優しさをとりもどすには、本当に「ハート」を震わせるのが近道温かみのある、人の心を打つ言葉を発するには、胸を響かせることが大事だとお伝えしてきました。ストレスがたまり、疲れてくると、体が緊張で硬直化し、声も思うように響かなくなってきます。とりわけ胸の響きが失われると心が落ちこみ、発する言葉から温かみが失われていくでしょう。そうした状態から抜け出し、ポジティブな感情をとりもどしていくためにおすすめしたいのが、「ハートフル・ハミング」というエクササイズです。就寝前・起床後にライダウンで心身をリラックスさせてから行なうのがベストですが、日常のなかでも胸に手を当てて「ン~、ン~」とハミングする習慣をつけると、優しさを忘れずにいられるでしょう。レッスン7ハートフル・ハミング就寝前・起床後にライダウンの状態をつくります。胸の真んなかの胸骨に両手を当てて、口は軽く閉じます。口もとの緊張をほどき、5分ほどゆっくりハミングします。ハミングがうまくできない人は、口もとをゆるめ、楽しい気持ちで微笑むようにすると緊張がほぐれた状態が実感しやすくなります。その際に歯、特に奥歯を強く嚙み合わせていないか、舌がゆるんでいるかもチェックするといいでしょう。また、「ウイスパード・アー」と同様、吐く息は下から上へ流れるように意識し、息の流れを邪魔しないこと。ハミングをすると体のいろいろな場所が振動するのが感じられます。ここでは手を当てて胸の響きを意識的に感じましょう。この感覚がつかめてくると、日常でも胸の部分に意識が集まりやすくなり、気持ちが優しく、穏やかになってきます。また、呼吸も深くなっていくでしょう。イライラしたり、言いたいことが言えずにモヤモヤしたり、感情の滞りを感じたときは、その場で胸に手を当て、静かにハミングしてください。胸の響きを感じれば、体の緊張が少しずつほぐれて、心のなかにゆとりが生まれてくるでしょう。相手も受け止めやすい、やわらかな話し方に変えるコツ話し相手に好印象を与えるのに有効な方法として、「虹の発声法」もおすすめです。通常、大事なことを伝えようとするとき、私たちは主張が強くなり、相手にかえって不快な思いを与えてしまうことがあります。真剣に伝えようとするほど、ズドンと鋭く響く……そんなイメージです。
発声としてとらえた場合、それは声の振動が、相手に向かってレーザービームのように直線的に伝わっている状態です。体の響きで言うと、こうした直線的な伝え方は、顔の正面、つまり鼻や額がよく響く人に多く見られます。ストレートに主張を届けるときに気をつけたいのは、相手を射抜くのではなく、相手が受け止められるようにすることです。声を変えることで、もっと相手が受け止めやすいように、届け方を変えることができるのです。大事な相手に気持ちを伝えるとき、組織やグループのなかでの意思疎通を高めたいとき、初対面の人に好印象を残したいとき……胸から虹の形の放物線を描くイメージで声を届けてみましょう。それが、「虹の発声法」です。レッスン8虹の発声法話し相手を凝視せず、全身をやわらかな目で見ます。あまり焦点を絞らず、相手の顔を見るともなく見るくらいの感じです。声を発するとき、自分の胸から相手の胸へ、声が虹を描くように届いていく様子を意識します。チェロ演奏家として世界的に名を馳せたパブロ・カザルスが、「すべての音楽は虹である」という美しい言葉を遺しています。そう、自然界に存在する音は基本的に放物線を描いて伝わります。自分のハートと相手のハートが虹の放物線でつながっているとイメージするだけで話し方は自然とやわらかくなり、相手は親しみを感じてくれます。遠くにいる人にも「虹の放物線」を投げかけようたとえば、レストランなどで店員さんが忙しそうに動きまわっていて、なかなか注文をとりにきてくれないとき。店のなかは、お客さんの喧騒で同席している人との会話も途切れがちです。そんな状況で「すみませ~ん!」と声を直線的に声を投げかけても、間にいる人たちに遮られ、離れたところにいる店員さんにすぐに届きにくいでしょう。「虹の発声法」を試してほしいのは、まさにそうした場面です。相手が5メートル先にいたとしても、意識をすれば虹の放物線を投げることはできます。虹の放物線に乗せて「すみませ~ん!」と声を出すようにすると、相手に声が届く確率がグンとアップします。
