「会社はトップの器以上に大きくなりようがないわけですから、 トップがどれだけリーダーシップを伸ばせるかは とても重要な経営課題だと思います」──鈴木義幸
はじめに
- 「部下や周りの人からどうも信頼されていないようだ」
- 「部下のためを思ってアドバイスをしたのに、それ以来避けられてしまう……」
- 「親会社からの役員と生え抜きの間に溝があり、一体感のあるマネジメントチームができない」
- 「怒濤のごとく押し寄せる案件に、即断即決を迫られ、目が回る忙しさの中、もっと時間が欲しい」
- 「すべての責任を受け入れなくてはならず、孤独感を感じる。信頼できる経営についてのアドバイザーがいれば……」
あなたはこのようなことに、頭を悩ませてはいませんか? ここに挙げた例は、私が社長をしていた時に、私自身が実際に感じていた悩みです。
私の経歴は、一見華やかで順風満帆なキャリアを歩んできたかのように見えるかもしれません。
新卒で日産自動車に入社後、社内の留学制度でカリフォルニア大学ロサンゼルス校( UCLA)アンダーソンマネジメントスクールに留学し、 MBAを取得。
帰国から三年後には、外資系コンサルティング会社のジェミニ・コンサルティング・ジャパン(現ブーズ・アンド・カンパニー )でシニアコンサルタントとして、さまざまなプロジェクトに従事。
三十八歳の時には、日本コカ・コーラビバレッジサービスにて常務執行役員。四年後にはプリント倶楽部(プリクラ)などで知られた アトラスで、初めて社長となり、三期連続赤字を黒字化。
その後、日本でザ・ボディショップのフランチャイズ展開を行っている、 イオンフォレストとスターバックスコーヒージャパン で CEOを務め、それぞれ店舗数の拡大と増益を達成することができました。
順調にキャリアを積み重ね、エスカレーターのような人生を歩んでいるように思われがちですが、実際には、日産時代には上司からのイジメによってノイローゼ寸前となったり、初めて社長となったアトラスでは、「指をつめろ」「家の権利証を持ってこい」と脅されて鬱病寸前になったり……。
ザ・ボディショップやスターバックスでも、 CEOとして日々いろいろなことで悩んでいました。
しかし、問題にぶつかる度に多くの人のサポートを受けながら、自分自身に問いかけ、自ら解答を見つけてきました。本題に入る前に、自分の力を信じることの大切さについて私が経験したことからお話ししましょう。
「自分で治す!」その意識が、結果を変える
私は大学時代に野球で右膝を傷め、今も治療を続けています。高校時代は、過去に甲子園に出場したことのある名門校の野球部でキャプテンを務め、大学でも野球部に入部しました。
上級生が少なかったこともあり、早くから試合に出場させてもらえたのですが、入部して早々に膝の半月板を損傷してしまったのです。
手術をしてから一年。来る日も来る日もリハビリの毎日でした。
しかし、そのケガを乗り越え、子供のころからの夢であったピッチャーとして公式戦で投げられるまでに、回復することができました。
得たことの多かった野球ですが、身体へのダメージは、引退してから二十年、三十年経って現れました。
今でも週末にソフトボールやゴルフを楽しんでいますが、膝の軟骨が出てきてしまい、激しい痛みを感じるようになったのです。
私は外科医をしている親友から、オリンピック選手やプロ野球選手を担当する高名なお医者さんを紹介してもらい、二度手術を受けましたが、かえって可動域が狭まり、手術以前より状態が悪くなってしまいました。
最後にはとうとう、そのお医師さんからもさじを投げられ、膝に人工関節を入れることを薦められました。
人工関節を入れると痛みがなくなるのですが、その代わりに激しい運動ができなくなる。私は、随分悩みましたが、結局人工関節を入れないことにしました。
骨はキレイになり、痛みも感じなくなる。外科医として、これは当然のアドバイスでしょう。
わたしは医師の意見に従い、人工関節を膝に入れてしまえば楽だろうとも考えましたが、ふと自分が死んで骨となった時、チタンの欠片が自分の骨に混ざっている絵を思い浮かべ、何か嫌な気持ちになりました。
