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第1章 最高のなかの最高

ビジョナリー・カンパニー時代を超える生存の原則ジム・コリンズジェリー・ポラス山岡洋一[訳]

ジョアンナとシャーリーンへ

謝辞ウィンストン・チャーチルによれば、本を書く作業には五つの段階がある。

第一段階では、それはおまけやおもちゃである。しかし、第五段階になると、暴君と化して生活を支配するようになる。そして、奴隷の身分に甘んじるようになるその瞬間に、この怪物を殺し、大衆のなかに投げ込むのだという。

この本を執筆するにあたって、すばらしい方々に助けていただいた。

こうした方々の助けがなければ、この怪物に、わたしたちはいとも簡単に飲み込まれていただろう。わたしたちの友人であり、同僚であるモートン・ハンセンは、このプロジェクトに多大に貢献した。

ボストン・コンサルティング・グループを休職し、フルブライト奨学生として六カ間、スタンフォード大学調査チームに参加した。

その間、比較対象企業の選出と分析に大きな役割を果たした。

プロジェクトから抜けたあとも緊密な関係は続き、先入観をなくし、しっかりした証拠に目を向け、それまでの世界観へのこだわりを捨てるよう、わたしたちを励まし続けた。

モートンほど知的で、誠実な人はめったにいない。自分たちに都合のよい面だけをみようとする誘惑にわたしたちが屈しなかったのも、モートンがいたからだ。

最終的な調査結果をまとめる際、わたしたちは常にこう自問した。

「これは『モートン基準』に合格するだろうか」ダリル・ロバーツとホセ・バモスは、一年以上にわたり調査助手をつとめた。

二人ともスタンフォードの大学院で学びながらの作業だった。

ダリルは、メルク、J&J、3M、フィリップ・モリスなど、この調査で重要な意味を持つ企業に関して、基礎的な資料のコンピューター分析を担当した。

ビジョナリー・カンパニーを選び出す土台となったCEOアンケート調査でも活躍し、わたしたちの考え方について的確な判断を下した。

ホセは、財務分析の大部分を担当し、これによって調査結果の多くが裏付けられた。

その一環として、調査対象となった企業の損益計算書と貸借対照表の財務指標を、一九一五年までさかのぼって分析したが、これ自体が丸一年を要する一大プロジェクトであった。

ダリルもホセも、すばらしい仕事をしてくれた。この二人以外にも、数多くの献身的な調査助手に恵まれた。

主にスタンフォード大学のMBA課程、博士課程の学生で、最長一年間にわたり、プロジェクトに協力した。

とくに、トム・ベネット、シダム・シダムバラム、リチャード・クラブ、ムラリ・ダーラン、ヨランダ・アリンドル、キム・グラフ、デブラ・イサーリス、デビー・ノックス、アーノルド・リー、ケント・メージャー、ダイアン・ミラー、アン・ロビンソン、ロバート・シルバーズ、ケビン・ワデル、ビンセント・ヤン、ビル・ユーストラに感謝したい。

ベティ・バートン、サンドラ・レオーネ、ジャナ・レフィングウェル、スザンヌ・スウィーニィをはじめとするスタンフォード大学のジャクソン図書館の職員には、どれだけ助けられたかわからない。

なかでも司書のポール・リーストに感謝している。

調査対象の企業に関する漠然とした参考文献を、数十年もさかのぼって探し出した。

ダイアログ・インフォメーション・サービシズのキャロライン・ビルハイマーは、その専門知識と貴重な時間を惜しみなく提供し、ビジョナリー・カンパニーに関する記事を探す手助けをしてくれた。

リンダ・ベセル、ペギー・クロスビー、エレン・ディヌッチ、ベティ・ゲルハルド、エレン・キタムラ、シルビア・ロートン、マーク・シールズ、カレン・ストック、リンダ・タオカは、このプロジェクトのさまざまな点で、事務処理の才能を発揮した。

エレン・キタムラは、数百点に及ぶ資料をファイルとボックスを使ってみごとに整理した。この努力の成果によって、わたしたちはプロジェクトの過程でかなりの時間を節約でき、苛立つこともなくなった。

リンダ・タオカは、わたしたちのスケジュール管理というほとんど不可能な仕事を成し遂げた。わたしたちがこのプロジェクトに取り組めたのも、そのおかげである。調査対象となった企業各社にも、感謝しなければならない。

ビジョナリー・カンパニー、比較対象企業のほぼすべてから、各社の最近の資料や社史に関する資料を送っていただいた。

なかでも次の二人の力添えは、はかりしれないほど貴重なものだった。

ヒューレット・パッカード(HP)資料室のカレン・ルイスには、何日もの間、わたしたちの調査助手とともに、初期のHPに関する何百件もの膨大な文書を探し出し、裏付けをとる作業を手伝ってもらった。

カレンの助けがなければ、HPをこれほど深く理解できなかっただろう。HPを深く理解できたことで、わたしたちの考え方が決定づけられたといってもよい。

メルクのジェフ・ストルチオ資料室長(当時)からは、社史に関する箱一杯分の資料を受けとった。

そのうえ、メルクのビジョンの骨格をつくったジョージ・メルクの最初のスピーチの資料として、色褪せていまにも破れそうな羊皮紙に印刷された原本まで手に入れることができた。この二人には、感謝し尽くせない。

プロジェクトの初期の段階で、思慮深く、鋭い視点を持った何人もの人たちに草案を読んでもらい、貴重な意見を得ることができた。

なかでも、スタンフォード大学のジム・アダムス、ネットワーク・ゼネラルのレス・デネンド、ゼネラル・アトランティックのスティーブ・デニング、リーバイ・ストラウスのボブ・ハース、ジロ・スポート・デザインのビル・ハネマン、テオ・デービーズのデーブ・ヘーナン、ゼネラル・エレクトリックのゲイリー・ハゼナウアー、ウェストパック・バンキングのボブ・ジョス、スタンフォード大学のトム・コスニク、エドワード・レランド、アージャイ・ミラー、ノボ・ノルディスクのマズ・オブリセン、フォードのドン・ピーターセン、USCのピーター・ロバートソン、サイプレス・セミコンダクターのT・J・ロジャーズ、フリーダム・コミュニケーションズのジム・ロッセ、マサチューセッツ工科大学のエド・シェイン、エア・プロダクツのハロルド・ワグナー、PCエクスプレスのデーブ・ウィゼロー、グラナイト・ロックのブルース・ウールパート、ヒューレット・パッカードのジョン・ヤングの各氏に感謝している。

大きな信頼をおいているアドバイザーであり、わたしたちの妻であるジョアンナ・アーネストとシャーリーン・ポラスは、各章の原稿をレーザー・プリンターから出てくるそばから校正し、批評してくれた。

何カ月にもわたり困難な執筆作業に取り組む間、この本に明け暮れる生活をともにし、わたしたちの執筆作業を支え、しかも、離婚をいいわたすこともなかった。

わたしたちは幸せである。

ハーパー・ビジネスの編集者であるバージニア・スミスは、プロジェクトの初日から協力を惜しまず、わたしたちの執筆作業と同時進行で各章の原稿を編集し、批評した。

原稿の改善のために、数多くの有益な助言や、的確な指摘をした。それだけではなく、このプロジェクトを信頼し、プロジェクトが新しい過程に入るたびに激励してくれた。

わたしたちが何よりも欲しかったものだ。この期待にどうしても応えたかった。

最後に、エージェントであるカーチス・ブラウンのピーター・ジンスバーグにお礼を言いたい。ピーターはわたしたちにとって最高のアドバイザーであり、味方であり、友である。

