男の品格――気高く、そして潔く川北義則
遊びをせんとや生まれけむ戯れせんとや生まれけん遊ぶ子供の声聞けば我が身さえこそ動がるれ
はじめに今、日本の男たちに足りないもの、それは「遊び心」ではないだろうか。最近、私はつくづくそう思う。確かにお金は大事だろう。だが、四六時中パソコンにかじりついて売った買ったのデイトレード。そうして億のお金を儲けた人間に羨望の視線を向け、自分も「濡れ手で粟」の利益を得ようとする。そこには、何の余裕も、美しさも感じられない。女性にモテることも大事だろう。だが、その欲望は即物的で、少しの情緒も感じさせない。セックスの相手を見つけることと本物の恋愛とは、別のはずなのだが。先日、久しぶりに朝の通勤ラッシュ時の電車に乗った。朝から疲れた顔をして、空いた席にわれ先にと体をねじ込む男たちがいた。その光景を見て、私は情けない思いを通り越し、哀れみすら感じてしまった。ヘトヘトになるまで仕事をし、体が疲れているのだろう。人間関係に気を遣い、心も疲れているのだろう。でも、ここでぐっとやせ我慢をしてほしい。ニコッと微笑んで、お年寄りや女性に自然に席を譲る。それが男のゆとり心ではなかったか。それが、男の品性であり、男の遊び心ではなかったか。ゆとりのない男には魅力がない。それは、その人物の仕事ぶりを見ても、対女性関係を見ていてもわかることだ。人間、仕事に夢中になる時期があることも大切だ。だが、ゆとり心を失ってしまっては、視野が狭くなってしまう。これでは、創造的な仕事などできるはずがない。時と場合によっては、頑固に自分の意志を通すことも必要だろう。それがいい方向に作用することもある。だが、頑固なだけでは人はついてこない。ゆとりのない器量の小さな人間になってしまう。車のハンドルに「遊び」があるように、人生の運転にも「遊び」が必要なのだ。遊び上手な男は仕事もできる。また女性関係でも、遊び心をもっている男はモテる。それはやはり、ゆとりがあるからだ。ゆとりがあるから魅力がある。魅力があるから品格が生まれる。そして、その品格を宿した男に、男も女も運すらもついてくるものなのだ。「目の前にあるものをすぐに取りに行かない」――それが品性なのだと、作家の伊集院静さんがいっていたが、私もその通りだと思う。男たちよ、もう一度ゆとりを取り戻し、背筋をしゃんと伸ばさないか。「ゆとり心」を身につけることが、あなたの男としての品格、品性を磨いてくれる。そうすれば、かつて諸外国の人々が感動したような日本人の国民性や精神性が、きっとよみがえる。日本人が本来もっていたはずの美点に目覚めてほしい。本書は「遊び心」をテーマに、仕事、家庭、恋愛、趣味、美学、人生観など、さまざまな角度から、男の生き方、あり方というものにアプローチしてみた。趣味にしても道楽にまでなれば、面白みが出てくる。恋愛も修羅場を経験すれば、もっと男は成長する。遊び心は、仕事にも、人生を豊かにするためにも必要である。「遊び心」「ゆとり心」を取り戻し、もっと奥深い人生を送ってもらいたい。二〇〇六年春川北義則
目次はじめに第一章会社は男の夢追い場・仕事上手になりたければ遊び上手になれ・「滅私奉公」は会社にとって迷惑なこと・何でも「面白いな」と思える人が勝つ・会社で「雇われない生き方」ができるか・会社は自分の夢を追う格好の場所だ・出世競争は双六、ゲーム感覚でやるに限る・役に立たないことがどこまでできるか?・仕事は男の中身を作り、遊びは男の行間を広くする・接待する立場の人間は「遊び人」になれ・「置いていかれる」ことを恐れるな・進んで「出る杭」になってみよう第二章父として、夫として・遊び上手は家庭も大切にする・仕事モードを家庭に持ち込むな・料理をすると遊びの本質が理解できる・子供に尊敬される遊び人になろう・「余裕ができたら……」というのはやめよう・妻や家族と遊ぶ人ほどよい仕事人になれる・「理想のオヤジ」の三点セットとは何か・年間一〇〇万円の遊び資金を捻出せよ・家庭が職場になる時代がやってくる第三章モテる男は身銭を切る・男は「口が固い」のが女にモテる条件・よき女友達をもつのもよいものだ・恋愛は「他人の女」とするものだ・モテたければ身銭を切れる男になれ・ちょいワル親父になって青春を二度楽しめ・「自分スタンダードな男になれ!」・男は外見を飾るよりも経験値を増やせ・言葉の魔力にもっと敏感になれ・センスある恋愛観とはこういうもの・本物の恋愛は命がけ、だから美しい第四章自分の好奇心に忠実であれ・一人遊びできる趣味を作っておく・趣味は実践しなければ意味がない
・趣味は論じるより味わうものだ・軽いノリで何でもやってみるといい・いつも「定食」だけでは趣味はつまらない・趣味を自分のライフスタイルにする・常に自分の好奇心に忠実であれ・趣味は心の痛み止めになる・趣味で熱くなるのはみっともない・天職を見つければ趣味的人生が送れる第五章品格とは美学なり・自分なりの美学をもつことが大切・「群れないこと」が自分の美学を貫く前提・「目の前にあるものをすぐ取りに行かない」・男ならもっと顰蹙を買うことを考えよ・サラリーマンだって漂泊人生を送れる・勝ち組、負け組論争が見逃しているもの・「人生で一番大切なものは潔さですね」・伝統が培ってきた美意識が日本を救う・男は「幸せ」なんか求めなくていい・ケンカのできない男になるな!第六章人生は楽しんだほうが勝ち・もっと自分の都合でお金と時間を使え・長生きするだけでは何の意味もない・今を思い切り楽しむ発想をもとう・シンプルライフの原点に立ち戻ろう・「ロハスな生き方」が人類を救う・悟りを開くよりヤンチャのままがいい・「自分だけ幸せになればいい」という生き方第七章遊びをせんとや、生まれけん・楽しくない人生なんて生きる価値はない・「面白いこと」を徹底して優先してみよう・自分に合った喜びの型を見つける・行ったり来たりの禅問答的遊び人を目指せ・不良名簿にランクアップされた人たち・粋と野暮の違いを知っておく・異性とのつきあいが若々しさを保つ・遊び心は子供心に通じる
第一章会社は男の夢追い場
仕事上手になりたければ遊び上手になれ遊び上手な人間は仕事もできる―昔からこういわれてきたが、その傾向は最近ますます強まっている。これからの時代、少なくとも「遊び心」のない人間は、仕事も中途半端にしかできないだろう。まじめ一方だけではもうダメ。まじめは罪悪でさえある。なぜか。世の中が豊かになって、仕事の質が変わってきたからだ。以前は、単純作業でも人がやらなければならない仕事がたくさんあった。そういう仕事は概して難しくないが、まじめにコツコツやる必要があった。今、その種の仕事は機械や道具、コンピュータがやってくれる。わざわざ人間がする必要はない。人間がする仕事は着想、決断、創意工夫など、馬力型から脳力型へ移行している。それに適応できないと評価してもらえないのである。また、脳の研究から「まじめな努力」がもたらす仕事の成果は、平均レベルを出ないこともわかってきた。人に抜きん出た成果を上げるためには、今までと別の手立てを考えなければならないのだ。さらに、勤勉やまじめさを企業がことさら望まなくなったこともある。「ふまじめでいい」というわけでは決してないが、まじめさの優先順位は大きく後退している。たとえば分析機器トップメーカーの堀場製作所がそうだ。同社の社是は「おもしろおかしく」という一風変わったものだ。この社是を作った創業者の堀場雅夫さん(現会長)は、その理由をおおよそ次のように述べている。「企業はおもしろおかしい体質をもっていなければいけない。個人の側から見れば、会社がおもしろおかしくなかったら、そんなところにいる意味はない。そうかといって、はじめから企業におもしろおかしいところがあるかというと、そうはいかない。だからみんな寄ってたかって、おもしろおかしい職場にしていこうではないか、ということだ」今はこういう時代なのである。「私はまじめだけが取り柄です」などといっている場合でないことが、これでおわかりだろう。そんなことをいっていると落ちこぼれかねない。私が「遊び心が大切」というのは、そういう意味である。しかし、急にそういわれたって困る人たちもいるだろう。まじめ一筋で成果を上げてきた人ほど、そうだと思う。そういう人にぜひ知っていただきたいことがある。それは「フロー状態」ということについてである。フロー(Flow)とは「流れ」のことだ。シカゴ大学の心理学者たちが「人間の能力発揮と心の関係」について研究した結果、明らかになったのがフロー理論。この理論をごくかいつまんで説明するとこうなる。人は誰でも一日に何回かフロー状態になる。フロー状態とは、ボーッとしていたり、煙草をくゆらせたり、ぼんやりテレビを観たり、ぶらぶら散歩をしたり、一般的にいえばくつろいでいるようなときである。この状態が、実は人間にとって「貴重なひととき」なのである。というのは、個人の意識と外部環境との境界が曖昧になって、時間の流れに身を任せた状態になるからだ。こうした「フロー状態」で仕事をするとどうなるか。フロー理論の第一人者チクセントミハイはこう語っている。「外科医は最難関手術を寸分の狂いもなくこなし、走り幅跳びの選手は驚異的な世界記録を打ち立てる。テニスプレイヤーはボールが二倍の大きさに見え、ロッククライマーは登っている岸壁と一体化し、次にどこに取りつけばいいか本能的にわかるようになる」つまり、フロー状態では誰もが「向かうところ敵なし」のすごい能力を発揮できるということだ。トリノオリンピックで荒川静香選手が金メダルを手にしたのも、彼女が金を狙おうとしたのではなく、フロー状態で滑っていたからだろう。そこで「どうしたらフロー状態にもっていけるか」を、今多くの研究者が追究中だが、その過程で見えてきたのが「遊び心」なのである。幼児は毎日屈託なく、好き嫌いや快不快、あるいは好奇心の赴くところに従って行動している。そういうときの幼児の脳波を測定してみると、フロー状態特有の数値を示す。幼児が大人の何倍ものスピードで、いろいろな能力や知識を身につけていけるのは、フロー状態のおかげであると考えられるのである。したがって、大人もフロー状態のままで仕事に没頭できれば、今の何倍、何十倍の能力が発揮できて不思議ではない。事実、過去に偉大な業績を上げたような人物は、幼児がもつような遊び心の持ち主だったことが確かめられている。
幼児の遊びの特徴は何かというと、欲得も打算も確固とした目的もなく、興味と快感原則に沿って没頭する点にある。とにかく夢中になっている。大人がフロー状態になるポイントも、このような遊び心をもつことにあると考えられるのだ。つまり、フロー理論が教える最良の選択肢は「遊び心をもつこと」といっていい。「遊び心」は「ゆとり心」でもある。このことは「遊びの上手な人間は仕事もできる」という私たちの経験値とも見事に合致している。まじめさは否定されるものではないが、いつまでもそこにとどまっていてはダメ。仕事でよい成績を上げたいなら、もっと遊び心をもったほうがいい。
「滅私奉公」は会社にとって迷惑なこと端から見ていて「よくあんなつまらないことをコツコツ飽きずにやってられるなあ」と感心させられる人がいる。だが、そういう人は、決して「つまらない」と思いながらやっているわけではない。人間は自分が心底「イヤだな」と思うことは決してやらない。無理にやらされたとしても継続できない。率先してやっている人、ずっとそのことに取り組める人は、必ず何か楽しみを見出しているものなのだ。外食チェーンのオーナー経営者から以下のような話を聞いたことがある。彼は地方の高校を卒業するとすぐ上京、有名レストランに住み込んでコック修業を始めた。だが、来る日も来る日も皿洗いばかり。そんな状態が半年も続いた。同期で入った仲間は、この時点で大半が辞めていった。残った連中も「いつになったら料理をやらせてもらえるのか」とブツブツ文句をいいながら働いていた。嬉々として皿洗いに精を出していたのは彼一人だったという。普通、こういうケースで彼のようなタイプは、まじめな勤務ぶりが買われ、大抜擢されるといった展開になるものだが、このレストランはそんなに甘くなかった。黙っていても外国で修業したセミプロ級が雇われたがるような店だったから、経験ゼロの皿洗いを一人前のコックに育てる気などはじめからなかったのである。彼は結局、皿洗いを一年半、その後は別の下働きを一年半やらされて辞めた。都合三年間勤めて半人前の料理人にもなれなかった。その後、彼はどうしたか。貯めたお金で小さな洋食屋を開業した。これが当たって店を次々と増やしていき、今では六十数店舗のレストランチェーンを統括する経営者なのだ。「最初は私も皿洗いがイヤでした。でも、すぐ気づいたんです。仕事だと思うからイヤなんだと。それで親戚の叔父さんとか、ごく親しい人から頼まれて手伝っていると思うことにしました。そんなふうに頭を切り替えたら、少しもイヤじゃなくなった。飯は食わせてくれるし、お小遣いももらえるし……」彼は皿洗いをしているとき「十分間で何枚洗えるか」といったゲーム感覚をいっぱい取り入れていたという。また、別の下働きに移ったときは、「せっかくレストランにいるのだから……」と、システムをつぶさに観察して日記風に記録していった。料理の腕こそ磨けなかったが、レストラン経営のツボを会得した点で、三年間の下働きは決して無駄にならなかったのだ。私はこれを彼の遊び心のおかげと見る。「仕事と遊びをちゃんと分けろ」という人がよくいるが、遊び心は仕事にも必要なことなのだ。特に好きになれない仕事、単調な仕事をするときは、楽しめるように工夫する遊び心をもつといい。ストで電車が止まると、線路を歩いてでも会社に出社する。病気になると這いずってでも会社へ行こうとする。かつてサラリーマンはこういう勤勉ぶりで、会社への忠誠心を表し、会社もそれを「よし」とした。滅私奉公的な態度が評価されていたのだ。この考え方の背景には「会社のためになることは自分のためにもなる」という労使の暗黙の了解があった。終身雇用と年功序列が機能していた時代はそれでよかった。だが、リストラが当たり前の現在は、この考え方はもう通用しない。いくら滅私奉公したってリストラされるときはされるのだ。そうなってから恨みがましいことをいっても始まらない。むしろ、今、滅私奉公的な考えの人間を会社は迷惑に思うだろう。なぜなら、そういう人間に限って会社に頼りきり、自分から進んで局面を切り開こうとしないからだ。これからは滅私奉公の考えは捨てて、自分のために会社を伸ばすことを考えよう。その余地がないような会社なら、こっちから三行半を突きつけてやればいい。
何でも「面白いな」と思える人が勝つ終身雇用、年功序列がきちんと機能していた時代は、そこそこの会社に一度就職しさえすれば、あとは企業内でどう生き残るかを考えるだけでよかった。ところが今は、一流企業のサラリーマンもリストラの不安に怯える時代である。何を頼りにしたらいいか、多くのサラリーマンは戸惑っている。その戸惑いの最大のものは「会社とどう向き合うか」ということであろう。中には新しい資格を取って転職に備える人間もいる。また、上司との関係をうまく保って、リストラの心配を払拭しようと努力する人もいる。しかし、現実問題として資格の取得も人間関係も「絶対」ではないから、不安はますます増大し、うつになったり自殺したりする。近年、中高年の自殺が増えているのは、サラリーマンの生きがい喪失の不安が大きいからだと思う。だが、不安や心配をなくそうとするのはやめたほうがいい。なぜなら、どんなに環境や条件が整えられても、不安や心配は決してなくならないからだ。「先行き不安」などというが、将来とか先行きは、いつだって不安なのだ。高度成長期のサラリーマンは、今と比べれば不安が少なかったかもしれない。だが、あのような時代はもう戻ってこない。「皆が安心できる企業社会は、六〇年代から八〇年代へかけて日本がもっていた特異な形態だった」(山岸俊男北海道大学教授)からである。あらゆることでグローバル化が進んでいる日本の現状を見れば、これから先の日本がどうなるかは、むしろ欧米の企業社会を見たほうがよい。好むと好まざるとにかかわらず、日本社会も国際標準に近づいていかざるを得ない。地球がこれだけ狭くなった今、それ以外の選択肢はないのだ。欧米事情に詳しい評論家の竹村健一さんは「日本の常識は世界の非常識」が口癖だが、この言葉の意味を正しく受けとめている人は意外に少ないようだ。竹村健一さんがいっていることを裏返せば、「世界の常識は日本の非常識」ということになる。つまり、われわれが常識と疑わないことは世界ではあくまで特異なのである。たとえば「定年後をどう生きるか」は日本では結構重い問題として扱われている。仕事を生きがいにしてきたサラリーマンから、仕事を取り上げてしまうのが日本の定年制と考えられているからだ。生きがいを失った定年者は、この先どう生きればいいのか戸惑いを覚える。定年後の生き方は日本ではマイナスの問題として論じられることが多い。だが、欧米では話が逆になる。定年をみんなが楽しみに待っているのだ。ほとんどの人が若い頃から定年を待ち望み、第二の人生の計画を立て、周到に準備し、定年後は残された人生を満喫する。およそ日本では考えられない光景である。いよいよ二〇〇七年から団塊の世代第一陣が大量に定年を迎えるが、これに関連して、今いわれていることは「定年の延長」「熟年離婚」「年金暮らし」「技術の継承」とお固い話題ばかり。「待ってました、定年!」といった明るい話はあまり聞こえてこない。それどころか働き盛りのサラリーマン層までも、団塊の世代につられるように先行きに不安を抱いていて元気がない。どんな時代でも、どんな社会であっても、先行きへの不安は伴うものだが、この不安とどうつきあっていくかが問題なのだ。この点について山岸俊男さんはこういっている。「これからの時代は、漠たる不安とうまくつきあえるかどうかが重要で、どんな仕事で収入を得て、どう生きていくのか、一人ひとりが考えなければならない。それを面白いと思える人は勝ち、気弱になる人は負けの時代ともいえる」この意見に私も賛成する。どんな人生も山あり谷ありでいいことばかりではないが、どんな境遇にあってもへこむのではなく、何でも面白がれる体質で臨むこと。それが難関を乗り切り、明るい未来を築く基本的な条件ということだ。
会社で「雇われない生き方」ができるか「すまじきものは宮仕えだよ」日本経済が高度成長していた頃のサラリーマンは、居酒屋などでこういって嘆いたものだ。だが、この嘆き節を額面通り受け取る必要はなかった。それは会社に雇われているという安心感の表明でもあったからだ。その証拠に、嘆いて会社を辞めていく人間は滅多にいなかった。だが、バブル崩壊以後は様相がずいぶん変わった。今、宮仕えを嘆く声は少ない。しかし、一生懸命に宮仕えしたところで、リストラされない保証はない。では、どうしたらいいか。会社にいながら「雇われない生き方」をしてみることだ。そうすれば、リストラに怯えない新しい働き方が見えてくるはず。そんな生き方ができるか疑問に思う人もいるだろうが、その気になれば少しも難しいことではない。やり方は二つある。一つは会社にいながら、起業家になったつもりで振る舞ってみることである。仕事の中身は今のままでいい。そのような職種、業態で起業したと思って取り組んでみるのだ。たとえば、あなたが営業部の一員だったとする。今までだったら、一社員として自分に課せられた役割だけをこなせばOKだが、起業となればそうはいかない。営業部全体の発展を頭に入れて、その中で自分自身の仕事をすることになる。また、自分以外のことで「こうあるべきだ」と思われることは、進んで上司に意見を具申して改めさせる。常に経営的立場から全体を見通した仕事をしなければならない。それでも自分で経営していると思えば楽しくやれるはずである。「そんなことまで給料のうちに入ってない」などと考えるようではダメだ。実際に将来独立しようと思っている人間は、そういう視点で会社の仕事に取り組んでいる。給料をもらいながら予行演習をしているのだ。もう一つは、起業家でなくフリーランス(個人事業家)として振る舞ってみることだ。会社がフリーランスに頼るのは助っ人が必要なときである。ある業務部分が弱体だが諸々の事情から正社員を増やすのはちょっと、などというとき、弱い部分だけを補おうとする。そういう立場に自分を置いてみるのだ。この場合は役割がはっきりしている。営業であれば「売り上げをここまで伸ばしたい」といった具体的な目標がある。そういう仮説を立てて、自分が助っ人になったつもりで働いてみるのだ。この場合は全体を見る必要はなく、ただひたすら自分の職分の仕事で実績を上げればいい。起業家もフリーランスも、会社に雇われない生き方をしている人たちだ。会社にいながらそれをやるのはバーチャル(仮想的)でしかないが、リアリティをもって臨めば、本物と変わらない気持ちになれ、楽しさとやる気が出てくる。人間には不思議な習性があって、他人から「やりなさい」といわれてすることは、あまり気が進まない。やっても楽しくない。だが、自分から「やろう」と思って始めると、同じことでも意気込みが違ってきて楽しくなる。バーチャル起業家になるメリットはここにある。また、人は誰かから期待されてすることには自ずと力が入る。「君だけが頼りだ」といわれれば、つらいことでもがんばれる。バーチャルでフリーランスになるメリットは、自己の活性化にも大いに役立つのだ。何より仕事が面白くなる。しかし、そうはいっても「雇われている身」という基本は変わらない。そのことを考えると、いくらがんばっても給料や出世といった見返りがなければ「徒労だよ」という話になりかねない。最大の問題はここにあるといっていいだろう。だが、決して徒労になんかならない。第一にそれだけ社内で積極的に振る舞える人間になれば、リストラ対象からは外れるに決まっている。会社はいつの時代も役に立つ人材は残そうとするからだ。しかし、中にはボンクラ経営者もいないわけではないから、一人社内でがんばっても結果は「徒労」ということも全然ないとはいえない。だが、今の時代の変化を考えれば、それでも会社にいて「雇われない生き方」を試してみることは、将来の自分にとって計り知れないメリットを生むのではないか。なぜなら近い将来、日本の雇用形態は「会社に雇われない生き方」の人が主流を占めるようになるからだ。アメリカでは雇われない生き方を「フリーエージェント」と呼んでいる。この言葉の名付け親になったアメリカのジャーナリスト、ダニエル・ピンクによれば、フリーエージェントは起業家、フリーランス、臨時社員の三種類に分かれる。日本でも若い起業家が増え、派遣による臨時社員も急増している。フリーランスはそう多くないが、すでに日本もフリーエージェント社会に突入している。正社員でも、いつリストラされるかわからない現実を考えれば、会社にいながらフリーエージェントの予行演習ができるチャンスを逸するのは「もったいない」ことではないだろうか。
会社は自分の夢を追う格好の場所だライブドア事件などがあったが、IT長者が続々誕生し、ヒルズ族がもてはやされる風潮から、依然として若者の間では起業家志向が強まっている。また学校を卒業しても就職せず、株式投資などで生計を立てる若者も増加している。一方でフリーター、ニートといった自由な生き方を選ぶ若者も多数出現している。こうした若者の就業変化の背景には、十年以上続いた景気の低迷による就職戦線の冷え込みがあるが、私は「結果オーライだったな」という感想をもっている。学校を卒業した若者は一人前の社会人だが、社会人になったら就職しなければならないという考え方は狭い了見だったからだ。何も会社に就職せずとも、いろいろな生き方をしてかまわない。不況による雇用状況の悪化が、それを促した格好になった。その結果、若者の間でサラリーマンは以前ほど憧れの職種ではなくなった。だが、私はこういう時代になってみると、サラリーマンという職業は「自分の夢を追う」のに最高の居場所なのではないかという気もしている。考えてもみてほしい。自分で会社を立ち上げるには、かなりの資金が必要になる。しかも成功確率は低い。規制の撤廃で一円の資本金でも会社は設立できるが、経営そのものにはお金がかかる。三年後、五年後に生き残っている会社はごくごく少数にとどまる。そのこと自体は問題ではないが、何も苦労して自分でやらなくても、自分の夢が叶いそうな会社を見つけて、そこで実現したっていいわけだ。既存の会社には「資金」「看板(信用力)」「設備」という個人とはケタ違いの豊富な経営資源がある。会社に勤めれば、それが全部利用できるのだ。今は会社勤めをしても、生活のために給料をもらえば「よし」とする時代ではない。会社は自分の夢を追う場所と考えてみるのも悪くないと思う。今の会社は昔と違って社員の自由度が増しているから、その気になって行動すれば十分に可能である。もう一つ、私が勧めたいのは、仮に独立して起業を考えている人も、一度は会社に入って自分の能力を試してみるべきだということだ。最近は学校を卒業するといきなり起業する若い人もいるが、組織のルールやビジネスの常識を身につけるためにも、何年か会社勤めはやってみたほうがいい。自分自身に実力がつくからだ。起業そのものは昔に比べたら格段にしやすくなっているが、前述したように起業=成功ではない。むしろ失敗する人のほうが多いのは経験不足だからだ。実力が足りないのにいきなりチャレンジするのは蛮勇で、決してホメられたことではない。事業を始めると、つきあう相手はほとんど会社である。ならば、会社とはどういうものか知っておいたほうが絶対に有利なはずだ。「敵を知り己を知れば百戦危うからず」。そのためには外からだけでなく、内に入って見るのが一番なのである。それも半年や一年では中途半端だ。「石の上にも三年」で、どんな会社であれ最低三年間がんばってみることだ。そうすれば企業や組織の仕組みやルールがわかるようになる。そんな勉強をさせてもらって、給料をもらえるのだから、これほどありがたい存在はない。問題はイヤな仕事で三年もがんばれるかだ。こういうとき、多くの人がいうのは「目標を作れ」ということだが、私は遊び心をもって取り組むのがいいと思う。そのほうが自分の能力をよく発揮できるからだ。サラリーマンからプロ棋士になった瀬川晶司さんという人がいる。瀬川さんは子供の頃から将棋が好きでプロ棋士を目指していた。しかし年齢制限の二十六歳までにプロ試験に合格できなかった。プロ棋士をあきらめてサラリーマンになったわけだ。だが、趣味で将棋を指すようになったら急に強くなり、アマvs。プロ対決で輝かしい実績を上げるようになった。その実績が認められプロへの道が開かれたのだ。その彼がこんな述懐をしている。「年齢制限が近づいてくると、すごいプレッシャーを感じて消極的な戦いしかできなくなった。だが、あきらめてアマで指すようになったら、将棋が楽しくなった。楽しく指していたら、プロにもどんどん勝てるようになった」遊び心というのは人をリラックスさせる。リラックスした状態は能力を最高度に引き出す。会社を自分の夢追い場と心得て、楽しく仕事をすればきっとよい結果が得られる。会社の経営資源を活用できるとしたら、こんな恵まれた居場所は
ないといってもいい。会社の事業内容と自分のしたいことが一致しない人は、予行演習の場と考えていろいろ試してみればいい。その場合も遊び心をもって楽しく取り組むことが肝心だ。そうすればどんな仕事もきっとよい経験になるはず。今必要なのは「サラリーマンは雇われる身」という既存の会社観を変えることだ。文学の世界には批評について「他人の作品をダシに己の夢を語ることだ」という有名な言葉がある。これになぞらえれば、「サラリーマンとは、会社という存在をダシにして、自分の夢を追う人のこと」といえるのではないか。試しに会社で偉くなった人間に訊いてみるといい。きっと「その通りだ」というはずだ。
出世競争は双六、ゲーム感覚でやるに限る出世とは地位や身分が偉くなることではなく「世に出る」ことである―こういった人がいる。アサヒビールの創業者山本為三郎という人だ。世の中には、出世にこだわる人もいれば、「くだらない」と考える人もいる。どう考えるかは個人の自由だが、「世に出る」という意味にとらえれば、出世にこだわることもあながち否定できない。だが、下手に出世にこだわりすぎると、失敗したときショックが大きい。ライバルに負けたからと、仕事がレベルダウンするようでは、組織にとっても当人にとってもマイナスだ。ほどほどにしておく必要がある。一番いいのはゲーム感覚で取り組むことだ。スポーツ競技をやっているつもりでフェアプレーで臨めば、勝っても負けても「恨みっこなし」でいける。また、こういう出世競争なら切磋琢磨できるから、組織にとってもプラスに作用する。終身雇用、年功序列の機能していた時代は、どの企業も出世には一定のルールを設けて組織にマイナスにならないよう配慮をしていた。そもそも「年功序列」という言葉が、組織にマイナスを及ぼさない出世ルールなのである。何年間かを一定の業績で大過なく過ごせば、一定の役職につける。その役職で年月をかけ実績を上げれば、また、その上の役職へ……といったふうに、誰もが「どうすればどこまで出世できるか」がある程度は読めたのが年功序列の時代である。ただ、中には役職に強いこだわりをもつ人間がいて、さまざまな権謀術数を弄して強引に出世を画策するものだから、ライバルも対抗上似たようなことを始める。そこから役職を巡る見苦しい争いが生じる企業も少なくなかった。それが高じれば「お家騒動」となり、企業にとっては大きな損失となる。安定した大企業では、そういう例がよく見られたものだが、現在は実力主義の時代だから、昔ほど出世競争は熾烈ではなくなっている。だが、人間は勝負とか競争が本質的には好きだ。オリンピックやワールドカップにも熱くなる。勝負の好きな人が、人生の勝負として出世競争に参加することは決して悪いことではない。私の感覚では出世競争は双六のようにも思えるが、面白いと思う人は大いにやればいい。ただしフェアプレーが原則だ。それぞれの会社にある出世ルールに従って、フェアな競争をするのは端で見ていても決して悪い気分のものではない。頂上付近の役職を巡った争いになると、泥試合の様相を呈するが、それも人間ドラマの一齣と考えれば、結構楽しめる。一方で中間管理職レベルになると、今は逆に「下手に出世なんかしないほうがいい」という考え方の人も増えてきている。昔は「課長さん」「部長さん」はステータスだったが、今は相場が下落した。責任だけ負わされるからだ。これは好ましい傾向といえる。もう役職にこだわる時代ではないのだ。役職とは組織を運営するためのリーダーシステムであって、本質的には名誉職のようなものだからだ。まして役職や地位を利用して威張ったり部下をいじめるようなのは論外である。遊び心をもって臨めば、「出世してもよし、しなくてもよし」の気持ちになれる。もし出世競争をするなら、そういう気持ちでやってほしい。それならば会社勤めが楽しくなるし、いい仕事ができるようになる。
