プロローグ
混迷の時代だからこそ「生き方」を問い直す
私たちはいま、混迷を極め、先行きの見えない「不安の時代」を生きています。
豊かなはずなのに心は満たされず、衣食足りているはずなのに礼節に乏しく、自由なはずなのにどこか閉塞感がある。
やる気さえあれば、どんなものでも手に入り何でもできるのに、無気力で悲観的になり、なかには犯罪や不祥事に手を染めてしまう人もいます。
そのような閉塞的な状況が社会を覆いつくしているのはなぜなのでしょうか。
それは、多くの人が生きる意味や価値を見いだせず、人生の指針を見失ってしまっているからではないでしょうか。
今日の社会の混乱が、そうした人生観の欠如に起因するように思えるのは、私だけではないと思います。
そういう時代にもっとも必要なのは、「人間は何のために生きるのか」という根本的な問いではないかと思います。
まず、そのことに真正面から向かい合い、生きる指針としての「哲学」を確立することが必要なのです。
哲学とは、理念あるいは思想などといいかえてもよいでしょう。
それは砂漠に水をまくようなむなしい行為であり、早瀬に杭を打つのに似たむずかしい行為なのかもしれません。
しかし、懸命に汗をかくことをどこかさげすむような風潮のある時代だからこそ、単純でまっすぐな問いかけが重い意味をもつのだと私は信じています。
そのような根幹から生き方を考えていく試みがなされないかぎり、いよいよ混迷は深まり、未来はますます混沌として、社会には混乱が広がっていく――そうした切実な危機感と焦燥感にとらわれているのも、やはり私だけではないはずです。
私は本書の中で、人間の「生き方」というものを真正面からとらえ、根幹から見据えて、思うところを忌憚なく説いてみたいと思っています。
生きる意味と人生のあり方を根本から問い直してみたい。そうしてそれを時代の急流に打ち込む、ささやかな一本の杭としたいと考えています。
読者の方々が、生きる喜びを見いだし、幸福に満ちた充実した人生を送るための何らかのヒントを本書から得ていただければ、この上ない喜びです。
魂を磨いていくことが、この世を生きる意味
私たち人間が生きている意味、人生の目的はどこにあるのでしょうか。
もっとも根源的ともいえるその問いかけに、私はやはり真正面から、それは心を高めること、魂を磨くことにあると答えたいのです。
生きている間は欲に迷い、惑うのが、人間という生き物の性です。
ほうっておけば、私たちは際限なく財産や地位や名誉を欲しがり、快楽におぼれかねない存在です。
なるほど、生きているかぎり衣食が足りていなくてはなりませんし、不自由なく暮らしていけるだけのお金も必要です。
立身出世を望むことも生きるエネルギーとなるから、いちがいに否定すべきものでもないでしょう。
しかし、そういうものは現世限りで、いくらたくさんため込んでも、どれ一つとしてあの世へ持ち越すことはできません。
この世のことはこの世限りでいったん清算しなくてはならない。
そのなかでたった一つ滅びないものがあるとすれば、それは、「魂」というものではないでしょうか。
死を迎えるときには、現世でつくり上げた地位も名誉も財産もすべて脱ぎ捨て、魂だけ携えて新しい旅立ちをしなくてはならないのです。
ですから、「この世へ何をしにきたのか」と問われたら、私は迷いもてらいもなく、生まれたときより少しでもましな人間になる、すなわちわずかなりとも美しく崇高な魂をもって死んでいくためだと答えます。
俗世間に生き、さまざまな苦楽を味わい、幸不幸の波に洗われながらも、やがて息絶えるその日まで、倦まず弛まず一生懸命生きていく。
そのプロセスそのものを磨き砂として、おのれの人間性を高め、精神を修養し、この世にやってきたときよりも高い次元の魂をもってこの世を去っていく。私はこのことより他に、人間が生きる目的はないと思うのです。
昨日よりましな今日であろう、今日よりよき明日であろうと、日々誠実に努める。その弛まぬ作業、地道な営為、つつましき求道に、私たちが生きる目的や価値がたしかに存在しているのではないでしょうか。
生きていくことは苦しいことのほうが多いものです。
ときに、なぜ自分だけがこんな苦労をするのかと神や仏を恨みたくなることもあるでしょう。
しかしそのような苦しき世だからこそ、その苦は魂を磨くための試練だと考える必要があるのです。
労苦とは、おのれの人間性を鍛えるための絶好のチャンスなのです。
試練を「機会」としてとらえることができる人――そういう人こそ、限られた人生をほんとうに自分のものとして生きていけるのです。
現世とは心を高めるために与えられた期間であり、魂を磨くための修養の場である。人間の生きる意味や人生の価値は心を高め、魂を錬磨することにある。
まずは、そういうことがいえるのではないでしょうか。
単純な原理原則が揺るぎない指針となる
魂というものは、「生き方」次第で磨かれもすれば曇りもするものです。
この人生をどう生きていくかによって、私たちの心は気高くもなれば卑しくもなるのです。世間には高い能力をもちながら、心が伴わないために道を誤る人が少なくありません。
私が身を置く経営の世界にあっても、自分さえ儲かればいいという自己中心の考えから、不祥事を起こす人がいます。
いずれも経営の才に富んだ人たちの行為で、なぜと首をひねりたくもなりますが、古来「才子、才に倒れる」といわれるとおり、才覚にあふれた人はついそれを過信して、あらぬ方向へと進みがちなものです。
そういう人は、たとえその才を活かし一度は成功しても、才覚だけに頼ることで失敗への道を歩むことになります。
才覚が人並みはずれたものであればあるほど、それを正しい方向に導く羅針盤が必要となります。その指針となるものが、理念や思想であり、また哲学なのです。
そういった哲学が不足し、人格が未熟であれば、いくら才に恵まれていても「才あって徳なし」、せっかくの高い能力を正しい方向に活かしていくことができず、道を誤ってしまいます。
これは企業リーダーに限ったことでなく、私たちの人生にも共通していえることです。この人格というものは「性格+哲学」という式で表せると、私は考えています。
人間が生まれながらにもっている性格と、その後の人生を歩む過程で学び身につけていく哲学の両方から、人格というものは成り立っている。
つまり、性格という先天性のものに哲学という後天性のものをつけ加えていくことにより、私たちの人格――心魂の品格――は陶冶されていくわけです。
したがって、どのような哲学に基づいて人生を歩んでいくかによって、その人の人格が決まってくる。
哲学という根っこをしっかりと張らなければ、人格という木の幹を太く、まっすぐに成長させることはできないのです。
では、どのような哲学が必要なのかといえば、それは「人間として正しいかどうか」ということ。
親から子へと語り継がれてきたようなシンプルでプリミティブな教え、人類が古来培ってきた倫理、道徳ということになるでしょう。
京セラは、私が二十七歳のときに周囲の方々につくっていただいた会社ですが、私は経営の素人で、その知識も経験もないため、どうすれば経営というものがうまくいくのか、皆目見当がつきませんでした。
困り果てた私は、とにかく人間として正しいことを正しいままに貫いていこうと心に決めました。
すなわち、嘘をついてはいけない、人に迷惑をかけてはいけない、正直であれ、欲張ってはならない、自分のことばかりを考えてはならないなど、だれもが子どものころ、親や先生から教わった――そして大人になるにつれて忘れてしまう――単純な規範を、そのまま経営の指針に据え、守るべき判断基準としたのです。
経営について無知だったということもありますが、一般に広く浸透しているモラルや道徳に反することをして、うまくいくことなど一つもあるはずがないという、これまた単純な確信があったからです。
それは、とてもシンプルな基準でしたが、それゆえ筋の通った原理であり、それに沿って経営をしていくことで迷いなく正しい道を歩むことができ、事業を成功へと導くことができたのです。
私の成功に理由を求めるとすれば、たったそれだけのことなのかもしれません。
つまり私には才能は不足していたかもしれないが、人間として正しいことを追求するという、単純な、しかし力強い指針があったということです。
人間として間違っていないか、根本の倫理や道徳に反していないか――私はこのことを生きるうえでもっとも大切なことだと肝に銘じ、人生を通じて必死に守ろうと努めてきたのです。
いまの日本で、人間のあり方を示す倫理や道徳などというと、いかにも時代遅れのさびついた考えだという印象を抱く人が多いかもしれません。
戦後の日本は、戦前に道徳が思想教育として誤って使われたという反省と反動から、これらをほぼタブー視してきました。
でも本来それは、人類が育んだ知恵の結晶であり、日常を律するたしかな基軸なのです。
近代の日本人は、かつて生活の中から編み出された数々の叡智を古くさいという理由で排除し、便利さを追うあまり、なくてはならぬ多くのものを失ってきましたが、倫理や道徳といったことも、その一つなのでしょう。
しかしいまこそ、人間としての根本の原理原則に立ち返り、それに沿って日々をたしかに生きることが求められているのではないでしょうか。そうした大切な知恵を取り戻すときがきているように思います。
人生の真理は懸命に働くことで体得できる
それでは、人格を練り、魂を磨くには具体的にどうすればいいのでしょうか。山にこもったり、滝に打たれたりなどの何か特別な修行が必要なのでしょうか。そんなことはありません。
