第二章探究のパラドクスと、「想起」に訴える回答
メノンソクラテス、わたしはあなたにお会いする以前から、あなたは自分で難問(34)に悩み、他人をも難問に悩ますことしか、しない人だという話を聞いていました。
現にいまも、あくまでわたし個人の印象ですが、あなたはわたしに、魔法をかけ魔術で欺いて、文字通り呪文をかけてしまいました。
それでわたしは、こんなにもたくさんの難問に取り囲まれて、途方にくれています。
そしてほんの少したちの悪い言い回しで言わせていただけるなら、お顔からも他の点からも、わたしには、あらゆる意味であなたは、あの海にいる平たいシビレエイにもっともよく似ているように思えます(35)。
じじつシビレエイも、そのつど近づいてきて自分にふれる人間を痺れさせますが、わたしには、あなたがいまわたしをおおよそそんな目に遭わせたように思えるからです。
というのもわたしは、心も口もほんとうにひどく痺れてしまっていて、あなたに申し上げるような答をもっていないのですから。
でも、まちがいなくわたしは、徳については、もう数え切れないくらいの回数、ものすごくたくさんの言論を、たくさんの人を相手に話してきたのです。
そして自分自身の印象では、そうした言論は、非常にできのよいものだったのです。
ところが今は、徳が何であるかということさえ、まったく言うことができません。
そういうわけでわたしには、あなたがこのアテネの国から出て他国に移住していないのは、賢いお考えであるように思えるのです。
なぜなら、客として滞在している人間がよその国でこんなことをしでかしたなら、たぶん魔術師として牢獄送りになるでしょうから(36)。
ソクラテスきみは抜け目がない男だね、メノン。
わたしは、もうすこしできみに、だまされてしまうところだったよ。
メノンいったいどうしてですか、ソクラテス。
ソクラテスわたしをあんなふうにたとえたことには、きみのどんな意図が隠されているか、わたしにはわかっている。
メノンいったいどういう意図だと、お考えなのですか?ソクラテスそれは、次にきみをわたしが、たとえ返すだろうということだよ。
わたしは、あらゆる美貌の人が、何かにたとえてもらえるのを喜ぶということを、よく知っている。
それは自分たちには、もうけものだからね。
なぜなら、思うに、美しい人はともあれ何か美しいものにたとえられるものだから。
ふん、だけど、わたしはきみをたとえ返してなんか、あげないよ。
わたしのことを言わせてもらえれば、「シビレエイ」が自分でも痺れてしまって、そのために他の人々を痺れさせているというのであれば、わたしはシビレエイに似ている。
そうでないなら、わたしはそんなものには似ていない。
というのもわたしは、自分では難問の解答を知っていて他の人々を難問で苦しめているというのではなく、どこのだれよりまず自分自身、難問にひどく苦しんでいて、それだからこそ他の人々をも難問で苦しめているのだからね。
いまも現にわたしのほうは、徳が何であるか、知らないのだ。
それに対しきみのほうは、おそらく初めにまだわたしに「ふれる」までは、徳を知っていたのだろう。
しかし今は、徳を知らない人間とおなじようなことになってしまった。
それでも、徳とはいったい何か、わたしはきみとともに考察し、ともに探究したいと思うのだ。
メノンそれで、ソクラテス、あなたはどんなふうに、それが何であるか自分でもまったく知らないような「当のもの」を探究するのでしょうか?というのもあなたは、自分が知らないもののなかで、どんなところに目標をおいて、探究するつもりでしょうか?あるいはまた、たとえその当のものに、望みどおり、ずばり行き当たったとして、どのようにしてあなたは、これこそ自分がこれまで知らなかった「あの当のもの」であると、知ることができるでしょうか(37)?ソクラテスきみが何を言おうとしているのか、わたしにはわかるよ、メノン。
例の、もっぱら相手との論争のために使われるような言論(38)を自分が紡ぎ出そうとしていることが、きみにはわかっているのだろうね(解説に戻る)?つまり、「人間には、知っていることも知らないことも、探究することはできない。
知っていることであれば、人は探究しないだろう。
その人はそのことを、もう知っているので、このような人には探究など必要ないから。
また、知らないことも人は探究できない。
