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第8章 組織のセレンディピティを高めるには

第8章組織のセレンディピティを高めるには

何より大切なのは心理的安全性心理的安全性を高める3つのステッププロジェクトの「葬式」を開く効用1人では成功できない変化「しないこと」を恐れる組織に「喫煙所効果」で相互作用を生み出すセレンディピティを呼び込むオフィスデザインネットワーク型セレンディピティセレンディピティ・エコシステムコンテクストの大切さシリコンバレーからチリコンバレーへ地域再生とセレンディピティ政策立案にも役立つセレンディピティまとめ

第8章組織のセレンディピティを高めるには予想外の出来事にどう対処するかに人となりが表れるベストバイ会長ユベール・ジョリー文化(私たちの行動や相互作用を形づくる集団的価値観、思考、原則)はセレンディピティを活性化あるいは制約する強力な要因となる★1。

文化はある意味、集団のモノの考え方そのものだ。

個人にオープンマインドを期待するなら、集団としてのカルチャーにもそれが求められる。

組織のセレンディピティのベースレートを変えるにはどうすればいいだろうか。

絶え間ない改善や学習が起こるような環境を、どうすれば生み出すことができるだろうか。

私が実践する「給水機テスト」についてはすでに述べた。

初めて訪問する組織では、休憩時間に従業員がおしゃべりをするスペースを探してみる。

ノートパソコンで仕事(のふり)をしながら会話に耳を傾けていると、だんだん組織文化を示すようなパターンが浮かび上がってくる。

他人の噂話ばかりの組織もある。

たいていは誰かの悪口だ(「ピーターは本当にプレゼンが下手だな。

何で雇ったんだろう」)。

もちろん噂話は軽いものなら重要な社会的機能を果たす場合もある。

従業員同士が社会的絆を強めたり、情報交換したり、楽しんだりするのに役立つこともあるだろう。

しかしそれが会話や思考のほとんどを占めるようになったらどうか。

自分が明日、噂話のネタになるかもしれないと誰もが思うような環境では、セレンディピティは起こりにくい。

自分がやり玉に挙げられるかもしれないと思うと、誰もがより慎重になる。

もっと前向きな会話が交わされる組織もある(「新しいプロジェクトに関するミーティングが今終わったところなんだけど、それと連動したキャンペーンをやらない?」「ペトラがメキシコシティに新しい子会社をつくるという案を出したが、私の古い友人が一緒にやりたいと言うかもしれない」など)。

このような会話の目的はアイデアを発展させることであり、未来志向だ。

こういう会話を聞くと、エレノア・ルーズベルトの名言とされるものを思い出す。

「賢人は意見を議論する。

凡人は出来事を議論する。

愚人は他人を議論する」。

セレンディピティを生み出す文化の根幹をなすのは、知識やアイデアを共有しようとする意欲であり、おかしな失敗をしても上司の怒りを買ったり、休憩スペースで言葉のリンチを受けたりしないという共通認識だ。

最近の研究では、他者を責めず、従業員が多様なアイデアに対してオープンな環境ほどセレンディピティが起こりやすいことが明らかになっている。

対照的に、率直な議論をしにくい環境では、セレンディピティは起こりにくい★2。

どうすれば組織にセレンディピティの文化を醸成できるだろうか。

何より大切なのは心理的安全性友人といるとき、あるいは家庭、職場にいるとき、どれほど安全だと感じているかは、セレンディピティの生まれ方に大きな影響を及ぼす。

安全な環境では予想外の出来事を打ち明けやすい。

奇妙で一見とんでもない出会いや発見、あるいはまだ生煮えのアイデアや構想などだ。

ここでカギとなるのが「心理的安全性」だ。

自己イメージあるいは自らの立場やキャリアに悪影響を及ぼすのではないかという不安を感じずに、自分らしくふるまうことができるかどうかを指す★3。

ハーバード・ビジネススクール教授のエイミー・エドモンドソンは長年の研究を通じて、心理的安全性が健全な企業文化や優れたパフォーマンスのカギを握ることを示してきた★4。

エドモンドソンの研究が注目を集めたきっかけは、1990年代に発表した「失敗についてよく議論する組織ほど、パフォーマンスが高い傾向がある」とした研究成果だ。

当初はエドモンドソン自身もこの結果に衝撃を受けた。

パフォーマンスが高いチームのほうが失敗が多いのか、と。

そうではない。

このようなチームは失敗をたくさん犯すのではなく、失敗について、またその教訓を議論することにより積極的だったのだ。

一方パフォーマンスが低いチームでは、失敗は隠蔽されることが多かった。

私もこれまでかかわった数々の組織で、そうした状況を目の当たりにしてきた。

失敗したプロジェクトがひっそり葬り去られ、それと同時に関係者以外がそこから学ぶ機会も失われる。

しかしうまくいかなかったプロジェクトから何を学んだかを関係者が議論することは、真の知識共有、学習、信頼感を高めるのに役立つ。

近年グーグルなどを舞台にした多くの研究で、パフォーマンスの高いチームと低いチームとの違いを生み出す主要な原因が心理的安全性の高さであることが明らかにされてきた。

それは埋もれていた才能を解き放ち、セレンディピティを誘発する。

ただ心理的安全性とは、全員が居心地の良さを感じることでもなければ、常に「良い人」であれということでもない。

重要なのは率直であること、そして失敗したときにその理由をきちんと説明する姿勢だ。

ベストバイの会長であるユベール・ジョリーがまさにそれを実践していることはすでに見てきたとおりだ。

ジョリーは必要なときに助けを求める能力と意欲こそ、今日の変化の激しい世界で生き残っていくカギだと考えている。

もちろん、ふつうの人にとっては直感とは相いれないふるまいだろう。

私たちは本能的に周囲には苦労を見せず、非難されるのは避け、他人の前では虚勢を張り、誰に対しても愛想よくふるまおうとする。

それは自己検閲につながり、最高の結果をもたらさないことが多い。

エドモンドソンが挙げるのは、大手金融機関のウェルズファーゴのケースだ。

同社は2015年に、追加販売を強化し始めた。

既存顧客に住宅ローンなど追加的な商品やサービスを買わせようという試みだ。

実際には顧客の多くは複数の金融商品を購入するほどの資金力はなかった。

しかしウェルズファーゴの経営幹部は、そうしたトレンドに気づいていた現場の話に耳を傾けなかった。

それどころか社員にはできるだけ多くの商品を売ることを強要し、できなければクビだと伝えていた。

それがどれほど心理的圧力になったか、想像に難くない。

セールス部門は有能であることを示すため、道徳的一線を超え始めた。

顧客に噓をつき、また経営陣をだますために架空の顧客をつくった。

最終的にこうした偽りの成功のメッキは剝がれたが、それまでに膨大な時間と労力が無駄になり、また会社と顧客の信頼感はもちろん社員と経営陣の信頼感も失われた。

問題はインセンティブが歪んでいたことだけではない。

社員が反対意見を言うのは危険だと感じていたことだ。

心理的安全性の高い職場なら、経営陣は「社員が消極的な理由は何か、直接聞いてみよう」と考えたはずだ。

しかしウェルズファーゴの文化は「社員が熱心でなければ、さらに尻を叩けばいい」という考えに近かった。

対照的なのが、批判的フィードバックと率直さを重んじる環境を生み出したピクサーだ。

共同創業者(かつ元社長)のエドウィン・キャットマルを始め、リーダーは率直に自らの失敗を認める。

キャットマルは謙虚さ、自分も間違いを犯すこと、そして周囲を巻き込むような好奇心を体現していた。

こうした文化を反映して、ミーティングはお互いに批判をし、率直なフィードバックを返しやすいように運営されていた。

会議の冒頭で「ピクサーの映画は1つ残らず、初期段階では駄作だった」と認めるというのが1例だ。

それによってメンバーは反対意見や批判的質問をしても問題はないという気持ちになれた。

こうした姿勢によって「コミットメントのエスカレーション(意見を変えられず、すでに失敗が明らかなプロジェクトに追加投資をしてしまう傾向)」のワナに陥らずに済んだ。

プロジェクトの失敗は早めに認め、損失を最小限に抑え、そこから学ぶことも可能になった★5。

心理的安全性を高める3つのステップ

では心理的安全性はどうすれば高められるのか。

エドモンドソンが推奨するのは「環境を整える」「発言を促す」「建設的に対応する」という3段階のステップだ。

ステップ1環境を整えるこれはメンバーの間で期待事項や意義を共有することを意味する。

重要なのは、組織の成功には1人ひとりの意見が重要であると全員に理解させ、発言する際のハードルを下げることだ。

状況は複雑であること、問題の解決が重要であること、解決策は誰にもわからないこと、そして全員の貢献が欠かせないことを伝える必要がある。

病院の経営者なら、医療現場では間違いが起こりやすいことを知っている。

責任者が間違えることもあるので、誰もが問題を指摘できるかが生死を分けることもある。

エドモンドソンの研究によると、私たちはほとんどの状況において対応方法を知っているはずだと考え、任務遂行と目標達成に集中する。

だが現実には正しい方法が何かを明確に知ることはできず、進みながら調整していかなければならないことも多い。

「こうだ」と決め、それが唯一の方法であるかのようにふるまうほうが意思が強く決断力があるように見えるが、「現実と乖離している」とエドモンドソンは指摘する。

とりわけ組織にとって未知の分野に取り組む場合はそうだ。

さまざまな方法を試し、何度もやり直す必要があることも多い★6。

リーダーズ・オン・パーパスでは『ハーバード・ビジネス・レビュー』誌の「今年のCEO」に選ばれた数十人を対象に調査を実施した。

共感、好奇心、他者の話に耳を傾ける姿勢が「弱さ」の表れであるならば、彼らの多くは「軟弱」とみなされるだろう。

しかしブレネー・ブラウンの研究が示すとおり、自らの弱さをさらけ出せるのは勇気がある証拠だ。

ステップ2発言を促すこれはメンバーに自分の意見が歓迎されているという自信を抱かせることだ。

ギャップ(欠落している要素)の存在を認める、質問を投げかける、議論のためのガイドラインのような仕組みやプロセスを整備するといったことがその手段となる。

「あなたの意見は?あなたの立場から考えるとどうだろう?私に何かできることがあるか?」などと質問を投げかけ、真剣に耳を傾ける。

傾聴は本当に関心があることの表れで、メンバーは発言しやすくなり、またあなたがメンバーを尊重していることが伝わる。

重大な問題についてメンバーが安心して発言できるように、簡単な質問を投げかけてみるのもいい。

ある小児科病院の経営者は、病院の品質管理に問題があるのではないかと考えた。

そこでスタッフに「先週の患者さんとのやりとりを思い出してみて。

すべてがこのうえなく安全に運営されていたと言える?」と聞いてみた。

このような方法によって、問題のある分野が明確になる。

現状のままで問題ないと考えている人にとっては特に有益だろう。

改善の余地は常にあることを示しているのだから。

誰かの失敗を指摘して責めることではなく、問題に対処して学ぶことに重きを置いている。

この病院の経営者の執務室前には改善点を話し合いたいスタッフが列をなし、さながら教会の「告解室」のようだったとエドモンドソンは描写している。

これは「現状はどうか」より「どうあるべきか」に全員の意識を向けさせるアプローチだ。

ステップ3建設的に対応するこれは感謝を伝え、失敗が恥ずかしいことではないと伝える一方、明らかなルール違反は処罰することによって、継続的学習を促す姿勢を示す。

たとえば失敗の報告を受けたとき、どう対処すべきだろうか。

エドモンドソンは、当事者をいつまでも責めるのではなく、前に進むほうが重要だというシグナルを発するべきだと説く。

トップはメンバーが立ち止まらず前進しているか、注視する必要がある。

誰かが「締め切りに間に合いそうにない」と打ち明けたケースを想像してみよう。

本人にとっては悪夢のような状況だろう。

そのとき望ましいのは「問題があることを教えてくれてありがとう。

予定どおりに完了させるために何をしたらいいだろう?」といった対応だ。

誰かが失敗したときには(少なくともそれが初めての失敗なら)、どうすれば助けられるかを考えるべきだ(何度も失敗を繰り返すようなら、研修やコーチングといった計画的支援が必要かもしれない。

