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第5章エクセルでつくったグラフをそのまま使っていませんか?

目次

1「口頭の説明で十分」は本当?

プレゼン資料は意味がない?

「あ~もう、面倒くさいな~!」株式会社ブライトストーンのオフィスにボヤキが響きます。

木村はいま、来年の春夏コレクションに起用するモデルの変更を計画しています。

ファッションブランドにとって、イメージを訴えるキャラクターが誰かは重要な問題。

テレビのCMと同様、生活者はどうしてもそのキャラクターとブランドのイメージを重ねます。

ファッション誌の広告も同様です。

誰が着てもよいわけではなく、どのモデルに着てもらうかがとても重要なのです。

ところで、木村が何を面倒だと言っているかというと……。

「どうしたんですか?」「来期のモデルを変更するにあたり、部長に説明する資料をつくっているんだけどさ、俺こういうの苦手なんだよね~。

エクセルでデータ集計したり、パワーポイントで資料つくったりさ。まあ人並みにはできるけど」

「僕もパワーポイントは苦手ですね。いったん凝り出すとキリがないというか……。細かいところまでこだわってつくっちゃうので時間がかかります」

「いや、俺が言っているのはそういうことじゃなくてさ」「はい?」「こんな資料つくらなくても口頭で十分なんじゃないかってこと」

木村は昔から資料づくりが苦手でした。

そんなものを丁寧につくっている時間があったら、すぐに伝えるべき人物に会い、会話すれば物事は進められると信じて疑いません。

実際、これまでそのようなスタンスでスピーディに仕事を進めてきたことも事実です。

しかし、今回のモデル変更は簡単に意思決定できるテーマではありません。

しっかり相手に納得させるプレゼンテーションが必要になります。

すると、そばで2人の話を聞いていた奈々も会話に加わってきました。

「じゃあ先輩、どうして資料づくりなんてしているんですか~?」「アイツがやれってうるさいからだよ……もう」「ああ、柴崎さん!」「でもずっと思っていたことですけど、柴崎さんの出す資料ってすごくわかりやすいですよね」「ワタシもそう思ってた!なんかさ、あ~ゆ~人だからすごく難しいことが書かれた資料をバシバシ出してくるのかと思っていたけれど、まったく逆だよね」「はい、きっと何かコツみたいなものがあるんだと思います」「フンッ、グラフや表なんて所詮は何かを説明するための補足的なものに過ぎないだろう?要は口頭でしっかり説明できればいいんだよ」「なるほど~。

先輩はトークは得意ですもんね♪」「ああ、あの数学オンナなんかよりもよっぽど熱くて説得力ある話ができるぜ☆」確かに仕事に情熱は必要でしょうし、口頭で伝える能力も欠かせないでしょう。

しかし、本当に木村の考えは正しいのでしょうか。

ここまでさまざまな局面で智香のプレゼンテーションに対して納得し、意思決定を行ってきた部長の福島に対して、はたして木村はどうプレゼンテーションするのでしょうか。

するとその時、智香がデスクに戻ってきました。

奈々と近藤はサッと仕事を再開。

もう少し楽しい会話を続けたかった木村は小さなため息をつきます。

情熱があればプレゼンは届く?「そういえば先輩、モデルの件っていつ部長に説明するんですか?」「ああ、今日の夕方にするよ」「そうですか。

ちなみにどんな変更になるんですか?」「お、よくぞ聞いてくれた。

柴崎は20代後半の女性に支持されているファッションモデルが誰かって知っているか?」「いいえ」得意気に木村が話し始めます。

「俺の学生時代の後輩に広告会社に勤めているヤツがいてな。こっそり教えてもらったわけよ。まあこのくらいのデータならいいですよって。

あらかじめ俺が6人の候補を挙げていたんだが、その中で今回、俺は『重原ユリ』がベストだと判断した!だって超かわいいし、女性からの支持も高いことが数字で証明されている」「……」「さらに!俺たちと同じ20代後半がメインターゲットなブランドは外国人をイメージキャラクターとして使っているブランドもあれば、日本人を使っているブランドもあるんだが、調べてみると日本人のほうが圧倒的に多いんだ。

しかもだ、俺たちの競合ブランドにも、いま、外国人モデルから日本人モデルにスイッチしているブランドがいくつかあるようだ。

どうだ?こりゃもう俺たちも日本人モデルにスイッチしなきゃマズイだろう!?」智香の視線が途中から自分に向けられていないことに、木村はまったく気付いていませんでした。