何をこれから探究するかさえ、その人は知らないからである」メノンその言論は見事につくられているように、あなたには思えないのですか、ソクラテス(39)?ソクラテスそうとも。
わたしには見事とは思えない。
メノンどの点がまずいか、あなたは言えますか?*ソクラテスうむ、言えるよ。
というのも、わたしは、神々のことに関して知恵がある男女の方々から、伺ったことがある……。
メノンその知恵ある人々が、どのような教えを語るのを聞かれたのでしょう?ソクラテスわたしの思うところでは真実の教えを語っておられた。
しかもそれは、秀逸な教えでもある。
メノンその教えはどのような内容で、それを語っているのはどのような人々なのでしょう?ソクラテス教えの語り手は、神々に仕える男女のなかでも、自分が専門でかかわっていることがらについて、ことばで説明できるということを引き受けておられる方々だ(40)。
またピンダロスや神々しい他の多くの詩人たち(41)も、この教説を語っている。
そしてかれらが語る教説は、これだ。
かれらが真実のことを語っているときみには思えるか、さあ、考えなさい。
この人々の語るところでは、人間の魂は不死であり、時に人生の終わりを迎えるが──これを「死ぬ」ことと人々は呼んでいる──、また時に、ふたたび生まれてくるのであり、けっして滅びることはない。
そこで、このことのゆえに人は、人生をできるだけ敬虔なしかたでまっとうしなければならないのである。
なぜならそうすれば(42)、ペルセポネは昔の悲嘆(43)への償いを受け入れて、九年目に(44)、かの人々の魂をふたたび、上空の太陽へと昇らせる。
こうした魂から、崇高な王たちと、力を素早くふるう人々(45)と、知恵のもっとも偉大な人々が生まれ育ち、後世、人間たちからは、「聖なる半神(46)」と呼ばれている。
ということになるのだ。
このように魂は不死であり、すでに何度も生まれてきており、この世のことでも冥府のことでもあらゆることがらをすでに見てきたので、魂が学び知っていないことは何もないのだ。
したがって、徳についても他のさまざまなことについても、なにしろ魂が以前にもう知っていたことなので、魂がこれらを想起でき
ることには何の不思議もない。
なぜなら事物の自然本性(47)はすべて同族(注51へ戻る)であり、魂はすべてのことを学び知っているので、人が或るたったひとつのことでも想起するなら──このことを人間どもは「学習」と呼んでいるが──、その人が勇敢であり、探究を厭わなければ、他のすべてをかれが発見することには何の妨げもないのである。
というのも探究することと学習することは、けっきょく全体として、想起することに他ならないから。
(解説に戻る)それゆえに、ただの論争のための先ほどの言論を、納得して信じてはならない。
なぜならあれはわれわれを怠け者にしてしまうし、怠けやすい軟弱な人間の耳にならば気持ちよく響く説なのであるが、いま説明した賢者の教説はわれわれを活動にいそしむようにし、探究に向かうようにしてくれるからである。
──このようにわたしは、この教説が真実であると信じているものだから、それできみとともに、徳に関して、それが何であるか探究したいと思うのだ(48)。
メノンええ、わかりました、ソクラテス。
でも、わたしたちは学ぶのではなく、わたしたちが「学習」と呼んでいるものは「想起」であるということを、あなたは、どんな意味でおっしゃっているのでしょうか?そのとおり、じじつ想起なのだと、あなたはわたしに教えてくれますか?ソクラテス先ほども(49)わたしはきみが抜け目のない男だと言ったのだが、いまもきみは、わたしがきみに「教えることが」できるかのように尋ねている。
きみに引っかけられて、わたしがすぐに自己矛盾的なことを言ってしまうのがあからさまになるようにね。
じつはわたしのほうでは、それは「教育」ではなくて「想起」だと言っているのだ。
メノンいえいえ、神に誓って、けっしてそんなことを目当てに言ったのではありません、ソクラテス。
ただたんにいつも慣れ親しんだ言いかたに従って、そのように言ってしまっただけのことです。
それでも、もしあなたがわたしに、あなたの言うとおりであると示すことができるのでしたら、どうか示してください。
ソクラテスふむ。
