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4章《50代を見据えて──》この「自己投資」を、やっておく

「恩」を稼ぐそうすれば、お金はあとからついてくる四十代で重要なのは、「恩を稼ぐ」という考え方です。私はいまも、この言葉を紙に書いて壁に貼っています。「恩を稼ぐ」とはどういうことか。一言でいうと、「あなたには本当に世話になった。恩義を感じています」といってくれる人をどれだけつくれるか、ということです。私自身は四十代の頃、会う人ごとに「何かお困りのことはありませんか?」と聞いて回ることが仕事のようなものでした。というのも、人脈を得たいと積極的に人に会いにいっても、名刺交換をするだけではなかなかビジネスに結びつかないからです。自分の得意とする「東洋思想の考え方をまじえてビジネスを語る」ことをアピールしようと、相手がいま気にかかっていることや困っていること、悩んでいることなどを引き出そうと思ったのです。最初のうちは、誰もなかなか口を開いてくれませんでした。でも、回を重ねるうちにやがて、「いや、じつはね……」と胸の内を明かしてくれます。それを機に、自分の力を発揮したわけです。そうして一人、二人と「いや、いいアドバイスをありがとう。おかげでうまく解決できたよ」といってくれる人が増えたのです。そのとき、私は、「ビジネスで金を稼ぐというのは、恩を稼ぐことなんだ」と強く実感しました。逆にいえば、「恩を稼ぐ」ことができれば、お金はあとからついてくる、ということです。「情けは人の為ならず」という言葉があるように、心から相手のためを思って行動していれば、めぐりめぐって自分にいい報いがくるものです。「世のため人のために、自分には何ができるのか」という観点を持って、仕事に取り組むことが大切です。また、四十代になったら「身銭を切る」ことも重要です。たとえば、経費で落とせないものでも、自分の仕事に必要であるなら、身銭を切って購入する。あるいは、コミュニケーションの一環として、部下と飲みに行くのなら、身銭を切っておごる。そういった出費もまた、「恩を稼ぐ」ことにつながります。ただし、そこに少しでも「恩を売ろう」という気持ちがあってはいけません。『菜根譚』に、「恩を施すは、務めて報ぜざるの人に施せ」とあります。恩を施すとき、その報酬を求める気持ちがあってはならないのです。そんな下心があると、恩を仇で返される場合だってあります。相手に「恩返ししなくては」というようなプレッシャーを与えるようでは失格。真に「力になりたい」気持ちがあって、「結果的に恩を稼げた」というのが理想です。

「新しい能力」を開発する十年あれば、たいがいのことはできる私はいつも、「十年かけて取り組めば、たいがいのことは実現できるよ」といっています。「延べ十年」ではありません。「毎日、一日も欠かすことなく十年、少しずつ勉強を積み重ねていく」ということです。私自身、「十年表」なるものをつくり、「十年で『四書五経』をマスターする」といった目標を立てて勉強を続けてきました。いや、いまも続けています。模造紙をつなげてつくったこの年表は、学校の体育館を軽く二周するくらいの長大なもので、手元に置いてあるだけで頼もしく感じます。やり方はいたってシンプルです。マスターしたい書物の総ページ数を三六五〇日で割って、毎日均等に数ページを読む、というだけのことです。私は毎朝五時に起きて二時間、十年計画で割り振ったページ数を深く読み込むことを、いまも習慣にしています。この方法はとくに、資格取得のための勉強にぴったりです。資格というのは自分の価値を上げるものです。たとえば、将来的に勝負したい分野が経営ならMBA、会計なら税理士や公認会計士、法律なら弁護士、食品関連なら調理師や管理栄養士、金融なら証券アナリストやファイナンシャルプランナー……といった具合に、どんな分野の仕事でも「取得しておくと、将来進む道の選択肢が広がる」資格が数え切れないくらいたくさんあります。現在の仕事に関連する分野を中心に、探してみてはいかがでしょうか。もちろん、いまの仕事とは関係なく、転職も視野に入れて、興味のある分野の知識を学ぶというスタイルでもOKです。そういった資格には必ずテキストがありますから、その総ページ数を十年──三六五〇日で割り振って、日々続けてごらんなさい。必ずモノにできます。ただし、一日に決めたページ数以上やってはいけません。とくに最初のうちは、誰しも張り切るので、「三ページでいいところを五ページ、六ページやってしまう」ようなことをしがちです。私の生徒さんの中にも「三ページならラクですね。やってみます」と意気込んでいたのに、一年どころか一か月もたずに「先生、もうやめました。僕にはできないということがわかりました」といってくる人がいます。そういう人は決まって、自ら決めた〝三ページルール〟を破って、五ページ、六ページやっています。それで負担になって、挫折してしまうわけです。それでは「十年計画」も水の泡です。あくまでも継続することが肝心。過度な負担のない範囲でやってください。三年続けられたら、一ページ程度ずつ増やしていってもいいでしょう。生徒さんを見ていると、無理なくページを増やしながら、だいたい七、八年で目標を達成しています。2章で述べた、「人生の十年計画」に加え、「勉強の十年計画」を持てば、間違いなく自分の「強み」をつくることができます。いまの自分がたとえ周囲から「何か冴えないヤツだな」といわれても、心の中に、「いまに見ていろ。十年後の自分で勝負してやる」という確信があれば、余裕しゃくしゃくでいられます。四十代で、これまでの自分の能力にどういう能力をプラスするか。仕事人として強くなるために、それが非常に重要です。ここを強く意識しないと、四十代は「忙しい」だけで終わってしまうのです。それで泣くのは五十代、六十代以降だと心してください。