むしろ、この俗なる世界で日々懸命に働くことが何よりも大事なのです。
後の章で詳しく解説しますが、お釈迦さまは、悟りの境地に達する修行法の一つとして、「精進」することの大切さを説いています。
精進とは、一生懸命働くこと、目前の仕事に脇目もふらず打ち込むことです。
私は、それが私たちの心を高め、人格を錬磨するためにもっとも大事で、一番有効な方法であると考えています。
一般によく見受けられる考え方は、労働とは生活するための糧、報酬を得るための手段であり、なるべく労働時間は短く給料は多くをもらい、あとは自分の趣味や余暇に生きる。それが豊かな人生だというものです。
そのような人生観をもっている人のなかには、労働をあたかも必要悪のように訴える人もいます。
しかし働くということは人間にとって、もっと深遠かつ崇高で、大きな価値と意味をもった行為です。
労働には、欲望に打ち勝ち、心を磨き、人間性をつくっていくという効果がある。単に生きる糧を得るという目的だけではなく、そのような副次的な機能があるのです。
ですから、日々の仕事を精魂込めて一生懸命に行っていくことがもっとも大切で、それこそが、魂を磨き、心を高めるための尊い「修行」となるのです。
たとえば、二宮尊徳は生まれも育ちも貧しく、学問もない一介の農民でありながら、鋤一本、鍬一本を手に、朝は暗いうちから夜は天に星をいただくまで田畑に出て、ひたすら誠実、懸命に農作業に努め、働きつづけました。
そして、ただそれだけのことによって、疲弊した農村を、次々と豊かな村に変えていくという偉業を成し遂げました。
その業績によってやがて徳川幕府に登用され、並み居る諸侯に交じって殿中へ招かれるまでになりますが、そのときの立ち居振る舞いは一片の
作法も習ったわけではないにもかかわらず、真の貴人のごとく威厳に満ちて、神色さえ漂っていたといいます。
つまり汗にまみれ、泥にまみれて働きつづけた「田畑での精進」が、自身も意識しないうちに、おのずと彼の内面を深く耕し、人格を陶冶し、心を研磨して、魂を高い次元へと練り上げていったのです。
このように、一つのことに打ち込んできた人、一生懸命に働きつづけてきた人というのは、その日々の精進を通じて、おのずと魂が磨かれていき、厚みある人格を形成していくものです。
働くという営みの尊さは、そこにあります。
心を磨くというと宗教的な修行などを連想するかもしれませんが、仕事を心から好きになり、一生懸命精魂込めて働く、それだけでいいのです。
ラテン語に、「仕事の完成よりも、仕事をする人の完成」という言葉があるそうですが、その人格の完成もまた仕事を通じてなされるものです。
いわば、哲学は懸命の汗から生じ、心は日々の労働の中で錬磨されるのです。
自分がなすべき仕事に没頭し、工夫をこらし、努力を重ねていく。それは与えられた今日という一日、いまという一瞬を大切に生きることにつながります。
一日一日を「ど真剣」に生きなくてはならない、と私はよく社員にもいっていますが、一度きりの人生をムダにすることなく、「ど」がつくほど真摯に、真剣に生き抜いていく――そのような愚直なまでの生き様を継続することは、平凡な人間をもやがては非凡な人物へと変貌させるのです。
世の「名人」と呼ばれる、それぞれの分野の頂点を極めた達人たちも、おそらくそのような道程をたどったにちがいありません。
労働とは、経済的価値を生み出すのみならず、まさに人間としての価値をも高めてくれるものであるといってもいいでしょう。
したがって何も俗世を離れなくても、仕事の現場が一番の精神修養の場であり、働くこと自体がすなわち修行なのです。
日々の仕事にしっかりと励むことによって、高邁な人格とともに、すばらしい人生を手に入れることができるということを、ぜひ心にとめていただきたいと思います。
「考え方」を変えれば人生は一八〇度変わる
人生をよりよく生き、幸福という果実を得るには、どうすればよいか。そのことを私は一つの方程式で表現しています。
それは、次のようなものです。
人生・仕事の結果=考え方×熱意×能力
つまり、人生や仕事の成果は、これら三つの要素の〝掛け算〟によって得られるものであり、けっして〝足し算〟ではないのです。
まず、能力とは才能や知能といいかえてもよいのですが、多分に先天的な資質を意味します。健康、運動神経などもこれにあたるでしょう。
また熱意とは、事をなそうとする情熱や努力する心のことで、これは自分の意思でコントロールできる後天的な要素。
どちらも〇点から一〇〇点まで点数がつけられます。掛け算ですから、能力があっても熱意に乏しければ、いい結果は出ません。
逆に能力がなくても、そのことを自覚して、人生や仕事に燃えるような情熱であたれば、先天的な能力に恵まれた人よりはるかにいい結果を得られます。
そして最初の「考え方」。
三つの要素のなかではもっとも大事なもので、この考え方次第で人生は決まってしまうといっても過言ではありません。
考え方という言葉は漠然としていますが、いわば心のあり方や生きる姿勢、これまで記してきた哲学、理念や思想なども含みます。
この考え方が大事なのは、これにはマイナスポイントがあるからです。〇点までだけではなく、その下のマイナス点もある。
つまり、プラス一〇〇点からマイナス一〇〇点までと点数の幅が広いのです。
したがってさっきもいったように、能力と熱意に恵まれながらも考え方の方向が間違っていると、それだけでネガティブな成果を招いてしまう。
考え方がマイナスなら掛け算をすればマイナスにしかならないからです。
わが身の恥をさらすようですが、就職難の時代に大学を出た私は、縁故がないために、いくら入社試験を受けても不合格続きで、いっこうに就職が決まらない。
それならいっそ、「インテリやくざ」にでもなってやろうか、弱い者がわりを食う不合理な世の中なら、義理人情に厚い極道の世界に生きるほうがずっとましかもしれない――すねた心で、なかば本気でそんなふうに考えたこともありました。
そのとき、ほんとうにその道を選んでいたら、そこそこ出世をして、小さな組の親分くらいにはなっていたかもしれません。
しかし、そんな世界でいくら力をつけても、根本となる考え方がネガティブでゆがんでいるのですから、けっして幸せにもなれなかったでしょうし、恵まれた人生を歩むことはできなかったでしょう。
では、「プラス方向」の考え方とは、どんなものでしょう。むずかしく考える必要はありません。それは常識的に判断されうる「よい心」のことだと思っていただければよいでしょう。
つねに前向きで建設的であること。感謝の心をもち、みんなといっしょに歩もうという協調性を有していること。明るく肯定的であること。善意に満ち、思いやりがあり、やさしい心をもっていること。努力を惜しまないこと。足るを知り、利己的でなく、強欲ではないことなどです。
いずれも言葉にしてみればありきたりで、小学校の教室に掲げられている標語のような倫理観や道徳律ですが、それだけにこれらのことをけっして軽視せず、頭で理解するだけでなく、体の奥までしみ込ませ、血肉化しなくてはいけないと思うのです。
心に描いたものが実現するという宇宙の法則
このようによい心がけを忘れず、もてる能力を発揮し、つねに情熱を傾けていく。それが人生に大きな果実をもたらす秘訣であり、人生を成功に導く王道なのです。
なぜなら、それは宇宙の法則に沿った生き方であるからです。
仏教には、「思念が業をつくる」という教えがあります。業とはカルマともいい、現象を生み出す原因となるものです。
つまり思ったことが原因となり、その結果が現実となって表れてくる。
だから考える内容が大切で、その想念に悪いものを混ぜてはいけない、と説いているのです。
積極思考を説いた哲学者である中村天風さんも、同様の理由から「けっして悪い想念を描いてはいけない」といっています。
人生は心に描いたとおりになる、強く思ったことが現象となって現れてくる――まずはこの「宇宙の法則」をしっかりと心に刻みつけてほしいのです。人によっては、このような話をオカルトの類いと断じて受け入れないかもしれません。
しかし、これは私がこれまでの人生で数々の体験から確信するに至った絶対法則なのです。すなわち、よい思いを描く人にはよい人生が開けてくる。悪い思いをもっていれば人生はうまくいかなくなる。そのような法則がこの宇宙には働いているのです。
思ったことがすぐに結果に出るわけではないので、わかりづらいかもしれませんが、二十年や三十年といった長いスパンで見ていくと、たいていの人の人生は、その人自身が思い描いたとおりになっているものです。
ですから、まずは純粋できれいな心をもつことが、人間としての生き方を考えるうえで大前提となります。
なぜなら、よい心――とくに「世のため、人のため」という思い――は、宇宙が本来もっている「意志」であると考えられるからです。
宇宙には、すべてをよくしていこう、進化発展させていこうという力の流れが存在しています。それは、宇宙の意志といってもよいものです。
この宇宙の意志が生み出す流れにうまく乗れれば、人生に成功と繁栄をもたらすことができる。この流れからはずれてしまうと没落と衰退が待っているのです。
ですから、すべてに対して「よかれかし」という利他の心、愛の心をもち、努力を重ねていけば、宇宙の流れに乗って、すばらしい人生を送ることができる。
それに対して、人を恨んだり憎んだり、自分だけが得をしようといった私利私欲の心をもつと、人生はどんどん悪くなっていくのです。
