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第五章タクシー運転手の海馬は成長する

第五章タクシー運転手の海馬は成長する一度形成された脳細胞は増えないという常識に反して、複雑な道を記憶したタクシー運転手の「海馬」は著しく肥大していた。

脳は経験で変化する可塑性を備え、悲観的な神経回路さえ変えられるのだ

第五章タクシー運転手の海馬は成長する一度形成された脳細胞は増えないという常識に反して、複雑な道を記憶したタクシー運転手の「海馬」は著しく肥大していた。

脳は経験で変化する可塑性を備え、悲観的な神経回路さえ変えられるのだ

人間の脳には驚くほど、変化する力がある。

神経科学者たちは長いあいだ、ある年齢──おそらくわずか七歳くらい──を過ぎると脳は柔軟性を失い、もう変化できなくなると信じてきた。

だが、近年急速に発展してきた脳の可塑性の研究によって、この従来の概念は完全にくつがえされた。

そして、たとえ非常に高齢でも、人間の脳にはこれまで考えられていたよりはるかに高い柔軟性があることがわかってきた。

これは、頭に浮かんでは消える思考レベルの、表層的な変化をさしているのではない。

脳の物理的な構造において、変化が現実に起きるのだ。

わたしたちの行動や思考はニューロンに、そしてニューロン同士の結びつきに影響を与え、その結果、脳の回路のはたらき方はじっさいに変わる。

なかでも特に変化しやすい、〈可塑性〉の高い回路が、恐怖や快楽を統制するサニーブレインとレイニーブレインの回路だ。

恐怖や快楽の経験が人それぞれの神経回路を発達させ、人それぞれのレイニーブレインやサニーブレインをつくりあげるということだ。

独自なレイニーブレインとサニーブレインがあるからこそ、人はそれぞれのやり方で恐怖や快楽に反応する。

そしてこの「アフェクティブ・マインドセット」の反応の根本的な相違によって、人が世界をどう見るかは左右される。

この「世界をどう見るか」を変えれば、逆に脳に変化をもたらせることが今、わかってきている。

タクシー運転手の脳に起こっている変化ロンドンには二万五〇〇〇以上の道路がある。

年月とともにあちこちに無数の交差点や横道がつくられた結果、町全体はさながら複雑な迷路のようだ。

ニューヨークのように道路と道路が垂直に交差し、どこにでも簡単にたどりつける町とはまるでちがう。

けれどロンドンのどこからでもいい、名物の黒塗りタクシー〈ブラックキャブ〉に乗り込んだら、運転手はあなたの目的地がどこだろうと即座に最短のルートを選び、迷わずすみやかに送り届けてくれるはずだ。

こんなに卓越した位置把握能力は、だれにでも簡単に身につくものではない。

二万五〇〇〇の道路をひとつ残らず記憶し、頭の中で自在にルートをたどれるかどうか試す〈ノリッジ(知識)〉という試験を突破した者だけが、ブラックキャブを運転する免許を得られる。

この試験は非常に難関で、受験者のわずか半数程度しか合格することができない。

二〇〇〇年、ロンドン大学の認知神経科学科のエレノア・マグワイア教授は、一六人のブラックキャブの運転手の脳をfMRIでスキャンした(1)。

そして海馬の後方部が一般の人に比べて著しく肥大していることを発見した。

この海馬という組織は、人間だけでなく鳥や他の動物の脳においても、位置把握に密にかかわる部分だ。

実験からはさらに驚きの発見があった。

海馬の肥大の度合いが、運転手のキャリアに比例していたことだ。

運転歴が長いほど海馬は大きくなっていたのだ。

この結果をさらに追究するためマグワイアは、ノリッジ試験に向けて勉強中の見習い運転手の習熟度を次のような実験で検証した。

ふたたびfMRIを使って、マグワイアは見習い運転手が試験の講習を受けはじめたときと、講習が終わりに近づいたときの二回、脳をスキャンした。

その結果、一回目と二回目とで海馬の大きさが激しく変化した者ほど、試験突破の確率が高いという結果が出た。

これは、経験によって脳の物理的組成にたしかに変化が起きることを示した、有力な証拠といえる。

音楽家の脳も変化していたさらに強力な裏付け証拠が、プロの音楽家の脳の調査からももたらされている。

音楽の演奏はたいへん複雑な作業だ。

一分間に何百もの音を要求どおりに正しく奏でることは、並の人間にはできないすばらしい技能だ。

こうした複雑な作業を行う音楽家の脳が、音楽をしない人間の脳とは大きく異なっていることが、高解像度のMRIでスキャンをした結果、あきらかになった。

複雑な音を聞き分けたり、精密な動きをしたりするのにかかわる脳の複数の領域が、音楽家は非音楽家と比べてはるかに大きくなっていたのだ(2)。

音楽家にはこうした条件がもともと備わっているのではないかと、訝る人もいるかもしれない。

音楽家は、音楽に才能を発揮するような脳をもって生まれたからこそ、音楽家になるのだと──。

だが、それはちがう。

研究からは、脳のこうした領域の大きさが、その人の行った練習量に応じて変化することが示されている。

練習を多くすれば、これらの領域は脳の中で肥大するのだ。

音楽家の脳に見られるこの〈可塑性〉には、負の側面もある。

局所性ジストニアと呼ばれる神経疾患がそれだ。

この病気にかかると、たとえば弦楽器奏者は一本の指を他の指と別に、独立して動かす能力を失ってしまう。

このような症状が起きるのは、〈体性感覚皮質〉と呼ばれる脳内の細い紐のような部分に、体の各部の機能が集約されているためだ。

体性感覚皮質には、体の各部のいわば地図がおさめられており、唇や腕や手や指などすべての部分にわずかずつ皮質が割り当てられ、効率よく機能できるようになっている。

ふつうなら指には一本一本小さな割り当てがあり、となりの指の割り当てとは明確な区分がある。

ところが、ギタリストのように二本の指をしじゅう連動させていると、それぞれの皮質上の割り当てが徐々に拡大し、しまいにはひとつにくっついてしまう。

体性感覚皮質は二本の指を一個のまとまりとして見るようになり、皮質上の割り当てをひとつですませようとする。

この症状が起きると、ギタリストは一本一本の指をばらばらに動かすことができなくなるのだ。

人間の脳は思ったよりもはるかに柔軟脳の可塑性が発見されたことで、従来考えられていたよりも人間の脳がはるかに柔軟であることがわかってきた(3)。

脳は新しい何かにつねに反応しつづけ、人間が生まれた瞬間から死ぬ瞬間まで絶えず何かを学び、変化する。

わたしたちの頭の中にあるニューロンの複雑なネットワークや神経繊維の経路は、たえまなく何かに反応し、適合し、自身を再配列するのだ。

この柔軟性こそがわたしたちに、世界観を変化させるすばらしいチャンスを与えてくれる。

可塑性はしかし、諸刃の剣でもある。

新しい経験で脳を刺激してやらなければ、ものごとの対処の仕方や信念は固定化し、簡単には変化しなくなる。

そして、脳のある部分を使わずにいたら、その部分は徐々に他の機能に乗っ取られていく。

けれど努力さえすれば、すっかり凝り固まった回路を変化させることも可能だ。

「目が見えない人は聴覚が鋭い」という俗説が真実であることは、現在、複数の調査から確認されている(4)。

目の見えない人の脳をスキャンすると、大脳皮質のちょうど後方にある視覚野と呼ばれる場所が、通常なら視覚情報だけに反応するはずなのに、聴覚的な刺激にも反応していることがあきらかになった。

つまり、ふつうは何かを〈見る〉ことで作動する一連のニューロンが、目の見えない人の場合、何かを〈聞く〉ことで発火していたのだ。

皮質上の不動産(ほんとうにこういう呼び方をするのだ、時どき)は、外界から何も信号が送られてこないからといって眠っているわけではない。

空いているその資産を、他の感覚や活動

が利用しに来るのだ。

目の見えない人の場合、視覚野は聴覚に接収される。

オレゴン州ポートランドのオレゴン健康科学大学のアレクサンダー・スティーブンスと同僚はある実験で、目の見えない人に脳スキャナーの中で横になってもらい、かすかな音を鳴らしてそれに耳をすませてもらった。

