組織としての体裁が整えられることを嫌う人間はいない。しかし、いざ経営者が組織図をつくろうとすれば、従業員は否定的な反応を見せることが多い。
私の顧間先の企業でも、組織図をつくろうともちかけると、ある経営者などは「馬鹿なことを言わないでくれ―こんな小さな会社では、組織図なんかより優秀な人材のほうが必要だ―」と主張し、猛反発を受けた経験もある。
私はめげず、彼の会社の組織図をつくりあげた。
なぜなら、組織図を完成させることが、スモールビジネスにとって非常に有益であることを知っていたからである。
個人に依存した組織には限界がある
たいていの会社では、どの役職がどんな責任を負うのかを明確にしないまま、仕事が進められている。このような組織には、いずれ限界がやってくる。
例として、ジャックとマーレイの兄弟が一獲千金を狙って立ち上げたJMエンジエアリング社を見てみよう。
たいていの会社と同じように、この会社でも二人の分担作業で仕事が進められることになった。ジャツクがモノをつくっていないときには、マーレイがつくる。ジャックが顧客に応対できないときには、マーレイが応対する。マーレイが帳簿をつけられなければ、ジャックが代わりをする。最初のうちは役割分担も好調だ。
工場には塵一つなく、窓はピカピカに磨かれていて、顧客も二人の仕事ぶりに満足している。だからジャックとマーレイも張り切っている。
仕事は持ち回りなので、事務所を開けるのも、月曜日はマーレイ、火曜日はジャック、水曜日はマーレイ、本曜日はジャックという具合に決められている。
何といっても、彼らはパートナーだし、もし彼らがやらなければ、誰がやるのだろう?・仕事を分担することこそが公平なのである。
しだいに会社は大きくなりはじめ、仕事量が二人の手に負えなくなってきた。そこで二人は甥っ子のジェリーを雇うことにした。どうせ人を雇うなら、気心の知れた身内のほうがよいという、ごもっともな考えである。
今度はジャック、マーレイ、ジエリーの三人が、交代で仕事をするようになった.ジャックが帳簿をつけられないときには、マーレイがつける。
二人がつけられないときには、ジェリーがつける。マーレイが顧客に応対できないときには―ジャツクかジエリーのどちらかが応対する。会社はさらに成長し、三人でも手が回らなくなってきた。次に、ジャツクの妻の弟のハーブが仲間に加わった。
なかなかの働き者だ。今度は四人が交代で仕事をするようになった。シャッターを開けるのも、電話を受けるのも、サンドイツチの買い出しに行くのも四人の持ち回りだ。
しかし突然、商品が返品された。これまでにはなかつた不良品が原因だ。
「こんなトラブルは初めてだよ」とジャックがマーレイに言えば、マーレイはハーブの顔を、ハーブはジェリーの顔を見る。
そして、帳簿の計算も合わなくなる。
「こんなミスは初めてだよ」とマーレイがジャツクに言っても、他の三人は誰の責任かわからずお互いの顔を見合わせるばかりである。
このような状況では、誰に責任があるのだろうか?共同経営者であるジャックとマーレイのどちらかが責任をとるべきなのだろうか?ジャックがジェリーに何かを頼んだときに、マーレイが他のことを頼めば、ジェリーはどちらの言うことを開けばいいのだろうか?・帳簿の数字が合わないときに、数字を合わせる責任をもつのは誰だろうか?指揮・命令系統や仕事の内容を明確にした組織図がなければ、会社は迷路に入り込んでしまうのである。
組織図をつくる
ジャックとマーレイは、もう一度起業をやり直すことにした。二人は成功するために、これまでとは違う方法で経営しなければならないことをすでに学んでいる。
彼らは最初に、自分たちの会社を、きっちりとした会社として考えることからとりかかった。二人は自分たちを株主と考えることにしたのである。
台所の机に向かい、二人はそれぞれの白紙の一番上に自分の名前を書く。そして、名前の下に「人生の目標」を書きはじめる。
一時間ほどかけて、二人はそれぞれに、自分の人生がどうあってほしいかを考えながら、結論を書き記す。
二人は、お互いが書いたことについて話し合い、人生の夢を共有する。
この過程で、おそらく、兄弟とはいいながらもお互いの知らない一面を発見するはずである。
次に、ジャツクとマーレイは、白紙の上から三分の一くらいのところに横線を引き、線の上に、太字で「株主」と書く。
ここでは、二人が会社の所有者であること、そして二人が「従業員」であることに合意する。こうすることで、のちのちのトラブルを避けられるのである。