まあ、示すといっても簡単なことではないのだが、他ならぬきみのためということで、そうするよう努めてみよう。
そこにきみの召使いがたくさんいるが、そのなかでよいと思うだれかひとりを、わたしの相手としてこちらに呼びなさい。
その人間を実例にして、きみに示すことにするから。
メノンはい、わかりました。
そこのきみ、ここに来なさい。
ソクラテスこの子はギリシャ人で、ギリシャ語を話すのだね?メノンええ、その点は大丈夫です。
わたしの家で生まれた者ですので。
ソクラテスそれでは、きみにはこの子がどちらをしていると思えるか、よくよく注意してくれたまえ。
かれは想起するのか、それともわたしから学ぶのかをね。
メノンはい、よく注意するようにします。
*[ソクラテスはメノンの召使いの少年に幾何学の問題を解かせる対話を試みる]ソクラテスでは、きみ、答えなさい。
正方形とはこんな図形(50)[ABCD]であることはわかるね?少年はい。
ソクラテスそうすると正方形に四つあるこれらの辺は、すべて等しい。
少年はい、そうです。
ソクラテスまた、真ん中を通るこの二本の線[EF、GH]も、等しいね?少年ええ。
ソクラテスこうした正方形には、もっと大きいのも、もっと小さいのもあるね?少年はい、たしかに。
ソクラテスでは、この辺[AB]が二フィートの長さで、この辺[BC]も二フィートなら、正方形全体は何平方フィートだろうか?こう考えなさい。
かりに、この辺[AB]は二フィートだがこの辺[BC]が[BFの]一フィートだったなら、その図形[ABFE]は、二フィートを一倍した面積であることになるはずではないかね?少年はい。
ソクラテスしかし実際には、この辺[BC]も二フィートなので、図形の面積は、二フィートを二倍したものになるのではないか?少年ええ、そうなります。
ソクラテスしたがって面積は、二かける二平方フィートになる。
少年はい。
ソクラテスでは、二かける二平方フィートは何平方フィートかな?計算して言いなさい。
少年四平方フィートです、ソクラテス。
ソクラテスさて、それではこの正方形の二倍の面積の、これと同様に辺すべてが等しいような別の図形を、つくることができるだろうか?
少年ええ、つくれます。
ソクラテスそれは何平方フィートの面積の図形になるかな?少年八平方フィートです。
ソクラテスでは、先に進もう。
この新しい図形の辺はそれぞれ、どれだけの長さになるか、わたしに答えなさい。
この最初の正方形[ABCD]の一辺は二フィートだった。
その二倍の面積の図形の一辺は、何フィートだろう?少年それはもう、明らかです、ソクラテス。
さっきの辺の二倍です。
*ソクラテスほらね、メノン、わたしがこの少年に何も教えないで、何もかもただ質問しているだけだということは、わかるだろう?そして、いま少年は、八平方フィートの正方形をつくる一辺がどれだけの長さか、知っていると思っている。
それとも、きみにはそう思えないだろうか?メノンええ、わたしにはそう思えますね。
ソクラテスそれでこの少年は、一辺の長さを知っているのかね?メノンいいえ、もちろん知りませんよ。
ソクラテスそれなのにかれは、二倍の辺でできると知っている、そう思っているのだね?メノンええ。
ソクラテスそれではこの少年は、想起すべきとおりの順番で、次から次に想起してゆくから(51)、それをよく見守りなさい。
(解説へ戻る)ソクラテスでは、きみがわたしに答えるのだ。
二倍の辺からなる図形こそ二倍の面積である、ときみは言う。
わたしが答えてもらっているのは、こちらの辺は長く、こちらの辺は短い、こんな図形ではないよ。
もとのこの図形[ABCD]のようにどの辺も等しいが、もとのものの二倍の面積の図形、つまり八平方フィートの面積の図形のことなのだよ。
それで、まだ二倍の辺からこれがつくれるときみに思えるかな?考えなさい。
少年ええ、そう思えますが。
ソクラテスそうか。
それならこうしよう。
もしもおなじ長さの別の線[BJ]をこの辺[AB]の先にくっつけたなら、この線[AJ]は、前の辺[AB]の、二倍の長さになるね?少年はい、そのとおりです。
ソクラテスしたがって、この線[AJ]の長さの線四つを作図すれば、引かれたこの線を一辺として八平方フィートの面積の図形ができあがる、ときみは主張
していることになる。
少年はい。
ソクラテスそれではこの線[AJ]をもとに、等しい四本の線[AJ、JK、KL、LA]を描いてみよう。
