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第一章/自分の心を知り、自分の人生を生きよ

まえがき

成功者になるための心の持ちようとは何なのか?人々は過去、多くの偉人たちの物語の中からそれを見出そうとしてきた。

私の研究のテーマである「成功哲学」。一言でいうなら、それは〝自分の人生を生きる〟ことにほかならない。

本当の自分を見出したものだけが自分の才能を知り、それをどう活用するべきかを知り、成功を収めることができるからだ。

〝自分の人生を生きる〟という姿勢は、本来子供のころに身につけるべきことである。実際、偉人たちの多くはそうであった。

しかし、今からでも遅くない。

この本を読んであなたが新しい自分を見つけ、その後の人生を積極的心構えを持って生きることができたなら、精神的にも、物資的にも豊かな人生を勝ち取ることができる。

自分に才能があるかないかなどということは、本来、誰にもわからないものである。

しかし、それにしては、自分の才能を信じて疑わないタイプの人間に成功者のなんと多いことであろう。

それはまぎれもなく、彼らが〝自分の人生を生き〟ているからにほかならない。

ただし、富を築いていく過程で、さまざまな誘惑に負け、自分を見失ってしまった人間もまた多い。

たとえ金持ちになれても、精神的な充実感とはほど遠い場所で、ただ生かされているだけの人生など誰が望もう。

本書を読むことによって、あなたはそれらの危険な罠に対する心構えを着実に身につけることができるはずだ。

あなたが本書を読み終わり、その内容を自分のものにすることができたなら、これまでの人生とはまったく違った充実感が、心の中に芽生えているに違いない。

そしておそらく、さほど遠くない日に、あなたの人生そのものが繁栄に包まれることだろう。

一九九六年一〇月二〇日ナポレオン・ヒル財団アジア/太平洋本部理事長田中孝顕(注)本文中、※印の箇所は、訳者の補足説明である。

目次

「成功」の定義

成功とは、他人の権利を尊重し、社会正義に反することなく、自ら価値ありと認めた目標【願望】を、黄金律に従って一つひとつ実現していく過程である。

(注)黄金律…「自分がしてほしいと思うことは、率先して他人にもそうしてあげること」

第一章自分の心を知り、自分の人生を生きよ

あなたの心は独立国となっているだろうか

あなたは成功へ向かう大きな可能性を持っている。しかし、それを達成するにはまず、自分の心を知り、自分の人生を生きなくてはならない。

心の内部にある真の自己を知れば、自分が設定した制限時間内に望みのものを手に入れることができる。ある特別な技術があれば、自分の最も大切な夢の成果を得ることもできる。

こうした技術はどれも皆、自分の持ち前の潜在脳力の中に簡単に取り入れることができるし、それをあなた自身のものとして活用することができる。

成功した人間は、人生の道程のどこかで必ず自分の望みどおりの生き方を発見しているものである。

この強大な力を発見するのが若いときであればあるほど、成功と幸せの人生を送りやすくなるものだ。

しかし、この発見がずっと遅れたとしても決して悲観するには及ばない。六〇歳を過ぎてからでも、大いなる変化を遂げる人は多いものだ。それほど強い影響力を持っているのである。

この強大な力を発見するや否や、自分というもののあり方を他人に決めてもらうような屈辱的な生き方には愛想をつかすはずである。

自分の好みに合わせて、自分の生き方をはっきり決めるという人生を知ることができるのである。人間は自分の心の自治権を天から与えられている。

自分の心を自分で決めるということがいかに素晴らしいものであるかということを知っておかなければならない。

人間が<他人ではなく>自分の人生を生きること、<他人の考えではなく>自分の考えをもつこと、自分の願望や目標を見つけてそれを達成すること――そのために天は人間に自治権を与えてくれたのだ。

この奥深く、かつ特権ともいえる自治権を行使することによって、人生そのものが豊かになり、それによってすべての中で最高の富、すなわち、心の平安を得ることができる。

ここでいう心の平安とは、それをなくしては真の幸福はあり得ないという平安のことである。あなたは、あなた自身に多くの影響を及ぼすさまざまな要因が充満した世界に生きている。あなたは他人の行動や願望、規則や習慣といったものから影響を受けている。

しかし他人の行動があなたに影響を与えるように、あなたの言動も他人に影響を与えているのだということも忘れてはいけない。

そのような影響の中であなたは自分の人生を送らなければならないし、自分の脳力を有効に使って、達成したい目標や願望に向かって進んでいかなければならないのだ。

「汝自身を知れ」と古代ギリシャの哲学者たちは言っているが、これは、あらゆる意味で富を得たいと思っている人にとっては、今なお貴重なアドヴァイスとなるだろう。

自分自身を知らなければ、あなたは未来を形づくることはできないし、まして、「大いなる秘密」の活用など、思いもよらないことである。

「大いなる秘密」とは、あなたを望みどおりの目的地に運んでくれるために不可欠なものである。

こうしたことを踏まえたうえで、幸福の谷へ出発しようではないか!ここで私は、あなた方にお願いしておきたいことがある。

私のことを、車の助手席に座って、やたらに〝ああしろ、こうしろ〟と、指図だけしている人間だとは思わないでいただきたい、ということだ。

運転するのはあなた自身であって、私はただ信頼のおける地図をもとに、あなたの注意を促しているにすぎないのである。

その地図には、はっきりと、幹線道路やハイウェイが表示されている。富と心の平安への道を進むにつれて、道路は走りやすく、真っ直ぐになっていくのだ。

自分に脳力がないと信じるのは、地球が四角形であると信じるのと同じである

もしかすると、あなたは今この本を明るい電灯の下で読んでいるかもしれない。そこで、トーマス・エジソンについて思い起こしていただきたい。

エジソンが電灯の実用化を世界に初めてもたらしたことは、誰でも知っている史実である。

そのエジソンが小学校の低学年のころ、先生に「この子はおつむが弱いから授業についていけない」と決めつけられ、学校から追い出されてしまったという事実もあなたは知っているはずだ。

