はじめに「沈黙は怖い。でも雑談は苦手」な人が増えているエレベーターに乗ったら、時々見かける同じマンションの住人がいました。「お、おはようございます」すかさずあなたも、「あ、おはようございます」そして、そのまま下を向いて携帯電話の画面を見るフリ。なぜなら、そのあとの会話が続かないから。通学・通勤の最寄り駅。改札口で偶然あなたは先輩に会いました。そして一緒に学校・会社に向かうことに。先輩とはふた言、三言をきいたことがあるだけで、特に親しいわけではない。いったい何を話していいのやら。気まずい。互いの沈黙が長く感じます。さて、新学期の教室。新しい部署のオフィス。勉強会、パーティの会場。見渡せば、知らない人ばかり。せっかくの知り合うチャンスだけれど、自分からどうやって声をかければいいのか、きっかけがつかめない。こんな悩みを持つ人、多いのではないでしょうか。私の教え子の大学生たちも、こうした悩みを抱えています。いや、正直に言えば、思春期の私もそうでした。実は、今まで紹介した場面で発揮するものは、トーク術ではありません。雑談をする力。相手との距離を縮め、場の空気をつかむことです。そしてここで忘れてはいけないのが、話し上手と雑談上手は違うということです。雑談についてよくいわれる2つの誤解があります。初対面の人やあまり親しくない人と、何を話していいのかわからない雑談なんて意味がないし、する必要なんてない。時間のムダについては、先ほど述べたとおり。必要なのは会話力ではなくコミュニケーション力。それもちょっとしたルールや方法を知り、やってみるだけで、誰でも身につくものなのです。口下手な人、シャイな人、安心してください。やり方はこのあとご紹介します。また、雑談は時間のムダと考える人も少なくありません。おそらく、天気の話や「今朝ウチの猫がね」なんて話を聞いて何の意味があるんだと疑問に思っているからでしょう。しかしながら、これも不正解。あとで詳しく説明しますが、雑談というのは会話ではなくコミュニケーション。「中身がない話」であることに意味があるのです。少し、肩の力が抜けたでしょうか。知らない人でも、年上の人でも、顔見知り程度の人でも、すぐ気軽に打ちとけて、変な沈黙もなく、話が続いている。しかも、とっても楽しそう。こんな人を見て「うらやましいな」と内心思ったことがある人もいるでしょう。かつては、ご近所さんや親戚、兄弟などといった、社会の中で自然と雑談力は鍛えられ、知らぬうちに身につきました。ところが現在は、近所の人の顔さえわからない状態。雑談そのものに触れる機会も少なくなりました。となると、当然、先のように「気まずくなる」「沈黙してしまう」「何て話しかければいいのかわからない」といった悩みを抱える人も急増してきます。そんなこともあり、私は大学の授業で、生徒同士、あえて知らない人と自己紹介をし合うといった「雑談力を鍛えるレッスン」をおこなっています。効果はテキメン。ちょっとの練習で、誰もが身につけられるものだったのです。たった30秒で、あなたという人間が見破られている!「雑談は意味がない、時間のムダ」と言う人に、もうひとつお話ししたいことがあります。雑談というのは、あなた自身の人間性とか人格とか社会性といったものがすべて凝縮されている。そしてその「すべて」をたった30秒の何気ない会話の中で見破られてしまっているということです。
ある人に「いやぁ〜今日は久しぶりにいいお天気ですね」と、話しかけたとします。そのとき、「なんでそんなことを聞くんですか?」「だから何なんですか?」と雑談を拒むようなとげとげしい返事をされたら「あれ、この人は危ないから離れよう」とか、「なぜ自分への敵意をむき出しにするんだろう」などと感じます。無視されたら、重苦しい空気に耐えられないでしょう。こうやって私たちは、無意識のうちに、この人に近づいていいのかどうかを、雑談という〝リトマス試験紙〟を使って瞬時に判断しているのです。とはいっても、精神的に不安定なときなどは、日々の受け答えがとげとげしくなったり、変にぎこちなくなったりします。そこで「気まずい空気を相手が感じてるな」とわかっている分には、まだいいんです。問題なのは、それさえ感じないとき。要するに、相手との関係性を持たないほうが普通は苦しくなるのだけれど、それを持つという発想がないとか、「持たなくても大丈夫ですから」とかいうふうになったとき。そういう人に対して、私たちは「あの人は社会性に欠けてるな」という感じを得るのです。逆に、何気ない会話を心地よく進められる人、場の空気を一瞬で和ませることができる人だったら。ピエール・ブルデューというフランスの社会学者は、「面接などでリラックスして人と打ちとけて話せるということ自体、すごい。非常に高い能力だ」と言っています。そしてその高い能力を身につけるのは、人間関係が豊かな環境で育った家の子のほうが有利だと。つまり、その人が豊かな人間関係の中で育ってきたんだということや、人格的な安定感のあることが雑談から伝わってくるということ。初対面の人同士でもリラックスして雑談できるような精神の安定感を持っている、すなわち社会性がある。そこまでのことが30秒で見破られてしまうというわけです。先ほど、雑談は単なる話術ではないと言いました。あなたが人から信頼され、人に安心感を与え、社会性がある人だと評価される。そしてそこから気持ちのいい関係性やつながりに発展したり、もっと言えば多くの人から愛されたり、仕事などでは大きなチャンスを得ることもある。
たった30秒のムダ話には、そのような大事な意味があることを忘れないでください。
気まずくならない能力=雑談力があると、人間関係も仕事も一気に開けるこの本では、考え方と具体的な方法を挙げて、「雑談って何だろう、気まずくならない話し方や受け答えってどうすればいいんだろう」という問いに答えています。優秀な営業マンは、ほとんど商品の話をせず、雑談ばかりしているといいます。会社の経営者もそうです。学校の先生も同じ。授業がうまい先生は、適度に雑談も入れつつメリハリある授業を行います。人気の落語家も、つかみの雑談が巧みです。そう、相手との「気まずさ」を解消し、場の空気を作り、互いの距離を縮める能力である雑談力を身につけることで、人間関係も仕事も一気に開けます。そして人から好かれ、愛され、信頼されることによって、自分に自信が持てるようになります。あなた自身の評価も高まります。5秒あれば、すぐにできます。ちょっとしたルールさえ知っていれば、口下手でも雑談上手になれます。近頃、どうすれば話が途切れないか、会話が続くかといった本が売れているようです。雑談を「間を持たせる方法」などととらえてしまうと、いかにもテクニックであるような印象を受けるかもしれませんが、その本質は違います。あなた自身をより高め、本来持っているあなた自身の魅力を最大限に発揮するために。周囲の人に安心感や信頼感を与え、より多くの出会いやチャンスをつかむために。社会性とコミュニケーション能力という、人生を豊かにし、仕事はもちろんのこと、あらゆる場面で必要とされる最強の能力を自分のものにするために。ぜひ今日から雑談力を身につけてみませんか?もちろん何気ない会話やバカ話を心から楽しむためにも、本書は役立つと思います。さっそくはじめましょう!
目次雑談力が上がる話し方はじめに「沈黙は怖い。でも雑談は苦手」な人が増えている目次第1章トークや会話術とは違う、雑談の5つのルール01雑談のルール(1)雑談は「中身がない」ことに意味がある02雑談のルール(2)雑談は「あいさつ+α」でできている03雑談のルール(3)雑談に「結論」はいらない04雑談のルール(4)雑談は、サクッと切り上げるもの05雑談のルール(5)訓練すれば誰でもうまくなる第2章これで気まずくならない!雑談の基本マナー06目の前の相手の、「見えているところ」をほめる07「内容」よりも「行為」に意味がある08「いや」「しかし」はNG。まずは肯定・同意から09口下手でもできる、相手の話に「質問」で切り返す術10雑談のベストバランスは、相手8対自分211「で、何の話をしてたんだっけ?」が理想形12切り返しは、相手の言葉の中にある13雑談にオチはいらない。『すべらない話』でなくていい14机とコーヒーカップがあるだけで、一気に話しやすくなる15一問一答は拒絶と同じ。「一問二答以上」が返しのルール16ベストタイムは、すれ違いざまの30秒17「自意識」「プライド」のハードルを下げると、ラクになる18日常生活のトラブルは、絶好の雑談チャンス19悪口は、笑い話か芸能ネタにすり替える第3章すぐにできる、雑談の鍛え方&ネタの仕入れ方20相手との「具体的なフック(共通点)」をひとつ見つける21あの人にはこの話題。『偏愛マップ』で鉄板ネタを把握22今が旬のリアルタイムな話題は、仕入れたらすぐに使う23日々の疑問は、そのまま雑談ネタになる24雑談の練習相手に最適なのは、赤ちゃん、ワンちゃん、オバちゃん25困ったら「アメちゃん」。自分のコミュニケーションツールを持つ26「誰々が言ってた話」も、有効なネタになる27タクシーは雑談ネタの仕入れと練習ができる、最高の場所281ネタ知って10ネタ広げる、具体的な方法29年代別〝鉄板雑談キーワード〟をチェック第4章ビジネスに使える雑談力30面接の雑談で、柔軟性と切り替え能力が試される31ニュートラルな人は雑談がうまい32組織での評価も人望も、つまるところムダ話ができる人かどうか33企画会議は飲み会のように、飲み会は企画会議のように34「私語禁止」より「ながら雑談」35「また行きたい」と思わせるのは、料理よりも雑談のうまい店36社長の仕事は雑談と決断37雑談力はビジネスのセーフティネットになる
第5章人、マンガ、テレビ。あらゆる達人からテクを学ぼう38『課長バカ一代』に学ぶ、バカ話の心地よいテンポ39国分太一君に学ぶ、「覚えている」能力顔は忘れても、雑談は忘れない40大阪人に学ぶ、リアクション雑談術41落語に学ぶ、つかみと本題の切り替えテク42イチローのヒットを支える、グリフィーのくすぐり第6章雑談力は雑草力。厳しい時代を「生き抜く力」そのもの43雑談で、つながりを確認する44私たちの中にある、「甘え上手」を取り戻す45人は誰もが、本当は話したがり屋46大人は若者のムダ話を聞きたがっている47知らぬ間に私たちは、雑談に影響されている48集中力を高めるために、あえて雑談タイムを入れる49雑談でデトックス。雑談でガス抜き50日本人の共感力を生かして英会話力アップ雑談相づちイングリッシュおわりに雑談力は、生きることそのもの
01雑談のルール雑談は「中身がない」ことに意味がある私たちは毎日、雑談をしながら生きているといってもいいでしょう。言い換えれば、私たちは、ほぼ100%、雑談によって人とコミュニケーションをとっているのです。ところが最近、雑談が苦手、うまくできないという人が増えてきています。私は大学教授という職業柄、18歳から20代前半の大学生や、大学を出て就職した卒業生といった人たちと付き合う機会が多いのですが、彼らと接している中で常々感じていることがあります。それは会話力のアンバランスさです。友だち同士ではすごく話が弾むのに、自分と立場の違う人、世代の違う人、異なった環境にいる人と対峙した途端、「はぁ」「あ、いや、その」などと会話が急停止してしまうのです。「おはようございます」「お疲れさまでした」礼儀正しくあいさつはできる。「をお願いします」「してください」伝えるべき要件は伝えられる。「はいつ到着ですか?」「月曜日のご都合は?」聞くべき要件も聞き出せる。しかし、そこで終わってしまう。つまり〝要件しか話せない〟ということです。「要件さえ伝われば、それでいいじゃないか」確かにそれはそうでしょう。しかし、「要件しか話せない」のでは、世の中を渡っていくことはできません。要件、たとえば仕事の話、契約や交渉、連絡に報告これらを〝意味のある会話〟だとしましょう。しかしこれらが日常生活、社会生活における会話全体に占める割合は、ほんのわずか。そのほとんどが〝意味のない話、ムダ話〟=雑談なのです。また一方で、とくに若い人の中には「意味がない話なら、無理にする必要なんてないのでは?」「雑談なんかして何になるの?」「時間のムダ」などと思う人もいるようです。気持ちはわかりますが、この考えは。実際に会社でも、上司と仕事の話はできるけれど、雑談やプライベートの話をするのは苦手、そんな話はしたくない、という人が増えています。「雑談=中身のないムダ話」は正解ですが、「雑談=必要のない話」というのは大きな間違い。雑談には「中身がない」からこそ、する意味があるのです。極論すれば、私たちの会話には「要件を伝える会話」と「それ以外の会話」の2種類しかありません。そして「雑談」とは「要件以外の話」です。たとえばビジネスの現場は、交渉事や契約、確認といった中身のある「商談」と、「最近、調子はどう?」「ゴルフ行ってる?」といったビジネスとは無関係の中身のない雑談で成り立っています。では、中身のない、ビジネスに関係のない雑談が持つ意味とは何か。たとえばそれは、以降の商談をスムーズに運ぶための〝地ならし〟的役割です。雑談というのは人間関係やコミュニケーションにおける〝水回り〟的な役割を持っています。わかりやすく言えば、若い人たちやお笑い芸人たちがよく言う「空気読めよ!」の〝空気〟、これを作るものが雑談です。その場にいる人たちと同じ空気を共有するため、場の空気を作るために雑談があるのです。人間関係そのものを家にたとえれば、要件のある、意味のある話ができる力、あるいは日本人として日本語がきちんと話せる力などが土台・基礎工事になります。その上に一個人、社会人として必要な人間性という骨組みがあり、さらにさまざまな社会的経験を積んで身につけるマナー、人との付き合い方、コミュニケーション能力で〝家〟が形作られていきます。その中で「雑談」「雑談力」の担う役割が水回りなのです。外観に直接は表れてこないけれど、建物にとって欠かせないのが水回り。ここが詰まったままでは、どこか苦しくて居心地の悪い家になってしまうでしょう。雑談とは、家における水回りのごとく、人間関係を気詰まりなく、スムーズに動かしていくために不可欠なコミュニケーションのファクターなのです。
02雑談のルール雑談は「あいさつ+α」でできている人と会ったらあいさつをする、これは最低限のマナー。友人知人、仕事関係で付き合いのある人、通りすがりの顔見知り、まったくの初対面の人。相手はさまざまですが、朝会えば「おはようございます」、昼間会えば「こんにちは」、初対面なら「初めまして」などなど。人と話すのが苦手という人でも、あいさつぐらいはできるでしょう。いえ、社会人ならできて当たり前です。あいさつは、雑談をするための絶好のキッカケになります。ただ注意してほしいのは、あくまでも「キッカケ」だという点。つまり「あいさつ=雑談」ではないのです。いつもの、型どおりのあいさつが「雑談」に成長・成立するかどうかは、あいさつを交わした「あと」に、かかっています。「おはようございます」「朝晩は冷え込みますね」「景気はどうですか」「いや、よくないですね」「儲かりまっか」「いやぁ〜、ボチボチでんな」これではまだ、ただのあいさつレベル。ここから雑談に発展させるには、このあとに〝もうひとネタ〟、プラスαが必要になります。たとえば朝、出勤時に近所の人とすれ違ったとしましょう。最初はもちろん「おはようございます」とあいさつ。さて、ここからです。あいさつのほかにひと言、ちょっとした話題を付け加えてみましょう。何でもいい、そのときにたまたま目についたことでも構いません。たとえば、「あれ、ここの店、改装中になってますね」といった感じで、ひと言プラスしてみます。すると。「ああ、来週、新しい居酒屋がオープンするらしいですよ」と相手の言葉が返ってきます。「また若者向けのチェーン店ですかね?」「どうでしょう。静かに飲める店のほうがいいんですけどね」「開店したら、一度は様子を見に行かなきゃ」「じゃあ、そのときはご一緒に」「いいですね、ぜひ」これだけで、ただのあいさつが「雑談」になりました。あいさつのあとで交わす、プラスαのほんの少しのやりとり。時間にして5〜10秒程度でしょうか。でもこの、たった5秒、プラスαの、あいさつ以外の言葉があるだけで、お互いの相手に対する感情は大きく変わってきます。気持ちが打ちとけて、「あの人は感じがいい人だ」となるものなのです。いつも型どおりのあいさつしかしない相手と、短くてもこうした雑談をしたことのある相手というのは、その人の中で自然にポジションが変わってきます。それが人情というもの。雑談を交わすことで、それまでの「顔見知り」が、それ以上の存在になります。相手に対する安心感・信頼感さえ覚えることも。ひと言足すことで、相手からももうひと言返ってくる。あいさつを交わしたあとの些細なやりとりが雑談であり、コミュニケーションにおいても非常に重要な意味を持ちます。あいさつプラスα。もっとも簡単で誰もが始めやすい雑談の基本スタイルです。
03雑談のルール雑談に「結論」はいらない一般的に、男性よりも女性のほうが雑談が上手だといわれているようです。私は、たまに仕事の合間にホテルのレストランで昼食をとることがありますが、ランチタイムはOLさんに若い主婦同士、年配の女性グループと、本当に女性だらけ。それでもOLさんは昼休みが終わると帰りますが、他の人たちは簡単には終わりません。そして食事をしに来ているのか、話をしに来ているのかわからなくなるくらい、延々と雑談で盛り上がっている。彼女たちはどんな話をしているのだろうそう思って耳をそばだてて聞いてみると(私も相当に暇なのですが)、彼女たちは、とにかく「積み上がらない話」をしています。しかも話題にまとまりや一貫性がない。すごく「とっ散らかっている会話」なのです。そういう聞き込み(?)を繰り返すうちに、あることに気づきました。それは、話をグッとまとめるような、いわば「最後のオチ」がキチンとあるような話をしている人が非常に少ないということです。要するに、話に結論がない。まとめがないわけです。対して男性というのは、雑談をしていてもある程度の段階でなぜか締めにかかってしまう傾向が強いのです。一般論を持ち出したり、あるいはその問題の要点をまとめて「つまりさ、こういうことだよね」と。するとその話題はそこで終わりになります。なぜなら、結論が出てしまうから。その結論に対して異論、反論を唱えたら、そこからは雑談ではなくて議論になってしまいます。たとえば「さんは遅刻常習犯だけど、その言い訳が見事なんだよ」という話に「でも遅刻はいけないよ。ルール違反だから」と返されたら、そこでこの話はほぼ終了。「ま、確かに、アンタが正しい」となるしかない。確かに、それ以上の結論はないのですから。そんなときは紋切り型の結論を言うのではなく、「へぇ〜、どんなこと言うの?」「『荷物を抱えたおばあさんに病院までの道を聞かれて、一緒に行ってあげた』とか」「確かにそりゃ、怒りにくいよな〜。そうそう怒るといえば、こないださんが〜」こんなふうにゆるい感じで話が流れるほうが、グンと会話が弾みます。ある話題の周りをグルグルと回っているようなゆるさ。「だから何?」と言われたら元も子もない話。いい意味での柔軟性、それこそが雑談なのです。雑談はあくまで雑談であって議論ではありません。結論の是非はこの際どうでもいいし、誰もそれを求めてはいません(この「誰も求めていない」が重要なポイント)。だからこそ、無理に話をまとめようとしない。抽象的・一般論的な結論を出さない。オチを作らずに、どこまでもズルズル引き延ばしていく。結論に至る前に、小気味よく(時には目まぐるしく?)話題を変えていく。これが雑談を続ける、雑談を広げる秘訣です。
