「悪い心」を持たない人はいない
人間の心は、わかるようでわからないものです。Aさんはこんな人で、こんなことを考えながら生きているんだろうな。
なんて思っていたら、まったく違う別の面を知って意外な感じがした。そうした経験は誰しもあるでしょう。
では、自分の心であれば、他人よりはよくわかっているのかといえば、そうとはいい切れないところがある。
あることについて感じたり、思っていたりしたことが、気がついたら別の考えや感情に変化していたということはままあります。
人の心は生きている限り、常に変化しています。3日前の自分が考えていることと、今この瞬間の自分が考えていることも、決して同じではない。
ですから人の心とはそういうものだと思って、他人も自分も見るべきなのでしょう。
そうかといって、考えが常に定まらないことが、よいというわけではありません。
自分という人間を向上させる上で必要と思われるもの、正しいと思うものは信念として持ち続けることも大事です。
人間には「動物の血」が流れていますから、自分本位に考えることは宿命ともいえます。
それを、どれだけ理性でコントロールし、自分の中にある「善なる部分」を前面に打ち出すか。それによって、人間の器が決まるともいえます。
長年生きていると、悲しいこと、ショッキングなこと、不条理なことなどを経験します。
若い頃にはわからなかった心の痛みを自分も経験することで、「涙もろくなった」という人も多いかと思いますが、それは心が成長している証しでもあります。
心だって生きています。よい心のときがあれば、悪い心を持つこともあります。
悪い心でいるときは、つい目をそらしたくなりますが、そういうときこそ、なぜそんな心の状態になっているのか、意識して向き合ってみる。
悪い感情は、無理に打ち消す必要はありません。無理やりなくそうとすると、自分を偽っていることになるからです。
そうではなく、「自分はまだこの程度の人間なんだな」と、自分に対する認識を新たにする。
そうやって自分という人間を理解していくことが、多少なりとも「人間の器」を大きくすることにつながるのではないかと私は思います。
「死」を恐れない人の考え方
生きている人間で、死を経験したことがある人はいません。経験したことがないから死は想像がつかないし、ゆえに恐怖と不安の対象になってしまう。
こと今の社会では病院で死ぬことがほとんどなので、人の死を直接見る機会が昔と比べて少なくなっています。
そこに死を忌まわしいものとして遠ざける風潮が手伝って、なおさら死は恐いものになっているのではないでしょうか。
死を経験したことのない哲学者や宗教学者が死の世界を考察したり、イメージしても、それはあくまでも虚構です。生きながらにして本当に死を理解できた人はいないでしょう。
医学がどれほど進歩しようと、わかるのは人間の身体の中のことであって、死後の世界は皆目わかりません。
生きながらにして死を経験した人はいないとはいえ、死の疑似体験をした人はゼロではないようです。
そういう体験をした人の証言を集めた『ライフ・アフター・ライフ』という本を、アメリカ駐在時に読んだことがあります。
仕事がうまくいかなくてニューヨークの五番街をぶらぶら歩いていたとき、たまたま入った書店で見つけたのです。その本に集められた話は、いったん病院などで死の宣告を受けた人たちのものです。
誤診などで本当の死ではなかったことも考えられますが、それがなぜか生き返り、向こうの世界で見たことを喋っているのです。
作者不明の本ですが、内容については、キリスト教信者からかなり批判が出ていることを噂で知りました。生き返るなど彼らには許せない話でしょう。
誰に貸したか忘れてしまったのですが、現在は知人の誰かが所有しているはずです。興味深いのは、死の体験が皆似通っていることです。
死ぬときは苦しみがなく、幸せな気持ちで向こうの世界に行っているのです。お花畑のような華やかな光景を見たという人も多い。
おそらく死ねば、善人も悪人も同様に、このようなきれいな世界に行くのかもしれません。こういう話を聞くと、死は恐くなくなります。
死に対する恐れというものは、生きることの姿勢にも深く関わっていると思います。たとえばそのことを端的に表しているのが、冒険家と呼ばれる人たちです。
先日、新聞で海洋冒険家の白石康次郎さんのインタビューが紹介されていました。
現在 53歳の白石さんはこれまでヨットで世界一周を三度もし、もっとも過酷とされる 4年に一度のヨットレース「ヴァンデ・グローブ」に 2016年、アジア人として初挑戦して失敗。
次は 2020年 11月 8日にスタートし、二度目のレースに挑んでいましたが、 2021年2月 11日に完走。
アジア人初の快挙です。
ヴァンデ・グローブというレースはおよそ 3カ月かけて行われ、 2000時間ほとんどノンストップで身体や頭を動かしていないといけないといいます。
一度に 1時間以内の仮眠しかできないし、怪我をしても病気になっても休めない。船が壊れたら、自分で補修をして進まなくてはならない。
体力、精神力の極限で挑む、この上なく厳しいレースといわれています。完走率は 50%程度。生きて帰ってこられるかもわからない。
それでも挑戦するのは、生命を賭けた冒険がわくわくするほど好きだからだと白石さんはいいます。
白石さんにとって死は、生の最高の喜びとなら引き換えになっても仕方ないものであるかのようです。