あるいは、会社で席の離れた人に声をかけるとき、電話の応対で「◯◯さんから電話ですよ」と呼びかけるときなどに、その相手に向かって虹の放物線をイメージしてみてください。多少声が小さくても、以前より声が伝わりやすくなるはずです。不思議に思うかもしれませんが、声はバイブレーションなので、届ける対象を意識したほうが伝わりやすいのです。実際、いろいろな場面で毎日コツコツ虹の放物線を投げていくと、声を出すのが苦ではなくなっていきます。接客なども楽しくなっていくでしょう。胸の響きだけを意識して歌ってみよう胸を響かせるトレーニングとして、「ひとりカラオケ」もおすすめです。最近は、その手軽さから、プロの声楽家やミュージシャンの間でも、すきま時間に街のカラオケボックスを利用し、声の調子を整えるケースが増えています。それは、ただ発声の練習をするだけにとどまらず、自分の声に客観的に向き合える大事な時間にもなります。カラオケボックスをストレス発散の場にするだけではもったいない!まずは、いま自分が無理なく声を出せているか?声が心地よく響いているか?「ひとりカラオケ」の時間にチェックしてみてください。そのうえで、これまで学んできたことを意識しながら、実際に歌っていきましょう。ポイントはクセのある歌い方をする人の曲は避け、「気持ちよく胸を響かせられる曲」を選ぶことです。歌うのが苦手な人は、音域の狭い曲やミディアムテンポの曲など、いわゆる「歌いやすい曲」を選び、無理矢理シャウトしたりせず、体の響きを大事にしながら歌うようにしてください。シャウトは無理にのどをしめて吐き出す声です。これを続けているとのどを痛めやすく、声を出すことが心地よさにつながりません。ファーストステップは、無理な発声は避け、胸の響きを感じながら声を出すこと。この感覚がつかめるようになってくると、むやみにがんばって声を出すことはなくなり、歌うことで豊かさが感じられるようになるでしょう。「胸を響かせる曲」としてまず皆さんにおすすめしたいのは、次の曲です。ステップ1「胸」を響かせる練習曲『大きな古時計』(作詞・作曲:ヘンリー・クレイ・ワーク)『見上げてごらん夜の星を』(作詞:永六輔、歌:坂本九)『朧月夜』(作詞:高野辰之、作曲:岡野貞一)『荒城の月』(作詞:土井晩翠、作曲:瀧廉太郎)『冬の星座』(作詞:堀内敬三、作曲:ウイリアム・ヘイス)『ともしび』(ロシア民謡)『マイウェイ』(作詞:ポール・アンカ、歌:フランク・シナトラ)『エーデルワイス』(作詞:オスカー・ハマースタイン2世、作曲:リチャード・ロジャース)ご覧のように、音楽の教科書に載っているような、心のほっとする温かな名曲が対象になります。ここでは、アメリカの代表的なポピュラーソングである『大きな古時計』を例に解説しましょう。この曲は、前半は「胸」の響きが中心で、後半になると「鼻」の響きも出てきます。次図の二重線の部分が鼻の響きに該当しますが、ここでは胸に手を当て、胸の響きだけを意識しながら歌ってみてください。歌詞の内容を思い浮かべながら、ゆっくり歌うといいでしょう。
あまり情感たっぷりに歌うと、力んで体が硬くなってしまいます。ここでの目的は、うまく歌うことではなく、胸の響きを感じることです。胸が響いてくると心地よさが感じられるようになりますから、それがうまくいっていることのバロメーターの一つになります。シャウトする強い歌い方ばかりしていると、ストレス発散はできても、こうした心地よさはなかなか感じられません。心地よい中~低音の感覚を目安に、胸を響かせ、ゆっくり歌う。毎回新鮮な気持ちで、これを続けていきましょう。このほかにも、坂本九さんが歌った往年の大ヒット曲『見上げてごらん夜の星を』もおすすめです。坂本九さんは、比較的高い音域では「額」も「鼻」もやわらかく上手に使っていますが、歌そのものは胸の響きを主体にしたものです。日本の叙情歌のなかでは『朧月夜』や『荒城の月』、海外の歌では『ともしび』や『エーデルワイス』も胸を響かせやすい名曲です。声が出なければ、「子守唄をささやくように」歌うことが大事もう一つ、まだ思うように声が出ない時期にチャレンジしてほしいのは、「ささやくように歌ってみる」ことです。最初から最後までずっとささやくように、優しく歌ってみてください。のどに負担がかからない、ささやくくらいの感じでいいのです。「ハートフル・ハミング」で胸の響きを感じたあとに、ステップ1の歌を弱く歌うのもいいでしょう。歌詞を見ないで、ハミングするだけというのもおすすめです。どちらも胸の響きを感じることが大切です。お母さんの歌う子守唄を思い浮かべてください。大声で歌っていたら、赤ちゃんは泣きだしてしまうでしょう。逆に、小さな声でも優しく響かせていると、赤ちゃんは心地よく眠りにつくでしょう。そのため、子守歌はすべての歌の理想とも言われています。こうした子守唄のようなやわらかな響きをベースにしながら、体の無用な緊張をほぐすことで、少しずつ声を拡張させていきましょう。体が固まっている状態は、水が枯れた泉のようなものです。体の響きを少しずつとりもどしていくことで、この泉に水をたたえていき、最後は自然にあふれ出てくるようになります。「いい声」とは、このように体の内側からあふれ出てくるものなのです。一般的なボイストレーニングでは、生徒さんを上達させることを重視するあまり、水があまりたまっていない段階で無理して大きな声を出させ、少ない水を枯らせてしまうケースもあります。