第7章人的ネットワークとセレンディピティ
社会資本としての社会的ネットワークマルチプライヤーとつながる優れたコミュニティの偉大な力弱い絆を強い絆のように使うには結束の固いコミュニティのつくり方アンバサダーの導入で規模を拡大する有意義な人間関係を促すにはラテラル・アカウンタビリティ恋愛関係にも役立つ教訓ネットワークの負の側面セレンディピティを高める教育プログラムをまとめ
第7章人的ネットワークとセレンディピティ思慮深く熱意ある市民がほんの数人集まるだけで世界を変える力を持ちうることを、疑ってはならない。
これまで世界を変えてきたのは、きまってそんな人々だ──文化人類学者マーガレット・ミードの言葉とされるセレンディピティは一過性の、二度と繰り返すことのない出来事だと思われがちだが、実際は違う。
人は生まれながらにセレンディピティの起こりやすさがある程度決まっている。
セレンディピティ発生率のベースレート(基準値)と呼んでもいいだろう。
だが、それは高めていくことができる。
セレンディピティのプロセスを加速させ、成果を何倍にも増やすことも可能だ。
これは「セレンディピティの複利効果」ともいうべきプロセスで、過去のセレンディピティが積み重なった結果、新たなセレンディピティの可能性がどんどん大きくなっていくことを指す。
所属集団とセレンディピティその推進力となるのが、家族やコミュニティといった帰属する集団だ。
そこには地域のネットワーク、仕事関係のサークル、関心を共有するグループなどが含まれる。
こうした集団は社会的オポチュニティ・スペースを生み出し、セレンディピティ・フィールドを広げる手助けをしてくれる。
ただ集団にはそれぞれの偏りや先入観があるので、セレンディピティを加速させることもあれば、抑え込むこともある。
つまり私たちはリスクと機会の両方に目配りしながら、自らのネットワークを評価し、つくり上げていく必要がある。
ここで再び、ニューヨークに住むエクアドル出身の教育者ミケーレ・カントスに登場してもらおう。
ミケーレは恵まれない子供たちのための財団で働いていたときに、サンドボックスのことを知った。
ただセレンディピティはそれだけではなかった。
「このたった1つのコミュニティに加わっただけで、次々とセレンディピティが起こり始めた。
私は今とても恵まれている。
でも貧しい環境で生きていた当時は、今のような機会とはまったく無縁だった。
それを思い出すとぞっとする」。
ミケーレの人生に最も影響を与えたのは、お金や教育を受け取れるようになったことではなく、具体的な情報や機会が手に入るようになったことだ。
その多くは一部の人にしか開かれていない。
そこに手が届くようになった途端にミケーレのセレンディピティ遭遇率は劇的に変わった。
アルビン・ロス・カルピオはロンドンのイーストエンドにある、ナイフ犯罪が頻発する地域で生まれ育った。
父親はアルビンが9歳のときに亡くなった。
イーストエンドで母子家庭で暮らしていくのは楽ではなかった。
ティーンエイジャーの頃はいつもナイフを身につけていたが、あるときナイフを携帯している人はしていない人と比べて命を落とす可能性が高いと聞き、考えがぐらつき始めた。
その後、自分よりずっと年少のいとこからナイフが欲しいと言われたことで、自分の行動が他の人に影響を与えることに気づいた。
いとこには「ナイフなんて必要ない」と言い聞かせ、自分もそう考えることにした。
良い学校に通い始めたことで、アルビンの人生は変わった。
父はウエイター、母はホテルの客室係としてイギリスにやってきた移民だったが、アルビンの周囲にはさまざまなリソースにアクセスできる人が集まっていた。
アルビンは「アップライジング・リーダーシップ・プログラム」や世界経済フォーラムが主催するコミュニティ「グローバル・シェイパーズ」に参加するようになった。
今ではグローバルな問題に取り組む活動を主催しており、フォーブスの『30アンダー30(世界を変える30歳未満の30人)』のリストの常連になった。
自分が成功し、さまざまな機会にアクセスできるようになったのは、愛情深い家族に恵まれたこと、そして自らの努力や「この世界に不可能なことはない」という信念を持っていたことに加えて、すばらしい人的ネットワークやコミュニティを自ら構築したり参加したりするようになったからだと考えている。
このような環境に意識して身を置くようにしたことが、刑務所に入ったり命を落としたりする人生ではなく、世界的プロジェクトを率いる日々を送れるようになった要因だという。
不遇な環境で生まれ育った人がみな、ミケーレやアルビンのように成功を後押ししてくれるようなネットワークやコミュニティに巡り合えるわけではない。
不幸な人間関係や仕事から抜けられない人もいる。
人種、ジェンダー、性的指向、あるいは収入などが原因で、社会システム上きわめて不利な立場に置かれているのかもしれない。
「適切な」コミュニティに参加できるかどうかは、社会正義の実現において大きな意味を持つ。
どのような集団に生まれ落ちるかは、セレンディピティが起こるベースレートに大きな影響を及ぼす。
どのような家族や地域で生まれ育つかは、意思決定の質や、不安、疲労、ストレスレベルの基準値を左右する。
こうした要因すべてがセレンディピティとかかわっている。
しかし成長していくなかで、こうした集団を調整し、自らのセレンディピティ・フィールドを広げていくこともできる(もちろんその意欲がなければ始まらないが*)。
社会的ネットワークに関する研究が、その方法を示している。
*私自身もリソースの乏しい環境で生まれ育った。
そうしたなかできわめて厳しい状況においても、セレンディピティが起こり得ることを目の当たりにした。
しかし障害や構造的貧困など、セレンディピティをほぼ不可能にしてしまう重大な制約も存在する。
世界では非常に多くの人々が、極端にセレンディピティのベースレートが低い状況で人生をスタートさせているのが現実だ。
