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1章 成功している人は知っていた、神社に仕組まれた秘密の力

「祭祀により神々は喜び、その神々もまたあなた方を喜ばせる。互いに喜ばせ養いあって、あなた方は最高のしあわせを得るであろう。」 (『バガヴァッド・ギーター』第 3章・第 11節)

目次

[プロローグ] Prologue 科学者が〝商売あがったり〟になっても伝えたい「神社の真実」

◉あなたはもう、神さまに目を付けられてしまっている!?

本書を手にとってくださって、ありがとうございます。あなたは、神さまよりひとつお役目をさずかりました。そのお役目とは ⋯⋯。

神社に来て「世の中をよくしなさい」というお役目です。いまや世界中から神社にお参りに来る時代。神社の神さまは、世の中をよりよくする「成功していく人」を増やすために、いよいよ大きく動き出しているのです。

もちろん、この本を手にとってしまったあなたも神さまに目を付けられたひとりなのです。ホントですよ。

「神社に行くと成功する? そんなバカな(でも、ちょっと気になる ⋯⋯)」「神さまには願いごとをするものじゃないよ。神社は感謝するところだから」 こんなふうに思われた方もいるでしょう。

日本に住む人ならば、きっとそれぞれ神社へのイメージがありますね。

本書では主に2つの視点から、神社の「見えない仕組み」をひもといています。ひとつは「統計データ」から。もうひとつは「触覚」からです。

僕は科学者として、これまで企業や大学で心理テストの開発や新商品の開発に取り組んできました。英語で Ph. D.とよばれる博士です。

データを集めて統計分析して、見えない心の仕組みを見える化するプロです。すごい「かた〜い」人間に違いない! と思われたかもしれませんね。

この科学者の視点から、わかりやすく論理的に、神社の見えない仕組みをご説明します。

さらに僕は「触覚タイプ」の霊能者です。「かた〜い」に加えて、「怪しい」という印象も加わったでしょうか(苦笑)。

霊能にはいくつかタイプがあります。見えないものが見える視覚タイプ、見えないものの声が聞こえる聴覚タイプ。この2つはおなじみですね。

そして触覚タイプは、見えないものを感じます。手や身体でさわるように、見えないものの存在を肌で感じます。

たとえば目隠しをしても、近くに人がいれば気配を感じるし、ふれられると気づきますよね。そんなスピリチュアルな触覚からも、神社の見えない仕組みをひもといていきます。

これは科学者としては〝商売あがったり〟になりかねない、危険な取り組みです(笑)。迷惑をかけないよう、研究員をしていたコンピュータメーカーは辞めました。

年収は 1000万円近くあったので、本当にもったいない話です。そんな危険をおかしてまでも、僕は、いまどうしてもあなたに伝えたいことがあります。

それは ⋯⋯ 神社には「意思のある知的生命体」がいて、世界に大きな影響を与えている、 ということ。神社で感じるたびに「これが日本の神さまか!」と感動しています。

「神さまで〜す」と名乗られたことはありませんが、体感するのはしょっちゅうです。そして「誰もが」神社の神さまと交流しています。

ただ神社の空間にいるだけで、あなたと神さまはコミュニケーションしているのです。「神さまって ⋯⋯なに? 私たちとどう関わっているの?」 こう思う方もいるでしょう。なにせ実体がないですから。

神さまとはいわば「知的な空気」です。意思と目的をもった透明な存在です。風や雲のように移動します。注意すれば誰もがその存在に気がつきます。

「え〜、私にも、わかるのかな〜?」 そう思われる方もいるかもしれませんが、大丈夫。なにも特別な力は必要ありません。神さまのサインに気づくのは、すごくかんたん。

これまで僕と一緒に神社に参拝した人たちも、教えるとすぐにわかりました。

「ほら、風が吹いてきた。これが神さまのサインだよ」「ああ、あの雲が龍神さまなんですね〜!」 ほんと、こんな感じです。風を感じたことのある人なら、わかります。もしコツを一言でいうなら「見る以外」を意識すること。

人間は主に視覚と聴覚で情報を得ますから、どうしても「見て聞いて」しようとするクセがあるのですね。

でも神さまって見えないし、しゃべらない。だから「感じる」ことが大切です。人や動物が近くにいると、存在を感じますよね。大自然の中にいると「気持ちいい」と感じます。その感覚です。

その感覚をもっと意識すれば、「目に見えない世界」がどんどん開かれるでしょう。

◉日本を動かした天下人は必ず神社に参拝している

昔から日本の多くの成功者は、神社を「特別な場所」だと知って参拝してきました。「天下を取った人」は必ずといっていいほど特定の神社を信仰しています。

その筆頭は天皇家の方々。2000年以上前から、歴代の皇族は日本各地の神社を参拝してきました。

なぜ天皇家は、世界でもっとも長続きしている王家なのか? その答えは神社をつくりお祭りしてきたからです。

天皇は権力者から宗教的な存在に変化していきましたが、実際の権力をにぎった人たちも、やはり特定の神社に参拝しています。

まず貴族の代表・藤原氏ではじめて天皇家を左右する権力をにぎった藤原不比等は、「春日大社」のもとになった神さまを祭りました。春日大社は、鹿島神宮と香取神宮と枚岡神社が合体したスーパースター軍団のような神社です。

その藤原氏から権力をとりもどした白河上皇は「熊野詣で」をくりかえしました。熊野古道をたどり熊野本宮大社や速玉大社などを 9回参拝しています。

つぎに天下を取った平清盛は「嚴島神社」に参拝し、平家の天下を実現しました。

その平家をたおし、鎌倉幕府を開いた源頼朝、罪人として伊豆にいたころに「箱根神社」と「伊豆山神社」にくりかえし参拝しました。

その他、天下人を並べると、初代執権・北条時政は湘南の「江島神社」。室町幕府を開いた足利尊氏は福岡の「宗像大社」「香椎宮」の力を借りました。豊臣秀吉は滋賀の「日吉大社」「竹生島神社」。

そして、 1章でくわしくお伝えしますが、江戸幕府を開いた徳川家康は日本史上もっとも戦略的に神社を活用した人物でした。

神社を熱心に参拝していない天下人は、じつはゼロなのです。

「ま、昔の人はねぇ。いまは科学の世の中だよ(半笑)」 そう思う方もたくさんいらっしゃるでしょう。しかし神社が特別な場所なのは、科学全盛の現代でも変わりません。

もっとも成功した総理大臣・佐藤栄作は、総理になってから毎年1月 4日の仕事始めに「伊勢神宮」に参拝しました。

佐藤栄作は歴代最長の 7年 8か月も総理をつとめ、 1974年にはノーベル平和賞まで受賞しています。その成功の秘けつは仕事始めの伊勢神宮参拝にあったのです。

以降、総理による年初の伊勢神宮参拝は慣例になりました(形だけ真似しても ⋯⋯以下略)。企業の成功でも神社は重要です。経営の神様といわれる現・パナソニックの創業者・松下幸之助は、社内のあちこちに神社をつくりました。

本書でもくわしくお伝えしますが、社内に「祈りの場」をつくることが、松下流の経営術だったのです。

出光興産を創業し、大ベストセラー『海賊とよばれた男』(百田尚樹著/講談社)のモデルになった出光佐三は、生涯にわたって「宗像大社」をあつく信仰しました。

海賊とよばれた男も社内のあちこちに宗像の神をお祭りしたのです。

西武グループを創業した堤康次郎は、箱根の「九頭龍神社」と「箱根神社」です。駒ヶ岳山頂に箱根神社の元宮を再建し、九頭龍神社本宮の周りの土地はすべて買いとりました。

「九頭龍神社」を独占したわけですね。スケールがでかすぎ(笑)。例をあげていくとキリがありません。

とにかく日本では、昔もいまも成功への道は神社にあるのです。しかしいまの日本人の多くは、神社が「特別な場所」であることを忘れてしまっています。

これって、すごくもったいないと思いませんか? 一方、天下人や大企業の創業者たちのように、神社の特別さを理解している人は神さまのバックアップをえて、たしかな活躍をしています。さあ、つぎはあなたの番です。