「……終わりましたか?」「あ?」

「演説はもう終わりましたか?」「(カチン)なんだその言い方は。

ちゃんと聞いていたか?」「ええまあ。

所感としては、部長がいろいろ質問してくるかもしれないなってことくらいです」「ああ、まあそんなのはいつも通りだ」「いつも通りって……」「わかった!『数字』が入った資料がないと思っているんだろう?ちゃんとやってるよ(……まだ完成してないけど)。

説明だけで十分なところ、資料も見せるんだから、問題なし」智香は別件があるため、夕方の会議は欠席です。

木村は智香が不在のほうがやりやすいと思っている様子。

今回は妙に自信満々です。

「そうですか。

ではよろしくお願いします。

ちなみにひとつだけお耳に入れておきますが……」「ん?何だよ?」「今日は部長、お忙しいみたいですよ」この助言の本当の意味を、この時の木村は理解できていませんでした。

2失敗プレゼンの典型的なパターン

メッセージが伝わらない資料

その日の夕方、木村はモデルの件に合意してもらおうと、福島を呼び止めました。

「おおっ!そうか、その話は今日だったか。

わかった、すぐに行くから先に会議室に行っていてくれ」「わっかりました~!」しかし会議室で待つこと5分、未だ福島は現れません。

営業の統括だけではなく、さまざまな部門の仕事を兼務している福島は、日々多忙です。

ファッション業界でのキャリアの積み方は多種多様です。

いわゆるマネジメントとして幅広い仕事をしていくのか、販売員、デザイナー、広報、などといった特定の分野のプロフェッショナルとして生きていくのか。

「自分はどっちのタイプなのかな……」と、あくびをしながら木村がぼんやり考えているところに、ようやく福島が息を切らして会議室に入ってきました。

「いや~すまん。

何だかいろいろバタバタしていてな」「いいえ、じゃあ説明します。

来期イメージキャラクターとして起用するモデルをどうするかという件です」「ああ、頼む」そう言いながら福島がチラリと腕時計に目をやります。

木村は、文句を言いながらも結局はつくった紙1枚の資料を見せます。

その中に資料として入っているのは3つのグラフだけ。

複数の決定事項がある大きな会議でなければ、説明資料は紙1枚で十分だという智香のアドバイス(指導?)を実践していました。

「学生時代の後輩に広告会社に勤めているヤツがいて、頼み込んだところ情報をもらえました。

まず最初のグラフをご覧いただければわかると思いますが、私たちのターゲットである20代後半はモデルDの好感度が高い。

だから今後はこのモデルを起用するべきです。

ちなみにモデルDとはあの重原ユリです!」

「すまんが、なんだかわかりにくいグラフだな。

29歳でモデルAが飛び出ているけど何でAじゃダメなの?それに年齢はズレるけどモデルBやモデルCも好感度がすごく高いんだな。

こっちはダメなの?」「いえ、私たちのターゲットは20代後半が中心ですからそこだけ見てもらえればいいっすよ……」「その前にひとつ質問。

そもそもなぜモデルを変える必要があるの?いま使っている外国人モデルじゃダメなの?」「はい、昨今では日本人モデルを起用したほうが認知度やロイヤリティが高くなる傾向にあるようです」「ふ~ん、何か根拠は?」「はい、私たちの競合であるブランドXとYのデータを持ってきました」

「これいったい何のデータ??」「はい、インターネット検索数です。

人気や認知度を測る指標としてわかりやすいかと」木村なりに、数字のないところからコストをかけずに根拠となる数字を探してきたようです。

確かに認知度が高ければ高いほどブランド名での検索数は多くなると想定されますから、このアプローチは悪くなさそうです。

福島がチラリと腕時計に目をやりますが、木村はそれには気付きません。

おそらく自分の資料の説明のことで頭がいっぱいなのでしょう。

「なるほど、で?」「Xは4月に大きく数字が伸びていますが、なんと驚くべきことに実はこのタイミングでカタログや広告で使うモデルを外国人から日本人に変えているんです!」「いや、でもさ。