あるいはもともとその職務への適性が欠けていたと認めるかだ)。

このようなインクルーシブ(包容力のある)なアプローチは、従業員が声を上げづらいタテ社会でもうまくいく。

強固なタテ社会である日本では、組織全体の意見を吸い上げることが重要だという発想から品質管理の概念が生まれた。

エドモンドソンが例に挙げるのが、トヨタ自動車の「アンドン」の例だ。

作業者が何かがおかしいと感じたら、紐を引っ張ったりボタンを押したりして知らせる。

アンドンが作動すると、問題を解決するために製造ライン全体を即座に止める。

あらゆる従業員が作動させられるこのような仕組みは、自らの意見を表明することへのハードルを下げるさりげない手段だ。

心理的安全性をアピールし、社員に全員の意見が大切だとシグナルを発するためのささやかなデザイン変更だ。

1980年代から1990年代にかけて日本企業がイノベーションのリーダー的存在であったのは、従業員に直感、知識、本能に基づいて意見を表明することを促していたためだ★7。

さらに一歩踏み込むと、近年の研究ではちょっとした弱みを認めること、あるいは自らそれを打ち明けることが、きわめて生産的であることが明らかになっている。

ブレーンストーミング会議の参加者を調べたすばらしい研究は、会議の冒頭に参加者がそれぞれの恥ずかしい経験を語ると、グループの生産性が大幅に高まることを明らかにしている。

最初にお互いのささやかな打ち明け話をしたグループは、他のグループと比べて生み出したアイデアが26%多かった★8。

恥ずかしい経験はお互いが打ち解け、互いへの信頼感が生まれるきっかけになり、メンバーは自分が責められている、あるいは不利な立場に置かれているという感覚を持たなくなる。

斬新なアイデアを生み出す場合だけでなく、それを行動に移すことにおいても同じことが言える。

経営学の研究では、恥ずかしい経験を共有するような率直で誠実な文化を持つ集団は、新しいアイデアを実践する際にも成功する確率が高いことが明らかになっている★9。

この考え方はさまざまな状況にも応用でき、またささやかなステップから始まる。

たとえばオーストラリアのシドニーで下水トンネルプロジェクトを請け負ったプロジェクト・アライアンスはイノベーティブな組織を目指し、「責めない文化」の原則を徹底した★10。

日ごろの生活のなかでもささやかな方法によって心理的安全性を生み出すことができる。

たとえば誰かに質問をする前に、ちょっとした前置きをすると(「脈絡のない質問だと思うかもしれないけれど……」)、相手にとって「脅威」ではないというシグナルを発することができる。

たいていの人は交流したいという意欲を持っているので、障害をできるだけ取り除く必要がある。

私はセミナーを開くとき、「このおかしなドイツ人のせいにして良いので、隣の席の見ず知らずの相手に何でも質問してみてください」と声をかける。

それによって参加者は、ふだんであればしないような質問ができる。

またそれ以上に重要なこととして、見知らぬ人からプライベートな質問をされたときに通常であれば感じるような「厚かましさ」を、相手に感じさせない効果がある。

対話をする際は相手の話を熱心に聞き、キーワードや重要なフレーズを反復するといい。

相手は「話を聞いてもらえた」と感じ、さらに話そうという気持ちになる。

プロジェクトの「葬式」を開く効用誰もが面食らうような予想外のアイデアには、すばらしく価値のあるものが多い。

だが警戒心が強かったり、突拍子もないひらめきや意見をいったらバカにされる、あるいは批判されるのではないかという不安があったら、そのようなアイデアが生まれる可能性は低く、それが共有される可能性はさらに低くなるだろう。

心理的安全性を高め、セレンディピティを生まれやすくする方法の1つが、プロジェクトの「葬式」を開くことだ。

陰気な話に思えるかもしれないが、実はきわめて前向きなプロセスだ。

プロジェクトを葬り去ることになったとき、関係者が自分たちの感じたこと、学んだこと、得たもの、後悔していることを率直に話

し合うのだ。

ここで重要なのは、プロジェクトと密接なかかわりはなかったが、敬意を払ってくれそうな人、たとえば他のチームのプロジェクトマネージャーなどにも参加してもらうことだ。

ある食品・化学品会社のCEOはリーダーズ・オン・パーパスのレポートで、プロジェクトの葬式が信頼感とセレンディピティを醸成し、ときにはプロジェクトの復活にもつながることを話してくれた。

このCEOの会社は、写真立てのガラスに塗ると太陽光を反射しなくなるコーティング剤を開発した。

すばらしく効果の高いテクノロジーだったが、コストが通常の写真立て用ガラスの6倍になってしまうため、市場性はないとチームは判断した★11。

このプロジェクトを「葬り去る」ための葬式で、出席者の1人がこのテクノロジーをソーラーパネルに使うことは検討したのか、と尋ねた。

ガラスが光をほとんど反射しなくなるのだから、好都合ではないかと考えたのだ。

おそらく利益率は高くなり、ソーラーパネルの発電量が増えればコーティング剤のコストなど楽にカバーできるだろう。

プロジェクトマネージャーはそんな用途は考えてもみなかったと答えた。

それからソーラーパネルの専門家のところにアイデアを持ち込み、テストしたところ、非常に有効であることがわかった。

専門家がこの技術を実用化し、今ではソーラー部門は会社の有力事業に育っている。

「まったく計画していなかったことだが、さまざまなプラス要因が組み合わさった結果だ。

『運に恵まれただけ』と見る人もいるかもしれないが、これはまさにセレンディピティだ」とCEOは語っている。

信頼感を高める最良の方法このようなアプローチは大小さまざまな会社が採り入れている。

目的は失敗に注目を集めることではなく、安全な環境での学びと知識の移転を実現することだ。

それはセレンディピティを助長するだけでなく、真の学びを可能にする。

失敗は学びのチャンスだが、私たちが自分にも周囲にも実際に何が起きたのかを正直に語ることが前提となる。

プロセスを機能させるためには、企業やコミュニティは新しい情報やアイデアに対してオープンでなければならない。

そうでなければ社員やメンバーは予想外の情報に敏感になることも、それを活用しようともしないだろう。

人前ではすべてわかっているかのようにふるまうことで信頼を得ようとする人もいるが、それは往々にして好ましい結果を生まない。

信頼感を高める最良の方法は、自信と志を持ち、そのうえで現実を率直に認めることだ。

誰もが合理的プロセスから好ましい結果が生じたというストーリーを語りたがるが、真実を伝えるほうがより良い結果につながる。

優れたアイデアは思いもよらない場所、予想外の出会い、あるいは意図せざる失敗から生まれることが多い、と。

人類史を振り返れば、科学や技術の進歩は事故、失敗、手違いに彩られている。

もちろん予想外の結果につながった要因を理解することは重要だが★12、人類史で最も輝かしいセレンディピティによる発見の多くは、人間がドジだからこそ生まれたのだ。

ジョン・ウェズリー・ハイアットによるセルロイドの発明(本当はビリヤードのボールをつくろうとしていた)、イレール・ド・シャルドネによる人工絹糸の発明(化学物質をこぼしてしまった)は、「知的過ち」から生まれたブレークスルーのごく一部に過ぎない*1。

電子レンジが生まれたのも、誰かがより速く、より良い調理法を探し求めた結果ではない。

第2次世界大戦中、イギリスのレーダーシステムがナチスの戦闘機をとらえられるようにするため、2人の科学者がマイクロ波を発するチューブ「マグネトロン」を発明した。

パーシー・レバロン・スペンサーがマイクロ波エネルギーが調理に使えることを発見したきっかけは、レーダーのマイクロ波によってポケットに入れていたチョコレートが溶けてしまったという偶然の出来事だった。

スペンサーは点と点をつなげ、その後の実験によってマイクロ波は従来型のオーブンより多くの食品の温度を急速に高められることを発見した。

製薬業界では新しいアイデアは行きつ戻りつ試行錯誤を繰り返し、複雑なプロセスを経て生まれることが多い。

『ハーバード・ビジネス・レビュー』の「今年のCEO」に2015、2016年と2年連続で選ばれたノボノルディスク・ファーマの元CEO、ラース・ソレンセンは、社員に新たなアイデアを製品化するのがどれほど難しいことかを説いて聞かせるという。

それによって心の準備をしてもらうのが狙いだ。

すべてが計画どおりであるかのようにふるまおうとする誘惑は常にある、とラースは認める。

「それによって経営陣が利口に見えるからだが、現実は違う」。

ノボノルディクス・ファーマのような規制業種で、組織階層やプロセスが重視される企業においては、新薬承認にこぎつけるまでには製品開発段階でたくさんの情報を収集し、体系化しておくことが必要だという。

ただ組織横断的なプロジェクトも多く、社員はインフォーマルなネットワークを形成し、そこからモチベーション、刺激、承認などを得る。

ラースはこうしたインフォーマルなネットワークのなかで、あるいはネットワークを通じて仕事をする自由を与えつつ、同時にアイデアが医薬品に発展するまでのプロセス全体の時間管理を徹底した。

明確な方針に基づいてプロセスを推進しつつ、それと同時に現場のチームの間でインフォーマルな関係が構築されていくのを許容することで、ラースは世界で最も優れたCEOの1人になった*2。

