単だからだ。

自分の好みに合うほうを選べばいい。

それができなければ、コイン投げでもすればいい。

興味深いことに、選択肢が多いほど消費者が棚を眺めている時間は長くなるが、購入する数は選択肢が少ないときよりむしろ減ることがわかっている★31。

セレンディピティについても、私たちは同じような悩みに直面する。

セレンディピティがもたらすひらめきのうち、どれについて行動を起こすべきか。

どれを捨てるべきか。

さまざまな可能性に圧倒されないようにするには、どうすればいいのか。

どうすれば正しいものに集中できるのか。

私はノルウェーのオスロに向かうバスのなかで、世界有数の携帯電話会社の元CEOから、セレンディピティに対処するうえで一番大切なことを教えてもらった。

時間配分だ。

それは自分が完全に賛同できないアイデアに「ノー」と言うべきタイミングを見きわめ、正しいと思えるアイデアにフォーカスすることにほかならない。

もちろん、年齢とともに状況は変化する。

キャリアをスタートさせたばかりの頃は選択肢が限られているので、贅沢は言っていられない。

だが年齢を重ねて、自由度が高まってくると、機会費用などさまざまな要因を考慮しながら自分が正しいと思うことに基づいて選択できるようになる。

ペイパルCEOのダニエル・シュルマンもリーダーズ・オン・パーパスのチームに対し、同じような経験を語っていた。

試行錯誤するのは大切だが、本当に重要なのは終わらせるべきタイミングが来たら見切りをつけ、その結果から学ぶための仕組みを持つことだ、と。

ウォーレン・バフェットのパイロットだったマイク・フリントは、キャリア目標の優先順位をどう決めたら良いか、バフェットに尋ねたことがある。

まず目標を25個書き出し、それができたら最も重要な5個に丸をつけなさい、とバフェットは答えた。

早速やってみる、とフリントが答えると、バフェットは残りの20個についてどうするつもりかと尋ねた。

残り20個も大切なことに変わりはないので、上位5個に取り組む合間に時間を見つけて取りかかるとフリントは答えた。

するとバフェットは「ダメだ」と言う。

その20個は今や「何としても避けるべき事柄」のリストに入ったのだ。

上位5個が完全に終わるまでは一切目もくれるべきではない、と(私の出版エージェントのゴードン・ワイズは名前のとおり賢い人物で、上位5個に取り組んでいるうちに残りの20個のほとんども実現されてしまうはずだ、と言う)。

これもセレンディピティを生産的な結果につなげるうえで(とりわけアイデアを幅広く集める初期段階の後は)、集中することがいかに大切かを物語るエピソードだ。

年齢を重ねるほど、フォーマルなフィルターが増えていく。

パーソナルアシスタントや秘書室長などもフィルターだ。

ただ、このようなスタッフで周囲を固めると、セレンディピティの芽を遠ざけてしまう場合もある。

アシスタントがあなたにとって明らかに価値があるように思えないミーティングをすべて断っていたら大問題だ。

オポチュニティ・エンジニアリング「オポチュニティ・エンジニアリング」のような方法を使うと、リスクを抑えつつオポチュニティ・スペースを広げることができる。

大きなメリットが見込める、あるいはデメリットが少なそうな機会を選択するための方法だ。

ここで重要なのは、プロジェクトをいくつかの段階に分け、初期段階でうまくいかないとわかれば、コストが膨らまないうちにさっさと撤退する、あるいは方向性を変えることだ。

すでに紹介した「ラピッド・プロトタイピング(迅速な試作)」の手法に通じるところがある。

とはいえ、これも「未知の未知(存在すること自体がわかっていない機会)」をとらえるうえでは役に立たない★32。

職場ではあなた自身やアシスタントなどのサポートスタッフが、セレンディピティにつながり、長期的に価値を生みそうな情報や出会いに敏感になるようにトレーニングを積んでおくことが大切だ。

