まえがき
昭和三十九年、いまの吉寿屋の前身である菓子卸業の店を大阪市北区天満にある卸売市場の中に起こしたとき、私が二十三歳、弟の秀次が十八歳でした。
業界では後発だったため、私は、業界の常識にとらわれずに、自分が正しいと思う経営手法を次々に繰り出し、継続してきました。
早朝出勤、社員への利益還元、業界一早い決済、経費の毎日削減などですが、それらを四十年以上も続けていると、「ユニークな経営の会社がある」と思いもかけない評価をいただくようになりました。
業界で一位の利益率を上げ、結果が出ているために、注目いただいたのでしょう。日本の会社は、九九・七%が中小企業です。大企業はわずか〇・三%にすぎません。
中小企業の経営者の中には、その〇・三%の大企業の工場を見学して話を聞き、真似ようとする人が少なからずいます。
トヨタなど成功している大企業の経営ノウハウには、確かに瞠目すべきものが多々ありますが、実行しようと思ったら資金がいります。人材も必要です。
中小企業には、残念ながら、お金も人材もそんなにありません。
私が実践してきた経営手法は、資金も人材も不要で、明日からすぐにできるものばかりです。朝早く起きて会社へ出ていく。社員を大事にする。経費を極限まで節約する。トイレ掃除など会社の中をきれいにする。
本書でお話しする中身は、どれも難しいものではなく、誰にでもできます。以前、某業界の研修会に招かれ、講演に行ったときのこと。
私の前に、テレビでコマーシャルを盛んに流している食品メーカーの社長が話をされました。年商は、吉寿屋よりも数倍上の会社です。
最近、急成長してこられた会社だけに、スクリーンにデータや資料を次々に映し出して成長の秘訣を説明され、私が見ていても華やかなものでした。
あとを受けた私は、早起き力の話、トイレ掃除の話などを訥々と話しました。華やいだ演出など、私にはとうていできません。
自分でも「地味すぎたかな」と反省していたところ、休憩時間に、名刺交換を希望する人が私の前にドッと押し寄せて、意外に思いました。
データ重視のカッコいい話よりは、泥臭くても実体験にもとづいた話のほうがより訴える力が強かったのでしょう。
現在、米国のサブプライムローン問題に端を発した世界的な金融危機で、日本経済は百年に一度と称される景気後退に直面しています。
あの世界のトヨタでさえ七十年ぶりの赤字に転落するというのですから、その深刻さは想像以上に大きいのでしょう。
しかし、私が四十五年間経営に携わってきた実感では、景気のよかった時期などこれまでにもほとんどなかったと思っています。
ニクソン・ショック、二度にわたるオイルショック、バブル崩壊とその後の失われた十年……。
八割方は不況で、創業したころに営業をしていた周りの中小企業の多くが、景気の荒波に呑み込まれて姿を消しました。
中小企業が相次ぐ不況を克服して三十年、四十年と成長しつづけるのは、並大抵ではないのです。今回の景気悪化も厳しいでしょうが、私はそれほど怖くありません。
いついかなる不況期にでも利益の出る経営を追求してきたつもりであり、自分が正しいと信じた道を黙々と歩むだけだからです。自分のやっていることが正しければ、世間はどんどん同じ方向を向いてくれるでしょう。
世間が真似をしてくれなかったら世間と逆に走っていることになり、自分が正しいと思っていても、やっていることは間違っていたことになります。幸いなことに、これまで結果を残してきたので、世間はこちらのほうを向いてきてくれました。
その意味では、私のやってきたことはそれほど大きく間違っていなかったのではないかとひそかに自負しています。
同じことを十年、二十年と続けていくためには、思う気持ちを強く持たないと成功しません。
いまでは、人工衛星が月や火星へ行くのを当たり前のように受け止めていますが、それが実現するまでには、「宇宙に行きたい」という強い思いを持った人たちが営々と研究を続け、たくさんの難しい壁を乗り越えてきた歴史があるわけです。