人生を「面白がる」「学ぶ・果たす・楽しむ」のサイクルを回せ私は多くの講義や研修を行なっていますが、終わってからレストランなどに場所を移して、みんなで活発な意見交換を行なったりします。さまざまな業界・業種の人たちが集まるその場が、とても刺激的だからでしょう。「もっといろんな話を聞きたいから、定例会にしようか」という話も持ち上がります。象徴的にいえば、そんなときに「いいですね」といって、すぐに定例会を企画・実行する人は「仕事・人生を面白がれる人」。そういう人は決まって、ぐんぐん成長して、自らの設定した目標を早々と達成します。一方、「やりたい気持ちは山々ですが、場所決めとかスケジュール調整とか、やらなきゃいけないことが多すぎて、大変ですから……」などと二の足を踏む人は、「仕事・人生を面白がれない人」。そういう人は何事につけて困難を前に尻ごみし、自身の目標半ばであきらめてしまいます。そんなことから、人生・仕事がうまくいくもいかないも、「物事をいかに面白がれるか」にかかっていると実感しています。私は昔からずっと、「学ぶ・果たす・楽しむ、のサイクルを回しなさい」といっています。「果たす」は、自分のなすべき役割を成し遂げる、という意味です。そのために必ずやらなければならないのが「学ぶ」こと。そうして学んだ成果を生かし、一つの役割を成し遂げたら、最後は自分の好きなことをして「楽しむ」のがいい。このサイクルを回すことの快感を覚えると、一つひとつの仕事や日常の細かなことすべてを面白がることができるようになります。私の場合は三十代の頃に、このサイクルを回すことに徹しました。たとえばクライアントから「人事制度を改善したい」という要望があると、その足で書店に行って、人事に関する本をダーッと何十冊も買います。案件によっては、二〇〇冊くらい購入したこともあります。「どの本がいいかな」なんて選ぶことはせず、ほぼ棚ごと全部、買い占める感じでした。次に、それらの本を一週間くらいかけて、ひたすら読み続けます。寝る間も惜しみ、食事もサンドイッチやおにぎりなどの片手でつまめるものにして、もうデスクに座りっぱなしです。そのようにして、その分野に関する本を大量に読むと、「常識」がわかります。「常識」とは、すべての本に共通して書かれていることです。人事のプロにアドバイスするのが私の仕事ですから、「そんなことも知らないの?常識だよ」といわれたら、その場でアウトです。だから必死で読みまくりました。常識がわかると、「非常識」――新しくキラリと光る部分が見えてきます。そういう最先端のノウハウが詰まった本を数冊選んで、もう一度熟読します。ここまできたら、もう知識武装は万全です。一週間後にクライアントにプレゼンし、ともに人事制度の改善に具体的に取り組むまでです。それで「いい人事制度ができました。ありがとう」と評価してもらえたら、私の役割は終了です。その夜においしい酒を飲むことを楽しみにしていました。とにかくどんな要望にも「できません」といわずに、まったく知らないことでも「大量の本で学ぶ」というこの方式で、私は役割を果たしながら、能力を上げていきました。仕事後の一杯だけではなく、実務と相まって知識が積み上げられていく喜びが増す中で、「学ぶ・果たす・楽しむ」のサイクルをどんどん回していったのです。結果、四十代になったらもう、「企業経営に関してはわからないことはない」といえるほどになりました。もちろん、中国古典はいまなお読み続けていますが、「案件ごとに大量の本を買って読むまでしなくても大丈夫」というくらいの力がついたと自負しています。いまからでも遅くありません。本を読んでください。本を読む人は強いのです。本を読むことは自分の可能性を開いてくれるととらえて実践してください。

「自分」に金をかける〝ハイリターン〟を約束してくれる自己投資術四十代は「三無の時代」です。一番忙しいときだから「時間がない」。子どもの教育費や住宅ローンなどの負担がかさむときだから「お金がない」。ガクッと体力が落ちるときだから「体力がない」。若いうちはお金がなくても時間と体力はあるし、老年期に入ると体力はないけど時間とお金はある。そういった年代に比べると、四十代は時間もお金も体力も乏しくなる、人生でもっとも苦しい時期ともいえるでしょう。とはいえ、お金のほうは、若い頃よりは多少の余裕があるのではないかと思います。『孟子』に、「恒産ある者は恒心あり」という言葉があります。つまり「一定の財産があれば、定まった心ができる」わけで、生活と心を安定させるくらいのお金がなくてはちょっと困ります。そこはしっかり確保していただいたうえで、許す限りの時間・お金・体力のすべてを振り絞って自分に投資することが重要です。同年代が仕事と生活に疲れ切っているからこそ、ここで頑張れるかどうかが成否の分かれ目なのです。