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第1章数字を使って会話できますか?

はじめに

たとえば、あなたが絶対成功できる自信のある仕事があったとします。

自信はあります!根拠?強いてあげれば自分の経験と勘です」私は経験と勘を否定するつもりはありません。

ビジネスにおいては、時にはそれも必要でしょう。問題なのは、〝経験と勘だけ〟だということです。

ビジネス数学指導の専門家として仕事をして2年近くになりますが、はっきりわかったことが2つあります。

1つ目は、多くの企業の経営者や人材育成担当者が、数字で物事を考えられない従業員の多さに頭を悩ませていること。

2つ目は、なぜビジネスでは「数字」が重要なのか、どんな場面で具体的にどう使えばいいのか、という問いの答えを多くのビジネスパーソンは知っているつもりで実は知らないということ。

本書は、この極めてシンプルな疑問に対して、極めてシンプルに答えるものです。

内容も決して難しい数学的理論が登場するわけでもありません。どんなに数字にアレルギーのある方でも、読み終わった後はすぐに現場で実践できるものばかりです。

しかし、そうは言っても「数字」はやはり無機質なものです。

ただ単に「べき論」を並べても、読者のみなさんはおそらく退屈でしょう。

そこで、今回は数字に強い数学女子と、経験と直感だけで仕事をする文系男子にご登場いただき、ストーリー形式にすることで数学や数字が苦手だという方にも、親しみやすいようにしました。

正反対の2人がビジネスを前に進めていく様子を、楽しみながら学んでいただければと思います。そろそろ物語が始まりそうです。仕事で数字を使うとはどういうことか。2人の主人公が、きっとあなたにその答えを教えてくれるはずです。

では、「あとがき」でまたお会いしましょう。

2013年7月深沢真太郎

序章正反対な2人の出会い

目次

1突然のヘッドハンティング!

イブの呼び出し「ちょっと手伝ってよ」12月24日、時刻は19時30分。言うまでもなく、クリスマスイブの夜のこと。

柴崎智香は、かつてビジネススクールで同じ講座を受講したことが縁で知り合った佐野賢太郎と同じテーブルにいました。

佐野は中堅アパレル企業「株式会社ブライトストーン」の社長。

年齢は45歳。

いわゆる「業界っぽさ」はあまり感じない、ごく普通のスマートなビジネスマンといった風貌です。ちなみに、この2人は恋人同士ではありません。相談があると佐野が3年ぶりに連絡し、智香を呼び出したのです。

軽い雑談を交わし乾杯した後、佐野が柔らかい笑顔を崩さずに開口一番発した言葉が、冒頭の「ちょっと手伝ってよ」でした。

「は?」「柴崎さんのウワサは聞いているよ。相変わらずコンサルティング会社で中小企業の支援をしているんだって?先日もインターネットの記事に出ていたのを見たよ。大活躍らしいじゃないか」「いいえ、そんなことはありませんけど……」「確か柴崎さんは28歳だっけ。いや、大したモンだよ」「(カチン)27です」智香は大手コンサルティング会社に就職して5年目。

「女だから」と下に見られることを極端に嫌い、同僚(特に男性)には絶対に負けないと必死で仕事をこなしてきました。

そんな彼女の気の強さは、大学生時代の環境にあったのかもしれません。智香が卒業したのは理学部数学科。ほとんどが男子学生という環境の中で、よくも悪くも女性である智香は目立ちました。

誰も言葉にはしないけれど確かに存在する「女のクセに数学科?」という空気の中で、彼女はもっとも優秀な学生の一人でした。

チャラチャラ遊んでばかりの奴らには絶対負けたくないと、誰よりも学業に学生生活を費やしたのです。

「……ああ、失礼失礼。じゃあそろそろ本題に移るとしよう」「佐野さん、手伝うって、いったい何をですか?」「ウチの仕事だ」「え?何にお困りなんですか?佐野さんの会社、確か業績は好調ですよね?」佐野が経営する株式会社ブライトストーンは、全国の店舗数が10店舗の中堅アパレル企業であり、取り扱いブランド「WIXY」は20~30代OL向けブランドとして、年々業績が上がっています。

「数字だ」「スウジ……?」「ビジネススクールで一緒だった頃に聞いた記憶があるのだけれど、キミは確か数学科出身だったよね?」「はい、よく覚えていらっしゃいますね」

「ひとつ質問。大学時代に学んだ数学って、いまも仕事に使っている?」「(うーん……)いえ、使っていませんね。あの頃は学問としての数学に夢中でした。仕事に役立つか否かなんて、考えたこともなかったですね。第一、仕事に使う数的思考って、大学のような専門的な数学で得られるものではないと思いますよ」

「じゃあ、いつの時代に学んだ数学なら、いまの仕事に役立っていると言えるかな?」少し考える時間がほしいのか、智香はグラスを持って梅酒ソーダを口に含みます。

性格はこれ以上ないほど男勝りなのに、飲み物のセレクトは女子っぽいのだなと、この時、佐野は心の中でぼんやり考えていました。

「……中学校レベル、もしかしたら小学校の算数レベルかもしれませんね」「それをウチの営業部員に指導してほしいんだよね」「まさか、数学の家庭教師をしろってことじゃないですよね?」「違うよ(笑)。

