人生も経営も原理原則はシンプルがいい
私たちはともすると、物事を複雑に考えすぎてしまう傾向があるものです。しかし、物事の本質は実は単純なものです。
いっけん複雑に見えるものでも、単純なものの組み合わせでできている。
人間の遺伝子は三十億という気の遠くなるような数の塩基配列からできているそうですが、それを表す文字の種類はたった四つにすぎません。
真理の布は一本の糸によって織られている――したがって、さまざまな事象は単純にすればするほど本来の姿、すなわち真理に近づいていきます。
そのため、複雑に見えるものほどシンプルにとらえ直そうという考え方や発想が大切なのです。これは人生の法則といえますが、経営にもそのまま当てはまることです。
人生も経営もその根本の原理原則は同じで、しごくシンプルなものなのです。
人からよく経営のコツや秘訣を聞かれることがあるのですが、私の持論を述べると、みなさんけげんな顔をされることが多い。
そんな簡単なことは知っている、そんな原始的なことで経営ができるのかというわけです。
二十七歳で京セラを始めたとき、私にはセラミックスの技術者として多少のキャリアはありましたが、会社経営については、知識も経験もまったくありませんでした。
しかし会社では、さまざまな問題や決定を要する事項が次々に起こってきます。その一つひとつについて、その対策や解決策は、責任者である私が最終的に決めていかなくてはなりません。
営業のこと、経理のこと、自分が知らない分野のことでも、決断をすみやかに下していかなくてはならない。
たとえそれが些細な問題であっても、判断をひとつ間違えれば、できたばかりの小さな会社にとっては存続にかかわってきます。
ところが技術者出身の私は、それを判断するための知識というものを持ち合わせていません。
前はこうだったから、こうすればいい、という経験則の蓄積もない。いったい、どうしたらいいのだろう。私は悩みました。
そしてその末に行き着いたのは、「原理原則」ということでした。
すなわち「人間として何が正しいのか」というきわめてシンプルなポイントに判断基準をおき、それに従って、正しいことを正しいままに貫いていこうと考えたのです。
嘘をつくな、正直であれ、欲張るな、人に迷惑をかけるな、人には親切にせよ……そういう子どものころ親や先生から教わったような人間として守るべき当然のルール、人生を生きるうえで先験的に知っているような、「当たり前」の規範に従って経営も行っていけばいい。
人間として正しいか正しくないか、よいことか悪いことか、やっていいことかいけないことか。
そういう人間を律する道徳や倫理を、そのまま経営の指針や判断基準にしよう。
経営も人間が人間を相手に行う営みなのだから、そこですべきこと、あるいはしてはならないことも、人間としてのプリミティブな規範にはずれたものではないはずだ。
人生も経営も、同じ原理や原則に則して行われるべきだし、また、その原理原則に従ったものであれば、大きな間違いをしなくてすむだろう――そうシンプルに考えたのです。
それゆえ、迷うことなく正々堂々と経営を行うことができるようになり、その後の成功にもつながっていったのです。
迷ったときの道しるべとなる「生きた哲学」
人間としてのもっとも正しい生き方へと導くシンプルな原理原則、それはすなわち、哲学といいかえてもよいでしょう。
しかしそれはこむずかしい理屈ばかりの机上の学問ではない、経験と実践から生み出された「生きた哲学」のこと。
なぜ、そのような哲学を確立しなければならないかといえば、人生のさまざまな局面で迷い、悩み、苦しみ、困ったときに、そのような原理原則が、どの道を選び、どう行動すればいいのかという判断基準となるからです。
人生を歩んでいく途上では、至るところで決断や判断を下さなくてはいけない場面が出てきます。
仕事や家庭、就職や結婚に至るあらゆる局面において、私たちは絶えず、さまざまな選択や決断を強いられることになります。
生きることは、そういった判断の集積であり、決断の連続であるといってもいい。
すなわち、そのような判断を積み重ねた結果がいまの人生であり、これからどのような選択をしていくかが今後の人生を決めていくのです。
したがって、その判断や選択の基準となる原理原則をもっているかどうか。
それが、私たちの人生の様相をまったく異なったものにしてしまうのです。
指針なき選択は海図を持たない航海のようなものであり、哲学不在の行動は灯火もなしに暗い夜道を進むようなものです。
哲学といってわかりにくければ、自分なりの人生観、倫理観、あるいは理念や道徳といいかえてもいい。
そうしたものが、いわば生きる基軸となり、迷ったときに立ち返るべき原点として機能します。
現在の KDDIは、私が創業した DDI(第二電電)と、国際通信最大手の KDD、トヨタ系列の IDOの三社が合併して生まれたものです。
二〇〇〇年の秋のことでした。
この大同団結によって、 NTTに対抗できる新たな通信事業者が発足したわけです。
当時、携帯電話の分野では、 DDIと IDOは、同じ方式でありながら、全国のエリアを二分するかたちで事業を行っていました。
そのままでは、この分野での巨人であるNTTドコモにはとうてい太刀打ちできません。
そうなると市場は競争原理が働かず、実質上NTTドコモの独占状態となって、サービス向上や料金低下というメリットが利用者に十分にもたらされない恐れがあります。
そこで、私は合併の提案を持ちかけた。
ただ、合併するとなると「吸収合併」というかたちをとるか、「対等合併」でいくのか、その調整はきわめてむずかしい。
過去にあった銀行の合併例などを見ても、互いに「対等」を主張するために、せっかく合併しても、いつまでも主導権争いが続くようなケースが多いのです。
私は考えた末に、一つの提案をしました。それは三社対等ではなく、 DDI主導の合併にしてほしいということでした。