04雑談のルール雑談は、サクッと切り上げるもの雑談の妙は、結論を出さずに話題を小気味よく変えていくことにあります。しかし一方で、話をうまく切り上げられない、上手に終われないというのがネックになって、雑談そのものが苦手だという人が多いのも事実です。雑談が下手な上に、終わらせたくても話を終えられない。これでは確かに気詰まりをなくすどころか、自分にも相手にとっても〝困った状況〟になってしまいます。逆に言えば「話の切り上げ方」が雑談における重要ポイントのひとつだということ。私は仕事柄、数多くの大学生と顔を合わせています。しかし数人、数十人ならともかく、何百人単位が相手ですから、学生全員の顔をなかなか覚えられません。しかし、その中には授業のあとに立ち話的な雑談を仕掛けてくる学生がいます。その中のひとりを、仮にA君としておきましょう。彼はしょっちゅう、「先生、今度飲みに連れていってくださいよ〜」「何か最近おすすめの本とか映画はないですか」といった感じで雑談を仕掛けてくる。ただA君がやってくるのは、私が次の授業がある別教室に向かう移動時間だけです。時間にして1分あるかないか。歩きながら、教室から次の教室へと移動する間、彼の雑談に巻き込まれるのはいつもそのタイミングなのです。私にしてもまったくのすき間時間なので、話しかけられても全然気になりません。むしろ、気分転換になるし、私のほうでも彼の雑談の相手ができる態勢になっている。だから彼との雑談は私にとっても気持ちがいいのです。さらに彼の雑談のよさは、去り際が実に潔いこと。話がどんなに途中でも、雑談の内容としては尻切れトンボになっていても、私が教室に到着すると、「じゃ、どうも。次の講義もガンバってください」「それじゃ、このへんで。ありがとうございました!」と言って話を終わらせて去っていく。実にさっぱりしているんです。終わりがわかるから気楽に話せる。「それでは」「じゃあまた」は、気持ちよく雑談をするためのキラーフレーズでもあるのです。結論はいらないけれど、潔く終わらせる。これが〝いい雑談〟の条件です。
05雑談のルール訓練すれば誰でもうまくなる今の時代は、必要以上に高度なコミュニケーション力が要求されすぎているような気がします。日常生活での何気ない雑談さえ、自分には難しいと感じている人が想像以上に多い。しかし、繰り返しますが、雑談力とは〝流暢に話す技術〟ではありません。もっと言えば、雑談は話術やトーク術ではありません。ウイットに富んだ話題を提供して、気の利いたうまい話をして、最後はきっちり笑いをとる。そんな形式としてのトークの美しさも、雑談には必要ないのです(もちろん、それができればそれに越したことはありませんが)。雑談とは、会話を利用して場の空気を生み出す技術のことです。だから雑談上手といわれるのは、話術が巧みな人よりも〝間が持てる人〟や〝話を聞いてほしくなる人〟。要するに会話というよりも〝人間同士のお付き合い〟に近いのです。人付き合いに近いからこそ、雑談にはその人の人間性や個性が出ます。必要なのは、自分の人間性や個性を言葉にして、それを相手とうまく触れ合わせること。そうすることで、沈黙や手持ち無沙汰、居場所のなさといった気詰まりをほぐし、居合わせた人たちに馴染みやすい雰囲気を作ることです。流暢とはいえない、たどたどしい口調でも、実に滋味のある雑談ができる人もいます。朴訥な語り口で、多くを語らずともその場が和む楽しい雑談ができる人もいます。自分はほとんどしゃべらず、相づちだけで雑談を盛り上げる人もいます。雑談がうまい=話が上手ではないのです。「話し下手、口下手は生まれつき。だから雑談力なんてそう簡単には身につかない」というのは大きな間違い。雑談力は先天的な能力ではありません。話の内容に中身はなくていい。日々のあいさつに、プラスαすればいい。結論を出さなくていい。長々と話さなくていい。話さないほうがいい本章で書いたこれらの基本の心得と、これ以降にまとめた、本書で紹介する、ちょっとしたコツやキーポイントを押さえておけば、誰でも雑談力は上達します。雑談力は、社会性を高めるためのスキルです。そして、これほど社会に出てすぐに役立つスキルはありません。漢字検定、英語検定、簿記検定世の中にはいろいろな資格がありますが、私は絶対に『雑談力検定』という資格も作るべきだと思っています。これは就職活動をするにしても非常に大きな武器になるはず。残念ながら、私たちの多くは、これまでに雑談を練習してきませんでした。また、学校でも家庭でも、その機会はほとんどなかったと思います。しかし今からでも遅くありません。口下手でも大丈夫。ポイントを押さえて練習すれば誰でも身につけられる、雑談力。これからの時代、あらゆる場面であなたを助ける最強のスキルを、ぜひ手に入れましょう。
06目の前の相手の、「見えているところ」をほめるいきなり何を話せばいいのか。悩んだら、まず「ほめる」。どんな些細なことでもいいので、ほめることが雑談の基本です。それも真剣にではなく、「とりとめのないことをほめる」「なんとなくほめる」のです。理由は簡単。雑談とは、お互いの場の空気を温め、距離を近づけるためのものだから。相手に一歩近づくには、ほめることが近道なのです。ほめられて嬉しくない人はいません。そして、よほどのひねくれモノでもない限り、ほめられれば「この人は自分を悪くは思っていない」と感じるでしょう。テレビ番組の収録などで芸能人の方とお話しさせていただく機会も多いのですが、職業柄でしょうか、話の上手な人がたくさんいます。なかでもTOKIOの国分太一君。彼のトーク番組やバラエティ番組における司会のうまさには定評があるのですが、それ以上に普段の雑談がすごく上手です。もっと言えば、国分太一君は、ほめるのが上手なのです。収録直前にお会いすると、「先生、そのネクタイ、すごく素敵ですね」「そのシャツ、カッコいい!」と、いつも最初に彼のほうから声をかけてくれる。すると私も「いやぁ、そうですか?今日はいつもより明るめの色にしてみたんですよ」と気分よく、そしてリラックスして答えることができる。この、ほんの10秒足らずのやりとりだけで、お互いに好意をベースにした人間関係の土台が、無理なく出来上がるのです。「それほど親しくない相手の、いきなりどこをほめればいいんだ?」と戸惑った人は、もうおわかりですよね。今、目の前にいる相手の「見えるところ」を、とりあえずほめるのです。今日のネクタイ、シャツ。国分君は、真っ先に相手を見て、ほめているのです。「齋藤先生は大学生に教えているとは立派ですね」は、雑談ではありません。これは、雑談における「ほめ」ではないのです。こういうことを言われても、ゴマすりなのか、イヤミなのか真意がわからずリアクションに困ります。ですが、国分君の「ほめ」には、まさに「この場の空気を和らげよう」「今目の前にいる相手と心を通わせよう」という気持ちが感じられます。だからこそ、こちらも「いやぁ」とリアクションできるわけです。
07「内容」よりも「行為」に意味があるつまり「ほめる雑談」とは、『私はあなたのことを、好意を持って受け入れていますよ』というメッセージ。「今日のネクタイ、すごくオシャレですね」のひと言は、ネクタイをほめることで、その人本人への好意を表現しているわけです。ですからこの際、ネクタイのセンス云々はどうでもいい。たとえ趣味の悪い柄だろうが関係ありません。これは雑談における非常に重要なポイントです。「ほめ」の内容ではなく、「ほめる」という行為そのものに、雑談という目的があるのです。ここを勘違いしてしまうと、先ほどの例のような、返答に困る「お世辞」「ゴマすり」となり、不自然な雑談になってしまうのです。価値観は人それぞれ。人の数だけ価値観はあります。雑談は、価値観を発表したり、押しつけ合ったり、議論したりするものではありません。相手を「受け入れる」ための行為です。だからこそ、極論すれば、〝何でもほめりゃいい〟のです。とかく日本人はひとつの価値観だけをベースにした会話に陥りがち。さりげなく、無難に人をほめられないというか、ほめることに緊張感を持ってしまう人が多い。「ほめたいけど、やっぱりウソは言えないし」と思ってしまうのでしょう。しかし、別にネクタイ談義をしようなどという気は、お互いにありません。たとえ相手のネクタイが「ちょっと、どうだろう」と思っても、次のように言えば立派な「ほめ」になります。「珍しい柄ですね」「ユニークでおもしろい模様ですね」「斬新ですね」「新鮮ですね」「さんらしいですね」「流行を取り入れていますね」と、ともかく何でもいいからポジティブな感想を言うことが大事。そのひと言から、「いや、実はこれさぁ」といった返事を引き出せればいいのです。仮にタヌキ柄のネクタイをしている人がいたら、「珍しい!タヌキ柄ですか、チャーミングですね!」と言えば、見え透いたお世辞には聞こえません。「実はボクの顔がタヌキっぽいって、友人がおもしろがってプレゼントしてくれたんだ」こんなひと言を引き出せれば、晴れて雑談成立です!
08「いや」「しかし」はNG。まずは肯定・同意からたとえば相手が、「こないだ、話題になってる映画の『』を見ましたよ。意外とおもしろかったな」という話を振ってきたとします。そしてあなたもその映画を見たけれど、つまらないと感じていたとします。さて、ここです。ここで自分の興味を前面に出して、「『』ですか?あれはつまらなかったですよ。私に言わせれば駄作だな」「そうですか?私は、ああいう世界観、ダメなんですよね」みたいな答えをすると、話はそこでチャンチャンと終わってしまいます。しかしそこで、「ストーリーは平坦だったけど、主役のがすごくいい味出してましたね」「演技云々はともかく、映像が素晴らしかった」などと答えられれば、「そうそう、私は父親役のがよかったなぁ」「はたしか、『』にも出てましたよね」「あの迫力、やっぱり大きなスクリーンで見なきゃ伝わらないですよ」と話が広がっていきます。ここで重要なのは「頭から否定しない」「反対意見から入らない」ということ。自分の好きなことを話しているのに、のっけから「いやいや」「そうじゃない」「そうは思わない」では、場の空気を作るどころか、ブチ壊しかねません。相手の話をプラスの方向に転がすことで相手も気持ちよくその話題を広げようという気持ちになります。そのためには、興味のない話題や嫌いなことでも、「肯定で答える」「まず同意する」ことが大前提。これは前項で書いた「ほめる」に通じる部分があります。そもそも居合わせて雑談している人が、自分とまったく同じ趣味嗜好であることなどまずありえません。話をしていても、どうも趣味が違う、好みが違うということはままあることです。だからこそ自分の好き嫌いとは別の次元で、どんなものからもよさを見出す努力をする。それが雑談の話題を増やし、良好な人間関係を築くための重要なスキルのひとつなのです。
09口下手でもできる、相手の話に「質問」で切り返す術自分は話下手だから雑談は苦手。そういう人こそ、雑談上手になれる可能性が高いのです。言い方を換えれば、「相手本位になりましょう」ということ。雑談は、自分よりも相手に話の主導権を握らせるほうが盛り上がるのです。ここで言う「主導権を握らせる」とは、自分の話ではなく相手から話題を引き出すということ。つまりあなたが話し上手である必要など、まるでないのです。それよりも大事なのは、相手から出てきた言葉に、「質問」という形で切り返す力です。これだったら、「聞き上手」でない人でも、すぐに実践できるでしょう。いや、これをやるだけで、聞き上手に変身してしまいます。だまされたと思って、一度試してみてください。たとえば犬の話題が出たとします。「ウチには犬が1匹いるんですよー」こう振られたらどうしますか?「ウチでも最近、犬を飼い始めましてね」という〝自分の話〟ではなく「おたくのワンちゃん、種類はなんでしたっけ?」と、〝相手からの答え〟を引き出せるように、相手本位のスタンスで話しかけるのです。自分の話をする場ではないと割り切って、相手の話に質問をつけてひたすら返していく。これだけで話は確実に盛り上がります。相手の話に、質問というエサをつけた相づちを打つ。そのエサに相手が食いついてきたら、さらに次の質問をする。自分が主体で話をしなくても、雑談は見事に成立します。ここでは話題が豊富とか、おしゃべりが好きとか、話し方が上手といったことは関係ないのです。人間、自分が好きな物事について話を振られると、そのことについて語りたくなるもの。そうすれば、否が応でもその雑談はダーッと盛り上がります。いくら自分がうまく話をしようと思っても、相手がその話に食いついてくるとは限りません。それこそ「興味がない」と会話が終わってしまう可能性もあります。絶対に外さない話題というのは、相手の興味のある話なんですね。で、ひととおり話し終えたあとに「で、あなたは?」と振られたら、そこで初めて「ウチでも最近、犬を飼い始めましてね」とすればいいのです。そう、話し下手な人ほど、雑談の潜在能力は高いのです!
10雑談のベストバランスは、相手8対自分2雑談において相手主体というスタンスは重要です。自分の話だけでは相手がついてこない。しかし、いくらなんでも100%相手の話題で雑談を進めるのではフラストレーションが溜まってしまうでしょう。相手も「この人、話聞いてるのかな?」と不安を覚えます。そこで、雑談全体に占める相手主体の話題と自分主体の話題の比率、つまり話題支配率が大事になってくるのです。テレビでサッカーの試合を見ていると、「ボールポゼッション(ボール支配率)」という言葉を耳にします。画面下に「ボール支配率ACミラン60:バルセロナ40」などと表示されています。試合の中で、どちらのチームがボールを持って攻めているかを表す数値なのですが、この発想は雑談にも当てはまります。さしずめ〝話題支配率〟とでもいいましょうか。雑談では、相手本位の話題(他人の話)と自分本位の話題(自分の話)の支配率(ポゼッション)に気を配る。臨機応変に配分することが大切なのです。ただサッカーと違うのは、ボール(話題)支配率が高ければ、試合(雑談)が有利に運ぶ(盛り上がる)かというと、必ずしもそうではないことです。こうした場合、均等で偏りがないという意味での理想的な支配率は、フィフティ・フィフティですが、これはすべてのケースに当てはまるとは限りません。あくまでも理想であり、雑談相手の様子や状況によって、この比率は変えていく必要があります。たとえば顧客や取引先など仕事関係の人と交わすちょっとした雑談。商談ではないにせよ、合間の雑談の中からも何かしらビジネスに有利な情報を聞き出したいと思っている人もいます。そういう場合は自分の話の比率を少し上げて、こちらから自分が発する話題で雑談をリードしていくといい。6対4でも7対3でもいいでしょう。相手の話は少なくても、これはこれで十分に有意義な雑談として成立します。相手が話し好きな人の場合には、逆に相手の比率を上げます。たとえば8対2ぐらいにして相手が8、自分は2のほうを受け持つようにする。そもそも、話し好きという人に限って、話題が自分の話から別のことに移った瞬間、興味を失っていくことが多い。それを「大人気ない」と言っても始まりません。そういう場合には、ハナからこちらの話をするのは諦めて、聞き役に徹すれば相手がペースを作ってくれます。このように、雑談の場合、話題を支配するだけではなく、状況に応じて相手にパスを回し、話題を支配させることも重要になります。先にお話ししたように、雑談には結論が必要ありません。結論が出ると話はそこで終わってしまいます。せっかく盛り上がってきた雑談がブチッと途切れてしまう。だから雑談では、結論というゴールを求めてシュートを打ってはダメなんです。パス回しが重要なのです。ところが、これも前述しましたが、男性は特に雑談でシュートを決めたがる。「で、結局のところ、どういう話?」と。これではゲームは強制終了。広がりも展開もしません。キーパーになって話をまとめにかかろうとするのも当然ダメ。「話題支配率100%」「相手にボールを触らせず、ゴールを連発」では、もう雑談とはいえません。講演会かトークショーです。雑談は、話題を支配し合い、ボールをパスしてゲームを動かすことに意味があります。
11「で、何の話をしてたんだっけ?」が理想形「あれ、そもそも何の話をしてたんだっけ?」このフレーズが出てきたら、それはいい雑談ができた証拠です。盛り上がる雑談とは、ひとつの話題だけで終わらず、次から次へと別の話題が派生しながら展開していくもの。ただ重要なのは前の話題を一度リセットして、まったく関係のない話を始めるのではなく、前後の話題がどこかで関連づけされて鎖状に連なっていることです。ですから話題の変わり目は、「全然違う話なんだけど」ではなく、前の話に出てきた言葉やエピソードをうまくとらえて、「っていえば、この間ね〜」と派生させ、展開させるわけです。ここで大切なのは連想力。すなわち相手の話から次の話題を連想する力、相手の話を別の話題とリンクさせて新しい雑談を引き出す力のことです。盛り上がっている雑談ほど、この連想は幾重にも連鎖します。ひとつの話題、キーワードから連想して、3つ4つくらいの話題が引き出され、引き出されたそれぞれの話題から、さらに連想がふくらむ。さらにその先の話題からも。そうなると話題というのはクモの巣が張り巡らされるかのごとく、倍々ゲームのように広がっていきます。たとえば、「楽天イーグルスは強くなりましたね。創設当時の弱さがウソみたい」「やっぱり野村監督の手腕なんですかね」「でしょうね。そうそうノムさんといえば、最近サッチーはどうしてるのかな」「サッチー、ミッチー(浅香光代)、和泉元弥の母親に細木数子パワフルなオバサマたちがワイドショーを席巻していたのも、もうだいぶ前の話ですよね」「そういえば、ささやき女将っていうのもいましたね」「いたいた。オバサンって何であんなにパワフルなんだろう。先日も仕事でね」最初の野球の話からパワフルなオバサンの話が派生して、話題が移行しています。そして気がつけば、「あれ、最初は何の話をしてたんだっけ?」となるわけです。ただ残念なことに、私たちには、相手が言ったことから次の話題をどう連想するか、という練習を積む機会が少ないのが現実でしょう。そこで私は大学の授業でたまに「連想ゲーム」なるものをやっています。いろいろな言葉をお題にして、そこから何かしら連想させる。無理にでも連想させて、そこから雑談を展開させるのです。たとえば授業の題材に太宰治を扱った日なら、「じゃあ、『太宰』といえば」と学生諸君に尋ねます。そして誰かが、「ん〜、やっぱり『人間失格』ですかね」と答えたら、次はその『人間失格』をお題に、連想できる話題を持ち寄って学生同士で雑談をさせるんです。すると、最初のうちは『人間失格』という作品そのものに関する話題が中心だったのが、次第にさまざまな方向に派生していきます。「っていうか、『人間失格』ってタイトル自体、スゴすぎるよね」「じゃあ合格ラインはどこなんだって話だよ」「でも最近、ニュースとか見てると、人間失格なヤツばっかり出てくるでしょ」「身近にもいるよ。あいさつもできないヤツとか『人としてどうよ?』って思うし」「人間の合格失格を決める審判とかいるのかって」「でも裁判官とか、それに近いんじゃない?」「確かに。裁判員制度でボクらも審判の側に立つ可能性だってあるわけだ」という具合で、1時間ぐらいがあっという間に過ぎてしまいます。そして最初の『太宰治』の話題はすでに消えている。『人間失格』という小説さえもフェードアウトしているんです。しかし雑談はこれでいい、いや、このほうがいいんです。太宰治や『人間失格』という作品について掘り下げて語り合うのは議論や討論。雑談とはやや性格が異なるものなのです。ひとつの話題について掘り下げていく、もしくは積み上げていく。同じ太宰治の話題でも、作風とか人間性の本質に向かう。いわば話題が垂直方向に広がるのが議論です。それに対して雑談は、話題が水平方向に広がっていきます。連想が連想を呼んで、キッカケとなった話題から話がどんどんずれていく。最初の話題を忘れてしまうのは、見事に連想の連鎖が広がった証拠でもあるわけです。人の話から連想して、話題をずらす。このスキルがあると雑談で行き詰まっても、別の話題に巧みに切り替えることができるようになります。サッカーで言えば「スペースを見つける」のと同じ。雑談(ボール)を展開させやすい話題(スペース)を見つけて、そちらに話題をずらしていく(走り込む)わけです。連想してずらす。雑談をコントロールするために欠かせないスキルといえるでしょう。