役に立たないことがどこまでできるか?「いかに役に立たぬといっても、必ず何か一得はあるものだ」勝海舟の言葉である。海舟は明治維新の立役者の一人だが、名うての遊び人でもあった。この言葉には遊び心がのぞいている。遊びというのは、みんなが「遊び」と認めたことだけが遊びなのではない。一見つまらなく思えることにも遊べることがあるし、無駄なことや意味のないことにも、それなりの価値がある。遊び心とは、そういう見方のできる心なのである。たとえば、危険な登山など興味のない人にとっては信じられない愚行に思えるかもしれない。だが、広い意味で「遊び」と考えれば納得がいく。遊びに理由はいらないのだ。何でも合理的に考えていくと、「無駄は省く」のが正しいと思えてくる。だが、無駄がなくなったら、進歩や成長、活力、楽しさからはどんどん離れていく。逆に、無駄の権化みたいなものを慈しみ遊んでいると、思いがけない恩恵を得られることがある。たとえばハルウララの出現がそうだった。あの馬は一度も勝てず、フィーバーするまでに一〇〇敗以上していた。どこから見ても駄馬である。地方競馬だからよかったものの、中央競馬だったら、とっくの昔に消えていてもおかしくない。その一度も勝てない馬が、妹馬、弟馬と対決するというだけで、「ハルウララ・チャレンジカップ」と銘打ったイベントが話題になった。こういう発想は遊び心なくして出てこない。日本人もそういう遊びができるようになったのは喜ばしいことだ。企業はいつも合理性が追求されている。だから何かで役に立たないことをやると排除されることが多い。「稼いでなんぼの世界だぞ!」といわれる。だが、そういう考え方に凝り固まっている企業はこれからジリ貧になっていく。大きな発展は期待できない企業なのだ。また、企業経営者の中には「ムリ、ムダ、ムラをなくせ」と得々と語る人がいるが、これも程度問題だ。経営者からこういう言葉が出るようになったら、守りに入ったと見て間違いない。守りに入った企業は「あと、どれだけもちこたえられるか」だけの話である。ノーベル賞を受賞したエサキダイオードの発明者江崎玲於奈さんは、まだ東京通信工業を名乗っていた草創期のソニーに在籍し、そこで偉業を成し遂げた。当時のソニーのことを江崎さんは「組織された混沌」と評している。一応は会社だから組織されているが、「技術者は自由奔放に仕事を進め、社内は混沌としていた」というのだ。これはソニーにとって当たり前だった。なぜならソニーという会社の創立の目的は次のようなものだったからだ。「会社創立ノ目的一、真面目ナル技術者ノ技能ヲ最高度ニ発揮セシムベキ自由豁達ニシテ愉快ナル理想工場ノ建設」。この文言は「技術者は大いに遊んでください」と、いっているようなものだ。遊び心をもった技術者が大勢集まってきて、思い切り遊んだ結果生まれたのが、数々の画期的な製品だったのだ。あれだけの製品を出したのだから、優秀な技術者の手で、次々製品が生まれたと思うのは間違いだ。まったく役立たずのガラクタの山の中に、いくつかの役立つ製品があったにすぎない。それでも「ソニー」になれたのだ。ソニーの成功は「愉快なる理想工場の建設」にあった。近年のソニーがパッとしないのは、大きくなりすぎて、草創期の遊びの精神が影を潜め、普通の会社になってしまったからだろう。個人も同じである。会社の役に立たない、自分の役に立たない何かに、情熱をもって取り組む姿勢をもつことが大切である。どんなに忙しくてもだ。「そんな気になれないな」と思う人は、守りの姿勢に入っている。守りに入った人に、もう上がり目はない。
仕事は男の中身を作り、遊びは男の行間を広くする面白いアンケート調査結果がある。人気女性誌の編集長に「看板モデルの条件とは何か」と聞いたところ、いろいろな答えの中に一つ共通項があった。それは「私生活こそが重要」という答えだった。圧倒的に外見の美しさに目がいくモデルの仕事も、容姿だけでなく私生活という目に見えない要素が大きく関わっている。豊かで幸せな人生を送っていると、容姿の向こうにそれが透けて見える。容姿の奥にある人間的魅力が看板モデルには必要らしい。しかし人間的魅力が大切なのは、モデルに限ったことではない。男だって仕事ができるだけで十分とはいえない。言葉で簡単に言い表せないような魅力的な部分をもっている人間でないと、決してよい仕事はできないものだ。「四十歳を過ぎたら男は自分の顔に責任をもて」とよくいわれる。だが、この年齢を過ぎた多くの男性は、鏡で自分の顔を眺め「やばいなあ」と思うのではないだろうか。自分で見る限り、少しも責任がもてるような立派な顔をしていないと感じられないか。だが、この点は心配することはない。顔というのは自分で見るのと他人が見るのとでは印象がかなり違うからだ。何かに没頭しているときは、みんないい顔をしているものだ。自分で鏡を見るときは違っているのだ。ただ、逆に人を憎んだり嫉妬したり、よくない心理状態のときは、その表情も必ず顔に出る。普通の人はなかなか気づかないが、観察力の優れた人、修羅場を経験したような人は、すぐにそれを見抜く。誰でも年齢相応の「いい顔」になりたいと思っているだろう。しかし、なかなか思い通りにはなれない。そこで私が勧めたいのは「大いに遊んでみる」ことだ。ここで遊ぶというのは何も「飲む、打つ、買う」のような遊びだけではない。人生のあらゆる営みを遊び心をもって臨むのがいいということだ。もちろん「飲む、打つ、買う」でもいい。若いときからこの三つの遊びに、徹底して励んできた人を私は知っているが、彼は仕事も人並み以上にできるし、なかなかの人格者でもある。そして味のある「いい顔」をしている。ところが、その人から遊びの中身の話を聞くと、信じられないほどくだらないし、低俗もいいところ。軽蔑したくなるような内容なのである。今、目の前にいるその人の言動とどうしても一致しない。だが、その人は確信をもってこういうのだ。「私は遊びから多くのことを学んだ。もし遊んでいなかったら、今の私はない」最近、若者にすごい人気を博している蛯原友里さんというモデルがいる。きわだった美形ではないが、他のモデルにはない、そこはかとない魅力がある。若者の街、渋谷を歩けば、彼女のヘアスタイル、メイク、ファッションを真似た女の子がいっぱいいる。若い女の子たちは彼女の発散する魅力を敏感に感じ取っているのだろう。私も彼女を一目見て好感をもった。そしてすぐに思ったのが「この子はどんな育ち方をしているのかな」ということだった。まもなくその一端がわかった。彼女がインタビューでこう答えていたのを聞いたからだ。「これからお父さん、お母さんに恩返しをしたいと思っています。だって私をここまで育ててくれた親なんですから、恩返しをするのは子として当たり前のことでしょう?」今どきの女の子がいうセリフではない。こういうことがスラスラいえる育ち方をしたことが、他のモデルと一味違う好ましい個性を感じさせ、若い女の子たちに圧倒的にウケているのだ。見えない私生活が容姿や人格形成に関わることは男女とも変わらないが、結果は男女で差があるように思う。男性の場合は、いくら低俗な遊びをしてきても、それらをみんな栄養にして「いい顔」になれる。だが、女性の場合はどうも男のようにはいかないようだ。このことは女性誌の編集長の見方と奇妙に合致する。彼らがいう「看板モデルは私生活が重要」ということは、私生活が荒れてくれば、それが透けて見えてしまうことだ。そうなっては、女性読者対象のモデルには適さなくなるからもう使えない。だが男は違うと思う。どんなに低俗な遊びを繰り返してきても、どんな醜い修羅場を経験しても、そこから何かを学ぶ姿勢さえもっていれば、最終的には男の成長の味方をするのだ。男の遊ぶ才能とは、遊びから何かを学ぶ才能のことといっていいだろう。そのかわり、ただ遊ぶだけで、そこから何も学べないボンクラ男は、どんな女性からも軽蔑されるような情けない男になっていく。だから、男はいい顔になりたかったら、もっと積極的に遊んでみること。そして遊びから学ぶことだ。
作家の永井荷風という人は、一生女に明け暮れた遊び人だ。それも晩年は娼婦ばかりを相手にした。公序良俗派人間からは指弾されて当然の行状だが、忘れてならないのは彼が不朽の文学作品を数多く遺したことだ。彼は遊びに遊んだが、仕事もちゃんとやった。その作品は人間の哀しさ、美しさが行間に滲み出ているような作品ばかりである。彼は行間の作家であり、行間の美を彼は遊びから学んだのだ。文学に限らない。男にとって遊びとは人生の行間を学ぶことなのだ。
接待する立場の人間は「遊び人」になれ会社には接待がつきものだ。昔ほどではなくなったが、取引先などとのスムーズな人間関係づくりに接待は欠かせない。だが、旧態依然とした接待方法から抜け出せないところが多いように思う。どんな会社にも「接待役」をやらされる人間がいるが、そういう人間を接待のプロに育てようという意識が会社にも本人にも希薄なためだ。九州でこんな裁判沙汰があった。教材販売会社に勤務する四十歳の営業部次長Mさんが脳内出血で半身不随になった。当然、会社を辞めることになったが、労災認定は受けられなかった。Mさんはそれを不服として裁判を起こした。Mさんの言い分はこうだ。倒れる直前の数カ月、勤務時間が一日十五時間という日が続いていた。勤務時間後も営業成績の振るわない部下たちを飲み屋に誘って指導し、帰宅時間が連日午前零時を過ぎる日が続いた。また、部下の営業課長が他の部員を多数引きつれて別会社をつくる動きを見せたため、社長の命を受け、引き抜かれそうな部員を個別に飲み屋に誘って説得を続けた。さらに、そのとき辞めていった欠員補充で入社した新人教育も重なり、多忙な毎日を送らねばならなかった―。つまり、売上高の増大や社員引き抜き阻止工作のために、社長の指示で連日部下を誘って飲酒していた生活がたたり、脳内出血で半身不随になったのだから、労災認定をもらって当然、という主張である。結果はどうかというと、「脳内出血は過重労働によるストレスと疲労が原因」と福岡地裁は認めた。Mさんは労災補償が受けられるようになったのである。Mさんの主張は当然だと思うが、酒を飲む以外にコミュニケーション手段はなかったのか。日本では「飲みニケーション」がいまだ有力な接待手段になっている。しかし、Mさんのようなことをやらされたら、接待役はたまらない。命がいくらあっても足りない。同じような危険に晒されている人は全国に大勢いるはずだ。この先もMさんのように過重労働で倒れる人がきっと出てくる。日本企業の接待方法が変わらない限り、同様の悲劇は後を絶たないのではないか。では、どうすればいいか。接待する人間はもっと「遊び人」になる必要があると思う。人とコミュニケーションを図る手段は他にもいっぱいある。それを正しく身につけさせるのだ。特定の人間に接待役をやらせるなら、多様な接待ができる「遊び上手」を会社は自前で育てるべきなのである。そうしなければ会社の品格が問われる。携帯電話やインターネットの普及で、飲みニケーションの機会は全体的に減る傾向にあるといわれる。しかし、お互い直に接触する機会のもつ重みはかえって増している。それだけ洗練された接待が求められるようになってきているのだ。接待といえば「飲む」か「ゴルフ」ではあまりに芸がなさすぎる。社交の伝統が長い欧米では、接待相手をよく調べて個別対応を心がけるという。それが本当の接待というものだろう。この点で日本は諸外国に比べて後れをとっているように思う。以前、業界人が大蔵省(現財務省)のお役人を「ノーパンしゃぶしゃぶ」に接待して問題になったことがあった。これなど限りなく恥ずかしい接待ぶりだ。接待される側も同罪になる。接待とは、本来一つの文化である。日本には立派な接待文化がある。この観点から考えるべきなのだ。根底に接待文化を置いたうえで、具体的な接待作戦を立てる。そして接待役には洗練された人間を起用しなければならない。洗練された人間は必ず「遊び心」をもっているからである。日本がいくら経済的に強くなっても、接待下手ではいつまでたっても尊敬されない。接待は会社や個人の品性が問われる、とても大切な仕事なのである。
「置いていかれる」ことを恐れるな作家の中村うさぎさんが『オヤジどもよ!』(フィールドワイ)というエッセイ本で、こんなことを書いているのが目に留まって、大いに身につまされた。なんでも歯医者の待合室にいるとき、そばに座っていたオヤジの一人が、連れのオヤジにこういったというのだ。「これからの時代はさー、英語とコンピュータだよ。コンピュータできないと、置いてかれちゃうよぉ~」多くの人が他人からいわれたくない言葉がある。「オクれてる」という意味の言葉である。これをいわれると、時代から社会から置いてきぼりを食ったような気がするからだ。私も英語とコンピュータが苦手なほうだから、他人から「置いてかれるよ」などといわれたら「そうだよな」という気が若干はする。だが、同時に「できなくて困ったこと、ほとんどないしな」とも思う。私の場合は「できたら、それに越したことはない」という程度の話だ。だから、今まで英語もコンピュータも熱心に学ぼうとしたことはない。ところが、他人からこういわれると、本気で受けとめてしまう人がいる。「リストラの時代は資格をもつと有利」と聞かされると、すぐ資格取得に走るような人たちだ。英会話教室の繁盛は、こういうタイプの人たちに支えられているといっていい。だが、私が前々から聞いてみたいと思っているのは、巷の英会話教室に通って英語をマスターした人が、一体どれくらいいるかということだ。少なくとも、私の周辺には一人もいない。それでも英会話教室が繁盛しているのは、置いていかれたくない人たちが、「今学んでいるぞ」という安心感を買うために集まってくるからだと思う。こういう傾向は随所に見られる。流行現象に追随する人たちの心理は、ほとんどこれである。だが、中村うさぎさんも指摘していることだが「置いていかれて何なのさ?」という問いを発してみることが大切だと思うのだ。置いていかれることに不安や焦りを感じるのは、「疎外感」から逃れたいからだが、これだけ多様化した世の中では、すべての世の中の動きに対応できる自分などあるはずがない。何かで時代とズレていても、どこかで時代とちゃんと合っているものだ。
進んで「出る杭」になってみよう出る杭は打たれる―という。人に優れ抜きん出ている者は、とかく憎まれ足を引っ張られる。だから「能ある鷹は爪を隠したほうがいい」というわけだ。親とか先輩から、こういう人生訓を教示してもらった人も少なくないと思う。人の生き方は多様だから、そう思って地味に着実に、できるだけ目立たない生き方をするのも悪いことではない。だが、その観念に凝り固まってはいけないと思う。昔は確かに「出る杭」はよく打たれたが、今は出る杭になったほうが生きやすい一面もあるからだ。むしろ出る杭のほうが得することも少なくない。そうした一例を挙げてみよう。『出る杭になる』(築地書館)と、そのものズバリを表題にした単行本を書いた高見裕一さんという人がいる。高見さんは環境問題を扱うNGOに長年取り組んできた人だ。NGOで環境問題をやるということは、産業界や政治の世界からは煙たがられる。この手の市民運動は「出る杭」扱いされて当然だ。だが、高見さんは地球環境問題について「人類全体のサバイバル・テーマ」という観点から、主にリサイクル運動に取り組んできた。ところがである。彼は環境問題に取り組みながら、今度は「エコ・ビジネス」というのを始めたのだ。それも半端なものではなく、本気で儲けるつもりで……。おかげで今度は仲間内から「市民運動にあるまじき振る舞い」と叩かれることになった。つまり、彼はこっちでも出る杭になってしまったのだ。だが、高見さんは動じない。自ら株式会社を組織し、有機野菜の宅配事業を始めたり、公益法人の環境財団を設立したり、多方面の活動を続けている。高見さんはリストラ予備軍のサラリーマンにこう呼びかける。「リストラされたら、自分で事業系NGOを始めたらいい。そこには大変な可能性ある世界が待っていますよ」ゴミ、地球温暖化、環境ホルモン、環境汚染など環境問題の世界に一歩踏み込むと宝の山、というのが高見さんの見方だ。環境問題に関しては、ソ連の崩壊以来、行き場のなくなった左翼勢力が、既存勢力へのアンチテーゼとして飛びついたもの……という見方をする人が少なくない。もうそろそろ、そういう偏見から脱するべきなのだろう。高見さんは「これからの市民運動には経営感覚と経済観念が不可欠」といってはばからない。いまだに判で捺したように護憲だ、基地反対だといっている左翼政党よりも、はるかに進んだ見識をもっている。今は起業の世界では「IT」が脚光を浴びているが、これは大いなる錯覚の結果といえなくもない。ITはツールなのである。ツールにばかり目を向け、IT関連なら将来性があるなどと思うのは間違いだ。環境問題は、これから世界全体の最重要テーマになっていく。アメリカだって自らを「石油中毒」と認め、石油消費を大幅削減しようとしている時代だ。環境問題は決して目新しいテーマではないが、エコ・ビジネスは衣食住に次ぐ第四のビジネステーマと考えていいようだ。環境問題の魅力は、ITなどと違って、特別な能力がなくても、その世界へ入っていけることである。しかもテーマはいくらでもある。そして環境問題に取り組むことは、確実に多くの人々のためになる。今、環境問題ほど、容易に飛び込めて、世のため人のためになり、楽しく取り組めるテーマはないといってもいい。しかも出る杭になることを厭わなければ、ビジネスチャンスは無限大。世の中、まだまだやれることはいっぱいあるのだ。
第二章父として、夫として
遊び上手は家庭も大切にする「あなたは仕事と家庭とどっちが大切なんですか」。家庭持ちのサラリーマンだったら、一度は奥さんからこういうクレームをつけられたことがあるはず。仕事をとるか家庭をとるか、二者択一を迫られたとき、仕事をとるサラリーマンが圧倒的に多いからだ。だが、男は会社と家庭のバランスを上手にとらなければならない。仕事、仕事で家庭をほっぽらかし、あとはすべて奥さん任せというのは、もはや時代後れである。子供の運動会にはパパもちゃんと参加して、ビデオを回すくらいのことはして当然だろう。会社と家庭、あるいは仕事と家庭のバランスをうまくとっている男が、これから遊び上手な男の条件になる。仕事も大切なら、家庭も大切―このバランスをうまくとってこなかった男の家庭が、今、熟年離婚で揉めているのだ。家庭を大切にすることは、奥さんを大切にすることでもある。中高年のサラリーマンと不倫しているある若い独身女性が、「奥さんを大事にしている人でないと、私も大事にしてくれないからイヤ!」といっていたことがあるが、なかなかの名言であり、不倫男にとってはありがたいバランス感覚といえる。修羅場の恋にはならない間柄ともいえる。同じ遊ぶなら、男にも心の余裕、洗練された遊び心をもって遊んでもらいたい。不倫をすると相手にのめり込んで奥さんを邪険に扱う男も、後ろめたさから突然奥さんに優しくなってかえって不審がられる男も、遊び下手の典型だ。まして、奥さんの悪口をいったり、離婚をチラつかせたりして女を口説くのは最低男のすることだ。何事も心の余裕がないと、することがぎこちなくなって、結局、うまくいかなくなる。「世の中には道楽の意味を取り違えている人が多い。女房を泣かせるような女遊び、家庭を崩壊させるような博打は、道楽ではなくただの悪いこと。真の道楽とは、生活や収入の範囲の中で、継続して楽しめる遊びのことだ。だから、遊び上手はカネ勘定も体調管理もきちんとできて、家族も大切にするまじめな人である、というのが僕の持論」作家の浅田次郎さんはこういっているが、私もまったく同じ意見である。世の中には家庭を顧みないで遊ぶ人がよくいるが、そんなのは下の下で、遊ぶ資格すらない。自分が心置きなく遊ぶためには、後顧の憂いをなくしておかなければならない。それをしないで遊ぶのは思いやりの心に欠けている人だ。他人の心が理解できない独り善がりの利己主義者だ。そんなタイプは、よい遊び相手にも恵まれないから、真の遊び上手には決してなれない。
仕事モードを家庭に持ち込むなまじめで仕事のできるお父さん。奥さんもそれを評価しているし、子供たちも尊敬している。こんな家族に囲まれていたら、男たるもの自信をもっておかしくないが、そういう男に限って、奥さんから突然熟年離婚を迫られたりする。テレビで話題になったドラマ「熟年離婚」で渡哲也さんが演じた夫は、まさにそういうタイプの夫だった。決していい加減に生きてこなかった男、妻と家族のために誠心誠意がんばってきた男。人に自慢するほどではないにしろ、「俺って結構がんばってきたよな」とひそかに自分で自分をホメてやりたいと思っている男。そういう男が定年を迎え、これからは妻ともども少し違った第二の人生を始めようとする矢先に「別れてください」と妻からいわれる。「なんで離婚なんだ!」「俺のどこが悪いんだ!」「自分が今まで積み重ねてきた努力は一体何だったのか!」渡哲也さん演じる夫に、自分自身を重ね合わせたサラリーマン男性は少なくなかったと思う。私もサラリーマンを十五年間経験しているから、たいがいのことはわかる。だが私はサラリーマンの何倍もフリーランスな生き方をしてきたから、松坂慶子さん演じる妻の気持ちも理解できるのだ。女というものは、本能的に男に無理な注文をするものなのである。「仕事と家庭とどっちが大切なの?」と問うとき、期待する答えは「家庭」である。では、男が家庭を大事にして、少しくらい仕事をおろそかにしても文句をいわないか?これまたいうのである。二者択一というのは、どちらか一つを選ぶことだが、女は相手に二者択一で迫りながら自分は両方ともほしがるのだ。それがわかっていないと、熟年離婚を迫る妻の気持ちは理解できないだろう。母と娘が楽しげに会話しているところへ、父親がやってきて加わる。とたんに会話がぎくしゃくする。娘がこうつぶやく。「パパといると会議してるみたい」。まじめな男は家庭にも仕事モードを持ち込んでしまうのだ。妻にとって子供たちにとって、家庭はくつろぐところ、楽しいところ、居心地のよいところでなければならない。船でいえば寄港地みたいなものだ。毎日そこへ戻ってきて、夜が明けるとまた各自の人生へ船出していく。妻や子供たちは家庭をそういう場所と心得ているが、まじめな夫であり父親である男性は、とかく家庭を「自分が守るべき陣地」のように感じてしまうのだ。その陣地から男は毎日戦いに出かけていく。男にとって主戦場は、あくまで会社であり仕事なのだ。その結果どうなるかというと、陣地を守るために戦っているつもりが、陣地をほったらかしにしてしまうのだ。意識のうえではほったらかしてはいないのだが、戦いが忙しいから結果的にそうなる。すると妻や子供は「お父さんは家より仕事のほうが大事なんだ」と思うようになる。一方、男は妻子のために働いているのだという意識が強い。この家族との意識のズレに男はなかなか気づかない。だから妻の熟年離婚宣言が驚天動地に感じられる。こういう男たちに欠けているものは何なのか。それは、家庭というものを妻や子供たちの目線で見ないことである。妻や子供たちの目で見直してみれば、自分には家庭で楽しむ意識が希薄すぎることに気づくはずだ。今まで仕事一筋でやってきた人は、今日から「仕事」と「家庭」を同列に扱ってみることだ。仕事に向ける真摯さを家庭にも向けてみるのだ。その際、指標になるのは、妻や家族が喜ぶかどうかである。自分の尺度で測って「喜ぶはずだ」と思ってはならない。独り善がりになってはいけない。本当に家族が喜ぶことをするのだ。たとえば、家族旅行のために接待ゴルフの役目は二回に一回は断る。休日には家族揃って外食をする。年に二回は妻を誘って二泊三日の温泉巡りをする。数年に一度は家族で海外旅行をする……。定年になったら……と思っていることを、現役中から前倒しで実行してみるのである。それで仕事に不都合が出たら「それはそれでいい」と腹をくくる。人は何も働くために生まれてきたわけではないからだ。まして、一つの会社のために自分を捧げる必要など毛頭ない。人生は今を楽しむ以外に楽しむ時はない。老後の心配をするのも結構だが、一体いくつまで生きられると思っているの
か。思い切り老後の準備をして、「さあ、これから」というときに病気で倒れてポックリいったらどうするつもりか。会社の仕事を、今しなければ給料がもらえないように、家庭生活も、今楽しまなければ永遠に楽しむことはできない。人間はホモルーデンス(遊ぶ人)なのである。遊ぶために生まれてきたのだ。仕事が楽しいのなら、仕事で遊んでかまわない。だが、家族を犠牲にして、自分だけ楽しむのは許されない。家族をもったからには、家族全員を楽しませる義務がある。その義務を果たしながら、自分も遊ぶ。それが男の人生なのだ。
料理をすると遊びの本質が理解できる男もすなる日記といふものを女もしてみむとてするなり―歴史上、我が国初の仮名文日記『土佐日記』は、こういう書き出しで始まっている。紀貫之が女性に仮託して日記をつけたのは、当時は仮名文字が女性のものだったからだが、後に漢字仮名交じり文が日本文の主流になったのは、微妙なニュアンスを表現しやすかったからである。日本標準で外国を見ると、欧米先進国はあらゆる意味でキメが粗い。物づくりであれ料理であれそうだ。色彩一つとっても赤には紅、朱などさまざまな色別があり、昆虫の種類にも鈴虫、轡虫など一つひとつ日本語がある。日本の伝統文化が繊細微妙なのは、女文字であった仮名文字を取り入れたことと関係があるのだろう。要するに日本文化は女性文化なのだ。同時に日本文化は遊びの文化でもある。「遊びをせんとや生まれけむ、戯れせんとや生まれけん。遊ぶ子供の声聞けば、我が身さえこそ動がるれ」後白河院撰『梁塵秘抄』のこの言葉は日本文化の特質をよく表している。遊んでいる元気で楽しげな子供たちの声が聞こえると、大人の自分も思わず「ああ、遊びたいな」とわくわくした気持ちにさせられる。こういう経験は誰もがもっていると思う。だが、普段は仕事で忙しいから、遊びたい気持ちを先送りする。定年になったら、好きなことをして遊ぼうと多くの人が思っている。だが、いざ定年を迎えてみると、何をして遊べばいいのかわからない。遊びも一定の修錬が必要だ。仕事一筋できた人間が「今日からは思い切り遊んでもいいですよ」と急にいわれたって、戸惑うのは当然なのである。残念なことは、多くの先輩がそういう経験をしているのに、あとに続く世代も同じ轍を踏もうとしていることだ。この悪循環を断ち切るにはどうしたらいいか。私は家庭で男も家事をやってみるのが一番だと思う。中でも料理が一番のお勧めだ。月に一度でいいから、休日などに一家の夕食を自分で作ってみるといい。それだけの腕がない人は、できるようになるまで自分で練習するなり、奥さんに教えてもらったり、料理教室へ通うのもいいだろう。仕事一筋の人は「とんでもないこと」と思うかもしれないが、遊び心を養うためには料理ほど都合のいいものはない。繊細微妙な細部に気を配らねば、よい料理はできないからだ。遊びに特別な才能はいらない。些事(細かいこと)に強くなればいいだけなのだが、料理でそれを磨けるのである。たとえば、“〝愛ルケ”〟の略称で有名になった渡辺淳一さんの新聞連載小説『愛の流刑地』は男女の営みの微細な部分が、これでもかこれでもかと出てくる。読んでいて「なるほど」と感心させられるが、「女性が趣味」でないと、とうてい気づかない微細さである。遊ぶとは「細部を味わうこと」という意味がよくわかる。遊びが上手になるには、細部を味わう訓練をすればいい。その素材として私が「料理」を勧めるのは、他のものと違って気持ち一つで誰もがやれることだからだ。どこの家にも厨房はある。食事をしない人はいない。しかも料理というのは、一生追究してもきりがないほど奥深く、また文化的な香りも高い。上手になれば、家族や友人たちからも喜ばれる。高齢になって一人暮らしをする際にも役立つ。何一つマイナスはなく、いいことづくめなのである。人生は些事の連続だ。些事をやり過ごしてしまう人もいるが、些事を味わえるようになると、人生の楽しみはぐんと増える。しかも、生涯の伴侶となってくれる。「人生を幸福にするには、日常の些事を愛さなければならない」と芥川龍之介もいっている。遊び心とは些事を愛する心なのだ。