むろんこれを、私は覇権主義や自社の便益優先でいったのではありません。合併後、新会社がスムーズに運営されるためには、三社のなかでいちばん業績もよく、経営基盤もしっかりしている DDIが主導権を握るのがベストだと冷静に判断したからです。
事業の「原理原則」はどこにあるか。会社の私益やメンツにあるのではない。それは社会や人の役に立つことにある。
利用者にすぐれた製品やサービスを提供することが企業経営の根幹であり、原理原則であるべきだ。そうであれば、単に合併をしただけではその責務を果たせない。
経営責任を明確にして、新しい会社をできるだけ早く軌道に乗せ、長期的にも安定した経営を行わなくては、市場に真の競争を喚起できないし、利用者や社会に利益をもたらすこともできない。
そうした見地から客観的に判断して、 DDIがイニシアティブをとるのが最善であると結論を出したのです。
そして、将来の日本の情報通信産業のあるべき姿まで含めて、私の考えを誠心誠意、相手に説きました。
さらに合併後には、 IDOと KDDの筆頭株主であったトヨタに、京セラよりもわずかに少ない程度の第二位の大株主になっていただく、というかたちを提案したのです。
そのような私たちの誠意と熱意が通じて、この合併は合意に至ることができました。その後、新会社の KDD Iの躍進は多くの人が知るところです。
自分たちの利益ではなく他者の利益を第一義とする――その経営の原理原則を貫いたことが、成功への道をつないだのです。
世の風潮に惑わされず、原理原則を死守できるか
原理原則に基づいた哲学をしっかりと定めて、それに沿って生きることは、物事を成功へと導き、人生に大きな実りをもたらします。
しかし、それはけっしておもしろおかしい楽な道ではありません。
哲学に準じて生きるということは、おのれを律し、縛っていくということであり、むしろ苦しみを伴うことが多い。ときには「損をする」こともある苦難の道を行くことでもあります。
二つの道があって、どちらを選ぼうか迷ったときに、おのれの利益を離れ、たとえそれが困難に満ちたイバラの道であろうとも、「本来あるべき」道のほうを選ぶ――そういう愚直で、不要領な生き方をあえて選択することでもある。
ただ長い目で見れば、確固たる哲学に基づいて起こした行動は、けっして損にはならないものです。
一時的には損に見えても、やがてかならず「利」となって戻ってくるし、大きく道を誤ることもありません。
たとえば日本経済はいまだにバブルの後遺症から抜け出せていませんが、当時、多くの企業がわれ先にと不動産の投機に血道を上げました。
土地を所有し転売するだけで、その資産価値がどんどん上がっていく。その値上がりを見込んで銀行から巨額のお金を借り、それをまた不動産投資につぎ込む――こういうことを多くの企業がやっていたのです。
持っているだけで品物の価値が上がっていく。経済原則からいったら、おかしなことなのですが、そのような原則に反する行為が当たり前のように行われていました。
しかしバブルがはじけるとともに、価値を生むはずの資産は一転して負の財産に変わり、多くの企業が不良債権を抱えることになりました。
いや、それはバブル熱が冷めたいまだから、いえることだろうというかもしれません。
でもたしかな原理原則、哲学をもっていれば、どんな状況の中でも正しい判断ができたはずなのです。
京セラには、それまで営々と蓄積してきた多額の現預金がありましたから、それを不動産投資に回さないかという誘いをずいぶん受けました。
なかには、私がその「うまみ」を理解していないかのように思ったのか、儲けの仕組みを懇切ていねいに教えてくださった銀行の人もいました。
しかし私は、土地を右から左へ動かすだけで多大な利益が発生するなんて、そんなうまい話があるはずがない。あるとすれば、それはあぶく銭であり浮利にすぎない。簡単に手に入るお金は簡単に逃げていくものだ。
そう思っていたので、投資の話はみんな断ってしまいました。
「額に汗して自分で稼いだお金だけが、ほんとうの〝利益〟なのだ」 私にはそんなきわめて単純な信念がありました。それは、人間として正しいことを貫くという原理原則に基づいたものでした。
ですから巨額の投資利益のことを聞いても、「欲張ってはならない」と自戒することはあっても、それに心を動かされることはなかったのです。
このように、損をしてでも守るべき哲学、苦を承知で引き受けられる覚悟、それが自分の中にあるかどうか。
それこそが本物の生き方ができるかどうか、成功の果実を得ることができるかどうかの分水嶺になるのではないでしょうか。
知っているだけではダメ、貫いてこそ意味がある
ただ、そうはいっても人間はもともと弱い存在であり、よほど意識して自分を戒めていないと、つい欲望や誘惑に負けてしまう。これもまた事実です。
かなり以前のことですが、卑近な例として、こんなことがありました。京セラがある程度大きくなって、役員が仕事で外出する際に、社用車が運転手つきで使えるようになったころのことです。
ある役員が定時に帰ろうとしたところ、社用車が使えない。役員は遅くまで仕事をするだろうと考えた総務の担当者が、その日、忙しくて車を必要としていたある営業部長にその車を回していたのです。
それを知った役員は、営業部長ごときが会社の車を使うとは何事かとすごい剣幕で怒り出し、そのいきさつが私の耳にも入ってきました。そこで、私はその役員を呼んでこういいました。
「役員で偉いから車が使えるわけではない。重要な仕事に携わっている人間には移動手段をどうしようかなどと雑事に気を使わず、仕事に集中してもらうために社用車を用意してあるのだ。よく考えてくれ。定時で帰る役員に、忙しく走り回っている部長を怒鳴る資格があるのか?」
役員に優先権があったとしても、それはあくまでも会社の車であって「自分の車」ではない。それが、原則であり道理です。
しかし組織の中にあって、高い地位に上りつめると、その当たり前のことがなかなか見えなくなってくるのです。
かくいう私にも、同じような経験がありました。創業期、京セラの社用車はスクーターでした。しかも、二輪車ですから私は自分でそれを運転していました。そのうちスバル 360という小型車を買うことができた。
