訳者まえがき
『メノン』は「徳について」という副題を古代以来もっている比較的短いプラトンの作品だが、徳だけでなく、知識と信念、学問の方法、人間の本質、魂、善、幸福の問題にも、そしてさらには現実政治の問題までにも関係する、一個の「宝石」(一九世紀イギリスの哲学者ジョン・ステュアート・ミルの評言)である。
これだけの短さなのにこれだけの新しい豊富な内容が含まれていて、その内容から、「プラトン哲学」として後に代表的な教説として知られるものが生まれた。
そしてそのプラトン哲学の内容は激しい論争を生み、草創期におけるこの論争が大きなきっかけとなって、西洋哲学の豊かな内容がかたちづくられたとも言える。
この意味で『メノン』は、これひとつで西洋哲学全体の個性的な導入にもなるような、貴重な作品である。
しかもこの作品は、『プロタゴラス』とあわせて英訳した二〇世紀の代表的古典学者ガスリーが評したように、「プラトン対話篇のなかでももっとも楽しめて、もっとも読みやすい作品に属する二作品」のうちの一つである。他方で、はじめに本書を手にするときに多くの人が感じる、やや読みにくいという印象の原因も、よく知られている。
それは、ミルが絶賛する点である、「宝石」のように光の散乱する輝きのいわば裏として、この作品の展開がきわめて早く、徳そのものや他の主題をだれにも分かるようにはじめに説明する台詞が少ないというところにある。
そこで、読解の上でのこの障害をあらかじめ消しておくために、はじめに作品で扱われる話の前提となっていることを手短に説明し、哲学の読み物としての楽しみがさらに倍にも三倍にもなるようにしたい。
ギリシャ北部テッサリアの裕福な家の出の若者メノンは、一〇代半ばの少年美の盛りの頃、国の支配者アリスティッポスが恋する美少年だった。
テッサリアにやってきた弁論家・弁論術の教師ゴルギアスの技術に、国の代表的な面々はみな魅了され、弁論術の練習に励むようになる。
メノンもこの練習に熱中し、やがて二〇歳くらいのときアテネを訪問してソクラテスと対話した際、自分の練習の成果を、徳に関する活動で著名なソクラテスに見せ、認めてもらおうとする。
──以上がこの対話篇の設定である。
設定年代からいうと、ソクラテス(前四六九~前三九九年)は六〇代後半、メノンが小アジアの対ペルシャ王の戦争に武将として参加する(そして敗北し、捕えられて死ぬ)寸前の、前四〇二年くらいと推定される。
メノンは、ソクラテス相手に「徳は教えられるか?」と問う。メノンは「人間教育」の考え方と弁論術に、熱中していた。ここでメノンが使うことばの「徳」が作品全体の主題になる。
メノン自身は、徳とは人間としての実力であるというイメージを持っている。
その「実力」は一流の人士として他人を支配し統率する政治的な力であり、これを教えてくれるソフィストや弁論家は、昔からの考え方の人々からは怪しい人々と思われていた。
或る人々は徳があり、或る人々は徳がないこと、さらに或る人々は徳の反対の悪徳の人であることは、ギリシャ人が共通に持っていた考え方だが、それを「教える」専門家がいるという発想は、一般にはもたれていなかった。
しかしこの「徳を教える」という考え方は、メノンや他の若者や、実力本位の新時代に自力で何とかうまくやりたいと思う一部の市民に支持された。
いっぽう、(プラトンが理解する)ソクラテス自身の若者の「教育」に関する基本的な態度は、『ソクラテスの弁明』などに書かれている。
善や美など、人生でもっとも重要なことに自分は無知であると自覚していて、だから、人間としての立派さである徳が「教えられるか?」という問題は、ソクラテスに言わせれば、徳について知らない自分には教えられない、としか答えようのない問題である。
それにもかかわらず、プラトンをはじめとして、ソクラテスのところでしか徳に関する考えを追求することはできないと考える若者もいた。
これは、正義や節度や敬虔などの徳について、自分で考えるよう促し、自分の頭で考えざるを得ないように問いを発するソクラテスの方法に、かれらが惹かれたためである。
このように『メノン』の対話の背景として、当時のギリシャには少なくとも三種類の人々がいて、徳について三種類の考え方があったことを、理解しておく必要がある。
第一に、伝統的な考えの人々である。
これらの人々は「徳」ということばで優れた人のありかたを示すというギリシャ語とギリシャ社会の習慣には従うが、徳のある人間をつくることができるとか、育てることができるといった発想からは遠い。
「徳の成果」は、政治や戦争や文学や芸術の分野で「有徳な人」が与えてくれるものとして享受するし、だれかに聞かれれば徳について何か言うことはそれほど難しいことでないと思いこんでいるけれども、徳自体がどうなっているか、どう生まれるかについては、じつはあまり考えていない。
第二に、ソフィストや弁論家といった紀元前五世紀に登場した新しい職業の人々がいる。
たとえば当時のアテネなどでは、言論の力で出世できるようになり、また世の中を政治的に動かすことも可能になった。
ギリシャ各都市で活躍したソフィストは、自分は知恵があり(「ソフォス・賢者」であり)、徳を教えることができると称した。
「弁論家」を名乗ったゴルギアスも、おなじくおもにことばで「のしあがってゆく力」「支配の要領」を教えていたけれども、他のソフィストよりは慎重だった。
じじつ、ソフィストを名乗ったプロタゴラスをはじめとする人々は、自分の「知恵」をひけらかすものではないという正統的な態度に逆らい「自分は賢い」と主張したことで、一部の熱狂的支持を得る反面、伝統派はもちろん多くの常識人に憎まれ、徳を教える職業を始めたが実際にはできていない、噓つきだという反発・懐疑の的になった。
これに対してゴルギアスは、立派で有能な話し方を教えるという、穏当なキャッチフレーズで当時の若者に近づいた。
しかし、(プラトンの診断では)ゴルギアスを中心として起こった教育熱は、他のソフィストの運動がもたらした教育熱と、中身においてあまりちがわない。
対話篇の最初に説明されるとおりメノンは、非常に若い頃から弁論術の教育を受けていたおかげで「話が上手になった」人間である。
かれはプラトンの作品中でソクラテスの相手をつとめる人間として、異様に若い。二〇歳くらいである。
それなのに平然と相手をつとめ、表面的に堂々とした押し出しと論戦に関する才を見せる。
このメノンという登場人物は、第二の種類に属する弁論家の「教育」の「成果」を示すように配置されている。
第三に、ソクラテスという、徳に関する新旧の考えが併存する当時の教育ブームの中で、どう分類したらよいかわかりにくい特異な人物がいる。
ソクラテスは徳について、ただたんに徳というものは役に立つよいものだなどという考えに甘んずることなく、それがそもそも何であるか探究している点で、伝統的な人々とは異なる。
そして広い意味の「教育」が人間の立派さとほんとうの力の源であると考えている。