この本を出版する企画が持ちあがるはるか以前に、わたしたちの調査の価値を認めてくれた。

わたしたちのために闘ってくれた。わたしたちを勢いづけてくれた。ピーターがいなかったら、これほどうまくはいかなかった。ただ感謝するばかりである。

はじめに

この世のすべての経営者、経営幹部、起業家は、本書を読むべきである。

取締役も、コンサルタントも、投資家も、ジャーナリストも、ビジネス・スクールの学生も、この世でとくに長く続き、とくに成功している企業の特徴に関心があるすべての人は、本書を読むべきである。

わたしたちが大胆にもこう主張するのは、手前味噌ではない。ここで紹介した企業には、学べることが多いからだ。この調査プロジェクトも、本書も、わたしたちが知るかぎり、はじめての試みである。

設立年が平均で一八九七年という、時の試練を乗り越えてきた真に卓越した企業を選び出し、設立から現在に至るまでの発展の軌跡をあますところなく調査した。

さらに、同じような機会がありながら、同じようには成長できなかった別の優良企業と比較分析した。

創業時の様子を調べた。中堅企業だったころを調べた。大企業に発展してからを調べた。

戦争、不況、技術革新、文化の変化など、周囲の世界の劇的な変化をどのように乗り切ったかを調べた。

このプロジェクトの全体を通じて、こう問い続けた。

「真に卓越した企業と、それ以外の企業との違いはどこにあるのか」わたしたちは、経営のはやり言葉や流行を超えるものを見つけたかった。

傑出した企業に、時代を超えて、一貫してみられる経営理念を見つけようとした。

調査が進むに従って、今日の「新しい」経営手法も「革新的な」経営手法も、決して新しくはないことが明らかになった。

従業員持ち株制度、権限の委譲、不断の改善、総合的品質管理、経営理念の発表、価値観の共有といった今日の経営手法の多くは、場合によっては一八〇〇年代にはじまった慣行に、新しい衣装をまとわせたものにすぎない。

しかし、今回の調査結果は、その大部分がわたしたちにとって驚くべき内容であり、ときには、衝撃ですらあった。

広く信じられている神話が十二も覆された。従来の枠組みは疑問符がつけられ、崩れていった。このプロジェクトの途中で、わたしたちは方向を見失った。

わたしたちの先入観や「常識」に反するデータが、次々に集まってきたからだ。先入観や知識を捨てなければ、新しい概念を生み出すことはできない。

古い枠組みを捨て去り、新しい枠組みを、ときには最初から組み立てなければならなかった。

この作業には、六年かかった。

しかし、そうするだけの価値はあった。

わたしたちの調査結果を振り返ると、あるひとつの大きな結論が何よりも強く印象に残る。

「卓越した企業を築くにあたっては、だれでも主役になれる」。

どのようなレベルの管理職でも、大多数が、これらの企業から教訓を学び、それを活かせるのだ。たぐいまれな資質と神秘的な力を授けられた指導者がいるかどうかで、企業の運命が決まる……。

そう考えられているが、企業の活力を奪うこの考え方は、永遠に消え去った。少なくともわたしたちは、そう考えている。

本書は学べる点が多い本になったはずだと、わたしたちは自負している。豊富な実例から学んだことを、自分の組織のなかでただちに行動に移してほしいと願っている。

本書で示した概念や枠組みが心に深く刻み込まれ、考えるときの指針になるよう願っている。ほかの人に伝えることができる普遍的な理念を読み取ってほしいと願っている。

しかし、何よりも、本書のなかにある教訓は、「自分には関係のないもの、とても活かせないもの」ではないと、自信と意欲を持ってほしい。

だれでも、教訓を学べる。だれでも、その教訓を活かせる。だれでも、ビジョナリー・カンパニーを築けるのである。

ジム・コリンズジェリー・ポラスカリフォルニア州スタンフォードにて一九九四年三月

 

第三章利益を超えて現実的な理想主義──「ORの抑圧」からの解放基本理念──利益の神話を吹き飛ばす「正しい」理念はあるのかCEO、経営幹部、起業家への指針

第四章基本理念を維持し、進歩を促す進歩への意欲基本理念を維持し、進歩を促すCEO、経営幹部、起業家のためのキー・コンセプト

第五章社運を賭けた大胆な目標BHAG──進歩を促す強力な仕組み重要なのは指導者ではなく、目標──時を告げるのではなく、時計をつくるCEO、経営幹部、起業家への指針

第六章カルトのような文化「病原菌か何かのように追い払われる」IBMが偉大な企業になった過程ウォルト・ディズニーの魔法プロクター&ギャンブル──会社に浸りきるCEO、経営幹部、起業家へのメッセージイデオロギーの管理と業務上の自主性

第七章大量のものを試して、うまくいったものを残す

進化する種としての企業3M──ミネソタの突然変異製造機がいかにしてノートンをつきはなしたか3Mでの「枝分かれと剪定」CEO、経営幹部、起業家にとっての教訓「機軸から離れない」ではなく、「基本理念から離れない」

第八章生え抜きの経営陣

社内の人材を登用し、基本理念を維持するCEO、経営幹部、起業家へのメッセージ

第九章決して満足しない

現状を不十分と感じるようにする仕組み将来のために投資する──そして短期的にも、好業績をあげるマリオット対ハワード・ジョンソン──アメリカの偉大なチェーンの没落CEO、経営幹部、起業家へのメッセージ黒帯の寓話

第十章はじまりの終わり

一貫性の力──フォード、メルク、ヒューレット・パッカードCEO、経営幹部、起業家のための一貫性の教訓これは終わりではないおわりに──頻繁に受ける質問付録1調査の方法について2ビジョナリー・カンパニーと比較対象企業のルーツ3表(調査データ)4参考文献

わたしの人生を振り返ってみて、もっとも誇りに思えることは、その価値観、慣行、成功が、世界中の企業の経営に大きなインパクトを与えている会社を築く力になってきたことだろう。

そしてとりわけ、わたしが去ったのちも、モデルとして長く生き続けられる会社を残せたことが、わたしの大きな誇りである。

ウィリアム・R・ヒューレット(ヒューレット・パッカード共同創業者、一九九〇年)われわれは、当社に活力を与え続け、業績を伸ばし、組織としても成長を続けるようにし、さらに百五十年間、会社が続くようにしなければならない。

そうすれば、当社はいくつもの時代を超えて、存続し続けるだろう。

ジョン・G・スメール(プロクター&ギャンブルの元CEO、P&G創立百五十周年を祝って、一九八六年)

この本は、ビジョンを持ったカリスマ的指導者についての本ではない。商品コンセプトや市場の見方に関するビジョンをテーマにする本でもない。会社としてのビジョンを持つことを説いた本でさえない。

