ここから先は実際に論文なりプレゼンの資料をまとめていく作業の解説に入る。そうした場面は一切ないという方は、ざっと目を通す程度にしていただければと思う。
「本質的」「シンプル」を実現する
ついに最後の仕上げのステップだ。
イシュー、それを基にしたストーリーラインに沿って分析・検証が済んだら、あとはイシューに沿ったメッセージを人に力強く伝わるかたちでまとめる。これが僕が「メッセージドリブン」と呼んでいるこの章の概要だ。
仮説ドリブン、アウトプットドリブンに続く、イシューに対する解の質をグッと高める「三段ロケット」の最後にあたる。
一気に仕上げる
ここまでの手法に沿って正しく検討を進めていれば、解はかなりの質にまで到達しているはずだが、これを一気に仕上げ、完成品にするのがこのステップだ。
ここの踏ん張りで、同じネタでも見違えるほど力強いアウトプットになる。
まとめの作業にとりかかる前には、「どのような状態になったらこのプロジェクトは終わるのか」という具体的なイメージを描く。
単に資料や論文ができればいいわけではない。
ここまで目指してきたのは、価値のあるアウトプットだ。「イシュー度」が高く、「解の質」も高いアウトプットだ。それだけが人の心にインパクトを与え、価値を納得させ、本当に意味のある結果を生み出すことができる。それがこのメッセージドリブン、つまり最後のステップを終えて私たちが目指す到達点であり、そのために何が必要なのかを再度深く考えたい。
検討報告の最終的なアウトプットは、ビジネスではプレゼンテーション、研究では論文というかたちをとることが多いだろう。
これらは第一に聞き手・読み手と自分の知識ギャップを埋めるためにある。
聞き終わったとき、あるいは読み終わったときに、受け手が語り手と同じように問題意識をもち、同じように納得し、同じように興奮してくれているのが理想だ。
このためには、受け手に次のようになってもらう必要があるだろう。
- 1意味のある課題を扱っていることを理解してもらう
- 2最終的なメッセージを理解してもらう
- 3メッセージに納得して、行動に移してもらう
では、そもそも、僕たちの話を聞いてくれる(あるいは読んでくれる)受け手は、どういう人たちだと想定すべきだろうか?僕が最初に訓練を受けた分子生物学の分野では、講演・発表をするにあたっての心構えとして「デルブリュックの教え」(マックス・デルブリュックはファージという細菌に感染するウイルスを使った遺伝学の創始者の1人、1969年にノーベル生理学・医学賞を受賞)というものがある。
これは科学に限らず、知的に意味のあることを伝えようとしている人にとって、等しく価値のある教えではないかと思う。
それが次のようなものだ。
- ひとつ、聞き手は完全に無知だと思え
- ひとつ、聞き手は高度の知性をもつと想定せよ
どんな話をする際も、受け手は専門知識はもっていないが、基本的な考えや前提、あるいはイシューの共有からはじめ、最終的な結論とその意味するところを伝える、つまりは「的確な伝え方」をすれば必ず理解してくれる存在として信頼する。
「賢いが無知」というのが基本とする受け手の想定だ。
その上で「イシューからはじめる」という当初から貫いてきたポリシーそのままに、「何に答えを出すのか」という意識を発表(プレゼン・論文)の全面に満たす。
シンプルにムダをなくすことで受け手の問題意識は高まり、理解度は大きく向上する。
一方、イシューがあいまいであればあるほど受け手の気は散り、理解度は落ちる。結果、望む結果にはほど遠くなる。
本書では最初から「何に答えを出すべきか」というイシュー視点での目的意識を明確にもって進めてきたわけだが、このステップをその集大成とする。
「イシューからはじめる」世界では「何となく面白いもの」「たぶん大切だと思うもの」などは要らない。
「本当にこれは面白い」「本当にこれは大切だ」というイシューだけがあればよい。
複雑さは一切要らない。
意識が散るようなもの、あいまいなものはすべて排除する。
ムダをそぎ落とし、流れも構造も明確にする。
メッセージドリブン、つまり仕上げの段階では「本質的」「シンプル」という2つの視点での磨き込みを行う。