初等教育さえも受ける脳力がないことをトーマス・エジソン本人に知らしめたのは、先生という名の権威者であった。

もしエジソンがこの先生の指導に従っていたら、その後の彼はどうなっていたことだろう。世界にとって幸いだったことは、エジソンはそのとき、自分の人生を生きようと決心したことである。これはエジソン本人にとっても幸いだった。

逆境の中でエジソンは、正規の学校教育からは到底得られなかった数々の知識を身につけ、また発見したのだ。

まず彼は、自分をコントロールする力を持っていることを発見した、そして、どんな目標へも自分を向けていく心を持っていることに気づいたのである。

次に彼は、学校ではいかなる科学知識も学ばなかったものの、他人の受けた専門技術を利用し、うまく進めていくやり方を体得したのであった。

「弱い」と言われたその頭を十分に活用することによって、彼は白熱電球を作ったばかりでなく、次々と偉大な発明を生み出したのである。

ちょっとした言葉による刺激が私を大きく変えた

私自身も少年時代に、危うく「無価値な男」というレッテルを貼られそうになったことがある。そのとき私は九歳になったばかりであった。

母はその前年に亡くなっており、私は親戚の世話を受けていた。父からも親戚の人たちからも不良少年として(事実そうだったのだが)扱われていた。

何一つやり遂げることなどできそうになく、できることといったら悪事を働くことぐらいだろうと思われていたのである。

周りの人の中にはジェシー・ジェームズ〔訳注…アメリカ西部開拓時代の無法者。一八四七〜一八八二〕の生まれ変わりのようだと言う人もいた。

私は私で、その評判に応えるべく必死になっていた。私は本物の六連発拳銃を持っていたし、これを西部のガンマン並みに扱えるようにすらなっていた。

そんなとき、一人の女の人が私の前に現れたのである。その人の出現によって私の人生は変わったのだ。その女の人というのは、私の継母である。

父が再婚することを知って、親戚の人たちは、私が彼女を嫌いになるように仕向けた。彼女に対するありとあらゆる否定的な情報を私に徹底的に吹き込んだのである。

他人同士のトラブルに興味をひかれるのは、洋の東西を問わず楽しいものらしい。私は何の疑いもなくその誘いにのった。やがて父が、彼女の手をとりながら私たちの前にやって来た。

家では親戚の人たちがずらりと待ち構えていた。その中で、父は彼女を全員に紹介して回った。父が私の前に立ったのはいちばん最後だった。

私は部屋の隅に立ったままだった。そのとき私は、身体をゆすって、一人前のワルを気取っていたはずだ。

「これが君の義理の息子になるナポレオンだよ」と父は彼女に紹介した。

「このワイズ郡一帯でいちばんの悪ガキであることは間違いない。みんなもそう思ってるだろうが、ろくな人間にはならんよ。明日の朝にならないうちにこいつが君に石を投げつけたって、まず、誰も驚きはしないだろうね」これを聞いたとき、私の心は右に左に大きく揺らいだ。

だが、継母は素敵な人であった。私の顎に手をかけて顔を上向かせ、じっと私の目を覗きこんだ。そして父のほうを振り向くとこう言ったのである。

「この子は決して悪ガキなんかじゃないわ。とても利発で賢い子よ。あなたの見方は見当はずれのようね」父はけげんそうな顔をしたが、継母はなおも続けた。

「この子に必要なことは、何かはっきりした目標なのよ」私は人からこのように言われたのは、生まれて初めてだった。

私は身体をしゃきっとさせ、胸を張った。うれしさのあまり、思わず顔には笑みが広がった。

私の母の座を取りにきた「あの女」――と親戚の人たちは彼女を陰でそう言っていたのだが――、その彼女は、私の中にある最高のものを引き出してくれる人だということを子供心に感じ取ったのだ。

彼女のほんの一言か二言の言葉が、私を新しいレベルにまで引き上げてくれたのである。この出来事によって、私の六連発拳銃時代は終わりを告げた。

私は成長するにつれて、ますます自分というものを見出すことができるようになったし、自分に文章を書く才能のあることも発見したのである。

継母は、私がタイプライターをマスターする手伝いをしてくれた。このタイプライターの打ち方を習得したおかげで、やがて私は新聞社に記事を送ることができた。

この経験を通じて、私は成功した人々にインタビューする資格を持てるようになった。それが縁となって、世界最大の大富豪、かつ世界の鉄鋼王と呼ばれたアンドリュー・カーネギーとも知り合うことができたのだ。

カーネギーとのインタビューは三日三晩続いた。そして、ある約束が二人の間で交わされた。

その約束とは、彼のすでに作成してあった遺書を実行に移すことにあった〔訳注…この間の興味深いエピソードはナポレオン・ヒルの『思考は現実化する』(きこ書房刊)に詳しい〕。

アンドリュー・カーネギーの「莫大な財産」の秘密

彼の遺書は次のような言葉から始まっている。

「私は自分が築き上げることのできた莫大な財産の大部分を、多くの人々に分かち与えたいと思う。その財産とは、私が巨富を得ることを可能とした成功の秘訣に関する哲学のことである」カーネギーは自らの体験の中から〝成功の秘訣〟を見出し、それを再び自分の生活や事業の中で検証していった。

そして、その〝秘訣〟はいかなる場合にも大きな力を発揮し、彼自身を大きな成功に導いていったのである。

それならば、ほかの人々もこの〝秘訣〟を用いさえすれば、「成功」を手に入れることができるに違いない、と彼は考えた。だがそのためには、裏付けをとらなければならない。

同時に多くのエピソードを加えたり、わかりやすく表現したりして万人が活用できるものにしなければならない。

その役目を彼は私に与えたのである。一九〇八年のことである。

私は、彼との約束を果たすため、彼の紹介による人を含む、卓越した成功者五〇七名の協力を得、密着インタビューや資料の収集を進めていった。

そして私はこの事業を通して、驚くべき法則を発見することができたのである。それは、単に机上の成功技術ではなかった。

頭の中で考え出されたものではなく、実際に富を築いた人々の人生の中に潜んでいる秘密なのである。彼らの行動パターンから抽出された成功の秘密であった。

これがきっかけとなって発展したのが今日のナポレオン・ヒル財団である。やがてこの活動が世界中に広まって、何千人もの人たちに繁栄と心の平安をもたらすことができたのである。

権威者の言葉にふりまわされるな!