音が鳴ると、被験者の血流は一気に脳の後方の、視覚野であるべき場所に集まった。

そして音楽やスピーチに耳をかたむけると、聴覚野が刺激されるだけでなく、本来なら視覚刺激によってのみ発火する脳細胞までもが活性化した。

つまり音は、目の見えない人の脳内では二倍の力をもつということだ。

これと逆のことも成り立つ。

やはりオレゴン大学の神経科学者ヘレン・ネヴィルは、耳の聞こえない人は視覚がそのぶん鋭くなるのかどうかを考えた(5)。

左右の耳で音を感知できなければ、それを補うために、視野の外にあるものを認識する能力は高まるだろうか?これをあきらかにするためネヴィルは、幼いころから耳が聞こえない人々と、聴覚が正常な人々の双方に協力してもらい、視界のすぐ外の周辺視野で光を点滅させる実験を行った。

光が点滅したとき大脳皮質の各部分がどう反応したかを調べると、耳が聞こえない人の場合、本来は音の刺激を処理すべき聴覚野の一部で、視覚刺激への反応が起きていることが確認された。

耳が聞こえない人は、周辺視野の視覚がほんとうに高まっていたのだ。

以上のことから、「主たる感覚のどれかを失った人の脳内では、使われなくなった領域のニューロンが他の役割のためにはたらき出す」というたいへん興味深い結論が導き出された。

脳の可塑性の探究のはじまり脳の可塑性というこの現代的な概念は、意外にも、アメリカの実験心理学の祖ウィリアム・ジェームズによってはるか昔に提唱されていた(6)。

ジェームズは「脳には驚くほどの可塑性が秘められている」という文章を、一八九〇年代当時にすでに著していたのだ。

だが強力な裏付け証拠を欠いていたため、ジェームズの主張はそのまま時の彼方に埋没していた。

それがようやく日の目を見たのは、二人のイギリス人神経科学者が画期的な実験を行い、脳の配線は指紋と同じように個々人で異なるという最初の鍵を提示したときだ(7)。

一九一二年、神経科学者のトーマス・グラハム・ブラウンとチャールズ・スコット・シェリントンの二人は、大脳皮質上で体の動きをつかさどる部分にはほとんど柔軟性がないのか、それとも後天的に再形成できるのかという問題の解明に乗り出した。

つまり、経験によって脳のはたらき方には変化が生じるのか否かということだ。

親指と人差し指でものをつまむサルと、親指と中指でものをつまむサルとでは、手の動きをつかさどる運動皮質にわずかでも差が生じるのだろうか?ブラウンとシェリントンは実験用の一群のサルの運動皮質のあちこちに電極を差し込み、電流を流したときにどこの筋肉がピクピク反応するかを調べた。

もし運動皮質上で手を担当する部分が後天的にはいっさい変化しないのなら、どのサルの場合も同じ場所が、手の動きを引き起こすはずだ。

けれど、個体の独自の経験が脳内の配線を変えるなら、それぞれのサルの手の動きをつかさどるのは皮質上の微妙に異なる場所になっている可能性がある。

そして実験からはたしかに、手の動きが運動皮質のどの部分に関連しているかには個体差があることが確認された。

これは、個体の歴史や経験が脳の組成に影響する可能性を示す、重要な鍵となった。

数年後の一九一六年、アメリカの心理学者シェパード・アイボリー・フランツも、先と同様の結論に至った(8)。

サルを用いた研究からフランツは「大脳皮質の特定の場所に特定の機能が局在するわけではない」と結論した。

だが、この発見は周囲から黙殺されて終わった。

当時の科学界にはまだ、このメッセージを受け入れる準備ができていなかった。

加えて、「サルの脳はもともとそのようにできているだけではないか」という純粋に科学的な懸念もあった。

個々のサルの遺伝子暗号はもともとわずかに異なる運動皮質を形成し、それらはサルが生まれてから死ぬまでほとんど変化しないのではないか──というのが当時のおおかたの考えだった(忘れないでほしい。

これはエピジェネティクスという現代的な発見がなされるよりずっと前の話だ)。

もしもこの仮説が正しければ、フランツやブラウンらの実験結果は、脳の可塑性について何も解き明かしていないことになる。

脳の可塑性、初の証拠脳の可塑性を裏付ける証拠がようやく出てきたのはそれから七年後のことだ。

人間の脳の回路は日常の経験をもとに形成されるという説得力ある証拠をもたらしたのは、アメリカの心理学の創成期にもっとも大きな影響力をもった研究者、カール・ラシュレイだ。

ちなみに、ラシュレイがワシントンDCの国立精神病院で初期の研究をしていたころ、一緒に研究に参加したのが先に登場したシェパード・フランツである。

ラシュレイは、〈記憶痕跡〉の発見に非常に固執したことで有名だ。

記憶痕跡とはラシュレイによれば、記憶が脳内に残す物理的な痕跡だ。

彼は、記憶とは脳の特定の領域に格納されるはずだと強く信じ、その場所を見つけだすことに何年もの歳月を費やした。

けれどその場所はついに発見されず、この失敗からラシュレイは、「記憶は脳の特定の場所に存在するわけではない」「脳の他の機能についても同じことがいえるのではないか」と推論するようになった。

ラシュレイは一連の重要な実験の中で、同じサルの脳内を数カ月にわたって何度か調査した(9)。

そして、同じ筋肉を動かす運動皮質上の領域が、時により変化していることを発見した。

この結果は、皮質の発達のようすは個体間で異なると示したブラウンとシェリントンの研究や、フランツの実験結果とも合致する。

しかし、ラシュレイの実験がとりわけ大きな意味をもったのは、「サルの皮質がそれぞれ異なるのは、生まれながらの個体差だ」という仮説をくつがえした点だ。

同じ個体において、運動皮質が時とともに変化することをあきらかにしたラシュレイは、脳内で起きるプロセスはけっして硬直したものではなく、逆に非常に柔軟性に富む、可塑性の高いものであることを証明した。

彼が打ち立てた〈量作用の原理〉という法則は、それから数年後の流れを予兆するものだった。

これは、大脳皮質は一体となって機能しており、どこか一部が損傷すればその役割を他の部分が乗っ取るという考えだ。

最近の実験からあきらかになった、視覚や聴覚を失った人の脳内で起きている現象はまさにこれだ。

理論も生まれたが、まだ概念は理解されなかったラシュレイの考えに理論的な枠組みが与えられたのは、それから長い年月の後、カナダの心理学者ドナルド・ヘッブが今や古典となった著作『行動の機構』を発表した一九四九年のことだ。

ヘッブは学習と記憶が脳内でどのように発生するかに興味を抱き、学習という現象が起きるときにはニューロンとニューロンのあいだで何かの構造的変化が生じているはずだと推論した。

たとえば自転車に乗るなど何か新しい技術を学ぶとき、脳の中ではおそらく何かの変化が起きている。

ヘッブの考えによれば、一群のニューロンが同時に繰り返し刺激を受けると、ある活発な回路がそこに築かれる(これをヘッブは、神経細胞の集合と呼んだ)。

そして、この新しい回路は何度も発火を繰り返すうち、より強く、安定したものに変化していく。

子どもがピアノのあるひとつの鍵盤を繰り返し押し、あるひとつの音に耳を傾けているところを想像してみよう。

ある鍵盤を押す行為と、ある決まった音が聞こえる現象が何度も結びつけばそれだけ、〈鍵盤を押すこと〉と〈音を聞くこと〉にかかわるニューロン同士のつながりは強くなる。

あるニューロンが発火すると、そのニューロンに関連する別のニューロンはたいてい同時に発火する。

この現象を、のちの研究者は「同時に発火するニューロンは結合する」と表現した(10)。

ヘッブ自身も、シナプス同士の結合は、その回路が頻繁に使われるほど容易かつ効率的になると主張していた。

逆のことも言える。

つまり定期的に使われない

回路は、徐々に消えていってしまうのだ。

ヘッブの主張は現代のわたしたちには当然のことに思えるかもしれない。

だが、これは当時としては画期的な思想であり、神経の可塑性という現代科学の一分野の基礎はここから築かれた。

いささか驚きなのは、これだけ多くの証拠がつぎつぎ生まれていたにもかかわらず、脳の可塑性という概念が心理学と神経科学の世界で広く受け入れられるようになるには、さらに三〇年以上の歳月がかかったことだ(11)。

