第 3章数的根拠を使って大きな決断をしていますか?
1 その広告、本当に効果があるの? 2 こういう時こそ、客観的なデータを使う 3 売上高と雑誌広告費の関係を掴む 4 一方、売上高とメルマガ配信数の関係は? 5 これまでの仕事の仕方を反省しよう
1 その広告、本当に効果があるの?広告宣伝の仕方を疑い始める 翌日の午後 3時、木村と智香は職場近くのカフェにいました。
アジアンテイストの店内は BGMも心地よく、客層もいわゆる「オトナ」。
店内はほどよく静かでリラックスできる空間です。
この日、木村は朝からずっと会話が上の空。
何かボーっと考え事をしているようです。
そんな木村の様子を見た智香が、一緒に外に出ることを提案したのです。
「先輩、どうしたんですか? ボーっとして」 「え? ああ、ちょっと考え事をしていただけだ」 「広告宣伝費のことではないですか?」 「……!(ギクッ)」 鋭い智香の指摘に、木村の顔が引きつります。
実は木村の中にある疑問が生まれていたのです。
それは、もしかしたら広告宣伝費をこれまで必要以上にかけていたのではないかということ。
実際、先日のデッドラインの議論においても問題提起されたテーマでした。
「先輩、ずっとお聞きしたかったことがあるのですが」 「あ? 何だよ」 「なぜ、ファッション誌に広告を出しているのですか?」 「え? なぜって……俺に言わせれば、何でそんな質問をする必要があるのかが理解できん」 「いいから答えてみてください」 「フン! そんなの当たり前だろ! ターゲットとなる女性、特に 20代の OLを WIXYのファンにさせるためにはこれ以上ない媒体だからだよ」 これまで WIXYというブランドの広告宣伝は、ほぼ木村が主導してきた仕事です。
そして、その内容はほとんどがファッション誌への広告出稿。
ファッションを提案し、ブランドを認知させ、ファンをつくるためにはファッション誌が最高の媒体であると、木村は信じて疑わなかったからです。
突然のインタビュー 「少なくとも私はファッション誌を読んだとして、〝こんな感じの服がほしいな〟とは思うかもしれませんが、〝このブランドで買おう〟とはあまり思いませんが」 「オマエは珍しいタイプだから参考にはならない」 「そうでしょうか。
それは広告を出す側の思い込みということはないでしょうか。
先輩は、いまのやり方で本当にいいのか疑うことを避けていないでしょうか」 「……」 実は「薄々、俺もそんな気がしている」と思っている木村なのですが、プライドが邪魔をしてしまい自らそれを認めることができません。
そんな木村の様子を見た智香は、近くを通った 20代前半くらいの女性店員に突然声をかけました。
「あの、ちょっとすいません」 「はい、何かご用でしょうか?」 「お仕事中にごめんなさい。
私たちアパレル企業に勤めているんですけれど、ちょっとだけ聞きたいことがあるんです。
質問は3つだけなのですぐに終わりますからご協力いただけませんか?」 「は、はあ。
かまいませんけど」 「ありがとうございます!」 呆気にとられている木村を横目に、智香はさっそく質問を切り出します。
「普段、ファッション誌って買って読んでいますか?」 「いえ、ほとんど買いません。
だって分厚くて持って帰るの重いし……」 「なるほど。
ではファッションは何を参考にしているんですか?」 「う ~ん、たまたま入ったお店のディスプレイとかかなぁ。
あとは街中の同世代の人の服装とかは、すごくチェックしちゃいますね」 「ありがとうございます。
ちなみになぜファッション誌で登場する有名なモデルさんとかのコーディネートは参考にしないのですか? 可愛いじゃないですか」 「だってリアリティないですもん。
確かにモデルさん可愛いし素敵だなとは思います。
でも、体型や脚の長さとか、私と全然違いますから(苦笑)。
それだったら普通のショップスタッフさんの着こなしとかのほうがよっぽどイメージしやすいかなぁ」 「そうですか。
ありがとうございます。
助かりました(ニコッ)」 「あ、いえ。
どうぞごゆっくり」 会釈をして戻る女性店員の姿を目で追う木村の表情は、とても複雑な心情を表していました。
2 こういう時こそ、客観的なデータを使う客観的なデータから推理すると…… 「フンッ。