白石さんのような人を見ると、心底から人生を思いっきり生きている人は、死というものが普通の人よりも恐くないんだろうとさえ感じます。
生がある限り、まったく死が恐くないという人はいないでしょう。人はそう簡単に達観できるものではありません。
あれだけたくさんの死を見てきた医師の日野原重明さんですら、 105歳で亡くなる直前に死ぬのが恐いといっていたのですから。
私にとっても死は未知なものゆえに、いくらかの恐さはあります。
ただ、いつ死んでも後悔はしないという気持ちで毎日を過ごしていますから、大きな不安をもたらす対象ではありません。
自分のことばかり考えて自分の益になるようなことを常に追い求めている人は、自分への執着が強いがゆえに、死が一層不安の対象になるかもしれません。
死は自分という存在が一切消滅する現象ですから、こういう人にとって死は、相当な不安をもたらすものになると思います。
今日「明日から本気を出そう」と思っても、明日になると手を抜いてしまい、また「明日から本気を出そう」と思って生きている人は、人生の手ごたえをいつまでたっても感じられないから、「まだ、死ねない、死にたくない」という気持ちが人より強いのかもしれません。
までたっても感じられないから、「まだ、死ねない、死にたくない」という気持ちが人より強いのかもしれません。
そう考えると、他人や社会のために一生懸命に仕事をしてエネルギーを注いでいる人は、死に対する不安が薄いかもしれません。
自分は人や社会のためにこれだけのことをやってきたという使命感が、死を恐怖の対象から遠ざけるような気がします。
とどのつまり、死に対する不安や恐怖の程度といったものは、その人がどう人生を生きているか、どれだけ一生懸命生き、納得して日々を過ごしているか、そして人や社会のために力を使っているか、そうしたことに大きく関わっているのではないかと最近、考えるようになりました。
怒りの感情にかられたら「間を置く」
入社して間もない頃、私は義憤にかられて、思わず上司に大声で反抗してしまったことが何度かありました。
最初にやったのは若くて血気盛んな、会社に入りたての頃でしたが、 30年以上たって役員になったときも、この血はあまり変わらなかったようです。
社長を含め、何人かの役員たちと料亭で会食をしていたときのことです。私の上にいる専務が社長に対して終始、おべんちゃらばかりいっているのが我慢ならなくなりました。
その専務が「社長のお話は本当に素晴らしいです」と何度目かのお世辞をいったときに、「貴様、いい加減にしろ! 社長が今いったことは全然いいことなんかじゃない! お世辞にも程がある!」と酒の上とはいえ、机をたたいて怒鳴ってしまった。
相手は当然びっくりです。
傍らにいた女将が「まあまあ、そんな大声を出してはダメですよ」と私の肩をたたきながら、たしなめてくれました。
帰りの車の中で、しまったな、いいすぎたなと思いましたが、やってしまったものは仕方ありません。
翌日、その上司のところに行って、「昨日はすみませんでした」と頭を下げましたが、相手はおそらくずっとこのことを覚えていたと思います。
このように上司に歯向かって怒りをぶつけることは、下手すれば左遷やクビになりかねないものですが、心のどこかで「これでクビならしょうがない」という覚悟のような気持ちもありました。
真剣に怒っているときには気持ちの余裕がありませんから、冷静に自分を見つめることなどできなくなります。
ただやはり振り返ってみると、自分はまだ修行が足りないなと思うのです。人間の中には、本能で動く動物の血が流れています。
この動物の血をいかに少なくして、理性で動く人間の血を増やすかが大切なわけですが、私は動物の血のままに動いてしまう愚かさが、まだまだあるんだと感じます。
怒りの感情は、それが真剣なものであれば、ときには出すほうがいいと思いますが、そういう怒りほど自分を正当化してしまう面もあります。
自戒を込めていえば、怒りの感情にかられたときは、いったん「間を置く」ということが大事だと思います。高ぶった感情と距離をとることで、動物の血はいくらか鎮まるからです。
怒りもそうですが、恨みや嫉妬といった負のほうへ自分を引っ張っていく感情に対しては、奴隷になってしまってはいけません。
感情をうまくコントロールし、「感情の飼い主」になることを心がけるべきです。感情の飼い主になるには、感情の性質を利用して、巧みに飼いならす工夫をすることも必要です。
たとえば嫉妬は向上心や競争心から生まれるものですから、うまく使えば自分を向上させる原動力になります。
相手からバカにされたり、予想外に低い評価をくだされたときは、「今に見てろ」というハングリー精神に火がつき、それまで以上に努力をするかもしれません。
そうやって感情をうまく手なずけることができれば、負の感情に持っていかれることは少なくなるでしょう。笑いたいときは笑い、泣きたいときは泣く。
そうやって感情を思いっきり出すことも人間としては大事なことですが、悪いほうへ持っていかれそうになるときは、意識して感情の飼い主になる。
このことは頭の中に常に入れておくといいと思います。
※良いことは動物的に、悪いことは理性的に。
トラブルを自分磨きの手段にする
仕事や人生はいろんな問題の連続です。仕事をリタイアした人が、これからはゆったりした平穏な日々が待っている、自分のやりたかったことを存分にやってやるぞと思うとします。
しかし、波風が起こらない平穏な日々が長く続くなんて思わないほうがいい。