12切り返しは、相手の言葉の中にある私は大学の授業で「1分間で、隣の人と会話だけで盛り上がってみる」という実験をすることがあります。テーマや話題は自由に選んでいい。とにかく何でもいいから会話として盛り上げてみましょうと。すると、男子同士や女子同士のペアになったところは比較的盛り上がります。お互いに共通の話題を見つけやすいからでしょう。ただ問題は、男女のペアになった学生たち。ここでは共通の話題がなかなか見つからない。たとえば、野球好きな男子が、あまり関心がないであろう女子を前にして、野球の話を延々としてしまう。「僕は小学校からずっと野球をやっていて、というチームのが好きで」「今年FA宣言したは、守備はいいけどバッティングがイマイチ。大リーグで通用するかどうか、難しいよね」と、こんな具合。ところが野球にまったく興味がない相手の女子は、何を聞いても「?」「?」「?」にならざるをえない。この場合、女子は男子より雑談がうまいので、何となく話を合わせてくれるかもしれません。では逆に、男子が女子の興味のあるものたとえばショッピングとかブランドとかスイーツとかの話題についていけるかというと、これはかなり厳しい。まず話を広げることができないでしょう。要するに、自分の好きなものだけでは話題がもたない、雑談は続かないのです。忘れてはいけないのが、雑談の極意は相手本位、ということ。自分の関心事ではなく、相手の関心事から話を引き出していかなければ、雑談はなかなか成立しません。事前打ち合わせがあったわけではなく、その場に居合わせた人と、その場の雰囲気で始まるのが雑談。相手によって、どんな話題が出てくるかわかりません。すべての話題についていくというのは不可能にしても、できるだけ相手の話題を拾って広げることが大事になってくるのです。ではどうすればいいか。決して難しいことではありません。振られた話題について知らなければ、まずは聞き役に徹すること。そして、相手の話題に何でもいいから乗っかって、切り返してみることです。たとえば女子が、「100円ショップでつけま(つけまつげ)をよく買うんだけど」と言ったら、「?」と沈黙せずに、「つけまって何のこと?」「それ、何かお菓子みたいな呼び方だね」「それを買う人はみんな〝ツケマー〟だ」など、何でもいいから話を聞いて思い浮かんだことを、そのまま返してみればいいのです。そのひと言が、相手の話したい気持ち、教えたい気持ちに火をつければ、雑談はさらに広がっていくもの。あわてる必要などありません。雑談のボールが相手からパスされた。ならばその中から、自分なりに受け止め、再びパスしていけばいいのです。
13雑談にオチはいらない。『すべらない話』でなくていいダウンタウンの松本人志さんが仕切る『人志松本のすべらない話』というテレビ番組が人気です。また、そのほかにもテレビをつければ、お笑い芸人が登場してトークをする番組がどこかしらで放送されています。そうした影響もあるのでしょうか、とくに今の若い人たちは仲間内の会話をするときも、「話をするなら何かおもしろいことを言わなきゃ」「何かウケるオチを作らなきゃ」というプレッシャーというか強迫観念にとらわれているのでは、と思えることがあります。しかしそれは大きな考え違い。心配する必要などありません。たとえば『すべらない話』のような番組で話されているのは、お笑い芸人がネタとして披露しているエピソード。つまりプロ中のプロが磨き抜いて話している〝芸〟です。彼らはそれが仕事なのです。だから話にはオチがあるし、すべらない。それを芸人でもない私たちがいきなり、毎日の日常会話にきれいなオチをつける、すべらない話をするなんて、できなくて当たり前。無理に決まっています。先に、雑談に結論は必要ありませんと述べました。この項で述べている『オチ』も、言ってみればエピソードにおける『ウケる(笑える)結論』のこと。だからこそ、雑談に『オチ』など必要ないのです。「結局、どういうこと?」「で、オチは?」などと言うのは、空気の読めていない禁句フレーズの最たるものでしょう。話が終わるときは、自然の成り行きで収まればいい。「あ、時間だからもう行かなきゃ。じゃあまた」でいいのです。つまり「オチがある」とか「結論づける」「キレイにまとめる」といった条件のつかないのが雑談のいいところ。そもそも「で、何?」と聞かれても、「それだけです」としか答えようがないのが雑談です。「むしろオチがないのが雑談」といったほうがいいのかもしれません。『すべらない話』のようなウケる話をするために必要なのは、出来上がっているエピソードを人前でいかにおもしろおかしく話せるか、いかに上手にスムーズに聞かせられるかという高度な技術系のテクニック。それは、人前でしゃべる技術であり、「トーク術」「話術」の範疇に入るもので、相当レベルの高い話術が要求されます。雑談は、トークではなくコミュニケーションなのです。そして雑談というコミュニケーションの地盤がなくては、その高度な技術も身につきません。「話し方」「トーク術」よりも、まずは雑談力です。
14机とコーヒーカップがあるだけで、一気に話しやすくなるコーヒー1杯で何時間もおしゃべりする。軽くお茶してサッと出ようと思っても、ついつい時を忘れて話し込んでしまう昔も今も、喫茶店は雑談のメッカです。ところで、なぜ喫茶店だと会話が弾むのでしょうか。その答えの前に。私は大学の授業に『圧迫面接ゲーム』を取り入れています。学生の中から5人ほどを試験官役に選んで他の学生の面接をするという、いわゆる模擬面接です。面接はひとりずつ。椅子に座った5人の試験官の前に立って質問に答えていきます。次から次へと矢継ぎ早に質問されますが、考え込んだり沈黙したりするのはNG。とにかく即答しなければなりません。「ラグビーサークルに入っています」「どうして野球やサッカーをやらないの?」「趣味は読書とスポーツ観戦です」「ありきたりですね。ほかにないんですか?」「今ドイツ語会話を習っています」「これからは中国語ですよ。なんでドイツ語なわけ?」矢継ぎ早の質問で相手を追い詰め、圧迫していくわけです。どんなに話が上手な人も、面接が得意だと自負する人も、これにはみな難儀します。その緊張感たるや、半端ではありません。答えに窮する学生が気の毒になるくらいです。「え〜、それは」「いや、あのぉ」と、まさに〝立ち往生〟してしまう。そして今度は、面接を受ける側の前にテーブルを置き、座って面接を受けてもらいます。すると、立っていたときよりも上手に質問に答えられるようになります。そのテーブルの上にコーヒーを置くと、よりリラックスして返答できるようになるのです。つまりモノがあるだけで人間の緊張感はかなりとれるということ。そもそも『圧迫面接』では、質問される以前の、試験官がズラリと並んでいる前にただひとり立っているという状況だけで、すでに緊張度合いは極度に高まってしまいます。直立しているだけで座ることもできない。手持ち無沙汰で両手の置き場にさえ困ってしまう。人はこういう状態に置かれると、普段どおりにしゃべれません。それなのにテーブルをひとつ置いただけで気持ちが楽になる。テーブルが、面接官から発せられる圧迫、プレッシャーに対するディフェンス役になっているのです。さらにテーブルの上に飲み物、それも面接する側・される側の両方のテーブルに同じ飲み物が置かれていれば、より一層気分も楽になり、受け答えにも余裕ができます。面と向かって対峙する人の間にテーブルと飲み物がある。喫茶店やカフェの構造はまさにこれと同じです。喫茶店は、複数の人間といてもリラックスできる要素が取り入れられた理想的な雑談空間なのです。また、喫茶店が〝適度に公共的な場所〟だというのも大きなポイント。大勢の人がいるというパブリックな空間だけど、その中にプライベートになれる仕掛けが作られているのが喫茶店です。完全個室で一対一だと緊張するかもしれませんが、他のお客さんも見える状態で少々騒がしいほうが、話がしやすいというわけ。しかも喫茶店の場合、本当は話をするのが目的なのに、「ちょっとお茶でも飲もうか」と言える。目的は「お茶を飲む」ことであって、「話をする」のはあくまで付随的なものという構図を作ることができます。喫茶店には「お茶を飲むため」に入るという大義名分がある。会話、雑談はオマケ。だから「話はつまらなくてもいいよね」という安心感を持てます。そこには「まあ、お茶を飲むために来たんだから」という逃げ道があるのです。居酒屋も同じでしょう。本来の目的は会話以外にあるという大義名分と、間にあるコーヒーカップや徳利、ボトルなどのアイテムが、会話の緊張感をほぐしてくれるのです。
15一問一答は拒絶と同じ。「一問二答以上」が返しのルール世代の違う年上の人と話をするのは気詰まりで面倒くさい。会社の上司とも、仕事の報告や連絡事項以外の話は極力したくない。そんな若者が増えています。気持ちはわかりますが、実にもったいない。そしてそんな状況に困惑しているのが、本来気詰まりされる側である上司や年配者なのです。たとえば部下を連れて取引先に出かけるような状況になると何時間も黙ったままになってしまい、気疲れしてしまう。ですから最近では、上司のほうが気を使って部下に話しかけるケースが多いといいます。こうした場合によくありがちな会話の例を挙げてみましょう。「キミは何かスポーツやってるの?」「別にしてません」「お酒は飲めるクチかい?」「普通です」「仕事には慣れたかい?」「まあまあです」聞かれたことだけに答える、いわば「一問一答スタイル」が非常に目立ちます。「学校はどうだ?」と親に聞かれて、「普通」「まあまあ」としか答えない思春期の子どもと同じ。あとはウンでもなければスンでもない。当然、話はそこでおしまいです。これではいくら話を振られても、会話が広がるわけがありませんたとえば上司があなたに「最近、休みの日は何をしてるの?」と聞いてきたとします。ひょっとしたら聞かれた側のあなたは、自分のプライベートに踏み込まれたような不愉快さを感じてしまうかもしれません。仕事以外のことを話す必要はないとドライに割り切りたいと思うかもしれません。しかし実際のところ、上司もあなたの休日の過ごし方に興味があるわけではありません。多くの場合、話をつなごう、打ちとけて雑談を楽しもうと思っているだけなのです。気楽に行きましょう。過度に自意識過剰になってはいけません。たとえば「最近、仕事以外で何かハマッていることは?」と聞かれて、ただ「映画です」だけでは、はい、チャンチャンで会話終了。でもそのあとに「この前見たはよかったですよ。あまり期待してなかったんですけど、いい意味で裏切られました」といったプラスαのひと言を入れて返すだけで、そのやりとりはちょっとした雑談に変身します。そして今度は、最初に質問した上司が再び、「誰が主演してるの?」「知らなかった。今度行ってみようかな」という具合に返事をする。またそれに答える。そうすることで、話は心地よく転がっていくのです。かつて日本には、「相手に対して興味を持つ」ことが礼儀だった時代がありました。興味を持った相手の趣味を知って、そのことを話題にする。それはコミュニケーションの基本として、ごく当たり前のことでした。それに比べて今は、相手に興味を持たれることを面倒くさがる風潮が強くなっています。しかし、あなたがコミュニケーション能力のある人なのかどうか、ちょっとした雑談の印象で判断されているのです。逆に言えば、若い人こそ、こうした何気ないやりとりができるかどうかで、大きく差がつけられるのです。これは、チャンスです。強調するまでもなく、雑談はキャッチボールです。「趣味は?」と聞かれて「別に」と答えるのは、ボールを投げてもらっても、それをただ受けているだけというのと同じ。相手が提供してくれた話題にただ返答するだけでは、雑談にはなりません。「一問二答以上」。話に何かプラスαのオマケをつけて投げ返してこそ、初めて雑談になるのです。
16ベストタイムは、すれ違いざまの30秒オフィスの階段の踊り場でバッタリ顔を合わせて、ちょっと話をする。男性ならトイレで偶然並んで用を足すときにチラッと話をする。時間にしてほんの30秒程度。こうした〝すれ違いざま&出会いがしらの30秒雑談〟というのは、現代社会にフィットした新しいタイプの雑談です。昔の雑談の多くは、すでに気心の知れ合っている人同士が、喫茶店や居酒屋で、公園や道端で、ある程度腰を据えて話すというスタイルでおこなわれていました。しかし現代社会は、人間関係がより広く浅くなり、人の流れも激しくなっています。そしてのんびりと1時間も2時間も雑談に興じるという時間的余裕もなくなっている。ですから、私たちに求められるのは「ササッと出会って、サクッと20、30秒話して、パッと別れる」という雑談スタイルなのです。「なんだ、たったの30秒か」と思った人も多いでしょう。ところが、実際に雑談を30秒するというのは、想像以上に長い時間です。30秒あれば、かなりの話はできてしまいます。これが1分になれば、立ち話でも、かなりしっかりした内容の話ができる。あいさつなんて「ああ、どうも」「よう、久しぶり」でいい。ほんの5秒もあれば終わってしまいます。そのあとの25秒で何をどう話すかが大切なのです。たとえば、「よう、久しぶり!」「そういえば話題のって芝居、先週見に行ったよ。結構おもしろかったぜ」「え、あれってまだ公演してるんだ」「日までだって。結構盛況だったからな。追加が出るんじゃないか」「じゃあ、まだ間に合うな。それじゃあ」で全部まとめて、ハイ、30秒。あいさつプラスαで30秒です。こうして文字で書くと簡単ですが、実際にやってみると意外に難しいもの。ある程度内容のある話題を瞬時に選ぶ必要があるからです。これも私が大学の授業でやっていることですが、学生たちを2列に並ばせて各自目の前にいる相手と雑談させるのです。そして30秒経ったら、相手をチェンジして次の人とまた30秒雑談する。「初めまして。最近はこれがマイブームで、ああで、こうで」「え、そうなんですか。私も実はああで、こうで」『はい30秒!相手をチェンジして!』「あ、どうも。今、何かスポーツやってますか?」「サークルでテニスをやってるんですけど、コートが予約できないんですよ、最近」『はい30秒!相手をチェンジして!』こんな具合。それをフォークダンスのオクラホマ・ミキサーよろしく、パートナーを替えて10人、20人と続けていく。齋藤式の雑談力養成ゲームとでもいいましょうか。こうしたゲームを授業に取り入れています。ほとんどの学生が、最初は苦労します。しかし10人、20人とすれ違いざまの30秒雑談を繰り返すハードトレーニングを続けていると、だんだんとメンタルタフネスが出来上がってきます。つまり人慣れしてくる。初対面の相手と雑談することに緊張しなくなってくるんです。さらに最初のうちにネックになるのは話題。学生同士だとどうしても「最近、バイトどう?」とか、「次の授業どうするの」みたいな話に終始してしまいがちです。一方がある程度、有意義なネタを披露して、もう一方がその瞬間にプラスαで答えるというのは、結構難しいんですね。この授業では、学生たちに事前に30秒程度の雑談ネタを用意させておきます。プラスαの部分に何を話すか、そのネタが多いほど、雑談もスムーズに進むし、人慣れするのも早くなる。小ネタのストックがモノをいうわけです。同様に、私たちも、普段から30秒程度で話せるちょっとした雑談ネタをいろいろとストックしておきたいもの。誰にも使える、何かしらの話題(それも30秒程度で終われる話題)を用意しておけば、突発的な〝出会いがしらのすれ違いざま〟の場面で生きてきます。私が「30秒居合斬り」というか、「30秒瞬間雑談対決」というのを授業に取り入れているのは、出会って話して和んで別れるという雑談は、慣れと訓練でいくらでも上達すると思っているからです。しかしスピーチや話し方と違って、こうした雑談力を養成するトレーニングというのはあまり用意されていません。コミュニケーション能力としての雑談力は、これからの私たちに不可欠なスキルになるもの。雑談の専門トレーニングの必要性を強く感じています。
17「自意識」「プライド」のハードルを下げると、ラクになる雑談が苦手な人にその理由を聞くと、「うまく話せないから恥ずかしい」という答えがよく返ってきます。会話を拒絶しているつもりはない。話の輪の近くにいて、話したいこと、感じていることもある。けれど、結局は言わずじまいで終わってしまう。なんと、もったいないことでしょう。雑談はその場の空気をなごませる「意味のない話」です。仕事の会議や打ち合わせで発言するわけではありません。「あのときこう言った」などと言質をとられたり、責任を負わされたりするものでもなく、ましてや録音されたり発言録を取られているわけでもありません。罪のないことや人を傷つけないことであれば、感じたこと、思ったことは、もっと素直に、そのまま口に出していいんです。「うまいこと言ってやろう」などと気負って考えなくていいのです。そもそも「うまく話せなくて恥ずかしい」という理由は、「話をしている自分が、相手にどう見られているか」という自意識の裏返しともいえます。「こんな話で場がシラけたらどうしよう」「緊張してたどたどしく話すなんてカッコ悪い」雑談下手を自認する人たちにとって、こうした強すぎる自意識やプライドは大きな障壁になっているのです。「恥ずかしいから話さない」というのは、結局は自分のことだけに意識がいきすぎる結果として生まれる発想。そこには相手のことを考える気持ちが抜け落ちています。会話は自分ひとりではできません。相手がいてこそ成り立ちます。雑談をしてくる相手は、何かしらの反応、レスポンスをしてほしいと思っています。それは会話教室の先生が太鼓判を押すような美しい言葉である必要はありません。周囲の人が笑い転げるような〝すべらない話〟も、切れ味鋭いコメントも必要ありません。シュートでもスマッシュでもホームランでもない。小さなパスでいいのです。相手はレスポンスをもらうことで、ちょっとしたコミュニケーションをとりたいだけなのです。あなたとの間にある壁を取り払い、場の空気を循環させたいだけなのです。所詮は意味のないムダ話。まず意識的に自意識のハードルを下げてオープンになりましょう。そして、思ったことはケチらずに口に出せばいい。「へえ、そうなんですか。知りませんでした」でOK。「レスポンスを返そう」という思いは相手に届いています。