あくまであの店員のイチ個人の意見だろ。
やっぱりファッション誌で有名モデルの可愛い姿を見て興味を抱き、そのブランドをチェックしてショップに足を運んで服を買う女性だってたくさんいるはずだ!」 「そうかもしれません。
でも、裏を返せばそうではないかもしれません」 「……」 「先輩、たとえばいま表参道店の 1日の購入者数は平均すると何名くらいですか?」 「だいたい 10名くらい」 「ではその中で、先輩のおっしゃる〝ファッション誌で有名モデルの可愛い姿を見て興味を抱き、そのブランドをチェックしてショップに足を運んで服を買う〟お客様は何人くらいだと思いますか?」 「そんなことわかるわけないだろ」 「もちろん正解は誰も知りません。
でも想像してみてください」 木村は目線を下に向け、じっと考えてみることにしました。
しかし、何をどう考えたらよいかわからず、何だか面倒くさいと感じてきました。
「まあ半分くらいじゃないかな」 「私は 1・ 5人と推定します」 「へ? 1・ 5人?」 当然のように具体的な数字を口にしてきたことに木村は驚きました。
いったいどのようにして智香は 1・ 5人と弾き出したのでしょうか。
「今朝、ある調査機関のデータを探してみたら 20代 ~ 30代女性の約 7割はファッション誌をまったく購入していないそうです。
読んでも立ち読みか美容院で流し読む程度だとか」 「……」 「しかも、定期的にファッション誌を読んで自分のファッションの参考にしている人はたった 15%だそうです」 「……」 「あくまで仮にですが、そのデータが実態に近いとすると、単純に考えれば表参道店の 10名のお客様のうち WIXYが定期的に掲載されているファッション誌を読んでいる人は 15%だから 1・ 5人です」 「1・ 5人……」 「裏を返せば……」 「わかってるよ。
残りの 8・ 5人はファッション誌を読んでいなくても WIXY表参道店で買い物をしているということだろ!?」 「その通りです。
本当に〝半分くらい〟と認識したままでいいのでしょうか?」 智香の思考は決して難しい数学的理論ではありません。
客観的なデータを調べ、それが実態に近いと仮定し、自分たちのビジネスに置き換えた。
ただそれだけのことです。
しかし、ただそれだけのことを木村はいままでしたことがありませんでした。
ファッション誌のチカラを証明したい 智香は言葉を続けます。
「いま私たちにとって大切なのは一般論ではなく、どこかのデータを使って推定するだけでもなく、 WIXYのターゲットとなる OLさんたちが実際どうなのか、そしてファッション誌の広告出稿は売上という成果にリンクしているのかを確かめることではないでしょうか」 「確かにその通りだ。
どうにかそれを明らかにしてファッション誌のチカラを、いや俺の仕事の正しさを証明したい。
何か方法があるのか?」 「はい、あります。
毎度で恐縮ですが、数字を使えばいいんです」 「でもさ、ファッション誌は言うまでもなく雑誌。
つまり紙媒体だぞ」 「はい、もちろんわかっています」 「インターネットのバナー広告みたいに反応率を数字で正確にキャッチしたりできないだろ?」 「はい、その通りです」 「じゃあ、いったいどうやって売上と広告出稿との関係を確かめるんだ?」 木村の言う通り、ファッション誌を読んで反応し、来店し、購入したお客様がどのくらいいるのかを正確に数字で把握することは現実的には不可能です。
智香はどうやってアプローチするつもりなのでしょう。
「先輩のご指摘は正しいと思います。
しかし、だからと言って何もしないと、いつまで経ってもいまの仕事の仕方がよいのかどうか評価ができません」 「……」 「大前提として、いま私たちにとって最も大切なことは足元の売上を V字回復させること。
これはどう思われますか?」 「ああ、その通りだ」 「ということは広告費用をかけたらかけただけ同時に売上も連動して増えてくれないと困る。
これはどう思われますか?」
「まあ広告宣伝だから……そういうことになるな」 「先輩としては当然、雑誌広告はお金をかければかけるほど、よいものができるので売上にも好影響がある。
