朝一番に本を読むと、どんないいことがあるのか
「朝勉」の前に「朝読書」をここからは、早起きして手に入れた「自分時間」を、どのように有効に使えばいいかについて、お話ししていきたいと思います。……と言っても、答えはもうおわかりですよね?そう、「読書」です。
もしかするとあなたは、「朝読書」という言葉に魅力を感じつつも、心のどこかで、「なんで朝一番に読書をすると、どんなメリットがあるんだろう?べつに朝にTOEICの勉強でも、資格試験の勉強でもいいんじゃないの?」と思っているかもしれませんね。
もちろん、「朝勉」も大いに結構です。TOEICや資格試験の勉強も、朝の静かな時間なら集中して取り組めますよね。
「今年中にTOEIC800点を目指すぞ!」とか、「来年は簿記1級を取得しよう!」というように、人生の一時期、何かの勉強に集中して取り組むことは素晴らしいことだと思います。
でもぼくは、勉強の前に30分だけでも、朝の貴重な時間を読書にあててみてほしいのです。
なぜか──。
これは、ぼく自身の体験から実感したことですが、朝の読書は、まだ眠っている思考を「優しく」でも「確実に」揺り起こしてくれるからです。
朝読書で思考が柔軟になる小説でもビジネス書でも、雑誌でも何でもかまいませんが、読書をしているときって「あぁ、確か自分も昔こんな体験をしたな」とか、「そうだ、家に帰ったらこの方法を試してみよう!」とか、頭の中で思考が「点から面」になって、どんどん広がっていきませんか。
途中から、読書そっちのけであれこれ妄想が広がってきて……なんてこと、ぼくはよくあります。
「読書」は、著者との対話でもあり、また自分自身との対話でもあります。だから、どんどん思考が広がっていくのです。ときには、過去を思い出してしみじみしたり、ひとりで思いだし笑いをしたり。
またあるときは、会社で進めているプロジェクトのアイデアが浮かんで、わくわくすることもあるでしょう。
つまり、朝に読書をすることは、自分の一日のコンディションを最高にもっていくための、いわばウォーミングアップのようなものなのです。
朝に読書をすることで、思考が柔軟に動き出せば、自分の頭で考え、判断するクセがついてきます。
「朝を制すものは人生を制す」ということわざがあるように、「朝読書」をして思考を柔軟にすることで、より「自分時間」を生きられるようになる、とぼくは考えています。
一方で、英語の勉強はどうでしょうか。
単語帳を眺めていても、自分や著者との対話ができませんから、思考が「点から面」へと広がっていきません。資格試験の勉強も同じです。
だからといって、もちろん英語や資格試験の勉強が悪いと言っているわけではありませんよ。
もしあなたが、朝に英語や資格試験の勉強をしたいのならば、たとえ10分でも朝の読書でウォーミングアップしてから勉強に取りかかってみてはいかがでしょうか。
また、ある一時期は朝の時間を勉強に集中したとしても、「また戻る場所」として、「朝読書」の習慣を身につけておくのもよいと思います。ぜひ、実践してみてください。
本は思考を広げるためのツール
同じ本でも、読み手によって「受け取るメッセージ」は違う
ぼくは、「本」というものは、つくづく不思議なものだと思うんです。
突然ですが、あなたは、何のために「読書」をしますか?単に「本が好きだから」ですか?「知識や情報を得るため」ですか?「暇つぶしのため」ですか?「先輩や上司に、本を読めと勧められたから」ですか?本を読む理由、そのどれもが一人ひとりにとっての正解で、間違いなんてないですよね。
「本」自体は印刷物なのですが、それを読む人の背景も違えば、読む人によって受け取り方も変わってくる。これはとてもすごいことだと思うんです。
ぼく自身のことを話すと、はじめは本当に「暇つぶし」でした。長い通勤時間でも、本があればあっという間に時間が過きていき、それが心地よかった。
でも、だんだん本を読むことで、いままで知らなかった知識が増えたりや素晴らしい人々に出会えたりして、自分の世界が大きく広がりました。
「暇つぶし」のために始めた読書が、いつしか「知識や情報を得るため」の読書に変わっていったんですね。
本を読むと、脳内で「化学反応」が起きる
