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ステップ⑤ 人材戦略 事業とはゲームである

「思い通りに従業員に働いてもらうには、どうすればよいのか?」これはスモールビジネスの経営者から、よく受ける質問である。

私はいつも「それは無理だね。従業員を思い通りに働かせるなんてできつこないよ。まずは『働く』ほうが、自分のためになるんだと思える仕組みをつくることだね。『成果を上げる』ことにやりがいを感じるような仕組みをね」と答えている。

自分がよく聞かれる質問だけに、私はホテルベネチアのマネジャーの答えに興味をもっていた。

「どうすれば、あなたの思い通りに従業員を働かせることができるのか?」彼の答えは型破りで、私にも新鮮なものだった。

「最初に驚いたのは、オーナーが私のことを真剣に考えてくれたことでした。私はホテルについて何も知らない新入社員でしたが、オーナーは重要な経営課題も相談できる一人前の社員として扱ってくれました」

「次に驚いたのは、ホテル経営に対するオーナーの真剣さでした。もちろん前の職場でも、みんな仕事に真剣でしたが、彼の真剣さは違っていました。話しぶりから、彼はホテルベネチアを、ホテル以上に何か大切なものだと考えていることが伝わってきました。ホテルという事業を通して、自分の信念や価値観を実現しているように思えたのです。それを知りながら、仕事の手を抜けば、彼の信念や価値観を否定することになつてしまいます」

「ここで働きはじめた初日のことは、はっきりと覚えています。会社に入ったというよりも、仲間に加わったという感じでした。この部屋は、もともとオーナーが使っていた部屋で、私が初日に彼と話したのもここでした。ちょうどあなたの場所に私が座り、彼は私の場所に座っていました」

「連体明けの月曜日でしたから、今から思えば忙しい日だったと思います。そんな日に新入社員がやってきたら、さつと仕事の内容を説明して、現場に出してしまうのが普通でしょう?・でも、オーナーは違いました。

まず『コーヒーでもどうだい?』と聞いてくれたのです。

その回調はとても穏やかだったので、彼は時間にゆとりのある人なのかと思いました。あとでわかつたことですが、彼はとても多忙な人でした。しかし、それを感じさせない気配りのできる人だったのです」

「特に印象に残っているのは、仕事に対するオーナーの姿勢です。私は新入社員なのに、その私と話し合うことが、彼にとって最も優先度の高い仕事だという態度で接してくれたのです。

私を雇ったのは、単なる労働力としてではなく、もっと大切な何かをしてもらうためなのだという気持ちを感じることができました。そして、彼は聞いたことがないような話を聞かせてくれました」

「仕事は、人間の心を映し出す鏡なんだよ。仕事が粗雑な人間は内面も粗雑だし、退屈そうに仕事をしている人間は、仕事に退屈しているのではなく、自分自身に退屈しているんだ。つまらない仕事でも、芸術家が手がければ芸術品に仕上げることができる。仕事というのは自分の心の状態を映し出すものなんだよ」

まるで彼を通してオーナーが話しているかのように、マネジャーは続けた。

「嫌な仕事なんて、そもそも存在しないんだ。仕事が嫌な人間がいるだけのことさ。嫌な仕事をやらされることになれば、言い訳を探したがるからね。そういう人間は仕事のことを、自分を試すチャンスとは見ずに、自分に与えられた罰だと考えてしまうんだよ。従業員がそんなことを考えれば仕事はつまらなくなってしまうし、顧客から見て魅力的なホテルに思えるはずがない。これでは、ホテルベネチアが目指す方向とは正反対になってしまう」

「このホテルが他と違うのは、従業員に選択の機会を与えているところです。というのも、仕事にとりかかる前に、その背景にある経営理念を理解しているかどうかを、いつも確認しているのです。だから私はここで働いてみようと思ったのです」

「オーナーは私に三つのことを話してくれました。

一つ目は、お客さまはいつも正しいとはかぎらないが、正しいかどうかにかかわらず、お客さまを満足させるのが私たちの仕事だということ。

二つ目は、すべての従業員は、与えられた仕事でベストを尽くすように期待されていること。

それが難しければ、やめてもらわざるを得ません、と。

三つ目は、知識や経験をフルに活用して、未知のものに取り組むことこそが事業であり、新たな挑戦があるからこそ成長するチャンスがあるのだ、ということ」

「オーナーは、事業とは自分を鍛練する道場のようなものだと考えています。道場での戦いは、敵との戦いではなく、自分自身との内面的な戦いなのです」

「ここでは、ホテルという事業内容よりも、オーナーの経営理念のほうが大切だと思います。オーナーの経営理念を実現できれば、ホテル事業は必ず成功するはずですから。だから彼は、仕事以上のものを追求する人間を集めたいと考えているのでしょう」

