175%のコストカットができる方法
コスト削減&売上UPキャンペーン!10月を迎え、株式会社ブライトストーンは年始までとても忙しい時期を迎えます。
その理由は3つ。
まず1つ目は、秋の実売期真っただ中。
「いま秋冬物を売らないでいつ売るんだ!?」と木村が各店舗のスタッフに発破をかけるのがこの時期。
春夏物に比べて重衣料が多いこの季節は、1年でもっとも高い粗利を稼ぐことができる時期なのです。
2つ目が、年末年始のセールに向けた準備。
どんなスケジュールで実施するのかを議論したり、ダイレクトメールの作成やPRにも知恵を絞ります。
セールは新規客が獲得できる最大のチャンスでもあるのです。
そして3つ目が、来期の春夏コレクションの展示会の準備。
多くのアパレル企業は12月から1月あたりに、来期のラインナップをお披露目するのです。
車で言えば「新車発表会」のようなもの。
ファッションブランドにとってはとても大切なイベントなのです。
「ああ~、もう忙しい!今日もメシ食えなかったよ」「ワタシもです~。
ちょっと休憩しましょうか」「去年もこんな感じでしたよね」「ああ、まあこの時期は仕方ないんだけどな」ここのところ営業部のメンバーも長時間の残業続き。
足元の売上を気にしつつ、少し先のセールというイベントの成功も必須課題。
かと言って来期の展示会の準備も手を抜くわけにはいきません。
するとそこに福島がやってきました。
「お~いみんな、聞いてくれ」「は~い」返事をしたのは奈々一人。
どうやら他のメンバーは疲労困憊のようです。
「社長から全社員向けに指示があった」「何ですか?いま、とても忙しいんですけど。
これ以上タスクが増えるのは……」「『コスト削減&売上UPキャンペーン』だ」「はあ?」「だから、『コスト削減&売上UPキャンペーン』だ!」近藤と奈々もポカンと口を開けて絶句状態。
福島の命名は少々センスがなかったかもしれませんが、要するにこういうことです。
「つまり、この時期は年間で最大の勝負どころであり、なおかつ多忙を極める。だからどうしても残業が増える。つまり会社としてコストが膨れ上がるわけだ」
「そんなこと言ったって、仕方ないじゃないですか!こっちだって一生懸命……」「もちろんそれはわかっている。
だから残業を減らせとは言っていない」
「じゃあ、どういうことですか?」「つまり、それ以外の方法でできるだけコスト削減の努力をしなさいってことですね」「そう。
なおかつ、この時期は当然売上もアップさせなければならない」コスト管理は言うまでもなく企業にとって重要なテーマです。
しかしながら、企業の営業部門やマーケティング部門などいわゆる「攻め」の仕事をしている人間にとっては、どうしても軽視しがちなテーマとも言えます。
どうやら、木村にまた新たなお題が与えられそうです。
「そこで木村、この件はお前が仕切ってくれ」「はあ?何でですか!?」「社長がお前をご指名だ。
コスト削減なんて今日か明日すぐに劇的な成果が出るものじゃない。
でも、すぐに実践できることがあれば進めてくれ。
どんな小さなことでも構わない。
じゃ、よろしく!」「……どうして俺??」「なるほど」と智香は思いました。
佐野社長はよほど木村の「成長」がこの会社にとって重要だと考えているのでしょう。
普通に考えれば、上司の福島か、あるいは別の管理部門が旗振り役をするべきものでしょうから。
コスト削減のカギは「割合」
「先輩、コスト削減方法をじっくり考えている時間はありません。いま、まさにこの瞬間もコストは発生していますから。すぐに何かを実行に移さないと」
「んなこと言われてもだなぁ~」
「ひとつだけヒントを差し上げましょうか」「いや、別に頼んでないし」
まるで子供のような態度。
仏頂面でしばらく智香と目を合わせようとしなかった木村ですが、観念したのか智香のほうを向き「ヒント」を聞くことにしました。
ところが、実はその「ヒント」がこのあと木村にとって最高のプレゼントになるのです。
「割合で考えてみてください」「……何だそれ。ヒントになっていないぞ」「よく考えてください。
私たちは、いま何にどのくらいコストがかかっているかってすべてをすぐに把握することはできませんよね。
