MENU

第 5章ビジネスの勝敗は、 90%の情熱と 10%の四則演算で決まる

第 5章ビジネスの勝敗は、 90%の情熱と 10%の四則演算で決まる

1 いよいよ明日は決戦の日 2 大ピンチ! そのインパクトを数字で捉える 3 1%と 0%の選択

4 V字回復への布石 5 「足し算」ではなく「掛け算」で考える 6 90%の情熱と 10%の四則演算おわりに

1 いよいよ明日は決戦の日私たち仲間ですから 明日は FLAP表参道店オープンの日。

いよいよ表参道店プロジェクト最大の勝負どころを迎えることになりました。

そんな日のランチタイム、珍しく智香は木村を食事に誘いました。

「何だよ、珍しいな」 「ええまあ。

ちょっとお聞きしたいことがありまして」 2人ともオーダーを終え、水を口に含みます。

「この 1週間の FLAPのメディア露出はすごいですね。

テレビの情報番組、ファッション誌、昨日はラジオでもオープンを告知していました」 「ああ、そうだな」 「何でも、有名ファッションモデルの重原ユリを使って、ミニファッションショーを店内でやるとか」 「相変わらずカネかけてるよな ~」 智香が再び水を口に含みます。

どうやらこの話が本題ではないようです。

「……で、何?」 「FLAP表参道店の店長のことです」 「……大沢のことか」 「単刀直入にうかがいます。

あの人と何かあるんですか?」 「……」 「ずっと気になっていました。

何と言いますかその……もし何かあるのでしたらお話ししてもらえませんか。

私たち一応……仲間ですから」 最後の「仲間ですから」の時に思わず目を逸らしてしまう智香。

木村は小さくため息をつきます。

どうやら智香には話さなければいけない時がきたようです。

「わかった。

じゃあとにかく俺が話し終えるまでは黙って聞いていてくれ」 「わかりました」木村と大沢の過去 木村はこのブライトストーン社にくる以前、あるブランドのショップスタッフとして活躍していました。

同期だった大沢も優秀な販売員であり、 2人はすぐに「 2トップ」なる表現で比較され、常に競争を強いられる関係になりました。

ある時、人事異動にともない、ひとつのショップの店長をどちらかに任せることになり、結果的には大沢が抜擢されることになったのです。

「なぜ先輩ではなかったのですか?」 「いいから黙って聞いてくれ」 実はこの大沢、ファッションに対する情熱や愛情のようなものはほとんど持ってはおらず、極めてビジネスライクな思想の持ち主。

実際、売れるためならお客様に平気でウソをついたり、陰で「似合わない」とお客様をバカにする発言も一度や二度ではありませんでした。

まだまだ在庫が残っている商品を「これが最後の 1点です!」と臆面もなくセールストークできる大沢を、木村は心の中では軽蔑していたのです。

「……」 「まあしかし、結果を出したのはアイツだった。

だからアイツが店長に選ばれ、俺は言わば敗者ってことになった」 「……」 「アイツに言われたんだ。

〝木村はビジネスマンじゃない。

ただのファッション好きだ〟と」 「……」 「〝服を売ることが俺たちのビジネスのはずだ。

だから売ってナンボ。

木村にはそういう泥臭さみたいなモンが足りない〟だと」 「……」 「……オマエもそう思うか?」 珍しく智香は動揺しました。

どう答えればよいかわからなかったからです。

「……そうですね。

50%は正しいかもしれません」 「こんな質問にも、数字を入れて答えるんだな……(苦笑)」 木村はさらに言葉を続けます。

「アイツはさらにこう言ったんだ。

〝俺は木村のようにファッション好きではないし、この仕事に対する情熱も正直あまり持っていない。

でも、ビジネスマンとしては木村にはまったく負ける気がしない〟と」

「……」 そんな大沢にポジションをとられたことが、当時の木村には悔しくて仕方がありませんでした。

そして、この会話がいまでも大沢を認めることができないでいる理由なのです。

「だから〝絶対に負けられない〟だったんですね」 「まあそういうことだ」 「お話ししていただいてありがとうございます」 「……仲間だからな、一応」 「あの、ひとつ忘れないでほしいんですけど」 「あ?」 「先ほどの 50%のことです」 「……?」 その時、テーブルに料理が運ばれてきました。