ここからはセレンディピティの重要な特徴が浮かび上がる。

セレンディピティはチームワークから生まれることが多いのだ。

*1「知的過ち」は「節度ある適当さ」(分子生物学者のマックス・デルブリュック)や「制御された適当さ」(サルバドール・ルリア)と関連する概念だ。

即興ジャズのような芸術的創作活動と同じように、ある程度の準備をしておくことで、筋書きのない相互作用を生み出すことができる。

意図せざる出来事が起き、しかも前向きに受け止められるような環境を生み出す。

知的過ちはこのような「賢い適当さ」から生まれる。

コミックによく登場する、爆発した実験室で興奮した学者が「世紀の大発見だ!」と叫んでいる場面には、多少の真実味がある(DeRond,2014;Mendonçaetal.,2008;Mirvis,1998;NapierandVuong,2013;RootBernstein,1988)。

*2Sharp,2019も参照。

私たちとのインタビューのなかで、ラースは教育にもっとかかわっていきたいと語った。

私の研究仲間であるハーバード大学のリース・シャープがそれを聞き、自分はちょうどゲスト講師を探していたところだと応じた。

1年後、ハーバード大学でラースの講義が開かれた。

1人では成功できない人類の進歩の大部分は集団が生み出してきた。

エウレカ・モメントはたった1人の英雄に帰せられることが多いが、目にした現象を理解し、最終的にそれを活用していくうえで、また点と点をつなげていくうえでは、複数の人のリソースやスキルが必要になる。

次に何が起こるのか、どんな人材やリソースが必要になるかを事前に知ることのできない世界では、多様性のある集団のほうが問題を切り抜けるのに適している★13。

たとえばペニシリンのケースだ。

ペニシリンの用途や重要性は、チームによる研究によって発見された。

オックスフォード大学のチームで活躍したのは、「英雄」アレクサンダー・フレミングだけではない。

エルンスト・チェーンやハワード・フローリーらはこの冒険におけるフレミングの相棒だった。

だからこそフレミング、チェーン、フローリーはノーベル賞を共同受賞したのだ。

またケンブリッジ大学が資金や研究施設を提供していなかったら、フレミングの発見は起きていなかったかもしれない★14。

第3章に登場したウォルター・アイザックソンは、どれだけ成功していて、どれだけイノベーティブな人でも、1人では成功できないと言う。

だからそういう人は異なるスタイルや才能を持った人を集めてチームをつくる。

例に挙げるのがベンジャミン・フランクリンだ。

フランクリンはアメリカ建国の父のなかで、最も聡明だったわけでもなければ(その称号はトーマス・ジェファーソンやジェームズ・マディソンのものだ)、最も情熱的だったわけでもなく(それはジョン・アダムズ)、ジョージ・ワシントンのような求心力があったわけでもない。

しかしフランクリンにはチームをつくる才能があった。

スティーブ・ジョブズが自らの最高傑作を聞かれて、「Mac」とも「iPhone」とも答えなかったというエピソードは有名だ。

常に最高のMacやiPhoneを世に送り出し続けるチームをつくること。

それが一番難しい仕事だった。

ジョニー・アイブのクリエイティビティ、モノの考え方、気性、そしてティム・クックの経営の才覚がなければ、アップルはあれほどの成功を収めなかっただろう。

ジョブズはこう言った。

「自分ですべての役割をこなすことはできない。

だから問題は、どうやって正しいメンバーで周囲を固めるかだ★15」。

科学的手法の始祖とされるフランシス・ベーコンも、理想の研究組織の顔ぶれを次のように語っている。

新たな実験を試みる「パイオニア」、他の組織の活動

について情報を集める「明かりの商人」、過去の実験情報を収集する「謎の男たち」、実験を指示する「ランプ」、手際よく実験を遂行する「接種者」、そして過去の発見から公理を導き出す「解釈者」だ★16。

ベーコンは、観察結果を理解し(そして活用し)、それを他の何かに結びつけるには、たいてい複数の人のリソースやスキルが必要であることを理解していたのだ。

ベルビンのチームロールモデルなどのリーダーシップ研究やマネジメントモデルはかねてから、「マーケティングのプロ」や「人事の専門家」など機能的特徴に注目して人材を探すと、最も重要な要素を見逃すリスクがあると指摘してきた。

それはそれぞれの気質、スタイル、活動分野がどのように補完し合うかであり、それこそが魔法を生み出す。

スティーブ・ジョブズタイプのビジョナリーがいたら、それを補完するようなスティーブ・ウォズニアックタイプの実務家が必要だ。

起業家のナクソン・ミムランのような外向的タイプには、アライア・ミムランのような新たな発見の潜在的価値について一緒に考えてくれるような相棒が要る。

就職希望者の3%しか採用しないことで知られるテスラは募集要項に、工場従業員を含めて採用にあたってはハードスキル(学校などで身につけた技術的能力など)よりソフトスキルや自社文化との相性を重視すると明記している。

ただ言うまでもなく、個人あるいはチームとして経験するアイデアのひらめき、予想外のつながりが発見される瞬間というのは、セレンディピティの真価を引き出すプロセスのほんの始まりに過ぎない。

組織において、経営学者の言う「受容能力」(新たな情報を受け入れ、それを適切な知識や行動に転換する能力)を高めていくことは、きわめて重要だ★17。

ただ既存の文化や社内手続きなどによって、新たなアイデアを取り込むのが難しくなり、うまくいかないこともある。

杓子定規な手続きなどさまざまなハードルに加えて、私たちはときとして仕事をこなすことに追われ、セレンディピティへの余裕を失っている。

忙しさに酔っているとも言える。

新たなアイデアやひらめきに遭遇したら、それを既存の知識のフロー、仕事のあり方、権力構造のなかに取り込んでいく必要がある。

しかし既得権益、権力闘争、変化への恐れがはびこっていたり、すばらしいアイデアが誰に帰属するかを巡って意見が対立したりすると、アイデアが潰れたり進まなくなったりすることもある★18。

それ以上に重要なこととして、セレンディピティはたいてい変化や不確実性と結びついている。

変化に不安を感じる人は多いので、新たなアイデアを提案するときには抵抗を乗り越えなければならないケースが多くなる。

どうすればそれが可能になるのか。

変化「しないこと」を恐れる組織に急速に変化する世界において、オープンでコミュニティを大切にする姿勢は好ましいというだけでなく必須条件だ。

P&Gは世界最大の消費財メーカーとして50億人にサービスを提供する。

CEOのデビッド・テイラーは、物事はたいてい思ってもみない形で起こると思っている。

立ち止まっていれば時代に置いていかれる。

「すべての従業員が、改善できる点は何かと考える必要がある。

そのためにはマネージャーを『評価モード』ではなく『成長モード』にする訓練が必要だ」と私に語った。

これは常に正解を出すことより、学ぶことを重視する環境を生み出すことを意味する。

テイラーによると常に正解する必要がなくなれば、つながりを探すようになるという。

「他者から学ぶと同時に、他者を助けようとする。

そのなかでそれまで解決できなかった問題への新たなアプローチとなるつながりを見つけようとする」。

何かがうまくいかなくても、その情報が後で役に立つなら、テイラーはそれを失敗ではなく未来への投資と考える。

文化的要素の克服一般的な組織ではどうだろう。

新しいアイデアやそこから生じる変化を恐れる人は多い。

だが人は本質的に変化が嫌いなわけではない。

問題は変化がもたらす不確実性、リスク、曖昧さ、そして自らの権力や影響力が脅かされることだ。

人は何かに挑戦するとき、その潜在的成果より潜在的コストのほうに意識を向けることが研究によって示されている。

潜在的成果は行動の動機づけになるものの、リスクや「非生産的事故」の潜在的コストに本能的に目が向く。

潜在的コストはたとえ相当なメリットが見込める場合でも行動の妨げとなる★19。

これは損失回避性という興味深い研究と関連がある。

人は何かを得ることより失わないようにすることのほうを重視するのだ。

カリフォルニア州サンタクララのシンギュラリティ大学の初代学長であるサリム・イスマイルは、これを免疫系の働きになぞらえる。

大企業で何かを変革しようとすると、その企業の免疫系が攻撃を仕かけてくるわけだ★20。

変化がもたらすコストの大きさは環境によって大きく異なる。

製造業ではバラツキや実験を最小限に抑えようとする傾向があるのに対し、グラフィックデザイン会社では多様性や試行錯誤を最大限促そうとする。

私が携わった会社では、変化しないほうが変化するよりリスクが高いことを明確に示すことで、こうした障害を克服してきた。

変化しないことのほうが大きな脅威だと、変化への認識を変えるのだ。

そのうえで社員を変化から保護するのではなく、変化がどのような影響を及ぼすかをはっきり示すことで、変化に対応できるようサポートすることが重要になる。

これは不確実性を抑え、誰もが最悪のシナリオに怯えたり噂話が飛び交うような事態を防ぐことにつながる。

具体的なサポートとしては、個人が受ける影響をイメージし、明確な対策を策定することなどが考えられる。

合理的説明も重要だが、最終的には社員が本当は何を求めているかを理解し、獲得できるものと失い得るものをはっきり示すことで、それぞれのバイアスを乗り越えられるようにする必要がある。

私の知る経営者の多くは新たな取り組みに際して、アドバイザーの助言ではなく自分にとって大切な人(娘など)を思い浮かべながら意思決定を下してきた。

公の場でそうした事実を口にすることはないが(代わりに意思決定を正当化するような従来型の理屈を並べる)、真実は変わらない。

アイデアはそれが個人的な意味を持ったとき、つまり正しいことだと腹落ちしたとき、初めて現実になる。

これは私たちは他人の考えより自分自身の考えを信用し、重視する傾向があるとする感情バイアスの研究と結びついている。

興味深いことに、マネージャークラスの人は自分の考えを42%過大評価する傾向があるのに対し、現場の作業員は自らの考えを11%過小評価する傾向があることがわかっている★21。

アイデア開発の初期段階からマルチプライヤーや主要な「スポンサー」などカギとなる関係者を巻き込んでおくことは、こうしたバイアスを克服するのに役立つ。

もう一度「ポスト・イット」開発のエピソードに目を向けよう★22。

3Mの研究者スペンサー・シルバーは、自分が発明した弱い接着剤にも何らかのメリットはあるだろうと考えた。

そこで他の社員にどんな用途があると思うか聞いてまわった。

当初社内の関心は低かったが、シルバーはこのアイデアを支持してくれる研究者仲間を2人、さらに副社長など組織上層部で後ろ盾になってくれる人を見つけることで、それを克服した。

最初に弱い接着剤を発見したのはシルバーだが、それをさまざまな用途と結びつけ、さらに社内プロセスや戦略のなかに位置づけることで価値ある商品に転換できたのは、3Mの集団としての努力と受容能力の賜物だ。