◉神社はみんなで成功する仕組み

この本を手にとったということは、神さまたちもあなたの成功を望んでいます。僕も出し惜しみはしませんよ! なぜなら、神社は「みんなで成功するところ」だからです。

神社の知恵は、自分だけこっそりうまくいく方法を知って、ひとり成功するみたいなものではありません。

「周りがよくなれば、自分もよくなる」という知恵であり力なのです。「自分だけうまくいこう」なんて思っている方は、ごめんなさい。そういう内容ではありません。

でもそういう方こそ読んでほしい。

僕は神社によく行くようになって、周りへの不平不満がほぼ消えました。神社に不満を「清められた」のです(あ、ほぼ、ですからね。ちょっとはある ⋯⋯笑)。

これから本書で、つぎのことをお話ししていきます。

1章では、日本の偉人たちは知っていた神社がもつ秘密の力とはなにか。

2章では、神さまと仲良くなり成功していくための祈り方。

3章では、願いをかなえる神社の見えない仕組み。

4章では、神社の知恵を日常にいかすコミュニケーションの方法。

5章では、人体を神社にみたてた心と身体づくりの方法。

読み終えたころには、あなたも神社に行きたくなり、そして神さまとともに成功し幸せになれると実感するでしょう。神さまは「参道の真ん中を吹き抜ける風」に乗って、サーファーのように、僕たちのもとにやってきますよ。

神さまからのお役目、ぜひ引き受けて、一緒に世の中をよくしていきましょう!

◎日本地図でひと目でわかる!全国主要「天下取り神社」

1章 成功している人は知っていた、神社に仕組まれた秘密の力 ☆衝撃! 神さまとのファーストコンタクト ☆神社には、日本版ザ・シークレット「スキマの法則」があった! ☆神さまだって、人間に頼みたいことがある! ☆祈り方を見ればわかる「成功する人、しない人」 ☆神さまの正体は ⋯⋯宇宙人!? ☆僕らは神さまと「一緒に」進化する ☆「信長の失敗と家康の成功」その違いは神社のあつかい方にあり! ☆天下人はやっている「見えない世界」を味方につけ大きく成功する方法 ☆政治家と神社のただならぬ関係 ☆え!? このデータはマジなの? 神社は愛の生産工場だった! ☆統計学で「神社とお金と幸せ」の関係を調べたら ☆世界のホンダはデザインに神社を取り入れた ☆経営の神さま・松下幸之助は龍神の力を借りた ☆人工知能にはできない! 「祈る力」の時代がやってきた

2章 知らなきゃもったいない!神さまとご縁が深まる祈り方のルール ☆神社という場所には秘密がある ☆あの世からメッセージをもらうための神社のしかけ ☆なぜ、年 3回の参拝が重要なのか? ☆神さまが「ひいき」をする人、しない人 ☆ほんの少しの予習で「神の風」の吹きぐあいが全然違う! ☆これでもかというほど挫折している神々さまの「ご神徳」 ☆ガラッと変身しちゃうかも!? パワースポットは境界にあり ☆次元を何度も越えてしまう! 超強力パワースポット ☆科学的にも証明されている上手な「みそぎ祓い」のコツ ☆ただ歩くだけで邪気が落ちる参道の歩き方 ☆マインドフルネスになる神社での瞑想法 ☆マインドフルネスになる神社での祝詞 ☆「さわらずにさわる」木とのエネルギー交換法 ☆「さわらずにさわる」石・岩とのエネルギー交換法 ☆この神社に行くと、成功者マインドが勝手に身につく! ☆なぜ、おさいせんは「 500円玉」がいいのか? ☆ご縁の深い「マイ神社」をつくる ☆安倍総理と小泉元総理に学ぶ戦略的マイ神社のつくり方

3章 世界を動かす見えない仕組み ☆神社は見えない世界のインターネット ☆違う神さまを一緒に参拝してもケンカしない? ☆自分の産土神にコンタクトをとる裏技 ☆見えない世界の「神脈」で自分も神さまもパワーアップ ☆神棚はパソコン、お守りはスマホ、ご朱印帳は? ☆自分の目的・課題のレベルによってどの神社に行くか変わる ☆これで引き寄せも卒業! 神社の驚き活用法 ☆寝る前のヴァーチャル神社参拝で、なんだかうまくいく ☆なぜものを大事にすると運がよくなるのか? ☆運命を変える人間関係「裏の仕組み」 ☆性のエネルギーは男と女でどう違う? ☆ 50歳から見えないエネルギーの転換が起こる ☆神社とお寺と修験で、見えない力の三拍子がそろう ☆真言密教はキリスト教!? 違いを生み出す空海のパワー ☆トヨタ式は神社式! 成功に導くカイゼンの仕組み ☆トップの権限はゼロ! ドワンゴの神社システム経営 ☆神社に行かないならライブに行け! アイドル神社説

4章 神社式コミュニケーションで仕事も人間関係もうまくいく ☆かんたんに答えが見つかる! 見えない世界とのコンタクト法 ☆〝ろくでもない会議〟に呼ばれたら、会議室を神社化してしまおう! ☆出張先では、まず地域の神社に参拝する ☆法人も神社と思うべし! ビジネス交渉の裏技 ☆将来のキーパーソンの見つけ方 ☆人が神社化するとき、なにが起こっているのか? ☆人を動かす見えない世界のテクニック ☆他人に神さまを降ろす方法!? ☆人の神性を引き出す3つのステップ ☆神さまを信じる経営者・信じない経営者、その違いは? ☆「四天王結界」で魔物を封じ込める! ☆遠くの神社もいつでも行ける! ヴァーチャル参拝法 ☆統計データでも証明される「大切な人を守る」ご祈願のやり方

5章 人生を加速させる次元上昇を起こそう

☆身体にある7つの神社とは? ☆願望実現力をアップするパワー系チャクラ ☆愛と自信とに満ちた自分になるハート系チャクラ ☆自己を表現するクリエイター系チャクラ ☆見えない世界に目覚める本格スピリチュアル系チャクラ ☆個人を超えた意識になる宇宙系チャクラ ☆著者の魂にふれる神社スタイル読書術 ☆リュウ博士の精神世界名著リーディング ☆神社に行くと運がよくなるのは、なぜ? ☆意識の次元上昇で人生が加速する! ☆ノン・デュアリティを超える「究極の次元」に達するサムハラ神社 ☆そして、悟りを開く神社エピローグ 「神社のある日本」という人を幸せにするシステム ◉日本に隠された神さまの秘密

◉特別な成功者だけの秘密にしておく時代はおしまい!

僕が、神社の神さまとはじめてコンタクトしたときのことからお伝えしましょう。じつは自宅のベッドに龍神がやってきました。作り話みたいですが、本当の話。箱根の芦ノ湖にいる龍神がうちのマンションにやってきたのです。

2008年2月のことでした。ちなみにアポなし(笑)。

この日、僕は箱根の九頭龍神社本宮にひとりではじめて訪れていました。プロローグでふれた西武グループの守護神で、龍神です。

月に 1度のお祭りの日で、芦ノ湖を渡る船に乗っての参拝でした。縁結びにご利益があると女性に大人気で、この日も小雨の中、押すな押すなの参拝でした。

「大企業の守り神がなぜに恋愛?」と思いつつ、小さなお社に参拝しました。大行列なので、たった数秒のお祈りです。お社の中は、濃い雨雲の中にいるような感覚でした。

僕は触覚型の霊能がありますから、人や自然の「気」が肌感覚でわかります。九頭龍神社のお社では、濃密でお社全体をおおいつくす大きな気を体感しました。

それから兵庫の自宅に戻り、ベッドに座って九頭龍神社での体験を思い返しました。

すると ⋯⋯いるのです。ベッドに。

九頭龍神社で感じたあの濃密な「気」がいるのです。「う、うぉっ!?」 思わずのけぞりました。

瞬間、考えがめぐります。

「ちょっと待って! 龍神って本当にいるの!? そしていまこの部屋にいるの!?」 そう思った途端、ベッドの上で平伏し、こう念じました。

「申し訳ありません! ごめんなさい! とくに用もなくお呼びだてしてしまいました! どうぞお帰りになってください! 誠にごめんなさい!!!」

失礼極まりないことを念じたのではといまでも気にしておりますが、このときは「とにかく怖かった」のです。

ただ、時がたつにつれて、自分の呼びかけに反応してくれる不思議な存在がいるということが、なんだか面白くなってきました。いわゆるご利益もありました。

僕はこのときメーカーの研究所で働いていましたが、九頭龍神社に参拝して数日後、あるイベントに自分たちの研究を展示することが突然決まりました。2日間で 1万人以上の来場者がある巨大イベントです。