社会資本としての社会的ネットワーク社会的ネットワークはさまざまなリソースや機会へのアクセスをもたらしてくれる。
いわゆる「社会資本」で、それは幸福度を高めるのに役立つ★1。
しかし社会資本への橋渡し、あるいはつなぎ役となってくれるような他者とつながりがない人はセレンディピティのベースレートが低くなる傾向がある。
科学誌『サイエンス』に掲載された包括的調査は、イギリスの国勢調査のうち各自治体の社会経済的幸福度に関するデータを調べた★2。
研究チームはイギリス全土を網羅する通信ネットワークのデータを入手した。
データ規模としては史上最大級で、国内の携帯電話の90%のデータが含まれていた。
その結果、人間関係の多様性は経済発展と密接に結びついていることが明らかになった。
イギリスの貧しい地域で生まれ育った人は多様な集団、ひいては多様な機会にアクセスできる可能性は低い傾向があった。
だからといって、そういう人に社会資本がないわけではない。
隠れているだけだ。
自分では思っている以上に社会資本はあるかもしれない。
たとえば学校でお世話になった先生は、地方議員と知り合いかもしれない。
教会の指導者は地元のスーパーチェーンのマネージャーと知り合いかもしれない。
近所の店のオーナーのいとこは、市長の個人秘書かもしれない。
ジョナサン・ローソンらは、ロンドンのニュークロスゲートと郊外のブリストルにあるコミュニティを舞台に、社会的ネットワークによって幸福度がどのように向上するかを調べた。
その結果、郵便配達員のような「顔見知りの他人」が地域のニュースや情報を広めるのに大きな役割を果たしていることがわかった。
とりわけ比較的所得の低い層には、社会の他の層との有意義なつながりをもたらしていた★3。
隠れたつながりの問題点は、通常目には入らないために、社会的オポチュニティ・スペースに組み込むことができないことだ。
扉は開かれている、あるいは開くことが可能なのに、その向こうにある機会を逸してしまう。
あなたは通っている教会の牧師に、自分の夢を話したことがあるだろうか。
ラビ(注:ユダヤ教の
指導者)に将来何をしたいか語って聞かせたことがあるだろうか。
イマーム(注:イスラム教の指導者)にどんな人生を送りたいか、伝えたことはあるだろうか。
彼らは地域の「スーパーコネクター」であり、きわめてリソースの乏しい地域でもさまざまな情報や機会を伝える役割を果たしている。
だがそれを活用するには、まず彼らの存在を知る必要がある。
ヨガのインストラクター、体操のコーチ、大学教授や学校の先生、地方議員や地元の国会議員といった人々は、多くの人と出会い、会話する機会がある。
社会資本の「マルチプライヤー(乗数)」のような役割を果たせるわけだ。
このような潜在的社会資本を活用できるかは自分次第だ。
マルチプライヤーとつながる自分の潜在的社会資本を発見するため、仕事上のネットワークをマッピングしてみたことはあるだろうか。
サンドボックスでコミュニティ・マネージャーを務めていたブラッド・フィチュウがそれを実行してみた。
ブラッドの作成した分析図では、1つひとつの点(ノード)がサンドボックスとつながりのある人物を示していた。
点が大きいほどその人物の人脈が広く、周囲の人に新たな機会を紹介したり、アイデアを広めたり、新たな知識を学んだりする可能性が多いことを示している。
つまり点が大きい人は「マルチプライヤー」なのだ。
サンドボックスがLSE関係者のネットワーク(どんなネットワークでも同じだが)にアイデアや機会を広めようとするとき、そこに含まれる全員と連絡を取り合う必要はない。
主要なマルチプライヤーにターゲットを絞ればいい。
豊かな人脈を持つ彼らは仲間にサンドボックスよりはるかに信頼されている。
マルチプライヤーは他の人が情報にアクセスするのを助け、アイデアの流れを加速させ、知り合い同士を結びつけてくれる。
ネットワークが公式なものか非公式なものかにかかわらず、マッピングすることで主要なマルチプライヤーを特定することができる。
これは組織において特に重要だ。
たいていの人は自分の公式なネットワーク(たとえば会社の階層組織など)を認識している。
誰がどんな職責を担っているのかはみな知っているし、少なくとも調べることができるようになっている。
だが現実には多くのことが非公式なネットワークを通じて進んでいく。
「この仕事の責任者は誰?」と尋ねるより、「この仕事でみんなが最初に相談にいくのは誰か」あるいは「この仕事を成功させたいとき、みんなが最初に連絡するのは誰か」と聞きまわったほうが、良い結果につながることもある。
関係者にそれぞれの人脈に含まれる人を入力してもらう「ネーム・ジェネレーター」のようなソフトを使い、このような非公式なネットワークをマッピングすることは、あなた(あるいはあなたの組織)のセレンディピティ・スコアを高め、やろうとしていることを実現するのにきわめて効果的だ。
ただバランスは重要だ。
何か頼みごとをされるためだけにアドレス帳に追加されて嬉しい人はいない。
ネットワークは有意義な人間関係を構築しながら広げていくべきものだ。
そのための方法はたくさんある。
相手が直面している問題に寄り添い、手を差し伸べるのもその1つだ。
このようなネットワークは、必要になる前に築いておくほうがずっといい。
「TEDxボルケーノ」を企画したナサニエルのケースを考えてみよう。
このようなおよそ実現不可能なイベントを実現できたのは、複数のマルチプライヤーと連絡をとったからだ。
時間と労力をかけてゼロからロンドンで人脈をつくるのではなく、ナサニエルは既存のネットワークを活用した。
将来何の役に立つかなどと考えず、たとえばTED関係者など、カギとなる人々との人間関係をすでに構築していたのだ。
セレンディピティが起きたとき、ナサニエルの準備は万端だった。
