ダメ出しから、ホメ出しへ。
いよいよ最終章です。
ここまで長い道のりを歩んできました。
キャッチコピーを補助線に、ホメ出しの世界を探求してきましたが、いかがでしたでしょうか?この章では、今まで学んできたことをより一層人生に応用するための視点をご紹介します。
苦手なあの人をホメ出しする
この本を読みながら、色々なワークをやっていただきました。
誰を対象にホメ出しをしてみたでしょうか?家族や友人、後輩でしょうか。
実は全員、あなたが好意を持っていたり、仲間だと思っている人ではないでしょうか?それ、もちろん大事です。
でもあえて言いましょう。
苦手で、敬遠している人にもホメ出しする練習をしてみませんか?大丈夫、私と一緒にやりましょう。
まずはその相手を選びましょう。
「なんか苦手だな」「そりが合わないな」。
そんなことをつい感じてしまう人を一人選んでください。
では、惚れレンズを装着してその人と出会い直しましょう。
愛着バイアスを自分にかけて、「いいなあ」と心で唱えながら、丁寧に観察してみましょう。
ぶっきらぼうだと思っている一面はシャイなだけかもしれない。
あなたに嫌なことを言ったのは、もしかしたら遠回しに表現することが苦手で、ストレートにしか感情をぶつけられないからかもしれない。
こんな感じで「シャイ」「ストレートにしか感情をぶつけられない」といった新しい要素を抽出できれば、表現の仕方は色々とありますよね。
第1章でやっていただいたスネ夫のワークのように、惚れレンズを装着することで見えてくる、まったく新しい一面も必ずあるはずです。
今、現在進行形で「嫌だな」と思っている人に対しては、なかなか愛情バイアスをかけづらいかもしれません。
そういうときには、過去にいた「なんか苦手な人」を思い返しましょう。
今の目線で改めてその人を深掘りしたときに、どんな人間像が浮かび上がってくるか。
思わぬ「ハッ」との出会いがあるかもしれません。
もし小さくてもなにか「ハッ」とした魅力を発掘できたら、ぜひ表現してみてください。
ストレート系でいいです。
もし周りに誰もいなければ、小声でつぶやいてみてください。
このプロセスを通じて、ホメ出しへと到達し、それによって相手の印象がよくなったとしたら大成功です。
でも、そこまで至らなくても、あえて苦手な人をホメ出ししようとしたこと。
そのプロセスに意味が宿ります。
「ホメ出しのタイミング」の話の中でもご紹介しましたが、人は結果がすべてではありません。
そこに至るまでの道の方が、はるかに意味を持つことがあります。
相手の嫌な面ばかりが目についてしまうと、『渡る世間は鬼ばかり』になってしまいますよね。
ダメ出しばかりしていたら、自分も気分が悪い。
ちなみに、高齢者住宅事業や有料老人ホームを手がける株式会社シルバーウッド代表の下河原忠道さんが、以前ツイッターでこうつぶやいていました。
人の素晴らしいところを見つける目があるから、あらゆる人を尊敬できる。
”WhataWonderfulWorld”の出現です。
そう、惚れレンズを装着して、ホメ出しモードに没入すると、世界の見え方が変わるのです。
完璧な人などいません。
自分が疲れているとき、相手との相性が悪いとき、ついつい相手のよからぬ側面に目が行ってしまいます。
誰しも、「自分が疲れている→相手の嫌なところが目につく→ダメ出しする→さらに疲れる」というループにハマった経験はないでしょうか?このダメ出しの連鎖、しんどいですよね。
第1章でお伝えした通り、ホメる主体である「I」のコンディションは大事なのですが、もう一つ高い目標を掲げるならば、「自分の疲労度やコンディションとは別に、常にホメ出しできる姿勢や思考を整えておく」ことも大事。
これは、「人工的」な心構えです。
やはり才能というより、技術です。
これからも、あなたの前には色々な人が現れます。
道を間違えるタクシードライバーだっているでしょう。
そんなときこそ、是非ホメ出しをする挑戦をしてみてください。
ちなみに、あなたが誰かをホメ出しするとき、その言葉を一番近くで聞いているのは誰でしょうか?あなた自身です。
そう、あなたは、あなたの声を最前列で聴いているオーディエンスなのです。