子供に尊敬される遊び人になろう大人の男は遊び心をもて、と私は皆さんにお勧めしているわけだが、遊びの本質をよくわきまえてかからないと、遊びと家庭がなじまない。お父さんが遊ぶようになって家庭がギクシャクするようでは本末転倒である。世の中には私が勧めるまでもなく、大いに遊びまくっている男性諸氏が大勢いる。そういう人の中には、かっこいい遊びを身につけた方もいるが、とんでもないオヤジも混じっている。しかも、最近はトンデモオヤジが増加している。一例を挙げてみる。あるオヤジが年端のいかない少女と援助交際の約束をし、待ち合わせ場所にのこのこ出かけていった。そうしたら、待っていたのは高校に入ったばかりの自分の娘だった、というのである。まったくあきれたオヤジだが、この話には続きがある。なんでも「お母さんにバレないように」と、二人は共同戦線を張ったのだ。こんなオヤジに育てられた娘の行く末が思いやられる。しかし、だからといって、私はお父さんたちに「風俗で絶対遊ぶな」などと野暮なことはいいたくない。大切なことは、どんな遊びをするにしろ、家庭にあって男は父親としての威厳を失ってはならないということだ。そのためにはどうしたらいいか。子供に尊敬されるような遊び方をすることである。理想の遊びのスタイルは、親の遊びの姿勢が、そのまま子供の遊び方の手本になるような遊び方である。子供がどう考えるかは、親がどう考えるかにかかっている。子供がどう行動するかは、親がどう行動するかにかかっている。だから、親は子供の生きた手本でなければならないのだ。こういうと「そんなこと可能でしょうか」という人がきっといると思う。確かに援助交際、風俗通いの父親が、娘や息子に偉そうなことをいっても、子供は聞く耳をもたないだろう。休日といえばパチンコ通いの父親、浮気がバレて揉めている両親、こんな親たちにまともな子供の教育などできない……こう思うのが世の常識だ。だが、私はできると思うのだ。というより、もしできないとしたら、世の大半の父親には子供の家庭教育ができなくなるに違いない。今は一見するとそういう状態になっているが、これは親の行状の問題なのではなく、親の心構えが悪いのである。よく考えてみてほしい。昔は売春が合法化されていた。奥さんは決して喜びはしなかったが、女遊びは男の甲斐性でもあった。妻も浮気をしたし、ギャンブルに狂う夫も、酒に溺れる父親も大勢いた。今も昔も家庭の状況にそんなに差はないのだ。マスコミはいつでも悪い側面だけ取り上げ、新しい傾向のように言い募るが、人間がすることに大した違いのあろうはずがない。にもかかわらず、昔はそこそこできて、今子供の家庭教育がきちんとできない理由は何なのか。親が遊び下手になったからだ。では遊び上手と遊び下手の差はどこにあるか。それは親の態度が毅然としているかどうかにかかっている。たとえば、昔の家庭には、親の領域と子供の領域が厳然としてあった。「この部屋に入ってはいけない」「この引き出しは開けてはいけない」こういうタブーがあった。入っていけない部屋は夫婦の寝室であり、開けてはいけない引き出しには、どんな秘密の品が隠されているかわからなかった。タブーを破ると激しく叱られるから、子供はおおむねそれを守った。そういうしつけが小さいときからされたから、子供は「大きくなるまで触れてはいけない大人の事柄や領域があるんだ」ということを学んでいた。ところが、今は家庭にタブーがない。タブーを設けられないのは親が毅然としていないからである。政治評論家の屋山太郎さんが、ジュネーブで家族と暮らしていたときの体験談の中で、こんなエピソードを語っていた。スイスの学校の成績表は「学業」と「操行」が同じ重みで扱われる。勉強も大切だが、日頃の行ないも同様に大切ということだ。屋山さんの子息の同級生にいたずら少年がいて、ときどき「操行」で落第点を取る。すると家で父親からボコボコにされるのだという。父親は「学業が悪いのは頭が悪いのだから仕方がない。しかし、操行が悪いのはお前が悪い!」といって殴るそうである。これが親のけじめというものだ。しつけ教育はこうでなくてはいけない。この父親だって操行面でパーフェクトであるはずがない。だが、自分のことは棚に上げてどんどん叱っている。私はそれでいいのだと思う。「そんなことは大人になってからやれ。自分で稼ぎもできないガキが大人の真似をするんじゃない!」とどなりつければ
いい。屋山さんは「自分が立派だと思う家風を作れ」といっているが、この意見に私も賛成だ。他人がどう見ようと、父親が自分なりの家風を作ればいいのだ。今の父親はその努力が足りない。
「余裕ができたら……」というのはやめよう余裕がないから遊べない、という人がよくいる。確かにバブル崩壊後は、サラリーマンの生活は厳しくなった。サラリーマンの平均的な小遣いは、一カ月三万~四万円くらいという統計もある。これが本当なら一日一〇〇〇円程度である。その一〇〇〇円も、煙草代、コーヒー代、昼食代込みだから、昼食は弁当を持参し、煙草も喫わない人でないと、一〇〇〇円は小遣いとはいえなくなる。「こんなお金でどう遊べというんですか」といわれれば、「ごもっとも」と答えるほかない。また、男は仕事で忙しいこともある。仕事のできる人ほど、九時五時でまっすぐ帰宅とはいかず、休日も仕事に費やすことが珍しくない。「毎日、忙しくて、忙しくて。とても遊んでいられませんよ」。そういわれれば「そうですよね」と同意せざるを得ない。しかし、本当は違うのだ。「お金がないから遊べない」「時間がないから遊べない」というのは、遊び下手な人か、遊ぶ意欲がもともとない人のセリフなのである。「それでいい」と思っている人にまで遊べというつもりはないが、お金、時間のあるなしにかかわらず、遊ぶ人はちゃんと遊んでいる。遊びにはお金がかかると思っている人は、「お金を使う遊び」しか頭にないからで、それは非常に狭い考え方なのだ。時間がないという人は、「遊ぶにはそれなりの時間が必要だ」という固定観念にとらわれすぎている。遊び心さえあれば、どんな状況でも遊ぶことができるからだ。たとえば、世の中の毎日の動きを眺めることだって、その気になれば遊びになる。政治の世界でも、経済の世界でも、三面記事の世界でも何でもいい。あるアングルから世の中を定点観測してみるのだ。そうすると、人も羨む成功者があっという間に転落してしまったり、謹厳実直な学校の先生が痴漢で捕まったり、難病で苦しむ少女が人々の善意で救われたり……と、世の中ではシェークスピア顔負けの人間ドラマが日々展開されていることがわかる。劇場でお芝居を見るには木戸銭がいるが、世の中をいくら観察してもタダだから、こちらは毎日を普通に生きているだけで、タダのお芝居が楽しめることになる。あるいは何でもゲームにしてしまうのも一つの方法だ。たとえば、上司を競走馬に見立てて、出世レースの予想表を作れば、結構楽しめるのではないか。株式投資だって、お金がなければ「バーチャル」にやってみればいい。架空取り引きなら、いくらでも大胆になれるし、ヤケドの心配は皆無。また実際に買うときの勉強にもなる。美術館や博物館巡りもお金のかからないレジャーだ。知り合いの売れっ子弁護士は、寸暇を惜しんで美術館に通っている。はじめは「一人の孤独な時間をもちたい」と思って行きだしたそうだが、今では大変な絵画通になっている。ここに挙げたような遊びは、お金はほとんどかからない。また、どんなに忙しい身でも可能なものばかりである。要は遊び心の問題。何でも「遊んでやる」「楽しんでやる」という気持ちをもって望めば、生きるすべてを遊びの世界に変えられる。「近年、我が家では『遊べるうちに遊ばな損』が合言葉になっている。老いて健康をそこねたり、足腰が悪くなっては、旅行も駄目になる。だから元気な今のうちに、というわけだ。この合言葉は忠実に守られ、正味、よく遊ぶ」(『ほんとうの時代』二〇〇四年十二月号、PHP研究所)以上は作家の難波利三さんの言葉だ。「遊べるうちに遊ばな損」という遊び観はとても賢明だと思う。まったくその通りなのだ。「遊びたいけどお金がない」「遊びたいけど時間がない」という人は、できることをしないで損ばかりしているのである。その損は「今遊ばなかった損」だけではない。損に損を重ねた結果、大変な利息がついて大損になる。そのいい例が昨今流行りの熟年離婚だ。夫は「定年になったら……」と楽しみを先送りしたつもりでも、妻には通用しない。十五世紀イタリアの政治家マキャベリは、主著『君主論』の中で「恩恵は小出しに、加害は一気に」という名言を残した。この言葉は、一家の主が妻や家族を操縦するうえで、とても参考になると思う。つまり、熟年になって奥さんに見切りをつけられないためには、現役時代からときどき温泉に連れていくとか、結婚記念日には高級レストランでフランス料理を堪能するとか、恩恵を小出しにする必要があるということ。定年後に恩恵を一気に……はダメなのである。
この点、妻のほうがはるかに賢い。定年を見計らっての離婚宣言は、まさに「加害は一気に」に合致するからだ。団塊の世代の第一陣が定年を迎える二〇〇七年には、離婚を求める熟年妻が急増する見通しだが、果たして夫側がどんな対応をするのか興味深いものがある。
妻や家族と遊ぶ人ほどよい仕事人になれる職場ではすこぶる有能で人格者、誰からも慕われ尊敬されているような人が、家庭では妻とうまくいかず、子供の教育でも失敗している―こういう例がよくあるが、一体なぜだろうか。それは、家庭よりも会社、仕事のほうを大事だと思っているからだ。その気持ちはわからないではない。仕事をきちんとするから家族を養える。家庭と会社を考えたとき、「今は会社のほうを優先しなければならない」と思う気持ちはよくわかる。だが、それも程度問題だ。たとえば休暇を取って子供と海へ行く約束をしているところへ、会社から急に用事が舞い込んだとする。そのとき、あなたはどうするか。たぶん仕事を優先するという人が多いと思う。サラリーマンとしては当然な選択だが、それが果たして正しい選択かどうかはなかなか難しい問題なのである。私の意見をいわせてもらえば、会社の仕事もきちんとやり、家庭もうまくいっている人の場合は、子供との約束をキャンセルし、会社の仕事を優先させるのが正しい選択だろう。そして、子供への借りは別の機会にきちんと返す。だが、会社ではやり手で通っていても、家庭経営がうまくいっていないとしたら、その人は家庭のほうに重心をかける必要がある。つまり、子供と海へ行く約束があるなら会社の要請は断って海へ行くことを優先するべきだろう。なぜか。仕事というのは、考えようで実に単純な世界だからである。業界ルールと特有な慣習、世間一般の常識を心得ていれば、機械的に運んでも平均点がもらえるのが通常の仕事である。あとはどれだけミスをせず、飽きないで続けられるかだけだ。ただし、これは平常時の場合である。非常時になると、仕事にプラスアルファが求められるようになる。需要が激減した中で業績をどう維持するか、強力なライバル出現にどう対処するか。そういうときは斬新な発想とか柔軟な対応が必要になる。このプラスアルファがどれだけ出せるかが、その人の有能さの尺度になるわけだが、そうした能力を身につけるためには、機械的な仕事をしているだけではダメなのである。仕事と家庭のバランスのとれている人は、このプラスアルファを出せる人なのだ。なぜかというと、仕事と家庭はしばしば反対のことを要求する。子供と海へ行く約束をしているのに、「会社へ出てきてくれ」というのが典型的な例である。そのときの判断はケース・バイ・ケースだが、そういう立場にありながら、結果的に仕事も家庭もうまくやれている人は、柔軟な発想で対応できているからである。だから仕事と家庭のバランスがとれている人は、子供との約束を反故にして会社へ行ってもいい。だが、仕事と家庭のバランスがとれていない人は、会社の要請を断って子供と海へ行くべきなのだ。そうすることで何かいいことがあるのだろうか。「ある!」と私は思う。家族の信頼を得られるし、遊び心を身につけるよい機会になると思うからだ。仕事と家庭のバランスのとれない人に共通する欠陥は、柔軟性の欠如である。繰り返すが、仕事は一定の法則を身につければ、あとは機械的に進められる。「それでいいや」と一度思ってしまうと、楽だからそこから出ようとしなくなる。ここに可もなし不可もなしの典型的なサラリーマン像ができあがってくる。高度成長期はそういうサラリーマンで溢れていた。彼らは仕事にかこつけて家庭を顧みなかった。本音はそれが一番楽で楽しかったからである。彼らは仕事と称して夜な夜なお酒を飲み、接待ゴルフに明け暮れた。彼らは好景気のもとで、ずいぶん遊んだように見えるが、そのような遊びから学んだものは少なかった。遊びも自前で真剣にやらないと何の役にも立たない。こういう時代に会社の要請を断って、子供と海で遊んでいた人は、目先は何のメリットも得られなかったが、仕事と家庭のバランスを保つことができた。これがやがて大きなメリットになる。バブルが崩壊して実力主義の時代が来ると、斬新な発想や柔軟な対応が求められるようになった。そうなると機械的に仕事をこなしてきた連中は実力不足が露呈して、次々とリストラされる羽目になった。仕事と家庭のバランスがとれている人は、後顧の憂いがないのが余裕になって、会社が求める斬新な発想、柔軟な対応ができたのだ。人間、いざとなったとき、心の余裕のあるのとないのとでは、大きな差が出る。たとえばリストラの瀬戸際にいるとき、家族から「お父さん、がんばってね。いざというときはみんな協力するからね」と妻や子供にいわれるのと、「あなた、家のローンはどうするの!子供の塾代はどうするの!」と責められるのとでは、心理的に雲泥の差がある。
仕事がうまくいっているからと家族に胸を張ってはいけない。それは人生の半分しかうまくいってないからだ。仕事とは別次元で妻や子供ともうまくやる責務が男にはある。それができて初めて仕事で家族に胸が張れる。できなければ、仕事でうまくいくことは、かえって恨みの材料になる。それがわかっていない人が多すぎるような気がする。
「理想のオヤジ」の三点セットとは何か戦後のサラリーマンの多くが、家庭をないがしろにしてきたことは否定できない。むろん悪気があってのことではない。「妻のため、子供のために」と思ってがんばってきたのだ。しかし、その真意は必ずしも家族に伝わらなかった。結果的には、仕事以外のことを奥さんにすべて押しつける形になってしまったからだ。だが、今からでも遅くない。家庭を顧み、奥さんや家族とうまくやる努力をしたほうがいい。そうでないと定年後の人生がつらくなる。しかし、そうはいっても「今さらなあ」と躊躇する人もいると思う。そういう人はどう振る舞えばいいのかわからないのだ。そこで、一つの目安を提示してみようと思う。ここに「理想のオヤジ」像というのがある。エッセイストの中村うさぎさんが作ったものだ。私には「なるほど」と合点がいったので、以下にそれを紹介する。1、媚びない(徒党を組まない)2、愚痴らない(自分を憐れまない)3、エバらない(ただし、いいたいことはハッキリという)この三つをいつも念頭に置いて努力するのだ。「なあんだ。簡単なことじゃないか」と思う人がいるかもしれない。あるいは「自分は普段から、そんなことはしてないぞ」と思う人もいるかもしれない。だが、胸に手を当ててよく考えてみれば、誰もが結構やっていることに気づくはずだ。なぜかというと、会社というところは、媚びて、愚痴って、威張っても通用してしまう世界だからである。媚びたほうがかえって上司のウケがいい。愚痴るのはストレス解消になるから、酒の席ではみんな愚痴をこぼす。上役や会社の悪口は格好の酒の肴になるからだ。また、どんな職場にも威張っている人間はいる。威張る人間と媚びる人間は相性がいいから、ますますエスカレートする。こんなわけで、会社という組織の世界に身を置いていると、理想のオヤジからどんどん離れていくことになる。だからといって「さっそく今日からやってみよう」と、職場でこの三点セットを実行したらどうなるだろうか。根気よく実践して自分の個性にしてしまえば、いつかはかっこいいオヤジになれるかもしれないが、周囲の理解がないと、なかなかできるものではない。職場の壁に貼紙でもして、「みんなで努力しましょう」とやれば別だが、一人で始めたらたちまち浮き上がってしまうだろう。評価を得る前に、職場から去ることになるかもしれない。それでは元も子もない。一つよい方法がある。それは家族を相手にやってみることだ。今は子供に媚びている親が結構いる。甘やかされてダメになる子の親は媚びすぎだから、すぐにやめる。そうすれば親としての威厳が取り戻せるだろう。奥さんに愚痴るのもやめよう。会社でイヤなことがあると、家に帰って奥さんにぐだぐだ愚痴る亭主がよくいる。賢い奥さんは我慢して聞いてくれるが、亭主の株は確実に下落している。やめればきっと株は上がるはずだ。それから、家族に威張る亭主も結構いる。会社で威張られている人ほど、その反動か、家で家族に威張る。その結果、子供たちからかなり反発を買っているはずだ。これもやめれば人気回復につながる。家族から「うちのお父さんって、かっこいいな」と思われることは、すごい自信につながる。その自信は職場でもよい形できっと出てくる。同世代で同じ仕事をしていながら、年齢を加えるに従って、かっこよくなっていく人としょぼくれてくる人がいる。この差は家族の評価の差かもしれない。夫として、父として家族から評価されている人間は、たとえ会社で出世しなくても、毎日気分よく仕事ができる。ストレスにも強い。そういう人は加齢に伴って、いぶし銀の魅力をたたえるようになる。逆に家庭で評価が低いオヤジは、ストレスがたまっているから、会社でも威張ったり、愚痴ったりする。そのせいで人間関係がうまくいかず、ますますイラつくという悪循環に陥る。そういう人はいつまで経っても魅力的な男にはなれない。誰もが歳をとる。歳をとるとは車でいえば古くなっていくことだ。しかし、同じ古い車でもクラシックカーとして評価される車もあれば、単なるくたびれた中古車として誰からも振り向かれない車とがある。同じ古くなるなら、誰だってク
ラシックカーのようになりたいと思うはずだ。その分かれ目は仕事以外の人生をどう過ごすかにある。仕事以外の人生が充実していれば、会社でも媚びたり、愚痴ったり、威張ったりする必要はない。そういう人生を送るカギは、実は身近にあって、それは家族との関係や趣味や道楽などの遊びなのだ。
年間一〇〇万円の遊び資金を捻出せよ人それぞれ立場や収入によって異なるかもしれないが、大ざっぱな言い方をすれば、平均年収程度のサラリーマンであっても、男だったら年間一〇〇万円くらいは、遊びでお金を使う生き方をしたいものだ。遊び金とは、純粋に遊びにかけるお金のこと。飲む、打つ、買うももちろんその中に入るが、昼食代とか交通費など、いわゆる必要経費は外して考えた金額である。早い話が他人から見たら、何の役にも立たない無駄金。そういう無駄金を使えるようでないと、本当の男の遊びをしているとはいえない。しかし七〇〇万円程度の年収で、年間一〇〇万円の遊び金を捻出することは可能だろうか。普通だったら「できない」という結論になってしまうだろう。もし奥さんにそんな話をしたら、一笑に付されるに違いない。だが、その気になればできると私は思う。たとえば自家用車。あなたはそれをフルに活用しているだろうか。都会暮らしだったら、マイカーはたいして稼動していないはずだ。ならばマイカーを売り飛ばす。そうすれば車にかかっていた毎年の税金や保険費用、燃料費、車検代がそっくり浮く。その金額だけでも月に六万円から七万円になるだろう。それを自分の遊び金に回せばいいのだ。この他にも過剰に契約した保険代なども見直せばいい。子供の教育費は外せないように見えるが、無理して私立に行かせようと塾などに通わせているのだとしたら、やめたほうがいい。むろん、これは子供とよく話し合ってのことだが。それから月々の預貯金額も再検討の余地がある。昔は金利が高かったから、預貯金には大きな意味があった。無理してでも月に一〇万円の預貯金をすれば、元本だけで年一二〇万円になる。有利な定期なら金利が七~八パーセントついたから、金利だけで八万~九万円になった。今はゼロに近い。それくらいなら、預貯金額を半分に減らして、その分を株式投資にでも回したほうがいい。株はそのまま遊びにもなるが、うまくいけば何倍、何十倍にもなるから遊び金を捻出する格好の対象にはなる。もちろん、損をすることもあるが、である。まだ給与の低い若いサラリーマンにとっては無理だろうが、ある定度の年齢になれば、年間一〇〇万円くらいの遊び金はなんとか捻出してもらいたいものだ。月額にすれば約八万円である。問題はその一〇〇万円にそれだけの意義や価値があるかだ。これは使う人の心構えにかかっているが、私はあまり意義とか価値を意識しないほうがいいように思う。何の役にも立たない無駄金でいいのだ。今、三十代でバリバリ働いている独身キャリアウーマンは「自分にごほうび」とかいって、たまに一泊五万円もする高級ホテルに泊まってエステをしてもらったり、バレンタインデーも自分のために高額なチョコレートを買ったりしている。自分のための無駄使いなのだ。無駄金をどれだけ使えるかが、その人間の器を決めるともいえる。シャネルブランドを創始したフランスの服飾デザイナー、ココ・シャネルが、男の金の使い方について、こんな粋な言葉を残している。「小銭入れを持っているような男とつきあっちゃダメよ」「お金持ちというのは、どれだけお金を持っているかとは関係ないの。どれだけ使ったかで決まるのよ」けだし名言であると思う。『鬼平犯科帳』はじめ時代小説の傑作を残し、食通にして、絵も描き、旅を愛した一流の趣味人、池波正太郎さんはこういっている。「男の小遣いに余裕がなくなれば、その国の余裕も消える」世界の国の中でダントツに豊かな日本の国民の最大の関心事が「老後の年金問題」という異常さ。これは、人々の心に余裕がないからだ。今、男たちがこぞって遊びに年間一〇〇万円を使うようになったら、景気もよくなり、もっとうるおいのある世の中になるのではないか。
家庭が職場になる時代がやってくるサラリーマンの中には、退社後に酒を飲んだりして、帰宅はいつも午前様というような人がいる。普通だったら奥さんからクレームがついたり、お小遣いの関係から毎日飲めなかったりするものだが、この点では恵まれている人たちである。一流企業に勤務していて、交際費もふんだんに使えるとか、立場上おごられることが多かったりすると、そういうライフスタイルになる。家庭のほうはどうかというと、意外に奥さんに理解があったりする。こういう人はさしずめサラリーマンの勝ち組といえるが、いい気になっていると、とんだしっぺ返しを食うことになるから気をつけたほうがいい。というのは、今、時代は少しずつフリーエージェント社会へと向かっているからだ。アメリカでは、雇われない生き方を選んだフリーエージェントが急増している。ある統計によれば、その数は三三〇〇万人といわれる。アメリカ経済が日本の急成長で落ち目になった一九八〇年代、起死回生の手段として取った政策が特許の拡大とインターネットの普及だった。その頃からフリーエージェントが台頭し、アメリカ経済の復活に大きく寄与した。以来アメリカではフリーエージェントは増える一方なのだ。プロ級の優れた能力をもちながら、どこの会社にも雇われず、請負で一流企業の重要な仕事の一端を担うフリーエージェント。その多くの仕事場は自前のオフィスだが、昔と違ってコンピュータが主体だから、オフィスは自宅兼用の人が多い。今はコンピュータでつながっていれば、たいていの仕事はどこにいてもできる。この傾向が進んでいけば、一流企業のサラリーマンでも、わざわざ満員電車に揉まれて会社に出かける手間を省いて、自宅勤務という形態も増えてくる。フリーエージェントになるにしろ、サラリーマンでいるにしろ、在宅勤務という形態はこれから増えてくるに違いない。そうなったとき、家族との関係がどうなっているかで、仕事に影響が出てくることは否定できない。『フリーエージェント社会の到来』(ダイヤモンド社)という本を書いたジャーナリストのダニエル・ピンクは、ホワイトハウスで副大統領のスピーチライターをしていた人物だが、あまりに多忙で家族が犠牲になっているのが耐えられず、フリーエージェントの道を選択した。いってみれば、収入のよい就職先を蹴って独立したのだ。そうなると、当然収入減につながる。多くの人が「そうしたい」と思っても踏み切れない理由は収入の問題だが、ダニエル・ピンクはこの問題について次のように述べている。「私の場合は、とても理解のある妻がいて、私の生き方を心から支持してくれました。最初は妻の収入が安定していたので、恵まれていたと思います。今は、妻も仕事を辞め、私の仕事を手伝って、リサーチをしたり、文を直したりしてくれます。もちろん給料は払っていますよ。フリーエージェントになる場合、配偶者の理解と支えが最も重要であることは間違いありません。もし、その支えがなければ危険です」では、あなたが在宅勤務で仕事をするようになったとき、あなたはダニエル・ピンクのように家族が大切と素直にいえるだろうか。彼は家族が犠牲になるからと、ホワイトハウス勤めを辞めているのだ。日本もこれからフリーエージェント社会へと変わっていくだろう。そのとき、今のあなたの生き方は、奥さんも含めて家族の協力が得られるものになっているだろうか。
第三章モテる男は身銭を切る
男は「口が固い」のが女にモテる条件よりよく生きるとは、うるおいのある人生を過ごすことだ。カサついた気持ちで、いくら長生きしたって、つらいだけ。面白くもおかしくもない。今、巷では勝ち組、負け組論議が盛んだが、物指しが曲尺ならぬ「カネ尺」だから、どこかカサついた感を免れない。勝ち組はうなるほどお金を持っているが、あまりに現実離れしていて羨望する気にもなれない。「ご勝手にどうぞ」の世界である。男の理想はそんなところにはない。男の理想は、よき妻がいて、温かい家庭があって、なおかつ家庭を破壊しないような恋愛相手のいることだ。それでときどき好きな趣味に打ち込めて、仕事がそこそこうまくいっていれば、もう何もいうことはない。中でも人生のうるおいに関わるのは恋愛である。恋愛は人生のスパイスとして欠かせない。人間は誰かを愛し、誰かから愛されていないと、本当の意味での心の幸せは得られない。まず恋愛と結婚の関係について整理しておきたい。というのは、恋愛というのは結婚するしないにかかわらず、一生ついてまわる感情だからだ。現代では恋愛と結婚は切っても切れない仲にある。戦前は見合いという結婚の形式があったが、戦後は恋愛結婚が主流になった。適齢期を迎えた男女は、それぞれ自分が好きになった相手と結婚するのが理想という考えが広まった結果だ。ただ、最近は職場での恋愛結婚は少なくなってきている。だが、どちらにしても、私は以前からこの恋愛から結婚へという風潮に疑問を感じていた。恋愛の延長線で結婚すると、失敗することが多いからだ。実際に恋愛結婚が増えてから、離婚もウナギ登りに増えた。それを象徴したのが「成田離婚」という言葉である。お互いが好き合って結婚に至り、めでたく結婚式を挙げて成田から新婚旅行に飛び立っていく。一週間後、十日後に成田に帰ってきたときは、もう別れ話が決まっている。これは無理もないのである。恋愛というのは、お互いの緊張関係でもっているところがあるが、結婚するとそれが一挙に緩んで、お互いに本性が出てくる。「そんな人とは思わなかった」。二人とも同じ感情をもって「じゃあ、別れましょう」になるのである。私は恋愛と結婚は別に考えたほうがいいと思う。結婚相手は一緒にいて安心できる人、心休まる人がいい。恋愛と違って駆け引きをしなくてすむからだ。加えて料理が上手で、家庭をしっかり支えてくれればいうことなしだ。だが、一方で駆け引きに明け暮れるような異性の相手もほしいと思う。お互いに恋愛感情をもって接しながら、それぞれの家庭領域には踏み込まない。そういう大人の関係を継続できる恋人の存在も人生には欠かせない。しかし、この問題が難しいのは、男の私はそう望むが、同じ権利を自分の妻が行使するのを容易に是認できないという矛盾を孕んでいることだ。女性の側から見れば、ずいぶん勝手な男の言い分に思われるだろうが、そうなのだから仕方がない。ただ、世の中よくしたもので、夫が外で自分以外の女と恋愛をしていても、妻の座さえ脅かされなければ目をつぶる女性もいる。同時に妻子ある男性と恋愛ゲームを楽しもうとする女性も存在する。だが、結婚しながら恋愛も続行しようと思う男性は、妻選びにも恋人選びにも失敗しない鑑識眼を養う必要がある。そのためには若いときから、観察眼を磨くつもりで女性とつきあい、修羅場を潜り抜ける経験なども積んで、対女性のノウハウを身につける必要がある。私の経験からいえば、男は口の固いのが一番である。不倫関係にある女性に、家庭や妻のことをペラペラしゃべらない。お互いに相手のプライバシーに踏み込まないのがいい関係といえる。また男同士であれ、決して女性関係の秘密は漏らしてはならない。それを守れば、かなりレベルの高い豊かな異性関係を築けるはずだ。
よき女友達をもつのもよいものだ異性の友人をもつことは、いくつになっても必要だ。恋愛関係だと修羅場になることもままあるが、男にとっての女友達というのは、心安らかにつきあえる存在のことである。異性の友人がいないと、一人暮らしのとき、たとえば、たまにはフランス料理を食べに行きたいと思っても、一人ではフレンチレストランには行きにくい。そんなとき、気心の合った異性の友人がいると、心楽しいひとときが過ごせる。異性の友人というのは、原則としてセックス抜きだが、そう厳しく決めつけてつきあう必要はない。男と女なのだから、成りゆき上、そういう関係になっても不思議ではない。ただ、セックスは例外として、予期せぬ出来事ぐらいに位置づけておけばいいのだ。そういう意味でよい異性の友人というのは、古女房に似た存在といえるかもしれない。ただ女房と違うところは、お互い礼節をきちんと保つところにある。男でも女でも、一度関係ができると、急に親しげに振る舞うようになるものだが、異性の友人というのは、もしもそういうことがあっても、次に会ったときは「何事もなかった」ごとくに振る舞えるのが理想である。三島由紀夫は友人関係についてこう語ったことがある。「(男女に限らず)友人関係が親密になってくると、何かの拍子に相手の秘密を握ることがある。かりにそうなったとしても、それ以前と変わらないつきあいのできるのが真に理想の友人関係だ」よき異性の友人とは、このような関係を続けられる人のことである。男というものはときに恋愛問題などで、女房に相談できない悩み事を抱えるときがある。むろん、男友達に相談する手がないわけではないが、男の考えそうなことなら、自分だって察しがつく。だから、そういうときはあまり頼りにならない。それに男に話すと、格好の話材にされそうで、プライドが許さないということもある。そういうとき、異性のよき友人は一番頼れる存在になる。女の視点から参考になる意見をいってくれたりする。男の中には切羽詰まって奥さんに相談してしまう人がいるが、それはやめたほうがいい。奥さんは女の視点というより、まず妻の視点が先に立つからだ。その場はうまく納まったようでも後々まで響く。異性の友人をもつことは、高齢になってからは必須になる。妻に先立たれて一人暮らしになったようなとき、生活や気持ちにうるおいがなくなるからだ。セックスの関係がなくても、たまに会って世間話をするだけでも心が華やぐものである。