ナサニエルは火山が噴火してロンドンに足止めを食らうような事態を想定して、このような人間関係をつくっておいたわけではない。
特別な見返りや目的を求めることなく、ただ周囲の役に立とうとし、寛容にふるまうことによって、豊かな関係を築いてきた。
その結果、今回のケースではTEDの主催者やサンドボックスのメンバーのようなマルチプライヤーから信頼を寄せられたのだ。
数人のマルチプライヤーからの紹介で、ナサニエルは何十人というボランティアを動員することができ、誰もが旧知の仲間のようにふるまってくれた。
それは彼らがナサニエルを紹介してくれたマルチプライヤーや、彼らの所属するコミュニティを信頼していたからだ★4。
私たちはここから何を学べるだろうか。
あらゆる人を知っておく必要はないし、広大な人脈など必要ない。
それよりむしろマルチプライヤーと有意義な関係を構築したり、私たちに信用を与えてくれるような同じ目的を共有するコミュニティを立ち上げたり加入したりしたほうがいい。
優れたコミュニティの偉大な力コミュニティは単なるネットワークとは異なる。
ネットワークが特定の人間関係を発展させるのに役立つものであるのに対し、コミュニティは帰属意識や社会的アイデンティティを与えてくれる個人間の結びつきであり、セレンディピティのベースレートに変化をもたらすこともある。
ミケーレの例からも明らかなように、優れたコミュニティはセレンディピティをわずかに(直線的に)増やすのではなく、べき乗則にのっとって大幅に(指数関数的に)増やす。
そのための基礎を据えるには、どうすれば良いのだろう。
まずコミュニティがどれだけ優れた機能を発揮しうるかを理解すれば、コミュニティを上手に活用できるようになる。
キュレーションがしっかりしているコミュニティは、セレンディピティ体験の質に劇的な変化と改善をもたらしてくれる。
同じ関心で結ばれたコミュニティは自分でつくることもできるし、既存のものに加入してもいい。
弱い絆を強い絆のように使うには歴史を振り返ると、コミュニティは社会学者のマーク・グラノヴェッターのいう「強い絆」によって、すなわちお互いをよく知る者同士が集まって形成されていた★5。
住民の結束の固い地域社会や同じ教会の信者仲間などをイメージするとわかりやすい。
こうした人間関係は地域密着型で、信頼感が高く、「使える」。
しかしたいてい広がりはなく多様性は乏しい。
強い絆を維持するには時間と手間がかかり、それほど多く育むのは難しい。
私たちの時間(そしてエネルギー)は限られているのだから。
対照的に「弱い絆」は広がりと多様性があるが、通常あまり「使えない」。
たとえばツイッターで出会い、2~3回やりとりしただけの相手をイメージするといい。
弱い絆は一般的な情報交換や機会の拡大にはつながるかもしれないが、お互いのためにひと肌脱ぐようなことはしないだろう。
強い絆しかなければ、精神的支えはたっぷりあるかもしれないが、情報や機会へのアクセスは限られる。
反対に弱い絆しかなければ、周囲からさほど強力なサポートは期待できない。
しかしキュレーションがしっかりしていて、同じ関心を共有する仲間が集まるコミュニティは、ファビアン・フォートミュラーの言葉を借りれば「弱い絆を強い絆のように」活用する。
こうしたコミュニティは、強い絆と弱い絆それぞれのメリットを融合させる。
コミュニティに帰属することで、弱い絆を強くする「代理的信頼(プロキシー・トラスト)」が生まれるのだ。
さきほど例に挙げたナサニエルが予想外の状況で行動を起こすことができたのは、すばらしいアイデア、チャンス、イベント企画の経験があったためだが、それだけでは成功しなかっただろう。
優れたイベントを開くためには、会場、ボランティアスタッフ、食料、講演者、機械設備などさまざまなものが必要だ。
そこでナサニエルが採ったのが、マルチプライヤーに接触し、既存のコミュニティを活用するという戦術だった。
TEDに接触し、ブランドと講演者へのアクセスを得た。
さらにサンドボックスに接触し、ボランティアスタッフ、ロジスティクス、さらには広報宣伝の面でのサポートを得た。
また周囲の助けを借りて、テッククランチのイギリス版エディターを務めるマイク・ブッチャーに連絡をとった。
テクノロジーとメディア分野のマルチプライヤーで、イベントのプロモーションに尽力してくれた。
要するにナサニエルとほとんど、あるいはまったく面識のなかった人々が、自らのブランドを使わせ、本格的なカンファレンスを主催するのに手を貸したのだ。
さまざまな「マルチプライヤー」がお墨つきを与えたり(TEDなど)、同じコミュニティのメンバーであると認めたことで(サンドボックスなど)、ナサニエルは弱い絆を強い絆のように活用することができた。
ナサニエルはTEDxボルケーノを主催するのに何が必要か、事前に把握していたわけではない。
しかし多様なコミュニティから代理的信頼を与えられたこと、そしてナサニエル自身に魅力的なアイデアがあったことから、そうしたコミュニティのメンバーを自ら
の友人のように動員することができた。
これは極端な例だが、たとえばサンドボックスのメンバーの多くは旅行をするとき、旅先のまったく面識のないメンバーに連絡する。
たいていは会ったこともないサンドボックスのメンバーから、ソファーなど寝床を提供してもらえる。
今日の一段とネットワーク化の進む世界において、作業や組織の垣根は流動的になっており、ふだん活動する勢力圏の外側にいる人々に支えられることも増えている。
私たちには弱い絆が必要であり、共通の目的で結ばれたコミュニティはそれを強い絆として活用する手段になる。
共通の目的で結ばれたコミュニティはメンバーの多寡にかかわらず、有意義な交流と信頼を育む場を提供する。
どうすればそのような場を自ら生み出せるだろうか。
結束の固いコミュニティのつくり方まずメンバーたちがそもそもなぜコミュニティに集まったのかを考えてみよう。