これも当初は自分で運転していたのですが、運転中もずっと仕事のこと、会社のことばかり考えていて危ないので、運転手を雇うことにしたのです。
やがて、もっと大きな車に買い替え、運転手つきで会社への行き帰りを送迎してもらうこともできるようになったころ。
ある朝、車で家に迎えにきてもらった際に、妻も所用で出かけるということがありました。
私は気軽に、ついでだから途中まで乗っていけと声をかけたところ、妻はそれはできませんと断ってきたのです。
「あなたの車なら乗せてももらいますが、それは会社の車でしょう。ついでだからといって社用車を私用で使ってはならないと、以前、あなた自身がおっしゃっていましたよ。公私のけじめは厳しくつけろって――ですから私は歩いていきます」 一本取られたかたちで、これは家内のいうことのほうが正しい。
私はおおいに反省しました。
これらはささやかな例ですが、何事も「言うは易く行うは難し」で、実行していくのは容易なことではありません。
それだけに原理原則は、それを強い意志で貫かなくては意味がないのです。
つまり、原理原則というものは正しさや強さの源泉である一方、絶えず戒めていないと、つい忘れがちなもろいものでもあります。
だからこそ、いつも反省する心を忘れず、自分の行いを自省自戒すること。また、そのことさえも生きる原理原則に組み入れていくことが大切なのです。
考え方のベクトルが人生すべての方向を決める
私が現実に仕事や経営に携わるなかから学びとってきた、そのような真理や経験則、つまり、人間として守るべきシンプルな原理原則は、そのいずれもが、やさしい言葉で書かれた平凡なものですが、その平凡さ、単純さというものが「普遍性」に通底していると私は考えています。
ここでは、ほんの一部にすぎませんが、そのような哲学や原理原則を紹介してみることにしましょう。
まず最初にあげたいのは、「人生の方程式」です。
つまり、プロローグで紹介した「人生・仕事の結果 =考え方 ×熱意 ×能力」という方程式で表される法則です。
この式のなかでもっとも重要なのは、「考え方」というファクターです。
くり返しになりますが、この「人生の方程式」は、人並みの能力しかもたなかった私が、人並み以上のことをなして、世のため人のためにわずかなりとも役立つためにはどうしたらいいかと考えた末に見いだした方程式であり、その後、実際に仕事をし、人生を歩むうえで、つねに自分の生き方のベースとしてきたものです。
そのポイントは掛け算である点にあります。
たとえば、頭脳明晰で九〇点の能力をもつ人がいたとします。しかし、この人がその能力を鼻にかけて努力を怠り、三〇点の熱意しか発揮しなかったとすれば、その積は二七〇〇点にとどまります。
一方、頭の回転は人並みで六〇点くらいの能力しかもたない人が、「オレには才能がないから」と自覚して、そのぶんを努力でカバーしようと、九〇点を超えるような、あふれるほどの熱意をもって仕事に取り組んだとすれば、どうなるか。
その積は五四〇〇点。
前者の才あって熱なしの人物よりも、倍の仕事を成し遂げられる計算になります。
さらに、そこに「考え方」の点数が掛け合わされます。この考え方がもっとも重要なのは、それが方向性も表しているからです。つまり考え方には、いい考えもあれば悪い考えもある。
プラスの方向に向かってもてる熱意や能力を発揮する生き方もあれば、マイナスの方向へ向けてその熱意や能力を使う人もいるのです。
したがって、この考え方という要素にだけはマイナス点も存在し、熱意や能力の点数が高くても、この考え方がマイナスであったら、掛け算の答え(人生や仕事の結果)もマイナスになってしまいます。
才能に恵まれた人が情熱を傾けて、詐欺や窃盗などの犯罪という「仕事」に励んでも、そもそも考え方がマイナス方向に働いているので、けっしてよい結果は得られないということです。
このように、人生の方程式は掛け算で表されるがゆえに、まず考え方が正しい方向に発揮されなければなりません。
さもなくば、どれほどすぐれた能力をもち、強い熱意を抱こうとも、それは宝の持ち腐れどころか、かえって社会に害をなすことにもなりかねないのです。
後年、福沢諭吉が講演で語った一節にふれて、それが、この私の「人生の方程式」の正しさを裏打ちしてくれていると思ったことがあります。
それはこういう言葉です。
「思想の深遠なるは哲学者のごとく、心術の高尚正直なるは元禄武士のごとくにして、これに加うるに小俗吏の才をもってし、さらにこれに加うるに土百姓の身体をもってして、初めて実業社会の大人たるべし」 実業の社会で、立派な人物たりうるための必要条件を――ほぼその優先順位に従って――述べた言葉です。
すなわち哲学者のような深い思考、武士のような清廉な心、小役人が持ち合わせるぐらいの才知、お百姓のような頑健な体。
これらがそろって初めて、社会に役立つ「大人」たることができるというのです。
すなわち、福沢諭吉のいう深い思考と清廉な心は、私の人生方程式における「考え方」に相当し、また小賢しいほどの才能は「能力」に、頑健な体はそれによって努力を怠らない「熱意」にそれぞれ該当するのではないか――そう意を強くして、私はあらためて人生における、考え方、熱意、能力の大切さを認識したのです。
自分の人生ドラマをどうプロデュースするか
「一日一日をど真剣に生きる」――これも単純なことですが、生き方の根幹をなすきわめて大切な原理原則の一つです。
剣術にたとえるなら道場の稽古といえど竹刀ではなく真剣で臨む。弓ならば満月の形にまでいっぱいに引き絞って、少しのたるみ、わずかなスキスキもない、張り詰めた緊張感の中で矢を放つ。
つねに、そうした必死、本気、懸命な心がまえや態度で毎日の生活や仕事をこなしていく。
そうしたとき、私たちは自らが描いたとおりの人生を生きることが可能になるのです。人生とはドラマであり、私たち一人ひとりがその人生の主人公です。
それだけでなく、そのドラマの監督、脚本、主演、すべてを自分自身でこなすことができる。