さあ、新しい生活を始めるぞと意気込んでいたら、健康診断で異常が見つかり、精密検査をしたらがんが見つかったり、高齢の親の介護問題が起きたり、あるいは思いもよらぬ災害に巻き込まれたりと、人生は何が起こるかまったく予測がつかないものだからです。
生きている限り、常に問題があるのが当たり前であって、問題があるからこそ人生なのです。問題が起こったとき、それを嫌なものだととらえてしまうと、ただのトラブルで終わってしまいます。
それではもったいない。トラブルは天が自分に与えてくれたものであり、自分を磨いてくれるものとしてとらえることが必要です。
そんな視点を持てば、いかなる問題も、自らを向上させてくれる「いい勉強」になります。
私は仕事で何か問題が起こったとき、自分は神から試されているんだという思いを持っていました。
「よし、来たな。やってやろうじゃないか!」 そう思って自分を奮い立たせ、正面からぶつかっていく気持ちで、事にあたっていました。
損益にかかわる問題などはそれが大きければ大きいほど、何くそという気持ちで強く燃えたのです。
逆境という壁に出くわしたときは、自分の器を大きくする練習をさせてもらっていると思うことです。問題を、ただの問題にしない。
与えられた問題は常に自分という人間を磨くための手段なのだという視点を持つことです。そうすることで、問題はきわめてポジティブなものに変換されていくのです。
分相応になるべきか
悩みというのは、ある面、自分に合わないサイズの服を着ようとして四苦八苦する状態といえます。
ああいうふうになりたいのになれない。面白く仕事をやって成功させたいけど難しい──。さまざまな欲求や夢が叶えられない状態に葛藤し、悩むのが人の常だからです。
そこから分相応という考え方も生まれてくるわけですが、分相応でいることの大切さと、努力をすることの大切さは、また違う次元でとらえるべきだと思います。
分相応でいればいいんだと考えていると、向上心を萎縮させる可能性もあるからです。分相応というのは、あくまで虚心坦懐に自分を見つめることが大事という意味で理解しておくのがいいと思います。
つまり、片方では謙虚な気持ちを忘れず、もう片方では自分を向上させるための現実的な努力を行う。そうすれば、自分に合わなすぎる服を着ようとして四苦八苦することはなくなるはずです。
そう考えると、他人や社会のために一生懸命に仕事をしてエネルギーを注いでいる人は、死に対する不安が薄いかもしれません。
自分は人や社会のためにこれだけのことをやってきたという使命感が、死を恐怖の対象から遠ざけるような気がします。
とどのつまり、死に対する不安や恐怖の程度といったものは、その人がどう人生を生きているか、どれだけ一生懸命生き、納得して日々を過ごしているか、そして人や社会のために力を使っているか、そうしたことに大きく関わっているのではないかと最近、考えるようになりました。
トラブルを自分磨きの手段にする 仕事や人生はいろんな問題の連続です。
仕事をリタイアした人が、これからはゆったりした平穏な日々が待っている、自分のやりたかったことを存分にやってやるぞと思うとします。
しかし、波風が起こらない平穏な日々が長く続くなんて思わないほうがいい。
さあ、新しい生活を始めるぞと意気込んでいたら、健康診断で異常が見つかり、精密検査をしたらがんが見つかったり、高齢の親の介護問題が起きたり、あるいは思いもよらぬ災害に巻き込まれたりと、人生は何が起こるかまったく予測がつかないものだからです。
生きている限り、常に問題があるのが当たり前であって、問題があるからこそ人生なのです。
問題が起こったとき、それを嫌なものだととらえてしまうと、ただのトラブルで終わってしまいます。それではもったいない。
トラブルは天が自分に与えてくれたものであり、自分を磨いてくれるものとしてとらえることが必要です。
そんな視点を持てば、いかなる問題も、自らを向上させてくれる「いい勉強」になります。
私は仕事で何か問題が起こったとき、自分は神から試されているんだという思いを持っていました。
「よし、来たな。やってやろうじゃないか!」 そう思って自分を奮い立たせ、正面からぶつかっていく気持ちで、事にあたっていました。
損益にかかわる問題などはそれが大きければ大きいほど、何くそという気持ちで強く燃えたのです。
逆境という壁に出くわしたときは、自分の器を大きくする練習をさせてもらっていると思うことです。
問題を、ただの問題にしない。
与えられた問題は常に自分という人間を磨くための手段なのだという視点を持つことです。そうすることで、問題はきわめてポジティブなものに変換されていくのです。
分相応というのは、あくまで虚心坦懐に自分を見つめることが大事という意味で理解しておくのがいいと思います。
つまり、片方では謙虚な気持ちを忘れず、もう片方では自分を向上させるための現実的な努力を行う。
たとえば、本を読んで知見を広め、考える力を磨く。多少ハードルが高くても、頑張って納得のいく仕事やボランティアをする。
結果が出ないときの努力は無駄になるのか
「終わりよければすべてよし」という言葉があります。果たして終わり、すなわち結果がよければ、過程がどうであろうといいのか? そんなことはありません。
企業が自分たちの利益のために、他社の技術を不正に盗んで新製品を発売しても、それで「すべてよし」とはなりません。
どこかの大国が自国ファースト主義で国際秩序を破ってまで自国の利益をはかるのであれば、やはり「すべてよし」とはいえないでしょう。