きっと、途中で何度も挫けそうになったでしょう。それでも諦めずに、宇宙へ行く可能性をずっと研究しつづけてきたからこそ、人工衛星の開発に成功し、月旅行も夢ではなくなったのです。
人工衛星の開発に比べたら、商売で儲けることはさほど困難ではありません。経営者が思う気持ちを強く持つことと、年数をかけてやりつづけること。この二つを忘れなければ、社員がついてきてくれるようになります。
そうなれば、ものすごいパワーを生み、不況時でも乗り切っていけると信じています。
最後に、発刊にあたってPHP研究所をご紹介くださったタニサケの松岡浩会長、出版にご尽力いただいたPHP研究所の安藤卓取締役、櫛原 男本部長、ワードの廣田正行社長、そして発行人の江口克彦PHP研究所社長に厚く御礼申し上げます。
ありがとうございました。
平成二十一年三月吉日株式会社吉寿屋会長 神吉武司
第一章 トップが早起きの会社に不況なし
中小企業が勝つには早くスタートすればよい
私は会長になったいまも、早朝の六時までには出勤先の摂津流通センターに着くのが日課になっています。会長になる前の社長時代には、それよりも一時間早い五時に出社していました。
それでも、現社長で弟の秀次にはかないません。なにしろ、毎日、朝の四時に出社しているのですから。
なぜ、それほど朝早く出社するのか。理由はいたってシンプルです。
わが社のような中小企業が大手のライバル会社に勝つには、少しでも早く出社して仕事を始めることが、最もお金がかからなくて、最も有効な戦術にほかならないからです。
ここで、ちょっとクイズをやってみましょう。
女子マラソンの金メダリストである高橋尚子さんや野口みずきさんを相手にマラソンをして、素人である私が四二・一九五キロメートル先のゴールに先着する方法があります。
それは、どういう方法でしょうか。正解は、「彼女らよりも早く出発すればよい」です。
当たり前ですが、一緒にヨーイドンで走ったら、彼女らに勝てるはずがありません。
高橋尚子さんは引退を表明し、野口みずきさんも体の故障に苦しんでいますが、全盛期は四二・一九五キロメートルを二時間二十分台で走りました。
私はさて、どれくらいかかるでしょう。
仮に七時間かかるとすると、彼女らがお昼の十二時にスタートするとして、私はその七時間前の早朝五時に出発すれば、逃げ切ることができます。
「そんなのは尋常な勝負ではない」と怒られそうですが、高橋尚子さんや野口みずきさんを実績もネームバリューもある大企業、中堅企業に置き換えてみれば、私のいわんとしていることがおわかりいただけると思います。
大企業、中堅企業は、中小企業と違って、資金や商品、人材、信用、ブランドなど、いろいろな財産を持っており、少々赤字になってもビクともしません。
一方、何の財産も持たない中小企業の場合は、一度でも赤字決算を出そうものなら、金融機関の信用を失い、資金繰りに支障をきたします。
最初から、大企業、中堅企業と戦うには、大きなハンデがあるのです。とくに大企業は、いわば女子マラソン界の高橋尚子さん、野口みずきさんのようなもの。
まともに戦ったところで、百戦して百敗するだけです。まず勝てません。
昭和三十九年に弟の秀次と二人で大阪天満の市場内に吉寿屋の前身の店を起こしたときに、私は勝ち抜くための戦略を必死で考えました。
創業したばかりで、資金も、人材も、信用も、経験も、取引先もありません。二人の社員を雇いましたが、実際に頼れるのは自分と弟だけです。
〝ないないづくし〟の中で、新参の小さな菓子問屋がどうやっていけば、大手の菓子問屋に対抗して商売ができるのか。
幸いなことに、お菓子を買う消費者にとっては、小売店に置いてある商品、たとえばチョコレートの卸し先が大手か中小かといったことは関係ありません。
気にするとすれば、どこのメーカーのどのチョコレートで、値段はいくらかでしょう。