18日常生活のトラブルは、絶好の雑談チャンス禁煙、嫌煙機運が高まっている近年、喫煙者の立場はすっかり弱くなりました。私はタバコを吸いませんが、愛煙家の人たちからは、「タバコを吸う人は、それだけで世間から追われている感じになる」という嘆きが聞こえてきそうです。こうした「不遇」な立場に置かれている愛煙家かつ雑談が苦手な人にとって、あちこちにある喫煙スペースというのは、考えようによっては、まさに理想的な雑談空間になります。いわば「追われたもの同士」が身を寄せ合うように集まる場。そこでは、「なんか肩身狭いよね」「周囲の目が厳しくてさ」という嘆き合い、こぼし合い、グチり合いが絶好の雑談のキッカケになります。私が好きなマンガに武富健治さん作の『鈴木先生』という作品があるのですが、そこでもこうしたシーンが出てきます。主人公の鈴木先生が勤務する中学校には、教員用のタバコ部屋があって、そこでタバコを吸いながら、先生同士が学校の問題について相談し合うんです。同じように肩身の狭いもの同士がモウモウと煙が渦巻く空間に集まれば、悩みも話せるし、いろいろと雑談もできる。狭い部屋に籠もってタバコをひたすら吸っている姿は気の毒ですが、あの空間にはあの空間ならではの雑談が成立しているんです。多数派の中にいる少数派同士というのは、非常に打ちとけやすいのです。大勢の中でタバコを吸うのが1人きりだと、ものすごく疎外感や罪悪感を覚えますが、これがもう1人現れて2人になれば、一気にそのストレスが小さくなる。初対面同士でも間違いなく共感できるピンポイントの話題がある。多数派の中の少数派同士。実は、これほど雑談に適した状況は、ほかにないかもしれません。仲間意識という意味では、同じトラブルに巻き込まれているという状況が雑談を成立しやすくすることがあります。たとえば乗っている通勤電車が車両故障などで大幅に遅れたとします。「エ〜、マジかよ。会議に遅れちゃう」と思ったとき、そこは誰かと雑談を交わしやすい空間になっています。思わず同じように困惑している隣の人と、「いやぁ、参っちゃいますね」「ええ、最近とくに電車のトラブルが多いですよね」「本当に、いつまで止まっているんですかね」「よりによってこんな通勤ラッシュの時間っていうのもねぇ」こんな調子で言葉を交わした経験のある人は少なくないと思います。雑談したからといって、それ以降、その人との人脈ができるわけでもない。まさにその場に居合わせた、同じトラブルに巻き込まれたもの同士の、その場限りの雑談です。しかし言葉を交わして、お互い「困ったな」という共通感情を持つことで、人というのは少し気が晴れるもの。このような場の空気が和む瞬間を、誰もが一度は経験したことがあると思います。悪天候で飛行機が欠航になったときの空港ロビーや、運転を見合わせている新幹線のホームなど、いつ動くかわからないような〝閉じ込められた状態〟で一緒になったもの同士は、それこそ雑談でもしなきゃ間が持たないという状況になるでしょう。一緒に受けたトラブルというのは、雑談が盛り上がる格好の話題になりうる。戦友のような仲間意識が芽生える上に、これ以上ないほどの共通の話題があるのですから。ならば日常生活の中でのこうしたトラブルは、雑談をするチャンスととらえ、お隣の同志に声をかけてみてはいかがでしょう。あなたの雑談力も磨ける上に、相手との距離がグッと縮まる、またとない機会です。緊張していた人の表情がふっとゆるむ。これも雑談の大事な役割なのです。
19悪口は、笑い話か芸能ネタにすり替える今も昔も変わらない雑談の話題が人の悪口。確かに、その場にいない誰かを共通のターゲットにして言い合う悪口は、雑談が盛り上がりやすいネタではあります。しかし、相手との気詰まりをなくして、空気を和ませるための雑談の話題が、他人の悪口やアラ探しというのではあまりに悲しい。盛り上がったように感じても、決して後味のいい雑談にはなりません。いくら話題に行き詰まっても、雑談で悪口や陰口の類を持ち出すのはやめるべきです。雑談は切り上げ方が大事だと書きましたが、〝後味〟も同じくらい大事。さわやかに、気持ちよく終わらせたいものです。しかし、言うのは簡単ですが、なかなかそうもいかないのが現実でしょう。みんなが共通して知っている〝困った人〟がいると、自分は口にしなくても誰かがその人の話題に触れてしまうかもしれません。そして、そこでビシッと「人の悪口はやめようよ」「陰口はよくないよ」と言えるようなら誰も苦労はしません。それに、結論や正論で話の流れを切ってしまうことにもなりかねません。ではどうするか。何やら雑談が誰かの悪口や陰口の方向に流れ出したら、その話題やエピソード自体を笑いに変えてしまえばいい。たとえばあなたの職場に、社内の誰もが認めるロクでもない上司がいたとします。あるとき、仕事帰りの居酒屋あたりで同僚たちと話をしていて、その上司の悪口大会になりそうになった。でも、その話題を笑いにしてしまうんです。その上司が何か無責任で不条理なことをやらかしても、「アイツ、ホント、使えねぇ」「ムカつく」ではなく、たとえば、「いやあ、今日も出ましたね、課長お得意の〝聞いてない〟攻撃が〜」「わが部の歴史に、またひとつ、最強おもしろ伝説が刻まれちゃったね」といった具合に、笑えるネタにすり替えていく。悪口陰口の羅列で負のオーラに包まれる雑談よりも、頭にはくるし腹も立つけれど、そういう出来事を笑い話として盛り上がるプラスオーラの雑談のほうが精神衛生的にもいいに決まっています。そうやって笑っているうちに、腹立ちも収まって、気持ちも温かくなってくる。それこそが、場の空気を和ませるという本来の雑談の姿なのです。それでも「やっぱり人の悪口で盛り上がりたい」「悪口は蜜の味」というなら、その対象を身近な人ではなく、芸能人に求めるというのもひとつの方法。つまり、芸能人や有名人をコキ下ろして〝悪口言いたいストレス〟を解消するんです。私は、それも芸能人や有名人の運命であり、ワイドショーや週刊誌の芸能ネタやゴシップは、そのためにあると思っているくらいです。芸能人同士の不倫や恋愛ゴシップ、暴言・失言・暴露話。それをネタにして「あんなの、ありえないよね」「やっぱり、あのコは男を見る目がないと思ってたのよ」「人前であれを言ったら、さすがにまずいでしょ」思い切り悪口を言えばいい。身近な人の代わりに、芸能人に悪口を言う。たとえるなら、人を殴る代わりに殴られるサンドバッグといったところでしょうか。当の芸能人の方には非常に気の毒な話ではありますが、それも人気商売の宿命です。つまり「お笑いのが〜」「タレントのが〜」などと言っている分には、それほど罪がないということ。身近な人が対象になるとそれは悪口や陰口になってしまいます。いずれにせよ、悪口陰口は言わないに越したことはありません。明るく笑えるような楽しい話題でプラスオーラに包まれる雑談をしたいものです。
20相手との「具体的なフック」をひとつ見つける大学で、私が犬を飼っていることを知っている学生が、授業が終わったあとに、「先生、犬を飼ってますよね。私も先生と同じパピヨン飼ってます。パピヨンって〜」などと話しかけてくることがあります。私も犬好きですから、「そうそう、カワイイんだよね。君のところはなんていう名前?」みたいな話になる。話の内容はその程度でも、その学生のことは覚えているんです。「ああ、パピヨン飼ってる子ね」という感じで。自分と相手、お互いに共通したフィールドにある話題は記憶に残りやすいんです。相手の興味関心というフックに、「自分もそうなんです!」といった具合に話題を引っかけていくと、相手も反応を見せてくれる。共通の話題ゆえに話も盛り上がります。そして、そのフックは具体的であるほどいい。学生の話でも、「犬が好き」ではなく「パピヨンが好き」という、より具体的なフックがあるからこそ、私の記憶によりはっきりと残るのです。人は誰でも自分が好きなものの話では盛り上がるし、得意なことの話題では饒舌になるもの。この人と顔を合わせると、必ずの話になるこうしたケースは多いものです。もちろん逆のこともいえて、自分の興味関心というフックに、相手が話題を引っかけてくれると、こちらも気持ちよく話ができるでしょう。思いがけず顔を合わせて、共通の話題、接点となる話題ひとつで、数分話をして、また別れていく。雑談は一期一会、いや『一点一会』のようなものです。その『一点一会』が何回か繰り返されると、「この人とはこの話」となる。自分も相手も「何を話したらいいか」というストレスとは無縁になります。つまりそれによって完全に人間関係が強化されるのです。まずはひとつだけ。相手との共通点を、具体的に探してみましょう。
21あの人にはこの話題。『偏愛マップ』で鉄板ネタを把握その人との雑談では、この話をするとまず間違いなく盛り上がるという話題。いわゆる相手限定の『鉄板ネタ』です。前章では、まったくの赤の他人との雑談のケースなども取り上げましたが、たいていの場合、顔を合わせる機会が多い人や、すでに会ったことのある人、そこそこ知っている人と雑談する場面のほうが圧倒的に多いと思います。そこで、相手の興味のあるもの・好きなものを意識して覚えておく。これは非常に雑談の役に立ちます。何も相手の興味のすべてを聞き出して事細かにメモをしておけ、と言っているわけではありません。『この人には、これが鉄板』という、際立ったひとつでいいから、ひとネタを、頭の隅で覚えておくのです。周囲の人の「この話から入ればまず大丈夫だな」「この人とは必ずこの話になるな」という「あの人はこれが好きマップ」を持ちましょうということ。私はこれを『偏愛マップ』と呼んでいます。日々の生活の中で、出会った相手の興味や関心事を押さえておき、自分の『偏愛マップ』に上書きしていく。たとえば、Aさんだったらゴルフの話題。グルメのBさんには食べもの屋の話題、最近子どもが生まれたCさんには、子育ての話題などなど。Aさんと顔を合わせたときに、自分の中にあるAさんの偏愛マップ(そういえばゴルフだったなあ)を思い浮かべて、「いやぁ、石川遼クンはスゴイですよね」「最年少で賞金王でしょ。ウチの子にもゴルフやらせときゃよかったかなぁ」「でも我々の子じゃ、素質がね〜」「アハハ、そりゃそうだ」などと、相手の興味のある話題を提供していくのです。さらにひとつ好きなものを見つけたら、そこから線を引くように「これが好きなら、こっちも好きだろう」「これに興味があるなら、あれも知っているだろう」という感じに、偏愛マップを更新し、派生させ広げていく。もし自分の好きなことが、相手の偏愛マップの中にもあったら、もう万々歳。お互いに盛り上がれる最強の接点を発見したことになります。その接点が見つかれば、その人との人間関係はほぼOKといってもいいでしょう。
22今が旬のリアルタイムな話題は、仕入れたらすぐに使う時事問題や、最近ニュースで取り上げられているような社会的ニュースや時事ネタも、多くの人々が共通して知っている話題のフィールドでしょう。時事ネタというのは、ある意味オールマイティに使えるユーティリティの高いネタです。となれば、前項の繰り返しになりますが、毎日のニュース番組や新聞にひととおり目を通しておくことは、雑談ネタの仕入れのためには欠かせません。ここで大切なのは、仕入れたらすぐに使うということ。今夜のニュースで見たことは、明日明後日くらいで雑談ネタにしてしまう。今朝読んだ新聞の話題で、その日の雑談を流していく。雑談における時事ネタというのは、そのくらいの考え方でいるべきです。たとえばある日「新型インフルエンザがフェーズになった」というニュースが流れても、何日か後にはもう状況は違ってくる。「この間、どこどこで感染者が見つかったんだってね」というニュースも、数日後には「いや、あれは間違いだったらしいですよ」となる。「イチローが日米通算3000本安打を打った」というニュースも、数日後には「今度はメジャーリーグで9年連続200本安打の新記録を作った」となる。2週間前とか1カ月前とかのニュースを今話しても、そのときのままだとは限らないのです。雑談を盛り上げるなら新しい情報のほうがいいに決まっています。そのためには、ニュースや新聞はこまめにチェックして、今、旬な情報をネタを仕入れておきたいもの。だからといって、人よりも先に新しい情報を仕入れろなどと言うつもりはありません。「この間ののニュース、今こうなってるみたいですよ」「え、そうなの。知らなかった」「そうそう、オレも見たよ、昨夜のニュースで」「僕もケータイのニュースサイトで見たばかりだよ」つまり、旬であればあるほど、その情報だけで盛り上がる雑談ネタになるのです。相手がその情報をすでに知っていても、まったく知らなくても、提供することで雑談が盛り上がるキッカケになる。それが重要なのです。たとえば「今日も巨人が勝ったね」は、試合直後には使えるネタですが、翌日になると巨人ファン以外は乗ってこないかもしれません。情報やニュースは〝生もの〟です。それゆえに〝足が早い〟。寿司と同じく雑談ネタも新鮮なほうがより盛り上がるものなのです。
23日々の疑問は、そのまま雑談ネタになる「パソコンの調子がよくないけれど、原因がわからない」「インターネットショッピングをしたいけれど、オーダーの仕方がわからない」「DVDとブルーレイディスク、買うならどっちがいい?」毎日の生活の中で出くわすわからないことや、ちょっとした疑問。これらも格好の雑談ネタになります。疑問の解決だけが目的であれば、それは「相談」という「意味のある話」になり、雑談の定義からは外れてしまいます。しかし雑談を始めるキッカケや話題の提供に用いるのなら、その限りにあらず。非常に便利で使い勝手のいいネタになってくれます。たとえば、「TSUTAYAのネット宅配レンタルってどうやるか知ってますか?」という相談をしたとしましょう。もし相手がその方法を知っていれば、そこから雑談が始まります。もちろん最初はレンタル方法のレクチャーになりますが、それがキッカケになって次は、「どういうDVDがお好きですか?」「最近は何でもネットで手に入るから便利ですよね」「こんなことができると、街のレンタルショップはどうなっちゃうんですかね」などと、話を広げていくことができるはず。これも、最初の相談というネタから別のネタを派生させることで雑談を展開していく方法の一種といえるでしょう。今の時代、パソコンにインターネット、デジカメ、携帯電話、ブルーレイディスクレコーダーと、私たちはさまざまなAV機器に囲まれています。その高性能化・高機能化は目覚ましいものがありますが、その使い方をすべて把握している人など皆無に近いはず。誰もが大なり小なり「使い方がわからない」「不都合が発生したけど対処方法を知らない」という体験を持っていると思います。みんなが同じように困った経験があってみんなが共通して関心を持っている。だからこの手の相談は雑談ネタになりやすいのです。
24雑談の練習相手に最適なのは、赤ちゃん、ワンちゃん、オバちゃんシャイで口下手。人と話をするのがとにかく苦手。そういう人から「どこで雑談力を磨けばいいのかわからない」という相談を受けることがあります。そんなときにおすすめするのが、赤ちゃん、ワンちゃん、オバちゃん。まずは、オバちゃんと練習することをおすすめします。雑談力でいえば、オバちゃんはプロです。大学生であれば母親世代である40〜60代の女性との雑談が、気軽でいいと思います。以前、1000人くらいの人たちの前で講演会をしたときのこと。「この本を読んだことのある人」と語りかけ口調で話したとたん、最前列のオバちゃんが、こっちを向いてと言わんばかりに壇上にいる私の足をたたきながら、「先生、ある、ある」と答えてきたのです。1000人いる中で、一対一を仕掛けてきた。思わず私も「そうですね」と答えてしまったほど。この果敢さを思えば、自分から話題をいろいろ提供しようと思わず、オバちゃんの胸を借りるぐらいの気持ちで話しかけてみるといいでしょう。20代の女性であればセクハラといわれかねない話題でも、オバちゃんなら笑いに変えてくれます。なので怖がることはありません。オバちゃんに限らず、立ち食いそば屋やパン屋さん、お弁当屋さんなど、日常生活の中でいつも何かしら雑談する人が、自分の行動ルートの中に何人かいるといいでしょう。お店の人は、男女関係なく雑談上手な人が多いので、自然と鍛えられるでしょう。次におすすめが、赤ちゃんを抱っこしているお母さん。バスや電車の中で、赤ちゃんがむずがってる状況というのは、よくありますよね。お母さんが「すいません」なんて言うときなどは、私の場合は、もう、必ずお母さんと雑談に入ります。赤ん坊と話すように雑談しながら、「ねえ、ねえ、でも大変だね、暑いしね」みたいな感じで。実はこのひと言、赤ちゃんのことがなんとなく気になっていた車内の人たちにとっても、ありがたい。一気に場が和みます。また、バスや電車は降ります。降りる前提、終わる前提という意味でも、雑談がしやすいので、ぜひおすすめします。最後は、犬の散歩。自分が犬を飼っていなくても、犬の散歩をさせている人に話しかけることもできます。「かわいいですね、何歳ですか?」とか、赤の他人でもいきなり話しかけて怪しまれないという点においては、ペットを散歩させている人というのは格好の雑談練習相手といえます。
25困ったら「アメちゃん」。自分のコミュニケーションツールを持つ私の職場の同僚に、クレーンゲームに凝っている先生がいます。ゲームセンターでぬいぐるみをたくさん取るのが楽しみなんだとか。最近ではリラックマというクマのキャラクターがお気に入りで、その先生と大学で会うと、よく、「齋藤先生、リラックマを知らないんですか?」「いやぁ、知りませんね」「そりゃよくない。リラックマくらい知らないとまずいですよ」といった話になり、ゲットしたぬいぐるみやストラップをくれたりするのです。ほかの人たちにも同じようにグッズを配るし、キャラクターの話で盛り上がっています。「ああいうゲームって、最近ではどんな景品が入ってるんですか?」「意外と大人が真剣にやってるんですよ。これ、この間の戦利品。どうぞ」「そうですか、ありがとうございます。え、そんなに持ってるんですか?」「ついついハマッちゃってね」などと、リラックマのぬいぐるみを間に置いて話が広がっていく。その先生に自覚があるかどうかはわかりませんが、彼にとってリラックマのぬいぐるみは、個性的なひとつのコミュニケーションツールになっているんです。そのツールがあることで、彼との雑談はクレーンゲームやリラックマといった、こちらが思いもよらない話題で展開されることになります。ですから、何を話せばいいかわからない、話に自信がないという人は、何かしら自分なりのコミュニケーションツールを用意しておくのも有効な手段です。携帯電話にユニークなストラップをつけるのもいい、待受画面に凝ってみるのもいいし、デザインのおもしろいステーショナリーを使うのでもいいでしょう。「これ、おもしろいでしょ?」「こういうの、知ってます?」といった話のキッカケになるものなら何でも構いません。珍しくておもしろそうなモノを探してきて、会話のキッカケに使ってしまうのです。そして大事なのは、相手が持っているユニークなモノ、楽しげなモノには、こちらから食いついてあげること。相手のツールを拾ってあげることも重要です。「それ何ですか?おもしろいですね」「ああ、これ?実はね」と、相手本位の話題で雑談が広がっていきます。自分がキッカケを提供するためのコミュニケーションツールを持つ。相手の持ち物などに話のキッカケとなりそうなアイテムを探して反応する。困ったときのモノ頼み、大いに結構。それを糸口にすればひととおり雑談ができるようなコミュニケーション・ツールは、雑談下手な人にとって心強い武器になります。誰にとっても手軽な雑談アイテム、コミュニケーションツールとして、私のオススメは『フリスク』とか『ピンキー』とかいったミントタブレットです。私もフリスクはよく持ち歩いています。そして誰かと一緒にいるときにカチカチッと出して食べると、それに反応する人は意外に多いのです。そうなればチャンス。「よかったら、どうですか?」と言いながらカチカチッと相手の手に出してあげる。言ってみれば、大阪のオバちゃんが得意としている〝アメちゃん攻撃〟といったところでしょうか。「実は昼メシにギョウザ食べちゃいまして。ニオイ消しですよ」「あ、私も持ってますよ、ピンキーですけど」「二日酔いの翌朝の通勤電車には欠かせませんよね、フリスク」お互いにフリスクを食べてスースーしながら、雑談が盛り上がることはよくあります。私の経験上、フリスクを断る人はあまりいません。断られても、またそのことから話ができることも。「ミント系は苦手ですか」「甘いのだったら大丈夫なんですけどね。フリスクよりもピンキー派なんですよ」といった具合に。フリスクのいいところは、30秒くらいで溶けてなくなる点。フリスクをかじってちょっと雑談して、口の中のフリスクが溶ける頃には「じゃあ、また」「ごちそうさま」となる。これがなかなか溶けないアメ玉だと、こうはいきません。第一、アメ玉を口に入れてたのでは、しゃべりにくくてしょうがない(笑)。その点フリスクは、キッカケにもなるし、去り際や終わり際のタイミングも計りやすい。ちょっとした、すき間時間を埋めるのに、かなり優秀なツールだと思います。