偉大な芸術家たちもまた、自分の人生を生きた。そうでなければ、彼らは偉大ではあり得なかったであろう。

オペラ史上最大の音楽家の一人であるシューマン・ハインク夫人は、若いころ、声楽教師のところで声のテストを受けた。

そのとき先生は、数分間彼女の声を聞いたあと、そっけなくこう言ったという。

「はい、もうよろしい。あなたは洋裁の仕事へ戻った方がいいですよ。そうすれば、あなたは一流の洋裁師になるかもしれません。しかし、歌手は絶対無理です!」覚えておいてほしい。

これが権威者の話す声なのである。

このとき、その少女がもう二度と歌わないと決めたとしても、それは無理からぬ話である。何しろ相手は権威者だ。

しかし彼女は自分自身を見つめる心を持っていた。彼女こそ、自分自身であったのだ!彼女は、さらに歌の勉強を続ける決心を固めた。そして彼女はその決心どおりに行動した。

結局、それによって、後に世界の人々は彼女の美声に酔うことができたのである。

ほかにもこのような事例は数多くある。

いくら権威者に才能がないと言われようと、本人が自分に才能があると信じ、そのとおりに実行すれば、優れた才能は失われずにすむのである。

逆境?それはつまずきの石ではなく、強壮剤である

逆境はすべて同等か、もしくはそれ以上の利益をもたらす種子を運んでくるものである。一時的な失敗や失意の時期を経験しないで真っ直ぐ成功へ向かって進んだ人は、きわめて稀である。

失敗したとしても、内面の自己をしっかりつかんでさえいれば、つまり、真に自分自身でありさえすれば、叩きのめされたままダウンすることはない。

殴り倒されはしても、すぐに反撃することができるのだ。凸凹の道にまぎれ込んだとしても、必ずハイウェイに出るルートは見つかるものである。

しかし、あなたは「その真理は単純な物事にしかあてはまらないのではないか」と思っているかもしれない。それなら、複雑な問題について考えてみよう。

例えば、困難な問題を克服して植民地の地位から脱却するという問題である。多くの煩雑な問題をとりまとめ、調整し、統一したあと、自分が初代の大統領に就任するのだという立場で考えてみてはどうか。

一九一〇年、私はマニュエル・L・ケソン・イ・モリナ(一八七八〜一九四四)氏の私設顧問となった。

私は政治面で彼の相談役になっただけでなく、私が新しく体系化したばかりの「成功プログラム」(PMAプログラムの旧版)を教えることになった。

そのほうが政治面での相談よりも、もっと重要な仕事だったと思う。ケソン氏は、フィリピン独立後の初代大統領である。

もっとも一九一〇年からみれば、大統領となるのはまだずっと先〔訳注…大統領就任は一九三五年〕のことである。

フィリピン国民を解放するという願望は、ケソン氏の心を強くせきたてていたため、彼は早くから新国家の初代大統領となる決意を固めていた。

私は、彼ならこの二つの願望(解放、それに大統領になること)を実現させることができるだろうと思っていた。

といっても私たちは、このような大きなことは一朝一夕には成し遂げられないということも知っていた。はっきりした願望や目標を決めるという行為には、万人の認める力がある。

しかし、実現可能な制限時間を設定して、その範囲内でその願望なり目標なりを達成させようとすることの力に気づいている人は少ない。

ケソン氏の顧問を務めて何年か過ぎたとき、私は彼に、フィリピンを独立させ、新しい国家のリーダーとなる日をはっきり決めようではないか、と誘いをかけたことがある。

私はまた、独立達成後に彼が毎日繰り返して唱えるべき自己宣言〔訳注…アファメーションの技法に関しては『<改定新版>脳力革命』(きこ書房刊)に詳しい〕をも準備したのである。

その自己宣言は、こんなふうにしめくくった。

「私の目標と合致する意見あるいは影響のみ、私の心は受け入れる!」タイムリミットと自己宣言は、ケソン氏が自分自身の心を固めることと、行く手に立ちふさがる困難に立ち向かうというエネルギーを維持するうえで、大きな助けとなった。

そして、ケソン氏がPMAプログラムを使い始めた日から二四年半後に、彼は新独立国フィリピンの初代大統領になったのである。

この時期はあらかじめ設定したタイムリミットと六カ月の誤差しかなかった。

これは偶然の一致だろうか。

この間に割って入ってきた世界大戦や、そのほか予測し得なかった数々の出来事にもかかわらず達成できたのは、はたして偶然の一致だろうか。

決してそうではない。

というのは、私はそれ以前にPMAプログラムの原理が多様の環境下の人々に非常にうまく作用してきたのを目にしてきているのだ。

もう一度この原理に触れることにしよう。

そこで今度は、このPMAプログラムを用いてめざましい成功を遂げた一人の人間について語ろう。現在、シカゴに住んでいる世界的な大富豪に登場してもらうことにする。

W・クレメント・ストーンの決断

彼の名はW・クレメント・ストーン。

彼は世界最大の保険グループ、コンバインド・インシュアランス・カンパニーを傘下におさめる企業グループの総帥である。

一九八一年にはノーベル平和賞候補にもなった人物だ。さて、そのクレメント・ストーンが、自分の願望――別の見方をすれば、自分の力が彼を連れて行く方向――を見出したのは、高校生のときだったという。