アーリーアダプター(アイデアへの賛同者)を見つけることは、どんな状況においても重要だ。

私のお気に入りのユーチューブ動画の1つは「ダンシング・ガイ(踊る男)」だ★23。

舞台は祝祭でにぎわう公園だ。

音楽が流れ、人々が思い思いにお酒を飲み、語り合っている。

そんななか「奇妙な」男が公園の真ん中で踊りだす。

周囲の人は男をエイリアンのような目で見る。

だがしばらくすると、2人目が踊りに加わる。

2人目の男性はさらに2人に声をかけ、その2人がさらに多くの人を踊りに誘う。

まもなく見守っていた人の多くも競うように踊りの輪に加わり出す。

外集団が内集団になり、内集団が外集団になる。

今度は座り込んだままの人のほうが「つまらないヤツ」になった。

新たなアイデアの多くは、最初はばかげた奇妙なものに思える。

しかし支持者の数がクリティカルマスを超えると、一気に「ニューノーマル」に変わる力を秘めている。

外部人材の活用で乗り越える企業では、先に挙げた文化的要素の克服に加えて、どうすればこのプロセスを促進できるだろうか。

たとえばプロジェクトや問題を小さなステップに分け、コストを抑えながら迅速に繰り返し挑戦できるようにすることで、新たなアイデアのリスクを抑える企業もある。

再利用可能な成形しやすい材料を使ったり、可能

なかぎりプロセスをデジタル化することで、実験のコストを抑える企業もある★24。

あるいは外部から人材を招き入れ、潜在的なオポチュニティ・スペースを広げるという手もある。

研究者のラース・ボウ・イェップセンとカリム・ラカニは、クラウドソーシング企業のイノセンティブのケースを調べた。

その結果、社内で解決できなかった問題の多くが社外の人材によって解決できたことが明らかになった。

理由は多様な集団は社内チームと比べて、解決策を探す範囲をはるかに大きく広げられるからだ。

その結果、より多くの「ニーズと解決策の組み合わせ候補」が見つかった★25。

外部の人材は社内政治から遮断されていることもプラスだった。

経営史を振り返ると、より自由に試行錯誤できる環境を与え、そこで生まれたアイデアを組織に取り込んだ成功事例がたくさんある(経営用語で「スカンクワークス」と呼ばれる)。

ただ最終的にはタイミングに左右される部分も大きい。

危機のような屈曲点は、新たなアイデアを実行に移すのに適した環境だ。

1990年代にサプライヤーの劣悪な労働環境が問題視され、消費者から猛烈なバッシングを受けたナイキは、それをサプライチェーンのアカウンタビリティを高める機会として活用した。

より厳格な行動規範を導入し、工場を査察する第三者機関も厳しいところに変えた。

2013年には工場の安全性に問題があると判断されたバングラデシュの複数のサプライヤーとの取引を打ち切り、利益率は低下した。

だがその後まもなくバングラデシュの首都ダッカで工場が崩落するという事故が起きたとき、ナイキは影響を免れた。

危機を新たな思想を取り入れる契機とし、短期的損失を引き受けることで長期的利益につなげたのだ。

ユベール・ジョリー率いるベストバイのハリケーンへの対応も思い出してほしい。

ベストバイがハリケーンへの対応や従業員らへのサポートを通じて、会社としての価値観を示した結果、長期的に好ましい結果につながった。

個人の人生においても組織においても、危機ではそれぞれの真の姿が浮き彫りになる。

「喫煙所効果」で相互作用を生み出す今日、喫煙者はオフィスの裏階段に追いやられている。

それでも喫煙者は部門、組織階層、専門領域の壁を超越した独自のコミュニティを今も形成している。

私の知り合いにも、タバコを1本吸う間に他の場所では出会えなかったはずの人と知り合いになれた、という人は多い。

喫煙所は噂話の温床になることも多いが、新たなアイデアやひらめきを生むこともある。

まっとうな会社が従業員に積極的に喫煙を奨励するわけにはいかないが、同じ関心を持つ人がさまざまな場所から集まり交流するきっかけをつくることで、「喫煙所効果」を再現する方法を見つけた会社もある。

(散歩の会、チェスクラブなど)共通の目的を持った仲間が集まる活動を奨励している会社では、セレンディピティは起こりやすくなる。

社内の問題解決プロセスから外れている人が、価値ある意見を持っていることも多い。

研究では、現場の労働者はインフォーマルな人脈、試行錯誤、ヒューリスティックス(現場で身につけたノウハウ)を活用することが多いのに対し、組織の中心にいるマネージャーは社内資料、演繹的アプローチ、公式な報告書などに頼りがちで、偶然の発見が起こりにくい状況にあることが明らかになっている★26。

企業の買収や合併の直後には、組織の壁を越えて業務を統合することが特に重要になる。

たとえば親会社と買収された子会社の両方で同じ業務を担う人がいると、両者を結びつけ、買収された会社から生まれるアイデアを親会社に伝えることができるようになる。

企業買収から生じる価値の50%以上は予想外のものであることが明らかになっている。

たとえば買収した会社が存在を認識していなかった技術が、買収された側に眠っていたりする★27。

ノルウェー最大の国際企業DNVGLは、世界100カ国以上で事業を展開している。

CEOのレミ・エリクセンは「組織のDNAを浸透させるため」、頻繁に社員を異動させると教えてくれた。

背景にあるのは、すべてを事前に計画することは不可能であり、企業戦略として重要なのは社員に予想外の事態に主体的に対応する能力と権限を与えることだ、という認識だ。

ただ、このような取り組みをしても、社員が社内あるいは社外の人と積極的にかかわろうとしなければ何の意味もない。

どうすればより多くの人に、ネットワーク型知性を活用し、人生のなかでより多くのセレンディピティを経験しようというインセンティブを与えることができるだろうか。

リンクトイン創業者のリード・ホフマンなど、ランチに会社が補助を出すという試みをしている経営者もいる。

ハブスポット共同創業者のダーメッシュ・シャアは、従業員に「学習ランチ」の費用を出している。

唯一の条件は社外から優秀なゲストを招くことだ。

最も有益な情報は、たいていそういうところからもたらされるからだ。

こうしてセレンディピティによる新たな発見が起こり、新たな機会が拓け、新たな人間関係が構築される。

社員は自律性を認められていると感じ、職場の幸福度が高まる。

最近の研究では、職場における個人の自律性は、離職率の低さ、仕事への満足度、仕事への熱意と明確な相関があることが示されている。

さらに自律性はマイナスの感情を和らげる傾向がある★28。

学習ランチはゴルフ接待に代わる交流の手段になるかもしれない。

私のようにゴルフをしない者にとっては朗報だ。

ダイバーシティとセレンディピティの親和性人材のダイバーシティ(多様性)と同様に、視点のダイバーシティも重要だ。

私は自分が立ち上げた企業で、新たな視点を得るためにダイバーシティの考え方を取り入れている。

たとえば1日中オフィスで仕事をする代わりに、チーム全員で場所を変えてみる。

朝、難しい概念的議論をするときは静かなオフィスに集まり、その後は場所を変えて午後はコーヒーショップ、夕方からはバーに移動するといった具合に。

肩の力を抜いて活発なやりとりをするときは、くつろげる環境に移動したほうが新たな刺激やアイデアに対してオープンになれる。

ダイバーシティはセレンディピティを助長する。

それは点と点を結びつけるバイソシエーションという行為には、それまで関連性のなかった情報やアイデアを融合させることが不可欠だからだ。

それによって思ってもみなかったようなつながり、あるいは隠れていた類似性が明らかになり、「新たな視点」が手に入る★29。

すると発想の飛躍が起き、さまざまな出来事や情報の真の可能性が明らかになる。

木からリンゴが落ちてくる場面を思い浮かべてみよう。

木だけを眺めていればリンゴが落下したという事象しか目に入らない。

しかしもっと広い文脈でとらえれば、リンゴはあらゆる物体に作用する引力を体現しているのだと気づくかもしれない。

私たちはたいていこのような関連性に自分では気づくことができず、予想外の場面や出会いの広がりを理解するためには、他分野に通じた人の助けが必要になる。

組織のなかで情報が分散しているほど、このような結びつきは起こりにくくなる。

すでに見てきたとおり、単にダイバーシティだけに着目し、人を集めてくるだけではうまくいかない。

そこには点と点をつなげるインセンティブを高めるような共通項が必要だ。

哲学者で詩人のヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテは著書『親和力』で、化学反応のロジックを社会的関係性に応用している。

情熱や関心をつかさどるのも化学親和性の論理だと考え、ギリシャの哲学者エンペドクレスの「原子間の愛と憎しみ」という概念に基づいてこう書いている。

「愛し合う者同士は水とワインのように混じり合う。

憎しみ合う者同士は水と油のように分離する」。

うまく混じり合うためには、共通の信条、関心、経験、ときには敵といった共通項が必要だ。

立場はまったく異なるものの、それでもお互いをよく知りたいと思う複数の人が集まったときにバイソシエーションは起こりやすい★30。

アイデアの交換が起こるためには、信頼感が重要であることは看過されがちだ。

リーダーシップよりコミュニティシップヘンリー・ミンツバーグをはじめとする現代を代表する経営学者が、「リーダーシップ」よりも「コミュニティシップ」への関心を強めているのも当然と言える。

詰まるところ大事を成し遂げるうえで重要なのは共同体意識だ。

とりわけ大規模な組織においては専門性を高め、知識を移転し、士気を高めるのに役立つ社内、社外のコミュニティをつくり上げることがきわめて重要だ。

理屈はわかるが、生き馬の目を抜くような企業文化でそんな話が通用するかと思うかもしれない。

理想論ではないか、と。

競争的で「テイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)」主体の文化から、協力的で良識的な利己心に基づく文化に転換するのは容易ではない。

身勝手な人々が支配する文化において、コミュ

ニティを大切にし、寛容で協力的にふるまう意味はあるのだろうか。

競争意識が根強い文化では、周囲を大切にするふりをして、いざとなったら背後から切りつけるような人もいるかもしれない。

そのような企業は新たな考えの受容を妨げるような既存の社内政治やプロセスと切り離し、新しいチームやコミュニティを立ち上げたほうが良いことが研究でわかっている。

新たなチームでは、他者に与えることと協力を基本原則とし、個人ではなくグループの目標を明確にし、報酬は集団と個人の両方の業績に基づいて支払うことも選択肢となる。

何より重要なのは、協力を評価するだけでなく、コミュニティに貢献することへの阻害要因を取り除くことだ。

能力やアイデアがある人がその対価を独り占めしようと出し惜しみするケースはあまりに多い。

個人に持てる力を出し切るよう促し、組織としてその貢献の価値をきちんと認識する文化では、セレンディピティが活発に起こる。

社員はどれほど予想外の事態が起ころうとも、うまく対処しようとするはずだ。

『スーツ』のハーヴィー・スペクターとその友人であり敵でもあるルイス・リットはときに競争し、ときに手を組む。

自分たちの友情を思い出したとき、あるいはともに戦うべき理由が見つかったとき(友人を刑務所から救い出すなど)、2人は助け合う。

そんなときまったく異なるそれぞれの性格は相乗効果を生む。

一方対立したときには徹底的に競い合う。

多くの組織文化が本来であれば協力できたはずの人々を対立させている。

優れた文化は協力へのインセンティブを与える(そして補完的なレベルで競争を促す★31)。

たとえばチームの業績と、誰が誰のために貢献したかの両方を評価するといった具合に。

これは私たち個人にとってどのような意味を持つのだろうか。

膨大な研究が、私たちは「テイカー」であるときより「ギバー」であるときのほうが幸福を感じることを示している。

ブリティッシュコロンビア大学の研究者であるエリザベス・ダンらは、632人のアメリカ人に所得水準、お金の使い方、幸福度を尋ねた。

『サイエンス』誌に発表された研究には、所得水準にかかわらず、他の人のためにお金を使う人は自分のためだけに使う人よりも大幅に幸福感が高いことがわかったと書かれている★32。