片眼が見えない状態で成長した子猫の脳はどうなったかわたしが大学で神経科学を学んでいた一九八〇年代には、脳の回路が可塑性をもつのは幼少期だけというのが定説だった。

だから、七歳を過ぎてから脳に何か損傷が起きると、失われた機能を回復する見込みはゼロに近いと考えられていた。

当時の学生が、幼い脳の可塑性について学ぶときかならず例に出されたのが、一九六〇年代に発表された有名な〈ヒューベルとヴィーセルの実験〉だ。

医学者としてスウェーデンのカロリンスカ研究所に勤務していたトルステン・ヴィーセルは、一九五九年にハーバード大学の大規模な神経生物学研究室に移り、カナダのオンタリオ州からきたデーヴィッド・ヒューベルと一緒に研究を始めた(12)。

この研究室で二人は一連の研究をスタートさせ、のちの一九八一年にノーベル賞を共同受賞することになる。

二人は生後三週間から五週間のたくさんの子猫を実験用に集め、眼球を傷つけないように注意しながら片側のまぶたを縫って閉じ、そちらの目が視覚的刺激をいっさい受けられないようにした。

生後六カ月になったとき、閉じられていたまぶたはふたたび開かれた。

だが、視覚野が活動を抑えられていたために、そちら側の目は完全に見えなくなっていた。

つまり、生まれたときに目や視覚野の機能が完璧に備わっていても、そこからさらに「見ることを学ばなければ」視覚は発達しないのだ。

この実験は、皮質の本来の機能は使われずにいるとじきに失われることを実証した。

視覚の発達には時期が重要だというこの発見は画期的で、早期白内障など子どもの眼病の治療には時期を選ぶことが非常にたいせつだと医師らに認識させた。

だがこの実験がもたらした発見のうち、わたしたちにとってむしろ大きな意味をもつのは、閉じていた目を受け持つはずの視覚野がずっと眠ってはいなかったという、あまり着目されなかったほうの事実だ。

活動していなかったその領域はじきに、閉じられなかった目から入る刺激を処理しはじめた。

これらの子猫の脳は、皮質の中で遊んでいる部分があってはならないとばかりに自分で自分を再配線し、その結果、閉じられなかった目の側の視覚野は通常よりずっと拡大することになった。

脳の可塑性を示す典型的な例といえるだろう。

この実験は脳の働きについて、ふたつの重要な事柄をあきらかにした。

ひとつは、発達のためには特に重要な時期があり、その時期に適切な刺激が与えられなければ、感覚器官は正常に発達できないという事実だ。

ふたつ目は、脳はこの重要な時期、非常に柔軟であり、可塑性があるという事実だ。

だから神経科学者らは以後、この特定の時期ならば脳が何かの損傷を受けても回復できる見込みは高いが、この時期を過ぎて〈配線完了〉になったら、それを変化させるのは不可能だと推測した。

皮肉にもヒューベルとヴィーセル自身、大人の脳が──あるいは子どもの脳でも年齢があがれば──可塑性を発揮することはほぼありえないという考えを、最前線で推し進めていた。

大人になってから感覚を失っても、脳の機能は変化するのかこの推測が誤りであることは、今日では自明になっている。

ヘルシンキ大学で行われ、おおいに議論を呼んだ一連の研究の中で、神経科学者にして心理学者でもあるテイヤ・クヤラは、成熟した大人の脳でも音に反応して視覚野に大きな変化が生じうることをあきらかにした(13)。

ヘレン・ネヴィルとアレクサンダー・スティーブンスによる複数の研究もまた、大人の脳の皮質上で、感覚野の統合がたしかに起きていることを示した。

つまり、目の見えない人が何かを聞こうとするときは、視覚野の一部で反応が起き、逆に耳の聞こえない人が何かを見るときは、聴覚野の一部が発火して活動状態になるのだ。

問題は、これらの実験に参加した視覚障害者と聴覚障害者が、ずっと幼いころから視覚や聴覚を失っていたことだ。

つまり彼らの脳の変化は、発達上重要な、もともと脳が柔軟な時期に起きていた可能性があるのだ。

そこでクヤラと研究チームが追加で行ったのが、この重要な時期を過ぎてから視覚や聴覚を失った人にも、同じ現象が起きるかどうかという研究だ。

研究チームは、大人になってから失明した人々に複数の音を聞き分けてもらい、その間、視覚野に強い活動が起こることを確認した。

つまり、本来視覚刺激に反応すべき部分が聴覚刺激に反応するようになっていたわけだ。

かなり年齢が上がってから視力を失った人でも、聴覚はふつうより鋭くなっていた。

それは、本来視覚を扱うべき部分が手すきになり、聴覚の認識に手を貸せるようになるためだ。

ただ、これはまだ非常に議論の多い研究で、納得していない科学者もたくさんいる。

五日間目隠しをして暮らすだけで脳が変化する?わたしはこの研究について、ハーバード大学の神経科学者アルバロ・パスクアル=レオーネと議論したことがある。

レオーネは脳の可塑性の研究では世界屈指の科学者のひとりだ。

二〇〇九年、わたしは勤務していたエセックス大学の脳科学センターが新設されるときに、アメリカから彼を招待した。

レオーネはほがらかで若さにあふれた科学者で、脳の可塑性の研究について語るとき(そしてスペインの食べ物とワインについて語るとき)、とりわけ生き生きとしていた。

スペインのバレンシア地方に生まれた彼は、ドイツで医学と神経生理学を学び、その後アメリカにわたってミネソタ大学で神経科学の研さんを積んだ。

彼が行った革新的な研究からは、サルの脳にしばしば認められる可塑性が人間の脳にも備わっているという、非常に強力な証拠が示されている(14)。

彼が才知あふれる話題で聞き手を魅了した後、新しい脳科学センターでレセプションが開かれた。

そのときわたしはレオーネに質問した。

「大人の脳にも可塑性があるという主張について、どうお考えになりますか?」レオーネは、前述のクヤラの研究結果は信頼できるだろうと答えた。

のみならず彼は、さらにもっと驚くべき話をした。

わずか一週間目隠しをして暮らすだけで、人間の視覚野は触覚による刺激に反応し、活性化するようになるというのだ。

レオーネが話したのは、ボストンにあるベス・イスラエル・ディアコネス医学研究所で行ったという、ある実験のことだ。

レオーネの研究チームは少数の被験者に、月曜から金曜の晩までの五日間、ずっと目隠しをしたまま生活することを了解してもらった。

この間、被験者は点字学習や他の認知にまつわる課題などさまざまな実験に参加するほかは、食べたり飲んだり眠ったりなど、できるかぎり普段通りの生活を送るようにつとめなければならない。