何に投資するかは、いうまでもありません。自分の実力を向上させるための勉強、教養を磨き上げるための勉強、人間関係を広げるための勉強をするのです。私の〝自己投資活動〟は、家内の存在抜きには語れません。二つ、大変感謝していることがあります。一つは、生活が非常に苦しかった三十代の頃に、ダレスバッグという高価なカバンをプレゼントしてくれたことです。みんなから「カバンが一人で歩いている」とからかわれたくらいで、当時の私には分不相応のシロモノでした。けれども、気恥ずかしくもあったこのカバンに、私はずいぶん励まされました。「カバンを見下せるような自分にならなくてはいけない」と、気持ちを鼓舞できたのです。たとえば大企業の社長のところにいくときなど、どうしても気持ちが怯んでしまうものですが、「何をビビっているんだ」とカバンが後押ししてくれたような気がします。それに、初対面の人は決まって、「いや、いいカバンを持っていますね」といってくれるので、そこから会話がスムーズに展開できた部分もあります。カバンに限らず、スーツでも靴、時計、ペンでも、なんでもいいから一流品を何か一つ持つというのは大事なことです。自分自身の気持ちも変わるし、人からも信用されますから。もう一つは、四十代になってすぐ、明治書院から刊行されている『新釈漢文大系』という本を買ってくれたことです。これは一九六〇年に『論語』からスタートして、全一二〇巻の予定で編まれた大著です。現在、読破するまであと四巻ほどを残すのみ。私が最初に手に入れたときで、すでに約七十巻が刊行されていたと記憶しています。一冊八千円から一万円もする本ですから、よくぞ買ってくれたものだと思います。おかげで、私は中国古典と真剣に向き合うことができたといっても過言ではありません。前に述べた、「毎朝二時間、勉強しよう」と決めたのはこの頃のことです。そういった経験から、私は声を大にしていいたい。「自己投資には、時間と金と体力を惜しむな」と。なかには「自己投資をしていたら、老後の蓄えができない」という人がいるでしょう。たしかに四十代になると、老後がそろそろ気になってきます。けれども、自己投資をいくらかの貯金に回して、毎日を汲々と過ごしていたら、肝心の今後の仕事人生に必要な知識の蓄えがじり貧になることは目に見えています。実際、四十代半ばくらいまでは順調にいっていたのに、その後、出世もキャリア形成も急に失速してしまった人を、私は何人も見ています。みんな、四十代の自己投資を怠った人たちです。一方、時間・金・体力をうまくやりくりして、懸命に自己投資をしてきた人たちは、ぐいぐい成長を続けました。四十代の投資に対する大きなリターンがあったからです。このリターンがあれば、五十代を充実して過ごし、定年になった瞬間に失職することがなくなります。いま勤めている会社から「辞められたら困るから、定年後も働いてくれ」といわれる可能性は大きいでしょう。また、実力があれば、再就職先にも恵まれるでしょう。投資のしようによっては、まったく新しい分野で活躍するだけの可能性を開くこともできます。そう考えると、自己投資をケチって貯金をするよりも、自己投資にお金を使ったほうが数段大きな老後の原資を得ることができるではありませんか。ですから、四十代のときに考えるべきは、「五十代からも、定年をすぎてからもなお、お金を生み出せる人間になるための自己投資をしなければならない」ということ。生活を切り詰めて、お金を貯めようなどと考えてはいけません。

「大局観」を持つできるリーダーの「深く広い思考法」四十代には、経営者的視点を持つことが「全員に」求められます。「全員?自分はまだ管理職ではないから関係ない……」それは間違っています。いまは管理職でなくても、そう遠くない将来、マネジメント層の一角を担わなければなりませんし、二十代、三十代の若い頃に比べれば、自分より上の人たちがずいぶん少なくなってきているはずです。四十代は、人の上に立つ資質を磨いていかなければ、話にならなくなります。さまざまな仕事の局面で、経営者的視点からの判断が求められることが増えてくるからです。経営者的視点があるかどうか。そこで四十代からの「伸びしろ」が決まるといえます。そのときに重要となってくるのが「高所・大局から物事をつぶさに観察し、長期的戦略のもとに適切な判断ができる」能力です。一言でいえば「大局観を持つ」ということ。この能力があるとないとでは、四十代の命運は天と地ほど違ってきます。では、どうすれば「大局観」を持てるのでしょうか。私が三十代の頃に行なった訓練が非常にいいと思います。四十代でも十分に通用するので、ご紹介しましょう。その訓練を始めたのは三十二歳のとき。中国古典の知識を使って仕事をしたいと思い、ある大学教授に手ほどきをお願いしました。しかし、教授からは「三十二歳では遅い」とにべもない返事。「昔は十五、六から勉強したもので、いまだって本格的に学ぶなら遅くとも大学生くらいから始めないとダメだ。心意気だけでできるものじゃないよ。やめたほうがいい」というのです。そこを粘って、ようやく条件つきで引き受けてもらうことができたのですが、その条件というのが、「一年間で東洋的視点をマスターする」というものでした。