この本のテーマは、それよりもはるかに重要で、変わることがなく、本質にかかわるものである。そのテーマは、ビジョナリー・カンパニーだ。

ビジョナリー・カンパニーとはなんだろうか。ビジョンを持っている企業、未来志向の企業、先見的な企業であり、業界で卓越した企業、同業他社の間で広く尊敬を集め、大きなインパクトを世界に与え続けてきた企業である。

重要な点は、ビジョナリー・カンパニーが組織であることだ。

個人としての指導者は、いかにカリスマ性があっても、いかに優れたビジョンを持っていても、いつかはこの世を去る。

先見的な商品やサービスといった「すばらしいアイデア」も、すべて、やがては時代遅れになる。それどころか、市場そのものが時代に取り残され、姿を消すこともある。

しかし、ビジョナリー・カンパニーは、商品のライフ・サイクルを超え、優れた指導者が活躍できる期間を超えて、ずっと繁栄し続ける。

ここで一息いれて、ビジョナリー・カンパニーのリストを、めいめいの頭のなかでつくってみるよう勧める。

次の基準を満たす会社を五~十社あげてみよう。

  1. ・業界で卓越した企業である。
  2. ・見識のある経営者や企業幹部の間で、広く尊敬されている。
  3. ・わたしたちが暮らす社会に、消えることのない足跡を残している。
  4. ・最高経営責任者(CEO)が世代交代している。
  5. ・当初の主力商品(またはサービス)のライフ・サイクルを超えて繁栄している。
  6. ・一九五〇年以前に設立されている(*)。

*この調査では、一九五〇年以前に設立された企業を対象とした。別の基準としては、設立後五十年を経過していることとすることもできる。思い浮かべた企業をひとつずつ検討してみよう。

どのような点がとくに印象深いか。共通点があるだろうか。一流であり続け、繁栄し続けているのはなぜなのか。

同じような機会がありながら、同じようには成長できなかったほかの企業と、どこが違うのか。

わたしたちは六年間の調査プロジェクトで、ビジョナリー・カンパニーを選び出し、その軌跡を体系的に調べ、慎重に選び出した比較対象企業と、どう違うのかをくわしく検討し、こうした企業が長年にわたって卓越した地位にある理由を明らかにしようと試みた。

この本は、この調査プロジェクトの結果と、それが持つ実践的な意味をまとめたものである。はじめに、はっきりさせておきたいことがある。

わたしたちの調査に出てくる「比較対象企業」とは、だめな企業ではなく、先見性がまったくない企業でもない。

それどころか、いずれも優良企業であり、ほとんどがビジョナリー・カンパニーにひけをとらない歴史を持ち、のちに触れるように、株式総合利回りは市場平均を上回っている。

しかし、わたしたちの調査では、ビジョナリー・カンパニーの水準には達していない。

ほとんどの場合、ビジョナリー・カンパニーは金メダリストであり、比較対象企業は銀メダリストか銅メダリストだと考えればいいだろう。

わたしたちが「ビジョナリー・カンパニー」という言葉を選び、「成功した」企業とか、「長く続いている」企業というもっと普通の言葉を使わなかったのは、これらの企業が、きわめて特別なエリート企業として際立っているからだ。

成功しているだけではない。長く続いているだけでもない。そのほとんどが業界の超一流企業であり、何十年もの間、その地位を保っている。

その多くが、世界中で経営手法のモデルとなっており、崇拝されているとすら言えるほどだ(表1・1は、調査対象となった企業のリストである。

ビジョナリー・カンパニーは調査対象の企業以外にもあることをはっきりさせておきたい。どのようにしてこれら各社を選んだかについては、のちに説明する)。

ビジョナリー・カンパニーは特別な企業だが、それでも、これまでの道のりが完全無欠であったわけではない(少し前に、めいめい思い浮かべたビジョナリー・カンパニーのリストを調べてみよう。

全部とは言わないまでも、そのほとんどが、過去に少なくとも一回、おそらくは何回か、深刻な危機に陥ったことがあるのではないだろうか)。

ディズニーは、一九三九年に資金繰りが苦しくなって、株式を公開せざるを得なくなり、そののち、一九八〇年代初めには、株価が低迷して企業買収家に目をつけられ、あやうく乗っ取られそうになった。

ボーイングは、一九三〇年代半ば、一九四〇年代後半に続いて、一九七〇年代初めにも深刻な経営難に陥り、このときは、六万人を超える従業員を解雇した。

スリーエム(3M)は、設立早々に鉱業事業で失敗し、一九〇〇年代初めには倒産寸前まで追い込まれた。

ヒューレット・パッカード(HP)は、一九四五年に思い切った人員削減を行い、一九九〇年には、株価が簿価を下回った。

ソニーは、設立してからの五年間(一九四五~一九五〇年)、開発した製品が次々に失敗し、一九七〇年代には、ビデオ戦争でベータ方式がVHS方式に敗北した。

フォードは、一九八〇年代初め、米国企業としては記録的な三十三億ドルの赤字を三年間で計上したのち、ようやく経営方針を大きく転換し、再活性化に取り組みはじめた。

シティコープは一八一二年、ナポレオンがモスクワに進攻した年に設立された銀行だが、一八〇〇年代終わり、一九三〇年代の大恐慌時に経営が苦しくなったのに続き、一九八〇年代終わりにも、海外貸出で不良債権を抱えて、業績が低迷した。

IBMは、一九一四年、一九二一年とあいついで倒産寸前まで追い込まれ、一九九〇年代初めにも、再び経営難に陥っている。

今回の調査の対象となったビジョナリー・カンパニーのすべてが、過去のどこかの時点で、逆風にぶつかったり、過ちを犯したことがあり、この本を執筆している時点で、問題を抱えている会社もある。

しかし、ここがポイントだが、ビジョナリー・カンパニーには、ずば抜けた回復力がある。つまり、逆境から立ち直る力がある。このため、ビジョナリー・カンパニーは、株式総合利回りが長期的に見て非常に高い。

例えば、株式市場全体で構成するファンド、比較対象企業の株式で構成するファンド、ビジョナリー・カンパニーの株式で構成するファンドに、一九二六年一月一日に一ドルずつ投資したとする。

配当をすべて再投資し、ファンドを構成する企業が証券取引所に上場したときに調整を加えた(上場までは、市場ファンドに投資することにした)場合、一九九〇年十二月三十一日現在、市場ファンドに投資した一ドルは四百十五ドルになる。

そう悪い数字ではない。

比較対象企業ファンドに投資した一ドルは、九百五十五ドルと、市場ファンドの二倍以上になる。

しかし、ビジョナリー・カンパニーのファンドに投資した一ドルは、六千三百五十六ドルと、比較対象企業ファンドの六倍以上、市場ファンドの十五倍以上に達する(チャート1Aは、一九二六~一九九〇年の累積総合利回りを、チャート1Bは、同じ期間のビジョナリー・カンパニーと比較対象企業の市場平均に対する比率を示している)。それだけではない。