それだけが理由とは限らないだろう。

そもそもモデルを変えることよりも私たちのブランドにとって大切な仕事はたくさんあるんじゃないのかな?」「いいえ、モデルはとても重要な位置付けです。

こんなデータもあります」木村は資料に入れた3番目のグラフを指差します。

「これは?」「ファッションブランドを想起させるものは何かを調査した一般的なデータです。

とあるリサーチ会社のサイトから引っ張ってきました。

ファッションブランドを想起させるものは、実は商品でもなければ店頭ディスプレイでもなく、販売員でもなく、ご覧の通りイメージキャラクターにしたモデルが圧倒的に多いのです」「まあなんとなく想像はつくよ。

でもこのデータによれば店頭の影響度も16%あるから無視できなくないか?私たちの戦略としては、有名モデルに頼らずにそちらのほうでよいイメージをつくっていくほうが重要だという考え方はないのかな?」「まあ確かに、それも否定はできませんが……」「すまん、このあと打ち合わせなのでまた今度にしてくれ。

なんかモヤモヤしているから私も考えを整理しておくよ」

3悪いのは相手ではなく「あなた」

意思決定する相手のことを考える

翌朝、出社した木村は明らかに不機嫌でした。

無言で席に座り、パソコンを起動させます。

隣で作業をしていた智香が顔をパソコンに向けたまま、木村に尋ねます。

「モデルの件、OK出ましたか?」「……」「……先輩?」次の瞬間、堰を切ったように木村が一方的に話をし始めます。

昨夜から相当イライラを溜めこんでいたようです。

「あのさ、上司って部下の話を聞いて意思決定するのが仕事だよな?なのに何だよ。

時間には遅れるし、結果として話す時間は短くなっちゃったし、俺の説明に対しても重箱の隅をつつくような指摘ばかりする。

どう考えたって日本人モデルにチェンジすべきなのに。

ファッション業界にいて少し仕事をすれば、こんなことくらいわかりそうなもんだ。

そもそも、上司にファッションの感性がないのが問題なんだよ!話も通じないし、無駄な会話や資料が必要になるし……」「……」智香は何も言わず、木村をジッと見つめています。

その眉間に少しだけ皺が寄っているのを見て、木村は自分が少し言い過ぎてしまったことに気付きました。

しかし、木村の負けず嫌いな性格がここでも邪魔をします。

「先輩、違います」「あ?何だ、また偉そうに」「いま先輩が言ったこと、すべて間違っています」「……!?」智香はクルッと椅子を動かし、木村の正面を向きました。

その表情は明らかに「怒り」を表しています。

こんな表情をする智香は、この会社にきてから初めてかもしれません。

「3つあります。まず1つ目。上司は常に時間がないものです。それを見越して、仕事は計画しなければなりません。私、先輩に言いましたよね?『今日は部長、お忙しいみたいですよ』と」「……」「2つ目。

重箱の隅をつつくようなことを言うのは当たり前。

それが上司というものです。

そしてそれは何のためだかわかりますか?先輩のためでもなければ部長自身のためでもありません。

誤った判断をすることで、この会社の社員が悲しい思いをしないための確認作業なのです」「……」「3つ目。

ファッションのことを知らない上司を否定されましたが、では先輩は福島部長が普段どんな仕事をされているか、すべて把握していますか?」「……」「ファッションの会社だから、誰もがファッションに明るくなければならないなんて考えは、先輩のエゴです。

仮にこの会社で一番ファッションに精通しているのが先輩だとしたら、他の人にはない知識やスキルを持っているのなら、それを持っていない人にいかに理解させるかが大切じゃないですか。

伝わりにくいことをわかりやすく伝えて納得してもらうことが優れたプレゼンテーションです」プライドの高い木村も、これにはさすがに何も言い返すことができませんでした。

どう考えても、智香の考えがビジネスにおいては正しいでしょう。

これからリーダーとして会社を引っ張り、マネジメントをする立場になっていく可能性があるにもかかわらず、その視点が抜けている。

これは、少しお灸を据えられても仕方がないかもしれません。

相手の発言から問題点は見つかる「つまり柴崎が言いたいことは……」「はい、悪いのは部長ではなく、先輩です」「ったく……随分ダイレクトな表現だこと」「でも全否定しているわけではありません。

今回は先輩のプレゼンテーションの仕方が悪かっただけです」「わ~かったよ。

じゃあ、どうすればよかったんだ?」「プレゼンの最中に部長に言われた言葉で印象に残っているものはありますか?」少し考え、木村は2つの言葉を挙げました。

最初のグラフを見せた時に言われた「わかりにくいグラフだな」という言葉と、進行を妨げられたような印象を受けた「その前にひとつ質問がある」という言葉。

何度か「そもそも……」なんて表現も福島は使っていました。

「なるほど、先輩はだから仕事が遅いんですよ」「(カチン)……おい、よくもまあそこまでいけしゃあしゃあと言えるもんだな」「先輩のプレゼンの悪かった点はおそらくこの2点です」

智香は裏紙を使って簡単なメモを書き、木村に見せました。

4そのグラフで伝えたいメッセージは何か?