私は人工関節を入れるかどうか悩みながら、「ここがいい」と聞けば、あちこち治療院へ出かけていきました。
整骨院、針、整体、カイロプラクティック……。必死に探している中で、知人から紹介され、ある治療院の院長先生と出会いました。
人間が本来もっている免疫力を高めて治療していくというのが、その先生の考え方でした。ですから、患部を直接診ることや、マッサージなどはあまりしません。
「岩田さん、今日はちょっと肩が疲れています。今日はこの疲れを取りましょう」「体内に菌が溜まっています。まずはこの菌を退治しましょう」 患部の治療とは無関係のことのように思えることから始まりました。
膝を治したくて必死だった私は、初診後、初診料と治療代をドブに捨てたな、と思いました。しかし、せっかく知人が薦めてくれた治療院。三回行ってから、どうするかを決めようと続けて受診しました。すると、なんとなく膝が良くなってきた気がし始めたのです。
その院長先生の診察を受診して良かったことは、何よりも「自分で治すんだ!」という強い意欲が湧いた心の変化でした。
それまでは、オリンピック選手を診るような高名な先生に時間と痛みと大金を支払って手術してもらい、それなのに治っていないと、先生を恨めしく思っていました。
しかし、その治療院を訪れるようになって、自分で治そうという気持ちが強くなっていったのです。その心の変化が、私の行動を変えました。
一切痛み止めの薬に頼ることもなくなり、自分自身で毎朝晩ストレッチやウォーキングを行い、整形外科にも行かなくなりました。
そして医師を恨む気持ちは全くなくなりました。
「他人が治してくれることを期待するのではなく、自分自身の力で治さなくてはならないのだ」と思えたことが一番の大きな変化だったのです。
薦めに従って人工関節を入れるという選択肢もありました。そのほうが痛みもなくなり楽になる。しかし、自分自身の足で再び立つ努力をするということが大事だと思ったのです。自分の体は自分で治す力があるのだ。
易きに流れ、心まで折れてしまってはいけないと自分を励ましていました。自分で膝を治すと決めてから三年が経ちました。随分時間もかかっていますし、わずかしか良くなっていません。
それでも、確実に良い方向に向かっていることを実感しています。そして、大好きなソフトボールも再開することができました。
これは、最近日本の大手企業にも導入が始まり、注目を浴びている「コーチング」の考え方に通じるものです。
自分自身で考え、問題を深く掘り下げ、自分の中から解答を導き出す能力。今、多くのビジネスパーソンに知ってもらいたいスキルといえるでしょう。
エグゼクティブリーダーを育てるためのコーチング
昨今、エグゼクティブのためのコーチングが注目を集め、さまざまなノウハウが紹介された本が出始めています。
従来のエグゼクティブ・コーチングの多くは、自己の中での気づき、解答を導き出すことに重点が置かれ、ビジネスにおけるアドバイスは一切しません。
私も一度、国内最高と言ってよいコーチャーにコーチングしてもらいました。とても有意義な経験でした。コーチングとは一体何でしょうか。
「コーチングとコンサルティングは何が違うのか?」とよく聞かれます。コンサルティングとは、売り上げや利益を上げるためのコンサルテーション。
イシュー(問題点)を見つけ出し、解決案をクライアントに提案するのが仕事です。
しかし、コーチングは決して答えを教えてはくれません。質問を繰り返すことによって、クライアント自身に答えを出させるのです。私が受けたコーチングは、私自身について、何十回もの質問を繰り返されました。
生まれた時からのこと、家族のこと、親のことを事細かく聞かれるのです。
そうして、自分自身を振り返ることにより、自分の考え方の癖や強みや弱みについてのさまざまな気づきを得られるのです。まさに、自分探しといえます。
コーチングは、コンサルティングと違って、あくまでも個人が自ら成長し、その中で問題解決やスキルの向上を図る手助けが主眼となります。