ビジョナリー・カンパニーは、長期的に優れた投資収益を生み出しているだけではなく、わたしたちの社会になくてはならない存在になっている。

スコッチ・テープとポストイット、フォードのT型フォードとマスタング、ボーイング707と747、タイド洗剤とアイボリー・ソープ、アメリカン・エキスプレスのカードとトラベラーズ・チェック、シティコープが先駆けとなったATM(現金自動預け払い機)、ジョンソン&ジョンソンのバンドエイドとタイレノール、ゼネラル・エレクトリックの電球と家電製品、ヒューレット・パッカードの計算機とレーザー・プリンター、IBMの360コンピューターとセレクトリック・タイプライター、マリオット・ホテル、メルクの抗高脂血症薬「メバコール」、モトローラの移動電話とポケットベル、ノードストロームが消費者サービスの基準に与えたインパクト、ソニーのトリニトロン・テレビとウォークマン。

こうした製品やサービスがなかったら、この世界はどんなに違ったものになっていただろうか。

ディズニーランド、ミッキーマウス、ドナルドダック、白雪姫とともに大きくなった子供(そして大人)がどれだけいることか。

マルボロのカウボーイの看板のない都市部のハイウェーや、ウォルマートの店がない郊外の町が考えられるだろうか。

善きにつけ悪しきにつけ、こうした企業は、この世界に消えることのない足跡を残している。

こうした企業がなぜ、わたしたちがビジョナリー・カンパニーだと考える特別な地位を獲得したのか、その理由を解き明かすのは、興奮させられることだ。

どのようにして会社がはじまったのか。小さな企業から世界規模の大組織に成長するまで、さまざまな困難をどう乗り切ったのか。そして、大企業になったとき、ほかの大企業と比べて際立っている共通の特徴とは何か。

これら企業の歴史から、このような会社を設立し、築き、維持したいと考えている人に役立ちそうな教訓を得ることができるのか。

これから、これらの疑問への答えを見つける長い旅がはじまる。この章の後半は、調査の過程を説明することにあてる。

第二章からは、調査の結果について述べていく。驚くような発見、意外な発見がたくさんある。その序章として、わたしたちが調査を進めていくうちに崩れた十二の神話をここに紹介する。

目次

十二の崩れた神話

神話一すばらしい会社をはじめるには、すばらしいアイデアが必要である。

現実「すばらしいアイデア」を持って会社をはじめるのは、悪いアイデアかもしれない。

ビジョナリー・カンパニーには、具体的なアイデアをまったく持たずに設立されたものもあり、スタートで完全につまずいたものも少なくない。

さらに、会社設立の構想に関係なく、設立当初から成功を収めた企業の比率は、比較対象企業よりビジョナリー・カンパニーの方がかなり低かった。

ウサギとカメの寓話のように、ビジョナリー・カンパニーはスタートでは後れをとるが、長距離レースには勝つことが多い。

神話二ビジョナリー・カンパニーには、ビジョンを持った偉大なカリスマ的指導者が必要である。

現実ビジョナリー・カンパニーにとって、ビジョンを持ったカリスマ的指導者はまったく必要ない。こうした指導者はかえって、会社の長期の展望にマイナスになることもある。

ビジョナリー・カンパニーの歴代のCEO(最高経営責任者)のなかでもとくに重要な人物には、世間の注目を集めるカリスマ的指導者のモデルにあてはまらない人もおり、むしろ、そうしたモデルを意識して避けてきた人もいる。

憲法制定会議に集まったアメリカの建国者のように、偉大な指導者になることよりも、長く続く組織をつくり出すことに力を注いだのである。

時を告げるのではなく、時計をつくろうとしたのだ。そして、この志向は比較対象企業のCEOよりも強い。

神話三とくに成功している企業は、利益の追求を最大の目的としている。

現実ビジネス・スクールの教えに反して、「株主の富を最大限に高めること」や「利益を最大限に増やすこと」は、ビジョナリー・カンパニーの大きな原動力でも、最大の目標でもない。

ビジョナリー・カンパニーの目標はさまざまで、利益を得ることはそのなかのひとつにすぎず、最大の目標であるとはかぎらない。

確かに、利益を追求してはいるが、単なるカネ儲けを超えた基本的価値観や目的といった基本理念も、同じように大切にされている。

しかし、不思議なもので、利益を最優先させる傾向が強い比較対象企業よりも、ビジョナリー・カンパニーの方が利益をあげている。

神話四ビジョナリー・カンパニーには、共通した「正しい」基本的価値観がある。

現実ビジョナリー・カンパニーであるための基本的価値観に、「正解」と言えるものはない。

ビジョナリー・カンパニーのうち二社をとってみると、対照的とも言えるほど理念が違っているケースもある。

ビジョナリー・カンパニーの基本的価値観は、「洗練されたもの」や「人道的なもの」であることが多いが、そうである必要はない。

決定的な点は、理念の内容ではなく、理念をいかに深く「信じて」いるか、そして、会社の一挙一動に、いかに一貫して理念が実践され、息づき、現れているかだ。

ビジョナリー・カンパニーは、「何を価値観とするべきか」と問いを立てることはない。

「われわれが実際に、何よりも大切にしているものは何なのか」という問いを立てる。

神話五変わらない点は、変わり続けることだけである。

現実ビジョナリー・カンパニーは、基本理念を信仰に近いほどの情熱を持って維持しており、基本理念は変えることがあるとしても、まれである。

ビジョナリー・カンパニーの基本的価値観は揺るぎなく、時代の流れや流行に左右されることはない。基本的価値観が百年をはるかに超えて変わっていないケースすらある。

ビジョナリー・カンパニーの基本的な目的、つまり、存在理由は、地平線の上で輝き続ける星のように、何世紀にもわたって、道しるべになることができる。

しかし、ビジョナリー・カンパニーは、基本理念をしっかりと維持しながら、進歩への意欲がきわめて強いため、大切な基本理念を曲げることなく、変化し、適応できる。

神話六優良企業は、危険を冒さない。

現実ビジョナリー・カンパニーは、外部からみれば、堅苦しく、保守的だと思えるかもしれないが、「社運を賭けた大胆な目標」に挑むことをおそれない。

高い山に登ったり、月に飛び立つように、こうした目標はおそろしく、おそらくリスクも大きいだろう。

しかし、胸おどるような大冒険だからこそ、人は引きつけられ、やる気になり、前進への勢いが生まれる。

ビジョナリー・カンパニーは、この目標をうまく使って進歩を促し、過去の重要な局面で、比較対象企業を打ち破ってきた。

神話七ビジョナリー・カンパニーは、だれにとってもすばらしい職場である。

現実ビジョナリー・カンパニーは、その基本理念と高い要求にぴったりと「合う」者にとってだけ、すばらしい職場である。

ビジョナリー・カンパニーで働くと、うまく適応して活躍するか(それ以上にないほど、幸せになるだろう)、病原菌か何かのように追い払われるかのどちらかになる。

その中間はない。カルトのようだとすら言える。

ビジョナリー・カンパニーは、存在意義、達成すべきことをはっきりさせているので、厳しい基準に合わせようとしなかったり、合わせられない者には、居場所はどこにもない。

神話八大きく成功している企業は、綿密で複雑な戦略を立てて、最善の動きをとる。

現実ビジョナリー・カンパニーがとる最善の動きのなかには、実験、試行錯誤、臨機応変によって、そして、文字どおりの偶然によって生まれたものがある。

あとから見れば、じつに先見の明がある計画によるものに違いないと思えても、「大量のものを試し、うまくいったものを残す」方針の結果であることが多い。

この点では、ビジョナリー・カンパニーは、種の進化によく似ている。ビジョナリー・カンパニーのような成功を収めようとするなら、チャールズ・ダーウィンの『種の起源』の概念の方が、企業の戦略策定に関するどんな教科書よりも、役に立つ。

