CHAPTER2最高の段取りをするために「目的地までの地図」を描こう
1すべての仕事は「ルーティン」である2「ルーティン」が余裕を生み、仕事の質も上がる3コンセプトはプロジェクトの「警察」である4まず「知ること」からすべてははじまる
「毎日が新しいことの連続」なんてありえない段取りの話に入る前に、伝えておきたいことがあります。「はじめに」でも少し触れましたが、段取りの前提となるようなお話です。それは「仕事はすべて同じ」ということです。段取りが下手な人や、そもそも段取りをしない人は、「毎日が新しいことの連続である」ようにとらえています。よって、すべての仕事に対していちいち段取りはしませんし、そもそも段取りが無意味だと思ってやりません。これでは時間もかかりますし、実現の可能性も薄れます。しかし仕事において、「毎日が新しいこと」などありえないのです。クリエイティブディレクターという仕事は、いつも新しいことをしているように見えるようです。たしかに、日々キャラクターをつくり、店舗デザインをつくり、ブランドロゴをつくり、ブランドコンセプトを考え、いろいろなことをしています。クライアントも食品メーカーから小売、アパレル、鉄道会社、地方自治体、省庁とさまざまです。しかしぼくにとっては、内容は違っても仕事はすべて同じなのです。まず、どんな仕事にも「締め切り」があります。「与えられた時間内に完成するようにスケジューリングする」という点で、すべての仕事は同じです。また、やりとげるまでのタスクも基本は同じではないでしょうか。やるべきことが「1」から「10」まであるとして、たまに「4」がない仕事があったり、あるいは「1・1」「3・1」などのイレギュラーもあったりしますが、「基本が1から10である」というのは変わりません。考えることも同じ、やることも同じ。すべてがルーティンなのです。違うのは「考えたすえに生まれたアイデア」や、「実行した結果、できあがった成果物」であって、プロセスは同じです。段取りをきちんとつくってしまえば、ルーティンとしてどんな仕事も確実にやりとげることができます。無駄な作業は減り、漏れや抜けもなくなります。「間に合わない」「できなかった」ということもなくなるはずなのです。仕事の「本質」は同じである「ルーティンといっても、うちの場合はちょっと違うんだよね」そんな声も聞こえてきそうです。みんな、どういうわけか「自分の仕事は特殊である」と信じています。でもほんとうに、そうでしょうか?仕事のルーティンについて、もう少し考えてみましょう。たとえばデザインの仕事は、おおまかに言えばこういう工程をたどります。調べる→手描きのラフを描く→「たたき台」となるラフをパソコンで描く→カンプを出す→最終カンプ(修正版)を出すどんなデザインの仕事も、ほぼこの流れに沿っています。では、企画書をつくるときはどういう流れでしょうか?調べる→方向性を決める→企画書の流れを決める→文字にする→図を加える→完成もちろんいろんなパターンはあると思いますが、だいたいこんな流れでしょう。ぼくが言いたいのは、あらゆる仕事は細かい部分や対象は違っていても、大きな流れは同じで「ルーティン」である、ということです。違うように見える仕事も、ぺろっと皮をめくってみると骨格は同じ。仕事の本質は同じです。であれば、段取りもそうそう変わるものではないのです。さらに範囲を広げるなら、プライベートのこともルーティンに当てはまります。たとえば家を借りるとき。条件を洗い出す→候補を絞る→地図を見る→ストリートビューで見る→内見する→条件を交渉する→決定する料理であっても、
冷蔵庫の中身をチェックする→レシピを見る→足りないものはないか確認する→メニューを決定する→買い物に行く→調理する→完成旅行はどうでしょう?リサーチする→宿の空きを調べる→スケジュールを立てる→チケットを手配する→準備をする→旅行するすべてのものごとは、一回一回異なるのではなくて、ほぼルーティンであり「型」にはめることができます。大きな流れはどれも同じ。調べる→大まかな方向性を決める→具体的なプランをまとめる→仕上げ作業をする→完成このプロセスを途中で省いて、ろくに調べずに取りかかったり、方向性を決めたりすることなくいきなり細部を考えはじめたりしてしまい、その後の段取りがうまくいかなくなる。そんな例は、実は多いように思います。「段取りをする」というとすごく難しく考える人がいます。「AのあとBをやって、BをやりながらCを準備して……」などと想像して、きちっとものごとを進めなくてはいけない。「そんなこと毎回できないよ」。そう考える人が多くいます。そうした「段取り」が毎回できるなら苦労はしません。そういった段取りができないから、みんな困っているのです。ぼくの答えはシンプルです。あらゆるものごとはルーティンなのだから、ルーティンどおりにやってみればいい。難しく考える必要はないのです。トラブルもすべて「パターン化」できるすべてはルーティンであり、型にはめることができる。そう言うと、こう反論する人もいるでしょう。「ルーティンでやろうとしたけれど、想定外のトラブルがあってダメになった」「上司が急にムチャぶりしてきたから、型どおりにできなくなった」そういう話を聞くと、「それってぜんぶ、想定内だよね」とぼくは感じます。トラブルはサイズの違いはあれど、仕事にはつきものでしょう。突然、上司に何かを頼まれることは日常茶飯事。指示をコロコロ変えるリーダーも、納期ギリギリに相談ごとをもちかけてくるクライアントも、どんな業界にもたくさんいます。それらは「確実に起きること」なのです。どんなトラブルやアクシデントが起きるか、そのパターンも含めて把握しておくのも、段取りのうちです。