実験が始まる前は読者もご想像のとおり、頭の中で詩をそらんじたり何かを触ったり音楽に耳をかたむけたりしても、被験者の視覚野に反応は起こらなかった。

だが一週間後、事態は変わっていた。

被験者がふたつの音を聞き分けようとしたときや、何かに触れたりしたとき、視覚野にすぐ反応があらわれたのだ。

たった五日間、目の見えない生活をしただけで、脳の配線にはもう影響が生じたわけだ。

この結果には、当のレオーネですら驚きを禁じ得なかった。

「たったの一週間で、神経の新しい回路がゼロから形成されるとは考えにくい」と、レオーネは言った。

考えられるのは、脳内でほとんど使われていなかった回路が息を吹き返し、再利用されたというシナリオだ。

この研究はまだ公に発表されておらず、レオーネ自身、この現象のメカニズムを詳細に検証するためにさらなる研究が必要だと語っている。

もし実証されればこれは、大脳皮質に可塑性があることを、そして変化は非常に短期間であらわれることを示す、驚くべき研究結果となるはずだ。

大人の脳にも可塑性があるという証拠は今、増加しつつある。

そしてこの新しい知見をもとに、パーキンソン病やアルツハイマー病など各種の退行性脳障害を

治療する、重要で新しい方策が開発される可能性が高まっている。

不安障害や抑うつなど心の健康の問題も、脳の可塑性をうまく利用すれば改善できるのではないかと、わたしは個人的に直観している。

老いてなお、新たな脳細胞が作られるかもしれないもうひとつ、さらに驚きの発見がある。

それは、人間が老いてもなお、まったく新しい脳細胞は生産されうるという発見だ。

固定化していた神経回路を変化させるのはともかく、脳細胞が新たに作られるなどということが、ほんとうに可能なのだろうか?わたしが大学生だった一九八〇年代には、発達上の重要な時期を過ぎれば脳は固定化すると神経科学の教師は明言していたし、「脳細胞が再生産されることはない」ときっぱり言い切っていた。

「脳細胞はいったん死ねば、もとに戻ることはない」と当時の学生はしつこく教えられてきた。

だからこそ、脳が損傷すると甚大な影響が長きにわたって生じるのだと、わたしたち科学者は考えてきた。

これらは今すべて、問い直されつつある。

それは、神経科学の急速な発展により、〈ニューロン(神経細胞)新生〉という新しい分野の扉が開かれたからだ。

これは、まだ議論は多いものの、まちがいなく刺激的なテーマだ。

だが、ほんとうに、ニューロンが新しく生まれることはありうるのだろうか?カリフォルニア州ラホヤにあるソーク研究所の遺伝学研究室長フレッド・ゲージによれば、「人間は生まれ持ったニューロンがすべてではなく」、「大人の脳でさえ、新しい脳細胞を生産することは可能」なのだという。

ゲージがこの結論に至るきっかけとなったのは、幼いマウスを使った次のような実験だ(15)。

マウスにとって至福の環境とは、トンネルや玩具や回し車が豊富にそろっていて、しかもそれらを好きなだけ使える場所だ。

こうした〈豊かな〉環境で育てられるとマウスの皮質は肥大する。

これは過去の研究からすでにあきらかだ(16)。

皮質が肥大する主な理由は、シナプスの連結が高密度になるからだ。

脳の可塑性の研究からも予測されたとおり、学習や遊びは脳内のシナプス連結を増加させるのだ。

ゲージはまず、マウスをふたつのグループに分けた。

片方のグループは楽しくて興味を引く物がそろった環境で四五日を過ごし、もう片方のグループは快適ではあるが、無味乾燥な環境下でやはり四五日間を過ごす。

四五日後にもたらされた結果は、驚くべきものだった。

〈豊かな〉環境に置かれたマウスはそうでないマウスに比べ、海馬の神経細胞の増加数が約三倍にもなっていたのだ。

ニューロンが新たに誕生した原因が、活動や運動量の増加にあるのか、社会的相互作用の増加にあるのか、それともストレス度が低いためなのかは、まだはっきりわかっていない。

原因はさておき真に興味深い問題は、マウスよりもはるかに複雑な人間の脳にも、同様の現象が果たして起きるのかという点だった。

ゲージは、この実験結果が人間にもあてはまるかどうかは非常に大きな問題だと理解しており、どうすれば答えが得られるか、知恵を絞った。

突破口が見つかったのは研究所の休憩時間に、サバティカル・イヤー(研究休暇)で研究所を訪れていたスウェーデン人の神経学者ペーテル・エリクソンと談笑していたときだ。

エリクソンはそのとき、重いがん患者の脳にしばしばある薬が注射されることを思い出した。

その薬は、増殖したがん細胞に残らず印をつけるために使われるものだ。

ただし、見つけた新しい細胞ががん性のものか否かまでは区別することができない。

脳の中で新しく生まれていた細胞は悪性なものも良性なものもふくめ、すべてがグリーンの蛍光色に染まる。

問題は、がんの専門家が生検に必要なのはがん細胞だけであることだ。

つまり、新しい健康な細胞が生まれていたかどうか検証するには、患者の死後、脳の組織を切って調べるしか策がないのだ。

エリクソンはサバティカルを終えてスウェーデンのヨーテボリ大学に戻ってから、この構想を実践に移した。

彼はサールグレンスカ大学病院で、脳腫瘍の末期患者の多数にこの研究について説明を行い、そのうちの何人かから、万一亡くなったときには研究のために脳を献体してもらう了承を得た。

了承した患者のうち計五人が、しかるべき治療を受けたにもかかわらず残念ながら命を落とした。

五人の患者の年齢は五〇代後半から七〇代だ。

彼らが献体した脳の組織を調べることで、人間の脳は新しいニューロンを生産しうるのか否かという疑問に、いよいよ答えが出ることになった。

エリクソンとそのチームは解剖のさい、これらの患者の海馬から組織を薄く切り取った。

切り取られた組織は大西洋を飛び越えて、カリフォルニアのゲージの研究室に送られた。

この脳組織が初めて顕微鏡の下に置かれたときは、大きな緊張と興奮が人々を襲ったにちがいない。

顕微鏡の下で輝く緑の蛍光色は、患者の脳内で新しく細胞が誕生していた事実をはっきりと示していた。

二〇〇四年にゲージは小さな会議の席で、次のように発表した(17)。

「献体されたすべての患者の脳において、ヒト以外の種でニューロンが新生したのと同じ場所で、新しい細胞が生まれていたことが確認された」五人の患者のうち何人かは七〇歳を越えていた。

そして彼らはがんを患っていたにもかかわらず、その脳内ではまだ、新しい脳細胞がせっせと生産されていたのだ。

これはつまり、脳は変化したり反応したりするのを命のあるかぎり止めないということだ。

「老犬に新しい技は教えられない」という諺は、まちがいだったのだ。

快楽や恐怖の回路も変化させられるのだろうか脳の可塑性についてのこれまでの研究はおおかたが、記憶力の向上や注意の範囲の拡大、あるいは運動技能の向上など、認知的な技術にばかり集中してきた。

だが、悲観や楽観の根底にある神経経路もまた修正が可能なのではないかという、刺激的な可能性があらたに浮上している。

サニーブレインとレイニーブレインの回路の機能や反応からは、人間にはみな、快楽を追求し、危険を回避する自然な傾向がそなわっている事実がうかがえる。

ほんの小さな虫でさえ、良きもの(=暖かさ)には自然に向かい、悪しきもの(=寒さ)からは自然に遠ざかるのと同じだ。

だが、そうした傾向には個人差があり、恐怖や快楽への反応は人により異なる。

報酬を得るためなら危険をかえりみない人もいれば、危険を激しく嫌う人もいる。

こうした相違が「アフェクティブ・マインドセット」の根底にあることが、人がそれぞれちがう人生を歩む究極的な原因といえる。

これらの回路に可塑性があり、変化させることができるのなら、人生に対する見方を深いところから変えられる可能性は十分ある。

サニーブレインやレイニーブレインの回路が変化を受け入れやすいことは、たしかな証拠からもちろん示されているが、小さな手がかりもいくつかある。

たとえば人の脳は、それぞれ他人と大きく異なっている。

科学者としてもともと脳の個体差に関心を持っていたわたしでさえ、自分の目でそれを見たときは、正直驚いた。

脳をスキャンした生の画像を見たとき、あなたがまず驚くのは、脳が大きい人もいれば小さい人もいること、脳の形もそれぞれ微妙に異なること、そして科学の雑誌で見るような清潔できれいに左右対称になった脳は現実にはほとんどないことだろう。

いくつかの脳の画像を平均化すれば──たとえば、二〇人の脳をスキャンした画像を一枚一枚重ねて積み上げたら──雑誌や本で見るような典型的な脳の図が浮かび上がってくる。