神話九根本的な変化を促すには、社外からCEOを迎えるべきだ。

現実ビジョナリー・カンパニーの延べ千七百年の歴史のなかで、社外からCEOを迎えた例はわずか四回、それも二社だけだった。

ビジョナリー・カンパニーは比較対象企業と比べて、社外の人材を経営者として雇用する確率が六分の一しかなかった。

根本的な変化と斬新なアイデアは社内からは生まれないという一般常識は、何度も繰り返し崩されている。

神話十もっとも成功している企業は、競争に勝つことを第一に考えている。

現実ビジョナリー・カンパニーは、自らに勝つことを第一に考えている。

これらの企業が成功し、競争に勝っているのは、最終目標を達成しているからというより、「明日にはどうすれば、今日よりうまくやれるか」と厳しく問い続けた結果、自然に成功が生まれてくるからだ。

そして、この問いかけを生活の習慣にして、ずっと続けてきた。百五十年以上も続けているケースもある。どれほど目標を達成しても、どれほど競争相手を引き離しても、「もう十分だ」とは決して考えない。

神話十一二つの相反することは、同時に獲得することはできない。

現実ビジョナリー・カンパニーは、「ORの抑圧」で自分の首をしめるようなことはしない。

「ORの抑圧」とは、手に入れられるのはAかBのどちらかで、両方を手に入れることはできないという、いってみれば理性的な考え方である。

しかし、ビジョナリー・カンパニーは、安定か前進か、集団としての文化か個人の自主性か、生え抜きの経営陣か根本的な変化か、保守的なやり方か社運を賭けた大胆な目標か、利益の追求か価値観と目的の尊重か、といった二者択一を拒否する。そして、「ANDの才能」を大切にする。

これは逆説的な考え方で、AとBの両方を同時に追求できるとする考え方である。

神話十二ビジョナリー・カンパニーになるのは主に、経営者が先見的な発言をしているからだ。

現実ビジョナリー・カンパニーが成長を遂げたのは、経営者の発言が先見的だからではまったくない(ただし、そのような発言は多い)。

偉大な企業になったのは、今日、経営者の間に流行しているビジョン、価値観、目的、使命、理念などを書いたからでもない(しかし、これらを文書にしているケースは、比較対象企業より多いし、これが流行になる数十年前にそうしている)。

これらを文書にすることは、ビジョナリー・カンパニーを築くうえで、役に立つ一歩になり得る。

しかし、ビジョナリー・カンパニーでは、基本理念を活かすために、何千もの手段を使う終わりのない過程をとっており、これは、ほんの第一歩にすぎない。

調査プロジェクト

出発点──3Mのビジョンを示した指導者はだれか一九八八年、わたしたちは会社の「ビジョン」という疑問に取り組みはじめた。

それは本当に存在するのか。もしそうであれば、それは一体何なのか。どこから生まれたのか。

会社はどのようにしてビジョンに基づく行動をとるようになるのか。

ビジョンは、一般のメディアや経営の専門家の間で高い関心を集めてきたが、わたしたちは、何を読んでもまったく満足できなかった。

ひとつに、「ビジョン」という言葉が氾濫し、じつにさまざまな意味で使われているため、意味が明確になるどころか、かえって混乱してしまっていることがある。

ビジョンを、将来の市場を水晶玉で占うように予測することと考える人もいる。パソコンのマッキントッシュのような、技術や商品のビジョンを考える人もいる。

価値観、目的、使命、目標、理想の職場のイメージなど、組織のビジョンに重点をおく人もいる。まったくばらばらなのだ。

きわめて現実的で実際的な経営者や経営幹部が、ビジョンの概念そのものをうさん臭く感じるのも無理はない。

あまりにも曖昧で、わかりにくく、実際的でないものとしか思えない。

さらに、わたしたちがとくにひっかかった点だが、ビジョンについて語られたり、書かれたりするとき、そのほぼすべてで、「ビジョンを持った指導者」(たいていは世間の注目を集めるカリスマ的な指導者)が暗黙であれ、前提にされている。

しかし、わたしたちは疑問を持った。

「ビジョンのある指導力」が、卓越した組織の発展に欠かせないのだとすると、3Mのカリスマ的指導者はだれだったのかとわたしたちは知らなかった。非常識なのだろうか。

3Mは、何十年もの間、広く尊敬を集め、畏敬にも近い念を持たれてきたが、現在のCEOや、その前任者、さらにはその前任者の名前を知っている人は、ほとんどいないのではないだろうか。

3Mは、ビジョナリー・カンパニーとされることが多いが、ビジョンを持ち、世間の注目を集めるカリスマ的指導者の典型のような経営者がいるようにはみえないし、過去にいたようにもみえない。

そこで、わたしたちは3Mの歴史を調べてみた。3Mは、一九〇二年に設立されている。

したがって、過去にビジョンを持った指導者がいたとしても、その人物はまず確実に、かなり前にこの世を去っている(一九九四年現在のCEOは十人目である)。

また、3Mが成功した主な理由を、先見的な商品コンセプト、市場についての見方や、幸運に求められないことも明らかだ。

こうした商品や幸運では、百年近くにわたって繁栄し続けることはできない。わたしたちはふと気づいた。

3Mでビジョンという言葉がぴったりなのは、指導者でも、商品でも、市場の見方でも、「当社のビジョン」といった文書でもない。

こうした一般常識から外れた何かなのだ。そう、3Mには、ビジョナリー・カンパニーという言葉がぴったりだったのだ。こうして、この本のベースになっている広範囲にわたる調査プロジェクトがはじまった。

調査プロジェクトには、ごく簡単にいうと、二つの大きな目標があった。

一ビジョナリー・カンパニーに共通する(そして、ほかの会社から際立っている)特徴やダイナミクスを見つけ、これらの結果をもとに、実践の場で役に立つ概念の枠組みをつくる。

二これらの結果や概念を効果的に伝え、それによって、経営手法に影響を与えたり、ビジョナリー・カンパニーを設立し、築き、維持する力になりたいと考えている人々の役に立つようにする。

ステップ一どの会社を調査すべきかここで一休みして、考えてみよう。いま、調査の対象とするビジョナリー・カンパニーのリストをつくろうとしているとする。参考になるリストは、どこにもない。

「ビジョナリー・カンパニー」という概念は新しく、これまでに調査されたことがない。こうした状況で、どうやってリストをつくるべきだろうか。

わたしたちは、この疑問についていろいろと考えた結果、わたしたちだけでリストをつくるべきではないと判断した。

わたしたちに偏向があって、ある企業を別の企業より高く評価しすぎてしまうかもしれない。このような選択ができるほど、多数の企業のことを十分に知っているとは言えないかもしれない。