まずはストーリーラインの構造を磨き、その上でチャートを精査する。
要点をみていこう。
ストーリーラインを磨き込む3つの確認プロセス
まずは、イシューに沿ったメッセージが伝わっているか、という視点でストーリーラインの構造を磨き込む(図1)。具体的には3つのプロセスがある。
- 1論理構造を確認する
- 2流れを磨く
- 3エレベータテストに備える
それぞれのポイントをみていこう。
プロセス①論理構造を確認する
最初に行うのは、基本的な論理構造を確認することだ。
これまでに紹介してきた手法をとっている限り、イシューもそれを支えるサブイシューも明確で、それを検証するための話の構造もきっちりピラミッド型に組んであるはずだ。
分析・検証が終わり、個別のチャートも一通りできた時点ではその構造を確認しよう。
ストーリーラインの解説部分で述べたとおり、構造は結論をピラミッド型に支える「WHYの並べ立て」もしくは「空・雨・傘」のいずれかをとっているはずだ。
まずは最終形がどちらかの構造ですっきり整理できていることを確認する。
「WHYの並べ立て」の場合、並列で挙げられた理由がひとつぐらい崩れても破壊的な影響は受けないことが多いが、「空・雨・傘」の場合、「空」の前提が崩れたり、それを受ける「雨」で大きな洞察が外れたりしていると、「傘」にあたる全体のメッセージに大きな影響が出る。
同時に全体の構造を見直しながら、構造上不要になった部分を剥ぎ取っていく。
「空・雨・傘」の構造で整理するのが難しくなった場合、「WHYの並べ立て」への組み替えができないかを考えるというのもありだ(逆のアプローチもありだが、それができるケースはあまりない)。
「WHYの並べ立て」「空・雨・傘」いずれの構造においても、カギとなる洞察や理由はダブりもモレもない状態であることを確認する。
分析・検証の結果、全体のメッセージに影響が出たときには、全体のストーリー構造を見直す必要がないかを確認する。
本来、答えを出すべきイシューを意識して行ったため、個別のサブイシューの分析結果が想定外でもそれなりに意味のあることになるというのは、これまで述べてきたとおりだ。むしろ、誰も想定しない結果のほうがインパクトを呼ぶ可能性が高い。
第3章の冒頭でフェルミの言葉を引用したが、仮説が崩れたら「発見だ!」と思うぐらいの気持ちでよい。
話の流れや比較検討に使用したフレームワークがあれば、これも図としてまとめたほうがよい。ただし、話全体の構造として使うフレームワークは極力ひとつに留めておく。
いくつものフレームワークを頭に置いて話を聞いたり論文を読み続けたりすることは、受け手の理解度を落とすからだ。
また、論理の構造を確認するこの段階でカギとなる新しい概念が出てきたら、「オリジナルの名前」をつけるとよい。
手垢のついた言葉を使って説明したために大きな誤解を呼ぶことは多い。
たとえば、トヨタ自動車は自社の生産方式のツールに「カンバン」という名前をつけ、GEは経営全体のプロセス改革手法に品質管理から生まれた「シックスシグマ」という名前をつけて展開した。
その結果、いずれも経営の教科書に載るほど浸透する概念となった。もちろん、名前をつける場面でもよほど意味のあるものに絞る、ということは大切だ。
プロセス②流れを磨く
ストーリーの基本となる論理の構造を確認したら、次に確認するのが「流れ」だ。
優れたプレゼンテーションとは、「混乱のなかからひとつの絵が浮かび上がってくる」ものではなく、「ひとつのテーマから次々とカギになるサブイシューが広がり、流れを見失うことなく思考が広がっていく」ものだ。こうしたかたちを目指す。
最終的なメッセージを明確な論理の流れのなかで示していくことが理想だ。
この話の流れを磨き込むためには、リハーサルをやりながら手を入れていく、という方法がお薦めだ。
僕は通常2つのステップでリハーサルを行っている。
最初が「紙芝居形式の荒磨き」、次が「人を相手にした細かい仕上げ」だ。「紙芝居形式の荒磨き」は自分だけでも、チームメンバーに隣にいてもらってやってもいい。
チャートを揃え、めくりながら説明して、話の順番やメッセージのメリハリを修正していく。こうすると流れが悪いところ、締まりがないところ、補強が必要なところがすぐにわかる。