2人の会話が中断します。

智香が何を言おうとしたのか、木村には見当がつきませんでした。

「……」 「おい、何だよ?」 「裏を返せば、 50%は間違っているということです」 「……?」 「美味しそうですね。

いただきましょう」 その後、黙々と料理を食べる 2人の姿がそこにありました。

2 大ピンチ! そのインパクトを数字で捉える FLAP表参道店オープン! その日、 FLAP表参道店には朝から長蛇の列。

ブライトストーン社のオフィスからもそれははっきり見えました。

予想をはるかに上回る集客に、木村はメディアのチカラの大きさを痛感していました。

しかし、相手は相手。

ここまできたら、これまでプロジェクトリーダーとして決めてきたことを忠実に実行するまでです。

「うわ ~! すっごい行列」 「みんなモデルの重原ユリがお目当てなんですよ、きっと」 「ちょこっと店頭ディスプレイを盗み見てきたけれど、ウチの主力商品のひとつとそっくりのワンピースを使っていたよ」 「え? もしかして小花柄のやつですか?」 「そう。

本当にガチンコ勝負だな、これは」 そしてついにオープン時間。

ドッと FLAP表参道店に人がなだれ込みます。

WIXY表参道店も開店。

いまごろ店内には全品 10%オフの文字が躍り、販売スタッフも最高の笑顔とご挨拶でお客様を迎えているはずです。

いよいよ大事な 1日が始まる……そんな時、木村の耳に信じられない情報が飛び込んできました。

主力商品のワンピースが…… 「先輩! 大変です!!」 「ん? どうした?」 「小花柄のワンピースが……」 なんと、ファッション誌やホームページにもメインで掲載していた小花柄のワンピースに不良が見つかったのです。

「今日から売場に出すために、ずっとストックルームで保管していたらしいんですが、いざ商品を出してみるとすべて肩紐の左右の幅がだいぶ違っているみたいで……」 「そんなバカな! 信じられん!」 さすがに木村もこんな経験は初めてでした。

本来は入荷時にストックルームで商品のチェックをするべきですが、忙しいスタッフがひとつの商品を細かい部分までチェックすることは現実的には不可能でした。

しかし、事態は切迫しています。

すぐに対応策を指示しなければなりませんでした。

「……仕方ない、小花柄ワンピースは店頭には出せない。

それ目当てで来店されたお客様には誠心誠意お詫びすること」 「わかりました。

スタッフに指示してきます」 ところが、事態はここから最悪な展開に進んでいくのでした。

最優良顧客からの大クレーム! 営業部の電話が鳴ります。

嫌な予感を覚えつつ、木村はその電話を取りました。

電話は智香からです。

「先輩、いま表参道店にいるのですが、東山様というお客様が小花柄ワンピースの件で責任者を出せと。

とりあえず、いま店長が応対していますが収拾がつきません。

他のお客様のお買い物にもご迷惑になっている状況です」 「東山様……?」 木村はすぐにそのお客様が誰かがわかりました。

木村自身は面識がないものの、年齢は 30代前半であり、月に 2 ~ 3回は表参道店に顔を出す、言わばこのショップの最優良顧客です。

「わかった。

いまからすぐに俺がショップに行く。

とりあえず東山様には、営業責任者がすぐに参りますのでと伝えてくれ。

あとはその場で対応を考える」 「わかりました」 木村はオフィスを飛び出し、走って表参道店に向かいます。

ところがその頭の中では、これまでの木村には決してなかった思考回路が働いていたのです。

コトの重大さを数字でサッと捉える 走りながら、木村は瞬間的に計算をし始めていました。

超文系で数字オンチだった自分がなぜこの局面で数字をサッと持ち出して考えているのか、他でもない自分自身が不思議に感じながら。

「……この『東山様』というお客様は月に 2 ~ 3回はご来店し、何かしら購入いただける超 VIP客。

客単価はざっと 3万 3000円だから……年間のご購入額はざっくり考えて……( 33, 000(円) × 30(回) = 990, 000円)つまりこのお客様を失うことはざっくり年間 100万円の売上を失うこと?」

