第4章人と人を繋ぐ〝イジる〟技術
「受信」と「発信」でコミュニケーションの基礎を鍛える恵比寿は、高級和菓子の箱を開けてじっと見つめてから内ポケットに入れた。そして、満足そうに川谷に伝えた。「良かったやん!それだけ話しかけられたらええで!いい笑顔になってきた証拠や」「自分でもこんなに効果があるとは思ってもいませんでした。ただ、ニコニコ仕事しているだけで、今までにないほどいろんなメンバーが相談に来るんです。本当に手応えありです!」笑顔のトレーニングをした川谷は会社に行くのが少し楽しくなってきていた。いつも鬼のような顔をしているため部下が相談や報告に来ることもあまりなかったが、最近では何名かフランクに話しかけてくるようになったのだ。「川谷部長、報告がありまして」「川谷部長、すみません。ちょっと相談したいことがあって」「川谷部長、今日はご機嫌ですね。何かいいことあったんですか?」……。「川谷部長」とあんなにメンバーから呼ばれたことが今まであっただろうか。以前なら「川谷部長」と呼ばれても、仕事中だから話しかけるなという雰囲気を出していたかもしれない。PCに顔を向けながら話を聞いていたかもしれない。体調不良を心配されるほど笑顔が下手くそな自分が一皮むけた感があった。「これで分かったやろ?どれだけメンバーが兄さんの顔色うかがって仕事をしているか。本当に、メンバーに無駄な時間を過ごさせてたわ」「本当にそうですね。今回は、本当に実感しました」「ほんま、ええ機会やな~。さて、兄さんはここまで『受信』を強化してきたんやけど、そろそろ『発信』を強化していこうか」「『発信』ですか?」「そうや。コミュニケーションっていうのは、そもそも『受信』と『発信』でできてるんや。例えば、『受信』で有名なのはコーチングや。でも、コーチングだけやっても話を聞くだけで、自分のことを『発信』しなかったら相手からは信頼されへんやろ?」「そうですね。この人『自分の話をしない』と思ってしまいます」「分かってきたな!逆に『発信』、例えばプレゼンテーション・ティーチングだけを磨いても『この人全然、人の話聞かないな』になるわけや」「分かります。そうなりますね」「だから、コミュニケーションを学ぶためには『受信』と『発信』の2つの切り口を身につけていかなあかんわけやな。『笑う』っていうんは、まさに『受信』やな。関係性を作る技術や。これができてやっと次のステージに行けるんや」次のステージ!?正直、ワクワクする。何か一歩ずつ進んでいるような何とも言えない高揚感を感じていた。「さて、ここからは『発信』を教えるわけやけど、これはめっちゃ簡単で効果的なことがあるんや。何やと思う?」川谷は首を傾げて考える人のポーズをとった。そして小さい声で「あっ!」と閃いたような声を出した。そして答えた。「分からないです」「分からへんのかい!デジャブか!以前にも同じシーンを見たで!」「す、すみません。な、なんですか?」「それはな『褒めること』と『感謝すること』や!」「あ……なんか、目から鱗感がないというか……」「ほお?兄さんは『褒めること』と『感謝すること』の効果を舐めているようやな」「そんなことはないですが……当たり前すぎるというか」「ええ度胸やのう!ほんなら兄さん『パチンコ玉理論』って聞いたことあるか?」「パチンコ……ってあの?」「そうや!これはコンサルタントの池上孝一さんいう人が考えた理論なんやけど、隣同士でパチンコ玉投げても痛くないやろ?でもな、小さいパチンコ玉でも高層ビルの上から投げて当たったら死ぬ可能性あるやろ?」「あります。当たりどころが悪ければ」「そうや!要するに『役職』や『年次』が上がっていくと他愛ない言葉が突き刺さるってことやな。冗談で言った『アホやな』って言葉も社長が新入社員に言ったら新入社員はどう思うかというと『僕は、本当にアホかもしれない』って心の底から思うわけや。飯も喉通らんかも分からへん」「新入社員はかなりショックを受けますね」「要するに自分の影響力が変わっているわけや。兄さんも、もう部長や。知らぬ間に変わってるんや。