それにもかかわらず、私たちはそれと正反対のインセンティブを与えるような組織をつくりがちだ。

良識的な利己心を引き出し、セレンディピティが育つ土壌を生み出す好ましい環境にいると、それに気づかされる。

ただ文化は通常、1つのステップに過ぎない。

物理的およびバーチャルなスペースのデザインを工夫することで、セレンディピティを加速させることもできる。

セレンディピティを呼び込むオフィスデザイン物理的環境はセレンディピティの起こりやすさに大きな影響を与えることが多くの研究で示されている★33。

経営幹部、アニメーター、コンピュータ・サイエンティストの交流を促進するピクサーのオフィスデザインを思い出してほしい。

あるいはイギリスのロイヤル・ソサエティ・オブ・アーツだ。

幾多のすばらしいアイデア(そしてあまりすばらしくもないアイデア)を生み出したウィーンのコーヒーハウス文化に刺激を受けて、建物の中心となるスペースをコーヒーハウスに改装した。

重要なのは集まる人のサイズだ。

研究では、カフェテリアで12人席に座ったグループのほうが4人グループよりもセレンディピティにつながる会話や人的ネットワークの拡大に効果的だった★34。

こうした潜在的恩恵を享受しようと、グーグルやIBMの「ADラボ(発見の加速化ラボ)」は、幅広い分野の人材やデータの「異種交配」を促進するような本社デザインを取り入れた。

「生産的衝突」からストリートビュー、Gメールといった主要サービスを生み出してきたグーグルでは★35、カリフォルニア州マウンテンビューのキャンパスを「偶然の衝突を最大化するように」設計している。

建物は曲がった長方形のような形をしており、あらゆる同僚のところに3分以内に歩いていけるようになっている。

屋上にはカフェもある。

ふだん離れている集団同士のアイデアを結びつけることで、構造的な落とし穴を埋めようとしている★36。

今日のネットワーク分析を使えば、既存のデータを活用して孤立したチームを特定し、スペースや構造を修正することもできる。

どのようなささやかなデザイン変更が大きな影響を生むのだろうか。

まず部屋のなかにさまざまなタイプの椅子を置くと、リラックスした会話を促す効果がある。

出入口の近くにソファーを置くと、通りかかった人同士が顔を合わせる機会が増える。

近い将来、センサーによって構造的な落とし穴を自動的に発見し、日々椅子の配置を変更するようなオフィスが実現するだろう★37。

もっと踏み込んで構造を変えるなら、オフィスデザインを見直すことが選択肢になる。

関心分野が比較的自分と近いものの、視点がまったく異なる人とオフィスを共有するのはセレンディピティを促すのに効果的だ。

それを大規模に実践しているのが、オランダのコワーキング会社、シーツトゥミート・ドットコムだ。

金融サービス会社と協力し、その本社スペースをさまざまな視点を持った人々が集まり、交流できるようなスペースに改装した。

広い受付スペースがあってもあまり活用されていないのなら、そこを起業家などに仕事場として提供したらどうかという発想だ。

金融サービス会社は地元企業から好意的に見られ、またさまざまな分野の専門知識が集まり、新たな人と人のつながりが生まれるようになる。

社員は社外の人材と気軽に交流できるようになる。

それは興味深いアイデアや有意義な絆を生み出すのに効果のあることが研究によって示されている★38。

シーツトゥミート・ドットコムと金融サービス会社との合同イベントでは、参加者がアイデアを発表し、お互いに交流し、協力関係を育むことができる。

その後はシーツトゥミートのデジタルプラットフォームを通じて、参加者が自分に必要なものや提供できるものを伝え合い、交流を続けていく。

Rラボも同じようなアプローチを採っている。

既存の資源を最大限活かし、コミュニティスペースとして活用していくため、銀行や政府と協力し、使われていないスペースを研修、コワーキングなどの場に転用してきた。

ただコミュニティスペースによく見られる問題として、コミュニティ感が欠けているということがある。

このため意識の高い起業家向けにコワーキングスペースとコミュニティを提供するインパクトハブは、訪れた人が歓迎されていると感じられるように「ホスト」を配置している。

ホストは訪問者を他のユーザーに紹介したりする。

大勢のなかで孤独を感じたくなければ、ホストと一緒にランチをつくってもいい。

バーチャルでも再現できるコンピュータ支援による共同作業(CSCW)に関する研究は、ここまで挙げてきた物理的環境に関する知見の多くを、バーチャル世界でも再現できることを示している。

イノセンティブのようなプラットフォームは、突飛なソリューションを積極的に受け入れ、思いがけないつながりを生み出している。

物理的近接性が偶然出会う確率を高めるのと同じように、バーチャル環境でも多様な人やアイデアの近接性を高めることは可能だ。

オンラインで気軽にコミュニケーションをとれるようにしたり、同僚のソーシャルメディアでの活動についてアップデート通知を送ったりすることで、セレンディピティは増加する★39。

ここでも重要になるのがフィルタリングだ。

とりわけバーチャル環境では、飛び交う「ノイズ」を排除し、価値のあるアイデアに意識を集中する必要がある。

またバーチャル空間は物理的空間を補完する存在であるものの、セレンディピティはバーチャルよりローカル(現場)でのほうが起こりやすいことも頭に入れておくべきだ。

セレンディピティは自宅のソファーにパジャマ姿で座っているときより、偶然人と人が顔を合わせたときのほうが起こりやすいという考えから、ヤフーをはじめ従業員に改めて出社を促すようになった会社もある。

それは私たちには、バーチャルより相手と直接顔を合わせて交流するほうをはるかに好む傾向があるからだ。

NYUのグレッグ・リンゼーはこれを「視野に入らないものは意識にも入らない」と的確に表現している。

1・8メートル先にいる人とコミュニケーションをとる可能性は、18メートル離れたところにいる人より4倍高く、別の建物やフロアにいる人とコミュニケーションをとる可能性はほぼゼロであることが、すでに何十年も前から研究によって示されてきた★40。

これは脳の反応からも明らかだ。

私たちが最も創造的な気分になるのは、動いているときと人と会っているときであり、長時間じっとデスクに座っているときではない(メイカー的に時間を過ごすことの弊害と言える)。

ネットワーク型セレンディピティ急速に変化する世界において、仕事の性質や方法は変化しており、それは私たちが働き方を見直さなければならないことを意味する。

かつてはオフィスやキュービクルに籠もり、他者との交流を避けていてもうまくやっていけたかもしれない。

だが今日では製薬のような比較的安定した産業においてさえ、ネットワーク

を形成し、活用する能力が成功を左右することが多くなった。

企業にとって、これは組織中心の活動から、社会的および経済的コミュニティやネットワーク(「エコシステム」)中心の活動への変化を意味する★41。

たとえば世界を代表するCEO31人に対して私たちが行った調査では、その多くが不確実性と加速する変化への対応を最も重要な課題ととらえていた。

ペイパルCEOのダニエル・シュルマンは、ペイパルが他社と組む理由について、社内だけではすべてのニーズに同時に対応できないため、そして協調しなければ最大の価値を実現できないためだと説明していた。

かつてライバルであったBMWとメルセデスが、共同でカーシェアサービスを立ち上げる時代が来るとは、誰が想像しただろうか。

あるいはハイアールのケースを見てみよう。

ハイアールは製品主導の会社から、「プラットフォーム・エコシステム」へと転換した。

多くの主要企業が破壊される側ではなく破壊する側になるため、目下同じ変化を進めている。

未来が予想不可能になった今、こうした組織はクモではなくヒトデになる必要があることを理解している★42。

クモとは集権的組織であり、首をはねられれば死んでしまう。

一方、分散的組織であるヒトデには、首を切り落とされるおそれはない。

足を切り落とされても、再生されるか、まったく新しい個体が生まれる。

ヒトデ型組織なら今日の急速に変化する事業環境に適応しやすい。

ヒトデ型組織は、中央の本社が計画を立てるのではなく、数多くの小さな構成組織がさまざまな解決策を試行錯誤することでセレンディピティを生み出していく。

カリフォルニア州のアグリビジネスと食品加工会社であるモーニングスターは「ほぼヒトデ型組織」で、完全自律型のチームが高い成果を挙げている。

これは極端な例だとしても、あらゆる産業においてネットワークを事業の中心に据えることはきわめて重要になった★43。

そこで登場するのがネットワーク型イノベーションだ。

歴史を振り返ると、新しいアイデア、イノベーション、そして社会の進歩全般はたいてい既存のアイデアやテクノロジーの組み換えによって生まれることがわかる。

しかもそれはネットワークを通じて起こることが多い★44。

未知の領域を探究している人々の知識が集まることによって、セレンディピティが起こるのだ★45。

伝統的なイノベーションのモデルでは、最も重要なイノベーションはそれを計画した中心となる生産者から生まれることになっていた。

だが明日消費者が何を求めるか、何を必要とするかわからないような急速に変化する世界では、顧客中心的なイノベーションモデルが主流になってきた★46。

モノのインターネット(IoT)やビッグデータといったテクノロジーの進歩によって、とんでもなく細やかな個人の好みに応じて完全にカスタマイズできる製品をつくることも可能になっている。

その結果、未来に備えようとする組織においては、予想外に対応する能力が中核的ケーパビリティとなっている。

組織の「外適応」能力を高める私はロイド・ジョージ・マネジメントのアリス・ワン、レディング大学のジル・ジャーゲンセンとともに、ハイアールの目の覚めるような変貌を詳しく調査した★47。