キミにとっては当たり前かもしれないビジネスにおける数字の扱い方は、当社にいるようなファッションバカには身についていないんだ」

ファッションバカでは活躍し続けられない!智香は少しずつ佐野の言いたいことがわかってきました。

「ファッションバカであることは大切なことだ。特に若いうちはね。でも、それだけではこの先伸びることはない。個人も、企業自体も。いまは確かに業績は悪くない。でも、それを維持してさらに伸ばすためには、社員一人ひとりが『数字』を使いこなせないとダメだと考えているんだ」

「そういうことですか。でしたら喜んで弊社でお手伝いさせていただきます!日を改めてもう一人コンサルタントを連れてヒアリングに伺いますよ」「いや、きてほしいんだ」

「……?」「ウチにきて手伝ってほしい。もちろん、それなりの待遇を用意するよ」佐野はニヤニヤしています。

まるでこの会話を楽しんでいるかのようです。少し緊張が走った智香は、梅酒ソーダをふた口ほど喉に流し込み、恐る恐る尋ねます。

「あの、これってつまり、ヘッドハンティングってことですか?」佐野は相変わらずニヤニヤしながらビールを口に運んでいます。

クリスマスイブの夜に、こんな会話をする男女なんてそういるものではありません。恋人同士の会話を楽しむカップルばかりの店内で、この2人のテーブルだけが異質な雰囲気を醸し出していました。

2なぜ私なのですか?3つの要素を持つ人物は?

智香には疑問がありました。

なぜ佐野はファッション業界で働いた経験がない自分を引き抜こうとしているのか、という至極もっともな疑問です。

「佐野さん、3つ質問してもいいですか?」「ダメ~」「はぁ?(イラッ)」「ウソウソ、冗談だって(汗)。質問って何かな?」

「1つ目は、なぜ私なのか?2つ目は、なぜ当社のサービス提供ではなく、私の転職なのか?3つ目は……」相変わらず頭がいいなと佐野は内心思っていました。

このような質問力はこれまで厳しい環境の中でもまれ、自分自身で培ってきたものなのでしょう。

「3つ目は……どうしたの?」「3つ目は、なぜこの話をするのがクリスマスイブなのか?」「ははは、なるほど。わかったよ、ひとつずつ答えていこう」佐野はノートとペンを取り出し、図を描いて智香に見せました。

このような図を数学では「ベン図」と呼び、大学生が就職試験で解くSPI試験などにも登場する「集合」という単元で使うイメージ図です。

「3要素のベン図ですね」「そう、3つの集合を考えよう。そしてそれぞれこうネーミングしよう。

①の『数的思考が備わった人の集まり』には数学が得意な人や、数学者とかが当てはまる。

一方、②の『ビジネス経験豊富でスキルや思考法が身に付いている人の集まり』は世の中にたくさんいるよね。私もキミも、ここには入っていると言えるだろう」

「③もたくさんいますよね。学校や予備校の先生とか」「確かに。でも、キミだったら別の職業も思い浮かぶはずなんだが」「……コンサルタントですか!」

佐野が説明したかったことは、学生時代にしっかり数学と向き合ったことで本物の数的思考を持つことができ、なおかつビジネス経験が十分あり、さらにそれを指導することが本職である人というのは、実は極めて少ない人種だということなのです。

「だから、私が適任だということですか(悔しいけれどわかりやすいわ)」「そう、納得した?ちなみに2番目の疑問については答えはシンプル。指導するなら距離が近いほうが絶対いいから。

通信添削の赤ペン先生よりも、塾で直接プロに指導してもらったほうが勉強は効率的だよね(ニヤニヤ)」

「いままで、こんなこと考えたことなかったです。確かに、学校教育や受験指導をする数学の専門家はたくさんいるけれども、社会人に必要な数的思考を教えられる人って世の中に少ないのかもしれません」

智香の心の中に「ワクワク」という言葉でなければ表現できない不思議な感情が芽生えていました。コンサルティング会社での5年間で得たものは数えきれません。

しかし、あくまで「外側」から指導していることで距離感を感じていたこともまた事実でした。

「内側」にポジションを取り、自分の経験と専門性を使って指導し、一緒にビジネスを拡大していく。しかも自分がまったく関心のなかったファッションのビジネス。悪くないと思い始めていました。

「あの、ところで……」「ああ、最後の質問ね。柴崎さんだったら、きっとクリスマスイブでもデートの予定がないかなって思って♪」「佐野さんって、ホント失礼ですよね!(……まあ実際なかったけど)」ニヤニヤしながら失礼なことを言う佐野に腹を立てながらも、智香は同時にこう思っていました。

佐野が「新しいチャレンジの場」というクリスマスプレゼントをくれたと。ビビッときたらすぐに行動することを信条としている智香は、梅酒ソーダを飲み干し、グラスの赤ワインをオーダーしたこの時、心はすでに決まっていました。

「ところで話は変わるけれど、柴崎さんはどんな男性がタイプ?」「佐野さんってそういうセクハラトークもするんですね(ジロリ)」「おいおい(苦笑)。普通の世間話として受け止めてよ」

「はい。そうですね……まあ私と同じように仕事に命かけている人ですかね」「まったくキミらしいな。じゃあ逆に嫌いなタイプは?」「そうですね……俺はイケている、みたいな調子に乗ったチャラチャラしたタイプは大嫌いですね」佐野はニヤニヤしながらビールを口に運びました。