展示担当の組織にご縁ができて、彼らに研究を直接紹介できたからです。そして、即「展示しませんか」となりました。「箱根の九頭龍神社は縁結びに効果あり」と実感した出来事でした。

このイベント展示をステップに、その後、数十億円のビジネス受注、社長賞の受賞など、仕事仲間とともに順調に成果をえていきました。

この龍神とのファーストコンタクト以来、僕の中で神社と神さまへの意識は大きく変わりました。「神さまっているの?」から、「神さまとどうやってコミュニケーションするの?」に変わったのです。むくむくと好奇心がわいてきました。

神社の神さまは「知的な空気」です。意思と目的をもった透明な存在です。

これは、プロローグでもお話ししましたね。

ですから、人間や動物とはコミュニケーションの仕方が違います。

神さまとの交流は、「スキマをつくること」がポイントです。なにせ空気ですから(笑)。

たとえば祈るときに、あなたの心が悩みや雑念や頼みごとでいっぱいだと、神さまが入り込む「スキマ」がありません。しかし、「無心に近づくほど」そこに神さまが入ってきます。同時に、願いごとがあれば、その意思を伝えることも大切です。

祈りは、もともとは「意(い)宣(の)り」。意思を宣言する行為だからです。

難しく感じますか? 具体例を示しましょう。

心の中でこう祈ります。

「埼玉県川越市元町 1丁目 ◯番地の明治太郎です。参拝させていただき、感謝申し上げます。家族が無事 1年をすごせますように。はらいたまえ きよめたまえ かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」 これで OKです。

神社で合掌して祈るとき、心の中でなにを言えばよいか、なかなかわからないものです。

みんな声には出さないですものね。

じつは、この祈り方は、祈りが通じ、願いがかなう「神さまが入るスキマ」ができる祈り方なのです。

まさに日本がほこるザ・シークレット「スキマの法則」! ザ・シークレットというと、よく知られているのが、全世界で大ヒットしたロンダ・バーン著『ザ・シークレット』(角川書店)の「引き寄せの法則」です。

この法則は、豊かになることばかり考えていたら、豊かさがやってくるというシンプルな考え方です。そして日本でも古くから伝わる「偉大なる秘密」が、もっと大規模なシステムとして存在していたのです。

わかりやすいステップでもう一度お伝えしましょう。

▼神さまに伝わる「スキマの法則」の祈り方

①住所・氏名を伝える

「私が誰であるのか?」を最初にお伝えします。この「個人の特定」は、神さまにとっては重要です。

家族の無事といっても誰の家族か神さまにはわからないからです。だから、私が誰であるのか住所と氏名を神さまにお伝えしましょう。名乗るのは神さまへの礼儀でもあります。

②神社にお参りできたことへの感謝を伝え、願いごとを一言お伝えする

「参拝させていただき、感謝申し上げます」などと感謝を伝え、願いごとを伝えます。あれもこれもお願いするのではなく、ひとつだけです。

③祝詞とよばれる神道の祈りの言葉を唱える

「はらいたまえ きよめたまえ かむながら まもりたまえ さきわえたまえ」この祝詞は、おさいせん箱の横や後ろに、よく書かれております。

意味は「罪・けがれをとりのぞいてください。神さま、どうぞお守りお導きください」です。さらに短く「はらいたまえ きよめたまえ」だけでもよいでしょう。これが祈りのキホン構造です。

順番は前後してもよいです。自然にお伝えください。この祝詞を唱えると、神さまがあなたに入れるスキマを自動的につくってくれます。祝詞は神さまが入れるスキマをつくるスイッチなのです。略してスキマスイッチ?(笑)

冗談はさておき、この神社での祈りの方法は、ただの礼儀作法ではありません。

じつは東京工業大学の研究者が発表したある学術論文をひもとくと、神社は僕たちに「愛」と「貢献したい」という意欲を与えることが、統計データから推測できます。

なにかを愛し、そのなにかに貢献する。家族の無事を祈れば、それは「私は家族を愛し、貢献します」という神さまへの宣言になります。

僕たちが愛をもって世の中に貢献し、成功や幸福への道を歩むスイッチ。それが「祈り」です。

「スキマの法則」で、神さまが入れるスキマをつくりました。では、神さまが入るとどうなるのでしょうか? じつは成功・幸福に導く祈りのスイッチには、 A面と B面があります。

祈りは意思を宣言する行為だと書きました。これは祈りの A面です。祈りとは神さまとの交流、すなわちコミュニケーションです。

神さまとのコミュニケーションのポイントは、「自分の意思を伝えるだけでなく、神さまの意思を受けとる」こと。ここが祈りと、いわゆる「神頼み」「単なる願いごと」との大きな違いです。

こちらの意思を伝えるだけではコミュニケーションではありません。あなたに頼みたいことが神さまにもあるのです。

祈りの B面とは、神さまからの頼みごとを引き受けることなのです。自分の意思を宣言し、そして神さまからの頼みを引き受ける。A面と B面がセットになって、神さまとのコミュニケーションが成立します。

神さまは僕たちを通して、この世、すなわち現実社会に貢献します。というのも神さまは肉体がないので、物理的な働きかけができません。

ですから、現実を変えるには僕たち人間の助けがいるのです。神さまが頼みごとをするときは、こんな感じです。

あなた「お金持ちになりたい! ってお願いするぞ〜」 神さま 「はいはい、祓い清めましょうね〜。あなたの本心はどこだ?」 あなたは拝殿の前に立ちました。

さあ祈ります。

あなた「(お金持ちにしてくれ、ってのもなあ。宝くじ 1等とか? う〜ん)」 神さま 「もうちょっと、祓い清めましょう〜。さあ、本心を見せておくれ」 あなた「もっと人から認められる自分になりたいです」 神さま 「 Aさんがあなたを必要としています。ご縁をつなげましょう」 あなたはいつの間にか、神さまが頼みたいことと、自分の願いごとの接点になることを祈っています。

「お金持ちになりたい!」という思いの根っこの部分が、祓い清めることで浮かび上がってきました。この場合、他人の役に立って認められたいという欲求ですね。

この根っこの部分が出てくると、神さまの頼みごとを引き受ける「スキマ」が整います。おそうじやお片づけと同じです。

余計な考えを捨て、あちこちに散らばった思考を収納すると、神さまの意思を受けとるスキマができるのです。神さまは、あなたに幸せになってほしいと願っています。そして Aさんにも幸せになってほしい。あなたが Aさんに貢献すると、 Aさんは喜んであなたに感謝し、あなたも Aさんに感謝されて役に立ったとうれしく思います。

お互いにハッピーな関係ですね。貢献すると、お金にもつながっていくでしょう。神さまの頼みとは、基本は誰かとハッピーな関係を結ぶことです。

祈ることによって、神さまが自分の中に入ってきて、他人と自分を幸せにするご縁を結びます。そしてこの入ってくるスキマを自動的につくるスイッチが、神道の祝詞でした。

このように、神社で祈ることで、僕たちはいつでも神さまとつながり、あの世の意思をこの世につないできました。これは皇族のような特別な人たちだけの役割ではありません。

神社での祈りこそが、日本に古くから伝わる「行為の中に埋め込まれた知恵」であり、日本版ザ・シークレット「スキマの法則」なのです。

すなわち神と呼ばれるスピリットが降り立つ神社と、自分の中にスキマをつくって神さまを招き入れる祝詞です。世界各国では、こうした古い知恵は聖書や仏典のように「言葉」で意味を解説し、人々に伝えてきました。