ということは、金額という実数でいくら考えても、答えは見つからないってことになりませんか?」「……」「だったら割合で考えてみる。
〝○○をしたらそのコストの□%が削減できる〟という感じに。
この□%という数字が大きいもののうち、すぐにできるものから優先的に着手するんです」反応のない木村でしたが、次の瞬間、ひらめきます。
「割合」で考えろ、という智香のアドバイスのおかげで、どうやらひとつ具体策が見つかったようです。
「ある。すぐにできることがひとつだけ」「え?何ですか?」「しかも、削減率は75%だ」ニヤッと笑った木村のその顔は、いつも以上に得意げな満面の笑顔でした。
2数字のチカラが全社員を動かした
数字を見せて意味付けをする
翌朝、株式会社ブライトストーンの全社員宛に、木村からメールが流れました。
このメールに対する社内の反応は上々でした。
提案している内容はごく当たり前のこと。
しかし、ちょっと努力すれば75%もカットできるというわかりやすさと、自分のちょっとした努力で「コスト75%カットに貢献した」という事実が、社員を積極的に動かすことになったのです。
「木村、今朝のメールいいじゃないか~!早速みんな意識しているみたいだぞ」「へへ、まあこんなもんっすよ」「この75%カットになるんだ、っていうのがミソだよな。
よ~く考えてみたら、こんなに簡単に75%カットできる方法って他にないもんな」「でも、紙代なんてたかが知れていますけどね……」「いやいや、こういうのを続けることが大切なんだよ!」「これっておそらく具体的な金額で伝えても小さな額なので誰もピンとこないし、動かないと思うんです。
でも、75%というわかりやすい数字を見てみんな動いた。数字のチカラってこういうことなんだなって思いましたよ」
木村はデスクに戻り、明日の会議の資料をプリントアウトします。
当然ながら、スライド4枚で紙1枚。
逆に、いままで何でも1枚ずつ印刷していた自分を少し反省する、よいきっかけになっていました。
すると、そこに智香が戻ってきました。
「メール、見ました」「ん?ああ……」「みんな協力してくれているみたいですね」「ああ……まあな」「よかったですね」数字や記号はみんなに届く「……」さすがにここでは智香にお礼を言わなければならないと思った木村は、妙な緊張感に包まれながら、唾を一度飲み込みます。
意を決して、「ありがとう」と言おうとしたその時でした。
「でも、あのメールの文章はあり得ませんね」「は?」「いい歳した中堅社員が、あんな学生みたいなメール。
恥ずかしくないんですか?」「あのなぁ!あれは……なんというか、俺のスタイルなんだよ。
それにちょっと砕けた感じでお願いしたほうが、みんなもノッてくれるかなと思って。
ほら、こういうのってノリも大事だろ?」「ノリは必要ありません。
必要なのはロジックです」「ま~た始まった」それきり、2人は会話することなくお互い仕事に取りかかりました。
せっかく智香にお礼を言うチャンスがあった木村でしたが、この様子ではどうやら無理のようです。
ところが、ふとあることを思い出した智香から木村に声をかけます。
「そういえばひとつ言い忘れていました」「あ?」「最後に書いてあった公式。
あれは素晴らしいと思います。
先輩のメッセージがとてもわかりやすく伝わってきました。
数学の記号も使ったりして、プレゼン手法としてお手本にしてもいいくらいです」「お、おお。そうか、それはどうもありが……」「でも、最後の絵文字は論外ですけどね」
3人件費を増やさず、売上を増やせ
人事にも相関係数が使える
翌日、木村はあるデータをじっと睨んでいました。
「コスト削減の努力をしつつ、売上もアップさせろ」という社長からの命題は、無茶な話と考えることもできるし、でも一方ではビジネスである以上、当然実現させるべきことでもあります。
次に木村が目をつけたのは、店舗スタッフの人員配置でした。
この数か月で全国の店舗視察をしたところ、明らかに人手が足りていないように見える店舗と、スタッフが暇を持て余している店舗がいくつかあるように感じたからです。