しかし問いを発して若者に考えさせているだけで、自分は何か特定の内容を教えていないと明言すると同時にソクラテスは、徳を職業的に教えるという発想には反対の立場にいる。
このような根本的なちがいから、ソクラテスはかれ流のやりかたでメノンに接してゆく。
第二の種類に属する当時の弁論術からするとメノンは優秀な生徒だが、ソクラテスの考える人間の「力」という点から観察してみると、メノンにはむしろ基本的とみなされる欠陥も目立つ。
たとえば、相手と協力して共通の新しい認識に進もうという意欲と力が欠けており、他人から教わらないで自分で問題を考え、自分の過去の経験を反省しながら答えるという心構えさえ欠けているのが、読者にはすぐに分かるだろう。
これは、ソクラテスにとって、アテネの町で自分のまわりにいる若者であれば期待できた初歩的な心構えである。
以上の背景となる考え方のちがいを理解することで、対話篇冒頭のぶっきらぼうな始まりを解説することもできる。
冒頭でメノンはソクラテスに、徳についての重要な質問にちがいない「徳は教えられるか?」という質問を発する。
ソクラテスはメノンに、どこからこの疑問を持つに至ったか、徳の理解に基づいて答えてもらおうとする。
それが、ソクラテスが一貫してずっとメノンに対して答えさせようとする「徳とは何であるか?」という問いの、ひとつのねらいである。
つまり、本気で徳について質問したいのなら、自分が徳を何だと思ってそう質問したのか、答えることができるはずだというわけである。
あとに続く議論を読めばわかるように、メノンがこの点で徳とはこういうものだと自分の考えを言う場合でも、ソクラテスがそれでいいというふうに済ませて、対話が終わりになることはない。
ソクラテスは「徳とは何か?」や他の「正義とは何か?」や「勇気とは何か?」などの問いに対する相手の答を聞いた瞬間から、次々と質問攻めにあわせる。
つまり、「徳は教えられるか?」とソクラテス相手に徳について質問した瞬間、メノンはソクラテスのあらゆる質問を浴びる運命にあるのである。このようにして『メノン』の議論は進んでゆく。
──それで、けっきょくメノンはどうなるのか?具体的には本文をお読みいただきたいが、メノンに対してソクラテスは、メノンが自分で考えを進められるよう「自分の問題」に出会うところまでは、サービスする。
これはソクラテス流の教育ないしトレーニングを受けにきたことに対する好意としてである。それ以上のことは、メノン自身の問題である。
そして歴史的事実としては、この想定上の問答の後でメノンは、小アジアの戦争に武将として参加し、敗北して、あっけなく短い生涯を終える。
以上の対話篇内部の事情に加えて、対話篇が書かれた頃の時代状況に関する事実関係も説明しておこう。
『メノン』を書いている時期のプラトンは、自分の学校アカデメイアを持っていた。
この『メノン』の対話にも短い間登場する政治家アニュトスは、徳については第一の種類の伝統主義者であり、ソフィストもソクラテスのグループも毛嫌いした。
そのアニュトス率いる一派の画策によって前三九九年にソクラテスが裁判にかかり、七〇歳で死刑になったとき、プラトンは二八歳だった。
やがて四〇歳を過ぎたときに、かれは各地での遊学を終えて故国アテネに定着し、郊外の森アカデメイアにおなじ名前の学園を創設する。
『メノン』は、その少し後の前三八六年か前三八五年くらいの時に書かれたものである。アカデメイアではプラトンの著作を学生に読ませていた。また学外でも読まれた。
その中で『メノン』は、読者自身が徳の問題をわがものにして考える教材になったと思われる。プラトンは作家としての才能をいかして、ほとんどすべての作品を戯曲に仕立てた。
戯曲というジャンルを選んだことは、かれのめざす教育にとって有利だった。ドラマは、見る人によってちがった効果がある。受け取り方はさまざまであり、それがプラトンのねらいに合っていた。
プラトン自身の講義のようなものはアカデメイアであまりおこなわれなかったらしいが、入学した若い学生はプラトンの教育にふれるために、学園の教育手段として盛んにおこなわれた哲学的問答にみずから加わるとともに、プラトンの作品をていねいに読んで理解していった。
ソクラテスのせりふはメノンという野心的なひとりの若者に向けられているけれども、対話から得られる教訓は、やり取りを読む読者がどのように考えるかに応じて、さまざまになる。
メノンのように初歩の最小限の「自分の問題」だけでなく、もっと数多くのもっと深い「自分の問題」が探り当てられるし、これまでにもそのようにして多くの読者が、『メノン』を読んで考えることで、哲学的に思考することを実例に則して学び、哲学を発展させてきたのである。
その上冒頭にもふれたように、多くの作品がある中で『メノン』は、文学的戯曲の味が強い割にすっきり書かれている点が特徴である。
短篇であり、プラトンの全著作の中でも比較的読みやすい作品として、昔から数多くの人に愛されてきた。以上を簡単なまえがきにしておきます。それでは、本文でお楽しみください。
登場人物ソクラテスアテネの哲学者。
この作品では六六、七歳と想定されている。
作品の設定年代である紀元前四〇二年当時のアテネは、スパルタとの戦争に敗れ(前四〇四年)親スパルタ派三〇人による独裁的専制政治が半年間(前四〇四~前四〇三年)続いたのち、結局民主派に打倒された直後である。
ソクラテスは政権になびかない知識人として、アニュトスを中心とする当時の新政権からは要注意人物とみなされていた。
その結果起こるソクラテス裁判は、ここで設定されている対話のおよそ三年後(前三九九年)、ソクラテス七〇歳のときのことである。
メノンギリシャ北部テッサリアのファルサロスの名門の生まれで二〇歳くらい。
アニュトス家の客として滞在したとされるアテネへの訪問(前四〇二年)は、リュコフロンによるテッサリア内部の内紛の動きに対して、アテネとの同盟を再確認し対抗する意味合いだったと思われる。
このアテネ訪問の後メノンは前四〇一年、ペルシャ大王アルタクセルクセス二世に対し弟キュロスが起こした反乱を支援するため出陣する。
クナクサの戦いでキュロス軍は敗北し、メノンは捕らえられ、一年後に死んだ。
メノンの召使い名門メノン家の召使い。
まだ少年で、教育を受けていない。
アニュトス一代で財をつくり有力政治家となったアンテミオンの子で二世政治家。
アテネの保守派(民主派)でスパルタ風をきらう人物。
またソフィストやソクラテスのような、新興の知的運動すべてに拒否感を持っている。
アテネ三〇人独裁の時代には国外に逃れ、その後、同様に逃亡先の国外から戻り、独裁政権を打倒した民主派のトラシュブロスを助けて、新政権成立に功があった。
『メノン』での想定上の対話の後、紀元前三九九年に若い詩人メレトスを弁論家リュコンと後ろから支えてソクラテス裁判の原告のひとりとなり、人気政治家である自身の立場を利用してソクラテスの悪印象を陪審員に植え付けようとした。