これができないと、いくら漢文をたくさん読んでも文字面だけで理解することに留まる、社会と関連づけて実践する生きた学問にはならない、というのです。なるほど、といっても、私には「東洋的視点」のなんたるかもわかりません。そこで、重ねて尋ねたところ、教授はこういいました。「東洋的視点とは、根源・長期・多様の三つの視点。まず取り組むべきは、根源。いつ、何をしているときでも、見たこと・聞いたこと・経験したことのすべてについて『根源は何か?』を考え続けること。そうして、誰かが『あなたは物事をじつに根源的に見る人ですね』というようなことをいってくれたら、『根源』は卒業してもけっこう。そういわれないうちは、まだ足りないと思って『根源トレーニング』を続けないといけない。その後、長期と多様についても、同様のトレーニングを行なうこと。いずれもやはり誰かに『あなたは長期的視点を持った人ですね』『あなたは物事をじつに多様にとらえることができる人ですね』といわれたら合格。これを一年でクリアできたら、東洋的視点をマスターしたとみなす」私は帰宅するとすぐ、一〇〇枚くらいの紙に「根源」と書いて、家中に貼りました。こうしておけば、家にいるときはいつも、耳目がキャッチするあらゆる物事について「この大本にあるものはなんだろう」と考えることができます。外出時も同じ。電車やバスに揺られていても、町を歩いていても、レストランで食事をしていても、時間さえあれば「根源はなんだ?」と考え続けました。半年ほど経った頃でしょうか。ある会合で「田口さん、あなたは根源的、本質的にものを考える人ですね」といわれました。そのときのうれしかったことといったら、天にも昇る気持ちでした。さっそく翌日から「長期トレーニング」に入りました。何かにつけて、歴史を思い、考え、わからないときは調べるのです。「この事象は、いまに至るまでにどういうプロセスがあったのだろう」「このことは、歴史的に見るとどういうことなのか」というふうに。おかげで、かなり歴史に強くなりました。この「長期トレーニング」については、三か月くらいでクリアできました。「田口さん、あなたは物事を歴史的な視点からとらえるのが上手ですね」といわれたのです。最後の「多様トレーニング」は、「根源」で深くものを考え、「長期」で時間軸を横に広げて見る習慣がついていたので、自然と身につきました。「多様」とは「深く広い思考」なので、意識して「多様、多様」と考えなくても大丈夫なのです。一年で課題をクリアしたおかげで、私は「大局観」を身につけることができました。以後、MBAは取得していない私ですが、著名な経営者のアドバイザーを務めるに至ったのです。並み居るMBA取得者や海外留学経験者のコンサルタントもなんのその。ある経営者が問題の解決策を求めるのに、彼らにまじってコンペのようなテストをされたときも、常に私の一人勝ちでした。というのも、彼らがせいぜい十しか解決策を提言できないところを、私は三十や四十、軽く提言できたからです。すべては「根源・長期・多様トレーニング」で養った「大局観」のおかげです。

「腹」を据える常に、事の「大小軽重」を見極めよ四十代のベテランビジネスパーソンともなれば、立場上、次々と仕事の問題が降りかかってきます。これに対応できずに潰れてしまう人がいます。日々、続けざまに起こる諸問題に対して的確に対応し、てきぱきと処理をしていく力。四十代に求められるこの能力にも、前項で述べた「大局観」が必要です。来る問題、来る問題に、その場であわてて対処しているようではダメなのです。中途半端にあちこち手をつけて収拾がつかなくなったり、重大な問題を熟慮せずに〝やっつけ仕事〟をやったり、急ぎの仕事なのに、別の雑多な仕事にまぎれて取り返しがつかないことになったり。四十代の仕事としては、あまりにオソマツなことになります。四十代が、若手と同じように目の前の仕事でいっぱいいっぱいになっていては話になりません。ここは、佐藤一斎の『重職心得箇条』の第十条を肝に銘じてほしいところ。「政事は大小軽重の弁を失うべからず。緩急先後の序を誤るべからず。徐緩にても失し、火急にても過つ也。着眼を高くし、惣体を見廻し、両三年四五年乃至十年の内何々と、意中に成算を立て、手順を逐て施行すべし」大きな問題なのか。些細な問題なのか。重要性が高いのか。そうでもないのか。ゆっくりでいいのか。早く処理しなければならないのか。「大小軽重という四つを常に見極めて、事に当たりなさい」というのです。さらに、「何事もあんまりのんびりしていると、時機を失する。急ぎすぎると、過ちを招く」とし、「大局観を持つ」ことの重要性でこの一条を締めくくっています。「視点を高くして全体を見回し、二〜三年、四〜五年、十年先のことまで視野に入れて、心の中でどうすればうまくいくかを計画し、着実に実行しなさい」つまり、行き当たりばったりで行動するのではなく、「大局観」を持って先を見通しながら的確に判断し、計画的に仕事を遂行していくことが重要なのです。ただし、現代はスピード感が増しているので、年数のところは状況に応じて、日単位、週単位、月単位で考えてもいいでしょう。一斎はまた、『言志録』で最大級の「大局観」に言及しています。「当今の毀誉は懼るるに足らず。後世の毀誉は懼る可し」「生きている間の評価は大したものではない。自分が死んだあとに評価されることが尊い」というのです。一〇〇年、二〇〇年先を考えて仕事をする。そのくらいスケールの大きな「大局観」を持てといわれれば、間違いなく腹が据わるでしょう。このレベルをめざして、「大局観」を磨くトレーニングをしてください。