ハイアールが実践しているのは、ネットワーク効果の活用だ。

ネットワーク効果とは要するに、新たな人や組織(「ノード」と呼ばれる)が加わるたびに、ネットワークの価値が高まっていくことだ★48。

ある製品やサービスの市場浸透率がクリティカルマスに達すると、それ以降はバリュー曲線が指数関数的に伸びていく。

その段階を過ぎるとネットワークの有用性が高まり、ユーザー獲得の費用は大幅に低下していく。

それに伴ってこの製品やサービスの価値は大幅に高まっていく。

これは電話システムで起きたことであり、フェイスブックなどのソーシャルメディア・プラットフォームでもまったく同じだった。

結局のところフェイスブックを使っているのがあなただけだったら、何もおもしろくはない。

ハイアールは社内外の人材に新たなデータやアイデアを活用するインセンティブを与えることで、プラットフォーム・エコシステムへと生まれ変わった。

1000以上のマイクロ事業者(それぞれがチームとして、スマート冷蔵庫など既存製品に関するアイデア、あるいはまったく新しい製品のアイデアを温めている)がハイアールのプラットフォームと相互作用をしている。

10年後には今日のテクノロジーの大部分が廃れており、予想外に備える必要があるという考えから、ハイアールはこのモデルを通じて多種多様なアイデアに賭けているのだ。

エンパワーメントされた起業家は、大組織ではおよそ太刀打ちできないほど機敏で、エンドユーザーのニーズも把握しており、ユーザー中心の視点によって迅速に製品を改善していくことができる★49。

これは組織構造のあり方に転換を迫る。

たとえばドイツの大手家電メーカーのフィリップスでは、ビジネスユニットをどのように組織すべきかが重要な問いになっている。

CEOのフランス・ファン・ホーテンは私の研究チームに対し、ソリューション(断層撮影法など)にフォーカスした従来の組織構造を、ニーズ(正確な診断をすること)にフォーカスしたものへ転換するという考えを説明してくれた。

1つのニーズには、いくつものソリューションがあるかもしれない。

チームへの課題の与え方を変えることで、それぞれのビジネスモデルが現実の顧客ニーズに即したものになり、「オポチュニティ・スペース」が広がって新たなソリューションが生まれるかもしれない。

テクノロジーの方向性もニーズベースに変化する。

つまり「リフレーミング」が起こるのだ。

「メイカーズ・ムーブメント」など他の分野でも同じような動きが見られる。

「メイカースペース」には通常、メイカーが3Dプリンターを使って物理的オブジェクトに転換できるようなデジタルオブジェクトのライブラリが備えつけてある。

3Dテクノロジー環境はモジュール化が進んでいるので、利用するユーザーが増えればそれまで誰も考えてみなかったようなバリエーションが生まれる可能性がある。

ここで注目すべきなのは、デジタルツールを使うと原子をビットに変えられるということだ。

物理的構造物をそっくりつくり直す必要がなく、コンピュータ上で修正できるようになれば、知識の移転や共有は容易になり、コストは低くなる。

このようにメイカースペース、イノベーティブなビジネスユニット、そしてビジネスエコシステムそのものには、生物学的エコシステムとの共通点が多い。

いずれも「適応」(当初の機能が変わること)する能力があるだけでなく、「外適応」(他の用途のため、あるいは特別用途もなく進化した特徴を活用し、さらにそれを現在の役割に取り込むこと)もできる★50。

研究開発部門の体制を見直し、外適応を促し、セレンディピティを誘発しようとする企業は増えている。

たとえばイノベーションが活発に生まれる環境で働くメイカーは、セレンディピティにつながりやすいように習慣的に知識を集め、整理し、保管している。

デザイン会社のIDEOでは、将来どのような形で役に立つかわからなくても興味深いアイデアはきちんと蓄積されている。

それはざっくり整理されていて、何か関連のある課題が出てくると探せるようになっている(当然ながら大量の顧客データを保管しておくことにも、プライバシーやインフォームド・コンセントといった特有の問題が出てくる★51)。

セレンディピティ・エコシステム過去においては一貫性、予測可能性、大規模生産が組織の成功する秘訣だった。

組織は規模の経済によって競争力を獲得した。

できるだけ低いコストで、できるだけ大きなマーケットにアクセスすれば、個人レベルの差異など犠牲にしてもかまわなかった。

しかし今日の消費者はより賢くなり、個人としての対応を要求する。

ときには組織とともに創造プロセスに関与するなど、あらゆる機会を通じて自らのエクスペリエンスをカスタマイズしようとする★52。

顧客アンケートだけでは、もはや不十分だ。

顧客の実際の行動はたいていアンケートに書いたものとは異なる。

対象者の視界に入らないようにしながら観察するという設計手法が人気を集めるのはこのためだが、変化の速い時代にはリアルタイムの反応がカギとなる。

顧客とその変化する(予想外の)ニーズを中心に据えるというのは、セレンディピティを想定しながらデザインすることに他ならない。

ハイアールのメンテナンス担当は苦情の多くが土や石くずに関するものだったことから、農村部の顧客には洗濯機で収穫した根菜を洗っている人がいることに気づいた。

ジャガイモ洗浄機が生まれたのは、顧客の声に真摯に耳を傾ける姿勢に加え、全社員に予想外の出来事に遭遇したら点と点をつなげ、機会に変えるよう促してきたためだ。

多種多様な人々が、「エコシステム」のなかでつながっていられるのはなぜだろうか。

ハイアールではさまざまな活動や「スーパーノード」の存在が、エコシステムのなかで結合組織の役割を果たしている。

テキストメッセージ主体のアプリ「ウィーチャット」上で、エコシステムに所属するマイクロ起業家のグループ

を組織しており、そこでは気軽な会話や仕事上の議論が活発に行われている。

さらに顧客、サプライヤー、従業員、起業家が集まる場として、人工知能と機械学習を土台とするソフトウエア・プラットフォーム「U+」を開発した。

企業、市場、ネットワークのロジックを融合するこのようなエコシステムは、資源配分の有効な手段になり得る。

だがそれ以上に重要なのは、協力と競争(コラボレーション+コンペティション=コーペティション)によって新たな発見を生み出す弁証法的プロセスの場を提供し、セレンディピティを誘発することだ。

それまで対極にあると思い込んでいたモノを並べてみると、創造的摩擦が起こる。

それこそがセレンディピティの本質だ。

ここで基本的前提となっているのが、すべてが、また誰もが間違っている可能性があり、改善の余地があるという認識だ。

ハイアールのような企業にとってコーペティションのメリットは大きい。

それによって自ら破壊的変化の一部となれるからだ。

マイクロ事業者は比較的独立した立場にあり、他者と自由に競争する。

ハイアールのエコシステムのなかでもそれは変わりないが、同じエコシステムを利用したり、他のスタートアップやハイアール本社と協力したりすることもある。

このエコシステムを活用すれば、単独のスタートアップならば具体化まで数カ月、あるいは数年かかるような製品が、着想からほんの数週間で数百万人の消費者に利用されるようになることもある。

その触媒となるのがエコシステム内部の大学、研修センター、テクノロジー・プラットフォームだ*。

工場ではセンサーを活用することで、必要とされているものをオンデマンドで、しかも同じ工場で生産できるようになる。

BMWがまさにそれを実践しており、オックスフォードにある最先端の車体構造工場では、需要に応じてガソリン車や電気自動車などさまざまなタイプの車体を同じ製造ラインで組み立てる。

なぜこんな変化が起きているのか。

その理由は、今から1年後にたとえばロシアでどんな車が求められるか、確実に予測する手立てがないからだ。

こうした柔軟性は、経営陣のマインドセットにも影響する。

BMWの経営陣は市場の変動や不確実性に対応できるように訓練を積む。

労働条件を柔軟にすることで、不況下でも雇用を維持できるようにしている。

バイドゥ(中国のハイテク企業)やテンセント(中国の投資コングロマリット)など他の有力企業も、同じようなプラットフォーム型アプローチを試みてきた。

テンセントのウィーチャットサービスが誕生したのは、創業者のポニー・マーがモバイル・メッセージ事業を立ち上げるため、従業員に社内で競い合うよう呼びかけたのがきっかけだった。

投資家からは社内で同じような開発プロジェクトが重複することを危ぶむ声もあったが、ポニー・マーは破壊される前に破壊する組織になろうとしていた★53。

こうしたアプローチは、ランダムに生まれてくるアイデアへの挑戦を促し、新たなつながりを生むことで事業を強化する。

コストの低いリスクコントロールの手段でもある。

とはいえ常に結果を出さなければならないというプレッシャーにさらされる社員にとっては、厳しい環境とも言える★54。

*当然ながら経営者の多くは、知的所有権が誰に帰属するのか、データは誰が所有するのかを強く意識している。

スウェーデンの大手銀行SEBのヨハン・トルゲビーは、責任ある行動へのインセンティブを高めるため、貸借対照表に「行動規範リスク」を織り込むべきだという考えを話してくれた。

『ソーシャル物理学』の著者アレックス・ペントランドは、個人情報に対する所有権という概念を提唱している(Pentland,2015)。

コンテクストの大切さセレンディピティを育み、不確実性を受け入れ、柔軟で修正可能な目標を設定することは、スタートアップ企業、イノベーションに集中する事業部門、学術的あるいは科学的研究においては特に重要だ。

一方製薬業界などプロジェクトの時間軸が長い安定的なコンテクストでは、数十年先の計画を立てなければならないケースもある。

それでもノボノルディスク・ファーマの例からも明らかなように、そうした産業でもある程度のセレンディピティは起きている★55。

予想外を予想し活用することで、成功への備えを固めるという考え方は、より広範な産業、そして人生のあらゆる分野に当てはまる。

厳格さや効率性が重視される風潮の下では、セレンディピティを経営管理の失敗ととらえるのではなく、オープンマインドやポジティブな企業文化の表れと見る姿勢が潜在的価値のある可能性の芽を摘まないためにきわめて重要だ。

こう自問してもいい。

「私たちは組織として、社員に自らの人生でセレンディピティを増やそうとするインセンティブを与えているだろうか。

『人生を変えるような何か』に出会ったら、社員が会社を辞めてしまうと恐れているのではないか」と。

学習と成長にまつわる根強い懸念に「社員に教育訓練を施して、会社を辞められてしまったらどうするのか」というものがある。

それに対する模範返答はこうだ。

「教育訓練を施さなかった社員が、会社に残ってしまったらどうするのか」。

未来に向けた備えを固めたい企業にとって、教育をしないという選択肢はないだろう。

社員のモチベーションが高まる、生まれてくるアイデアの量や質が高まるなど、組織が享受する恩恵は差し引き大幅なプラスになるはずだ。

結婚生活にも通じるところがある。

パートナーが自分の元を去ってしまうのではないかといつも不安を抱えているなら、2人の関係には解決すべき構造的問題がある。

パートナーが最高の自分になろうとするのを邪魔するのは不毛だ。

本章ではここまで組織にとって、また組織のなかでセレンディピティがどのような役割を果たすかを見てきた。

では私たちの住む街や国ではどうだろう。

政府や政策立案において、セレンディピティはどのような意味を持つのか。

シリコンバレーからチリコンバレーへ地域再生とセレンディピティ自治体の首長や国家の閣僚、そして意識の高い市民の間では、明日何が起こるかわからない変化の激しい世界では、予想外に対処できるようなレジリエントなコミュニティを築くことが必要だという認識が高まっている★56。