その表情が物語る真意を、この時の智香はまだ知らなかったのです。

3ファッションリーダーvs数学女子

最悪の出会い「今日の俺、イケてる?」「はい、そのジャケットすごくイイです♪木村先輩ってホントいっつもオシャレですよね~」「奈々ちゃんもいいセンスしてるよ~。

そのスカートはウチの新作でしょ?」これは、株式会社ブライトストーン営業部にて毎朝繰り広げられる会話です。

木村斗真は28歳の営業部リーダー。

ファッションが三度の飯よりも好きだと公言している彼は、大学を卒業してすぐに大手アパレル企業に入社し、ショップの販売員としてそのキャリアをスタートさせました。

メンズ・レディース問わず、その幅広い知識と接客術、お客様への提案力や魅力的なコーディネートをつくるセンスは図抜けていました。

2年前、ショップの販売員からブランド全体のディレクションをする仕事を求め、株式会社ブライトストーンへ転職したのです。

「そうなんですぅ~。とってもかわいいと思いません?そういえば昨年の営業戦略会議の時に先輩が絶対売れると断言していたアイテムですよね。先輩が言うんだからきっと売れますね♪」

「よく覚えているね~。さすが奈々ちゃん♪」営業部という名称ではありますが、木村の仕事はいわゆる「営業」だけではありません。

商品の企画や販売戦略、PRや店舗スタッフの指導などマルチにこなしています。言わば、この職場の「エース」といったところです。ちなみにこの会話の相手は島田奈々。

新卒でブライトストーンに入社して2年目。営業部に所属し、アシスタント業務をこなしています。とにかく美人でオシャレ。

なんと、かつては読者モデルの経験もあり、その仕事ぶりは木村からも高い評価を得ているのでした。

「あ、そういえば先輩。今日は4月1日じゃないですか。新しい仲間が一人増えますね」「ああ、女性らしいね。部長や社長に聞いているんだけど、どんな娘なのかまったく教えてくれないんだよ。ま、キチっと言われたことをやってくれれば、それでいいけどね。あとはやっぱりオシャレじゃないと困るけど」

「先輩、そこについてはかなり厳しいですよね」「当然!だって俺たちの仕事はファッションを提案することだよ?何よりも洋服を愛し、自分がお手本にならなくてど~するんだっての」「まあそうですよね~。そんなファッションに熱い先輩、私はいつも尊敬しています☆」

「奈々ちゃん、照れるからやめてくれよ~」次の瞬間、佐野社長が一人の女性を連れてオフィスに入ってきました。そして、明らかに木村のほうに向かって歩いてきます。

ニヤニヤしながら目の前で立ち止まった佐野とその隣にいる無表情の女性を見て、木村は固まってしまいました。

「木村、お待たせ。今日から営業部で一緒に働いてもらう柴崎智香さんだ」「柴崎です。初めまして(ニコッ)」「年齢はお前のひとつ下だ。先輩として、しっかり指導してやってくれよ」「初めはわからないことばかりだと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします(ニコッ)」木村が「固まった」理由は、智香の姿を見て愕然としたからです。

というのも、上下黒のごく普通のパンツスーツにごく普通の白のブラウス。靴は黒のごく普通のパンプスに、持っているバッグはごく普通の通勤用。そしてメガネ。

どう見てもいわゆるオシャレとしてつけるメガネではなく、真面目な理系の女子学生がかけているかのような細フレームのもの。

「……」「木村、どうした?」「……いいえ、何でもありません」「じゃ、後はよろしくな」佐野が立ち去った後、木村は改めて智香を(悪意はないけれども)上から下へなめまわすように見てしまいました。

「……(ダサい)」「……?(ニコッ)」「えっと、柴崎さんだっけ。ひとつ質問があるんだけど」「はい、何でしょうか?」「そのスーツは、いったいどちらで購入したの?」「は?覚えていませんけど」「……ちなみに、普段よく着るブランドはどこ?」「は?特に決めていません。別にどこでも同じだと思いますけど」

すでに隠しようがないほど木村の顔は引きつっていましたが、なんとか笑顔で返していました。そんな木村の心情を知ってか知らずか、逆に智香が木村に質問を始めます。私は数学科出身です!

「木村先輩、逆に質問してもよろしいでしょうか」「え、どうぞ。何でも聞いてくださ~い(ニコニコ)」「先輩、学生時代に数学は得意でしたか?」「はぁ?何そのインタビュー。

ま、いいけど。そうだね~、数学は大嫌いだったな。結局最後まで意味わかんなかったし」

「数学は私が一番得意な教科でした。私、大学は理学部数学科ですので」「あ、そう。だから何なの……?(何だコイツ)」「私と先輩、ひょっとすると正反対なタイプかもしれませんね(ニコッ)」言葉にし難い居心地の悪さに耐えられなくなったのか、木村は無言で踵を返し、デスクに戻ろうとします。

その後ろ姿を智香はジッと見つめ、大きくひとつ深呼吸をするのでした。実はこの2人の出会いが、後に株式会社ブライトストーンを大きく変えることになります。

数学科出身の理系OLが、超文系の先輩ファッションバカ(もとい、ファッションリーダー)をどう「指導」していくのか。

そして仕事の仕方はどう変わっていくのか。対照的な2人が織りなすビジネスストーリーが、いま始まります。

第1章数字を使って会話できますか?