太らない自分の体も管理できない人間は、二流健康で長生きすることを願わない人はいないでしょう。それでも、働き盛りの四十代はつい無理を重ねる傾向があります。仕事が忙しいことに加えて、つき合いのために連日飲酒をしたり、睡眠不足が日常化していたり、運動不足だったり、あるいは過労のため精神的に疲弊してしまったり。二十代、三十代の頃は若さに任せて、多少の無理もききますが、四十代になるとそうはいきません。体力も回復力もガクンと落ちるので、体調を大きく崩しやすいのです。『老子』に、健康の大切さについて述べたくだりがあります。「営魄に載り一を抱いて、能く離るること無からん。気を専らにし柔を致めて、能く嬰児たらん」超訳すると、「体の健康が損なわれると、心の健康が乱される。心が乱れていると、体調に悪い影響をおよぼす。体と心は一つととらえ、バランスを整えなければならない」ということです。当たり前のことながら、心身のバランスを整えることが健康の基本だと、老子はいっているのです。簡単なようでいて難しいことですが、心身の健康なくしていい人生はありえません。何事も「ほどほど」を心がけましょう。とりわけ現代人が気をつけるべきは、食事の乱れからくる肥満でしょう。いわゆる「メタボ」は、さまざまな病気を引き起こす元凶とされています。私はシリコンバレーの企業の人間といつもやりとりをしているので、なおさら「肥満」はよくないと実感しています。というのも彼の地の企業ではいっとき、「肥満の人は雇わない」という方針を掲げていたからです。なぜだと思いますか?それは、「自分の体の管理もできず、体によくない好きなものを好きなだけ食べて太っているような人間に、大事な仕事を任せることはできない」と判断されるからです。言い換えれば、「肥満=自己管理能力の欠如」と見なされるわけです。このある種の〝健康信仰〟が強まった成果というべきか、肥満の人がかなり多かったアメリカですが、とくに西海岸の地方ではスリムな人が増えました。「太ると就職できない」となって、努力したのでしょう。食べすぎだけではなく、お酒の飲みすぎや煙草の吸いすぎなど、健康を損ねる生活習慣をセーブできない人は、「自己管理能力なし」という評価を免れえないところです。不健康な生活は、自分の体調だけではなく、仕事の評価にも悪影響を与える、ということをしっかり認識してください。また現代人には、心の病気に苦しむ人が少なくありません。それを予防するためには、先の老子の言葉にあった、気を専らにし柔を致めて、能く嬰児たらん――気を入れて、赤ん坊のように柔軟であれ、の部分がいいアドバイスです。「気を入れる」といっても、体をカチカチにしてはダメ。心まで固まって気が入らないので、力を抜いて身も心もふにゃふにゃにするのです。赤ん坊は生気にあふれているのに、心身がとても柔軟ですよね?なんの欲もなく、あるがままに生きているからです。そんな赤ん坊を見習ってください。だいたいにおいて、人間は心身をかたくするから頭がかたくなるし、頑固にもなる。それで物事に柔軟に対応できず、いろんな問題が生じてストレスを増やすのです。その大本には「出世したい」「結果を出したい」「お金を儲けたい」「人からよく見られたい」といった欲があります。仕事に意欲的に取り組むのはけっこうですが、それが「私欲」だと心身の自由が奪われます。無用な欲から離れ、力を抜いて「結果はあとからついてくる」くらいに気楽に構えていればいいのです。ストレス・フリーのリラックスした状態になってこそ、仕事の成果も上がるし、心が疲労することもなくなります。

「本物」の教養を身につける歴史を学べ、人間通になれ二十代、三十代は〝愛嬌〟があれば、なんとか社会を乗り切ることができます。場合によっては、失敗しても大目に見てもらえるし、得意げにいう意見が付け焼刃であっても、苦笑いをされてすむでしょう。目上の人のほうが、「まぁ、まだ若いんだから、しょうがないな」「経験不足だけど、まあ背伸びをしたいんだろう。微笑ましいね」などと思ってくれるのです。「稚気愛すべし」といわれるように、若いうちは、多少才気走って生意気でも、愛嬌があれば、かわいがられる部分があります。しかし、四十歳を過ぎたら、そうはいきません。失敗をしてエヘヘと頭をかいたり、すぐに底が知れる付け焼刃の知識を披露して得意がったりしても、「かわいげのあるヤツだ」とは思ってもらえない。「いいトシして、何をやっているんだ!」と怒りを買うだけです。まずそこを自覚して、四十代からは実力のなさが露呈することがないよう、本当の教養を磨き上げなくてはいけません。『菜根譚』にいい言葉があります。「磨礪は当に百煉の金の如くすべし。急就せば邃養に非ず」「金属を繰り返し叩いて鍛えるように、自分の実力を鍛えるべきだ。急ごしらえしたのでは何も身につかないよ」という意味です。四十代はまさに、その後の人生を小手先で表面的に生きていくか、さらに苦労を重ねて本物の実力向上をめざしていくかの分かれ道です。惰性に流れて〝愛嬌勝負〟を続けていると、五十歳を前にして取り返しのつかない挫折を招くことになります。前に述べた「十年計画」をしっかり立てて、「付け焼刃」ではない、本物の刀を鍛え上げるように実力を磨きましょう。教養といえば、なんといっても「歴史観」を持つことです。歴史に精通すると、広く高い視野が持てますし、人間の感情の機微というものを熟知することにもなり、人間通になれます。だから、「古典を読むこと」が何よりの教養となります。四十代のみなさんには、ぜひ古典を読んでほしいと思います。