成果主義に走りすぎると、公正であるべき土俵を見失いがちになります。お金が一番大事といった風潮になると、各々が金のためなら何でもやり、ときには犯罪に走るような人も出てきます。
「結果のために手段を選ばず」になってしまう。あくまで大事なのは、結果という目標を見据えながらも、一つひとつの過程を大切にしながら進むことです。
最近は社会に余裕がなくなっているのでしょう。
企業の社員でも学生でも、とにかく結果を出せという圧力が昔に比べて強くなっているように感じられます。
それゆえ、なおさら結果が何よりも大事という結果主義的な風潮になってきているのかもしれません。
もちろんいい結果を出すことは大事ですが、そのためには何をしてもいいということにはならない。
過程がちゃんとしていれば、自ずといい結果になるものですが、そうならないことももちろんある。
では、過程においてベストを尽くしても、思うような結果にならなければ、その努力は無駄になるのかといえば、そんなことはありません。
思っていた結果にならずとも、そういう結果になったこと自体は、やはりその人にとってのベストを意味するからです。
そして、そこでなされた努力は、また別のところで必ず生きてきます。努力というものを狭い範囲で切り取って見てはいけないのです。
Aという目的を遂げるためになされた努力が、結果的には無駄になってしまった。しかし、その努力は他の Bや Cという目的に向かって進むときに、必ず生きてくる。
Aという目的にそった文脈の中でその努力を見るから、無駄だと判断してしまうだけなので、もっと広い文脈に努力を置いて、見るべきなのです。
努力は目的となる結果から逆算して、やり方を考えることも必要ですが、結果を求めて前のめりになりすぎないよう気をつけないといけない。
同時に、一つひとつの過程を疎かにせず、絶えずベストを尽くす。その両方の視点を持って前に進んでいくことが大切です。
「いい人」願望の正体は虚栄心
私はツイッターやフェイスブックといった SNSをやらないのでよく知らないのですが、 SNSは人から「いいね!」という評価が欲しくてやる人が少なくないそうです。
「いいね!」の数が多ければ多いほど、その人は自分の存在が社会から認められた気分になって、嬉しいと感じるのでしょう。
ただし、「いいね!」にも 100%評価する「いいね!」もあれば、 50%評価する「いいね!」もあるのでしょうから、気持ちの幅がありすぎて、当てにならないものだと思います。
そんな「いいね!」で自己確認をして、しばしの自己満足を得られるとしても、それは自分に自信がないことの裏返しにすぎません。
ネット上で人からの評価を絶えず気にし、いい評価を求めることに腐心している人は、少し批判されたりするだけで落ち込んだり、攻撃的になったりすることがあるようです。
しかし、見ず知らずの人から何といわれようと、他人はその場限りの印象や思いつきで何かいっているだけですから、そのことにいいも悪いもありません。
真に受ける必要はどこにもありません。
その人のことをよく知っている身近な人からの評価や判断なら参考になりますが、そうではない人からの評価で落ち込むなどバカげています。
最近は世代が若くなるほど、人づき合いが淡泊だといわれます。
恋人どうしでさえ、ひと月に 1回ぐらいしかデートをしなかったり、深くつき合うことを避けたりする人も少なくないそうです。こうしたことはネットの影響も多分にあるのでしょう。
表面的な部分だけで軽くつき合い、深く交わろうとしないのは、傷つくのが恐いという心理が働いているからでしょうか。
それは自分に自信がなく、自立した精神が育っていないからだと思います。
その結果が SNSで「いいね!」という評価を求めたり、「いい人」と思われたい行動につながったりするのです。
ある社会学者が、今の日本人には他人の目線を気にして「いい人」として振る舞う「いい人」願望を持つ人が増えているといっていましたが、実際そうなのだと思います。
ですから「いい人」と思われたい人の「いい人」とは、自ら善を求めてではなく、傷つきたくない自己保身の欲求から成り立っている。
もっと突き詰めれば、「いい人」願望のさらに奥にあるのは虚栄心です。人から格好よく思われたい、自分を実力以上に見てもらいたい。
こうした虚栄心は少なからず誰にでもあるものですが、「いい人」と思われたい人にも、根底には虚栄心があるのです。
「いいね!」がつかないと落ち込んだり不安になるという人は、一度よく自分の内面について考えてみるといいと思います。
「いいね!」を求める時間を他のことに費やしたほうが、自分の器を大きくすることに間違いなくつながるからです。虚栄心は、強すぎるとよくないものです。
強すぎると自己中心的な考え方が支配的になり、人を蹴飛ばしてでも己の欲を満たそうとします。
会社でいえば、部下の手柄を自分のものにしてしまう上司なんかは、悪い虚栄心を持っているといえます。
とはいえ虚栄心は、ほどほどにある分には自分を向上させる原動力にもなりうるし、負けたくない一心で虚栄から生じた目標を達成することもできる。これはよい虚栄心です。
ですから、虚栄心を一概によくないものとして否定する必要はない。一見つつましく、いい人に見える人の中にも、根強く虚栄心は息づいている。
この虚栄心は果たしていい虚栄かよくない虚栄なのか? 虚栄にとらわれることで人生の内実が貧しくなっているのなら、それはよくない虚栄ということになるでしょう。