恋愛は「他人の女」とするものだ男でも女でも、恋愛を始めると、一番気になるのは「ライバルはいないか」ということだ。過去のことはともかくとして、今は「自分だけ」と思いたい。特に男にはそういう気持ちが強いように思う。男は独占欲が強い。女にも独占欲はあるが、女の独占欲は欲張りの独占欲である。この男を独占したいが、あの男も独占したいのである。男は逆に「この女」しか目に入らない。これはたぶん男の征服欲と関係があるのかもしれない。何かを征服しようと思ったら、当座はそれに意識を集中しなければならないからだ。したがって恋愛でどちらが夢中になるかといえば、それは男のほうである。作家のオスカー・ワイルドはそれを次のように言い表している。「男の人って、一度女を愛したとなると、その女のためなら、何だってしてくださるものでしょ。たった一つしてくださらないもの。それはいつまでも愛し続けるってことよ」まさにその通り。男は目先は特定の女に夢中になるが、手に入れてしまうとその情熱は次第に冷めていく。だが、これは不実とはいえない。もともとよそ見しがちな女とは違って、一時であれ、その女にだけ夢中になって捧げた時間がある男のほうが純情なのである。女にとって男は謎でも何でもないが、男にとって女は謎だ。この謎をかろうじて解いたと思われるのは、イギリスの劇作家、バーナード・ショーの次の言葉だろう。「性的にいうと、女は自然が最高の完成を保全するために工夫したものであり、男は自然の命令をいちばん経済的に果たすために女の工夫したものだ」結局のところ、物事の始まりはすべて「女ありき」なのである。ただ、女の弱みは女が女であるためには、男がいなくては困ること。女に対する男の特性は、すべて女の弱みを補完するためにあるようなものだ。惚れた女にこだわる男の習性は、男の恋愛をひどく不便なものする。「あなただけ」といわれて、そうでなかった現実に何度か遭遇すると、男は消極的にならざるを得ないからだ。だが、臆していては、とても恋愛などできない。男が恋をしたくても躊躇するのは、「苦い思い」をしたくないからである。ここに、そんな思いを振り切るノウハウが一つある。作家の百瀬博教さんが勧めている方法。それが「恋愛は他人の女とするものだ」という割り切りである。これは凡百の恋愛テクニックにまさる「恋愛版コロンブスの卵」といってよいのではないか。「いい女で、ボーイフレンドのいない女はいない。高校生の女の子だろうと、必ず好きな男はいる。その思慕の合間を縫ってそういう人とデートするわけだ。すべての女を他の男に預けているのであって、ひとの女と恋愛するしかないんだよ」これはなかなかの名言だと思う。そうなのだ。そう思えば男は勇気が出る。また、そうやって幅広く女にアプローチするのが、自然が男に与えた役割でもあるのだ。ただ、こちらが思いを寄せても、相手に惚れきった男がいるときは、全然振り向いてくれない。だが、こういうバッティングは現実に多い。そういうときは、どうするか。百瀬さんはこの点についても実にうまいことをいっている。「毒蛇は急がない」確かに恋に燃え上がっているときの女は、他の男を振り向いたりはしない。だが、男のそれと違って、女の場合は束の間なのだ。男とケンカでもすれば気持ちはグラつく。そこを間髪入れずに口説けばいいのだ。その口説き方も、真正面からぐいぐいと攻めるのはよくない。枝折り戸というのは前から押しても開かない。上から手を回して中の閂を外せば簡単に開く。このテクニックを使えばいいと百瀬さんはいっている。和服の女も胸元から手を入れるのは難しい。それより袖口から手を入れたほうが手っとり早く到着するのだ。
モテたければ身銭を切れる男になれモテる男は身銭の切れる男である。IT長者がモテまくっているのも、自分で稼いだ金を使うからだろう。男が地位やお金を求めるのは、権力欲や金銭欲もあるが、もう一つ女性への欲望も入っている。男たちの多くは、地位とお金さえ手に入れれば、女性も自ずと手に入ると思っている節がある。このことは銀座や六本木へ行けばすぐにわかる。地位とお金をちらつかせて、女に迫っている男が無数にいる。しかし、これは浅はかな見方なのだ。表面に現れた現象を鵜呑みにして、女にモテたいために地位やお金を求めるようになったとしたら、それは本当の遊び心の持ち主とはいえない。作家の渡辺淳一さんが雑誌でこんな経験を披露している。「あるクラブで、某会社の役員が女性を口説いているのを、横から何気なく聞いていたが、話すのは、自分がいかに偉いかということと、いかに金を使えるか、といったことばかり。要するに、金と権力だけで口説こうとするのだが、それではあまりに性急でまずすぎる。偉くてお金を使えることは女性も十分知っているのだから、自分がいかに慌てもので馬鹿っぽいか、といったことを喋ったほうが、余程もてると思う」女性が金や権力に無頓着というのではない。むしろ、それに魅かれるのが女性だ。なぜなら、自分を好きになってくれた人間が、偉くて、実力も金もある人間であるほうが、プライドを満足させられるからだ。「お金につられる女、権力に媚びる女なんか……」と批判するのは、地位も権力もなく、おまけにモテない男のひがみ根性で、リアリストの女はそんなことで決してだまされない。しかし、お金にものをいわせたり、権力にものをいわせるのは、男のやり方としてはいかにもダサイ。渡辺さんがいっているのはそういうことだ。使い込みや横領をして、莫大な金を女に貢ぐ男がいる。これは最も効率の悪い口説き方である。そういう男はモテているのではなく、金を運ぶマシンにすぎない。それで関係がもてるのは、金を運んでくるお駄賃のようなものだ。しかし、男がお金や名誉や権力を求める動機は、「女にモテたい」であることは否定できない。ミュージシャンや実業家だけではない。アメリカで前途有望な科学者の卵に「あなたが研究に取り組む動機は何ですか」と聞いたら、答えのベストスリーに「女にモテたい」が入っていたそうだ。これを低レベルのモチベーションと軽蔑することはできない。「たとえ男がどんなに我を忘れて働こうとも、その心の片隅にはいつも女が潜んでいる」(アメリカの作家アサトンの言葉)からだ。ただ、一つ守ったほうがいいことがある。それは身銭を切るということだ。これは戦略的にいっても、そうするべきなのである。たとえば横領してきた一億円と、額に汗して稼いだ一〇万円では重みが全然違う。自分にどれだけの値打ちがあるか測るには、横領の一億円より自ら稼いだ一〇万円のほうが重い。いくら馬鹿な女であっても、それくらいのことはわかるものだ。どんなにお金を使っても、それが会社の経費とわかれば熱もクールダウンする。だから女にモテたいなら、身銭を切るに限る。それがわからないで、お金の多寡で勝負しようと思うから、量の競争になって無理をすることになる。お金のある人が注ぎ込むのはいっこうにかまわないが、ない人間が無理をすると、結果は悲惨なことになる。ケチで自分が使える身銭も切らないタイプは論外だが、お金にものをいわせるタイプの男には、実はこのタイプが多い。自分の金でないから使えるだけの話なのだ。女はそれを本能的に察知する。身銭を切るほうが有利である理由がこれでおわかりだろう。
ちょいワル親父になって青春を二度楽しめ最近流行っているのが「ちょいワルオヤジ」である。女性誌に対抗して生まれた『LEON』『BRIO』といった男性誌の影響だが、考えてみれば昔から「ちょいワル」は男の魅力でもあった。たとえば石原裕次郎がそうだ。湘南生まれのボンボンで背が高くて足が長い。育ちとルックスのよさがウリの土台になっている。だが、それに加えてケンカ好きとか朝からビールを飲むといった世の常識から外れた不良性が人気の源だった。同じような境遇から出てきた加山雄三もスターになったが、裕次郎にかなわなかったのは彼の健全性のためだろう。ボクサーとかヤクザの彼女が、ハッとするような美人であることが多いのも不良性が影響していると思う。世の常識に従えば、人は歳とともに成熟していく。成熟していくとは枯れていくことでもある。「枯れる」のは肉体的に衰えていくことだが、精神的には成熟を意味することが多い。つまり人間は歳をとってきたら、丸くなり、賢くなり、立派になっていく。それが人の行く道と考えられている。だが、長生きできるようになった今日、五十、六十歳で枯れるのを望まれたら、迷惑このうえない話である。それに中高年を過ぎれば実感できると思うが、歳をとったからといって人間は円熟したり枯れたりできるものではない。私は五十の半ばになった頃、自分の気持ちがよくも悪くも三十年以上前の青春真っ盛りの時代とさして変わっていないことに愕然としたことがある。「俺はあまりにも進歩がなさすぎるのではないか」心配になったが、まわりに聞いてみると、同じような感想を抱いている人間が大勢いたのでホッとした。以来今日まで自分の気持ちはたいして変わっていない。このままいけば八十になっても九十になっても、ぼけてしまわない限り同じではないかと思う。長い間、その理由がよくわからなかったが、作家の島田雅彦さんが新聞で次のように書いていたのを読んで合点がいった。「普通は成熟にともない、人間が丸くなり、枯れてゆくことになっているが、それも反逆の青春を過ごした場合に限る。若い頃から保守的で、まじめ一筋だった者は、むしろ老いてから、罪作りなことの一つもしたくなる。なまじ改悛をするくらいなら、不良老人の道を目指したほうがましだ、と私は谷崎などを見て思うのである」島田さんはそういって「不良」を勧めているのだ。最近の「ちょいワルオヤジ」は、こういう考え方をする人が増えてきたことも関係しているのだろう。ところで不良を志したとして、何から始めればよいか。まじめ一筋できた人は、そこで迷うかもしれない。だが下手に考えることはない。日本では男の遊びといえば「飲む、打つ、買う」ということになっている。これをベースに考えればいいのだ。ただ、これは島田さんも指摘していることだが、三つすべてを一度に追求すると、長持ちできない。ここは年の功で熟慮するところだ。ギャンブルへと向かうなら、女は控えたほうが賢明。両方やったら即破滅だ。女に目を向けるなら、お金もかかることだし、ギャンブルは外したほうがいいだろう。酒が好きなら、女が関わってくる可能性が大きいから、やっぱりギャンブルは除外したほうがいい。学生運動とか暴走族とか、青春時代に馬鹿をやった連中というのは、人生後半は意外にまじめに過ごしているもの。だが大半の人はまじめに働いてきた。遊ぶ余裕もろくになかったはず。今それが手に入れられるようになったのだから、これからはちょいワルオヤジになって、もう一度青春をやり直してみようではないか。あとは死ぬだけなのだから、怖いものなんかないはずだ。
「自分スタンダードな男になれ!」社会的な地位があったり、事業で成功したような人の中には、モテたくてモテたくてウズウズしている男がいる。そういう男たちは「自分くらいになればモテないほうがおかしい」と思っている。確かに、立派な地位は立派な業績の見返りであろうし、事業の成功は才覚と努力の賜物だ。そういう勝ち組男を世間が放っておくはずはない。男は賞賛、尊敬し、女は「ステキ!」と群がる。プレスリーやビートルズはいい目を見ている。それには及ばないにしろ「俺だって」というわけだ。その気持ちはわかるし、間違っていない。だが、そう思うことが「モテない」ことにつながっている。そこに気づかないのは残念なことだ。「オヤジギャル」という流行語の生みの親である漫画家の中尊寺ゆつこさんが、こういうオヤジどもに実のある忠告をしてくれていた。そのキーワードは「自分スタンダードな男」ということだ。「逆にダメだなあと思う人は、女の子にモテたがってる人。地位があるからこそ、モテなきゃウソだと焦っていたり。それが見えちゃうと、その人のすばらしい功績が何でもなく見えちゃう。しかも若いころモテなかったのね、とか余計なことまで考えてしまう」「私にとって魅力があると思う人……それはどんな人か。まず自分だけの価値観で動いている人。自分スタンダードな男ということである。自分スタンダードな男はルックスや収入などではなく、独自の魅力的な価値観をもっているということ」彼女の考え方や意見は決して多数派とはいえないが、さすがにオヤジギャルの名付け親だけあって、オヤジの生態をよく見ている。今のオヤジたちの多くは大衆迎合主義に陥っている。マスコミ報道などに影響され、自分の個性も何も考えないで、今風にモテる人間になろうとする。その結果、間が抜けていたり、かえってかっこ悪くなってしまう。それに気づかないのが最大の欠陥なのだ。センスというのは「自分」を離れてはありえない。基本はあくまで自分の個性を土台に、そこから余裕をもって、自分の最良の部分を出すようにすれば、自分スタンダードはできあがる。地位もお金も名誉もない人でも、自分スタンダードな男になれば輝けるのだ。モテるための大原則は「モテようと思わないこと」に尽きる。モテようと意識するから、相手に迎合したり、媚びたりする。自分なりの自然体で接するのが、一番いい。
男は外見を飾るよりも経験値を増やせ男も女もモテようと努力することは、今も昔も変わらない。だが、外面で魅了させるための努力は、ついこの間まで女性の専売特許だった。女の化粧は身だしなみの域を超えて、男に見せるためである。見せてどうなのか、は別として、見られることを意識しない女はいない。それが近頃は男にまで伝染してきた。『LEON』に代表される四十代男性をターゲットにした男性誌の影響が大きいと思うが、男性も化粧をし、女性のように着るものにまで気を配るようになってきた。この傾向を必ずしも悪いとは思わないが、男性誌が指南するイケメン養成講座をまじめに実践するような男には疑問を感じる。ヨン様がいくら女性から騒がれても、ヨン様のヘアスタイルを真似、眼鏡を同じものにすればモテるというものではないからだ。モテる奴は容姿に関係なくモテるし、モテない奴は身なりにいくら大金を注ぎ込んでもモテないのだ。ルックスで勝負できるのは、ルックスのいい人間だけで、そうでない人間は自分のもっている他の要素で勝負しなければならない。そこで私が勧めたいのは、男の経験値を高めることだ。いくら装っても、人間の生きてきた経験というものは隠せない。よくも悪くも経験が醸し出す「何か」が誰にも必ずあり、それは目に見えなくても絶えず放出されているものだ。女はそういうものを敏感に察知する。いくら流行りのファッションに身を包んでも、見る目のある女性にかかったら一発で見抜かれる。また、そこまで敏感でない女性でも、「なぜだかわかんないけど」といいつつ、そういう雰囲気を察知するものだ。だから、もし魅力的な男になりたければ、男を磨くような経験をすることが一番の早道なのである。では、どんな経験が男を磨くか。銀座ホステスの経験がある作家の蝶々さんによれば、それは二つある。一つは「一人暮らし」、もう一つは「海外一人旅」である。蝶々さんは「三十歳を過ぎて、この二つの経験をしてない男は魅力がない」という。これでおわかりのように、男の魅力はルックスやファッションではないのだ。もちろん、ルックスやファッションの価値がゼロというわけではない。その価値が競われるのは、一人暮らしや海外一人旅を経験したうえでの話だ。下手にモテる努力をする暇があったら、一人暮らしを経験してみること。そして海外一人旅をしてみることだ。
言葉の魔力にもっと敏感になれ最近の若い人たちの会話を聞いていると、言葉に色つやがない。無味乾燥で事務的すぎるのだ。言葉というのはTPOが大切だが、それがほとんど意識されていない。携帯電話の普及で、会話の機会が増えたにもかかわらず、これでは日本語の将来が危ういなと心配になってくる。特に恋愛というのは、最も色つやのある会話が交わされて当然だと思うが、ここでも相変わらず無味乾燥なのだ。「今、つきあってる彼氏いるんか?」「いない」「じゃあ、俺とつきあわんか」「いいよ」こんな会話で簡単にひと組のカップルができあがる。しばらくすると、「お前、彼氏いないといったじゃんか」「うん、いった」「ウソじゃんか」「うん」「俺のことどう思ってるんや?」「好きや」「じゃあ、なんで浮気するんや」「……」またしばらくして、「もう別れよう」「なんで?」「だって、お前、もう浮気せんいうたけど、したやんか」「したけど、好きなのはケンや」「俺にはわからん」「なんで?」「俺が好きで、なんであいつと寝るんや」いつまで続けてもきりがないからやめるが、これが若者の恋愛の現場なのである。そこには愛する者同士の幸福感もうるおいも何もない。まったく無味乾燥な会話の連続だ。語彙も貧しければ、言葉の使い方も下手。言葉で自分の気持ちを相手に伝えるという努力がここには微塵も見られない。こんな会話で、男女がくっついたり離れたりしているのは怖いことだ。むろん会話を分析すれば、両者の気持ちは察知できるが、話している当人たちは少しも理解できていない。この会話で最大の特徴は何かというと、言葉を額面通りに受け取りすぎることである。「彼氏がいない」といえば、「いないのだ」と思う。「浮気しない」といえば「もうしない」と思う。今の若者にはこういう傾向がある。一度でも女が「愛している」といえば、男は「愛しているといったじゃないか」と言い続ける。ニュアンスがまるで理解できないこの傾向は、大人にまで及んでいる。「総じて日本の男性は言葉がストレートで、ボキャブラリーが足りなすぎる」作家、渡辺淳一さんの指摘である。渡辺さんによれば、日本の男性は気に入った女性を見ると、すぐ「いい女だねえ」と接近し、「きれいだ」「美しい」を連発するという。確かにそういう傾向はある。渡辺さんは「もう少し、お天気のことや日常の話題から入り、相手をホメるにしても、ストレートに顔にいかず、ネックレスやスカーフ、ヘアスタイル、ファッションをホメながら近づくべきだろう」といっている。
私もそう思う。言葉には魔力がある。何気ないひと言が相手の心をぐっとつかんだり、一気に白けさせたりする。男の中には「そんなまどろっこしいことやってられない。俺はやらせてくれの一本槍だ」という男もいるが、そういう男は渡辺さんがいうような言葉の世界をよく知ったうえで、逆張りをしているのだ。日本には平安時代から「口説」(会話術)の伝統がある。女を口説くには、学問、歌を詠む力、立ち居振る舞いと並んで、口説も身につけなければならない大切な素養だった。先の若者の会話には、口説のカケラすらない。しかし、私は若者を責める気にはなれない。きっと親たちがそのような会話を交わしていたのだ。帰宅した父親が発する言葉。「フロ、メシ、ネル」はその象徴といえるだろう。実りある恋愛をするために、もっと言葉に敏感になろう。その第一歩は言葉を額面通りに受け取らないこと。裏に隠れた意味を察知することである。言葉に敏感になれば、うるおいのある人生になる。ときには詩集なども読んでみるといい。先頃亡くなった茨木のり子さんにも、ズバリ感性を詠んだ「自分の感受性くらい」という詩がある。ご一読をお勧めする。
センスある恋愛観とはこういうものセンスという言葉を辞書でひくと「物事の微妙な感じ、あるいは意味をさとる働き」と出ている(『広辞苑』)。私流にいわせてもらえば「違いを見分ける能力」である。恋愛はこのセンスというものがすごく大切だ。極端な言い方をすれば、こちらのセンスとあちらのセンスのぶつかりあいが恋愛というものだ。もちろん、根底にはお互いが好きという感情がある。好きだと相手のすべてが知りたくなる。それでつきあうわけだが、大人のつきあいは、いきなり子供ライオンのじゃれあいみたいな具合にはいかない。そこに至るまでのプロセスがある。そのプロセスでセンスが問われる。そこで合格点を取った者同士がじゃれあいの世界に入る。しかし、それが終われば、また事後のプロセス、継続のプロセスが大切になってくる。大人の恋愛とは手間隙がかかるのだ。それゆえセンスが問われることになるが、センスにはいろいろな要素が必要になる。それがどんなものか一概には決められないが、一つの目安として、世界で一番洗練されている言語をもつフランスを例に挙げてみる。作家フランソワーズ・サガンが死んだとき、「彼女こそパリ的そのものだった」という論評が新聞に載った。パリ的とは何か?その論評の筆者は次の七つの要素を挙げた。繊細、洗練、優雅、素朴、才気煥発、孤独、諧謔……この要素をサガンはすべて備えており、それはパリそのものだったというのだ。恋愛を高度の遊びと考えるとき、パリ的要素というものは、考慮されてよいのではないか。少なくともセンスある大人同士の恋愛とは、こういう要素が加わった世界で展開されなければ面白くもなんともない。今、日本のマスコミが伝えている著名人の恋愛報道にも、ほとんどこうした要素は加味されていない。誰と誰がくっついたとか離れたとか、お泊まりだとか、豪邸だとか、そんな話ばっかりだ。こういうことになるのはなぜか。私はそもそも恋愛観がおかしいのだと思う。それはどういうことかというと、「誰もが恋愛しなければおかしい」と思っていることだ。男も女も思春期になればセックスの欲望は出てくる。だからカップルになってセックスすることは不思議でも何でもない。だが、そのカップルが即恋愛していると思うのは間違いなのだ。このような指摘をする人は滅多にいないが、珍しくそういう意見に出会った。漫画家のさかもと未明さんが新聞のコラムでこう書いていたのだ。「最近あちこちで『恋はしてないの?寂しくないの?』といわれる。かねてより不思議に思っていたのだが、なぜに巷間ではここまで恋愛を過大視するのであろうか。恋とはもともと、ひとが親を捨て、友人や社会を裏切っても貫きたいと思うような、極めて危険な情熱のことだ。普通に結婚して幸福を得、子供たちが安心して成長できる場を営むためには、本来恋愛などは『できるだけしないほうがよろしい』はずである」彼女自身は目下「恋愛?あほか」だそうである。こういう意見が若い女性から出てくるのは、若者の中にもまともな考えの持ち主がいることの証明でホッとする。ただ、私にいわせれば、世間は恋愛を過大視しているのではなく、恋愛ではない男女の結びつきまで恋愛の範囲に入れてしまっているのだと思う。こういうことになったのは、結婚するには恋愛でなければ時代後れみたいな風潮をつくってしまった戦後社会に責任がある。恋愛はしようと思ってできるものではない。あえていうなら「交通事故のようなもの」(作家高橋源一郎さんの言葉)だ。ただ、遭ってみたいと思う人がこれだけ多い交通事故も他にないのだが……。
本物の恋愛は命がけ、だから美しい妻子がありながら愛人と心中したのが太宰治である。彼は生前にこう書いていた。「愛することは命がけだよ。甘いとは思わない」。その通りになった。本物の恋愛は誰もが憧れるようなものではない。憧れるのは自由だが、本気で惚れてしまったら、相手にもよるが、それこそ命がいくつあっても足りない。そこへいくと、今の若者たちがしている恋愛は、中高年を過ぎた男女がしているのと同じ恋愛もどきである。「何度も恋をしたい」というのは、有り体にいえばセックス相手を見つけたいということだ。セックス相手を見つけることを恋愛と呼んでしまったことに、今の恋愛事情の不幸がある。「二十世紀は恋愛不毛の時代だった。二十一世紀は恋愛の不毛すら話題にしても仕方のない時代である」とは直木賞作家藤田宣永さんの言葉だ。藤田さんによれば、十八世紀、恋愛は結婚という制度とは別の、文化として機能していたが、二十世紀に入ると、もう文学の世界で恋愛を描いても、「現実の世界で、本物の恋愛は不可能と言い続けているに等しい」ことになって、そのまま現在へ至っているという。なぜそんなことになったのか。ひと言でいえば、みんな臆病になったせいらしい。藤田さんはそれを野球にたとえている。野球は打席に立って投手の投げる球を打ち返さなければ何も始まらないのに、空振りするのを怖がり、打席に立とうとしない人が増えている。イチローほどの天才打者でも四割打てないのが野球だが、恋愛では二割打てたら大打者の部類に入る。それくらい成功の確率は低いのだ。それがイヤではじめから勝負を下りてしまっているのが現代人だ、と藤田さんは見る。そんな現状にもかかわらず、わずかではあるが、美しくも悲しい本物の恋愛もないわけではない。たとえば歌手のちあきなおみさんは、最愛の夫郷a治さんを亡くした葬式の席で「私も一緒に焼いて」と叫んだという。普通、当座はそういう行動を取っても、時の経過が悲しみを癒してくれる。彼女の場合はまったくその気配はない。歌手もやめ、人ともつきあわず、亡き夫の墓守りに徹している。彼女の場合、ヒット曲「喝采」の歌詞通りになったことが大きいと思う。今、彼女がステージで「喝采」を歌う姿は想像できない。それはあまりにもリアルすぎるからだ。ちあきなおみさんのご主人との恋は本物の恋だ。だから切なくも美しい。まわりのものを感動させずにおかない。第三者も感動するような恋愛こそ本物の恋愛なのだ。
第四章自分の好奇心に忠実であれ
一人遊びできる趣味を作っておく高齢化社会が進むと、一人暮らしが増える。子供が巣立った後の夫婦二人暮らしが行き着く先は、どちらか一方の一人暮らしだからだ。そうなったとき、趣味があるかないかが大きな比重を占めるようになる。一人でもできる趣味の持ち主は、結構楽しんで生きていける。だが、無趣味な人や他人を介在させないと遊べない趣味の持ち主は、簡単に遊べないから孤独のつらさを味わうことが多くなる。そうならないためには、早い時期から一人でやれる遊びや趣味を作っておくことが大切だ。一人でできる趣味となると、地味系になってくるのは否めない。読書、絵画・美術品鑑賞、映画鑑賞、音楽鑑賞などなど。こういうものに興味をもてない人はうんざりかもしれないが、できるだけ触れるようにしてなじんでおくことだ。団塊の世代が大量定年を迎えることは、近い将来一人暮らしが増えるということだ。二十年後は三世帯に一世帯が一人暮らしになるという統計もある。こういう社会の変化を想定して一人でも遊べる新商品がいろいろ開発されている。中には面白いものもあるから、そういうものに目を向けておくといい。たとえば一人でバンド演奏ができる商品がある。カラオケの発想を借用したもので、リードギターの演奏だけを省いたDVDで、リードギターを自分が弾くと、フルバンドで演奏しているように楽しめるのだ。団塊の世代は若い頃にギターを弾いたり、バンドを組んだ経験の持ち主が結構いるはずだ。今メンバーを集めて演奏を楽しむのは大変だが、DVD一枚あれば一人でも楽しめる。自分の演奏を録音して仲間に配れば、コミュニケーションにも役立つ。最近ローリング・ストーンズが復活ツアーで大人気を博している。日本風にいえば「昔の名前で出ています」だが、日本でも「昭和三十年代のなつかしい生活」が見直されるなど、復古調の風潮が芽生えてきていることは確かだ。自分を振り返ってもいえることだが、今と比べると昔のほうが「一人」でいることが多かった気がする。別に孤独を好んだわけではないが、今ほど通信手段が発達していなかったかせいか、結構一人で過ごす時間が多かった。そういうとき何をしていたかというと、読書をしたり、一人で酒場へ出かけたり、ぼんやりものを考えたりしていた。オタク系の男はプラモデルを作ったり、自分でステレオを組み立てたりして楽しんでいた。一人で過ごした時間は退屈とは正反対で、すごく充実していた感じがする。個人的には料理を趣味にするのもいいと思う。最近は男性向けの料理教室も盛んだから、基礎だけ学んでおくと一人になっても困らない。また、料理の腕を上げると、自然に他人に食べさせたくなる。招待して自慢の腕をふるえばこんなに楽しいことはない。一人遊びなんて寂しいと思う人がいるかもしれないが、そんなことはない。むしろ一人遊びのできる人のほうが、他人との関係もうまく運べると思う。一人遊びには必ず同好の士がいるものだ。たまに同好の士と会って話が盛り上がればなお楽しい。旅も一人旅をする習慣をつけるといい。最近は一人旅の人のためのツアーもあるから、参加して一人旅の楽しみを味わってみることだ。まず国内旅行を体験して、そして海外へも出かければいい。一人旅のよさは「絶対の自由」を満喫できることだ。携帯の電源を切っておけば、こちらからアクションを起こさない限り、完全に一人になれる。人生でそういう時間は滅多に取れなかったはずだ。古人の言葉に「旅は万事を思い知る」というのがある。一人で旅をすると人間的にも成長できる。
趣味は実践しなければ意味がない「私の趣味は○○です」。そういいながら、何年、何十年もその趣味を楽しんでいない人が結構いる。忙しい現代を生きていると「したいな」と思いつつできないことも多い。しかし、長い間やっていない趣味を趣味といえるだろうか。無趣味というのは、無人生といっていいくらい味気ない人生だ。人は何らかの趣味をもっているのが普通である。趣味的なものがまったくない人の日常はうるおいに乏しいものだが、「自分は多趣味」といいながら、実践していない人も無趣味な人と変わるところはない。どんな生き方をしているにせよ、趣味に費やす時間が全然もてないのは、生き方のどこかが間違っている、と私は思う。現実に押し流されているだけで、自分で選びとっていないからだ。趣味というのは実践されなければ、まったく意味がない。仮に「私の趣味は昆虫採集です」というなら、大人になっても、昆虫が身近なものでなければならない。そうでなければ、過去の思い出話である。思い出話で今を飾るのは衰えの証明である。定年過ぎの同窓会で学生時代の話をするのと同じだ。また、趣味を人生の優先順位で二の次、三の次に考える人がよくいる。男はそれではいけないのではないか。仕事も大切、家庭も大切だが、同じくらい趣味も大切にすべきだ。なぜなら男の人生は趣味でまったく別ものに変えることができるからだ。「メンデルの法則」で知られる遺伝の法則を発見したグレゴール・メンデル。彼の本職は聖職者である。聖職者でありながら、修道院の庭でエンドウマメを栽培、遺伝の法則をまとめて学会に論文を提出した。しかし、メンデルの法則の正しさが理解されたのは、ずっと後になってからだった。彼の生前には認められることはなかった。だから、メンデルのやったことは、当時は「物好きな司祭さんの趣味」でしかなかったのである。人名辞典を見ると、メンデルは「植物学者」と出ているが、本人にはたぶんそんな意識はなかったはずである。興味の赴くまま調べていたことが、世の中の誰もが知らないことの発見につながった。こういう例は枚挙にいとまがない。職業的な「仕事」が存在できるのは、社会に貢献する何かしらの価値なり意義があるからだが、人類への貢献度という点ではそれほど大きいものではない。社会の維持には役立っても、発展にはそれほど貢献しないものだ。世の中を大きく変えたり、人々に喜びや感動、便利さを与えてくれたりするものは、趣味の世界から生まれたものが圧倒的に多い。誰も頼まないのに、飛行機づくりに情熱を傾けたライト兄弟がいてくれたから、今日われわれは短時間に飛行機で移動できる。発明を趣味にしたエジソンがいてくれたから、われわれは夜でも明るい世界で暮らせる。個人レベルで考えても、趣味は人生に彩りを添え、生きる喜びを与えてくれる。一流の趣味人として知られた作家の白洲正子さんは趣味についてこう語っている。「五、六十年もやって、やっと骨董にも魂があるってことを知ったの。ずいぶん、いろいろのことを教えてもらった。あたしの欠点も長所も、いかに生くべきかということまで」人生は一人駅伝のようなものだ。就学、恋愛、結婚、仕事、子育て、老後など一生にはいくつもの節目があり、生き方は変化することが多いが、趣味が駅伝のタスキになってくれれば、境遇が変わってもゴールまで幸せに生きられる。生涯通じて実践できる趣味を一つはもっていたいものだ。