第一章徳をめぐる難問メノンソクラテス、あなたにおたずねします。
お答えください。
徳(1)は教えられるものでしょうか(解説へ戻る)?それとも訓練によって身につくものでしょうか?それとも徳は、訓練によって身につくものでも学ぶことのできるものでもなくて、生まれつきか、何かまた他のしかたで人々に備わっているものなのでしょうか?ソクラテスメノンよ、以前にはギリシャ人のあいだでもテッサリアの人々といえば、馬の技術と財産の豊かさの点で知られていて、その点でたたえられていたものだった。
ところが、今やかれらは、わたしの意見では、知恵の点でも知れ渡っていてたたえられているように思える。
きみの仲間のアリスティッポス(2)の出身市であるラリサの町の人々の名前は、とくに知れ渡っているようだ。
ラリサの町の人々がこうなったのはゴルギアス(3)のおかげだ。
というのもゴルギアスがテッサリアの国にやってくるや、きみを恋するアリスティッポスが一員であるアレウアス家(4)の人も、テッサリアの他の人々も、その主要な人物は、あのように知恵のある人になりたいと恋いこがれてかれの讃美者になったのだから。
なかでも、ゴルギアスがきみたちに植えつけたのは、だれかに何か問われたならばかならずいつでも、答をちゃんと知っている人にこそふさわしく自信満々に、堂々と答えてみせるという習慣だった。
なにしろゴルギアス自身も、答を求めるギリシャ人ならばだれにも、何でも望みのことを質問させた上で、問われたことは何でもだれにでも答えてみせるというふうであったのでね。
しかし、親愛なるメノン、ここアテネではきみの国テッサリアとちょうど逆の有様になってしまっている。
アテネではいわば知恵の「水涸れ」のようなものが起こってしまい、おそらくは「知恵」が、こちらの場所から去ってきみたちの国へと流れてしまったのだろう。
じじつ、きみはここのアテネの人間のだれかに、先ほどわたしにしたように問うてみるがいい。
だれだって笑って、みな異口同音にこう答えるだろうから。
「おやおや客人、わたしはあなたに、きっとなにか幸運きわまる人間であるかのように思われているらしいですね。
徳が教えられるものかどうかということ、あるいはどのようにして備わるのかということを、わたしが知っているとあなたは思っているわけですから。
しかしわたしは徳が教えられるか、それとも教えられないかを知っているどころか、ひどく無知で、徳そのものがおよそいったい何であるかということさえ知らないくらいなのです」──わたし自身にしても、メノン、そのような状態だ。
この問題においてわたしはアテネの他の市民たちとおなじく知恵の窮乏状態にあえいでいて、自分が徳についてまるでぜんぜん知らないということを、自分に対して責め立てているのだよ。
(註116に戻る)それで、何か或るものが何であるかを知らない人間でありながら、そのわたしがその或るものがいかなるものであるかを、どうして知ることができるというのかね(5)?それともきみには、メノンとは何者であるかをまったく知らない人が、メノンは美しいか金持ちか、それに加えて高貴な身分か、あるいはその逆かということを知ることができると思えるだろうか?きみはできると思うのかね。
メノンいいえ、できるなんてわたしは思いません。
でもソクラテス、あなたが徳が何であるかさえ知らないということは、ほんとうなのでしょうか?そしてあなたがそうであると、故国に帰って伝えてもよろしいのでしょうか?ソクラテスもちろんそう伝えてかまわないよ。
ただしそれだけではなくて、徳が何であるかを知っている他のどんな人間にもかつて会ったことがない、というふうにわたしが思っていることも、きみの国の方々に言ってほしいね。
メノン何ですって?ゴルギアスがアテネに来たときに(6)、あなたはかれに会わなかったのですか?ソクラテスいや、むろん会っているよ。
メノンそれであなたには、ゴルギアスが徳を知っているようには思えなかったのでしょうか?ソクラテスわたしはそれほど記憶の良いほうではないのだよ、メノン。
それで、あのとき自分にゴルギアスがどんなふうに思えたか、いまは言えない。
でも、おそらくかれは「徳とは何であるか」を知っていて、それと同時にきみもあの人が語ったことを知っているのだろうね。
それなら、かれがどんなふうに語ったか、わたしに想い出させてみてくれないか。
もしよければきみ自身が答えてくれてもいいよ。
なぜなら、きっときみはゴルギアスとおなじ考えなのだろうから。
メノンええ、そうです。
あの方とおなじ考えなのです。
ソクラテスそれなら、ゴルギアスはここにいないわけだから、かれは放っておこう。
きみはきみ自身、神々にかけてメノンよ、徳とは何であると主張するのかね(7)?答の出し惜しみをせずに、どうか言ってくれたまえ。
そうして、わたしはいまだかつて徳を知っている人に出会ったことがないと言ったのに、きみとゴルギアスが徳をじつは知っていたということが明らかになるなら、わたしは噓をついたことになるけれども、その噓がこれこそ幸運とよべる噓になるようにしてくれたまえ。
*メノンいや、ソクラテス、その問いに答えるのは難しいことではありません。
まずはじめに、もしあなたが男の徳とは何か答えてほしいなら簡単なことで、これこそ男の徳です。
つまり国家公共のことをおこない、しかもそれをおこなう際、親しい友にはよくしてあげ、敵はひどい目に遭わせて、かつ自分ではそういったひどい目に遭わないようによくよく気をつけている(8)──こうしたことに充分なだけの力を持つこと、これが男の徳です。
(解説へ戻る)(注16へ戻る)また、もし女の徳のことをおたずねで、答えてほしいのなら、それを述べ立てることもべつに難しくはありません。
すなわち女性は、家計を維持し夫によく従うことにより、家をよく治めるべきなのです。
また、男の子にせよ女の子にせよ「子どもの徳」はまた別ですし、「年長者の徳」もまた別です。
そしてまた、お望みなら「自由人の徳」などもありますし、「奴隷の徳」だってあるでしょう。
そうして、他にも無数に多くの徳があります。
ですから、徳に関してそれが何であるかに答えて語ることは、難しい問題(9)ではありません。
なぜならそれぞれの行為と年齢に応じて、また課題となる仕事ごとに、わたしたちひとりひとりに徳があるのですし、同様に、わたしが思いますに、ソクラテス、悪徳もあるからです。
ソクラテスどうやらわたしは、たいへんな幸運に出くわしたようだよ、メノン。
たったひとつの徳を探していたのに、きみのところにはたくさんの、いわば、大群のように徳があるのを見つけたのだからね(10)。
しかし、メノン、この「大群」といういまのたとえに沿っていえば、ミツバチがミツバチであることに関して、わたしがいったいミツバチとは何であるかと尋ね、きみがミツバチとは多数のものであり、あらゆる種類のものなのですと答えたとしよう。
このとき、わたしがきみにこう質問したなら、きみは何と答えるだろう?