たとえば、慣れているタクシーの運転手さんは「六本木ヒルズまでお願いします」とお客さんが言うと「森美術館がある六本木ヒルズですね?」などと確認します。ぼくが想像するに、すぐ近くにあってイメージが似ている「東京ミッドタウン」と「六本木ヒルズ」を混同して行き先を告げるお客さんが多いからではないかと思うのです。「六本木ヒルズ」と言われてヒルズにタクシーをつけたら「あっ、すみません、ミッドタウンだった」とお客さんに言われる。これを「起こりうるアクシデントのパターン」として覚えておき、回避できるようにあらかじめ確認するという対策を取っているのかもしれません。こういう運転手さんは「段取り上手」だなと思います。アクシデントも、トラブルも、あらかじめパターン化しておく。さらには、「トラブルの回避方法」や「トラブルが起きてしまったときのリカバリー方法」もパターン化して段取りに組み込んでおく。そうすることで、どんなトラブルも「想定内」になるのです。
ルーティンを増やし、仕事を「パターン化」しようぼくもかつては「ルーティン化」をせず、行き当たりばったりで仕事をしていました。しかし、あまりにも無駄が多いことに気づいたのです。仕事はできる限り「ルーティン」にすることを、おすすめします。もちろん、いろいろな案件があるので、どの仕事も同じように進める、というわけにはいかないかもしれません。そこで、いくつかのパターンに当てはめてみるのがおすすめです。・同じ業種の少人数の人たちと進めていくプロジェクト・企業や自治体など、異業種の大勢の人たちと進めていくプロジェクト・イベントがらみなどでスケジュールがとても厳しいプロジェクト・レギュラーで長年やっているプロジェクトといった具合です。「パターン化」はとても便利です。たとえば異業種の人たちと進めていくプロジェクトなら「会議で決裁するから時間がかかるな」とか「阿吽の呼吸では伝わらないから、コンセプトの説明をていねいにわかりやすくしないと、あとあと問題が起きやすいな」などの特徴をあらかじめ把握しておくことができます。そうすれば、相手が地方自治体であろうと、メーカーであろうと、「うん、同じパターンだな」と戸惑わずにすみます。自分の仕事のパターンをもとに段取りを組めばたいていうまくいきます。ポイントは、パターンの数を極力絞ること。果てしないパターンの中から、「今日はどのパターンだ?」といちいちやっていては「パターン」の意味がありません。どこの会社も「経費の精算をエクセルでつくったフォーマットに入力する」といったパターン化をしていると思いますが、それと同じです。パターン化せずに仕事をするとは、毎回毎回フォーマットからつくっているようなものなのです。そして、「パターン化しなくてもできる」というかんたんなものほど、パターン化しましょう。かんたんで慣れた仕事であれば、一からやっても大した手間ではありませんが、「塵も積もれば山となる」で、結構な時間のロスになります。パターン化をしないと、長期的に見た場合、とてもめんどうくさいことになるのです。逆に、パターン化すると無駄が減り、余裕ができるでしょう。ルーティンを増やすと仕事の「質」が上がるそれでも「仕事が複雑なので、パターン化なんてできないよ」と反発する人もいます。しかし、ぼくは思うのです。複雑で大変な仕事こそ、段取りが必要ではないかと。パターン化できる部分はすべてパターン化し、ルーティンとして段取りをしておけば、もてるエネルギーに余裕ができます。そのエネルギーをありったけ、「ここぞ!」という部分に注ぎ込む。このやり方こそ、仕事の質を上げていく秘訣ではないでしょうか。特に、経験がない若手の人、たくさんのタスクを同時並行でこなすことが苦手な人、詰めが甘くてミスが多い人、忙しいとパニックになってしまう人は、パターン化して段取りをすることで、マイペースが保てます。そうすれば、本来の自分の力を100%発揮して、いい仕事になるはずです。クリエイティブな仕事なのだから、ルーティンでやるのはそぐわないのではないか、という意見もあるでしょう。ぼくは逆だと思っています。クリエイティブな仕事だからこそ、ルーティンを増やすべきなのです。ルーティンを増やすと基本的なこと、あらゆる仕事に共通する基礎の部分をスムーズに行なうことができます。もっといえば意識せずに自然とこなすことができるようになる。仕事のクオリティのベースが上がります。全体のレベルがグンと上がるのです。すると、さらに上を目指すことができるようになります。質を上げたり、工夫をしたりする余裕が生まれるのです。アレンジや工夫ができるのはプロの領域に達した人だけです。一度もオムライスをつくったことのない素人が隠し味やふわふわのたまごをつくる余裕などありません。初心者はオムライスのつくり方から把握しないといけないからです。プロの料理人はオムライスのつくり方なんてルーティン作業です。目をつぶっていてもできるかもしれません。だからこそ、さらにおいしい究極のオムライスをつくる余裕ができるのです。パターン化し、「やることは決まり切っている」と思えば、これから起こりうることも予測しやすくなります。そうすると、何かトラブルが起きたときも、「ああ、こう来たか」と対応できますし、ほんとうに予想外のことであっても、自分の余裕でなんとかカバーできるのです。できる限りルーティンを増やし、エネルギーの余裕をつくれば、仕事の質も高まっていくはずです。「型」を決めることが質とスピードにつながる