たとえば価値創造の哲学やオポチュニティ・スペースを共有しておく、といったことがそれに当たる。

ナイジェリアのダイヤモンド銀行が採った方法の1つは、「脇役オプション」をつくっておくというものだ。

「脇役オプション」とは主力商品ではないが、一部の顧客には支持されそうな商品のことだ(要するに「賭け」をするわけだ)。

ダイヤモンド銀行は310万人の登録者がいるモバイルアプリで新サービスを発表した。

従来の貯蓄グループをデジタル化する試みで、モバイルアプリのユーザー同士を結びつけ、貯蓄グループをつくれるようにしたのだ。

一定期間が過ぎた後、グループのメンバーは集めた貯蓄から順番に借り入れができるようになる。

このサービスは好評で、利用者は着実に伸びていった。

だがCEOのウゾマ・ドジエによると、意外だったのは銀行がほとんど宣伝していなかった「個人目標貯蓄」という機能を利用する顧客が多かったことだ。

個人貯蓄サービスの利用者は貯蓄グループの10倍以上に達した。

これは企業の提供するサービスを顧客が思いがけない方法で使い始めるというデジタルならではの成功例だ。

ダイヤモンド銀行は広告戦略を見直し、個人貯蓄をアピールし始めた。

それこそが銀行が使ってほしいというだけでなく、顧客が使いたいと思うサービスだったからだ。

しかし予想外のオプションに集中すべきか否かは、どうやって判断すれば良いのか。

有益かもしれない情報を、どうすればふるい分けできるだろう。

第2章にも登場した研究者のナンシー・ネピアとクアン・ホワン・ブンは、特異な状況や予想外の事象を評価する方法として、「フラッシュ評価」か「系統的評価」を勧める。

フラッシュ評価とは特異な情報に対して、直感に基づいて迅速に評価を下すことだ。

経験豊富な人であれば、それを他の情報に結びつける方法が見つかるだろう。

企業がフラッシュ評価を取り入れるには(とりわけ数字重視の会社などでは)、自社の支配的な論理や基準と矛盾しないように工夫する必要があるだろう*。

一方、系統的評価とは情報の潜在的価値をより明確に理解するための、分析的評価だ。

そこで使われるのは不確実性のレベル、タイミング、リスク許容度などの基準の他、予想外の情報の価値を裏づける、あるいは否定するための追加的情報だ。

セレンディピティの成果は、この初期段階のスクリーニング・プロセスによって潜在的機会を見きわめられるかどうかで決まる。

企業においては、投資委員会による系統的評価がフィルターの役割を果たすこともある。

ピア評価もフィルターの役割を果たせるかもしれない。

同僚が互いのアイデアについて、実行可能性、好ましさ、実現性などを評価するのだ。

このようなフィルターをつくって有意義な出会いの数と質を高めると、セレンディピティがたくさん発生する素地が整う。

ただ個人の人生におけるフィルタリングという問題を突き詰めると、どれくらい多くの人と出会うべきか、どれくらいのアイデアを掘り下げるべきかという問いに行きつく。

*コロンビア大学教授のデビッド・スタークは「価値の序列」について研究している。

どんな分野でも(ビジネス、哲学、技術など)、あるものの価値を決定する独自の論理がある。

たとえば私の知人は心理学を学んだ後、あるベンチャー企業に就職した。

非常に奥深い内省的人物で、さまざまな場所で活躍するスキルを持っていたが、経営のスピードが速く、迅速な意思決定が求められるベンチャーではこうした資質が評価されなかった。

ここからわかるのはコンテクスト(状況、背景)と人がマッチすることの大切さだ。

マッチしていなければ、コンテクストを見直す必要がある。

あらゆる状況には固有の価値の序列があり、それはアイデアの価値を評価する基準にも影響を及ぼす。

どれくらい多くの人に会えばいいのかシンガポールの起業家で非営利組織の役員でもあるティモシー・ローは、「セレンディピティを最適化」するためのフィルターを磨き上げてきた。

そこで重要なのは、機会を最適化するにはどれだけ多くのイベントに参加すべきか、どこまでいくと多すぎるかを見きわめることだという。

出席するイベントやネットワーキング・セッションの数を絞り込んでいくのは、砂時計のイメージだ。

最初は砂時計の上の部分、つまり限られた時間にできるだけ多くのイベントを詰め込んでいく。

ただその後は少しずつイベントをふるい分けし、自分が出席したいと思うものだけに出かけるようにする。

出会いの4段階の絞り込みローの場合、第1段階はまだ起業家として駆け出しの頃、スタートアップの世界がどのようなところかをよく理解するため、できるだけ多くのネットワークに顔を出していたときだ。

当時はスタートアップ業界のキープレーヤーは誰か、暗黙のルールはどのようなものか、業界用語はどんなものがあるのか、魅力的な人が集まるクラブはどこなのか、探り当てる必要があった。

そこで月10件ほどのイベントに足を運んだ。

新参者にとっては、とても貴重な機会だと感じたという。

学習速度は高く、その後の人生で大いに役立つ重要な出会いにも恵まれた。

だが時間が経つにつれて、イベントに出かけることの価値は急速に落ちていった。

もはや新参者ではなくなり、学習は頭打ちになった。

「イベント当たりの価値」は急激に下落し始めた。

そこでローは第2段階に入り、出席するイベントの数を減らし始めた。

ただこの時点ではまだフィルタリングはしなかった。

この結果、キャリア開発(有益な人脈を築く)の面でも心の満足度(友達と会って楽しむ)の面でも、時間をより有効に使えるようになった。

こうして出席するイベントの数は減少したが、キャリア開発と心の満足度というシンプルな2つのフィルターに照らすと、1回当たりのイベントの平均価値は高い水準にとどまった。