趣味は論じるより味わうものだ履歴書には「趣味」を書く欄がある。趣味を知ればどんな人柄かおよその見当がつくからだ。書くほうは、無難な趣味を書く。映画鑑賞、読書、ゴルフ、釣り、ガーデニング、ドライブなどが無難な趣味と思われている。だが、趣味の領域に入るものは、とてつもなく幅広い。極端にいえば、好きで熱心に継続的に取り組めるものは、すべて趣味といってもいい。人に仕えることすら趣味になる。田中角栄の秘書を長年務めた早坂茂三さんの趣味は「田中角栄」だった。高度成長期のサラリーマンの中には「会社が趣味」という人が大勢いた。彼らは会社にすべてを捧げた。当時は会社も見返りをくれた。お互い帳尻が合っていたわけだ。だが、そこまで趣味を拡大してはいけないのではないか。利害がからむのは趣味と呼ばないほうがいい。趣味はあくまで欲得抜きでいくべきだ。株式投資が趣味という人もいるが、リスクが大きいものは、趣味というより「道楽」と位置づけたほうがいい。博打などリスクを取る代わり、儲けも莫大になる。損のほうが圧倒的に多いが、そのぶん快楽的な要素が強い。それだけに一度ハマると抜けられないし、社会の常識をしばしば逸脱する。そうなると趣味の領域で論じるのは難しい。趣味はあくまで社会の常識になじむ世界で行なわれるものだ。趣味で人生を破壊するのは絶対に避けなければならない。その意味で趣味は「ほどほど」の世界にとどまるべきものだ。しかし、だからといって楽しみも「ほどほど」と考えるのは間違いだ。深く関われば、趣味は人に大きな喜びをもたらし、また人を成長させてくれるものである。趣味に興味を示さない人、軽く考えている人は趣味の味わい方が下手なのだと思う。趣味も楽しむには自ずとコツがある。新しい趣味では早い時期に「味わう努力」をすること。すぐ飽きてしまう人は、味わう努力を先にしないからである。たとえば、生け花を始めたとする。お花の真髄は、花の心を知り、花とともに遊ぶことである。作法にばかり意識が向いて、遊び心をおろそかにすると、楽しさがなかなか味わえない。「つまんない」とやめてしまうのはそういう人だ。中には長年やっていながら、少しも楽しんでいない人もいる。せっかくよい趣味に巡り合いながら、それではもったいない。上達なんかしなくていいから、楽しさを味わうことにもっと貪欲になって、大いに楽しむべきものが趣味なのだ。知人に自分流の生け花で注目を集めている女性がいる。家元ではないが、生け花を取り入れたインテリアデザインで、一流企業から依頼がくるほど評価が高い。彼女は他人が生けた花を見てこんなことをいう。「あのお花は悲しくて泣いているわ。あんな生け方をされたら悲しいものね。あのお花は喜んでいる。ほら、ニコニコ笑ってるでしょ」花と一体化しているのだ。彼女が新しいインテリアの分野を切り開くことができたのは、ひとえに花の心を理解できたからだ。趣味も経験や努力が必要だが、味わう気持ちが一番大切なのである。食通とおいしい料理を食べながら、何かとうんちくを傾けられるより、炊きたてのごはんをおいしそうに味わっている人のほうが、見ていても気持ちがいい。映画評論家の淀川長治さんは、映画を女性を愛でるように味わい尽くした人だ。映画評論家は大勢いるが、淀川さんほどわれわれに「思わず観たくなるような解説」をしてくれた人はいない。淀川さんは他の評論家とどこが違っていたのか。映画評論家は講釈を披瀝する人が多いが、淀川さんは講釈抜きで、いきなりクライマックスの高揚したドキドキ感を教えてくれたのだ。これは自分が味わいつくし、隅から隅まで知悉していなければできないこと。趣味はまず味わうのが先決である。
軽いノリで何でもやってみるといい腰の重い人というのは、何をやるのでも「どうしようかな」とか「だって……」とかいっている。断言していいが、そういう人は人生の楽しみを逸する人である。人との出会いがそうであるように、趣味との出会いも運命的なものがある。だが、運命に出会うには、何か行動を起こさなければならない。そのためには機会があったら逃げないで、何でも軽いノリでやってみることだ。ゴルフ好きに囲まれながら、いまだクラブを一回も振ったことのない知人がいる。まわりの人間は彼にゴルフをやらせようと「やる気になったら、いつでもいってくれ。道具一式喜んでプレゼントする」といった。そのときの彼の弁はこうだ。「俺、左利きだからなあ」仲間は重ねてこういった。「かまわない。レフティ用を揃えるよ」結局、いまだにゴルフ用具はプレゼントされていない。腰の重い人間の典型である。この男もなかなかの趣味人で、いろいろな趣味があるから、特にゴルフに食指が動かない気持ちもわからないではない。だがゴルフの楽しみを知っている私などから見ると、せっかくチャンスをもらいながら「なんと、もったいないことを」と思ってしまう。世の中には「食わず嫌い」の人がよくいる。人が「私は○○が嫌いです」とか「興味がありません」というとき、そのことについてよく知っていることは希である。嫌いなものには近づかないのが普通だから、ろくに知らなくて当然だ。だが、遊び心のある人間はそうではない。まず「やってみる」を優先させる。そういう軽いノリを身につけているのだ。軽いノリを会得するにはどうするか。機会があったら何でも一度はアプローチしてみること。たったこれだけのことである。何だかんだと理屈を並べて動かない男より、何にでも「よしっ」と飛び出していく男のほうが、失敗も多いが魅力的だ。「やってみるのは学ぶのに勝っている」という言葉がある。哲学者ヒルティという人の言葉だが、気の進まないことも、始めてみると感興が湧いてくるもの。これがわくわくドキドキ生きるコツでもある。新しい趣味に取り組むとき「軽いノリ」ということを忘れないでおきたい。
いつも「定食」だけでは趣味はつまらない東京の下町。定年退職したご夫婦が、ジャージなどの軽装で背中に小さなリュックをしょって、デジカメ片手に由緒ある街並みを散策する。近頃、こういう光景がよく見られるようになった。実に楽しそうで、微笑ましくもある。また、そういう地域には、テレビ局も来たりして、町の活性化に役立っている。古い商店街の駄菓子屋さんとか、創業何十年の名物コロッケ屋さんなどが、にわかに脚光を浴びることも珍しくない。一方、老舗の蕎麦屋さんでは、一般人を対象に「そば打ち教室」を開いている。これも人気上々だ。受講者には若者もいるが、大半はリタイア組。趣味でそば打ちを学ぼうというわけだ。商売のプロが素人さん相手に教室を開くケースは今後増えてくるだろう。郊外に出ると、ハイキングコースの山には、中高年世代のグループ登山やカップル登山組が増えている。美しい風景が眺められ、適度の運動にもなる登山も、これから増加の一途だろう。一時期めっきり客足の落ちた国内旅行も、中高年世代、リタイア組のおかげで、息を吹き返した。中でもバス旅行はガイドの充実で、なかなかの人気を博している。なんだかんだいいながら、今、日本は高齢化社会への適応の速度を速めている。それはそれで結構なことだが、個人に立ち返ってみると、個々の遊びにどれだけ継続性があるか疑わしい。そば打ち教室を開講している側は、あとからあとから受講者が来るから継続性があるが、習うほうはマスターしてしまえば、その先はないからだ。古い街の散策だって、よほどのこだわり、テーマをもたない限り、いつまでも興味の対象にはならないだろう。今ここで挙げたような遊びは、いってみれば「定食メニュー」だから、こればかり食べていたらいずれ飽きがくる。趣味の概念をもっと広げ、創造的なものにもっていく工夫が必要なのだ。その際のポイントは二つある。一つは定食メニューにトッピングをする方法だ。たとえば温泉旅行なら行き当たりばったりするのではなく、何かテーマを作って出かけていく。四国巡礼も、決められたコースをただ巡るだけではありきたりすぎる。ハイキングコースの登山だったら、たとえば四季折り折りの写真入りの自前カレンダーを作るつもりで、デジカメ片手に毎月出かけていってはどうか。とにかく定食で終わらせないよう努力してみるのだ。そんな一例を挙げてみよう。知人のジャーナリストが芭蕉の『奥のほそ道』をたどる旅をした。ただ足跡をたどるだけではありきたりだが、彼は文献を調べて芭蕉がその地にいた日付に忠実に従った。記録によれば芭蕉は元禄二年三月二十七日、門人曾良とともに江戸深川を出発し、奥州、北陸、美濃、大垣まで行脚している。最終日付は九月六日。彼は芭蕉のたどったところを日付通り旅をしたのだ。芭蕉の句の成立にできるだけ近い体験をすることで、何か新しい発見があるのではないか、というのが彼の狙いだった。フリーのジャーナリストだからできたことだが、リタイア組なら同じことができる。こういうトッピングをすると、定食の趣味もにわかに豪華になる。もう一つは「世のため人のため」を目的にすることだ。そば打ちをマスターしたら老人施設を回って、出来たてのそばをお年寄りに振る舞うとか、考えれば企画はいくらでも出てくると思う。大切なのは自分の楽しみだけで終わらせない気持ちだ。『バカの壁』というベストセラー本で多額の印税が入った解剖学者の養老孟司さんは、自分の趣味である昆虫採集を活かして、昆虫館を建設した。決して大規模なものではないが、自分の趣味だけで完結させない心意気がすばらしい。趣味の世界は人間のよいところを引き出す力がある。それだけでも趣味に打ち込む意義はあるのではないか。
趣味を自分のライフスタイルにするミステリー小説の大御所、内田康夫さんは、趣味がきっかけで作家になってしまった人である。四十代の後半まで広告制作会社の社長をしていた内田さんの趣味は、将棋とミステリー小説を読むことだった。同じ趣味の人の家によく出かけていっては将棋を指し、帰りに友人の書庫からミステリー小説を借りては読んでいた。かねてから日本のミステリー小説に、食い足りなさを感じていた内田さんは、その気持ちを友人に伝えると、あるときこういわれたそうだ。「書けもしないくせに文句いうなよ」この言葉に思わず「俺だって書けるさ。もっといいものが……」といってしまった内田さんは、書かざるを得なくなり、なんとか一編書き上げた。これが意外に好評で作家の道へ……つまり、内田康夫という作家は、趣味の世界から誕生したのである。もう一人ユニークな人を紹介する。東京農業大学応用生物科学部教授の小泉武夫さんである。実家が造り酒屋で、子供の頃から発酵微生物に親しんできた小泉さんは、長じると発酵学、醸造学を学んで大学の先生になった。それだけなら音楽家の家に生まれた子供が、音大の先生になったようなもので、それほどの意外性はない。小泉さんのユニークなところは、大学教授の他に、作家、エッセイスト、発明家、コピーライター、料理人、実業家(造り酒屋の経営者)と何足ものわらじをはき、そのすべてが子供の頃から親しんできた発酵微生物がらみであることだ。小泉さん自身が発酵微生物かと錯覚してしまうほど、この世界に入れ込んでいる。発酵微生物と添い寝をして生きている小泉さんは「発酵の伝導師」と呼ばれ、発酵という化学反応が、いかに人類に貢献し、これからもどれだけ貢献する可能性をもっているかを知ってもらうことを自分の使命にしている。まるで宗教家みたいな生き方だが、見方を変えれば、自分の趣味の世界で生きているともいえる。ときどき「それをするためだけに生まれてきた」ような人が現れる。べーブ・ルースとかモハメド・アリ、長嶋茂雄さんなどもそういう人物といえる。しかし、天才でなくても趣味をライフスタイルにした生き方は誰にもできる。自分の好きなことに、すべてを打ち込んで生きられたとしたら、こんな楽しい人生はない。いつも楽しげに愉快に生きている人は、そういう生き方を選んだ人たちなのである。
常に自分の好奇心に忠実であれ「わたしが一貫してやってきたことは、自分の好奇心に忠実であれ、ということだったと思う。いやなことは長続きしないし、自分がやっていて楽しいと思わないことは何をやっても成果が上がりにくいものである」元祖フリーターともいうべき作家の石川好さんは齢六十を直前に、自分の来し方を振り返ってこう述べている(『ほんとうの時代』二〇〇五年七月号、PHP研究所)。今でこそフリーターは社会現象になるほど大勢増えたが、サラリーマンを目指す人が大半だった昭和四十年代、五十年代をフリーターで生きるのは、勇気のいることだったと思う。石川さんは銀座ホステスのスカウト、参議院議員立候補、市民運動家、シンクタンクの会長、大学の学長など、まったく脈絡のない経歴の持ち主である。まあ、その間、一貫して物書きの生活もしているから、作家、もしくはジャーナリストと呼ぶのが一番ふさわしい。作家、ジャーナリスト、評論家を名乗っていると、世間ではステータスのある職業についている人のように思うかもしれないが、これらの職業は何の実体がなくても、勝手に名乗っていれば、今日からでも通用する安易な世界でもある。真の評価は何をしたか、その実績によるのだ。石川さんの場合は、一九八九年に「大宅壮一ノンフィクション賞」を受賞しているから、れっきとしたジャーナリストだ。それでも石川さん自身は「正体不明の人間と思われているようである」と述べている。自分の好奇心に忠実に、という石川さんのような生き方を、読者はどう思われるだろうか。「うらやましい気もするが、自分にはそこまでの勇気はない」というのが、大方の感想ではないだろうか。石川さん自身も、六十年近く生きてきて「よくもいろいろな国に出かけ、いろいろな職業に従事し、いろいろな人間に出会ったものだと、誇らしくもあり、徒労感もあるという不思議な感覚にとらわれる」と述懐している。経歴の中には公立大学の学長(秋田公立美術工芸短期大学)があり、常識的世間はこの経歴で判断しようとするかもしれない。だが、石川さん自身が「あと一年半の任期を残すのみで、それが終わればまた、自分の経験のない仕事を始めるだろう」といっているくらいだから、経歴としては決定的なものではない。好奇心に忠実というだけで生き抜くことは、現代社会では決して生易しいことではないが、サラリーマンをしながら石川さんの生き方を取り入れれば、結構充実した趣味人生になると思う。以前から私は、仕事以外の肩書の名刺をもつことを提案してきた。好きなこと、興味のあることの肩書をつくり、休日は平日と違った顔をもつことのススメである。日本で最初の実測地図を作る偉業を成し遂げた伊能忠敬という人は、好奇心に忠実に生き、第二の人生で花を咲かせた人だ。彼の人生の大半は養家の家業を盛り立てるために費やされた。だが、以前から興味をもっていた天文地理学を、リタイア後に本格的に学んで、それから日本全国の測量を始めたのだ。石川さんの好奇心は「自分とは何か」という哲学的な方面にあったゆえに、職を転々とするような生き方にならざるを得なかったが、伊能忠敬の好奇心は「西洋天文地理学」とはっきりしていた。ひと口に好奇心といってもいろいろある。たとえばトイレに興味をもって、世界中のトイレ事情を調べ上げ、トイレ文化の本一冊を書き上げた人がいる。コロンブスだって最初は、東の果ての「黄金の国」を見つけて、ひと山当てようとしたのだ。誰もが好奇心をもっている。好奇心には道徳がない。それは人間がもちうる最も魅惑的で刺激的な欲望といってもいい。わくわくドキドキした人生を部分的であれ味わいたいと思う人は、まず自分の好奇心に忠実になってみることだ。
趣味は心の痛み止めになる趣味は楽しくありたい、とは誰もが抱く気持ちだろうが、何でもかんでも楽しければいいというものではない。それを始めると「心が落ち着く」という精神安定剤代わりの趣味を一つはもっておくのがいい。たとえば音楽鑑賞などが適している。音楽が嫌いという人は滅多にいないが、ジャンルが広い世界だけに、人によって聴くものがまったく違う。中には刺激を求めて聴く人もいるが、音楽というのは想像以上に心理に影響を与えるものだ。古代中国では音楽を政治家が統治に利用したくらいである。ヒトラーもワグナーの音楽を大衆操作に利用した。音楽のもつ幅広い効用は、最近クラシックを動物や植物に聴かせて品質の高いものに育てるようになったことからも明らかだろう。映画やドラマから音楽を取り去ったらどうなるか。きっと感動は半減する。逆に女性を口説くとき、自前で演奏家を雇って、傍らで状況に合わせた伴奏音楽を演奏させたら、成功確率は飛躍的に上昇するはずだ。だが、音楽の最大の効用は聴くと癒されることである。また体内の免疫物質を増やして、侵入してきたウイルスなどの病原菌をやっつけてもくれる。クラシックでは特にモーツァルトの音楽が効果があることが科学的に確かめられている。音楽だけではない。最近は絵画を利用して心身を癒す試みも注目されている。「ヒーリングアート」という特殊な絵を利用するのだ。絵画には言葉では表現できないほど多くの情報が詰まっている。壁にどんな絵が飾ってあるかで、人間は無意識でも多大な影響を受けるものらしい。たとえ名画であっても、中身によってはマイナスの影響を及ぼす。ゴッホの絵の中にはかえって沈んだ気分にさせられるものもあるという。絵は表現されているものだけでなく、絵の背後から画家の訴えかける力が放射されているらしい。見るものは、知らずにその影響を受けてしまうのだ。癒されるのに向いた絵と向かない絵があることになるが、ヒーリングアートはそれも考慮しているので心配はないらしい。喫茶店やフィットネスクラブなどが、飾る絵を変えてから客の反応が変わったという事実も報告されている。読書もいい。読書によって癒す療法をビブリオセラピーという。癒しという目的に適うのは時代を超えて読み継がれてきた古典的名著が一番だ。わかりやすく書かれた宗教書や挿話、おとぎ話などもいいかもしれない。匂いを利用する方法もある。匂いとストレスの研究結果によると、ラベンダーは広範囲に効果のある匂いらしい。また、お香を焚くのも一つの方法だ。いろいろな匂いを試して好きな匂いを覚えておくといいだろう。金魚や熱帯魚を飼ったり、植物の世話をしたりするのもいい。ある老人病院で迷い込んだ犬を隠れて飼い始めた患者がいた。衛生上の観点からペットは飼育禁止だったが、思わぬ効果が確認された。トイレに自分で行けない患者さんが、犬見たさに歩き始めたのだ。植物の水やりを痴呆老人に任せたら、著しい改善を見せたという例もある。心を安定させることでよく知られている趣味に「写経」がある。経文を一字一字ゆっくりと書いていくと、立ち騒いでいた心が静まっていくのが実感できるという。「これをすれば気分が落ち着く」という切り札をもっている人は強い。歯痛の心配があるとき、痛み止めをもっているだけで、すごく安心できる。その安心感が歯痛を起こさないこともある。癒される切り札をもつことは、心の痛み止めをもつのと同じ効果があるのだ。
趣味で熱くなるのはみっともない趣味の世界は感性の世界だから、こだわりが出てくるのは避けられない。そこから対立や離反などトラブルが生じることも珍しくない。趣味における見解の相違は、なかなか折り合えないものだ。異見を楽しむ人もいるが、狭量な人同士がぶつかると、お互い自説を曲げないから、しばしば深刻な対立にまで発展する。よく知られた秀吉と利休の茶の湯を巡る対立などが、その典型だろう。たかが茶の湯の話なのに、両者とも一歩も譲らなかったから、利休は死ななければならなくなった。秀吉もこの一件で評判を落とした。どちらも得をしなかった。趣味を巡るいがみ合いなど、実にくだらないことだ。キンキラキンが大好きだった秀吉は、茶室の庭には、花がいっぱい咲いていてほしかった。わびさび派の頭目、利休のほうは「そんなダサイことできるか。一輪あればいい」と考えた。たったこれだけのことで、熱くなるのはちょっと大人げないと思う。どうも趣味の話になると、女性より男性のほうが熱くなりやすい。骨董好きだった文芸評論家の小林秀雄は、ホンモノと信じていた良寛の詩軸がニセモノと知ったとき、日本刀、それも一文字助光という名刀を持ち出してきて縦横十文字に斬って捨てたという話がある。同じ骨董好きでも白洲正子さんのほうは「ホンモノとニセモノは紙一重。好きならばそれでいい」といって、ニセモノの古伊万里の壺を生涯手元において愛し続けたという。趣味人としてはこちらのほうが上等のような気がする。夫婦でも趣味の違いが露呈することがよくある。夫のネクタイの好みを気に入らない妻が、自分の見立てで買ってくる。こういうとき夫は不快感を隠さない。趣味にうるさい男ほどそうだ。自分が否定されたような気がするからだろう。有名人のファッション採点というのがある。芸能人や著名人の服装をサカナにファッション専門家が寸評する。そういう記事が週刊誌などによく載っている。「誰某さんの服装は、これこれの理由で落第点です」。評しているのがプロだから、読むほうは「そういうものかな」と思うしかないが、評された人にとっては、まったく大きなお世話であろう。趣味の世界では個人個人が自分の思い通りにすればいいのだ。マナー違反でない限り、お互い相手のことをとやかくいわないのが礼儀だと思う。奥さんも旦那さんのネクタイが気に入らなくても、自分で買ってくることはない。趣味や好みはある意味で不可侵領域、放っておくのが一番いい。それでも、奥さんがネクタイを買ってきてしまったのなら、旦那さんは「ありがとう」とお礼をいって、たまにはそのネクタイをしてみるくらいの度量がほしい。自分の趣味に合わないものに挑戦することは、新しい世界の発見につながるからだ。私は新しくスーツを買ったときなど、それに合うネクタイをセンスのよさそうな女店員さんに二、三本選んでもらう。そんなとき、自分では決して選ばないようなネクタイが意外に似合っているのに新しい発見をしたりする。出版の世界では「一年に一度くらいは自分の趣味と正反対の企画を立ててみよ」という教えがある。いつも自分好みでは視野が狭くなるからだ。誰もが「俺はそんなことはないよう気をつけている」といいながら、実際には狭くなっているものなのだ。それを打破するには「そんな企画、絶対に売れっこない!」と自信をもっていえるような本を出す逆療法が一番効果的なのである。事実、出版の世界では、誰もが「売れない」と思うような本がしばしばベストセラーになっている。自分のセンス、自分の趣味には誰もが自信をもっている。だが、それはお互い様なのだから、自分と違うものを認める柔軟性は失ってはならない。まして自分の好みにこだわって熱くなるのはみっともないことだ。
天職を見つければ趣味的人生が送れる趣味なんてかったるいことやってられない。自分はこの仕事に命を賭けている、という人もいるだろう。冒険家や画家、作家のようにフリーの職業の人、それから事業家などにそういう人がよくいる。自分の仕事しか頭にない人である。そういう人は「たまには休んだら」といっても聞く耳をもたない。すべてが仕事モードになってしまった人は、そういう生き方をするしかない。仕事を取り上げてしまえば生きる屍になってしまうからだ。もともと好きだった趣味や道楽を仕事にした人たちがほとんどだから、ぶっ倒れるまでとことんやってみるといい。やりすぎて死んでしまっても、「本望だ」と納得できるのなら、他人がとやかくいうことではない。冒険家の植村直己さんもそうだったし、ヨットの堀江謙一さんもそうだ。植村さんは残念ながら亡くなってしまった。でも悔いのない人生だったと思う。堀江さんはヨットで数々の記録を打ち立てたが、いまだに現役を張っている。彼もきっと動けなくなるまでやるに違いない。二〇〇六年に百一歳で亡くなった日本スキー界の草分け、三浦敬三さんも、最後まで現役で滑っていたのだから、仕事が趣味の人といってよいだろう。九十九歳のとき、息子さんの雄一郎さん、孫の豪太さんと親子三代で、欧州アルプスの氷河を滑走した記録は当分破られないのではないか。指揮者の岩城宏之さんも同様である。岩城さんは二〇〇四年の大晦日、上野の東京文化会館で、ベートーベンの交響曲全九曲をひと晩で指揮するという離れ業をやってのけ、話題を集めた。ひと晩で重いベートーベンの交響曲を全曲聴くのも大変だが、指揮するほうは文字通りの命がけだ。岩城さんは過去にガンなど二十数回も手術体験をもっていて、今も決して万全の体調ではないらしいが、作曲家の三枝成章さんから企画を持ち込まれたとき、「途中で心臓が止まったっていい。面白い試みだからやってみよう」と快諾したそうである。本物のマラソンは四二・一九五キロを約二時間半で走り抜く。指揮者は走りはしないものの、身振り手振りで運動量は多い。岩城さんは正味六時間半、指揮棒を振り続けて見事に全曲演奏をやり遂げた。そして二〇〇五年の年末にもまた同じ試みを……まったく超人的な人というほかない。「朝ナマ」で知られるテレビ朝日の討論番組で、長年司会をしている田原総一朗さんも「こうやって司会をしていて死ねたら本望だ」といっていた。仕事中毒の人は手がつけられないが、命がけで楽しんでいるのだと思う。「一体いつ寝るのか」と思う司会業の、みのもんたさんも超人的だ。雪国に生まれ雪に魅せられ、九十五歳で死ぬまで雪国に暮らし、雪の研究を続けた高橋喜平さんという人がいる。肩書は「氷雪研究家」。「雪は天からの贈り物」が持論で雪を愛し続けたが、一方で雪崩の研究で「高橋の一八度の法則」を打ち立てた。一八度未満の角度では雪崩は起きないという法則だ。また、二十歳で郷里から上京以来、生涯新宿に暮らし続け、新宿の町に生きる庶民の姿をカメラに納め続けた渡辺克己さんという写真家がいる。高橋さんにしろ、渡辺さんにしろ、天職として選んだ仕事に殉じたような生き方だ。こういう生き方は趣味的人生といってもよいだろう。戦後の日本はサラリーマン全盛だったが、これからは趣味的な生き方をする人も増えてくると思う。倫理や法律に触れない限り自由に生きられる世の中だからだ。この道ひと筋という職人を目指す若者も増えてくるに違いない。フリーター、ニートの増加は、その過渡的な現象といえるかもしれない。
第五章品格とは美学なり
自分なりの美学をもつことが大切男はある程度の年齢になったら、自分なりの美学をもつべきだ。美学は人生観とも関係してくるが、「絶対にこれだけはやらない」とか、「人が何といおうともこれだけは守る」といったこだわりのことである。日本には「武士は食わねど高楊枝」という強がりの言葉がある。強がりはやせ我慢と同じだが、日本ではそれが美学に通じる。「武士は食わねど……」によく似た言葉が中国にもある。「渇しても盗泉の水は飲まず」という言葉である。盗泉は「盗んだ水」ではなく、山東省泗水県に実際にある泉の名前。孔子はこの泉の水を決して飲まなかったという。「盗む」という文字を拒絶したのだ。これもこだわりの一つである。鋭い感性の持ち主ほど、独特の美学をもっている。どんな美学をもっているかで、その人の感性や品格がわかる。最近、数学者を主人公にした本が、立て続けにベストセラーになっている。『容疑者Xの献身』(東野圭吾著、文藝春秋)、『博士の愛した数式』(小川洋子著、新潮社)の二冊。ともに数学者を主人公にしたという点が珍しい。私は二冊とも読んだが、感動的なすばらしい本だった。両著ともはからずも数学の魅力が語られているが、「数学は美しい」と以前からいわれてきた意味が、何となくわかったような気がする。数学は論理の塊のようだが、実は文学や芸術と同じで、美と感動に裏打ちされた美学の世界なのだ。産経新聞の人気コラム「産経抄」でも書いていたことだが、二人の人気作家が、期せずして数学者を題材に取り上げたのは偶然ではないだろう。「数字といえば金銭勘定のことしか連想しないやからが跋扈するこのごろ、本物の数学と数学者の飾らぬ美しさと品格に思いを致すことには意味がある」(産経抄)。私もそう思う。美学が失われつつあるからこそ、こうしたテーマの本が出現し、それに気づいた人たちから支持を受けているのだ。同じことは『国家の品格』(新潮新書)という本についてもいえることである。この本は一種のエッセイだが、著者の藤原正彦さんもまた数学者であるところが興味深い。藤原さんの主張は「論理を展開するためには、自ら出発点を定めることが必要であり、これを選ぶ能力はその人の情緒にかかっている」というものだ。出発点を誤れば、その後の正しい論理の展開もむなしいものになる。「それは数学にとどまらず、あらゆるものに当てはまる」と藤原さんはいう。たとえば、民主主義や自由主義も出発点に誤りがあると藤原さんは見る。「そもそも人間は平等ではありません。そんなフィクションを前提に論理を展開するのはもうやめたほうがいい。優れた者が劣った者に惻隠の情をもつのは当然という教育をすべきだと、私は考えます。こうした教育によって、日本は孤高の国、品格をもった国家になればいいのです」これが『国家の品格』の著者がいわんとするところだ。私流に解釈すれば「日本人は今こそ日本の美学をもたなければ……」ということだろう。なぜならば、美学とは品性と同義語のようなものだからだ。作家の曽野綾子さんは「死後、何も残さないのが最高」とエッセイで述べていた。これも一つの美学である。自分の生きた痕跡を残さず、きれいさっぱり地上から消えてしまうのはどこかすがすがしい。日本の美的感覚に適う考え方である。もちろん、違った美学もある。生きた痕跡を残そうとする人だ。そういう人は地位や名誉を重んじ、人から後ろ指を指されないよう努力するだろう。できるだけ大勢の人によい記憶が残るよう、よいことをする努力をするだろう。そういう生き方も人々を喜ばせ、人々の役に立つ。少なくとも人の迷惑になることは避けようとするから、品格の高い人生になる。美学を信奉する者は、自ずと正しい方向へと導かれ、品性を高めざるを得ない。これが美学の効用といえる。だが、美学がもたらすものはそれだけではない。その人自身の人生を彩り、大きな喜びや生きがいも与えてくれる。人は美しいと感じるとき、理屈なしに喜びを感じ、満足した気持ちになる。生きていてよかったと思えるのはそういうときだ。そういう生き方をしている限り、人間は気高く生きられるが、困ったことにときどきそれを忘れてしまう。忘れたとき、人はろくでもないことをする。金儲けに走ったり、人を憎んだり、嫉妬したり……人間として好ましくない行動を取ってしまう。そうならないためには、自分なりの美学を持ち続けることだ。美学を持ち続けるのは難しくない。自分の中にある正し