いい虚栄とよくない虚栄の間で、いかにバランスをとるか。虚栄という断面から人を眺めるのも、人間という存在をより深く知る手がかりになるのではないかと思います。
自分の成長は「書いたこと」に表れる
知識や教養といったものは、人間の器をつくるのに欠かせないものです。知識をもたらし、教養を育んでくれる一番のものは、何といっても読書です。
いろいろな本を読めば、自分にとって未知の世界が山ほどあることに気づきます。そして、もっと知りたい、見たい、経験したいという好奇心や探究心を刺激してくれます。
読書の習慣は子どもの頃からつけるにこしたことはありませんが、その楽しさに気づくのは、大人になってからでも決して遅くはありません。
豊かな読書経験は、広い視野でものごとを考え、柔軟に想像力をめぐらすことを可能にしてくれます。
私は本を読んでいて心に刻まれたことや気になったことは、必ず読書ノートにメモをとるようにしています。
若い頃からずっとやり続けている習慣で、ここは大事だなとか、これは覚えておこうと思う箇所に付箋を貼り、週末にそれらをノートにまとめるのです。
昔の読書ノートをひっくり返すと、こんなことに感銘を受けたのかとか、こんなことを考えていたのかといった新鮮な発見もあります。
それは同じ本を時を隔てて読んだ際に、ひとしお感じることが多い。
たとえば、先述した全 4巻からなるロマン・ロランの長編小説『ジャン・クリストフ』は私が若かりし頃、寝食も忘れ、読み耽った本ですが、 50年以上の時を経て再び読んだ際には、以前感じたことや心に引っかかる箇所が違っていました。
どれほど傷つこうと、自分が信じる真実の道をめげることなく求めてやまない主人公の生き方には変わらぬ共感を覚えますが、この場面は今の社会ではありえないなあ、こういう言動をとらなくても別の道もあるのでは? といったことを感じたりしたのです。
二度目は全巻読むことはしませんでしたが、年齢や経験の違いによって感想は変わるものだということがよくわかりました。
読書ノートを読み返すと、これまでの自分の人生の軌跡がすっと見えてくる。以前はこういう発想をしたけど、今はこういう見方や考えができるな、などと自分なりの成長や、ときに停滞を感じたりするのです。
人は自身の成長を感じたときに、深い喜びや充実感を覚えます。成長は、どれほど努力したかによっても変わってきます。
一生懸命努力をすれば、どこかで必ずそれまで眠っていた DNAのランプが灯り、花開くときがきます。それは若い時分にやってくる場合もあれば、 50代、 60代でやってくることもある。
ですから 40代や 50代といった人生の折り返し地点をすぎて芽が出なくても、決して悲観することはないのです。
日清食品の創業者、安藤百福さん( 1910 ~ 2007年)がチキンラーメンを開発してヒットさせたのは 50歳の頃ですし、伊能忠敬は 55歳のときに、日本全土を実地測量するために歩き始め、 17年かけて日本で初めて全国の地図(『大日本沿海輿地全図』)を完成させました。
成長の証しである DNAのランプが灯るのは、いつかわかりません。それでも日々ベストを尽くして努力を重ねる。自分が信じることをやり続ける。その果てに、きっと花開く瞬間があるのだと思います。
モノを丁寧に使えるか
コロナ禍の影響で、最近はゴミの量がものすごく増えたそうです。
自宅で過ごす時間が多くなり、モノの整理や片づけをする人が増えたせいでしょうが、そもそも要らないモノが多すぎるのかもしれません。
モノがたくさんあるのは悪いことではありませんが、使い捨てのようにモノや服をどんどん買い、さして使いもしないうちに捨ててしまうというサイクルは、あまり好ましいものではありません。
大量消費と大量廃棄は環境問題に大きく関わることですし、モノを大事にしない生活は、生き方そのものにも影響すると思います。
企業は利潤をあげるために、新しい製品やサービスを次から次へと生み出しますから、消費者はそれに踊らされている面が強い。
家電製品や I T機器にしても、目先のちょっとした機能を変えるだけで新製品に仕立て、半年に 1回のペースで発売する。
そうすると、今持っているもので十分なのに、目新しさに惹かれて、つい新しい製品に買い換えてしまう。そんな人も少なくないでしょう。
私は、まだ使えるのに新しいモノに買い換えるということが好きではありません。服にしてもモノにしても丁寧に使っているせいか、持ちがいい。
以前乗っていたトヨタのカローラは、 20年ものでした。
トヨタの社長と会ったときにその話をしたら、「いい車、いっぱいありますから、ぜひ買い換えてくださいよ」なんて冗談まじりにいわれたこともありました。
でも故障などのトラブルもなく、ちゃんと走るものをわざわざ買い換える必要はないと思って乗り続けていました。
背広だってニューヨークの駐在時代に買った 40年くらい前のものも、いまだに愛用しています。
アメリカに駐在する際、中学生のときに使っていた英和辞典をわざわざ持っていったくらいですから、もともと物持ちがいいのだと思います。
モノを大事にするということは、そのモノの歴史とともに生きるということでもあります。
「この傷は、あのときこうしてできたものだな」とか「ここが剝げてしまったけど、かえって風情が出てきたな」とか、モノの歴史を自分の歴史のように感じることがあります。
こうしたことには、新しいモノをどんどん買っていく生活スタイルでは得られない人生の重みや味わいがあります。