これまで店舗スタッフの人数に関しては店長の希望と店舗の売上規模のみで決めていました。
いまから思えば、ちょっと甘かったのかもしれません。
そこで、木村は全国10店舗の従業員数と過去1年間の売上額との関係をまとめてみました。
縦軸の従業員数は12か月で実質稼働したスタッフの累計数です。
たとえば、12か月間ずっと4人でまわした店舗は、4×12=48人として累計数を算出。
その結果が上のデータであり、いま木村がじっと睨んでいる「相手」なのです。
「せんぱ~い、何見てるんですか?」「ああ、ショップごとの売上額とスタッフの数だよ。
もしかしたら、人員配置で何か改善できることがあるかもしれないと思ってね」「スタッフが多過ぎたり、少な過ぎたりってことですか?」「そう。
奈々ちゃんはこれを見てどう思う?」奈々はしばらくじっと考えていましたが……。
「柴崎さんが教えてくれた相関係数を計算してみたらどうです?」「おお、店の売上額とスタッフの人数にどのくらい相関があるかってことか。
面白そうだな」
木村は早速エクセルのデータを持ち出し、以前智香にレクチャーされたエクセルの関数「=CORREL()」を入力し、相関係数を算出してみました。
気が付くと横から近藤もその様子を覗き込んでいます。
相関係数=0.5894……「……え〜っと、ということはつまり??」「〝そこそこ〟正の相関があると」「……だから何なんだっけ?」「……スタッフが多ければ多いほど、売上も高い傾向にあるということか。
まあでもこのグラフも確かにそんな感じに見える気もするな」「……」3人の感じたことは同じでした。
そもそも方針として予測できる売上規模が大きいところにはスタッフを多く配置していたわけですから、この結果はある意味では当然なのです。
しかし……。
「そういう時はどう考えればいいんでしたっけ?」「あ、柴崎さん」「なんてタイミングのいい……」「フン。
いま、俺たちで考えているところだよ」「……」「……そうか」「気付きましたか」「裏を返す!」仮説をもとにデータを読む木村は気付きました。
予測した売上規模の大小によって配置するスタッフの人数は決めていました。
にもかかわらず、実際の売上額と人数には〝強い〟正の相関は見られません。
この事実は裏を返すと、多く人数を配置しているにもかかわらず、売上があまり高くない店舗がある。
そして逆に、少ない人数にもかかわらず思ったより売上が高い店舗もあることを示唆しているのです。
「そうか」「確かにそう言えますね~」「相関係数を見れば、そうやって〝アタリ〟をつけられます。
そして改めてグラフを確認すれば、具体的にどの店に着目すべきかがわかります。
ただし、先輩のつくったグラフはもうひと工夫するといいですね」「ひと工夫?」「はい。
見ての通り、明らかに1店舗だけ他と異なる店舗がありますよね」「右上のデータのことか?これは表参道店だ」「はい、このようなデータは外して分析するとより正確な把握がしやすくなります。
たとえば私だったらこのようにします」智香が少し手を加え、グラフをつくり変えます。
まず表参道店のデータを除き、さらにそのグラフを大きく4分割して見えるよう点線を描き加えました。
4異例の人事異動は「数字」で決めた
データを「言葉」で表現してみる
確かにこのようなグラフにすれば〝そこそこ〟の正の相関があることがイメージで掴め、どのショップにどんな傾向があるのかが把握しやすくなります。
「細かく1店舗ずつ考察する必要はありません。売上の大小、人数の大小で計4つのエリアに分ける程度で十分です」
「なんか……どっかで見たな、こんな感じの」「思い出しましたか?相関係数の正負がどんなロジックで決まるのかを説明した時です」
「そうだ。あの時も4分割にして考えたな」
「はい、視覚的に4分割にしたほうがわかりやすいですから。まず、この4つのエリアの特徴をそれぞれ言葉で表現するとすれば、どうなりますか?」
「右上のエリアは売上が高く、かつスタッフの人数も多い」「そうです。
他も同じように考えればこのようになります」【右上】スタッフ数が多く、売れている店(新宿店京都店梅田店)【右下】スタッフ数が少なく、売れている店(名古屋店博多店)【左上】スタッフ数が多く、売れていない店(横浜店心斎橋店)【左下】スタッフ数が少なく、売れていない店(神戸店広島店)「わかったぞ。