確かにコーチングは、自分自身を振り返り、自分の考え方の根幹にあるもの、いろいろな判断の元となる自分の価値観を知るうえで非常に有効なものです。
しかし、私が実際に社長として悩んでいる時、コーチングだけではどうしても補えないこともありました。
経営やマネジメントに対するアドバイス、いわゆるコンサルティング的なアドバイスも欲しいと思ったのです。細かな分析や経営上のアドバイスに長けているのはコンサルティング。
一方、人間関係や自分が人としてどうあるべきかといったサポートはコーチングが適している。
本書は、エグゼクティブを想定して、経営するうえで必要な「コーチング」と「コンサルティング」の両面から新しいリーダーシップ・コーチングを提案しました。
また何かのヒントになればと思い、「エグゼクティブのためのコーチング」として実際に私が行っている事例も多数紹介しました。
本書が、エグゼクティブリーダー育成の一助となれば幸いです。
二〇一四年三月岩田松雄
第 1章 なぜ、エグゼクティブ・コーチングが必要なのか
「今日の組織では、自らの知識あるいは地位のゆえに、組織の活動や業績に 実質的な貢献をなすべき知識労働者は、すべてエグゼクティブである」──P・ F・ドラッカー
エグゼクティブとは誰か
求められる強靭なリーダーシップ
優秀な人材育成のために、企業研修などにコーチングが導入され始めたのは、一九八〇年代のアメリカ。
その導入により成果を出し始めた企業を見て、九〇年代以降はアメリカを中心に欧米諸国のさまざまな企業で、コーチング導入がブームとなりました。
特に、マネジメントクラス以上を対象としたエグゼクティブ・コーチングは経営にも大きな成果を与えることから、非常に注目を浴びています。
世界有数のエクセレント・カンパニーとして名高い G E社などは、早くからエグゼクティブ・コーチングを導入し、経営トップの育成に力を注いでいます。
GE社が人材育成に掛ける費用は年間一〇億ドル(約一〇〇〇億円)といわれています。
通称クロトンビルと呼ばれる研修所では、世界中にちらばる社員三〇万人から選ばれた人を対象に研修が行われ、ジェフリー・イメルト CEO自らも研修に赴くなど、人材育成に多くの時間を費やしています。
さらに、社長選抜は国内外から優秀な人材を一〇〇〇名近く選び、十年という歳月をかけて育て、その中から最終的に社長となる人材を選びます。
社長となるための育成期間が、十年間も設けられているというのはすごいことです。
日本でも、一部の企業ではありますが、コーチング研修を導入し、成果を出し始めている企業もあります。
元日本 G E代表取締役会長の藤森義明氏率いる LIXILでは、本家クロトンビルさながらの研修所を設け、ビジネススクール同様の教育が実践されています。
他にも、ビール業界の盟主キリンビールもコーチングを導入し、三年間で三〇〇名への社内コーチ育成プロジェクトが進められ、その成果が現れています。
その導入の成果は、実際にコーチ育成プロジェクトを受けたリーダーたちの「話を聞く能力」「問いかける能力」「褒める・認める能力」などのコミュニケーション能力が上昇。
その結果が、彼らの部下たちにも影響し、部下たちの「自立積極性」「組織への貢献実感」も上昇しているようです(コーチ・エィ HPより)。
コーチング先進国のアメリカでは、エグゼクティブ専任のコーチも早くから存在していました。
アメリカにおけるエグゼクティブ・コーチングの先導者と呼ばれるマーシャル・ゴールドスミス氏は、ジャック・ウェルチ氏をはじめ、何人もの大企業経営者を指導しています。
さらにグーグルやゴールドマン・サックスなどではエグゼクティブを育てるプロジェクトに携わっていました。
それらの成果が称えられ、一九九三年にはウォールストリート・ジャーナル紙から「エグゼクティブ教育のトップ一〇人」に、二〇〇四年には全米経営者協会から「過去八十年においてマネジメント分野で最も影響を与えた思想家・リーダー五〇人」に選出。
二〇一三年には、世界の経営思想家ランキング「 Thinkers 50」にも選出され、リーダーシップ・アワードを受賞しています。