自分は冗談だと思っていても怒ったり、バカにしたりするとパワハラやセクハラになりやすいんや。でもな、その理論を利用して『褒めること』や『感謝すること』を高層ビルから落としたらどうなると思う?」「みんな喜びます!」「喜びすぎて気絶するで!一回、やってみ!『怒る』や『バカにする』が『褒める』に変わるだけで大きな違いや。できるだけ『褒める』に変えてみることや。じゃあ、どうやって言葉を変換するかやな。さぁ~て、ここからが本題や!」一般的な〝イジる〟とお笑い芸人の〝イジる〟の違い恵比寿は、腕まくりをして続けた。「〝イジる〟って知ってる?」「芸人さんが使う〝イジる〟ですか?」「そうや!知ってるのう」「会社の飲み会でもよくやっているやつがいますよ!若い子のことを深田とかがイジってます。『すべったぞ~』『オチないぞ~』とか言って周りもそれなりに盛り上がってる雰囲気があります」
「あ~あ、最悪な会やな。めちゃめちゃ若手の子がかわいそうやわ」「な、なんでですか?テレビでも同じようにやってるじゃないですか?」「愛がないんや。お前たちは。あんな、一般の人が使うイジるとお笑い芸人が使うイジるは根本的な考え方が違うねん!」恵比寿は、紙とペンを持ち図を描き出した(図12)。「ちょっとこれ見てみ!」「一般の人が使うイジるっていう行為の多くは、相手にマウントポジションを取り、自分の力を誇示するために使用されるケースが多いわけや。まさに今回の『すべったぞ~』『オチないぞ~』がそうや。しかも、言われた方の子も笑わそうと話をしてるわけやないし。ほんまにキツイで。下駄でフルマラソンを走るくらいキツイで」「なるほど。確かにそれはキツイですね」「じゃあ、お笑い芸人のイジるがどうなっているかというと、一見、相手をからかうようで、実は肩車しているかのように『この人、本当に面白いんです』と周囲に伝えてるんや。相手に対する尊敬の念や愛があるわけや」恵比寿は続けた。「これは飲み会だけじゃないんや。会議でも言えることや。若手が発言したことに対して『承認する』『褒める』ことで会議も活性化されるんや」「でも、どんな言葉を使えばいいのか……」「それはな、ポイントは2つや。①同じ意味でも表現がソフトに聞こえて笑いを誘える言葉を使うこと、②今まで笑いを取ったフレーズをストックしておくこと。この2つが重要なんや」「ちょっとイメージが湧かないのですが……」「ええで~。具体的に説明するとな」恵比寿は紙に図を描いた(図13)。
「例えば①の場合やけど、若手がミスをしたとしよう。『お前は、バカだな!』と上司から言われると本人はショックやろ?加えて、怒られている若手を見て周囲は『またアイツは怒られている』『アイツは仕事ができないやつだ』とか思うからそもそも若手の評価も落ちるし、社内や会議の雰囲気も悪くなるわけや」営業会議で若手を詰めてしまい、重たく不穏な空気になっていったのを思い出した。もうあんな空気は嫌だ!察したように恵比寿は川谷の表情を確認し「うんうん」と首を縦に振り続けた。「じゃあ、どう言えばいいかって話やな。それはな、例えば『お前は、バカだな!』を変換して『味わい深いミスだね』とまず伝える。そうすると周囲がクスッとくるわな」「なんかクスッときます」「その上で、伝えたかったフィードバックをしてあげることが重要なんや。そうすることで、注意を受けている若手の子もミスを受け入れやすい。加えて、周囲の雰囲気を悪くしたり、若手の子の評価も不用意に下げたりせずに済むわけやな」「なるほど!何となくイメージが湧いてきました」「覚えときや。ネガティブな言葉からは質の高いコミュニケーションは生まれないんや!イジってあげて笑いに変えてあげることで、失敗に対して臆病な意識がなくなり、チャレンジできる環境もできるんやで!」無意識にやっていたことを突きつけられると心が軋むように痛い。注意されることもなくここまで来てしまった自分の責任か、とのみ込んだ。「恵比寿さん、2つ目の『ストックする』ってなんですか?」「学ぶ意欲が出てきてるな。ええことや!