ぼくの会社、グッドデザインカンパニーは、世の中に出ているデザインの数が、比率にするとふつうのデザイン会社の3〜4倍はあります。それは段取りがいいからだと思っています。台湾のセブン-イレブンのディレクションを行なったときも、クオリティを担保したまま、けっこうな量のデザインをしました。外注はしていません。すべて社内でやったのですが、それが可能なのも「パターン化」を行なったからです。基本のレイアウトは、ぼくがつくりました。最初にデザインのフォーマットをつくってしまうのです。文字の入れ方まで指定してしまえば、あとは文字や写真を変えるくらいなので、経験の浅いスタッフに任せてもスムーズ。最初の「型」に注力しておけば、あとは「パターン」だから楽なのです。こうした「パターン化」が可能なのは、デザインにも「ルール」があり「正解」があると考えているからです。たとえば行送りは「文字の級数×1・6を基本とする」というのが、ぼくのなかにはルールとしてある。また「端から何ミリ」というときは8ミリか12ミリのどちらかという場合が多い。こういったルールを見つけていくと、どんどん効率は上がっていきます。キャラクターデザインに関しても「どういう顔がいいのか」を明確にしてから描くと早くなるでしょう。「くまモン」を描いたときも「くまもとサプライズ」のコンセプトに向かってつくりました。その目標に向かって顔をつくっていったのです。ぼくらのようなクリエイティブな仕事こそ「答えがある」と仮定して進めるべきです。そうでないと永遠にやることになります。一生懸命やったとしても、自分なりのノウハウやルールを見つけながらやらないと、ただの徒労に終わります。自分なりの法則を見つけられないままやり続けても、10年、20年たっても成長しないのです。選択肢を減らすことでストレスを減らす日々の動きも「ルーティン化」するためにぼくはいろいろな工夫をしています。まずは仕事の「曜日」を決めてしまうことです。毎週、ちゃんとごみ出しができるのは、ごみの日が「曜日」で決まっているからです。「月曜日が可燃ごみ」「火曜日が不燃ごみ」などと決まっているから、ごみの出し忘れは起きづらいのです。仕事も同じです。曜日ごとにやるべきことを決めて段取りをすればルーティンとなり、スムーズに仕事が進みます。たとえば担当クライアントについて、「月曜日はA社、水曜日はB社、木曜日はC社の仕事をする」と基本的に決めておく。「チームで毎週ミーティングを行なう」と決まったら、「毎週、火曜日の10時に固定しませんか?」と提案する。やり方はいろいろあります。ぼくも年間契約のクライアントさんが複数いるので、クライアントさんごとに打ち合わせの曜日を固定することで、スケジュールがすっきりし、段取りもうまくいくようになりました。ひとりの仕事であっても、働く場所や時間、そこでやるべきことまで決めてしまうこともルーティンを増やすうえで効果的です。毎日会社の自分のデスクで仕事をする人は、仕事の場所や時間をいちいち決める必要はありません。実はこれも小さいながらストレスを減らしていると言えます。ぼくのように自分で会社をやっている人やフリーランスで働いているような人は、基本的に「いつ」「どこで」「何を」しようと自由です。これはいいことのように見えますが、実はこの「選べる」という状態は意外に心理的負担が大きいものです。毎日社員食堂で「A定食」か「B定食」を選ぶくらいなら、意志の力はさほどいりません。でも、どこで何を食べてもいい、となった途端に「決められない!」となってしまう人は多いのではないでしょうか。それと同じです。イチローが打席に入るときに「ルーティン」を行なうのも、スティーブ・ジョブズが同じ服しか着なかったのも、選択肢を減らしていたのでしょう。ルーティン化して、自分が決める回数を減らすことで、ほんとうに大切なことに集中できます。ぼくも、ジーンズやTシャツは同じものをいくつも用意しています。それは、毎朝「服を選ぶ」ということにエネルギーを使いたくないからです。選択肢を減らす。迷う回数を減らす。そのために、オフィスなど仕事まわりの環境も工夫しています。たとえばぼくは、オフィスの本棚に本を「背の順」で並べています。ふつうは「カテゴリ」で分けたくなりますが、それだとカテゴリがあいまいな本を探すのに時間がかかってしまいます。シンプルに「背の順」としておくことで検索しやすくなるのです。「あの本は、だいたいこのへんにあったな」と思い浮かべやすくなります。また、ぼくのパソコンのデスクトップの画面は「進行中」と「完成」の2つのフォルダしかありません。そのフォルダを開くと、ずらっとクライアント名のついたフォルダが現れるようになっています。よくデスクトップの画面いっぱいにフォルダを何十個も並べている人がいますが、あれだと、そのなかからひとつのフォルダを選ぶときにストレスがかかります。なるべく選択肢を減らすのがポイントです。ぼくにとっては、探すフォルダが「進行中のもの」か「完成したもの」かどうかで大きく分かれます。だから、まずこの2つの選択肢をデスク
トップに配置するのです。時間も空間も極力シンプルにしていきましょう。ルーティンによってなるべく選択、決断をする数を減らして、そのぶんのエネルギーを仕事に回す。それができればさらにいい仕事ができるようになるはずです。「すごいこと」を目指してはいけないなるべく決断や選択にエネルギーを使わず、淡々とことを進める。もちろん「ここぞ」というときにはエネルギーを集中させますが、というより「ここぞ」というときにエネルギーを集中させるためにも、それ以外のことにはなるべく力を入れずに進めることが大切です。そして、力を入れなくても進むような仕組みをつくっておくことが大切です。「ルーティン」と似たような話かもしれませんが、「すごいことをしようと思うな」ということも、スタッフによく話しています。「すごいことをやってやる!」新人デザイナーやクリエイターはしばしば、こんな勘違いをします。これは業種を問わないことかもしれません。それが大事な仕事だと思えば思うほど、力んでしまうという状態です。