「天命」を知るあなたには〝果たすべき役割〟がある「心体光明ならば、暗室の中にも青天有り」これは『菜根譚』にある言葉です。「心体」というのは、「心と体」ではなく、「心の本体」、つまり「心根」という意味。その心根が正しく働いて、物事を理解していれば、暗い部屋の中にいても抜けるような青空を見ることができる、というのです。何とも爽快な言葉ではありませんか。続くくだりでは、「念頭暗昧ならば、白日の下にも厲鬼を生ず」――心根が正しく物事を理解できないと、白日の下にあっても悪の心が生じる、としています。佐藤一斎流にいえば、「心根」とは「志」のこと。志が光り輝くようにあれば、どんな状況にあっても、青空に飛び立ち自由に羽を広げる鳥のように、明快に人生を歩んでいくことができるのです。そのために重要なのが、「天命を知る」ということです。そもそも「天命」とは何なのか。四書の一つである『中庸』には、こうあります。「天の命ずる之れを性と謂う」「天命」とは文字どおり、天が命じたことです。その天命を授けられて、人間は生きていく。それが人間の天性というものだ、ということです。天性とはつまり、あなたがこの世で成し遂げなくてはいけないものであり、それができるだけの天分――性質、能力が生まれながらにして備わっているということです。天性を磨くために、仕事や時間、労力という資源を投資することが、本当の生きるということなのです。荒唐無稽な話だと思いますか?そんなことはありません。この世で何かを成し遂げた人を見てごらんなさい。みんな、天性に従って生きたとしか思えないではありませんか。人間には誰にもこの「天性」というものがあります。これに気づかず、天性に反することを職業にしてしまうと、人生が辛く、人間が弱くなるのです。『易経』には、このことを表したいい言葉があります。「天を楽しみ、命を知る、故に憂えず」「天命を知って、日々を楽しんで生きる。その心構えができたとき、人に憂いはなくなる」という意味です。天性を踏まえて生命を営むのが人間だ、というのが『易経』の考え方であり、これは、人生を太く、たくましく生きるための秘訣なのです。では、どうすれば天命を知ることができるでしょうか。「よくわからないな」という人は、ぜひご両親や小学校低学年の担任の先生、幼なじみなど、自分の小さい頃のことをよく知っている人に、自分がどんな子どもだったかを聞いてみてください。そこに「天命」を知るヒントが隠れています。私自身も四十代後半の頃は、まだ気持ちが揺らいでいました。「五十代からは新しい挑戦をしたいな。自分の好きな中国古典で身が立つだろうか」と思いながらも、それが「天命」かどうか、よくわからなかったのです。そこで、母親に自分がどんな子どもだったかを聞いてみました。「あなたは未熟児でね。生まれたときの体重が二千グラムだったのよ。生まれても元気に育つ可能性は低くて、先生に『棺桶を用意してください』とまでいわれたわ。幸い命は助かったけど、小さい頃から体が弱くてね。小学校に入っても低学年のうちは、学校にたどり着くのがやっと、という感じだったわね。だから、ほとんど一日家にいて、ぼーっと空を眺めていたり、庭にしゃがんでじーっと草を見ていたりだったわね。そうそう、朝から晩まで一生懸命、地図を描いていることもあったわよ」それで思い出しました。たしかに、私は地図を描くのが好きでした。となり近所をちょっと散歩しては、詳細な地図を描くのが好きで好きでしょうがなかったのです。同時にそれは、「中国古典をやっていくことが天命なんだ」と確信した瞬間でもありました。というのも、中国古典の勉強では、詳細な地図を描くように、原典を一字一句、辛抱強く読んでいくことが求められるからです。そういう込み入った作業が無性に面白いのも、子どもの頃からずっと何かを観察したり、机の前に座って何かを読んだり、考えたり、書いたりすることが好きだった――それが天性だったからでしょう。自分の天性を知るまで私は「自分は組織を動かせる人間だ」と思い込んでいました。会社を立ち上げて、大勢の社員を雇い、ビジネスはうまくいきすぎるくらい、うまくいっていました。だから、経営が得意だとも思っていたのです。でも、かなり無理をしていたような気がします。会社を立派に見せなくてはと、高い家賃のところを借りたり、優秀な人材を採るためにリクルーティングに奔走したり。いくら利益を上げても、お金を稼いでも、心は苦しくてならなかったのです。ともあれ、私は母に幼少期のことを聞いたおかげで自分の「天性」に気づき、その後の人生を「天命」によって立てることができました。このことが五十歳での再スタートにつながったのです。孔子は「五十にして天命を知る」といっていますが、私はもっと早くてもいいと思います。四十代にして惑わない心を持った時点で、天命を知るのが理想でしょう。