その後ローは、新しいイベントに行かなくなった。

これが第3段階だ。

つまり、すでに親しくなった相手とさまざまな問題について議論するのが主となり、たまにイベントの主催者が「身元調査」を済ませて選んだ新しいメンバーと出会うようになったのだ。

参加するのは、ローにとって「ハイリターン」なイベントやネットワークだけになった。

「ローリターン」なイベントを切り捨てることによって「イベント当たりの平均価値は大幅に高まった。

イベントに費やす時間は減ったが、得る価値はむしろ増えた」とローは振り返る。

最後の第4段階に入ったのは、第3段階には自らをある種の「エコーチェンバー(訳注:閉鎖的空間で音が反響するように、自分と同じような意見しか耳に入らなくなること)」に閉じ込めてしまうという問題があることに気づいたときだ。

そこでローは出会いの幅を少し広げるため、熟慮の末に次のような具体的なフィルターを使うことにした。

参加するイベントあるいはネットワークにおいて、自分は誰かの役に立てるだろうか。

他の参加者のプロジェクトは、私がやりたいこと、学びたいこととかかわりがあるだろうか。

建設的で知的な会話、ときには議論が成立するだろうか。

「第4段階のイベント当たりの平均価値は第3段階とさほど変わらなかったが、目的を持ったフィルタリングによって自分の視野を少し広げることができたので、1カ月当たりの累積価値は倍増、あるいは3倍になったと思っている」とローは語る。

このプロセスは、多くの人が経験するものだ。

まずは手広く、あらゆる場に顔を出し、その後は「価値の哲学」に基づいて変化していく基準、あるいはその時々の優先事項に応じて参加するイベントを選ぶのだ。

とはいえ、そこではエコーチェンバーという多くの人が陥るワナを意識的に避けることが重要だ。

セレンディピティ検索他にはどんなフィルターがあるだろう。

1つはテクノロジーを使って「類似性」より「関連性」を求めるようにすることだ★33。

たとえば既知のアイテムを使って検索するだけではなく、それと有意義なつながりがありそうなアイテムを検索するといったことだ。

今日のテクノロジーによって「セレンディピティ検索」という選択肢が生まれた。

たとえばレコメンデーションのコンテクスト・フィルターをオンあるいはオフにする、検索パラメータを変更して検索結果の表示順序を変える、あるいは提案の範囲を調整するといったことが選択肢になる★34。

ただリアルな世界と同じように、デジタル世界でパーソナライゼーションを徹底しすぎて検索の範囲が狭まると、適度な偶然の相互作用が起こらなくなり、フィルターによって外部から遮断されたバブル(密閉空間)のなかにいるような状態になる★35。

新たな製品やアイデアはたいてい検索履歴や現在地から導き出されるため、(予想外の)多様な結果を排除していると、真のセレンディピティの機会を逸する可能性がある★36。

パーソナライゼーションは検索の範囲を一段と狭めるが、それは必ずしも結果の質の向上にはつながらないことが研究によって明らかになっている。

視野が狭まり、思いがけない発見の機会が限定されるためだ★37。

私たちが自分自身のバブルにとらわれていなかったら、世界中でポピュリスト政治家が選ばれることはあっただろうか。

あるいはブレグジットは実現していただろうか。

そして私たちはそれをサプライズと受け止めただろうか。

多くの人がエコーチェンバーに籠もっていることは、重大な政治的弊害を引き起こしている。

ロンドンでパキスタン人のドライバーが運転するタクシーに乗ったとき、自分はブレグジット賛成派だ、「これでようやく外国人もみな平等になるんだから」と言われたことが忘れられない(それまではヨーロッパ人が他の大陸の出身者より優遇されていたから、というのがその根拠だった)。