当然問題になるのは売上が少ない店舗になるから、この場合は左側の4店舗に注目する。
そして、左上のエリアに入っている横浜店と心斎橋店は売上の割にスタッフが多い」「ってことは、スタッフはそんなにいらないかもしれないってことですか?」「そうだ。
そして左下のエリアに入っている神戸店と広島店はスタッフも少ないし売上も低い」「もしかしたら、ここは逆にスタッフが少ないから機会損失している可能性があるかもしれない、ということですか?」
「私もみなさんと同じように考えます。
右側の5店舗は、売上がよいという意味で現状は問題なしと考えましょう。
ということは、この分析から導かれる施策はいったい何でしょうか、先輩?」3人の視線が木村に集中します。
ほんの数秒だったでしょうか。
考えを巡らせていた木村の顔がスッと上がります。
その結論は、この数か月で自ら店舗視察をして得た肌感覚と見事に一致していたのです。
「左上エリアに入っている店舗のスタッフを何名か減らし、左下エリアに入っている店舗に異動させる。
スタッフの頭数、つまり人件費は増やさずに短期間で売上を最大化できる可能性が高い選択は、おそらくそれだ」「はい、私もそう思います(ニッコリ)」その後、緊急会議で福島とも相談した結果、横浜店と心斎橋店スタッフを急遽、数名ずつ神戸店と広島店へ異動させることに決定しました。
その際に木村が使った資料は先ほどの4分割のグラフのみでした。
余計な情報や数字は見せず、シンプルに伝えたことで福島も短時間で意思決定することができたようです。
「WIXY」は各店舗ともそれほど大きな店構えではありません。
あまり暇そうなスタッフがたくさんいるショップだと、お客様にとっては入りにくい店舗になっているかもしれません。
一方、じっくり接客してほしい客層が多いショップであれば、スタッフが足りないことは致命傷です。
よく考えてみればわかることですが、全10店舗の商品ラインナップはもちろん、雰囲気やディスプレイなどもほとんど変わりはありません。
しかしながら「人」は大きく違います。
売上に大きく影響する要素と考えるのは妥当でしょう。
じっくり検証をしている時間はありません。
今回はそのような考えのもと、ブライトストーン社はひとつ大きな意思決定をしました。
数字で決めると納得感が違う実売期であるこの時期にショップスタッフが突然異動するというのはあまり例がありません。
木村をはじめ営業部員は該当店舗のスタッフに対するメンタル面でのケアもあわせて行っていくことになりました。
「今回の件は随分大胆な人員転換だ。
混乱が起こらないようにケアを頼むよ」「はい、わかっています」「ところでひとつ聞きたいことがあるんだが」「はい、何でしょうか?」「いままでの木村なら、ショップスタッフの配置に関しては人一倍こだわりがあったはずだ。
私が意見しても決して譲らないこともあったよな。
たとえば、コロコロ人を入れ替えるのはよくないとか」「はは……。
確かにそんなこともありましたね」「ところが今回の件はアッサリと配置転換を決めた。
しかもこんな大胆なプランだ。
いったいなぜだろう?」智香は隣にいる木村の表情を窺います。
木村は少し考え、横目でチラリと智香を見てから、キッパリこう答えました。
「『WIXY』が俺の個人ブランドだったら話は違います。
でも、そうじゃないですからね。
数字がそう示しているなら仕方ないかなと思って。
それでうまくいかなくても、きっと周囲は納得してくれます」「……そうか」「先輩、最近なんか少しだけ変わりましたね」「フン、別に前と何も変わってねぇよ」今回の人員配置転換は結果的には奏功しました。
勝負どころである実売時期に横浜、心斎橋、神戸、広島の4店舗の売上は見事に伸びたのです。
このままいけば、年末年始のバーゲンセールはベストな人員配置で勝負ができそうです。
あの配置転換は、まさにギリギリのタイミングだったのかもしれません。
5ファッションバカ、唯一の正論
ファッションバカだから言えること