「世の中にいまだかつてないものを、俺がつくり出してやろう!」「みんなをあっと言わせるプロジェクトを成功させよう!」こうした「すごいこと」を目指す野望があると、段取りなんてどうでもいいと思いがちです。「段取りは、たしかに単純な業務をこなすには役立つだろうけれど、クリエイティブな仕事にはひらめきと勢いが大事だ!」などと、考えてしまうのです。しかし、「すごいこと」を目指すと、力が分散してしまいます。野望にとらわれ、「今の市場に必要なのは、誰も見たことのない新しい商品だ!」という、間違った「目的」を把握してしまうと、細部を見落とし、状況が正しく把握できません。また、スタートで力を使い果たしてしまい、最後までやりとげることができません。力がほんとうに必要となるのは、実行していくプロセスなのです。たとえていうなら、「俺はビッグになる!社長になる!」と野望を抱いているのに、事業計画も財務計画もまったくない起業家と同じです。その状態で「みんな、黙ってついてこい」と言っても賛同者はいないでしょうし、投資家もお金を出してはくれません。結局、何もなしとげることはできないでしょう。「すごいこと」を目指さず、淡々と段取りをしていきましょう。いつも同じパターンで、確実にやりとげる仕組みをつくりましょう。ルーティンでひとつひとつこなしていき、そこから生まれた余裕で、仕事の質を高めていくのです。結果的に新しいもの、すごいもの、みんなに役立つものができあがれば、ちゃんと世の中に浸透していくはずです。「すごいこと」は、目指すものではなく、ゴールしたその後からついてくるもの。そのためには、確実にゴールすること。そしてゴールのために段取りをすることです。
わかりやすい言葉を用意するさて、具体的な「段取り」の話をしていきましょう。CHAPTER1では、仕事の「目的地」を明確にすることの大切さと、目的地の決め方についてお話ししてきました。ここからは「目的地までの地図の描き方」について説明していきたいと思います。地図がないままに、歩きはじめてしまうと、気づいたら違う場所にいたり、途中で迷子になってしまったりします。きちんとあらかじめ地図を描き、そのとおりに歩んでいくことが大切なのです。ほとんどの仕事はひとりでは完結しません。たとえば編集者だったら、著者がいて、印刷屋さんもいて、デザイナーさんもいて、編集長もいて、いろんな人とチームをつくって仕事をしています。チームで動くときには「何をするか」ということを共有しなくてはいけません。目的を共有し、同じ方向を向くことが大切です。そのためにぼくらは「コンセプト」をプロジェクトごとに決めています。みんなが共有できる「わかりやすい言葉」を用意するのです。「目的をひとことであらわすような言葉」があれば、迷ったときに原点に立ち返れます。チームのメンバーはみんなそれぞれの立場があります。お金担当の人は「できるだけコストを下げたい」と思うでしょうし、スケジュールを管理する人は「できるだけ納期を守りたい」と思っているでしょう。それぞれの思惑がうごめいているわけです。その誰かひとりの思惑を優先してしまうと、やっぱりチームとしての仕事はうまくいきません。チーム全員が、それぞれの思惑を超えて、ひとつの方向に進むためにもコンセプトは必要なのです。相鉄のプロジェクトでは「安全×安心×エレガント」というコンセプトを共有しているとお伝えしました。このわかりやすい言葉があるだけで、「いくらスタイリッシュであっても、安全、安心でなければいけない」「安全、安心を追求するあまり、エレガントを忘れてはいけない」といった具合に、ブレずに仕事を進めていけるのです。そして、チーム全員が「このプロジェクトは○○である」と言える状態にすることが理想です。では、こうしたコンセプトはどのように決めればいいのでしょうか?相鉄の「安全×安心×エレガント」はこんなふうに決まりました。まず、「安全」は、鉄道事業ではどうしても外せないワードでしょう。安全に運行するというのはあたりまえですし、さらには「点字ブロックなどはほんとうに安全なのか」といった細かい部分まで安全を追求することが重要です。「安心」も、基盤となるキーワードです。安心のない鉄道というのは考えられません。お客さまが安心して利用できる。さらには、社員や経営陣も安心するようなプロジェクトにするということです。では「エレガント」はどこから出てきたのか?安全、安心を進めるのは、東急も京急もJRも小田急も、鉄道会社ならば当然のことです。そこで「相鉄ならでは」のポイントを探しました。相鉄は、横浜を走る電車です。横浜はどういう魅力のある街か?さわやか?ノスタルジック?おしゃれ?……そのようにいろいろと考えていった結果「エレガント」という言葉にたどりついたのです。こうしたコンセプトはいわば「警察」の役目を果たします。取り締まってくれる存在なのです。仕事が進んでいくと、打ち合わせのときに「これはもっとカッコいいほうがいいんじゃないか?」などと、偉い人や、声の大きい人が言う場面に遭遇します。ここでコンセプトがあれば「この事業はエレガントがテーマです。カッコいいというのはあなたの感覚ですよね?」という話ができる。「コンセプトは『安全×安心×エレガント』と決まっています。これでOKが出ているんです。だからカッコいいかどうかではなくて、エレガントかどうか?安心か、安全かということを判断しているんです」と。「コンセプトを決める」だけではなく「コンセプトに立ち返る」ことはさらに重要です。ことあるごとにぼくは「これは、安全×安心×エレガントですか?」とチームに問いかけるようにしています。みんなが夢をもてるような「コンセプト」を誤解を恐れずに言えば、相鉄はもともと「エレガント」なイメージはありませんでした。どちらかというと、ちょっとダサイ路線というイメージだった。
