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「生死」という深みにおいて観る/死生観

「生死」という深みにおいて観るこう述べると、皆さんの表情から伝わってきます。「いや、そうは言っても」という気持ちが伝わってきます。

なぜなら、現在の日本において、こうした「三つの体験」は、それを体験しようと考えても、難しいからです。

民主主義の日本において、かつてのような「投獄」はありません。「戦争」も、どこか他の国の傭兵にでも志願しないかぎり、体験できない。「大病」など、自分で選んで体験するものではない。

だから、皆さんの気持ちが伝わってきます。その「三つの体験」がなければ、経営者として大成できないのですか。それは古い話ですよ。

これからの時代の経営者は、もっと爽やかに、近代的な経営手法を身につけ、新しいスタイルでビジネスをやるのではないですか。

「生死」の体験などといったそんなに重いものが問われる時代ではないのですよ。そういう気持ちが伝わってきます。

たしかに、そのとおりです。

もし、「経営」というものが、その企業の社員を効率的にマネジメントし、「最大の収益」を上げるということだけが目的の営みであるならば、そうしたスタイルでビジネスをやることで、十分でしょう。

しかし、もし、「経営」というものが、縁あってその企業に集った人々の「人間としての成長」を支えるということが目的の営みであるならば、経営者やマネジャーには、深い「覚悟」と「思想」がなければなりません。

人間が「生きる」ということ、そして「働く」ということについての、深い「思想」がなければなりません。

なぜなら、皆さんの企業や職場に集う社員や部下の方々は、その企業や職場に、かけがえのない人生を捧げて働いてくれているからです。

もちろん、短期間働いて、他の企業や職場に転じていく方々もいるでしょう。

しかし、その場合でも、やはりその方々は、人生のかけがえのない一時期を、その企業や職場に捧げてくれているのです。

そうであるならば、経営者やマネジャーとは、ある意味で、社員や部下の方々の大切な人生を責任をもって預かる職業に他ならない。

そして、それが経営者やマネジャーの責任であるならば、我々は、社員や部下から問われる、次の問いに、明確な「覚悟」と「思想」を持って、答えられなければならない。

なぜ、我々は働くのか。その問いに、答えられなければならないのです。しかし、この問いは、難しい問いです。

経営者やマネジャーが、この問いに答えようとしても、「生死」という深みにおいて、「仕事」というものを真剣に考えたことがなければ、答えることはできません。

だから、皆さんにお聞きしたい。

「働く」ということを、真剣に考えたことがありますか。「生死」という深みにおいて、真剣に考えたことがありますか。しかし、功成り、名遂げた経営者でも、この問いに答えることは難しい。

例えば、成功された経営者で、派手に権勢を振るっていた方が、突如、癌などの大病を得られて、足元が崩れ去ることがある。仕事で成功して勢いよく振舞われているときは、よい。

しかし、ひとたび「生死」が問われる状況に直面すると、自分を支える確固たる覚悟や思想がない。そうなった瞬間に、何のために仕事をしてきたのかが、分からなくなる。そればかりか、仕事そのものが、価値のないものに見えてしまう。

そういう方は、決して少なくない。

だから、我々経営者やマネジャーに、深く問われているものが、ある。

何か。

「死生観」です。いかに、「生死」の世界を観ずるか。その「死生観」です。それが、我々に問われるのです。

しかし、こう述べると、また、皆さんから無言の声が伝わってきます。

「死生観」など、六〇歳になったら持つものでしょう。「お迎え」が近くなってから持つものでしょう。しかし、それは間違いです。

「死生観」とは、本来、若くして持つべきものです。もし、皆さんが、それを二〇代で持たれたら、皆さんの人生に、凄いことが起こります。

そして、それを二〇代で持つことは、できる。

例えば、日本の戦国時代。あの時代の人々は、物心ついた頃から、「いつ死ぬか」という状況の中で生きていた。

そして、あの時代には、領主の家に生まれれば、二〇歳にもならない若さで一国を率いることなど、珍しくなかった。そして、そのような人物は、若き日から、確固とした「死生観」を身につけていた。

では、なぜ、戦国時代には、二〇歳にもならない人間が、確固とした「死生観」を身につけることができたのか。

その理由は、明確です。現実に、「生死」が目の前にあったからです。例えば、敵国に人質として取られる。そうした境遇では、何か事が起こった瞬間に、直ちに殺されるわけです。