例えば、テレビ見てても、例えてつっこむ芸人さんがいるやろ?いろんな番組で同じような例えをしてるわな。それは、笑いが取れるフレーズを自分の中でちゃんと蓄積しているんや。仕事も同じやろ?営業であれば売れるパターンを蓄積するし、社内の業務でも成果が出やすいパターンを蓄積してる。それをコミュニケーションだけに特化してやるわけやな」「確かに私の中にも、営業でこのトークをしたらいけるというイメージがあります。ストックすることが重要なんですね」「そうや。いろんな場面を想定して準備しておくんや。例えば、営業会議で誰かが盛り上げようと話をすることがあるかもしれへん」「私が言うのもなんですが、あの営業会議ではちょっと話しづらいかもしれませんね」「いや、きっといると思うよ。背中を押されて自分を変えようとしているやつがさ」恵比寿はニヤッと笑った。「そうですかね……」恵比寿はニコニコと私を見ながら続けた。「このイジる技術が向上していけば人と人を繋ぐことができるようになる。誰もが安心して発言ができるようになるんや。笑いながら話が進む、でもゆるい関係ではなくて価値ある議論がなされる。そんな会社や組織って素敵やん」「それは本当に素敵ですね。ワクワクしてきました!会社でやってみます!」人を魅了して離さない〝返し〟の技術恵比寿は「さーて」と言うと手を叩き仕切り直した。「ここまではイジる技術について話をしたんやけど、イジるとセットで覚えておいた方がいいのが〝返し〟の技術なんや」「返しってあのお笑いのやつですよね?」「そうや!これを覚えておくことで人を魅了して離さないことができるんや。兄さんは鬼みたいな顔してたから部下からイジられることがなかったわけやな。今まで上司の高木くんからはあったかもしれへんけど」「そうですね。部下からはありませんでしたが、高木さんからはよくありましたよ。『お前は〇〇やれ!』とか言われてました」「本当に、愛のないイジリが横行した会社やな」「は、はい。何かすみません」「ここから兄さんは、笑顔も増えて、ポジティブな言葉を使い続けていくと必ず部下からイジられることがあるんや。そのために覚えておきや。まぁ、一番は部下に兄さんが教えるのが理想やけどな!」
「未来のための予習ですね!ぜひ、お願いします」恵比寿は、紙に図を描き出した(図14)。「ちょっとこれ見てみ!」「返しとは何かというと、相手から言われた言葉に対して、そのまま返すのではなく、その場の空気、浴びせられた言葉、相手の傾向に合わせて言葉を返し笑いを生み出す技術のことを言うんや。例えば、お笑い芸人がよく似ている俳優さんに間違われて『角野卓造じゃねぇ~よ!』と言うパターンも返しの技術なんや」「テレビでそのシーン見たことあります!『シュレック』とか!」「そうや!返しを使うには3つだけにパターンを絞って覚えたらええと思うわ。やろうと思えば腐るほどあるから絞らないと覚えられへんやろ」「覚えられないです」恵比寿は、紙にさらに描き加えた(図15)。「ちなみに、『ノリ返し』をもう少し具体的に説明すると、『大島』『中島』と言われて『〇島だよ!』って怒ることで笑いに変える芸人さんがいると思うんやけど、あの人は『おい!〇〇やれよ!』って周囲の芸人さんから無茶ブリをされることが多いんや」「なんか、そのシーン見たことあります。いつも怒ったり困ったりしてますよね」「そうや。ほんでや、その芸人さんは、実際に大きな声で無茶ブリされたことをやってから『2秒の間』をあけて大きな声で『おい!!』ってツッコむんや。この『2秒の間』って何やと思う?」「ま、全く分からないです!」「もう全く考えなくなったな!実は、①『おい!!』というオチに注目を集める、②やや笑いが起こっている可能性があるので、2秒間で完全にすべるのを待っている。この2つの意味があるんや。なんとなくやっているように見えるけど、明らかに技術があるんやで~」テレビをただ見ていただけでは、絶対に知ることのない知識が頭の中に流れ込んできた。実はスキルなんだ……。恵比寿は続けた。