1俺が売れると思ったものなら必ず売れる

「数字が伸びた!」で終わり?その日の夕方は、毎週定例の営業会議。

前週の売上高や販売数などを部内で共有し、今週の販売戦略をまとめ、ここで決めたことを全国にある10店舗に一斉に指示しています。

社長の佐野が入ることは滅多になく、この会議のファシリテーターは営業部長の福島貴志です。もちろん今日から智香もこの会議に参加することになります。

「イテテ……」「部長、どうしたんですか?首なんか押さえて」「いやね、週末に久しぶりにサッカーをしたんだけどさ、ヘディング競った時に後ろからチャージされちゃってさ」「それは災難でしたね。

あまり無理されないほうがいいですよ~(もう歳なんだから)」「ははは、そうだね。よし、じゃあそろそろ始めますか。近藤、いつも通り報告してくれ」近藤琢磨は奈々と同じ営業部アシスタント。

新卒で入社して3年目の25歳。性格もあるのでしょう、一言で言うと「大人しくて冴えない」タイプです。

ファッションにもあまり詳しくなく、仕事もどちらかというと遅いため、木村からはいつも怒られてばかりです。

「はい、では報告します。お手元の資料の通り、前週の売上額は全店舗で1920万5000円、前週比は108・7%でした」「おお!数字が伸びたね~。よしよし。で、その要因は何なの?」「私にはわかりません」「……」木村がすかさずツッコみます。

「オマエさ、いい加減それなんとかしろよ。実績を報告するだけなら高校生でもできるぜ」「はあ、すみません。

でも木村さんが中身を見てくれているからまあ大丈夫かなと」「まあ確かにな。でもそれじゃいつまで経ってもオマエが成長しないぞ」「はあ、でも別にボクは出世しようとか偉くなろうとか思っていませんから」「(ダメだこりゃ……)まあ後でゆっくり話そう。

続けてアイテム別データを報告してくれ」智香を除く全員が手元の資料に目を落とします。ファッションという「商品」はちょっとしたことで動きが変化するデリケートなものです。

たとえば気候や季節のイベント、人気モデルのテレビ出演、ファッション誌の特集など。全体的な数字の動向はもちろん大切ですが、アイテムごとの動きは彼らにとって非常に関心の高い情報なのです。

「ジャケット、ニットが引き続き好調ですね。春トレンチコートはちょっと落ち着いてきた感じです」「先週の会議で決めた注力商品の動向は?」「はい、5900円のパステルカラーのVネックニットは、前週比20%アップ、木村さんからの指示で店頭の露出を増やした9800円の白のセンタープレスパンツが一気に伸びました。

あと、スーツもセットアップで売れた点数が伸びています。前週比15%アップ」「おお!狙い通りの結果だね~。

素晴らしい。先週の会議で木村が言っていた通りだな」「まあこんなモンですよ。俺の経験によれば、この時期は春を意識したいからパステルカラーのトップス、すでにそれを持っている人はトップスが映える白パンツ。

スーツのセットアップは新生活を前にした駆け込み需要」「なるほど~!勉強になります」「奈々ちゃん、今後に期待しているよ♪(ニコッ)」「OK!では今週は何を売っていくのかを確認していこうか」その時、無言で右手をスッと挙げる者が一人。

智香です。そのちょっと不気味な行動に、一気にメンバーに緊張が走りました。斜め前に座っていた木村は怪訝な表情で智香を見ています。

売れた理由は「俺のセンス」?「ん?柴崎さん、どうしたの?ああ、そういえば挨拶していなかったね。

営業部長の福島です。キミには期待し……」「質問してもよろしいでしょうか」「……ああ、どうぞ」「結局、前週比108・7%の要因は何なのでしょうか?」「ん?さっき近藤が説明してくれたアイテムの好調によるものだろう」「そのアイテムが好調だった理由は何なのでしょうか?」「ん?それは木村の考えた販売戦略が当たったからだよ」「本当にそうなのでしょうか?」

黙って腕を組んで聞いていた木村の表情が露骨に曇ります。もうしばらく黙っていようかと思っていましたが、部長の福島は言葉に詰まっている様子。奈々、近藤の視線も、この会話の2人ではなく、木村のほうに向けられていました。

「仕方ない、そろそろ出番か」と言わんばかりに、木村がゆっくりと話し始めます。

「柴崎さん、あなたはファッション業界でお仕事したことあるの?」「いいえ、まったくありません」「まったくないのによくそんな質問ができるね。

いいかい、ファッションっていうのは感性のビジネスだ。高いセンスを持った人間が、経験と直感で物事を決めていく世界だ。悪いがズブの素人に、俺の仕事に対して口出ししてほしくないね」

木村は、最後は意思を持って嫌味を言い放ちました。智香はじっと聞いていましたが、その表情は変わりません。

「何か言えよ。そうか、何も言えないのか」と、沈黙に耐えられなくなったのは木村のほうでした。「俺が売れると思ったものは、必ず売れるんだよ」

2「ABテスト」を知っていますか?