いと思われるこだわりや頑固さを大切にし、ときどきやせ我慢をすればいいのだ。いわば心の中に自分なりの「戒律」を作ればいいのである。
「群れないこと」が自分の美学を貫く前提まもなく大量定年を迎える団塊の世代と、周辺世代を対象に「団塊+楽部」という組織が活動を始めたという記事が新聞に出ていた。中高年世代を支援するNPO法人「新現役ネット」(理事長・岡本行夫氏)が始めたものだ。二〇〇七年から順次、団塊の世代が定年を迎えるのに合わせて、第二の人生を楽しむ方法を学んだり、志を同じくする仲間が集まって「群れて遊ぼう」という趣旨だ。そのキーワードは「原っぱ」。団塊の世代は子供の頃、原っぱでよく遊んだ。そんな原っぱを再現しようという試みである。だが、私はこういうみんな集まってという生き方は、団塊の世代がずっとやってきたことなので、もうそろそろやめたほうがよいのではないかと思っている。いい大人が「仮想原っぱ」で群れて遊んでどうするというのか。いまだに群れなければ遊べないのだろうか。日本は集団主義が得意といわれる。それをいいことのようにとらえている。しかし歴史を振り返ると、集団主義がいつも成功してきたわけではない。集団主義の弊害も随所に見られるのだ。「日本は外圧以外で変われない」のも弊害の一つである。集団主義が見事に成功したのは、戦後の高度経済成長期の一時期だけだったのではないかと私は思っている。そのとき主役を演じたのが団塊の世代。今の日本社会には、その「成功体験」が色濃く残り、守旧勢力になって日本の改革を遅らせている。今必要なのは、むしろ「群れないこと」だろう。人間は基本的に「個人」として存在するのだから、群れないで生きることを早く覚えたほうがいい。そういう視点から見ると、団塊+楽部なるものが企図する「原っぱ」の復元など無用のものだ。同じことはニートや引きこもりにもいえる。自分がダメ人間だと思っている人たちの集まりに「だめ連」というのがある。この組織が発足したとき、リーダー役を引き受けた青年はこんな趣旨のことを述べていた。「世の中には社会についていけない人は必ず、一定数いるものだ。そんな人は家に閉じ籠り、一人で孤独に悩んでいる。取り返しのつかない状況になる前に、ぜひうちに来ていろいろな人と話してほしい」趣旨は立派だが、そういうやり方で、落ちこぼれやダメ人間が立ち直るとは、とても思えない。むしろ「赤信号、みんなで渡れば怖くない」で、ダメぶりを助長するのではないか。人間、群れて考えて、いい知恵など出た試しがない。
「目の前にあるものをすぐ取りに行かない」ついこの間までもてはやされていたホリエモンことライブドアの堀江貴文元社長が「風説の流布」と「偽計取り引き」という証取法違反容疑で逮捕されるや、掌を返したようにマスコミの堀江批判の大合唱が湧き起こったのは壮観だった。いわく「お金で心も買えるなんて嘘だ」「IT業界の革命児なんてとんでもない!」……次々とモラリストや正義派が登場して、まことかまびすしい限り。それはそれとして、ホリエモンの失墜以来、急に拝金主義への批判が高まってきた。私が疑念を感じるのは、「『法律に違反しなければ何をやってもいい』というのはいけない考え方だ」という意見が多いことである。時間外取り引きという奇手でニッポン放送株を大量に手に入れたことや、投資事業組合を活用していたことを、マスコミはあたかも「悪事」のように扱っているが、これらはいずれも合法な行為である。ただ、この投資事業組合がライブドアの隠れみのになっていたことが問題になった。しかし、法律すれすれのグレーゾーンを否定するとしたら、現行のサラ金は存在できなくなる。なぜならサラ金が貸し出す金利は、利息制限法で定められた金利を上回るグレーゾーンが普通だからだ。銀行だってやっていられなくなるだろう。風説の流布や偽計取り引き、粉飾決算、マネーロンダリング、脱税……それらは明らかに違法だから、立証されれば正真正銘の犯罪人である。だが、罪が確定する前から、あそこまで一方的に叩かれたのはなぜか。「ざまあみろ」という意識が大衆の側に相当あって、マスコミも敏感にそれを察知していたからだろう。人間社会は嫉妬と羨望によって成り立っているから無理もないが、決して美しい光景ではない。だが、同じような立場になっても、叩かれない人もいる。無惨に叩かれる人と叩かれない人の差はどこから来るのか。「品性の問題である」と私は思う。ホリエモンには品性に欠けるところがあったのだ。品性に関して、直木賞作家の伊集院静さんが実にいいことをいっている。「私はもうとにかく品性。それを確立させれば、あとは何をしてもいいと思っている。品性って何かっていうと、目の前にあるものを取りに行かないことなんだ。今は物がたくさんあるけど、すぐに手を出すからおかしいことになる」含蓄に富んだよい言葉であると思う。今、世の中全体が品性に欠けてきたのは、「目の前にあるものをすぐに取りに行く」からだ。ホリエモンがまさにそうだった。何でもありの報道をするマスコミも、品性に欠ける点では同じである。「品性さえ確立させれば、あとは何をしてもいい」というのは、一つの美学だと思う。実際に伊集院さんはそういう生き方をしている。結婚していながら、月に三、四日しか家に帰らない。自由奔放な生活をしているのだ。そんな無頼な生活をしている伊集院さんだが、私が一番感心したのは、今の奥さんと結婚したときのことを、彼がこんなふうに語っていたことだ。「私たちは歳をとって結婚したので、彼女に好きなことをしなさいといった。少女時代にしたかったことをすればいいんじゃないか。私のことを面倒見るとか、そんなことは一切しなくていいから、と。それで彼女が選んだのが、大きな草原のそばに、家を建てて犬を飼うことだった」彼は奥さんのこの要望に応え、草原のそばに、家を一軒プレゼントする。なんとも豪勢な話だが、決してお金の余裕があってのことではなかった。なぜ無理してまでそうしたのか。「彼女と結婚したときに、まずいと思った。とてもまじめな人で、あとできっと慰謝料を請求されるような事態になる。それなら先に払っておこう。でも、大金の手持ちはないから家の借金を払うことで、慰謝料の前払いをしておこう、と」伊集院さんは十年かけて家の借金を払い終えた。「やれやれ、もうこれで何をやっても文句はいわせないぞ」と思ったとたん、奥さんからいわれたそうだ。「冬寒くて、犬の散歩ができないから、前の土地を散歩用に買って」。この要望も伊集院さんはOKしたらしい。次は彼の夫婦論。「伴侶っていうのは、二人が崖に立っていて、岩がぐらぐらってきた。どちらかが落ちなければ生き残れないってときに、まあ世話になったな、と思って命を落とせるってことだろうな」これぞ男の美学。自由に遊びたいなら、こうでなければいけない。
男ならもっと顰蹙を買うことを考えよ「かっこいい」といわれたかったら、男はもっと顰蹙を買うべきだ。顰蹙とは「顔をしかめる」あるいは「眉をひそめる」ことである。顰蹙を買うとは、周囲の者にこの種の不快な思いをさせることだ。あまりホメられたことではないが、かっこいい男になる最初の条件は、良識派から顰蹙を買うことなのだ。最近あまり使われなくなったダンディズムという言葉がある。「伊達ごのみ」といった意味だが、歴史を通じてダンディズムは男の生き方の一つの模範だった。それはどんな生き方か。十九世紀フランスの代表的詩人ボードレールに「地獄のドン・ファン」と題された詩がある。死んで地獄行きの舟に乗せられたドン・ファン。舟にはお仲間が大勢いる。この世でデタラメの限りを尽くした悪人ばっかりだ。だが、情けないことに悪人どもは地獄に行くのが怖くて、口々に「ごめんなさい」「イヤだよ」「もうしないから」「助けて」などと泣き叫んでいる。ドン・ファンはというと、舳先にすっくと立ったまま、眉一つ動かさず、じっと前方を凝視している。舟は地獄へ向かってズンズン進んで行く……こういう内容の詩である。まさに男のダンディズムを表現している。かっこいい男とはこのドン・ファンのような男のことをいうのだ。最近「ちょいワルオヤジ」というのが流行っているが、ダンディズムの観点から見るともっと徹底したほうがいい。「ちょいワル」を入り口にするのはいいかもしれないが、外見だけを真似るようで、どこかしみったれている。「生涯不良」を心がけ、結果がどうなっても、あわてず騒がず……それが本当にかっこいい不良というものである。男の心の底にはドン・ファン願望が必ずある。誰だってかっこよく生きたいと思っているからだ。だが「その方法がわからない」という人が多い。仕方がないから、自分がかっこいいと思う人の真似をしているのだ。だが、個性の違いがあるから、その試みはたいてい失敗する。かえって株を下げてしまうことになる。では、どうしたらいいか。良識派の顔をしかめさせ、眉をひそめさせればいいのだ。顰蹙を買えばいいのである。たとえば、ここに超まじめな男と不良っぽい男がいたとする。顰蹙を買うのは文句なく不良っぽい男のほうであろう。だが、どっちが女にモテるか?みんなからかっこいいと思われるか。不良っぽい男のほうであることは間違いない。つまり、女にモテるのも、かっこいいと評価されるのも、物指しになるのは顰蹙度なのである。人の評判を気にするようでは、いい人にはなれても、かっこいい男にはなれない。かっこいい男を目指すなら、進んで顰蹙を買わなければいけない。品性さえ確立させていれば、何をやったって大丈夫だ。仮に良識あるおばさまが「まあ!」と眉をつりあげても、全然気にする必要はない。「ステキ!」と思う女性も必ずいるからだ。ありがたいことに、そういう女性のほうが、眉をつりあげる女性よりも決まって「いい女」なのだ。それに眉をつりあげたおばさまだって、内心では魅かれている。魅かれているから眉をつりあげるのだ。哲学者の中島義道さんの近著は『私の嫌いな10の人びと』(新潮社)だが、彼は「いい人」や「善人」が嫌いだと言い切っている。PTAなどから顰蹙を買いそうだが、彼のような人間こそダンディストなのだ。最近「キモカワ」だとか「コワオモ」といった言い方がよくされる。「気持ち悪いけどかわいい」「怖いけど面白そう」といった矛盾した感情を表現するときに使われる。顰蹙を買うことは、矛盾した強い感情を相手に引き起こさせる。弱い印象より強い印象を与えたほうが絶対に得なのである。
サラリーマンだって漂泊人生を送れる男には、妻も家族も捨て、社会に背を向けて、勝手気ままに放浪漂泊するような人物に憧れる傾向がある。西行、芭蕉、山頭火のような漂泊人生への憧れだ。人の心には、何ものにも縛られず自由に生きたいという気持ちが潜んでいるからだ。では、会社に勤めていたら、そういう人生は不可能なのだろうか。そんなことはないと私は思う。むしろ昔の人に比べたら、現代人のほうがはるかに自由に生きる条件が整えられている。問題はそういう生き方をしようとしないだけだ。そんなことを考えているとき、よいヒントを与えてくれた人がいる。作曲家の小椋佳さんだ。「シクラメンのかほり」などのヒット曲で知られる小椋さんは、銀行マンとの二足のわらじの人だった。サラリーマンから見れば、趣味が副業になり、副業で人気と名声と富を得られたのだから、うらやましい限りに見えることだろう。だが、小椋さん自身の内面は、ずいぶん違ったものであったようだ。大学にいた頃から小椋さんは作詞、作曲を始めていた。学校を出たら音楽芸術の世界へ進みたいと思っていた。だが大きなネックがあった。楽譜も読めず、楽器も弾けなかったのだ。これでは音楽家はやっていけない。それで当時、全盛だったサラリーマンの道を選んだのだ。それも決して腰掛けなどではなく、まじめに取り組むつもりでサラリーマンになったのである。好きな作詞、作曲は趣味の世界になったが、たまたまそれが大当たりした。普通だったら「もう音楽だけで食える」と会社を辞めて当然である。小椋さんは辞めなかった。その理由は小椋さんの言葉に従えば次のようになる。「ぼくは人生のテーマを、幸せをつかむことではなく、何がほんとうかをつかむことに置いていました。それゆえに、芸術家として生きられないのなら、現代の疎外というものの真実を学ぶために、平社員から社長までが個をもてないサラリーマンという職業に身を置いてみようと思ったのです」ここでわかるのは、小椋さんは自身の幸福を求めるのではなく、観察者の目で生きていたということである。そして四十九歳になったとき「見るべきほどのものは見つ」の心境になって会社を退職した。今、小椋さんは、静かに世の中を見つめながら、自分がしたいと思うことを、ゆったりとするような人生を送っている。一流銀行に勤務してヒット曲も飛ばし、しかも定年間際まで会社に籍をおいていた人生は、第三者には「手堅い人生」のように映るが、彼の内心に入り込んでみると、観察者という点では芭蕉や西行などと相通じるものがある。西行、芭蕉らが詠み続けた歌に匹敵するのが、小椋さんにとっては作詞、作曲だったのだ。小椋さんのような観察者の生き方は、しようと思えば誰にでもできる。今の時代は少し考え方を変えれば、誰もが昔の王侯貴族のような立場だからだ。食うのも住むのも着るのにも困らない。行く気になれば世界の果てまで行けるし、世界中の人々と瞬時にコミュニケーションも取れる。これが王侯貴族の生活でなくて何であろうか。生きたいように生きられるのが王様だとしたら、私たちだってそれくらいはできる。にもかかわらずそうしないのは、恵まれた身分であることに気づいていないからである。漂泊放浪の人生とは、問いを発して観察する人生だ。生きるとは何か、自分とは何かを問い続け観察すること。そういう人生を送るには昔は出家でもしなければ不可能だった。今はそんなことはない。西行、芭蕉、山頭火の生き方の外見にだまされてはいけない。内面をたどれば、私たちも同じことができる。小椋さんがそのよい例である。
勝ち組、負け組論争が見逃しているものついこの間まで、日本人は「一億総中流意識」をもっていた。前も後ろも左も右も、似たような意識と生活レベル。その風景を見て国民は安心をしていた。だが、近頃は格差が目立ち始め、下層階級まで現れ始めた。「これは問題だぞ!」。こんな意見が多くなっている。本当だろうか。私にはとてもそんなふうには見えない。まず「一億総中流」というのが嘘八百だ。人間社会は今も昔もピンキリの世界。言葉を正しく用いれば、国民のほとんどが中流の社会なんてあるはずがない。ただ昔よりは全体に底上げしただけ。格差ははじめからあるのだ。なるほど近年、IT長者や株長者が多数出現した。だが昔はいなかったのか。そんなはずがないではないか。マスコミに出る頻度が増えただけだ。話題になるから、一部の人たちが何か「おいてけぼりをくった」と感じるようになっただけの話である。勝ち組、負け組の話もそうだ。この話には二つの大きな流れがある。「これからは勝ち組と負け組に分かれる。負けないようにがんばれ」というのと、「勝った人間だけがいい目を見るのは不公平だから、負けた人間の面倒をちゃんと見ろ」という話である。前者の議論が貧相極まりないのは、勝った負けたの尺度が「お金」だけの話になっている点である。すでに受験戦争でも同じことがあった。勉強ができて一流学校に入れた人間が勝ち組、あとは負け組という区分けである。だが、社会に出ると、学歴の勝ち組だけがいい目を見るわけではない。学はあってもバカはバカなのだ。それがわかって学歴偏重の傾向は薄れてきた。お金の勝ち組、負け組も、所詮は麻雀の勝ち負けのようなもの。いいときもあれば悪いときもあるのだから、気にすることはない。もう一つの勝ち負けの話で見当外れなのは、「勝ち組がいい目を……」という前提である。IT起業で成功してヒルズ族になれば、ピカピカの勝ち組だが、みんながうらやましがると思ったら大間違い。今は年収三〇〇万円の階層が、自分の境遇に結構満足して生きているからだ。最近「ALWAYS三丁目の夕日」という映画が話題になった。高度成長前の昭和三十年代の生活ぶりが「居心地がいい」と見直されるきっかけになった映画だ。この映画のヒットからもわかるように、時代は拝金主義を脱しようとしている。不便な生活も困るが、過剰に豊かな生活を求めない。家庭でいえば「冷蔵庫と電気洗濯機とテレビ、電気掃除機はすでにあって、携帯電話やパソコン、さらにDVDレコーダーなどもある程度の生活水準」、それで十分という風潮が出てきている。そういう人たちは「勝ち組ばかりがいい目を……」なんて思っていないのだ。そちらにこだわりをもつ人には、負けおしみのように映るかもしれないが、「洗練された貧乏への憧憬」は確実に台頭してきている。お金よりも人間としての品格や遊び心を大切にしようという考え方の人たちである。「もともと文化を高度に発達させた人間の欲望の形は、そう単純に割り切れるものではない。社会の誰もが金儲けに走るような欲望のモノカルチャーほど、文化を貧困にすることはない。金で買えない快楽こそが真実や美へと人類を導くインスピレーションを与えてきたのである」気鋭の脳科学者として注目されている茂木健一郎さんはこういっている。この見方は正しいと思う。お金を儲けたい人は、がんばって大いに儲ければいい。「大学なんかさっさと中退して起業しよう」という考えもあるだろう。だが、茂木さんも指摘しているように、誰もが金儲けに走るのはちょっと困る。今の社会体制で一番大切な多様性が損なわれるからだ。それさえなければ、誰がどんな生き方をしてもいい。日本人はそういう生き方をずっとしてきている。日本人の魂は今も昔もそう変わっていない。にもかかわらず「今にも日本が破滅する」ような否定的な論調が多いのは「一億総中流」というフィクションを前提にすべてを見ているからだ。ただ、実体がないのにマスコミが言い続けたため「そうなのかな」と思ってしまった人々がいたのは事実だ。今、この間違いをしっかりと正すことが大切だ。そうすれば日本という国が、そんなにダメな国でないことがよく理解できるだろう。世界でトップクラスの経済大国、平和を愛する国民がいて、自由が保証され、国民皆保険があり、年金、介護制度も整っている。文句をいえばキリないが、一国の国民が飢えずに暮らせる国は、日本を含め世界に十数カ国しかない。この現
実を正しく受けとめるべきで、批判のための批判は正しくないだけでなく国民を誤らせる。夫と子供のため早起きして「大根の味噌汁を作る」母親がいる。「私は介護士を目指す」と大学受験をやめ専門学校に切り替える高校生の娘がいる。「絶対サッカー選手になる」と毎日汗みどろに練習に打ち込む中学生がいる。こういう多様性の現実はちゃんとある。ただ、マスコミがあまりに一面的な報道ばかりするから誤解する人が多いのだ。このままでは、せっかくの多様性の芽をつむ恐れすらある。惑わされてはいけない。よくよく気をつける必要があるのではないか。
「人生で一番大切なものは潔さですね」最近のマラソン選手は、大きなレースになるとペースメーカーをよく起用する。私はこれが釈然としない。記録を出すためには好都合らしいが、マラソンという競技は孤独に走ってこそ記録にも値打ちがあるのではないか。『長距離走者の孤独』という本もあった。ペースメーカーの先導で走って出すような記録は、本当にその選手自身の記録といってよいのか疑問が残る。フェアプレー精神が求められるスポーツ競技で、こういうことが公然と行なわれるのは、決してよいことではないと思う。世の中が多様化してくると、いろいろな価値観が併存するようになる。自分と正反対の価値観も認めなければ生きていけない。考えに柔軟性が必要になってくる。ここまではいいのだが、一歩間違うと世の中全体がおかしな方向へ進みかねない。なぜなら、声の大きいほうがどうしても強くなるからだ。今はそういう危険性が出てきている。たとえばオリンピックがそうだ。メダルを取ったか取らないかで、選手の待遇には天地の差が出る。メダルを取れば英雄扱いされ、収入も大幅に増えるが、敗退した選手は忘れ去られる。だから出場する選手はメダルがほしいと切実に思う。その結果、薬物を使ってでも……という選手が出てくることになる。オリンピック選手の成績の差など、もともと紙一重なものだ。出られるだけでもすごいのがオリンピックなのに、今そういう価値観は見捨てられようとしている。参加することに意義を認めたクーベルタン男爵も草葉の陰で泣いているに違いない。「勝ち負けにも順序がある」といった人がいる。事業家の松永安左ヱ門さんである。彼はこういっているのだ。「カチマケというものは、上手に勝てればそれに越したことはないが、上手に勝てなければ、むしろ上手に負けるほうがよい。カチマケに順序をつけてみるなら、第一が上手に勝つ、次が上手に負ける、へたに負けるのも仕方がないが、一番つまらぬのがへたに勝つことだと思う」(『ビジネス成功303言』成功哲学研究所編、主婦の友社)この考え方でいえば、ペースメーカーを起用して走るマラソン選手は、一番悪い勝ち方を目指しているようなものだと私には思える。同じようなことは、他でも随所に見られる。なぜ、そんなに勝ちにこだわるのか。日本には敗者の美学というものがある。勝つのもいいが、負けることにも一定の価値を見出してきた。『平家物語』などは、そうした日本人の心をよく表している。なぜ負けても価値があるのか。勝敗には時の運もあるからだ。勝負では強い者や正しい者が常に勝つとは限らない。「勝って当然」なのに負けることもある。そういう敗者もちゃんと認めてやろうという気持ちが日本人には強いのだ。日本人の美学でもある。週刊誌の記者が女優の高峰秀子さんに「人生で一番大切なものは何ですか」と尋ねたら「潔さですね」と答えたという話がある。高峰秀子さんは日本人の心をしっかりと持ち続けている人である。戦争が終わって日本の負けが決まったとき、多くの人が「間違った戦争だった」と言い出した。それまで戦争に賛成し、協力してきた人間までもが「本当は反対だった」「負けると思っていた」「負けてよかった」などと言い出した。そのとき文芸評論家の小林秀雄は「僕は無知だから反省などしない。利口な奴はたんと反省してみるがいいじゃないか」と言い放った。これも潔い態度だ。何事にでも、たとえ内心で「まずかったな」と思っても、言い訳や弁解を一切しない。人間の生き方としては、こちらのほうがはるかに美しく上等のような気がする。
伝統が培ってきた美意識が日本を救う時が経てば忘れられてしまうかもしれないが、マンションの耐震偽装は、マスコミで報じられている以上に、根本的な問題を含んでいると思う。大げさにいえば、日本という国の根幹を揺るがす大問題ではないだろうか。なぜかというと、国のお墨付きをもらった一級建築士自らが、震度五程度で崩壊してしまうマンションの建築に手を貸したからだ。それだけではない。壊れるかもしれないとわかっていて建築し、それをまた販売する男たちがいた。これをやられたら、国民は何を信用したらいいかわからなくなる。警察官が泥棒を捕まえられないとか、逃がしてしまうまではいい。自ら泥棒の手先になられたらどうすればいいか。耐震偽装はそれをやられたようなものだ。こうした兆候は以前からあった。学校の先生が教え子に痴漢行為をしたり、セックスしたりするケースがそうだ。子供を教え導く立場の人間が、教えに背く行為をする。先生がやるのだから、変質者連中がいい気になっても当然だ。なぜ、こんなことになったのか。エリートといわれる人々の責任が大きいと思う。どんな世界にもその道のエリートが存在する。また、社会全体から見れば、官僚や医者、弁護士、先生などもエリート職業だ。エリートになれば、畏怖尊敬され、いい目にもあえる。なぜかといえば、それに見合う立派な働きをしてくれると思うからだ。以前は、エリートにはその自覚があった。自覚したうえで威張っていた。だから庶民は彼らを認めたのだ。今はただ威張っていい目にあいたがるだけで、肝心の責務を十分に果たさない。それどころか特権を悪用して、悪いことをする。耐震偽装の一件はエリートの堕落が極限まで達したことを示している。こういう問題をどう解決したらいいか。個々にいろいろなことがいわれているが、システムを変えるとか監視を厳しくするというのは、一定の効果はあるだろうが、根本的な解決策にはならないと思う。では、根本的な解決策とは何か。人間としての誇りを復活させるしかないと思う。「かつて士農工商のすべてが君子の生き方をするのが、日本の美学であった」作家の三浦朱門さんはこういっている。そうなのだ。昔は落語に出てくる八つぁん、熊さんまでもが誇り高い人間だった。たとえば、大工の八つぁんの仕事ぶりにケチをつけようものなら、「とんでもねェこといいやがる」と金槌振り上げ相手を追い回すだろう。それくらい仕事にプライドをもっていた。それが生き方の美学なのだ。美学の根底には美意識がある。大工には大工なりの、農民には農民なりの美意識があって、その美意識から外れない生き方をみんながしてきたのだ。たとえば長屋の大家さんなら、店賃を取るだけでなく、店子をお花見につれていくとか。それをしないと認めてもらえなかったのだ。それだけではない。道に反することをすれば、エリート人生はそれで一巻の終わりだった。別に「こうしてはいけない」と規則に書いてあるわけではない。でもエリートが道を外れることを世間が許さなかった。そういう教育はこんなふうになされていた。以下は三浦朱門さんの体験である。「私は戦後の混乱期に二十二歳で教師になった。勤務先が芸術学部だったから、魅力的な女子学生もいた。私が最初に受けた教訓は『いいか、菓子屋の小僧はな、店の菓子にゃ手ェ出さねえもんなんだ』。つまり、お前は独身だが、女子学生なんか相手にするな、ということであった」先輩がこういう形でブレーキをかける。それで十分なのは、一人ひとりの背骨に職業的美意識があるという暗黙の了解があったからだ。今はそうした矜持というか、職業的美意識をもつ人が少ない。これが最大の問題ではないか。一体どうしたら日本伝統の美意識を復活させることができるのか。これは結構難しい問題だが、ここに一つ「なるほど」と思う意見がある。それは歌手で俳優でもある美輪明宏さんがいっていたことだ。「丁寧語がなくなったから、丁寧じゃなくなる。尊敬語がなくなったから、尊敬しなくなり、謙譲語がなくなったから謙譲の美徳がなくなる。戦中戦後ですべて失ってしまいましたが、取り戻しさえすればいいのです」そうだ。取り戻せばいいのだ。でもどうやって取り戻す。この点について美輪さんはこういっている。「終戦後は物欲、性欲、食欲、名誉欲の四本立てであおり立てて商いをしてきた。あさましい。そういうものを反省し直して、王道に戻せばすべてがよくなるんですよ。(中略)企業も人も、愛と美を基準に行動すれば間違いはないのですよ」(「産経新聞」二〇〇五年四月二十四日付)私もこの意見に全面的に賛成だ。「美学?美意識?そんなもんで飯が食えるか」というのが、今の大方の考え方だ
ろう。だが、話は逆なのだ。日本人がずっと培ってきた伝統の美意識が日本を救ってくれる。美しいものをもっと大切にしよう。
男は「幸せ」なんか求めなくていいくだらないことだが、前々から何となく気になっていることを一つ。それはストローについてである。喫茶店でジュースやアイスコーヒーを注文すると、必ずストローがついてくる。みんなそれを当たり前と思っているようだが、男にストローはいらないのではないか、と私はひそかに思っているのである。考えてみてほしい。大の男が細いストローを口にくわえてチューチューと飲む図はどこか場違いというか、ヘンなものに思われないか。やっぱり男はグラスを片手でつかんでガブッと飲むほうが似合っていないか。同じことが幸福についてもいえると思う。女性や子供が「私、幸せだわ」「ぼく、今とっても幸せです」といっても、少しも違和感がない。「よかったねェ」とこちらも幸せな気分になれる。だが、大の男が「オレ、幸せ!」なんていったら、「お前、どっかおかしいんじゃないか」と心配になる。男だって幸せになりたい気持ちに変わりはないが、まっしぐらに幸せを求める男というのは、男の属性にどこかそぐわない気がするのだ。はっきりいわせてもらえば「男は幸せなんか求めるな!」である。自分の幸せを求めず、女房、子供はじめ、自分の周囲の人間、自分と関わりをもった人間がハッピーになるのを手助けする……そういう生き方こそが、本当の男の生き方のように思えるのだ。この考え方は決して突っ張ったものではないと思う。なぜなら人間にとって最大の喜びとは「他人の喜ぶ姿を見ること」にあるからだ。女性や子供は「与えてもらった幸せ」がいっぱいあったほうがいい。だが、男は「与えてもらった幸せ」よりは「与える幸せ」を優先したい。今は猫も杓子も「幸せ、幸せ」といっている。その幸せの中身は何かというと「自分が幸せになる」ことなのだ。こればっかりだと、世の中が自己中心的になってしまう。実際に今はそういう世の中になってしまっている。「幸福は求めないほうがいい。求めない眼に、求めない心に、求めない体に、求めない日々に、人間の幸福はあるようだ」作家の井上靖はこういった。少なくとも男の幸せの求め方はこうありたい。