流れ上、問題が出るチャートは大胆に抜いてしまってよい。もともとの論理構造が強いので、多少のことではストーリーや全体のメッセージが崩れることはない。
この「紙芝居形式の荒磨き」が終わったら、次に聞き手をおいて本番同様のリハーサルで細かい仕上げをする。素朴な疑問ほど大切になるので、聞き手はそのプロジェクトの検討テーマ・内容について直接的に知らない人がベストだ。
建設的な意見を出してくれる気心の知れた人に頼みたい。
メンバー以外の同僚や知人、内容が一般的であれば家族や恋人でもいいだろう。
制約があってそうした人に頼めない場合は、メンバーに想定されている聞き手になったつもりでコメントをもらう。
それすら無理な場合は、自分一人で壁に向かって説明し、それを録画して見返すことでもかなりの磨き込みができる。
ちょっと抵抗のある人も多いだろうが、自分では気づかないクセやわかりにくい言い回しを見つけるために実に効果的だ。
リハーサルで論理の構造や分析・チャートの表現が明瞭なはずなのに説明がしにくい、というときはストーリーラインの流れに不要なものが混ざっている可能性が高い。
説明上の落とし穴、誤解を招きやすい表現に気づくこともある。
聞き手には「わかりやすいか」という視点とともに、「聞いていて引っかかるところはないか」という視点でもコメントをもらう。
プロセス③エレベータテストに備える
ストーリーラインを磨き込む最後の確認事項は「エレベータテスト」に対する準備だ。エレベータテストとは「仮にCEO(最高意思決定者)とエレベータに乗り合わせたとして、エレベータを降りるまでの時間で自分のプロジェクトの概要を簡潔に説明できるか」というものだ。
時間にすれば20~30秒程度で複雑なプロジェクトの概要をまとめて伝える、というこのスキルは、トップマネジメントをクライアントとして仕事を行うコンサルタントや大規模プロジェクトの責任者には必須のものだ。
そのような立場にいない人でも、このテストによって、「自分がそのプロジェクトや企画、論文についてどこまで本当に理解し、人に説明し、ひいては売り込めるようになっているか」について測ることができる。
だが、実はこのテストの準備は既に8割方は終わっている。なぜなら、ピラミッド構造に組み上げたストーリーラインには、トップレベルに結論が並んでいるはずだからだ。
その上で、構造が「WHYの並び立て」であれば根拠となる「WHY」を伝え、「空・雨・傘」であれば、「空」(何が問題なのか)・「雨」(重要な洞察は何か)・「傘」(問題の答えは何か)、それぞれの結論を伝えればよい。
分析・検証の途中であれば、今のところの見立てを伝える。
エレベータテストでわかるのは、ピラミッド構造でストーリーをまとめることの利点だ。
結論のポイントが並び、その下も同じ構造で要点が並ぶので、相手や使える時間に応じて「何をどのレベルまで説明すべきか」を自在に判断できる。
「結論が見えない」と相手をイライラさせることもなく、相手が深く確認したいところについてはどんどん話を広げていくことができる(図2)。
チャートを磨き込む 優れたチャートと磨き込みのコツ
ストーリーラインを磨き込んだら、次は個々のチャート(図表・グラフ)を精査していく。
優れたチャートとはどんなものだろう?チャートの基本的な構造について復習しておこう。
チャートは図3のように、「メッセージ・タイトル・サポート」という3つの要素からできている。
いちばん下には必ず情報源を書く。
これを描くために多くの人が日々四苦八苦しているが、本当に気の毒なのは「意味のわからないチャートを見せられて四苦八苦している聞き手や読み手の人」だ。このような人を出さないようにきちんとチャートを磨き、メッセージを明確にする。
僕はこれまでの経験から、優れたチャートが満たすべき条件というのは以下の3つに収斂すると考えている。
- 1イシューに沿ったメッセージがある
- 2(サポート部分の)タテとヨコの広がりに意味がある
- 3サポートがメッセージを支えている
「何だ、これだけか」と言われるかもしれないが、この3つの条件がひとつでも外れると致命的だ(図4)。