当時、彼が、保険勧誘のアルバイトをして、猛烈な勢いで売り上げを伸ばしていた。その稼ぎは、上司の給料を上回るほどであった。

ちなみに、現在の彼の資産は、およそ一兆円〔訳注…一九八八年現在〕と推定されており、いまなお急速に増大しつつある。

そんな彼ですら、一九三九年には大変な危機に直面している。当時、彼は特別被害・医療保険の代理店店長をしていた。ある日、親会社が陰で策動して、彼との契約を二週間後に解消すると通告してきた。

そのころストーンにはあまり預金はなかった。そのため、代理店契約はなんとしても継続しなくてはならなかった。

そこで彼は四五分かけて、自分自身の心とのアポイントメントを取りつけ、自分自身と語りあったのである。

そうして結論を出した。

自分との契約の解消が保険会社にとって重要な損失になるのだ、ということを説得しようと決めたのである。

一方、保険会社にしてみれば契約の解消にはそれなりの理由があったわけだが、話し合いの結果、彼の説得を受け入れることとなった。

そして彼の希望どおり、代理店契約は続行されたのである。この日からストーンは、あの膨大な資産形成に向かって第一歩を踏み出したことになる。

彼は、一九五六年までに、自分自身の医療災害保険会社を所有しようと決意した。事実、彼は一九五六年までにそれを達成した。

彼はまた、一九五六年までに個人資産を一〇〇〇万ドルにすることを決意したが、これも達成することができた。

最近聞いたところによると、彼は終生の目標として「資産六億ドルの形成」を設定したそうである。

期限をいつまでに設定したのか聞いていないが、それもおそらく達成することは間違いないだろう〔訳注…一九七〇年代後半に達成している〕。

そして彼は、形成した資産のほとんどを、今までそうしてきたように、人類の幸せのために使うことも間違いないだろう。

肝っ玉の小さな人間は、六億ドルと聞いただけで震え上がってしまうかもしれないが、PMAプログラムの秘密を知っている人間にとっては、「ほう、いいね」というだけのことである。

私がストーンと始めて会ったのは、一九五三年のことである。そのとき私は、彼の富と名声へのドラマチックな出世物語が、ほぼわかりかけていた。

彼が一人でビジネスを始めたとき、彼が持っていたのは現金一〇〇ドルと、一冊の私の本だけだったという。

その本とは〝THETHINKANDGROWRICH〟であった〔その日本語版は『思考は現実化する』として刊行〕。

彼は私にある申し出をしてきた。

私の本、ならびに今日PMAプログラムと名づけられているプログラムを、彼の会社の全社員への教育に使いたいというのである。

彼が私の〝哲学〟をどのように活用したのかについて私はひどく興味をそそられていたので、彼の申し出を快く引き受けた。その仕事には実は一〇年もかかった。

彼が全社員にPMAプログラムを教え込むのを手伝うのに、私はすべての時間を割いて打ち込んだ。しかし報いは十分にあった。

カーネギーの指示の下で私が二〇年もかけて研究したことが、それによってますます実証されたからである。

その研究とは、人々を現在いる場所から、自分がなりたいと思っているところへ連れて行くのに役立つ奇跡の公式を確立することであった。

はからずも、その公式が役立つことをストーンの会社で再確認したことになる。私がストーンと仕事を始めたころ、彼の会社の重役たちは反対した。PMAプログラムの導入は時間の無駄である、と重役たちは眉をひそめたのだ。

彼らのほとんどはPMAプログラムのことについて聞いたことがなかったようである。

このプログラムが、五〇〇人もの優れた人たちがさまざまな試行錯誤を繰り返しながら学んできた膨大なデータをもとにしている、ということを知らなかったのだ。

したがって懐疑的になっていたのも無理からぬことだった。五年後、同じ重役たちと会議で顔を合わせる機会があった。もちろん、ストーンも一緒である。そのとき、ストーンが立ち上がって重役たちにこう言ったのである。

「諸君、コンバインド・インシュアランス・カンパニーは今、奇跡を行いつつある」そこでいったん長い間をとってから、再び口を開いた。

「ナポレオン・ヒル博士がここに来るまでは、奇跡は起こらなかったのだ」私がストーンと仕事を始めたころは、彼の会社の保険料年間売上高は約二四〇〇万ドルだった。

そして、ストーンの個人資産は三〇〇万ドルだった。

十年後、私との契約を終了したときには、売上高八四〇〇万ドル、個人資産は何と一億六〇〇〇万ドルとなっていた。

この一〇年間の契約で私がいくら手にしたかを、あなたは知りたいかもしれない。だが私が受け取った金額は、ストーンが手にしたものと比べれば、ないに等しいような金額だ。

しかし、私は金銭という報酬ほしさに働いたのではない。私はいかなる金額によって得られるよりも、もっと素晴らしいものを求めていたのである。

というのは、この一〇年間、ストーンと一緒に仕事をすることによって「PMAプログラム」をしっかりと身につけて正しく活用すれば、確実に奇跡を起こすということを(これまでのように手紙や告白という形ではなく)肌身で再確認することができたのである。

さらに重要なことは、これを契機としてナポレオン・ヒル財団が設立されたことだ。

この財団はPMAプログラムをはじめとする成功とヤル気に関するいくつかのプログラムを再検証し、より優れたものにするとともに、これを全国に普及させるのを目的としている。