ゴールドスミス氏によると、エグゼクティブ・コーチングとは、成功を収めているエグゼクティブに対して、一緒に働く人たちが不快に思う個人的な癖を探し出して取り除き、彼らが組織にとって価値ある存在でありつづけるように手助けすると解説しています(※註釈:『コーチングの神様が教える「できる人」の法則』〈マーシャル・ゴールドスミス、マーク・ライター著、斎藤聖美訳、日本経済新聞出版社〉より)。
現在、欧米諸国の企業では、エグゼクティブリーダーを育てる手段としてエグゼクティブ・コーチングは常識になってきているといえるでしょう。
上を目指す人すべてがエグゼクティブ
環境変化のスピードが速く、過去の成功事例が参考とならない昨今、日本社会において求められるのは、紛れもなく、強靭なリーダーシップです。
それは、政治の世界だけではなく、日本社会の根底を支える企業における経営者、リーダーを育てることにほかなりません。
日本中を文字通り震撼させた東日本大震災。政府や企業の対応を見ていると、もっと強いリーダーシップを発揮できる人がいればと思わざるを得ませんでした。
震災の直後から、若者たちは夜行バスを乗り継いで現地まで行ったけれど、現地でしっかりとしたリーダーシップを発揮できる人がおらず、やることがなかったという話をよく聞きました。
私は日本という国が大好きです。この素晴らしい日本をもっと良い国にするには、リーダーをもっと育てなければならないと、この時強く感じました。
少しずつですが、取り組みはスタートしており、数年前から実際に、和食定食屋チェーンとして知られる「 O社」や、自然素材によるリフォームを手がける「 H社」、その他中小企業のエグゼクティブを対象に、コーチングを行っています。
エグゼクティブ・コーチングの本は、すでに類書が何冊か発刊されています。それらの多くは、基本的にはコーチングの内容をエグゼクティブに特化したもの。経営者や役員を想定したコーチングの導入方法が解説されています。
本書では、私自身の経験を盛り込みながら、現在の経営者だけではなく、未来の経営者を目指す人、リーダーシップを発揮して、仕事を推進したいと願うビジネスパーソンに向けて、新しいリーダーシップ・コーチングを提案したいと思います。
私がいうエグゼクティブとは、地位のみを指すものではありません。
心が折れそうな状況の中でも、悩み、苦しみながらも、少しでも自分を向上させたいと志すビジネスパーソンすべてがエグゼクティブなのです。
本書は、そんなエグゼクティブたちにそっと寄り添うビジネスパートナーになることを目指しています。
論語と算盤
真のエグゼクティブリーダーに必要な能力
それでは、多くの人が、「この人についていきたい!」と思うような、真のエグゼクティブリーダーとなるために必要な能力とはなんでしょうか? 細かく挙げればきりがないですが、私は、「徳」と「才」の2つだと思います。
「徳」とは、世の中や周りの人に貢献しようとする心のことです。「あの人は人格者だ」「あの人は人徳者である」などと呼ばれる人がいます。
そういった人は私欲がなく周りの人を思いやれる人です。揺るぎない信仰をもった人や、大変な苦労を経験した人の中にそのように呼ばれる人が多くいます。
そういった人は、しっかりとした自分のミッションをもっており、日々の行動や、アクシデントや問題が起こった困難な状況などでも、人を思いやりながら人として正しい行動をすることができます。
私のゴルフ友達に I T企業の Tさんという社長さんがおられます。この方といつもゴルフの行き帰りにビジネスやゴルフの話をしています。
Tさんはコンビニに行くと一番賞味期限の近い古い商品を選ぶそうです。普通できるだけ新しい商品を選びますが、「コンビニでは、賞味期限を過ぎると全部捨ててしまう。それは資源のムダだし、多くのゴミを生み出してしまうので、自分は古い商品を買うようにしている」と。
私はとても恥ずかしくなりました。
Tさんは現在、地域活性化を ITを活用してできないか半ばボランティアのようなこともしておられます。このような方は人知れず善行を行う徳のある人だと思います。