見極めるにはABテスト

「そんなことはあり得ません」一瞬、木村はその言葉の意味がわかりませんでした。なぜ今日きたばかりの数学オンナにそんなことが言えるのか。

だんだんと木村がイライラしてくるのを周囲のメンバーは感じ取っていました。それでも怒りを抑え、木村は優しく問いかけます。

「……何でかな?」「ABテストって、ご存じですか?」「はあ?」「ちょっとホワイトボードを借りますね」智香はスッと立ち上がり、会議室のホワイトボードに何かを描き始めました。

木村以外の全員は呆気にとられて智香の背中を見つめています。本来なら議事進行するべき部長の福島もダンマリを決め込んでいました。

智香は描き終わった図が全員に見えるようにホワイトボードの右側に立ち位置を変え、説明を始めます。

「ウェブサイトで頻繁に見るバナー広告を事例にします。デザイナー肝いりのバナーAとそうではないバナーBを同じ条件で表示させたとします。バナーAのクリック率が50%だった場合、みなさんはこのバナーAをどう評価しますか?」

「俺はあまりウェブのことは詳しくないけれど、50%ってかなり高い数値じゃないの?」「ということはつまり?」「Aのパフォーマンスはいいってことじゃん」「では伺います。バナーBのクリック率が60%だとしたら?」「それだったら、AよりもBのほうがいいって結論だろ(何を当たり前のことを)」

会議室の中は沈黙。木村には智香があえて沈黙をつくっているように思えました。いったい何なのだコイツは。

「まだわかりませんか?」「だからいったい何がだよ!いい加減にしてくれないか。

今日この会議で議論することは他にもたくさんあるんだよね」「先ほどの先週の数字の議論、バナーBのことは考えなくてよいのでしょうか?」「はあ?」一人だけようやく智香の言いたいことが理解できた者がいました。

部長の福島です。

悟られまいとポーカーフェイスを演じてはいますが、確かに先ほどの議論に決定的に抜けている視点だったことは認めざるを得ません。

「先ほどの議論で動きを把握したのは、戦略的に売ろうと決めた商品だけです。つまりバナーAの反応だけを確認したに過ぎません」「……」「そうではない商品、つまりバナーBの動きも把握しなければ、バナーAの評価なんてできないはずだと思いますけど。

実際、前週のアイテム別セールス上位を見ると、それ以外の商品が多いですね。ざっと伸び率を計算してみるとこんな感じでしょうか」評価は「それ以外」を見てから智香はホワイトボードの空いているスペースにざっくりとした表を描きます。

他のメンバーもようやく智香の言っていることが理解できてきました。

言われてみれば当たり前のことですが、いままでその視点を持って数字を見たことはなかったかもしれない、智香と木村を除く3人は心の中でそう思っていました。

「もし先輩が売れると思ったものが必ず売れるなら、当然他のアイテムも『売れる』と思っていたということですよね?この数字に矛盾しませんか?」「こんなの、屁理屈だ!第一、俺が売れると見込んだ商品が伸びたことは事実だろ。

店頭での見せ方を細かく指示したからだ!」「実は私、ここに入社する前に少しはファッションのことを知らなければと思って、週末にいろんなアパレルショップを見てきたんですよ」「それがどうしたんだよ!」「どこのお店もだいたいパステルカラーのニット、白のパンツ、セットアップのスーツは〝売る〟モードだったと感じました」「……」「あと、先週はキャリア系ファッション誌がいくつか発売されていました」「……」「それから、多くのOLがちょうど給料日明け初めての週末だから、人は多かったですね」「何が言いたいの?」木村の怒りはもはや爆発寸前。

ポーカーフェイスのままの福島、「部長、なんとかしてよ~」と心の中で叫んでいる奈々、我関せずといった感じで涼しい顔の近藤。

三者三様のメンバーが黙っている中、智香は笑顔でこう答えたのです。「先輩が何もしなくても、前週は数字が伸びたと思いますよ、きっと」

3もう避けては通れませんよ

ビジネスシーンでも中学数学で十分

いけしゃあしゃあとこんなことを木村に言えるのは、いまこの会社には智香しかいないかもしれません。

なにせ福島部長も営業や店舗運営の経験はあるものの、ファッションに関しては言わば素人。マーチャンダイジングや商品の選定はほとんど木村に任せてきたのが実情です。

そんな福島も、さすがにこのまま放置しているとマズイと感じたのでしょう。ようやく2人の間に割って入ってきました。

「まあまあ、ちょっと冷静になろうじゃないか」「」確かにその通りです。ところが木村は眉間に皺をよせて智香を睨んでいます。明らかに不機嫌な様子です。

「面白い人がいるから、営業部で育ててくれないか」とだけ佐野に言われていた福島にとって、この展開はまったくの想定外です。

しかし、同時にこれまでの営業部にはなかった「視点」と「能力」を持った人材であることは、この数分間のやりとりではっきりしています。

そこはマネジメント経験は豊富な福島。

「どうすれば木村とこの柴崎智香をうまく機能させられるか」を考え始めていました。

「あはは~。こりゃ失敬♪柴崎さんはコンサルティング会社にいたから考え方が論理的だし、視点も違うね~。もしかして理系だった?」「はい、数学科出身ですけど」「数学!そりゃすごい。どうりでロジカルだし数字にも強いわけだ」「でも大学時代の数学はビジネスではほとんど使いません。せいぜい中学校レベルですよ」この発言にまたもカチンときたのが木村でした。

いちいちカンに障るヤツ、とイライラが募ります。

「だいたい何で数学なんてベンキョーしていた変人がファッション業界で仕事するんだよ。そこから間違ってんだろ」木村は黙っていられず、つい無神経なことを口から発してしまいました。