ケンカのできない男になるな!男の美学ということを考えるとき、絶対に外せないのはケンカである。いざというときケンカができない男は「男ではない」と思う。ここでいうケンカは、女房とするケンカでも、恋人とするケンカ、友人とするケンカでもない。理不尽な事柄とか、不正義へ敢然と立ち向かう、勇気あるケンカのことである。最近はケンカのできる男が少なくなった。ケンカを避けてズル賢く振る舞う輩ばかり。ケンカは暴力と見なされる。だから世の中悪くなるのだ。ケンカ=暴力と思うのは、ケンカの本質、ケンカの美学を知らないからである。私の子供時代は、親父が息子にわざわざケンカの仕方を教えたものだ。「ケンカをするなとはいわない。だがこれだけは守れ」教えられたのは次のようなことだった。1、武器を持つな、素手でやれ2、相手が「まいった」といったらやめろ3、弱いものいじめは絶対するな私などはこの三原則を守りながら、よくケンカをしたものだ。もちろん、素手で殴り合った。そんなケンカ友達は今でも記憶に残っている。友達とのケンカはケンカの作法を覚えるのに役立つ。「ここまではいい」「これ以上は危険」ということが皮膚感覚で覚えられるのだ。今の子供は親からも先生からも「ケンカは暴力、暴力はいけない」と教えられる。私の時代に比べたら、殴り合いのケンカは減っているが、これは決していいこととは思えない。ルールを教えてやらせたほうが、少年の凶悪犯罪も減ると思う。今にして思えば、親父が息子に教えるケンカ作法は、男の美学の伝授でもあった。父親はケンカにかこつけて「男はこうあるべき」という教育をしていたのだ。今の教育はこの点がすっぽり抜け落ちている。社会全体の風潮からいって、親も先生も、子供にケンカを勧めるわけにもいかないだろうが、もし子供が殴り合いをしていたら、せめて全否定だけはしないでもらいたい。子供のケンカでこういう話がある。ある日、小学校の女教師から父親宛に電話がかかってきた。その家の長男が授業中に同級生をぶん殴ってケガをさせたのだ。「お父さんはどう思われますか」女教師の問いに父親はこう答えた。「別にどうとも思いませんがね」「では、親の責任をどう取るおつもりですか」「子供のケンカですから、責任うんぬんの話じゃないでしょう」「まあ!じゃあお父さんは、息子さんが悪くないというんですか」「事情を聞いてみないことには……」「だって相手はケガしたんですよ。唇が切れてシャツが血だらけに……」「仕方がないでしょ。ケンカなんだから。逆に息子が血だらけにされても、私は先方の親に文句なんかいいません。息子に、次は負けるなとはいいますがね」女教師はあきれて電話を切ってしまったそうだ。ごく普通に生きていれば、殴り合いのケンカをするような場面には滅多に出会うものではない。それでも男はケンカ作法をひと通り心得ておくべきだ。そうでないと、町を歩いていて悪ガキに注意一つできない。電車の中で痴漢行為をしている男を見つけても、女性を救うこともできない。上司に理不尽なことをいわれても黙って引き下がるしかない。そんな意気地のない大人ばかりの世の中になったら、質の悪い奴がいい気になるに決まっている。すでにそうなってきているではないか。
自分よりはるかに弱いいたいけな少女を刺し殺すような若い男は、捕えたら徹底的にやっつけたほうがいい。自分より強い人間がいることを、身をもって体験させてやるに限るのだ。そして今、男は、すべからく筋肉を鍛えるべきなのだ。別にケンカのためではない。思いがけないアクションが必要になったとき、理屈だけで生きてきた人間は、まったく無能力者になってしまうからだ。「24TWENTYFOUR」というアメリカ製のテレビドラマが日本でもヒットした。観た人は大勢いると思うが、ただ面白がって観ていてはダメだ。登場人物が何度も危険に晒されながら、生き延びられる理由をよくよく考えてみる必要がある。頭脳と筋肉の両方が優れていなければ、たちまち死んでしまうはずだ。ドラマはフィクションだが、現実社会だって基本は同じ。ケンカの作法と筋肉を鍛えることは、一丁前の男として生きていくために不可欠。男というのはナメられたらおしまいなのだ。
第六章人生は楽しんだほうが勝ち
もっと自分の都合でお金と時間を使え「子供のためにお金を遺すことはしない」こう考える親が増えている。私はいい傾向だと思う。財産を子供のため、子孫のために必死に遺そうとした時代は、決して生きやすい時代ではなかった。だから自分の生きるつらさを子供たちに味わわせたくないと親は考えたのだ。ところがこの親心は皮肉な結果を招く。苦労しないで財産だけ受け継いだ子供は、せっかくの親の財産を、ろくでもないことに費やし、親心を裏切ることが多かった。それでも親は子供のために財産を遺して死んでいった。それで満足できたからだ。今はどうか。以前と同じように考える親もいる。だが、「子供に財産を遺さない」という親も増えてきている。この考えがなぜ正解かというと、昔ほど生きにくい時代ではないからだ。別に親に財産を遺してもらわなくても、子供は立派に生きていける。また、財産をいくら遺しても、子孫まで引き継がれない。今の税制からいけば、三代経てば莫大な財産もほとんどなくなる。遺しても無駄なのだ。そうなったのは「家制度」がなくなったことが大きい。財産を遺すといっても、一般庶民が遺せる額など高が知れている。家一軒と若干の預貯金、有価証券くらいのものだ。中途半端なお金を遺して子供に楽をさせると、ろくな人間にならない。「自分で使ったほうがまし」は正しい考え方なのだ。自分が築いた財産を自分のために使って、老後を充実させるのはいいことだ。ただ、マンションにしても家のような財産は、遊びのためには使えない。住んでいたら「どうにもならない」と今までは考えられてきた。だが、最近、自分の家に住みながら、その価値をお金に換えることができるようになった。それがリバース・モーゲージという制度である。親が自分の持ち家を担保にお金を借りる制度だ。貸し主は主に地方自治体だから、借りても危ないことはない。死ぬとその家が貸し主に移るので、子供が家を相続できなくなるが、借金はその時点でチャラだから子供への負担も一切ない。お金は持っているだけでは意味がない。使ってはじめて生きる。子供に遺さないとしたら、あとは自分で使うか寄付しかない。寄付も立派なことだが、自分の楽しみに使うのが最も自然な形だ。自分で稼いで自分で使う。死ぬときはきれいにゼロにする。そういう考え方を実践するにはリバース・モーゲージ制度を利用するのがいいと思う。アメリカにも使い切って死ぬという考え方がある。ダイイング・ブローク(dyingbroke)、訳せば「死ぬ間際での破産」という意味。そして、もしその時点で財産が遺れば寄付してしまう。お金持ちでもどんどん寄付するアメリカ人らしい考え方である。一方、日本人は昔から「貯蓄好き」といわれてきた。これは基本的に貧しかったからだ。だが日本もこれだけ豊かになったのだから、もう少しお金を上手に使う知恵を身につけたほうがいいと思う。個人のお金には三つの性質がある。「守るお金」「楽しむお金」「育てるお金」の三つだ。現役時代は家族を守ることと、子供を育てることに大半が費やされる。だが、子供が巣立って夫婦二人になると、楽しむお金の比重を増やせるようになる。ここで問題になるのは、リタイアしてしまうと収入がなくなることだ。年金と蓄えでこれから何十年……と思うと、結構消極的になる。そのときリバース・モーゲージ制度を利用すれば、家一軒分を住みながら現金化できるのだ。限度額は上限が月三〇万円と決まっているから、一度に大金を手にして使い果たしてしまう心配もない。いってみれば、新しい年金を自分で作り出すようなものだ。今の時代は普通に生きる限り、子供は子供でちゃんと生きていけるのだから、もっと自分の楽しみのためにお金を使うことを考えよう。そうすればリタイア後の人生は輝いてくる。
長生きするだけでは何の意味もない最近、アンチエイジングという言葉が盛んに使われる。「可能な限り老化を止めて若々しく生きよう」というほどの意味だ。趣旨はまことに結構だが、次のような反対意見もある。「若く健康なときには、若く健康なときの経験がある。老いて病んだときには、老いて病んだときの経験がある。そのときそのときの経験を、時間軸に沿って経験するから、人間は賢くなるのである。人生は味わい深くなるのである。老いを拒絶し、思索も知らず、若さと健康の快楽にしがみつき続ける人間とは、早い話がサルである」哲学者、池田晶子さんのエッセイからである。こういう考え方にみんなが賛成するとは思えないが、アンチエイジング、アンチエイジングと、そちらにばかり頭がいくのは馬鹿げていると私も思う。人生もリタイア年齢を迎えたら、残りはそうないから、何をやるのも「……がてら」でやるべきだ。アンチエイジングも結構だが、それに反する遊びや趣味もやってみるほうがいい。たとえば、散歩をしながら、趣味のカメラで草花を撮影してみるとか。アンチエイジングのためだけに、老体にムチ打ってマラソンなどをするのはもってのほか。もっともその途中で心臓マヒでポックリいくことを願っているなら別だが。何をするにしても、若いときと高齢とでは、自ずと違ってこなければならない。若さと健康を取り戻そうと思っても所詮無理な話。といって、ただ徒に長生きするだけでは何の意味もない。確かに今はアンチエイジングの技術が進んできている。科学の進歩が人を若々しく長生きさせる方法をいろいろ開発している。たとえば、ある種のホルモン療法を上手に施すと、肉体的に二十年から三十年老化を食い止めることができるらしい。百歳の老人なのに、どう見ても七十、八十歳にしか見えない人がいることを考えると、人間の年齢観は大幅に変える必要があるのかもしれない。しかしアンチエイジングは、決して高齢人生の目的にはなり得ない。そのことをしっかりと頭に入れておく必要がある。「いずれ年をとり、深いしわが顔に刻まれようとも、いきいきと美しくありたいものです。いつもにこにこと微笑んでいられるような毎日を送っていれば、顔にはいつの間にか微笑みのしわが生まれます。老いて一層、心の内面は顔に表れます。微笑みのしわを増やせるように……」百歳現役の医師日野原重明さんは、著書『生き方上手』(ユーリーグ)でこう忠告しておられる。私は「花の萎れたらんこそ面白けれ」といえる人生のほうがいい。
今を思い切り楽しむ発想をもとう「山の彼方の空遠く、幸いすむと人のいう」というフレーズは誰もが知っている。知っているだけでなく、このフレーズを信じている節がある。だが、あの詩は「結局、そうではなかった」という内容である。メーテルリンクの『青い鳥』と同じなのだ。人間は今の自分になかなか満足できず、「いつかきっと」とか「別の場所へ行けば」などと現状を否定的に考えがちである。あるいは、今そこそこ満足でも、このままではだんだん悪くなるから、もっとがんばって未来を盤石なものにしたいと願う。だが、自分がいるこの場所、この時を楽しもうとしない人間は、いつまで経っても「山のあな、あな」で終わる人だ。二十六歳の会社員女性が、新聞紙上でこんな人生相談をしていた。「心配性です。特に理由もなく体が痛くなると、ガンではないか、脳出血の前兆では、と不安に襲われます。医学書を調べ、症状が酷似していると心配はピークに達します。でも病院へ行く勇気もありません。早死にするのではと心配になり、手相を見てもらったり……どうしたらつまらない心配をしないでいられますか」医師の回答はひと言でいえばこうだった。「健全な常識を働かせてください」回答の前段では、医学的にああだこうだと述べているが、いくらそういう説明をしてもこの質問者を安心させることはできない。そんなことは百も承知で心配しているのだから……。私ならこう回答する。「あなたの心配はまことに理に適ったものです。普通はそこまで心配しませんが、あなたの豊かな感受性は、些細な異変も見逃さないのでしょう。『どうしたらつまらない心配をせずにいられるか』というご質問ですが、この先も徹底して心配することです。心配することはしばしば現実化しますから、そうなればもう心配せずにすみます」すべてわかってやっている人間には、こうでも答えるしかない。こういう人はそれを楽しんでいるのだから、それでいいのだ。人間は防衛機制という心理的な自己適応能力をもっている。心配で心配でたまらない人も、ちゃんと自分なりの解決策を見つける。それがどんな方法かは人によるが、どこかで心の折り合いをつけなければ生きていけないからだ。ところが不安・心配性の人は、今を楽しむことができない。今をいつも不安や心配で塗り込めてしまうからだ。ただ、不安・心配性の人は、一面克己心の強い人だと思う。将来の安定を考えて、今の不安や心配を取り除こうとしているからだ。「克己心の強い人は、ひたすら勉強して遊ばず、いい大学に入る。入学してから、さらに努力して一流会社に入る。しかし会社は禅の道場ではないので、いくら自分に勝っても業績は上がらない」(嵐山光三郎「コンセント抜いたか!」週刊朝日)克己心というのは、次に克己するテーマを見つけることにつながり、永遠に人生を楽しむことができない定めのようである。だから、結局そのプロセスを楽しむしかなくなるのだ。たとえば「だまされるのでは……」と心配な人は必死にだまされまいとする。「だまされても笑えばいい」とは決して考えないのだ。今を楽しむとは、よくも悪くも「山の彼方」は考えない。今の状況、境遇を肯定的に受け入れる。フランスの哲学者、アランの有名な言葉に「今を幸福と思えない人は、たとえ全世界を手に入れたって幸福とは思えない」というのがある。現状に不満や不足ばかりを感じている人、不安・心配性の人は、この言葉を肝に銘じておくといい。
シンプルライフの原点に立ち戻ろう時代劇を見ていると、長屋で暮らす庶民の生活が、実にシンプルだったことに気づかされる。わずかな食器類と火鉢に小さな物入れ箱、部屋の隅には蒲団、あと行李一つくらいに思い出の品や大切なもの。大体こんなものだ。武家の生活だって、それほど物があるとは思えない。当時の物持ちは蔵をもっていた商人たちだけだったのではないか。職人は道具箱さえあれば、どこへでも移動できただろうし、浪人中の武士などは文字通り着の身着のままだ。それでもちゃんと生活していけた。シンプルライフは人生を楽しむうえで、見直してみる価値があると思う。こんなことを言い出したのは、戦後の日本人が世界のどんな国の人よりも物をもちすぎていることがわかったからだ。今から十年くらい前に出版された一冊の写真本がある。『地球家族』(TOTO出版)という本で、世界三〇カ国の庶民が、どんな物を所有して暮らしているかがわかるようになっている。その表現法が面白い。その国の平均的な家庭の家族全員に、自分の持ち物を全部家の前に並べてもらい、それを背景にして一家の写真が撮られているのだ。つまり、引っ越し前の一家の荷物が、荷造りしないまま並べられたような光景が移っているのである。当然、それぞれの国のお国柄がよく出ているが、日本の家族の特徴は、とにかく物の多さだったのだ。よその国より住宅は小さいのに、びっくりするほど物が詰まっていた。しかも、その物は情緒に乏しい工業製品ばかり―十分予想のつくことだが、物の多さが幸福につながらないことは一目瞭然だ。狭い居住空間に物をそんなに抱えていても、使うものなど高が知れている。着るもの一つとっても、何年も袖を通すことなくタンスの中で眠りっぱなしの衣料がどれだけあることか。いらないものばかりを日本人は抱え込んでいるのである。物では世界トップクラスの豊かさを誇る日本人が、それに比例して幸福度が増したとはいえない理由がこれではっきりわかる。むしろ物持ちになったぶん、不便で面倒な生活を手に入れてしまったのかもしれない。物をもてば場所はとるし、整理は必要になるし、メンテナンスしなければならないものもある。税金がかかるものもあれば、保険をかけなければならないものもある。おまけに壊れたり、盗まれたり、あるいは住人に害を与えないために、相当の気配りをしなければならない。これではまるで倉庫番の生活だ。もう一度、自分のもっているものを見直してみよう。そして一年に一度も使わないようなものは処分してしまおう。江戸時代の長屋レベルにまでシンプル化することは不可能だが、判断の尺度にはなるはずだ。日本人は近代国家になる以前は、決して経済的に豊かな国ではなかった。もともと資源が乏しいうえ、国土も狭い。創意工夫と節約によって、それをしのいできた。この環境がシンプルライフの文化を育んだ。だが、戦後にアメリカの圧倒的な量的モノ文化に触れて、その方向へと走り出した。その結果が莫大な物を家の中に仕舞い込む死蔵癖である。アメリカは伝統的に使い捨て文化だからいいが、節約を尊ぶ日本人には似合わない。物がなくても楽しめる伝統文化が日本にはある。それが戦後、もちつけない物をたくさんもってしまい、楽しむことを忘れてしまった。今ある物を整理して、人生そのものを楽しむことを思い出そう。物の所有だけが人を幸せにするのでないことは、もう十分に経験させられたのではないか。
「ロハスな生き方」が人類を救うLOHAS(ロハス)という言葉をご存じだろうか。人と地球の両方に望ましい暮らしを目指す「健康で持続的な生活様式」を意味する英語の頭文字をとった言葉だ。たとえば、最近湯たんぽがよく使われるようになった。私たちの時代はどこの家にもあったが、核家族の家庭では絶えて見なかったものだ。それが今、突然のように復活してちょっとしたブームになっている。熱いお湯を中に入れて布で包んで蒲団の中に入れれば、ひと晩ぽかぽか蒲団にくるまって寝られる。熱源がお湯だから、公害の心配もない。似た流れに、ももひきの復活もある。ついこの間まで、ももひきをはくのは「おじさん」だけだったが、今は若い連中も興味を示すようになってきた。女性用には腹巻と一体になった毛糸のパンツが驚くほどよく売れているという。若い女性がババシャツを身につけるのも常識のようになっている。厳冬への対応ということもあるだろうが、「ウォームビズ」が予想外に定着しつつあることを物語っている。着るものだけではない。暖房器具にも異変が起きている。暖房といえば、電気、ガス、灯油のいずれかを燃料源にしたものが中心だが、最近は木屑をペレット化したものを燃やすペレットストーブが注目を集めているのだ。木屑を使うと植物が光合成に使った二酸化炭素を出すだけなので、大気中に一酸化炭素を増やさないメリットがあるのだ。また、木が燃えるのを眺めると落ち着く。そういう癒し効果を求めてペレットストーブを使う人もいるという。全体に復古調の流れを感じさせるが、昭和三十年代の生活が見直されているのと無関係ではないだろう。調理にも同じような傾向が見られる。厚手で密閉性の高い蓋付き鍋が人気を博しているのだ。これを使うと、コトコト煮込む料理を短時間の過熱と保温で作れるので、省エネになるほか、料理の味も向上するという。あの手、この手で燃料を節約し、環境破壊物質を出さないようにする。地球と人間の共存をテーマにした方向で、今、幅広い生活用品の見直しが行なわれようとしている。このような傾向をひと昔前なら「地球に優しい」と表現しただろう。だが、今はこの言い方は否定されている。どうしてかというと「地球に優しい」という言い方が傲慢だというのである。この言い方は主体が人間になっているからだ。人間が地球に優しくするのではない。地球がもともと人間に優しかったという発想だ。今、世界中でエネルギーの転換が行なわれている。化石燃料に頼りきりだったのを改めて、多様なエネルギーを組み合わせて使う。自動車も化石燃料と水素燃料を組み合わせたハイブリッドカーがこれからは主役になっていくだろう。一部では原子力に復活の兆しがあるが、むしろ水素エネルギーのほうが、これからは有望だと思う。農作物から作るエタノール燃料も水素燃料の一つである。水素は水からも取れるから、もしも自ら効率的に経済コストに見合う水素燃料が取り出せれば、世界のエネルギー事情は劇的に変わることだろう。地球環境を壊さないで人類が豊富にエネルギーを使うためには、水素を主たるエネルギー源にするのが一番だ。それが実現すれば、世界の紛争の原因になっている石油の争奪戦がなくなる。世界に揉め事がなくなり、真の恒久平和が実現するとしたら、それはエネルギー問題が解決したときだ。そのためには地球と人類の両方に望ましい「ロハスな生き方」を、一人でも多くの人が目指すことだ。ロハスな生き方とは、一つも大げさなものはない。湯たんぽも、ももひきも毛糸のパンツも、みんなロハスな生き方の証なのである。
悟りを開くよりヤンチャのままがいい人間はどこかに「歳をとったら成熟しなきゃ」という焦りみたいな感覚をもっている。特に男性はそうだ。「男の顔は履歴書」という言葉には、言外にそういうメッセージが含まれている。だが、実際にいい歳まで生きてきて思うのは、「とてもじゃないが、成熟なんかできそうもない」ということだ。中には「人間というものはだな」と若い人相手にお説教する男や、「人間、生きていられるだけで幸せです」などと、悟りを開いたみたいなことをいう人がいるが、私は悟りなんか開きたくない。願っても開けそうもないからだが、私の考える理想の生き方は、死ぬまでヤンチャな部分を失いたくないということだ。では、どんな生き方がヤンチャな生き方なのか。一つのモデルとしてフィリピンのルバング島から生還した小野田寛郎さんを挙げたいと思う。小野田さんは敗戦のとき、上官から残置諜者の命を受けた。「日本は一応降伏するが、その先はゲリラ戦をやるから、このまま残って諜報活動を続けよ」。命令を守って三十年間も、わずかな部下と、あとはたった一人で任務に就いていた。小野田さんがルバング島に渡ったのが一九四四年。冒険家の鈴木紀夫さんに会って戦争の終決を確認したのが一九七四年である。聡明な一級の軍人が三十年も戦争の終結を知らないことなど私には信じられない。小野田さんはちゃんと自分で時間の経過を測定し、今が何年何月何日かまで把握していたのだからなおさらだ。なぜ、ずっと一人で戦争状態の中に身を置いていたのか。それは小野田さんの気質によるものだと思う。島に兵隊を残して去った軍隊があったとする。その軍隊が戦争に勝ったにせよ負けたにせよ、終決したのなら迎えに行く必要がある。残してきた事実を忘れない限りは、「おーい、もう戦争は終わったよ」と伝えに行く義務がある。それをしなかったのだ。しかし、残された側にすれば、戦争が終わった様子は伺えるが、誰もそのことを知らせにも迎えにも来なかったとしたら、自分の側から島を出て様子を見るだろう。もし戦争が終わっているのなら、忠実に軍務を遂行するなど馬鹿らしくてやっていられない。小野田さんも同じ気持ちだったと思うが、迎えに来るべきものが来ないのだから、「戦争はまだ続いている」と無理矢理決めたのだ。本当は上官に腹を立てていた。でも軍人としてそれはあるまじきこと。「筋を通せよ!」と叫びたいのを態度で示した。ここに私は小野田さんの潔いヤンチャぶりを感じるのだ。だから日本に帰ってきて、マスコミにもみくちゃにされそうになったら、さっさとブラジルへ渡ってしまった。そして五十を過ぎてからちゃんと結婚もし、ブラジルで牧場主として成功者になっている。日本で子供たちのために自然塾を開いていることも含めて、なんと見事なヤンチャ人生かと思う。ヤンチャというのはケンカをしたり、危ない橋を渡ったりすることばかりではない。自分のいいたいこと、やりたいことを、誰もが文句のつけようのない状態でやり遂げてみせることだ。小野田さんの心の中には、いいたいこと、秘めて語らないことが山ほどあるのだと思うが、たぶん一生表に出さないだろう。だが、「あるんだぞ!」ということはイヤというほど見せつける。こういうかっこいい生き方はなかなかできない。並外れた身体能力と高い精神力、冒険家のようなチャレンジ・好奇心、遊びの精神が必要とされる。小野田さんはそのすべてを持ち合わせているのだ。ヤンチャをするのは楽ではない。悟ったふりをするより何倍も大変だ。だからこそ男には魅力的でもある。そして自分もそうなりたいと思うのだ。
「自分だけ幸せになればいい」という生き方人間社会はいつの時代も生きにくい。感性の鋭い人、物事がよく見える人ほど、生きにくさを感じるものだ。そんなとき大切なことは、他人の生き方や意見に左右されることなく自分なりの生き方を確立することだ。男の幸福論として、私は先に「自分の幸福を求めるな」といった。もう一つよい方法がある。前言と矛盾するようだが、「自分だけ幸せならいいや」と思って生きることだ。これにはヒントがある。哲学者の池田晶子さんが、「週刊ポスト」(二〇〇六年一月十三日、二十日合併号)の特集記事で以下のようなことを語っていた。それがヒントになったのだ。「人は、自分のことだけを思って生きればいい。ひどい時代、悪い社会だからこそ、自分だけは、私だけでも、善く生きよう、善い人間として、善い人生を全うしようと、それだけを心がけて生きればいいのである」彼女はこのあと次のように続けている。周囲の全部が金儲けに狂奔しているときに「自分だけは金儲けのために生きることはしない」と決める。金を儲けた人を妬んで、みんなが悪口をいっているときに「自分は人の悪口はいわない」と決める。こういう生き方は、難しいようで、あんがい簡単にできる。要するに時代や社会、他人のいうこと、することを一切気にしなければいいだけでの話である―と。確かにそうなのだ。人は他人に興味をもちすぎる。他人を何とかしてやろうなどと思うから、余計なことをして、無視されると頭にくる。なまじ「正しいことは……」などと考えるから不正に腹を立てる。人がズルをして儲けると、妬み心が出て悪口をいいたくなる。人は人、自分は自分と割り切って、人がどうあれ、世界がどうあれ、自分は楽しく幸福に生きるぞと決めて、その通りに生きていればいいのだ。何だかやけくそのようにも思えるが、自分の人生を楽しむには、この生き方は切り札になるかもしれない。なぜなら、この生き方ができれば、少なくとも「いつも上機嫌」でいられそうだからだ。上機嫌でいられるということは、とても大切なことで、それさえできれば何がなくとも幸せを感じられる。同じ環境に生きる場合、不幸に感じて生きるよりも、自分は幸福だと思って生きたほうが絶対に楽しい。人生は楽しんだほうが勝ちなのだ。よくこんなことをいう人がいる。「人生なんてね。死んだらおしまいや。地獄も極楽もあらへんのや。正しく生きようと、悪く生きようと、大した違いはない。生まれて来てただ死ぬだけ。むなしいもんや」もし、こういう意見を、受験を目指しているときとか、これから就職しよう、結婚しようというときにいわれたら、いい気がしないかもしれない。結婚式の祝辞でいったら顰蹙を買うだろう。でも、こういう意見で暗い気持ちになってはいけないのだ。それが周囲の影響を簡単に受けてしまうということだからだ。「だから、どうなの?私は関係ない。私は私の考えで楽しく生きるから」あえて口に出すこともない。こう心で思って、にこにこしていればいい。自分の思った通りにならないとか、失敗したとき、振られたとき、人生真っ暗になる人がいる。でも、そうならない人もいるのだ。暗くなる人はなぜなるのか。ほとんどが条件反射なのである。こういう場面では「こう思わなければおかしい」という刷り込みによってなるのだ。それが知恵をもつ人間の弱点だ。だが、すでにそのことに気づいているのだから修正は可能なはず。思い切って修正する努力をしてみることだ。ひょっとすると、人のする努力とは、それだけでいいのかもしれない。
第七章遊びをせんとや、生まれけん
楽しくない人生なんて生きる価値はない自分の一生が幸福だったかどうかは、男にとっては大した問題ではない。だが、充実していたかどうかは大きな問題だ。八〇年代の半ばにニューヨークで、二十六歳にして二〇〇〇万ドルという大金を手にした青年がいた。ハンプトン・ルトレンドという男だ。株取り引きで儲け、若者のカリスマ的な存在になったが、SEC(米証券取引委員会)の査察を受ける問題を起こし、一気に落ちぶれて、どこかに消えてしまった。今のホリエモンを髣髴とさせるような男だが、この男が十数年後にニューヨークに戻ってきて、みんなをびっくりさせた。今度はお金ではなく、生き方を一八〇度変えてしまっていたからだ。ハンプトンの羽振りがよかった頃のニューヨークは、彼と同じような若きスーパーリッチが大勢いたが、彼らはみな一種独特なライフスタイルをもっていた。煙草は喫わない。アルコールは飲まずミネラルウォーター。ステーキの代わりに大豆製品を食べる。さらにジムで体を鍛え、体重を増やさない。そういうストイックな生活だ。ハンプトンはそういう生活をしていたのだ。ところが、その彼が仲間内から姿を隠している間にすっかり変貌してしまった。十数年ぶりにニューヨークに現れたとき、ハンプトンを知っている人間は、彼をひと目見て絶句した。昔より二〇キロも太っていたからだ。それだけではない。葉巻をスパスパと喫い、ビールやウイスキーをガブ飲みし、霜降りステーキにパクついた。ニューヨークには、以前ほどではないが、ストイックな生活を継続している人間がまだ相当いたから、彼らは口を揃えてハンプトンにこう訊いた。「体に悪いんじゃないか?」彼はこう答えた。「体に悪い?体に悪いから、葉巻がうまい。みんな、何が体にいいとか悪いとか、いわれるのにうんざりしないのか。脂肪分ゼロ、塩分ゼロ、そんなの味わいゼロの世界じゃないか。いずれ死ぬのに、そんなに体を大事にしてどうする」日本人には理解し難いかもしれないが、アメリカ人というのはライフスタイルの保持を宗教儀式のように重要視するところがある。そして一度でも自分たちの仲間だった人間の一八〇度「転向」に厳しい目を向ける。抑制的な生活をやめ、好き勝手に食べたり飲んだりする生活を送るハンプトンは、眉をひそめられ「自虐的になっている」と思われた。だが彼は彼で逆のメッセージを、かつての仲間たちに伝えたかったのだ。それは「楽しいってことは、羽目をはずすってことなのさ」ということだ。苦労して大金を稼いでも、ストイックに生きて本当に楽しいのか、ということだ。彼自身が一時期、そういう生活を経験したから、彼らの気持ちもハンプトンにはわかっていた。彼らは節度ある生活を誰も楽しんではいなかったのだ。これは、日本でも今みんなダイエットに夢中になっているが、決してそれが楽しくてやっているわけではないのと同じだ。ただ、「やせる必要がある」「やせてるほうがかっこいい」という思いでそう努力しているにすぎない。ハンプトンは自分の気持ちに正直に生きていない人たちに、「楽しくない人生なんて、生きる価値はない」ということを伝えたかったのだ。ハンプトンが身をもって主張する人生観と生き方に、彼らは少なからず衝撃を受けた。かくして以前と中身が違うが、彼は再びカリスマ的な存在になった。男の遊びにもいろいろあるが、道楽と趣味的遊びの違いは「節度」にある。節度をもっているのは趣味的遊び、節度のないレベルに入るのが道楽といっていいと思う。おそらくハンプトンは、挫折している間に道楽的な遊びに開眼したのだろう。彼はたまたま日本人のイメージする道楽「飲む、打つ、買う」に近い世界にいるが、道楽の世界は、もっと幅広い。たとえばクラシックカーに凝るとか、骨董に夢中になるのも立派な道楽だ。趣味の世界からもう一歩奥に踏み込んでいくのが道楽で、私はエジソンやライト兄弟のような人物もこの世界の住人と位置づけたいと思っている。では一体、道楽なんかに人生の価値はあるのだろうか。私はあると思う。ハンプトンの言葉ではないが、人間は自分の人生を楽しく充実させるためには、時に羽目をはずしてみる必要もあるのだ。そうすることによって、自分が今まで気づかなかった生き方がわかるからだ。たとえばダイエットに凝り固まるのではなく「太ったっていいじゃないか」という選択肢もある、ということを実感すること。発想の転換をしてみることが決して無駄ではないのは、自分がもっている人生の充実度を一変させるチャンスを掴めるからだ。カマスという魚を水槽に入れて、ガラスの壁で半分に仕切ると、カマスは仕切られた範囲内でしか遊泳しなくなる。そ