経歴、関心、情熱、あるいは価値観が似通っているためだろうか。
サッカー、絵画、イノベーションなどあらゆる分野のコミュニティ・ビルディングの核となるのが「共通項」だ。
集団が大きくなるほど、この共通項を暗示的あるいは明示的に示す必要がある。
たとえば規模の大きい共通の目的で結ばれたコミュニティは、言葉(「家族」など)や儀式(抱擁など)、オンラインあるいはオフラインでのメンバー歓迎会(ディナーのたびに新たなメンバーを紹介する)などを通じて共通項を確認する。
ただコミュニティの結束があまりに強すぎると(とりわけそこに多様性が欠けていると)阻害要因にもなり得る。
特定のコミュニティに肩入れしすぎると、偏狭になり、エコーチェンバーに陥る危険性もある。
共和党あるいは保守主義者のフェイスブック・フィードと、民主党あるいは労働党支持者のフェイスブック・フィードがどれほど乖離しているか、想像できるだろうか。
私たちはたいていこうしたコミュニティのいずれかに生まれ落ち、惰性あるいは必要に迫られてそうしたルーツにとどまる。
私がケニアの経済学者ロバート・ムディダと実施した調査では、それが顕著だった。
私たちはムディダが所長を務めるナイロビのストラスモア大学「競争力センター」を拠点に、サブサハラ・アフリカ地域の民族的ネットワークを調査した。
こうした地域では部族への帰属意識が、アメリカやイギリスにおける政治的分断と少なくとも同じくらいの影響力を持つ。
多くの人が自らの同質的ネットワークにとどまる傾向があり、セレンディピティに不可欠な弱い絆を育む機会は乏しい。
一方、私たちの調査対象のなかでも進取の気性に富んだ成功者たちは、部族を超えるネットワークを構築していた。
内集団を民族性と切り離し、スポーツや宗教といった共通の関心に基づくネットワークを新たに生み出していた。
あるケニア人起業家は教会で他部族の首長の隣に座り、自分たちには共通項があることを首長自身と周囲の人々に伝えようとした。
他の地域の研究でも同じような結果が得られている★6。
あなたはどうだろう。
身近な親しい友人グループ、あるいはタコツボ化した所属部署といった閉鎖的内集団の枠内にとどまっていないだろうか。
他の集団に帰属する人のなかで、あなたと共通項があり、接点を持てそうな人はいないだろうか。
他の集団に対して自らを開放するプロセスは、ささやかな行動から始まる。
多様な視点を持った人々が集まる集団では、セレンディピティが起こりやすい。
とはいえメンバーがお互いを信頼し、アイデアを共有しようというインセンティブを持つには、共通項が必要だ。
多様性があっても、人々を結びつけるような接着剤がなければ、うまくいかない★7。
アンバサダーの導入で規模を拡大するコミュニティに必要なのは統制よりも知的刺激だ。
そこで大きな役割を果たすのが対話に方向性を与えるようなアンカーの存在だ。
規模の大きいコミュニティや組織において、マルチプライヤーの活用がきわめて効果的なのはこのためだ。
サンドボックスというコミュニティがほんの数年で20カ国以上に拡大できた大きな理由は、「アンバサダー(組織の「顔」)」制度を導入したことだ。
活動拠点のある都市に一時的に滞在している人材を見つけ、出身地に戻ったときにアンバサダーの役割を果たしてもらうことにしたのだ。
具体的方法はこうだ。
まずサンドボックスの創設者たちが、共有するウィキドキュメントで自分の知っている魅力的人材をリストアップし、適任者は誰かを議論し、それから相手と連絡をとった。
アンバサダーの多くは当初は友情から、その後はワクワク感からこの役割を引き受けた。
多くのコミュニティにおいてそうであるように、彼らがアンバサダーになった動機は金銭的なものではなく、ステータスや知名度の向上などだ。
アンバサダーになればサンドボックスの活動で中心的役割を果たすことになり、多くのメンバーが新しいアイデアを最初に話してくれるなど、セレンディピティの発生率が大幅に高まる★8。
アンバサダーの活動が本業など他の活動と関連の高い人ほど、活発に活動した。
たとえばイベント企画が本業の人は、ウォール街のトレーダーなどと比べて、同じような役割を他の集団でも果たしていることが多い。
アンバサダーは通常2人から4人のチームで活動し、地元でイベントを開催したり、それぞれの都市で「これは」と思う候補者を見つけたりした。
サンドボックスは「スノーボール(雪玉)効果」を狙い、アンバサダーに自分と同じような魅力的人材を探すよう求めた。
アンバサダーは候補者と接触し、イベントを企画したり、各地域で実験的スペースを提供したりした(たとえばメンバーが今抱えている問題や課題を発表する「チャレンジナイト」などを開催した)。
サンドボックスの本部ではベストプラクティスをまとめたマニュアルを制作したり、関係者用フェイスブックグループを立ち上げたり、全員のまとめ役を果たすなどして、アンバサダーたちをサポートした*1。
図7はサンドボックスのハブ構造を示している。
アンバサダーがハブ・ノード(H)、各メンバーが小さな点であり、本部(C)がプラットフォームを提供してつながりをサポートしている*2。
「スーパーノード」を生み出していくことで、サンドボックスは目覚ましい速さで千人以上のメンバーを擁する、結束力のあるグローバルコミュニティをつくり上げることができた。
真に有意義な人間関係を構築するには、集団の規模を比較的小さく抑える必要があるという考えに基づいて、当初は各地域ハブのメンバーを80~130人に制限していた*3。
それによって地域の拠点に強い絆が生まれた。
旅先では他のハブに飛び入りすることもできるし、他のメンバーとオンラインで直接つながることもできる。
地域のマルチプライヤーをグローバルなプラットフォームにつなげるアプローチは、サンドボックス、ネクサス、グローバル・シェイパーズ、TEDやTEDxがごく少数のコアチームと限られたリソースでグローバルなコミュニティに成長することを可能にした。