目次

事業とはゲームである

事業とはゲームのようなものである。従業員は毎日の仕事の中で、挑戦を重ね、自分を高めることができる。経営者の仕事は、ゲームのルールをつくることである。

よく考えてルールがつくられているほど、ゲームは面白くなり、従業員の意欲を高められる。業績のよい企業は、ゲームのルールづくりに成功しているといえるだろう。

この章の初めに、「思い通りに働いてもらうには、どうすればよいのか?」と書いたが、適切なルールをつくることで、従業員を動機づけ、思い通りに働いてもらうことができるようになる。

彼らをゲームに引き込むためには、まずゲームのルールをうまく伝えて、その面白さを理解してもらわなければならない。

ゲームのルール

どんなゲームでも同じだが、事業というゲームで成功するためには、ルールを知ることが必要である。参考までに、一部を紹介しよう。ほかにもルールはあるが、それは自分で見つけ出してほしい。

1従業員に何をやってほしいのかを考えずに、まずゲームをつくろう

従業員を働かせることばかり考えると、ゲームとしての魅力がなくなってしまう。

2自分でもやりたくないゲームを従業員に押しつけてはいけない

あなたの魂胆は、従業員に見抜かれてしまうものである。

3ゲームは長い間、楽しめなければならない

事業の終わりとは倒産を意味する。つまり、事業というゲームに終わりはないのである。けれども、毎日のように続く仕事に、勝利の喜びがなければ、従業員は疲弊してしまう。ときどき勝利の喜びを感じさせることは、ゲームヘの集中力を保つためにも必要である。

4ゲームをときどき変化させよ。ただし戦略は変えてはいけない

戦略はゲームの本質なので変えられないが、ゲームには変化も必要である。どんなゲームでも、いずれ飽きるときはやってくる。従業員を観察していれば、そのタイミングはわかる。

経営者の仕事は、従業員がゲ―ムに飽きはじめた兆候を察知し、先回りしてルールを変えることである。ルールの変更に反対する従業員がいるかもしれないが、辛抱強く説得することで、新しいゲームヘと引き込むことができるはずである。

5ときどきはゲームのルールを思い出させる

最低でも週に1度は、ゲームに関するミーティングが必要だ。

ゲームを始めたころの従業員は夢中になってくれるが、日の前の仕事に追われるうちに、ゲームのことを忘れてしまう。

どれほど出来のよいゲームでも、時間がたつにつれて、忘れられてしまうものなのだ。

経営者の仕事は、従業員にゲームを思い出させることである。何度繰り返しても、多すぎることはない。

6 ゲームに意味を与える

意味のないゲームでは、従業員を引きつけることはできない。ゲームの存在意義を明らかにすることで、従業員のやる気を高めることができる。経営者の仕事は、ゲームの意味を従業員に広めることである。

7ときには楽しみも必要である

「ときには」と書いたが、ゲームがいつも楽しい必要はない。実際のゲームでは、楽しくない部分も多い。そんなときにも表情に出さないのが経営者の仕事である。とはいっても、ゲームには楽しみも必要である。

従業員の立場から、何が楽しみなのかを考えてみよう。半年に一度ぐらいの頻度で十分である。待ち遠しく感じるが、ともすれば忘れてしまうようなものでよい。

8 よいゲームを思いつかなければ、盗め!

世の中によいアイデアはたくさんある。よいものが見つかれば、盗んでもよい。ただし盗んだ後には、自分のものとしてつくり直すこと。従業員は、他人のアイデアのコピーだということを簡単に見抜いてしまう。

ゲームに意味を与えるホテルのマネジャーにとって、オーナーがつくったゲームは面白いものだった。彼がすぐに熱中したのは、オーナーがゲームに対して、次のような意味づけをしていたからだつたc現代人の大半が欲求不満に陥っている。

仕事、家庭、宗教、政府、すべてに対して不満で仕方がない。そしてさらに悪いことに、自分に対しても不満を感じている。

私たちの人生には、目的や人間らしさが欠けているのではないだろうか?そして、挑戦する価値のあるゲームを見失っているのではないだろうか?その結果、現代人は孤独を感じ、音楽やテレビやアルコールに気晴らしを求めるようになった。