従って、「生死」の覚悟を、物心ついた頃から身につけて育っている。

このように、我が国の戦国時代には、若くしても、確固とした「死生観」を持つ人物が生まれている。

そして、しばらく前の戦争中にも、そうした人物が生まれています。そのことを知りたかったら、この本を読んでみてください。

『きけわだつみのこえ』この本は、戦没学生の手記です。太平洋戦争の末期、全国の大学で「学徒出陣」が行われた。

昨日まで、学窓で学び、本をひもといて、デカルトだ、ショーペンハウエルだと語りあっていた人たちが、ゲートルを巻き、鉄砲を持たされ、学徒出陣をした。

この『きけわだつみのこえ』という手記に名を連ねている方々。

これらの方々の多くは、二〇歳から二一歳で徴兵され、学徒出陣し、その大半が二二歳から二三歳で死んでいる。

学徒出陣から一年余りで亡くなっています。この本を読んでみてください。二〇歳の若さで学徒出陣。そして一年後には帰らぬ人となった方々。

この方々の遺された手記を読んでみてください。凄い手記です。ここで凄いというのは色々な意味がある。

しかし、何よりも凄いことがある。何か。精神が、成熟しているのです。この手記の文章を読まれたら、分かります。凄い文章です。

それは、漢語が使われていることや、修辞がうまいといったことではない。

何よりも、人生を見つめる視線が、深い。腹が据わっている。覚悟ができている。

二〇歳という若さで、これほど成熟した精神を感じさせる文章が書ける。一人の人間として、これほど精神の深みを感じさせる文章が書ける。そのことに、驚きます。

それに比べ、現代の我々日本人の精神の未熟さには、恥ずかしくなります。

あの方々が、あの命がけの状況の中で書かれた文章を読むと、恥ずかしくなる。やはり、人間というものは、凄い。

人間というものは、ぎりぎりの極限に立たされたら、あれほどの素晴らしい精神の成熟と深化がある。

しかし、精神が成熟と深化を見せた直後に、あの方々は、生を終えていかれるわけです。これは、大いなる逆説です。

もうまもなく生を終える状況だからこそ、その精神が成熟し、深まっていったのでしょう。それは、我々の人生というものが持つ、大いなる逆説です。

皆さんや私も、そうです。いま、幸運にも、こうやって五体満足で、健康に生きている。

けれども、もし、皆さんや私が、あの方々と同じ「生死」の立場に立ったならば、その精神は、かならず成熟し、深まっていくでしょう。

この手記を書かれた方々は、はっきりと「死」を覚悟されています。例えば、このような手記があります。

父上、母上に。長い間、あらゆる苦難と戦って私をこれまでに育んで下さった御恩は、いつまでも忘れません。しかも私は、何も御恩返しをしませんでした。数々の不孝を御赦しください。思えば思うほど、慙愧に堪えません。

このような手記を遺し、はっきりと死ぬ覚悟を定めている。この戦争は、確実に敗戦に向かっている。だから、自分は命を失うだろうと、覚悟している。

その覚悟を、静かに語っている方々が多いのです。

しかし、私が、胸を打たれるのは、むしろ、こういう手記です。こういう手記が遺されています。

今の何も知らない子供たち。彼らは、あれでいい。みじめなのは、俺たちだ。俺たちよりちょうど一昔前の、佑兄の頃の人たち。俺たちよりは、ましだ。人間らしい生活を、少しでも送ってきているんだもの。このように、叫ぶようにして書き遺された手記があります。

この手記を読むと、胸が痛みます。自分は、徴兵され、学徒出陣した。そして、この戦争で死ぬだろう。それが無念だ。

自分は、この世代に生まれたために、死ななければならない。もう少し遅く生まれていれば、戦場に行かなくてすんだ。

それが無念だ。その叫びが聞こえてきます。そして、たしかに、この方の叫びは真実なのです。この二年後に、戦争は終わったからです。

しかし、この手記を書かれた方も含め、これらの方々は、「死」を目前にして、見事なほどの精神の成熟と深化を見せています。

だから、先ほどの経営者の大成の話なのです。「投獄」「戦争」「大病」といった「生死」の体験。その極限の体験を通じて、精神の深みにある「何か」をみとる。

そして戻ってきた人間が、何かを成しているのです。

しかし、この「三つの体験」というものは、難しい。なぜなら、これらの体験は、自分で選ぶことができないからです。

それは、ある意味で、天がその人を選び、与える体験なのです。

だから、皆さんが、もし仮に、これからの人生において、「大病」の体験や「大事故」の体験が与えられ、生死の淵から戻ってくることができたならば、思っていただきたい。

自分には、何か大切な「使命」がある。

そう思っていただきたい。これは、真剣に申し上げます。本気で申し上げます。

そうした「生死」の体験が与えられて、まだ生きている。死んでしまうことなく、まだ生きている。もし、そうした体験を得て、それでもまだ命が与えられているならば、それには、深い意味がある。