言った後に少しだけ言い過ぎたかもしれないと後悔しましたが、もう後戻りはできません。表情を変えずに智香を睨みつけます。しかし、実はこの木村の問いは、その場にいる全員が知りたいことでもありました。

「……」「佐野社長から、あなたをファッションバカから卒業させるために指導してくれと頼まれたからだよ!」と真実を言うことは簡単でしたが、それはさすがに佐野から口止めされていました。

本人が気付かなければ意味がないからです。

あくまでも、「コンサルティング会社を辞めて、イチから営業のことを学ばせてもらいたい」という体で振る舞わなければなりません。

しかし、智香はこの質問にはしっかり本音で答えなければいけないと本能的に思いました。別にケンカをしにきたわけではありません。彼らは、智香にとって「仲間」でなければならない存在ですから。

少しだけ息を吐き出し、智香は答えます。

「私のようなタイプが、この会社には少ないと思ったからです。私にはみなさんと同じような仕事はできません。でも、逆に私にしかできない仕事もきっとあるのではと思ったからです」これは、偽らざる智香の本音でした。

その瞬間、福島の表情が少し緩んだことを奈々は見逃しませんでした。近藤は、初めてまともに智香の顔をじっと見つめ、そして智香と初めて目を合わせます。

しかし、一人だけこの発言を聞いても態度を変えない人物がいました。言うまでもなく、木村です。

「おいおい、何で〝上から〟なんだ!?ここはアパレル企業ですよ。センスと直感でビジネスをする世界だ。

あの有名なファッションデザイナー、パール・レミレスは理系オタクだったか!?日本最大のアパレル企業経営者は数学科出身だったか!?いいや、違う。

みんな先見の明があるセンスの塊だったんだよ!部長、今日の会議はこれで終わりにしましょう!各店舗への指示は俺が考えて今日中に出しておきますから」木村は一人で会議室を飛び出してしまいました。

智香がくる以前から、木村は何か気に入らないことがあると、子供のような振る舞いをすることがありました。

もちろん、上司である福島は注意することもありましたが、木村の個性と先見性が、ブライトストーン社の業績好調の要因であることもまた事実だったため、多少は……と目をつぶっていたのです。

智香は福島のほうを向き、少しだけ表情を和らげて話を始めます。

「部長、いまはいいかもしれません。でも、この好調がこの先ずっと続くと思いますか?まして今日の会議のような〝どんぶり〟で、いつか訪れる正念場を乗り越えることができますか?」「文系だから」はもう通じない痛いところを突かれていました。

うすうす感じているけれど、日々の忙しさを理由にして後回しにしてきたテーマでもあったのです。奈々も近藤も黙って聞いています。感じていることは福島と同じでした。

「佐野社長がなぜ柴崎さんをここに連れてきたのか、わかった気がするよ。恥を忍んで言うが、キミの言う通りだ」「アパレル企業だろうと何だろうと、数学的な思考やテクニックは絶対に身に付けておくべきものです。

でも、先ほども言ったようにそれは決して難しかったり、専門的なものではありません。先ほどのABテストの話も、使っているのは『パーセント』だけですから」「確かにそうかもしれないね。

私自身、文系出身だからということを言い訳にして、これまで避けてきたテーマだったかもしれない」「私は前職で、最初は投資や新規性で大きく成長したけれど、数字を使うスキルが管理職や職場のエースに備わっていないがために、後にあっという間に衰退していった中小企業をいくつも知っています」「……」「断言します。もう、避けては通れません」その言葉は、この日の会議でもっとも説得力ある言葉として、営業部メンバーの心に突き刺さったのでした。

4その「前年比」は意味がある?

「伸びている」ってどういうこと?

翌日、智香は営業部で一番早く出社しました。オフィスでの智香の席は、木村の隣です。昨日のあの会議の後、実はこの2人は一日いっさい口をきかず、目も合わせていません。

正確に言うなら、木村が智香の存在自体を「無視した」と表現するべきでしょう。そういう意味で、営業部にとって4月1日はなんとも重苦しい空気の一日だったのです。

午前9時20分、近藤と奈々が出社してきました。

「おはようございます」「おはようございま~す」「おはようございます」「柴崎さん、早いですね~。もしかして早起きが得意なんですか~?」「そうですね。朝はなるべく早く起きるようにしています」「あ、柴崎さん、ワタシたち年下ですから、敬語ナシでOKですよ~♪」まだ入社したばかりの智香との距離を縮めようと奈々が話しかけます。

こういう軽い感じの女性はあまり好きではない智香ですが、入社したばかりのいまは、そんな気遣いがありがたかったりしました。

近藤は相変わらず我関せずといった感じでさっさと席に座りパソコンの電源を入れます。すると、木村が眠そうな顔をしながらオフィスに入ってきました。

「おはようございます」「ん?ああ」「早速ですけど、昨日の売上額はどうだったんですか?」「ああ、まあまあよかったみたいだけど」「まあまあって?」「〝伸びている〟ってことだよ。

これから教えようと思っていたけれど、営業部フォルダにアクセスすれば毎朝前日の各店舗の売上報告が確認できるから、それを見ればわかるよ」「わかりました。それで、まあまあって何ですか?」「だから~、〝伸びている〟ってことだよ」早速、始まりそうな予感です。

奈々と近藤は目線を合わせず、自分の仕事をそそくさと始めようとします。

「伸びているって具体的にはどういうことですか?」「……(ほんっと、コイツとはムリだわ。会話がかみ合わない)」「先輩、お願いですから数字で伝えてください」「だからデータを見ればわかるって」「データを見て、それで済むなら中学生でもこの仕事はできます」「(カチン)……中学生?」すると、前日の売上データを見ていた近藤がボソボソと話し始めました。

「あの、昨日の全店売上額は278万4000円です。予算比は102%、前日比89%、前年比は130%でした。まあとりあえず予算は達成していますね」「な、だから言っただろ。〝伸びている〟って。把握することはそれで十分」

「近藤さん、ありがとう。ところで、先輩にひとつ質問があります」木村は嫌な予感がしました。

「出た。またかよ……」と思い、露骨に嫌な表情をして見せましたが、智香はそんな木村の醸し出す空気(?)などまったく気にしません。

その比較に意味はある?

