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第3章どうしたら「コミュニケーション能力」は身につくのか

知っていても、知らないふりをしたほうがコミュニケーションはうまくいく

私に仕事を教えてくれた方の1人に、とにかく「知らないふり」をする人がいた。*彼はマーケティングの専門家であった。どれくらい知識を持っていたかといえば、マーケティングに関する本を書き、お客さんへ具体的なアドバイスができ、講演もこなすといった具合だ。しかし、自らがプロである「マーケティング」の領域について、彼はほとんど常に「知らないふり」をした。近くで見ている私は、いつも「何をしらじらしい……」と思った。だが面白いことに、彼はほとんど常に相手の信頼を獲得した。たとえば、ある会社のマーケティングの責任者との会話は、次のような感じだった。「マーケティングに詳しいとお聞きして、ぜひ一度ご相談したいと思ったのですが」「ありがとうございます」「先日プレスリリースを出し、webサイトも用意したのですが、残念ながらサッパリ反響がなくて。webから多少問い合わせがあったくらいです」「ほう。反響がなかった……」「表現などはかなり練ったのですが」「私も不勉強で申し訳ないのですが、この『3つの特長』という部分は、やっぱり貴社の売りの部分ですかね?」「そうです、そうです。強調しました」「なるほど。なるほど。難しいですね……」「何か気になる点はありましたか?」「いや、見当もつきません。差し支えなければ、お考えの原因などを教えていただけないでしょうかね?」私は「マーケティングの専門家」と、彼をお客さんに紹介しているので、ハラハラしっぱなしである。「見当もつかない」などと言われたら私の立場がない。経験的に彼はどこがマズかったのか、ひと目でわかっているはずである。だが、彼は何も言わず、お客さんは彼の言うとおりに考えていることを伝える。「あ、はい。今、社内で原因と見られているのが、差別化の失敗です。競合のページがこれなのですが……」「ふーむ。この表現はどのような意図ですか?」「これは、問い合わせへの導線をはっきりさせようという意図です」「ほうほう……。あとリリースの配信先は?それと事前に記者たちにどんな話を……」「んー?私もちょっとわからないですね……。おーい、ちょっと担当者呼んできてくれ」そして、担当者が呼ばれた。「この表現はどういう意図ですか?」「ここは正直、あまり深く考えていないですね」「なるほど……」「……」「あと、差し支えなければ、このランディングページに関する皆さんの考え方を、教えていただけないですかね。いや、本当に勉強になります」「もちろんです」担当者と上司が2人で熱心に話している。だが、彼はほとんど何も言わない。たまに質問を投げかけるくらいだ。30分ほど彼らは話し合い、最後にこっちに言った。「貴重なアドバイスを、ありがとうございます」「いえいえ。じゃ、これで」*お客さんが去ったあと、私は彼に言った。「ちょっと、お客さんに何もアドバイスしてないじゃないですか。リリースを見た瞬間に、どこが悪いかわかったんじゃないですか?」「ちゃんとアドバイスしたさ」「……?」「キミはアドバイスを、『知識をひけらかすこと』と思っていないか?そんなものは、誰も聞いちゃくれない」「は、はい……」「自分より物知りな人と会えて、うれしい……そんなわけないよ。みんな、自分の知っていることをしゃべりたい、知識を示したい。そうだろう?」「ま、まあ」「そうだよ。だから知識を無駄に見せない。少し疑問を投げかけるだけでいい。知っていることを話すよりも、知らないふりをしたほうがいい」

「でも……」「でも?」「相手が『なんにも知らない人だ』って思ってしまったら、まずくないですか?」「今日はそうなった?」「いえ……」「だろう。知らないふりをして困ることなんかいっさいない。知ったかぶりよりも知らないふり。知っていても簡単に話さない。これが対人系の仕事の鉄則だよ」*私はそこではじめて「知っている」と「知っていることを聞いてもらえる」の溝の深さについて、学んだのだった。