地域のマルチプライヤーは社会資本をもたらし、またグローバルな枠組みを地域の特色に適応させるのに役立つ。
このような信頼感のある環境を生み出すカギとなるのが、有意義な交流を促すイベントだ。
*1候補が増加するのにともなって、サンドボックスは応募プロセスを体系化していった。
ただマルチプライヤーは通常のルートよりも非公式なルートで浮上してくることも多く、私たちは活動への積極性といったさまざまな基準で人材を発掘し、アンバサダーに任命した。
お互いを助けようとするメンバーの活動例を示すのは、他のメンバーにも同じ行動を促す有効な手段だ。
言葉より行動だ。
*2これはあくまでも単純化した図で、個々のメンバーもハブ内外の複数のメンバーとつながりがある。
*3これはロビン・ダンバーが提唱した「ダンバー数」の考え方に近い。
ダンバーは人間が関係を維持できる人数の上限は100~250人だと主張した(Hernandoetal.,2009)。
有意義な人間関係を促すには長い間コミュニティ・ビルディングに携わっていると、「よし、ネットワーキングのイベントをしよう!」とか「カンファレンスの途中に、ネットワーキングタイムを設けよう」といった発言をよく聞く。
だが「ネットワーキング」という言葉を聞くと、私は少々ぞっとしてしまう。
そこには有意義な人間関係を構築するのに欠かせない「信頼」という要素が欠けているからだ。
あなたはネットワーキング・イベントに参加するのが心から好きだという人に会ったことがあるだろうか。
知り合いを増やすことに重きを置くと、好ましくない人が集まる。
何らかの思惑がある人々だ。
そうした状況に困惑する人も多く、会話はわざとらしく表面的なものになりがちだ。
婚活パーティのようなもので、特定の成果を手に入れようとする人ばかりが集まる。
対照的に、人間関係を構築することに重きを置く質の高いイベントは、特定のテーマ、関心、情熱を傾ける対象に参加者の意識が集中する。
参加者同士が一緒に何かを掘り下げたり、お互いが大切に思っているテーマについてアイデアを交換したりできる。
有意義な対話を出発点に、信頼に根差した人間関係が育まれ、本当に意味のあるセレンディピティが生まれる土壌が整う。
キュレーションが行き届いたイベントは、あなたやコミュニティが大切にしている価値観を体現する強力な手段となる。
サンドボックスでは気楽な夕食会を開き、メンバーがリラックスした環境でさまざまな話をしながら関係を深められる場を提供している。
リラックスした環境は、よりオープンで、他者を信頼しようとする姿勢につながる。
初対面の相手と打ち解けた会話をする機会が少ない人にとっては特にそうだ。
「バラ、つぼみ、トゲ」ゲームなどは、参加者が自慢話に終始するのではなく、自分が抱えている最も重要な問題を考える良いきっかけになる。
「今日(今週、今月、今年)のハイライトは何だったか」(バラ)、「明日(来週、来月、来年)楽しみにしていることは?」(つぼみ)、「今日(今週、今月、今年)うまくいかなかったことは?」(トゲ)を挙げてもらうのだ。
質の高い人間関係は、お互いの関心や情熱を共有したときに生まれやすい。
名刺を交換するより有意義な人間関係を構築することに重きを置いたイベントでは、そうしたことが自然と起こる。
私はこれまでロンドン、チューリッヒ、ニューヨーク、シンガポール、メキシコシティ、ナイロビ、北京などさまざまな場所でサンドボックスのミーティングに参加してきたが、きまって「それはすごい偶然だね!」という言葉を耳にする(誰かにとっては予想外のことでも、別の人から見ればそうではないこともある。
何週間も餌をもらって「人間は親切だ」と思っていた七面鳥が、クリスマス前に殺されてしまう、という哲学者のバートランド・ラッセルの寓話のとおりだ★9)。
「管理過剰」のネットワーキング・イベント(そういう意味では、管理過剰のセレンディピティも同じだが)は、逆効果になることもある。
LSEのハリー・バーケマと私が最近まとめた論文は、あるインキュベーターがセレンディピティの起こりやすい環境を生み出した方法を明らかにしている。
この組織は新たなアイデアや事業をサポートするうえで、画一的プログラムでは効果に限界があることに気づいた。
アイデアや志のある起業家は変化するもので、すべてをきちんと計画しようとするとセレンディピティを助長するどころか潰してしまう。
必要なのはセレンディピティを「お膳立て」することだとこの組織は思い至った。
それはたとえば文化的あるいは職業上のバックグラウンドは違っても、共通の価値観を持つ人同士を隣り合わせに座らせてみるといったことだ。
それは偶然の出会いを生み出すコーヒーショップのような環境を生み出す。
セレンディピティが歓迎され、サポートされ、リソースを注がれるような雰囲気を生み出す。
キュ
レーションがしっかりしたイベントは、「管理過剰」なイベントより参加者に自然な出会いをもたらす★10。
ラテラル・アカウンタビリティ結束力の強い集団でも「共有地の悲劇」に陥ることはある。
信頼感に支えられたプラットフォームのような共有のリソースでも、誰もその維持管理に責任を持たず、最終的に枯渇し、立ち行かなくなるケースがあるのはこのためだ。
このような無関心によって消滅するコミュニティは多く、また集団のメリットは享受しつつ、その維持管理には一切協力しない「タダ乗り」メンバーを多く抱えるところも多い。
あなたの参加していたオンラインコミュニティも他の数百万のコミュニティと同じように、いつの間にか活動を休止していたといったことがなかっただろうか。
あるいはあなたのチームに、業務にまったく貢献しないくせに他の人の努力の成果には乗っかろうとするメンバーがいるかもしれない。
共通の目的で結ばれたコミュニティのなかでも成功しているところは「ラテラル・アカウンタビリティ」を重視しているのはこのためだ★11。