宇宙を貫く意志は愛と誠と調和に満ちており、すべてのものに平等に働き、宇宙全体をよい方向に導き、成長発展させようとしている。
このことは、宇宙物理学でいう「ビッグバン・セオリー」から考えても十分納得、説明できるものです。
第5章で詳しく述べますので、ここではごく簡単な説明にとどめますが、宇宙には最初ひと握りの素粒子しか存在していませんでした。
その素粒子がビッグバンと呼ばれる大爆発によって結合して、原子核を構成する陽子、中性子、中間子をつくり上げ、電子と結びつき、最初の原子である水素原子を生み出した。
さらにさまざまな原子、そして分子が育まれ、やがて高分子ができ上がり、人類のような高等生物までが生み出された。
そういう宇宙の進化のありようを知れば知るほど、すべてを成長させ、進化させていこうという何か「偉大なもの」の意志が介在しているとしか思えません。
私は長くモノづくりにかかわってきて、そのような「偉大なもの」の存在を実感することが少なくありませんでした。
その大きな叡智にふれ、それに導かれるようにして、さまざまな新製品の開発に成功し、人生を歩んできたといっても過言ではないのです。
京セラが手がけるセラミックスはファインセラミックスと呼ばれ、コンピュータや携帯電話などさまざまなハイテク商品に汎用される高度な素材です。
このファインセラミックスに関する技術は京セラが世界にさきがけて開発を進め、次々に新しい地平を開いてきたと自負していますが、もともと私はセラミックスの門外漢でした。
学生時代は石油化学などの有機化学を専攻していたのですが、就職が思うようにいかず、不本意ながら、京都にあった無機化学の碍子製造会社に入ったのです。
ですから、セラミックスに関する基礎的な知識や技術などなかったうえ、その会社も赤字を続けており、粗末な研究設備や装置しかありませんでした。
そのため、とにかく毎日現場へ出て、工夫を重ねつつ研究や実験に打ち込むより他に道がなかったのです。
ところが、そんな状況の中、私はわずかな期間で、新しい材料をつくることに成功してしまったのです。
それは、アメリカのGE(ゼネラル・エレクトリック)の研究所が、その一年ほど前に世界で初めて合成に成功したという新素材で、しかも、私が合成に成功したものはまったく同じ組成でありながら、その合成方法はGEと全然異なるものでした。
つまり私の方法論は世界に類のないまったくオリジナルなものだったのです。精密な設備を使って理論的な実験を重ねたわけではありません。
京都のちっぽけな碍子メーカーの、名もない一研究員が、徒手空拳のまま行ったことが、世界のGEに匹敵する成果を上げた――まぐれ当たりとしかいいようのない幸運ななりゆきでしたが、しかし不思議なことに、そうした幸運はその後もずっと続き、その会社を退社して京セラを設立してからも、私と私の会社をどんどん成長させていったのです。
人類に叡智をもたらしつづける「知恵の蔵」がある
その理由を私はこう考えています。それは偶然でもなければ、私の才能がもたらした結果でもない。
この世界の、この宇宙のどこかに「知恵の蔵(真理の蔵)」ともいうべき場所があって、私たちは自分たちも気がつかないうちに、その蔵に蓄えられた「知」を、新しい発想やひらめき、あるいは創造力としてそのつど引き出したり、汲み上げたりしているのではないか。
それはいわば「叡智の井戸」だが、その所有者は人間自身ではない。
たとえば神や宇宙が蔵している普遍の真理のようなもので、その知を授けられることで人類のもてる技術は進歩し、文明を発達させることができた。
そして私もまた何の加減か、必死になって研究に打ち込んでいるときに、その叡智の一端にふれることで、創造性を発揮して成功の果実を得ることができたのではないか――。
後の章で述べるように、私は「京都賞」というものを創設し、人類に新たな地平を開いたさまざまな分野の研究者を顕彰していますが、そのような研究者と接していると、彼らが一様に創造的なひらめき(インスピレーション)を、あたかも神の啓示のごとく受けた瞬間があることに驚くのです。
その創造の瞬間は、人知れず努力を重ねた研究生活のさなか、ふとした休息の瞬間であったり、ときには就寝時の夢の中であったりします。
エジソンが電気通信の分野でさまざまな画期的な発明を成し遂げたのも、すさまじいまでの研鑽の結果、そのように「知恵の蔵」からインスピレーションを授けられたということではないでしょうか。
私は、偉大な先人たちの功績を顧みるとき、人類はそのようにして、「知恵の蔵」からもたらされた知や技能を創造力のみなもととして、モノづくりを進歩させ、文明を発展させてきたのだという確信を強くするのです。
では、その蔵の戸を開いて知恵を得るにはどうしたらよいのか。それには、やはり燃えるような情熱を傾け、真摯に努力を重ねていくことしかないのではないか。
つまり何かを得ようと、よい思いを抱き一生懸命がんばっている人に、神は行く先を照らすたいまつを与えるように、「知恵の蔵」から一筋の光明を授けてくれるのではないでしょうか。
そう考えないと、知識も技術も、経験も設備も乏しかった私に、なぜ世界にさきがけた発明ができたのか、明確に説明することはできない。
当時の私は、寝ても覚めても研究に没頭し、それこそ「狂」がつくほどのすさまじい勢いで働きました。
何としても成功させたいと強い願望を抱き、必死の思いでひたむきに仕事に取り組んでいたのです。
その報酬として、「知恵の蔵」に蓄積されている叡智の一部が与えられたのではないかと思うのです。
自己を厳しく律しつづける「王道」の生き方をせよ
「知恵の蔵」とは私の造語ですが、宇宙の摂理、あるいは創造主の叡智などといいかえてもいいかもしれません。
いずれにせよ、その大いなる知は、人類を絶えず成長発展の方向へ誘導してくれているのです。
しかし、近年私は、人間は進むべき方向を見失っているのではないか、あるいは「知恵の蔵」から与えられた知恵の使い方を誤り、間違った方向に歩みはじめているのではないかと危惧しています。
その元凶はやはり、生きていくうえでの「哲学」を見失ってしまったことにあるのだと思います。
つまり人類は科学技術に立脚した高度な文明を築いて、豊かな生活を享受することに成功しました。
しかしその結果、人間の精神や心の大切さを忘れてきてしまった。そのために、たとえば地球環境の破壊という、新たな問題を生み出してしまっているのです。
私はいま、科学技術の進歩によって、人類は「神業」を手に入れ、自由に使いはじめたものと理解しています。
それまでは神のみが使うことを許されていた高度な技術、知恵を、人類はあたかも自分の所有物のように思い、それを自由放縦に駆使しはじめた。
その悪因が悪果となって現れたのが環境破壊ではないでしょうか。
たとえばフロンガスによるオゾン層の破壊、農薬や肥料による土壌や河川の汚染、二酸化炭素の増加による温暖化、さらにはダイオキシンなどの環境ホルモンによる生体への影響などにより、私たちの生存の場である地球環境、ひいては私たち人類の生存それ自体が脅威にさらされています。
それは、本来生きとし生けるものを幸せに導くための「知」を、誤った方向に使ってしまったからです。
人間は自らを進歩させてきた武器によって、いま自分たちを傷つけ、滅ぼそうとしているのです。
前述の「人生の方程式」で示したように、いくら技術や知恵(能力)が高くても、また熱意をもっていたとしても、考え方――哲学、理念、思想――を高める努力を忘れているならば、この地球に多大な災厄をもたらす結果となるのです。
ですから、人間として正しい生き方、あるべき姿を追求することは、もはや私たちの個人的な問題ではありません。
人類を正しい方向に導き、地球を破滅への道から救い出すためにも、一人ひとりが自分の「生き方」をいま一度見直してみる必要があるのです。
それには、人一倍厳しい生き方をおのれに課し、絶えず自分を律することが不可欠です。
一生懸命、誠実、まじめ、正直……そうしたシンプルで平易な道徳律や倫理観をしっかりと守ること、それを自分の哲学や生き方の根っこに据えて不動のものにすることです。
人間として正しい生き方を志し、ひたすら貫きつづける。それが、いま私たちにもっとも求められていることではないでしょうか。
それこそが、私たち一人ひとりの人生を成功と栄光に導き、また人類に平和と幸福をもたらす王道なのです。
本書は、そのような人生を生きるための手引書であると考えていただければよいと思います。
第1章思いを実現させる
求めたものだけが手に入るという人生の法則
世の中のことは思うようにならない――私たちは人生で起こってくるさまざまな出来事に対して、ついそんなふうに見限ってしまうことがあります。
けれどもそれは、「思うとおりにならないのが人生だ」と考えているから、そのとおりの結果を呼び寄せているだけのことで、その限りでは、思うようにならない人生も、実はその人が思ったとおりになっているといえます。
人生はその人の考えた所産であるというのは、多くの成功哲学の柱となっている考え方ですが、私もまた、自らの人生経験から、「心が呼ばないものが自分に近づいてくるはずがない」ということを、信念として強く抱いています。
つまり実現の射程内に呼び寄せられるのは自分の心が求めたものだけであり、まず思わなければ、かなうはずのこともかなわない。