それは、皆さんに「何かを成せ」という、天の声なのです。

これまで、世の中で、優れた仕事を残された方々の多くは、その人生において、「生死」を体験し、極限の世界を見てきた。

そして、その世界から戻ってきて、深い気づきを得ている。

一度は、失うことを覚悟した、この命。しかし、再び、その命を、与えられた。そうであるならば、自分のこの命は、自分のものではない。自分のこの人生は、自分のものではない。だから、この命と人生を、大切な何かに使わなければならない。

では、この「命」を、何に「使」うか。そこから「使命感」が生まれてきます。

そして、そのような深い「使命感」を抱き、その後の人生を歩んだ方々が、たしかに、素晴らしい仕事を成し遂げています。

もちろん、そういう極限の体験を持たずとも、素晴らしい仕事を残される方々は、いる。

しかし、もし我々が、社員や部下の人生を預かる経営の道を歩むのならば、たとえ体験せずとも、一度は、その極限の世界を見つめてみるべきでしょう。

極限の世界において、人間は、どのような姿を現ずるのか。そのぎりぎりの姿というものを、一度、正面から見つめてみるべきでしょう。

しばらく前に、私は、『若きサムライたちへ』という本を上梓しました。

あの本は、学生の方々や若い方々に向けて書いたものですが、最後の「おわりに」のところに、大切な言葉を書きました。

人は、かならず死ぬ。その言葉を、二度、書きました。

なぜなら、先ほどから語っている「死生観」の話は、実は、「投獄」「戦争」「大病」といった特殊な話ではないからです。

皆さんも、かならず死にます。例外はありません。だから、「死生観」というものは、決して特殊な話ではない。

それは、「学徒出陣」の人たちだけの話ではない。たしかに、あの方々は若くして亡くなった。出陣の一年後に亡くなった。しかし、我々の多くも、五〇年後には死んでいる。では、この一年と五〇年、違いがあるのでしょうか。違いはない。

だから、「生死」の体験や「死生観」ということは、特殊な極限状況に置かれた人々の問題ではない。

それは、人間として生まれた者が、誰しも、かならず直面する問題なのです。だからこそ、我々は、「死」ということについての「思想」を持たなければならない。「いかに死ぬか」ということを、本気で考えなければならない。

それは、本当は、生まれた瞬間から考えなければならない話なのです。なぜなら、昨日生まれたばかりの赤子でも、かならず死ぬからです。だから、物心がついたときから生とは何か。死とは何か。いかに生きるか。いかに死ぬか。

そのことを本気で学び、考え、覚悟を定めていかなければならないのです。もちろん、そういう重苦しいことを考えないでも、いまの時代は生きていけます。

そうしたことを考えないようにして、日々を面白く、楽しく生きていく。そして、突然、病気になったり、事故にあったら、そのとき考えよう。そういう生き方でも、やっていけます。

しかし、もし我々が、真に充実した生き方を求めるならば、胸に刻むべきです。

メメント・モリ。(死を想え)その言葉を胸に刻むべきでしょう。

先ほど、『若きサムライたちへ』という本において、「人は、かならず死ぬ」と書いたと述べました。

それを聴いて、皆さんは、思われるかもしれません。これから大きな夢が広がる若い方々に、ずいぶん厳しい言い方ではないですか。そう思われるかもしれません。

しかし、そうではない。

これから大学を卒業して、実社会に出られる若い方々が、「自分はいずれ死ぬ」と覚悟を定め、自身の「思想」を深めていくならば、この方々の、これから何十年かの人生は、素晴らしい人生になる。

かならず、実り多き人生になる。だから、私は心を込めて、若い方々に語りたいのです。人間は誰しも、人生の最期の場面に向かって、歩んでいる。そうであるならば、その最期の場面から人生を見つめて、歩まれるべきでしょう。

そして、その「気づき」は、早いほうがいい。もちろん、人生において、遅きに失するということはない。

しかし、やはり、早いほうがいい。若き日に「死生観」を身につける。「人は、かならず死ぬ」との覚悟を定め、「いかに死ぬか」を求め、「思想」を深めていく。その歩みを始めるのは、早いほうがいいのです。

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