これは自分自身と仲間に対して説明責任を負うことを意味する。
ヒエラルキーによって管理しようとすると、監視するのは難しくコストもかかる。
一方ラテラル・アカウンタビリティは、メンバー同士の緊密な協力関係から生まれる正の外部性になる。
他のメンバーに見られていることで、個々のメンバーに仲間を失望させないようにしようという動機づけが生まれる。
良識的な利己心が生まれるわけだ。
私が携わった会社のなかには、毎週の目標を設定して全社員に公表していたところもある。
創業者やCEOを含む全員が7日間ごとに目標を更新し、前週の目標を達成できたのかできなかったのか、その理由は何か、その過程で何を学んだかを共有していた。
これは社内の士気、モチベーション、自己規律を高めるのに有効だった。
また他の仲間が何に取り組んでいるかがわかるので、点と点をうまくつなげるのにも役立った。
恋愛関係にも役立つ教訓成功者は強力なコミュニティに所属していたり、ともに人生を歩んでいく「部族」をつくったりしている。
サポートと学習につながるこのようなコミュニティは、バックグラウンドは異なるが人生の同じようなステージにあり、価値観を共有している人々で構成されているのが理想だ。
ヤング・プレジデンツ・オーガニゼーションのような団体は、このような「サークル」をつくってメンバーが信頼感のある対話をできるようにしている。
サークルは通常5人で構成され、定期的に交流してそれぞれの抱える問題の解決をサポートしている。
プライベートのパートナーとの関係においても、もう少し意識的なアプローチを取り入れたほうがいいのは言うまでもない。
ボストン在住のコミュニティ・ビルダーで起業家のクリスチャン・ベイリーと妻のナタリヤは、毎日お互いに3つの質問をする。
朝は「今日実現したいことは何?」そして「私には何ができる?」と尋ねる。
そして夜には「今日は何を学んだ?」と尋ねる。
朝の質問は「相手への関心」を示し、自分が相手の役に立っている、自分が相手の人生の一部であるという思いとともに1日をスタートさせるためのものだ。
夜の質問は学ぶこと、そしてお互いの見聞きしたことの共有を目的としている。
クリスチャンとナタリヤは、私がこれまで出会ったなかでもとりわけ強い信頼感で結ばれており、すばらしい家族と部族に囲まれている。
私の友人のなかにも、2人のやり方を取り入れたカップルが少なくない。
もちろん最初のうちはパートナーにこんな質問をするのに違和感があるかもしれない。
時間が経つうちに具体的文言は変わってくるかもしれないが、相手への関心とお互いの人生に積極的にかかわっていこうとする姿勢は変わらないだろう。
私もこれまでのパートナーとこの方法を試してみた。
うまくいったケースもあれば、それほどうまくいかなかったケースもあるが、いずれにおいても自分自身と相手に対する理解が深まったのは間違いない。
ここで指摘しておきたい重要な点は、どんな人間関係においても有意義な会話につながるような「儀式」を意識的に取り入れるのは意味があるということだ。
恋人との関係や会社において、信頼感と率直さを同時に高めるためにどんな儀式を取り入れることができるだろう。
重要なのは具体的に何をするかより、それによって良い習慣が生まれ、意識が高まることだ。
ネットワークの負の側面ネットワークやコミュニティは、セレンディピティを加速させることもある。
しかし集団や人間関係には負の側面もある。
すでに見てきたとおり、セレンディピティが生まれるには下心ではなく有意義なつながりが必要だ。
私はある女性起業家から、男性(とりわけ権力のある男性)が会話を装って誘惑してくることが多い、と打ち明けられたことがある。
会話の内容ははっきりクロだといえないものが多く、不適切な行為だと指摘するのは難しいが、女性の側には居心地の悪さが残る。
このような危険をはらんだ状況ではセレンディピティの可能性が制限されるだけでなく(逃げ出したいような状況で点と点をつなぐことなどできない)、会話そのものを台無しにしてしまう。
下心、偏見、不平等な状況がセレンディピティの妨げとなることは決して珍しくない。
セレンディピティは認識を歪め、不公平を助長することもある。
たとえばほとんどの民主社会では、警官が路上で職務質問をする能力を制限している。
職質によって何らかの犯罪が見つかる可能性はあり、それが他の人々への抑止力になるかもしれない。
しかし職質には無実の人に悪影響を及ぼすというリスクもある。
人種など、犯罪とは無関係の基準によって職質の対象が選ばれる場合は特にそうだ。
イギリスでは2016年度に30万件の職質が行われた★12。
そのうち黒人の割合は白人のそれの8倍以上だった。
大勢に職質を繰り返せば、「偶然」不法行為を見つけることもある。
このようなセレンディピティには、警官が有色人種を職質の対象とする理由が増えるといったことから、黒人と犯罪を結びつける社会的偏見まで、さまざまな自己増殖的な悪影響がある*。
スコットランドの小説家、ウィリアム・ボイドはネガティブ・セレンディピティを「ゼンブラニティ」という言葉で表現した(セレンディピティの対義語で、「予想どおりの不幸で不運な出来事」のこと★13)。
ゼンブラニティもセレンディピティと同じように、積み重なっていく。
さらに地域の文化や思考体系といった要因もある★14。
たとえば「権力距離」(地位の低い人々が、権力の分布が不公平であることを受け入れ、当然と考えていること)が大きい環境では、組織階層の壁を突破するのは難しく、セレンディピティは起こりにくい。
年功序列型の文化では、年配者と若者の間でセレンディピティは起こりにくいかもしれない。
そして予測不可能な状況への耐性が低い文化では、リスク管理を徹底し、「唯一無二の真実」しか受け入れない傾向が強く、セレンディピティの可能性は封じられるかもしれない。