このくらいの概算なら木村でも瞬時にできます。

そして、この金額がいったいどのくらいのインパクトなのかを木村は必死に解釈しようとします。

およそ 100万円の売上というのがどれほど大きな意味を持つのかを。

「……昨年の 1年間の表参道店の売上高はざっと 1億 2000万円。

1日あたり……あ ~ 365で割り算とか面倒だ! ざっと 400日で計算して 1日あたり…… 30万円。

まあ確かにそんなもんか。

ということは……およそ 3日分の売上を丸ごと失ってしまうってことか?」

まる 3日間、旗艦店である表参道店を完全閉店することを想像して、木村の顔が青ざめます。

絶対にこのお客様を失うわけにはいかない、そのつもりでこのお客様には対応しなければならないと、瞬時にそう思いました。

しかし、いまどんな対応をするべきかを考える余裕まではありません。

間もなくショップに到着した木村は、息を整えて店内に入りました。

大ピンチ! そして決断 「営業責任者の木村斗真と申します。

このたびは私どもの不手際で……」 「そんな言葉はいりません!」 木村は頭を上げ、東山というその女性を見ました。

その表情は、怒りに満ちています。

「私、どうしてもほしいから、あの小花柄のワンピースを事前にお電話で仮予約したのよ! しかも今晩のパーティにどうしても着ていきたいから朝一番でここにきたの! それもちゃんと事前にこちらのスタッフにお伝えしているのよ! 商品の状態なんてアナタたちが事前にしっかり確認しておくべきことでしょ!? こんなことってあり得るの!?」 「申し訳ありません!」 スタッフによれば、近隣店舗もすべて同様に不良の状態ということで、お客様にご提供できる商品ではないという判断でした。

頭を下げながらどうするかを必死に考える木村。

しかし、どう考えてもいま WIXYでこの商品をすぐにご用意することは不可能でした。

「どうしてくれるのよ! パーティは今晩なんだけど!」 「……」 「ちょっとアナタ!?」 「東山様、私と一緒にきていただけませんか」 「はぁ!? どこへ行くのよ!?」 木村から発せられた次の言葉は、その場にいる誰もが耳を疑うものでした。

「すぐ目の前に本日オープンした、 FLAP表参道店です」

3 1%と 0%の選択ギリギリの選択! FLAP表参道店は大混雑。

30分後には有名モデルの重原ユリが店内に登場する予定です。

思惑通りの展開に、店長の大沢はつい笑みがこぼれます。

しかし次の瞬間、いるはずのない人物が店内にいることに気付き、目を丸くしました。

木村と智香、そしてその間には見覚えのない女性が一人。

「大沢!」 「き、木村? ……オマエ、何やってんの??」 「詳しく説明している暇はない。

頼みがある」 「はい?」 「こちらのお客様、小花柄のワンピースが今夜どうしても必要なんです」 大沢はチラリとその女性を見ます。

ブスッとしたその表情だけでは当然ながら何が起こっているのかを把握することなどできません。

「この店のディスプレイで使っているあのワンピース、まだ在庫残っているか?」 「ああ、この 1週間で売りまくる予定だったからな」 「こちらのお客様にその商品をご提案したいんだ。

試着させてもらえるか?」 「え? オマエ……何言ってるの?」 「だから詳しく説明している暇はない。

とにかく頼む!」 「お願いします!」 木村と智香の必死な言葉と鋭い眼差しに、大沢はいま彼らに何が起こっているのかを察しました。

「……お客様、こちらへどうぞ(ニヤッ)」 東山という女性客はブスッとした表情を変えず、無言で試着室へ。

結局、この FLAP表参道店で小花柄ワンピースを購入することになりました。

もちろん WIXYの商品と比べて若干デザインやシルエットは異なるものですが、許容範囲ということで納得してくれたようです。

とっさに数字で捉えた上での決断 「このたびは誠に申し訳ございませんでした」 買い物を終えて外に出てきた東山という女性客に、木村は再度頭を下げました。

「……」 「あ、あの……」 「ここのブランドって、アナタたちにとってはライバルよね」 「え、あ、はい……」 「あなたのお名前、木村さんでしたっけ?」 「はい」 ブスッとした表情をようやく緩め、無言ですぐさま踵を返し去っていきました。

どうにか最悪の結末にはならずに済んだようです。

しかし、大事なお客様の信頼をこんなタイミングで失ってしまった代償はきっと高くつくだろうと、木村はとても落ち込んでいます。

「先輩、質問があります」 「何だよ」 「正直に言います。

あの時、私にはこういう対応はまったく思いつきませんでした」 「あっそう」 「なぜこんな対応をしようと?」 「う ~ん」と考えるフリをしている木村。

智香は木村の言葉をじっくり待つことにします。

その時間は思いのほか、長く感じました。

「数字、かな」 「え?」 「もちろんあの場面で頭の中で細かい計算なんてしていない。

ただ、選択肢が2つあったから、どちらの対応をしたほうが、このお客様がまたウチを利用してくれる可能性が高いかな ~ってとっさに考えた」 「どういうことですか?」 「このままお客様に何もせずお詫びするだけだと、このお客様はもう二度とウチにはきてくれないだろうなと思った。