そして普及活動の結果、これらのプログラムは現在全米各地および自由主義諸国で大きな広がりを見せている。

これは、私が一九〇八年にこの哲学を体系化し始めたころには、予想もできなかったことである。そこで思い出されるのは次のような言葉である。

「事を計るは人、事をなすは天」

アーノルド・リードのドラマチックな話

アーノルド・リードも保険会社の重役である。彼の人生の経歴やPMAプログラムとのかかわり合い方は、W・クレメント・ストーンに匹敵するものだ。

いや、むしろPMAプログラムの活用の点からすれば、ストーンの場合よりもさらにドラマチックだと言えよう。

リードはトップクラスのセールスパースンだった。この分野では、滅多に余人の追随を許さない売り上げを記録していた。

リードのセールス実績は、年間一〇〇万ドルあたりから始まって、その後急激に売り上げを伸ばしていった。

彼はある保険会社と契約をしていた。その会社の経営者は友人であった。少なくともリードはそう思っていた。だが不幸なことに、彼はその会社との細々した契約条項を注意深く読んではいなかった。

あとになってわかったことだが、契約条項の中に「保険料歩合の更新はできない」という一項が入っていたのだ。

歩合の更新こそ、保険のセールスパースンにとって成績を上げるのにいちばん励みになるものだ。そういう意味では、この条項は誰が見ても非常識きわまりないものであった。

このことに気づいたリードは、激しいショックを受け、寝込んでしまった。ベッドにもぐり込んだまま食事もとらず、友人とも口をきかないというありさまだった。

心配した友人は何人もの医者を呼んでくれたが、どの医者も彼の身体の異常を発見することができなかった。病に冒されていたのは身体ではなく、心だったのである。

友人の裏切りに遭ったショックで、〝彼のインスピレーションと彼自身との間の交信の糸〟をプッツリと切ってしまったのだ。

そのインスピレーションとは、彼を優れた保険セールスパースンに仕立て上げた源泉なのであった。それこそ、人を真に素晴らしいものにする源泉だったのである。

ゆっくりと、しかし確実にアーノルド・リードは死に向かって歩き始めていた。彼の病気は、どんな医者にも治せないものだった。

彼を診察した医者はそのことを知っており、医者としては患者にも身内にも希望を持たせることはできないと話していた。

ところが、奇跡が起こったのだ。奇跡を呼び込んだのは、リードの友人だった。その友人は長い間、私の成功プログラムの生徒だった人である。

その彼がリードを見舞いに来て、PMAプログラムのエッセンスを渡しながら、こう言った。

「これは僕には素晴らしい効果のあったプログラムだ。君にもぜひ活用してもらいたい」しかしリードは、PMAプログラムをいったんは手にとってみたものの、すぐにベッドの横に放り投げてしまった。

そしてそのまま、プイと横を向いてまたベッドにもぐり込んでしまったのだ。友人が去って何時間か過ぎたあと、彼は何気なくPMAプログラムをとりあげてみた。

そしていかにもつまらなそうにマニュアルのページを開いてみた。おや!その中にほんのわずかだが注意を引くものがあった。

彼はざっと読んでみた。読み終わると、もう一度読んだ。そしてまたもう一度……。三度目あたりから彼は、自分自身に力が湧き出てくるのを感じた。

それは、彼が今呻吟している絶望の地下牢から、自分を救い出す力であることがはっきりとわかった。彼はベッドから起き上がると友人たちに手紙を書き始めた。

彼が保険セールスパースンとして抜群の成績を上げていたことを知っている友人たちにである。

その手紙の趣旨は「グレート・コモンウェルスという名のもとに、生命保険会社を作りたいのだが、参加しないか」というものであった。

友人たちはすぐに返事をくれた。そして気前よく出資もしてくれた。資金は必要以上に集まった。そのため大部分は送り主のもとへ送り返さなければならないほどだった。

それはちょうど、私がW・クレメント・ストーンと提携を始めたころのことである。

それから約一二年後、グレート・コモンウェルス生命保険会社は、この分野で最も成功を収めた会社の一つとなった。

一九六六年には、総収入は九〇〇〇万ドルを超え、さらにアーノルドが新しく設定した年間一〇億ドルという売り上げ目標に向かって急速に業績を伸ばしていった。

この会社はアメリカの主要都市で営業しており、四〇〇人以上の男女社員による営業組織ができあがっている。

この人たちは、アーノルド・リードを死の影の中から救い出したあの不思議な力に耳を傾け、引きつけられた人たちである。

彼らは保険業界では比べようがないほど優れた仕事をしている。グレート・コモンウェルス生命保険会社は、アメリカ各地で定期的に新入社員訓練をしている。セールスパースンとしての教育訓練である。

各訓練生が最初に学ぶのは、PMAプログラムである。

そしてこのプログラムが、アーノルド・リード社長と会社に何をなしたかについて、概略の説明を受けている。

最近私がグレート・コモンウェルス生命保険会社の販売組織で話をしたときのことだが、アーノルド・リードは私の腕をつかんで演壇の上に引っ張り上げた。

彼はPMAプログラムを高々と揚げて、「みなさん、このプログラムと、今私の左にいるこの人がいなければ、グレート・コモンウェルス生命保険会社は誕生していなかったし、私自身は地下三メートルのところで眠っていたことでしょう」と言い放った。

これは、私が経験した中でも最も短く、最もドラマチックな紹介スピーチであった。私は感動で胸が一杯になり、すぐには話を始められないほどだった。

アーノルド・リードは、グレート・コモンウェルスで打ち立てためざましい記録で証明されたように、真に優れたリーダーである。

彼のリーダーシップの秘密は、自分の行動を信じていることと、仕事の関係者とは誠実な態度で接することであった。

この二つの資質がなくては、いかなる人間も人生のどんな段階でも優れたリーダーにはなれないのである。

成功を意識することの重要性

富を築いた何百人もの人々とのインタビューの中で、私は、彼らの心がいかにうまく成功に焦点が合っているかということに気がついた。

これらの人々の中には、教育を受けた人もいたが、ヘンリー・フォードのように、その逆の人もいた。

彼らの心に素晴らしいことを達成させる力を与えた要因は、正規の学校教育を受けたか受けなかったかということとはまるで関係がない。

並み外れた知能のせいでもない。

何が彼らの心に命じて大きな願望を設定させ、人生のあらゆる環境をふるいにかけ、彼らの野心を達成するのに役立ちそうなものを使うようにさせたのだろう。

それは、成功を意識することにあるのだ。あなたはまず、自分の心を知らなければならない。そうすれば〝成功の意義〟が見つかるはずである。

ヘンリー・フォードが、良質で廉価な車を作る技術をマスターしたときでも、彼はまだ自分の成功意識を持ち続けていた。

彼は自分の作った車を普及させるため、国中のいたるところで着実にセールス活動を押し進める必要がある、と考えたのである。

そのためには資本が必要だ。銀行は金を貸すと言ってくれたが、彼は自分の会社をしっかりつかんでおくためには、外部に財務上の利害関係――つまり、借金を作りたくはなかった。