ぼくが「読書」をする目的は、もうひとつあるんです。それは、先ほども述べた通り「思考するため」、つまり「考えるため」です。
読書を始めると、頭の中で左ページのような「脳内化学反応」が起こり始める、とぼくは考えています。一例を挙げてみましょう。
あなたはいま、『30分の朝読書で人生は変わる』を読んでくれていますよね。頭の中では、どのような「脳内化学反応」が起こっているでしょうか。
あなたの脳内「そうか、朝読書ね……。確かにいままで、会社と自宅の往復だけで『自分時間』なんてほとんどなかったなぁ。おれの人生、こんなことでいいんだろうか。
もう29歳だから、人生を変えるとしたらいま動くしかないけどな……。
へ~、著者の松山って人は、もともと平凡なサラリーマンだったのに、朝の通勤時間を利用して本を読みだした途端、人生が好転し出したのか。
朝読書の効果って、確かにすごいのかもしれないな。家の本棚には買ってそのままになってる『積ん読本』がいっぱいたまっているし。おれも朝読書をしてみようかな」
おそらく、頭の中でこんなことを考えながら、本書を読み進めてくれているのではないかと思います。読書をすると、文字を通して脳に情報が送り込まれます。
すると脳内では、送り込まれた情報がきっかけとなって、「自分との対話」や「著者との対話」が始まります。
さらに、過去に「いつか、これをしよう」「将来は、こうしたい」など考えていたのに、いつのまにか忘れていた事などが思い起こされ、思考がどんどん広がっていくのです。
そして結果的には、新しいアイデアが生まれたり、未来に向けた一歩を踏み出すためのきっかけになったりします。
これは、ぼく自身が「朝読書」を始めてから、身を持って経験したことです。
「速読」はしなくていい
少し前、「速読術」がはやりましたが、ぼくはあまりおすすめしていません。
なぜなら、あまり急ピッチで内容をインプットすると、「脳内化学反応」が起きにくいと思うからです。
もちろん、仕事の資料や文献などに書かれている内容を、素早く理解したいときには有効だと思います。
しかし、小説はもちろん、ビジネス書や自己啓発書などを速読すると、「自分自身」や「著者」と対話する暇がないので、頭の中の化学反応が起きにくくなってしまうのです。
だからぼくは、本はゆっくり落ち着いて読みます。
1ページ読んでは、気になった箇所には線をひいたり、ページの角を折り曲げたりしながら、あれこれ考えを巡らせたり……。
そうこうしているうちに、脳内で化学反応が起き始め、アイデアがむくむく湧いてくるんです。
ですからぼくの場合は、30分読書をしたとすると、そのうち20分くらいはは、脳内の化学反応に任せて考えごとをしているかもしれませんね。
ぼくにとって本は、単に「情報をインプット」するだけでなく、「思考する」ための知的フィールドなのです。
映像は、自分の頭で考えるのに向かない
情報は自分でコントロールする
「朝は、テレビのニュースやワイドショーから情報を仕入れているよ」という人も多いでしょう。
しかし、テレビから流れてくる映像は、活字に比べて「脳内化学反応」が起きにくいと、ぼくは考えています。
人間の視覚に直接に訴える「映像」は、とてもリアルに伝わってきますし、「文章を読むよりもわかりやすい」と感じる人も多いかもしれません。
しかしその反面、ゆっくり思考する時間を奪われてしまうのです。
本や雑誌は、1行ずつ自分のペースで読み進められますし、途中で前のページに戻ったり、少し歩みを止めて考えごとをしたりすることもできますが、映像はこちらのペースはお構いなしに、一気に押し寄せ、そして流れていきます。
ですから、自分の頭で考えたり、心で感じたりする余裕を与えてくれないのです。ぼくは、テレビのニュースを見ているときでも、同じように感じます。テレビのニュース映像は、自分にとって必要かそうでないかに関係なく、次々と発信されます。
ときには、そのとき耳に入れたくなかったニュースが放送され、いっきに気持ちが落ち込んでしまう……なんてこともあるでしょう。
また、たまたま見たテレビのニュースがきっかけで、いいアイデアがひらめきそうになっても、活字のように「いったん読むのをやめて考える」といったことができません。