言い換えれば、小売店にしても、信用の置けるメーカー品であるなら、条件しだいでは新しい問屋から仕入れても差し支えないわけです。
価格が安い、品揃えが豊富、社員のマナーが行き届いている、倉庫が清潔で整理整頓されている、こまめに配達してくれる、無理が利くなど、小売店が求めているニーズの中で、新参者でもすぐにやれることはたくさんあります。
メーカーや仕入れ先に対しても、信用を得る道はあるはずだとさまざまな角度から戦略を考え抜き、自分たちにできることの一つが、他人よりも早くスタートする、すなわち、どこよりも朝早く起きて店を開け、仕事に取りかかることでした。
私は、毎朝五時に店を開けることを決めました。
店が市場の中にあり、もともと朝が早かったということもありますが、それ以上に、会社を立ち上げたかぎりは何としても勝たなければならないという強い決意の下に早朝から仕事を始めたのです。
早く店を開けても、お客様がそんな早朝から来るわけはありません。注文の電話もかかってきません。では、何をするのか。
店内の清掃や商品の整理整頓をするのです。お菓子屋ですから、掃除が行き届いて店にチリ一つ落ちていないと、それだけでお客様の見る目が違ってきます。
また、毎朝、段ボールに入った商品を整理整頓していると、どこに何があるかが頭の中に入っているため、お客様から注文があったときにすぐに取り出せ、お待たせしなくてもすみます。
これも、お客様には好評でした。
さらに、毎朝、仕入れた商品を整理し出荷の準備をしていると、どういう商品が売れていて、どういう商品が売れていないかがわかるようになります。
それをもとに、「最近はこれが売れ筋です」などと、仕入れに来られたお客様に情報をお伝えする。
メーカーからの受け売りではなく、私が毎朝、商品にふれてつかんだ生のデータですから、かなり当たっていて、小売店から「おかげで、よく売れたよ」としばしば感謝されたりしました。
他社よりも三時間早く店を開けて仕事にかかれば、一週間で三時間 ×六 =十八時間、ひと月では十八時間 ×四 =七十二時間、丸々三日も多く仕事ができるわけです。
一年間で三十六日、ざっと一カ月余り先発会社よりたくさん働くわけですが、それだけでは追いつき、追い越すことはできません。

私はさらに、早朝出社に加えて、「五年間は休日返上で働く」ことにしました。
当時は週休二日制を導入している会社はあまりなく、休みといえば、日曜と祝日、盆、正月くらいのものでしたが、それでも月に少なくとも四日は余分に仕事ができます。
五年間無休で早朝五時から働けば、七日(三日 +四日) ×十二カ月(一年) ×五年 =四百二十日も他社より多く仕事ができる計算になるわけです。
私は、ライバルが休んでいる日曜日などの休日にコツコツと小売店を開拓して回りました。問屋は休んでいても、小売店のほとんどは店を開けています。
営業社員とともに各店を回って新規取引をお願いすると、「休みの日まで頑張っているね」と快く取引に応じてくれる店が一つ二つと現れて、売上が増えていきました。ありがたいことに、現在のお得意先のなかには、当時からおつきあいのある店も何軒かあります。
こうして朝五時に店を開け、一日も休まずに仕事をすることで業績を伸ばし、メーカーや仕入れ先、小売店から一人前に認めてもらえる問屋に仲間入りできたのです。
経営者が朝七時までに出社する会社に倒産なし
朝早く起きて会社に出てくる一番のメリットは、時間を一〇〇%有効に使えることです。一日二十四時間というのは、大企業、中小企業に関係なく、等しく与えられています。
にもかかわらず、企業によって優勝劣敗、勝ち組と負け組に分かれてくるのは、一つにはその時間の使い方に差があるためです。
わかりやすい例を挙げると、私は現在、大阪市内の東淀川区の自宅から摂津市鳥飼の流通センターまで車で通勤をしていますが、朝の五時台に出ると、遅くとも十五分以内には着きます。
ところが、七時台に家を出ると、通勤ラッシュと重なって早くても三十五分はかかり、二十分もの差が出るのです。