「兄さんは、あんまり返しを使う機会はないかもしれんけど、部下が返しの技術を使用するときのためにしっかりインプットした方がええで。『失礼なことを言われた!』って上司が思うこともあるからな」「そうですね!せっかくチャレンジしてるのに潰してしまうってことですね!」「その通りや!分かってきたな~。明日はどんな予定や?」「明日は、営業部の会議です」「ちょうどええやん!明日、イジる技術を使ってみ!」「使える機会があるかは分かりませんが……もしあれば使ってみたいと思います」「よっしゃ!ほんならもう今日は明日のために寝な!ええ年やから体壊すで~。あと会社からも早く帰ってこいよ。兄さんが残業していると他のメンバーが帰りづらいからな」「分かりました。早めに帰るように心がけます」一歩踏み出した勇気を受け入れる起きた頃には妻が朝ご飯の準備をしていた。「おはよう」とリビングへ行き朝ご飯を食べた。「最近笑顔が多くなったね」と妻が言った。ここ数日、書斎にこもりきりで妻と話していなかったなと反省した。「そうか?いつも笑顔だけどな」「いいことでもあったの?書斎にこもりっきりだし」「ちょっと仕事が多くてな。でも仕事が昔みたいに楽しくなってきたんだよ」「それならいいけど。まさか、書斎にこもって女性とやりとりしてたりしてね……」「えぇ?」「最近、そういうニュースも多いから……」「そ、そんなことはないけどさ」空になった茶碗を片づけながら、浮気を心配されているなら、もっと早く帰ろうと心に誓った。川谷は、皿を洗いながら妻に「この仕事が落ち着いたら久しぶりに家族で旅行に行こう」と伝えた。「分かったわ。ありがとう」いつか恵比寿のことも笑いながら話せる日が来たらいいな。そんなことを思いながら書斎へ向かった。恵比寿は、クッションの上で寝ていた。寝息ひとつたてずに眠っている。iPadのパスワードを紙に書いていると恵比寿が起きた。寝ぼけた目をこすりながら恵比寿は言った。「部下の勇気を受け入れたれよ」「分かりました。準備万端です」緊張で体に力が入った。戦いに向かう男の気持ちとはこんな感じだろうか。頭の中では、映画「ロッキー」のテーマソングが流れている。何度倒れても起き上がり戦う男。今日は、頑張ろう。熱くなり拳を強く握り締めた。拳に目を向けるとパスワードを書いた紙がくしゃくしゃになっていた。やってしまった……。「兄さんは、そういう天然なところがあるんやな!」「す、すみません……」そう言うと2人で笑い合った。いつの間にか、肩の力が抜けていた。***会社に着くと席に向かった。営業部のメンバーたちが出社し始めた。2年目で大きな案件をプレゼンしたときのように高揚しているのが分かる。何かドキドキとワクワクが交差する複雑な気持ちだ。「では、今週の会議室を始める」。川谷は、いつもより大きくはっきりとした口調で伝えた。週に一度の営業会議は、案件の進捗と相談や個別の行動量のチェックが目的で開催されているため、どうしても詰めているような進め方になってしまっている。慎重に言葉を紡いで進めなければ!一人ひとり当てながら慎重に進めた。これまでの認識もあるため、空気がどうしても重く、圧がかかってしまうのが分かった。石野の順番が回ってきた。進捗の報告だけでなく自分のクライアントの傾向を考えて提案を出してきた。「大手のグループ会社へターゲットを絞り進めたいと思っています。私のクライアント様の多くは大手の鉄道会社です。今回のグループは会社数も多く、これまでの実績をもとに効果的に商談を進めることが可能と考えています」川谷は「ここだ!」と思った。ここで褒めるんだ!いつもなら「そうか。やってみろ」くらいしか言わなかったがここは褒めるチャンスでしかない。しかし、無意識に「ここだ!」と思いすぎてしまいそのまま大声で言ってしまった。顔が真っ赤になった。バシッと決まらない……。「部長、『ここだ!』とはなんでしょうか?」「いや『ここだ!』、ここが勝ち筋かもな、と思ったんだ」。苦しいごまかしになった。川谷は続けた。「いいアイデアだ。一度、やってみろ」「分かりました。ありがとうございます!」危ないところだった。あのままごまかせなかったら変な空気になるところだった。