その点、たとえば新聞ならば、紙面をざっと見て、自分にとって必要なところだけ読むこともできますし、気になる記事があればクリッピングしておいて、後からじっくり調べることもできます。
つまり映像は、受け手であるぼくたちが「コントロールしにくい情報」であり、本や雑誌、新聞などの活字媒体は、受け手が「コントロールしやすい情報」であると言えるでしょう。
ですから、「読書」は、映像を見るより、より思考が広がっていくのです。
テレビは「どうしても見たいもの」だけ録画して見るもちろん、「いっさい、映像を見るな!」と言っているわけではありません。
ぼくだって、テレビのニュースや情報番組はチェックしますし、ドラマを見ることもよくあります。
しかし、「朝」の章でも述べたように、「なんとなくテレビを見ている」時間は、いわゆる他人時間なのです。
ぼくは、見たいテレビ番組があれば、予約録画をして見ることにしています。
そうすれば、自分の必要な情報だけ得ることができますし、ざっと流したい場合は1・5倍速で見ることもできます。途中で調べ物がしたくなったら、一時停止をして調べることもできます。
「ついうっかり」のダラダラ見をしてしまって、大切な自分時間を奪われてしまうこともありません。ぼくたちの頭の中は、無限に広がる宇宙です。読書を通じて「脳内化学反応」を起こし、どんどん思考を広げていきましょう。
朝読書は「家以外の場所」でしよう
「ある程度以上の緊張感」を持てる場所で読む
ここでは、「本はどこで読んだらいいか」について考えてみましょう。
ぼくは、朝読書がはかどるのは「家以外の場所」だと考えています。電車通勤の人であれば、「朝の通勤電車を利用する」のがいちばん手軽かもしれませんね。
すでに述べたように、ぼくの場合は「たまたま郊外に引っ越しし、すさまじいラッシュを避けるために、朝早い電車を利用するようになったこと」が、早起き読書を始めたきっかけでした。
片道約2時間という長い長い通勤時間。毎朝、始発に乗って出勤していたので、車内の人影はまばらでした。早朝の電車はとても快適で、かすかな揺れに身を預けながら活字を追う環境は、快適そのもの。
まさに、電車はぼくの「マイ書斎」だったのです。時間がたつごとに車内は混雑してきますが、いくら混んでも基本はひとり。
電車が止まるタイミングで一息入れたり、ときにはアナウンスに耳を傾けたり。座席さえ確保できていれば、電車の中は本当に心地よい読書空間です。それにしても、なぜあんなにも電車の中は読書に集中できるのでしょうね。
ぼくは、「時間的制約」「空間的制約」の2つが大きな理由ではないかと思うんです。もちろん、シーンと静まり帰った図書館や、自分の書斎で本を読むのもいいんですが、なんか落ち着かないんです。
静かすぎても気が散るし、一人っきりだと、うっかりゴロゴロしてしまいますし……。
その点、電車の中は、適度にざわめきがあり、〝他人の目〟もあるので、「いつまでも同じページで手を止めていられないな」なんて、ちょっとしたプレッシャーも感じます。
それに、家の中だとついついほかの事に気をとられてしまいますが、電車の中は、基本的に「寝る」か「読書をする」か「携帯をいじる」か、くらいしかすることがありません。
こうした選択肢が少ない環境も、電車という空間が読書に適している理由だと思います。
人の少ない早朝の電車に乗れば、そこはもうあなたの「マイ書斎」。少し「他人の目」を意識しつつも、自分の世界に浸って読書をしてみましょう。
読書は、著者の人生を数時間で疑似体験できる
インプットされていないものはアウトプットできないさて、突然ですが、ここでクイズです。次の言葉の「○○」に入る部分を考えてみてください。
未来とは「○○」をするための時間だ。(ホアキン・ロレンテ『Think,It’sFree』)わかりましたか?正解は、『未来とは、「まだやっていないこと」をするための時間だ』。
ただ、まあ、この正解が何であろうが、正直言ってここではどうでもいい話です。
「○○」を埋めるためには、あなたの脳みその中に「何か」がないと、言葉すら思い浮かびませんよね。つまり人は、いままでに蓄積してきた経験の中でしか、物事を考えられないのです。
ですから、答えを導き出せる人間になるためには、自ら「経験」し、「知識」を積み重ねることが大切です。