いいかえれば、その人の心の持ち方や求めるものが、そのままその人の人生を現実に形づくっていくのであり、したがって事をなそうと思ったら、まずこうありたい、こうあるべきだと思うこと。
それもだれよりも強く、身が焦げるほどの熱意をもって、そうありたいと願望することが何より大切になってきます。
そのことを私が肌で知ったのは、もう四十年以上も前、松下幸之助さんの講演を初めて聴いたときのことでした。
当時の松下さんは、まだ後年ほどには神格化されておられないころで、私も会社を始めたばかりの、無名な中小企業の経営者にすぎませんでした。
そこで松下さんは有名なダム式経営の話をされた。
ダムを持たない川というのは大雨が降れば大水が出て洪水を起こす一方、日照りが続けば枯れて水不足を生じてしまう。
だからダムをつくって水をため、天候や環境に左右されることなく水量をつねに一定にコントロールする。
それと同じように、経営も景気のよいときこそ景気の悪いときに備えて蓄えをしておく、そういう余裕のある経営をすべきだという話をされたのです。
それを聞いて、何百人という中小の経営者が詰めかけた会場に不満の声がさざ波のように広がっていくのが、後方の席にいた私にはよくわかりました。
「何をいっているのか。その余裕がないからこそ、みんな毎日汗水たらして悪戦苦闘しているのではないか。余裕があったら、だれもこんな苦労はしない。われわれが聞きたいのは、どうしたらそのダムがつくれるのかということであって、ダムの大切さについていまさらあらためて念を押されても、どうにもならない」
そんなつぶやきやささやきが、あちこちで交わされているのです。やがて講演が終わって質疑応答の時間になったとき、一人の男性が立ち、こう不満をぶつけました。
「ダム式経営ができれば、たしかに理想です。しかし現実にはそれができない。どうしたらそれができるのか、その方法を教えてくれないことには話にならないじゃないですか」これに対し、松下さんはその温和な顔に苦笑を浮かべて、しばらくだまっておられました。
それからポツリと「そんな方法は私も知りませんのや。知りませんけども、ダムをつくろうと思わんとあきまへんなあ」とつぶやかれたのです。
今度は会場に失笑が広がりました。答えになったとも思えない松下さんの言葉に、ほとんどの人は失望したようでした。しかし私は失笑もしなければ失望もしませんでした。
それどころか、体に電流が走るような大きな衝撃を受けて、なかば茫然と顔色を失っていました。
松下さんのその言葉は、私にとても重要な真理をつきつけていると思えたからです。
寝ても覚めても強烈に思いつづけることが大切
思わんとあきまへんなあ――この松下さんのつぶやきは私に、「まず思うこと」の大切さを伝えていたのです。
ダムをつくる方法は人それぞれだから、こうしろと一律に教えられるものではない。しかし、まずダムをつくりたいと思わなくてはならない。
その思いがすべての始まりなのだ。松下さんはそういいたかったにちがいありません。つまり、心が呼ばなければ、やり方も見えてこないし、成功も近づいてこない。
だからまず強くしっかりと願望することが重要である。そうすればその思いが起点となって、最後にはかならず成就する。だれの人生もその人が心に描いたとおりのものである。
思いはいわば種であり、人生という庭に根を張り、幹を伸ばし、花を咲かせ、実をつけるための、もっとも最初の、そしてもっとも重要な要因なのである――。
折にふれて見え隠れしながら私たちの人生を貫くこの真理を、私はそのときの松下さんのためらいがちなつぶやきから感じとり、また、その後の実人生から真実の経験則として学び、体得していったのです。
ただし願望を成就につなげるためには、並みに思ったのではダメです。「すさまじく思う」ことが大切。
漠然と「そうできればいいな」と思う生半可なレベルではなく、強烈な願望として、寝ても覚めても四六時中そのことを思いつづけ、考え抜く。
頭のてっぺんからつま先まで全身をその思いでいっぱいにして、切れば血の代わりに「思い」が流れる。
それほどまでひたむきに、強く一筋に思うこと。そのことが、物事を成就させる原動力となるのです。同じような能力をもち、同じ程度の努力をして、一方は成功するが、一方は失敗に終わる。
この違いはどこからくるのか。
人はその原因としてすぐに運やツキを持ち出したがりますが、要するに願望の大きさ、高さ、深さ、熱さの差からきているのです。
こういうと、あまりに楽観的すぎると首をかしげる人もいるかもしれません。
しかし寝食も忘れて、思って、思って、思い抜くということは、そう簡単にできる行為ではありません。
強い思いとすさまじい願望を持続させ、ついには潜在意識にまでしみ込ませるほどでなくてはいけないのです。
企業経営でも、新規の事業展開や新製品開発などでは、頭で考えればたいてい、これは無理だろう、うまくいかないだろうと判断されることのほうが多いものです。
しかしその「常識的な」判断にばかり従っていたら、できるものもできなくなってしまう。
本気で何か新しいことをなそうとするなら、まずは強烈な思い、願望をもつことが不可欠なのです。
不可能を可能に変えるには、まず「狂」がつくほど強く思い、実現を信じて前向きに努力を重ねていくこと。
それが人生においても、また経営においても目標を達成させる唯一の方法なのです。
現実になる姿が「カラーで」見えているか
物事成就の母体は強烈な願望である。あまり科学的とはいえない言葉ですから、これを単なる精神論として退けたがる人もいることでしょう。
しかし思いつづけ、考え抜いていると、実際に結末が「見えてくる」ということが起こるものです。
つまり、ああなったらいい、こうしたいということを強く思い、さらには強く思うだけでなく、その実現へのプロセスを頭の中で真剣に、こうしてああしてと幾度も考え、シミュレーションをくり返す。
将棋の指し手を何万通りも考えるように、何度も何度も達成への過程を模擬演習し、うまくいかない部分は棋譜を描いては消すように、プランをそのつど練り直してみる。
そうやって思い、考え、練っていくことをしつようにくり返していると、成功への道筋があたかも一度通った道であるかのように「見えて」きます。
最初は夢でしかなかったものがしだいに現実に近づき、やがて夢と現実の境目がなくなって、すでに実現したことであるかのように、その達成した状態、完成した形が頭の中に、あるいは目の前に克明に思い描けるようになるのです。
しかも、それが白黒で見えるうちはまだ不十分で、より現実に近くカラーで見えてくる――そんな状態がリアルに起こってくるものなのです。
スポーツでいうイメージトレーニングに似ていますが、イメージもぎりぎりまで濃縮すると「現実の結晶」が見えてくるものなのです。
逆にいえば、そういう完成形がくっきりと見えるようになるまで、事前に物事を強く思い、深く考え、真剣に取り組まなくては、創造的な仕事や人生での成功はおぼつかないということです。
たとえば新しく開発した製品でも、求められる仕様、性能などの必要条件がクリアしていればよいというわけではありません。
最初に考え抜いて「見えた」理想とする水準にまで達していない製品は、いくら基準を満たしていても、いいものとはいえないのです。
そんな無難な水準の製品では、市場に広く受け入れられることはありません。以前、私と同年代の有名大学を出た研究者がいました。
その人が部下とともに苦労して、何か月かの試行錯誤の末、一つの製品を完成させました。
しかし、私はその製品を見るやいなや、にべもなく「ダメだ」と突き返したのです。
「なぜですか。お客さんが要求する性能そのままの製品ですよ」彼は食ってかかってきました。
「違う。私が期待していたのはもっとレベルの高いものだ。だいいち色がくすんでいるじゃないか」
「あなたも技術者なら、『色が悪い』なんて情緒的なことをいわないでください。これは工業製品です。もっと科学的、合理的に評価してもらわないと困ります」
「情緒的だといわれようが、私に見えていたものは、こんなくすんだ色のセラミックスではない」だからダメだと、私はやり直しを命じたのです。
それまでの彼の苦労や、突き返された怒りは百も承知の上です。
しかし事情はどうであれ、そこにできてきたものは、それまで私に見えていたものと――外見上ではあるにせよ――明らかに違ったものでした。
そこで何度もやり直しをさせた結果、とうとう最後には理想の製品を完成させることに成功したのです。
そのとき私は、「手の切れるようなものをつくれ」といいました。
あまりにすばらしく、あまりに完璧なため、手がふれたら切れてしまいそうな、それほど非の打ちどころがない、完全無欠のものをめざすべきだ。
そういうことをいったのです。「手の切れるような」という形容は、幼いころ私の両親がよく使っていた言葉です。
目の前に理想的な完成品が具現化されているとき、人間はそれに手をふれるのもためらわれるような憧憬と畏敬の念に打たれるものですが、両親はそれを手の切れるようなと表現していたのです。
それが私の口からもついこぼれ出たのです。
「もう、これ以上のものはない」と確信できるものが完成するまで努力を惜しまない。
それが創造という高い山の頂上をめざす人間にとって非常に大事なことであり、義務ですらあるのです。
すみずみまでイメージできれば実現できる
もちろん、このことは仕事に限ったことではありません。
人生において何かをなそうとするときにも、つねに理想形をめざしてやるべきで、そのためのプロセスとして「見えるまで考え抜く」、つまり思いの強さを持続することが必要になってくるのです。