八時台以降になれば、さらに車が混み、会社までの時間はもっと余計にかかります。
この二十分の差を「たかが二十分」ですませているようでは、経営者として時間の観念が甘いといわざるを得ません。
確かに一日の単位で見れば、「たかが二十分」かもしれませんが、一週間のうち土曜日も働くとすれば、実に二時間も違ってきます。
月に換算すればざっと八時間、一年間で百時間、十年間で千時間近くになるわけです。
それだけの時間を、片方は渋滞にイライラしながら車の中で何もせずに過ごし、片方は会社で集中して働いて過ごす。
どちらが時間上効率的であるかは説明するまでもないでしょう。
「二十分ぐらいは、就業中に頑張ればカバーできるのではないか」。こう反論する人がいるかもしれません。
しかし、就業時間中は取引先などからしょっちゅうしょっちゅう電話がかかってきます。来客もあるでしょう。そのつど仕事の手を止めて応対しなければなりません。仕事に集中しようにも何かと中断され、それだけ能率は悪くなります。
では、就業時間を終えた夜であれば、どうでしょう。終業後の時間であっても、多くの関係先は仕事をしており、注文書の FAXが届いたり、アポの電話が入ったりなど、何かと用事が舞い込んできます。そのうえ、朝からの仕事の疲れもあり、仕事に集中できません。
仕事が始まる二時間前、三時間前の早朝の五時、六時頃なら、電話は滅多にかかってきません。来客もありません。FAXがガタガタと音を立てて入ってくることもまずありません。
社員が報告にやってくることもありませんから、静かなオフィスで集中して一生懸命に仕事に取り組めます。
つまり、同じ二十分という時間でも、早朝と就業時間中や終業後とでは、仕事の能率は二倍も三倍も違ってくるのです。
早寝早起きを励行すれば、熟睡でき、頭が冴えて物事をよく考えられます。
私がオフィスにいて、あそこはこうしたほうがいいなどといろいろと仕事の改善点に気づいたり、将来の計画を立てたりするのも、たいがいは早朝です。
早く起きて早く出社すれば、年間で百時間もたくさん能率よく仕事ができ、改善ポイントも見つかるわけですから、そんな経営者のいる会社は伸びないはずがありません。
一代で創業して東証一部への上場を果たした会社の経営者で、私の知るかぎりでも、早朝出社をしている方はたくさんいます。
イエローハットの鍵山秀三郎相談役、日本電産の永守重信社長、ファーストリテイリング(ユニクロ)の柳井正社長、ワタミの渡邉美樹社長、楽天の三木谷浩史社長などはその代表ですし、創業者ではありませんが、日産を V字回復させたカルロス・ゴーン社長も出社は六時前。
朝八時までに提出された書類はその日のうちに決裁するそうで、あれほどの規模の会社の経営者としては驚異的なことです。
また、アメリカのマイクロソフトのダレン・ヒューストン社長も社員の誰よりも早く出社するそうです。
経営者が朝早く出社すれば、役員もそれに伴って早く出てくるようになります。
役員の出勤が早くなれば、部長、課長などの幹部社員も自然と出勤時刻が早まり、さらに一般社員の間にも少しでも早く出社しようという空気が生まれます。
とくに中小企業の場合は、経営者である社長の思い(心構え)が大事です。
大企業では、一般社員が社長の顔を見る機会は少ないでしょうが、中小企業では、社員は社長の言動に絶えず気を配っています。
単純に社員数が少なくて社長との距離が近いからだけではなく、それ以上に、自分の会社が今後どうなるかに強い関心があるからです。
大企業と違い、中小企業はいつ潰れるかわからないため、生活をかかえている社員は、危ないと思ったら、退職金をもらえるうちに辞めて次の職場を探そうとします。
優秀な人材ほどそうで、中小企業が業績が悪くなりだすと一気に傾く原因は、資金繰りもさることながら、できる社員があっという間にいなくなることにもあるのです。
それを防ぐには、経営トップである社長が朝早く来て、元気で頑張っている姿を社員に示すことです。