「きみはいったい、ミツバチがまさにミツバチである点において、多数であり、あらゆる種類のものであり、お互いに異なっていると主張するのかね?それとも、ミツバチはミツバチである点では少しも異なるものではなくて、たとえば美しさとか大きさとか、あるいはそうした他のどれかの点で異なっているのだろうか?」きみがどう答えるか、言ってくれたまえ。
メノンわたしならこう答えます。
それらのミツバチは、それぞれがミツバチである、そのかぎりではお互いに何も異ならない、と。
ソクラテスでは、続けてわたしがこのように言ったらどうかね?「ほらね、そうだろ。
で、そうなら、それそのものをわたしに答として言ってほしいのさ、メノン。
つまり、そこのところではミツバチがお互い何も異ならずぜんぶおなじであるようなもの、それは何だときみは答えるのだろうか?」きっと、きみはわたしに、なにか答えることができるだろう?メノンええ、もちろん。
ソクラテスいろいろの徳についてもおなじことなのだ。
たとえ徳というものが「数多く」、「あらゆる種類のもの」であるとしても、すべての徳は何かひとつのかたちを(11)、共通におなじものとしてもっており、このかたちゆえに徳は徳なのだ。
そして問いを発した人に対して答える人は、このかたちに注目することで、あの「徳とはまさに何であるか」という問いへも、きっと首尾よく立派な答え方で示すことができるにちがいない。
あるいは、きみにはわたしの言っていることが、わからないかな?メノンわかるような気もします。
でも、何かまだ、ご質問の趣旨を思いどおりうまくはつかめません。
ソクラテスところで、徳に関してだけ男には男の徳、女には女の徳、他のものにはまたそれの徳のように、それぞれ別だときみには思えるだろうか?それとも、健康や大きさや強さに関してもおなじだと思うのかね?つまり、男の健康と女の健康は別であるというように、きみには思えるだろうか?それともそんなことはなくて、男のうちに健康があろうと他のいかなるもののうちに健康があろうと、そこに健康がある以上、すべての場面であらゆる事例においておなじかたちがあるのではないだろうか?メノンはい。
そのことなら女の健康でも男の健康でも、おなじ健康があるとわたしには思えます。
ソクラテス大きさや強さでもそうではないかな?じっさい或る女性が強いなら、かならず男性とおなじかたちで、そしておなじ強さで強いのだろうからね。
なぜなら「おなじ」強さでとわたしが言うのは、強さは男性のうちにあろうが女性のうちにあろうが、強さである点で何も異ならないという意味なのだ。
それともきみには、何か異なると思えるだろうか?メノンいいえ、そうは思えません。
ソクラテスそれで徳のほうは、子どものうちにある場合と年長者のうちにある場合で、また女性のうちにある場合と男性のうちにある場合で、徳である点で何らか異なる、などということになるのかね?メノン少なくともわたしには、なんとなくこの徳というものは、他のそうしたことがらとは、もはやおなじ扱いができないもののように思えるのです。
ソクラテスでは、これならどうだろう?きみは、国家をよく治めることが男の徳であり、家をよく治めることが女の徳だと言ったね?メノンはい、そう言いました。
ソクラテス国家にせよ家にせよ他のいかなるものにせよ、節度をもって正しく治めない人は、よく治(12)めることが、できるだろうか?メノンいいえ、もちろんできっこありません。
ソクラテスでは、正しく、かつ節度をもって治めるばあい、人々は正義と節度によって治めているのではないかね?メノンそうでなければなりません。
ソクラテスしたがって優れた(13)者であろうとするなら、女性にしても男性にしても、両者そろっておなじもの、つまり正義と節度を必要とするのだね?メノンそう思えます。
ソクラテス子どもと年長者ではどうかな?子どもと年長者が放埒で不正でありながら優れた者になるなどということは、けっしてないだろうね?メノンええ、そんなことはありえませんとも。
ソクラテスいっぽう、節度があり正しいならば、かれらは優れた者になるのだね?メノンはい。
ソクラテスしたがってすべての人間は、おなじありかたで優れた者である。
なぜなら[正義と節度という]おなじものを獲得してこそ、人々は優れた者になるからだ。
メノンええ、そのように思えますね。
ソクラテスでも、もしさまざまな人々におなじ徳が備わっていなかったならば、人々がおなじありかたで優れた者であることにも、きっとならなかっただろう。
メノンええ。
もちろん、そうはならなかったでしょう。
*ソクラテスでは、人々全員におなじ徳が備わっているのだから、徳そのもの(14)は何であるとゴルギアスは答え、また、ゴルギアスと一緒になってきみも答えるのだろうか?何とか想い出して答えてくれ。
メノン徳は人々を支配できることであり、これ以外の何ものでもありません。
だれにとってもあてはまるただひとつの答を、あなたが求めるというなら、ですが。
ソクラテスだが、じじつわたしは、そのようなひとつの答を求めているのさ。
しかし、メノン、子どもにもおなじ徳があるのだろうか?また奴隷にも、主人を支配できるというおなじ徳があるのかね?つまり、ここでいう「支配する」者が、支配しながらまだ「奴隷」でもありうると、きみには思えるかな?メノンいいえ、まったくそうではないとわたしは思います、ソクラテス。
ソクラテスだってきみ、そんなことはありそうもないことだからね。
それに、このこともさらに考えてみるべきだからね。
きみは、徳とは支配できることであると主張している。
そこへ、「正しく支配する場合であって、不正に支配する場合はちがう」という但書きを、付け加えるべきではないかな?メノンはい、そうすべきだと思います。
なぜなら正義は、ソクラテス、徳なのですから。
(解説へ戻る1/解説へ戻る2)ソクラテス正義は徳なのだろうか、それとも或る種の徳なのだろうか?メノンそれはどういう意味ですか?ソクラテス他のいろいろなものの場合と同様のことだよ。
円形でもよい。
たとえばこれについて、わたしは「円形は或る種の形である」のように言って、「円形は形である」というような限定のつかない言いかたはしない。
そしてわたしがそのように言うのは、他の形もあるからなのだ。
メノンはい、あなたのその言いかたは正確です。
わたしも、正義だけでなく、他にも徳があると言いますから。
ソクラテスそれらの徳は何と何かね?答えてくれ。
もしもきみが命じるなら、わたしはきみに、円形以外の他の形を答えることができる。
きみもそのよう
に、他の徳を答えてくれ。
メノンではわたしには、勇気も、節度も、知恵も、堂々たる度量も、他のすべても(15)徳であるように思えます。
ソクラテスまたしても、メノンよ、われわれはおなじ目に遭っているのだ。
ただひとつの徳を探しながら、前とは(16)ちがうやりかただが、われわれが見つけたのは、またしても数多くの徳だ。
それらの徳すべてにあまねく通用するようなひとつの「徳」を発見することが、われわれにはできていない。
メノンそれというのも、わたしには、ソクラテス、あなたが求めるような意味で、他のことがらの場合のように「すべてに当てはまるようなひとつの」徳を探し求めることが、やはり、できないからではないでしょうか。
*ソクラテスうん、それもありうるね。
でもわたしは、できればわれわれが前進するよう努めよう。
そうすればきみは、どんなことがらについても例外なくそうなっていると、きっとわかってくれるだろう。
わたしが先ほど語ったことを、だれかが問うたとしよう。