26「誰々が言ってた話」も、有効なネタになる大学で同僚の先生たちと雑談する中でたまに出てくるのが、自分たちに対する学生からの評判です。第2章で述べたように、ほめるのは雑談の王道テクニックですから、このケースでももちろん「いい評判」を伝えたい。しかし同じ先生同士ゆえ、ただ単に、「いやぁ、先生の授業はすごくおもしろいですよね」と直接ほめ倒すのでは、わざとらしさやお世辞っぽさが拭えません。下手をすればイヤミに聞こえて、その場の空気が和むどころかギクシャクしてしまうかもしれない。そんなときは、「ウチの授業に来た学生が『先生の授業、すごくおもしろかった』と言ってましたよ」こんなほめ方のほうが、ずっとしっくりきます。つまり間接的にほめるのです。ポジティブな話題の場合、「誰々がこう言っていた」という伝達情報のほうが、信憑性が高くなることが多い。直接的にほめられるときの、〝いかにも取ってつけた感〟というかお世辞的要素が少なくなります。もちろんウソを言う必要はありません。相手に対するポジティブ情報があれば、それを伝え聞きという形で提供するのも有効だということ。ポジティブでプラス方向の伝聞情報を集めるのも雑談のネタを仕入れるひとつの方法なのです。伝聞情報という意味で、もうひとつ。雑談が上手な人は「拝借したネタの伝言」が上手です。つまり「人から聞いた話」を自分の雑談ネタにできるということ。雑談のネタは、自分の生活世界だけでそうそう見つかるものでもありません。でもそこに「自分ではない誰かが体験した話」を持ち込むことで、話題は倍々に膨らんでいきます。TBS系の『ニュースキャスター』という情報番組で、ビートたけしさんとご一緒させていただいています。たけしさんはカメラが回ってないときもすごくおもしろい。いや、楽屋にいるときはさらに話がおもしろいんです。表でも裏でも、周囲を常に楽しませている。そのサービス精神はすばらしいと思います。彼はスタジオ入りするとオンエア10秒前ぐらいまで、ずっと雑談しています。それもテレビでは放送できないような、際どく、どれも大爆笑のおもしろい話ばかり。スタッフから出演者から、みんなで大笑いして盛り上がって、そのまま本番に入っていくのです。たけしさんがすごいのは、そうしたときの話題が尽きないこと。それこそ無尽蔵に出てくる。そこで「どうしてあんなにいろいろな話題を提供できるのだろう」と考えてみました。すると、あることに気づいたのです。たけしさんの話には、ときどき、「いやいや、こないだ聞いた話なんだけどさ〜」「これ、が言ってたんだよ〜」といったフレーズが出てくることがあります。その話は、自分の体験談ではないということ。以前に誰かから聞いたエピソードを拝借してネタとして持っていて、それを別の雑談で話している。雑談のネタを伝言ゲームのように伝えているわけです。たけしさんはこの「拝借ネタの伝言」が天才的にうまい。芸人という仕事柄もあるのでしょうが、自分のネタはもちろん、それ以上に人から聞いたネタのストックがものすごく多い。そのネタもバラエティ豊富で内容が多岐にわたっている。そして仕入れやストックが多いから、誰かが何らかの話を振ったときも、必ずそれにまつわる雑談ができるのです。さらに彼は、「人から聞いた話」「うわさ話」を、彼の言葉にして彼の味つけをして伝えることができる。だから元ネタのエピソードが『たけしの話』になり、よりおもしろおかしくなって雑談が盛り上がるというわけ。たけしさんに限らず雑談のうまい人は「ネタの倉庫」を持っています。そこには次々に新しいネタが入ってくるし、以前に仕入れた〝何年仕込み〟のようなネタもある。それを状況に応じて、どんどん使い回しているのです。もちろん、私たちがたけしさんと同じように話すのはとても無理でしょう。しかし、誰かと雑談するとき、相手からおもしろいエピソードが出てきたら覚えておく、「人から聞いた話」を自分の雑談ネタとしてストックして使い回す、という方法は、大いに活用したいものです。ネタの使い回しはどんどんすべきです。相手が違えば、同じ話を何度しても問題ないのですから。どの人にどのネタを話したのかを覚えている記憶力があれば、話がダブることもありません。
27タクシーは雑談ネタの仕入れと練習ができる、最高の場所仕事で疲れた、誰かに嫌なことを言われた。こんなときにおすすめなのが、タクシーです。「正直、人間関係のストレスとかどうですか、ありますか」とか「もう、ほんとに嫌になりませんか」、もしくは「お客さんでひどい人いるでしょう」といった具合に、自分のストレスをそっと吐くイメージで、タクシーの運転手さんに話を持ちかけるという方法があります。「ありますよ、そりゃ」みたいな感じで返ってくるはずなので、そのまま話相手になってもらうのです。タクシーの運転手さんとは、背中越しでミラー越しという点も魅力的。向き合っていないからこそ、気さくに話しかけたり、グチもこぼせたりするのです。景気が悪いなんて話をし出したら「もう、調子悪いねえ」と、延々と話します。「東京の道、覚えるの大変でしょ」ここから出身地バナシに華が咲くこともあります。「たまプラーザに帰るのに『たまプラまで』と言って寝ていたら、知らないうちに海に着いていて、そこは確かに『鎌倉』だった」こういった類のおもしろエピソードも、タクシーでは頻繁に耳にします。雑談の練習場であると同時に、ネタの宝庫でもあるタクシー。これを活用しない手はありません。タクシーの運転手さんのネタは、他の人に話してもおもしろい。まさに前項で紹介した「人から聞いた話」を自分の雑談ネタとしてストックして使い回すことが、即実行・実現できます。タクシーに乗ったときは、積極的に運転手さんにいろいろ話を振って、ネタを引き出してみましょう。
281ネタ知って10ネタ広げる、具体的な方法雑談のネタ集めでは、単体のネタを数多く仕入れるだけでなく、ひとつのネタから枝葉を伸ばして別ネタを引き出すという方法もあります。たとえば滝田洋二郎監督の映画『おくりびと』を見に行ったとしましょう。まずアカデミー賞を取った話題作を見たという経験がネタになります。映画のメインストーリーである納棺師という仕事、本木雅弘さんや広末涼子さんらキャストの演技、滝田監督の演出などネタになる素材はいろいろありますが、それだけでは作品の真ん中をネタにしているだけです。もちろんそれもネタにするのは当然なのですが、さらに何か別ネタを見つけてみるのです。中心ではなく脇の部分にも注目してみましょう。たとえば元楽団員の主人公がチェロを弾く場面が出てきます。そのシーンから「チェロってどんな楽器だろう」「楽団員っていう職業もいいな」と感じる。また山崎努さん演じる納棺師の先輩は、家の中を植物でいっぱいにしているのですが、そのひとコマから「花がたくさんある部屋っていいな」という興味を持つ。そういう見方をすると、一本の映画から受ける刺激は、本筋だけでなくより多方面に広がっていきます。そして、それぞれの刺激は、すべて雑談のネタにもなりうるのです。その刺激をストックしておけば、楽器演奏やオーケストラの話になったときには、「そういえば『おくりびと』にもこういう場面がありましたよね」という話ができる。癒しやリラックスの話題になったときには、「植物を育てることも精神バランスに何かしらいい影響がありそうですよね。『おくりびと』にもそういう場面があったなぁ」という展開ができます。『おくりびと』という映画から、本筋以外の別ネタがたくさん派生していきます。とくに映画というのは、いろいろな素材が織り合わされて完成したファブリック(布)のようなもの。『おくりびと』ならばチェロしかり、植物しかり、銭湯しかり、主たるストーリー以外にもさまざまな要素が織り込まれています。ここでは便宜上映画の話を例にしましたが、こうしたことは私たちの身の回りで起きるすべての物事に例外なく当てはまります。雑談のネタになりそうなエピソードに出会ったら、中心部分だけでなく、そこに織り込まれている要素にも目を向けてみましょう。中心部分のネタというのは、ひとつのエピソードからひとつしか取れません。しかしさまざまな構成要素にまで目を向けると、ネタは派生してどんどん増えていきます。1を知ったら、そこから派生させて10を得る。ひとつのネタから、どれだけの枝葉を伸ばすことができるか。ひとつのネタに隠れている「ネタに育つ芽」をどれだけ見つけることができるか。それには常に感性のアンテナを広げて、いろいろなものから刺激を受けやすい状態にしておくことが大事です。まずは日常生活の中で自分にとって刺激になっているものは何だろうと改めて見直してみてください。テレビや雑誌、映画、DVD、音楽、ラジオ自分の周りにあってよく見聞きしている媒体の傾向を少し変えてみるのもおすすめです。たとえば何かひとつのテレビ番組を欠かさずに見続けてみる。それも今まであまり見たことがないジャンルの番組をHDDレコーダーに録画しておいて毎回見る。それだけの変化でも、新しい感性のアンテナが反応し始めます。情報感度がアップして、これまでは気がつかなかった刺激にも反応するようになります。新しい刺激の入り口、情報が流れ込んでくる受け皿を常に開拓する。ネタになりうる情報に敏感になる。それは雑談の基礎体力作りでもあるのです。
29年代別〝鉄板雑談キーワード〟をチェック私は子ども向けテレビ番組の制作に関わったり、子ども向けの書籍を出したり、塾の講師をしたりしている関係上、子どもたちと接する機会が意外に多くあります。彼らと一緒に話をして知ったのですが、流行っているマンガや絵本などでも、小学生の間だけのベストセラーがあるんですね。たとえば講談社の『青い鳥文庫』には初版部数が30万部という作品がある。さらに10万部単位で増刷がかかるんです。初版で1万部発行できれば上出来という出版業界において、これは驚異的な数字です。まさに小学生という領域の中だけのベストセラー。私たち大人は全然知らなくても、子どもたちの大多数は読んでいる、もしくは知っています。当然、小学生と話すときには、この『青い鳥文庫』を話題にすると、「ああ、それ知ってる知ってる」などと、ことのほか盛り上がったりします。小学生の女子ならお笑いグループ『はんにゃ』の金田哲も人気です。今は小学生、高齢者、主婦、サラリーマン、女子高生、外国人。みな世代によってまったく違った価値観を持っています。そういう人たちを相手に、常に話題をもたせながら雑談をするには、相手の領域で人気のあるものを話題にするのがいちばん効果的です。そのためには、世代や年代、エリアといったさまざまな領域で生かせる話題を、アンテナを張り巡らせてチェックしておくことも大切。しっかりリサーチしなきゃと、しゃっちょこばる必要はありません。書店に行ったらたまには児童書コーナーを1周してみる、髪を切りに行ったらたまには女性週刊誌を読んでみる。まずは日常生活の中で、時には自分とは違う世代をターゲットにした情報にも目を向けるように心がけてみましょう。前にも説明したとおり、知識として頭に入れる必要などありません。ちらりと見かけた印象や感じたことをそのまま伝えるだけでもいいのです。「に関する記事を見かけたけれど、どうしてあんなに人気があるの?」「駅前にできたカフェ、ケーキがおいしそうだったけれど、行ったことある?」こんな具合に、相手が知っていそうな、もしくは関心がありそうな話題に関して質問を投げかけるだけでも違います。各世代の鉄板ネタを探すというよりも、自分以外の世代の人が関心を持ちそうなキーワードを押さえておくという程度で十分なのです。
30面接の雑談で、柔軟性と切り替え能力が試される就職試験などの面接で、試験官が本題と関係ない質問をすることがあります。「わが社を志望した理由は?」「自分がこの仕事に向いていると思う部分をPRしてください」「君はこの会社でどんな仕事をしたいの?」といった質問に交じって、「最近、何かおもしろい映画、見ましたか?」「女優さんだと誰が好き?」「週末はどんなことして過ごしているの?」など、思いもしない、喫茶店での茶飲み話的な質問が突然出てくることがあります。もちろん試験官は自分の興味本位で聞いているのではありません。想定外の話題にどれだけ話を返せるか。話題がパッと入れ替わったときに、臨機応変にギアチェンジして話ができるか。チェックしているのは、その人の柔軟性、切り替え能力、そして社会性なのです。事前に答えを準備してあることや、いかにも面接で聞かれそうな質問、自分の得意分野の話のときはキチンと話ができるのに、そこから少しでもズレて、ただの雑談のような質問をされると、急にしどろもどろになってしまう。これでは一緒に仕事をして営業に連れていってもむずかしいかな、となるわけです。逆に、試験官のほうが「へぇ、そうなの?」となるようなプラスαをつけて話を返せるような人なら、「こいつは使えるな」となるでしょう。このように、会話の柔軟性やとっさにギアチェンジできる人物なのかを見るために雑談的な質問をするというのは、面接の場ではよくあることです。どんな話題になっても臨機応変に対応できる柔軟さとは、いかに本題以外のムダ話(雑談)ができるかということ。就職試験の面接で雑談力をチェックしているのは、ビジネスの世界でも雑談のできる人が求められている何よりの証拠なのです。また、意外に思うかもしれませんが、雑談から透けて見えるのは、その人の育ちのよさ。もちろん、いわゆる育ちがよいというのは、家柄がよいということではなく、人間関係に恵まれて明るく育っているという意味です。こんな点も、面接官はしっかり見ています。
31ニュートラルな人は雑談がうまい3人集まると派閥ができるといわれます。学生時代、クラスの中に仲よしグループが複数存在していた記憶は誰にもあるでしょう。それ自体はそんなに悪いことではありません。人間の習性でもあります。ただ派閥やグループに固執しすぎると、どうしても人間関係が狭くなり、付き合いや考え方が偏るという問題はあります。ひとつ間違えると、組織全体の雰囲気がギクシャクしてくる。場合によってはグループ間の確執や派閥抗争に発展する可能性もあるでしょう。そういうときにその組織全体から求められるのは〝ニュートラルな存在〟。グループや派閥に属さずに、全員と同じスタンスで関われる人、つまりグループ化されていない人ということです。そうした〝ニュートラルな人〟たちに共通していえるのが、雑談がうまいということです。誰とでも雑談できる。どのグループとも話せる。部長や課長とも、同僚とも、後輩や女子社員とも、受付のお姉さんや取引先の社長、保険の外交員やヤクルトレディとも、分け隔てなく雑談ができる。そして、そういうニュートラルな人がいるだけで、場の空気がグンと開かれる。オープンになるのです。「あいつがいるだけで、なんだか空気がなごむんだよな」雰囲気のいい職場には、〝場の空気のなごみ〟を生む人が必ずいます。たとえば雑談の中に派閥間の陰口のような話題が出てきたら、それを上手に受け流して違う話題にスライドさせていく。特定の敵対関係を作らないように、上手に話をコントロールできる。誰とでもニュートラルに、ニュートラルな話ができる。ニュートラルなスタンスが支持されるのは、言うことが人によって変わらない公正さへの評価でもあります。つまり、立場や発言にブレがない。グループ化、派閥化されていないがゆえに、全体を俯瞰できる。周囲に流されずに物事を大局的に考えられる。「これはこれ」「それはそれ」「この問題とこの問題は別」という確固とした立場に立てるということです。そういう人は組織の中で憧れの存在というか、一目置かれていたりするもの。さわやかで後腐れなくて、いろいろなグループとサラッと付き合える。「あの人みたいにできたらいいな」と思われていたりするものです。マンガ『課長島耕作』がビジネスマンの高い支持を受けていたのも、主人公が貫く非派閥性に対する憧れがあったのかもしれません。組織の中でこうしたニュートラルなポジションを維持するために、雑談力が不可欠なのです。雑談そのものは、これといって意味のないムダ話です。しかしその雑談を誰とでも楽しくできる能力は、誰とでも適度な距離感をキープできる能力でもあります。雑談力とは、その人をニュートラルな存在たらしめる社会性あふれる知性なのです。
32組織での評価も人望も、つまるところムダ話ができる人かどうか実は私には、学生の頃、友だちが少なく暗かった時代がありました。どうやら周囲から見て〝絡みにくい人間〟だったようです。すごく人見知りだったのに加えて、若気の至りで「オレはみんなとは違うんだ」みたいな空気を出そうとしていたのかもしれません。ところがそんな〝絡みにくい人間〟にも、気にせずに平然と絡んでくるヤツがいました。何かと話しかけてくる。それも無理しているわけではなく、本当にサラリと雑談を振ってくる男子です。最初は困惑していたのですが、次第にその男子に絡まれるのに慣れてきます。そして次第に、その男子を仲介にすることで、他の人とも付き合えるようになりました。本当に助かりました。彼がいてくれたおかげで、学生時代の人間関係、つまり友だち同士で構成されるコミュニティからこぼれ落ちずに済んだといってもいいでしょう。その彼とは、いまだに友だち付き合いが続いています。誰にでも同じように絡むことができた彼は、やはり学生時代から、そして今も、周囲から一目置かれる存在です。組織の中で一目置かれている、それは言葉を換えれば「人望がある」ということ。前述したニュートラルなスタンスがもたらすのは、周囲からの「人望」だと私は思っています。誰とでも上手に話ができて、全員と適度な距離感が保てる。だから偏りがなく公平で、客観的な判断ができる。そんな人からは、人間としての「器の大きさ」も感じられます。逆に、話術自体は巧みでも、話す相手を選ぶ人、苦手な人とは話せない人というのは、どこか器が小さい感じがしてしまいます。雑談力によって、組織での評価も人望も大きく変わってくるのです。「人望」という観点から見れば、ネタや話題のおもしろさよりも、相手を選ばずに誰とでも話ができることのほうが評価されるのです。どこの職場でも、みんなが苦手としている人とも何気なく話せる人、変に神経を使わずに誰とでも自然に話のできる人がいるでしょう。そういう人は、おしなべて人望があります。おべんちゃらを言うわけではなく、八方美人な感じでもなく、フェアな感じでみんなとつながっている。上司とも同僚とも、取引先とも良好な関係が築けるので味方も多く、出世も早い。また、そういう人は上司になっても、部下に好かれ、部下がついてきます。つまり雑談上手な人は、人間関係における間口が広いということ。ビジネスにおいて〝ニュートラル雑談力〟は最強の武器なのです。