また、現代人はモノを探し求めている。着るモノ、遊ぶモノ、虚しさを埋めるモノ、人生に意味を見出せるモノ。かくして、現代は物質社会となってしまったのである。

このような社会で人間らしさを保つためには、同じ目的や価値観を共有する人たちのコミュニティが必要である。

コミュニティでは、共通の目的に向かって固い結束で結ばれている。コミュニティとは、失われた故郷のようなものなのである。

これは事業でも実現できることではないだろうか?事業を立ち上げること、そして挑戦する価値のあるゲームをつくることによって、事業というコミュニティをつくることは十分に可能である。

そしてコミュニティは誠実さ、意思、ビジョンといつた理念が、言葉だけでなく実践される場となる。

これが実現すれば、あなたの事業は、顧客にとって忘れられないほど強い印象を与えるものになるだろう。

ゲームの進め方

ゲームをつくった後に、どのようにして従業員に広めるのか?これは非常に重要なプロセスである。ホテルのオーナーは、自分の経営理念を文書としてまとめ、それを魅力的な態度で従業員に伝えた。

従業員に接客のマナーを教えるためには、まず経営者が従業員に対して魅力的な態度で接しなければならない。伝達する手段は伝達する内容と同じくらい大切なのである。

ホテルベネチアでは、採用活動が、経営者の理念を伝えるうえで最も重要な手段となつていた。マネジャーの説明によれば、採用は次のような手順で行われていた。

会社説明会では、きっちりとした台本を準備して、オーナーの経営理念を伝えるプレゼンテーションを行う。

その他に、経営理念を実践することで成功を収めてきたという会社の沿革や、従業員に求められる資質についての説明も行う。

応募者との面接を行う。

経歴と業務経験だけでなく、オーナーの経営理念について議論を行う。

また、自分が適任だと思う理由も聞いてみる。

3採用者に対しては、電話で連絡する。

電話で話す内容にも、台本が必要である。

4不採用者に対しては、郵送で連絡する。

面接担当者の署名をつけて、ホテルベネチアに関心をもってくれたことへの感謝の気持ちを伝える。

5新入社員を受け入れる初日のオーナーと新人の仕事は次の通りである。

・オーナーの経営理念をもう一度確認する。

・経営理念を実現するためのシステムを紹介する。

・ホテル内部を案内する。

システムと従業員の仕事が密接に関係していることを強調しなければならない。

・新入社員からの質問を受け付けて、しっかりと答える。

制服と業務マニュアルを支給する。

・業務マニュアル、戦略的目標、組織図、役職契約書の内容を確認する。

・雇用関係の書類を完成させる。

このようにして雇用関係は始まる。

事業をシステム化するということは、非人間的なものではなく、人間性を重視したものだということが理解できただろうか?・従業員に思い通りに働いてほしいのなら、まずはその環境を準備しなければならない。

また従業員を引きとめるためにも、人間性への理解が必要なのである。

そして経営理念がすべての基本にあることを理解できただろうか?。

経営理念がなければ、従業員の問題を考えることなどできないのである。

経管理念、システム、従業員。

これらの要素が、サラの頭の中でつながりをもって理解されはじめたようだった。

当初、彼女が見せていた戸惑いや疑いの表情は消え、「職人」だったころには考えさえしなかったことを理解したようだった。

サラは次のようなことを理解しはじめてくれたのだろう。

戦うべき相手は自分の内側にいるということ。

私が伝えようとしているゲームは、何年も前におばさんが教えてくれたゲームと全く同じであるということ。

サラは私の心中を察したかのように、微笑んだ。

「私たちがこれまでに話してきたことが、つながりをもって見えはじめてきたの。

パズルが組み合わされて、大きな絵になっていくのよ。

もちろん、私はその絵のことをずつと知っていたわ。

絵を完成させるために必要なのは、パズルのピースをきっちりと当てはめるということだけ。

あなたに質問する前に、見えはじめた絵について、話してもいいかしら?」「そう言ってくれると思っていたよ」彼女は言った。

「以前に話した『私の精神』が失われた、子供のころに戻るわ。

でも、私だけじゃなくて、他の子供たちも、同じような経験をしてきたはずよ。

そして、大人になつても、子供のころに経験した痛みを引きずっている」「私のまぶたには、荒れ馬が柵に囲い込まれる様子が映っている。

教師と両親は、精神とはかけ離れたものを私に詰め込もうとする。

この経験は、私の事業にも影響しているわ。

だつて、今までの私のお店には『私の精神』なんて、なかったんだもの」私に対してというより、自分自身に対して話しかけるように、サラは続けた。

「事業の将来像について話そうとすれば、おばさんが私に『思いやり』について教えてくれたことまでさかのぼることになるわ」「もしおばさんが今生きていたら、こう言うと思うの。

