第五話仕事を残すことの喜びさて、仕事の報酬の、第二の報酬は何か。
「仕事」です。これは、実は、プロフェッショナルの世界では、ある意味で、「常識」となっていることです。
例えば、皆さんも、この言葉を耳にされたことがあると思います。
「仕事の報酬は、仕事だ」これは、プロフェッショナルの世界では、しばしば語られる言葉です。
そして、これは、素晴らしい言葉です。一生懸命に働くと、「良き仕事」を残すことができる。その「良き仕事」そのものが、大切な「報酬」である。
この言葉は、そのことを意味しています。
例えば、我が国では、一人の人物の優れた業績を語るとき、しばしば、こういう表現をします。
「あの方は、良き仕事を残された」これは、職業人として最高の賞賛の言葉です。それは、慎ましい言葉ですが、香りに満ちた、最高の賞賛の言葉です。
しかし、それにもかかわらず、我々は、いつのまにか、この言葉の香りを忘れ、この「良き仕事」の精神を失ってしまった。
そして、この「良き仕事を残す」ということの喜びを、忘れてしまった。
このことについても、アメリカのシンクタンク、バテル記念研究所で働いていたときのことを思い出します。
あのプロフェッショナルの集団の中で、最高の褒め言葉は、何であったか。
「GoodJob!」その言葉が、最高の褒め言葉でした。
そして、一生懸命に仕事をして、仲間からこの言葉を贈られるとき、そこには、最高の喜びがあった。
そのことを思い出します。
では、どうすれば、我々は、「良き仕事」の精神を、「良き仕事を残す」ことの喜びを取り戻すことができるのでしょうか。
それを取り戻すためには、一つの大切な言葉を、思い起こすべきでしょう。
何か。「作品」その言葉です。我々は、この言葉の持つ精神を思い起こすべきでしょう。
我々が、仕事を通じて創り上げ、顧客に提供しているものは、単なる「商品」ではない。それは「作品」である。その精神です。
先日、雑誌で対談をさせていただいたある企業の経営トップが、語っていました。
「当社では『製品』という言葉は使いません。当社では『作品』という言葉を使います」ビジネスの世界でも、いま、そうした考えが、静かに広がっています。
我々が、日々の仕事において残すものは「作品」である。我々が、心を込めて残す仕事は、一つの「作品」である。
そうした考えが、いま、静かに広がっているのです。
しかし、この「作品」という言葉を聞くと、画家の残す絵画や、音楽家の残す音楽、建築家の残す建物や、陶芸家の残す陶器など、そうした芸術的な「作品」を想像される方が多いかもしれません。
しかし、これからの時代、我々は、この「作品」という言葉の意味を、さらに広い世界に解き放ち、この言葉に、新しい生命を与えていかなければなりません。
我々が、日々の仕事において残すものは、それが大量に生産される「製品」と呼ばれるものであっても、それが形に残らない「サービス」と呼ばれるものであっても、それは、まぎれもない「作品」です。
そうした考えを、これからの時代、我々は、大切にしていかなければなりません。
なぜなら、この「作品」という思想こそが、我々に、「良き仕事」の精神を取り戻させてくれるからです。
そして、その思想を持って、世の中を見渡せば、実は、そうした「作品」を創り続けている人々が、いる。たとえ「形に残らないサービス」であっても、素晴らしい「作品」を残し続けている方々が、いる。
何年か前、あるタクシーに乗りました。
そのタクシーの運転手の方は、目的地に着いて料金を受け取るとき、こちらの目を見つめ、真心を込めて「有難うございました」と言われました。
そのとき、その乗り心地の良い運転と、気配り溢れる応対とともに、その運転手の方の仕事に対する思いが、深く伝わってきました。
この方は、日々の顧客サービスというものを、まさに、ご自身の「作品」として、心を込めて残されている。
そう感じました。
たしかに、それは、「形に残らないサービス」でした。
しかし、それは、「永く心に残るサービス」でした。
そして、何年たっても、「永く心に残る作品」でした。
このように、「作品」という思想、「良き仕事」という精神の大切さは、いかなる職業であるかを問いません。
いかなる職業であっても、一流のプロフェッショナルにとっては、精一杯に力を尽くし、心を込めて残していく一つひとつの仕事が、素晴らしい「作品」。
そして、だからこそ、プロフェッショナルにとって、仕事とは、最高の「報酬」なのです。
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