たとえば教師や経営幹部の意見が絶対視される状況では、予想外のソリューションが生まれる余地はあまりない。
もちろんセレンディピティが阻害される状況は他にもたくさんある。
またセレンディピティが必要とされない、あるいは望まれない状況もある。
原子炉や宇宙船のような厳格に管理されるべきシステムにおいては、斬新さより業務の着実な執行に重きを置くべきだ。
*このようなネガティブ・セレンディピティとその社会的力学は、人種的偏見や権力構造と結びついていることが多い。
ときにはマフィアのような組織が、マイクロファイナンスなどを通じた支援制度を無力化してしまうこともある。
セレンディピティを高める教育プログラムを社会格差はさまざまな形で私たちの人生に忍び込んでくる。
すでに解決済みと思われる問題も、根強く残っていることもある。
都市部の貧困地区で暮らす少女のケースを考えてみよう。
幸運にも一流の学校に入学でき、中流階級出身の同級生たちとまったく同じ授業を受けられたとしても、少女が経験する幸運な偶然の数は同級生よりもはるかに少ないだろう。
なぜか。
まず夕食の席で両親とその日学校で学んだことを話し合うといったセレンディピティのトリガーになりうること、セレンディピティを誘発すること
が、少女の身にはあまり起こらないからだ。
セレンディピティを経験できるような相手と出会う機会も少ないだろう。
さらに少女のサポートシステムは貧弱なので、「自らの手で運を切り開く」ためには同級生よりも必死に努力しなければならない。
こうした問題を踏まえると、学校システムや職業教育システムなどを設計する際には、教育内容そのものや学習機会を与えること以上に、若者が社会的オポチュニティ・スペースを構築できるよう支援することが重要だという認識を持つ必要がある。
その方法の1つとして考えられるのが、芸術団体などを巻き込んで貧困地域に人が集まるような仕かけをつくり、活性化する(その過程で犯罪率を下げる)といったことだ。
社会集団による分断を克服するのが狙いだ。
国民のなかに自らの存在を知られないようにカーテンを閉め切って暮らす人々がいるという事実は、間違いなく社会的分断の兆候だ。
人と人の交流がなければ、社会にはステレオタイプがはびこる。
あらゆる社会集団、人種、部族、ジェンダーについて同じことが言える。
ただ公共サービス分野における実験から、勇気づけられるような結果が得られている。
一部の自治体は若者と地方議員との職業版「お見合いパーティ」を主催し、ふつうであれば交流する機会のない人々の出会いの場を提供している。
それによって若者たちに(思いがけない)機会はたしかに存在することを示すとともに、多様なモノの考え方に触れる機会を与えている(このような手法については、次章でさらに詳しく述べる)。
恵まれない立場の人たちを、自分たちと同じような境遇の出身だが、今はさまざまなネットワークへのアクセスを持つようになったメンターと組織的に結びつける試みも、大きな効果をもたらす可能性がある。
ヴァージン・グループ創業者のリチャード・ブランソンのような人に貧困地域の高校で1時間の出張授業をしてもらうというのもすばらしいことだが、自分と同じような状況で人生のスタートを切り、同じような苦労をしてきた人のほうが共感できるはずだ。
貧しい家庭の出身だが、今では経営者として成功している人などだ。
そうすれば自分が同じような道を歩んでいく姿を「イメージする」ことができるだろう。
1時間の対話より、さらに踏み込んだ方法もある。
若者たちにロールモデルを丸2日ほど「シャドーイング(影のようについてまわること)」する機会を与え、毎日をどのように過ごしているかを自らの目で見てもらうのだ。
宗教指導者の多くが、弟子を持つのには理由がある。
学校では教えられない、明文化されていない暗黙の知識を時間をかけて学ばせるためだ。
そのためには直接触れること、さまざまな人が活動している姿を見ることが必要だ。
それは人生にはさまざまな可能性があり、さまざまなルートがあることを、理解するのに役立つ。
学校やインキュベーターなどの教育プログラムは、アイデアや人間はときに「方向転換」すること、時間とともに変化することを織り込み、教育内容や(教科ごとの)指導員を固定しすぎないようにすべきだ。
むしろ予想外の事態から最良の結果を引き出すための、セレンディピティ・マインドセットを身につけられるようサポートすることがカギとなる。
学生あるいは起業家の関心が、当初のテーマから離れ始めたときなどは特にそうだ。
そうした変化は欠点ではなく、新たな情報に反応できる知性の表れと見るべきだ。
教育プログラムには異なる集団を橋渡しするためのソーシャルスキルの教育を含めてもいいだろう。
異なるバックグラウンドを持つ人同士(教師やメンターも含めて)にペアを組ませると効果的だ★15。
まとめセレンディピティの複利効果は資産の複利効果と同じで、ベースレベルが高いほど加速度的に膨らんでいく。
ただ出発点のベースレベルが低い人でも、自分がどのような人や集団とつながるべきか意識を高めることはできる。
まずは自分がすでに持っている社会資本を認識するところから始めよう。
おもしろいことに、社会資本は使っても減らないどころか、むしろ使うほど増えていく。
そして身のまわりのマルチプライヤーとつながっていこう。
規模の大きな、共通の目的で結ばれたコミュニティに参加し、そこから得られる代理的信頼を活かしてみよう。
自らコミュニティを立ち上げるならば、さまざまな方法で代理的信頼を生み出そう。
たとえばコミュニティ特有の儀式をつくる、ピア・トゥ・ピアのラテラル・アカウンタビリティや経験の共有を取り入れていくといったことだ。
それによって弱い絆が強い絆になる、あるいは強い絆のような働きをするようになる。
私たちを縛る集団と集団の垣根を乗り越え、他の集団とつながっていくには、双方の共通点をとらえ直し、小さな「部族」を新たにつくるのも一手だ。