恵比寿の言っていたように私は天然なのかもしれない。でも、褒めたことで少し会議室が明るくなったように感じた。一人ひとり当てながら案件の進捗や行動量の報告を受けていった。さて、深田の番が回ってきた。また同じことを繰り返さないようにと思えば思うほど自分の肩に力が入っていく。顔が固まっていくのが分かった。「すみません、ちょっといいですか」と石野が手を挙げた。「どうした?」「少しお腹が痛いのでトイレに行かせてください」と言うと石野はトイレに行った。「石野が戻ってくるまで一旦休憩しよう」何て良いタイミングなんだ!思わずガッツポーズを繰り出すところだった。本当に、ありがたい。ここで肩の力を抜く時間ができた。席を立ち、伸びをして
心を落ち着かせた。石野がトイレから戻ってきたので「再開する」と伝え、深田の名前を呼んだ。すると深田が報告とは別の話をし出した。「いや、皆さんこの前びっくりしたんですよ」突然のことで、会議室に不思議な空気が流れる中で、川谷だけは恵比寿の話を思い返していた。「背中を押されて自分を変えようとするやつがいた!」。深田がスポットライトで照らされているように光り輝いて見えた。深田は続けた。「友達にみちひろっているんです。ものすごいアホなやつで、みちひろが、Suicaを忘れてきたので切符を買ったんです。そしたら改札と切符売り場のあの短い距離で、切符なくしたんです。本当に、アホですよね」周囲が静まり返った。私の出番だ!明らかにこれは私の出番だ。昨日、恵比寿と準備したこのイジリのフレーズを使うんだ。全員が私の動向をうかがっているのが分かった。額に汗がにじんだ。深田の勇気を受け入れる!川谷は決死の覚悟で声を出した。「がはははははっ!」、大きな笑い声をあげた。「面白い話だな。俺は、大爆笑だったぞ!」会議室がざわついている。おいおい。やってしまったのか。深田に視線を送ると潤んだ目でこちらを見ていた。深田、お前は一体今、どういう感情なんだ!「本題に戻すぞ!」改めて仕切り直した。会議はいつものような重い空気にはならなかった。初めての誘い川谷は、3年目で営業数字を達成したときのように体が熱くなっていた。結果はどうだったというより、今までと違うチャレンジをしたことに昂っていた。席に戻ると深田が駆け寄ってきた。「先ほどは、ありがとうございました」「何がだ?」「助けていただいて。少しでも重い空気を僕なりに変えようとしたんですが、結果的に助けていただく形になり本当にありがとうございました」「深田の勇気を感じたよ。こちらこそ、ありがとう。次回からもアイスブレイクを会議の最初にやってみてくれ」深田は、最初キョトンとした顔でこちらを見ていた。怒られると思っていたのかもしれない。「ありがとうございます!次回の会議も頑張ります!」頭を深々と下げて帰ろうとする後ろ姿に川谷は声をかけた。「今度、飲みに行こう。営業で悩んでいることもあるだろうから、俺が伝えられることがあるかもしれない」「はい!よろしくお願いします」初めて深田と2人で飲みに行く約束をした。なんか自然と声が出た。どこかで営業で苦労している深田と昔の自分を重ねていたのかもしれない。なんか今日は一層疲れたな。恵比寿にもいい報告ができそうだ。
職場・会議を活性化させる〝イジる〟技術笑いが絶えない職場の作り方コンサルタントという仕事柄、取引先の会社内で打ち合わせをすることがよくあります。会議室へ向かうまでに、社員の方々が働いている現場を通る場合、私はいつも彼らの表情や、雑談をしているかどうか、職場全体の雰囲気はどうかを見るようにしています。社員の方々が、表情豊かに笑い、飲み物片手に話しながら仕事をしている会社も多くあります。一方で、社員同士の会話がほとんどなく、パソコンを打つ音だけが室内に響く会社も中にはあります。「それ、自分の会社だ……」と思う方も少なくないのではないでしょうか。後者の取引先と話をすると大抵、次のような課題を聞くことになります。