トランプが大統領に選出される直前、ボストンのタクシー運転手が「トランプに勝ってもらいたい。

私の家族は合法的移民で、この地位を獲得するために努力したんだから、不法移民が排除されるのは当然だ」と言っていたのも記憶に残っている。

こんな発言を耳にすることがあろうとは夢にも思っていなかった。

自分のバブルに籠もっていたら、このような意見を持つ人の存在を大幅に過小評価していただろう。

「締め切り」もフィルターになるしかし私たちの興味は変化する。

状況が変われば、あるいは時間が経てば変わっていく。

オンラインサービスのプロバイダーにはセレンディピティの培養期間を確保するのに役立つ仕組みがある。

たとえば優れたプラットフォームは、セレンディピティのもたらしたアイデアを機が熟すまで保存しておく機能や、アイテムをブックマークしておく手段を提供している★38。

アイデア手帳を用意して、考えを書きとめておくという手もある。

フェイスブックの戦略パートナー・マネージャーのビクトリア・ストヤノヴァはiPhoneのノートパッドをアイデア手帳として使っている。

それによって目の前の仕事に集中し、適切なタイミングで記録しておいたひらめきを見直すことができる。

私がサポートする会社のなかには、白熱した会議の間に出てくる思いがけないアイデアを保管しておくため社内ウィキにスペースを設けているところもある。

そうすることで計画されていた議題の検討が妨げられることもなく、新たなアイデアも忘れられることなく後から検討される。

フィルターはあらゆるところに存在する★39。

適度なプレッシャーとなりつつ、検討の妨げにはならないような締め切りと組み合わせれば、フィルターは大きな威力を発揮する★40。

たとえば私は本書を執筆する際、出版社と「毎月1章分の原稿を送る」と約束した。

この締め切りがあったおかげで、私は責任感と集中力を持って執筆ができた。

私はどんなプロジェクトに取り組む際も、この方法を実践する。

自分1人で取り組む場合はなおさらだ。

明確な締め切りの設定はモチベーションと責任感を高め、仕事をきちんとやり遂げるのに役立つ。

しかし効果的なスクリーニング手段というより、偏見を助長するようなフィルターには要注意だ。

ロビン・ウォレンとバリー・マーシャルが潰瘍の原因は、従来の通説であった食生活の乱れやストレスではなく、細菌であるという発見を発表したとき、科学界は論文を拒絶しただけでなく、「トンデモ学者によるトンデモないたわごとだ」と嘲笑した。

だが2005年には2人は潰瘍を解明した功績に対し、ノーベル生理学・医学賞を受賞している。

効果的なフィルターが整っている場合でも、重要なのは価値あるアイデアに十分な時間と関心を与えることだ。

セレンディピティはぱっと浮かぶこともあるが、たいていはインキュベーション期間が必要だ。

どうすればセレンディピティをじっくり培養するのに必要な時間と関心をかけられるだろうか。

セレンディピティのための時間管理アイデアが生まれ、形をとるまでには、時間と関心を注ぐ必要がある。

世界で最も優秀なコンピュータ・プログラマーの1人で、投資家でもあるポール・グレアムは、「メイカー(モノを生み出す者)とマネージャー(管理する者)」の時間管理の違いについて興味深いエッセイを書いている。

仕事の種類に応じて、予定の組み方や時間管理の方法に対する考えは変わってくる、というのだ★41。

私がこれまで読んだエッセイのなかで最高傑作の1つであり、この考え方を取り入れてから私の人生は大きく変わった。

セレンディピティからより多くを得られるようになり、生産的になった。

メイカータイプとマネージャータイプの違いグレアムが言わんとしていたのは、こういうことだ。

マネージャーの1日は細かい枠に区切られ、その1つひとつが特定の問題に充てられる傾向がある。

その多くは人やシステムの管理にかかわるもので、事後対応的だ。

こうした状況では、迅速かつ優れた意思決定能力がカギとなる。

マネージャーにとってミーティングは業務遂行の手段だ。

一方メイカーのスケジュールを見ると、セレンディピティに関する本の執筆、ソフトウエアの開発、戦略立案、あるいは絵画の制作など、特定の作業に集中するためのまとまった時間が確保されている。