欧州に住んだことのある日本人の多くが感じていると思いますが、欧州人は古いモノを大切にする習慣があり、こうした文化は見習いたいと思います。時間、才能、環境、人間関係……与えられた、さまざまなものを大切に扱う。
モノを丁寧に使い切るように、人生も丁寧に使い切るという姿勢こそが、器の大きな生き方につながるのではないかと思います。
「必然の運」は自分でつくり出す
人が何かを成そうと必死の努力をしているとき、しかるべき人と偶然に出会ったりして道が拓けるということがあります。
もっとも、これは不思議な力が運を呼び寄せるというレベルでの話ではありません。懸命に道を探っているときは、アンテナがピンと立っています。
強く何かを求めているときは、それに少しでも関連するものが視界に飛び込んでくると、ビビッとアンテナが反応するのです。
ぼんやりしていれば見逃してしまうようなものに、直感的に目が行くのです。傍から見れば、それは不思議な偶然の縁があって道が拓けたというふうにも映るかもしれません。
でも、それは実はきわめて必然の道筋といえるものです。運というものには、このように必然的に導かれるものもあれば、文字通り「たまたま」のものもある。
たまたまの運というのは、宝くじに当たるとか、自らの努力とは無関係なところで起こる人との出会いやさまざまな事象です。
一方、「必然の運」は、自分の努力や工夫によってもたらされるものといえるでしょう。
必然の運は、運という言葉でくくってよいのかわかりませんが、そのような努力ができること自体も、ある環境や条件のもとでこそ可能だったわけですから、やはり一つの運といっていいと思います。
「たまたまの運」は自力ではどうにもならないものですが、必然の運と呼べるものは、自分の手でつくり出せます。必然の運を呼ぶには、さまざまな条件が整っていなくてはなりません。
しかるべき準備をする、正しい道筋を考え、それに従って行動をする、チャンスが来たら素早くつかむ……そんな思考や行動の積み重ねが、必然ともいえる運を引き寄せるのでしょう。
つまり、運とか運命といったものは、ある程度、自分の努力によってつくられるものだということです。
「もう歳だから、運が舞い込むなんて期待できないよ……」なんていっている人には、当然訪れるはずもないですが、いくつになっても好奇心を持ってアンテナ
たら素早くつかむ……そんな思考や行動の積み重ねが、必然ともいえる運を引き寄せるのでしょう。
つまり、運とか運命といったものは、ある程度、自分の努力によってつくられるものだということです。
「もう歳だから、運が舞い込むなんて期待できないよ……」なんていっている人には、当然訪れるはずもないですが、いくつになっても好奇心を持ってアンテナを張っている人には、次々と面白そうな運や縁が舞い込んできます。
これからの人生においては〝今〟が一番若いのですから、「歳だから……」という暇があれば、アンテナを張って行動を起こしてみましょう。
期待通りにならないことが多いのはなぜか
ものごとは、期待した通りにならないことが多いものです。反対に期待していなかったことが、意外ないい結果を出したりする。
相手が期待通りのことをしなかったとき、裏切られたという思いにかられるかもしれません。しかし、それは期待したほうに問題があります。
期待には願望がどうしても入ってしまうので、現実をかさ上げして見てしまう面があります。でも、現実から乖離したところで相手に何かを望んでも、それはその人の勝手な思い込みにすぎません。
客観的に見て現実はだいたいこういうものだろう、目標や着地点はこのあたりが妥当な範囲だろう、そうした冷静な判断のもとに、対象となる人間やものごとを見れば、余計な期待は生まれません。
とはいっても、ついつい期待してしまうのが人情。ある程度は仕方がない面はあります。ただ期待外れの結果に終わっても、ひどく悔しがったり、怒ったりはしないことです。あくまで自分の見立てが甘かったんだと思えば、納得できるはずです。
さらに、自分はそもそも人からの期待に応えられているのか、ということも考えてみるべきです。
家族、友人、上司、部下、取引先……自分を取り巻くさまざまな人たちの秘かな期待に応えるだけのことを日頃、十分にやっていないなと感じれば、人に期待ばかりするのはフェアではないと思えるでしょう。
たとえば喧嘩が多い夫婦は、互いに相手に対して期待をしすぎるのです。こういうことをしてほしいのに、あなたはやってくれなかった。
そういって怒ったとしても、合意があったわけでなければ、相手にやってほしいと勝手に期待したことが問題なわけです。確実にやってほしいことは、心の中で期待するのではなく、きちんと相手に伝えるべきです。
部下に仕事を振って期待通りにいかず、「何やってんだ!」と怒ることがあれば、その前に部下の能力をちゃんと把握した上で仕事を振ったのかを考える。
それをせずに上司の勝手な思い込みで仕事を振っているのなら、上司失格です。このように自分の勝手な思い込みによる期待は、いい結果をもたらさないので、やめたほうがいい。
相手に期待をする前に、「自分はやれるだけのことをやったか?」と振り返り、まずは自分が努力をする。何かに期待をしたいのであれば、自分に期待する。
そうした姿勢をとると、面白いように結果が好転することがあるので、ぜひ試してみてください。
アフガニスタンに生涯を捧げた中村哲さん
冒頭でもふれましたが、アフガニスタンで長年活動していた医師の中村哲さんについて、最後にお話ししたいと思います。