社員はその姿を見て安心し、なかには、「よし、自分も早く出てこよう」と社長を見習って定時よりも早く出てくる者も現れます。
その数が二人、三人と増えていけば、定時から仕事を始める会社よりも〔人数 ×時間〕だけ早くスタートでき、優位に立てるわけです。
経営者が早朝に出社して仕事をするのは、お金が一銭もいらず、自分の意思だけでできて、しかも、業績を上げていくのにいちばん確実な方法です。
私は、弟に社長を譲るまでの間、月次決算で赤字になると出勤を三十分早め、それでも黒字にならない場合はさらに三十分早く会社に出るようにしました。すると、業績は必ず回復したものです。
また、経営者が朝の七時までに出社して仕事をしている会社の倒産はゼロという調査会社のデータもあります。
経営者の早朝出社がいかに業績と密接に関係しているかが、このデータからもうかがえるでしょう。
早起きはツキを呼ぶ
私は長期的な経営目標の一つに、「朝六時出社を三百年先まで継続する」と書き記しています。
そんな先まで、私も弟も生きていません。子どもたちや孫たちも生きていないでしょう。
しかし、吉寿屋が永続していくためには、そのときどきでトップに立った人物は、これを社訓として守りつづけてほしいと願っています。
早朝出社を継続していけば、会社がますます強い体質になるのはもちろんのこと、ツキを呼び込める、運までが巡ってくると思っているからです。
単にそう思うだけではなく、これまでに信じられないような幸運を何度も体験してきました。その最も代表的なケースが、現在の心斎橋店と京都支店を入手できたことです。
心斎橋店は、大阪最大のショッピング通りである心斎橋筋北商店街に面して建っています。土地代も高くて、普通ならわが社のような中小企業では、望んでもなかなか手に入らない物件です。
そのため、住友銀行(現三井住友ホールディングス)天六支店の法人部長から、「心斎橋筋に売りに出されている物件があります。購入されませんか」と打診されたときには、あまりにも想定外の話で、「本当にわが社でいいのか?」とわが耳を疑ったくらいでした。
しかしながら、せっかくのチャンスを逃す手はありません。
人通りの多い心斎橋筋で直営の菓子店をやれば、相当な投資をしても絶対に元が取れる、という確信が私にはあり、逸る気持ちを抑えつつ即座に返事をしました。
「すぐにでも買いたいので、よろしくお願いします」と。
以前から取引のある不動産会社(幸大商事)の社長が交渉に乗り出してくれたのですが、思わぬ障害が生じました。
大手のハンバーガーチェーン店が買いにきていて、わが社よりも高値を提示しているというのです。
わが社としてはいくらまでなら出せるかを弟と検討し、「ぎりぎり三億二千万円なら」となりました。その額でも、ハンバーガーチェーン店の提示額に届きません。
「何とかその価格でお願いします」と住友銀行の法人部長と不動産会社の社長にお任せしたものの、高い価格をつけたハンバーガーチェーン店に売られてもやむをえないと覚悟していました。
ところが、お二人の大変なご尽力の結果、土地を持っていた一部上場の会社が、「吉寿屋に売ってもよい」といってくださったのです。
信じられない幸運に、私は飛び上がらんばかりに喜びました。もちろん、すぐにお金を用意し、具体的な手続きを進めたのはいうまでもありません。
平成十年、約百八十四平方メートルの「お菓子のデパートよしや」心斎橋店がオープンしました。
私の見込んだとおり、一日平均百万円 ~百十万円、毎月約三千万円、年間四億円以上の売上があります。年間利益も三千七百万円 ~三千八百万円あり、菓子専門店としてはどちらも日本一です。
これほどのすばらしい資産を大手ハンバーガーチェーンと競い合って手に入れられたことは、住友銀行法人部長と不動産会社社長のお二人のおかげであり、いくら感謝してもしすぎることはありません。