そういうなかで「エレガント」というコンセプトを打ち出すことに「ちょっと恥ずかしい」「違和感がある」と言う人もいました。でも「目的」と「結果」は違います。もちろん目的と結果が一致するのがベストですが、目的と結果は違ったっていい。「他人がどう思うだろう?」とか「それは不可能なんじゃないか?」といった思いはおいておいて、ほんとうに目指すものを目的にするべきです。実態と目的があまりにもかけ離れていて「100%無理」ならやめたほうがいいかもしれませんが、可能性が少しでもあるなら絶対にチャレンジしたほうがいいのです。「相鉄はエレガントじゃないよ」とみんなが言ったとしても、エレガントさを目指したいのであれば「こうありたい」と言い続けていく。そうすることで、夢をかなえていけばいいのです。東京ミッドタウンのコンセプトは「東京のまんなかでいちばん気持ちのいい場所になりたい」です。コピーライターの蛭田瑞穂さんが書いてくれたもので、とても素敵なコピーです。ぼくが「いいな」と思ったのは「気持ちのいい場所になりたい」という部分。ふつうは「気持ちのいい場所だ」と言いたくなる。そこをあえて「なりたい」にしたことで、このコピーは成功しているのです。「気持ちのいい場所」というのは、人それぞれの感覚です。「海がいい」という人もいれば「山がいい」という人もいる。だから「気持ちのいい場所だ」と言い切ってしまうとウソっぽさが出てしまいます。もしくは「気持ちのいい場所だ、とは言い切れないね」といってあきらめてしまうでしょう。しかし、「気持ちのいい場所になりたい」であれば、誰が言ったっていいことです。こうしたプロジェクトの目標の掲げ方が、関わる人の心をつかむのです。相鉄の場合も「日本中のどの沿線よりも豊かでありたい」という思いなら、抱いてもいいでしょう。企業も夢を持つべきなのです。小さい頃は、みんな夢をもっていた。それが大人になるにつれ、恥ずかしくて言えなくなっていく。これは企業も同じです。創業時はみんな「夢しかなかった」はずです。それがいつの間にか夢をもたなくなってしまう。だから、夢をもつべきなのです。その「結果」が、その「夢」と多少違うものになろうが、それは構わない。でも、目指さない限りは絶対そこには到達しないですし、夢に向かうことこそが「行動規範」にもなっていくのです。世の中には「それを聞いて社員は何をすればいいの?」と思ってしまうような英文のカッコいいコピーもよく見かけます。おしゃれでいいのですが「具体的に何をしたいのか」がいまいちわからない。でも相鉄が「豊かな沿線をつくる」ということを目標にすると言えば、それはわかりやすく明確です。「豊かさとは何か?」という議論ははじまるとは思いますが、その議論がはじまることですら素晴らしいことでしょう。素晴らしいコンセプトは、わかりやすく、行動も自然とついてきます。「言葉のものさし」の違いに気をつけるコンセプトを決めるときはもちろん、プロジェクトを進めるうえで「言葉」に敏感になることは大切です。この「言葉のものさし」が人それぞれ異なっていると、プロジェクトはちぐはぐなものになってしまいます。「今のデザインから一新したい。でも、そんなにおしゃれにはしたくないんです」新製品についての打ち合わせ中、あるクライアントから、こんな言葉が出てきたことがあります。「デザイン=おしゃれ」という定義が、その人の中にはあったのかもしれません。ところがぼくから見ると、現状のデザインが、すでにおしゃれなのです。「『そんなにおしゃれにしない』というより、『もっとおしゃれじゃなくする』ほうがいいと思いますよ」ぼくがそう言うと、相手はきょとんとしてしまいました。このすれ違いの原因のひとつは、「デザインとは装飾性が高く、何かを付け足していくもの」という誤解です。しかしデザインとは「よくするもの」であって、とことんまで装飾をそぎ取ることもデザインなのです。そして、もうひとつの原因は、「おしゃれ」という言葉のものさしが人によって違っていること。「おしゃれ」に限らず、言葉というものは絶対ではなく、ひとことで理解し合うのはとても難しいことです。だからこそ、自分の中でひとつの言葉やアイデアをもったら、できる限り説明可能にしておきましょう。どんな職種であっても「言葉のものさし」が人それぞれ違うことを理解し、溝を埋めていかなくてはなりません。
段取りは「準備」が9割仕事の「目的地」を決め、そのプロジェクトの「コンセプト」を決めるのですが、その前提となるのが「情報収集」です。まず「知る」ことなしに、仕事がうまくいくはずがありません。『センスは知識からはじまる』(朝日新聞出版)という本を書いたとき、「驚いた」という声が多くの方から寄せられました。「センスとは天性のもの、ある日突然ひらめいたりするものだ」そんなふうに思っている人が、それだけ多かったということでしょう。しかしセンスは、多くの知識をストックし、最適な組み合わせを考えることで生まれ、磨かれていきます。段取りもセンスとよく似ていて、知識なくしては成り立ちません。知識のストックという「準備」があればあるほど、「段取り」はうまくいきますし、仕事の精度は高くなります。段取りは準備が9割といっても過言ではありません。・段取りをする前に、関係ありそうなあらゆる知識をサーチする・段取りとは無縁の、日頃から、関係ないような知識のストックを増やしておくこの習慣をつけておくと、長年にわたって使える自分の財産となるでしょう。相鉄のリブランディングプロジェクトに携わることになったときも、ぼくは相鉄について調べることからスタートしました。自分のもっていた古い知識をリセットして、「相鉄らしさって、なんだろう?」