だがそこからは、細々したいびつな部分はすべて消し去られている。

ひとりひとりの脳をスキャンした画像は、平均化された画像からはわからないことを物語っている。

そして、全体の形や大きさの差に加え、重要な化学的受容体の存在する場所やその数にも、個人間で驚くほどちがいがある。

快楽の回路の中にドーパミンの受容体を非常に多くもっている人もいる。

ほんのわずかに危険を感じただけですぐ反応する、敏感な扁桃体をもつ人もいる。

逆に、深刻な脅威が目の前にやってくるまで、いっこうに扁桃体が作動しない人もいる。

感情の反応を調整する回路は、人それぞれの仕方で発達する。

人がそれぞれ体験する喜びや恐怖、思考や夢。

それらがすべてひとつになって「アフェクティブ・マインドセット」が形成され、独自の回路が発達する。

こうした回路はどんな人の脳でもほぼ似た場所に存在するし、どんな人の脳にも前頭前野や扁桃体や側坐核などの組織はそろっている。

だが、それらが良い出来事や悪い出来事にどう反応するかは、人それぞれだ。

こうした回路の反応性や柔軟性こそが、それぞれの性格や人生観の土台となる。

レイニーブレインとサニーブレインを形成するこれらの回路は、重要なものに光をあて、まわりの光景がどんな意味をもつかを人が気づくように仕向けている。

たとえば脳のパニックボタンにあたる扁桃体は、快楽ボタンである側坐核と連携し、良きものや悪しきものがまわりにないか、人が見定めるのを手伝っている。

だが、たえず変化する世界の中で、まわりの光景への注意がわずかでもポジティブもしくはネガティブなほうに偏れば、その微妙な偏りが無数の回路に影響し、レイニーブレインやサニーブレイン内部のニューロンの連結を強めたり弱めたりする可能性は否定できない。

「グラスの半分が空っぽだ」と考えるか、「グラスに半分も水が入っている」と考えるか。

こうした思考形式のちがいを生むのは脳内の回路の偏りであり、それは個々の人生に非常に深い影響を与えかねないのだ。

進化の中で築かれてきた脳の能力進化の歴史の中で人間の大脳皮質は大きく成長すると同時に、皮質下にある、快楽や恐怖の反応を受けもつ古い領域とのあいだに無数のつながりを築いてきた。

だから、扁桃体や側坐核などの古い組織は、進化が始まった何百万年も前と同じ「石器時代のまま」にとどまっているわけではない。

大脳皮質の高次な領域から神経伝達物質が降り注いだり、ニューロン同士の強い結びつきが生まれたりすれば、これらの古い領域の反応はある程度制御できる。

だからこそわたしたち人間には他の動物と比べ、恐怖や興奮をずっとうまくコントロールする潜在能力がある。

ネコはネズミを追うのをまずやめられないが、人間は状況に応じて原始的な衝動をだいたい抑えることができる。

とはいえ、恐怖や快楽の回路が脳内でもつ力は強烈だ。

わたしたち人間のレイニーブレインにはとくに、瞬時に恐怖を植えつける比類ない力がある。

それはレイニーブレインの可塑性の高さのあらわれでもある。

脳は恐怖をたやすく学習し、記憶する。

生き物にはおそらく、出会った危険をすべて脳に刻み、次のときには細かい分析なしで即事態に反応できるシステムが自然に備わっている。

動物によってはそれが非常にうまく機能するが、いっぽうでこのシステムには柔軟性がきわめて低いという欠点もある。

だから世界がわずかでも変化すれば、まるで役に立たなくなってしまう。

だが人間の場合、恐怖の回路には高い学習能力がある。

この学習能力が大脳皮質の認知上の柔軟性と結びついたおかげで、人間は環境の変化への適応力という、他の動物にはないすばらしい強みを手に入れた。

自分をとりまく世界が変化しても人間は、変化に対応するために何が必要かを、それほど時間をかけずに見つけ出すことができる。

だからこそ人間は地球上の生き物の中で、ほぼどんな気候の中でも暮らすことができる唯一の種になった。

古くからある恐怖の回路と大脳皮質の新しい領域が結びつき、レイニーブレインがつくられたことで、人間は非常に迅速な学習能力を身につけたわけだ。

人間の脳には高い学習能力があるが、その能力もまた、進化の影響を免れていない。

わたしたちの脳には、特定の何かを優先的に学びとる準備がもともと備わっている。

脳はまっさらな黒板のように何でも平等に学習するわけではないのだ。

たとえば脳内で恐怖をつかさどる回路は、原始的な危険を優先的に不安視するように仕組まれている。

この生来の傾向は、世界観や信条の形成に非常に重要な役割を果たす。

もちろん快楽の回路も、認識や行動に強い影響を与える。

だが、恐怖の力は快楽よりもずっと強い。

そして現代の科学は他のどんな感情よりも、恐怖とその根底にある脳内回路について多くの知識を得ている。

だから、ここでは恐怖のしくみに注目することで、「アフェクティブ・マインドセット」がどのようにわたしたちの生活を支配するかを見てみることにしよう。

古典的実験、「恐怖の条件づけ」恐怖によって影響を受けたり形成されたりする行動は多岐にわたる。

社会的に何を恐れるべきで、何を恐れるべきでないかという学習もそのひとつだし、世界に対してどんな信念を抱くか、過去に起きた出来事の何を記憶するか、どんな偏見を抱くかなどに加え、健康や幸福度にまで恐怖はかかわっている。

恐怖がどのように学習されたり解除されたりするかについて、現代の心理学は膨大な知識を蓄えているが、それらの知識の大半は、ある驚くほど単純な実験からもたらされたものだ。

〈恐怖の条件づけ〉と呼ばれるこの実験からは、人がいかに反射的かつ柔軟に恐怖を学習するかが見てとれる(18)。

そして、生きるうえでなぜ恐怖学習がこれほど大きな役目を果たすのかもわかるはずだ。

この実験の最初のものは〈アルバート坊やの実験〉の名で知られている(19)。

行動心理学者のジョン・B・ワトソンと大学院生のロザリー・レイナーはアルバートという幼い男の子の目の前に、燃えている新聞紙や、サルやウサギやラットなどさまざまなものを置いてみた。

アルバート坊やはそのどれに対しても、とりたてて恐怖は感じていないようだった。

つぎに二人は白いラットを坊やに見せるたび、大きな物音をたててみた。

坊やはあきらかにこれに恐怖を感じ、ほどなくラットに対して強い恐怖心を抱くようになった。

そして、しまいには「ラットを見せたとたんに、泣き出すようになった」とワトソンとレイナーは書いている。

今日では、こんなふうに幼い子どもを怖がらせる実験は行われない。

そのかわりに心理学者は、実験室のラットやマウスを使って恐怖の性質を探究している。

次ページの図で示したのは、動物を使った典型的な恐怖の条件づけのシナリオだ。

一匹のラットをまず実験用の部屋の中で、何のシグナルも与えずに飼育する。

ラットがこの環境に慣れ、リラックスしてきたら、特定の物音など、恐怖とは無関係の何かを提示する。

ラットはふつう、大きな反応を示さない。

この物音を、条件刺激と呼ぶ。

実験の次の段階では、音が鳴るたびに軽い電気ショックを足に与えるなど、ラットが自然に恐怖を感じることを同時に行う。

電気ショックを与えるとラットは、フリージング(すくみ)反応を示す。

これは標準的な恐怖反応だ。

この電気ショックを無条件刺激と呼ぶ。

そしてこの条件刺激と無条件刺激が──つまり特定の物音と電気ショックが──何回か同時に発生すると、ラットは次第に、音だけが聞こえたときもフリージング反応を起こすようになる。