同時に、早起きを続けてきたことへの神様からのプレゼントではないかと、私はひそかに思っています。神様からのプレゼントといえば、現在の京都支店の土地もそうです。
京都の四条河原町の交差点を東へ行った南側、ちょうど高瀬川にかかる四条小橋西詰めのところに、六十平方メートルほどの建屋がありました。
その土地を買わないかと、社長の友人である森本社長から連絡をもらったのは、創業四十周年目にあたる平成十五年一月のことです。
事情を聞いてみると、土地の持ち主である喫茶店の経営者がバブルで失敗し、銀行の抵当に入るなど権利関係がかなり複雑な物件だという話です。
お菓子の小売店をするには土地が狭すぎるため、「そんなややこしい物件はいらんわ」といったんは断ったのですが、森本社長は、「こんないい場所が売りに出されることは二度とないから、ぜひ買っておいたほうがいい。必ず儲かるから」と、なおも熱心に勧めてくださったのです。
あまり気は進まなかったけれども、「そこまでいうなら」と購入を決め、土地代を回収する足しになればという計算で、その土地に小さな菓子店を建てました。
さすが、四条河原町周辺は京都一の繁華街です。狭いながらも年間六百万円ほどの利益を上げ、「そのうち元が取れるだろう」とのんびり構えていました。
それから二年ほどした平成十七年の三月、隣の携帯電話ショップが入っている土地の持ち主から、「買ってもらえませんか」という思いもかけない話を持ちかけられたのです。
両方を合わせれば、倍の広さになります。私はすぐさま森本社長に「手続きをただちに進めてほしい」と連絡を入れ、その土地を購入しました。
あわせて百二十平方メートル余りの土地に七階建ての自社ビルを建て、一階は直営店舗と京都支店のオフィスとし、二階から七階まではテナントを募集しました。いまでは、店の売上と家賃とで、年間五千万円の利益です。
京都の四条河原町に自社ビルを持っているといっても、同業者は最初なかなか信じてくれませんでした。吉寿屋の規模で買えるとは思えないからです。
これもまた、早起きを続けてきたことへの神様からの贈り物かもしれません。
なお、「大阪の心斎橋店と京都の四条河原町店は、三百年先まで絶対に担保に入れてはならない」という一文も、三百年先まで生き残るための社訓の中に入れました。
せっかくもらった幸運の証を金融機関へ担保として差し出せば、たちまちツキは消え失せてしまうのではないか。私はそう思っています。
両店舗を担保に入れなければやっていけないような経営をしてはならない、という戒めを込めての言葉です。
このように、「早起きは三文の徳」どころか、数億円、いや数百億円の得を与えてくれたのです。
「ツキがない」と思っている経営者のみなさん、定刻よりも一時間でも二時間でも早く会社に出てみてはいかがでしょう。
「早寝早起き・早朝出勤」は、お金もかからず、明日からできる成功の秘訣です。ちなみに、弟の社長は、私よりツキがあります。
以前は私のほうが運はよかったのですが、弟が私よりも二時間早い朝の四時に出社するようになって、いつの間にか逆転してしまいました。
早寝早起きで健康に働こう
「早寝早起きは健康のもと」とは、昔から言い伝えられている金言です。
長く語り継がれているのはそれだけ信憑性があるからで、現に、平均寿命で女性が男性より八歳ぐらい長生きするのは、家事・育児のために男性より早起きしてきたからではないかと思っています。
徳島県の田舎で生まれ育った私は、小さいころから早寝早起きの生活を送り、大阪に出て商売を始めてからも早朝出勤で早寝早起きを続けてきました。
それゆえ、六十半ばになる今日まで病気らしい病気をしたことはありません。
朝の四時、五時に起きるには、前の晩は早く寝ないと体がもたないため、だいたい夜の九時、十時には床に就きます。
たまに夜のおつきあいがあっても、一次会だけにとどめて、二次会は失礼させてもらうことがほとんどです。わが社では、役員会議は朝の六時からやります。