言葉は思考をつかさどるといいますが、だからこそ自分に、自分が発した「相手の資産になりうる言葉」を聞かせることも「自分貢献」として大切なのです。
自分で自分をホメ出しする習慣を身につけよう
もう一人ホメ出しをしてほしい相手がいます。
それはあなたです。
自分で、自分にホメ出しする。
なんとも不思議な響きですが、これもきっかけがないとわざわざやらないですよね。
本書でさまざまなワークをしていただききましたが、これをすべて自分向けにやってみてください。
惚れレンズをつけて、自分で自分の観察魔になり、ハッとする瞬間を逃さない。
ホメ
ポイントが見つかったら、ストレートから遠回しな近道までやってみる。
このとき、「離見の見」目線を持つのがポイントです。
これは世阿弥が能楽論書『花鏡』で紹介した概念なのですが、平たくいうと、幽体離脱した気持ちで、自分を前後左右から見る目線を持つということです。
つまり、主観的に自分と向き合うのではなく、少し離れて「自分さん」を見つめる距離感を保つ。
すると、自分が誰かと接しているとき、あるゴールに向かって努力しているとき、自分自身に対して「ハッ、自分ってこんな一面があるんだ」と気づく瞬間が出てきます。
そのほとんどは、もしかしたら「当たり前の再発見」かもしれません。
自分でも当たり前だと思っていた自分らしさが、冷静に観察すると、どうやら独自性なのかもしれない。
人はたいてい、自分を過小評価するか、過大評価しています。
自分を適切に評価できている方が珍しいのではないでしょうか。
過小評価しているのであれば、なおのこと自分へのホメ出しが大事です。
過大評価していたとしても、評価する点が見当違いの可能性だってあります。
だから、やっぱり、フェアにホメ出ししてください。
こういうときに頭に血がのぼるんだとか、こういう気候のときは元気になるんだとか、こういう言葉をかけられたら無条件に熱くなるんだとか、自分で自分の観察魔になっておく。
そうすると、適切に自分と距離を保ちながら、正しく自分のことを認めてあげられます。
自分ホメ出しができるようになると、それは自分が自分の最強のプロデューサーになるようなものです。
脳内J.Y.Parkさんが常にいるイメージです。
エネルギーを無限に自家発電できて、そのエネルギーをしかるべき環境に注ぎ込むことができます。
もし、それでも自分へのホメ出しが難しい場合は、「誰かからホメられたとき」の記録をとっておくことをおすすめします。
私はこれを「ホメログ」と呼んでいます。
意外と私たちは、ホメられたことを忘れてしまいます。
さらに、それがささやかなホメであるほど、スルーしてしまいがちです。
ですので、ホメられる瞬間に自覚的になり、ログを取っておく。
そうすると、「今月はAさんとBさん、二人から『一緒にいるとホッとする』って言われたな。
そうか自分は、相手にとってリラックスできる実家みたいな存在なのかも」なんて、実家に例えて自分をホメ出しできます。
また、日頃からホメログをとることを意識しておくと、「やっぱり日常的にホメ出しされる機会って少ないんだな。
もっとホメが循環する社会にしたいな」「あの人は、よくよく観察すると、頻繁にホメ出ししているんだな。
実はホメの達人なんだな、見習おう」など、ホメ出しの研究が進むことになるので、また一歩ホメサピエンスへと進化することができます。
是非ホメログをとってみてください。
「生き物の言葉」を贈ろう
ホメ出しとは、言葉と丁寧に向き合うことでもあります。
ちなみに、世に流通する言葉には大きく3種類あります。
❶借り物の言葉❷置き物の言葉❸生き物の言葉ホメ出しにおいては、「生き物の言葉」を相手にプレゼントするのが理想的なのですが、それぞれの言葉の特徴をお伝えしておきます。
「借り物の言葉」とは、「誰かが言ったことを、そのまま自分の言葉として語る」ことです。
「それらしい言葉」とでもいいましょうか。
例えば流行り言葉というのはその一つです。
一昔前なら「これからはIoTだよね!」と多くの人が口をそろえて言っていましたよね。
今なら「これからDXだよね!」でしょうか。
これも、心からそう思っている人と、「誰かが言っていたから」そのまま模倣するという人がいます。
「借り物の言葉」は、自分で思考せずに活用できる言葉なので、脳の負荷が少なくてすみます。