この図形[AJKL]が、きみが八平方フィートの面積であると主張する図形なのだね?少年ええ、そのとおりです。
ソクラテスこの図形[AJKL]には、もとの四平方フィートの図形[ABCD]にそれぞれが等しい正方形が、四つ含まれているね?少年はい。
ソクラテスそれでは、新しい図形[AJKL]の面積は、何平方フィートになるだろう?前の図形の面積の、四倍になるのではないかね?少年はい、たしかに。
ソクラテスもとの面積の四倍は、「二倍」かな?少年いいえ、けっしてそんなことはありません。
ソクラテスそうでなくて、何倍になる?少年四倍です。
ソクラテスしたがって、きみ、[もとの線の]二倍の長さの線を一辺とする図形は二倍の面積でなく、四倍の面積になる。
少年そのとおりです。
ソクラテスつまり四の四倍で十六になっているから。
そうだね?少年はい。
ソクラテスでは八平方フィートの面積になるのは、どのような長さの辺からだろう?この二倍の辺[AJ]からは、四倍の面積の図形[AJKL]になってしまうのではないか?少年ええ、わたしはそう答えます。
ソクラテスそしてそれの四分の一の図形[ABCD]の一辺は、この半分の辺[AB]である。
少年はい。
ソクラテス──ええと、八平方フィートの面積というのは、この図形[ABCD]の二倍で、こちらの図形[AJKL]の半分のことだね?少年はい、そうです。
ソクラテスつまり、この長さ[AB]よりは長い一辺の正方形だが、この長さ[AJ]よりは短い一辺の正方形である。
そうじゃないか?少年はい、わたしはそうだと思います。
ソクラテスそう、それでいい。
きみに思えるとおりのことを答えなさい。
では答えてくれ。
この辺[AB]は二フィートで、こちらの辺[AJ]は四フィートだね?少年ええ。
ソクラテスしたがって八平方フィートの正方形の一辺は、二フィートのこの辺よりは長く、四フィートのこの辺よりは短いのでなければならない。
少年ええ、そうでなければなりません。
ソクラテスではそのような一辺はどれだけの長さであるときみは言うか、答えなさい。
少年三フィートです。
ソクラテス三フィートとしてみると、この辺[AB]の半分[BO]をこの辺[AB]にくっつけてみれば、その三フィート[AO]になるだろうね。
ここ[AB]は二フィート、こちら[BO]は一フィートなので。
この辺[AD]の方向でも同様に、ここ[AD]は二フィート、ここ[DQ]は一フィートになる。
こうしてこの図形[AOPQ]が、きみが[図形ABCDの]二倍であると主張する正方形ということになる。
少年はい、そうです。
ソクラテスそれでは、この辺[AO]の方向で三フィート、この辺[AQ]の方向で三フィートなら、この図形全体は、三の三倍の平方フィートの面積になるだろうか?少年ええ、そう思えます。
ソクラテス三かける三で、何平方フィートだろう?少年九平方フィートです。
ソクラテスしかし[図形ABCDの]二倍の面積の正方形は、何平方フィートでなければならなかったのかな?少年八平方フィートです。
ソクラテスしたがって三フィートの一辺からも、まだ八平方フィートの正方形をつくれていないのだ。
少年はい、そうですね。
ソクラテスでは、いったい何フィートの辺からつくれるのだろう?われわれに何とか正確な長さを答えなさい。
もしきみが辺の長さを計算したくないとしても、どのような線なのか、さして示してみせてくれるだけでもいいよ。
少年でも、神に誓って、ソクラテス、わたしはそれを知りません!*ソクラテス今回もきみは、メノン、この子が歩みを進めながら、想起することでどのような段階にまで至っているかということに、気づいているだろうか?最初かれは、八平方フィートの正方形の一辺がどういう線なのか、知らなかった。
そのことをかれはいまも同様にまだ知らないけれども、何といってもあの
ときには、それを知っていると思っていた。
そしてまるで自分が知っているかのように自信たっぷりに答えて、難問に悩むなどと考えもしなかったのだ。
しかしいまは、かれは自分が難問に陥っていると考えており、自分が知らないという事実そのままに知っていると思いもしていないのだ。
メノンおっしゃるとおりです。
ソクラテスしたがってこの少年は、自分が知らなかったことがらについて、いまは以前よりもよりすぐれた状態にあるのではないだろうか?メノンその点も、そのとおりだとわたしは思います。