グラフで伝えたいメッセージを考えるまず智香は原点から確認することにしました。

プレゼンとは誰のためにするものなのか、心のベクトルはどこに向いていなければならないのか。

「この2つの問題点に共通することって何だと思いますか?」「……サッパリわからん」「上手な表現が見つからないし、間違っているかもしれないけれど……」「はい、島田さんどうぞ」「……相手に優しくない、みたいな。

なんとなくそんな感じ?」「いいですね!とてもよい視点だと思います」プレゼンとは自分の自己満足のためにするものではありません。

相手が知るべき情報を、相手にとってわかりやすく、相手のためを思って伝える行為です。

だとするならば、今回の木村のプレゼンは、相手にとって優しいものではなかったと言えるかもしれません。

「最初の問題点である、グラフについて。先輩は今回の部長への説明にどんなグラフを使ったんですか?」「ああ、最初はこれだ」「みなさん、このグラフを見てどんなメッセージを受け取りますか?」「メッセージ?」「……」「そうなんです。

このグラフを見せられても、何が言いたいのかがまったく伝わらない。

いろんな解釈ができてしまうグラフです。

情報が多過ぎて、相手は何を見ればよいのかわからないでしょうね」「でもさ、口頭で説明するわけだから別にこれでもいいんじゃ……?」「では伺いますが、口頭で説明するんだったら、なぜグラフなんて使う必要があるんでしょうか」「それはオマエが使えと口うるさく言ったからだ!」という言い訳(?)をグッと飲み込み、少し考えた木村はこう切り返します。

「そりゃグラフがないよりはあったほうが伝わりやすくなるからだろ」「なるほど。

では伺いますが、今回のこのグラフは、あったほうが先輩の伝えたいことが伝わりやすくなるものなのでしょうか?」「それは……」「ハッキリ言いますね。

エクセルでつくったグラフをそのまま資料に貼り付けているとしたら、そのやり方はただの怠慢。何も考えずに単なる作業をしているだけです」木村は痛いところを突かれてしまいました。

これまでどんなグラフで見せたらよいかなどという視点はまったく持っていませんでしたし、エクセルでつくったグラフをそのまま貼り付けることがほとんどでした。

「20代後半のことについて説明したいのであれば、そこだけに絞って数字を見せるなり、グラフを見せるなりするべきです。

そうでないと、相手の目線や思考が他の数字に影響されてしまい、余計な会話を生む原因になりますから」「一言で言うなら、余計な数字は見せるなってことですか」「その通りです。

その考え方を持つと、3番目に出した円グラフも改善できます」「これはどんなグラフがいいんですか?」「先輩、このグラフで伝えたいメッセージは何ですか?」「そりゃもちろん、ファッションブランドを想起させるものの約70%を『モデル』が占めるってことだよ」「それ以外は……?」「ない」「だったら、余計な数字は見せなくてもよいのでは?」「なるほど、そうか。