「聞き上手」は要するに「いい人」です「話を聞く」という行為は簡単なように思えるが、多くの人が知るとおり、残念ながらきちんと聞ける人は少ない。話し手に「ああ、聞いてもらってるな」という感覚を持ってもらうように聞くことは、相当の訓練が必要である。と同時に、じつは「人格的な部分」も問われる。それゆえ、「聞き上手」はかなりの希少なスキルだ。とくに、マネジメント、営業、企画、マーケティングなど、「知識労働」に近い仕事はすべて、「人」との関わり合いが非常に重要な仕事だ。だから、「聞く」スキルを持っていることは大変なアドバンテージである。では、本当に「聞く」ために何が重要なのか。「相づちを打つ」「相手の話が終わるまで口を挟まない」「うなずく」など、テクニック的なことが数多く紹介されているが、本当に重要なのはテクニックではない。本当に重要なのは、話を聞くときの「姿勢」だ。「姿勢」とは具体的に何か。一般的に人は話を聞くとき、次の4つの姿勢のいずれかだ。1否定してやろう、と思って聞くこれは、人間としてまだ成熟していない、子どもの態度だ。つまり、相手の話に何かケチをつけてやろう、と思って聞く人々のことだ。「いや、筋がとおってないよ」「結論は?」「どこが面白いの?」「それって自慢じゃない?」そういう言葉を話し手に投げかけてしまう態度のことだ。言いたくなる気持ちはわかるが、本当は言う必要のないことばかりだ。彼らは「人の話を否定することで、自分が勝った気になる」ことが、聞く目的となっている。2解決してやろう、と思って聞くこれは1よりも、もう少しマシである。だが、成熟した態度とはいえない。つまり、教えてやろう、と思って聞く人々だ。「◯◯すればいいじゃない」「なんで◯◯しないの?」「そんなこと悩まなくていいよ。◯◯だし」「簡単だよ。◯◯すればいいんだよ」つい、解決するための言葉を投げかけてしまう。多くの場合「教えてやろう」は単なるおせっかいであり、話し手は教えてもらうことを望んでいない。また、いつも教えてもらってばかりいると、依存の原因ともなる。彼らは「人に教えてあげることで、自分が感謝される」、あるいは「自分の優越を確認する」ことが、聞く目的となっている。3ただ聞くだけでいい、と思って聞くこれは大人の態度である。つまり「聞くこと」だけで、相手のためになることを知っている人々だ。彼らは余計な口を挟まない。「そうだね」「わかるよ」「同情する」「大変だったね」根底にあるのは「話し手へのやさしさ」だ。「私は話し手を癒すために、ここにいる。解決はこの人が自分の力でできるはずだ。そして、そうあるべきだ」と聞き手は考えている。むしろ、そう考えていなければ「聞くだけ」なんて、とてもできることではない。人は、自分の話が大好きだ。逆に、ほかの人の話には興味がない。それを乗り越えた人が「聞くだけでいい」という人たち、大人だ。4自分の中に取り込もう、と思って聞く

これは大人の先にある、真の聞き上手たちがやっていることになる。聞くだけでいい、と思っている人は相手へのやさしさが主となっていたが、これは「話し手への敬意」がベースとなる。端的にいえば「相手から学ぼう」と思っている人たちだ。「へえー、そう考えたんだ。面白いね」「もっと教えてください」「勉強になるよ、次はどうしたの?」「ええー、意外だよ、なんでそんなことを思ったの?詳しく聞きたいんですけど……」根底にあるのが「相手への敬意」なので、相手も自分の話が非常にしやすい。そして「聞いてもらっている」という感覚ではなく、おそらくは「話し合っている」という感覚になるだろう。私の知る中で最も聞き上手な方は、「相手の話を聞くには、自分の中にそれが入る『スペース』が必要で、それができるようになれば一人前。相手への信頼と愛がなければできない」と言った。たしかに4以外は、すべて、「話し手>聞き手」という上下関係が存在するようにも見える。*とかく「相手の話を聞け」と言われることが多い現代だが、本質は人格の問題なのだ。テクニック論に終始するようであれば、一生その世界は見えないだろう。