つまり 0%ってこと」 「もうひとつの選択肢は?」

「FLAPに似た商品があることは、今朝こっそりディスプレイを見ていたから知っていた。

だからイチかバチか、 FLAPの商品でとりあえず納得してくれるなら最悪のケースは免れるかもしれないって」 「……」 「FLAPに商品があるかどうかがフィフティフィフティ、つまり 50%。

なおかつそれで納得してもらえるかどうかは……まあ 20%かな。

で、さらに今後もウチを利用し続けてくれるかどうかは……せいぜい 10%がいいところか。

ということはこれをもし〝直観的確率〟として考えるならば……」 「『 0・ 5 × 0・ 2 × 0・ 1 = 0・ 01』つまり 1%ってことですね」

「そういうこと! 少なくとも 0%ではないって瞬間的に思ってね。

何となく直観的に思ったことを、ほんの少しだけ数字で確認してみたってところかな。

どうだ? 数字オンチな俺にしては上出来だろ?(笑)」 「……」 「とまあそれっぽい理屈はあるけれど、それは理由の半分」 「もう半分は?」 「笑うなよ」 「笑いません」 「目の前の〝こんな服を着たい〟という女性の願いを叶えることが、プロの仕事だと思うわけよ。

洋服というものへの愛情、ファッションを楽しみたいというお客様への愛情、みたいなものがきっとそうさせるんだと」 「……」 「……な ~んてな」 智香は軽い衝撃を受けていました。

少なくとも、自分にはあの場面で木村のような対応は絶対にできなかったからです。

絶対に負けたくない、ある意味では軽蔑の対象でもある相手に意思を持って自分たちの優良顧客を託す。

どんな気持ちだったのだろう……と。

これまでファッションビジネスでずっと生きてきた木村の哲学のようなものを、智香は初めて垣間見た気がしました。

4 V字回復への布石 1本の電話が流れを変える 昨日の FLAPオープン初日は大盛況。

今日も引き続き、たくさんのお客様が来店しているようです。

WIXYは通常とほぼ同じくらいのお客様の入りではあったものの、全品 10%オフとメルマガが効いているのか、昨日の売上は及第点という社内の評価でした。

「V字回復させるためには少しずつでもいいのでアップトレンドにしていかないといけない。

ここからが勝負だな……」 そんなことをぼんやり考えている木村に、近藤が声をかけてきました。

「あの ~先輩、バリューピーアール株式会社の『ヒガシヤマさん』という方から、いまお電話が入っているんですが」 「あ? ……聞いたことない社名だな。

きっと何かの売り込みだろ?」 「いえ、先輩を名指しでお電話いただいているんです」 「え? 俺宛なの?」 『 JFC』の記事を読んだ方からの問い合わせか何かかな……などと思いながら、木村は電話を取ります。

「お電話代わりました。

木村ですが」 「ああ木村さん、昨日はどうも」 「え? 昨日……?」 「あら、〝小花柄ワンピース〟って言えばわかるかしら」 「あっ! 昨日の東山様ですか!?」 「ええ、どうもこんにちは」 実はこの女性、驚くべきことに女性向けサービスに特化した PR会社の社長なのでした。

それを電話で説明された木村は慌ててインターネットで検索してみます。

どうやら業界でもかなり活躍している敏腕社長のようです。

「しゃ、社長さんだったんですか……」 「ええ、まだ立ち上げて 4年ですけどね」 「でも、なぜ私に直接お電話を……?」 「あなたの昨日の対応、見事でした。

私もこういう仕事をしているからいろんなビジネスの現場を生で見ているし、自称〝優秀〟な人にもたくさん会っているわ」 「……」 「だけどあなたの昨日の仕事は、なかなかできることではない」 「あ、いや……恐縮です」 「正直、服なんてどこで買ってもそうは変わらない。

でもせっかく買うなら、あなたのような方が提案するものを買いたいと思う。

だから今後もそちらのブランドを利用させていただくわ」 「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」 その場で思わず立ち上がってお辞儀をしている木村に、周囲のメンバーは何事かと見つめています。