歌がうまくなりたい、人に注目されたい、プロデビューしたい……いろいろな望みがあると思いますが、大事なのは「無理なく、心地よく歌うことができ、思いが相手に伝わる」ことではないでしょうか。思うようにいかず悩んでいる人は、まず体の響きをとりもどしていくことから始めましょう。そうやって体という泉に少しずつ豊かな水をためていくことが、心地よく歌う基礎になります。「歌を聴く」だけでも、眠っている感覚は蘇る思うように声が出ない段階では、体の響きを意識しながら曲を聴くだけでも十分なトレーニングになります。本書でとり上げた曲以外にも、すばらしい曲はたくさんあります。まずはゆったりしたテンポの名曲をじっくり聴きながら、それぞれの曲の豊かな胸の響きを感じてください。ときにはハミングをしながら、曲を体で感じていきましょう。胸がジーンとするようなメロディーやフレーズに出くわしたら、そのまま聴き流すだけでなく、「ああ、いま胸が響いているんだな」とフィードバックしてみるといいでしょう。ただいい気分で聴くのではなく、少し分析的に聴いてみるのです。そうやって歌の響きと自分の体の響きを同調させながら聴くことが大切です。感性が豊かな人は、無意識にこうしたことを行なっています。感動をするときは誰もが魂を揺さぶらせているわけですから、本当は私たちは体を響かせながら生きているのです。この世のすべての物質は、原子、分子レベルで振動しています。この感覚を見失ってしまうと、周囲とのコミュニケーションもうまくいかなくなり、生きることがつらく、寂しくなります。それは人の声にも、話し方にも反映されていきます。よいアウトプット(自己表現、コミュニケーション)は、よいインプット(聴くこと)から始まります。歌を全身全霊で聴くことがいい声を出すことにつながっていくのです。
columnユーミン、中島みゆきさんの歌唱の秘密歌は世につれ、世は歌につれ……と言うように、多くの人を感動させた名曲、大ヒットした流行歌には、その時代の世相が反映されているものです。ここでは「体のどこを響かせる歌が人気を集めているか?」に注目して、名曲の秘密を探っていきましょう。私が感じるのは、「最近のヒット曲は、昔に比べて自己主張が強くなってきている」こと。「胸」よりも、「鼻」や「口」を響かせる要素が増えているのです。たとえば、往年の演歌のヒット曲には、「しっかり歌いあげる部分」と「静かに語る部分」の両方がありました。どちらも胸を響かせるのが特徴です。八代亜紀さんの『舟唄』などはその典型で、「お酒はぬるめの燗がいい、肴はあぶった烏賊がいい……」といったフレーズが続く序盤は語りが多く、サビに当たる「しみじみ飲めばしみじみと~」から強く歌いあげる場面につながっていきます。こうした曲では、「情感をこめる」ことが求められるため、胸の響きは欠かせません。しみじみ胸を響かせつつ、サビの部分では頭頂の響きも必要になるため、歌いこなすには一定の技量が問われます。石川さゆりさんの『津軽海峡冬景色』『天城越え』にしても、同様の繰り返しがあり、楽曲としてはかなりハイレベルです。カラオケで自信を持って歌えるようになるには、それなりの訓練が必要でしょう。時代を経るなかで胸を響かせて歌う要素は減り、1980年代あたりから語りの部分も情感をあまりこめなくなっていきました。たとえば、ユーミンこと松任谷由実さんの歌い方は、演歌のように胸を響かせてしっとりと歌いあげるものではありません。ヒット曲『やさしさに包まれたなら』も『恋人がサンタクロース』も、口や鼻を響かせ、同世代の女性に自分の気持ちを率直に話しかける歌い方で多くの共感を得てきました。実際、松任谷さんの歌は、口や鼻を響かせるだけで十分に歌えます。カラオケで楽しく歌う分には、あまり難易度が高いわけではありません。同じく一時代を築いた中島みゆきさんの場合も、『時代』といい、『地上の星』といい、歌詞の内容は深いのですが、歌い方だけを見ると、やはり口や鼻を響かせる語りの要素が強く見られます。口や鼻の響きが増えることが、悪いわけではありません。ただ、この本で重視している胸の響きは減っていきます。そのため、内面の豊かさにつながりにくい面もあります。こうした傾向は、多くのアイドルが輩出され、身近な存在になっていったことで、さらに顕著になりました。アイドル歌手の場合、どこかおしゃべりの延長のような歌い方で若い世代の共感を得てきました。社会現象を巻き起こしたAKB48などは、まさにその典型でしょう。アイドルの歌は、口や鼻を響かせている要素が強く歌いやすいため、みんなで楽しさを共有するにはもってこいです。お祭り騒ぎ的な、「一人では寂しいからみんなで楽しもう」というところによさがあると考えればいいでしょう。
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