わたしたちが比較的くわしいカリフォルニアの企業や、ハイテク関連の会社に偏ってしまうかもしれない。

そこで、個人の偏向を最小限にするために、さまざまな規模、業種、種類、地域の有力企業のCEOにアンケート調査し、調査するビジョナリー・カンパニーのリストをつくる手助けをお願いすることにした。

CEOは、有力企業の頂点に立つ実務家という有利な立場にあることから、企業を選ぶうえで、もっとも見識があり、適切な判断を下せるだろうと考えた。

わたしたちは、CEOのデータを学者のデータよりも信頼した。CEOは会社を築き、経営するという実践の場での課題や現実と常に向き合っているためだ。

有力企業のCEOなら、それぞれの業界や関連する業界の企業について、調査に役立つすばらしい知識を持っているだろう。

また、現役のCEOは、自分の会社と提携している企業や、競合する企業の動きを注視しているはずである。

一九八九年八月、次のグループのなかから慎重に選び出したサンプル企業七百社のCEOにアンケート調査を行った。

  • ・フォーチュン誌の製造業五〇〇社ランキング
  • ・フォーチュン誌のサービス業五〇〇社ランキング
  • ・インク誌の未公開企業五〇〇社ランキング
  • ・インク誌の上場企業一〇〇社ランキング

サンプルが幅広い業種にわたるようにするため、フォーチュン五〇〇社ランキングのサービス業、製造業のすべての業種分類を代表するそれぞれ二百五十社を選んだ。

インク誌のランキングを対象にすることで、上場、未公開の中小企業を十分にカバーできるようにした(合わせて二百社を選んだ)。

CEOには、とくに「ビジョナリー」だと思う企業を五社まであげてもらうようお願いした。アンケートには自ら答え、社内のほかの人に頼まないよう念を押した。

アンケート調査の回答率は二三・五パーセント(百六十五件)、一件当たり平均三・二社がビジョナリー・カンパニーとして指摘されていた。統計的な分析を行い、すべての対象グループからデータが集まったことを確認した。

つまり、あるグループのCEOの比率が高すぎることはなく、統計的に見て、アメリカのすべての地域、すべての種類、規模の企業からデータが集まっていた。

この調査データをもとに、CEOが社名をあげた回数が多かった二十社を選び出し、調査するビジョナリー・カンパニーのリストをつくった。そこから、一九五〇年以降に設立された企業を除いた。

一九五〇年以前に設立された会社であれば、ひとりの指導者やひとつのすばらしいアイデアだけで、ここまできたわけではないのは明らかと考えた。

一九五〇年以前に設立された企業という基準を厳しく適用して、調査するビジョナリー・カンパニーの最終リストを十八社とした。

調査対象の企業のうち、もっとも若い会社は一九四五年に、もっとも長い歴史を持つ会社は一八一二年に設立されている。

この調査の時点で、調査対象の企業の設立からの年数は平均で九十二年、設立年の平均は一八九七年、中央値は一九〇二年であった(設立年については表1・2参照)。

ステップ二「自社ビルを見つける」落とし穴を避ける──比較対象グループビジョナリー・カンパニーを一列に並べて調査し、「これらの会社に共通する特徴は何か」と問いかけることもできた。

しかし、「共通の特徴」だけを分析することには、重大な欠陥がある。共通の特徴だけを見ていくと、どうなるのか。

極端な例をあげると、十八社すべてに共通すること、それは、自社ビルを持っていることだ。

確かに、ビジョナリー・カンパニーであることと自社ビルを持っていることには、一〇〇パーセントの相関がある。

ビジョナリー・カンパニーであることと一〇〇パーセントの相関があるものには、これ以外にも、机を持っていること、賃金体系があること、取締役会があること、会計システムがあることなど、あげればきりがない。

ビジョナリー・カンパニーになるカギは、自社ビルを持っていることだと結論づけるのはもちろん、ばかげている。大企業ならすべて、自社ビルを持っている。

だから、ビジョナリー・カンパニーのすべてが自社ビルを持っていることがわかっても、なんの意味もない。

当たり前のことを、どうしてくどくど説明するのかと思われるかもしれない。しかし、この点は、そんなに当たり前でも、明確でもない。

悲しいことに、ビジネスに関する研究や本の多くが、この「自社ビルを見つける」落とし穴にはまっているのだ。

いま、成功している会社をいくつか調査し、それらの企業が、顧客の満足度、品質の改善、社員研修に力を入れていることがわかったとする。

こうして見つけ出した経営手法が、自社ビルを持っているのとは違うと、どのようにすれば断言できるのか。

成功している企業とそれ以外の企業の違いを見つけたのだと、どうすれば断言できるのか。調査結果を照らし合わせる比較対象グループがないかぎり、断言はできない。

「これらの会社の共通点は何か」という問いの立て方は間違っている。「これらの会社が本質的に違う点は何か。ほかのグループの会社と比べて際立っている点は何か」という問いを立てるべきなのだ。

そのため、調査目標を達成するには、ビジョナリー・カンパニーを、出発点が似ているほかの企業と対照させながら調査する以外に方法はないとの結論に達した。

ビジョナリー・カンパニーそれぞれについて、比較対象企業を体系的に入念に選び出した(比較対象企業の一覧は、前掲の表1・1参照)。

比較対象企業は、次の基準をもとに選んだ。

・設立時期が同じである。ビジョナリー・カンパニーのそれぞれについて、同じ時期に設立された企業を探した。比較対象企業の平均設立年は一八九二年であった(ビジョナリー・カンパニーは一八九七年)。

・設立時の商品や市場が似ている。ビジョナリー・カンパニーのそれぞれについて、初期に同じような商品、サービス、市場で事業を展開していた企業を探した。しかし、その後もまったく同じ業界にいる必要はない。出発点は同じ場所だが、到着点は、必ずしも同じ場所とはかぎらない企業を探し求めた。

例えば、ビジョナリー・カンパニーのひとつ、モトローラは家電分野からまったく違う分野に転進したが、比較対象企業のゼニスは、そうしなかった。

出発点が非常によく似ていたのに、なぜ結果がこうも違っているのか、その理由を知りたかった。

・CEOへのアンケート調査で社名があがった回数が少ない。ビジョナリー・カンパニーのそれぞれについて、CEOへのアンケート調査で社名があがった回数が、ビジョナリー・カンパニーよりもかなり少なかった企業を探した。

ビジョナリー・カンパニーを選ぶときにCEOの意見を重視したのだから、比較対象企業を選ぶときも、同じようにしたかった。

・負け犬ではない。ビジョナリー・カンパニーを、完全に失敗した企業や業績の悪い企業と比べたくはなかった。

比較対象を極端なものにせず、それなりに業績のよい企業と比較することで、最終的な調査結果の信頼性と価値がはるかに高まると考えた。

ビジョナリー・カンパニーを悲惨な企業と比べれば、確かに違いは見つかるだろうが、役に立つ違いではない。

オリンピックの金メダル・チームを高校生のチームと比べれば、違いは見つかるだろうが、それにどんな意味があるのか。

何か価値のあることがわかるのだろうか。そうでないことは、いうまでもない。

しかし、オリンピックの金メダル・チームを、銀メダルや銅メダルのチームと比べて、一貫した違いが見つかれば、信頼でき、役に立つ教訓が得られる。

できるかぎり金メダル・チームと銀・銅メダル・チームを比較し、調査結果を本当に意味のあるものにしたかった。

ステップ三歴史と発展わたしたちは、各社の設立から現在までの歴史をくわしく調べるという、気の遠くなるような作業を行うことにした。

わたしたちが知りたかったのは、「これらの企業が今日持っている特性は何か」ではない。とくに知りたかった点はこうだ。

「これらの企業はどのようにはじまったのか。どのように発展したのか。資金難の零細企業という障害をいかに乗り越えたのか。新興企業から確立した企業へと、どのように成長していったのか。創業者から第二世代の経営陣への世代交代をどのように進めたのか。