33企画会議は飲み会のように、飲み会は企画会議のように私はNHKの『にほんごであそぼ』という子ども向け番組に関わっています。その番組の企画会議が、それはもうハイテンションなんです。私や佐藤卓さん、ひびのこづえさん、そこにNHKのスタッフを交えて「今度はどんな企画をやるか」「どんな特集を組もうか」を議論するのですが、もう出てくるアイデアはハチャメチャなものばかり。傍から聞いているとバカバカしいことばかりしゃべっているように見えます。たとえば、「子どもと一緒に見ている若いお母さん層をターゲットにして、『さわやかイケメンの名文リレー』なんてどうかな」このようなアイデアが出ると、「たとえば、イケメンがカメラに向かって百人一首の恋の歌をささやくなんてどう?これを毎朝リレー形式でやる。若いお母さんたち、朝からホッと癒されるって」などとすごい勢いで盛り上がっていきます。「料理しているイケメンが、包丁をトントンやりながら恋の歌をささやくとか?」「『リーリー』と言ってる野球のランナーが、その調子で名文をつぶやくとか?」「イケメン僧侶が木魚をたたきながら恋の歌を詠むとか?」もう、会議に出ているみんなが乗っかり合って、話がどんどん膨らんでいく。『にほんごであそぼ』に限らず、人気のあるテレビ番組の企画会議はどこもそうだと思います。最終的には不採用になるのがほとんどなのですが(笑)、そんなバカバカしい話をまじめにすると、頭がものすごく柔らかくなります。そして、口もなめらかになってくる。その会議に出ている人たちの仲間意識が強くなって、場に活気が出てくるのです。企画会議というか、ほぼ飲み会。飲み会感覚で企画会議をやっているのです。実際、まず会議室で盛り上がり、そのあと居酒屋に移動してからさらに白熱するわけです。真剣に結果を求められると途端に息苦しいものになってしまいますが、〝どうでもいいアイデア出したもの勝ち〟の企画会議ほど楽しいものはありません。何かひとつ共通の課題や目標を決めて、そこに向かって、てんでバラバラな意見やアイデア、エピソードを出していく。出てきたアイデアにお互い乗っかり合って、話を転がしていく。みんなで同じ時間、同じ話題を共有した感覚になって、すごく後味がいい。企画会議は飲み会のように、飲み会は企画会議のように。ビジネスマンにとって、仕事中にもオフタイムにも共通する、場を盛り上げるコツです。
34「私語禁止」より「ながら雑談」麻雀や将棋など、手を動かしながらの雑談は、思いのほか話が弾みます。ところが、とくにビジネスの現場では、雑談などしていたら仕事がはかどらないとする風潮があるようです。さすがに最近では、「就業時間中は私語厳禁」などというナンセンスな職場は少なくなったかもしれません。しかし上司から、「しゃべってないで仕事をしろ」「口を動かす前に、手を動かせ」などといったお小言を聞かされた経験のある人は多いはず。しかし雑談もできないような職場というのは、私から言わせれば、考えものです。会社というのは仕事をする場ですが、それ以前に生活空間でもあります。会社員の人は、日常のほとんどの時間を会社で過ごすわけですから、そこの居心地が悪いのでは非常に精神衛生上よろしくありません。仕事をしながらでも雑談ができる。そのくらいの余裕があるほうが仕事そのものもはかどるのです。もちろん雑談をしながらでははかどらない内容の仕事もあるでしょう。雑談などできないような緊張感を持って臨まねばならない業務もあります。しかし、雑談しながら、つまり口を動かしながらのほうがはるかに効率のいい仕事もたくさんあるのです。その筆頭が単純作業。機械的、事務的な単純作業は絶好の雑談チャンスです。たとえば会議に備えてプリントアウトし終わった資料をファイリングしているとき。手がおこなっている作業自体はものすごく単純で、少し慣れれば無意識のうちにできるようになるでしょう。そういう作業はただ黙々とやるよりも、何かしら雑談をしながらやるほうが効率はいい。ひとり黙ってやるよりも、話をしながら、適度に弛緩した状態でやったほうが、作業に飽きがこないのです。また逆のこともいえます。つまり、何かしら手を動かしているほうが、話もうまくいくということ。意識の半分を作業に回して、残りの半分で雑談をする。作業と雑談で脳を半分ずつ使うぐらいのときが、気負うこともなく構えすぎず、リラックスできるのです。それに作業をしながらでは結論を求めるような議論をしようなどという気にもならないでしょう。脳の半分は作業に使っているわけですから、そんな余裕もありません。話が途切れたら、作業に没頭すればいいわけです。「何か話さなきゃ」と構えなくていい。考えすぎなくていいというのも「ながら雑談」のメリットです。作業をしているのだから、視線は手元に向いているのが当たり前。ですから顔を見合わせて話す必要もありません。手のやり場、目のやり場の両方に逃げ道がある。シャイで相手の顔や目を見ると緊張して雑談できないという人にもってこいの雑談シチュエーションといえるでしょう。昔は職場でもよく『私語禁止』などといわれていました。仕事中に職場で雑談などとんでもないと。しかし、仕事内容によっては「ながら」が許される、というかむしろ「ながら」を推奨してもいいのです。私たちも大学で試験の採点をしながら先生同士でよく雑談に耽っています。こういう地味な仕事は、雑談でもしながらでないと、息が詰まってしまうのです。ただ、話が盛り上がって、他の先生方から「静かにしてください。集中できないでしょ」と叱られることもしばしばですが。何かの作業をしながら、手元から目線を外さずに、時々パラパラッと雑談する。この「ながら雑談」は、時間が経つのが早く感じますし、第一、楽しくできる。仕事を選んで上手にやると、仕事効率的にも気分的にもプラスに作用することが多い。だからこそ、雑談が苦手な人ほど、コピーやファイリングや資料整理など、単純作業は率先して引き受けてみるといい。そして、同じように単純作業をしている相手と雑談を交わしてみることをおすすめします。
35「また行きたい」と思わせるのは、料理よりも雑談のうまい店もっとも雑談力の問われるであろう仕事のひとつが、サービス業、接客業です。たとえばどこかのレストランで食事をするとします。そこには接客係がいるでしょう。まあ、あんまり忙しいときに声をかけるのは気が引けるので、混雑のピークの時間帯に行くのは避けたいもの。では、接客係の人たちと話ができる時間に行ったお店であれば。やはり雑談が上手な店に、また行きたいと思うでしょう。私も家族も大好きなレストランがあって、何かというとその店に出かけます。もちろん料理もおいしいのですが、それに以上に、その店のフロア係、ウエイターさんが、すごく気さくで雑談がうまい。たとえばワインを注文すると、その説明の合間に、「実は今、ソムリエの資格を取ろうと思って、試験勉強中なんです」「へぇ、ソムリエの資格って、どうやって取るの?」「検定という資格があって、その試験ではあんな問題やこんな問題があって」といった、ライトな雑談を楽しめるのです。また子どもが一緒だと「昔、僕も公文をやっていたんですよ」などと、子どもにもしっかり話題を選んで話を振ってくれる。もちろん料理がメインですから、雑談を交わすのも時間にして数分くらいのものなのですが、その人と言葉を交わすことで、すごくリラックスできて料理も一段とおいしく感じるのです。料理はもちろんですが、半分はその人と雑談をするのが目当てでその店に通っているといってもいいかもしれません。これがたとえば、注文を取るときに「どれがおすすめ?」と聞かれて、「ウチは、どれもおすすめです!」と返されては、会話にもなりません。料理に自信があるとか、とくにおすすめメニューを決めていないという理由はあるのかもしれませんが、それは関係ありません。同様に、「あちらのボードに書いてあります」というのも、会話が広がらない。たしかに書いてあるのを見ればいいのですが、お客さんが聞きたいのは、そういうことではないのです。最近、お客さんから注文が集中している料理とか、こだわりの食材を使っている料理とか、そういうおすすめを、お店の人が直接、会話で伝えることが大事なのです。「実は私の趣味が釣りで、今朝、釣ってきた活きのいいのがあるんですよ」「ウチの一番人気はですかね。お客さんはみんなこれを注文しますよ」などと、ひと言でも返してくれたら、「このへんで釣りをするなら、どこまで行くの?」「この季節は、何が釣れるんですか?」「それは楽しみだな、じゃあ一番人気に合うお酒は何がいいですかね?」などと話が広がるのです。また、「若い人だったら、なんかいいですよ」「年輩の方には、これがウケてますね」雑談上手な人は、こういうことがスッと出てくる。するとそこでお客さんとの間に何かしらの会話、やりとりが成立するんですね。そしてそれができる人ほど、違うお客さんが来ると、そのお客さんを見てきちんと話題を変えることができるものなのです。今さら言うまでもないことなのですが、事かように、飲食店に限らずお客さん相手の商売は、商品以上にお客さんとのやりとりが重要なポイントになります。気を使わずに話ができる。専門的な情報を持っている上に、気心が知れていて心地よい雑談ができる。人は、そういう人間関係ができている店に足が向くものなのです。それが、客にとっての「また行きたい店」なのです。
36社長の仕事は雑談と決断そもそも、経営者の仕事とは何でしょうか。私は雑談と決断だと思っています。ビジネス上のコミュニケーションにおいて重要なのは、意思決定力と雑談力。この2つだけが社長の仕事といっても過言ではないでしょう。決断はわかるけれど、雑談も?そう思うかもしれません。しかしながら、新しいニーズを探る、アイデアを掘り起こす、トップ営業を仕掛ける。時には社内を回って、社員を叱咤激励し現場の情報を収集する。すべての行為に関わってくるのが雑談力なのです。取引先への根回しをすべく、相手が来社した際に社長がふらりと現れ二、三の雑談をする。そして「というわけで、じゃああとはさん、よろしく!」などと言って手短にあいさつをして場を立ち去る。こんな何気ない光景を目にした人もいると思います。そしてこの何気ない雑談が、大きなビジネスをスタートさせるテープカットのような儀式だったりすることも。雑談力はビジネスを動かす突破口になりうるのです。
37雑談力はビジネスのセーフティネットになるビジネスにおいて雑談がもたらすプラスの作用として注目すべきは、セーフティネットとしての効果です。個人宅を訪問することが多い郵便配達や宅配便の仕事を例にとってみましょう。たとえばわが家では小さな犬を飼っていて、人が訪ねてくるのを玄関先で待ち構えています。しかし配達などの仕事で訪れた人は、ほとんどの場合、その犬を無視してしまいます。無視しないまでも、相手にしない。ところがその中で、年配の郵便配達のおじさんだけは、犬の名前まで覚えてくれて、配達に来ると必ず「今日も元気だねぇ」などとあやして、犬と会話をしてくれます。だから犬もそのおじさんにはよく懐いています。『将を射んと欲すればまず馬を射よ』ということわざがありますが、この場合は『まず犬を射よ』とでもいいましょうか。やはり動物を飼っている人は、動物を大事にしてくれる人に対して、より好感を持つもの。それが人情でしょう。その郵便配達のおじさんは、〝ただ郵便物を運んでくる人〟ではなく、〝感じのいい犬好きのおじさん〟になる。その時点で、ほかの宅配便業者などとは一線を画した特別な存在になります。すると、そのおじさんが、仕事上で何かの拍子にミスをしても許されてしまう。雑談で打ちとけた関係ができているために、少々の失敗は気にしないという状況になるのです。午前中指定の配達物が、「雨で遅れてしまって」と、昼過ぎにずれ込んだとしても、「この天気じゃあ、仕方ないよね」になる。しかし、その関係ができていないと、相手のミスをミスとして端的に指摘するしかない。「午前中指定って頼んでおいたじゃないか!」「この程度の雨が理由になるか!」とクレームにつながってしまいがちです。良好な人間関係を築ける雑談力が、仕事相手との間で非常に効果的なクッションの役割を果たしている。雑談は、その人の仕事上のミスをもカバーしてくれるのです。ここでは、来るたびに、ひと言ふた言、犬の話題で雑談をしていく郵便配達のおじさんの例を取り上げましたが、キッカケは何でも構いません。たとえば、わが家の玄関にはある絵が飾ってありますが、ウチに来た人(配達関係の人)で、その絵に言及してくれた人は、今まででほとんどいません。奮発して、そこそこいい絵を飾ってあるのですが、悲しいかな誰も反応してくれないのです。唯一反応したのは画商だけ(笑)。ちょっと寂しいというか、肩透かしを食らった気分です。そんなときに、「これ、なんていう絵ですか?」「いい絵ですね、誰の作品ですか?」というひと言があるとうれしい。それを待っているところがあるのです。この際、「いくらしたんですか?」でも構いません。相手の生活圏内に入っていく仕事で、犬にせよ、絵にせよ、花にせよ、その圏内で相手が重要だと思っているものにまったく言及できないようでは、とても仕事ができるとはいえません。仕事で個人宅を訪れるようなときには、玄関先に花が飾ってあれば、その花に少しだけでも言及してみる。絵が飾ってあれば、その絵に言及してみるという姿勢は非常に大事なことなのです。パッと目に入る範囲内で何か話のキッカケを見つける。「これはなんですか」と相手に聞くだけでもいい。その雑談力が一気に相手との距離を縮めるのです。その雑談ひとつで、相手のミスにも寛大になれるような良好な人間関係が出来上がります。勿体をつけて言えば、雑談で築いた人間関係が、ビジネスでミスが発生したときのセーフティネットになる、というわけです。また近年は、セキュリティという意味合いから、日常生活において〝匿名的な関わり合い〟には、ことさら注意が必要になってきています。たとえば宅配便などでもエリア担当者をキッチリ決めてあり、「この地域担当のです」と明記されたネームプレートをつけて業務をおこなう業者が増えています。それゆえ配達に来るのは、いつも同じ人ということになる。「ああ、宅配便のあの人だ」と。そこには顔も名前もわかっているという安心感があります。そこに加えて雑談を交わせるような雰囲気ができれば、安心感はより高まります。配達と受け取りという一瞬の事務的なつながりであっても、雑談ができるだけで、そこに一歩進んだ〝顔見知り〟としての人間関係が出来上がります。そんなときにまったく知らない人が来ると、受け取る側には緊張感が生まれ、用心するようになるもの。雑談力は、ビジネスに限らず、何かと物騒な現代社会において「どこの誰ともわからない」という匿名性への不安に対する非常に効果的なセーフティネットになるのです。
38『課長バカ一代』に学ぶ、バカ話の心地よいテンポみなさんは『課長バカ一代』というコミックをご存知でしょうか。『魁!!クロマティ高校』を描いた野中英次さんのギャグ漫画です。この『課長バカ一代』は、私が〝雑談の教科書〟として愛読している名作です。自宅のトイレに置いて毎日読んでいるのです。もう何回読んだかわからなくなりました。この内容は、家電メーカーの課長補佐代理という肩書の主人公と、その部下たちが〝ほとんど意味のない会話〟を繰り返すというもの。ほぼそれだけです。でもそこには〝美しき雑談〟がぎっしり詰まっています。たとえば、昔は役者になりたかったという部下に、「仕事帰りのプロ野球選手」を演じさせるんです。課長補佐代理はそれを見て、「それはただの酔っ払いのファンだろ」だの「なんで最初に新人選手かベテランかを聞かないんだ?」だの、もうボロクソ。そしてさんざん遊ばせておいて、最後に、「一番の問題は、サラリーマンが昼休みにやることじゃない、ってことだな」チャンチャン。それだけ。どの作品も、こんな感じで進んでいきます。でも、これぞ美しき雑談。雑談の鏡です。主人公は絶対に働かない。会社でも取引先でも、雑談しかしていない。だけど、その雑談力には目を見張るものがあります。だから、その人がいるところ、場が常に盛り上がる。「で、君、これはどうなんだ」と言うと、相手が言えないと「お前はほんとに話に乗れんな」みたいな。その雑談の振り方もメチャクチャ。「俺はサインペン好きなんだけど、何気なく筆記用具を手に取ると、いつもボールペンをつかんでしまう。これはサインペンがオレに何かしてるんじゃないか。どうしたらいい?」とまあ、本当にどうでもいいことばかり。そこでちょっと気の利いた部下が、「本当はサインペンに仕返ししたいんじゃないですか、課長」と話を返すと、そこからまた、一層どうでもいい話が展開していく。「そうなんだよ、どうやって仕返しをしようか」「キャップを開けっ放しにして、乾かしちゃえ」「それは、嫌だろうな、サインペンにとっては」こんなやりとりだけで成り立っているコミックです。ある雑誌に連載されていたのですが、その話が場合によっては次週までダラダラ続くのです。前の話がそのまま続いていて、引っ張れるだけ引っ張る。もう引っ張れないと思うと、さっさと次の話題に変わっていく。いきなり〝地球征服を企む宇宙人の話〟になったりする。これ以上引っ張っても無理だと思ったら、さっさと入れ替える。いい加減さこの上ありません。普通はストーリーを考えたくなるものでしょう。ところがそのストーリーがない。シチュエーションしかない。かといってシチュエーションコントのように派手な動きもない。結局、「え、それだけ?」というところで終わってしまう。だけど、これがやけにおもしろいんです。話の振りと受け、ボケとツッコミのような雑談成立のための基本がしっかり押さえられている。雑談のうまさ、巧みさ、雑談力をテーマにしているコミック、本当にそれだけで展開しているコミックは少ないでしょう。バカ話や意味のない話を延々としているときの楽しさ、「よくこんなバカな内容で話がもつな」という状況の心地よさ。みんなが一気に盛り上がるときのテンションの高さ。そして、盛り上がったら話題を引っ張り、勢いがなくなってきたらさっさと話題を切り替える潔い展開術。雑談に必要なエッセンスがぎっしり詰まった『課長バカ一代』、話し方云々を難しく考える前に、ぜひ読んでいただきたいオススメの雑談教科書です。雑談力アップに役立つマンガは次のとおりです。何気ない会話シーンの中に、学ぶところが多い。ぜひ読んでみてください。『課長バカ一代』(野中英次)会社員必読、美しき雑談で構成されたマンガ。『天体戦士サンレッド』(くぼたまこと)「漬物の話」で合コンの流れを制するヴァンプ将軍の雑談力は要注目!『じみへん』(中崎タツヤ)どこにでもいそうな人たちが登場する。親子の「オチのない」会話や、何気ない語りがいい。『上京アフロ田中』(のりつけ雅春)妄想トークが秀逸。めくるめく毎日でなくても、雑談ネタはあふれていることがこのマンガ『アフロ田中』シリーズでわかる。『THE3名様』(石原まこちん)「俺は、絶対やるぜ、何かを」といった、中身のない話がファミレスで延々と繰り広げられる。雑談の間合いも絶妙。