たとえば、人だけではなく企業レベルでも、そういった“社”徳のある企業もあります。たとえばスターバックスには、「一杯のコーヒーを通じて人々に活力を与える」という素晴らしいミッションがあります。
コーヒーを販売するのが仕事の目的ではありません。お店に来てくださったお客さまに元気になってもらいたい。
それが、スターバックスのパートナー(スターバックスでは、社員からアルバイトまで、すべてのスタッフをこう呼びます)全員が共有しているミッションです。
ですから、いつも笑顔で活き活きと仕事をしている姿がとても楽しそうに見えるのです。ランプの下でコーヒーをお渡しする時、あたかもそのミッションの火花が散ったような瞬間を体験するのです。
スターバックスのあるお店で、こんなエピソードがあります。ある日、お店の前で交通事故が起きてしまいました。事故を起こしたドライバーの主婦の方が慌てふためきながらも、警察の到着を待っていました。
それを見ていたアルバイトのパートナーは、事故を起こした女性に、そっと一杯のコーヒーを差し出しました。
「どうぞこのコーヒーを飲んで心を落ち着けてください」 事故の直後で気が動転していた女性は、そのコーヒーとパートナーの笑顔ではっと我に返り、思わず笑顔で受け取ったそうです。
私はこれを聞いて、本当にスターバックスらしい接客だと思いました。そして何よりも、咄嗟に判断して行動をしたパートナーを誇らしく思いました。
まさに、スターバックスのミッションが浸透しているからこそ、このような行動を取れたのだと思うのです。
ホスピタリティの素晴らしさで評判の高いホテル、リッツ・カールトンでは、お客さまが忘れてしまった大切なものを届けるために、ホテルマンが飛行機に乗って追いかけたという伝説があります。
リッツ・カールトンのホテルマンにはリッツ・カールトンのスピリットやミッションが浸透しているからそういった行動ができるのだと思います。
人は、ミッションを意識することで素晴らしい徳のある行動ができます。ミッションがあれば、人を感動させる仕事を自然に行うことができる。アイデアも湧き、正しい判断もできる。そしてそれが、会社のブランドになっていくのです。
「徳」と「才」のバランスが大切
一方の「才」とは、戦略的に物事を考えられる頭の回転の速さや財務の知識などのスキルの部分。
最近では、こういったスキルを得るために国内のビジネススクールで MBAを取得するビジネスパーソンは年々増えています。また、企業内ビジネススクールを設けて強化をしている会社も増え始めています。
伊藤忠商事 では、全社から選抜された事業会社役員や事業主管部長が、同社が運営する経営者スクールを受講しています。
教材は、実際にビジネススクールで使用されているものや、実在の企業のケーススタディ。
前半で大手監査法人や大学教授、経営コンサルタントが講師となり、企業財務や事業戦略の手法などをみっちりと学び、後半では実在の企業をさまざまな角度から分析し、社長に経営改革の提言を行います。
報道によると、伊藤忠が社員を対象にこのような経営者スクールを開校した背景には、過去の反省がありました。総合商社の中でも連結対象会社の多い伊藤忠商事ですが、黒字会社の比率は競合他社と比べても低水準。
それは、経営者としての教育を十分に行わないまま、グループ会社のトップに次々と人材を送り込んでいたことに起因していたとの反省があったそうです。
私はエグゼクティブリーダーには、「徳」と「才」の両方がバランスよく求められると思います。しかし日本の教育を振り返ってみると、この「才」の部分のみに注力しているように感じます。
エグゼクティブリーダーを目指すほとんどのエグゼクティブにとって、私は「才」よりも「徳」の部分を今後強化していく必要があるのではないかと考えています。
企業内の研修でもスキル研修のみを行っている企業が大半ですが、役職が上がれば上がるほど、もっと人としてどう生きるかという「徳」の部分に重点を置くべきだと思います。