また、そのように自作自演で生きていくほかはないのが、私たちの人生というものです。ですから何より大切なことは、自分の人生ドラマをどのようにプロデュースしていくか。
一生をかけて、どのような脚本を描き、主人公である自分がそのドラマを演じて(生きて)いくかということです。
真剣さや熱意に欠けた、怠惰で弛緩した人生を過ごすほど、もったいないことはありません。
人生というドラマを中身の濃い、充実したものにするためには、一日一日、一瞬一瞬を「ど」がつくほど真剣な態度で生きていくことが必要になってくるのです。
いつも燃えるような意欲や情熱をもって、その場そのとき、すべてのことに「ど真剣」に向かい合って生きていくこと。
その積み重ねが私たち人間の価値となって、人生のドラマを実り多い、充実したものにするのです。
そのど真剣な熱意がなければ、いかに能力に恵まれ、正しい考え方をしようとも、人生を実り多きものにすることはできません。
いくらすぐれた緻密な脚本をつくろうとも、その筋書きを現実のものとするためには、「ど真剣」という熱が必要なのです。
何事に対してもど真剣に向き合い、ぶつかっていく――これは「自らを追い込む」ということでもあります。
それはすなわち、困難なことであっても、そこから逃げずに、真正面から愚直に取り組む姿勢をもつ、ということ。
むずかしいが、どうしても解決を要する問題に直面したとき、その困難さから目をそらして逃げてしまうか、正面切ってそれに立ち向かうことができるか。そこが大きな成功を手にすることができるか否かの分かれ道なのです。
どんなことがあっても成功を勝ち取るのだ、という切迫した気持ちを持ち合わせていると――加えて物事を素直に見られる謙虚な姿勢を忘れなければ――ふだんは見過ごしてしまうような、ごく小さな解決への糸口を見つけることにつながるものです。
それを私は「神のささやく啓示」と表現しています。
あたかもそれが、必死に努力を重ねて苦しみもだえている人に神さえもが同情し、そんなに一生懸命やっているなら助けてあげたいと、答えを与えてくれるように感じるからです。
ですから、私はよく「神が手を差し伸べたくなるぐらいにまでがんばれ」と社員に檄を飛ばしたものです。真正面から困難に立ち向かい、自分を限界に追い込む。
そういう心意気が、不可能だと思えた状況を打破し、クリエイティブな成果を生み出していくのです。
その積み重ねこそが人生というドラマのシナリオに生命を吹き込み、現実のものとするのです。
現場で汗をかかないと何事も身につかない
人生では、「知識より体得を重視する」ということも大切な原理原則です。これは、いいかえれば「知っている」ことと「できる」ことはかならずしもイコールではない。
知っているだけで、できるつもりになってはいけないという戒めでもあります。
セラミックスの合成にしても、この原料とこの原料を混合して何度で焼けば、このようなセラミックスができるということは本を読めばわかります。
しかし、その理論どおりにやってみても思いどおりのものはできません。現場で何度も経験を積むうちにしだいに真髄が把握できる。知識に経験が加わって初めて、物事は「できる」ようになるのです。
それまでは単に「知っている」にすぎない。
情報社会となり知識偏重の時代となって、「知っていればできる」と思う人もふえてきたようですが、それは大きな間違いです。
「できる」と「知っている」の間には、深くて大きな溝がある。それを埋めてくれるのが、現場での経験なのです。
会社をつくって間もないころ、私はある経営セミナーに参加しました。
講師のなかに、本田技研工業を創業された本田宗一郎さんの名前があり、高名な経営者の話を一度聞いてみたいと思ったからでした。
ある温泉旅館を借りて二泊三日で行われるもので、参加費用は数万円。当時は大金でした。
私はとにかく本田さんの顔を見、声を聞きたいという思いが強く、周囲の反対を押し切ってなかば強引に参加しました。
当日、参加者は温泉に入って浴衣に着替え、大広間に座って、本田さんが来るのを待っていました。
しばらくして本田さんが姿を現しましたが、浜松の工場から直行してきたような油のしみた作業着姿でした。
そして開口一番、こう一喝したのです。
「みなさんは、いったいここへ何しにきたのか。経営の勉強をしにきたらしいが、そんなことをするひまがあるなら、一刻も早く会社へ帰って仕事をしなさい。温泉に入って、飲み食いしながら経営が学べるわけがない。
それが証拠に、私はだれからも経営について教わっていない。そんな男でも会社が経営できるのだから、やることは一つ。さっさと会社に戻って仕事に励みなさい」 と、あの歯切れのいい口調でクソミソにいい、おまけに、「こんな高い参加費払ってくるバカがどこにいる」とまで毒づかれました。
こちらはグウの音も出ない。まったく本田さんのいうとおりなのですから。
そんな姿を見て、私は本田さんによりいっそう魅せられるとともに、よし、オレも早く会社へ帰って仕事にとりかかろうと思ったものでした。
本田さんはつまり、畳水練のバカバカしさを私たちに教えていたのです。畳の上で泳ぎを習ったところで、泳げるようにはならない。それよりもいきなり水に飛び込んで、無我夢中で手足を動かせ。
現場で自ら汗をかかないかぎり経営なんてものはできやしないのだ――本田さん自身がそうであったように、偉大な仕事をなしうる知恵は、経験を積むことによってしか得られません。
自らが体を張って取り組んだ実体験こそが、もっとも貴い財産となるということなのです。
ただいま、このときを必死懸命に生きる
あふれるような熱意をもって、ど真剣に懸命にいまを生きること。目の前のことに没頭して瞬間瞬間を余念なく充実させること。それはまた明日や将来を切り開くことにも通じていきます。
これをいうと、驚かれる方が少なくないのですが、私は長期の経営計画というものを立てたことがありません。
もちろん、経営理論に基づいた長期の経営戦略などの必要性や重要性は、承知しているつもりです。