フォードの有能な心は、彼が販売組織を作っている間ですらも、必要な資本を得る方法を彼に示してくれた。まず彼は、フォードの販売権を持つ代理店にのみ車を割り当てた。

そして代理店には、割り当てた台数を必ず受け取らなければならないこと、さらに代理店への発送に先立って販売価格の何パーセントかを現金で前払いすることを義務づけたのである。

このプランは、すべての販売代理店をフォード・ビジネスの実質上のパートナーに取り込むことであった。

かといって、フォードの主導権はいささかも影響を受けるものではなかった。彼は自分の主導権を傷つけずに、必要な運営資金を調達することができたわけである。

さらにこれは、販売代理店に対して、是が非でも車一台一台のための買い手を見つけなければという、ヤル気(モティベーション)の効果を生んでいるのである。

これは、もし彼らが独立した事業を経営するとなれば、絶対に必要なモティベーションである。

次に、二人の自転車乗りの話をしよう。オービルとウィルバーの話である。そう、あのライト兄弟のことだ。彼らは世界で初めて飛行機を作った。何が彼らの心をぴったり合わせたのだろうか。

何が彼らをして世界初の風洞を使って飛行機を作らせたのだろうか。何が彼らをして、今まで誰も思いつかなかった翼端のコントロールの秘密を見つけ出させたのだろうか。

今でもあの「初飛行」は不可能だったようにも思えるが、いろいろな限界を二人に超えさせたのは、いったい何だったのだろうか。

彼らは、自分たちの心と人生をしっかりマネジメントしていたのだと思う。つまり、心を経営し、人生を経営していたのだ。そうすれば、次には成功意識が表に現れて、彼らを導いてくれるのだ。

ライト兄弟の時代と現在の社会は違っているだろうか?いや、同じだ。違っているとすれば、細部の点だけである。

例えば、現代のコンピュータに何千何万と使われている小さな磁気メモリを例にとって考えてみよう。

ライト兄弟はこのようなものについては何も知らなかったし、ヘンリー・フォードやアンドリュー・カーネギー、エジソンですら知る術もなかった。

一九五五年に、マーリン・ミックルスンという青年が急速に近づきつつあるコンピュータ時代を見通して開発にとりかかったのが最初である。

彼はPMAプログラムで、そのインスピレーションと実行力を得た。彼はまず、自分の家の地下室で磁気メモリの試作を始めることにした。道具と材料への最初の投資額は、二〇〇〇ドルであった。

彼の試作室での最初の従業員は、友人や近所の主婦たちであった。彼らは「協力仲間」として働いたのである。一九六〇年後半には、年商六〇〇〇万ドルの会社にまで成長している。

成功意識は、すでに失敗の経験のある心にもそそぎ込むことができるのだろうか?

自分の心を知り、自分の人生を生きるようになれば、録音テープを消してしまうのと同じくらい確かに、失敗の記憶を消してしまうことができる。

あとに残るのは、また新たにもっとよい情報を記録することのできる良質のテープ、いや、心なのだ。それを独自に成し遂げる人々もいれば、助けの必要な人もいる。

一人の力でそれを成し遂げたある男の話を紹介しよう。

彼を始動させたのは私であるが、方向が定まってから後は、彼自身の力でそれに向かって突き進んでいったのである。この男は、初めはまったく無一文の人間であった。身なりはみすぼらしく、ろくな食事もとっていない様子であった。

そのときの彼は、どんなわずかな給料でも仕事にさえありつければ、喜んで飛びついたかもしれない。その彼がツテを求めて私のところへやってきた。求職の相談である。開口いちばん、彼はこう言った。

「寝るところがあって食べられさえすれば、それでいいんです」――寝るところがあって、食べられさえすればいいだって?この豊かな、金のあり余っている世の中で?私の心の中の何かが、こんな質問をさせた。

「食料配給キップなどで満足するとはねぇ。いったい君は自分の人生をどのように考えているんだね?」彼はうつろな目つきで私を見つめ、ためらいがちに言った。

「冗談はよしてください」「私は真面目に言っているんだよ。どんな人間でも何らかの資産は持っているものだ。それをうまく使えば、その資産を一〇〇万ドルにでも一〇〇〇万ドルにでも変えることができるんだ」彼は溜め息をついた。

「資産って何のことですか?今、僕のポケットの中には、五セント硬貨が一枚あるっきりですよ」「潜在脳力を開発するんだ」と私は言った。

「そうすれば、このうえなく重要な資産が手に入るはずだ。疑いがあるなら、一緒にちょっと考えてみようではないか。まず、君が持っている技術をリストアップしてみよう。座らないか?そのほうが、話がよくできる。以前は何をしていたんだね?」彼の話によると、つい先ごろまで料理人をやっていたそうである。

それ以前は、セールスパースンをしていた。

彼は料理人としての腕前はまあまあだったが、セールスパースンとしては落ちこぼれの一人だったようだ。その失敗がいつまでも彼にとりついていたのだ。

そのことが今日にいたっても彼を苦しめている〝心の石〟を割るのに、私は手を貸してやらなければならなかった。

そして彼には、今までやってきたことを振り返るのではなく、これからできることを見通さなければならない、とアドヴァイスした。

私たちはしばらく話をしていたが、その間、私自身は心を忙しく働かせていた。彼に質問をしながら、私の奔放な心は、現在、新しい調理器具が開発されているのを思い出していた。