「1を聞いて10を知る人」になるためのコミュニケーション術1を聞いて10を知る。そういう言葉がある。ご存知のとおり、わずかなことを聞くだけで、多くのことを理解する人を形容するときに使われる言葉だ。*数は少ないが、昔の部下の中にもこのような人物がいた。たとえば、先輩から「ダイレクトメールのつくり方」を習ったとする。当たり前だが、普通の人はダイレクトメールのつくり方を習っても、提案書や企画書をつくれるようにはならない。それは「別の知識」だからだ。しかし、中には頭のいい人がいて、「ダイレクトメールのつくり方」を習っただけのはずなのに、「提案書」「企画書」「報告書」「マニュアル」の作成すべてに、それらのノウハウを活かすことのできる人がいる。そういう人は、「1を聞いて、10を知る人」である。わずかな入力から、大きな出力を得られる彼らは基本的に仕事ができる。では、彼らはいったい何をしているのだろうか。「頭がいい」とひと言で片づけず、彼らに学ぶところはないのだろうか。そう思っていたところ、その「1を聞いて10を知る」タイプの人が、仕事をどうやっているのかを観察する機会に恵まれた。たとえば、新人の営業マンが先輩から営業を習っているとする。「営業にとって、最も重要なのはお客さんの話を聞くことです。要望をきちんと聞くことで、お客さんから信頼してもらえます」そう先輩が言うと、普通の人は「なるほど。それならどうやって聞けばよいのか教えてください」と思うだろう。だから「質問はありますか?」と聞いても、ほとんどの人は無言だ。だが、私が観察したところでは「1を聞いて10を知る人」は、このように発想する。「なぜ、聞くことが重要なのだろうか?」「そもそも聞くことではなく、話すことが重要なシーンはあるのだろうか?」「そもそも『聞く』という行為は、私が知っている『聞く』という行為と同じなのだろうか?」「要望とは何か?」「信頼が得られた、というのはどのような状態を指すのか?」彼らは、とにかく「当たり前」をそのまま流さない。彼らは先輩から話を聞くと、必ず質問をするのだ。「1を聞くと、10の質問が浮かぶ」のが、「1を聞いて10を知る人」の実態である。もっといえば「当たり前」とか「前提」とされていることを一度疑ってみる姿勢が、「1を聞いて10を知る人」が実際にやっていることである。要するに、自分の知識を俯瞰し「わかっていない部分がわかる」のが、「1を聞いて10を知る人」だ。難しいことだと思うだろうか?じつはそんなことはない。先述した新人営業マン向けの講習会では「質問を必ず10個以上するように」という制約を新人に課したところ、あっという間に目覚ましい効果が出た。端的にいえば、理解力と、創造性が高まったのだ。面接で「よい質問をする人がほしい」とする面接官が多いのも、うなずける話である。*コミュニケーションとは、決して一方通行のものではない。双方向のコミュニケーションを活用する人こそ、1を聞いて10を知る人なのだ。