これが〈条件づけ〉だ。

ラットには、ある音そのものへの恐怖──つまり条件づけられた恐怖──がまたたくまに植えつけられた。

アルバート坊やが白いラットに恐怖を抱くようになったのと、同じことだ。

恐怖を解除する能力恐怖の条件づけがいったん完了しても、その効果は永続するわけではない。

特定の音が電気ショックなしで何度も繰り返し鳴らされれば、ラットの恐怖反応はだんだん小さくなり、消えていく。

〈消去〉と呼ばれるこのプロセスの中で、電気ショックを伴わずに何度も音が鳴らされれば、音自体への不安は減じていくものだ。

だが、このプロセスを行わなければ、無用な不安がそのまま心に残ることになる。

バスタオルの中に隠れていたハチに刺されたと想像してみよう。

あなたは幾日間か、バスタオルを使うたび、ハチが中に隠れていないか入念に調べ、警戒を怠らないだろう。

けれど時間とともにバスタオルに対する恐怖心は消え、最後には、シャワーからあがったあと何も考えず、乾いたタオルで無造作に体をふきはじめるようになるはずだ。

学習した不安を解除するこの能力は、恐怖のシステムにおけるたいへん重要な要素だ。

興味深いことに、恐怖の記憶は完全に忘れられてしまうのではないらしい。

消去とはむしろ、古い〈恐怖〉の記憶を新しい〈安全〉の記憶に置き換える、能動的な学習プロセスだ。

ヴァーモント大学の心理学者マーク・ブートンは、ラットを実験用の部屋に入れ、ある音に対して恐怖の条件づけをしたあと、別の部屋に移して恐怖反応を解除した(20)。

だが、もう一度ラットを最初の部屋に戻すと、問題の音を鳴らしただけで恐怖反応は再発した。

ほかの場所では恐怖はきちんと解除されていたのに、恐怖と状況との結びつきがあまりに強かったため、すぐに恐怖反応は元通りになってしまったのだ。

恐怖の記憶は消し去られたのではなく、新しい記憶によっていわば上書きされただけだったわけだ。

この実験結果は、なぜ恐怖が、まったく無関係な状況で突如よみがえることがあるのかを説明している。

前に登場したわたしの北アイルランドの友人、サンドラのことを覚えているだろうか?どこから見ても安全だったあの状況下で、車のバックファイア音を耳にした瞬間、サンドラの中には即座に恐怖の記憶がよみがえった。

あそこはベルファストではなくダブリンだったし、サンドラの恐怖の経験からはもう長い時間がたっていた。

それなのに、心の奥に隠れていた恐怖のサインは彼女に即、危険を避けるために身を伏せさせたのだ。

こうした恐怖の学習が脳のどんなメカニズムに支えられているのか、そして恐怖が人間の心になぜこれほど深く食い入っているのかを、現代の脳科学は解明しつつある。

その結果、レイニーブレインの中心にある扁桃体が、恐怖の学習にも当然ながらかかわりをもつことがあきらかになった。

扁桃体の中にある〈基底外側核〉というごく小さな組織が傷を受けただけで、恐怖学習には大きな支障が生じる可能性がある。

実験用のラットの基底外側核に傷をつけると、条件づけられた恐怖反応はいっさい起こらなくなったのだ。

電気ショック自体への反応は完全に普通のままなのに、電気ショックに関連する音への恐怖反応はゼロになった。

つまり、扁桃体の中のこの小さな組織を失ったら、恐怖を学習することに支障が生じてしまうのだ。

恐怖の学習には海馬もかかわっている恐怖の条件づけについてさらに詳しく調べると、もっと複雑な事情があきらかになってくる。

たとえば、恐怖が学習されたときの周辺状況や文脈もまた、恐怖反応に重要な役目を果たす。

わたしの友人のひとりはがんの宣告を受けたときに医師がつけていた香水の香りを、今もまだ忘れることができないという。

何年もの歳月が過ぎた今でも、その香りは悲しい、恐怖の記憶を呼び覚ますからだ。

こうした状況の連想をつかさどるのは、扁桃体と同じく脳の古い領域に属する海馬という組織だ。

海馬は扁桃体のすぐ近くにあり、前述のロンドンのタクシー運転手の例に見るように、記憶に関して重要な役目を果たす。

病気の発作などで脳のこの領域にダメージを受けた人は、短期記憶に深刻な問題が起きる例が少なくない。

また、ラットの海馬を外科手術によって脳から取り去ると、音に対する恐怖の条件づけは通常通りできるのに、状況に対する恐怖反応はいっさい起こらなくなる。

扁桃体は、特定の何かへの恐怖を学習するうえで不可欠な役目を果たすが、いっぽうの海馬は、恐怖が発生した状況を学習させるはたらきをもつのだ。

人間にこうした恐怖の条件づけを行うときは、写真など何かの事物(条件刺激)を提示すると同時に、軽い電気ショックを与えたり大きな物音をたてたりするのが通例だ。

結果の測定のために典型的に用いられるのは、手のひらの発汗を調べる〈電気皮膚反応(以下、GSR)〉と呼ばれる方法で、これはストレスや恐怖の度合いを調べる古典的な指標である。

写真の内容自体はなにも恐怖を感じさせなくても、それが提示されるたびにかならず電気ショックが起きていれば、ほどなく写真をただ見せられただけで人には恐怖反応が起きるようになる。

これは、GSRを用いた実験結果からあきらかだ。

そしてラットの場合と同じようにこれらの恐怖反応は、写真がストレス刺激を伴わずに何度も繰り返し提示されれば、徐々に消えていく。

原始的な脅威と現代的な脅威わたしは自分の研究室で行った実験で、被験者にナイフ、銃、ヘビ、クモのそれぞれの写真を見せ、現代的な脅威と原始的な脅威への恐怖心が同程度の時間で学習されるかどうかを検証した(21)。

そのために考案したのが、特定の銃の写真と特定のヘビの写真が画面にあらわれた瞬間、非常に耳障りな音がけたたましく鳴るという仕掛けだ。

GSRで被験者の手のひらの発汗を計測すると、ヘビの写真に対しても銃の写真に対しても、すぐに恐怖反応が芽生えたことが確認された。

だが実験が進むうち、原始的な脅威と現代的な脅威とのあいだで、ちがいがあらわれてきた。

恐怖の消去までにかかる時間に注目すると、銃と比べてヘビに対する恐怖のスイッチを切るのはずっと困難なことがわかったのだ。

銃と比較すると、ヘビの写真への恐怖反応を解消するためには、音なしで写真だけを提示するという手続きを銃の場合よりもはるかに多く繰り返さなければならなかった。

これは前述したように、人間の恐怖のシステムが民主主義的でないことをはっきり示している。

原始的な脅威は、学習のメカニズムを強力に支配しているのだ。

このことを実証した研究はいくつかあるが、中でも特にすぐれているのが、ノースウェスタン大学の心理学者スーザン・ミネカがウィスコンシン大学マディソン校に在任当時、同僚のマイケル・クックとともに行った次の巧妙な実験だ(22)。

二人が実験に用いたのは、生まれてまだ一度もヘビを目にしたことのない、実験室育ちの幼いアカゲザルだ。

サルはヘビを本能的に怖がるはずだと考えていたミネカは、この幼いサルたちがヘビへの恐怖心をまったく抱いていないことに、そしてご褒美をもらうためなら本物そっくりに作られたおもちゃのヘビにも平気で手を伸ばすことに強い興味を抱いた。

そして彼女は、本能的な恐怖を作動させるには、社会的な引き金が必要なのではないかと推測した。

つまり、何かを観察して学習することで、本能的な恐怖にはじめてスイッチが入るのではないかということだ。

この理論を検証するために、二人は実験を次のように組み立てた。

まず幼いアカゲザルに、本物そっくりのヘビのおもちゃとワニのおもちゃ、そして花束とウサギのぬいぐるみを与え、自由に遊ばせる。

これらを生まれて初めて目にするサルの子どもは、興味津々のようすで、どの品物でも嬉々として遊んでいた。

研究

チームは次に、あるビデオ映像をつくった。

大人のサルが野外で大きなヘビに出会い、典型的な恐怖反応を示している場面と、その映像に加工を施し、恐怖反応の部分はそのままに、ヘビの部分だけを他の事物(ワニのおもちゃ、花束、もしくはウサギのぬいぐるみ)に置き換えたものだ。