「イシューに沿ったメッセージがある」というのは読んだまま、そのチャートがイシューに即している、という当然のことの確認だ。
「面白いデータだから」といったメッセージのはっきりしないチャートは必要ない。
ここまで読まれた人であればこの条件の大切さはすぐにわかってもらえるだろう。
「(サポート部分の)タテとヨコの広がりに意味がある」というのはちょっとわかりにくいかもしれない。
だが、これもこの本でずっと述べていたことの重要なエッセンスである「分析は比較」という表現そのものだ。
メッセージを力強く、分析的に支えようとするのであれば、チャートの「タテ」「ヨコ」のそれぞれの軸の広がりに明確な意味がなければならない。
「サポートがメッセージを支えている」というのも自明ではあるが、大切な確認事項だ。
言えるはずのないことを言わず、言わんとするメッセージに即した適切なサポートを用意する。
これは、自分の論理的思考力の問題でもあり、倫理性の問題でもある。
厳重な査読を受ける学術論文であれば、論拠の怪しいデータ・チャートははじかれるだろうが、そうでない状況であれば、そうしたチャートが入り込んでくる余地はいくらでもある。
ビジネスであればこうした「自分に都合のよいチャート」をつくったことがない、と断言できる人のほうが稀だろう。
僕が見ているチームでもこのワナにはまったチャートは頻繁に現れるし、かなり注意していないと見落としそうになることがある。
自分の身の回りに溢れる「チャート(図表)と呼ばれるもの」を見渡してみると、この3つを満たしているものは実に少ないことに気づくと思う。
これらの条件を踏まえるだけでチャートは見違えるほど力強く、わかりやすいものになる。
チャートを磨き込むためには、「優れたチャートの3条件」に対応した次の3つの作業を行う。
1メッセージを徹底する
2タテとヨコの比較軸を磨く
3メッセージと分析表現を揃える
それぞれについて、もう少し詳しく見ていこう。
コツ①1チャート・1メッセージを徹底する
チャートの磨き込みで最初に行うのが、イシューに沿った明確なメッセージがあることの確認だ。
プレゼンでよく見る、大きなフォントで書かれた「最近の動き」とか「業界の動向」といった主語も動詞も不明なタイトルはメッセージにも何にもなっていない。「このチャートで何を言いたいのか」ということをしっかり言葉に落とす。
この仕上げの段階まで来ると、「何を言うか」とともに「何を言わないか」も大切になってくる。ここは、世界のデザイン界にミニマリズムをもたらした日本的美意識が生きるところでもある。
浮世絵や枯山水の庭と同様、焦点を絞り、本筋に関係のないところは大胆に削り捨てる。枝葉の小さな論点が太い論点を濁らせることは避けたい。
そして、それぞれのチャートが本当にひとつのメッセージしか含んでいないこと、そして、それが正しくサブイシューにつながっていることを確認する。
2つ以上のことを言いたいなら2つのチャートに分断する。
中身のあるはずのチャートがぱっと目で理解できないときには、メッセージが混在している場合が多い。
ひとつのメッセージであれば強調する場所も比較のポイントも明確だが、2つ以上のメッセージを突っ込んだとたんにわけがわからなくなるのだ。
「1チャート・1メッセージ」を徹底するだけで、1つひとつのチャートが劇的にシンプルになる。
人がチャートを見て「わかる」「意味がある」と判断するまでの時間は、経験的に長くて15秒、多くの場合は10秒程度だ。僕はこれを「15秒ルール」と呼んでいるが、人はこの程度の時間で「その資料をきちんと見るかどうか」を判断している。
つまり「最初のつかみ」が悪ければ、そのチャートは存在しなかったことと同じになってしまうのだ。
大きなプロジェクトの場合、まとめたものの価値を判断する人は、経営者であれ論文の審査者であれ、おおむねとても忙しく、自分に自信をもつ人たちだ。
数枚続けて「このチャートには意味がない」と判断すれば、すぐに彼らの心の窓は閉じてしまう。目線が下に落ち、目の輝きが失われる。ゲームセットだ。
個別のチャートにおいても、周りの人に説明してみて、少しでも「これは説明しづらい、あるいはこれは伝わりにくい」と思ったら見直しを考える。