「悩みを相談できる人がいないんです」と言う人は、「相談ベタ」を直すといいですよ会社員でも、起業家でも、フリーランスであっても、多くの人が抱える共通の悩みが1つある。それは「悩みを相談できる人がいない」という悩みだ。仕事で悩んでいる、でも上司には言えない。こんなことを言ったら「弱音は聞きたくない」と言われるかもしれないし、評価に悪影響があるかもしれない。かといって、配偶者やパートナーに相談しても、ビジネスの感覚が違ったり、状況を理解してもらえなかったりして「そんなに気にすることないじゃない」という程度のアドバイスしかもらえない。それでは友だちに相談しようと思っても、「弱みを見せたくない」や「自分の話なんてつまらないので迷惑だろう」とそれも躊躇してしまう。そんなふうに「抱えっぱなしで話せない」まま、フラストレーションを抱えて働き続ける人をよく見た。しかし、そんな状況はつらいものだ。だから「相談相手の探し方」のノウハウに飢えている人は多い。知人が「メンター」についての記事を書いたとき、「メンターって、どうやって探せばいいんですか?」という質問が数多く寄せられたということからもそれがわかる。しかし、である。だいたいの場合において、そのような状況は「まわりに適切な人がいない」のではなく、「自らがつくり出している」というケースもまた多い。「結婚相手が見つからない」と言いつつ、そのじつは「自分に原因がある」ケースも多いのとまったく同じである。つまり、「悩みを相談できる人がいない」のではなく、「悩みを相談するのがヘタ」な場合が数多くあるのだ。悩みを相談するのがヘタだと、まわりにどんないい人がいても、「相談できる人がいない」と感じてしまう。では、「相談ベタ」はどのように解消するのがよいのだろうか。これは、私のかつての先輩の話が役に立つだろう。私が仕事で行き詰まっているのに、相談しないことを心配した先輩が、私にアドバイスをくれたときの話だ。*「相談がヘタなやつって、どんなやつだと思う?」「……なんとも言えないのですが、自分をさらけ出せない人とかでしょうか?『私、自分のことを話すのが苦手です』というような」「残念!違います」「え!?」「自分をさらけ出せる人なんて、めったにいないって。それが相談できる人の条件だったら、ハードルが高すぎるよ」「……うーん。プライドが高い、とか?それを言われるとイタいですけど」「プライドが高くても、相談がうまい人はたくさんいるよ」「そうですか?」「社長だっていろいろな人に相談してるじゃない。でもプライドは高いと思うよ」「なるほど……。では友だちが多い、とか?」「友だちが多いか少ないかも重要じゃないよ」「……ギブアップです。さっぱりわかりません」先輩は言った。「相談ベタってのはね、悩みがはっきりしないと相談してはいけない、と思う人のことだよ」「悩みがはっきりしないと!?」「たとえば、仕事のことでなんとなくモヤモヤしているとする。でも、なんでモヤモヤしているのかわからない。そんな状態ない?」「あります」「そこですぐに誰か捕まえて、相談しちゃうのが『相談上手』」私は即反論した。「そんなの迷惑じゃないですか。悩みがよくわからないのに相談したら、時間ばかりかかって一向に解決しないですよ。相談するなら、何を相談したらいいかをまとめて、自分の中で課題をはっきりさせておかないと」先輩は首を振った。「違うね、それは相談じゃない。それは会議だ」「会議?」「そう。会議。相談ってのは、もっとアバウトなんだよ。モヤモヤっとして、何が課題なのかもわからない、でも悩んでいることはわかる。そんなときにとりあえず誰かに話してアウトプットしてみる。それが相談」「相談を受けるほうも大変ですね」「そう。裏を返すと、相談したい内容がはっきりしていないと嫌な顔をする人には、相談しちゃいけない。その人は問題を解決してドヤ顔したいだけだから」