ベストセラー作家のダニエル・ピンクは毎朝具体的な目標を設定する。

たとえば「今日中に500ワード執筆する」といった具合に。

それを達成するまでは、午前7時であろうと午後2時であろうと、他のことは一切しない。

メールも電話も、一切受けないし、しない。

とことん集中するのだ。

それを来る日も来る日も繰り返せば、本が1冊書きあがる。

たしかに、誰もがピンクのように好きなように時間を使えるわけではない。

ただこの方法が難しくても、集中して作業に当たる方法は他にも本書でたくさん紹介している。

またピンクの方法を土曜の午前あるいは水曜の夜など、特定の時間に限って実践することも可能だ。

メールや他の人の要求に常に振り回されていると思っていても、実際に「ここからは私の時間」と境界を引いてみると、周囲が受け入れてくれることは驚くほど多い。

自ら境界を設定しないかぎり、メイカー時間は確保できない*。

このアプローチで重要なのは、メールやミーティングに時間を取られないようにすることだ。

メイカーにとってミーティングは、本当に取り組むべき仕事にかけられる時間を制限するものであり、そのコストは非常に大きい。

ミーティングによって本来ひと続きであった時間が、もっと短い2つの時間枠に分割される。

分割後の時間は、実のある仕事をするには短すぎる。

メイカーがなるべくミーティングを避け、複数のミーティングを1つにまとめたり、自分のエネルギーレベ

ルが低下する夕方などに固めて済ませようとするのはこのためだ。

私が学術論文あるいは新規事業のための新しいアイデアを考えているときというのは、何かを創造し、生み出そうとしているメイカーの時間だ。

その世界にどっぷりと浸かり、優れた文書にまとめるためには、2時間程度のまとまった時間が必要だ。

対照的に、起業家として出資の話をまとめようとしているときには、次々とミーティングをこなしていくマネージャー的な働き方をする。

グレアムのエッセイを読む前は、1日の活動に両者が混在していた。

少し執筆したら、誰かと会い、それからまた少し執筆をし、その合間にメールを確認する、といった具合に。

イライラすることも多かったが、その理由はわからなかった。

グレアムによると、私たちが分析的あるいはクリエイティブな作業をするとき、「乗ってくる」までにはしばらく時間がかかる。

しかも没頭しなければ良い仕事はできない。

途中で電話がかかってきたり、メールを確認したり、同僚から「ちょっとコーヒーでも」と誘われた場合、そのコストはコーヒーを飲んでいる時間だけではない。

仕事場に戻っても、再び作業に没頭できるまでにはかなり時間がかかる。

一方「マネージャーのスケジュール」で動いている場合、コーヒーを飲むのにかかる時間コストは、他のミーティングにかけるそれと変わらない。

私はずっとマネージャーのようなスケジュールで、マネージャータイプの仕事をする人々に囲まれ、メイカー的仕事をしようとしてきた。

それが間違いだったのだ。

たとえばサンドボックスでは短時間のスカイプ会議などで、すばらしい人たちと知り合いになる機会があふれている。

それはそれで楽しかったが、アイデアを深く掘り下げる時間が取れていないという感覚は常にあった。

異なる作業に切り替えると、それにともなって注意力は減退していき、スイッチング・コストはきわめて高かった。

本当に重要なアイデアを掘り下げる機会を逸していたのだ。

それに生産的に仕事をしているという実感もなかった。

今ではたいてい午前中はアイデア、論文、研究のための時間として、午後はミーティングに充てている。

午前が終わる頃には、すでにメイカーとして何かを生み出したような気分になっている。

その副次的効果と言うべきか、午後にあまり生産的ではないミーティングがあったとしても罪悪感は薄れる。

メールのやりとりも意識的にゆっくりしている。

ふだんは1日のうち、決まった時間に数回チェックするだけで、しかもすぐには返信しないことが多い。

周囲はそのリズムに慣れてくれる。

また多くの問題は自然と解決していく(1日に何度も承認作業をしなければならない立場にある人には使えない方法だが)。

おかげで私は、メイカー時間もマネージャー時間も、より集中して意欲的に過ごせるようになった。

これはセレンディピティには不可欠な条件だ。

ストレスレベルが大幅に下がり、健康面でも大きなプラス効果があった。

企業も同じような方法を採用し始めている。

たとえば水曜日の午後を分析的仕事に充てると決め、メールその他の妨げになる行為を一切禁じているところもある。

グーグルや3Mが、社員に勤務時間の20%を夢中になれるプロジェクトに充てることを認めた「20%ルール」を導入しているのは有名だ。

これはアイデアを消化したり、その価値を引き出すためのバイソシエーションにじっくり時間をかけたい内向的タイプの人には特に重要だ。

フォワード・インスティテュートの創設者アダム・グロデッキは、優れたアイデアやリーダーを育てるのは「繁忙ではなく孤独である」と語っている。

事実、私たちは忙しさを生産性の高さと錯覚しがちだ。

忙しくないという人はいないし、また忙しすぎるとセレンディピティをシャットアウトしがちになる。

だが本当に生産性の高い人はごくわずかだ。

テスラCEOのイーロン・マスクは、自らのメイカー時間を大切にし、ミーティングの時間を短く区切ることで知られる。

オフィスアワーを設けてミーティングをそこに集中させることで、メイカー時間を十分確保する人もいる。

スタートアップにシードキャピタルを提供するYコンビネーターを運営するポール・グレアムは、午後のスケジュールの最後にオフィスアワーを設け、スタートアップの創業者たちと面談する。

そうすることでそれ以外の時間は邪魔されずに過ごせるようにしているのだ。

複数のミーティングを集約する方法はいろいろあり、非常に効果的だ。

私は面談を希望する人から連絡を受けると、たいてい自分が主催するオープンディナーに招待する。

そうすることで私自身も集中して仕事に取り組む時間が増えるし、相手も他のおもしろい人たちに出会うことができる(それ自体がセレンディピティにつながることが多い)。

このロジックは1日単位、あるいはもっとはるかに長い期間のスケジュールを立てるのにも応用できる。

私がこれまで出会ったなかでもとびきり生産的な人の1人であるアダム・グラントは、難しく重要な知的作業に取り組むために、長期間にわたって邪魔の入らない時間を確保するようにしている。