繰り返しになるが、ここで最初に考えるべきは「1チャート・1メッセージ」の法則を守っているか、ということだ。
僕が米国での研究時代にお世話になったある教授に言われ、今も大切な教えにしている言葉がある。
「どんな説明もこれ以上できないほど簡単にしろ。それでも人はわからないと言うものだ。そして自分が理解できなければ、それをつくった人間のことをバカだと思うものだ。人は決して自分の頭が悪いなんて思わない」
コツ②タテとヨコの比較軸を磨く
「1チャート・1メッセージ」を徹底したら、次にするべきはタテとヨコの比較軸を磨くことだ。
優れたチャートは明確なイシュー、サブイシューを取り上げているだけでなく、その答えを出すために明確な比較ができている。つまりタテとヨコの広がりにイシューの検証につながる明解な意味がある。
人がチャートを見て、最初に目が行くのはメッセージと全体のパターン、次がそのパターンを読み解くためのタテヨコの軸だ。
正しいイシュー・サブイシューについて取り組んでいたとしても、分析における軸が適切に選ばれていなければその分析自体が死んでしまう。
僕のこれまでの経験では世の中に生み出されるチャートの少なくとも半分は、この「軸」に問題があると思っている。
そうならないためには何をすればいいのだろうか。
▼軸の選択をフェアにする
たとえば、中古カメラを買おうとしているとき、「キズもなくて値ごろ」と評価されているカメラが実は電子系に異常がある、というのであれば、誰しもが「詐欺だ」と怒るだろう。
だが、これと近いレベルで自分に都合のよい軸だけを選び、結果として説得力を失っているチャートは多い。メッセージを伝達するためには、必要な比較軸をすべて並べることが大切だ。
たとえば、事業オプションについての比較において、成功したときの効果や機会だけをみてリスクや実際の取り組みのボトルネックの検討がないなど、軸の選択が恣意的で正しい比較ができないチャートがあると、発表自体の信用性が地に落ちる。
このようなことは絶対に避けたい。
▼軸の順序に意味をもたせる
軸をフェアに選んだあとは、軸の順序にも意味をもたせなければならない。
単にアルファベット順に並べていたものを「大きいものから小さいものへ」「プロセスが発生する順に」などの意味の視点で並べ直すだけで見違えるほどわかりやすくなる。
特に、数値の入らない定性分析のチャートではこれは重要な部分だ。
このあたりの仕上げを見ればプロとしてのレベルがわかる(図5)。
▼軸を統合・合成する
次に気をつけたいのは、「重なり合っているはずの条件」を比較している場合だ。
そのような場合には、本当の意味での条件が何種類あるのかを整理して、「ダブりもモレもなく」比較の条件を整理する。軸を統合・合成して共通の軸をつくり、それを重ね合わせることで、絡まりあった世界がシンプルに比較できる世界になる(図6)。
▼軸の切り口を見直す
分析結果が明確なメッセージにつながらない場合、情報の切り口にノイズが含まれていることが多い。何らかの条件に心当たりがあるときはそれを掛け合わせることで軸をすっきりさせることができる場合がある(図7)。それでもうまくいかないときは軸の基本単位を見直すことも場合によっては必要だ。
たとえば、スポーツ飲料の市場を抽出しようとして「人の属性」を軸にすると、「運動をよくする人」「若い女性」に消費が偏っているが、意外に「中高年」にも消費が多い、ということがわかったとする。
いちばん多い層に属性を絞り込むと市場の3分の1もカバーできず、人を納得させるだけの比較の差分が見つからない、という状況だ。
このような事態に陥る最大の理由は「軸の切り方が甘い」ためだ。
冷静に考えると「常に同じ飲料だけ飲む人」などいないだろう。寝起きと仕事中と勉強中は違うものを飲むだろうし、パンを食べるときとおにぎりを食べるときでも違うはずだ。
とすると、軸を「人の属性」で切っている限り、このようなあいまいな結果は続くことが予想できる。この場合、スポーツ飲料を飲む「場面」を軸の基本単位として分析することで、市場をきれいに抽出することができる(図8)。