*私はたしかにそのとき、自分が「相談ベタ」であることを自覚した。そして、人の相談を受けるのがヘタであった事実も合わせて知った。

「きちんと質問できる人」になるための5つのポイント若手は、仕事の秘訣として「人に聞け」と教えられることが多い。「自分で考える前に質問をしに来なさい」「質問することが大事」そう言われる。余談だが、Googleでは、新人のオリエンテーションで5つの行動指針を教えていて、その1つ目は「質問する。とにかく質問する!」である(『ワーク・ルールズ!』ラズロ・ボック/鬼澤忍・矢羽野薫訳/東洋経済新報社)。だが、それを素直に信じて質問をしたとしても、その人の評価ははっきりと2とおりに分かれる。「すぐに聞きに来る、できる人」と「自分で考えない、ダメな人」である。同じように質問しているはずなのに、何が評価を分けるのだろうか。観察すると、「すぐ聞きに来る、できる人」の質問には次のような特徴があることがわかる。1自分の意見を持って質問しているできる人は、「私は◯◯と思うのだけど、どうか?」と自分の意見を持って質問をする。これは、どこまでわかっているのかを相手に伝えるためにも有効である。そのために、質問をするときはあらかじめ、「自分は何がわからないのか?」を紙などにまとめておくとよい。2何度も同じことを質問しないきちんとメモをとり、同じことは二度聞かずに済むようにする。何度も同じ話を聞かれると、誰でもイラつくからだ。3「どうすればいいですか?」と言わない「どうすればいいですか?」は、相手に進め方を委ねており、主体的でない受身の姿勢の質問である。したがって、この質問をしたくなる気持ちはわかるが、この質問をすると頭が悪そうに見える。そのかわり、できる人は「◯◯についてやり方を知りたいのですが、聞きたいのは、手順と、作業ごとのポイントと、最終チェックの方法です」と、聞くべきことを絞って聞く。この聞き方は、主体的に自分がやるべきことを整理する努力をしている。4教えてもらったことを確認する教えてもらったことを一度で理解できる人はほとんどいない。したがって、教えてもらったことは、自分の言葉に直して、最後にかならず確認する。確認のためには、自分で咀嚼してアウトプットしなければならないので、理解が深まる。逆に、確認することがわからないときは「理解していない」とみなす。5目的を添えて聞く人に尋ねるときは、質問する目的を添えると、質問の精度が上がる。「Googleアナリティクスの見方を教えてほしい」とだけ言うのと、「コンバージョン率を上げたいので、Googleアナリティクスの見方を教えてほしい」と言うのでは、自ずと回答も変わってくる。*余談だが、上司や先輩は「聞きに来ない」と部下に責任を押しつけがちだが、「聞きやすい雰囲気」をつくり出すのはけっこう難しい。なので、「質問がヘタ」なのは、必ずしも本人だけのせいではないということを申し添えておく。

「話が浅い」とはどういうことか人と話をしていて、「話が浅いなあ」とあきれることは誰にでもあるだろう。そして、これは話の中身によらない。漫画の話で驚くほど深い話になるときもあるし、哲学に関して浅い話しかできない人もいる。アイドルのことで深い話をする人もいれば、政治について恐ろしく浅い話しかできない人もいる。誤解しないでいただきたいのだが、もちろん「浅い」のが悪いかといえば、とくにそういうことでもない。カジュアルに楽しむ場で深すぎる話をされても困る。逆に、議論をしなければならないときに話が浅いのも困る。まあ、バランスだ。ただ、会社において「こいつは薄っぺらい、浅い話しかできない」とみなされてしまうと、仕事ができないと思われる。それではいろいろと困るだろう。だから、「浅い話」はなぜ浅く聞こえるかを知っておいても悪くはない。大きく次の4つのパターンに分かれる。1言葉の意味をよく考えずに使っているある面接で、こんな話があった。「志望動機は?」と聞かれた応募者が「はい、御社の事業戦略を見て、私の◯◯のスキルが役立つと思いました」と言ったのだ。役員は苦笑して、こう言った。「うん、webをよく見ていただけているのはありがたいのですが、うちは『戦略』という言葉を使っていなかったはずです。あなたは『戦略』という言葉をどのような意味で使っていますか?」応募者は答えられず、「あまり考えて言葉を使っていない」ことが露呈してしまった。また最近、比較的多用されるようになった外国語は、まだ日本語に対応する言葉がないことも多い。・イシューは「問題」と訳してよいのか?・リスクは「危険」なのか「可能性」のことなのか?・コミットは「約束」と訳すべきか?外資系の人間が、タレントのルー大柴氏の持ちネタのような日本語を使うのは「それにあたる日本語がないから」ということもわかるが、あまり考えずに使うと真剣に考えている人にとっては「浅く」見える。知らないことは、知らないと言ったほうがまだいいのだ。「勉強不足です」と言うほうが、「浅い」と言われるよりはまだよいだろう。2成り立ちを知らないたとえば、「終身雇用はもうダメ」という説があるが、これについて深い議論をするためには、「終身雇用が導入された経緯」や「終身雇用が広がった理由」を知る必要がある。現在うまく機能していないものであっても、過去にそれが導入されたときは皆がそれを有効であると考えたのだ。たとえば、今は人道的に否定されている「奴隷制」も、古代ローマでは積極的に用いられていた。そして、ついこの前までアメリカにも数多くの奴隷がいたことを考えれば、「奴隷制=悪」は、比較的現代の考え方である。したがって、彼らはなぜ「奴隷」を用いたのか、なぜ彼らはメリットがあると考えたのか、当時の状況を知らなければ、奴隷制の意義について議論はできないはずである。感情論のみで「奴隷制は悪だからダメ」では話にならない。またヨーロッパ人がなぜ、ほかの大陸の人々を征服できたのか。なぜ逆ではなかったのか。アメリカの先住民がヨーロッパを征服していてもよかったはずである。「浅い」話では「西洋人が優秀だから」という単純すぎる解釈があるが、歴史学者のジャレド・ダイアモンドは著書『銃・病原菌・鉄』(倉骨彰訳/草思社)の中で、地理的要因、利用可能性の高い生物種の存在、気候変動など、複雑かつさまざまな要因をあげている。考え方やものごとの善し悪しには必ず二面性があり、片側しか見ないのは「浅い話」のはじまりである。我々は常に「成り立ち」を積極的に知ろうとしなくてはならない。一見すると不合理な制度に見えても、それが採用された当時の状況では極めて合理的だったのだ。3根拠が薄弱話の根拠が薄弱な人がいる。たとえば、マーケティングの会議で「なぜ主婦をターゲットにしたのか?」と聞かれたとき、「テレビで、主婦のお客さんが多いと言ってた」と言う人がいた。「それ以外は?」と聞かれると「それ以外はない」と答える。