主婦にとって大いに助けとなる新しいタイプの調理器具――。料理についての話をしながら実演もできる男性――と、次々に思いをめぐらせた。そして優秀なセールスパースンになるかもしれない男性――と考えたとき、私はあるヒントを得た。

そうだ!「君、新しいタイプのアルミ鍋の会社の代理店となって、販売をやってみないかね」と彼に提案をしたのである。

「その鍋には、いい点がたくさんあるんだよ。これは、実演をしてみるとよくわかる。いいことがわかれば、ひとりでに売れていく。

どんな主婦だって鍋やフライパンを無料で自由に使うことができるなら、家庭での料理会に喜んで近所の奥さん方を招待するだろうね。

料理は、その鍋を使って君が作ればいいだろう。試食会が終わったところでフルセットの注文をとるといい。もし二〇人の女性がいたら、その半分が買うとみていい。そのうちの何人かは同じようなパーティーを、自分の家でやりたがるかもしれないよ。仕事のほうが勝手に続いていくことになるかもしれない」「話としては結構ですが……」青年は私の話を遮って言った。

「大変いいお話なんですが、今夜、僕はどこに寝泊りをして、どこで何を食べろというんですか。新品のきれいなシャツや、新しいスーツはどこで手に入れたらいいんですか。第一、仕事を始めるにあたって、当座の資金はどうすればいいんですか」彼の声は上ずっていた。

こうした質問は、まだ本当の自分を知らない心が発する典型的なものである。願望や目標を真っ直ぐに見つめようとはせず、障害になるものばかり数え上げようとするのだ。

「君に今必要なのは、まず、正しい心構えを持つことのようだね」と私はことさら冷静な口調で言った。

「そうすれば、自分が必要としているものを手に入れられるか、あるいは手に入れられなくてもいい別の方法が見つかるものだ。

いずれにせよ、君の願望は達成できるわけだ。

君の心が願望を思い描くことができるか、あるいは成功意識がその願望に向かって心を押し出していく気配が感じられれば、その願望は必ず達成できるものなんだ。

そのほかのことは、とりあえず傍らに置いておくことだ」こうして話しているうちに、この青年は、理想的な状態――つまり、積極的な願望(目標)を持った心の状態――のすぐ手前まで来ていた。

私は、もう一歩前進して、完全な状態になるまで待つことにした。それから先は、彼自身の力で前進しなければならないからである。やがて私は、彼の人格の中に何か光るものがあるのを発見した。

そのことから私は、彼のためなら少しのリスクを背負ってもよいと思ったのである。私は、彼にゲストルームを使わせてやり、食事も与えた。それにマーシャル・フィールドの店で、私のツケで買い物をさせて身なりを整えさせた。

調理器具一式を仕入れるための保証もしてやった。彼がセールスパースンになった最初の週末に、彼は一〇〇ドル近くの利益を上げていた。二週間目には利益は倍近くにもなった。

間もなくPMAプログラムを自らの意思で学び始めた。それと並行して彼はほかの人々を雇って訓練し、マネジメントをするようになった。すべての従業員の心をとらえるのに、たいした時間はかからなかった。

彼らに成功意識を浸透させていき、彼らが仕事を伸ばすことによって、彼もまた繁栄していったのである。

あれほど弱り果てて空腹に耐えかねていた彼が、四年目の終わりごろには、なんと四〇〇万ドル以上の資産を持つにいたったのである。

しかも彼が新しく獲得した「成功意識に満たされた心」は家庭での実演販売法を完成させたのである。

ちなみにこの販売方法による年間利益は一億ドル以上に達し、現在でも多くのセールスパースンが働いている。

天上の鐘が喜びで鳴り響くとき

人が自分の心を見出し、それを成功意識で満たしたとき、あるいは、ほかの人間がその手助けをしたとき、私は天上の鐘が喜びで鳴り響いているような気になってしまう。

ここにまた一人、自分の想像力によって作り上げてしまった恐ろしい束縛の鎖を断ち切る魂が誕生したのだ……と。

私はこの本の冒頭で、自分の心を自分でしっかりとつかみ、自分の人生を生き、束縛を受けない本当の自分を発見する、ということを書き記した。

もうあなたは、そのことの重要性について十分理解したものと思う。独立国家を作るには、どんなことが大切であったかということを、もう一度考えてみてほしい。

人があふれ、何世代もイギリスの植民地支配を受けていたインドのこと、そしてそれに抵抗したマハトマ・ガンジー(一八九六〜一九四八)のことなどである。

財力もなく、軍隊を持たず、家も持たず、着るものさえろくになかった彼のことを考えてみてほしいのだ。彼には、それでも大英帝国の力をすべて結集したよりも大きな資産があった。

その資産とは、自分の心を自分自身で正確にコントロールできる脳力と、それを自分の選んだ目標に振り向ける脳力のことである。

彼は、インドを自由にするという道を選び、その目標が達成されるのを見てから死んだのである。マハトマ・ガンジーは私の友人の一人である。

私たちはいつもPMA(積極的心構え)について語り合ったものだ。そしてガンジーはPMAプログラムを絶賛するようになった。そのお陰で私のPMAプログラム(旧版)は、インドで多くの支持者を得た。

あなたの願望や目標が富であれ、他人の幸福であれ、あるいはその両方であれ(それは大いにあり得ることだが)、知ってほしいのは、自分を知り、自分の脳力を信じる心の力以上にパワーのあるものは何もない、ということである。

あなたの心の城に精神的な城壁を持て

私はあなたの注意をひくために、わざと「城壁」という言葉を使った。心に城壁があるというのは、本来望ましいことではない。それは恐れる心であり、言い訳と言い逃れに満ちているものだ。