講義その他のマネージャー的作業は秋学期など特定の期間にまとめている。

それ以外の期間は研究などメイカー作業に集中する。

ときにはメールを不在通知に設定し、数日間にわたって一切中断されずに特定のリサーチプロジェクトに没頭することもある。

*私はこのような状況では、「弱さのパラドクス」が非常に有益だと思っている。

たとえば「悪いけど、今夜は戦略立案に取り組むつもりだから」と、まず自分に断りを入れてしまうと(そして実際にスケジュール帳にそう書きこんでしまうと)、他の人から「ちょっとコーヒーでも飲みにいかない?」と誘われたときに断るのがとても楽になる。

メイカータイプの部下の扱い方プログラマーのパフォーマンスを比較した実験では、驚くべき結果が出ている。

なかには他のプログラマーの10倍もの成果を出す者もいた。

そうした差異を予測するのに有効な指標は、経験や報酬と思うかもしれないが、実際に最も有効なのは仕事に没頭するのに十分な物理的、精神的余地があったかどうかだった。

最も高い成果を残したのは、従業員に物理的環境、中断されずに仕事をする自由、パーソナルスペース、プライバシーを与える会社に勤務していたプログラマーだった★42。

研究者のようなメイカー的業務に従事する人々にとって、壁や間仕切りの一切ないオープンプランオフィスが不向きな一因はここにある(実際オープンプランオフィスを導入すると、病欠が増え、生産性、集中力、仕事の満足度が低下する傾向がある★43)。

組織で意思決定をする立場にある人は、マネージャー・スケジュールで活動する傾向があり、部下も同じようなロジックで動いていると考えがちだ。

だが実際にはそうではないことが多く、多くのメイカーが不満を抱え、本来発揮できるはずの生産性を発揮できていない。

メイカーとマネージャーでは休憩のとり方も違う。

メイカーは誰かと会話するより、水を飲んだり新鮮な空気を吸ったりするほうを好む。

前者は集中力を削ぎ、後者はそれを高める。

私はメイカーモードのときには、トイレにいく途中でも他の人と会わないように気をつけるほどだ。

マルチタスクや他者と出会うことは、それほど没頭して取り組む必要がない活動をしているときなら新たな機会につながるかもしれない。

しかし深い分析を必要とする仕事の場合には「モノタスク」が重要だ。

かつての勤務先であった大学が研究者の作業スペースをオープンプランにしたときには、私はコーヒーショップや自宅で研究の大部分を済ませるようになり、大学には講義や会議のときしか足を運ばなくなった。