次の段階では、彼らの会社の戦略的目標をつくることになる。
二人はまず、会社の営業エリア内の人口、潜在的な顧客数、競合状況、市場の成長性などの統計資料を分析することにしたcまたマーレイは、見込み客を対象に、競合他社の商品に満足しているかどうかを聞くアンケートを行うことにした。
同時に、別の見込み客百五十人を対象に電話をかけて、利用者ニーズの分析も行った。一方で、ジャックは銀行からお金を借りるために必要な財務データの準備を始めた。
マーレイの調査が終わった段階で、二人は打ち合わせをし、戦略的目標を完成させ、収支計画を見直すことにした。
幸運なことに、マーレイが集めた情報から判断すれば、競合は少なく、十分な潜在顧客がいるようだ。
二人は戦略的目標を完成させ、それから組織を発展させるための重要な仕事――組織図の作成―にとりかかる。二人は戦略的目標を決めるときに、会社の事業領域を次のように決めた。
JMエンジエアリング社は、A地区の生活者を対象に、機械製品とその関連部品を組み立てて販売する。
これを受けて、二人は組織図に次の役職が必要になることに同意した。
・社長戦略的目標を達成する責任および株主への報告責任を負う。
・営業担当副社長顧客を発見し、低コストでかつ簡単に、顧客を満足させる責任を負う。また社長への報告責任も負う。
・製造担当副社長契約通りに商品を顧客に届け、より低いコストで顧客を満足させるような商品を開発する責任を負う。また社長への報告責任も負う。
・財務担当副社長収益日標を管理し、必要に応じた資金調達を行うことで、営業部門と製造部門をサポートする責任を負う。また社長への報告責任も負う。
・営業担当副社長のもとに、マーケテイング部長と営業部長の二つのポストを置く。
・製造担当副社長のもとに、製造部長、施設管理部長、顧客サービス部長の三つのポストを置く。
・財務担当副社長のもとに、財務部長と経理部長の二つのポストを置く。
ジャックとマーレイは、完成した組織図を見て笑いだした。
まるで大きな会社のような立派な組織図に仕上がったからである。
ただ一つの問題は、すべての枠にジャツクとマーレイの名前を書き込まなければならないことである。
なにしろ、従業員は二人だけなのだしかし、この組織図には、JMエンジエアリング社に必要な仕事がすべて書き込まれている。
会社が成長して社員が増えたとしても、役職者の名前が変わるだけで、やるべき仕事は変わらないのである。
二人が次に行うべき仕事は、組織図に書き込まれた役職ごとに、役職契約書(これは私たちE-Myth社独自の呼び方である)を作成することである。
役職契約書とは、会社と従業員との間の契約書類であり、組織の一員としての責任を明らかにするものである。
つまり、役職契約書とは、誰が担当者で、誰が責任を負うのかを明記した文書だと考えればよい(業務内容や期待される成果、職務知識について記した職務記述書とは異なるものである)。
役職契約書を完成させた後に、株主としてジャックとマーレイはそれぞれの役職を任命するという最も大切な仕事を始める。
過去の失敗を繰り返さないためにも、この作業には細心の注意が必要である。まず最初に考えるべきなのは、誰が社長を務めるのか?という問題である。もちろん社長を名乗ることができるのは一人しかいない。
適任なのはジャックだろうか?・マーレイだろうか?彼らはじつくりと考える。なにしろ社長は、ジャックとマーレイが人生の夢を達成するための最終的な責任を負う大役である。
マーレイは、熟考した結果、ジャックが社長になるべきだという結論に達した。マーレイは兄であつたが、ジャックのほうが責任感が強かった。マーレイは、発想力には自信があったが、社長の仕事では責任感のほうが重要だと考えた。
マーレイは、ジャツクと相談し、長い話し合いの結果、ジャックが社長になることが決定した。そしてジャックは、社長の役職契約書にサインをした。
次は、営業、製造、財務をそれぞれ担当する三人の副社長を決める番だ。ジャックはマーレイに、営業担当副社長を引き受けるように頼む。
なぜなら、マーレイは事業を立ち上げる前の市場調査ですばらしい才能を見せていたからである。この仕事をやりたいと考えていたマーレイは、喜んでこれを受け入れ、営業担当副社長の役職契約書にサインをする。そして、ジャックは会社の代表者として、マーレイを営業担当副社長と認めるサインをする。
次は製造担当副社長である。
マーレイが営業と製造の両方を同時に見ることは難しいと考えたので、ジャックはこの役職を引き受けることにした。