戦争や大恐慌などの歴史的な出来事にどのように対応したのか。革命的な新技術の開発にどのように対応したのか」このように歴史を分析した理由は、三つある。

第一に、大企業にとってだけでなく、中小企業の人々にとっても意味のある事実を突きとめたかった。

わたしたちは、起業活動、小企業の確立から、大企業の組織改編計画まで、企業の成長過程の全般にわたって、経験を積み、学問的な知識を持っているので、大企業にも中小企業にも役に立つ知識とツールを生み出したかった。

二つ目の、そして、さらに重要な理由は、社会進化論の観点に立たなければ、ビジョナリー・カンパニーの根底にあるダイナミクスは理解できないだろうと考えたことだ。

例えば、アメリカを完全に理解しようとするなら、独立戦争、憲法制定会議の理想と妥協、南北戦争、西部開拓、一九三〇年代の大恐慌、ジェファーソン、リンカーン、ローズベルトの影響をはじめ、数多くの歴史的な要因を理解しなければならない。

企業は、過去の出来事の蓄積から、前の世代から受け継いできた遺伝子から影響を受ける点で、国に似ていると言える。

今日のメルクを、一九二〇年代にジョージ・メルクが唱えた経営理念(「薬は患者のためにあり、利益のためにあるのではない。利益はあとからついてくるものだ」)のルーツを調べずに、どうして理解できるのか。

今日の3Mを、設立早々に採掘事業に失敗し、倒産同然の状態ではじまった事実を調べずに、どうして理解できるのか。

ジャック・ウェルチ率いるゼネラル・エレクトリックを、一九〇〇年代初めに取り入れられた体系的な後継者育成・選別過程を調べずに、どうして理解できるのか。

ジョンソン&ジョンソンが一九八〇年代のタイレノール事故でとった対応を、その指針となったJ&J信条(一九四三年に書かれた)のルーツを調べずに、どうして理解できるのか。

理解できるはずがない。第三に、各社の歴史を比べてみるほうが、比較分析の説得力がはるかに増すと考えたためだ。

ビジョナリー・カンパニーと比較対象企業の現在の姿だけを比べるのは、マラソンの最後の三十秒間だけを見るようなものだ。

確かに、だれが金メダルをとったかはわかるだろうが、「なぜ」その選手が勝ったかは理解できないはずだ。

レースの結果を完全に理解するには、レース全体や、レースに至る過程を見なければならない。トレーニング中、レース前の調整中、レース中などのさまざまな選手の姿を見る必要がある。

同じように、わたしたちも時をさかのぼって、次のような興味をそそる疑問への答えを見つけたいと考えた。

・ゼニスが、同じときに似たような資源で出発しながら、テレビ以外の分野でついに大手になれなかった一方で、モトローラが、細々としたラジオ修理事業から、カーラジオ、テレビ、半導体、IC、セルラー通信への転進に成功したのはなぜか。

・大半の会社が十五年でも続けば運がよいというのに、プロクター&ギャンブルは、どのようにして百五十年間も繁栄し続けているのか。

そして、ライバル会社のコルゲートに大きな後れをとって出発しながら、どのようにして、業界で卓越した企業にまで成長したのか。

・かつてはウォール街で持てはやされたテキサス・インスツルメンツが、パット・ハガーティが引退したのち、ほぼ自滅した一方で、ヒューレット・パッカードが、ビル・ヒューレット、デーブ・パッカードが引退したのちも、健全で活気のある会社であり続けているのはなぜなのか。

・コロンビア・ピクチャーズが、アメリカを象徴する企業になることなく、徐々に衰退し、結局、日本企業に売却された一方で、ディズニーが、敵対的な買収攻勢にさらされながら生き残り、繁栄し続け、アメリカを象徴する企業になったのはなぜか。

・ボーイングは、どのようにして民間航空機業界で無名の存在から頭角をあらわし、マクドネル・ダグラスを世界最大の旅客機メーカーの座から追いやったのか。

一九五〇年代に、ボーイングにあって、マクドネル・ダグラスになかったものはなんだったのか。時代を超えた原則を発見する企業の歴史を見ることによって、正しい結論を導き出せるのだろうか。

企業が十年、三十年、五十年、あるいは百年前に行ったことを見て、何か役に立つことを学べるのだろうか。確かに、世界は劇的に変化しており、これからも変わり続ける。

こうした企業が過去に使った方法は、将来、そのままでは通用しないかもしれない。わたしたちもこの点は承知している。

しかし、今回の調査では、時代を超えた基本原則と基本パターンで、いつの時代でも通用すると考えられるものを探し続けた。

例えば、ビジョナリー・カンパニーが「基本理念を維持し、進歩を促す」(この本の全体で論じられている主要な原則)ために使う方法は進化し続けるだろうが、基本原則そのものは時代を超えたものであり、一八五〇年に有効で不可欠だったものは、一九〇〇年にも、一九五〇年にも、二〇五〇年にも有効で不可欠であろう。

わたしたちの目標は、会社の歴史を長い目で見ることによって理解を深め、二十一世紀にビジョナリー・カンパニーになれるよう準備するのに役立つ概念を生み出すことにある。

この本について、これまでのすべての経営書ともっとも違う点をひとつあげるとすれば、設立以来、現在に至るまで、企業の歴史の全体を調査し、ほかの企業と直接比較したことだろう。

このやり方は、固定観念になっている神話に疑問を出し、時代を超えて幅広い業種に適用できる基本原則を見分ける重要な方法であることがわかった。

ステップ四データを詰め込み、何カ月もかけてコンピューターで分析し、カメを探す調査対象の企業を選び出し、企業の歴史を比較するやり方が決まると、また難しい問題にぶつかった。

企業の歴史について、正確には何を調べるべきか。

企業戦略を調べるべきか。

組織構造か。

経営か。

文化か。

価値観か。

システムか。

商品ラインか。

業界の状況か。

ビジョナリー・カンパニーが長期にわたってその地位を維持していることを説明する要因は前もってわかっていたわけではないので、調査の焦点は絞り込めず、幅広い角度からデータを集めるしかなかった。

わたしたちは、この調査の間ずっと、チャールズ・ダーウィンがH・M・S・ビーグル号で五年間の航海に出て、ガラパゴス諸島を探検し、島によって種類が違う巨大なカメなどの種にぶつかったことを考え続けた。