世界中を驚かせた粉飾決算の「エンロン事件」の主役の CEOはハーバードビジネススクール出身で、マッキンゼーで史上最年少パートナーとなり、エンロンでは一億ドル以上の年収を得ていました。
彼はこれ以上ない「才」を持っていましたが「徳」に欠けていたといわざるをえません。
「徳」と「才」について、私の身近な人の例を挙げると、ザ・ボディショップの創立者だったアニータ・ロディックと、スターバックスコーヒー CEOのハワード・シュルツ。
双方とも、非常に強いカリスマ性の持ち主で、それは、私自身がザ・ボディショップとスターバックスコーヒー両社の CEOを務めていた時にも強く感じました。
両社とも明確な理念があり、本気になってそのミッションを愚直に実行しようとしている企業。私も CEOとしてその理念に一〇〇パーセントコミットすることができました。しかし、この二人を比較した時に、違いを感じる部分もありました。
アニータとハワード
とても強いミッションと豊富なアイデア、スタッフやお客さまへの愛情がありながらも、経営者としてのアニータは、お金儲けにあまり関心がないように見えました。
彼女は、財務的な知識や商品物流や品質管理などのスキルを要する仕事はあまり得意でないように見えました。今では絶対にありえませんが、ザ・ボディショップ
ボディショップの創業期には、輸入されてきた商品に品質上の問題があったと聞きます。アニータは、社会変革を起こし、世の中に大きな影響を与えた偉大なリーダーです。
世間的にも、社会貢献の部分を取り上げられることが多く、間違いなく徳をもった素晴らしい人物です。
しかしビジネスでは、日々のオペレーションなど、管理的な仕事を欠かすことはできません。夢を語ることも必要ですが、実務を進めるスキルも大切なのです。
アニータは、上場後経営が厳しくなり、一九九六年に CEOを辞任し、外部から来た経営のプロに任せました。
ザ・ボディショップは二〇〇六年にフランスに本社を置く世界最大の化粧品会社ロレアルに買収されてしまいました。
一方ハワードは、ミッションやビジョンももっていましたが、ビジネスに必要な「才」ももっていました。
渋沢栄一氏の有名な経営哲学に「論語と算盤」があります。論語とは、「徳」という言葉と置き換えて良いと思います。算盤とは、お金を儲けること。
ハワードは、この「算盤」の部分もしっかりともっているのです。
ハワードは社内や多くのメディアに向かって、夢を語りいかにパートナーたちが会社にとって、大切な存在かを語っています。
しかし、そのような理念を掲げながらも、経営が危機的状況に陥った場合には、リストラにも踏み切る冷徹さも併せもっています。
ハワードが退いた後に業績が一時的に悪化した二〇〇八年、再び CEOとして戻ってきた時に彼が真っ先に行ったのは、ミッションの見直しと全米でコーヒーのトレーニングのため七一〇〇店を半日間の閉鎖、そして、最終的に約六〇〇の店舗を閉鎖し、約一八〇〇人を解雇する大規模なリストラでした。
そして奇跡の復活を遂げたのです。ミッションや理念に沿って行動することは大切です。それと同時に、「才」と呼ばれる算盤の部分も必要です。
エグゼクティブリーダーには、その二面性をバランスよく併せもっていることが求められます。
大切なことほどシンプルに
私たちはなんのために働くのか?──働く目的を考える
エグゼクティブリーダーとして、徳を高めていくために考えなければならないのは、まず自分が、なんのために働くのかというミッションを明確にすることです。
ミッションとは、あなたがこの世に生かされている理由。あなたが「自分がこの世に生きた証」と思えるもののことです。
もちろん「ミッション」とは、簡単に見つけられるものでも、人から教えてもらうものでもありません。
ザ・ボディショップを始めたアニータは、最初から「社会の変革を追求し、事業を行う」という明確なミッションがあったわけではありません。
創業のきっかけは、アニータと娘二人を残して二年間旅立つ夫と相談して、生活の糧を得るためにザ・ボディショップを始めました。
二人の子供を育て、生活をするための手段だったのです。