ジョン・ヘーゲル、ジョン・シーリー・ブラウン、サリム・イスマイルは組織や都市におけるセレンディピティの重要性について興味深い研究を続けてきた★57。

そこから浮かびあがるのは、知識のストック(私たちが何を知っているか)から、知識のフロー(常に学び、常に知識を新たにし、常に発見すること)への視点の転換だ。

私たちは多くの人からアイデアや知識を引き出す必要がある。

そこで次の問いが重要になる。

「何が起こり得るのか、自分が何を求めているかもわからないとき、どうすれば新たな発見ができるのか」。

こうした問いに答えるべく、世界中でさまざまなプロジェクトやプログラムが立ち上がっている。

東京ではTEDxTokyoのキュレーターで、エッジオブ創業者のトッド・ポーターが、セレンディピティを意識した都市エコシステムの構築に取り組んでいる。

チリでは、技術・職業教育サービス大手のINACAPが「FabLab」を、政府機関のCORFOが「スタートアップ・チリ」というプロジェクトをそれぞれ立ち上げている。

INACAPの「イノベーション&アントレプレナーシップセンター」のマネージャーを務めるフェリペ・ララは、セレンディピティを起こすための組織づくりを目指していると語る。

チリのイノベーション・エコシステムの可能性を引き出すために、全国から人材を集めている。

たとえば分野を超えた連携を実現するため、国内各地の研究機関のネットワークを構築している。

靴とアパレルのネット通販会社ザッポスの創業者トニー・シェイは、3億5000万ドルを投資して、ラスベガスのダウンタウンをイノベーションの中心地に変える試みを推進した。

プロジェクトには浮き沈みもあり、2016年にCNBCのインタビューに答えたシェイは「もう一度最初からやり直せるとしたら、投資リターン以上にともに学ぶこと、つながり、衝突(イノベーションを推進できる人材同士の偶然の出会い)を重視する」と語った★58。

ただこうしたプロジェクトの多くは最終的に失敗する。

その理由としてまず挙げられるのは、都市や地域的クラスターの多くはシリコンバレー(カリフォルニア州北部のフェイスブックやグーグルなどハイテク企業が集積する地域)のようなクラスターを模倣しようとすることだ。

その成功を再現できるのではないかと考えるからだが、それは根底にあるカルチャーの重要性を過小評価している。

シリコンバレーをドイツのイノベーション・クラスターと比較してみると、前者がより劇的なイノベーションを志向しているのに対し、後者はより漸進的イノベーションを志向しているのがわかる。

それでも両者に共通して言えるのは、それぞれに適したマインドセットを持った人材と、学校など補完的機関の必要性だ。

スタンフォード大学のような高等教育機関から輩出される人材(そして草創期の政府による支援)がなければ、シリコンバレーで起業家精神が花開くことはなかっただろう。

エコシステムの構成要素の1つだけを模倣しても、たいていは失敗する。

そこにはカルチャーやコミットメントのような補完的要素も不可欠なの

だ。

企業と同じように、都市や国家も住民あるいは国民を育むエコシステムとしてとらえる必要がある。

人が変わらなければ、持続性は生まれない。

ここからは取引を目的とするのではなく、有意義な人間関係を育む場を生み出すことの必要性も明らかだ。

スタートアップ企業への投資に関する調査など多くの研究が、新たな取り組みが心からの賛同を得るまでには相当な時間がかかることを示している。

経営学者であるスタンフォード大学のキャスリーン・アイゼンハートとワシントン大学のベンジャミン・ハーレンは、経営者の「カジュアルデート」が企業間の関係構築に効果的であることを明らかにした。

パートナーになり得る候補者同士が正式に関係を構築する前に、気楽な、それでいて明確な意図を持ったミーティングを複数回開く。

ここでは投資の話だけに集中するのは意識的に避ける。

正式な投資交渉はとかく敵対的になりがちだが、このような方法をとることで投資する側はベンチャー企業と交流を深めることができる。

一方ベンチャー企業は投資する側にアドバイスを求め、それを通じて親しくなり、支援者を増やすこともできる★59。

ある意味では男女のマッチングにも通じる話だ。

たとえば多様な人を集めて気楽に交流できる場をつくるなど、「取引」を成立させなければならないというプレッシャーを取り除くことで、人間関係を深められる環境が生まれる。

政策立案にも役立つセレンディピティ真に歴史を変えるような重大な政治的事件は、たいていセレンディピティによって起こる。

そして良くも悪くも今日の社会の多くは、途方もない予想外が必然的に起こるようにできている。

たとえば民主主義がその一因だ。

民主主義は市民が指導者や社会体制を自由に選ぶことができるという思想に立脚している。

このため選挙のたびに、市民がどう反応するかという不確実性が生じる。

次の指導者、大統領、首相、あるいは首長が誰になるか、予測が不可能なこともある。

イングランド銀行金融政策委員会やアメリカの連邦準備理事会(FRB)が利上げを決定した後の投資家、企業経営者、資金の借り手や貸し手の反応を予測することもほぼ不可能だ。

過去に基づいて起こり得る事態を予想することはできるが、往々にして市民の反応は予想不可能な変数に左右される。

個人や組織はもちろん、とりわけ政府について言えるのは、変化の激しい時代には、何を問うべきか、どんな人材やリソースが必要になるかわからない状況が多いということだ。

世界中の政府がイノベーティブで、ダイナミックで、顧客(国民)本位だと思われたいと考えている。

それにもかかわらず、あらゆることをきっちり計画しようとする。

最高の結果はたいてい偶然がもたらすので、優れた政府は不確実性を抑え込もうとするのではなく市民の反応に寄り添おうとするべきだ。

ならば政策にセレンディピティを取り込むには、どうすればいいのか。

イギリス政府が貧困地域対策として掲げる「コミュニティのためのニューディール政策」のような伝統的アプローチは、特定のコミュニティの再生に的を絞り、結果として特定の地域だけに集中する傾向がある。

それは地域のアイデンティティを育み、社会資本を強化するかもしれないが、地域の孤立につながり、他のコミュニティと連携する能力や意欲を阻害するリスクがある。

それは偶然の出会いや機会をもたらす「橋渡し的つながり」、すなわちコミュニティの外部の人との関係構築を妨げる。

近年の研究が、地域社会の再生のみに集中するより、経済的および社会的分断を橋渡しするほうが政策的恩恵は大きいと主張するのはこのためだ。

ここには多様な分野にまたがる文化的活動の他、地域の枠を超える共通の目的で結ばれたコミュニティ、学習のコミュニティ、助け合いのコミュニティの構築が含まれる★60。

警察と住民の連絡会(「公園の仲間」と呼ばれる団体)のような公共サービスを単に行政が立ち上げるのではなく、行政と住民がともにつくる先駆的な試みは、すでに好ましい成果を挙げている★61。

世界を見渡せば、参考になるようなすばらしい事例はたくさんある。

私たちがケニアと南アフリカで実施した研究では、政策立案者が効果的なエコシステムを構築する方法がいくつも見つかった。

第1に、政策立案者やその支援組織は、支援プログラムの計画を中央で立案しようとする傾向がある。

たいていの人がそうであるように、すべてを事前に計画しておこうとするのだ。

だがいつ、何をすべきかを最もよくわかっているのは、地域コミュニティの人々だ。

そうだとすれば支援のためのインフラの構築は、地域住民をプロセスの早い段階で巻き込み、彼らに責任を委ねるべきだ。

たとえば一部の国では、当事者を巻き込み、効果的なコミュニティを形成するため、業界の枠を超えたメンバーを厳選して何度も議論の場を設けている。

そこで地域コミュニティ出身のメンバーには現在のニーズを共有し、全体計画のなかでどのような貢献をするか「約束」してもらう。

彼らの現在の活動と支援プログラムが密接にかかわっていると、プログラムに持続性が生まれやすいので理想的だ。

とりわけ支援の対象地域の住民が都市部から疎外されていると感じていたり、地域ごとの格差が大きい場合には、このような取り組みは地域レベルのコミュニティ意識を底上げする効果もある。

第2に、地域の非公式なリーダーを特定し、政府が承認してお墨つきを与えるという方法は効果的だ。

インドで最も貧しい州の1つであるビハール州で活動するNGO、ギアン・シャラの例を見てみよう。

ギアン・シャラは教育インフラの改善に力を入れている。

地域に拠点を置き、地域の人材を雇用し、地域のニーズをよく理解しているこのような組織は、2カ月ほどで教師を育成できる。

政府が行う場合と比べてはるかに速い。

このような取り組みは地域コミュニティのニーズに対応するため、絶えず内容を見直していく必要がある。

政府にとってのメリットは、ある意味実験のリスクをアウトソースできることだ。

つまり有権者に説明しづらい部分をNGOに引き受けてもらえる(このような試みに失敗はつきものだ)。

そのうえで、うまくいった成果だけを選別し、規模を拡大して全国的あるいは広範な地域的プログラムとして展開することもできる。

インドではこの方法によってこれまでに低所得コミュニティを中心に数千人に支援を届けることができた★62。

地域やグローバルに活動するコミュニティは、人間の基本的ニーズを満たすうえで大きな役割を果たしており、それはセーフティネットのあり方を考えるうえで重要なヒントになる。

現在のセーフティネットに関する議論は、人工知能への対応やミニマムインカム保証といった経済対策に集中する傾向がある。

しかし世界的な社会起業家ムーブメント「メイクセンス」の共同創設者であるクリスチャン・ヴァニゼッテの見方は違う。

グローバル化した世界で人々の予想外への対応力を高めるのに必要なのは、関心を共有するコミュニティだという。

経済的ニーズよりも重要なのは、1人ひとりが前向きに生きていくことを支えるコミュニティだ。

政府があらゆる問題を自ら解決しようとする必要はない。

共通の関心を通じて人々の意欲を引き出す方法を、メイクセンスのようなムーブメントから学べばいい。

まとめ急速に変化する世界において、次に何が起こるか、どのような人材やリソースが必要になるかはわからない。

だからこそ個人として、組織として、そして都市として、予想外の事態に対処する方法を身につける必要がある。

セレンディピティという概念を理解し、それを自らの(組織としての)日常の一部として受け入れることが重要になる。

個人もチームもセレンディピティをもっと頻繁に経験し、より良い成果を手に入れるためには、キャリアのなかで予想外やふつうではないことを安心して自由に追求すること、それを正当な権利として認められることが必要だ。