これは、僕がコンサルティングの仕事をはじめた頃に手がけた「場面(オケージョン)=利便(ベネフィット)」の視点での市場の切り分けの応用だが、実際、この手法は非常に強力で、さまざまな分野でいくつものヒット商品を生み出した。
このように軸の切り口を思い切って見直すことで、分析がすっきりして、意味合いがはっきりするケースは多い。
先の例のようにデータの「濁り」がどこからきているのかを考えることがファーストステップになる。
カギとなる分析の軸を見直すというのは、実際には第2章(ストーリーラインづくり)あるいは第3章(絵コンテづくり)での作業だが、実際、分析結果を踏まえないとわからないことも多少はある。
その場合は、第4章(アウトプットづくり)の回転率を上げる場面、もしくはこの最後の仕上げの段階で拾い上げる。
イシューの見極め、イシュー分析、仮説検証のすべてのサイクルを素早く回すことが大切なのは、ここにもひとつの理由がある。
コツ③メッセージと分析表現を揃える
「1チャート・1メッセージ」を徹底し、タテとヨコの比較軸を磨いたら、チャートの磨き込みも仕上げに入る。最後はメッセージに即した「分析表現」を磨き込んでいく。
この分析(サポート)で本当にこのメッセージが明確に検証できるのかをチェックする。ここでは、表現の面から差分が十分に出るように手直しを試みる。
第3章でみたように、同じ「構成」のチャートであっても、多数の表現方法が存在する。
本当に今の表現が適切か、もっとも理解しやすいかたちを目指してさまざまな表現方法を試す。
たとえば、当初は「差分の実数」によって表現するつもりでも、差が既に数倍というレベルで起こっているのであれば「基になる数の何倍」という表現にしたほうがわかりやすくなる(図9)。
「軸の刻み」を見直すことでメッセージが明確になる場合もある。
たとえば、ある商品の利用客数と売上の相関関係を見ると、多くの場合は「80対20ルール」(売上の8割は全顧客の2割に依存している)が成り立つが、これも常にそうだとは限らない。
思い込みをせず「本当の刻みはどのあたりにあるのか」について直接データを見ながら確認する。
僕の経験でも、実際に調べてみると「わずか1、2%のユーザーで売上の8割を占めている」という市場もあった。
このような場合、強調箇所に少し手を入れることで分析の印象や与えるインパクトは大きく変わってくる(図10)。
仮説をもち、絵コンテづくりをした上で分析・検証すると、その結果は想定とは完全には一致しない。それがふつうだ。その微妙なズレ自体が貴重な情報となる。
イシューに沿ったかたちでメッセージを明確にしながら、そうした情報を加えて分析表現を磨き込んでいく。その結果、単なるデータの集積ではなく、本当に何かを伝えるためのチャートが生まれる。
***ここまでできればメッセージドリブンのステップも終了だ。
もう一度、誰かを前にしてプレゼンしてみよう。ここで問題がなければ作業は終了だ。
「コンプリートワーク」をしよう
僕は現在、大手IT企業でさまざまな経営課題に携わる仕事に就いている。
僕自身が直接問題解決に携わることもあれば、メンバーの課題や悩みを聞き、ポイントを整理することもある。
「これまでの科学者・コンサルタントという経験は今の仕事にどう役立っていますか?」と聞かれることも多い。そのひとつが、この本で一貫してお伝えしてきた「イシューからはじめる」思想であり、それにまつわる行動様式、結果としての問題解決力だ。そしてもうひとつが「結果を生み出す」ことに対するコミットメントの強さだと思っている。
コンサルタントは高いフィーをもらう代わりに確実に変化を生み出し、クライアントに喜んでもらうのが仕事だ。科学者も限られた時間のなかできっちりと成果を生み出すのが仕事という点は変わらない。いずれも結果に対する強い自己ドライブがないと仕事を楽しめない。
報酬は年棒だけで「時間外労働」という概念の一切ない世界においては、こうした考え方をしていないと最悪の場合、奴隷のような生活になってしまう。
僕を育ててくれた母体のひとつであるマッキンゼーにある教えというか、教義というか、はたまた信念というべきなのか、表現し難い「憲法レベル」とされる言葉にこんなものがある。