一方で、「異口同音」になりすぎてしまうと、同調圧力が働き、他者の考えに自分が飲み込まれてしまう恐れもあります。
「バンドワゴン効果」という言葉があります。
例えば会議で、二人以上の人が同じような意見を言うと、他の人が「なるほど、それが答えか」と思い込んでしまい、右に倣えで同じような意見が続く。
という現象です。
何も会議だけではありません。
例えばインフルエンサー、政治家、オピニオンリーダーなど、二人以上が同じタイミングで同じ意見を述べたときに、「そうか、それが時代の答えか!」と瞬時に思い込み、同じような言葉を、さも自分の意見のように述べてしまうことは誰にもあります。
でも、果たして借り物の言葉は、相手に響くのでしょうか?そんなときはちょっと立ち止まってください。
(あれ、これから話そうとしていることって、自分の意見かな?)(誰かの強くてわかりやすい意見を、そのまま鵜呑みにしているだ
そもそも言葉とは先人達がつくりあげ、継承してきたもので、私がつくったわけではありません。
その時点で、言葉を使うとは「他者の存在が息づいている」ものではあるのですが、その中にわずかであろうと自分の意志を注ぎ込むことは意識しておきたいものです。
「置き物の言葉」とは何でしょうか。
例えば企業のミッションで、「この美しい星をずっとそっともっと守りたい。
」などといった抽象度の高い言葉をよく見かけます。
しかしあまりに捉えどころがなくて、印象に残らないですよね。
色々な人の意見が入って原型をとどめないパッチワークのようになった言葉。
あるいは出る杭になることを恐れて、丸めに丸めた結果、無難におさまってしまった。
これが、「置き物の言葉」です。
借り物の言葉とは違い、確かに自分で考え出した言葉ではある。
ただ、それがあまりに杓子定規だったり、定型文すぎて、機能しない言葉のことです。
本来であれば、社員をモチベートするはずの言葉なのに、社長室に置き物のように飾られているだけで誰も見向きもしない。
それと対にあるのが「生き物の言葉」です。
それはもう、絶対的に一人の人間から生まれた、有機的な言葉です。
熱があり、実感がこもっていて、迫力が宿っていて、心に突き刺さり、その言葉が体内に入った瞬間に全身がパァッと開かれていくような言葉です。
「置き物の言葉」は、その言葉自体が人に新しい刺激や文脈をもたらすわけではないので、言葉と人の相互作用が生まれにくい。
言葉自体が、息をしていない状態です。
他方で「生き物の言葉」とは、それに触れた人と言葉の間にセッションのようなものが生まれ、次々新しい意味や解釈が生まれていく。
言葉自体の意味合いも、生き物のようにどんどん成長していく。
Onlythebestisgoodenough(最高でなければ、よいとはいえない)こちらは玩具ブランドレゴ社の創業者の言葉ですが、どうでしょうか。
レゴ社の体重がのった、生き物のような言葉ですよね。
やがて、いのちに変わるもの。
(ミツカン)このスローガンも、まさに生き物の言葉そのものです。
業務的な声ではなく、ミツカンさんの声として心に響いてきますよね。
私もひとりのコピーライターとして、借り物や置き物ではなく、生き物の言葉を書くことをいつも心がけています。
ホメ出しにおいて効いてくるのも、誰かの真似をするような「借り物の言葉」でも、紋切り型の「置き物の言葉」でもなく、あなたの心の奥底から湧き上がってきた「生き物の言葉」です。
では、どのように、そのような言葉を生み出せばいいか?ここまで読んでいただいていれば、大丈夫。
きっと「生き物の言葉」を相手に贈れるようになっています。
なぜなら、相手を徹底観察するとか、相手に対してハッとした瞬間を逃さないというのは、ググるとはまったく違う「検索方法」だからです。
特にホメ出しの姿勢を整えるとは、相手と接しながらも、視界の片隅に「相手いいところ」と検索ボックスが浮いている状態ともいえます。
それは、現在進行形で変化し、流れていく「生き物の情報」を、逃さないようにキャッチしようとする前傾姿勢です。
「ネットを検索する」ではなく「世界を検索する」ことをしています。
インプットする情報が「生き物の情報」であれば、そこからもたらされるホメ言葉も「生き物の言葉」であることが多いのです。
