シンプルな話だ。自分の内面を成長させたいなら、外の世界で行動すればいい。頭の中を跳び出して、人生に跳び込もう。
この本では、ここまで7つのアサーティブな言葉を紹介してきた。
「私には意志がある」「私は勝つに決まっている」「私にはできる!」「先がわからないからおもしろい」「自分は思考ではなくて行動だ」「私はがむしゃらになる」「私は何も期待せず、すべてを受け入れる」どれも、一つのテーマに沿って選んだものだ。
すぐにはわかりづらいかもしれないが、すべてつながっている。今とは違う人生を送りたいなら、変化を起こさなくちゃならない。
そして、どれだけ思索にふけり、瞑想し、計画を立て、抗不安薬を飲んだところで、外へ出て行動を始め、変化を起こす意志がなければ何も始まらない。
ただ座ってその気になるのを待ち、望みどおりの展開が起こればいいなと思っているだけではしょうがない。
ポジティブ・シンキングだけでは事態は好転しない。人生を変えたいなら、外へ出て動くことが必要だ。
心の状態で皮肉なのは、精神が発達するほど体の動きが鈍くなっていく点だ。情報は余るほど持っていても、人生の軌道を変えることはほとんどできない。私たちはよくこう考える。
「不安と不快感がなくなったら、すぐにでもまた恋人探しを始めるんだけど」あるいは、「先延ばしにしている原因や、モチベーションの源が見つかったら、そのときは本気を出して幸せになってやるさ」ところがそうした姿勢こそが、延ばす・延ばさないのループにはまって前へ進めなくなる原因になる。
人は誰しも、心の準備が完璧に整う瞬間や体験を待って暮らしている。頭がクリアになり、ポジティブな感覚を抱き、不安や心配がすっかり消えてなくなる瞬間だ。
そうした感覚が「オフ」のうちは、人生もオフのままでいる。多くの人が、その感覚がオンになるのを待っている。
しかし、人生はそういうものじゃない。完璧な気分なんてありはしない。
それに気持ちが整って魔法のように人生を好転させてくれるのを待ったところで、人生は一向に好転しない!私が紹介したアサーティブな言葉は、それだけで生きやすくしてくれるものじゃない。
というより、一時的にもっと生きづらくなる可能性が高い!しかも言葉をただ覚えるだけでは足りない。
言葉に従って行動しないといけない。シンプルな話だ。自分の内面を成長させたいなら、外の世界で行動すればいい。頭の中を跳び出して、人生に跳び込もう。
死ぬ前に何を後悔するだろう?
死を人生に取り込み、認め、正面から向き合えば、死の不安や生のはかなさから解放される。そのときはじめて、私は自由に自分自身になれる。─マルティン・ハイデガー
あなたはいずれ死ぬ。息が止まり、静止し、存在するのをやめる。物理世界から退場する。明日か、20年後かはわからないが、そのときは必ず訪れる。人の命には限りがある。誰も寿命からは逃れられない。
自分が死ぬという考えを不快に感じ、抵抗する人もいるだろうが、これはあらがうことのできない真実だ。あなたはいずれ死ぬ。
死の床に横たわっている自分を想像してほしい。横のモニターからピッピッという音が聞こえる。もはや手の施しようはなく、残された時間はあと数時間しかない。
脈が弱まり、エネルギーが消えていくのを自分でも感じる。横たわりながら、あなたは人生を振り返る。望んでいた変化を起こせなかった人生。
同じ仕事、同じ関係、同じ体重オーバー気味の体を維持し、そして今、この世を去る日を迎えている。
本は読んだが、書いてあるとおりにしなかった。
ダイエットの計画を立てたが、実行しなかった。やるぞと自分に言い聞かせ、何回も心を奮い立たせたが、行動しなかった。
人生を変えるための奇抜なアプローチを何十個も試したが、長続きしなかった。
愛する人が入れ代わり立ち代わりベッド脇へやって来る中、横たわるあなたはいったい何を感じるだろうか。
後悔?自責?悲哀?この本を読んだ瞬間に戻って別の道を歩めるなら、なんだってするのに。