確かにこのグラフを見せた時、部長はすぐに『店頭』の16%についてツッコんできたな」「何か情報があればツッコむ。

それが上司の仕事ですから。

でも、そのツッコミがもし本質的なものではないという確証が先輩にあるならば、あえて見せる必要はないと思いませんか?」

プレゼンは相手のことを考えて組み立てるべきだという主張の根拠がここにあります。

必要なツッコミはぜひしてもらうべきです。

でも、本来不要なツッコミを相手に「させている」としたら、それはツッコむ相手が悪いのではなく、プレゼンテーションの仕方に問題があるからなのです。

木村はようやくそのことに気付きました。

「それから2番目のグラフですけれど」「あ?これも問題があるのか?」「また同じ質問です。このグラフで伝えたいメッセージは何でしょうか」

「ここでは2つだな。Xが4月にドンと大きく数字が跳ね、一方のYは7月以降、秋の実売期にもかかわらず、ゆるやかに減少していることかな」

「変化や推移を表現したければ、折れ線グラフを使うのが一般的ですし、視覚的にもわかりやすいですよ」

「そうなのか?普段あまり棒グラフと折れ線グラフの使い分けなんて考えたことなかったけど」

「要するにこの場合はどんなグラフを使ったら伝わりやすいかなという視点を持つだけでいいのです」

5数字やグラフを見せる順序まで気を遣おう

数字は見せる順番で効果が決まるグラフの使い方に関する智香のレクチャーは、極めて基本的であり、当然「すべき」ことではあります。

ところが一方で、日々仕事に忙殺されているビジネスパーソンには普段なかなか意識して実践できないテーマでもあるのです。

しかし、その「相手を想う」ちょっとしたひと手間がプレゼンテーションの成否に大きく影響することも事実。

今回の智香のレクチャーで、営業部員もその認識を強く持てたようです。

「柴崎さん、グラフの留意点はよくわかりましたが、2つ目の問題点についてはどうでしょうか?」「はい、説明するべき順番についてですね」「フン、順番なんてまったく考えていなかったけどな」「先輩、偉そうに言わないでください(笑)」智香が着目したのは、福島の「その前にひとつ質問がある」という言葉でした。

このように発言するということは、何らかの疑問が解消されないまま説明が前に進んでいることを意味しています。

その何らかの疑問をプレゼンターはスルーしているということになりますから、大いに問題と考えられます。

「その質問ってやつが、『そもそも、なぜモデルを変える必要があるのか?』だった」「まあそうでしょうね。

私でもそう思います。

つまり、先輩はまずこの疑問を解消するような数字やグラフを見せてから、説明をする必要があったということです」「だからそれは外国人ではなくて日本人……」「違います」「ん?何が違うんだよ?」「外国人か日本人かを議論したいのなら、その前に相手の腹に落とさないといけないことがあるはずです」「……?」次の瞬間、近藤と奈々がほぼ同時に声をあげました。

「もしかして……」「ひょっとして……」どうやらこの2人は気付いたようです。

そう、外国人から日本人のモデルにシフトするか否かという議論をするためには……。

「モデルの存在がワタシたちのビジネスにおいていかに大きな影響力を持つのかをまず説明する!」隣で近藤が頷いています。

智香も微笑みながら小さく頷きました。

智香は別の裏紙を使い、手慣れた手つきで図を描いていきます。

「これは簡単な数学の『集合論』で説明がつきます」「出た、また数学……」「ご心配なく。

とても簡単な話です。

よろしいでしょうか。

モデルを職業にしている人の集合をイメージで描いてみました。

まず大きくモデル全体という集合があり、それは外国人と日本人の2つに分けることができます。

さらに、先輩イチオシの重原ユリさんは日本人モデルの集合に属しています」「ああ」「日本人モデルの重原さんを起用したいと伝えたいのならば、①モデルの選定が重要であること、②そのうち日本人が外国人より妥当であること、③その中で重原さんが妥当であること、この順で説明すべきですよね」「確かにそうですね」智香は自らが描いた図に数字で順番を書き込んでいきます。

「そうか、今回俺がやった説明は……」「その真逆をやっていたということになります。

だから、『その前に質問がある』なんてツッコミが入ってしまうのです。

いきなり重原さんにすべきだと主張されても、『何でいまと同じ外国人モデルじゃダメなんだ?』と質問されてしまうのは論理的に考えて当然なのです。

相手に質問をさせてしまう流れに自らがしていたということですね」「確かに……。

いま思えば、会話の流れが部長からの質問を俺が受けるような感じになっていたな。

それじゃ、相手を納得させるプレゼンはできないってことか……」「そうです。

なんとなく想像できると思いますが、いったんツッコミモードになってしまうと、人はすごく細かいところまで指摘したくなるものです。

そうさせてはいけないんですよね」

数字は疑問を持たせない流れで見せる木村が自ら発言したように、今回のプレゼンはいつの間にか、福島の頭に浮かんだ疑問が投げられ、それに対して木村が説明していく流れになっていました。