この予期しなかった発見がタネになり、ビーグル号で帰国する間、そして、イギリスで研究をまとめる間、ダーウィンの思考を刺激し続けた。

予期しなかった発見という幸運に恵まれたことが一因で、斬新なひらめきを得たのだ。ダーウィンは、カメの変種をとくに探していたわけではなく、そこにカメがいたのだ。

大きくて、よろよろと進む奇妙なカメが、島中を歩き回っていた。それまでの種の概念には、どうにもあてはまらなかった。

わたしたちも、予想もしない奇妙な姿のカメにぶつかって、思考を刺激されたかった。

もちろん、そういうカメに偶然出合うことを期待して、ただやみくもに歩き回るよりも、はるかに体系的な方法をとりたかった。

体系的に幅広くデータを集めるため、「オーガニゼーション・ストリーム・アナリシス」と呼ばれる手法に基づいた枠組みを使って、情報を収集・分類した。

この枠組みを使って、調査チームが会社の歴史全体に関する情報を集め、九つのカテゴリーに分けた(付録3の表A1参照)。

このカテゴリーは、組織、事業戦略、商品・サービス、技術、経営、株主構造、文化、価値観、方針、外部環境など、会社のほぼすべての側面を網羅している。

この作業の一環として、年次報告書を一九一五年まで、毎月の株式総合利回りを一九二六年までさかのぼって、体系的に分析した。

さらに、アメリカの歴史と経営史、調査対象の企業が属する業界の歴史を、一八〇〇年から一九九〇年までの期間を対象に調べていった。

設立からの年数が平均で九十年を超える三十六の企業に関する情報を集めるため、百冊近い本と、三千点を超える資料(定款、事例研究、公文書、会社の刊行物、ビデオ)にあたった。

控えめに見積もっても、六万ページを超える資料を調べた(実際のページ数は十万ページに近いだろう)。

このプロジェクトに使った資料は、肩の高さのキャビネット三つと本棚四つ分、財務データと分析に使ったコンピューター・ファイルの容量は二十メガバイトにおよんだ(主な参考資料については付録3の表A2参照)。

ステップ五努力の成果を収穫する次の作業は、プロジェクト全体でもっとも難しかった。

気の遠くなるような量の情報、それもかなりの部分が質に関する情報を、いくつかのカギとなる概念に純化させ、ひとつの枠組みにまとめていった。

この枠組みには概念上のフックがいくつかあり、調査で得られた豊富なデータと裏付け資料をそこに掛けて、まとめていける。

わたしたちは、繰り返し出てくるパターンを探し、根底にあるトレンドと力を見つけ出そうとした。

ビジョナリー・カンパニーの軌跡を説明でき、しかも、二一世紀を目指して会社を築く経営者にとって現実的な指針になる概念を見つけ出そうとした。

わたしたちの調査結果は、比較分析を土台にしたものである。わたしたちは、作業の間常に、最大の疑問点に戻り続けた。

「長い歴史のなかで、ビジョナリー・カンパニーと比較対象企業を分けたものは何か」。

ビジョナリー・カンパニーと比較対象企業をいくつかの角度から体系的に比較した表を付録3に載せている。

比較分析のプロセスでは、独創性も大切にした。ビジネス・スクールや有名な経営書の窮屈な定説から、できるかぎり解放されたかった。

とくに、ビジネスとは一見なんの関係もないアイデアから、斬新なひらめきを得て、それを調査結果と組み合わせようとした。

このため、わたしたちは、生物学(とくに進化論)、遺伝子工学、心理学、社会心理学、社会学、哲学、政治学、歴史、文化人類学など、ビジネス以外の本を幅広く読んでいった。

ステップ六実地試験と現実の世界への適用調査プロジェクトの全期間にわたって、コンサルティング業務や社外取締役としての業務のなかで、調査結果や概念を過酷な現実にさらし、何回もテストした。

本書の執筆の段階では、すでに、調査に基づく枠組みとツールを、三十を超える企業に適用している。

これらの企業は売上高一千万ドル以下の若い企業から、売上高数十億ドルのフォーチュン五〇〇社企業までさまざまで、業種も、コンピューター、ヘルスケア、医薬品、バイオテクノロジー、建設、小売り、通信販売、スポーツ用品、電子機器、半導体、コンピューター・ソフト、映画館チェーン、環境エンジニアリング、化学、銀行など幅広い。

経営幹部に協力し、それも普通はCEOから直接に依頼をうけて事業に関与してきたので、ビジネス界でもっとも鋭く、実際的で、要求が厳しく、頑固な人々に、わたしたちのアイデアをぶつけることができた。

この「過酷な試験」によって貴重な意見を得ることができ、調査を進める過程で、概念を発展させていくことができた。たとえば、ある医薬品メーカーの会議で、幹部のひとりがこう尋ねた。

「基本的価値観には、正しいものと間違っているものがあるのか。言い換えれば、基本的価値観は、内容がもっとも重要なのか、それとも、内容に関係なく、価値観が本物で一貫していることがもっとも重要なのか。ビジョナリー・カンパニーすべてが共通して持っている価値観はあるのか」。

その後、わたしたちは資料を再び調べ、この疑問に体系的に答えていった(第三章参照)。

このようにして、調査から実践へ、実践から調査へというフィードバックのループができあがった(図1A参照)。

こうしたフィードバックは、五年間の調査プロジェクトの間、さまざまな問題について、何度も繰り返され、この本に大いに寄与した。

データはあくまでデータ

社会科学分野の調査や研究には、取り除くことができない制約と困難があり、わたしたちの調査も例外ではない。

例をひとつあげよう。

自然科学では、重要な変数をひとつだけ取り上げ、それ以外の変数をすべて一定に保ったうえで、その変数をさまざまに変化させて再現性のある実験を繰り返し、結果を評価する方法がとられるが、社会科学の分野ではこの方法はとり得ない。

企業を純粋培養するわけにはいかない。現実の歴史のなかから、メッセージを探し出し、それを最大限に活かすしかない。

巻末の付録1に、鋭い読者ならわたしたちの調査方法について感じるはずのさまざまな問題と、その問題に対するわたしたちの回答をまとめている。

しかし、こうした懸念をすべて考慮に入れても、わたしたちが調べた情報が膨大な量にのぼるうえ、調査→理論→実践というフィードバックを常に進めてきたので、わたしたちの結論は妥当であり、また、おそらくもっとも重要な点として、卓越した企業をつくり出すのに役に立つと、自信を持っている。

わたしたちは絶対の真理を見つけ出したとは考えていない。社会科学に携わる者なら、だれもそうは考えない。しかし、わたしたちはこう考えている。

今回の調査によって、いままで以上に深く企業を理解できるようになり、卓越した企業を築くための優れたツールを生み出せたと。それでは、わたしたちの調査の結果に話を進めることにしよう。

調査の対象とした企業の歴史には学べることが多く、本書も学べる点が多い本になったはずだと、わたしたちは自負している。

しかし同時に、読者には、この本を批判的、客観的に読んでほしいと願っている。

わたしたちの調査結果をなんの疑いもなく、やみくもに受け入れる読者よりも、考えに考えを重ねた結果、調査結果を否定する読者を、わたしたちは歓迎する。

データはあくまでデータである。

判断を下し、審判を下すのは、ひとりひとりの読者である。

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