・A部署とB部署がギクシャクしている・職場で冗談が言える空気ではない・若手が辞めてしまうでは、どのようにすれば笑いが絶えない、働きがいのある場を作ることができるのでしょうか?人と人を繋げるハブになるために必要なスキルをお笑いの観点からひもといていきましょう。1つ目は、イジるという技術です。昨今、お笑い番組の影響でイジるという単語を耳にすることも増えてきていると思います。ただ、一般的な〝イジる〟とお笑い芸人の〝イジる〟は前提に違いがあります。本文でもあったように、一般的なイジるという行為は、相手に対してマウントポジションを取り、自分の力を誇示するために使用されるケースが多いです。これに対して、お笑い芸人のイジリは一見、相手をからかうようで、実は相手を肩車しているかのように「この人、本当に面白いんです」と周囲に伝えています。例えばどのようなパターンがあるかというと次の通りです。●一般的なイジリ「NG例」①あの面白い話してハードルが上がるため笑いが起こらない②〇〇やってよ何の脈略もなく「フリ」がないため笑いが起こりづらい③〇〇に似てる「似ているかどうか」しかなく話の展開が望めない●お笑い芸人のイジリ「Good例」①あのびっくりした話して面白い話であることを匂わせないことで笑いやすい空気を作る②俺が好きな〇〇やってもらっていい?仮に笑いが発生しなくても自分が好きなものなんだと太鼓判を押す③まさか、〇〇ですか?決めつけずに余白を作ることで、「違います」と相手が伝えるだけで笑いが生まれやすい構造を作る。この変化したものが「角野卓造じゃねぇ~よ」となるこのようにあまり知られていませんが、実はイジる側にもスキルが必要となってきます。では、ビジネスの場面ではどのようにイジると、相手に嫌な思いをさせずにモチベーションを上げることができるのでしょうか?人を傷つけない〝イジリ〟用語早見表次ページの図16は私が今までイジってきた事例をストックしているものです。会議中ではないパターンも挙げています。
イジるためのポイントは、同じ意味でも表現がソフトで、笑いを誘うような別の言葉に変換して伝えることです。例えば、声が小さい人に「声が小さい」「聞こえない」と言うと、相手は圧力をかけられているように感じて萎縮し、場の空気も悪くなります。そこで、「声が薄いよ」「声が細いよ」というように、少し角度を変えるような言葉を使うと場が和みます。その他にも、よくあるシーンとして報告や連絡に来た部下が何を言っているか分からない場合があると思います。中には報告に緊張しすぎて、話している部下すらも「何を話しているんだろう……?」という顔をしている地獄の状態さえもあります。そこに対して「何を言っているか分からない」「意味が理解できない」と伝えてしまうと、さらに思考も顔も固まってしまいます。そこで「後半モザイクかけた?」「トンチか何かですか?」と言い換えてあげます。そうすれば結果的に、報告に来た部下は「自分が何を言っているか分からなかったんだな」と気づきます。もちろん、会議をしていると、事前準備をしてきていない、ゴールが不明確、質問の意図が分からない、他責な発言が多い、など、川谷と深田のやりとりのようにどうしても怒りたくなるシーンが多々あります。そんな場合は注意をする前に「君の話は名探偵コナンがいないと解決できないな」などと枕詞をつけると、相手が受ける印象も変わりパワハラとなる可能性を軽減できます。この技術は、幅広く応用も可能です。例えば、私は研修講師として登壇する際に「イジる技術」をフル活用して場を活性化させていきます。もちろん、どんな場面の司会でも効果絶大です!このスキルを、お笑い芸人は「まわし」と言います。「まわし」は、MCや司会と同義語です。先ほど紹介した通りストックした単語を使用したり、同じ意味でも表現がソフトで笑いを誘うような言葉を活用していきます。加えて、もう一つ重要なポイントがあります。〝イジる〟には伝える順番を押さえるそれは、伝える順番です。図17をご覧ください。