そう思って仕事をされているんですよね?」 「ああ、当然だ」 「それを大まかに評価する方法ならあります」 「そうなのか!?」 「はい、もともと正確なデータなど存在しないテーマですから、別のアプローチを使って大まかに調べてみます」 「よし! じゃあ、いますぐ会社に戻ってそれをやろう!」 朝からボーっと考え事をしていた時とは別人のように、木村の目が輝いてきました。
智香はオフィスに戻るとすぐにあるデータを開いて眺めます。
そのデータとは、先日、木村が近藤と奈々にデータ収集を指示した「ファッション誌の広告出稿費用」と「メルマガの配信数」。
智香はすぐにこの数字が発しているメッセージを掴みました。
「先輩、この件は私に預けていただけませんか」 「ん? 丸投げでいいってことか?」 「はい」 「いいのか? じゃあ、頼む」 「あの、先輩……」 「ん?」 「そのかわり、明日のどこかの時間帯で緊急の会議を開きたいのでメンバー招集をお願いできますか? できれば社長も同席で」 「ふ ~ん、わかった。
いまからメンバーを調整しておくよ」 智香は視線をデータに戻します。
このデータが教えてくれることを明日どう木村に伝えるべきか、智香は珍しく悩んでいました。
「まあ広告宣伝だから……そういうことになるな」 「先輩としては当然、雑誌広告はお金をかければかけるほど、よいものができるので売上にも好影響がある。
そう思って仕事をされているんですよね?」 「ああ、当然だ」 「それを大まかに評価する方法ならあります」 「そうなのか!?」 「はい、もともと正確なデータなど存在しないテーマですから、別のアプローチを使って大まかに調べてみます」 「よし! じゃあ、いますぐ会社に戻ってそれをやろう!」 朝からボーっと考え事をしていた時とは別人のように、木村の目が輝いてきました。
智香はオフィスに戻るとすぐにあるデータを開いて眺めます。
そのデータとは、先日、木村が近藤と奈々にデータ収集を指示した「ファッション誌の広告出稿費用」と「メルマガの配信数」。
智香はすぐにこの数字が発しているメッセージを掴みました。
「先輩、この件は私に預けていただけませんか」 「ん? 丸投げでいいってことか?」 「はい」 「いいのか? じゃあ、頼む」 「あの、先輩……」 「ん?」 「そのかわり、明日のどこかの時間帯で緊急の会議を開きたいのでメンバー招集をお願いできますか? できれば社長も同席で」 「ふ ~ん、わかった。
いまからメンバーを調整しておくよ」 智香は視線をデータに戻します。
このデータが教えてくれることを明日どう木村に伝えるべきか、智香は珍しく悩んでいました。
3 売上高と雑誌広告費の関係を掴む緊急会議! 翌日の午前中、智香の発案により緊急会議が開かれることになりました。
メンバーは、いつもの営業部員全員、そして社長の佐野です。
「私が営業部の会議に呼ばれるなんて久しぶりだよ(ニヤニヤ)」 「社長、お忙しいところ申し訳ありません」 「いやいや、そういう意味じゃない。
たまには現場の会議に参加することも重要だ。
逆に感謝するよ」 相変わらずニヤニヤした表情で佐野は語りかけてきます。
もう少し締まった表情をすればいいのに、と智香はいつも思っているのですが、それを口に出したことはありません。
「では始めます。
すでにお伝えしている通り、議題は WIXYの広告宣伝活動を検証し、今後の方針を決定することです。
表参道店プロジェクトも走っておりますので、極めて重要な議題ゆえ、社長にご同席いただきました」 「できれば結論から言ってくれ。
みんな忙しいから」 「わかりました。
では結論から申し上げます」 ひと呼吸置き、意図的にいつもより少し大きな声で智香はメンバーに伝えました。
「ファッション誌への広告出稿は、いますぐストップするべきです」 「……何!?」 「え? ストップ?」 「い、いますぐ?」 「つまり、ファッション誌への広告出稿は表参道店の再生には貢献しないということかな」 「いくつか細かい補足はありますが、おおよそその通りです」 この主張は、事実上このチームでこれまでやってきた仕事を全面否定することになるものです。
だからこそ智香はどう伝えるべきか悩みました。
しかし、伝えるべきことはしっかり伝えなければなりません。