今回はジャックが副社長と社長の二つの立場から、二つのサインをすることになる。
そして最後に、ジャックは財務担当副社長を引き受けることにして、サインをする。几帳面なジャックがこの役職に打ってつけなのは、いうまでもない。
部長のポストについては、マーレイがマーケティング部長と営業部長を、そしてジヤツクは製造部長、施設管理部長、顧客サービス部長、財務部長、経理部長の仕事を引き受けることになった。
すべての役職契約書にサインが書き込まれた後、二人は契約書を見直して驚いた。
マーレイの役職は三つなのに、ジャックの役職は八つなのだ―少し考えてから、マーレイは顧客サービス部長と財務部長と経理部長の役職を引き受けることにした。
これで二人の仕事の負担は、おおよそ平等である。同時にたくさんの役職を引き受けるリスクも高いが、ともかく組織図は完成したのである。
まだ仕事は始まっていないが、二人の間では、会社の将来像や仕事内容、そして各役職者の責任範囲についてのイメージを共有化することができたのである。
組織図を完成させたことで、ジャックとマーレイは、会社がなんとか組織らしくなってきたことに満足感を覚えていた。
そして、仕事量は膨大でも、なんとかなりそうな気になってきた。彼らは組織づくりの仕事を見事にやってのけたのである。そしてこの作業が完成したことで、事業の試作モデルの一部ができたことになる。
従業員に仕事を任せられる仕組みをつくる
組織図を完成させたジャックとマーレイは、役職ごとの仕事内容を決める作業にとりかかった。
まずは営業、製造、財務の担当者レベル、つまり組織の下層部からとりかかることにした。
こういう作業は、決して組織のトップから始めてはいけない。社長や副社長は戦略的な仕事を担当するが、従業員は戦術的な仕事を担当する。戦術的な仕事とは、「職人」の仕事でもある。
ジャックとマーレイが事業を成功させたいのなら、二人が戦略的な仕事に専念できるように、戦術的な仕事を引き受ける別の人物を雇わなければならない。
だから、まず担当者レベルから仕事内容を決めるべきなのである。それでは事業が拡大する場面で、この組織図がどれほど役に立つのかを見てみよう。ジャックとマーレイは事業を始めた。しかしこれまでとは違う。
彼らの関心は、日々の仕事をこなすことから、事業を成長させることにシフトした。それを反映して、彼らの働き方もずいぶんと変化した。
マーレイが営業を担当する従業員として働くときには、イノベーション→数値化→マニュアル化という事業発展プログラムの手順にしたがって、よりよい仕事の進め方を追求するようになった。
同様にして、ジャツクが製造現場の従業員として働くときには、生産ラインを効率化する方法を考えるようになった。
かつての彼らは、日の前の仕事を一生懸命にこなすだけだったのだが、
「顧客のためには何がいちばん役立つだろうか?
・会社の利益を最大化しつつ、顧客の要望に応えるためにはどうすればよいだろうか?
・担当者が仕事からより多くのことを学ぶにはどうすればよいだろうか?」と考えるようになった。
マーレイは営業担当者として、何色のどんなスタイルの服装が、顧客に最もよい印象を与えるのかを試行錯誤し、効果の高い声のかけ方を試しはじめた。
そして、イノベーションの効果を数値化し、最も効果的だったものをまとめ、営業マニュアルをつくつた。
営業マニュアルには、顧客が来店したときの声のかけ方、店を出るときの声のかけ方、問い合わせの電話やクレームヘの対処方法が記されている。
また、注文の受付、返品、新製品の予約、在庫の確認などのルールも決められた。
この営業マニュアルが完成してようやく、マーレイは販売員を募集する広告を出すことにした。必ずしも販売経験のある人間を集める必要はない。
販売の仕事に経験がなくても、マーレイが考えた営業の方法を学ぶ熱意をもっている人間なら問題はない。
日曜版の新聞には、こんな求人広告が掲載される。
「JMエンジエアリング社は成長が見込まれる有望な企業です。成長のための準備は整っています。未経験者歓迎。学ぶ意欲をもつ人材を求む」
採用面接では、マーレイがまず会社の戦略的目標を見せて、ジャックと彼がもつ夢を語る。
次に組織図と営業マニュアルを見せて、営業担当者の位置づけや、その仕事内容を説明する。適当な人物が見つかれば、その人間を雇い、営業マニュアルを手渡すことになる。
彼はマニュアルを読んで、声のかけ方や服装のルール、社内のシステムを学ぶのである。これは決定的な瞬間といってもよい。