「形とは何か、メノン?」──もしきみがこの相手に「円形です」と答え、もし相手がきみに、わたしとおなじように「円形は形なのか、それとも或る種の形なのか?」という問いを言ってくるなら、きみはきっと「或る種の形です」と答えるだろう。
メノンはい、そのとおりです。
ソクラテスそれは、他の形もあるという理由からなのだね?メノンええ。
ソクラテスまた、もしも相手がきみに、他にそうした形としてどんなものがあるかとさらに尋ねてくるなら、きみは答えることができるね?メノンはい、できますとも。
ソクラテスまた、相手が色についても同様に、色とは何であるかと尋ねて、これにきみが「白です」と答えるとき、問うた相手がその後「白は色なのか、それとも或る種の色なのか?」と口をはさんできたとする。
他にも色があるという理由から、きみは「或る種の色です」と答えるだろう。
メノンええ、そう答えます。
ソクラテスそして、もしその人がきみに他の色を挙げてほしいと言ったなら、白に劣らずおなじ色である他のものを、きみは答えるだろう。
メノンはい。
ソクラテスそれでその相手がわたしのように議論についてきて、このように言ったとしたら、どうかな?「われわれはいつも多くのものへと行き着いてしまう。
──だが、きみはわたしに、単にそのように答えるだけではいけない。
これら多くのものはお互いに反対の関係にあるのに、きみはそれらをひとつの名で呼び、これらのうち何ひとつとして形でないものはないと主張しているのだ。
だから、むしろ直線にも円形にも、まったくおなじく当てはまるものは何であるのかを、きみは答えなければならない。
そうしたものをきみは『形』と名指しているのだし、そうしたものによって、きみは円形は直線とおなじく『形である』と語っているのだ」──あるいはきみは、相手がこう言うようには言わないのだろうか?メノンいや、わたしはそう言います。
ソクラテスそれなら、きみがそのように語るとしても、だからといって円形は、直線が円形でないのとおなじく円形ではないとか、直線は、円形が直線でないのとおなじく直線でないとかの主張をしているわけではないだろうね?メノンええ、もちろんそんなことは言っていません。
ソクラテスそれでも円形は、まさに「形」としては直線と同等に形であるのだし、直線もまた円形とまったく同等に形であると、きみは主張するわけだ?メノンおっしゃるとおりです。
ソクラテスそれでは「形」という名がつけられている当のものは、いったい何だろうか?何とか答えてくれないか。
もしもきみが、形についてにせよ色についてにせよ、問いかけた人に対して「いや、あなた、このわたしはあなたが何をお望みかもわかりませんし、あなたが何を語っているのかもわかりません」というように答えたなら、相手はびっくりして、次のように言うだろう。
「これらすべてに共通のおなじものをわたしが探しているということが、あなたにはわからないのですか?」あるいは、メノン、だれかがきみに次のように尋ねたとして、きみはその場合にも答えることができないのかね?つまり「円形と直線に、またきみが形と呼ぶような他のすべてに共通するおなじものとは、何か?」のような問いだが。
何とか答えてくれないかね。
きみにとって徳に関する問いに答える練習にもなるように。
メノンいや、わたしが答えるのでなく、ソクラテス、あなたが答えてください。
ソクラテスきみに、ひとつ答をサービスしようかな?メノンええ、ぜひそうしてください!ソクラテスそれでは、わたしが今答えてあげるなら、徳についてはきみもわたしに答える気になってくれるね?メノンはい、そうします。
ソクラテスそれなら、がんばらなければならないな。
十分にやりがいがあるのだから。
メノンはい、そうですとも。
ソクラテスでは、そのように進めよう。
きみに形とは何かを答えるよう努めてみよう。
この答が形そのものであると認めることができるか、考えてみたまえ。
形とは、存在するもののうちで色につねに随伴するような唯一のものである。
──これを、われわれの答とする。
これできみには十分満足がいくだろうか?あるいはきみは、何か別の答え方を求めているのだろうか?こんなふうにでもきみがわたしに対して答えて徳を語ってくれるなら、わたしのほうとしては満足なのだが。
メノンしかし、その答では甘いですよ、ソクラテス。
ソクラテスそれはどういうことかね?メノンあなたの説明によれば、形とは色につねに随伴するものである、ということのようです。
よろしい、そうだとしましょう。
しかしそのとき、だれかが、自分は色というものを知らないと言い、形に関するのとおなじように色に関しても難問に悩んでいる、と考えてみるといいです。
このような場合あなたは、自分がどの程度意味のある答を出したと考えますか(17)?ソクラテス出したのは正しい答だと、わたしのほうでは考えている。
そこで、もしその問い手が、知恵のある賢者であるような、論争と、けんか腰の討論を得意とする人々のひとりであるなら、わたしはその人に対し、「わたしの答としては、以上申し上げたとおりです。
もしもわたしが正しく語っていないのなら、わたしのどこが正しくないのかを説明して、論駁するのは、あなたの側の義務です」と答えるだろうね。
でも、もしそうではなく、問い手と答え手が、わたしときみがいましているように、親しい友人として互いに対話をするつもりなら、もう少しより穏和に、いっそう対話問答にかなったやりかたで、答えなければならないだろうね(18)。
そして、「いっそう対話問答にかなったやりかた」とは、きっと、真理を答えるのはもちろんのことだが、単にそれだけでなく、問いを立てる人から、自分はそのことを知っているという同意を別にとりつけておいた事柄を通じて、真理を答えてあげる、ということではないだろうか。
そこで、わたしもきみに、このやりかたで答えるように努めることにしよう。
それでは答えてくれ。
何か「終わり」というものがあるときみは言うだろうね?わたしが言いたいのは「限界」とか、「末端」のようなもののことだが。
これらすべてはおなじものを意味しているとしておく。
おそらく、あのプロディコス(19)はこの点でわれわれに同意しないだろうが、ようするに、きみはきっと、何かは「限られている」とか「終わりに至っている」のようなものの言い方をしているだろう。
わたしがここで言おうと思っているのはそういったことで、何ら複雑なことではない。
メノンはい、わたしはそのように言っていますし、あなたのおっしゃることが理解できたと思います。
ソクラテスそれでは、どうだろうか?きみは、たとえば幾何学の問題でいうような、「平面」というものが何かあり、「立体」というものが、これとは別に何かあると言うだろうか?メノンはい、わたしはそう言います。
ソクラテスそうなら、きみはこれらのことから、わたしが形とは何であると言うか、もうすでにわかるだろう。
というのも、いかなる形をとってみても、立体がその端で限られているもの、これが形[平面図形]であるとわたしは言うのだから。
そして短くまとめて、「形とは、立体の限界である」と言っておこう。
(註23へ戻る)(註32へ戻る)(註33へ戻る)*メノンでは、色のほうをあなたは何であると言いますか、ソクラテス?ソクラテスそれにしてもきみは傲慢な男だねえ、メノン!きみは年長者に対して答えるように指図しておきながら、自分では、ゴルギアスが徳とはいったい何であると語ったか、記憶をたどって答えようとしないとはね!メノンいえいえ、あなたが色とは何かを言ってくだされば、ソクラテス、わたしはあなたに答えますよ。