しかし、経験や知識を積み重ねるには、何年も何十年もかかります。そこを、わずか数時間でショートカットさせてくれるのが、「本」なのだとぼくは思います。
読書は「時間の圧縮機」本の中には、著者が何年、何十年もかけて体験してきた「知恵」や「経験」が、ギュっと凝縮されています。
著者が、長年「思考」し続けてきた結果が、本には詰まっているのです。かりに、著者が一冊の本を出版するまでに、10年間の知恵の蓄積が必要だったとします。でも、ぼくはたった2時間の通勤時間で、その一冊を読み終えることができる。
そして、本を通して著者が教えてくれたノウハウを、すぐその日から実践することだってできるんです。
これって、すごいことだと思いませんか?もし、あなたやぼくが、著者とまったく同じ経験をしようと思っても無理ですし、かりに同じような体験を積もうと思ったら、何十年もかかるでしょう。
たった数時間で、著者が長年かけて蓄積してきた「知恵」や「経験」を習得できるのですから、本は「時間の圧縮機」だと、ぼくは思っています。
あなたがいま、30歳だとしたら、本を1冊読めば40歳分の、いや50歳分くらいの「知恵」や「経験」を手に入れられることになります。
ここに、あなた自身の思考を掛け合わせることで、何倍にもレバレッジが効いて、さらに大きな果実を得られるのです。
いい本は7回読もう
同じ情報でも、読む時期によって感じ方が変わる
斎藤一人さんが、著書の中で、こんなことをおっしゃっていました。
「いい本を7回読めば、〝知っている〟が〝できる〟に変わる」
確かに、実用書やビジネス書などは、読んだだけでは不十分で、学んだ知識を実践の場で活かしてこそ、意味があります。
頭で「わかった」ことを、「できる」に変えるためには、それについて書かれた本を何度も繰り返し読み、体が反射的に動くくらいインプットする必要があるのかもしれません。
さすがにぼく自身は、7回も繰り返して読んだ本はありませんが、「いい本だな」と思ったら、折りに触れて読み返すことにしています。
不思議なことに、何度か同じ本を読み返していると、「知っている」から「できる」に変わるだけでなく、年齢を重ねたり立場が変わったりするごとに、同じ本を読んだとしても感じることが大きく異ってくるのです。
つまり、同じ本から情報をインプットしても、「脳内化学反応」によって生じる結果がその時々で変わるということです。視点が変われば考え方も変わるひとつ、わかりやすい例を挙げましょう。
あなたは、「バンテージポイント」(2008年・アメリカ)という映画を観たことがあるでしょうか。
この映画は、ウィリアム・ハート扮する米大統領が、群衆の面前でスピーチを行おうとしていたそのとき、何者かに狙撃される……、というサスペンスアクションです。
この映画の見どころは、「大統領の狙撃」というシーンを、8人の目撃者たちが、違った視点(バンテージポイント)から見ているということ。
それぞれの目撃者たちが見た狙撃シーンが何度も流れるんですが、「大統領が狙撃された」というたったひとつの事実でも、視点が変わると、いろんな側面が見えてきます。
読書もこれと同じで、たった一冊の本であっても、視点を変えて読むことで違った〝気づき〟があります。「いい本は7回読もう」というのは、そういった意味もあるのです。
いい本に出会うまで、朝読書を続けてみよう
活字嫌いも、出会いによって変わるこれまで「読書」の素晴らしさや重要性をご説明してきましたが、「おれはどうしても活字が苦手なんだよなぁ……」という人もいると思います。
でも、心配しないでください。実はぼくも、朝早く通勤するようになるまでは、ほとんど読書なんてしたことがなかったんです。
いまでこそ、一日一冊のペースで本を読み、その感想をメールマガジンや、ブログ「WebookoftheDay」などで紹介していますが、30代になるまでは、およそ読書とは無縁の生活を送っていました。
忘れもしません。大学時代に読んだ本は、『龍馬がゆく』(司馬遼太郎著/文藝春秋)と『人間の條件』(五味川純平著/三一書房)の2作だけ。
どちらも長編ですが、人生で最も時間が自由に使える大学生活において、たった2作というのもお粗末なものです。