というところから新しい知識を上書きしていきました。相鉄のプロジェクトがはじまったのは2014年です。1917年創立の相鉄が、まもなく創業100年を迎えるというタイミングではじまったものです。「大正6年創立か。ずいぶん古くからある鉄道なんだな」という素朴な印象からスタートして、歴史を含めた知識をインプットしていきました。もともとは相模川の砂利を運搬する電車だったという鉄道の成り立ちを伺い、「横浜という街をつくった電車だ」という印象を強く受けました。小冊子が書けるくらい調べるどんな仕事でも、基本情報のインプットはマストです。「あたりまえじゃないか」といって見逃しがちですが、新規のクライアントであってもホームページを見れば、沿革のアウトラインはつかめます。このわずかな手間を惜しんではなりません。相鉄に限らず、ぼくはどんな仕事でも、相当に調べます。専門機関に問い合わせることもしばしば。「1冊の本をつくるまではいかないけれど、小冊子ぐらいだったら書けるレベル」まで調べるのです。たとえば、鳥を使ったロゴをつくるなら、鳥類研究の専門家である大学の先生を調べて、「お話を聞かせてください」とインタビューをお願いするところまでやったりします。めんどうくさそうに思えるかもしれませんが、やってみると芋づる式に興味が出てきて、やめられなくなります。自分で調べる以外に、さまざまな人に聞く、というのも情報収集に欠かせないプロセスです。仕事について把握するとき、自分で調べたことなど、たかが知れています。その点、クライアントやお客さまの知識は、ウェブや本で調べたことよりもはるかに豊かでとても深い。話を聞けば聞くほど、大きな収穫があります。純粋な好奇心が武器になる情報収集するうえで大切なこと。それは「興味をもつ」ことです。その対象にひたすら興味をもつ。この姿勢があるかないかで、知識のインプット量は変わります。相鉄でいうと、子どもの頃に「Nゲージ」と呼ばれる鉄道模型をもっていたぼくは、そもそも電車が好きで興味がありました。とはいえ「鉄オタ」と言えるほど詳しいわけではありません。「知識的には足りないしマニアでもないけれど、電車が好き!」というレベルです。このレベルの興味があれば、「もっと知りたい」「教えてください」という第一歩が踏み出せます。すると相手も気持ちよく話してくれるので、知識が増えます。ぼくは初歩的なことからどんどん質問していきました。教えてもらうとますます興味が湧き、「ここがわからない」となるので、質問ができます。それについて答えていただくと、また新たな知識のインプットとなります。
あるとき、相鉄のみなさんとの雑談中、どの車両が好きかと聞かれて「車掌車ですね」と言ったら、「おおっ!」と好反応だったこともありました。貨物車のいちばん後ろについているのが車掌車で、たまたま子どもの頃に好きだったからそう答えただけですが、プロからすれば「まったくの素人だと話しても通じないけど、案外知っているじゃないか」となり、「もっと話してやるか」と思ってもらえたのです。質問は、「知りすぎていても、知らなすぎてもできない」ということです。いずれにしろ「教えてもらう」とは、相手の頭を使わせていただくことですから、敬意をもってお願いしなければなりません。敬意をもって質問に臨めば、失礼がないばかりか、相手がますます快く教えてくれるというメリットも出てきます。「最強のインタビュアー」になれ「仕事なのだから、クライアントに教えてもらうなんて失礼だし甘い。自分でぜんぶを調べるべきだ」という考えもあるかもしれませんが、全体像を把握するという意味でも、インタビューは不可欠です。相手に話を聞かずに自分で調べただけの知識で段取りをすると、「重要なステップの取りこぼし」といったミスがあとあと起きてきます。相鉄のケースでは、ブランドリニューアルの一環として、車体の色や内装も変えることになりました。「ボディの色は?塗装は?」「それに合わせた座席シートってどういうものか。つり革はどうするか」このように、まずは「やるべきこと」をすべて抽出し、それらを組み合わせてリニューアルをやりとげる段取りをしていったわけですが、「やるべきこと」がひとつでも漏れていた場合、きっちり組んだ段取りが意味のないものになってしまいます。ところがぼくは、あやうくそのミスをおかすところでした。電車の屋根にはみな、「パンタグラフ」がついています。相鉄の場合、もともとの車両には「菱形パンタ」がついていました。電車の屋根についた菱形の金属は、子どもの頃からクレヨンで描いていたような電車のかたちだし、エンジンなどと同様、「デザインが関与する余地がない固定の部分」だと、ぼくは思い込んでいました。ところがよく聞くと、パンタグラフには「菱形パンタ」のほかに「シングルアーム」というものがあり、2つを比較した場合、新しいものにはシングルアームがふさわしいというのです。ぼくは、今後の相鉄にふさわしい車両をつくろうとしていましたから、菱形パンタのままだったら電車に詳しい人の目には「新しくした車両と古めかしい菱形パンタがちぐはぐだ」と映ってしまいます。ぼくは「そういうものだ」と思い込んでいて聞かなかったし、相鉄の担当の方は「あたりまえの知識」だったからわざわざ言わなかった。そこで知識のインプットが抜けてしまいました。こういうことは案外よく起こるので、質問の重要性を再認識することにもなりました。こうして新たな知識のインプットにより「パンタグラフの変更をするか、しないか?」という工程が加わり、その部分を漏らすことなく段取りをしていけたのです。「知ったかぶり」をしてはいけない鉄道でも食品でも女性用の自転車でもICカードでも、ぼくにはたいていのものがおもしろくて、「聞きたい、知りたい」と思い、素直にそれを言動にあらわします。