家族」を大事にする重要なのは、「時間」ではなく「思い」四十代は、忙しさにかまけて、つい家族のことをないがしろにしてしまいます。「信頼し合っているのだから、わざわざ感謝の言葉などいわなくても、わかってくれるはずだ」そんなある種の「甘え」があるのかもしれません。『論語』に、「君子、親に篤ければ、則ち民、仁に興る」とあります。これは、「君子が親族を大切にしていれば、人民はそれを見習って互いを大切にする」という意味ですが、家族関係も同じでしょう。夫婦が互いの親を大切にしていれば、家族も円満でいられると思います。どんな形にせよ、夫婦に互いの親を大切に思う気持ちがあり、なんらかの形でそれを表現していれば、子どもたちも愛情深い人間になるのではないでしょうか。親たる者、身をもって親孝行を示さなければなりません。儒家の思想では、「孝行」を非常に重視しています。私も共感し、たとえば人材採用に関しては、いつも「孝行者を採りなさい」といっています。家庭という社会の縮図の中で、親や祖父母、兄・姉の年長者を敬うことを自然と身につけた人は、会社でも社長をはじめとする年長者に対して敬意を払います。組織人としての訓練がすでにできているのです。あと一つ、つけ加えると、夫婦が「ほっとした時間を共有する」ことも大切です。私の例でいえば、息子が骨折をしたときがそうでした。私は例によって仕事が忙しく、すぐに病院に駆けつけることはできませんでした。やがて家内から、「大事には至りませんでした」という連絡があり、私はせめてもの罪ほろぼしに大きなケーキを買って帰りました。そして、「任せきりにして、申し訳なかった」と声をかけ、家族みんなでケーキを食べました。家内もひとまずほっとしたところでしたから、ケーキの甘さが私に対する怒りを溶かしてくれたようです。もし、私が「大事ないのなら、よかった」と一人で安心し、酒でも飲んで帰っていたら、夫婦関係は険悪になっていたのではないかと思います。このように、日常のちょっとした心遣いで、家族の絆は保たれるものです。とりわけ何か問題が解決し、ほっとしたときに相手をねぎらうことが大切なのではないでしょうか。そう難しいことではありませんよね?近年の女性には、ワーキングマザーが増えています。彼女たちだって、四十代は働き盛り。仕事と家庭の間で、男性以上に深い悩みを抱えているでしょう。以前、ある企業の研修会で講演をしたときのことです。約三〇〇名が集い、大半がセールスレディでした。講演が終わって、質疑応答の時間に入ったとき、一人の女性が手を挙げました。ワーキングマザーである彼女は、「こういう席で質問していいものか、迷ったのですが」と前置きをして、次のように話しました。「私が仕事をしている鹿児島は、専業主婦の方がほとんどです。そのせいか、子育てをしながら働いていることに、いつも批判の目を向けられています。陰で、あるいは面と向かって『子どもが放ったらかしにされて、かわいそうよね』といわれることもしばしばです。じつは今日も研修で東京に出るというので、義母とひと悶着ありました。義母は子どもを置いていく私を責めたて、最後には『仕事と家庭のどちらが大切なの?はっきりしなさい』といわれました。私は悪い母親でしょうか」このとき、私は間髪いれずにこういいました。「あなたは稀に見る、よくできたお母さんですよ」彼女を含め女性たちはみんな驚いた様子です。予想もしない答えだったのでしょう。「会社の研修の席でそういう質問をされたこと自体、あなたがいかに一生懸命子どもを思っているかを物語っているではありませんか。仕事以上にお子さんのことを考えているのでしょう?仕事が忙しくて、あなたはふだん、子どもと一緒にいる時間が少ないかもしれない。でも、心はいつも一緒なんですよ。それがお子さんにとって、どれほどうれしいことか。あなたは一〇〇点満点の、いいお母さんです」会場は拍手の嵐でした。同じような悩みを抱えている女性が多かったのでしょう。なかには泣きながら彼女に握手を求めた女性もいました。「家族を大切にする」というと、「一緒に過ごす時間が長くないといけない」と思うかもしれませんが、そんなことはありません。一緒に過ごす時間が長かろうが、短かろうが、関係ありません。要は家族に対する「思い」が、どれだけ強いか、深いかが大事なのです。強く深く思っていれば、その気持ちは必ず伝わります。女性に限らず、男性だって同じです。家庭サービスに時間をあまり割けなくとも、父親失格、母親失格と落ち込むことはありません。「家族への思いの強さ、深さは誰にも負けない」、そんな心持ちを大事にする人が、心はいつも家族とともにある立派な親なのです。胸を張ってください。とにかく、家族を大事にすること。自分がどんなに成功したとしても、家族がバラバラであれば、家族みんなが幸せになれなければ、なんの意味もないのですから。