一方、日本神道では、意味を解説せずに「場」と「行為」だけで伝えています。神社という「場」、そしてそこで祝詞を唱えるという「行為」です。

しかしいまや神社には、日本人以外もたくさん参拝しています。その結果、神社の力は世界中に広がっています。もう日本のザ・シークレットにしておく時代ではありません。

日本の神社から世界の神社へ。いま、秘密を明らかにする時が来たのです。

それではここで、「スキマの法則」を発動させる祈り方の実例をご紹介しましょう。あれ、普通に祈ればいいんじゃないの? と思われたかもしれません。

そうなのですが、じつはこの「普通に祈る」というのが案外難しいことをはっきり突きつけられた出来事がありました。

2011年9月、大阪府東大阪市東石切町 1丁目にある石切劔箭神社へ、友人数名で訪れたときのことです。ご祭神はニギハヤヒノミコトとその御子・ウマシマデノミコト。

太古、飛行船に乗って天空から日本を見おろし「この国は、日本と名付ける」と決めて、日本に降り立った神さまです。

「ねぇねぇ、誰が日本という名前にしたの?」と誰かに聞かれたら、「それはニギハヤヒノミコトという神さまが、大昔に勝手にそう決めちゃったんだよ〜」と教えてあげてください。

『日本書紀』(神武天皇 31年4月の条)には、つぎのように書いてあります。

「ニギハヤヒノミコトは、天磐船に乗って大空を翔めぐり、この地を見つけて天より降り立つにあたって、名付けて『虚空見つ日本の国』と言った」 まるで「宇宙人が地球にやってきた!」みたいな『日本書紀』の書き方ですね。

さて、石切劔箭神社は「石切さん」の愛称で親しまれ、たいへん庶民的で活気のある神社です。僕たちも楽しい気分で本殿を参拝したあと、裏手にある小さなお社を参拝しました。お社の名前は乾明神社。

江戸時代の中ごろ、この地方のたいへん信望のあつかった庄屋さんが應壅乾幸護彦というご神名で祭られ、知恵の神さま・学問の神さまとして崇敬されています。

この乾明神社に行くと、先客に 20代後半とおぼしき男性がいたのですね。すぐに立ち去るかと思いきや、ずっと合掌したまま、しきりに身体を上下にゆすり拝んでいます。

「ずいぶんと肩に力が入っているな。なにをそんなにお願いしているのだろう?」 そう思っていると、友人のひとりが彼の左横に立って、祈りはじめました。

多くの参拝客がしているような、通常の儀礼にのっとった祈りです。

すると、「ヒュ〜〜〜」。

お社の内側から、強風設定でエアコンのスイッチを ONにしたかのように、風が吹きはじめました。それも友人のいる左側だけです。

神社で突然に風が吹いてきて、不思議に思ったことありませんか? たとえば大きな神社の参道の真ん中は「神さまの通り道」といわれますが、実際「神さまがお通りだい!」と言わんばかりに、よく風が吹きます。そんな神の風が吹いてきたのです。

驚いているうちに友人が戻ってきました。先客の男性はまだ祈りつづけています。

「なにかこちら側だけ風が吹いていたね! どうやって祈っていたの?」 そうたずねると、「いや特別なことは。普通に日ごろの感謝の気持ちをお伝えしていただけで。お願いごと? とくには」。

僕の友人がいる側だけで、先客の男性が祈っている右側には風が吹いてきませんでした。

願いごとをしていないという友人ですが、もともとよく神社には参拝しており、ちょうど数か月前に念願をかなえていました。

ある分野において日本でもっともレベルの高い研究所に転職したのです。友人にとってはベストの就職先でした。もちろん本人の努力のたまものです。

ただ僕も近しい業界だけにわかるのですが、実力とコネだけでは実現できない、「強い運」も必要なことでした。

一方、先客の男性には、なぜ風が吹いてこなかったのか? もちろん彼がなにを思って祈っていたのかわかりません。ただ、「がんばって」なにかをしていたのは確かです。これは意識のスキマがとぼしかったということ。お願いごとで頭がいっぱいすぎて、神さまが彼の中に入れるスキマがなかったのでしょう。

僕の友人はというと、肩に力を入れずリラックスして祈っていました。ただ日ごろの感謝を神さまにお伝えする。そんな友人の透明な意識が「最高の結果を招き入れるスキマ」をつくっていたと気づかされる出来事でした。

ここまでしきりに神さま神さまと言ってきました。

これだけくりかえし言えば、もはやこういう話題に抵抗のある方は本を閉じているでしょう(笑)。

ここからはさらに遠慮なく、神さまの話をします! 結局、神社の神さまとはなんなのでしょうか? いわゆる万物創造の主、全知全能の存在とは違います。

ひょっとすると全知全能の神さまもいるのかもしれませんが、僕はまだその存在を認識したことがありません。神社の神さまとは、「意思と目的をもった知的生命体」です。

神さまとは前にお話ししたように「知的な空気」で、僕たち人間と交流することで、この現実社会に関わってきます。神さまは「知的な空気」と言われても、まだピンと来ない方もいるでしょう。

僕自身はっきりそうだと感じたのは、滋賀県大津市の日吉大社を訪れたときです。日吉大社は伝教大師・最澄が開いた天台宗の総本山・延暦寺の守護神で、比叡山のふもとにあります。有名なお寺に守護神があるのも面白いですよね。

ちなみに弘法大師・空海が開いた真言宗の根本道場・東寺の守護神は伏見稲荷大社です。

さて、はじめて日吉大社を訪れたときは、本格的に神社に行きはじめたばかりのころで、まだまだ神社についてよくわかっていませんでした。

そのため東本宮と西本宮とよばれる2つの大きなお社にだけ参拝して、さあ帰ろうと歩いていたときのことです。突然、左からふわっと顔や身体に感触がありました。大きなシャボン玉になかば包まれたような感覚です。

その巨大シャボン玉のような透明ななにかから、「こっちこっち」と左側に引っ張られる感覚をおぼえました。当然(?)ついていきますよね。

参道から外れて、外れ ⋯⋯ついていったさきには、なんと UFOが!! ⋯⋯ということはなく、白山宮というお社がありました。

パンフレットでどのような神さまか確認すると、菊理姫というお名前でした。白山という標高 2702メートルあるお山の女神さまです。

菊理姫は、じつは石川県の僕の母校の近くにいらっしゃる神さまでした。母校のそばには白山神社の総本宮・白山比咩神社があったのです。

在学中は一度も参拝したことはありませんでした。でも、ずっと守っていてくださったのかと、感激しました。ほどなくして母校から講演に招かれるようになり、これも菊理姫が結んでくれたご縁とありがたく思いました。

これが僕の知る神さまの姿です。意思をもった知的生命体だと定義した理由がおわかりいただけたでしょうか。

僕はこの出会いにより、はじめて、「この世界には人間以外にも高度な知性をもつ生命体が存在する」「その知的生命体は、物理的な存在ではなく、純粋な意識だけの存在(エネルギー体)である」 ということを知りました。

「それって宇宙人じゃないの?」 そう思われた方、するどいですね。意識だけの存在に空気は必要ありませんので、宇宙空間にも行けます。神さまは、地球外でも活動できる宇宙生命体です。

「おいおい、じゃ天神さまも宇宙生命体なの? もとは平安貴族の菅原道真公だよね」「明治神宮の神さまだって明治天皇と昭憲皇太后じゃないか」 人間なのに神さま? とっくの昔に死んだ人が生命体? と疑問をもつ方もいるでしょう。

もっともです。じつは故人もお祭りすれば、神さまとして再びこの世に復活します。

あとでご紹介する徳川家康は、人間が死後に神さまになった具体的でわかりやすい例でしょう。

自然も神さまです。海、山、風、雷、火、滝、島など、お祭りすればすべて神さまになります。

さきに紹介した菊理姫も山の神さまでしたね。

「『トイレの神様』なんて歌が日本でヒットしたよね。食べ物を煮炊きするカマド(台所)の神さまなんてのも神社にいる。トイレも台所も生活の場所だけど、これらも神さまなの?」 はい。