一見人と人との絆を深めるような活動に、必ずしもそうした効果があるわけではない。

多くの分野では「メイカー作業」と「マネージャー作業」のバランスをとり、セレンディピティ・トリガーが発生し、そこから何かが生まれる余地を生み出す必要がある。

そうしなければセレンディピティの機会が限られてしまうだけでなく、私たちの健康、幸福、生産性が損なわれるリスクがある★44。

あなたのセレンディピティは誰かの不運かもしれないセレンディピティには人生を変える可能性がある。

成功や喜びをもたらすかもしれない。

だがセレンディピティの受け取り方は人それぞれで、誰かにとって幸運な出来事は、別の人にとっては不運かもしれない。

警察官が木に登って下りられなくなった猫を助けようとたまたま入った家の裏庭で、小さなマリファナ畑を見つけてしまったとしよう。

警察官にとっては幸運だ。

その月の優秀賞をもらえるかもしれない。

一方、自家製マリファナをささやかに楽しみたいと思っていた年金生活者には不運な出来事だ。

またどんなツールやアプローチについても言えることだが、「良い目的」のために育んだセレンディピティが「悪い」人々の手に渡って「悪い目的」に使われることもある。

ダース・ベイダーにとっての好ましい偶然を好ましい成果につなげるために、あなたは手を貸そうと思うだろうか。

ダース・ベイダーの好運は、

私たちの大切な人にとって最悪の事態かもしれない。

まとめセレンディピティは必ずしも特定のタイミングで発生する単一の出来事とは限らない。

その恩恵を享受するためには、粘り強さ、レジリエンス、そして自らの置かれた状況に価値を見出し、選別する能力が必要だ。

点と点のつながりが成果に結びつかないと気づいたときには見切りをつける力、逆にモノになりそうだと感じたときには諦めず、粘り強く取り組む力を身につける必要がある。

さらにはこのようなバランスの良い判断を下せるように、自己距離化のスキルも身につけたい。

最終的に粘り強さ、賢明さ、ふるい分けの能力が意味を持つのは、セレンディピティの最終的成果が自分や大切な人たちにとって有意義なものであるときだけだ。

【セレンディピティ・ワークアウトセレンディピティを起こす】1スケジュールを立てる際にメイカー作業のための時間を確保しよう。

それをミーティングと同じように扱う。

内省的な夜、あるいは内省的な1日をスケジュールに組み込もう(あなたがメイカーで、恋人がマネージャータイプなら、意図を説明しておこう。

そうすれば「私と一緒にいる時間を大切にしてくれない」といった誤解を防ぐことができる)。

2自分が一番エネルギッシュになれる時間をベースに、時間を管理しよう。

ミーティングにはただ顔を出せばいいというものではなく、どんな状態で顔を出すかが重要なのだ。

3あなたが経営者あるいはイベントの主催者ならば、社内あるいはコミュニティ内のメイカーが物理的スペースと時間を確保できるよう配慮しよう。

4ミーティングを集約しよう。

個別の「コーヒーを飲もう」という約束のなかで、まとめられるものはないか。

5あなたに子供がいるなら「好きなスーパーヒーローなら、こんなときどうする?」と尋ねてみよう(もちろん問題解決能力のあるヒーローの名前が挙がるのが理想的だが、違った場合は複数のキャラクターを一緒に考え、ゲーム感覚で楽しんでみよう)。

6最近のイベントでもらった名刺のなかから、最も興味深いものを何枚か選び、フォローアップのメールを送ってみよう。

簡潔なものでかまわない。

相手との会話で興味を持った話題や、相手が興味を持ちそうなリンクを含めてみよう。

遅くなっても送らないよりはましだ。

7週1回のチームミーティングで、参加者に最近驚いたこと、あるいは予想外の出来事を3つ挙げてもらおう。

そこに価値があるのか、フォローアップする気があるか聞いてみよう。

8あなただけの「ご意見番会議」をつくり、新しいアイデアが浮かぶたびにメンバーと連絡をとってみよう。

メンバーにはあなたの前提のおかしいところを指摘してもらい、メンタルモデルを見直し、点と点を結びつけるのに手を貸してもらおう。

9あなたの活動分野のトップクラスの人材と連絡をとり、アイデアへのフィードバックを求めよう。

相手の活躍から刺激を受けたことを伝えよう(相手からどのようなフィードバックが来るかは、あなたのアイデアの質にかかっている)。

10あなたが学生あるいは研究者ならば、活動分野のトッププレーヤー5人に論文の短い要約を送り、フィードバックを求めよう。

これは味方を増やし、人間関係を広げていく良い方法だ(当然ながら、あなたの送る原稿の質がそれなりに高いことが前提となる)。

★1Burgelman,2003.★2BarberandFox,1958.★3Christoffetal.,2009;Masonetal.,2007.以下も参照。

Stocketal.,2017.★4RitterandDijksterhuis,2015;VanGaaletal.,2012.★5Buschetal.,2019;Gyori,GyoriandKazakova,2019.★6McCayPeetandToms,2010.★7GilhoolyandMurphy,2005.★8SioandOrmerod,2009.★9Stocketal.,2017.★10サフィ・バコールはこの問いについて興味深い意見を持っている。

https://podcastnotes.org/2019/03/16/bahcall/.★11‘CitizenshipinaRepublicandTheManintheArena’speechattheSorbonne,Paris,23April1910.TheodoreRoosevelt.★12BuschandBarkema,2019;NapierandVuong,2013.★13https://mastersofscale.com/evwilliamsneverunderestimateyourfirstidea/★14https://hbr.org/2016/05/peoplefavornaturalsoverstriverseventhoughtheysayotherwise.★15Duckworth,2016.★16著者自身の会話。

以下も参照。

www.huffingtonpost.com/robynscott/fromprisontoprogrammin_b_6526672.html.★17www.youtube.com/watch?v=7COA9QGlPDc.★18RundeanddeRond,2010.★19GilbertandKnight,2017.★20介入がさらにまずい結果につながる理由について。

www.farnamstreetblog.com/2013/10/iatrogenics/.★21Taleb,2012.★22David,2016.★23Kahneman,2011.以下も参照。

www.farnamstreetblog.com/2017/09/adamgrant/★24Whiteetal.,2016.以下も参照。

WhiteandCarlson,2015.簡潔にまとまった記事は以下を参照。

www.weforum.org/agenda/2017/12/newresearchfindsthatkidsaged46performbetterduringboringtaskswhendressedasbatman.★25PattersonandMischel,1976.★26www.newyorker.com/science/mariakonnikova/strugglespsychologiststudyingselfcontrol.★27タークセルCEOのカーン・テルジオールは、同社のデジタルダッシュボードの活用について私に語ってくれた。