この3つのステップを踏むことで場が活性化され続けます。そして、このステップを身につけると「すべる」リスクをかなり軽減させることができます。なぜかというと、「相手の発言」や「こちらの質問の回答」に対してイジるので、イジっている側は「発信」をしておらずすべるということが限りなく少なくなるためです。質問などをする相手を間違えると場が凍りつく答えを返してくる場合があります。そのために対応例をいくつかストックしておく必要があります。私の場合は、STEP①:名残惜しいのですがSTEP②:詳細はメールでくださいSTEP③:ありがとうございましたと伝えます。深追いすることを避け傷口が開かないように引くことも重要です。双方、大怪我をしますので。人を成長させるピグマリオン効果ただ、どれだけ気をつけていても、パチンコ玉理論でも紹介したように「役職」「立場」が変わるとどうしても誤解を受けやすくなります。万が一にも誤解を受けないために「ピグマリオン効果」をご紹介します。ピグマリオン効果とは、1964年にアメリカの教育心理学者ローゼンタールがある実験をもとに発表した理論です。ある小学校のクラスを対象に、知能テストを行う実験をしました。学級担任には「このテストによって今後成績が伸びる生徒が分かる」と説明しましたが、実際にはそのような効果はない一般的な知能テストでした。テスト後、結果に関係なく無作為に生徒を選び出し、「今後成績が伸びるのは、この生徒たちだ」と伝えました。担任教師はこれを信じて選ばれた生徒たちに期待して指導をしました。すると、本当にその生徒たちの成績が向上したのです。このことから、期待と成果の相関関係について、「人は期待された通りの成果を出す傾向がある」という結論が導かれました。つまり相手に期待や信頼を持って接することで、誤解を招く可能性を軽減することができます。この前提を押さえることが非常に重要です。特別な存在になる〝返し〟の技術さて、ここまでは〝イジる〟について説明してきました。恵比寿が紹介しているように〝イジる〟と〝返し〟はセットで覚えておくと効果的に働きます。本項冒頭で紹介した課題があるような会社では、愛のないイジリや罵倒が横行していることがあります。例えば上司や先輩から「お前は本当にバカだな」「使えないやつ」「だからダメなんだよ」などのセリフをよく耳にする会社。当たり前ですが、これでは職場もギクシャクしますよね。そんなギクシャクした職場を変えるのに有効なのが〝返し〟の技術です。返しの技術は、イジられる側が活用することが多い技術です。例えば新入社員や中途社員などは、この技術を持っていると非常に有効活用できます。なぜかというと、入社したてではキャラクターも分からず周囲の方もどのように接していいか分からないことがあるからです。そのため何気ない言葉でも返しをすることで相手から話しかけられる機会を多く作ることができます。特に、本文でも出てきたように「繰り返し」「例え返し」「ノリ返し」が有効です。詳しく説明していきます。①繰り返しイジリ例:お前は本当にバカだな返し例:誰がバカなんですか?小馬鹿にした言葉に対して返すときに使います。「誰が」だけをつけて同じことを繰り返します。もちろん、上司や先輩へ返す場合は、「ですか?」と丁寧に
言い換えることが必要です。タメ口をきいた時点で「何だお前は?」と不快感を持たれてしまいます。②例え返しイジリ例:使えないやつ返し例:人を期限切れのクーポンみたいに言わないでください言い換えられる言葉を連想しやすいときの返しで使うと最適です。今回の例では他に、壊れかけのラジオ、ジンバブエ・ドル(2015年に廃止された通貨)、ポケベルなどもあります。③ノリ返しイジリ例:だからダメなんだよ返し例:確かにダメと言われますけど強い調子で責さ、例える言葉も思いつかないときに使えます。相手の指摘にノッたふりをして話を展開します。これらを使用する上で注意点があります。必ず、少し笑いながら話すことです。真面目な顔で返答をすると、相手をさらに怒らせかねませんし、周りの人からは「あれ、マジで怒ったの?」と敬遠される恐れがあります。一流の毒舌芸人さんを見ると、辛辣な言葉を発するときは笑みを浮かべて、周りを萎縮させませんよね。