木村が瞬間的に弾き出した「 1%」が、まさに起こった瞬間でした。

来店者数が急増した理由 「実は、表参道店のお客様がジワジワ増えてきています」 ある日の営業会議で、奈々が 1週間の来店者数推移をグラフにしてメンバーに報告しました。

「理由は 10%オフとメルマガか? おや、何か妙な推移をしているね」 「4月 3日。

ショップから何となく報告は入っていたが……このグラフを見る限り前日の倍以上だぞ」 「そうなんです。

もちろん 10%オフとメルマガもあるとは思いますけど、なぜか4月 3日に来店者が急増したんです」 「……何か特別なことしたっけ?」 「うふふ。

みなさん、実はショップスタッフにヒアリングしたところ、面白い情報をゲットしちゃったんです ♪」 「ほう、どんな情報?」 「〝東山社長のブログを見て初めてきました〟ってお客様がかなりいるって」 「何だって!?」 「東山社長って、この前先輩に電話してきた PR会社の人ですよね?」 木村は慌ててノートパソコンで検索し、東山社長のブログを確認します。

そこには驚くべきことに「私が愛用しているファッションブランド」というタイトルで、ショップの外観や試着した時の様子などを携帯カメラで撮影した上で、記事として公開していたのです。

「いま調べてみましたが、どうやら東山社長はご自身の SNSでもこの写真をシェアしているようですね。

WIXYのホームページやブログのアクセス数を調べてみましたが、こちらも4月 2日の夜から 3日にかけてアクセスが急増しています」 「なるほど。

それでこれを見た東山社長のファンが興味を持って来店しているってことか」 「先日の木村の対応がこんな形で返ってきたってことか。

よかったな」 「はい!」 笑顔のメンバーの中で、一人智香は難しい顔をして考え込んでいました。

徐々に他のメンバーも智香の異変に気付きます。

「何だよ。

何か面白くないことでもあるのか?」 「先輩、これはもしかしたらメッセージかもしれません」 「あ? メッセージ?」 「単に先輩へお礼をしたいだけなら、わざわざブログで世間に公表なんてしなくても、いままで通りこっそり WIXYを利用し続ければいいはずです」 「まあそうかもしれないが……純粋なご厚意じゃねぇのか?」 「東山社長は PRのプロです。

そして、 WIXYと FLAPが争っていることも知っているはずです」 「すまん。

何が言いたいのかよく……」 「東山社長はこう伝えたかったのではないでしょうか。

〝私が利用していると言っただけで、私の周囲や私のファンがお店にきたでしょ? それをヒントにしなさい〟と」 「……つまり、そのメッセージが東山社長からの本当の〝お礼〟だと」 その瞬間、木村の中でひらめくものがありました。

なぜ、いままでそのような発想でお客様を集めようとしなかったのか。

そんな後悔を感じつつ、木村は興奮を抑えながらあるアイデアをメンバーに語り始めました。

5 「足し算」ではなく「掛け算」で考える 3日間で通常の 5倍に! その会議の翌週、 WIXY表参道店ではご購入を決めたお客様に対し、スタッフがその場で驚くべき提案をしていました。

「お客様、もしご迷惑でなければご購入いただいた記念に私と一緒に 1枚写真を撮らせていただけませんか? WIXYのブログや SNSでご紹介したいんです」 実は営業部からこのようなご相談をお客様にするよう、突然指示が入ったのでした。

そして、必ずお客様のご了承を得ること、お名前などはいっさい公表しないこと、必ず次の言葉を添えること、という 3点を徹底するようアナウンスがあったのです。

「〝お洋服を一緒に選んだ〟というご縁を大切にし、それを忘れないように残しておきたいというのが私たち WIXYの考えなのです」 お客様の反応は上々でした。

最初は戸惑っていたお客様も、いざカメラを向けられると買ったバッグを持ってポーズを取り始めたり、買った商品を着て撮影したいというお客様まで。

WIXYのブログや SNSに掲載された自分の写真は、お客様が自ら SNSなどで情報拡散してくれます。

驚くべきことに、この施策を 3日間やっただけでホームページやブログのアクセス数は通常の 5倍に跳ね上がったのでした。

商品だけではなく体験も提供する この結果は木村の狙い通りでした。

WIXYのお客様のキャラクターを考えると、新しい服を買ったという事実は友人などにアピールしたいはずだという仮説が木村にはありました。

話は先日の会議室での議論にさかのぼります。

「……とまあこんなことをやったらどうかと思うんだ。

我われではなく、いまいるお客様に WIXYを PRしてもらおうってわけだ」 「私は賛成です。

何かの本で読んだのですが、〝モノ〟ではなく〝体験〟を提供することで人はファンになるし、周囲にすすめるようになると」 「ふむ。

つまりスタッフとの記念撮影ってのがシェアしたくなるような〝体験〟になるってことだな」 「確かに 20代で何事にもアクティブな女性って、情報収集に積極的だから、逆に情報発信にもアクティブかもしれませんね」 「ワタシなんてまさにそうかも。