「コンプリート・スタッフ・ワーク(CompleteStaffWork)」これは「自分がスタッフとして受けた仕事を完遂せよ。いかなるときにも」という意味だ。
この「コンプリートワーク」という言葉はプロフェッショナルとして仕事をする際には、常に激しく自分にのしかかってくる。
プロフェッショナルの世界では「努力」は一切評価されない。
確かに手の込んだ仕事をすれば多少の感銘はしてもらえるかもしれないが、それもあくまできっちりとした結果が生み出されてのことだ。
常に最初に来るのは結果であり、努力はその評価の補助手段であり「芸の細かさ」をアピールするものに過ぎない。
たったひとつの分析でも、そのとき取り扱っているひとつのイシュー・サブイシューに答えが出なければ、どれほどそこに時間とお金をかけても何の意味もない。
いや、むしろ自社やクライアントに貴重な時間とお金をムダにさせたという意味では、大変な罪悪だ。
すべての仕事は結果がすべてであり、この結果があるレベルの価値に到達しないと、その仕事はいかなる価値ももたず、多くの場合マイナスになる。
この厳しさを骨の髄まで叩き込んでくれたという意味で、マッキンゼーには本当に感謝している。
「コンプリートワーク」をするためには命を削るような思いをするだろうが、命を削ることそれ自体には何の意味もない。
その酷薄なまでの真実が、僕らを時間から解放し、本当の意味で自由にしてくれる。
「人から褒められること」ではなく、「生み出した結果」そのものが自分を支え、励ましてくれる。
生み出したものの結果によって確かに変化が起き、喜んでくれる人がいることがいちばんの報酬になる。
仕事がうまく進んだとき、僕が感じるのは「うれしい」というよりも「ほっとした」というものだ。
自分の会社やクライアントに約束した価値を無事届けた、このこと自体が何とも言えない達成感を生む。
この価値を生み出す根っこにあるのが、「イシューからはじめる」という思想であり、脱「犬の道」という考え方だ。
これをしっかりともつだけで僕らの生活は格段にラクになる。
そして毎日が格段に充実したものになり、一日一日で生み出す価値は遥かに大きなものになっていく。
このことを最後に共有できたら、と思う。
おわりに「毎日の小さな成功」からはじめよう
事業会社に移った今も、担当するプロジェクトメンバーや新しく自分の部門に所属になった人たちに、本書で紹介した内容を直接教える機会がある。
今、僕が伝える相手は本当にいろいろなバックグラウンドと経験値をもった人たちだ。自社の現状に即した実戦的な例題を一緒に解いてもらいながら、この本で紹介した考え方を伝える。
研修の終了後にはこんな感想をもらうことが多い。
「これまで〈与えられた問題にどう対処するのか〉と考えていたが、まず〈本当の問題の見極めから入らなければダメなんだ〉ということがよくわかった」「これまで、果てしなく調べた結果、何がなんだかわからなくなることが多かったが、その原因が〈集め過ぎ〉だったことがわかった」「これまでは〈犬の道〉でやっていたことに気づいた。仕事に取り組む気持ちが大きく変わりそうだ」「単なる問題はイシューではなく、〈白黒つけなければならないことがイシュー〉だと聞いてハッとした」
その一方で、「イシューが大切なことはわかったが、どうやって自分の見ているものがイシューかそうでないのかがわかるのか、今ひとつ腑に落ちない」「内容はそのとおりだとは思うが、腹に落ちた、真に理解した、という感覚になれない」という感想もある。
そう言う人には、僕は次のように伝えている。
「僕は今、自分にできる限りの深いレベルまで、知的生産におけるシンプルな本質を伝えた。あとは、あなたが自分で経験する以外の方法はないはずだ」と。
結局のところ、食べたことのないものの味はいくら本を読み、映像を見てもわからない。自転車に乗ったことのない人に乗ったときの感覚はわからない。恋をしたことのない人に恋する気持ちはわからない。イシューの探究もこれらと同じだ。
「何らかの問題を本当に解決しなければならない」という局面で、論理だけでなく、それまでの背景や状況も踏まえ、「見極めるべきは何か」「ケリをつけるべきは何か」を自分の目と耳と頭を頼りにして、自力で、あるいはチームで見つけていく。