ソクラテスそれでは、われわれはかれを「難問で悩ませ」、シビレエイが痺れさせるようにして「痺れさせた」わけだが、それでわれわれがこの子に何か害を与えたわけでもないのだろうね?メノンええ、そんなことはないとわたしは思います。
ソクラテスそうとも。
じっさい、ことの真相がどうなのかについて、かれが自力で見いだすことができるように、本人のためになることをわれわれはしてあげたらしいのだからね。
なぜならいまは、かれは自分が知らないので、喜んでほんとうに探究するつもりになるだろうから。
少し前には二倍の面積の正方形について、それは二倍の長さの辺からなるのでなければならないと、多くの人々に向かって何度も言って、それで自分がうまく話したかのようについ、いい気で思いこんだのだとしてもね(52)。
メノンそのようですね。
ソクラテスそれではきみは、この子が難問に陥って、自分は知らないと分かり、ぜひ知りたいと思ったときよりももっと前の時点で、知らないのに知っていると思ったことがらを探究したり、学んだりしてみようと考えることができたと思えるだろうか?メノンいいえ、そうは思えません、ソクラテス。
ソクラテスそうするとかれは、痺れさせられることで、自分のためになったのだ。
メノンはい、わたしはそう思いますよ。
ソクラテスそれでは、わたしのほうではかれに問うのみで教えないのに、わたしとともに探究するとき、かれは難問で困惑しているなかからいったい何を発見してゆくのか、考えてほしい。
そしてわたしが、この少年の考えを問うのではなく、どこかでかれに教え示してしまっているのを見いだせるかどうか、気をつけて見張っていてほしい。
ソクラテスでは、わたしに答えなさい。
これ[ABCD]がもとの四平方フィートの正方形だね?わかるかな?少年はい、わかります。
ソクラテス等しい面積のひとつの図形[DCNL]を、別にこれにつけ加えることができるね?少年ええ。
ソクラテスさらに、この二つともに等しい第三の図形[BJMC]もくっつけることができるね?少年はい。
ソクラテスすると角のあいているここの場所に、この図形[CMKN]を最後に埋めることができるね?少年ええ、そのとおりです。
ソクラテスこれで、面積が等しい四つの図形が得られたね?少年はい。
ソクラテスどうだろう?この正方形全体[AJKL]は、もとの正方形[ABCD]の何倍の面積だろう?
少年四倍です。
ソクラテスしかし、われわれはもとの正方形の二倍の面積の正方形をつくらなければならなかった。
あるいは、きみはもうそのことを、覚えていないかな?少年いいえ、はっきり覚えていますとも。
ソクラテスさて、角[B]から角[D]に向かって、図形[ABCD]をそれぞれ二等分するようなこの線分[BD]があるね?少年ええ、あります。
ソクラテスすると四本の等しい線[BD、DN、NM、MB]があり、これらの線がこの図形[BDNM]を囲む四辺になるね?少年ええ、そうなります。
ソクラテスでは、考えてごらん。
この正方形[BDNM]の面積はどれだけだろうか?少年わかりません。
ソクラテス四つの図形[ABCD、DCNL、CMKN、BJMC]があり、四本の線のそれぞれは図形ひとつひとつを、内側で二等分しているのではないかな?そうだね?少年はい、そのとおりです。
ソクラテスこの大きな図形[正方形BDNM]の中に、この[内側で二等分した]面積の図形[三角形BCD]はいくつあるかな?少年四つあります。
ソクラテスもとの図形[正方形ABCD]には、その三角形は、いくつあるかね?少年二つです。
ソクラテス四は二の何倍かな?少年二倍です。
ソクラテスそうすると、これ[正方形BDNM]は何平方フィートになるだろう?少年八平方フィートです。
ソクラテスどんな長さの辺の図形だろうか?少年この長さの線[BD]の図形です。
ソクラテス四平方フィートの面積の図形の、角から[その向かいの]角への線を一辺とする、図形だね?少年はい。
ソクラテスこのような線のことを、学識のある専門の人は「対角線」と呼んでいる。
したがって、きみ、この線の名がその対角線であるとすれば、メノンの召使いのきみがいう答は、「二倍の面積の正方形は、対角線を一辺としてつくることができる」
というものになるのさ。