あえて合格ラインを高く設定し、思いと現実がぴったりと重なり合うまで、いま一歩突き詰めて取り組んでみる。
そうすることによって、結果として満足のいくすばらしい成果を上げることができるのです。
またおもしろいことに、事前に明確に見ることのできたものは、最終的にはかならず手の切れるような完成形として実現できるものです。
反対に、事前にうまくイメージできないものは、でき上がっても「手の切れる」ものにはならない。
これも私が人生のさまざまな局面で経験、体得してきた事実なのです。DDI(現・KDDI)が携帯電話事業を始めたときも、同様です。
「これからは携帯電話の時代がやってくる」と私がいい出したときは、周囲の人たちはみんな首をかしげるか、そんなことはありえないと否定論を口にしたものです。
私がいくら〝いつでも、どこでも、だれとでも〟という携帯電話によるコミュニケーションの時代はかならず来る、そして子どもからお年寄りまで、すべての人に生まれながらに電話番号が与えられるような時代が、そう遠くないうちにかならずやってくる、と明言しても、他の役員の失笑を買うばかりでした。
しかし、私には「見えていた」のです。
携帯電話という無限の可能性を秘めた製品がどれぐらいのスピードで、どう普及していくか。またどのぐらいの値段や大きさでマーケットに流通するのか。そのイメージが事前にくっきりと見えていた。
なぜなら当時、京セラで手がけていた半導体部品などの事業を通じて、私は半導体の技術革新の速度や、そのサイズやコストの変遷について十分な経験知をもっており、そこから類推して、携帯電話という新しい商品の市場の広がりを、かなりの精度で予想することができたからです。
そればかりか、私は契約料はいくらで月ごとの基本料金はいくら、通話料はこういう値段と、将来の料金設定まではっきりと予想できていました。
そのとき私がいった料金設定を、当時の事業本部長が手帳にメモしていたのですが、実際に携帯電話事業がスタートしたときに、彼があらためてそのメモを眺めたところ、なんとそれが、実際の料金体系とほとんど変わらなかったのです。
携帯電話に限らず製品やサービスの値段というのは、マーケットの需給バランスや投資額の回収などを考慮に入れたうえで、複雑で精密な原価計算を経て初めて割り出されてくるものです。
それが、まだそういうことをいっさいやっていないうちから、私にはサービス料金まで明確にイメージできていた。
担当の事業部長は、「神がかりとしか思えない」と驚き、あきれていましたが、それが「見える」ということなのです。
そうして、すみずみまで明瞭にイメージできたことは間違いなく成就するのです。
すなわち見えるものはできるし、見えないものはできない。
したがって、こうありたいと願ったなら、あとはすさまじいばかりの強さでその思いを凝縮して、強烈な願望へと高め、成功のイメージが克明に目の前に「見える」ところまでもっていくことが大切になってきます。
そもそも、こうありたいと願うこと自体、それを現実にする力が潜在的に備わっている証拠です。人間は素質や能力がないことを、あまりしたいとは思わないものです。
ですから自分が成功した姿を思い描けるということは、その人にとって成功の確率がきわめて高いということなのです。
目をつぶって成功した姿を想像してみたとき、その姿がうまくイメージできるのなら、それはかならず実現し、成就するということです。
細心の計画と準備なくして成功はありえない
いままでだれも試みなかった前例のないことに挑戦するときには、周囲の反対や反発は避けられません。
それでも、自分の中に「できる」という確固とした思いがあり、それがすでに実現しているイメージが描けるならば、大胆に構想を広げていくべきです。
構想そのものは大胆すぎるくらいの「楽観論」に基づいて、その発想の翼を広げるべきであり、また周囲にも、アイデアの飛躍を後押ししてくれるような楽観論者を集めておくのがいいのです。
以前、私はよく新しい考えやアイデアを思いついたとき、「こういうことをひらめいたが、どうだろう」と幹部を集めて意見を聞くことがありました。
そういうとき、難関大学を出た優秀な人ほど反応が冷ややかで、そのアイデアがどれだけ現実離れした無謀なものであるか、ことこまかに説明してくれることが多いのです。
彼らのいうことにも一理あり、その分析も鋭いものなのですが、だからといってできない理由ばかりをあげつらっていたのでは、どんないいアイデアも冷水を浴びせたようにしぼんでしまい、できることもできなくなってしまいます。
そういうことが何度かくり返されたあと、私は相談する相手を一新しました。
つまり新しく、むずかしい仕事に取り組むときには、頭はいいが、その鋭い頭脳が悲観的な方向にばかり発揮されるタイプよりも、少しばかりおっちょこちょいなところがあっても、私の提案を「それはおもしろい、ぜひやりましょう」と無邪気に喜び、賛同してくれるタイプの人間を集めて話をするようにしたのです。
むちゃな話だと思われるかもしれませんが、構想を練る段階では、実はそれくらい楽観的でちょうどいいのです。
ただし、その構想を具体的に計画に移すときには、打って変わって悲観論を基盤にして、あらゆるリスクを想定し、慎重かつ細心の注意を払って厳密にプランを練っていかなくてはなりません。
大胆で楽観的にというのは、あくまでアイデアや構想を描くときに有効なのです。
そしてその計画をいざ実行する段階になったら、再び楽観論に従って、思い切って行動にとりかかるようにする。
すなわち「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」ことが物事を成就させ、思いを現実に変えるのに必要なのです。
これについては、冒険家の大場満郎さんからお聞きした話が参考になるでしょう。大場さんは世界で初めて、北極と南極を単独で徒歩横断した人です。
その冒険に京セラの製品を提供したことから、お礼にと大場さんが私を訪ねてきてくれたことがありました。
私はそのとき、開口一番、命がけの冒険を辞さない大場さんの勇気をたたえたのですが、大場さんはちょっと困ったような顔をして、それを即座に否定されました。
「いえ、私に勇気はありません。それどころか、たいへんな怖がりなんです。臆病ですから細心の注意を払って準備をします。今回の成功の要因もそれでしょう。逆に冒険家が大胆なだけだったら、それは死に直結してしまいます」
それを聞いて私は、どんなことであれ事をなす人物は違うものだ、人生の真理というものをその掌中にしっかり握っておられると感心しました。
臆病さ、慎重さ、細心さに裏打ちされていない勇気は単なる蛮勇にすぎないのだと、この希代の冒険家はいいたかったのでしょう。
病気になって学ばされた心の大原則
これまで、人生は心のありようでいかようにも変えられるという、人が生きるための大原則について述べてきましたが、実は私の人生は失敗と挫折の連続で、何度も痛い目にあいながら、その法則を「思い知らされた」というのが実情なのです。
若いころの私といえば、やることなすこと、ことごとくうまくいかず、「こういう方向に行きたい」と希望して、かなうことは一度もありませんでした。
どうして自分の人生はうまくいかないのか、なんて運の悪い男だと、天に見放されたように思い、不平不満を募らせ、世をすねたり恨んだりしたことも再三でした。
そんな蹉跌をくり返すばかりの人生の中で、すべては自分の心が引き起こしたものであると徐々に悟っていったのです。
最初の挫折体験は中学受験の失敗でした。ついで、その直後に結核に侵されました。当時、結核は不治の病であり、さらに私の家系は叔父二人、二人、叔母一人をともに結核で亡くすという〝結核家系〟でした。
「オレも血を吐いて、もうじき死ぬのか」――まだ幼い私は打ちのめされ、微熱の続くだるい体を持て余し、はかない気持ちにさいなまれながらも、病の床に伏せる他に方途はありませんでした。
そのときに、隣の家のおばさんが不憫に思ったのでしょう、これでも読んでみなさいと、「生長の家」の創始者である谷口雅春さんの『生命の実相』という本を貸してくれました。
中学に入ろうとする子どもにとっては、ややむずかしすぎる内容でしたが、私は何かにすがりたい一心で、わからないなりに読みふけり、やがてそこに、「われわれの心のうちには災難を引き寄せる磁石がある。病気になったのは病気を引き寄せる弱い心をもっているからだ」というくだりを見いだして、その言葉にくぎづけになりました。
谷口さんは「心の様相」という言葉を使って、人生で出合う事柄はみんな自分の心が引き寄せたものである。病気もその例外ではない。
すべては心の様相が現実にそのまま投影するのだということを説いておられました。
病も心の投影であるとは、少し酷すぎる言い方ですが、そのときの私にはおおいに心当たりのあることでした。
というのも叔父が結核にかかり、自宅の離れで療養しているとき、私は感染を恐れるあまり、いつも叔父が寝ている部屋の前を鼻をつまんで走り抜けていたからです。
一方、父は付き添って看病を怠らず、私の兄もそんなに簡単にうつるものかと平然としていました。つまり、私だけが親族の病を忌み嫌うように、ことさら避けていたのです。
その天罰が下ったかのように、父も兄も何ともないのに、私だけがうつってしまった。ああ、そういうことかと私は思いました。
避けよう、逃げようとする心、病気をことさら嫌う私の弱い心が災いを呼び込んだのだ。恐れていたからこそ、そのとおりのことがわが身に起こった。