この経験を1つひとつ繰り返し、身につけていく以外の方法はないのだ。
検討したものが本当にイシューであれば、科学であれビジネスであれ、確実に新しい判断が行われ、それに基づいて次の課題に進む、あるいは明確な変化が起こる。
それは次のステップに進むことかもしれないし、見えていなかった新たなイシューが顕在化することかもしれない。「あいまいさが消えてグッと視界が開けた」と周りの人から感謝されることもあるだろう。
こうなると明らかに自分は意味のあるイシューをつかんだ、ということがわかる。
毎日の仕事・研究のなかで「この作業って本当に意味があるのか?」と思ったら立ち止まってみよう。そして、「それは本当にイシューなのか?」と問いかけることからはじめよう。
僕自身、振り返ってみても、まさにこういう日々の活動のなかで、少しずつイシューに対する感覚を磨いてきた。
コンサルタントとして仕事をはじめた頃、「それって、本当にイシューなんですか?」と尋ねて、チームの責任者から「それは、とてもいい質問だね!」と言われたときの喜びは今でもよく覚えている。
読者の皆さんも毎日のなかで小さな疑問をもち、小さな成功を積むことからはじめてほしい。
「経験しないとわからない」と書くと「じゃあ、この本は何のためにあるのか?」と言われそうだが、この国では論理思考や問題解決において、新しいツールの紹介のようなものばかりが行われ、本質的な知的生産についての議論が足りないように思う。
この本が共通の議論のベースと実践の手がかりとなればと願っている。
特に周りが「死ぬまで働け!」といった「犬の道」信者ばかりで、信頼できる相談相手がいない人は、疲弊して倒れてしまう前にこの本をヒントにして「考えて」ほしい。
「悩む」のではなく、「考える」ときに使ってもらい、大きくても小さくても、ひとつのまとまったプロジェクトを乗り切ったときにもう一度立ち返って目を通していただければまた違った発見があると思う。
この本で紹介した考えが、少しでも、皆さんの生活を質的に改善し、1人でも多くの方が「犬の道」から脱することにつながれば、これほどうれしいことはない。
最後に、この本を手にとっていただいたことに感謝します。
そして、ここまで読んでくださったことに対し、改めて、本当にありがとう。
謝辞
まず、この本のきっかけになったブログを書くことを私に強く薦めてくださったマッキンゼーの先輩、石倉洋子さん(一橋大学大学院教授)、そして、そのブログを見て、この本を書くことを提案し、ここまで辛抱強くお付き合いいただき、まとめあげてくださった編集者の杉崎真名さんに心から感謝したい。
マッキンゼーの元同僚で、現在ニューヨークにて弁護士活動を行っている藤森涼恵さんには、多くの原稿に目を通していただき、数多くの得難いアドバイスを得た。
本当に感謝している。
また、この本は、これまで私を育ててくれた数多くの方の存在なしにはあり得なかった。
研究室、職場における先輩、チームメンバー、後輩たち。
何より、日々の仕事で私を鍛え上げてくださった数多くのクライアントの方々。
この本の一節一節に皆さんとの会話が反映されている。
なかでも東京大学応用微生物研究所(現・分子細胞生物学研究所)において、サイエンスの何たるかを一から教えていただいた大石道夫・山根徹男の両先生、マッキンゼーにおける恩師である、大石佳能子、大洞達夫、田中良直、宇田左近、上山信一、山梨広一、横山禎徳、平野正雄、門永宗之介、名和高司、澤田泰志の各氏、イェールにおける恩師であるラリー・コーエン、トム・ヒューズ、フレッド・シグウォース、ジム・ハウ、ヴィンセント・ピエリボーンの各氏にはとりわけ感謝している。
また、ヤフー株式会社の井上雅博社長、喜多埜裕明COO、藤根淳一統括本部長の温かい理解なしには本書の執筆・発行はあり得なかった。
事業会社の一員でありながら、このように本を世に出すことができたことにとても感謝している。
最後に、限られた週末の時間までを犠牲にしていながら、ここまで執筆を理解し、応援しつづけてきてくれた、我が最愛の妻と娘に心から感謝したい。
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