少し脱線しますが、あまりにも読書をしていなかったせいで、大学時代に女子大生と合コンをしたときには、えらく恥ずかしい思いをしました。
「松山さん、あなたは、普段どんな本を読むの?」と女の子から聞かれて、ぼくはしどろもどろになってしまい、結局うまく答えられなかったんです。
その合コンの結果がどうなったかなんて、言うまでもないでしょう。
「運命の一冊」を探す
でも、もしあなたが、かつてのぼくのように活字から縁遠い生活を送っていたとしても、心配はご無用です。
なかなか本に夢中になれないのは、あなたがまだ「人生を変えるような良書」に出会ってないからだ、とぼくは思います。
すでに「はじめに」でもお話しましたが、ぼくが読書をするようになったのは、毎朝、片道2時間かかる通勤時間が、「退屈で退屈で仕方なかった」からです。
1時間もあれば、新聞は端から端まで読み終わるし、当時はスマートフォンもなかったですから暇つぶしもできない。
「読書するか」「眠る」くらいしか選択肢がなかったんです。そこでぼくは、気まぐれで読書を始めました。
本当に暇つぶしのつもりで読み始めたのですが、「本って、意外とおもしろいなぁ」と思い、すっかり夢中になってしまったんです。
小説は堅苦しいイメージがあったので、最初はビジネス書をメインに読み始めました。
ちょうど、当時勤めていた会社に小さな図書室みたいなものがあり、そこにいろんなビジネス書が置いてあったので、面白そうなものから順に借りていきました。
最初に読んだのは、中谷彰宏さんの『朝に生まれ変わる50の方法』(PHP文庫)だったと記憶しています。
文字通り、「朝の貴重な時間を有効活用しよう」ということが書かれている本なのですが、この本が、ぼくの早起きライフを後押ししてくれたことは言うまでもありません。
くしくも今こうして「早起き読書」の素晴らしさをぼく自身が執筆しているのですから……ちょっと不思議ですね。
話は少しそれましたが、私はビジネス書をきっかけに読書のおもしろさにはまり、会社の図書室の本を片っ端から借りまくりました。
そしてついには、会社の図書室で借りる本がなくなって、近所の図書館に通うようになりました。ですからあなたも、「運命の一冊」と出会うことができれば、必ず読書が好きになるはずです。
自分にとっての「いい本」の探し方
合わない本は読まなくていい「活字が苦手」という人の中には、「一度読み始めた本は、最後まで読まなければ……」と思っている方が多いように感じます。
でも、そんな必要はありません。つまらない本なのに、無理をして最後まで読もうとするから「活字嫌い」になってしまうのです。
ぼくなんて、「自分に合わないな」と思った本は、さっと目を通すだけで、すぐに読むのをやめてしまいます。図書館で借りた本なら、そんなことも気楽にできますね。
ですから、「どうも活字は苦手だな」とか、「これから読書をはじめよう」という方は、できるだけ自分が読みやすいと思うものから手に取るようにしてみましょう。
「万人にとっての〝良書〟はない」と、ぼくは思っています。
たとえ、「あんな本、くだらないよ」と、他人に言われたとしても、あなたが読んで「おもしろい」と思えば、それがあなたにとっての〝良書〟です。
すでにお話したように、本は、単に知識を詰め込むだけのツールではなく、「思考するためのツール」なのですから、あなたにとってその本がいかにエキサイティングで、かつ「思考するきっかけ」を与えてくれるか、がポイントでしょう。
なにも最初から肩肘を張って、難しい本を読む必要はありません。漫画でもかまいませんから、とにかく「おもしろい!」と思うものを選んでください。
そんな本に出会えれば、時間がたつのも忘れて読みふけってしまい「電車を乗り過ごしてしまった!」なんてほどに没頭できるはずですよ。
人の紹介で本を選べば世界が広がるぼくはよく、「松山さんは、どうやって本を選ぶのですか?」と聞かれます。ですので、ここで少し、「松山流本の選び方」をご紹介しておきましょう。ぼくの本の選び方は、主に次の3パターンです。
【その1】書店で選ぶ
これは、もっともオーソドックスな選び方です。ぼくは書店に行くのが大好きなので、よく散歩がてら書店に立ち寄り、1時間あまりぶらぶらと見て回ります。