それによって集団に一体感と多様性のバランスが生まれ、セレンディピティの推進力となる。
世界は決してフェアではないが、恵まれない人には他者がさまざまな点を発見し、結びつけられるオポチュニティ・スペースを構築する手助けをすることで、社会的不公平を是正していくことはできる。
本書はここまで、自らの人生や他者の人生においてセレンディピティを生み出していくために、個人として何ができるかを見てきた。
ただセレンディピティの発生しやすい条件を生み出すために、組織や政策が果たすべき重要な役割もある。
次章では企業経営者や政策立案者の視点からこのテーマを見ていくので、関心のない読者は飛ばして第9章に進んでもかまわない。
その前に、本章のワークアウトとして、セレンディピティのベースレベルを高める方法を見ていこう。
【セレンディピティ・ワークアウト思い切って一歩踏み出す】1既存の知り合いやこれから知り合いになりたいと思う人を5人選び、何か一緒にやってみよう。
読書会でもいいし、同じテーマに興味を持つ人たちでサークルを立ち上げてもいい★16。
具体的に何をするかより、とにかく始めることが大事だ。
一緒にコーヒーを飲む、あるいはブランチをとるところから始めてもいい。
今運をつかむために何が必要か、それぞれの考えを語ってもらう。
グループとして波長が合うようなら継続したいか尋ねてみよう。
そこがスタート地点になる。
2これまで縁のなかった集団と橋渡ししてくれそうな、同じ関心を持つコミュニティを見つけよう。
週末、地元のTEDx企画チームに参加してみてはどうか。
3次にグループで集まる機会があれば(地元のコミュニティクラブなど)、参加者に最近抱えている最も重要な課題を共有してもらおう(気楽な夕食会なら「バラ、つぼみ、トゲ」ゲームをしてもいい)。
人生に訪れる変化には類似点も多いので、会話のなかで共通点が浮かび上がり、信頼感が生まれるかもしれない。
4仕事上の人脈をマッピングしてみよう。
これまで考えてみたこともなかったが、マルチプライヤーの役割を果たしている人はいないか。
彼らと有意義な人間関係を構築する方法を考えてみよう。
たとえば地元の学校の教師をコーヒーに誘い、お互いへの理解を深める、といった具合に。
何か特定の目的を果たすことより、有意義な関係を構築することに重きを置こう。
5イベントを主催する際には、参加者にとって本当に重要な共通項は何かを自問してみよう。
「ネットワーキングタイム」などを設けるより、もっと自然に参加者が交流を深められる方法はないだろうか。
★1Busch,2014.★2Eagleetal.,2010.★3Rowsonetal.,2010.以下も参照。
Baconetal.,2008.★4BuschandBarkema,2019.以下で全編を視聴できる。
www.youtube.com/watch?v=M1qsexQYAscandt=9s.★5Granovetter,1973.★6BuschandMudida,2018.以下も参照。
BuschandBarkema(近刊)。
★7コミュニティを構築しようとする者にとって、これはコミュニティの境界をどう定めるかという問題につながる。
誰でもメンバーになれる集団では、信頼や代理的信頼を醸成するのは難しい。
コミュニティの強さは通常(非ダーウィン的に)「最も弱い」リンクで決まる。
信頼できない厄介者がたくさんいると、コミュニティ全体が危機にさらされる。
とりわけ紛争解決のための有効なメカニズム(コミュニティ委員会や苦情処理委員会)がない場合はなおさらだ。
さまざまな理由からカギを握るのは信頼と帰属意識だ。
これは「孤独という」伝染病(https://hbr.org/coverstory/2017/09/workandthelonelinessepidemic)など、さまざまな問題を考えるうえで重要な意味を持つ可能性がある。
★8www.gsb.stanford.edu/insights/howinvestyoursocialcapital.★マスタードシードのアレックス・ピットの提案に感謝している。
★9Russell,2012(1912).その後カール・ポパーなどの学者が、正しい想定も誤った結論につながる可能性があることを示すのに有効な比喩として、これを使うようになった。
このケースでは七面鳥は毎朝同じ時間に餌をもらえると思っていたが、クリスマスに殺されることには気づいていなかった(Chalmers,1982)。
タレブは「ブラックスワン」を説明する際にこの比喩を使った。
ブラックスワンとは私たちの通常の想定の範疇を超え、しかも私たちの生活にとてつもない影響を与える予想外の事象で、事が起こった後に初めて説明可能になる(このケースは精肉店の視点ではなく、七面鳥の視点から見たブラックスワンだ)。
★10BuschandBarkema,2019.★11BuschandLup,2013.★12www.independent.co.uk/news/uk/homenews/policestopsearchcannabismarijuanasmelldrugpolicyguidancehmicreporta8105061.html.★13Boyd,1998.★14Hofstede,1984;Houseetal.,2004.★15たとえば一部の学校は、幅広い社会階層を統合することを明確な目標に掲げている。
これはテストの点数を改善するのに役立つ数少ない方法の1つだ。
★16特に興味深いのが「幸運のサークル」だ。
幸運のきっかけはたいてい偶然の出会いから生まれることが多いので、幸運のサークルは効果があるかもしれない。
www.artstrategies.org/downloads/CCFMaterials/LuckCircle.pdf.
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