「前日比と前年比のデータは何のために使っているのでしょうか?」「はは、何言ってんの?その日の数字を評価するために決まっているだろ」「それは前提が同じ場合に限ります」「ゼンテイ??」

「つまり日曜日と月曜日、昨日と1年前の同じ日は、同じか、あるいは近いコンディションじゃないと評価する意味がないってことです」

「あのさ、申し訳ないんだけれど、あなたの言っている意味がわからん」木村の言葉などお構いなしに智香は続けます。

木村は次の会話が終わったらさっさと無視して仕事を始めようと思っていましたが、ここでもひとつ大切なことを学ぶことになるのです。

「たとえば昨年の2月5日、関東に大雪が降りました。今年の2月5日は好天でした。

この時の2月5日の〝前年比〟って意味のある数字なのでしょうか」「……!」「私が言いたいことは2つです。

まずひとつ、前日比や前年比をデータとして持つこと自体は悪いことではないと思います。

2つ、ただしそれを評価するために使ってよいのは、前提が同じ場合に限るということです」「なるほど」「あ~、確かに言われてみればそうかも~」思わず2人がつぶやきました。

いつの間にか木村と智香の会話のせいで2人の手は止まっています。確かに売上額などのデータは日々蓄積されていくもの。ゆえにほぼ自動的に前日と比較することもできるし、前年とも比較することができてしまいます。

しかし、そこで得られる数字には少々注意が必要です。

「私の仮説ですが、日曜日と月曜日ではそもそも客層やお客様のモチベーションが大きく違うのではないでしょうか?今年と昨年とでは市場の状態や『WIXY』というブランドの認知度なども全然違うのではないでしょうか?」

「だとするならば、比較した数字には意味がないってことか?」「数字自体は事実を教えてくれているので、存在する意味はあります。

数字自体ではなく、前提を加味せずにした『評価』は意味がないということです」

5意外な数字アレルギー克服法「数会話」

数字はいつでも具体的

悔しいけれど、木村は何も言い返すことができません。

確かに、これまで惰性で「前年比」「前日比」という数字を会話で使い、それでよい悪いを評価していました。

認知度が急上昇してきたブランド「WIXY」にとって、ある意味では前年比はよくて当たり前だということかもしれません。

そこまで理解せずに前日の売上額を「伸びている」と評して終わらせてしまう木村には、やはり身に付けるべきことがたくさんあると言えます。

実はこの後、黙ってしまった木村に対して智香が驚くべき提案をすることになります。

「先輩、今後しばらくは私との会話には必ず『数字』を入れてください」「(ま~た、わけわからんことを言い出したぞ)はあ、何で?」「いいから、どんな会話でも必ず数字を入れること。

名付けて『数会話』♪(ニコッ)」「面倒くさっ!お断りだ。第一、何で〝上から〟なんだよ」「これ、社長と部長から了承もらっているんです。業務命令ですよ(ニコッ)」突然、智香が見せた笑顔に少し戸惑いながら、面倒くささも手伝って木村はしぶしぶ了承します。

どうせこんなくだらない約束事、すぐに続かなくなるだろうと思ったのです。

木村はこれから表参道店へ売場チェックに出かける予定でしたが、ふと智香も連れていくことを思いつきます。

「コイツには現場を見せたほうがいい。数学オタクに机上の理論ばかりで会話してもらってはたまらないから」。

腹のうちはそんなところです。

「ああそうだ、今日これから表参道店に売場チェックに行くけど、ついてきて」「数字が入っていませんけど」「あ?」「ですから、先ほどの発言に数字が入っていませんけど」「……あのさ、どこに数字を使えと?到着時刻でも言えばご満足なのかな~?」「表参道店って、どんなお店ですか?」「ん?そりゃ、いまもっとも売上額が高い店舗だよ。

俺のディレクション通りにスタッフも動いてくれているからな」「それ、数字で伝えてください」「……(イラッ)面倒くさいな~。

店舗別売上は前月ナンバー1、ブランド『WIXY』の売上の約20%を占めている、とまあこんなところだ。ご満足?」「じゃあ、今日の訪問の目的を数字で教えてください」「……(そんなこと考えてなかったな。え~と)今月は予算が高めだから、春アウターをしっかり売るよう指示することと売場のつくり方を指導するためだよ」「数字!」「あ~も~、え~と……春アウターの売上を3月よりも1・2倍にするため!」「わかりました。同行させていただきます(ニコッ)」