39国分太一君に学ぶ、「覚えている」能力、先に、TOKIOの国分太一君が雑談の達人だと書きました。その理由はほめ上手にあるというのは前述したとおりですが、ひとつ、彼と話をしていて感じるのは、「昨日会ったかのように話す」技術の素晴らしさです。以前、私が『オーラの泉』という番組に出演したときのことです。4、5年も前に出て以来の2回目で、かなり久しぶりの出演でした。収録の合間に、出演者やスタッフと話していたら、国分君がこう言ったんです。「前回、齋藤先生が、僕にだって言ってくれたんですけど」4、5年も前に雑談でチラッと話しただけの話題を覚えていて、それを事もなげに、さも〝昨日会って話したような話題〟として持ち出してくれたのです。もちろん当時話した雑談のすべてを覚えているわけではなく、印象に残ったキーワードやフレーズが記憶に残っていたのだと思います。しかし相手が、以前交わした雑談を「覚えてくれていた」という事実だけでもうれしいもの。気分がよくなって、その人に対する好意や親近感も格段に違ってきます。「ああ、確かにそういう話をしましたよね。よく覚えていましたね〜」と気持ちよく返事ができる。覚えていることで人間関係がグンと安定するのです。このように、雑談において「記憶」はかなり重要なポイントです。雑談で話した内容を覚えておこうなどと思う人はほとんどいません。ムダ話だから流してしまおうというのが普通でしょう。だからこそ覚えておくのです。雑談の内容すべてを覚える必要などありません。盛り上がった話題や印象に残った言葉だけでいい。この人とはこんな話をした、ということを意識的に記憶しておく。それだけで雑談は盛り上がり、人間関係もすこぶる良好になります。実は、私たちは誰かと会話をしたあと、本筋とは関係のない話題のほうをより覚えていたなんてことも。「あの人の名前、ド忘れしちゃって出てこないけど、たしかお父さんが鹿児島の人で」といったエピソードは割合に覚えているのです。相手の顔は忘れても、何の雑談をしたかについては意外と覚えているもの。だから次にその人と会ったら、その話題から入れば間違いなくスムーズに雑談できます。「こんにちは、お久しぶりです」「?」「あのとき、の話をしたです!」「ああ、あのときの!いやぁ、その節はどうも」となることが多い。雑談した話題を覚えておくことで、その相手とは次の雑談のキッカケができます。雑談の記憶が、「その人とは、まずこの話題でつながっている」という共通の接点になる。相手との間に、すでに最初の橋が架かっているわけです。その橋さえキープできれば、他の話題はあとからついてきます。橋となるべき前回の雑談の話題を覚えているか、いないか。この記憶が私たちの雑談力を大きく左右するのです。『オーラの泉』というトーク番組では、国分太一君が私との間の橋(前回の雑談の話題)を覚えていて、彼のほうから橋を架けてきてくれたということ。彼の周囲では、「前にこう言ってましたよね」「以前おっしゃってたの話ですけど」という話から、雑談が盛り上がることが多い。国分君は人との話をよく覚えています。こちらが忘れていても覚えていて、「昨日会って話したかのように」話を振ってくれる。国分君が雑談の達人だと思う理由のひとつは、ここにあるのです。
40大阪人に学ぶ、リアクション雑談術雑談の上手い下手は、地域によっても違います。雑談上手といえば、まず間違いないのは関西地方、なかでもやはり大阪でしょう。とにかく大阪の雑談はレベルが高い。大阪人の雑談がハイレベルな理由のひとつに挙げられるのが、東京人にはない『リアクション文化』です。以前、鴻上尚史さんが週刊SPA!の連載で書いていましたが、あるテレビ番組で『関西人に印籠を見せたら』という企画をやったそうです。大阪で道行く一般の人たちに、水戸黄門よろしく印籠をバッと見せると、ほぼ9割以上の人が、「ははぁ〜」と頭を下げる。それどころか土下座してひれ伏すというんです。ひとりでいるサラリーマンも、女子高生も、オバちゃんも、若いカップルも。親子連れだと、親は、自分はもちろん、隣にいる子どもにも「ほら、土下座せんかい」となる。ドッキリかと思うほどにみんなが同じリアクションをするのだそうです。東京ではこういうリアクションはあまり見られないでしょう。ただ呆然とするか、「何してるんですか?」と素通りされることのほうが多い。大阪では、刀で斬る真似をすると、みんな「ギャ〜」「やられた〜」と斬られてくれるし、拳銃でバンと撃つポーズをすると、みんな胸を押さえて倒れてくれるのだとか。相手が仕掛けてきたフリに対しては、必ず何かしら反応する。それがお決まりのパターンがあるフリなら、期待どおりに反応する。大阪の人たちの中には、こういうリアクション文化が根づいています。考えてやっているのではなく、体に染みついているのでしょう。だから印籠を見たら、自然と「ははぁ〜」とひれ伏してしまう。考える前に、体が動いてしまうのです。こうした自然と体が動くリアクション文化は、上手な雑談に求められるレスポンスのよさに直結しています。話を振ったらそれに応える。その反応に相手がさらに応え返す。こうしたリアクションの取り合い、レスポンスの応酬で雑談が勢いづき、どんどん展開していくのです。考えるより前に体が動く、口が動くというレスポンスのいいリアクション文化が成立している要因のひとつには、常に体が温まっているということも関係しているのではないかと思うのです。私が大学の授業で学生たちに雑談をさせるときは、まず立って体操させ、拍手をしてハイタッチさせてから始めます。そうすると、体温が少しだけ上がる。その状態で始めると雑談に勢いが出てくるんです。私が思うに、たぶん、大阪の人は東京の人よりも平均体温が高いのではないかと。大阪人は常に体が温まっている。大阪には声の大きい人が多い。みんな大きな声で話しています。電話で話すと音が割れるほど(笑)。大きな声が出せるのは、体が温まっている証拠でもあるのです。大阪特有の、常に温まった状態の体から生まれるリアクション文化。それは時に、押しが強いとかうっとうしいという表れ方をすることもありますが、冷めすぎのきらいがある東京人は見習うべきだと思います。
41落語に学ぶ、つかみと本題の切り替えテク高校受験、大学受験、そして中学受験と、「お受験」が誰にも身近になってきた昨今では、小中高の学校の教員はもちろん、それ以上に予備校や学習塾の先生にも高い能力レベルが求められています。教師である以上、勉強の教え方という能力は当然ですが、今はさらに「気の利いた雑談ができるかどうか」というのも教師の資質として要求されているのです。最初から最後まで緊張しっ放しではなく、適度に息抜きをしながら授業を進めるためには、気分転換になって、でもただのムダ話ではなく何か意味がある雑談ができる能力が必要だということでしょう。私が大学で授業をするときも、何か雑談から始めてくれ、いきなり本題に入らないでくれという学生は意外にも多い(若者は雑談が苦手という話とは逆。実のところ、学校では雑談を求めているのです)。いきなり本題に入ろうとすると、頭の中をすぐさま臨戦態勢にしなければいけない。脳のギアを、授業前の弛緩したニュートラル状態から、いきなりトップに入れなければいけなくなります。これは脳に対する負担も大きくて疲れます。大学では、雑談が上手な先生は学生から人気があるし、なおかつ授業の質も高い。しかし一方で、雑談自体はうまくても、授業がほとんど雑談になってしまうような先生は、おもしろいだけ、という評価しかなく、逆に生徒にナメられてしまいます。つまりここで求められているのは、授業の導入としての雑談力と、そこから巧みに本題の授業へと切り替えられる能力。そしてそれは教師たちの死活問題にもなっています。しかし、この「雑談と本題の切り替え」、必要なのは教師という職業に限ったことではありません。たとえば商談の席。いきなり契約ですと書類に電卓にハンコなんか出されても、お互いに力が入りすぎるし、疲れてしまう。そこに何かワンクッションほしくなるのが人間です。つまり、そこで雑談が必要になってくる。当然ながら、いつまでもダラダラと雑談しているのでは仕事になりません。ここで雑談と本題を切り替える能力が要求されるわけです。ビジネスマンなら、こうした場面に出くわすことは少なくありません。「雑談自体が得意じゃないのに、さらに本題へ切り替えよ!だなんて。そんな芸当はとても無理」という人がいたら、ぜひ参考にしていただきたいものがあります。それが、落語。落語の本筋に入る前の導入部分でする話のことを『つかみ』といいます。身近な話題で雑談をしているように見せて、それを巧みに展開しながら、ある瞬間からキチッと本題に入っていく。昨日今日のニュースの話が、突然、江戸時代が舞台の八つぁん熊さんの話になっても、まったく違和感がなく聞くことができる。上手な噺家ほど、この『つかみ』が効果的で、本筋への誘導が絶妙なのです。私が持っている、名人・古今亭志ん生のCDを聞いていると、もちろん本題の噺もそうですが、つかみと本題のスムーズなつながりは、それは素晴らしい。雑談をするように落語が進んでいきます。どこから本筋の話に入ったのか、よくわからないうちに、いとも自然に雑談から落語に話が展開し、移行していくのです。さらに本筋の落語の中にも、何か雑談をしている雰囲気というのが漂っている。まさに名人芸です。いきなり本題ではなく、その前に地ならしをする。雑談は、この地ならしの役割を担っているのです。つかみの雑談と本題をバランスよく、自然に切り替える。緊張と弛緩を巧みにコントロールする。日本古来の芸能文化である落語に、切り替えの絶妙なニュアンスを身につけるヒントがあるのです。
42イチローのヒットを支える、グリフィーのくすぐり落語の話が出てきて「やはり雑談力を高めるのはむずかしいかも」と自信をなくした人におすすめしたいのが、この人。アメリカ大リーグのシアトル・マリナーズの外野手、ケン・グリフィー・ジュニア選手。彼がマリナーズに戻って、同じチームメイトになってから、イチローがすごく明るくなれたのだとか。グリフィーがイチローをくすぐっている姿を、テレビで見たことがある人も多いと思います。グリフィーは「僕がくすぐると(イチローが)ヒットを打った。だから、またくすぐるんだ」とインタビューで答えていました。考えてみたら、イチローは毎日ヒットを打っています。グリフィーがいなかったときでも年間200安打は達成しているわけです。グリフィー自身はそんなことはわかっているけれども、「くすぐると打つ」と言い、イチローをくすぐる。イチローが転げ回って笑う姿を見て、他の選手もイチローに対する親しみ度合いが変わってきたわけです。体に触りたくなるような親しみやすさ。それがイチローに今までなかった。イチローがヒットを打つと、チームメイトがイチローの元へ走ってハグする。グリフィーがくすぐるまでは、そんなことはしにくい、近寄りがたい存在だったのです。そう考えると、グリフィーの「くすぐる」という行為も、一種の雑談力みたいなものだと思うのです。言葉の壁を超えた、何気ないコミュニケーション。それがくすぐりであり、チームメイトの関係性や、チーム全体の雰囲気までよくしてしまった最強の雑談力だったのです。たとえ言葉を交わさなくても、こうした何気ないボディタッチやじゃれ合いも、雑談力を上げるひとつの方法としてとらえてみてはいかがでしょうか。
43雑談で、つながりを確認する雑談を交わすことは、居場所のない、所在ない状況に置かれたとき、自分と周囲のつながりを確認できる手段でもあるわけです。クラスに来た転校生や会社の違う部署から異動してきた同僚など、みんなが雑談で盛り上がっているのに、ひとりだけがその輪に加われない。仲間はずれとかイジメというのではないけれど、〝蚊帳の外〟になってしまう状態を経験した方も多いと思います。多数派が開放的ではなく、盛り上がっても他の人を受け付けない状態というのは、よく起こりうることなのです。そういうとき、蚊帳の外に置かれた人は、ものすごく疲れを感じています。だからこそ、活性化している多数派のほうから、その人に意識的に話を振ってあげると、蚊帳の外状態だった人の緊張が解れて、気持ちの疲れもとれる。それがひいてはその場全体の空気をも和ませることになります。こうしたケースで場の雰囲気を和ませるか、硬くするかは、多数派の人たちのほうに責任があります。多数派から少数派やひとりの人に橋を架けてあげるべきなのです。そして、もっともポピュラーで、もっとも効果的な『架け橋』となるのが、あまり意味のないムダ話、つまり雑談です。同じように、所在ない状態のたとえでわかりやすいシチュエーションのひとつが、仕事の付き合いや義理で断れない立食パーティです。こうしたケースでは、たいてい周囲は知らない人たちばかり。乾杯のグラスを持ったまま、誰と話すでもなく立ち尽くすという経験をお持ちの人も多いのではないでしょうか。私がそうしたパーティに招かれたときは、『1回のパーティで1人、知り合いを増やす』と決めて、出席している誰か(もちろん初対面の人)と雑談をするようにしています。では、誰に話しかけるか。私と同じように、知り合いもいなくて居心地が悪そうにしている人に声をかけるのです。「いやぁ、知らない顔ばかりで輪の中に入っていけませんよね」すると、その人も話し相手がいなくて困っているので、かなりの確率で話に乗ってきてくれます。「ひとりで来ちゃったので、ホント、手持ち無沙汰で困っちゃいますよ」「まったく。私も上司の代役で来てるんで、居場所がなくて」などと、しばらく他愛もない雑談をしていると、すっかり知り合いになれたりする。ですから、立食パーティなどで人間関係を広げようと思ったら、まずは暇そうにしている人、立ち尽くしている人、話題を振られていない人に声をかけることをおすすめします。そういう人は、話しかけられるのを待っている。あるいは、微妙な気まずさ、居づらさに耐えている。だからこそ、雑談を振られるとホッとする。その安堵感によって打ちとけて、相手との間に橋が架かります。つまり雑談相手が登場することで、孤独から解放されるということ。その際、雑談の内容は問題ではありません。話を振るという行為、雑談をするという行為が大事なのです。こうした場で、自分からさりげなく雑談ができるか。居心地悪そうにしている人に橋を架けてあげられるか。雑談は、人を孤独から救うだけでなく、見ず知らずの人と人とを結びつける格好の糸口になるのです。
44私たちの中にある、「甘え上手」を取り戻す1970年代に『「甘え」の構造』という本が出版されました。また、私は今年(2010年)、著者の土居健郎先生との対談本を出させていただきました。土居先生のお話によれば、「甘え」とは日本人特有の感情なのだといいます。また欧米には「甘え」に該当する言葉が存在しないともおっしゃっています。昔の日本人にとって「甘え」とは、克服しなければならない感情でした。「甘え」という言葉を持たない欧米人が、子どもの頃から甘えずにきちんと自立しているのに比べて、日本人は何かと甘えている。子どもはもちろん、いい大人、いい社会人まで甘えている。だからその感情は社会に出るときには克服しておかねばならないもの。『「甘え」の構造』が出版された時代は、そう考えられていたのです。しかしながら、今は逆です。今の日本人の課題は、「上手に甘えられないこと」ではないかと思うのです。ただ、ここでいう「上手に甘える」は、うまくコントロールして甘えるということ。「それはただの甘えだ」といった、いわゆる「相手に依存する精神的な弱さ」とは性質が異なります。では「上手に甘える」とはどういうことか。それはかわいがられるということ。甘えた相手が、その甘えを許容してしまう、という状態を作ることです。たとえば、近所のオバちゃんに「お兄ちゃん、おはぎを作ったんだけど、食べない?」と言われたとします。しかしあなたは甘いものが苦手。さてみなさんはどうしますか?「けっこうです」と普通に遠慮する「甘いもの苦手なんですよ」と理由を言って遠慮するこの時点でです。食べないことを判断する人っていうのは、これはもうダメなんですよね、甘え下手。ここは素直に、「いただきます」「ああ、そうですか、じゃ、いただきますね」が正解。最初、断っておいて「いや」っていうのも、まだまだ二流。相手のオバちゃんは「ああ、そうですか、じゃあ遠慮なく」っていきなり食らうわけです。で、食べたら、そしたら、やっぱり「おいしいですね」とか言いながら、で、さらにまだたくさんあるようだったら、もうひとつ踏み込んで、「じゃ、悪いけど、もう1個、いいですか」みたいに言うと、「いや、いいわよ、いいわよ」とか、「もう、若い人は食べないとねえ」という展開になります。このように、雑談ができるということは、甘え上手になるということでもあるのです。
45人は誰もが、本当は話したがり屋私が以前、高齢者を対象にしたゼミを開講していたときのことです。当然集まっているのは70代のおじいさん、おばあさんばかり。みなさん勉強熱心で、まじめに私の講義に耳を傾けてくれました。あるとき、ひとつのテーマについてお互い自由に語り合うという授業をしました。するとその日を境に、ゼミ生たちが急速に打ちとけ始めたのです。それまではあいさつする程度だったのに、あっという間に仲よくなった。ゼミにも活気が出て、何よりもみなさんがすごく元気になったのです。実は話がしたくて仕方なかったのでしょう。聞けば、家ではそんなに話をする機会がない、と。講義も聞きたいが、それ以上に同世代のゼミ生たちと語り合うことが楽しい、と。あまりに好評なので、毎回のように自由に話す授業にしました。そうすると私がしゃべる時間よりも、全員でいろいろ語り合う時間のほうが圧倒的に多くなる。それ以降、ゼミを休む人がほとんどいなくなりました。テーマや内容はともかく、まず話すこと。それが彼らの格好のストレス解消になったのです。つまり、人にとって「話す」というのは何よりの健康法だということ。気の置けない雑談をすることで、人はみなストレスを解消して元気になれるのです。仕事が早く終わって残業もないのに、まっすぐ家に帰らない(帰れない?)世のお父さんたちも、実は同じです。行きつけの店へ寄って飲んで帰るのも、半分は話をしたいから。一杯飲んで、大将や常連さんと世間話をしてから帰りたい。その気持ちはわかります。改まってカミさんと向き合っても何を話せばいいかわからない。子どもたちには煙たがられる。家に帰っても、何を話したらいいかわからない。だから家に帰る前にワンクッション、どこかで話をしたくなる。それに、頭の中を仕事モードからいきなり家庭モードに切り替えるのではなく、中間領域を作りたいという欲求もあると思います。仕事の話でも、家庭の話でもない、まったく意味のない世間話をすることで、頭をクールダウンしたいのです。人は誰もみな雑談がしたい。雑談を欲しているのです。私たちは誰もがみんな、話をすることに飢えているのです。