なぜならマーレイは自分の仕事を置き換える仕組みをつくり、他の従業員に任せることに成功したのである。
マーレイは晴れて、営業担当者の役割から解放され、ようやく営業部長としての仕事にとりかかることになった。
このようにしてJMエンジエアリング社は新たなメンバーを加え、大きな一歩を踏み出したのである。
人生の目的から事業の戦略的目標が定められ、戦略的日標から組織図が導きだされる。組織図をつくるところから、着実に一歩ずつ前進することで、最終的に人生の目標が達成されるのである。
サラは大きく息を吐き、両手を天丼に向けて大きく背伸びをした。
そんなことは難しくて、できっこないという気持ちの表れだろうか?彼女は言った。
「『安易に考えるな』ってことよね?。あなたの言う通りなら、やるべきことが多すぎるわ」「もう一度、確認してもいいかしら?本当に理解したかどうか不安だから」「あなたは、オール・アバウト・パイの組織図をつくるようにって、言ってるのよね。しかも会社が完成した状態、つまり七年後の組織図なのよね?」「そうだよ」私は答えた。
「いったんその組織図をつくったら、当てはまる役職の枠に、私の名前を書き入れるのよね?」「そうだよ」私はまた依口えた。
「私は役職のひとつひとつに、細かい説明を付け加えて、まるでその仕事を担当する従業員であるかのように、役職ごとの役職契約書にサインしないといけない。でも、本当に私がサインまでする必要があるの?」「サインをしないといけないね」私は答えた。
「誰か代わりの従業員を見つけるまで、きみは従業員の役割を果たさないといけない」私の言葉で彼女の理解は急に進んだようだった。
「あなたがそう言うのは、私が実際に働いてみて、従業員とはどのように働くべきなのかを決めないかぎりは、マニュアルなんてつくれるわけがないつてことなのね」「そのときには、従業員に期待するような仕事の進め方を私自身が実践しなきゃならない。
もし私だけが従業員と違う方法で仕事をしているとすれば、私の自己満足のために経営しているのと同じことよね。本当は私以外の人を豊かにして、満足してもらうために、事業をするべきなのに」
「おまけに、自己満足のための事業なら、誰も私の代わりに経営することができないわ。任せられるとしても、せいぜい私と同じような価値観をもった人に限られてしまう」息をつくように少し間を置いた後、サラは聞いた。
「これがあなたの言っていることかしら?」「その通りだよ―」私は答えた。
「事業をもう一度やり直すのなら、経営からきみ自身を切り離すことが重要になるんだ」「前に話したことを覚えているかな?・きみの中には異なった人格が存在しているせいで、混乱を起こしてしまう。それは無意識のうちに存在している人格のせいなんだ。内面にある無意識の部分はなくさなきゃならないんだよ」
「グルジェフという思想家は、他の人格に指示を出す人格を『御者』と呼んだ。また、グルジェフは『御者は馬と馬車を制御している』とも言った(訳注¨御者は知性、馬は感情、馬車は肉体の比喩)。
事業のオーナーとして、事業を動かす御者として、まずは馬と馬車を制御しなければならない。事業に組織図とマニュアルが必要なのはそのためなんだよ」
「ここまでできれば、次は自分でつくつたゲームに忠実に従うことが、きみの仕事になる。リーダーであるきみが率先してルールを守らなければ、他の人が守つてくれるはずがないだろう?」
「組織はこうやってつくっていくものなんだ。仕事の役割分担をきっちりと決めようとすれば、事業全体について考え抜くことが必要になるだろうし、事業が機能しはじめるためには、組織図という骨組みが必要になる」
「マニュアルと組織図が完成すれば、きみの仕事は、現場で汗を流すことから、従業員や周囲に語りかけることに変わりはじめる。事業が成功したときの姿を語って、きみの夢を共有するんだ。そして、語りかける中で、きみの信念の強さを伝えるのさ」
「ルールを守り、事業の将来を語り、考えごとに多くの時間を使うようになれば、事業は働く場所から、見守るべき対象へと変わっていくんだ」「わかったわ―」彼女は言った。
「じゃあ、マネジメントの考え方について話そうか」私は、サラに紅茶をつぎながら言った。「それから従業員とシステムの問題について考えよう。マネジメントと従業員とシステムは切り離せない問題だからね」
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