ドッと疲れた木村でしたが、同時に何のために店舗に足を運ぶのかを認識させられたことに彼は気付いていました。

1・2倍という数字もとっさに出た数字ではありましたが、現状から考えると極めて妥当な目標値であることは確かです。

数字を使って伝える行為は、伝える前に重要なポイントがあります。数字を使うためには嫌でも具体的に物事を考えることになるということです。

つまり、具体性がなく曖昧な状態では数字は絶対に使えないものなのです。

智香の狙いはそこにあります。実は表参道店からオフィスへ戻る途中にもこんな会話が繰り広げられていました。柴崎智香、恐るべしです。

「あ~腹減った!メシ食って戻ろう」「数字が入っていません」「あのさ、オマエ頭おかしいんじゃないの!?」「数字が入っていません」「……(カチン)」「私もお腹が空きました。

満腹の状態を100とするなら、いまは10ってところです。予算は800円くらい、待ち時間はできれば5分以内でお願いします」「オマエ、どういう頭の構造しているんだよ」「でも、私がいま、どういう状態で、何を求めているのか、わかっていただけましたよね。たぶん、小学生でも理解できますよね(ニコッ)」

IZAKAYATALK

6デキるビジネスパーソンは「数字」で語る

その日の夜、木村は都内の居酒屋にいました。隣に座っているのは、縄田千春。現在、商社で事務職に従事するごく普通のOLです。

仕事への情熱が人一倍ある木村に惹かれて付き合い始め、交際歴2年。木村よりも年齢がひとつ上ということもあり、木村のグチを聞いてあげることもしばしば。

「たまにはこっちも甘えたいんだけどな~」というのが唯一の不満と言えば不満ですが、千春は長女で弟がいることもあり、決して苦ではないようです。

「あ~もうマジでムカつく!」「どうしたの?珍しくイライラしているわね」「同じ部署になんかわけわからんヤツが入ってきたんだよね。これがまた面倒くさいオンナでさ」「へぇ、女性なんだ。どんな人なの?」木村はことの詳細を千春にグチり始めました。

「うんうん」と千春は相づちを打って話を聴いています。千春もいわゆる「文系」ですが、コミュニケーション力は高く、特に聞き上手なタイプです。

人の話は聞かずに自分アピールばかりの木村とは、そういう点でも相性がよいのもしれません。「へぇ、数学科出身の女性なんて珍しいね~」「そう、インテリっぽくてダサくて、一言で言うと俺が一番嫌いなタイプ。

そういえば学生時代から数学なんて大嫌いだったし、何かこう……『こんなこともわからないの?』って空気で接してくるんだよね。〝上から〟っていうかさ」「まあ確かにそれは私も同感かな。理系で優秀な大学を卒業した人って、頭はいいのかもしれないけれど、何かとっつきにくいところあるよね~」「そうそう、アイツもまさにそう!ファッションのことなんて何もわかっていないクセに。何でもかんでも〝数字〟って……あ~もうウンザリ」

フラストレーションを一通り吐き出した木村は、少し気持ちが落ち着いたようです。ビールのおかわりを注文し、メニュー表を楽しそうに眺めています。すると、逆に千春が昨日の職場での出来事を話し始めました。

「数字と言えば、いま思い出したんだけどね。昨日、ウチの会社に中国人のお客様がきてね、私も会議に参加することになったのよ」「ふ~ん」「一応、少しは日本語を話せる方だったんだけど、やっぱり会話が厳しくてさ。

でもね、要所要所で説明に数字が入っていたからなんとなくは理解できたの」「ふ~ん」「普段は気付かなかったけど、数字って万国共通の言語だったのよね……。

国籍がどこであろうと、〝1〟はみんな同じ〝イチ〟として認識するもんね」「いやでもさ、数字だけで会話が成立するわけがないじゃん?」「もちろん。

でもね、細かいところはサッパリわからなかったけれど、重要なところはなんとなくは理解することができたのよね。なんだか不思議な感覚だったな、あれは」「……」「たとえば、昨日のお客様は取引条件の相談にきたんだけど、提示した資料にはこんなことが書いてあったの。

もちろん他にもいろいろ書かれてはいたけれど」201255%→201360%2012/2011=1・34「つまり、条件を5%アップしてほしいって交渉?」「そう、この1行だけで何を相談したいのかが一目瞭然だったわ」「次の1・34は何だ?もしかして、前年比が134%って意味か……?」「そう!私のいる会社との取引額は増えている。

だから、条件を見直してほしいってことね」「なるほどね」「結局ビジネスってヒト・モノ・カネが動くことじゃない?それって突き詰めていくと、けっこうほとんどのことが数字で表現できるのかもしれない……なんて、まだよくわからないけど」木村はつい先日、テレビで総理大臣がした所信表明のスピーチをぼんやり眺めていた時のことを思い出していました。

スピーチでは「成長率2%を目標に……」みたいなことを言っており、細かい政策の内容はよくわからなかったけれど、目指すことが何かはすぐに理解できたのです。

ふと我に返った木村は、なんだか食事がまずくなるような気がして、話題を週末のデートプランに変えました。

千春と駅で別れた木村は、近くのコンビニに立ち寄り、雑誌コーナーへ向かいます。そこでふと目に入ったビジネス情報誌『週刊プラチナム』のタイトルに、目が留まりました。

経験や勘はもう通用しない!デキるビジネスパーソンは「数字」で語る

すぐに目を逸らし、その2列隣にある女性向けファッション誌を手に取り、木村は足早にレジに向かうのでした。

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