店長会議は各地から集まってくる関係で、朝の七時五十分からです。どちらも朝が早いために一緒に食事をしながらやりますが、役員や店長だけではなく、社員の中にも、私と弟が早く会社に出てくるのに影響を受けて、自主的に早朝出勤してくる者がいます。
「努力に勝る才能なし」とはけだし名言で、学生時代は才能だけで上へ行けても、社会へ出れば才能よりも努力が成功を生みます。
会社に入ってきてヨーイドンでスタートした当初は、才能のある者が先行するでしょう。
しかし、三年 ~五年経つうちに、才能があっても努力しない社員よりは、才能は劣っていても努力する社員のほうが上に立つようになります。
わが社でも、私が何もいわないのに、自ら頑張って朝早く出てきて仕事の準備に取りかかる社員は成績が優秀です。
なぜなら、人より十分早く出勤すれば、一週間で一時間、年間で五十時間も時間を多く使えます。十分でこれですから、一時間違えば、莫大な時間数の差になるのは先にも話したとおりで、成績がよいのは当然です。
課長や部長への出世も早く、給料もそれだけ高くなります。
社会に出て努力が実ると、報酬や地位など多くの見返りを期待できますから、家族も豊かに平和に暮らすことができるのです。そればかりではありません。
早寝早起きで健康になるぶん、体調を崩して会社を遅刻したり欠勤することが少なくなります。また、早朝から仕事をすれば残業が減り、早く家に帰れるので家族団欒の時間が増え、夫婦や親子の関係もよくなるでしょう。

家庭が平和で安定すれば、自然と仕事にも身が入ります。仕事の質と効率がますます上がって、会社の評価がいっそう高まるに違いありません。交通事故を抑止できるのも、早寝早起きのプラス効果です。
わが社では、二トン車で一日に四回、お得意先に商品を配送しており、トラックの台数は、摂津、堺、京都の三カ所の流通センターで合計二十五台。
これだけのトラックが毎日のように走っているにもかかわらず、創業以来、運送中の交通死亡事故はゼロ、事故そのものもほとんどありません。
早寝早起きと交通事故抑制との因果関係を科学的に証明できませんが、私なりにこういうことではないかと考えています。
人間は、早起きして朝の太陽の光を体に取り入れると、体内時計が働き始めて目覚めを促し、活動のスイッチが入るそうです。
つまり、早寝早起きすることで、しっかり熟睡できて目覚めもすっきりするため、集中して運転できます。夜更かしをしないので、家庭が円満。それだけドライバーは安定した精神状況で運転できます。
しかも、ライバル会社のトラックが出発するころには、わが社のトラックはすでに一回目の荷下ろしを終えて戻ってきています。
他社が一日三回配送するところを、わが社は四回配送しますから、一回の積載量は他社の七掛けですみます。
金額でいえば、他社が百万円としたら、わが社が積むのは七十万円。
それだと効率が悪いのではないかと思われるかもしれませんが、七割しか積まないため、すぐに積めてすぐに下ろせて、かえって効率的です。
一杯に積み込まないぶん、トラックの負担は少なくてすみ、その点でも運転がしやすくて事故防止につながります。
どこの会社でも、社員が朝早く出勤したからといって、「こんなに早く来るな」と怒る経営者はまずいません。
むしろ最近は、夜遅くまで残業していると、「早く帰らないか」「電気を消せ」と注意する会社が増えてきており、わが社でも夜六時までに仕事を必ず終了するように厳命しています。
「ノー残業デー」を設ける会社はあっても、「ノー早朝出勤デー」を設けている会社はないはずですが、成績の上がらない社員はだいたい朝早く出てきません。
たいていは始業時間ぎりぎりに出勤してきます。
就業規則に違反しているわけではないため、とやかくいうわけにいかないし、また、むりやり早く来させても身につきません。
本人の自主性が何より大事なのです。ただし、遅刻に対しては厳しく注意します。
わが社のような中小企業は、全社員がベクトルを合わせて、同じ方向に向かって同じように進んでいかないことには、たちまちダメになってしまうからです。