是非みなさんも、ホメ出しするときに、改めて「これは生き物の言葉だろうか?」とチェックしてみてください。
ホメ出しの精度がまたひとつぐっと上がりますよ。
ホメ出しとは「間」をつくること
相手を肯定的な目で見る。
広く深く観察する。
適切に表現する。
この一連の、ホメの流れが生み出すもの。
それは、新しい「間」です。
ホメ出しを心がけると、まず相手と共有する時間や空間が、アウェイからホームグラウンドになります。
心理的安全性が高まり、「この人は私のことをすごく理解しようとしてくれている」という信頼が生まれ、居心地がよくなり、一層お互いの多面性を共有できるようになります。
結果として、お互いがいい仲間になれます。
そう。
ホメ出しによって、いい時間・いい空間・いい仲間という、「3つの間」が紐づいてくることがあります。
ホメ出しとは「間のデザイン」ともいえるのです。
もともと私は自己肯定感や自己効力感が著しく低い人間でした。
自分が嫌で嫌で仕方がない。
自分が好きじゃなくて、自分の顔を見たくなくて、夜でも屋内でもサングラスをしていた。
人間がみんな「自分を馬鹿にしている」敵だと思い込んでいた。
だけど、コピーライターになって、ホメ出し思考が身についたおかげで、周りの商品や企業、それだけではなく、人の魅力に目を向けられるようになった。
そうしたら、いい仲間たちと出会えた。
仲間たちとの、好きな時間や空間が増えた。
3つの「いい間」を掛け合わせることで、人生に「晴れ間」がぐわんと広がった。
誰かをホメ出しするときは、見返りを求めない方がいい。
自分に何かリターンがあるだろうという前提でのホメ出しは、純度と強度と伝達度を失います。
ただただ自分を、目の前の相手に資産になりうる言葉を贈る、その一点に全集中させるべきです。
けれど、その思わぬ副次的な効果として、自分の人生に「いい間」が返ってくることがあることも、知っておいてよいと私は思います。
資本主義や競争社会の価値観だけでホメ出ししない
「書類整理が早いね」「漢字の書き取りが正確で、すごいね」「効率的に仕事を進められて尊敬します」ホメ出しするとき、つい「早さ」「正確さ」「効率のよさ」などに視点が偏ってしまうことがあります。
もちろんこれはこれで大事です。
でも実はこの尺度を決定づけているのは、資本主義です。
資本主義は競争社会です。
相手や敵と競いながら、相対的に「売上」や「成長速度」において勝利を目指します。
「早さ」「正確さ」「効率のよさ」とは、このゲームで戦いを有利に進める上で、役に立つ力です。
だから、ホメ出ししやすい。
しかし、人の魅力は資本主義の枠におさめられません。
その人といるとなぜか無性にパンが食べたくなるとか、雑談が無限につづくとか、帰り道にスキップがしたくなるとか、すべての人は小さな魅力で溢れています。
それは、資本主義の原理で考えると「役に立たない」力です。
でも、役に立たないからこそ、愛おしかったり、可笑しかったり、愉快だったりと、私たちに人生の晴れ間をもたらしてくれることがあります。
私の息子は目が見えないのですが、彼なりの特技がたくさんあります。
例えば、電車の音を聞いただけで「田園都市線8500系」などと車両がわかること。
「2018年3月4日は?」とランダムに日付を投げると「日曜日」と即座に曜日を教えてくれること。
はたまた、目が回るという概念がないので、フィギュアスケーターのようにグルグルグルと無限にその場で回転できること。
この3つの特技は、資本主義では「役に立たない」とみなされます。
だけど彼の生き生きとした姿を見ると、私も嬉しくなるし、「音で車両がわかるなんて、頼もしいね」「また今度、曜日教えてね。
すごいね」とホメ出しします。
グルグル回転しているときは、スタンディングオベーションもします。
息子が特技を披露しているとき、彼の目には星が入っています。
キラキラと輝いています。
息子と世界とが見事に調和し、生命力がみなぎっているのです。
この瞬間をホメずして、いつホメればよいのでしょうか。
特に第二次世界大戦後の教育の中で、人は「規格化」を求められました。
組織に従順で、まるで機械のように、正確に、早く、効率よく働くことが是とされたのです。
野菜や果物も同じです。