11月のある日のことです。時刻はもう22時をまわっていました。
オフィスに残っていた木村と智香はたまたまタイミングよく(悪く?)、同じタイミングで会社を出ることになりました。
最寄駅までの夜道を無言で並んで歩く2人。
沈黙が苦手な木村は、業を煮やして話しかけます。
「おい」「あの、昭和の夫婦じゃないんですから、その呼び方やめてもらえませんか?」
「……すごいたとえ方するな。わかったよ」沈黙は20秒ほどだったでしょうか。
「ひとつ頼みがある」「はい、何でしょうか」「ウチの製品を着て仕事をしてくれないか?」智香の足がピタリと止まります。
いつもの調子で冗談を言っているのかと一瞬思いましたが、木村の表情や声のトーンはいつもの「それ」とは明らかに違うものでした。
「……なぜですか?」「オマエの仕事の仕方や能力はよくわかった。数字を使うことや数学的なものの考え方がビジネスで必要なことも否定はしない。でもな、やっぱり俺たちはファッションビジネスをやっているんだよ」「……」
「ウチの製品のこともちゃんと知ってほしいんだ。魅力や特徴とか、そういったものを感覚的にインプットしてもらいたいんだ。そうした上で、いろんな提案をしてほしい。本来、営業担当だったらそれはマストだ」「……」珍しく智香は狼狽していました。
ファッションには少しも興味がなく、「WIXY」のようなテイストの洋服はプライベートでもほとんど着たことがありません。
TPOに合わせて、相手を不快にさせない服装であれば何でもよい。ファッションなどで余計なエネルギーを使いたくない。それが、柴崎智香のファッション観だからです。
「うまく説明できないけれど、たとえば居酒屋の店員はその店のメニューを全部食べて味を知っているべきだよな。
そうでないヤツに『この店のオススメは串焼きです』って言われても、俺は納得いかないわけよ」「……」「俺たちのビジネスのお客様も、その商品を愛していて、魅力を理解していて、心から『オススメします』って言える人からウチの商品を買いたいモンだと思うんだよ」智香はこれまで、「指導者」という視点で仕事に携わってきました。
佐野社長からそれを求められていたわけですから、ある意味では当然のことです。
しかし、その一方で株式会社ブライトストーンの営業部に所属し、「WIXY」というブランドを世の中にオススメしていく立場でもあるわけです。
女性であるにもかかわらず、自社製品を自らまったく理解しようとしない智香に対する木村の言葉には、間違いはひとつもありません。
「……初めてですね」「あ?」「初めて正論を言いましたね」「……」「確かに私が苦手なことです。
だから、避けてきました。
でも、これに関しては先輩の言う通りだと思います」「人の意見を認めることもあるんだな」「当たり前じゃないですか」こうして2人は最寄駅の改札で別れました。
やってみて初めてわかることもあるそしてその2日後、営業部に衝撃が走ります。
「ぶわっははは~!(笑)」「柴崎さ~ん、どうしたんですかぁ~!?」「げげ……」なんと、智香が初めて「WIXY」の製品をフルコーディネートで着用し、出社してきたのです。
赤のVネックニットになんと花柄スカート。
足元はOL定番
の黒いブーツ、首元にはストールまで巻いてアクセントをつけています。
「し、柴崎さん!?今日はどうしたの??今夜デートでもするの?」「柴崎さん、超似合いますよ~!モテOLって感じ♪」「ぶわっははは~!モテるわけないじゃん。
それにコイツにはデートする相手なんていないよ。
ひ~くくく……(笑)」「先輩、笑い過ぎ……」智香の刺すような視線が木村に向けられています。
「先輩、マジでムカつくんですけど」「いや~すまんすまん。
いままでと、あまりに違うんでね。
でも、着てみることで何か感じることもあるんじゃない?」「ええ、まあ。私でもなんとか〝着れる〟ってことは、ファッションに疎い人がちょっと背伸びすれば着こなせるって位置付けのブランドなのかもしれません。まだよくわかりませんけど」この日、木村は一日中ずっと智香の服装をからかい続けたのでした。
ほんの少しだけ心に芽生えた「嬉しい」という本音を隠すために。
6好調の要因、取材させてください!