ソクラテスきみが対話しているとき、メノン、人はたとえ目隠しをされたって、きみが美しい人であり、きみを恋する人々がいまなおいるということは、わかるだろうな。
メノンいったいどうしてですか?ソクラテスなぜならきみは、議論においてああしろ、こうしろと言ってばかりではないか。
それは、若くて美の盛りである間、讃美者に対しずっと専制君主のようにふるまえたために、甘やかされ、わがままになってしまった人々がやることなのさ。
それに、きみは同時に、わたしが美少年にはからきし弱いということに、どうやら気づいたようだね。
そのようなわけで、わたしはきみの気を引くようにして、答えてあげよう。
メノンええ、ぜひそうしてください。
ソクラテスそれでは、きみがもっともよく話についてくることができるように、お望みならゴルギアス流にでも、答えてみようかな。
メノンはい、もちろんそれでけっこうです。
ソクラテスゴルギアスもきみも、エンペドクレス(20)の説に従って、存在するさまざまなものからもろもろのものが「流出」する、というふうに言っているだろう?メノンはい、まったくそのとおりです。
ソクラテスまた、これらの流出物が入っては通過するような、いく筋もの「通り道」のことも語っているね?メノンええ、語っていますよ。
ソクラテスそして、さまざまな流出物のうちの一部のものは、通り道のいくつかにぴたりと合っているけれども、残りのものは通り道より大きかったり、小さかったりすると言っている。
メノンはい、そのとおりです。
ソクラテスでは、「視覚」というものが何かあるともきみは言うね?メノンはい、そう言います。
ソクラテスそれでは以上のことから、ピンダロス(21)も言っていたような、「これから言うことを理解せよ」となる。
すなわち、色とは、もろもろの形のものから流出し、大きさが視覚に釣り合って感覚されるような流出物にほかならない(22)(註32へ戻る)。
メノンソクラテス、わたしには今のあなたのそのお答は、非常にすばらしいと思えます。
ソクラテスそう思うのは、おそらく、きみがよく慣れ親しんだ言いかたでわたしが語っておいたからだろう。
また同時に、きみ自身も気づいただろうと思うが、色についてのこの答をもとにして、音声は何であるかということ、匂いは何であるかということ、またその他のこの種の多くのことを、きみは定義して語ることができるだろう。
メノンええ、やれそうに思えますね。
ソクラテスいまのこの答はいかにも仰々しいから、メノン、それできみにはこれが、形に関する先ほどの答以上に気に入ったのさ。
メノンはい、非常に気に入りました。
ソクラテスしかしそれでも、アレクシデモスの息子[メノン]よ、わたしが確信しているところではそうではない。
先ほどの形の定義のほうが、すぐれているのだ(23)。
もしきみが昨日言っていたように、秘儀のお祭り(24)の前にこの地を立ち去らなければならないのではなく、ここにとどまって秘儀をさずかるなら、きみだって考えを変えるとわたしは思うよ。
メノンいや、わたしはここにとどまりますよ、ソクラテス、もしあなたが先ほどのような答を数多く言ってくださるというのであればね。
ソクラテスそういうことなら、わたしは、きみのためにもわたしのためにも、答える意欲は満々で、その点に不足はない。
ただし、自分にはそのような答を数多く語ることはできないのではないだろうかとわたしは思うのだが。
*ソクラテスけれども、今度はきみのほうで、さあ、約束を果たそうとしてほしいのだ。
徳について、その全体にわたって、徳とは何であるか、語ってくれたまえ。
そうして、冗談の好きな人々は、何かをばらばらにこわしてしまった人々について、あいつは今度、ひとつのものからたくさんのものをつくった、というように言ってからかうけれども、きみはそのように「たくさんつくる」ことはやめにして、徳をその全体のまま、ぶじにこわさないようにした上で、徳とは何であるか語りなさい。
しかも、きみはすでにやりかたの見本を、わたしから得ているはずだ。
メノンそれではわたしには、ソクラテス、詩人がいうように(25)、徳とは「美しいものをよろこび、力を持つこと」であるように思えます。
それで、わたしは自分の主張として、美しい立派なものを欲し、そうしたものを獲得する力があることが徳であると言いましょう。
ソクラテスでは、きみははたして、美しい立派なものを欲する者は、よいものを欲している(26)と言うだろうか?メノンええ、もちろんです。
ソクラテスその場合きみは、いろいろな人がいて、或る人々は悪いものを欲するが、他の人々はよいものを欲するという意味で言っているのかね?ではきみ、人はみなそろってよいものを欲していると、きみには思えないのかな?
メノンたしかに、そうは思えませんね。
ソクラテス悪いものを欲する人もいる、と言うのだね?メノンええ。
ソクラテスそういう場合、人々は、その悪いものをよいものと考えて、それらを欲するときみは言うだろうか。
それとも人々は悪いということを知っていて、それにもかかわらずそうしたものを欲する、と言うのだろうか?メノンわたしには、その両方の場合があるように思えます(27)。
ソクラテスするときみには、メノン、悪いものが悪いということを知っていながらしかもなお、そうしたものを欲するような人が、現にいると思えるのだね?メノンはい、もちろん。
ソクラテスその人はそういう悪いものについて、何を欲するときみは言うのだろうか?悪いものがその人のものになることを欲する、と言うのではないだろうか?メノンええ、かれのものになることを、です。
他のことではありえません。
ソクラテスその場合、その人は悪いものが、それがだれか或る人のものになっているとき、その当人のためになると考えているのだろうか、それとも悪いものというのは、だれかのものになるときに、かならずその当人にとって害になることを、知っているのだろうか?メノン悪いものが有益であると考える人々もいるでしょうし、じつは害があると知っている人々も、いるでしょうね。
ソクラテスいったい、悪いものが有益であると考える人々が、悪いものが悪いということを知っていると、きみにはほんとうに思えるだろうか(28)?メノンうーん、その点に関しては、わたしには、かれらが知っているというふうには、あまり思えませんね。
ソクラテスそうすると、明らかに、これらの人々、つまり悪いものとは知らない人々のほうは、「悪いものを」欲しているわけではなくて、自分がよいと考えたものを欲しているのであり、ただそう考えたものが、実際には悪いものだということになるね。
したがって、それらが悪いと知らずによいものだと考えている人々は、明らかに「よいものを」欲しているのだ。
そうならないかね?メノンええ、おそらくかれらについては、そうなっているのでしょう。
ソクラテスそれでは、これはどうだろうか?きみの言い方では、「悪いものを欲する」人であって、しかもその悪いものは、それを自分のものにする当人にとってかならず害になる、と考えるような人々がいるというのだが、この人々は、きっと、それら悪いものによって自分が将来害を受けると、知っているのだね?メノンええ、そうでなければなりません。
ソクラテスそして、その一方でかれらは、害を受ける人々は、害を受けているかぎり、惨めであると考えるのではないだろうか?メノンその点もそのとおりに違いありません。
ソクラテスまた、惨めな人々は「不幸」ではないだろうか?メノンはい、わたしはそうだと思います。