「ちょっと待て! じゃあ何か? ファッション誌への広告出稿を何よりも重要視してきた俺の仕事の仕方は間違っているってことか?」 「……」 「ふざけるな! 俺は誰よりもファッションを愛しているし、 WIXYを有名にしたいと思って仕事をしているんだ! 経験だってある。
その俺がファッション誌が最も重要だと判断しているんだよ! 理屈ばかりの数字アタマに何がわかるっていうんだ!?」 「木村」 佐野社長の一言で木村はハッと我に返りました。
言い過ぎたことも自覚しています。
しかし、これまで思いを込めてやってきた仕事を全面的に否定されたことがどうしても我慢できませんでした。
「柴崎さんの話を聞こうじゃないか」 「……」 「もし柴崎さんの主張に根拠があって、しかもそれが正しいと考えられるのであれば、逆にそれをいままで気付けなかった我われに問題があるということになるんじゃないのか? 感情を表に出すのは、話を聞いてからでも遅くはないだろう」 「……はい。
すいません」 「柴崎さん、詳しく説明してもらえるかい?」 「はい、わかりました」 智香は準備してきた資料を配り、説明を始めます。
相関係数って何だっけ? 「以前、先輩から近藤さんと島田さんにデータ収集を依頼した件がありましたね」 「はい。
ファッション誌の広告出稿費用と……」 「メールマガジンの配信数です」 「そうです。
お 2人がまとめてくれたデータを活用させていただき、売上高と関連が強いのがいったいどちらかを調べてみました」 「そういう時は〝相関係数〟を使うんだったよな。
確か以前に柴崎さんがみんなに話してくれたね」 異なる2つ(今回の場合は売上高と雑誌広告費用、あるいは売上高とメルマガ配信数)の数字の変化にどのくらい関連性があるかを数学的手法を用いて数値で捉えることができることを、以前このメンバーは智香からレクチャーされていました。
「相関係数って……何だっけ?」
「え、先輩忘れちゃったんですか?」 「ワタシ覚えてま ~す ♪」 「では近藤さんと島田さん、いまここで簡単に説明していただけますか? みなさんで再確認しましょう。
以前に私が説明したように、その数字の意味合いと使い方さえ知っていれば OKで、厳密な数学的理論は知らなくても大丈夫です。
要はどういったものなのかを簡単に説明してください」 突然バトンを渡され、少々戸惑う 2人。
思わぬ展開に佐野社長も「何だか面白そうだな」とニヤニヤしています。
「えっとですね……たとえば気温が高くなればアイスクリームはたくさん売れます」 「まあ普通そうだな」 「つまり、気温とアイスクリームの販売数は〝相関関係がある〟と推測できます」 「ふむ」 「その相関関係がどのくらい強いものなのかを数値化したものが〝相関係数〟であり、これは-1から 1の間の数値になります」 「その数値が 1に近ければ近いほど、正の相関関係が強いって解釈するんでしたよね。
たとえば、 0・ 8とか 0・ 9とか」
「その逆に負の相関というのはたとえば気温が上がれば上がるほどホットコーヒーの注文数は減る、みたいなことですね。
相関係数は-1に近ければ近いほど負の相関関係が強いって解釈するんでした」 「そうだった。
思い出したぞ。
正の相関っていうのはいわゆる正比例のこと、負の相関というのはいわゆる反比例のことだよな」 「その通りです。
近藤さん、島田さん、ありがとうございます」過去のデータが教えてくれること 「懐かしいな、相関係数。
私も昔そんな勉強をしたよ。
さて、そろそろ本題にいこうか?」 「はい。
表参道店の昨年1月から 12月までの月別売上高と各月で表参道店に〝実質かけた〟雑誌広告費用をざっくり概算し、表にまとめました」
「柴崎さん、ファッション誌は全国展開ですから表参道店の PRのみを目的としてはいないんですが、表参道店に〝実質かけた〟雑誌広告費用はどう計算したんですか?」 「いいご質問です。
毎月かけている広告宣伝費の半分を旗艦店である表参道店分として考え、そのうち雑誌広告は 8割と仮定して計算しています」 「なるほど。
まあ実際、表参道店のスタッフを登場させたり店内の写真を使ったりしているからな。
概算のロジックとしては問題ないと思うよ」 「はい。
そこでこの数字で散布図をつくってみました」
「散布図っていうのが……このグラフのことですか?」 「そうです。
横軸を雑誌広告費、縦軸を売上高としてこのデータをグラフ化したものです。