そして、目標の達成とか成功とかいう、遠く地平線のかなたにあるものに目を向けることをできなくしてしまうのだ。

しかし、私がここで精神的な城壁と言っているのは、否定的な意味で使っているのではない。

むしろ、ある特定の場所に引き下がって、その中でもっと完全に自分自身になれるという、そんな場所のことを言っているのである。

私の知っている成功者たちは、すべて何らかの形でこのような精神的城壁を自分の周りにめぐらせている。

私もこの方法を試みて、その有効性については把握しているつもりだ。その働き方は、次のようなものである。自分の心が、まるで中世の城壁のような配置になっていると考えてみる。中央には本丸(キープ)があり、これは難攻不落である。

本丸から外へ出ると、郭(外囲い)があって、これはそれほど手ごわくはない。その郭の外にはさらにもう一つの壁があって、これが防御の第一線となっている。城に近づく者は、まずその外壁を越えなくてはならない。

あなたの心の中にあるこの精神的な城壁は、あまり高くする必要はない。誰でも、正当な理由を持つ者は、その壁を乗り越えることができるようにしておくのである。しかし、正当な理由がない場合はこの壁によって拒絶することができる。

あなたがそのような壁を作れば、ほかの人々には壁がそこにあることがわかるので、あなたにとって有効な防御体制がとれるというものだ。

第一線の防御の壁を乗り越えた人間は、二つ目の壁にぶつかる。これは、あなたが状況によって打ち立てた郭である。

あなたがこの壁を作っていれば、他人はあなたと何か共通のものを持っているとか、あなたと分かち合う何か重要なものを持っているのでなければ、誰もその壁を乗り越えることができないのである。

本丸は最も大切なものである。

これは小さなスペースしかないが、心がこの本丸の中に避難しているときは、外部からあらゆる影響を受けないでいられる。

そこは、最も奥深い思考のできる場所であり、外部環境に乱されないで思考に浸ることのできるその場所は、問題の本質を発見し、解決法を見出す格好の場所でもある。

しかし、多くの人は自分の本丸の在りかを知らないでいる。在りかを発見しないことには、思考は宙ぶらりんになってしまう。

この本丸の中では、「自分には何ができるのか」という疑問に対する答えが見出せる。

だから、この本丸から出てきて何かの問題に遭遇したとき、「それはできる」ということが自分でもわかるし、実際にそれをやってのけることができる。

最初のうちは、あなたは物理的に世間から逃避して静かな部屋にこもるとか、遠いところへ行くことが必要になるかもしれない。

このことは自分の心の中の本丸を見つけ出すことに慣れた人であっても、やってみるとよい。思考を中断させる物理的な条件から逃れるためである。

しかし、何度か自分の本丸の中への逃避を繰り返しているうちに、周囲の物理的条件はほとんど気にならなくなるものだ。

そうなると周りがいくらガヤガヤしていても集中できるようになる。多くの成功者たちはそうであったし、私も実際にそれを目のあたりにしてきた。彼らの成功の原因となった力は、それで説明がつく。

それは素晴らしい気力回復法であり、脳力と自身と信念に新しい生命力を吹き込む重要な技術でもある。本書で私が言いたいことは、すべて「大いなる秘密」を解くためのものである。その「秘密」は、第一章全体を通じて強く描き出したつもりだ。

あなたはそれを読み終わったのだから、すでに「秘密」は、あなたの潜在意識の中に入り込もうとしているはずだ。潜在意識は、覚えたことを決して忘れはしないものである。

サクセス・エッセンス①

1自分に脳力がないなどと信じるな!

人生で成功するには、自分の行き先を知っていなければならない。また、自分の心を完全に把握し、これこそ自分のものだという確かな信念を持たなければならない。

これを知ることによって、自分の勇気をくじけさせる外部のいかなる影響に対しても取り合わずにいられる。子供に話しかける「権威者の声」ですら、自分自身を知る心に対しては無力である。

悪事を働く人間になりそうな子供に対しても、その子が大きな可能性を持っていることを示してやれば、誠実で、かつ成功する人生に向けてやることができる。

2逆境?それはつまずきの石ではなく、強壮剤である

人生には苦しいことや失望させられることがよく起こる。しかし、自分を知る心は、成功意識に満たされており、これは決して失われることではない。期限の設定は、大きな願望を達成するのに役立つ。

世界大戦のような、いわば個人にとっては天災のようなものでも、この力強い「願望実現」の意欲を持つ者に対しては、たいした障害にはならなかった。

3成功意識に満たされた心は、すばやく有能な働きぶりを示す

いったん心の中に成功意識が自動セットされると、正規の教育を受けたかどうかとは無関係に、心の有能さはあるレベルにまで到達する。

得たいと思っている目標を前方に見て、それをいかにして獲得するかという方法を、あなたは見つけることができる。

自動車時代のパイオニアにとっても、心をすばやく有効に働かせる原理は常に変わらないのである。

4成功意識は、他人の心にもそそぎ込むことができる

徹底的に打ちのめされた人間であっても、成功意識に満ちた別の人間の心が、失意の人の心の中にある大きな力を呼びさましてくれれば、成功の可能性を蘇らせることができる。

成功を信じ、その障害について気にしないという態度は、一つの心からほかの人の心へと広がっていき、やがては無数の人々が内容こそ違っても同じ大きな目標を共有することになるだろう。

5心の城の中に精神的城塞を持てあなたは心の中に三重の精神的な壁を建造することができる。これは鉄鋼よりも強い壁である。この三つの壁の中で、あなたの心は自己を知り、自己と一体になるだろう。しかもよい影響だけは吸収することができる。それだけではない。

不要なもの、否定的なもの、否定的な影響、時間泥棒などに対しては強力な防御となる。いちばん内側の壁、本丸の中では、あなたは常に心を新しくすることができ、自信と信念に新たな息吹を吹き込むことができる。

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