中村さんをご存知の方は多いと思いますが、どういう活動をしてきたのか、『天、共に在り』(中村哲著、 NHK出版)から一部、引用させていただきます。
アフガニスタン復興は、今も茨の道である。この国を根底から打ちのめしたのは、内戦や外国の干渉ばかりではない。最大の元凶は、二〇〇〇年夏以来顕在化した大旱魃である。
この農業国は、往時は完全な食糧自給を果たし、豊かな農産物を輸出して富を得ていた。それが、急速に進行する農地の沙漠化で廃村が広がり、流民が急増、食糧自給率はわずか五年で半減した。旱魃はなおも進行中である。
しかし、派手な戦争報道を他所に、このことはほとんど伝えられていない。これは重大な点なので、後で詳しく述べよう。
私たち PMS(平和医療団・日本)はパキスタンの国境の町ペシャワールを拠点とし、一九九一年以来、アフガニスタン国内に三つの診療所を抱える医療団体であった。
しかし、二〇〇〇年夏、その一つの「ダラエヌール診療所」周辺が甚だしい旱魃被害に襲われ、一時は一木一草生えない沙漠に帰した。
渓谷の住民たちは一斉に村を空けて退避、栄養失調と脱水で倒れる子供たちが急増し、赤痢で死亡する者が後を絶たなかった。
飢えや渇きを薬で治すことはできない。医療以前の問題である。そこで、アフガニスタン東部の中心地、ジャララバードに「水源対策事務所」を設け、医療事業と並行して、飲料水源の井戸を掘り、灌漑設備の充実を進めてきた。
飢えは食糧でしか癒せない。そして、食糧生産は農業用水を必要とする。数千町歩を潤して緑を回復する「マルワリード用水路」は、その帰着点と呼ぶべきものだったのである。
「百の診療所より一本の用水路」と唱え、この約七年間、現場に張りついて指揮を取ってきた私は、このために全てを犠牲にした。
現地三十年に迫る経験、いや、物心ついてから得た全ての知識と経験を傾注したといっても、決して過言ではない。
中村さんは何も最初から「国際医療協力」に興味があったわけではない、といいます。
昆虫観察が趣味だという中村さんがアフガニスタンに初めて行ったのは、モンシロチョウの原産地だといわれるヒンズークッシュ山脈に山岳隊員として訪れたときだそうです。
それから「天命とはいえ、数奇な定め」(同書)により、最後までアフガニスタンに住む人々のために、命を賭けて働き続けた。
普通の人間には、なかなかできることではないと思います。
この状態の中で(編集部注/未曽有の旱魃に加え、診療所をはさんで反タリバン勢力とタリバン軍が対峙)、死にかけた幼児を抱いた若い母親が診療所にくる姿が目立って増えた。
旱魃の犠牲者の多くが幼児であった。「餓死」とは、空腹で死ぬのではない。食べ物不足で栄養失調になり、抵抗力が落ちる。そこに汚水を口にして下痢症などの腸管感染症にかかり、簡単に落命するのである。
若い母親が死にかけたわが子を胸に抱き、時には何日もかけて歩き、診療所を目指した。生きてたどり着いても、外来で列をなして待つ間にわが子が胸の中で死亡、途方にくれる母親の姿は珍しくなかった。その姿は、およそ子供をもつ親なら涙を誘わずにはおれぬものであった。
(同書) 中村さんは別の著書の中で、 10歳で亡くなった息子さんについて語っていますが、子を亡くすという途方もない悔しさや悲しみを知っているからこそ、アフガニスタンで息絶えていく子どもたちを何とかしなければ、と強く感じたのかもしれません。
その息子さんは亡くなる前に、「人間は、いっぺんは死ぬから」といったそうです。
苦痛は相当ひどかったはずなのに、苦しいとも痛いともいわず、世話してくれる人を気遣って、人間の宿命について言及した。
人間の成熟度は年齢とは関係ないことがわかります。もう一つ中村さんについて忘れてはならないことがあります。
それは中村さんの灌漑事業は内乱が続くアフガニスタンに対する平和活動にもなっていたという点です。
アフガニスタンは長期にわたる紛争と政治的混乱によってインフラが破壊され、さらに頻発する旱魃によって経済は壊滅状態となっています。
そのため食料、住居、医療の提供を満足に受けることができず、貧困に喘いでいる人が無数にいます。
2018年、 OCHA(国連人道問題調整事務所)はアフガニスタンにおいて餓死線上の人が 330万人、飢餓線上の人が 830万人、実に人口 3000万人の約 3分の 1にまで及ぶ飢餓人口の急増を訴えています。
中村さんが行った灌漑事業は、まさにこうした飢餓や貧困から人々を救うものでした。水さえあれば農作物を育てることができ、人々の暮らしは潤います。
国民のかなりの割合が飢餓状態に陥るほどの貧困は、テロリストが跋扈し、慢性化する内戦の土壌となるものです。
ですから中村さんの行為は、同時にアフガニスタンへの平和支援活動にもなっていました。
中村さんご自身も、そのことは強く意識されていたはずです。
日本の平和憲法を高く評価していた中村さんは、自らそれを体現することを、秘かなミッションにされていたのだろうと私は思います。
日本の平和憲法によって、アフガニスタンにおける自分の安全は守られている。
危険を避けるため宿舎から作業場へのルートや時間帯を毎日変えるなど念には念を入れていたという中村さんは、そう公言されていました。
平和憲法という世界に類稀な憲法を掲げた平和国家から来た人間であるがゆえに、敵だと見なされる確率が少ないという意味です。
日本は戦後、あれほどの経済成長を遂げ、さらに他国とは一切武力干渉をし合わず、文字通り平和憲法を守ってきました。