もしあのとき……。クソっ、起き上がりたい!後悔があなたの体を、心を、頭を駆け巡る。それは自分がばらばらになる感覚で、とても耐えられない。
死を恐れていようと、受け入れていようと、死だけがその地獄の責め苦から逃れられる方法のように感じる。
はっきり言おう。死の床のあなたが後悔しているのは、何も成し遂げられなかったとか、目的のものが手に入らなかったとかいったことじゃない。
挑戦しなかったことだ。がんばらなかったことだ。つらくなったときにあきらめてしまったことだ。
登山家だって、誰もが登頂に成功するわけじゃない。ときには引き返し、装備を整え直し、何度も挑戦する。けれど彼らは、下界にとどまることをよしとしない。
だらだら過ごしたり、登らない言い訳をしたりもしない。ただテントを荷物に詰めて前へ進む。そしてこの世を去るときは、自分が全力を尽くしたことを感じながら息絶える。
すべてを出し切ったことを。山を愛していたことを。
あなたも、大金持ちになれなかったことを後悔はしないだろう。しかし事業を始めず、今のどうしようもない仕事を辞めなかったことは後悔するはずだ。
スーパーモデルと結婚できなかったことは後悔しなくても、行き詰まりを自覚しながら関係を終わらせなかったことには後悔するはずだ。
ボディビルダー並みの体格を手に入れられなくても後悔しないが、帰り道に毎晩ドライブスルーへ寄って何か食べてしまい、自分に言い訳する生活をやめられなかったことは後悔するはずだ。
こうしたことがあなたの身に起こる。あなたはいずれ死ぬ。そして意識が薄れていく静かな孤独の中で、そうした人生を振り返ることになる。
行動を起こして何かを変え、望みの生活を築き、誇りに思える人生を送らなければ、そういう運命をたどることになる。
ごまかすのはやめよう
人は自分をごまかしながら生きている。「できない」理由を心で口にしながら暮らしている。できない、できない、できない。だけど本当はできる。できないと思うのは言い訳だ。
新しいことをすると自分に約束しながら、いろいろと理由をつけて先延ばしにし、自分へのウソを繰り返しているだけだ。
そのままだと、いずれは自分の魂も売り飛ばすことになる。そんなあなたと、望みの人生を送っている人との唯一の違いは、やったかどうかだ。彼らは自分で人生を決め、生きている。
彼らのほうがあなたより賢いとか、意識が高いとか、強いとか、そんなことはまったくない。
彼らもあなたも、持っているものは変わらない。違いは、成功する人は待たない点だ。彼らは「ふさわしい」瞬間が来るのを待たない。
インスピレーションに打たれたり、啓示が訪れたりして、自分を駆り立ててくれるのを待ったりはしない。
「準備」ができていなくても立ち上がり、動き、挑戦し、そして失敗する。飛行機を作りながら飛ばす。墜落したら、残骸を集めてまたやり直す。心の準備なんて何の意味もない。危険を避ける言い訳の一つにすぎない。問題は、そうした危険な領域こそが人生だということだ。危険を冒さずに生きていても、それはただ存在しているだけでしかない。
過去のせいにするのはやめよう
自分が今こうなのは過去のせいだ、過去が自分を縛っているんだと思う人は、考え直すことをお勧めする。
過去を大げさにとらえるのはやめよう。人には誰しも過去があって、その中にはとんでもなくひどい経験もある。
だが、それが何だっていうのだろう。
何も考えずに過去の被害者ぶる前に、未来よりも過去にばかり目を向けている理由を考えよう。
何度も言っているように、あなたを自由にできるのはあなた以外ない。私は単なる近所の口うるさいおじさんじゃない。過去に足を取られる人たちをたくさんコーチしてきた人間だ。
そして、クライアントたちは今、自由で幸せな人生を送っている。それならあなたにもできるはずだ。人は過去や子ども時代にとらわれている。それが「できない」と思う理由になる。
現状に対する責任を逃れるには、過去を持ち出すのが楽だからだ。