デジタルダッシュボードはAIを使い、アイデアのフィルタリングや事業運営をモニタリングしている。

たとえば基本的な人工知能・人工認識ツールを使い、アイデアコンペの結果をフィルタリングする。

最高のアイデアを実行し、勝者は利益の一部を手にする。

こうした取り組みによってアイデアと責任の文化が醸成され、カーンによると(パートナーであるコンサルティング会社が手がけるなかで)世界で最も成功したプロジェクトの1つになったという。

このテクノロジーを使うと、従業員の参加やフィルタリングを大規模に実施できる。

このようなデジタルダッシュボードはパフォーマンスを見える化し、どんな結果が達成されたか明らかにすることで、透明性や説明責任を高めるのにも役立つ。

★28McCayPeetandToms,2018.★29FelinandZenger,2015;Schultz,1998.★30FelinandZenger,2015;Zenger,2013.企業は独自の価値創造理論を生み出す。

そこには注意を払うべき構造やさまざまな問題が含まれる。

価値創造理論は戦略の方向性を定める指針となり、フィルタリングを可能にする。

つまり価値創造の最も重要な手段は、企業の理論を策定し、更新していくこと、それを問題設定や解決策の探究、利用可能な問題と解決策のペアから最適なものを選択するのに活用することだ。

いずれも企業独自の試みとなる。

アップルの例を見てみよう(Isaacson,2011)。

スティーブ・ジョブズはたまたまビットマッピング・テクノロジー、「マウス」、グラフィカル・ユーザー・インターフェイスを見つけ、それはどれもマッキントッシュのカギを握る要素となった。

ジョブズはこうしたソリューションの用途を理解するための理論を必要としていた。

ゼロックスもこうした技術には気づいており、こうしたソリューションや技術を詳しく調べる見返りとしてアップルに投資するチャンスを与えられた。

しかし本当の価値をもたらしたのはジョブズの理論と、いくつかの能力だ。

違いを生み出したのはジョブズとそのチームの賢明さだ。

これはセレンディピティ研究で注目される「生成的疑問」の概念と密接に結びついている。

生成的疑問はどのトリガーに価値があるかを批判的に評価し、点と点をつないで価値ある機会を生み出すのに役立つ。

予想外の誰か、あるいは何かに遭遇したら「自分が興味を持っていることと有意義な関連はあるだろうか。

両者には整合性があるか」と自問するのだ。

生成的疑問は異なる情報を統合し、偶然を活用するのに役立つ(PinaeCunhaetal.,2010)。

★31IyengarandLepper,2000.★32多くの組織がプロジェクトの開始時あるいは製品発売時に「決行か・中止か」を決定するプロセスを取り入れている。

割引キャッシュフローや正味現在価値などを使って機会を評価するのだ。

しかしこれは比較的安定した環境で定められた目標にとらわれた考え方だ。

ここでは失敗を回避し、未来にうまくいく可能性があることより過去にうまくいったことを重視する。

これは不確実性の高い変化の激しい環境では命取りになる可能性があり、セレンディピティを最大限活用するのに理想的ではない。

コントロールの錯覚にとらわれている人にとっても、動的な環境ではキャッシュフローのような将来予測はほぼ不可能になる。

★33Guyetal.,2014;McCayPeetandToms,2010.

★34Guyetal.,2014;McCayPeetandToms,2018.★35Fanetal.,2012;Pariser,2012.★36Andreetal.,2009;Benjaminetal.,2014.★37Huldtgrenetal.,2014.★38McCayPeetandToms,2010;Tomsetal.,2009.★39一例がナイジェリアの王子からのメールだ。

突然送りつけられてくる「数百万ドルをあげます」といったメールが、なぜほとんどの人に一目で詐欺とバレるような書き方になっているのか。

考えられる理由の1つは、それがフィルターの役割を果たしているということだ。

詐欺師の希望どおりの状態(クレジットカード番号を自ら教えるなど)までカモを誘導するのには手間がかかる。

だから手間を省くため、最初から疑い深い人は排除しようとしているのだ。

「しっかりしたフィルター」を使って、ナイジェリアの王子が本気で自分に数百万ドルをくれようとしているのだ、と信じるような世間知らずの人だけをつかまえようとしている。

この方法によってクレジットカードを与えてくれる人だけが残り、「採用コスト」が抑えられるのだ。

★40PinaeCunhaetal.,2010.★41www.paulgraham.com/makersschedule.html.★42Cain,2013.★43Davisetal.,2011;Pejtersenetal.,2001.★44文化的背景によって影響は異なるだろう。

たとえば北欧のようなモノクロニック文化では、計画性を重視し、開始時間と終了時間をきっちり決める。

一方ポリクロニック文化(アフリカやラテンアメリカの大部分)では時間の概念がより柔軟で、議論の内容も柔軟で、同時並行的に問題を解決しようとする。

両者では問題の処理方法も、時間に対するアプローチもおそらく違っているだろう。

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