美味しいお店にいったり、誰かと会ったりしたら必ず写真撮って友だちにシェアしちゃう……」 「あと、この施策がよい理由はもうひとつあります」 智香はスッと立ち上がり、ホワイトボードのマーカーを手に取ります。

「足し算」よりも「掛け算」で 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 + 1 = 10 5 × 2 = 10 「何だこれ?」 「どちらも 10という量を表現していますね」 「ああ、そんなの見ればわかる」 「ということは、 10という量のつくり方はひとつではないとも言えます」 「……?」 「先輩、以前に四則演算にはそれぞれちゃんと役割があるという話をしたことを覚えていますか?」 「え? ……そんな話したっけ?」 智香の冷たい視線が木村に突き刺さります。

智香は再び木村にその説明をすることにしました。

今回は「足し算」と「掛け算」に絞って。

足し算:複数の量をまとめる 掛け算:複数の量をさらに効率よくまとめる 「おお! そうだったな」 「つまり柴崎さんが言いたいのは、同じ 10人のお客様を集めるにしても考え方は2つあるってことだな」 「その通りです。

当然集客は効率的にやりたいもの。

だから、足し算ではなく掛け算の発想が必要になるってことです。

以前にお話しした〝効率〟も計算すると……」 智香は先ほどのホワイトボードの2つの数式に文章を書き込んでいきます。

「そうか! いま俺たちが検討している手法は、まさに〝掛け算〟の構造になっているってことだな。

そしてこちらのほうが量を集めるためには効率的だと」 「確かに掛け算ってそういう意味ですよね……」 「小学生も単に九九を覚えるだけじゃなくて、こういう授業を先生がしてあげたらいいですよね ~」 「本当にそうですよね(ニコッ)。

さあ、先輩どうしますか? FLAPはこの発想をまだマーケティングに取り入れていませんよ」 「よ ~し。

やるか!」 こうして、たった 3日間でホームページやブログのアクセス数は通常の 5倍、その後もアクセス数は右肩上がりを続けることになります。

それに連動する形で WIXY表参道店は再浮上のきっかけを掴んだのです。

もちろんそれは 10%オフキャンペーンをはじめ、現場のショップスタッフが目標値とデッドラインをしっかり認識し、効率も意識した接客を行ったこと。

そして大幅な広告費用削減、メルマガによる細やかな情報提供など、さまざまな要因が複合的に絡み合った上での結果なのは言うまでもありません。

勝ったのか、負けたのか 5月に入り、引き続き WIXY表参道店は好調を維持しています。

一方、 FLAP表参道店の客足が鈍いという声が耳に入ってきました。

オープン時は派手なイベントやメディアでの PRなどで人が集まったものの、そこで集まったお客様が再度来店していないということのようです。

「あ ~、こうなると FLAPの売上がどのくらいか知りたいなぁ」 「どうしてですか?」 「どうしてって……そりゃ〝絶対に負けられない戦い〟だからだよ。

白黒はっきりつけたいと思うのは当然だろ? まさに数字!」 「気持ちはわかります。

でもいいんじゃありませんか」 「あ?」 「表参道店プロジェクトの目的は、ライバル云々ではなく私たち WIXYの表参道店が V字回復することです。

まだまだこれからですけど、少なくともスタートとしては成功したじゃないですか」 「う ~ん……まあそうだけどなぁ」 「それに……数字なんて見なくても、先輩はこの勝負に勝ったと思いますよ」 智香らしくない意外な言葉に、木村は思わず智香をじっと見つめるのでした。

6 90%の情熱と 10%の四則演算智香からの意外なお願い その数日後のこと。

社長室には佐野社長、福島部長、そして智香と木村の 4人の姿がありました。

「さて、メンバーは揃ったよ、柴崎さん」 「はい」 どうやら智香がこのメンバーに話があるようです。

「単刀直入に申し上げます。

期間限定で、私を WIXYのショップで研修していただけませんでしょうか」 「……?」 「……?」 「はぁ?」 3人とも智香の発言の真意がまだ掴めていないようです。