しかし、前に進んで偉大な人間になりたいと本気で思うなら、あなたを止められるものは何もない。昨日だとか、5年前だとか、小学校2年生のときだとかの出来事なんて関係ない。
内面を改善するには外の世界で動けばいい。それと同じように、過去を忘れたいなら未来を形づくればいい。何か大きな、これまでにない大きなものを築こうとすればいい。
今が輝いていて、状況に満足しているときは、過去を振り返っている時間なんてない。あなたの目と心は、まっすぐ前を見据えている。未来に目を向ける行為は、あなたを過去から引きずり出す。
大きくてまばゆくてセクシーな未来、あなたの能力と可能性に満ちた未来は、重大で深刻な過去からあなたを自由にする。
過去の自分のすべてを好きになれなくても、その過去が今のあなたをよくも悪くも形づくっている。だから今のあなたにも長所はあるし、それがあれば目標は達成できる。望みの人生は送れる。本気で望み、必要な行動を取りさえすれば、あなたを阻めるものは何もない。
自由になるための2ステップ
本気で人生を変え、望んでいた自由をつかむ気があるなら、これから言う二つのことをやろう。
①今やっていることをやめるシンプルだ。
問題の原因や、今の状況を招いた習慣を確認しよう。
ソファでネットTVを観ながらずっとごろごろしてしまうせいで何もできないなら、あるいは近所のドーナツ屋へ行くのをやめられないなら、やめればいい。
本気で。今すぐ。やめればいい。
できない理由をつらつら並べるのはナシ。
「だけど番組がおもしろくて。それに仕事は退屈なんだ」も「ちょっとくらい楽しんだっていいじゃないか」もナシだ。
テレビを観るのをいつまでもやめられず、人生を立て直す行動に移れないなら、それはあなたが変化を望んでいないということだ。
だが、はっきり言ってそれは下の下、最低ラインだ。じゃあどうするのか。ネットフリックスを選ぶか、それとも給料のいい仕事を選ぶか。
ドーナツか、それとも誇らしい体つきか。テレビゲームか、それとも愛のある生活か。好き放題に食べ続ける日々に嫌気が差しているなら、やめればいいだけの話だ。
「できない」と思っても、それはただの言い訳。できる。あなたにはできる。ごまかすのはやめよう。精神状態の操り人形になるのは終わりにしよう。
ハンドルを自分の手に取り戻すのだ。感情に屈し続ける限り、あとには後悔が残る。後悔の中で生き、そして死の床で「あのときああしていたら」と思う羽目になる。
感情や気持ちが大切じゃないとは言わないが、ロボットにはなっちゃいけない。
私が言いたいのは、自分がやっていることをもっと深刻にとらえ、人生に大きな変化を起こすのに必要な行動を取ろうということだ。
自分へのありがちな言い訳に「人生を変えたいけど、でも……」がある。
そう言いながらも、あなたはテレビをずっと観て、ジャンクフードを頰張り、私のことをフェイスブックで酷評する。
それなら正直に認めよう。あなたは変化を望んでない!望むなら動くはず!抜け出そうとしているはずだ。自分の人生をじっくり、しっかり見つめよう。
自分に正直になって、自分を縛っている行動を特定しよう。時間は、やらない言い訳を探すためじゃなくて、やる理由を探すためにある。
あなたとほかの人に違いなんてない。あなただけが特別な例外だなんてこともない。必要なのは今すぐ選ぶことだ。
今やっていることをやめない限り、人生は変えられない。絶対に。
②前へ進むのに必要な行動を取る
こちらもいたって単純な話だ。人生を変えたいなら、何かをやめるだけじゃ足りない。がんばって前向きな習慣を身につけることで、人は正しい方向へ進める。
仕事を変えたいなら、一歩踏み出して求人に応募する。外へ出て人脈を築く。募集広告に目を通し、友人と話し、参考になるものを手に入れる。そうしたことを本当にやる。やると言うだけで実際には何もしないのはダメだ。