スターバックスのハワードもそうです。「人々の心を豊かで活力あるものにするため」にコーヒー店を始めたのではありません。きっかけは、イタリアのバール(コーヒーショップ)での感動です。
「この感動的なカフェラテの味を、アメリカ人にも広めていきたい」と。二人とも自分たちのミッションを育て続けたのです。
ミッションを他人から教えてもらうことはできませんが、考えるうえでのヒントはあります。
私の愛読しているジム・コリンズ著の『ビジョナリー・カンパニー :飛躍の法則』(ジム・コリンズ著、山岡洋一訳、日経BP社)の中で解説されている、針鼠の概念と「三つの円」が、良いヒントになると思っています。
針鼠の概念とは
針鼠の概念とは一体なんでしょうか。その由来となった言葉は、古代ギリシャの時代まで遡ります。
古代ギリシャの詩人が「キツネは多くを知っているが、ハリネズミは大きな一つのことを知っている」という寓話を遺しています。
その話に触れた政治哲学者のアザイア・バーリンが、著書『ハリネズミと狐 「戦争と平和」の歴史哲学』(河合秀和訳、岩波文庫)の中で解説している概念です。
そのハリネズミの概念の解説とは、次のようなものです。
賢いキツネは、食べられまいと必死なハリネズミの周りをウロツキ、防御されるたびに、次はどのような方法で攻略しようかと次々と戦略を練ります。
対するハリネズミは、キツネの姿を見て危険を察知すると、身体を丸めて小さな球体のようになり、身体を覆った四方に生える堅くて強い針でキツネを追い払います。
さまざまな戦略を繰り出しても、結局キツネはいつも同じ方法によってハリネズミに打ち負かされてしまうのです。
バーリンは、この寓話を人間に置き換えた時に、とても面白くて本質を捉えた分析を行いました。
『ビジョナリー・カンパニー 飛躍の法則』では、キツネ型の人たちは、「いくつもの目標を同時に追求し」「力を分散させ、いくつもの動きを起こして」いる。
一方で針鼠型の人たちは、「複雑な世界をひとつの系統だった考え、基本原理、基本概念によって単純化」しています。
(『ビジョナリー・カンパニー 飛躍の法則』 P 145より) 三つの円 そしてこの、ハリネズミの概念と呼ばれる単純で本質をついた事業戦略は、次の三つの円が重なるところにあるといっています。
- 情熱をもって取り組めることは何か
- 世界一になれることは何か
- 経済的原動力になることは何か
私はこの考え方は個人のミッションを考えるうえでのヒントになると思っています。
- 情熱をもって取り組めること →好きなこと
- 自分が世界一になれること →得意なこと
- 経済的原動力になること →人のためになること
この三つの項目、好きで、得意で、人のためになることをヒントにして、あなたのミッションを考えてみてください。
成功を収めていて、誰からも尊敬されるような仕事をしているエグゼクティブリーダーは、単純で明確なミッションをもっています。
私の例を用いて少し説明してみましょう。私は今、リーダーシップ教育を通じて日本の次世代のエグゼクティブリーダーを育てることをミッションとしています。
それを、この三つの円(好きなこと、得意なこと、人の役に立つこと)に当てはめて考えてみましょう。
情熱をもって取り組めることは何か(好きなこと)
私は日本という国や日本人がとても大好きです。この素晴らしい国をさらに良い国にしたいと思っています。
二〇一一年の震災当時の政府や企業の対応を見ていた際も、日本をさらに良い国にしていくには、もっと多くのリーダーが必要だと強く感じ、リーダーシップ教育に情熱を注ぎたいと考えています。
自分が世界一になれることは何か(得意なこと)
リーダー育成において、私自身の経験を活かすことができるのは、「経営」の分野です。三社で社長を務め、運良く実績を残すことができました。
そういった経営者としての経験や、ビジネススクールや、コンサルティング会社で学んだ経営の知識など、実践の中で身につけてきたものを若い経営者の皆さんに伝えていきたいと思っています。
経済的原動力になることは何か(人の役に立ってお金がもらえること)