木村への思わぬご褒美
12月に入り、冬を感じさせる寒さが続くようになりました。
株式会社ブライトストーン営業部は3日後に控えた、来年度の春夏コレクション展示会の準備で大忙しです。
しかしながら木村の提案で続いているコスト75%カット企画により、明らかにコピー用紙の消費ペースが激減しました。
削減されるコストの額は極めて小さなものですが、それよりも大きかったのは社員のコスト意識定着に一定の効果があったことです。
また、12月に入っても各店舗の売上は好調な推移を見せています。
昨年度よりはよい数字が出ることは間違いないでしょう。
時刻は13時過ぎ。
ちょうど外出先から戻ってきた木村がデスクに座ったと同時に、内線電話が鳴りました。
「はい」「あ、木村?いま、ちょっと時間ある?第一会議室なんだけど」「あ、社長。
はい、わかりました。
すぐに行きます」受話器を置くとすぐに会議室に向かい、ノックをして中に入ります。
そこには佐野と智香が座っていました。
木村は智香の隣にゆっくり腰を下ろします。
「おお、悪いね」「はあ、何ですか?」「いや、実はな……」佐野の説明によれば、「WIXY」の昨今の好調の要因を取材したいと、あるテレビの情報番組から依頼があったとのこと。
20代後半のOLからの支持が高まっている理由と、数字が伸びている秘密をぜひ取材したいとのオファーです。
「テ、テレビですか!?スゴイじゃないですか!」「まあPRの絶好の機会であることは確かだな」「そうっすよ!社長がインタビューとか受けるんですか!?」「いや、私ではないよ。
キミたち2人に出演をお願いしようと思ってな」「え?どうしてですか?」「いや、私はそういうメディアに出たりするのはちょっとな……。
それにキミたちみたいに若い者が出たほうがイメージもいい」正直、そのような経験のない木村の心は躍っていました。
ところが、一方の智香はそうではないようです。
「私はお断りします」「……何で?」「……」「私も社長と同じく、そういうのはちょっと」「でもさ、昨今の好調は間違いなく営業部のキミたち2人の貢献があるからだよ」「……」「その仕事ぶりと、ブランドの魅力をPRしてくれればいいんだけどな」「……まあ、あれだ。
社長の言う通り、オマエがいなければおそらくこの取材がくることもなかったかもしれないしな」「お断りします」「だから、何でだよ」智香は観念したように、ひとつため息をついてから……。
「……私なんかが出て、ブランドのイメージが悪くなったら困ります」「ぷっ(笑)。
オマエでもそういうこと気にするんだ。
ちょっと意外。
くっくっく」「笑うなんて最低。
とにかく絶対出ませんから」「ははは、わかった。
じゃあ今回は、木村一人にお願いしよう。
頼むよ」「わっかりました!いや~楽しみです♪」上がりっぱなしの木村のテンションに水をさすかのように、佐野が言葉を続けます。
いつもはニヤニヤしながら、のらりくらりと話をすることが多い佐野ですが、この時の表情は真剣そのものでした。
「それからひとつ、木村に言っておきたいことがある」「……え?」「私が柴崎さんをウチに連れてきた理由、キミならもうわかるよね。
私は会社のエースが直感や気分だけで仕事をしてもらっては、いつかこの会社は危機を迎えると思っている」
「……」「キミへのリクエストはただひとつ。
数字を使って、仕事ができるようになってほしい。
それだけだ」「……はい」「柴崎さんの指導もよかったんだろう。
実際に仕事の仕方が変わってきたようだし、コスト削減の努力をしつつ売上も伸ばすという難しい宿題にも一定の答えを出した」「それは……あの……」「今回の取材はちょうどそのご褒美にピッタリかもしれないな」こうして株式会社ブライトストーンはテレビの情報番組の取材を受けることになりました。
OLをターゲットにしたビジネスをする、いま旬な企業をおよそ5分間で紹介するコーナーに店舗の様子や社内の様子とともに木村が単独インタビューに応じるという内容です。
明日はいよいよ取材の日取材前日の夜、木村は早々にオフィスから出るため身支度を始めます。
「あれ~?先輩、今日は早いお帰りですね~」「おう、ほら、明日アレだからさ☆」「テレビの取材でしたよね」「そう!だから、いまから美容院行ってさ、今夜は顔パックして早く寝ないとな。