形が大きすぎたり、いびつなものは、「効率的に箱におさまらない」「見た目が悪い」という理由で、「規格外」とみなされ、規格を満たす商品がスーパーなどに並べられました。
しかし最近では、ふぞろいな野菜や果物も多く店頭に並ぶようになりました。
その愛らしい姿に魅せられ、私もできるだけ規格外の食材を買うようにしています。
人も同じです。
画一的な教育を受け、自分らしさを封じ込め、クッキーの抜き型のように、自分を無理矢理社会や組織に当てはめていく時代は限界を迎えています。
資本主義で削ぎ落としてきた「人間味」や「雑味」のようなものにフォーカスを当て、クリエティブワーカーとして働こう、という風潮が強くなってきています。
長らく規格化が求められた社会は今、「規格外」の時代へと移り変わろうとしています。
だからこそホメ出しでも、資本主義の軸だけに囚われず、相手の「規格外」という外れ値にも目を向けてください。
ホメ出しの循環が始まれば世界はよくなる
誰かにホメ出しするとは、相手の背中を、ポンと押すことです。
「君なら大丈夫!」と押しつづけることはできないかもしれない。
でも、一回、一瞬、言葉で背中を押す。
その押し方によって、押す方向性によって、相手の未来は変わる。
呪いの言葉がSNSで溢れる今だからこそ、祝いの言葉を贈る。
意図して、いい言葉によって、いい空気をつくっていく。
それは、誰かを元気にする意思ある行為です。
人はもともと、それぞれが「気」を持っています。
それはエネルギーとも活力とも可能性とも言い換えられます。
ただ、教育課程で、あるいは就職して、規範や社会通念に身をゆだねるうちに、この気がどんどん減っていく人も少なくありません。
「自分に社会を変える力なんてない」「自分の代わりなんていくらでもいる」。
こうした無力感を覚えている人もいるのではないでしょうか。
これは、目覚めながらにして同時に「気を失っている」状態ともいえます。
「勇気100%」という曲に、ぼくたちが持てる輝き永遠に忘れないでね(JASRAC出2203972-201)という歌詞がありますが、私たちは持てる輝きを忘れながら生きているのです。
ホメ出しは、そんな現状に立ち向かい、再び相手に気を取り戻すことができるんです。
閉じかけている可能性を再び開く。
忘れかけていた力を取り戻す。
つまり、ホメ出しとは何かを相手に「加える」ことではなく、「元に戻す」といった方が正しいかもしれません。
元気は「元の気」と書きますが、ホメ出しは、相手の気を元に戻す力があるのです。
ホメ出しとは、ささやかな、でも力を持った社会貢献である。
好きな人を、ちょっと苦手な人を、あるいは自分自身を、ホメ出しする。
その小さな行為が、波及力のあるSNSなどと合わさったときに、よからぬ言葉が渦巻くこの世界に、一筋の光を届けることがある。
社会のムードをつくっているのは、私たち一人ひとりの言葉です。
今の社会が生きづらい、息が吸いづらいと思っているならば、自分から言葉を変えるべきです。
ダメ出しのドミノ倒しがあちこちでダダダダと起きている脇で、そっとホメ出しの一つ目のドミノを倒す。
すると、同じようにホメ出しする人がドミノを加えていき、一つのうねりとなり、ダメ出しのドミノ連鎖を少しでも食い止めることができるかもしれない。
一人ひとりが、小さな意識改革を起こすことでしか、ダメ出し社会は変わらないのです。
ふだんを変える。
それがいちばん人生を変える。
(本田技研工業)というコピーがありますが、ふだんの言葉を変えることが、相手とあなたの人生を変え、そして世界をも変えていく可能性があるのです。
さて、この本もいよいよ終わりです。
ホメ出しをどう人生に生かすかは、あなた次第です。
あなたの大切な人のためでも、自分のためでも、あるいは社会全体のためでもいい。
ただ、これだけは最後に言わせてください。
あなたの言葉には、力があります。
そして、あなたがホメると、世界はよくなります。
本当ですよ。
「ホメ出し」まとめ4章「ホメ出し」を心がけると、相手との信頼関係が深まり、いい時間・いい空間・いい間が生まれてくる。
●誰かにホメ出しをするとき、その言葉を一番近くで聞いているのは「あなた」。
自分が発した「相手の資産になりうる言葉」を聞かせることも、「自分貢献」として大切。