46大人は若者のムダ話を聞きたがっている会社の上司や親戚のオジサン・オバサンなど、年上の人との雑談が苦手な若者が増えています。それはなぜか。確かに「面倒だから話したくない」という若者側からのコミュニケーションの拒絶もあるでしょう。しかし、どうやらそれだけではないようです。以前NHKの『めざせ!会社の星』という番組で、若いOLさんが「私のこんな趣味の話をしても、上司はどうせ興味を持たないと思う」とコメントしていました。このように「話はしたいけど、通じるかどうか不安で話せない」と思っている若い人もかなり多いのです。「世代が違うとコミュニケーションが取れない」というのは、中年以上のオジサン・オバサンだけの悩みではない。若い人も悩んでいます。世代が違うから話が合わないだろう。話をする前からそう思い込んでしまうため、会話がギクシャクしてしまうわけです。しかし、心配は無用です。上司や仕事先のオジサンといった年配の人たちは、若い人たちが想像している以上に、若い人の話を聞きたがっています。私と同世代か上の世代の人たちは、若い人の考えていること、興味を持っていることに、すごく関心がある。ところが、女子社員に下手なことを言おうものなら、すぐにセクハラになる時代です。上司のオジサンたちも、若い人たちにどうやって話しかけていいのかがわからないのです。私もよく知人たちに「イマドキの大学生ってどんな感じなの?」と聞かれます。職業柄、ある程度、イマドキの学生諸君の様子はわかるのですが、接点のない人ほど、関心度合いが高いのです。オジサンたちはみんな、若い人の話を聞きたがっています。話すという行為はもちろん、話題になっていることを情報として知りたいとも思っています。若い人の趣味や話題は、オジサンたち年配者にとっては想像以上に価値がある。だからオジサン・オバサンに、無理して話題を合わせようとしなくてもいいのです。私のところの学生はみなサービス精神があって、「先生、今はこれが流行ってるんだけど、知ってました?」「え、知らないの?これはで、なんです。覚えておいたほうがいいですよ」などと、若者の話題を教えてくれます。オジサン・オバサンたちは、自分の子どもが話を聞かせてくれることが何よりの喜びだった世代。晩ご飯のときに子どもから「今日、学校でちゃんが〜」という話を聞くのが無上の喜びだった世代です。そんな彼らが、若者の話は聞きたくないとハナッから拒絶することは、そうそうないはず。だから、若い人も遠慮せずにもっと年上の人たちと雑談をしてほしいのです。無理に話題を探さなくてもいい。自分たちの間で普段交わされているような話題でいい。意外にそれがオジサンにとっては雑談の種火になることがあるのです。若者との会話で得た情報が、彼らの次の雑談のネタになるのですから。ほんの30秒ぐらいで構いません、今の若い世代の〝旬〟を聞かせてあげる。「イマドキの話をしすぎたかな」と思っても、心配いりません。若い世代のほうからハードルを下げてあげる。ハードルの低さを示すように雑談を仕掛けてあげると、オジサンたちは、その架け橋ができたことを喜んでくれるはず。そしてオジサンたちは、周りの同世代のオジサン仲間に「ウチの若いのに聞いたんだけど、今はこれこれ、こうなんだよ」と得意気に話しているかもしれません。オジサンにとって若者のムダ話は、意外にもバリューのあるものなのです。
47知らぬ間に私たちは、雑談に影響されているほかの人と話していると、最初はただ話を合わせていただけの話題でも、徐々に興味を覚えはじめることがよくあります。たとえば誰かに「最近、時代小説にハマッていましてね。藤沢周平なんていいですね。江戸時代の暮らしぶりが伝わってきておもしろいんですよ」などと話を振られたとしましょう。聞いている側はそれほど時代小説に関心がなくても、雑談の中で時代小説の魅力やおもしろさが語られ、その話を聞いているうちに、「そんなにおもしろいのなら、今度何か1冊読んでみようか」となることがあるものです。たとえば『論語』が大好きなどという学生はあまりいません。あるとき『論語』を読んで、自分で「ここがいい」と思った部分を、具体的に引用しながら隣の人に紹介するという授業をしたことがあります。すると最初は「『論語』なんて読んだことないから、どこがいいかなんてわからない」と嘆いていた学生たちが、後半になると『論語』に関して人にそこそこ語れるレベルまで詳しくなっていきます。先入観で「なんとなく趣味じゃない」と思っていたものでも、いい点を見つけることによって、次第に興味がわいてくる、知らず知らずに好きになる、ということがあります。いいところを口に出して人に話しているうちに、「あれ、意外と『論語』もおもしろいじゃん」となってくることも多いのです。また、前述した「ほめる」にしてもそう。相手が、自分から見たら全然イケていないネクタイをしていても、それを、「かわいいですね」「お茶目ですね」「チャーミングですね」などとほめているうちに、何となくその人本人がかわいく、お茶目に、チャーミングに見えてきたりすることがあります。つまり、雑談で自分が聞いたことや話したことに、自分自身が影響を受けているのです。雑談でも話題が、話している自分にはね返ってくる。よく「目標を達成したければ、挑戦していることを人に宣言しろ」といいます。これは自分の胸の内に秘めているよりも、第三者に公言・宣言してしまえば、否応なしに目標達成へ向けて努力せざるをえなくなるということです。たとえば会う人会う人に、雑談で今挑戦しているダイエットの話をしまくることで、自分のモチベーションが維持できたりするもの。「最近、運動不足の解消にジョギングを始めたんです。まだ3日目ですけど」などと他の人に話すことで、三日坊主になりそうな自分にやる気が戻ってくるのです。雑談を利用して自分自身の視野や感性、好奇心の幅を広げることができる。また雑談で人に話すことによってモチベーションがアップする。「情けは人の為ならず」他人に情けをかければ、巡り巡って自分に情けが返ってくるといいますが、まさに「雑談は人の為ならず」なのです。
48集中力を高めるために、あえて雑談タイムを入れる私は大学で授業をするとき、必ずどこかで「雑談タイム」のような時間を設けています。そもそも学生諸君はしゃべりたがっています。何かしら話がしたい。会話がしたい。しゃべっている間は人間、眠りません。授業でも本題よりも、チラッと挟む余談や雑談のほうをしっかり覚えていたりします。どんな人間でも、集中力はそうは長く続きません。学生たちだって普通に授業を聞いていれば、頭がボーッとしてくるのは、ある意味仕方のないことなのです。1時間半、最初から最後までずっと集中していろなんて、言うのは簡単です。自分のペースで話ができる先生はいいけれど、聞いている学生にとっては「そんなの無理だよ」となるのが当然です。そこで私は、90分の授業のうち、私が45分間講義をしたら、そのあとの15分間は学生たちにさまざまな課題を与えて話をさせる。そしてまた講義に戻るのです。つまり授業中に雑談する時間を作っているわけです。ただし課題を与えてあるため、雑談とはいえまったくのフリートークではありません。その課題の周辺情報を何かしら取り入れながら、話を展開させていく必要があります。それでも学生たちはみんな水を得た魚のように話をしています。講義を聞いているときよりも元気がいいくらい。すると雑談タイムのあとは、みんな集中力も高まり、講義にも身が入ります。つまり雑談で気分転換することによって、彼らの脳が活性化するのです。雑談で学生の脳を活性化させてから講義に向わせる。これが私の授業テクニックです。雑談タイムを入れると、学生が眠らない上に、学生同士の交流が深まって友だちが増え、次の授業への出席率も非常に高くなる。いいことだらけですから。このように本題とは関係のない雑談には、疲れた脳を休め、切り替え、活性化するという効果があります。煮詰まった会議などでも「ちょっと一服」というブレイクタイムを作ることで、そのあと活発な議論がおこなわれたりするもの。「一服する」とは、肉体的な疲労を癒すだけでなく、その間に他愛もないムダ話をすることで脳の休息と活性化を図るという意味においても、非常に効果的なのです。
49雑談でデトックス。雑談でガス抜き心にちょっと気がかりなことがあると、誰かに話したくなることがあります。そして聞いてもらうことで気持ちがずいぶん楽になることもあるでしょう。話している相手が最近少しイヤになっていることやストレスを感じていることをそっと聞き出してあげると、それが雑談のキッカケになることがあります。私もときどき同僚の先生に「最近の大学生はどうですか?大変じゃないですか?」などと聞くことがあります。すると、何かしらのストレスを抱えている先生ほど、レスポンスが返ってくる。たとえば、「実はこの間、ウチの学生が実習先に大遅刻しまして。先方は『もうおたくからは二度と受け入れない』とえらい剣幕なんです。その後始末で頭が痛くて」「今って先生が学生ひとりひとりにいちいち電話をかけて『君、単位が足りてないけど大丈夫?』って確認を取らなきゃいけないんです。イマドキの学生はまったくもう」という感じで、話が展開することがあります。大学に限らず、学校の先生が日常の仕事で抱えている気がかりの種は、ほとんどが学生のこと。同じ立場の先生に話すことで少しは気が晴れるという思いがあるのかもしれませんが。知識や教養を語り合うより、どうでもいい意味のない話を広げて、展開させて盛り上がる。これが雑談です。基本的に雑談はポジティブな話題で盛り上がりたいのですが、こうしたケースは別です。あえて今、相手の困りごと、それも身の上相談のような深刻な問題ではなく、ちょっとイヤになっているという程度の問題を話題として引き出してあげる。そしてその問いかけに応えて話が返ってきたら、「わかるわかる、そういうこと。私も経験ありますから」と同調、共感する。もしくは、「えっ、そうなんですか。そんな学生がいるんですか!」と驚いてあげることが大切です。イヤなことや気がかりを吐露したときに、それを聞いた相手が共感してくれる、あるいは「信じられない」と驚いてくれると、人は自分の考え方や思いが少し肯定されたという気持ちになります。「そういった場合は〜」などと正面からアドバイスしなくてもいい。相手にとっては、話したことだけでストレスが減ってくるというもの。こうしたケースでは、「話をする技術」以上に「話を聞く技術」の重要度が高くなります。あくまでも話を聞くという立場をとり続け、相づちを打つように反応して相手の心に溜まっているストレスを軽く吐き出させて発散させる。それも雑談の大きな効能です。雑談で人間関係のちょっとしたガス抜きをするのです。このガス抜きはすごく大切なこと。今、毒素を体外に排出する健康法が注目されています。いわゆるデトックス。雑談は心にスペースを空けるようにガスを抜いてくれる。心のデトックスなのです。心を癒し、心のガス抜きをする。これも雑談が、人間関係というコミュニケーションの中で担っている、重要な役割です。
50日本人の共感力を生かして英会話力アップ英会話スクールに通ってもなかなか上達しない人、外国人を見ると無意識に目をそらせてしまう人英語、とくに英会話コンプレックスを持つ日本人は、今も非常に多い。確かに英語を読む、英語を書くというのは、そう簡単ではありません。とくに英語論文を読む、英語で契約書を作成するなどはかなりハイレベルな英語力を必要とされるでしょう。外資系企業に勤める友人いわく「レベルが高すぎて、普通の人にはたどり着けない世界。英語の専門家レベル」だそうです。一朝一夕に身につくものではありません。しかしほとんどの人にとっては、そこまでレベルの高い英語を求められる場面など、めったにありません。日本人の多くは、日常会話や海外旅行で使うレベルの英会話ができなくてコンプレックスを感じているのです。私は、日本人が英会話を苦手としているのは雑談力がないからだと考えています。外国旅行先で外国人と英語で立ち話をする、ちょっとした交流をする。これはつまり英語で雑談をするということ。普段は日本語でする雑談を英語でするだけのことなのです。雑談ですから、肩肘張って話す必要はなし。とにかく言おうとしていることがそれとなく伝わればいい。結論が必要ないのも日本語の雑談と同じ。やりとりで盛り上がる、気心が知れる、場の空気がなごむというファクターがあればそれでいいわけです。伝わればいいのですから、文法や構文を気にする必要はありません。文法など無視した〝日本人英語〟でまったくノープロブレムです。それなのに、私たちは自分で勝手にハードルを高くしてしまっている。そもそも日本人は英語をまったく知らないわけではありません。中学や高校では授業でみんな習っているわけですから。ただ英語は知っていても英語を話す機会がなかっただけ。会話をし慣れてないだけなのです。むずかしくて高尚な話をするつもりはない。英語で雑談したいだけ。極端な話、アメリカの小学校低学年の子ども程度の英会話ができればいい。子どもの話にはオチもなければ結論もない。文法だってかなり怪しいけれど、少ない語彙で必死に話している。雑談するなら、そのレベルで十分。そう思えば英会話のハードルはグンと下がるはずです。雑談で大切なのは共感することです。一方が何かを話したら、もう一方が「そうそう」「それ知ってる」「そういうの、あるよね」と応える。相手の言うことに共感し、同調することで雑談はより盛り上がる。そして、これは日本語も英語も同じなのです。自分の話を受け入れてくれる人と話すほうが、誰だって楽しくて心地いいに決まっているでしょう。『NOと言えない〜』じゃないけれど、日本人は、とりあえず何でも頷いて同調してしまいがち。知らないことでも「ああ、そうですよね」と、つい言ってしまう。だったら私たち日本人は、英語もまずは「同調英語」から入ればいい。これが意外に通用する、使えるものなのです。名づけて『metooEnglish』。日本人の、何でも同調してしまう心の弱さを利用した英会話法です。要は、とりあえず相手の話に対して「metoo」「metoo」と相づちを打つ。よくわからなくても、話題について知らなくても、とにかく「metoo」と言う。「Doyouknow?」「yes,yes」「Doyoulike?」「yes,yes」自分が知らないものでも、相手が好きと言えば「metoo」と話を合わせる。これは日本人は大得意ですから。すると不思議なもので、「metoo」を言っているうちに、会話が自然と盛り上がってくるんです。そもそも、「って知ってる?」「知ってる知ってる、いいよねえ、あれ」日本語の雑談でも、実はこの程度の話しかしていないことが多い。雑談ですから、決して高尚な会話などしていません。つまり、それと同じレベルの雑談を英語ですればいいだけのこと。ストーリーのあるまとまった話をするなら、ある程度話す内容を準備しておかないと難しい。ネタをネタとして聞かせるには、それなりの話術が必要になります。しかしネタを話すのと、立ち話的に雑談をするのとはまったく別物。雑談は話したそばから話題が変わってしまっていい。だから話が続かないときや、話題がわからなくなったら「bytheway(ところで〜)」という力技で、自分がわかる話題に持っていけばいいのです。「metoo」と「bytheway」、これらは日本語の雑談で話題を転換していくポイントを英語で表現しているだけ。つまり日本語も英語も雑談の仕方には、何ら変わりはありません。ですから、私たちは英会話を英語の勉強の一環とは考えないほうがいい。英語力ではなくて、雑談力のひとつ『英語で話す雑談力』として位置づけるべきだと思います。英語で雑談というのは、英語の勉強とは別ジャンルととらえるべきです。英会話は雑談力の一部である。つまり、雑談力が身につけば、英会話力も伸びる。雑談力は英会話力をも凌駕するスキルなのです。
おわりに雑談力は、生きることそのもの雑談力、それは雑草の持つ生命力のようなものです。どんな土地でも、それこそコンクリートからでも、ちょっとしたすき間を見つけては生えてくる都会のタンポポのように、孤独で心を閉ざしている人や不機嫌そうな男性がいても、気にせず雑談を仕掛けて、社会とつながっていく。雑談力がある人とは、そんな雑草力のある人であるような気がします。必要のある話、本筋に関係のある話だけでは、その本題が終われば、「ハイ、おしまい」になってしまいます。本当のコミュニケーションはなかなか図れない。そんなコンクリートのような空気のすき間から出てくる雑草のようなムダ話こそが、人間関係を底の部分でつないでくれます。こういう人は苦手、こういう人は合わない、話すのが苦手で恥ずかしい、面倒くさい。だから自分が雑草を生やせるのは仲間内だけ確かに今の世の中は、雑草が生えにくくなっているように思えます。しかし、きれいな花を一本だけ植えてそれだけを大事にしようとしても、ポキッと折れたらそれで終わり。雑草も生えないようなところに、花が咲くはずもありません。「助けて」と言えず、孤独死した30代の男性。2009年秋に『クローズアップ現代』というNHKの番組で取り上げられ、続編が放送されるほど大きな反響を呼びました。また、わが子を虐待して幼い命を奪ってしまう親や、イジメにあっても誰にも相談できずに自ら死を選ぶ子どもたちは後を絶ちません。そんな胸が締めつけられるような事件があちこちで起こっています。「あのとき声をかけていたら」「もう少し話を聞いてあげていたら」長引く不況、リストラ、貧困、ストレス何かと厳しい今の日本ですが、普段から近所の人でも相談センターの人でも友人でも、誰かと少しでも雑談を交わす環境があれば、このような事態に陥る前に、ゆるやかに解消できることがあるのかもしれません。どんな人でも、ひとりで生きているのではありません。誰もが周りの人とコミュニケーションをとりながら、その中で生きています。現代社会は人間関係が希薄になったと言われ続けていますが、それでも、今でも、人は人とのコミュニケーションなしで生きられません。そして、そのコミュニケーションの、もっとも土台となるのが日常の他愛のない会話であり、日々の何気ない雑談なのです。これからの時代、雑談力を身につけることは、強く生き抜く力を身につけることそのもののように感じてなりません。そして、自分が強く生き抜くための力でありながら、同時にその力は、周りの人々を生かす力にもなる。話すことで人は救われ、聞いてもらうことで人は癒される。雑談力とは、言葉を持つ私たち人間だけが持っている、生きるための力なのではないか、と私は思っています。そう、大げさではなく、雑談力は生命力でもあるんですね。そして、少しだけカッコよく言えば、雑談は人生のすべてです。誰もが、生まれて、雑談を身につけながら成長し、雑談しながら生きて、そして最期も雑談して終わる。それが人間です。雑談とは「生きる力」そのものである。私はそう思っています。2010年4月齋藤孝
[著者]齋藤孝(さいとう・たかし)1960年静岡県生まれ。東京大学法学部卒業。同大大学院教育学研究科学校教育学専攻博士課程等を経て、現在、明治大学文学部教授。専門は教育学、身体論、コミュニケーション論。著書に『声に出して読みたい日本語』(草思社)をはじめ、『1分で大切なことを伝える技術』(PHP新書)、『地アタマを鍛える知的勉強法』(講談社現代新書)、『「読む・書く・話す」を一瞬でモノにする技術』(大和書房)、『コメント力』(ちくま文庫)、『座右のゲーテ』(光文社新書)、『齋藤孝のアイデア革命』、『売れる!ネーミング発想塾』、『ロングセラーの発想力』(いずれもダイヤモンド社)など多数。雑談力が上がる話し方30秒でうちとける会話のルール2010年4月8日プリント版第1刷発行2013年5月27日電子版発行著者齋藤孝発行所ダイヤモンド社〒1508409東京都渋谷区神宮前61217http://www.diamond.co.jp/電話/03・5778・7232(編集)03・5778・7263(製作)カバー・本文デザイン鈴木大輔(ソウルデザイン)撮影佐久間ナオヒ(ひび写真事務所)編集協力柳沢敬法製作進行ダイヤモンド・グラフィック社編集担当和田史子
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