否定的なことを考える心が、否定的な現実を引き寄せたのだと思い知らされたのです。
なるほど心の様相が現実そのものなのだと、少年の私は谷口さんの言葉を痛感し、自らの振る舞いを反省もして、それからはなるべくよいことを思おうと誓いもしました。
しかしそこは衆生凡人の悲しさで、心のありようはなかなか改まらず、それからもまだ、紆余曲折の人生が続くことになりました。
運命は自分の心次第という真理に気づく
幸い結核は治癒して、学校生活へ戻ることができたのですが、その後も失敗や挫折とは縁が切れませんでした。大学受験も第一志望は不合格。
地元の大学へ進学し、成績はかなりよかったものの、世は朝鮮戦争の特需景気が一段落したころで不景気の最中。
縁故もない私は、就職試験を受けては落ちるということのくり返しです。
田舎の新設大学の卒業生など試験さえ受けさせてくれるところも少なく、私は世の不公平とおのれの不運を呪いました。
どうして、自分という人間はこうついていないのだ。宝クジを買っても、私の前後は当たっても私だけは「はずれ」だろう。
どうせ空振りばかりならと、心はだんだんあらぬほうに傾いていき、先にも述べたように、空手をやっていて多少は腕に覚えもあったので、いっそやくざにでもなってやろうかと、繁華街のとある組事務所の前をうろついたりしたこともありました。
何とか大学の教授のお世話で京都の碍子製造メーカーにもぐり込むことができましたが、内実は明日つぶれてもおかしくないオンボロ会社で、給料の遅配は当たり前、おまけに経営者一族の内輪もめまで起こっていました。
せっかく入った会社がそういう状態なので、私は同期入社の数人と顔を合わせては愚痴と不満をこぼしあい、毎日いつ辞めようかという相談ばかりしていました。
やがて同僚たちは他に仕事を見つけて、一人辞め、二人辞め、とうとう私だけが一人ポツンと取り残されてしまいました。
さすがに、そこまで進退窮まるとかえって吹っきれた思いになりました。これ以上、この境遇を呪っていてもしかたがない、ここは一八〇度気持ちを切り替えて、仕事に精を出し、必死に研究に取り組んでみようと腹を据えたのです。
それからは鍋や釜まで研究室に持ち込んで実験づけの日々を自分に課しました。すると、その心の変化が反映したように研究の成果が上がりはじめました。
目に見えてよい結果が出て上司からの評価もよくなると、ますます仕事に熱中するようになる。すると、さらによい結果が生まれるという好循環が生まれたのです。
そしてついに、当時普及しはじめていたテレビのブラウン管の電子銃に使用するファインセラミックス材料を独自の方法で、日本で初めて合成、開発することに成功したのです。
それによって周囲の評価もぐっと高まってきました。私は給料の遅れさえ気にならないほど仕事がおもしろく、生きがいさえ感じるようになっていきました。
ちなみにそのとき身につけた技術の蓄積や実績がもとになって、のちに京セラを興すことになるのです。
心の持ち方を変えた瞬間から、人生に転機が訪れ、それまでの悪循環が断たれて好循環が生まれ出したのです。
このような経験から、私は人間の運命はけっして敷かれたレールを行くかのように決定されているものではなく、自分の意志でよくも悪くもできるのだということを確信するようになりました。
つまり自分に起こるすべてのことは、自分の心がつくり出しているという根本の原理が、さまざまな蹉跌や曲折を経て、ようやく人生を貫く真理として得心でき、腹の底に収まってきたのです。
浮き沈みの激しい人生を送り、自分の運命は自分の手で切り開いてきたと思える人でも、その山や谷、幸不幸はみんな自分の心のありようが呼び寄せたものです。
自分に訪れる出来事の種をまいているのはみんな自分なのです。たしかに運命というものは、私たちの生のうちに厳然として存在します。
しかしそれは人間の力ではどうにも抗いがたい「宿命」なのではなく、心のありようによっていかようにも変えていけるものです。
運命を変えていくものは、ただ一つ私たちの心であり、人生は自分でつくるものです。東洋思想では、それを「立命」という言葉で表現しています。
思いという絵の具によって、人生のキャンバスにはその人だけの絵が描かれる。だからこそ、あなたの心の様相次第で、人生の色彩はいかほどにも変わっていくのです。
あきらめずやり通せば成功しかありえない
新しいことを成し遂げられる人は、自分の可能性をまっすぐに信じることができる人です。可能性とはつまり「未来の能力」のこと。
現在の能力で、できる、できないを判断してしまっては、新しいことや困難なことはいつまでたってもやり遂げられません。
自分の可能性を信じて、現在の能力水準よりも高いハードルを自分に課し、その目標を未来の一点で達成すべく全力を傾ける。
そのときに必要なのは、つねに「思い」の火を絶やさずに燃やしつづけるということです。
それが成功や成就につながり、またそうすることで、私たちの能力というのは伸びていくものなのです。
京セラが、IBMから初めて大量の部品製造の発注を受けたときのこと、その仕様は信じられないほど厳しいものでした。
仕様書は図面一枚というのが通常であった時代に、IBMのそれは本一冊ぶんくらいあり、内容も詳細厳格を極めていました。
そのため、何度試作しても、ダメだとはねられてしまう。やっと規格どおりの製品ができたと思っても、すべて不良品の烙印を押されて返品されてきました。
寸法精度が従来よりひとケタ厳しいうえ、その精度を測定する機器すら、わが社にはないのです。正直、これはわれわれの技術では不可能だろうという思いが幾度も頭をよぎりました。
しかし、名もない中小企業にすぎなかった当時の京セラにとっては、自社の技術を高め、その名を知らしめるまたとない好機です。
弱気になる社員を叱咤し、全身全霊を傾けて、やるべきことはすべてやり、もてる技術はみんな注ぎ込むようにと指示しました。それでもうまくいきません。
万策尽き、セラミックスを焼く炉の前で茫然と立ちつくす技術担当者に、私は「神に祈ったのか」と尋ねました。人事を尽くし、あとはもう天命を待つほかない。そこまで力を尽くしきったのか、と私はいいたかったのです。
そのような超人的な努力をくり返した結果、ついに恐ろしく高い要求水準を満たす「手の切れる」ような製品の開発に成功、二年あまり工場をフル稼働させて、膨大な量の製品をすべて納期に間に合うように送り出すことができたのです。
製品を積み込んだ最後のトラックが走り去るのを見送りながら、私はつくづく感じました。
「人間の能力は無限だ――」いっけん無理だと思える高い目標にもひるまず情熱を傾け、ひたむきな努力研鑽を惜しまない。そのことが私たちの能力を、自分自身もびっくりするほど伸長させる。あるいは眠っていた大きな潜在能力を開花させるのです。
ですから、できないことがあったとしても、それはいまの自分にできないだけであって、将来の自分になら可能であると未来進行形で考えることが大切です。まだ発揮されていない力が眠っていると信じるべきなのです。
このときの私は、当時の私たちがもっていた技術水準を大きく上回る仕事を引き受けていたことになる。その限りでは、無謀な安請け合いをしてしまったともいえるでしょう。
しかし、これは私の常套手段でした。創業当時から、大手メーカーがむずかしいと断った仕事を、あえて引き受けることがよくありました。
そうしないと、実績のない新興弱小企業では仕事がとれないという事情もありました。もちろん大手が断った高度な技術水準の仕事を、私たちができるあてはない。
それでも私はできませんとは絶対にいわない。できるかもしれませんとあいまいなことも口にしない。勇気を奮って「できます」と断言して、そのむずかしい仕事を引き受けてくるのです。
そのたびに部下は困惑し、しり込みしてしまいます。しかし、そういうときにも私はつねに、「かならずできるはずだ」と思っていました。
また、どうすればそれがつくれるのかというアイデアを出し、それができれば今後どれだけ会社にとってプラスになるのかを情熱を込めて部下に語ることで、かかわった人が全員、熱い思いをもってチャレンジすることができるよう努めました。
それでも、そう簡単に事が運ばないことも往々にしてありましたが、困難に直面するたびに、私はこのようにみんなを叱咤激励しました。
「もうダメだ、無理だというのは、通過地点にすぎない。すべての力を尽くして限界まで粘れば、絶対に成功するのだ」たしかに、不可能だと思えることを「できる」と引き受けた時点では、嘘をついたのにも等しい。
しかし、不可能な地点から始めて、最後は神が手を差し伸べてくれるまで必死の思いでやりつづけ、ついに完成すれば、安請け合いという嘘は実績という真実を生んだことになる。
このようにして、私はこれまで再三再四、不可能を可能に変えてきた。すなわち、いつも自分の能力を未来進行形で考えて仕事を行ってきたのです。
努力を積み重ねれば平凡は非凡に変わる
遺伝子学の第一人者である筑波大学名誉教授の村上和雄先生は、いわゆる「火事場のバカ力」に関して、とてもわかりやすい解説をしておられます。
極限状況で発揮される人間の力が、なぜふだんは眠っているのか。
それは、そうするための遺伝子の機能が通常はOFFになっているからで、このスイッチがON状態になれば、ふだんでも火事場のバカ力を発揮することは可能だというのです。
そして、その潜在力をONにするには、プラス発想や積極思考など前向きの精神状態や心の持ち方が大きく作用しているといいます。