購入するのはビジネス書の類が多いのですが、タイトルを見て「おもしろそう!」と感じたら、手にとって内容をぱらぱらとめくり、目次を見て概要を確認。
続いて、「はじめに」の部分をチェック。ここには、内容のサマリーが書かれていることが多いので、ざっくり目を通して著者が何を発信しようとしているのかを読み取ります。
それから、中身を数ページ読んでみて、興味を持てそうであれば購入します。こうすれば外れることはありません。
【その2】新聞広告を見る
最近では、新聞を読む人も少なくなっているかもしれませんが、ぼくは週に一度、新聞に掲載される新刊紹介をとても楽しみにしています。
これも、タイトルか書評を見て、ピンとひらめきを感じたら、すぐにインターネット書店アマゾンで検索し、ワンクリックで注文。翌日には届くので、早く読みたいときにはぴったりです。
【その3】人に紹介してもらう
実は、本を選ぶ際にもっともおすすめなのが、この「人に紹介してもらう」ことです。
ぼくの場合は、「100冊俱楽部」「MacBookCafe」という読書の会を主催しているので、参加されていたメンバーが紹介してくれた本を読むようにしています。
第三者にすすめてもらうことで、自分では絶対手に取らないようなジャンルの本に出会うようになります。
「読書会」についてご存じない方もいると思うので、ちょっと補足をしておきましょう。
「読書会」とは、本好きの仲間たちが、おすすめの本を持ち寄って紹介しあうカフェミーティングの場です。
たいていの場合、参加者には数分間持ち時間が与えられ、この時間内で自分がおすすめする本をプレゼンします。
最初は恥ずかしがっていた方でも、何回か参加するうちにプレゼンがうまくなり、聞いているだけで「おもしろそうな本だな~」と、ワクワクしてきます。
最近では、早朝や休日などを利用して、あちこちでこのような「読書会」が開かれています。全員が必ず「主役」になれるのが、読書会のいいところです。
ミクシィやツイッター、フェイスブックなどのコミュニティを検索すれば、きっとあなたの近所で開かれている「読書会」を見つけることができるはずです。ぜひ一度、参加してみましょう。きっと、世界が広がるはずです。
本にはどんどん書き込みをしよう
自分の書き込みが、新たな「脳内化学反応」を呼び起こす
本は、きれいに読む必要はない、とぼくは思っています。すでにお話したように、読書をしていると、「脳内化学反応」が起こって、どんどん思考が広がっていきます。
だからぼくは、脳が反応した箇所にどんどんラインを引いたり、折り目をつけたりして、後からいつでも読み返せるようにしています。
ときには、本を読んでいて湧き起こってきた〝心のつぶやき〟をページのはしっこに書き込むこともあります。
後の「伝える」の章で詳しくご説明しますが、ぼくは必ず、読んだ本の感想をブログやメールマガジンで発信しているので、このように印をつけていると非常に便利なのです。
ぼくのように、ブログやメールマガジンを書いていない人でも、読書をしていて「脳内化学反応」が起こったときには、アンダーラインを引いておくことをおすすめします。
さきほどもお話しましたが、人は年齢を重ねたり立場が変わったりするごとに、同じ本を読んだとしても感じ方が大きく異ってきます。
だから、アンダーラインを引いておくと、次に読み返したときに、「あぁ3年前は、この部分で『脳内化学反応』が起きたんだな。
でも、今回はまったく違うな」といった具合に、自分自身の変化や成長を確認できます。そして、もうひとつお願いしたいことがあります。
ときには読書に〝遊び心〟を取り入れてみましょう。ぼくのおすすめは、「本のタイトルを自分でつける」ことです。
本の表紙を裏返すと、真っ白な面がでてきますよね。そこに、自分で勝手に、自分なりの本のタイトルを書き込んでしまうのです。
タイトルをつけるときに、発揮してほしいのが〝利他的な利己主義の精神〟です。どんなタイトルの本にすると、見ている人たちが「あれ?こんな本あったかな?」と驚くかなぁと、自分自身が楽しみながら考えてみましょう。
「本はきれいに読まなくちゃいけない」なんていう固定観念を捨てれば、読書の楽しみ方も広がります。
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