「研修というのは……?」 「私にショップスタッフの経験をさせてほしいということです」 「柴崎さん、どうしたの?」 「……」 智香は小さく深呼吸をし、その理由を 3人に話し始めました。

いま、足りないもの 「この会社にきて 1年。

私の得意な数学的思考で、この会社に貢献している実感はあります。

でも、同時に足りないものがあることにも気付きました」 「それは何だね?」 「この会社の商品・サービスに対する情熱です」 「……」 「正直申し上げて、この会社にくるまではそういう類のものはビジネスではあまり重要ではないと思っていました。

数字で物事を考えられず、精神論だけで仕事をしてきた経営者が結果的に会社を潰すケースをたくさん見てきたからです」 「……」 「でも、実は数字のチカラよりももっと大切なものがあり、時にはそれがビジネスの勝敗を決めることもあるのだということを私は先輩から学びました」 「……」 「ギリギリの局面に立った時、絶対に負けられない戦いを前にした時、勝敗を左右するのは〝数字〟ではなく、お客様への愛情、商品に対する誇り、自分の信念……そんな泥臭い定性的なものが、最後にはビジネスの勝敗を分けることもあるのだと」 智香と木村は目を合わせません。

さらに智香は話を続けます。

「では、なぜ私にはこの会社の商品・サービスに対して愛情や誇りがないのかを考えました。

その結論が……」 「現場で商品に触れ、お客様に接し、商品が売れる瞬間、お客様が笑顔になる瞬間を体験していないから」 「……その通りです」 佐野社長は 2人の様子を見ながら苦笑し、結論に向けて話を進めます。

「なるほど。

柴崎さんの考えはよくわかった。

福島部長はどう思う?」 「私はぜひ柴崎さんにも現場を経験してほしいと思っています。

きっとそのほうが、この会社はもっと伸びる」 「木村はどう思う?」 「ようやくそれに気が付いたかって感じです。

というのは冗談で……いいと思います」 「ふむ、どうやら決まりだな(ニヤニヤ)」 こうして智香は 3か月間限定の研修生という扱いで WIXY表参道店のショップスタッフとして仕事をすることが決定したのです。

真の〝数字に強いビジネスパーソン〟とは? それから 1か月後。

いよいよ明日から智香は表参道店の研修生としてショップ勤務をするため、いったん営業部の仕事から離れることになりました。

「柴崎さ ~ん、ショップでのお仕事、頑張ってくださいね ♪」 「はい、ありがとうございます」 「戻ってくるまで、営業部の仕事は何とかボクたちで頑張りますから」

「ええ、よろしくお願いしますね」 腕組みをしてずっと黙っていた木村でしたが、ようやく智香に声をかけます。

「聞きたいことがある」 「はい、何でしょうか?」 「結局、仕事をするために〝数字〟って大切なのか、そうじゃないのか……」 「……」 木村はこの前の智香の話を聞いてわからなくなっていました。