思いの力が私たちの可能性をおおいに広げてくれるということが、遺伝子レベルで解明されはじめているわけです。
ちなみに、どれくらいのことが人間に可能なのか。人間の頭で、これをしたい、こうあってほしいと考えられるようなことは、遺伝子レベルで見れば、たいてい可能な範囲にあるそうです。
つまり「思ったことはかなえられる」能力が、私たちの中には潜在しているのです。
ただし、志を高くもつことは大事ですが、それを実現するには、やはり目標に向かって一歩一歩積み重ねる地道な努力を欠かすことはできません。
京セラがまだ町工場だったころから、当時は百人に満たなかった社員に向かって、私はくり返し、この会社をかならず世界一の会社にするぞと〝大言壮語〟していました。
それは遠い夢物語でしたが、かならず成し遂げてみせると心に強く抱いた願望でもありました。
しかし、目はいくら空の高いところを見ていても、足は地面を踏むことしかできません。夢や望みはいかに高くても、現実にはくる日もくる日も、地味で単純な仕事をこなすので精いっぱいでした。
昨日の仕事の続きを一ミリでも、一センチでも前へ進めるために、汗をかきながら一生懸命、目の前に横たわる問題を一つひとつかたづけることに追われるうちに一日が暮れてしまう。
「こんなことを毎日くり返していて、世界一になるのはいったい、いつの日のことか」夢と現実の大きな落差に打ちのめされることもしばしばありました。
けれども、結局のところ、人生とはその「今日一日」の積み重ね、「いま」の連続にほかなりません。
いまこの一秒の集積が一日となり、その一日の積み重ねが一週間、一か月、一年となって、気がついたら、あれほど高く、手の届かないように見えた山頂に立っていた――というのが、私たちの人生のありようなのです。
短兵急をめざしても、まず今日一日を生きないことには明日は訪れません。かくありたいと思い描いた地点まで一瀉千里に行く道などないのです。
千里の道も一歩からで、どんな大きな夢も一歩一歩、一日一日の積み重ねの果てに、やっと成就するものです。
しかし、そうして今日一日をないがしろにせず、懸命、真剣に生きていけば、明日は自然に見えてきます。その明日をまた懸命に生きれば一週間が見えてくる。
その一週間を懸命に生きれば一か月が見えてくる……つまり、ことさら先を見ようとしなくても、いまという瞬間瞬間に全力を傾注して生きることによって、そのとき見えなかった未来の姿がやがて自然に見えるようになってくるものです。
私自身もまさに、そういう亀のような歩みでした。
地味な一日の集積と継続によって、いつしか会社も大きくなり、私を現在の位置にまで到達させたのです。
ですからいたずらに明日を煩ったり、将来の見通しを立てることに汲々とするよりも、まずは今日一日を充実させることに力を注いだほうがいい。
それが結局、夢を現実のものとする最善の道なのです。
毎日の創意工夫が大きな飛躍を生み出す
私があまり才子を買わないのは、才子というのは往々にして、今日をおろそかにする傾向があるからです。
才子はその才知ゆえになまじ先が見えるから、つい、今日一日をじっくり生きる亀の歩みを厭い、脱兎のごとく最短距離を行こうとする。
しかし、功を焦るあまり、思わぬところで足をとられることも、また少なくありません。
京セラにもこれまで、優秀で利発な人間がたくさん入社してきましたが、そういう人に限って、この会社には将来がないと辞めていきました。
したがって残ったのは、あまり気の利かない、平凡で、転職する才覚もない鈍な人材ということになる。
しかし、その鈍な人材が十年後、二十年後には各部署の幹部となりリーダーとなっていく。そういう例もずいぶん見てきました。彼らのような平凡な人材を非凡に変えたものは何か。
一つのことを飽きずに黙々と努める力、いわば今日一日を懸命に生きる力です。また、その一日を積み重ねていく継続の力です。すなわち継続が平凡を非凡に変えたのです。
安易に近道を選ばず、一歩一歩、一日一日を懸命、真剣、地道に積み重ねていく。夢を現実に変え、思いを成就させるのは、そういう非凡なる凡人なのです。
ただし、継続が大切だといっても、それが「同じことをくり返す」ことであってはなりません。継続と反復は違います。
昨日と同じことを漫然とくり返すのではなく、今日よりは明日、明日よりは明後日と、少しずつでいいから、かならず改良や改善をつけ加えていくこと。
そうした「創意工夫する心」が成功へ近づくスピードを加速させるのです。
私は技術者あがりのせいもあって、これでいいのか、もっといいやり方はないかという疑問を、いつも自分に投げかけることを習い性としてきました。
そういう目で見れば、雑用ひとつとっても、そこに工夫の余地は無数にあるものです。
たとえば単純な例ですが、掃除をするにしても、いままではほうきを使っていたのを、今度はモップを使ってみてはどうだろう。
あるいは、多少お金はかかるが、上司に願い出て掃除機を買ってもらったらどうかなどと、より早く、よりきれいにする方法をいろいろな角度から考えてみる。
また、掃除の手順ややり方にも工夫を重ねる。
そうすることで、さらに手際よく効果的にできるようになっていくのです。
どんなに小さなことにも工夫改良の気持ちをもって取り組んだ人と、そうでない人とでは、長い目で見ると驚くほどの差がついているものです。
掃除の例でいえば、毎日創意工夫を重ねた人は、独立してビル掃除を請け負う会社を設立し、その社長に納まっているかもしれない。
それに対して、漠然とノルマをこなすだけで工夫を怠った人は、相変わらず同じような掃除を毎日続けているにちがいありません。
昨日の努力に少しの工夫と改良を上乗せして、今日は昨日よりもわずかながらでも前進する。その、よりよくしようという姿勢を怠らないことが、のちに大きな差となって表れてくる。
けっして通い慣れた同じ道は通らないということが、成功に近づく秘訣なのです。
現場に宿る「神の声」が聞こえているか
仕事の現場には、神がいます。
たとえば、どんなに工夫をこらし、試行錯誤を重ねてもうまくいかず、壁にぶち当たって万策尽きたと思えることがあります。
しかし、もうダメだと思ったときが実は始まりで、そういうときはいったん冷静な気持ちに戻って、もう一度いまいる場所から周囲を観察し直してみることです。
中坊公平さんは、森永砒素ミルク事件や豊田商事事件など、多くの有名な事件の弁護団長を務めてこられた方ですが、その中坊さんにお会いしたとき、私は、事件に取り組むうえでもっとも大切なことは何ですか、と尋ねたことがあります。
すると、中坊さんは「事件の鍵はすべて現場にあります。現場には神が宿っているのです」と答えられました。
畑は違えど、もっとも大切な仕事のツボはやはり同じで、現場主義に徹してしっかりと現象を観察することが大切なのだと、あらためて納得しました。
たとえばそれが製造現場なら、製品や機械、材料や道具、あるいは工程に至るまで、すべての要素を一つひとつ洗い直し、また、素直、謙虚な目ですみずみまで見直してみることが大切なのです。
これは物理的な再点検を行うとか初心に帰るということでもありますが、実はそれ以上のものです。
いってみれば製品や現場に対して、あらためて目を向け、身を寄せ、心を添わせ、耳を傾ける行為です。すると神の声が聞こえてくる。
現場や製品のほうから、「こうしたらどうだ」と解決のヒントをささやきかけてくることがあるのです。
私はこれを「製品の語りかける声に耳を傾ける」といっています。
セラミックスという製品は、粉末状にした金属の酸化物をプレスして成型し、それを高温炉の中で焼き上げることによってでき上がります。
陶磁器などと同じ一種の焼き物なのですが、電子工業向けの製品ですから、そこにはきわめて高い精度が要求されます。わずかな寸法違いや焼きムラ、変形も許されません。
創業間もないころ、ある製品を試作しているとき、実験炉の中で焼くと、ちょうどスルメをあぶったように製品があっちに反ったりこっちに反ったりして、まるでお粗末なものしかできないことがありました。
何度も試行錯誤をくり返すうちに、プレス時の圧力のかかり方が違うため、製品の上面と下面では粉末の密度が異なってしまうことが、反りの原因であることを突き止めました。
しかし、そのメカニズムは突き止めたものの、実際に粉末の密度を一定にするのはたいへんむずかしいことでした。
工夫改良を重ねて何度トライしてみても、思ったとおりに焼き上がってきません。
そこで、どのように反っていくのか、その変化の様子をこの目で見たいと思い、炉にのぞき穴を開けて、じっくり観察してみることにしました。
するとやはり、温度が上がるにつれて、製品はまるで生き物みたいに反り返っていく。何回やっても、見ている私の思いを無視するかのように反ってしまうのです。
私は見ていて堪えられなくなり、思わず穴から炉の中に手を入れたくなりました。
「お願いだから反らないでくれ!」。製品を上から押さえつけて、反りを直してしまいたい衝動に駆られたのです。
技術者としての製品への深い思い入れはもちろんのこと、損失を出してはいけないという経営者としての心の焦りもありました。
むろん炉の中は千何百度という超高温ですから、実際に手を入れることなどできません。
そうとわかっていても、つい穴から手を突っ込みたくなった。それほど私の中では、製品への思い入れの内圧が高まっていたのです。そしてその思いに、ついに製品がこたえてくれたのです。