相手を説得しなければならないプレゼンにおいて、これはまさに後手を踏んでいると言わざるを得ません。

ただし、結論も最後まで大切にとっておく必要はありません。

結論は最初に伝え、その根拠の説明の流れは、相手に疑問を抱かせない順番で行うべきでしょう。

「柴崎さん、ということは結論としては僕たちは何かをプレゼンテーションする際、どんなことに気を付ければいいんでしょうか?」「はい、短時間でプレゼンを終わらせるコツは、相手に余計な質問をさせないことです。

具体的にすべきことは2つあって、数字やグラフは必要なものだけ見せ、説明する順序にも気を配ること。

あと、言うまでもないことですが、結論ファーストで」「なるほど、ありがとうございます」「は~い、勉強になりました~♪」「フン!」

65分間で終わるプレゼンテーション

同じ数字でも見せ方で相手の納得感が変わる

「部長、ちょっとよろしいでしょうか」「ああ、昨日は悪かったな。

時間がなくて」「いま、5分だけ時間をもらえませんか。

昨日の件、コンパクトに説明し直します」「5分か……OK。

会議室行こうか」「いいえ、もうこの場で大丈夫です」木村は前回と同様(でも内容はガラリと変わった)、紙1枚の資料を福島に手渡します。

「結論から言うと、来期からカタログに使用するモデルを重原ユリに変えます」「昨日も言っていたね。

そもそもなぜモデルを変えなきゃいけないの?」「はい、変えないとダメです。

ご存じの通り、まずモデルというのはファッションブランドを想起させたり、イメージを決めるとても大切な要素です。

このように一般的なデータでもそれは証明されています」

「まあそうだね(……でも何でいまの外国人じゃダメなの?)」「そこで競合ブランドの動向を調べてみると、外国人と日本人のスイッチによって変化が起きています。

具体的にはこのグラフ(次の図)で説明します。

このグラフはインターネットにおける競合2ブランドに関する、ブランド名の検索数の推移です。

Xは4月に外国人モデルから有名な日本人モデルにチェンジしています。

一方Yは7月に日本人モデルから外国人モデルにスイッチしたのですが、本来上がってくるべき秋の実売期に数値が低迷しています。

つまり、想起しやすい日本人モデルのほうが認知という点で優位と考えられます」

「ふむ……(だからと言って日本人だったら誰でもいいってわけにはいかないが?)」「そこで問題は変えるならモデルは誰がよいのかということですが、こちらのデータ(次の図)で説明します。

私たちのターゲットである20代後半においては、モデルAとモデルDが適当です。

相違はより年齢の高いほうが支持が高いAと万遍なく支持を受けるDという点です。

考え方はいろいろありますが、万遍なく高い支持があるDを選ぶのがリスクも低く妥当です」

「なるほど、このモデルDがつまり重原ユリだということだな?」「そうです」「大枠は理解した。

じゃあその方向で進めてまた報告してくれ。

最終的には社長の決裁も必要だから、いま見せてくれたデータの裏付けやヌケモレがないか、しっかり確認してくれ。

それから重原ユリを起用しているファッション誌の売れ行きや着用ブランドの動向もだ」「わかりました」「なんだかいつもの木村っぽくないな。

まあいい意味でだけどな」「はあ……」「お前が変わるということは、すなわちこの会社が変わるということでもある」「……?」「おっと、次の会議だ。

じゃ、頼むよ」誰も長く続く会議なんて望んでいません。

誰も意思決定にじっくり時間をかけたいなどとは思っていません。

だからこそ、プレゼンテーションする側のほんのひと工夫は、自分だけではなく、相手の時間をも大切にする行為と言えます。

そしてそれは、会社全体の仕事をスムーズに進めることにも繋がるのです。

IZAKAYATALK7仕事が遅い人は数字の扱い方でわかる

その日の20時半過ぎ、木村はいつもの居酒屋にいました。

もちろん、千春も一緒です。

「ねぇ、ちょっと聞いてくれる?」「ん?おったの?(どうしたの?)」その瞬間、肉じゃがを頬張り過ぎてモゴモゴしていた木村は、まるで子供のようです。

実はこんな姿を見せる瞬間が千春にとっては心休まる時間だったりするのですが。

「まさかいないだろうなと思っていたら、いたのよ!」「ん?何が?」「数学オトコ」木村の箸が一瞬止まります。

しかし、あまり面白くなさそうな話だなと思った木村はまたせっせと肉じゃがに手を伸ばします。

話半分に聞いていたほうがよさそうだという木村の心の中までは、千春は察することができません。

「ふ~ん、千春の職場に?」「そうなのよ!部署は違うんだけどね。なんでも学生時代は数学専攻。前の会社ではマーケティングをやっていたとかで、ここ最近ウチの会社に。で、いまは経営企画室ってところにいるらしいんだけどね」