組織では、完璧な答えは誰も知らないという事実を伝えて心理的に安全な環境をつくり、改善点を積極的に提言するよう求めることが第一歩となる。

そうすればメンバーは思いがけない出会いに意識的になり、敏感になる。

またひらめいたアイデアを共有することを自己規制しないようになる★63。

組織は予想外の出来事に注目し、それを好意的に受け止めるようにしよう。

セレンディピティを経験した仲間を評価し、ふつうではない出来事に関心を持って追求してもかまわないという文化を醸成しよう。

プロジェクトの葬式のような儀式を導入すれば、うまくいかなかったことやその原因について率直に語るインセンティブとなり、適切な学びやセレンディピティにつながる。

組織内の障壁を乗り越えなければいけないときには、デジタル化や再利用可能な材料を活用するなどしてリスクを抑える努力が重要になる。

テイカーに

なることを戒め、ギバーとなるインセンティブを与えることにより、協力的文化を醸成することができる。

またロビースペースの用途を変更するなど、セレンディピティが起こりやすい物理的およびバーチャルな空間をつくることもできる。

政策立案においては、地域のマルチプライヤーに権限委譲し、それぞれの活動を拡大するのを支援するなど、好ましい環境を整えることに力を注ぐという選択肢がある。

こうしたさまざまな取り組みの根っこにあるのは、セレンディピティを管理の不備ととらえるのをやめ、好ましい組織文化の表れとみなす姿勢だ。

この転換が起きれば、組織に好ましい影響が広がる。

偶然ではなく、必然の結果として。

本章のワークアウトのテーマは、セレンディピティを育む環境づくりだ。

【セレンディピティ・ワークアウトセレンディピティを育む】1周囲の人にセレンディピティを見つけるインセンティブを与えよう。

たとえば毎週のミーティングでこう問いかけてみる。

「先週何か予想外の出来事はあっただろうか。

あった場合、それは私たちの想定(事業戦略など)に修正を迫るものだったか」。

2セレンディピティの具体例をとらえ、その重要性を示そう。

セレンディピティがどのような軌跡をたどる可能性があったか、検討する。

次のニュースレターやイベントでは、4つのセレンディピティを取り上げよう。

3心理的安全性を生み出そう。

次のミーティングでは、状況は複雑で、成功するには全員の意見が必要であることを説明する。

チームに向けてこう語りかけよう。

「先週を振り返ってみよう。

すべてがベストの状態だったと言えるだろうか」。

ミーティングのなかで、あるいはその後個人的に、メンバーがあなたにフィードバックを返しやすい状況をつくろう。

4最近あなたが担当したプロジェクトで、有望だと思っていたのにうまくいかなかったものを選び、葬式を開いてみよう。

5組織で「ランダム・コーヒー・トライアル」あるいは「ランダムランチ」を制度として取り入れよう。

たとえば買収された企業と買収した企業から社員を1人ずつ選び、一緒にコーヒーを飲んでもらってもいい。

イベントやニュースレターで、そのときの経験を共有してもらおう。

これを4回繰り返し、効果があるか見きわめよう。

6あなたが会社の経営者なら、若い世代にあなたや経営陣の日常的な活動をシャドーイングする機会を与えよう。

その後、感想を尋ねてみよう。

表面的でむしろ有害と感じられる習慣やルーチンはなかったか。

会社や製品に改善点はないか。

経営陣が気づいていない、会社を「破壊」しうる要因は何か。

7(セレンディピティが起きて)何か新しいアイデアがひらめいたら、それを支持してくれそうな人を社内外から3人選ぼう。

社内のインフォーマルな権力構造を思い浮かべ、アイデアを後押しできそうな人を考えてみる。

それから相手と気楽に会話しながら、どんな可能性があるか探ってみる。

続いて、アイデアの実現の妨げになりそうな人を3人選び、説得するか、うまく避ける方法を考えてみよう。

組織外の人材を探すため、コワーキングスペースなどマルチプライヤーがいそうな場所に出かけてみよう。

8あなたが教育者、あるいは政策立案者なら、地域のオポチュニティ・スペースを広げよう。

身近なロールモデルになりそうなメンターを、誰かと結びつけることはできないか。

★1PinaeCunhaetal.,2010.グローバル化した世界では、実態以上に「人はみな似たようなもの」と思われがちだ。

大切なことが翻訳の過程で失われてしまい、セレンディピティが起こりにくくなる。

ここで重要なのが国というバックグラウンドで、これは個人に大きな影響を及ぼす。

(国の)文化は私たちの価値観を形づくり、ひいては態度や行動を形づくる。

文化とは共有された基本的想定のパターンであり、それが価値観や観察可能なアーティファクトに表れる。

観察可能なアーティファクトとは行動、衣服、ロゴなどの記号、物理的構造(オープンオフィス・スペース)、専門用語、儀式などだ。

ただ重要なのは、文化は特定の社会集団(学校、組織、家族、国家、職業集団など)のすべて、あるいはほとんどのメンバーが共有しているものだが、静的でもなければ堅固でもないことだ。

私たちが気づいていなくても、文化的誤解は常に起きている。

どうすれば自らを鍛えられるだろうか。

たとえば認知的知識を増やし、自分自身を観察するメタ認知能力を高め、経験に基づいて知識やメタ認知を見直し、修正していくことで、文化的知性を高めることができる。

★2NapierandVuong,2013;PinaeCunhaetal.,2010.★3Kahn,1990.★4Edmondson,1999.以下も参照。

https://hbr.org/ideacast/2019/01/creatingpsychologicalsafetyintheworkplace.★5Catmull,2008.★6https://hbr.org/ideacast/2019/01/creatingpsychologicalsafetyintheworkplace.★7Nonaka,1991.★8https://hbr.org/2017/10/researchforbetterbrainstormingtellanembarrassingstory.★9Sutton,2001.★10Cleggetal.,2002;Pitsisetal.,2003.★11Gyori,GyoriandKazakova,2019.★12MertonandBarber,2004.★13BuschandBarkema,2019.★14PinaeCunhaetal.,2010.★15Isaacson,2011.★16Yaqub,2018.★17ZahraandGeorge,2002.★18Czarniawska,2014.★19Austinetal.,2012.★20https://deloitte.wsj.com/cio/2015/06/02/singularitysismailondisruptiveexponentials/.★21Stingetal.,2019.★22PinaeCunhaetal.,2010.★23www.youtube.com/watch?v=fW8amMCVAJQ.★24Austinetal.,2012.★25JeppesenandLakhani,2010;VonHippelandvonKrogh,2016.★26Regner,2003.★27Graebner,2004.★28https://work.qz.com/1174504/whyitssmarttoletemployeeslunchwithcompetitorsandpayforit/.★29HargadonandBechky,2006;NapierandVuong,2013.★30FosterandFord,2003.★31Bunge,1996.★32Dunnetal.,2008.★33ここにはワーク・タスク環境と、仕事の種類そのものが含まれる(McCayPeetandToms,2010)。

★34www.nytimes.com/2013/04/07/opinion/sunday/engineeringserendipity.html.★35同上。

Silverman,2013.★36Burt,2004.★37www.nytimes.com/2013/04/07/opinion/sunday/engineeringserendipity.html★38HallenandEisenhardt,2012.★39Guyetal.,2014;McCayPeetandToms,2018.

★40www.nytimes.com/2013/04/07/opinion/sunday/engineeringserendipity.html.リンゼーはニューヨーク大学(NYU)運輸政策・経営ルディンセンターの客員研究員であり、ジョン・カサルダとの共著『Aerotropolis:TheWayWe’llLiveNext』がある。

★41AdnerandKapoor,2010;KapoorandAgarwal,2017;NambisanandBaron,2013.★42BrafmanandBeckstrom,2006.★43バランスの良い見解として以下を参照。

https://hbr.org/2016/07/beyondtheholacracyhype.★44www.wsj.com/articles/SB118841662730312486.★45Hageletal.,2012.★46BaldwinandvonHippel,2011;Staneketal.,2017.★47TheEconomistIntelligenceUnit,2016.★48Alstyneetal.,2016.ただし企業規模と一体感の間にはトレードオフが存在する可能性がある。

通常、私たちは比較的少数の人としか信頼関係を構築できず、規模と一体感の間には明確なトレードオフが存在する。

★49イノベーションに関するこれまでの研究は、イノベーションには2種類あると見る傾向がある。

親会社との強いつながりを活かした「漸進的イノベーション」と、親会社から離れ、自らのネットワークに新たな多様性のある人材を招き入れて成功する「革新的イノベーション」だ。

中心となる親会社に求められるリソースはそれぞれのケースで異なる。

漸進的イノベーターには社内のリソースを「活用」できるようサポートする一方、革新的イノベーターには社外のリソースの「探究」を支援することが求められる。

アイデアや機会を生み出すのには弱いつながりのほうが有効である一方、リソース活用には強いつながりのほうが有効だ(ElfringandHulsink,2003)。

財やサービスのユーザーが多すぎると輻輳など負のネットワーク外部性が生じる。

★50GouldandVrba,1982.★51同上。

以下も参照。

AndrianiandCattani,2016;Austinetal.,2012.★52ErnstandYoung,2016.当然ながらイノベーションは逆方向、すなわち企業主導で起こることもある。

しかし急激に変化する世界では、顧客がイノベーションを主導することが多い。

★53Chen,2016.★54実験的アプローチは市場全体にも応用することができる。

世界最大規模の消費財メーカーの1つ、ABインベブのCEOであるカルロス・ブリトーはリーダーズ・オン・パーパスのチームに対し、特定の市場において顧客がどの商品に賭けるべきかを教えてくれて、それがブランドの成長につながることが多いと語ってくれた。

「顧客に耳を傾けなければならない。

彼らのほうがわれわれよりよくわかっているのだから」と。

これは従業員がさまざまなことに気づくことができるかによって決まる。

アナンド・マヒンドラはこう語る。

「私が組織行動について最初に学んだのは、さまざまな箱をつくることはできるが、そこに誰を入れるかによって箱の形が決まるということだ。

仕事の内容を再定義するのは人だ。

組織は私たちが考えるほど階層的なものではない。

組織は不変ではなく、社員が箱の形を自由に変えられるだけの柔軟性は常にある。

常に動きがある」★55原子炉の運用など絶対に失敗が許容できない環境では、ルーチンが存在するのには正当な理由がある。

しかしこのような環境でも、とりわけ危機的状況などセレンディピティが重要なときもある。

他の文化についても同じことが言える。

他の文化よりヒエラルキーが重視される文化もあり、そこでは従業員が自発的に行動するより指示を待つ傾向がある。

同じように「男性的」社会には特定のジェンダー規範がある(Gesteland,2005;Hofstede,1984;Houseetal.,2004)。

★56以下も参照。

www.centreforpublicimpact.org/theserendipityofimpact/.★57Hageletal.,2012.★58www.cnbc.com/2016/08/09/zapposceotonyhsiehwhatiregretaboutpouring350millionintolasvegas.htm.★59HallenandEisenhardt,2012;WestphalandZajac,1998.★60Rowsonetal.,2010.★61ChananandMiller,2010.★62www.centreforpublicimpact.org/insights/theenablingstatehowgovernmentscanachievemorebylettinggo.★63PinaeCunhaetal.,2010.

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