●自分で自分をホメ出しする習慣を身につけよう。
それが難しければ、「誰かにホメられた」言葉の記録(ホメログ)を取ろう。
●言葉には「借り物の言葉」「置き物の言葉」「生き物の言葉」の3種類がある。
「ホメ出し」をする際には、「生き物の言葉」を贈ろう。
・借り物の言葉:誰かが言ったことをそのまま自分の言葉として語ること。
・置き物の言葉:杓子定規だったり、定型文すぎて、機能しない言葉(置き物のように飾られていて誰も振り向きもしない言葉)。
・生き物の言葉:それに触れた人と言葉の間にセッションのようなものが生まれ、次々新しい意味や解釈が生まれていく。
言葉自体の意味合いも、生き物のようにどんどん成長していく。
●ホメ出しとは、ささやかな、でも力を持った、社会貢献である。
おわりに
私は、人の魅力を探して、言葉を贈ることが大好きです。
と同時に、「これは押しつけじゃないだろうか?」「自分本位じゃないだろうか?」「相手が望まない未来に誘導してしまわないだろうか?」と、慎重になりすぎて、言葉が出なくなった時期もありました。
だけど、ホメ出し相手から何年か越しに「あのときの言葉は嬉しかった」「今でも糧になっている」と言われる嬉しい経験を少しずつすることで、十分に注意しながらうまく活用していくと、ホメ出しは有効なんだ!という実感や経験や技術を溜めてきました。
この本は、私が人知れず10年以上行っていたホメ出しの研究の、成果報告でもあり、ホメ出しの「取扱説明書」でもあります。
ホメ出しは万能ではないし、質の高い観察が伴っていないと逆効果になることもあるので、そこは注意が必要です。
しかし、うまく自分の味方につけると、驚くほど人生を色鮮やかにしてくれます。
また、この本はコピーライターの肯定でもあります。
たくさんの人の目に触れるコピー自体に日が当たることはよくありますが、コピーが生まれる思考法、そこにこそコピーライターの魅力がギュッと詰まっている。
コピーライターは肯定のプロ、観察のプロ、表現のプロなんです。
そんなこともお伝えしたかったのです。
私自身、本書でご紹介したように、先生や先輩のホメ出しによって今日まで導いていただきました。
いまだに私の背中を押しつづけている数々の「言葉の資産」を多くいただいたからこそ、この経験を、言語化や体系化することで、共有できないかと一冊にまとめました。
少しでもお役に立てば幸いです。
いや、本音をいうと、一人でも多くホメサピエンスが誕生していればこの上ない幸いです。
この本は、ウェブメディア「アドタイ」で連載していた「『ダメ出し』から『ホメ出し』へコピーライター思考の実践」の内容に大幅な加筆と修正を行って完成しました。
当時から伴走してくださった編集の刀田聡子さんに感謝します。
刀田さんの「冷静な眼と、熱い心」に支えられました。
イラストレーターの福田玲子さんからは、ホメサピエンスのイメージをお伝えする前から「例えばこんな感じでしょうか」とアイデアをいただき、あまりに素晴らしかったので、そのまま形になりました。
福田さんの多くの経験からもたらされた「嗅覚のよさ」に助けられました。
また、編集の篠崎日向子さんにも多大なるお力をいただきました。
「ホメサピエンスは骨みたいなリボンをしていると面白い」と、福田さんとのブレストで提案されていた姿が印象的です。
アイデアを出すとは勇気を伴うこともあるのですが、篠崎さんからは「アイデアを投げかけることで何かが始まる」という姿勢を感じました。
いつも力をくれる家族にも感謝します。
誰の真似もせずに自己流を貫いている息子へ。
いつも刺激をありがとう。
そして本書の3割ぐらいは、生後半年の娘をおんぶしながら、ゆらゆら揺れながら書きました。
背中をポカポカ温めてくれてありがとう。
人生を支えてくれる妻にも感謝します。
私に足りないものをすべて持っているので心強いです。
いつもありがとうね。
最後に。
2022年5月12日に永眠したお義父さんへ。
結婚式で緊張しながら新郎挨拶をしたあとで、「はじめに笑いを入れていたろ?あれがね、なかなかできないんだよ」とホメてくださってありがとうございました。
一生忘れません。
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