「ふ~ん、その経営企画室の数学オトコがどうかしたの?」「どうしたも何も、会議に使う資料が複雑過ぎて誰もわからないのよ~!」今度は木村の箸がピタリと止まりました。

「数学オトコがつくる資料ってことは、なんだか難しいことがたくさん書かれているってことか?」「そうなの。

経営分析だか市場分析だか知らないけれど、〇〇〇理論だの△△△の法則だのいろいろとネタを持ち出してきて、さも複雑なことを俺様は細かく分析していますよって感じなのよね」

「ふ~ん。周囲の反応はどうなの?」「そりゃみんな『ポカーン』って感じよ。でも、そんなのお構いなしなの。ああいう人って実際いるのね」珍しく千春は少々ご立腹のようです。

木村はしばらく聞き役に徹することに決めました。

「それは大変だったね。その会議はストレスが溜まっただろう」

「ええ、そりゃもう途中からイライラしちゃったわよ。でね、その時に思ったのよね。いくら学問の数学やいろんな難しい理論を勉強した頭のいい人だとしても、その人が必ずしも仕事がデキる人だとは限らないんだって」

「どういうこと?」

「最近、気付いたことがあるの。理屈ばっかり頭に入った理系くんってさ、意外と資料づくりとか下手。あとね、話が長いのも理系くんに多い」

「……?」「まあ、あくまでも私の感覚だけど」木村は少しずつ話に興味を持ち始めていました。

自分はコテコテの文系。

しかも、資料づくりは苦手だし、簡潔に話すことはどちらかと言えば苦手。

にもかかわらず、いわゆる「理系」にもそういう傾向があると千春は言います。

「でもそう言うからには何か理由があるんだろ?」「う~ん、そうね。ものすごくシンプルにして言うと、『for you』じゃなくて、『for me』って感じかな」「それはつまり……自己中心的だってこと?」「そうね、何でも〝俺が〟な人が多い気がする。

自分の知識や考えが正しいことを説明するために資料を出したり、会議で発言したり。

だからつくる資料は難しいし、出すデータ量も多いし、発言も難しい言葉を使って、ダラダラ演説のように話している。

ちっとも相手のことを考えていない気がするのよね。

実際、数字をバシバシ使っているのはよくわかるけれど、聞いているこっちはなんか腑に落ちない感じがして……モヤモヤした気分」木村は黙って聞いています。

内容自体が今日、会社で営業部メンバーと話していたことにとても近いものだったからです。

業種・年齢・性別……そんなものはいっさい関係なく、やはりプレゼンテーションに必要なものというのは共通しているのかもしれません。

アルコールも手伝い、千春はいつもより饒舌になっていました。

「でね、そんなこと考えながらさっき本屋に立ち寄ったのよ。そうしたらさ、ビビッとくるタイトルのビジネス書があってね~」千春が鞄から取り出した本には、こんなタイトルが付けられていました。

『仕事が遅い人は、数字の扱い方でわかる』

「『やっぱりそうなんだ!』って、嬉しくなっちゃってつい買っちゃった。

だって実際ウチの数学オトコ、頭はいいのかもしれないけど、仕事はなかなか進んでいないのよね」「関係ないのかもしれないな」「え?」「俺たちってさ、みんな無意識に文系・理系ってカテゴライズするよな。

でもさ、結局ビジネスで必要な数学って、もっとずっとベーシックなものなんじゃないかって」「……」「学生時代の数学の成績とか、文系なのか理系なのかなんて、実は関係ないのかもしれないな」「へぇ~。

けっこうまともなこと言うじゃん」「あ?バカにしてるの?」「ううん、感心しているの」「……?」意味深な笑顔を見せて、千春は飲み物を追加オーダーしました。

随分と今夜はお酒が進むようです。

千春は購入したビジネス書をそっと鞄の中に戻します。

実はこの本の帯に書かれているキャッチコピーには、こんな言葉が使われていたのです。

「学生時代の文系・理系は実は関係ない!」

 

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