質問しながら知識をインプットすることは、ぼくにとって「楽しくて好きなこと」です。好奇心旺盛な人は、知識のインプットという点で有利といえるでしょう。逆にいえば、好奇心がない人でも、何かを調べてみれば、知りたがりになれます。なぜなら、調べれば調べるほど知らないことが出てくるので、自然とそれを確かめたくなるのです。「自分は好奇心旺盛というタイプじゃない」と思う人は、淡々と「知りたいこと」の枝葉を広げていきましょう。人にどんどん質問できる理由をもうひとつあげるとしたら、ぼくが賢くないからだと思います。謙遜でもひがみでもなく「自分は賢くない」と思っていますし、わからないことがあるとすぐにそれを口にします。どんな業界にせよ、一気にバーッと話をされることがよくあります。そういうとき大人なら「わかったような、わからないような顔」でうなずいてやり過ごし、あとでこっそり、検索するのかもしれません。ぼくも年齢的には「いい大人」なのですが、今でもわからないことはたくさんあり、それをそのままにはしません。「あのう……。さっきからお話に出ている○○って、何ですか?」クリエイティブディレクターというのはたいてい企業のトップが決めるので、現場の人たちにとってぼくは「社長が連れてきた人」です。だか
らみなさんもいちおう「先生」などと呼んでくださるのですが、ぼくまでそれを本気にし、大人ぶった先生づらをしたら、おしまいです。格好つけない。恥ずかしがらない。わかったふりをしない。「わからない」と明言し、現場の人たちの前でありのままの自分をさらけだす。こうした態度がもともと身についていたのは、とてもラッキーでした。さもなくば、聞きたいことも聞けなくなり、十分な準備ができなくなります。目的は、「自分をよく見せること」ではなく、「よい仕事をすること」です。この目的がブレないようにしないと、段取りもうまくいきません。茅乃舎のリブランディングも「知識」からはじまった段取りは「知識」からはじまります。茅乃舎のケースも、仕入れた知識がうまくブランドにつながった例です。「茅乃舎」と言えば無添加の調味料ブランドで、とくに「茅乃舎だし」は、食に関心がある人なら多くの方がご存じなのではないでしょうか。製造・販売しているのは久原本家グループ。明治26年創業の伝統ある食品メーカーです。「茅乃舎」の人気が高まるにつれて、「より慎重に今後のブランディングを考えたい」という話になりました。そこで、ぼくの元に依頼がきたのです。ただ、ぼくは少し困りました。なぜなら、茅乃舎でずっと使われていたロゴはブランディングの方向性としてまったく間違っておらず、ぼくが手を出す部分があまりなかったのです。しかし、これからもっと伸びていくであろう茅乃舎の未来を予測したとき、これまでの家をかたどったようなマークがもつ「かわいらしさ、親しみやすさ」よりも、より洗練された「上質」をあらわすものに変えたほうがいい気もしていました。それからぼくは、あらゆる知識をインプットし、想像し、準備をはじめたのです。福岡に「レストラン茅乃舎」がオープンしたのは、2005年9月2日。全国展開の店舗の旗艦店となる茅葺き屋根の建物です。「大変な思いをしてオープンした夜、店の後ろの山あいに満月が出ていたんだよ」打ち合わせのとき、うれしそうに社長が話してくださったことが強く印象に残っていました。「そうだ、山があったな」と思いました。そのときふと、これが新しいブランディングのヒントになるかもしれない、と思ったのです。さっそく、地図を調べました。すると「レストラン茅乃舎」とすべてのブランドがそろうショップ「久原本家総本店」のあいだには、天照大神が祀られた神社があることがわかりました。さらに天照大神について調べていくと、天照大神が岩戸に隠れたというのは日食だったのではないかという説を見つけました。オープンの夜に浮かんでいた月のこと。天照大神を祀った神社のこと——。そんなイメージから生まれたのが、「茅乃舎は月と太陽に守られている」というものでした。ぼくはそこから、円形のシンボルマークをつくりました。ちなみに、シンボルマークの丸の線の太さが微妙に異なっているのは、皆既日食のように、月と太陽の両方がそこにあることを意味しています。茅乃舎はアメリカにも進出しており、今後は世界展開も視野に入っています。そのため、地球をイメージする「円」のかたちにしました。さらに、この円は「円相」もあらわしています。円相とは、ひと筆で丸を描く禅の書画で、雑念が消えている人ほどきれいな円が描けるといいます。これは久原本家の中に脈々と流れている、「迷わずに本質をつくり続ける」という考え方に通じます。円形の下部にわずかなふくらみをもたせ、久原本家のルーツである醤油の一滴を表現しました。定例の打ち合わせの席で、いきなりシンボルマークを提案したぼくに驚いていたものの、社長はその場で受け入れてくれました。ただ「よりおしゃれに」「よりカッコよく」といったことを考えているだけでは、このマークにたどりつかなかったでしょう。あらゆる角度からお話を伺い、いろいろな情報をインプットすることで、答えは導き出されたのです。だいたいのイメージを「面取り」して決めていく知識のインプットは大切ですが、あまりにもディテールを見すぎてしまうと、細かい部分に引っ張られすぎて全体像が見えなくなります。よく言われるように、「木を見て森を見ず」になるのです。また、細部にこだわりすぎて、目的からブレてしまう危険もあります。そこでぼくが行なうのは「面取り」です。「面取り」とは、木材などの角(稜)を削っていくことで、料理でもこうした作業を行ないます。ただ、ぼくがいう面取りとは、角をバサバサ切っていく作業で、彫刻の粗彫りに似ています。たとえば「気をつけ!」をした人体をつくるな