世界の多くの国ができなかったことを実行してきたことに、アフガニスタンの人たちはとても尊敬の念を抱いていたそうです。
現在、日本の国内では平和憲法をめぐっていろいろな軋みが生じていますが、少なくとも海外諸国にとって日本が持つ平和憲法は畏敬の対象であり、日本はそのような器を持つブランド国家として期待されていることを忘れてはならないと思います。
昨今の日本はアフガニスタンと戦争をしているアメリカに追随するなど、平和憲法によってつくられたレジームから脱却する動きをしています。
憶測にすぎませんが、中村さんを殺害したテロリストは、もしかしたらそのことを敏感に感じ取っていたのかもしれません。
中村さんの凄いところは、旱魃や内戦、空爆で明日生きられるかわからないアフガニスタンで、誰に頼まれるわけでもなく、自発的に画期的な事業を成し遂げ、それが同時に命をかけた平和外交活動にもなっていたということです。
これは、人間としてのスケールの大きさが桁違いだという他ないでしょう。私は、そこに限界を持たない「人間の器」を見る思いがするのです。
中村さんが秘めていた人間としての誇り。それは最終的に日本人という枠をも超えた根源的かつ普遍的なものであるはずです。私たちもこのような誇りを胸に抱きながら、生きていきたいものです。そのことを心より願って筆をおきたいと思います。
アフガニスタンは農業や牧畜に依存した農業立国ですから、規模の大きい灌漑は、この上ない恵みなのです。
国民のかなりの割合が飢餓状態に陥るほどの貧困は、テロリストが跋扈し、慢性化する内戦の土壌となるものです。
ですから中村さんの行為は、同時にアフガニスタンへの平和支援活動にもなっていました。中村さんご自身も、そのことは強く意識されていたはずです。
日本の平和憲法を高く評価していた中村さんは、自らそれを体現することを、秘かなミッションにされていたのだろうと私は思います。
日本の平和憲法によって、アフガニスタンにおける自分の安全は守られている。
危険を避けるため宿舎から作業場へのルートや時間帯を毎日変えるなど念には念を入れていたという中村さんは、そう公言されていました。
平和憲法という世界に類稀な憲法を掲げた平和国家から来た人間であるがゆえに、敵だと見なされる確率が少ないという意味です。
日本は戦後、あれほどの経済成長を遂げ、さらに他国とは一切武力干渉をし合わず、文字通り平和憲法を守ってきました。
世界の多くの国ができなかったことを実行してきたことに、アフガニスタンの人たちはとても尊敬の念を抱いていたそうです。
現在、日本の国内では平和憲法をめぐっていろいろな軋みが生じていますが、少なくとも海外諸国にとって日本が持つ平和憲法は畏敬の対象であり、日本はそのような器を持つブランド国家として期待されていることを忘れてはならないと思います。
昨今の日本はアフガニスタンと戦争をしているアメリカに追随するなど、平和憲法によってつくられたレジームから脱却する動きをしています。
憶測にすぎませんが、中村さんを殺害したテロリストは、もしかしたらそのことを敏感に感じ取っていたのかもしれません。
中村さんの凄いところは、旱魃や内戦、空爆で明日生きられるかわからないアフガニスタンで、誰に頼まれるわけでもなく、自発的に画期的な事業を成し遂げ、それが同時に命をかけた平和外交活動にもなっていたということです。
これは、人間としてのスケールの大きさが桁違いだという他ないでしょう。私は、そこに限界を持たない「人間の器」を見る思いがするのです。中村さんが秘めていた人間としての誇り。
それは最終的に日本人という枠をも超えた根源的かつ普遍的なものであるはずです。私たちもこのような誇りを胸に抱きながら、生きていきたいものです。そのことを心より願って筆をおきたいと思います。
著者略歴丹羽宇一郎にわういちろう公益社団法人日本中国友好協会会長。
一九三九年愛知県生まれ。
元・中華人民共和国駐箚特命全権大使。
名古屋大学法学部卒業後、伊藤忠商事(株)に入社。
九八年に社長に就任すると、翌九九年には約四〇〇〇億円の不良資産を一括処理しながらも、二〇〇〇年度の決算で同社の史上最高益を計上し、世間を瞠目させた。
〇四年会長就任。
内閣府経済財政諮問会議議員、地方分権改革推進委員会委員長、日本郵政取締役、国際連合世界食糧計画( WFP)協会会長などを歴任ののち、一〇年に民間出身では初の駐中国大使に就任。
現在、一般社団法人グローバルビジネス学会会長、伊藤忠商事名誉理事。
人間の器令和 3年3月発行著 者 丹羽宇一郎発行者 見城徹発行所 株式会社幻冬舎 〒 151― 0051 東京都渋谷区千駄ヶ谷 4― 9― 7幻冬舎ホームページ https:// www. gentosha. co. jp/幻冬舎公式ウェブマガジン&ストア〝幻冬舎 plus〟 https:// www. gentosha. jp/オリジナル電子書籍レーベル〝幻冬舎 plus +〟 https:// www. gentosha. co. jp/ pp/この作品に関するご感想・著者へのメッセージをお寄せください https:// www. gentosha. co. jp/ e/ Ⓒ UICHIRO NIWA, GENTOSHA 2021 ●本作品は『人間の器』(幻冬舎新書)を底本として作成しています。
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