われわれの周りにあるものすべてに、神さまは存在することができます。神さまはこの世にあるものすべてに頼みたいことがあるのです。

そして人が祈ることで、すべてのものに神さまが入るスキマができます。すべてのものに神さまを宿らせる。これも日本の古い知恵、偉大なる秘密です。

ものに神さまを宿らせる祝詞はきわめてシンプル。「ありがたや、ありがたや」です。言葉の表現はみなさまのセンスにまかせます。

ただ覚えておいていただきたいのは、ものへの感謝の言葉が、ものに神さまを招き入れる祝詞になるということです。あなたのお家の電子レンジも、感謝して毎日あつかえば、神さまになり、宇宙生命体にまで進化するのです。

なんとメルヘンな世の中なのでしょうか! 神さまの具体例をあげたため、かえって混乱した方もいるかもしれません。

具体例に共通するエッセンスをあげましょう。それが神社の神さまの正体です。神社の神さまの正体とはなにか? それは「僕たちの意識」です。神社という場に来て、僕たちはお祈りをします。その「祈りの集合体」が神さまの正体なのです。

故人も自然も生活道具も、すべて僕たちが祈る対象であり、神さまのシンボルです。しかし神さま全体ではありません。

たとえばスサノオノミコトという有名な神さまがいます。出雲で八岐大蛇を退治した英雄です。僕たちの誰かがいまこの瞬間スサノオノミコトに祈ったとしましょう。すると、その祈りがスサノオノミコトの一部になります。僕たちの祈りがスサノオノミコトを創造しつづけるのです。神さまは、僕たちの祈りをためて、共有します。

いってみれば、神さまは僕たち人類の「祈りの宝石箱」なのです。

だから、もし料理に対する祈りを共有したければ、料理の神さまをつくり、神さまとしてお祭りする場をつくればよいのです。

ここでピンと来た方もいるでしょう。

そうです。神さまは人間の創造物です。重要な点なので、もう一度言います。神さまとは人間の創造物なのです。

人間がなにかに名前(ご神名)をつけて祈ると、神さまとよばれるスピリット(意思と目的をもった意識)が誕生します。

神さまは人々の祈りを集約するシンボルやフォルダとして機能し、僕たちの意識に働きかけることができるようになるのです。

ここが面白いところで、想像上の存在ではありません。実在しているのです。意思と目的をもって、現実社会に働きかけてきます。

神社の神さまとは「意思と目的をもった知的生命体」なのです。では「誰の」意思であり、目的なのでしょうか。それは神さまに祈る「僕たち」の意思であり、目的です。

神さまのもとになった故人の意思は、初心として中核にはあるものの、どんどん上書きされていきます。これまで日本では、建国以来 2000年以上にわたって、神社を通して祈りが共有されてきました。日本に暮らした人々の 2000年以上にわたる祈りが、神さまを日々進化させてきたのです。

そして神さまの進化とともに、僕たちも日々進化していきました。神さまを通じて、日本の人々は魂の深い部分を共有してきたのです。僕たちの祈りが神さまを育てるのです。神さまが育てば、僕たちも育つのです。もしあなたが日本人ならば、日本全体をもっとよくしたいと思っているでしょう。

だったら日本のシンボル「アマテラスオオミカミ」に祈ってください。そのあなたの祈りは、フォルダ名「アマテラスオオミカミ」に共有され、この現実世界に必ず広がっていくでしょう。あなたもアマテラスの一部になるのです。

余談ですが、神の衣服をつくる神さまでもあるので、ファッション業界の人もぜひアマテラスにお祈りください。伊勢神宮の内宮にお祭りされています。

神さまは人間が創造したスピリット(意思と目的をもった意識)であり、祈る人々を通してこの世(現実)にコミットする。

このことをよく理解していたのが徳川家康でした。

戦国時代に生まれ、天下を取った徳川家康は、死後、神社に祭られ「東照大権現」という神さまになりました。家康は人間も神さまになれることを理解していたようで、自分が神さま化できるよう、意識的に行動していました。

家康が自分を神さま化しようとした理由は、死後も日本に影響をおよぼしつづけることができるから。神さまになれば、徳川家の天下を維持強化するために、死後もこの世に働きかけられる、と本気で考えていたようです。

ここまで読みすすめてこられた方ならば、あながちバカげた妄想でもないことがおわかりいただけるでしょう。

事実、徳川家の天下は 260年以上続きました。かつての日本では、神さまは氏族の祖先でした。氏族とは共通の祖先をもつ血縁集団です。

物部氏の祖先・神さまはニギハヤヒノミコト、中臣氏はアメノコヤネノミコト、忌部氏はフトダマノミコト、そして天皇家はアマテラスオオミカミなど、氏族の人間は、それぞれの神さまに祈りをささげていました。

祈る力は、氏族にとって競争力の源泉だったということですね。神さまの意思とは、祈る人々の意思の集合体です。もし特定の集団だけ祈る神さまがいれば、その神さまはその集団のためにだけ働きます。

氏族の神さま「氏神」の場合、神さまの意思とは氏族の人々の集合意思です。氏神の力とは、氏族の人々の祈りの力だったのです。

徳川家にとって、「東照大権現」という神さまを「新たに」創造したことは、大きな意味をもっていたことがおわかりいただけたのではないでしょうか。

家康は、徳川家のための祈りを集合する神さまが必要と考え、自身を徳川の氏神としたのです。家の初代は神さまになる資格があるのは、日本の伝統です。

家康は、もともとの名字であった松平家の神さまにはなれませんが、徳川家の神さまにはなれるのです。

家康が神社のあつかい方にきわめて長けていた一方、あつかい方を間違えて滅亡してしまったのが、家康の先輩格である織田信長でした。

戦国時代でいちばんの人気者で、天下統一をなしとげかけた信長ですが、日本人はみなよく知っているように、本能寺の変で明智光秀に討たれてしまいました。

どうして信長は、権力の絶頂であっけなく死んでしまったのでしょうか。その要因は、ある神社のあつかい方を大きく間違えたことにあります。

そして家康は、信長があつかいを間違えたこの神社を適切にあつかったことで、その後、大きく勢力をのばしたのです。その神社とは諏訪大社。

上社・本宮、上社・前宮、下社・秋宮、下社・春宮と、4つの社殿に分かれる日本最古の神社のひとつです。諏訪大社に祭られるタケミナカタノカミは、日本を代表する戦いの神です。

信長はいったいなにをしたのか。

それは、織田家が武田家を追いつめていた天正 10( 1582)年3月 3日のことでした。

信長の嫡男・信忠の率いる軍勢は、なんと武田家が熱心に信仰していた諏訪大社上社・本宮を焼き討ちし、上社・本宮の建物をすべて灰にしてしまったのです。

信長といえば延暦寺の焼き討ちが有名で、そのときにさきに紹介した延暦寺の守護神・日吉大社を焼きました。

しかし、それだけでなく諏訪大社も燃やしていたのです。ほんと、めちゃくちゃしますよね(汗)。ところが、ここからおかしなことになります。

3月 11日に武田家は滅亡、 19日に信長は上諏訪入りし、上社・本宮に隣接するお寺「法華寺」に陣取りました。このお寺で、信長は本能寺の変の直接の原因ともいわれる事件を起こしたのです。

同じく武田軍と戦いに来ていた重臣の明智光秀の言動に信長は怒りをいだき、諸将が居並ぶ前で光秀を殴り蹴り、頭を手すりに押し付けたのです。

みなの前で光秀は信長に大恥をかかされたわけです。それから 3か月もたたない6月 2日未明、信長は京都の本能寺において、光秀の軍勢にあっけなく殺されてしまいました。

同じく信忠も光秀軍と戦い討死にします。そして光秀も6月 13日に羽柴秀吉(のちの豊臣秀吉)と戦い、逃げる途中農民に殺されてしまいました。

神社は人々の祈りの集合体です。諏訪大社のような歴史ある大きな神社には、それだけ膨大な祈りが積み重なっています。

祈りというと聞こえはよいですが、みなさんよくご承知のように、神社での願いごとはなにも善良な思いだけではありません。

さまざまな欲望やうらみつらみの「はけ口」にもなっています。まして諏訪大社は戦いの神。相当に攻撃的な願いが多いです。

そんな自身の魔・邪気を「封じ込めておく」のも神社の役割。

とくに諏訪大社は、社殿の四隅を御柱という高い木の柱で囲む構造のため、人々の内なる魔を封じ込める力は、日本でもっとも強力です。

それを焼いたということは、人々の内なる「魔」を野放しにしたということ。

神社を焼いた信長・信忠親子、そして明智光秀も、普段なら抑えられるネガティブで攻撃的な想念が抑えられなくなり、そろって滅亡の道を歩みました。

信長は神社の力を知らなかったわけではありません。有名な桶狭間の戦いでは、熱田神宮にお参りしてから戦いに向かい、 10倍の兵数がいる相手に大勝利しました。また織田家とゆかりの深い津島神社(愛知県)や劔神社(福井県)は、非常に大事にしていました。