ソクラテスそれでは、惨めで不幸でありたいと思う人が、いるかな?メノンいや、わたしはいないと思います、ソクラテス。
ソクラテスすると、メノン、少なくとも人が惨めで不幸な者でありたいと思わないなら、だれも悪いものを欲しないことになる。
というのも、惨めであるということは、悪いものを欲しかつ自分のものにすることと、何ら異ならないのだから。
メノンおそらく、あなたが言っていることは、正しいのでしょう。
そして、たぶんだれも、悪いものを欲しないのでしょう(解説へ戻る1/解説へ戻る2)(29)。
*ソクラテスさて、先ほどきみは、「徳とは、よいものを欲し、それを獲得できることだ」と定義したのだね?メノンはい、わたしはそのように言いました。
ソクラテスするとこの定義で言われることのうち、「[よいものを]欲すること」のほうは全員にあてはまることで、とにかくこの点では、或る人が他の者より優れているというようなことは、まったくないのではないだろうか?メノンええ、そのように思えます。
ソクラテスそして、もしもかりに或る人が他の者より優れているのであれば、明らかに、「[獲得]できる」という点においてより優れているのであろう。
メノンはい、まったくそのとおりです。
ソクラテスそうするときみの説明では、徳とは「よいものをわがものとする力があること」になるようだ。
メノンええ、そのとおりです。
わたしには、ソクラテス、まったくあなたがいま解釈されたとおりであるように思えます。
ソクラテスそれでは、そのきみの言っていることが正しいかどうか、考えてみよう。
たぶんきみの言っていることが的を射ているのだろうから。
きみの主張では、徳とは、「よいものをわがものとする力があること」なのだね?メノンはい、そのように言います。
ソクラテスきみはたとえば、健康とか富のようなもののことを、「よい」ものと呼ぶのだろう?(解説に戻る)メノンええ。
それに、金と銀や国家における名誉と要職を獲得することも、よいものであるとわたしは言います。
ソクラテスきみがよいものであると言うのは、このようなものであり、それ以外ではないのだね?メノンはい、そういったものが全部よいものである、とわたしは言います。
ソクラテスよろしい。
それでは、先祖の代からペルシャ大王の賓客であるメノン氏が言うには、徳とは金や銀をわがものにすることである。
きみは、メノン、そうした金銀の獲得に「正しく、敬虔な仕方で」という一言を付け加えるだろうか、それともそんなことには何のちがいもなくて、たとえ人が不正な仕方で金銀をわがものにしたとしても、それでも同様にそのことを「徳」と呼ぶのだろうか?メノンいいえ、そんなことはけっしてありません、ソクラテス。
ソクラテス不正に手に入れるのなら、悪徳なのだね?メノンはい、もちろん。
ソクラテスそうするとその獲得には、正義や節度や敬虔など、徳の部分を付け加えなければならないように思える。
もしこれらがなければ、たとえよいものを獲得するにせよ、その獲得は徳ではないことになる。
メノンええ、もちろんそのようなものなしに徳となりえるなど、ありえません。
ソクラテスだがそれとは逆に、金と銀を手に入れることが正しいことではない場合には、自分のためにも他人のためにもそんなものを獲得しないこと、これもまた、徳であるのではないかね?メノンはい、そのように思えます。
ソクラテスそうすると、このようなよいものを「獲得すること」が「獲得しないでいること」以上にすぐれて徳であるとは、まったく言えないことになる(30)。
正義を伴っておこなわれる獲得であれば徳であろうが、正義などがまったくないままおこなわれる獲得なら、悪徳だということになるね。
メノンええ、あなたがおっしゃるとおりにちがいありません。
わたしにはそう思えますね。
ソクラテスところで正義や節度や、このようなすべてのものは、それぞれ徳の「部分」であると、少し前に(31)われわれは言っていたね。
メノンはい。
ソクラテスそうすると、メノン、きみはこのわたしに対して、ふざけているのかな?メノンそれはいったいどうしてですか、ソクラテス?ソクラテスこういうことだよ。
さっきわたしのほうできみに、徳をばらばらにしたり、切り刻んだりしないように求め、その上、手本としてきみが答えることができるような「見本」まで、与えてあげたではないか(32)。
それなのに、きみはこれを無視したばかりか、徳とは、「正義を伴って」よいものをわがものにすることができることだ、などと言っている。
ところがこの「正義」は、きみの主張では、「徳の部分」のことなのだ。
そうだね?メノンはい、それがわたしの主張です。
*ソクラテスだから、きみが同意している、こうしたことからすると、何をするにしても徳の或る部分を伴ってさえいれば、その行為は徳であるということになる。
というのも、きみは正義や、そうしたもののそれぞれが、徳の部分であると主張するのだからね。
メノンそれで、それの何が問題なのでしょうか?ソクラテスわたしが言っているのは、こういうことだよ。
わたしは徳全体を定義してほしいと求めた。
それなのに、きみは徳そのものが何であるかを定義するどころか、「どんな行為も、徳の或る部分を伴っておこなわれるなら、かならず徳である」と主張しているのだ。
まるできみのほうで前もって、「徳は、全体として何であるか?」を説明してくれたので、たとえいまきみが徳を部分部分へ切り刻んだとしても、わたしはこの先徳全体をしっかり把握していけるかのようだ。
したがってわたしの意見では、親愛なるメノン、きみはもう一度はじめに戻って、「徳とは何であるか?」というおなじあの最初の問いに取り組む必要があるのだよ。
もし徳の部分を伴ういかなる行為も徳であるならね。
なぜならこのことこそ、「正義を伴ういかなる行為も徳である」とだれかが語るときに、そこで言われている意味なのだから。
それともきみは、もういちどおなじ問いが必要になっているとは思わず、徳そのものを知らずに徳の部分が何であるかを知っている人がいると、考えるのかな?メノンいいえ、そんな人がいるなんて思いません。
ソクラテスそうとも、いるわけないさ。
それに、もしきみが、ちょっと前にわたしがきみに形について答えたことをまだ覚えているなら、われわれはたしか、目下探究しているところであり、まだ同意が得られていないようなことがらを使って答えようと企てたのを、拒絶したはずだ(33)。
メノンそのとおりです。
それだけでなく、わたしたちがそう拒絶したのは正しいことです。
ソクラテスそうならきみ、きみだって、徳全体が何であるかをまだ探究している途中で答えられていないうちに、徳のもろもろの部分を通じて問いに答えようとするとき、自分がなんらか徳[そのもの]を解明できるなどと、考えてはいけないのだ。
また、他のことがらでも、これとおなじ、部分しか言わないようなやりかたで答えて、それでそのことがらを解明できるというふうに、考えるべきではない。
「徳に関してきみがいま言っていることをきみが言うのは、そもそも徳が何であるからなのか?」というおなじ問いが、ふたたび、必要になってくると考えなければならないのだ。
あるいはきみには、わたしが愚にもつかないことを言っていると思えるだろうか?メノンいいえ。
わたしにはあなたは、正しいことを語っていると思われます。
ソクラテスそれでは、もう一度初めから答えなさい。
きみも、きみの仲間[のゴルギアス]も、徳とは何であると主張するのかね?1原語の「アレテー」は一般に、ものの働きの卓越性をあらわす。
人のアレテーの場合には「徳」のほうが意味がとおりやすい。