ただ、返しの技術を最初に使うには勇気がいりますし、習得にも時間がかかります。そこで、最初は練習として自分に対して言われた言葉にではなく、誰か周りの人が言われたときに使用してみてください。通常は「まぁまぁ、そう言わずに」などと仲裁に入ることがあるかと思います。A上司「お前は、本当に使えないやつだな」Bさん「すみません」あなた「そんなA上司、Bを期限切れのクーポンみたいに言わないでくださいよ。やればできるやつですから」このように、「横から失礼します」といったイメージで会話に入っていくと良いでしょう。このお節介にも見える行動を取るだけで、みんなから「よくぞ言ってくれた」という共感を得られることと思います。Bさんは助けてもらったと感じますし、A上司も言いすぎたと感じているが後に引けない場面を救われるからです。ぜひ、働きづらいギクシャクした空気に返しの技術で風穴を開けてください!呼び方を2回変えることで相手との心の距離を測るここまで、返しの技術に触れてきました。早速使いたいけれど「誰に対して使えばいいか分からない」という方もいるかと思います。そこで、誰に対して返しを使えば笑いが起こるか判断するための物差しをご紹介します。それは呼び方を2回変えるという手法です。例えば、職場の飲み会で上司と一緒の席になったとします。最初は、〇〇部長や苗字で〇〇さんと呼んでいると思います。その呼び方を徐々に変えてみてください。STEP①〇〇部長、または〇〇さん:職場での呼び方STEP②△△:STEP③兄さん(姉さん):「兄さん(姉さん)と呼んでいいですか?」と聞くステップ③まで変えても違和感なく接してもらえる人は、返しなどの冗談がかなり通じる関係性まで来ています。また、この手法は取引先との関係性を深めること、心の距離を測る手法として有効です。「本当にこんなことしても怒られないの?」と思う方もいらっしゃると思いますが、兄さんと慕ってくれる人に対して悪い気はしないですよね。ぜひ、呼び方を変える手法を活用しながら、冗談が通じる相手を探してみてください。意外に多く存在すると思います。また、さらに私が一歩踏み込むのであれば、ボディータッチを活用します。よく恋愛指南本などで、「女性が男性に対してすると有効である」と紹介されることがあると思いますが、実は男性から男性へのボディータッチも有効です。具体的には、肩をポンッと叩いたり、「〇〇さん、頼みますよ~!」と言いながら腕を触ることなどを指します。あまり過度なボディータッチを男性が男性に活用すると意図しない誤解を招く可能性があるのでお気をつけください。このボディータッチまで特に何も言わず、笑って許してくれる方がいれば大抵のことを許してくれます。言うまでもありませんが、男性から女性へのボディータッチはリスクが高すぎるので控えましょう。鉄の錠を両手にはめられる可能性がありますからね。語り継がれる伝説の返しこれだけはお伝えしたいことがあります。お笑い芸人の中でも語り継がれている、伝説の返しが存在しています。皆さんも一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。それは、明石家さんまさんの話です。明石家さんまさんが横断歩道を歩いていたときに、急に若者にお尻を蹴られたそうです。普通であれば、激怒して若者を怒鳴りつけるところですが、明石家さんまさんは、「ナイスキック」と言ったそうです。これ以上の返しはないな、と強く思います。言葉だけでなく、人間としての大きさを感じます。お笑い芸人のみならず憧れますよね。また、この返しの技術を川谷部長のパートで紹介した理由は、明石家さんまさんのようにイジられ、愛される上司が会社にいれば職場の風土は大きく変わると思っているからです。イジられる機会が少ない上司の方々に使用していただけると非常に嬉しいです。当たり前ですが、上司が変わらなければ職場は変わりません。
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