幼いアカゲザルがこれを見たら、大人のサルは何に対しても等しく警戒と恐怖を示しているように見えるはずだ。

実験者はこれらの映像を、生まれてまだヘビも花束もワニもウサギも見たことのない、先ほどとは別の幼いサルのグループに順に見せた。

子ザルには果たして強い恐怖反応が起きた。

だが重要なのは、子ザルが反応したのはヘビとワニのおもちゃを使った映像だけで、花束やウサギを使った映像には何も反応があらわれなかった点だ。

つまり、ヘビやワニを大人のサルが怖がっている場面を一度見せただけで、子ザルの中にはそれらに対する強い恐怖心がめばえたのだ。

これは、選択的な学習プロセスがはたらいたあきらかな証拠といえる。

なぜなら、ビデオの中で大人のサルは花束など他の事物に対してもまったく同じ恐怖の反応を示しているのに、それを見た子ザルに恐怖反応がいっさいあらわれなかったからだ。

ミネカとクックはこの実験から、本能が学習にいかに強く関与するかを発見した。

サルの脳には、何かを優先的に恐れることをすばやく学習する下地が、もともと整っていたのだ。

恐ろしいものを見ると、悪いできごとと結びつけてしまう人間も例外ではない。

サルと同じようにわたしたちにも、何か特定のものごとを悪い結果に結びつけがちな傾向がある。

この傾向は心のさまざまな偏りや癖をつくり、不安や恐怖を増幅させる。

それを非常によく示しているのが、〈共変動バイアス〉と呼ばれる現象をあきらかにした次の実験だ(23)。

前述のスーザン・ミネカとマイケル・クック、そして心理学者のアンドリュー・トマーケンはチームを組んで、ナッシュヴィルにあるヴァンダービルト大学で次のような調査を行った。

彼らは実験室に来た被験者それぞれに、これからスクリーンに映し出される一連の写真を見てほしいと頼んだ。

写真の中にはヘビやクモなどの恐ろしげな写真もあれば、花やキノコなどごく普通の写真も含まれている。

そして写真が一枚映し出されるごとに、次の三つのうちどれかの現象が続いて起こる。

①軽い電気ショックが起きる②何か音が聞こえる③何も起こらないどんな写真が映し出されたあとでも、三つのうちどれが起きるかの確率は変わらない。

つまり、ヘビが映しだされようとクモが映し出されようと、花やキノコが映し出されようと、電気ショックが起きる可能性は三つにひとつだ。

どんな写真があらわれても、この数字は変わらない。

けれど、被験者の感想はちがっていた。

映し出される写真のタイプと電気ショックの有無に関連があったかどうかを尋ねると、ほとんどの被験者が「関連があった」と答えたのだ。

被験者は、ヘビやクモの写真が映し出されたときは花やキノコの写真のときよりも、電気ショックが起こる確率は高かったと感じていた。

つまり彼らは、恐怖を誘う写真のあとは電気ショックがより高い頻度で起きたように受け止めていたのだ。

これは、心理学の世界で〈錯誤相関〉と呼ばれる有名な現象だ。

恐怖を感じさせる事物はたとえじっさいには害をもたらさなくても、悪い結果と結びつけてとらえられがちなのだ。

恐怖の回路はものの見方もたやすく支配するもっと一般的な、たとえば「自分は太り過ぎではないか」という恐怖感についても、錯誤相関は起こる(24)。

インディアナ大学心理学部のリチャード・ヴィケンと同僚らは、ある実験で女性の被験者一八六人に、さまざまな容姿の女性の写真を見せた。

この写真の女性らが「幸せそうに見えるか、悲しそうに見えるか」と「太り過ぎているか、痩せ過ぎているか」の二点に、被験者は着目するよう指示される。

写真の女性の肥満度と表情にはいっさい関連がないように、事前に入念に調整されており、太り過ぎでも痩せ過ぎでも標準的な体型でも、写真の女性らが微笑んでいる確率はまったく変わらない。

ところが被験者が〈見た〉ものはそれとはだいぶ異なっていた。

被験者は、痩せている女性ほど幸せそうな表情を浮かべ、太っている女性ほど悲しそうな表情をしていたと確信していた。

この錯誤相関は、被験者自身が深刻な摂食障害を抱えているときは特に強くあらわれた。

ここには、恐怖の回路が〈ものの見方〉をたやすく色づけ、その結果、現実を見誤らせたり曲解させたりする事実が浮き彫りになっている。

原始的な脅威をはじめとするある種のものごとが〈準備刺激〉として作用することが、これらの実験結果からわかる。

この準備刺激があるからこそ、わたしたちは手痛い経験を幾度も繰り返さなくても、何を恐怖すべきかをすばやく学習できる。

ミネカが実験に用いた幼いサルと同じように、人間もたった一度のネガティブな経験から、ある種のものごとを生涯警戒しつづけることがある。

五歳の時に自転車から落ちても、そのときの恐怖心は成長とともにたいていは消えていく。

だが一度でもハチに刺されたら、ハチ全般に対する恐怖心はおそらく消えることがない。

そうした恐怖心がひとたび形成されたら、わたしたちの心は自分で自分に巧妙なトリックをかけ、恐怖の対象と悪い結果が関連しているという錯誤相関をつくりあげてしまうのだ。

ヘビやハチに対する恐怖でも、肥満への恐怖でもそれは同じだ。

思い込みが生んだ「電磁波過敏症」なる病気恐怖の回路の変化しやすさや強力さは基本的には、有害なものごとから身を守るのに非常に役に立つ。

だが、恐怖や不安をつかさどる回路が錯誤相関を起こしやすいことは、マイナスにもはたらく。

そしてそれが原因で、深刻な事態におちいる危険もある。

わたしの友人のニーヴ(仮名)という女性の例を引こう。

数年前、ニーヴは海辺の町ブライトンからロンドンに向かう列車に乗っていた。

彼女はロンドンに出かけることにわくわくしていたが、ぜひ合格したいと思っている仕事の面接試験を控え、すこしナーバスにもなっていた。

もし試験に受かってロンドンで暮らすことになったら、どんな住まいでどんな楽しい生活を送るのだろうかと、ニーヴは夢想しながら電車に揺られていた。

合格のために必要な資格はぜんぶ取得してあるし、経験だってある。

だから試験に受かる確率は高いのだと彼女はわかっていたが、それでも面接試験で大失敗をしたりしませんようにと祈るような気持ちでいた。

想定される質問とそれに対する答えを果てしなく頭の中で予行演習するうち、ニーヴは隣りの席の男性がひっきりなしに携帯電話で話しつづけていることにだんだん苛立ってきた。