散らばり具合が一目瞭然になりますね」イレギュラーな数字は除いて分析 「う ~ん、何だかバラバラだな。
はっきり比例・反比例の関係になっているとは言い切れない分布な気がするが……」 「ちょっと待ってください。
1月と7月はそもそもちょっと前提が違うのではないでしょうか」 「え? どういうことですか?」 「実は近藤さんのおっしゃる通りなんです」 「どういうことだ?」 「先輩、ファッション誌への出稿金額が最も少ない月はいつでしょうか?」 「セール期だ。
1月と7月」 「そうです。
では、その1月と7月の売上高はどうなっているでしょうか?」 「えっと、売上高は通常月よりも圧倒的に伸びる……」 木村がハッとした表情を見せます。
他のメンバーも同じポイントに気付いたようです。
「そうか! セール期だけはイレギュラーな動きをしているってことか」 「そうなんです。
だから1月と7月は除いて相関を分析してみないといけません」
「あ、こうなると何となくだけど正の相関っぽく見えますね。
でもちょっとバラツキが多い気がします」 「ええ、私もそう思います。
そこでエクセルの関数を使って、相関関係がどの程度かを教えてくれる相関係数を算出してみました(次の図参照)」 「確か関数は『 = CORREL』だったね」
「柴崎さん、相関係数はひとつの基準としていくら以上でないと強い正の相関があるとは言えないんでしたっけ?」 「絶対的なものではありませんが、一般的には 0・ 7程度です」 「じゃあ、相関係数が 0・ 42っていう数字では、それほど相関関係はないってことですか!?」 「つまり雑誌広告にお金をかけた月がそれに比例して売上高も伸びているとは言い切れないってことか……」 「先輩、セール期以外はいわゆる実売期にあわせて雑誌広告も出稿されているのではないですか?」 「……まあそうだな」 「だとするならば、雑誌の効果で数字がアップダウンしているのではなく、単に時期的要因で売上はアップダウンしているとも考えられませんか? これがもし相関係数が 0・ 9など極めて高いのであれば話は別ですが」 「……」 「……」 「……ショックだ。
あんなに手間をかけて誌面構成を考えたり、モデル撮影をディレクションしたりしたのに、売上高と相関関係がないなんて……」
4 一方、売上高とメルマガ配信数の関係は?メルマガと売上高の相関 落ち込んでいる木村をチラリと見てから、佐野社長が先を促します。
そう、まだこの議論は始まったばかりなのです。
「でも、まだ話は終わっていないよね」 「はい。
もう一方のメルマガについても調べてみないことには私の主張の根拠にはなりません」 智香は資料の先に目を通すようメンバーに促します。
「おや、このメルマガ配信数は〝人数〟なの? 配信した〝総数〟なの?」 「これは配信した総数です。
現在は表参道店のメルマガ登録者は 200名弱ですが、日々新たな登録者もいれば解除者もいるので常に変動しています」 「なるほど」 「昨年のセール期は割引などのニュースもたくさんありましたから、一人のお客様にネタを変えて 2 ~ 3回配信することもあったようです。
島田さん、そうですよね」 「はい、そうです。
あとは一部の上位顧客の方を別で管理して、新作が入った時とかは優先的にお知らせするようにしていました。
正直、忙しい時は後回しにしてたんですけど……」 「このデータを先ほどと同じく散布図にしてみると……」 「おっと、これはわかりやすい結果だな……」
「バラツキが全然ない!」 「明らかに正の、しかも強い相関があります」 「そしてその程度を測るために同じように相関係数を算出しました」
「0・ 96だって!? マジかよ……ほぼ〝 1・ 0〟だ」 「いや ~これだけはっきり数字で出てしまうと、私も何も言えんなぁ」 「ワタシ、こんなにメルマガがお店の売上とリンクしてるなんて全然知らなかった……」 「ボクも。
正直、メルマガの仕事は片手間でやっていました。
ファッション誌での露出が何よりのプロモーションだと勝手に思い込んでいましたから」 どうやらメルマガ配信数と売上高には極めて強い正の相関があることがわかったようです。
メンバーも驚きを隠せません。
しかし、智香にはまだメンバーに伝えなければならないことがありました。