『もしみんなが思いやりをもてば、パイはひとりでに焼き上がるものよ』ってね。

そこで、私は事業を学校だと考えるの。

おばさんが一生懸命教えてくれた『思いやり』を従業員に教える学校だとね」「ああ、私は何も学んでいなかつたのだわ―」彼女は自分がたった今、理解したことに驚いて目を見開いていた。

「でも、昔は知つていたことなのよ。

今の私は、あの魅力的で、優しくて、芯のしっかりとした、経験豊かな女性の代わりを務めようとしている。

彼女が台所の主役であったように、私も台所の主役になろうとしている」「ゲームのルールをつくるのは、何と楽しいことかしら。

服装についてのルール。

材料についてのルール。

道具とその使い方についてのルール。

床と壁とカウンターについてのルール。

朝晩の掃除のルール。

パイの型と食器棚についてのルール。

コツプについてのルール。

銀食器についてのルール。

オーブンについてのルールーー加熱の方法、開閉の方法、掃除の方法――。

開店と閉店についてのルール。

お金に関してのルール。

髪の毛についてのルール。

爪についてのルールー」事業のあるべき姿について語りはじめ、それが形をつくつていくにつれて、サラの日は輝き始めた。

具体的なルールを知る必要はまだなかった。

大切なことはゲームを作るときの感触を知るということだった。

サラのおばさんが言ったように「パイはひとりでに焼き上がるもの」なのだから。

サラはレールに乗らた。「マネジメントについて、もっと教えてもらってもいいかしら?」サラは言った。

「あなたは以前に、私の事業を成長させるためにマネジャーはいらない、って言ったわよね?・経験豊かなマネジャーを雇うことの何がいけないの?」「あらゆる意味でだめなんだ、サラー」「マネジャーの仕事内容も決まっていないのに、どうやって採用したり、管理したりするつもりなんだい?僕がマネジャーを雇うべきでないというのは、彼らは他の会社で教えられた基準にしたがって仕事をするからなんだ。

それはきみの基準とは違う」「放棄と委任という言葉を覚えているかい?」「会社を成長させるというきみの責任を委任することは、放棄することと同じことなんだ。

きみは、株主として、社長として、営業担当の副社長として、財務担当の副社長として、事業に対して全面的に責任を負わなければならない。

そのためにはきみ自身が、自分の望む方向に会社を導かなければならないんだよ」「きみの仕事の中で大切なことは、ビジョンを実現するために従業員を動かすシステムをつくることなんだ。

マネジャーはこのシステムを使ちて仕事をしてくれる。

きみに必要なのは、システムを管理する方法を学んで、それをきっちりと運用してくれる人なんだ」「言い換えれば、きなのつくったゲームに参加したいという人が必要なのであって、自分でゲームをつくりたいという人ではないんだよ。

だから、きみがゲームのルールを考えなければならない。

それが従業員を動かすシステムの基礎になるからね」「でも、マネジャーの仕事は、従業員を管理するだけじゃない。

システムがきっちりと運用されていることも、管理しなければならない。

それには四つのチェックポイントがあるんだ」「一つ目は、それをどう実行するのか?」「二つ目は、それを実行するために、どのようにして雇用し、教育するのか?」「三つ目は、それをどう管理するのか?」「四つ目は、それをどう変えるのか?」「『それ』とは、顧客への約束のことだよ。

フェデラルエクスプレスなら、『必ず翌日配達します―』だし、きみのお店なら『思いやり』さ」「電話に出たときに、『思いやり』を表現するにはどうする?」「パイをオーブンから取り出すときに、『思いやり』を表現するには?」「顧客からお金を受け取るときに、『思いやり』を表現するには?」「業務マニュアルには、こういった質問に対する答えが書かれることになる」「ホテルベネチアの例からわかるように、ライバルとの差別化をするのは、システムなんだ。

システムがなければ、安定した商品やサービスを提供することはできない。

きみがお店を四軒もったときに、それぞれの店のマネジャーが好きなように経営している様子を想像してごらん?四軒のお店に一貫性がないというのは、決してよいことじゃないよね?」「考えるだけでも嫌になるわ」サラは答えた。

「システムの大切さをわかってくれたなたいだね。でも、これにマーケテイングの視点を付け加えればもっと効果的になるんだよ」

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