少年はい、まったくそのとおりです、ソクラテス。
*ソクラテスきみにはどう思えるだろうか、メノン?この子は自分自身のものではないような考え(53)を、何かひとつでも答えただろうか?メノンいいえ、かれが答えたのは、自分の考えでした。
ソクラテスしかし、ほんの少し前にわれわれが言ったように、かれはそのことを、もともと知らなかったのだ。
メノンおっしゃるとおりです。
ソクラテスそれでもこれらの考えは、かれの内部に存在していた。
そうじゃないかね?メノンはい、そうです。
ソクラテスしたがって、たとえどんなものについて知らないにせよ、ものを知らない人の中には、その人が知らないその当のことがらに関する、正しい考えが内在しているのである。
そうだね?メノンそう思えますね。
ソクラテスそしていまのところは、これらの考えはこの少年の中で、ようやくよびさまされただけであり、いわばまだ、夢のようなものにすぎない。
だが、もしもだれかがこの子に、おなじこれらの主題で今後何回もいろいろなやりかたで質問してゆくなら、きっとしまいにはかれも、この主題に関して、だれにも劣らないくらい精確に知ることになるだろう。
これは、たしかなことなのだ。
メノンええ、そうでしょう。
ソクラテスそうすると、だれかがかれに教えたのではなく、ただ質問しただけで、かれは自分で自分の中から知識を再び獲得することになり、そして知るようになるのではないだろうか?メノンはい、そうです。
ソクラテスそして自分が自分の中で知識を再獲得するということは、「想起すること」ではないかね?メノンはい、そのとおりです。
ソクラテスそれでは、この少年がいま現にもっている知識を、かれはかつてあるときに獲得したのか、それともつねに持ち続けていたかの、いずれかではないだろうか?メノンはい。
ソクラテスそして、もしもつねに持ち続けてきたのなら、かれはつねに知者であったことになる。
またそのいっぽうで、もしもかれがそれをいつかあるときに獲得したとしても、今のこの生の間に獲得したということはあり得ないのだ。
それとも、だれかがこの子に幾何学の勉強を教えたのだろうか?なぜならこの子は、幾何学のどの問題に関してもおなじようにするだろうし、他のあらゆる学問分野に関しても、おなじだろうから。
それでは、これらいっさいぜんぶをこの子に教えた人がいるのかね?きみはこのことを、きっと知っていて当然だ。
なんといってもこの少年は、きみのお屋敷で生まれ育ったというのだから。
メノンいいえ、このわたしは、だれもいちどもかれに教えたことがないのをよく知っています。
ソクラテスそれなのにこの子は現に、[先ほどのような]いろいろの考えをもっている。
そうじゃないかね?メノンええ、ソクラテス、そうにちがいないように思えますね。
ソクラテスそして、もしもかれが、今のこの生の間にそれらの考えを獲得してそうなっているのではないのなら、今の人生でないいつか別の時に、もう考えをもっていたのであり、学んでいたのだ。
このことは、すでに明らかではないかね?メノンええ、そう思えます。
ソクラテスではその「時」とは、かれが人間ではなかった時代(54)のことではないか?メノンはい、そうです。
ソクラテスしたがって人間である時にも、人間ではない時にも、この少年には正しい考えが内在しており、それが質問によりよびさまされて知識になると考えるべきであるとすれば、かれの魂はつねにどんな時にも、すでに学んでしまっていたということになるのではないかね?なぜならかれはどの時点でも、人間であるかないか、そのどちらかであることは明らかだから。
メノンそのように思えますね。
ソクラテスもしも存在するもろもろのものの真理が、われわれの魂のうちにつねにあるなら、魂は不死であろう。
したがって、たまたま今きみが「知らない」ものがあれば──これは、想い出していないということだが──きみはそれを勇をふるって探究し、想起しようとしなければならない。
メノンあなたはすぐれた話をされたように思えます、ソクラテス。
どうしてそう思えるのかはわたしにはわかりませんが。
ソクラテスああ、それはそうだろう。
だって、わたしだってどうしてそう思えるか自分で知らないまま、すぐれた説だと思っているのだからね、メノン。
他のいろいろのことでは、この説について確信を持って主張しようと、わたしは思わないのだよ。