「確かに相関係数 0・ 96という数字は極めて強い正の相関があると教えてくれています。
でも……」 「でも、何だよ?」 「だからと言って、必ずしもメルマガを読んだからお店で購入してくれていると断定することはできない、かな?」 「ええ、その通りです」 「ちょ、ちょっと待て! じゃあこの分析結果を俺たちはどう解釈したらいいんだ?」 木村の言う通りです。
雑誌広告にしてもメルマガにしても、相関関係の分析だけで何かを断定することはできないとするならば、この結果からいったい何を結論づければよいのでしょうか。
メンバーは智香の言葉を待ちます。
「確かにこの結果だけで、メルマガを配信すれば売上高も比例して増えると言い切ることはできません。
しかし、少なくともこういうことは言えます」 「……?」 「ファッション誌への広告費用を、かければかけるだけ売上高に好影響を及ぼすという我われの先入観は極めて疑わしいということ」 「……」 「そして、まったくチカラを入れていなかったメルマガ配信が売上高に影響を及ぼす可能性が高いという仮説が生まれること」 「……」 「これまで何のロジックもなく、そして片手間で行ってきたにもかかわらず強い相関があるということは……」 「しっかり体系立てて戦略的に仕事をすれば、メルマガ配信は大きな武器になるかもしれない。
少なくともその可能性はあると」 「はい、その通りです」 「なるほど……」 「……」 「……」 木村は完全に言葉を失いました。
必死に言葉を探します。
反論したい。
このままでは自分が正しいと信じてやってきた仕事が完全に否定されてしまう。
しかし、とうとう言葉は見つかりませんでした。
5 これまでの仕事の仕方を反省しよういま本当に注力すべき仕事は…… 智香は自分の主張をまとめます。
智香自身、いま決して気持ちがいいわけではありません。
しかし、表参道店がこれから V字回復するために、木村という社内のエースをはじめ、いまここにいるメンバーがさらに成長するために、心を鬼にして言わなければなりませんでした。
「私の主張をまとめます。
大変残念ですが、先輩がこれまで一生懸命やってきたファッション誌の広告よりも、近藤さんや島田さんが空いた時間に片手間でやっていた既存のお客様へのメールマガジン配信という仕事のほうが、売上高に影響する可能性は高いということなんです」 「……」 「そして、後者の施策にかかるコストは実質ゼロです。
もちろん作業している 2人の人件費など細かい費用は発生していますが、数か月という時間と何百万円ものお金を一度にかける雑誌広告とでは雲泥の差です」 「……」 「そのことを認識しようともせず、本来注力するべきではない仕事に注力し、逆に注力するべき仕事を軽視していたこのチームの仕事の仕方は、私は反省すべきだと思います。
もちろん、私ももう 1年近くここにいるわけですから、私も含めてですが」 最後の言葉は、メンバーはもちろんのこと、部長の福島や社長の佐野にも深く突き刺さりました。
静まり返った会議室。
口火を切ったのは佐野でした。
「柴崎さんの言う通りだね。
これは私にも責任の一端はある」 「いえ、部長の私がちゃんと見ておくべきものでした。
何せ文系を言い訳にしてこういうマネジメントをすることを避けてきましたから……」 「木村、どう思う?」 「……はい。
責任を感じています」 「いや。
〝責任〟は我われマネジメントにある。
キミはそんなことを感じる必要はない。
〝責任〟を感じるのではなく、〝反省〟して次に活かしてくれればいい」 「わかりました」 3か月以上先に計画している雑誌広告出稿はまだ契約を交わしていません。
結論として、それ以降のものについてはいったんストップすることに決めました。
ブライトストーン社にとって、これはかつてないほど大胆かつ大きな方針転換ですが、最終的には同席していた佐野社長がその場で判断しました。
結果、この込み入った議論の説明を社長に再度する必要はなく、このまますぐに全社的な意思決定となったのです。
「……(もしかしたら柴崎は、そこまで計算して社長を同席させてほしいと言ったのか?)」 ふと木村は智香の横顔を見ながらそんなことを感じていました。
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