「厳しい道」を選択する四十代は、〝男坂〟の時代「人生という道は分岐点の連続である」『易経』は、そう説き、二股道のどちらに進むかを問うています。その「二股道」の中でも重大な選択を迫られるのが、四十代の頃です。四十代は、いうなれば「男坂」と「女坂」のどちらをゆくか、決しなければなりません。「男坂」は険しく厳しい道が続くけれども、ゴールまでの距離は近い道。「女坂」は緩やかで穏やかな道だけれど、ゴールまでは遠い道、というふうにとらえていただくのがよいかと思います。さて、どちらの道を選ぶか。振り返れば、私自身は人生の節目、節目で常に「男坂」を選んで進んできました。結果、三十代で起業をしてみたものの、当初は何もかもうまくいかずに大変な苦労をしました。しかし、もがいているうちに事業はしだいに好転していきました。四十代に入ると、ここが勝負と、事業を拡大する方向へと舵を切りました。すると、今度はうまくいきすぎるくらい、うまくいったのです。ただ、苦労がないわけではありません。むしろ、うまくいかなかった三十代の何倍、何十倍もの苦労を強いられました。というのも、事がうまく回り始めると、どうしても有頂天になって、物事をやりすぎてしまうからです。私に限らず、四十代で「恐いものなし」よろしく猪突猛進したために、一生働いても返し切れないくらいの大きな借財を抱える人は少なくありません。そうして私は、四十九歳になったとき、身を切る思いで会社を整理し、規模を小さくしてやり直しを図ったわけです。紆余曲折を経て、六十を過ぎてからは愉快、愉快の人生を送っている私ですから、「男坂」を選んでよかったと実感しています。みなさんはどうでしょう?周囲を見ると、四十代も半ばくらいになって、「もう疲れたな」と「女坂」を選んでしまう人のなんと多いことか。果敢に「男坂」を歩いていこうとせず、「そろそろのんびりしてもいいだろう」とばかりに、つつがなくビジネス人生を終えることのほうに意識が向いてしまうのです。私にいわせれば、四十代でそんなふうに老け込むのはまだ早い。まだまだ自己研鑽しなければなりません。なかには「定年後は田舎に移住して、農業でもやるか」などと軽口を叩く人もいるようですが、本気ならそれもいいでしょう。でも、「逃げ」でいっているとしたら、その道に進んだところで性根を据えて取り組むことはできません。むしろ農業ほど奥が深く、大変な仕事はないのですから。そこからもまた尻尾を巻いて逃げ出すのがオチなのです。「四十代は男坂の時代」そう考え、新たな挑戦に奮い立ってください。『孟子』に、「已むべからざるに於て已む者は、已めざる所なし」とあります。「やめてはいけないところでやめてしまう人間は、どんなに必要なことでも投げ出してしまうのだ」という意味です。四十代は仕事人生でもうひと踏ん張りする正念場。心して、腹を据えて「男坂」を選ぶ。それが、五十代からの人生に、大きなリターンとして返ってきます。

「呼吸」を深くする老子に学ぶ、「達人」になるための健康法『老子』には、長生きの秘訣について述べたくだりがあります。「生の徒、十に三有り。死の徒、十に三有り。人の生、動いて死地に之くもの、十に三有り。夫れ何故ぞや。其の生を生とするの厚きを以てなり」最後の一文で、「あんまり生に執着していると、長生きできないよ」といっていて、ドキリとさせられます。老子によると、「十人いたら、三人が弱々しく生き長らえる人、三人が短命な人、三人が長生きしたいと思うあまりに無理を重ねて逆に寿命を縮めてしまう人」だそうです。どうですか、「なるほど」と妙に納得させられませんか?実際、現代人の多くが「長生きして、豊かな老後の生活を楽しみたい」と思い、そのゆとりをつくり出すための原資を稼ごうとして無理を重ねているように見受けます。あるいは「健康でなければならない」との思いが強すぎて、体に大変な負担をかける運動をしたり、体にいいといわれるものは食べ物でもサプリでもなんでも摂取したりして、かえって体調を崩すような人もいます。現代人には、この「動いて死地に之くもの」が多いように思います。では、十人のうち、残る一人はどういう人でしょうか。文脈から類推すると、「生に執着せず、かといって死に急ぐこともなく、自然に任せて淡々と生きる人」といえそうです。いわば「生死を乗り越えた人」が、結局は長生きするのです。私たちも生死にまつわるさまざまなこだわりを捨て、健康に気を使いすぎることなく、良寛のように「死ぬときは死ぬがよし」という感じでいきたいもの。それが、長生きの秘訣だといえそうです。私たちはふだん、意識せずに呼吸をしています。だいたいが、息を短く吸って、短く吐き出す「浅い呼吸」になっているかと思います。でも、「呼吸法」と呼ばれるものがあるように、呼吸は健康法の一つなのです。とりわけ、これから大物をめざす四十代のみなさんは、東洋で「丹田呼吸」と呼ばれる「深く、ゆっくりした腹式呼吸」を取り入れるといいでしょう。漢方では「気は臍下丹田から上に向かって流れ、骨髄でつくられて体のすみずみまでめぐる血は、下に向かって流すことが重要」とされています。だから、頭に血がのぼったような状態は大変危険。その頻度が高くなると、体に与えるダメージも大きくなります。そういった状態にならないよう、日に何度か、臍下丹田に気を込めて、腹式呼吸をしてみてはいかがでしょうか。また、『荘子』に興味深い記述があります。それは、「真人の息は踵を以てし、衆人の息は喉を以てす」というものです。超訳すると、「喉で浅く呼吸するふつうの人と違って、達人は気を足の裏から吸い上げるようにして呼吸をする。そうやって心を静めているから、何があっても常に泰然自若としていられる」ということです。健康になるだけでなく、「呼吸から達人の道が開ける」とあっては一石二鳥ではありませんか。ふだんから深い呼吸を心がけましょう。

 

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