ちゃんと特定の神社を信仰し、その恩恵をえていたのです。だからこそ、自分にとって手強い敵であった武田家や延暦寺が信仰する神さまを、焼き滅ぼそうとしたのです。

敵に味方していた存在は、たとえ神さまでも許せなかったのでしょう。一方、家康はどうだったか。信長の死後、諏訪の地は家康が支配し、諏訪大社上社・本宮は復興の道を歩みます。

諏訪大社の最古の建物は 1608年に家康がプレゼントした門で、かなり手厚くサポートした様子が見てとれます。それだけではありません。

家康は滅亡した武田家の家臣を数多く召し抱え、最後の武田家トップとなった武田勝頼をとむらうお寺を建てるなど、武田家関係者にかなりの配慮をしました。

さらに武田家以前に諏訪を治め、諏訪大社の神官でもあった諏訪家に対してもかなりの配慮をしています。こうして家康は「最強の軍神・諏訪大社の神さまを味方につけた」のです。

諏訪大社の神さまがもつ「(自身の)魔を封じ込める力」は、家康の天下取りに大いに役立ったことでしょう。神さまを味方につける方法は、他の参拝者たちを味方につけることです。生きている参拝者はもちろんのこと、いまは亡き過去の参拝者たちもふくめてです。

故人の祈りも神社に残り、神さまの大いなる一部になっているからです。もちろん自分自身が熱心にお参りして神さまの一部になることも重要です。

普通はそれで十分ですが、大きく成功しようとする人は、それだけでは不十分です。大きく成功するには、それだけ多くの人のサポートが必要だからです。

ちなみに豊臣秀吉も神社の秘密をかなり理解していました。信長が焼いた日吉大社を再建し、秀吉は天下を統一しています。

家康にしろ秀吉にしろ、信長が焼いた神社を再建した人物が天下人になっているのです。これは偶然ではありません。

日吉大社は京都の東北「鬼門」を守る比叡山の神さま。鬼門とは魔が侵入する方角です。京の都の人たちは、自分たちを守ってくれる神さまに多くの祈りをささげていました。

だから秀吉は、いまでも京都で人気があるのです。ちなみに、もし信長が日吉大社を焼かずにいれば、少なくとも京都での討死はまぬがれたでしょう。

日吉大社が焼失していたため、諏訪大社から解き放たれた魔が京都に侵入するのを防げなかったのです。秀吉は死後、「豊国大明神」という神になります。

本当は「新八幡」になろうとしたようですが、それは朝廷に却下されました。八幡神は武士でもっとも権威がある源氏の氏神さま。日本最大にして最高の武士の祈りの集合体です。

その八幡神に自分がなろうとしたということは、秀吉は「見えない世界でも」武士のトップに立とうとしたのです。ですが、それはちょっと調子に乗りすぎで、武士の集合意識「八幡神」という味方はえられませんでした。

結果、徳川家の天下になり豊臣家は滅亡します。

神としての秀吉「豊国大明神」は、表向きは消滅しましたが、日吉大社の神を祭る京都の新日吉神宮で、ひそかに祭られつづけました。

そして徳川家が天皇家に政権を返上すると、秀吉の名誉も晴れて復活します。家康と秀吉、徳川家と豊臣家の争いは、こんな「見えない世界」にまでおよんでいたのですね。

このように国全体を治めるような人物は、神さまや故人など目に見えない世界まで治める必要があります。

それがわからない人は、たとえ現代でもなかなか偉くなれないし、偉くなっても続かないものなのです。

現代の政治家を例に取ると、バリバリご活躍中の方々なので生々しい話になります。

しかしそれも面白いでしょうから、ここでおひとり取り上げましょう。

麻生太郎氏です。元・総理大臣で、本原稿を書いている 2015年 12月時点で、安倍内閣の副総理・財務大臣・金融担当大臣をつとめられています。

総務大臣や外務大臣、自民党幹事長など数々の重要ポストも経験し、政治家としてもっとも成功した人のひとりでしょう。

この麻生氏が総理大臣になれたのは、ある北海道の神社に参拝したからです。あ、僕の勝手な推測ですよ(笑)。その北海道の神社とは小樽市の龍宮神社。幕末・明治時代に活躍した榎本武揚が 1869年に建てました。

旧・江戸幕府の海軍指揮官として、箱館の五稜郭で明治政府と戦ったあの榎本武揚です。

生き残った榎本は、北海道の開拓に貢献するかたわら、明治政府との戦いに負けた旧・会津藩士の生活を助けるために、この小樽の地に数多くの旧・会津藩士を移住させました。

一方、麻生氏は大久保利通の子孫です。大久保利通は、会津藩を滅ぼした明治政府の中心人物でした。旧・会津藩士の子孫が住む小樽と、会津藩を滅ぼした人物の子孫である麻生氏。

歴史をさかのぼると敵対関係だったわけです。そんな背景のもと麻生氏が龍宮神社に参拝したのは、 2008年8月 9日です。

麻生氏はこの年の8月 1日に自民党の幹事長に就任していました。幹事長といえば自民党のナンバー2、党の責任者です。

その麻生氏の全国講演ツアー第 1回がなぜか小樽。幹事長になったばかりのあわただしい時期でした。「榎本武揚の神社を参拝したい」と希望した麻生氏は、講演の前に龍宮神社を訪れます。

そして出世と勝運を祈願し、記念に木まで植えていきました。それから 1か月もたたないうちに、麻生氏の運命は激変します。

8月 2日に改造内閣を発足させた当時の福田康夫総理が、9月 1日に総理大臣および自民党総裁を辞任すると表明したのです。

改造内閣発足から 1か月もたっておらず、病気など特別な事情もない中での「まさか」の辞任でした。そしてつぎの自民党総裁・総理大臣に選ばれたのが麻生氏でした。

これまで自民党総裁選に 3度負けた麻生氏でしたが、 4度目の挑戦は圧勝。9月 22日に自民党総裁に選出、 24日に総理大臣に指名されたのです。麻生氏が総理大臣になれた最後のひと押し。

それが僕は「ご先祖様の敵との和解」、すなわち龍宮神社への参拝にあったととらえています。この時期に小樽で講演することになったのは偶然です。

しかし、そこで榎本武揚が建てた神社に行こうと思ったのは麻生氏の意思です。明治政府になって、旧・会津藩士はさんざんな目にあいました。

旧・会津藩士の多くは、明治政府や大久保利通をうらんでいたことでしょう。しかしときの経過とともに、住む人たちの意識も変わります。

もはや旧・会津藩士の子孫と大久保利通の子孫が戦争をする理由はありません。麻生氏は龍宮神社に参拝することで、旧・会津藩士など「明治政府と敵対した人たち」の祈りの集合体を味方につけました。

これまで味方にいなかった神さまグループが味方するようになったのです。

小樽の神さまサイドにとっても、これまで接点のなかった「明治政府の流れをくむ人たち」を通して日本にコミットすることが可能になります。

2015年に 75歳になった麻生氏ですが、いまだ権力の中心にいます。麻生太郎という政治家に、神さまもまだまだ頼みたいことがあるようです。

さて、今度は統計データから神社を見ます。統計学とスピリチュアル、じつは共通点があります。それは権威だの理論だのがなにを言おうと、「事実はこうなんですよ!」と突きつけられるものだというところです。