じゃ、お先に~♪」合コン前日のOLのような木村の思考回路に、隣のデスクで仕事をしていた智香はあきれてただ絶句するばかりでした。
気分は上々の木村はオフィスの外に出ると、千春に電話をかけました。
明日のインタビューのことを、まだ伝えていなかったからです。
これまで千春の何気ない言葉が木村にいくつかの「気付き」を与えていたことは、木村自身がよくわかっていました。
「へえ~!インタビュー!?テレビに出るの!?スゴイじゃない!」「ああ、まあな」「ますますブランドも注目されるわね。
よかったじゃない」「ああ」「何よ、なんだか素っ気ないわね」「まああれだ、いろいろとありがとう」「……何が?」「いやいや。
何でもない。
ハハハ~」「ねえ、私よりも数学女子にお礼言ったほうがいいんじゃない?」電話を切った木村は振り返り、オフィスのあるビルをしばらく見上げていました。
7「数字」が武器になることを教わった
全社員が注目!そして待ちに待ったオンエア当日、時刻は18時20分。
コーナーの放送まであと10分というこのタイミングで、株式会社ブライトストーンの全社員がオフィスに設置されたテレビの前に集合していました。
この光景をたとえるなら、サッカーワールドカップ日本代表の試合を観戦するためにサポーターが集まったカフェといったところでしょうか。
木村はこの取材内容がどんなものだったのか、この日まで社内の誰にも語ろうとはしませんでした。
むしろ誰も見なくていいとまで言います。
「あの木村が……絶対おかしい」それが逆に社内の関心を引いたのでしょう。
中央にはニヤニヤしながら座る佐野、その隣には明らかにテンションの低い木村、反対隣には福島、もちろん近藤や奈々も最前列に陣取っています。
智香はというと……、だいぶ後方で腕を組んでテレビ画面を見つめています。
木村がインタビューで語った本音ついに放送が始まりました。
表参道店をはじめとする主要店舗の外観と展開が映し出され、続いてブライトストーン社のオフィス。
真剣に仕事をしている社員の姿が映像で流れています。
勤めている会社がテレビで紹介されるというのは、社員である彼らにとっては大きな喜びであり、モチベーションアップにもなります。
それが、佐野社長が今回の取材を受けた裏の理由でもありました。
ついに木村の単独インタビューが流れ始めます。
女性インタビュアーとの1対1での対話形式で話が進んでいくようです。
「『WIXY』は、いま20代後半のOLがとっても注目しているブランドということなんですけれど、その魅力はいったい何なのでしょう?」「はい。
着回しが効くベーシックアイテムの豊富さと、オフにちょっとだけ冒険してみたいというオシャレ心に答える〝ハズシ〟のセンスだと思っています」「なるほど~。
そのあたりの商品バランスを考えたり、見せ方を考えていらっしゃるのが木村さんなのですね。
私が言うのも失礼かもしれませんが、見るからにオシャレですもんね」「いやいや、でもファッションは感性のビジネスですから。まあ正直ボクの力は大きいと思いますよ」
社内は爆笑と悪意のないブーイングで大盛り上がりです。
「まさに木村さんはブライトストーン社のエースなのですね。では他に何か好調を支えている秘訣があれば、可能な範囲で結構ですので教えていただけますか?」「数字です」「は?」「スウジ。1、2、3、4、の数字」大盛り上がりだったブライトストーン社のオフィスがピタッと静まり返ります。
「数字……ですか?」「はい。先ほどファッションは感性のビジネスだと言いました。けれど、感性だけでビジネスをしていては絶対に勝てません。ある意味で対極にある、論理的に考えて数字を扱う能力が時には必要になってきます」
「なるほど。ということは木村さんは学生時代は理系だったのでしょうか?」「いいえ、コテコテの文系ですし、いわゆる数学アレルギーってヤツです。
でも、今年に入って俺とは真逆の能力を持った数学オンナが仲間になりました。これがダサいメガネかけた冴えない感じのオンナなんですけどね」「は、はあ」「そこから、俺の仕事の仕方が少しだけ変わりました。
そして、少しずつですがいろんなことがうまく進むようになってきたんです」「ということは、その新しく入社された方の影響が大きいということですか?」「まあそうですね。