ありがたいことに、多くの企業経営者からエグゼクティブ・コーチングを受けたい、といったご要望をいただきます。
そのお陰で私は収入を得ることができ、自分のミッションであるリーダーシップ教育を継続することができます。リーダー教育という、現在の私のミッションにたどり着いたのは、わずか数年前です。
ザ・ボディショップやスターバックスで CEOを務めていた時には、「専門経営者」になることを目標にしていました。
ミッションはその時の環境、自分の状況によっても進化させるもの。そして一番大切なことは、意識して常に考え続けることです。
一度導き出したミッションであっても、常にこの三つの円に照らし合わせて、より高いミッションに進化させていくことが大切です。
誰からも尊敬されるエグゼクティブリーダーを目指すなら、この三つの円をヒントに、自身のミッションをまず見つけてほしいと思います。
いつも理念に燃え、ミッションに邁進している姿は、人から「応援したい、ついていきたい」と思ってもらえるものです。
結果を出しているリーダーの条件
子供の頃の私は、決してリーダータイプの少年ではありませんでした。活発でスポーツが万能な友達や、頭も良くて皆から好かれているリーダータイプの友達たちを羨ましく思っていました。
そんな私が、高校から本格的に始めた野球で、部活のキャプテンを務めることになったことが一つの転機となりました。野球の才能が突然開花したというわけではありません。
それどころか、上級生に交じってプレーをする同級生がいるなかで、いつも球拾いやブルペンキャッチャー。
過去に甲子園にも出場したことのある名門野球部の中で、目立つ選手ではありませんでした。私がキャプテンとなったのは、三年生が夏の大会で引退し、新チームになった時のことです。
それまで目立った活躍もせず、試合にもスターティングメンバーとして出たこともありませんでした。ですから、こんな自分ではなく、結果を残してきた選手がキャプテンに選ばれるのだろうと思っていました。
しかしその時に、監督から指名されたのは私だったのです。
後から理由を聞いたのですが、一つ下の後輩たちが、「岩田先輩をキャプテンにしてほしい」と監督に言ってくれたことが大きかったようです。
私はいつも、下級生たちと一緒にグラウンドの整備など、率先して行っていました。それが当然だと思っていました。また、試合に出られなくても、いつも一所懸命に練習に取り組んでいました。
何より野球が大好きだったし、やはりいつかは試合で活躍したいと思っていたのです。その姿を見ていた後輩や先輩たちの推薦もあり、監督が私をキャプテンに指名したのだと思います。
周囲が私をリーダーにしてくれたのです。
一般的なリーダー像は、「オレについてこい」といつも先頭に立って引っ張っていく姿ではないでしょうか。ただ私のように、必ずしもいつも先頭に立っているわけではないリーダータイプもいるのです。
私の愛読する『ビジョナリー・カンパニー 飛躍の法則』の中で、最高水準のリーダーは、一般的に思われているカリスマリーダーではないと結論づけています。
『ビジョナリー・カンパニー 飛躍の法則』では、経営者の能力を第一水準から第五水準までの段階で示しています。
その最高水準の「第五水準」のリーダーとは、「個人としての謙虚さと職業人としての意志の強さという矛盾した性格の組み合わせによって、偉大な持続できる企業を作り上げる」とあります。
本当に有能なエグゼクティブリーダーは謙虚です。謙虚であるからこそ、多くの人の言葉に耳を傾け、仕事に活かすことができます。仕事を通して自己顕示欲を満足させたり、自我の欲求を満たそうとはしません。
揺るがないミッションをもち、諦めずに目の前の仕事に全力投球し続けること。ジム・コリンズの説く「謙虚だが意思が強く、控えめだが大胆」が、まさに第五水準のリーダーの素養。
エグゼクティブリーダーに必要なものなのです。自分のミッションを見つけだせることができれば、次にこういったリーダー像を、私は目指すべきだと思うのです。
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