しかし、今日を生きることなしに、明日はやってきません。明日もわからないのに、五年先、十年先のことがはたして見通せるでしょうか。
まずは、今日という一日を一生懸命に過ごすこと、それが大切だと思うのです。
どんなに壮大な目標を掲げてみても、日々の地味な仕事に真剣に向き合い、実績を積み重ねていかなければ成功はありえません。偉大な成果は堅実な努力の集積にほかならないのです。
先の功をいたずらに焦らず、今日一日を懸命に、真剣に生きることによって、おのずと明日も見えてくる。
そうした充実した一日の連続が、五年たち、十年たつうちに大きな成果に結実する――私はそう考え、肝に銘じながら、これまで経営を行ってきました。
その結果、「今日を完全に生きれば明日が見える」ことを、人生の真理として体得することができたのです。
そもそも私たちの生命、私たちの人生は、価値ある偉大なものです。その価値ある人生を、ただ無為徒然に過ごすのはもったいないことである以上に、宇宙の意に反した生き方でもあります。
天地自然は、この宇宙で必要であるからこそ、私たちを存在させています。だれ一人、何一つ偶然に生をうけたものはなく、したがってムダなものはこの世にはいっさいありません。
大宇宙から見れば、ひとりの人間の存在などほんとうにちっぽけなものかもしれません。しかし、どれほど小さなものであろうと、われわれはみんな必然性があってこの宇宙に存在している。
どのように小さな、とるに足らない生命といえども、また、無生物であろうとも、宇宙が「価値がある」と認めているからこそ、存在しているのです。
いま、このときを懸命に生きる――自然の小さな営みも、その大切さを無言のうちに私たちに教えています。
たとえば北極圏のツンドラ地帯では、短い夏の間に多くの植物がいっせいに芽吹き、できるだけ多くの花を咲かせ、種をつくって、ごく短い生を精いっぱい、濃密に生きようとします。
そうすることで長い冬に備え、次世代へ自分たちの生命を託そうとしているのでしょう。まさに雑念も余念もなく、ただひたすら「いま」を生ききろうとしているのです。
アフリカの乾いた砂漠でも、年に一度か二度雨が降るといいます。その慈雨がもたらされるやいなや、やはりすぐに植物が芽を出して、急いで花を咲かせる。
そして一 ~二週間というほんとうに短い間に種を宿して、次の降雨のときまで厳しい熱砂に耐えられるように、次世代に生を引き継いでいきます。
まさに自然界では、すべての生物が与えられた時間、限られた一瞬一瞬を、精いっぱい、ど真剣に生きているのです。
「いま」を必死懸命に生きることで、小さな生命を明日へとつなげている。
であれば私たち人間も草花に負けず、一日一日をないがしろにすることなく、ど真剣に生きていかなくてはなりません。
それが私たちをこの世に生み出し、その生を価値あるものとしてくれた宇宙との約束ごとでしょうし、人生というドラマを思いどおりに充実して生きるための必要条件でもあると思います。
「好き」であればこそ「燃える」人間になれる
物事をなすには、自ら燃えることができる「自燃性」の人間でなくてはなりません。私は、このことを「自ら燃える」と表現しています。
ものには三つのタイプがあります。
- ①火を近づけると燃え上がる可燃性のもの。
- ②火を近づけても燃えない不燃性のもの。
- ③自分で勝手に燃え上がる自燃性のもの。
人間のタイプも同じで、周囲から何もいわれなくても、自らカッカと燃え上がる人間がいる一方で、まわりからエネルギーを与えられても、ニヒルというかクールというか、さめきった態度を崩さず、少しも燃え上がらない不燃性の人間もいます。
能力はもっているのに、熱意や情熱に乏しい人といってもいいでしょう。こういうタイプはせっかくの能力を活かせずに終わることが多いものです。
組織的に見ても、不燃性の人間は好ましいものではありません。自分だけが氷みたいに冷たいだけならともかく、ときにその冷たさが周囲の熱まで奪ってしまうことがあるからです。
ですから私は、よく部下にいったものです。
「不燃性の人間は、会社にいてもらわなくてけっこうだ。キミたちは、自ら燃える自燃性の人間であってほしい。少なくとも、燃えている人間が近づけば、いっしょに燃え上がってくれる可燃性の人間であってもらいたい――」
物事をなすのは、自ら燃え上がり、さらに、そのエネルギーを周囲にも分け与えられる人間なのです。
けっして、他人からいわれて仕事をする、命令を待って初めて動き出すという人ではありません。いわれる前に自分から率先してやりはじめ、周囲の人間の模範となる。
そういう能動性や積極性に富んでいる人なのです。では、どうしたら自燃性の人間になれるのでしょうか。自ら燃える体質を獲得するにはどうしたらいいか。
その最大にして最良の方法は、「仕事を好きになる」ことです。私はそのことを次のように説いています。
「仕事をやり遂げるためにはたいへんなエネルギーが必要です。そしてそのエネルギーは、自分自身を励まし、燃え上がらせることで起こってくるのです。自分が燃える一番よい方法は、仕事を好きになることです。
どんな仕事であっても、それに全力で打ち込んでやり遂げれば、大きな達成感と自信が生まれ、また次の目標へ挑戦する意欲が生まれてきます。
そのくり返しの中で、さらに仕事が好きになります。
そうなれば、どんな努力も苦にならなくなり、すばらしい成果を上げることができるのです」 つまり、「好き」こそが最大のモチベーションであり、意欲も努力も、ひいては成功への道筋も、みんな「好き」であることがその母体になるということです。
「ほれて通えば千里も一里」「好きこそものの上手なれ」といいならわされてきたとおり、好きであれば、自然に意欲もわくし努力もするので、最短距離で上達していく。
人から見ればたいへんな苦労も、本人には苦どころか、楽しみとなるのです。
私は、仕事仕事でろくに家にもいないので、家内などは、「おたくのご主人はいったいいつ帰ってこられるのか」と近所の方から心配されたり、田舎の両親からも「そんなに働いたら体を壊してしまいますよ」という忠告の手紙が届いたことがありました。