ファッション業界にああいうタイプの人間って少ないんで、ウチの会社にとってはメチャクチャ強みです。
ビジネスでは本当に数字が武器になるんだってことを俺はあの数学オンナに教わりました。
最初はエライ腹の立つヤツでして……まあ、いまでは少し感謝しているんですけどね」こうして支離滅裂なインタビューが終わり、およそ5分間のオンエアは終了しました。
木村が智香に伝えたかったこと
佐野がすぐに木村に声をかけます。
「おい、木村」「はい、すみません。実は途中から自分でも何言っているかわからなくなりまして」「違う、そうじゃない」「は?」「ああいうことは公共の電波を通じて言うのではなく、直接言うモンじゃないのか?」テレビの前に集まっていたメンバーたちが、みんなニヤニヤしながら木村を見ています。
この状況と無言の圧力に観念したのか、ゆっくり後ろを振り返ると智香もバツの悪そうな表情でこちらを見ています。
「おい」「昭和の夫婦じゃありません」「……ったく」沈黙は5秒ほどでした。
「……まあ、あれだ。柴崎のおかげでいろいろ勉強になっているし、いまは仕事が以前より充実している。……どうもありがとう」
「いいえ、仕事ですから。ところで、いまのほうが昔より仕事が充実しているんですか?」「ああ、まあな」「数字が入っていませんけど」「は?」「そこは、数字を入れて説明してください」2人が出会ってから、まだたったの8か月。
これからも衝突しながら、木村は数字という強力な武器の使い方を学び、真の「エース」へと成長していくことでしょう。
おわりに
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
あなたの目に、木村斗真という人物はどのように映ったでしょうか。
「あはは、ダメなヤツだなぁ」「いるいる、こういうヤツ」……笑いながら未熟な彼の奮闘ぶりを見守っていた方も多いかもしれませんね。
しかし、そんなあなたに私は次の質問を投げかけたい。
「ところで、あなたはいま職場で柴崎智香になっていますか?」と。
いまあなたは、少なくとも自分は木村斗真ではないと思っているかもしれません。
しかし、本当にそうでしょうか。
知っていることと実際に現場でできることは、やはり違うのです。
本書をお読みいただいたあなただからこそ、どうかあなたの職場の〝智香〟になってください。
それが、私の心からの願いです。
またいつか、主人公の2人と共にみなさんにお会いできる機会を楽しみにしています。
2013年7月深沢真太郎
深沢真太郎(ふかさわしんたろう)1975年生まれ。
日本大学大学院総合基礎科学研究科修了(理学修士)。
BMコンサルティング代表/ビジネス数学・カレッジ学長。
(社)人財開発支援協会認定インストラクター、(財)日本数学検定協会認定トレーナー。
予備校講師を経験後、ファッション業界にて主に外資系企業のマネジメント職を歴任し、コンサルタントとして独立。
専門分野はビジネス数学。
企業研修や大学講座でコンサルティング活動を行っており、約3000名に指導。
2013年には「ビジネス数学・カレッジ」を開講し、学長として指導にあたっている。
著書に、『「仕事」に使える数学』(ダイヤモンド社)、『こまったら、〝数学的〟に考えよう。
』(すばる舎)、『たった9時間でSPIの基礎が身につく!!』(一ツ橋書店)がある。
★ビジネス数学・カレッジ~BusinessMathematicsCollege~http://www.bmcollege.com★ご感想をぜひお聞かせください。
必ずご返事を差し上げますinfo@bmcollege.com
この作品は株式会社日本実業出版社『数学女子智香が教える仕事で数字を使うって、こういうことです。
』(2013年8月1日発行)に基づいて制作されました。
数学女子智香が教える仕事で数字を使うって、こういうことです。
(電子書籍版)Ver1.12016年9月1日発行著者深沢真太郎S.Fukasawa2013発行者吉田啓二発行所株式会社日本実業出版社東京都新宿区市谷本村町3-29〒162-0845http://www.njg.co.jp/制作協力壮光舎印刷株式会社無断転載・複製を禁じます。
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