なぜなら、このとき感じた「上から押さえたい」という、とっさの衝動が、実は解決策につながっていったからです。
その後、製品の上に耐火性の重しを乗せて焼いてみたところ、反りのないまっ平らなものを焼き上げることができたのです。
このことについて、私はこう考えています。答えはつねに現場にある。
しかしその答えを得るには、心情的には仕事に対するだれにも負けない強い情熱や、深い思い入れをもつことが必要である。
そして物理的には、現場を素直な目でじっくりと観察してみる。
じっと目を向け、耳を傾け、心を寄り添わせるうちに、私たちは初めて「製品が語りかけてくる声」を聞き、解決策を見いだすことができる、と。
技術者らしくない非科学的な言い方かもしれませんが、こちらの思いの深さと観察の鋭さに応じて、無機質であるはずの現場や製品にも「生命」が宿り、無言の声を発する――いわば「心に物がこたえる」瞬間を経て、物事というのは成就していく。
製品でいえば、手の切れるようなものができ上がっていくのだと思います。
つねに「有意注意」の人生を心がけよ
また、こんな例もあります。京セラグループでは、アモルファスシリコンドラムと呼ばれる感光ドラムを使ったプリンタや複写機を製造しています。
この特殊な感光ドラムはきわめて硬度が高いため、何十万枚という大量印刷をしても摩耗せず、プリンタの寿命がくるまでドラム交換をする必要性がありません。
環境にもやさしい製品として、京セラが世界にさきがけて量産に成功したものです。
このアモルファスシリコンドラムは、よく研磨したアルミニウムの筒の表面にシリコンの薄い膜を形成するのですが、表面全体に均一の厚さで成膜しないと感光体の役目を果たすことができません。
しかしこの膜の厚さを一定に保つのは、技術的にきわめてむずかしいことなのです。何せ一〇〇〇分の一ミリ単位の厚さの誤差やムラがあってもダメなのです。
研究を始めて三年くらいたったころに一度成功したのですが、もう一回つくろうとしたら、もうできません。
この再現性、つまり続けてつくることができないかぎり、メーカーの量産技術としては確立できたとはいえません。
当時、この研究は世界中で行われていましたが、どこも量産に成功したところはありませんでした。
それで私もいったんは断念しかけたのです。しかし、もう一度だけ、初心に戻って現場を見つめ直すことからやってみようと思いました。
膜の形成過程で起こる現象や変化を、一つひとつ自分の目で確かめていけば、かならずその目は何かをとらえ、耳は語りかけてくる声を聞くことができるはずだと思ったのです。
そこで担当の研究員に、どんなときに、どんな現象が起こるのか、とにかく些細なことも見逃さず、注意深く観察してみろとハッパをかけました。
ところが、ある夜、現場をのぞいてみると、熱心に観察しているはずの研究員が居眠りの〝舟をこいで〟います。
聞こえてくるのは製品の声どころか、彼の寝息くらいです。私はこの研究員を、観察眼の鋭い他の研究員と交代させることにしました。
同時に研究所も鹿児島から滋賀へと移し、リーダーを含め他のスタッフも大幅に入れ替えて、新人をたくさん起用しました。
何年間も固定メンバーでやってきた組織を根底からつくり直すのですから、常識で考えればリスクのほうがはるかに大きい。
しかし結局、それが奏功して、それから一年後には量産に成功することができたのです。
自分の仕事やつくる製品への深い思い入れ、現場でのつぶさな観察を怠らない熱意が、前任者たちには欠けていたが、後任者たちには備わっていた。
それがなければ、新しい開発などはできません。それぐらいの厳しさが、モノをつくり出すうえでは必要だということなのです。
「有意注意」という言葉があります。意をもって意を注ぐこと。つまり、目的をもって真剣に意識や神経を対象に集中させることです。
たとえば音がして、反射的にそちらをパッと向く。これは無意識の生理的な反応ですから、いわば「無意注意」です。
有意注意は、あらゆる状況の、どんな些細な事柄に対しても、自分の意識を「意図的に」凝集させることです。
したがって前項で述べた観察するという行為などは本来、この有意注意の連続でなくてはなりません。
ただ漫然と対象を眺めていたり、注意力にムラがあるようでは有意注意にはならない。
中村天風さんは、この意をもって意を注ぐことの重要性を強調され、「有意注意の人生でなければ意味がない」とまでいわれています。
私たちの集中力には限界がありますから、つねに意識を一つのものに集めることはむずかしいのですが、そうであるよう心がけていると、だんだんとこの有意注意が習慣化されて、物事の本質や核心がつかめ、的確な判断を下せる力が備わってきます。
私も若いころは、忙しいさなか部下との連絡を廊下の立ち話などですませ、そのときの応答があとで問題になることがありました。
部下はたしかに話しましたといい、私は聞いていないという――そんなことを何度か経験してから、私は廊下などで部下の報告を受けることをいっさいやめました。
話や相談があるなら、部屋でもいいし、事務所の隅っこでもいい。
とにかく集中できるところで聞くことにして、何かのついでに部下の報告を受けるという軽率な行為を自分に禁じたのです。
有意注意とは、たとえていえば錐を使う行為に似ています。錐は力を先端の一点に凝集させることで効率よく目的を達成する道具です。その機能の中心は「集中力」にあります。
錐のように全力で一つの目的に集中すれば、だれもがかならず事をなしうるはずです。そして集中力とは、思いの力の強さ、深さ、大きさから生み出されてくるものです。
事をなすには、まずかくあれかしと思うことがその起点となるといいました。その思いをどれだけ強く抱き、長く持続して、実現のために真剣に取り組めるか。それがすべての成否を分けるのです。
あふれるほどの夢を描け、人生は大飛躍する
これまで、思いの力を知り、それを意識的に活用することの大切さについて、実例を交えながら述べてきました。
この思いの力をうまく働かせて、人生や仕事で大きな成果を得るには、まず、その土台となる「大きな夢」を描くことが肝心です。夢をもて、大志を抱け、強く願望せよ。
こういうと、毎日の生活をやりすごすだけで精いっぱいだ、夢だの希望だのと何をのんきなことをいっているのかと思うかもしれません。
しかし、自分の人生を自分の力でしっかりと創造していける人というのは、かならずその基盤として、大きすぎるくらいの夢、身の丈を超えるような願望を抱いているものです。
私にしても、自分をここまで引っ張ってきてくれた原動力は、若いときに抱いた夢の大きさ、目標の高さだったといってもいいでしょう。
前述のように、京セラを創業した当初から、私は、「この会社を世界一のセラミックスメーカーにしたい」という大志を抱き、従業員に対しても、つねにそう話していました。
もちろんそのための具体的戦略があったわけでも、確実な目算があったわけでもない。その時点では、身のほど知らずの夢にすぎませんでした。
しかし私は、コンパの席などで、つねにくり返しくり返し、同じ夢を従業員に語りつづけました。
そのようなことを通じて、私の「思い」は、全従業員の「思い」ともなり、やがて結実することとなったのです。
どんな遠い夢も、思わないかぎりはかなわないし、そうありたいと強く心が求めたものだけを私たちは手に入れることができる。
そのためには潜在意識にしみ込むまで、思って、思って、思いつづける――夢を語ることは、その行為の一つであり、実際に私たちはそうすることによって、その大きすぎるほどの夢をほぼ現実のものとしました。
夢が大きければ大きいほど、その実現までの距離は遠いものになる。
しかし、それでもそれが成就したときの姿や、そこへ至るプロセスを幾度もシミュレーションし、眼前に「見える」までに濃密にイメージしていると、実現への道筋がしだいに明らかに見えてくるとともに、そこへ一歩でも近づくためのさまざまなヒントが、何げない日常生活からも得られるようになっていくものです。
街を歩いているとき、お茶を飲みながらぼんやり考えごとをしているとき、友人と談笑しているとき……他の人が何でもなく見過ごしてしまう、何げない場面の些細な出来事から、不意に夢をかなえるためのアイデアやヒントがひらめくことがあります。
同じものを見聞きしても、ある人はそこから重要なヒントを得るが、ある人はぼんやり見過ごしてしまう。その違いは何にあるのかといえば、日ごろの「問題意識」です。
よくいわれるように、リンゴが木から落ちるのを見た人はたくさんいますが、そこから万有引力の存在を見いだしたのは、ニュートンだけなのです。
それは、潜在意識に透徹するほどの強烈な問題意識をニュートンがもっていたからであり、先に述べた神の啓示、いわゆる創造的な業績の源泉となるインスピレーションも、そのような夢を通じて強い願望を抱きつづけられる人にこそ与えられるものなのです。
私たちはいくつになっても夢を語り、明るい未来の姿を描ける人間でありたいものです。
夢を抱けない人には創造や成功がもたらされることはありませんし、人間的な成長もありません。
なぜなら、夢を描き、創意工夫を重ね、ひたむきに努力を重ねていくことを通じて、人格は磨かれていくからです。
そういう意味で、夢や思いというのは人生のジャンプ台である――そのことを強調しておきたいと思います。
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