しかし当の本人は案外平気で、好きでやっていることだから、つらくもなければ、さほど疲れも感じていませんでした。
実際にそこまで仕事を好きにならなくては、大きな成果を残すことはできないのです。どんな分野でも、成功する人というのは自分のやっていることにほれている人です。
仕事をとことん好きになれ――それが仕事を通して人生を豊かなものにしていく唯一の方法といえるのです。
自分に打ち勝ち前に進め、人生は大きく変わる
では、自分の仕事がどうしても好きになれないという人はどうすればよいか。とにかくまず一生懸命、一心不乱に打ち込んでみることです。
そうすることによって、苦しみの中から喜びがにじみ出るように生まれてくるものです。「好き」と「打ち込む」はコインの表と裏のようなもので、その因果関係は循環しています。
好きだから仕事に打ち込めるし、打ち込むうちに好きになってくるものです。
ですから、最初は多少無理をしてでもいいから、まず「自分はすばらしい仕事をしているのだ」「なんと恵まれた職業についているのだろう」と心の中でくり返し自分にいい聞かせてみる。
すると、仕事に対する見方もおのずと変わってくるものです。どんな仕事でも、一生懸命打ち込めばいい成果が生まれ、そこからしだいに楽しさ、おもしろさが生じてくる。
おもしろくなれば、さらに意欲がわき、またいい成果を生む。その好循環のうちに、いつしか仕事を好きになっている自分に気づくはずです。
すでに述べたことですが、私が大学を卒業して就職した会社は、いつつぶれてもおかしくないほどのオンボロ会社でした。
そのうちに同僚たちは次々に辞めていき、私一人が残された。そこで私はしかたがなく、「とにかくまず一生懸命に目の前の仕事に取り組もう」と思うようにしました。
そうしたとたん、不思議なことに次々とよい研究成果を上げることができるようになりました。
当然、ますます研究がおもしろくなり、さらに熱を上げて打ち込むようになるという好循環ができてきたのです。
仕事がいやでしかたがないと感じても、もう少しがんばってみる。腹をくくって前向きに取り組んでみる。それが人生を大きく変えることにつながるのです。
そのときに大切なことは「自分に打ち勝つ」ことだといえるでしょう。つまり利己的な欲望を抑えること、自分を甘やかそうという心をいさめること。
それができなければ何事も成し遂げることはできないし、もてる能力を最大限に発揮することもできません。
たとえば、まじめによく勉強して八〇点をとる人間がいる。それに対して、頭の回転や要領がよく、勉強しなくても六〇点をとる人間がいる。
後者は前者に対して、「あいつはガリ勉だから、できて当然だ。オレが本気さえ出せば、あいつ以上の点がとれる」というものです。
こういう人は社会へ出てからも、努力を重ねて大成した人をとらえて「彼は学生時代はたいしたことがなかった。
オレのほうが数段できがよかったんだ」と相手をくさしながら、自分の能力を誇ったりする。
潜在的な力だけをとれば、そのとおりなのかもしれない。
しかし、物事に取り組む姿勢、熱意に雲泥の差があり、それが「人生の方程式」に従って、彼我の人生を逆転させるという結果を招いているのです。
ガリ勉とは見たい映画やテレビも見ず、安易な方向へ流れようとする自分に打ち勝って、困難に正面から取り組んでいる人のことです。
社会で成功を収めた人も同様で、遊びたい気持ちを抑えて、仕事に励んだ結果であるにちがいありません。
一方、そのような人たちを小バカにする人間は結局、自分の「逃げ」や怠惰を棚に上げ、人が真正面から取り組んだことを、斜めから眺めているにすぎない。
人の真の能力とは、そうした物事に愚直に取り組む克己心まで含むものかもしれません。
いくら能力があろうが、自分に負けて安逸に流れ、正面からの努力を惜しむのは、つまりは「自分のもって生まれた才を活かす」という意味での能力に欠けているといえるのです。
人生という長く大きな舞台ですばらしいドラマを演じ、大きな成果を上げるための能力とは、単に脳のシワの数だけをいうのではありません。
どんなときでも愚直なまでに真剣に物事に取り組み、真正面から困難にぶち当たっていく。
それが、成功するための唯一の方法であり、私たちが日々心がけるべき原理原則といえます。
まじめ、ど真剣、懸命に仕事をする――こういってしまうと平凡に聞こえるかもしれません。
しかし、その平凡な言葉にこそ、人生の真理は隠されているのです。
複雑な問題も解きほぐせばクリアに見えてくる
京セラでは、社員同士、各部門間で「ああでもない」「いや、こうあるべきだ」などと侃々諤々、ケンカさながら本気でやりあうこともたびたびです。
たとえば新製品の納期や価格などについて、製造部門が Aだといえば、営業部門が Bだと反論する。
私がまだ社長を務めていたころは、異論反論が続出して、どうしても結論が出ないとなると、「それなら社長のところへ行こうじゃないか」と、最終決裁が私のところに持ち込まれてくることが多かったものです。
そこで私が両者の言い分を聞き、こうあるべきだ、こうしたほうがいいと結論を出すと、そうですか、そうですねとみんな納得して、それまで口角泡を飛ばしてやりあっていたのが嘘のように、すっきりした顔つきで帰っていくのです。
一番偉い立場にある人間の言だからというのではありません。
しがらみや利害を離れた視点で冷静に問題を解きほぐしていくと、トラブルの原因は実はきわめてシンプルなことであることが多く、それを私が指摘し、解決策を示したからなのです。
たとえば、部門間でもめごとがあり複雑怪奇な様相を呈している場合も、もつれた糸をたぐるように解きほぐしていくと、その原因はたとえば必要な連絡を怠ったとか、たったひと言の感謝の言葉が足りなかったなど、単純で瑣末な――そして何よりも利己的な――理由によることが多いもの。
そのようなことをふまえたうえで、人間として何が正しいのかという本質に立ち返って結論を出していくので、私の判断が結果として「大岡裁き」になる。