ら、四角い木材の角をバサバサと大きくカットしてまずは細長い楕円に近いものをつくり、そこから細部を彫り込んでいく。あるいは手を大きく広げたポーズの人体なら、角をバサバサカットして、まずは逆三角形の立体に近いものをつくる。このように、まず余計なところを落として大まかなかたちで全体像を把握してから、細部を詰めていくのです。相鉄の例で言えば、こんな具合です。・相鉄は○力強い×軽やか・相鉄は○地味で落ち着いている×派手で目立つ・相鉄は○暗くて静か×明るくてにぎやかバサバサ角をカットし、「力強くて落ち着いていて静か」というかたちにする。また、創業100年という伝統、相模川の砂利を横浜の港まで運搬し、横浜の街づくりに貢献したという歴史。地域の住民の足であること。内陸部を走っていること。こうした知識をもとにかたちを決めていきました。彫刻にたとえるなら、手を上げて睨んでいるのか、それとも四つ足で走っているのか。大まかなところが見えてくると、「だいたい把握できた」と感じます。大まかなところというのは実は本質であり、そのプロジェクトや製品を代表する主要な部分です。インプットした知識をもとに面取りをしてものごとを把握すれば、方向性もコンセプトもほぼ決まります。このあとは「面取り」を細かく詰めて、それぞれをタスク化して実行の段取りをしていきます。だからこそ「面取り」による大まかな把握は、的確でなければなりません。「やらないこと」を決めていく「何をやるか」と同じくらいに「やらないこと」を決めるという作業も大切です。目標が高ければ高いほど「達成するために、あれもやろう、これもやろう」となってしまいます。しかし、それではいくら時間があっても足りませんし、タスクがあまりにも多くなり、段取りしてもうまく機能しません。「やったところで目的には効果がないこと」も含めて段取りをしてしまうと、労力ばかりかかって効率が落ちるうえに、仕事の成果は上がらないのです。相鉄は当初、リブランディングにあたって「広告を打ちたい」という希望をもっていました。沿線外の人たち、つまり将来住んでくれるであろう「今後のターゲット」に対してアピールするための広告を出すというのです。広告は費用もかかりますし、プロジェクトの大きな柱のひとつだったのかもしれません。しかし、ぼくは反対しました。自分の体験として考えても、広告を見て、その沿線に住みたいと思わないと感じたのです。率直に担当の人たちに尋ねると、みんな「たしかに、住みたいとは思わない」という意見でした。沿線の価値とは、その沿線で何かを体験しないとわからない。実際に乗ってみて初めて、「ああ、このあたりに住んでもいいかな?」と思うでしょう。それには、乗ってもらわなければなりません。有名な観光地や人が集まる都心であれば、黙っていてもみんなが来てくれるので、すぐにその沿線を体験してもらうことができます。「このへんはいいな、住んでみたいな」と思ってもらえる機会も増えます。しかし相鉄沿線で有名なのは、横浜(駅)を除けば、ズーラシアという動物園。そのほかは、二俣川の運転免許センターくらいです。沿線外から人に来てもらうコンテンツがわずか2つ。これでは、やはり沿線に住みたいと思ってもらうのは難しいでしょう。いろいろ考えて浮かんで来たのが「YokohamaNatureWeek」というイベントでした。相鉄沿線には、「こども自然公園」という、緑豊かな素晴らしい公園があります。クワガタやホタルやカワセミが棲み、動物とふれあえるミニ動物園があり、手ぶらバーベキューまで楽しめる。でも残念ながら、近隣の方以外からの認知度はいまひとつです。「相鉄は、都市と自然を結ぶ鉄道です」ということをアピールしていけば、「今後のターゲット」である引越しを考えているであろう若い夫婦、子どもが生まれたばかりの家庭に響くと考えたのです。相鉄はもともとこのターゲットについて「ハッピーファミリー層」という言い方を独自にもっていました。それがとてもいい言葉だと思ったので、「ハッピーファミリー層をイベントに引き込むことによって、沿線価値を形成する」という大きな柱をつくったのです。目的がはっきりしていれば、「やらなくていいこと」が明確になります。その意味で、プロジェクトが立ち上がって間もない打ち合わせはとても大切です。「鉄道のリブランディングをします。そこで広告を打って、車両を新しくして」こんなふうに大枠が話されるケースがほとんどだと思いますが、そのまま段取りに突き進むのは危険です。「はい、広告を打ちましょう。新車両が2017年運行開始だとしたら、逆算して○ヶ月前から車内の中吊り広告、駅貼りポスターをやりましょう。新聞広告は○月に出すといいですね。それを段取るとしたら、まず……」「はい、車両を新しくしましょう。紺色がいいと思うんで、まず予算見積もりをつくって、業者に塗装のスケジュールを出してもらって段取りを
……」これは一見、とてもスムーズな打ち合わせのようだし、段取りもきっちりいくかに思えます。しかし、知識のインプットも想像も働かせていないので、プロジェクトのその先は予測できず、目的の確認や全体像の把握もすっぽり抜けています。「なんのためにこの仕事をするのか?」「目的は?志は?この仕事によってどう世の中が変わるのか?」初期段階ではこうした「青臭いこと」を真摯に確かめながら、準備をしっかりとする。そうしなければ、段取りは、単なる予定表づくりで終わってしまいます。目的地を定め、そこまでの地図を描くために、情報を収集し、コンセプトを決める。CHAPTER3からは、目的地までどのように歩いていくかを考えていきます。
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