もちろん、テレビの情報をあてにするのはダメだ、と言うつもりはない。そうではなく、問題なのは複数の情報源にあたらないことだ。webで調べてもいいし、文献にあたってもいい。専門家に聞きに行ってもいい。「浅い話をする人」は、とにかく「情報を信じすぎる」のだ。人を疑わないのは美徳ではあるが、テレビであっても間違うし、webは正確な情報が書いてあるとはかぎらない。専門家は自分に都合よく解釈することも多い。さまざまな文献にあたって、自分なりの見解がイメージできるくらいでなければ、「浅い」話に終始する。ある飲食店では、店の主人が「国産だから安心ですよ」と客に向かってアピールしていた。だが、「国産だから安心」の根拠はどこにあるのか、何が安心なのか、肝心な部分はさっぱり見えてこない。イメージだけで語ると「浅い」話となる。4権威に頼った物言い「浅い」話の特徴のひとつは、「権威」がよく出現することだ。権威を使うこと自体は悪くない。問題は「権威がなぜこのように述べているのかの理由を知らない」のに、権威を引き合いに出すことだ。「成功している社長の◯◯さんが、ダメって言っていましたよ」「へえ、なんで?」「よく知らないですけど、◯◯さんが言っているなら、間違いないでしょう。疑うのですか?」「(浅いな……)あなたはどう思いましたか?」「あの人は大きく成功していますからね。信じますよ」「(ダメだこいつ……)そうですね。ま、あなたがそう思うならいいと思います」「いや、◯◯さんが言っているんですよ」「理由を知らないのでは、そのまま信じるわけにいかないですよ」「あなた、本当に素直じゃないですね!」「そういう問題じゃないでしょう……」我々は成功者の言うことを盲信しがちだが、認知心理学的には、それは「後知恵バイアス」と呼ばれるバイアスの一種である。「成功者の言うこと」「権威の言うこと」は、正確な記憶に基づくものとはいえないことも多いと知るべきだ。*繰り返すが「浅い話」が悪いとはいわない。浅い話をいちいち批判するのは単なる「面倒なやつ」だ。だが、議論や考察をする際にそれではまずい。きちんと使い分けよう。

 

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