うなってから、ガラスの仕切りを取り外しても、そちら側へは泳いでいかない。はじめからダメだと思い込んでしまっているからだ。思い込みで可能性の目を潰していることは少なくないのである。
「面白いこと」を徹底して優先してみよう学問の世界というのは、一つのことに深く入り込んでいくことがほとんどだ。自分の専門を決めたら、脇目も振らず打ち込んだほうが業績を上げやすい。誰も相手にしていないような分野でも、時間をかければ努力は結実する。そういう例がいっぱいある。だが、性格上からそんな生き方ができなかったことが幸いして、食物民俗学ともいうべき新分野を切り開いたのが民俗学者の石毛直道さんである。石毛さんは子供の頃から考古学に興味をもち、大学でも考古学を専攻した。ところが考古学というのは、大きな遺跡の発掘に従事すると、何年も同じ現場で研究をすることになる。それが楽しいという研究者もいるが、石毛さんは一つの場所にじっとしているのが苦手なタイプだった。それで大学の探検部に入って世界の秘境を旅して歩いた。専門も考古学から自然に民俗学に移っていった。しかし秘境の研究も一つの地域に取りつくのがイヤで、いろいろなところへ行くことを考えた。要するに石毛さんはあちこち旅してみたかったのだ。学問として成立させながら、この自分の望みを叶えるにはどうしたらいいか。ある地域の一つのことをテーマにすれば、それを調べるためにあちこちを見て回れるということに気づいて、中心テーマにすえたのが「食」だった。どこの秘境や非文明地域へ行っても、人間がいる限り食事はついて回る。どんなものを食べているのか、どんな調理道具を使っているのか。そういう研究に没頭すればするほど、あちこちへ出かけられる。その積み重ねで、石毛さんは誰も研究していない人類の食行動に焦点を絞った研究領域を開拓するのに成功した。ご自身がグルメであることも手伝って、食文化の研究では右に出るものがいない。以上のような説明をすると、自分のテーマを真摯に追究する人のイメージがあるが、石毛さんご自身は今日までの軌跡を振り返ってこんな感想を述べておられるのだ。「若い頃は勤勉や禁欲を大切にしなければと思ってたこともありますが、四十代になって自分は本質的に遊び好きで享楽的な人間であることに気づきました。ならば遊びに生きよう。そのほうが幸せな人生ではないかと考えるようになりました」そんな石毛さんの人生観はとてもユニークだ。それはこういうものである。「人生は何かを達成するための生産の時間ではなく、面白いことをするための消費の時間。結果として何かが残ればいい」決してあくせくした考え方をしないのだ。それでいて前人未到の食文化研究で、数々の輝かしい業績を残せた秘密はどこにあるのか。次の言葉にヒントがあると思う。あるとき新聞のインタビューで石毛さんは、遊びに関してこんなことをいっている。「遊びは目的をもった行為ではない。人生に不可欠でもない。だからこそ、そんなことにうつつを抜かすのが人間的ではないかと思っている」うつつを抜かす……とは「心を奪われる」「夢中になる」ということだ。道楽の世界からしばしば前人未到の発明などが生まれるのは、うつつを抜かすという行為が、人間のもっている能力を何十倍にも高めることがあるからだ。そういう状態をフロー状態と呼ぶことは先にも述べたが、まじめな人たちから後ろ指を指されることも珍しくない道楽者が、めげずにその遺伝子を残すことは、この先の人類の発展のためにも役立つと思う。私たちも、面白いことをもっと優先した生き方をしてみようではないか。
自分に合った喜びの型を見つける実際に自分にとって面白そうと思われることに、次々と挑戦していって、とんでもないほど高みに到達してしまった人がいる。タレントの片岡鶴太郎さんだ。この人が初めてテレビに登場した頃のことを覚えている。始まったばかりの「笑っていいとも!」あたりによく出ていて、結構軽薄なギャグを飛ばし、かなりレベルの低い笑いをとっていたように記憶している。片岡さんのことを「おや?」と思い始めたのはボクシングの世界に入った頃からだ。自分もボクシングをやりながら、ビッグカードでセコンドを務めたりしていた。その打ち込みようから、他の芸人さんとはタイプが違うと思っていたが、芸能関係には詳しくないので、それほど気に止めていたわけではない。だが、そのうち彼の描いた絵が雑誌や新聞などに載るようになったのを見て「上手だなあ」と感心させられるようになった。今では絵で画伯と呼ばれる存在で、なんでも京都のお寺の襖絵の大作まで手がけるというのだから、半端な才能ではないことがわかる。昆虫の変態にも似た彼の成長の軌跡は、私には「面白そうなこと優先」の生き方の賜物のように思われる。芸能人の中には絵などの芸術方面で、余技とは思えないような見事な才能を発揮する人が少なくないが、これにはそれなりの理由があるように思う。そもそも芸能人を志すということは、歌舞伎役者のように成育環境に恵まれた世界にいない限り、自分自身が「面白そうだ。やってみよう」という自主的な判断による選択が圧倒的に多いだろう。つまり、普通の人とは最初から意気込みが違うのだ。言葉を替えれば「うつつを抜かす」に非常に近いところから出発している。芸能人として成功するためには、下積みの経験を誰もがする。演歌歌手などは町のレコード屋の店先で、持ち歌を歌い、自分のCDを手ずから売るという経験を必ずしている。また、居酒屋やスナックで歌うこともあると聞く。そういうとき、心ない酔客から馬鹿にされ、誇りを傷つけられる言葉だって投げかけられるだろう。しかし、そういう経験が芸の肥やしになっていく。片岡鶴太郎さんのようなお笑い系の人だって、下積み時代は屈辱的な仕事もやらされたに違いない。また、少し売れ出すと、華やかな世界だから、遊ぶ機会も半端じゃないはず。これもまた得難い経験になる。要するに一般人とは異なるライフスタイルを通じて、人間としての磨きがかかるのだろう。実際に鶴太郎さんはこんなことをいっている。「若い頃は毎晩ヘトヘトになるまで遊び、それは実に楽しくて、遊んでおいてよかったと思います。当時は、独りアトリエにこもって絵を描くなんて、まったく思いも寄らないことでした」。これはとても正直な感想だと思う。鶴太郎さんは、絵を描くときは早起きをして、玄米の朝食を食べ、夜まで独りで黙々と絵筆を振るうという。「(その一日は)最高の一日です」という言葉に、没頭すること、うつつを抜かすことへの喜びが現れている。人には、それぞれ自分に一番合ったライフスタイルというものがある。そのスタイルを早く見つけることが大切だ。鶴太郎さんの場合はどうやらストイックなタイプらしく、それが絵を描く日の玄米食などにも現れている。だが、こういうことは人によって違うから、表面だけを真似てもダメなのだ。遊びの世界も、単純に人真似では決して道を極めることはできない。そうした自分のスタイルを見つけるには引き出しを多くする意味で、一定期間はがんがん見境なく遊んでみることもまた必要なことである。
行ったり来たりの禅問答的遊び人を目指せ唐突だがライオンとトラの話をする。両者ともネコ科に属する猛獣ゆえに、形態的にはとても似通っている。毛皮を剥いでしまうと、トラなのかライオンなのか見分けがつかないくらいだという。そんなに似ているのに、性格のほうはまるで違っている。ライオンは快適な住まいと十分な餌を与えると、日がな一日ごろ寝を決め込む。まったく怠惰な動物なのだ。対してトラはというと、快適な住まい、十分な餌を与えても、じっとしていない。年中歩き回って何かに注意を向けている。ライオンはものぐさ、トラはもの好きなのだ。人間はどちらかというと、ものぐさもいるが、もの好きに属する人が多い。もの好きな人が多かったおかげで人類は文明を発達させることができた。もしもライオン型のものぐさばっかりだったら、今も人間はサルといい勝負をしていたと動物学者は見ている。数学者で京都大学名誉教授の森毅さんといえば、ひょうひょうとした語り口の名エッセイで知られた御仁である。決して力まず、のんびりゆっくりのスタンスで、結構複雑だったり、深刻だったりする人生問題の解決策を提示してくれる。今どき得難い存在と私はかねてから尊敬している。その森さんが不思議な人で、自らのことをこういっているのだ。「自分のことを考えてみると、もの好きだけれどもものぐさ。一見両立しにくい二つが、ぼくの基調だったと思う」驚いたことにトラとライオンの属性を兼ねた人なのだ。普通はどちらかに傾いたライフスタイルなのに、両方をもっていて、トラと思えばライオン、ライオンと思えばトラに変身する。禅問答というのは「あるものはなく、ないものはある」などと、わかったようでわからないことを延々と繰り返すのが特徴だが、森さんは存在そのものが、トラであってライオン、同時に禅問答そのものなのだ。このような個性や人生観、あるいはライフスタイルはどこから出てきたか。推測だが専門の数学も関係しているように思う。数学はガチガチ論理で進める学問だが、ランクアップするときは情緒がものをいうらしい。こういうベクトルが反対方向へ振れる学問を修めたことが、ものぐさ&もの好きというユニークな個性を身につけられた秘密なのではないか。森さんの際立った能力を一つだけ挙げれば、それは問題解決能力である。むろん、森さん自身は解決してやろうなどと考えるのではない。でも森さんの言葉を反芻していると、そこから不思議に問題の解決策が見えてくる。そうした言葉を以下にいくつか挙げてみよう。「大学で暮らしていたので、新聞でいうなら、政治面や経済面はざっと目を通す程度だったが、定年で自由になってからは、政治や経済に関心が出てきて、そうした本を読むことも多い」「政治や経済に関心をもってきた人なら、思想や芸術に関心を移すとよい。あるいは文系の人なら理系のほうに」「あまり知らないことだからよいのだ。ものにしようなどとは思わぬこと」「昔のちっぽけなキャリアにこだわっていては、老人の自由の格が小さくなる。こだわるまいと思っているだけではダメだから、もの知らぬ世界へ出て、もの好きをするのがよい」「身についた物を捨てても残るものが、自分の味といったものだろう」まるで禅問答と思われないか。でも、どの文句も実に含蓄がある。こんな言葉が泉のように湧いてくる森先生は、余裕の人、人生を遊ぶ人、つまり人生の達人である。
不良名簿にランクアップされた人たち雑誌『ランティエ』のアンケートで「不良と思われる人物」をリストアップさせる試みがあった。古今を問わないという条件なので、現在活躍している人から歴史上の人物まで多彩な不良の顔ぶれが出揃った。その中から興味深い人物を挙げてみる。岡本太郎(画家)宇崎竜童(ミュージシャン)忌野清志郎(ミュージシャン)内田裕也(ミュージシャン)浮谷東次郎(レーサー)立川談志(落語家)坂本龍馬(海援隊設立者)平将門(新皇)北大路魯山人(陶芸家)清水次郎長(侠客)仰木彬(野球監督)北方謙三(小説家)新庄剛志(プロ野球選手)挙げたのはごく一部の人たちだが、みな個性の強いタイプであることがわかる。今生きている人のことは控えて物故者のみで不良の魅力を考えると、坂本龍馬や平将門は、やはり時の権力を恐れずに立ち向かった勇気が大きな要素になっているのだろう。町の不良でも人気があるのは、世間とか常識という大きな敵に反逆する姿勢が評価されてのことだ。仰木彬監督は、しゃれたセンスと遊び人風の雰囲気。女性にモテそうな紳士的な洗練された物腰がドン・ファン的な魅力になっていたのだと思う。岡本太郎さんも権威をものともしないエネルギッシュな個性が魅力だが、もう一つ岡本さんには子供っぽさもあった。何かの拍子に困ったような顔をしたり、悪さを見つかったイタズラ小僧のような表情が楽しかった。不良っぽい行動派でありながら、憎めないキャラクターだった岡本さん。魅力的な不良はどこか憎めない要素も大切だ。それとは逆に北大路魯山人のような人は、完全に道楽の人。憎めないどころか歯に衣きせない言動で敵もたくさんつくった。しかし、美の鑑定人としての実力には誰も抗えなかった。正真正銘の札付きの不良である。こういう人物にはまともな神経の人ではなれない。パスしたほうがいいタイプだ。このリストから世間でどんな人が不良と思われているかがわかる。もちろん、ここでいう不良とは「好ましい意味」である。たぶん「自分もそうなりたい」という人物だと思うが、タイプがあるから「この人みたいに」と思っても、なかなか難しい。そこで読者の参考のため、同誌に同時掲載された「不良であること七箇条」の項目だけを掲げておく。遊び人を目指す人は参考にしていただきたい。[不良であること七箇条]1、自由でヤンチャで無頼なる者をいう。2、文化的素養を持つ者でなければならない。3、お洒落で我がスタイルを持っていなければならない。4、色香を持ち、女にうっとりもされなければならない。5、「破滅性」をはらんでいる者のことをいう。6、「少年っぽさ」を持ち続ける者のことをいう。7、都会的で優しさを持ち合わせていなければならない。
粋と野暮の違いを知っておく男には、それをいわれると「絶対に頭にくる」というセリフがいくつかある。たとえば「男らしくない」というセリフがそうだ。特に女性から絶妙のタイミングでいわれてしまったときは、下手すれば血の雨が降る。それくらい男にとっていわれたくない言葉である。もう一つ、いわれたくないものが「野暮だね」というセリフだ。野暮の反対は粋だが、こちらをいわれるのはうれしいが、いわれなくてもまあ我慢はできる。しかし「野暮だ」とはいわれたくない。だが、これはかなり感覚的なもので、実際に粋がどんなもので、野暮がどんなものか理解している人は少ない。そこで以下に「粋と野暮の違い」をそれなりに整理してみることにする。粋については名著が存在する。九鬼周造の『「いき」の構造』(岩波文庫)である。詳しくは同書を読んでもらうのが一番だが、簡単にいえば男の粋とは、女性に認めてもらいたいおしゃれのことである。これが根本にあるが、もう一つ江戸っ子の伝統として、鯔背とセットになった粋がある。鯔背というのは、日本橋魚河岸の若者たちの髪型からきているが、粋で鯔背なお兄さんは、異性のみならず同性からも「ステキ」といわれた。大久保彦左衛門に仕えた魚屋の一心太助、彼のキャラクターは粋で鯔背なお兄さんの典型といえる。町火消しも目指すは粋と鯔背だった。要するにその時代の先端の流行を巧みに取り入れたのが鯔背である。粋とは、ただセンスよく流行を取り入れるだけではダメで、一定の年季と教養のバックボーンが必要だった。たとえば和服を着るような場合に、仕立てのよいのをきちんと着ただけではダメで、手慣れて帯などに少し崩れた部分をもっているほうが粋。つまり本当の粋は、わざわざかっこよさなど意識しないで無造作に着物を着るところにある。現代でいえば新品のジーンズ、シャツなどはダメで、何度か洗ったものを着たほうが粋の雰囲気は出せることになる。これに対して野暮というのは、今風にいえばダサイの語がピッタリくる。要するに「洗練されていない」のが野暮である。野暮の二乗が野暮天。だが、言葉の使い方としては「あっしなんか、どうしようもない野暮天でして」と、自分を謙っていう場合もある。だが、他人からいわれて喜ぶ人はまずいない。江戸の花街遊びなどは粋を競うのが通例だが、こうした伝統は今日の酒席、宴会などでも生きている。恋愛の世界に入ってしまえば、お互いにアバタもエクボになるから、野暮も粋に見えるが、入り口段階では粋か野暮かは大きな要素になる。男はモテる決め手として粋を装うことが多いが、身についていない粋な振る舞いは「粋がる」といって馬鹿にされる材料となる。男は粋であるに越したことはないが、身につかない粋なら、かえって野暮に徹していたほうが魅力的に見える。なぜなら、そのほうが自然体で振る舞えるからである。粋も自然体で発揮できるようになって初めて本物といえるが、相手が粋を知らなければ、粋風な振る舞いで粋と錯覚することは十分にありえる。たとえばワイン通は粋と見られがちだが、ワインを本当に理解しているかどうかは、深い理解のある人でなければわからない。格好をつけてわかったふりをしているのを見抜けない人も多いから、逆にろくに理解しないで背伸びする人間も出てくる。日本はそういうケースが多い。謙虚に素直に、もっと日本の伝統文化を勉強したほうがいい。そうすれば粋は自然に身についてくる。
粋と野暮の違いを知っておく男には、それをいわれると「絶対に頭にくる」というセリフがいくつかある。たとえば「男らしくない」というセリフがそうだ。特に女性から絶妙のタイミングでいわれてしまったときは、下手すれば血の雨が降る。それくらい男にとっていわれたくない言葉である。もう一つ、いわれたくないものが「野暮だね」というセリフだ。野暮の反対は粋だが、こちらをいわれるのはうれしいが、いわれなくてもまあ我慢はできる。しかし「野暮だ」とはいわれたくない。だが、これはかなり感覚的なもので、実際に粋がどんなもので、野暮がどんなものか理解している人は少ない。そこで以下に「粋と野暮の違い」をそれなりに整理してみることにする。粋については名著が存在する。九鬼周造の『「いき」の構造』(岩波文庫)である。詳しくは同書を読んでもらうのが一番だが、簡単にいえば男の粋とは、女性に認めてもらいたいおしゃれのことである。これが根本にあるが、もう一つ江戸っ子の伝統として、鯔背とセットになった粋がある。鯔背というのは、日本橋魚河岸の若者たちの髪型からきているが、粋で鯔背なお兄さんは、異性のみならず同性からも「ステキ」といわれた。大久保彦左衛門に仕えた魚屋の一心太助、彼のキャラクターは粋で鯔背なお兄さんの典型といえる。町火消しも目指すは粋と鯔背だった。要するにその時代の先端の流行を巧みに取り入れたのが鯔背である。粋とは、ただセンスよく流行を取り入れるだけではダメで、一定の年季と教養のバックボーンが必要だった。たとえば和服を着るような場合に、仕立てのよいのをきちんと着ただけではダメで、手慣れて帯などに少し崩れた部分をもっているほうが粋。つまり本当の粋は、わざわざかっこよさなど意識しないで無造作に着物を着るところにある。現代でいえば新品のジーンズ、シャツなどはダメで、何度か洗ったものを着たほうが粋の雰囲気は出せることになる。これに対して野暮というのは、今風にいえばダサイの語がピッタリくる。要するに「洗練されていない」のが野暮である。野暮の二乗が野暮天。だが、言葉の使い方としては「あっしなんか、どうしようもない野暮天でして」と、自分を謙っていう場合もある。だが、他人からいわれて喜ぶ人はまずいない。江戸の花街遊びなどは粋を競うのが通例だが、こうした伝統は今日の酒席、宴会などでも生きている。恋愛の世界に入ってしまえば、お互いにアバタもエクボになるから、野暮も粋に見えるが、入り口段階では粋か野暮かは大きな要素になる。男はモテる決め手として粋を装うことが多いが、身についていない粋な振る舞いは「粋がる」といって馬鹿にされる材料となる。男は粋であるに越したことはないが、身につかない粋なら、かえって野暮に徹していたほうが魅力的に見える。なぜなら、そのほうが自然体で振る舞えるからである。粋も自然体で発揮できるようになって初めて本物といえるが、相手が粋を知らなければ、粋風な振る舞いで粋と錯覚することは十分にありえる。たとえばワイン通は粋と見られがちだが、ワインを本当に理解しているかどうかは、深い理解のある人でなければわからない。格好をつけてわかったふりをしているのを見抜けない人も多いから、逆にろくに理解しないで背伸びする人間も出てくる。日本はそういうケースが多い。謙虚に素直に、もっと日本の伝統文化を勉強したほうがいい。そうすれば粋は自然に身についてくる。
異性とのつきあいが若々しさを保つ異性については、こんな言葉がある。「男と交際しない女は少しずつ色あせる。女と交際しない男は少しずつバカになる」異性とつきあうことで、お互いに緊張するから、立ち居振る舞いにも気をつけるようになる。おしゃれにも気をくばる。そんな神経の使い方が、いつまでも若々しさを保つことにつながるのだ。いくつになっても異性に関心を抱く男は、それだけで元気印である証拠なのだ。よく女性のセックス欲について「灰になるまで」というが、男の異性への関心も息が絶えるまで続くという。百歳の老人にインタビューする企画があって、「趣味は何ですか」と尋ねたら、ちんどん屋ひと筋できた老人が「私の趣味は女。女がいるから生きてこられた。今でも女とつきあっている」と答えて周囲の人を驚かせた。よく聞いてみると、つきあいとは「会話をする」とか「手を握る」程度のことだったそうだが、それでもいい。男は死ぬまで異性への関心を持ち続けるべきだ。最近は五十代、六十代で、女性に対して「戦意はあるが戦力が整わない」という状態になる人が少なくない。この、異性への関心は消えていないが、戦力が整わない状態が続くと、急速に関心までなくしてしまう。それが一番の問題で、そうなると急速に老化が進行する。結局、関心をどこまで持ち続けられるかの勝負になってくる。人間の一大特徴は好奇心をもつことである。好奇心をもつことで、人類は進歩、発展してきた。人間の脳は好奇心を持ち続けることで活性化される。異性に関してもし戦力が整わなくなっても、関心を持ち続けることで活性化する可能性は十分にあるといえる。決してあきらめないことが肝心だ。精神科医の斎藤茂太さんが、長寿を保っている人たちを観察し、長寿を保てる人の特徴として「心に余裕のある人々である」と結論づけていることも興味深い。斎藤さんは心の余裕を、具体的にどういうものかを次のように述べている。「具体的にいえば、人づきあいがうまい。つまり友人が多いこと。絶えず前向きの姿勢をもっていること。本業以外の趣味をもっていること。他人のせいにしないこと。好奇心が旺盛なこと。ストレスを恐れず、むしろ楽しむこと。仕事を道楽と心得ること。ユーモアを忘れないこと。何事も後悔しないこと」さらに、そのためにどうしたらいいかの処方箋として、STRESS(ストレス)の六文字で表現して次の項目を挙げている。S…スポーツT…トラベル(旅行)R…レクリエーションE…イート(食べることを楽しむ)S…スリープ(よく眠る)S…スマイル(笑う患者ほどなおりが早い)どれも楽しむこと、遊びに通じることばかりである。心の余裕を得るためには、ここに挙げたような遊びを絶やさず実行すればいい。そうすれば心の余裕が失われることがない。オランダの歴史家、ホイジンガの「ホモルーデンス」(人間は遊ぶ人)という指摘は、本当に人間が生きることの核心をついていると思う。いつも遊び心を忘れないことが老化防止につながるのだとしたら、遊ぶことは最良・最強のアンチエイジングということになりはしまいか。遊ぶ相手が異性であれば、なお楽しい。
遊び心は子供心に通じる人間にとって遊びは仕事以上に大切なことといえるが、遊び心とは子供心であると私は思う。人間には三つの心があるというが、遊んでいるときの心を自分で思い起こすと、そこにあるのは無邪気で一心不乱に何かに没頭する子供心なのだ。人間は誰もが子供心から人生をスタートさせる。そして成長して大人の心をもつようになる。そしてやがては親になって親の心をもつようになる。交流分析という心理学理論では、人間はいくつになっても、この三つの心をうまく使いながら生きているという。子供に接するときは親の心で接する。仕事をしているときや恋人と語らうときは、おおむね大人の心だ。問題は子供の心を大人がどう使うかだ。子供たちと一緒になって遊ぶときに、子供の心に立ち返ってみるのもいいだろう。だが、最も効果的なのは、あらゆる遊びを子供の心で遊んでみることだ。たとえば恋人と戯れるとき、大人の心ではなく、無邪気な子供の心になって接してみると、そこには大人の心とは違った純粋な遊び心が生まれる。仕事をするときも、子供心で無心に没頭したほうが、よい成績が上げられる。大人の心だと、そこに不純な要素が入り込みやすい。また、子供は何でも遊びにしてしまう特殊技能をもっている。大人の心を持ち始めた少年少女に「お使いへ行ってきて」と頼むと「お駄賃をいくらくれるか」という話にすぐなってしまう。だが、小さい子供は、頼まれたことを、ちゃんとやり果たせる自分に感動するためだけに率先してお使い役を買って出る。「ねえ、ぼくに行かせて、行かせて」。こういう無償のやる気こそが、人間の能力を最大限に発揮させる。大人になってからでも、それは十分にできることだ。過去に人類史上に残る偉大な発明発見の多くが、男性の手によってなされてきたことの理由は解明されていない。「男性のほうが優れているからだ」という理屈は、とても納得のいくものではない。しかし「男子社会で女子が疎外されてきたから」という説も簡単にうなずけない。だが、ここに子供心をもってきて、「男性は子供心を発揮しやすい」と考えると、にわかに信憑性を帯びてくると思われないか。女性は思春期以降、産む性、育てる性として、大人の心と親の心に支配されるのだ。子供の心は、母性という役割からふさわしくない。一方、男のほうは大人の心と親の心では、闘争ばかり始めて困る。そこに自然の摂理が働いて、「同じ闘争なら子供心でやりなさい」、こんな自然の配慮が働いたのではないか。ところが子供の没頭性、うつつを抜かす集中力は、発明発見に向いていた―こう考えると納得がいくように感じられる。少年の心を失わなかった作家、澁澤龍彦は「遊び」について、次のような言葉を残している。「あらゆる大人の世界の禁止から解放された、自由なナルシシックな子供の世界、時間のない、永遠の現在に固着している子供の遊びの世界は、やはり私たちの想像し得る、最も理想的な黄金時代といってよいのではあるまいか」(『人形愛序説』第三文明社より)それで思い出すのは丹波哲郎さんだ。霊界の宣伝マンを自称する丹波さんの「あの世の話」は、わかりやすく面白くてためになる。はじめの頃は「どこまで本気なのか」と眉につばをつけていたが、今は人々の役に立つと思うようになった。なぜなら、病気で死んでいく人にも、今この世で苦しんでいる人にも、勇気を与え、明るくさせてくれるようなメッセージだからだ。なぜ、そんなことを始めたのか知らなかったが、なんでも小学校一年生のときに饅頭に当たって死にそうになった。そのときに臨死体験をしたらしい。それがきっかけで、この世とあの世のことを考え、霊界の宣伝マンを買って出るようになったということだ。つい最近二回目の臨死体験をされたようだが、それまでのベースは小学校のときの体験だ。何となく私がうなずけるのは、子供の心でこの問題に接しているように感じられるところだ。つまり遊びにかこつけているのだ。遊んでいるといっていいのかもしれない。だが、遊びにこそ真実が含まれるという点で、この丹波さんの霊界の話はにこにこ笑って聞いても心に残るのである。死んだらどうなるのかなど、本当のところは誰にもわからない。わかっている人がいても、大多数は理解できないか
ら、結果は同じだ。ただ、丹波さんのような人たちの話を聞くことは、この世を楽しく正しく生きるうえでプラスになるのだ。「この世とあの世がつながっている以上、この世の言動はすべて、あの世に伝わるさ。だから現世での生き方が重要なんだ。といっても、特別なことをする必要はない。私が常々いっているだろう。明るく、素直に、あたたかく、心に愛を育み、他人にそれを降り注ぐことだ。そうすれば快適で、すばらしいあの世が待っているぞ」生きること、死ぬこと、究極の遊びはこれなのだ、という気にさせられる。
男の品格――気高く、そして潔く著者:‥川北義則 YoshinoriKawakitaこの電子書籍は『男の品格』二〇〇六年四月二八日第一版第一刷発行を底本としています。電子書籍版発行者:‥江口克彦発行所:‥PHP研究所東京都千代田区三番町三―十〒1028331webmaster@bookchase.com製作日:‥二〇〇七年八月一日本書の無断複写(コピー)は著作権法上での例外を除き、禁じられています。
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