だがわれわれは、自分が知らないことを発見することはできないし、そのようなものを探究すべきでもないというふうに考えるよりも、人は自分が知らないことを探究すべきであると考えるほうが、よりすぐれた者であり得るし、より勇敢であり、より怠けない者であり得るのだということ──この点については、わたしは自分にできるかぎり、ことばで大いに主張するつもりだし、実際の行動でも十分に示していこうと思うのだ。
メノンその点もあなたが語ったのは正しいことのように、わたしには思えます、ソクラテス。
34「アポリア」。
哲学的難問。
その難問が引き起こす心理的困惑をも含んで語られる。
(本文に戻る)35『テアイテトス』(143E)でテオドロスはソクラテスの顔を、小鼻が開いた「めくれ鼻」、「出目」と形容している。
(本文に戻る)36『クリトン』で死刑執行を待つ牢獄のソクラテスにクリトンが脱獄計画を明かす際、計画において用意されたソクラテスの落ち延び先は、メノンの国であるテッサリアだった(45C)。
(本文に戻る)37メノンの「探究のパラドクス」。
以後の対話の主題になる。
(本文に戻る)38「エリスティコス」。
「ディアレクティケー」の協調・友愛の対話法との対比で、《本文のこの箇所》で言われた、けんか腰で論争的な方法による言論のこと。
(本文に戻る)39ソクラテスは探究される対象を知っている場合も付け加えて、ジレンマの形の議論にした。
メノンはソクラテスのこのような重大な変更にも驚かないので、この当時のポピュラーな言論を知っていて気に入ったメノンが、その一部を下敷きにした可能性がある。
(本文に戻る)
40魂の不滅を信じるオルフェウス教とピュタゴラス派の人々のこと。
(本文に戻る)41一例はエンペドクレス。
(本文に戻る)42以下の韻文はピンダロスの失われた作品の一部。
(本文に戻る)43冥府の女王ペルセポネが息子をティタン族に殺された悲嘆。
このためにゼウスがティタン族を雷鳴で皆殺しにして、人類はその灰から生まれたとされる。
(本文に戻る)44ヘシオドス『神統記』七九三~八〇六行では、不死の神々のうち偽りの誓いを立てる者は、一年間意識なく横たわった後、九年間神々のもとから追放され、その後ようやく許される。
(本文に戻る)45運動選手のこと。
(本文に戻る)46「半神(hērō)」は神話で、片親が神、片親が妖精や人間である両親をもつ子。
「英雄」でもある。
(本文に戻る)47「自然本性(フュシスphusis)」は、欧語文脈のnatureなどのそもそもの起源にあたり、和文脈の「自然」より広く、或る物事の自然本性、たとえば「人間の自然本性」や「国家の自然本性」、「徳の自然本性」のようにも言えることば。
(本文に戻る)48話の流れでソクラテスは想起説を、探究のパラドクスの論法を拒絶し徳の探究に戻るための手段のように言う。
ただし対話者ソクラテスはこの説が真であると信じているとも断言しており、プラトンも、この後『パイドン』(72E–76D)と『パイドロス』(246A–257B)の二箇所で繰り返し想起説を述べる。
(本文に戻る)49「きみは抜け目がない男だね、メノン。
」。
(本文に戻る)50ソクラテスは砂に棒で線を引いて示しながら、少年に図形や辺や長さや面積を質問してゆく。
(本文に戻る)51想起に「しかるべき順番」があるということは、「事物の自然本性はすべて同族」であることの重要な兆候とみなされている。
個別の内容はたんに個別のものとしてあるのでなく、順番・秩序に従って編成される。
数学はこのような順番が明確に分かる一分野。
(本文に戻る)52シビレエイとしてのソクラテスに対してメノンが投げかけた苦情へのからかい。
(本文に戻る)53「考え」と訳したのは「ドクサ(doxa)」。
「思いなし」「思わく」「判断」「推測」「憶測」のようにも訳される。
正しい真の考えでも、確たる根拠に基づくような信頼性は十分でない。
(本文に戻る)54「ペルセポネは昔の悲嘆への償いを」の詩は、人間が「半神」になるかどうかは、もともとの神聖な生まれと悪行によって没落するかどうか、および素質と努力に関係することであるという主題を語っていた。
(本文に戻る)
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