スピリチュアルの場合は霊的な能力で示し、統計学の場合は、大量データで示すわけですね。

「スピリチュアルは事実なんですか?」と突っ込む人もいるでしょう。はい、事実です。ただし「個人にとって」の事実です。

誰がなんと言おうと、私にとっての真実があり、私とあなたの間で通じる真実があります。それはスピリチュアルな領域です。

一方、統計学は、「万人にとって」の事実です。個人によっては当てはまらない人もいるけれども、全体的な傾向としてはこうだよ、ということを示してくれます。

僕が大学院で統計学にふれて「面白いなあ」と思ったのは、自分の思い込みをクルリとひっくり返されるところです。「ほお〜、そう来たか!」とデータ分析の結果にワクワクするのです。

そして神社に関しても、僕は統計学でクルリと思い込みをひっくり返されたのでした。いや、それだけ衝撃を受けた学術論文があったのですよ。

「神社には成功と幸福を実現するなにかがある」 そう確信するだけの統計データが、ある論文で示されていたのです。

その論文のタイトルは『「地域風土」への移動途上接触が「地域愛着」に及ぼす影響に関する研究』。

すみません、一般的には小難しすぎますよね(汗)。

当時、東京工業大学大学院に在籍していた鈴木春菜・藤井聡両氏が 2008年に土木学会で発表した研究です。タイトルはわかりにくいですが、結論はすごくシンプルでした。

それは「神社は、愛を生むよ」ということ。「神社・お寺」がある地域は、ない地域に比べて、人は地域に愛着をもちやすいという結論でした。

そして、「そんな愛を生む効果があるものは他にはないよ、神社・お寺だけだよ」ということでした。これは統計データが語る真実です。

論文では、「神社・お寺」以外に、公園、コンビニ、スーパーマーケット、川・池、田んぼ・畑、古くから残る街並み、林・森、観光地、ファミレス、ゲームセンター・パチンコ店、公民館、商店街、鉄道の駅、大型ショッピングセンターなどについて調査しました。

その結果、「公園」だけは、「神社・お寺」ほどではありませんが、愛を生む効果がありそうでした。しかし他のものは、あってもなくても、人々の地域への愛は変わりませんでした。

つまり神社は愛の生産工場なのです。そしてこの「愛」こそが成功を導きます。なぜなら、愛は人のパフォーマンスを高める効果があるからです。

社会心理学者の引地博之氏による「愛着」に関する論文を読むと、統計データでつぎの因果関係を導き出しています。

「知る」 →「愛する」 →「貢献する」です。人はなにかのポジティブな情報を知れば知るほど、愛がわいてきます。そして愛が高まるほど、そのなにかに協力しよう、貢献しようという意欲もわいてくるのです。

この「なにかに貢献しよう」という意欲は、「コミットメント」といいます。

某スポーツクラブのテレビ CMで「結果にコミットする」というキャッチコピーがありますが、あれです。

人は愛を知ると、結果にコミットしようとするのです(笑 ←いやマジな話)。じつはこのコミットメントこそ、心理学的には「成功のカギ」です。

ひょっとすると、親の財産をのぞくと、ただひとつの成功のカギかもしれません。

コミットメントが高まると、企業では社員のパフォーマンスや生産性が向上し、欠勤や遅刻が減少します。

心理学の文献データベースをひもとくと、コミットメントを論じる文献がなんと 4000件以上もあります。それだけ専門家の間では「組織の成功のカギ」だと広く知れわたっているのですね。

「知る」 →「愛する」 →「貢献する」 →「パフォーマンスが向上する」のです。

じつは学校教育も同じで、 1960年代にアメリカ政府が実施した教育の実態調査によると、子どもの学力アップに効果があったのは2つのコミットメントでした。

それは、学校をふくむ教育環境(家族・友人)へのコミットメント、そして自分の人生へのコミットメントです。教師のスキルや教材、教育カリキュラムは、学力アップにほとんど関係がありませんでした。

経営も教育も、つきつめれば「愛」と「コミットメント」です。神社に行くとその両方が高まります。だから成功につながるのです。

祈りは「意宣り」、意思を宣言する行為でした。

「家内安全」を祈れば、それは「わたしは家族の安全にコミットする」という宣言ですし、「心願成就」を祈れば、「自分の人生にコミットする」という宣言になります。

神社で「 ◯◯にコミット」しましょう!「そうか、神社で愛が生まれ、コミットメントが高まるのか〜。だから幸せにも成功にもつながるのか〜」と僕的には納得したのですが、そうすると、もっと直接的なことも分析してみたいなと思いました。

そう、お金と幸せです。「神社とお金と幸せ」の関係を分析したくなりました。

しかし残念ながら、そのような統計データは世の中にないようです。そこで! 学者の強み、自分で統計データを集めてみました。

楽天リサーチさんに依頼して、「神社への 1年間の参拝回数」と「年収」と「幸福度」にどのような関係があるのかアンケート調査を行ないました。

2015年8月 21日のことです。調査対象は、 40代 400名で、男性と女性をそれぞれ 200名ずつ、4つの年収別にそれぞれ 100名ずつ集めました。4つの年収は、つぎの通りです。

・500万円未満

・500万円以上〜 1000万円未満

・1000万円以上〜 1500万円未満

・1500万円以上

幸福度はアンケート項目「現在、幸福だと思う」に対し、つぎの 5段階で自己評価してもらいました。

「1:まったく当てはまらない 2:あまり当てはまらない 3:どちらともいえない 4:やや当てはまる 5:よく当てはまる」 そして、「神社への 1年間の参拝回数」と「年収」と「幸福度」の3つの数値関係をグラフにしてみました。

幸福になりたい方、つぎのページをよく見てください。

「あなたは年収 1000万円以上稼ぐことを選びますか? それとも神社に年間 3〜 6回行くことを選びますか? どちらも同じくらい幸福ですよ!」とグラフは示しています。

じつはグラフでは表現しきれないのですが、年 2回の神社参拝も、年 3〜 6回の神社参拝の人と幸福度は同じ。

ということは、年 2回は神社に参拝しておけば、年収 1000万円以上〜 1500万円未満の人程度には幸福になれる! ということなのです。

そして参拝回数がゼロの人たちの幸福度はいちばん低いです。ちょうど年収 500万円未満の人たちと同程度ですね。

グラフを見ると、幸せへの神社参拝の効果、相当高いことがわかりますよね! ただ、年収と違うのは、回数を行けば行くほどよいわけでもない点です。

それは年間 7回以上参拝する人たちの幸福度は、むしろ低下することから見てとれます。

なぜ低下するのかは、データからはなんとも言えませんが、あまりにも熱心に祈りすぎると、風が吹かなかった先客男性のように、神さまが入ってくるスキマが生まれないのかもしれませんね。

犬の散歩のついでのような、日課のように自然と参拝するくらいがよいですね。もうひとつ紹介したいグラフがあります。

85ページです。4つの年収別に、「神社への 1年間の参拝回数」と「幸福度」の関係を表したグラフです。

まず注目してほしいのは、参拝回数がゼロの人たち。どの年収別で見ても、参拝している人たちに比べて、あきらかに幸福度が低いです。

年収が高くなると、当然幸福度も高くなります。年収 1500万円以上が、いちばん幸福度が高いですね。しかし神社に参拝しないお金持ちは、あまり幸せそうじゃないですね。

神社に年 2〜 3回参拝する年収 500万円未満の人のほうが、参拝しない年収 1500万円以上の人よりも幸福なのです。

つまり、こういうことです。

・高収入と幸福が両立する人は、神社に参拝している

・収入に関係なく、神社に参拝すると幸福になりやすい

年収 500万円以上〜 1000万円未満の人たちを見てください。

神社に年 4回以上参拝する人たちは、年収 1500万円以上の人たちと同じくらい幸福です。

もちろんお金持ちになることは、幸福につながります。

しかしお金持ちになるのと同等以上に、神社に参拝することは幸福につながるのです。

もしあなたが幸せになりたいならば、年収 1000万円以上稼ぐことと、神社に年 2回参拝すること、どちらがやりやすいですか? もしあなたがお金持ちならば、たくさんの悩みや不安をかかえ、こんなはずじゃなかったと思っていませんか? 神社には人を幸せにする仕組みがあるのです。