一人でも横を向く社員がいたら、絶対に会社はよくならないため、わが社では「原則、遅刻三回で退職」と決め、入社時の面接でもそのように話しています。
多くの社員は理解してくれており、早朝からみんなが頑張っているのに、自分だけが遅く来るのは恥ずかしいという心理が働くのか、遅刻する者はめったにいません。
たまに朝に弱い人が入ってきた場合、会社があれこれいう前に、居づらくなって自分から辞めていきます。
継続するためには経営者の強い思いが大切
まさに早起きは、経営者にとっても、社員にとっても、一石二鳥どころか、一石で四鳥にも五鳥にもなるわけで、これで会社の業績がよくならないはずがありません。
中小企業は業績が悪くなるのが速いかわりに、よくなるのも速くて、経営者が三年間早起きを続ければ、会社の業績はみるみる好転します。
そこで私は、経営者を相手にした講演を頼まれるたびに、「みなさんも騙されたと思って、いっぺん早起きしてみてください。続けていけば、業績は必ずよくなります」と、早朝出社の効用を説いてきました。
私の講演を聴いた経営者の中には、「私は、明日から朝五時に起きるようにします」「私は、朝の六時には会社に出社します」などと意気込んで宣言する人が出てきます。
しかしながら、その場ではそうおっしゃっても、大半の人は長続きしません。最初は意気込んで早く出てきても、千人中九百九十九人の経営者は結果が出る前にやめてしまいます。
「継続は力なり」で、続けることがいかに難しいかです。
当初は頑張って早起きして、六時とか七時までに会社に行ったとしても、ひと月やふた月で目に見えて業績がよくなるものではありません。
早起き力が社内に浸透し、業績が向上していくまでには、最低二年から三年はかかるでしょう。
プロ野球では、二割そこそこしか打てなかった打者が、あるときを境に急に三割を打ちだして、周囲の人を驚かすことがあります。話を聞くと、毎日毎日素振りを続け、それでもなかなか打率が上がらない。
「やっぱり自分には才能がないんだ」とめげそうになる気持ちを叱咤しながら、なおも素振りを続けていると、突然、打てるようになるのだそうです。
ちょうど、一滴の水が器に少しずつ少しずつ溜まっていき、やがて一杯になって突然溢れ出すのと同じです。
コツコツとした努力を何年か積み重ねてはじめて、自分という器を超えて大きな成果をもたらしてくれるのだと思います。
その最たる例が、マリナーズのイチロー選手です。
二〇〇八(平成二十)年には、大リーグで八年連続年間二百本安打を打ち、記録を百七年ぶりに更新しました。
日米通算三千本安打も達成し、元ジャイアンツの張本勲氏が持っている日本の生涯安打数記録(三千八十五本)を抜くのは時間の問題といわれています。
イチロー選手は「天才」と称されていますが、これほどの偉大な打者でありながら、ほかの選手より二時間も早く球場に出てきて練習をしていることはあまり知られていません。
子どもの時分から、学校を終えるとバッティングセンターへ毎日のように通って打ち込み、プロになってからもその努力を欠かさないからこそ、偉大な記録を次々に塗り替えていくことができたのです。
不思議に思うのは、イチロー選手のその姿をほかの選手は見ているにもかかわらず、真似できないことです。
一流のプロですらそうですから、一般の経営者が毎朝一時間でも二時間でも早く出勤するのはよいことだと、頭でわかっていても、続けられないのは無理からぬことかもしれません。
また、続けるのが難しいからこそ、わが社は成長しつづけてこられたともいえます。ある国に、祈れば必ず雨を降らす祈祷師がいました。それは、雨が降るまで祈りつづけたからです。失敗するのは途中で諦めるからで、絶対確実な〝成功の秘訣〟は、成功するまでやりぬくことです。
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