結局、智香の持っている能力は仕事をする上で本当に必要なのかと。

その問いに、智香は真剣な表情でこう答えました。

「もちろん、大切です」 3人は智香の次の言葉を待ちます。

「情熱や愛情を胸に仕事をする。

これが最も大切なことでしょう。

でも、いざ勝負をかける一歩手前でほんの少しだけ数字を使う、言うなれば四則演算できる、そんなビジネスパーソンがいま実際活躍していることもまた事実です。

ちょうど私たちが今回のプロジェクトでやったように。

そして先輩があのギリギリの局面でやったように」 「……」 「自分の仕事に対する情熱に、ほんの少しだけ数字というエッセンスを添える」 「添える?」 「そうです。

〝おでん〟に〝カラシ〟を添えるように」 「そんな程度でいいのか?」 「はい。

数字ばかりの人はビジネスでは勝てないでしょう。

たとえるなら、〝おでん〟と〝カラシ〟のバランスが逆になったようなものです」 「とても食べられたモンではないな(笑)」 「ええ。

〝カラシ〟は半分もいらない。

ほんの少しだけでいいんです。

でも、もしかしたら、いまの私はその〝おでん〟と〝カラシ〟のバランスが少々悪いのかもしれません。

だから、そのバランスをこの 3か月間で調整してきます」 智香を入れた 4人に笑みがこぼれます。

きっと智香はひとまわり大きくなってブライトストーン社の営業部に戻ってきてくれることでしょう。

「数字が入っていないぞ」 「え?」 「さっきの話、とてもイイ話だと思うけれど数字が入っていない。

オマエらしくないな」 思わぬ木村のツッコミ。

しかし、その木村の表情は満面の笑みです。

そして、両隣にいる奈々と近藤の表情も。

智香は少し視線を落とし、考えます。

そしてその視線が再び木村と合います。

「90%の情熱と 10%の四則演算。

〝数字に強いビジネスパーソン〟とはこういうバランスで仕事ができる人のことであり、決して理系出身者や数学が得意だっただけの人のことではありません。

だから、私たちもこのバランスを間違えてはいけないということです」 そう言ってニッコリ微笑む智香の姿は、なぜかいつもよりキラキラと輝いて見えました。

一歩前へ 翌日の表参道店。

WIXYの製品で全身コーディネートし、トレードマークのメガネも外したショップスタッフ・柴崎智香がそこにいました。

数学科だった学生時代からこれまで、ずっと男性に囲まれて生きてきました。

客層となるいわゆる「イマドキの OL」は、正直苦手なタイプです。

ワンピースを着るなんていつ以来か、まったく思い出せません。

接客スマイルなどしたこともありません。

人にお世辞を言うこともできません。

いかにも可愛い感じのあの甲高い「いらっしゃいませ ~」なんて、絶対に口から出てきません。

木村には言えないけれど、年下のショップスタッフたちとうまくやっていけるかも正直不安です。

思っている以上に緊張しているのか、喉はすでにカラカラ。

信じられないことに、指先が震えています。

でも緊張を隠しながら、引きつった笑顔のまま、智香は 5メートル先にいるお客様に第一声をかけるため、一歩前へ踏み出します。

この一歩が、ビジネスパーソンとしてもうひとまわり大きく成長するための第一歩になると信じて。

おわりに 「数字が苦手」と口にするビジネスパーソンは、本当に多いものです。

でも、仕事というものを続け、責任ある立場になっていくのであれば、いずれ数字を使う能力が必要となる日がやってきます。

未経験なこと。

苦手なこと。

ストレスを感じること。

人は誰しも、こういったものは避けたいと思うもの。

もちろん私だってそうです。

しかし、いつかはそれと正面から向き合い、一歩前に進まなければならない時がきます。

柴崎智香は一歩前に踏み出しました。

いま頃、慣れない仕事で四苦八苦していることでしょう。

しかし、彼女は自分の弱点を認め、正面から向き合い、一歩前に進んだのです。

次はあなたの番です。

本書を読んだだけで満足せず、現場で使ってみること。

日々の会話に数字を入れてみること。

智香のセリフを真似してみること。

でも、木村のように仕事への愛を忘れないこと。

さて、一歩前に踏み出す準備はできましたか? 2014年7月深沢真太郎深沢真太郎(ふかさわ しんたろう) B Mコンサルティング代表。

日本数学検定協会主催「ビジネス数学検定」日本最上位 1級( A A A)。

「数字に強い人財を育てる・数字に強い組織に変える」をミッションにビジネス数学という教育テーマを提唱。

第一人者として知られる。

これまで企業研修や大学講座でおよそ 4000名に指導し、その圧倒的な指導力で教育担当者からの信頼も厚い。

2013年には数的思考トレーニング専門のコンサルティングサービス「ビジネス数学カレッジ」を設立。

著書に『数学女子智香が教える 仕事で数字を使うって、こういうことです。

』(日本実業出版社)、『「仕事」に使える数学』(ダイヤモンド社)他多数。

★ビジネス数学カレッジ ~ Business Mathematics College ~ http:// www. bm-college. com ★ご感想をぜひお聞かせください。

必ずお返事を差し上げます。

info@ bm-college. com

この作品は株式会社日本実業出版社『数学女子智香が教える こうやって数字を使えば、仕事はもっとうまくいきます。

』( 2014年8月 1日発行)に基づいて制作されました。

数学女子智香が教えるこうやって数字を使えば、仕事はもっとうまくいきます。

(電子書籍版) Ver 1. 1 2016年9月 1日発行著 者 深沢真太郎 S. Fukasawa 2014発行者 吉田啓二発行所 株式会社日本実業出版社東京都新宿区市谷本村町 3- 29 〒 162- 0845 http:// www. njg. co. jp/制作協力 株式会社 eNEXT Japan無断転載・複製を禁じます。

 

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

コメント

コメントする

CAPTCHA


目次