「馬のアレテー」、「建築家のアレテー」(よく建てる)、「足のアレテー」(足の働きが優れていて速く走れる)、「衣服のアレテー」(衣服のよい性能)もあった。
古代から受け継がれている『メノン』の副題にも選ばれている。
本訳では「徳」としつつ「アレテー」とルビを入れる。
(本文に戻る)2テッサリアの当時の支配者。
(本文に戻る)3シシリー島レオンティノイ出身の弁論家。
前五世紀から前四世紀にかけて一〇〇歳以上生きた。
(本文に戻る)4テッサリアの都市ラリサの王家。
(本文に戻る)5「何であるか?」(本質)と「いかなるものであるか?」(本質と区別される属性)の区別が繰り返し話題になる。
たとえばユークリッド幾何学では、公理に基づいて「三角形とは何か」(「本質」)を「三本の直線に囲まれた図形」のようにまず初めに知ることができる。
その後、三角形の内角の和は二直角であるなど、三角形の「属性」に関わる定理を証明できる。
(本文に戻る)6ゴルギアスは前四二七年に祖国レオンティノイの政治使節としてアテネを訪問した。
そのときの話か、あるいは『メノン』直前に書かれたプラトンの創作『ゴルギアス』における、ソクラテスとゴルギアスたちの会話への言及であろう。
(本文に戻る)7ゴルギアスの弁論術(レートリケー)では、他人の意見を受け売りで言ってよい。
ソクラテスの対話(ディアレクティケー)では、相手が本心から信じる意見を語ることに始まり、その信じている意見について、ソクラテスが相手に質問してゆく。
(本文に戻る)8『ゴルギアス』の対話でゴルギアスはソクラテスに対して、弁論術が生み出す最高の善を「人々自身にとっては自由の原因となり、それと同時に、各人がそれぞれの国において、他の人々を支配する原因となるもの」と表現する(452D)。
(本文に戻る)9「難しい問題」は悪いことで、徳が難問を持たないことは当然の事実であるとメノンは考える。
原語は「アポリア(aporia)」で、この対話篇の主要テーマのひとつ。
(本文に戻る)10「徳とは何か?」は、「敬虔とは何か?」「勇気とは何か?」「美とは何か?」などの『メノン』以前に書かれた対話篇の探究を受け継ぐ、一般的な問い。
一般規準を問うこのような「何であるか?」という問いに関し、ソクラテスは相手がしばしば提出する具体的例示による答を、拒否する。
『エウテュプロン』(6C–E)、『ラケス』(190E–192B)など。
(本文に戻る)11原語は「エイドス」。
「かたち」、ものの「種類」の意味。
(本文に戻る)12「よく」はギリシャ語で「エウ」で、次の注の「アガトス」という形容詞の副詞形にあたる。
goodに対するwellの関係である。
(本文に戻る)13「優れた」と訳した原語は「アガトス」で、「よい(良い、善い、好い……)」ないしgoodに対応するギリシャ語形容詞。
ギリシャ語話者には、「アガトスな(優れた)」人はアレテー(徳・卓越性)をもつという関係が理解される。
優れた建築家は、建築家のアレテーをもつ。
優れた牛は、牛のアレテーをもつ。
優れた人間も、人間のアレテーをもつ。
(本文に戻る)
14「そのもの」と訳したのは、強意代名詞中性単数主格形auto。
名詞や形容詞とともに「○○そのもの」という強調の用法をもつ。
徳の、そのつどの多様な現れにごまかされず、徳本体を「まさにそれ」「それのみ」のように見据え、答える、という含み。
(本文に戻る)15「勇気」「節度」「知恵」に既出の「正義」を加えると、ギリシャ起源の四つの代表的な徳(枢要徳)になる(プラトン初期では「敬虔」を加え、五つが代表的とされた)。
(本文に戻る)16前のアポリア、難問(「いや、ソクラテス、その問いに答えるのは」以下を参照)は、男女、大人と子どもなど、多くのタイプの人間ごとに「徳」が分かれて数多くの徳しか見えない、ということ。
(本文に戻る)17メノンの批判は、ソフィストや弁論家が相手の説明の弱点を攻撃するしかたを学習した成果と考えられる。
『ソフィスト』(239D–240A)では、「写し」を「水や鏡の写しや描かれたものや刻まれたものなど」のように説明すると、視覚を欠いていれば分からないとして、ソフィストに純粋にことばによる定義を求められると論じられる。
(本文に戻る)18ソクラテス流の対話である「ディアレクティケー」の副詞で表現される態度。
(本文に戻る)19ケオス島出身で前五世紀と前四世紀にかけて活躍した、言葉の区別に厳格なソフィスト。
ソクラテスとも親しい。
『プロタゴラス』(337A,358A)、『ラケス』(197D)、『カルミデス』(163D)など。
(本文に戻る)20前四九二頃~前四三二年頃の、南イタリア・シシリー島、アクラガス出身の宗教詩人であり自然哲学者。
感覚など、認識の働きに関する最初期の理論の考案者でもあった。
(本文に戻る)21前六世紀~前五世紀のテバイ出身の抒情詩人。
ここのせりふは断片94(Bowra)にあたる。
(本文に戻る)22「視覚と大きさが釣り合って視覚によって感覚される流出物」と訳す解釈もある。
大きさが合うことは、色として見えるための、見る眼の側からの条件。
(本文に戻る)23「形とは、立体の限界である」。
知らない人をあっと驚かすようなことばの迫力はなくとも、幾何学という学問のなかで定義としての十分な価値をもっている。
(本文に戻る)24ギリシャ全土で有名な、二月小祭、九月大祭として毎年催される、アテネ周辺アッティカ地方のエレウシスの秘儀(ミュステーリア)をさす。
(本文に戻る)25だれのことばか不明。
(本文に戻る)26「美しい」ないし「立派な」は原語では「カロス」。
「よい」は「アガトス」。
以下、よさ・悪さが議論の中心となる。
また、以下の議論ではソクラテスは「よい」を有益性という観点で論じてゆく。
(本文に戻る)27メノンは「意志の弱さからくる行為」があることを、常識に従って認める。
(本文に戻る)28ソクラテスは「悪いと知る」ことを、言い訳が効かない言葉づかいに限定していく。
たとえば、酒を飲んではいけないと「わかっている」のについ飲んでしまう場合、その人は酒の悪さや酒を飲むことの実害をほんとうは理解していないのであり、むしろ酒や飲酒をよいものとして認めているということを、行動で示している、というように表現される立場をソクラテスは採る。
(本文に戻る)29メノンはここまでの議論で、ソクラテスのリードにより、「悪いものを欲すること」が存在しないという、常識に反した結論に同意する。
(本文に戻る)30ここまでの議論から、よいものを獲得するしないにかかわらず、その行為が正義・節度・敬虔(等)を伴えば徳、そうでなければ徳でないことになる。
(本文に戻る)31「それらの徳は何と何かね?答えてくれ」以下を参照。
(本文に戻る)32形について、円や直線などの具体的な形がぜんぶ形であることも説明できるような「立体の限界」という形全体の定義を与えた。
色についても、「もろもろの形のものから流出し、大きさが視覚に釣り合って感覚されるような流出物」という定義を与えた。
(本文に戻る)33ソクラテスが「形とは、存在するもののうちで色につねに随伴するような唯一のものである」と答えたおり、色という、わからないものを含むとしてメノンから文句が出た場面。
ソクラテスは「形とは、立体の限界である」を答として提出し直した(「形とは、存在するもののうちで色につねに」~「『形とは、立体の限界である』と言っておこう」)。
(本文に戻る)
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