的確で公正な判断を下すためには、何よりもクリーンな目でものを見ることが必要です。そして瑣末な枝葉にとらわれず、問題の「根っこ」にまっすぐ目を向けてみること。
そのような目で眺めてみれば、会社の中でのトラブルをはじめ、大きくは国際間の問題から、小さくは家庭内のもめごとに至るまで、当事者がそれぞれの思惑を持ち込んでこねくり回し、理屈に理屈が重なって、複雑怪奇な問題へと仕立てあげてしまうことが、いかに多いかがわかります。
ですから、込み入って複雑そうに見える問題こそ、原点に立ち返って単純な原理原則に従って判断することが大切。
さじを投げたくなるようなむずかしいことに直面したら、素直な目と単純明快な原理に基づいて、事の是非、善悪を判断すればいいのです。
稲盛財団の副理事長をお願いしている、世界的に有名な数学者の広中平祐先生は、「複雑な現象に見えるものは、実は単純なものの投影にすぎない」と卓見を述べておられます。
先生が、それまでだれも解けなかった難解な数学の命題を解いたときのこと。ふつう、数学など自然科学では問題を要素分解することによって解を求めます。
しかし先生はこのとき、逆に、次元を一つ高くすることによって解を見つけたといいます。
つまり、二次元の問題を三次元の観点から眺めることによって、単純明快な解答を導き出したのですが、このことを先生は、私たちのような素人にもわかりやすい比喩を使って説明してくれています。
「ここに信号のない平面交差の十字路があります。信号がないために四方から車が流れ込んで、進むも退くもままならない大混乱が起きています。
このままでは、この混乱を解決することができません。しかし、それは平面交差という二次元の世界の中で解を見つけようとしているからです。
ここに『高さ』というファクターを加える。
すなわち三次元の視点を持ち込むと、どうなるでしょうか」「つまり、この十字路は平面交差でなく立体交差しているとすれば――そう、信号がなくても、車はスムーズに流れることになります。
私の発想もそういうことでした。いっけん複雑に見える現象も、単純な構造の投影にすぎないことが多い。
そこで視点を変えて、あるいは視点の次元を一つ上げて問題を見つめ直したとき、その答えが実に明快に導き出されてきたわけです」 広中先生がおっしゃっているように、物事を単純化して、本質を直截にとらえる「次元の高い目」をもつべきです。
それは、私心や利己、利害や執着を離れた、公明正大で利他的な心によってもたらされるものなのです。
国際問題、国家間の摩擦も単純に発想してみる
以前、従軍慰安婦問題や南京虐殺問題で日本と中国が不協和音を発していたころ、ある座談会で、日本は中国に謝罪をすべきか否かという点に話が及びました。
私が詫びるべきだというと、同席していた大学の先生方は驚いた顔をされました。一つの国家が他の国家に謝罪を行うということは、よほどのことがないかぎりありえないし、してはならないことでもある。
国家としての権威を失うことになるし、国際法上も不利益を被るからというのがその理由です。個人の感情と一国の政治は別に論じるべきだというのは私にも理解できます。
しかし、それでもなお、かつての日本がかの国を侵略して、その国土を土足で踏みにじったのは歴史的な事実なのだから、詫びるべきは詫びたほうがいいと、私はいまでも思っています。
迷惑をかけた相手には謝る――それは常識や理屈を超えた、あるいは利益や体面以前の、人間として行うべき普遍的な「正しさ」です。
守るべき当たり前の規範であり、単純だけれども、けっしてゆるがせにはできない原理原則なのです。ですから、たとえ謝ることによって失われるものがあろうとも、通すべき筋は通さなくてはならない。そうした真摯で誠実な態度はかならず相手に通じるはずです。
逆にいえば、日本の謝罪が中国や韓国になかなか通じないのは、詫びるべきを素直に詫びず、その謝罪に体裁や駆け引きが混じっているからではないでしょうか。
そしてそれもまた、本来は単純なことを複雑に考えることによって、かえって問題をこじらせていることの一つの例証のように、私の目には見えます。
このように、国際紛争や経済摩擦の問題なども、原点に立ち返って考えれば、解決の糸口が見えてくるはずです。
こんがらがった問題こそ、単純な原理と素直な発想に基づいて判断、行動する。
それが複雑な〝影〟に惑わされず、視野狭窄に陥ることもなく、事の本質や真理にまっすぐたどり着く最良の方法であると思います。
たとえば国家間の経済摩擦の問題にしても、その要因となる貿易収支のアンバランスが発生するのは、「国境」があるからにほかなりません。
それぞれの国が独自の政策を行い、個別の通貨を持っているから、国ごとに貿易黒字や貿易赤字が生じて経済摩擦が起こってしまうのです。
これだけ経済がグローバル化して、ヒトもモノも国境を越えて自由に行き交っているのに、その国境に区切られた国ごとの政策や通貨の違いが壁となって、経済の格差や摩擦が生まれてしまう。
それならば国境をなくし、世界を一つの国のようにして政策を一元化し、通貨も統合してしまえば、問題は解決に向かうのではないか――。
そんなシンプルな原理と発想に基づいて、以前、私は「世界連邦政府構想」を提案したことがあります。
つまり世界中の国家、民族が国境を廃し、一つの共同体を形成して、平和と調和の中で発展していく。
その理想を実現するために、世界のボーダーレス化を目的とした国際機関を設立して、さまざまな政策を実行していこうという提案です。
いってみればボーダーレス化する経済に合わせて、政治的にも「国境のない世界をつくろう」という大胆な構想ですが、もちろんその実現のために果たすべき課題は少なくありません。
しかし、これはまんざら理想論でもなければ、単なる絵空事でもないと思います。
なぜなら先進国の間では、すでに経済政策の実行にあたって政策協調を行わざるをえなくなっており、事実上、国の主権は少しずつ制限される方向にあるからです。