自分を甘やかして「明日やればいいや」と言うのもダメだ。あなたはまさに今していることだ。これからするつもりだと言っていることではない。─カール・ユング(スイスの精神科医、心理学者)
目標への道のりを考えよう。達成したいことは何で、そのために何をする必要があるか。次のステップを書き出し、自分の行動に責任を持って一歩ずつ進んでいこう。
このように、やめることと始めることという二つのステップは自然につながっている。依存症めいた習慣をいきなり直すのは難しい。
特に中毒性のある習慣は、食べものやセックス、ドラッグ、テレビゲームのように、脳内物質とも関わっている。
悪い習慣を断ち切っても、かわりに何か別の習慣を身につけなければリバウンドが起こる。何か自分のためになる習慣、心から望んでいた新しい生活の象徴になる習慣を身につけよう。
古いものを新しいものへ置き換えることで、新しい人生をつくり出していこう。悪い習慣を特定し、いい習慣のためのスペースを空けよう。
でないと新しい習慣が新しい人生を導く確証が得られない。必要なのは、新しい人生のすばらしさを脳に対して一つ一つアピールすることだ。断固たる意志を持って、妥協せず進もう。
そうしないと、またおもりをつけられたように足取りが重くなり、やがては止まってしまう。
テレビや、自己啓発の本の単なる読み漁り、食べすぎ、ソファでごろ寝、先延ばしはもうやめにしよう。
そうしたものをダンスのレッスンや読書クラブ、必要最小限の食事、自転車などに置き換えよう。
サポートが必要なら、予算の範囲内で優れたコーチを見つけたらいい。
お金がないなら、12カ月で自分の幅を広げてパワーをつける、私のi365プログラムに申し込んでくれてもいい。
詳しいことは私のウェブサイトに書いてあるが、1日1杯のコーヒーよりも安い値段で参加できる。言い訳せずにやってみてほしい!
頭の中から跳び出せ
熟考する時間を持て。しかし行動すべきときが来たら、考えるのをやめて動け。─ナポレオン・ボナパルト
思索にふけり、心を成長させる時間を持つのは悪いことじゃない。それでも、最後は自ら立ち上がり、やるべきことをしなくちゃならない。
7つのアサーティブな言葉がここで生きてくる。意志を持って動こう。そして、行動につきものの先の読めない状況を楽しもう。「がむしゃらになる」といっても、がむしゃらに考えたりテレビを観たりしてはダメだ。がむしゃらに動こう。がむしゃらに行動を起こし、目標へ突き進み、行動して失敗し、そして最後には成功しよう。私がここまで言ってきたことも、あなたが動かなければ変化につながらない。違いはあなたが生み出さなくちゃならない。
変化を生み出そう。今日という日を生きるだけじゃなくて、今という瞬間、時間、週、月を生きよう。自分のすごさを主張するのはあなたの仕事だ。私にはできない。
あなたの母親にも、伴侶にも、ご近所にもできない。
人生は急にはよくならないし、不安がいきなり消えることもないし、考え方を変えたからといって急に積極的で自信あふれる性格に変わるわけじゃない。
あなたの内に秘めた力を引き出せるのはあなただけだ。
ただこの本を読むだけじゃなくて、今言ったことをよく考え、そして同じことの繰り返しだった自分の人生を考えよう。
そして、動こう。「ちょっとあとで」――ダメ。今やろう。「頭が悪いから、ちょっとよくわから――」ストップ。ごまかすのはやめよう。思考にコントロールされる日々はもう終わりだ。
思考が生み出す言い訳や不安に足を取られるのはもう終わりだ。あなたは思考じゃない。行動だ。
そして行動だけが、あなたを今いる場所から引っ張り出し、望みの場所へ連れていく力を持っている。
今日という日を生きるだけじゃなくて、今という瞬間、時間、週、月を生きよう。自分の人生を生き、自分自身として生きる権利を主張しよう。
どんな人生を送れるかは、そこにかかっているのだから。
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