ここまでは統計学で全体の傾向を見てきましたが、つぎに成功した企業や個人の事例を見てみましょう。じつは世界的に成功した日本人・日本企業には、神社の哲学が深く関わっているのです。

たとえばオートバイです。日本の工業製品は高品質というブランドイメージがあり、世界中に輸出されていますよね。また、そのブランドイメージの代表が自動車でしょう。

じつは日本が世界に自動車の輸出をできるようになったのは、本田技研工業株式会社(以下ホンダ)の創業者・本田宗一郎がオートバイのデザインに神社のイメージを取り入れたからでした。

昭和 32( 1957)年 10月に発売されたドリーム C 70は、ホンダ初の 2気筒エンジンのオートバイで、そのデザインのモチーフが神社だったのです。

鳥居をイメージしたこの角張ったデザインは、本田宗一郎の指示です。

「輸出するには、欧米のコピーではダメだ」 ホンダのねらいはアメリカへの輸出でした。

世界に輸出するには、独自のデザインを打ち出す必要があると考えた本田宗一郎は、京都や奈良を 10日間ほど旅し、神社や仏像からインスピレーションをえたのです。

ちなみに本田宗一郎によると「ドリーム C 70のタンク側面のエッジは、仏像の眉から鼻にかけての線を頭に描きながらデザインした」そうです。

「神社仏閣スタイル」と呼ばれたこの日本独自のデザインにより、アメリカへのオートバイや自動車の輸出がはじまり、経済大国・日本のさきがけとなりました。

神社と日本企業といえば、この方も外せないです。

経営の神さまといわれる松下電器産業(現・パナソニック)の創業者・松下幸之助です。

幸之助は、神社仏閣への寄付にたいへん熱心で、京都の石清水八幡宮で氏子総代(神社をお祭りする人の代表者)をつとめ、東京の神田明神には隨新門の左右にある 2体の隨神像と舞殿を寄進。ご本人が病気のときに通った浅草寺には治ったお礼にと、あの有名な雷門と雷門にかかる大提灯を寄進。

三重県の椿大神社には松下幸之助社というご本人を祭る神社まであり、本当に「経営の神さま」になってしまいました。

これだけでも「成功する人は、信仰心があつい」と思われるでしょうが、松下幸之助のさらに面白いのは会社経営に神社をもちこんだところです。

このあたりは、日本大学経済学部の三井泉教授の論文『会社における「聖なる空間」』にくわしいのですが、かんたんにお話しすると、幸之助は会社の中に自前の神社をつくって、社員の「祈りの場」としたのです。

まず大正 7( 1918)年の会社設立時に、幸之助の生家でお祭りしていた「白龍大明神」を祭ります。

昭和 8( 1933)年の本社移転とともに白龍大明神も移転し、そして昭和 10年に分社した松下電工(現・パナソニック電工)に黒龍大明神を、昭和 11年に松下電器の電極工場に青龍大明神を、自転車工場に赤龍大明神を、豊崎工場に黄龍大明神をそれぞれお祭りしました。

このように、パナソニックグループの守護神として、龍神はいまでも 100か所ほどに祭られています。

これら 5色の龍神以外にもパナソニックの事業所ではさまざまな龍神をお祭りしており、毎月 1回、守護神を拝む月例祭を行なっています。

社長退任後、幸之助は「根源社」という神社をモデルにした独自の祈りの空間をつくりました。根源社はパナソニック本社、PHP研究所、京都東山の別邸の 3か所に建てられ、幸之助はいつも「感謝と素直」を祈ったそうです。

ここまで本書を読んだ方であれば、パナソニックが龍神を社内にたくさんお祭りしていることの意味がおわかりになるのではないでしょうか。

神社は愛の生産工場で、そして貢献(コミット)する人を増やすのでしたね。もし会社に祈りの場があれば、〝当然〟社員に職場への愛着が生まれ、そして、愛着ある職場に貢献する行動も増えるのです。

さきに紹介した統計分析では、地域に神社・お寺があれば、その地域への愛着が生まれ、地域に貢献する行動も増えました。

地域も職場も同じことなのです。

ここまで統計データや歴史から、神社が世の中にどのような効果をもたらすのか、成功した人たちがどのように神社と関わってきたのか見てきました。

もちろんお気づきのように、お寺にも同じような効果があります。神社、お寺、パナソニックの根源社と龍神社、どれも人々が「祈り」をささげる場です。この「祈る力」が、成功や幸せ、企業経営や社会の統治に大きな役割をはたしてきました。

古代の日本は、天皇家をはじめ有力な一族は、自分たちのご先祖様を神として祭る神社を建て、それぞれの祈る力を競い合っていた時代でした。

じつは、科学技術がますます発展する 21世紀において、この「祈る力」が、これからもっとも大事なスキルになるのです。

「科学の時代になに言っているの?」と思われるかもしれません。しかし「科学のすすんだ時代だからこそ」祈る力が重要になってきます。

それを教えてくれたのが 2013年9月に発表されたオックスフォード大学のマイケル・ A・オズボーン准教授とカール・ B・フレイ博士の研究です。

日本語で「雇用の未来」と訳された彼らの論文は、世界中で大きな反響をよびました。

オズボーンとフレイの研究は、 702種の職業を対象に、 10年後にそれぞれの職業が人工知能( A I)でコンピュータ化できる割合を示したものでした。

人工知能がこれから注目の技術であること、「 2025年には 5割の仕事が A Iにうばわれてしまう」と聞いたことのある方もいるでしょう。

人工知能とは、人間の知的作業をコンピュータで自動化できるようにしたものです。ロボット掃除機のルンバは A Iのわかりやすい例ですね。

コンピュータ化できる割合が高いのは「消える職業」、コンピュータ化できる割合が低いのは「求められる職業」です。

結論は「アメリカのすべての雇用の約 47%が、 10〜 20年後にはコンピュータで自動化されてなくなる危険がある」というものでした。

いったいどのような職業が消え、どのような職業が残るのか、ほんの一部ですが 95ページに表にしました。

「消える職業」を見ると、たとえば融資や保険の審査といった、明確な基準と照らし合わせて判断する仕事があります。過去のデータと照らし合わせて処理するのは、 A Iの得意な仕事です。

電話営業やクレーム処理のような、パターン化・マニュアル化された人間とのやりとりも A Iがになっていくようです。

では「求められる職業はなにか?」「 A Iにできない仕事はなにか?」。この問いは、じつはおのずと「人間とはなにか?」という哲学的な問いにいきつきます。

人間にしかできないことってなんでしょう? 前出のオズボーン准教授は、人間が身につけるべきただひとつの能力は「創造性」だと説きます。新しいなにかを発明する能力です。

ただ求められる職業リストを見ると、「創造性」は、もっとも適切なキーワードでしょうか? もっとも目立つのは、人と接する仕事の中でも「ケア」の必要なもの。

ケアとは、世話をする、面倒を見る、関心をもって気づかうなどで、医療・健康・福祉や、子育て・教育・人材育成のキーワードです。

こうした「人を見守り育てる仕事」が、これから求められる職業ですそして見守り育てるのに必須のスキルが、じつは「祈る力」なのです。

求められる職業リストは、人から感謝されやすい仕事が目立つと思いませんか。聖職者という祈りそのものの仕事もあります。

いっぽう消える職業リストは、感謝されにくい仕事が多いですよね。

たとえばリスト筆頭の電話営業ですが、突然自宅や職場にかかってくる売り込みの電話に、迷惑している人も多いのではないでしょうか。

感謝は祈りです。松下幸之助は、根源社に「感謝と素直」を祈りました。

神社は「神恩感謝」といって、基本はご先祖様である神さまのご恩に感謝を伝える場です。

子どもを育てる、人材を育成する、危ない目にあわないように守る、病んだ人の回復をお手伝いする、ほっとひと息つきたい人にひとときの癒やしを提供する。どの仕事にも、根底には「祈り」があります。

「大丈夫かな」という心配、心配ごとが起きなかったときの「よかった」「ありがとう」という安心と感謝。科学技術が発展すればするほど、「人間にしかできないことはなにか?」をつきつめていくことになります。その究極が「祈り」なのですね。

つぎの章では、祈りの具体的な技術・方法を、神社を舞台にお伝えしていきます。

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