また EU(欧州連合)の誕生は、この世界連邦政府の先駆的な出来事であり、そこではヨーロッパが一個の共同体となり、各国バラバラであった政治・経済の政策も統合される方向にあります。
ユーロという統一通貨が生まれたのは、その象徴といえましょう。であれば、こうした動きを世界規模にまで広げることは、けっして不可能ではないはずです。
国の概念をなくしてしまったら、それぞれの国がもっていた歴史や文化も消滅してしまうのではないかと非難する人もいるでしょう。
しかし、人類はその国家の歴史以上に長い歩みを経てきており、これからもまた長い年月を生き延びていかなくてはなりません。
つまり、まず人間があり、あり、次に国があるのであって、その逆ではありえないのです。それに、国境をなくしたからといって、文化や歴史が消えてなくなるわけでもありません。
ですから、おめでたい人間の言い草だと批判されようと、このような人間、また世界の「あるべき姿」をベースにとらえた理念と行動が、これからの世界のありようを考えるうえでも必要なのではないかと思います。
外国との交渉は常識より「リーズナブル」
人生のあらゆる場面において原理原則に従って発想、行動することの重要性を述べてきましたが、それは外国人とつきあうときや外国企業と交渉する際にも、きわめて有効になるはずです。
彼らは、人生や仕事に関してしっかりとした哲学をもっていることが多く、互いの原理原則をつき合わせて、議論を戦わせることが可能になるからです。
まだ、京セラが名もない中小企業であったころから、私は自社の製品を使ってもらおうと外国の企業に積極的に働きかけていました。
当時の日本はとりわけアメリカから技術導入を行っているケースが多かったので、アメリカのメーカーにわれわれの製品が認められ、使用されれば、その評価を追い風にして、国内でも採用してもらえるだろうという意図があったのです。
私自身も、英語もろくに話せないのに、無謀にもアメリカに渡って、直接、向こうの企業に商談を持ちかけました。
最初の渡米のときには、前日に、わざわざ公団住宅に住んでいた友人を訪ねて、当時はまだ珍しかった洋式トイレの使い方を教えてもらったのを思い出します。洋行体験自体がきわめて希少な、一ドル =三百六十円の時代のことです。
しかし一か月ほどの滞在期間中、いくら目当ての企業を回って売り込みをかけても、商談がまとまるどころか門前払いの連続です。
慣れない土地で、慣れない文化・習慣にとまどいながら、足を棒にし、額に汗しても、得られるのは「ノー」の返事と徒労感ばかり。このときの苦労と辛酸はいまでも記憶に鮮明です。
それでも不退転の決意を胸に粘り強く交渉を重ねた結果、しだいに成果が上がりはじめ、少しずつ海外との取引もふえていきました。
その過程で気づいたのは、外国、とりわけアメリカでは、物事を判断するのに「リーズナブル(正当である)」という言葉がよく出てくることでした。
しかも、その正当性や合理性のものさしとなっているのは、社会的な慣習や常識ではなく、彼ら自身がもっている原理原則や価値観でした。つまり彼らは、自らの信念に根ざした確たる哲学、判断基準を確立していたのです。
それは私にとっても、非常に新鮮でエキサイティングな体験でした。この背景には彼我の文化の相違があるようです。その端的な例が法体系の違いです。
日本の法律は、ドイツのそれをモデルにしているため、基本的に成文法です。つまり条文をもとに判断を下すために、教条的になりやすい欠点がある。
それに対してアメリカは判例法です。つまり条文にはそれほどとらわれることなく、それぞれのケースに合わせて、当事者が自らの良識やルールに照らして、それが正当かどうかを判断する傾向が強い。
そういう文化をもつ国では、私のように原理原則を明確にする思考法のほうが、むしろ適応性に富んでおり、有効でもありました。
つまり私が、原理原則に照らし合わせて正当だと判断し、主張したことに対して、彼らが「たしかにおまえのいうことはリーズナブルだ」と納得すれば、前例とか企業の大小などにはとらわれず、すばやく意思決定してくれる。
そのために非常にスピーディに交渉を進めることができたのです。グローバル化が進み、島国ニッポンも国際社会の中で生きていかなくてはなりません。
仕事だけでなく、日常生活においても、外国人とつきあい、ときには「渡り合わなくてはならない」場面も出てくるかもしれない。
しかし、そういうときでもへつらったり、おもねる必要はありません。むしろ、道理に照らして正当であると思ったことは堂々と主張したほうがよい。
そうすれば、もともとロジカルな文化をもつ欧米の人たちは、その正当性を十二分に理解、尊重してくれるはずです。判断の基準はつねに、自分の胸に手を当てて、「人間として正しいかどうか」におくべきなのです。
なぜなら、それは国境を超えた普遍性を有するため、多少の文化的な衝突はあっても、根っこのところでは、かならず彼らも理解してくれるからです。
サンディエゴにある京セラグループの北米統括会社を経営するアメリカ人は、京セラの社内報の中で次のような発言をしています。
「国家や民族によって文化に違いがあります。しかしビジネスをやっていくうえでの哲学や、人生を生きていくうえでの基本原則は結局同じものです。たとえば、仕事で成果を出すように努力すること、また社会のために善きことをしたいと考えること。それらはどの文化であっても、どの宗教であっても真理であり、普遍的であるはずです」
私のいいたいことを代弁してくれている言葉です。すなわちどの国であろうと、経営をしていくには判断基準となる普遍的な哲学が必要であること。
それは普遍的であるほど有効であり、そのためには「人間として正しい」倫理観や道徳観に根ざしたものであること。このことに国境はありません。
人間としての原理原則というものは、国の違いや時代の新旧を超えた、人類すべてに共通するものなのです。
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