ひとつの通話が終わると、男性はまたすぐ別の相手と電話で話しはじめ、いつまでもそれが繰り返された。

ニーヴは気持ちを落ち着けるために深呼吸をしたり窓の外を見たりしながら、列車がロンドンに着くのをひたすら待った。

ぼんやりしはじめたその瞬間、鋭い痛みが突然彼女を襲った。

そのときの痛みを彼女は「飛んできた矢が左目から首へと突き抜け、痛みの断片が頭の上にアーチのように載っているよう」だったとあとで表現した。

男性は通話をやめ、携帯電話を切るとニーヴに向かって大丈夫かとたずねてきた。

痛みはひきはじめ、隣りの男性はイギリス人らしく、お茶を一杯すすめてくれた。

そうして一〇分もしないうち、ニーヴの気分はもと通りになった。

面接試験はうまくいき、翌日彼女は志望の会計事務所から合格の知らせをもらった。

約一カ月後、ニーヴはロンドンのお洒落な一角にずっと夢見ていたような部屋を借り、新しい仕事と新しい生活を始めた。

だがそれから数カ月間、刺すような目の痛みが幾度も彼女を襲った。

目の痛みとともに、顔の左半分がかすかにケイレンするようになり、一度発作が始まるとそのまま数時間つづいた。

X線写真を何枚も撮り、医学的な検査も受け、CTスキャンまでしても何も悪いところは見つからなかった。

けれど、耐えがたい痛みの発作は気まぐれにニーヴを襲いつづけた。

医師らは首をかしげるばかりだった。

そんなある日、カフェに座っていたニーヴは驚くべき発見をした。

それは、遅れていた報告書に目を通そうとしていたときだ。

携帯電話で話しているだれかの

大きな声をぼんやり意識し、いらいらしはじめたそのとき、あの突き刺すような痛みが突然、皮膚が粟立つような感覚を伴ってまた彼女を襲った。

ニーヴははっとその関連に気づいた。

あの痛みは、携帯電話のせいで起きていたんだ、と。

得体の知れない苦痛の原因を突きとめたと確信したニーヴは、痛み以外の問題もみな、携帯電話の電磁波が原因なのではないかと疑りはじめた。

インターネットですこし調べただけで、携帯電話の危険性を警告するウェブサイトは山のように見つかった。

自分の症状はどうやら電磁波に対するアレルギーで、〈電磁波過敏症〉という恐ろしげな名前で呼ばれる症候群らしいと彼女は考えた(25)。

インターネットに書かれていた病気の説明と彼女が経験している症状は、とてもよく似ていた。

その瞬間から、ニーヴはできるかぎり携帯電話には近づかないことにした。

それから数週間は何ごともなく過ぎた。

けれどロンドンのど真ん中に暮らしていたら、携帯電話を使っている人を完璧に避けることはまず不可能だ。

だから、携帯電話で話している人にうっかり近づいてしまうたび、ニーヴは痛みに襲われつづけた。

時間が経つにつれ、痛みと携帯電話との関連を彼女はますます確信するようになった。

携帯電話を使うのはやめ、携帯電話から発せられている(と彼女が信じる)危険な放射線から身を守るためにできるかぎりの努力をした。

偶然だがその数年後、わたしは、携帯電話の健康被害についての世界でも最大規模の調査をとりまとめることになった。

数百人の被験者を対象に八年以上におよんだ調査から導かれたのは、人体に問題を引き起こすのは携帯電話の電磁波ではないという結論だった。

犯人はむしろ、「携帯電話は体に悪い」という思い込みのほうだった。

結局、恐怖の回路に関するわたしの知識の中に、すでに答えはあったわけだ。

ニーヴと話をしたとき、わたしはもっと早くからある点に注意をすべきだったと痛感した。

それは、恐怖の回路が何かと何かを結びつけた結果、害が生じることもあるという事実だ。

ロンドン行きの列車の中で最初の発作が起きたとき、ニーヴは非常に気持ちが高ぶっていたし、重要な面接を控えて大きなストレスを感じてもいた。

携帯電話で話しつづける隣りの男性へのいらだちは、発作の記憶の中にとりこまれ、そのときのストレスと携帯電話への不快感は、恐怖の回路によって知らず知らず結びつけられていた。

カフェでふたたび発作が起きたとき、この記憶と連想が頭によみがえり、ニーヴの脳内では携帯電話と危険とが直結してしまったのだ。

それ以後の問題は、ニーヴがいわゆる確証バイアスの古典的な罠におちいったせいで起きた。

彼女は発作が起きるたび、まわりに携帯電話があることを確認したが、元気なとき身近に携帯電話があるかどうかには目がいかなかった。

人種間の偏見も、恐怖の学習と同じシステムで生まれる?単純な条件づけ実験からもわかるこうした恐怖の回路の特徴は、なぜ歴史を通して異なる人種がたがいに偏見を抱き、憎みあってきたかを理解する助けにもなる(26)。

ニューヨーク大学の心理学者リズ・フェルプスは、同大学に留学に来たスウェーデンの大学院生アンドレアス・オルソンと共同で研究を行い、前出のスーザン・ミネカがサルの実験で発見したような一種の準備学習の作用が、異なる人種集団への恐怖心にも関連しているかどうかを検証した。

偏見とはほとんどの場合、恐怖や無視と関連している。

そこからフェルプスとオルソンの二人は、異なる人種集団への不寛容をひきおこす最大の犯人は恐怖心ではないかと推測した。

異なる文化や社会集団に属する人に出会ったとき、人はだいたいが恐怖を抱く。

それは、相手の習慣やしきたりに不慣れなためだ。

この恐怖感ゆえわたしたちは、自分と同じ人種集団や社会集団に属さない人に対しては、同じ集団内の人々に対するよりもはるかに批判的になる。

これは、社会心理学者が内集団バイアスと呼ぶ現象だ。

錯誤相関についての知識をもとにフェルプスと研究チームは、人種間の偏見はおそらく、恐怖学習の根底にあるのと同じシステムから発生していると推論した。

馴染みのないものが人間に若干の恐怖を与えるなら、人種のちがいはたやすく恐怖と結びつけられてしまうはずだ。

そこでフェルプスの研究チームは黒人と白人の被験者の双方に、典型的な恐怖の条件づけ実験を行った。

不快刺激として用いられたのは弱い電気ショックだ。

その電気ショックについて被験者たちは、「非常に不愉快で、いらいらさせられた」と表現した。

ストレスの計測に用いられたのは、先にも登場したGSRだ。

これで手のひらの発汗量を測定する。

被験者の前にあるコンピュータの画面には、黒人の顔がふたつと白人の顔がふたつ、計四つの顔写真が一枚ずつ映し出される。

特定の黒人の顔写真と特定の白人の顔写真が画面にあらわれたときには、かならず電気ショックが発生する。

これは恐怖関連刺激(CS+)である。

もうひとりの黒人の顔写真、あるいはもうひとりの白人の顔写真が映し出されたときには、電気ショックは起こらない。

これは恐怖非関連刺激(CS-)だ。

予想どおり恐怖関連刺激に対してはほどなく恐怖反応がめばえ、刺激が起きるたび、被験者のGSRは増大した。

彼らは恐怖関連刺激を恐れることを学習し、実験の後半で写真が電気ショックを伴わずに映し出されたときも、依然として恐怖反応を示した。

興味深いことに、黒人の被験者が白人の顔写真を恐怖学習するのに要した時間は、黒人の顔写真と比べてとくに短くはなかった。

逆もまた同じだった。

いいかえれば、恐怖が習得されるのに必要な時間は、恐怖すべき対象が外集団にあっても内集団にあっても変わらないということだ。

ところが恐怖の消去の過程では、大きな差が出た。

恐怖関連刺激の写真が電気ショックなしで幾度も提示されるうち、恐怖反応はたしかに減じたが、そこには人種によるはっきりした相違があったのだ。

白人の被験者の場合、いったん増大したGSRの反応は白人の顔写真に対しては急速に減じたが、黒人の顔写真に対してはなかなか消えなかった。

つまり、自分と同じ集団の顔に対しては、恐怖感はすみやかに消去されるのだ。

黒人の被験者にも、まったく同じ現象が起きた。

黒人の顔への恐怖反応はたやすく消えたのに、白人の顔への反応はなかなか消えなかった。

人種集団内に属さない未知のメンバーは準備刺激と同じように作用し、いちど恐怖と結びつけられたらその関連を消し去るのは非常に困難なわけだ。

脳をスキャンする実験からはこれまでに、人が他者の顔の評価を求められたとき、相手が異人種の場合、恐怖の回路がより活発にはたらくことがあきらかにされてきた(27)。

ある実験でフェルプスと同僚は、脳スキャナーに横になった白人の被験者に、黒人と白人の顔写真をつぎつぎに見せた。

すると、黒人の──つまり集団外の──顔があらわれると扁桃体の活動は強くなるという結果が出た。

人間は進化の歴史の中でおそらく、自分とは異なる者を不安視するメカニズムを発達させ、よそ者に対する恐怖感を伝統的に築いてきたのだ。

フェルプスらが外集団への恐怖反応を扁桃体の活性度をもとに計測したところ、人種差別的な態度をとりがちな被験者ほど恐怖反応は大きくあらわれるという興味深い発見があった。

だがこの恐怖反応は、画面にあらわれる黒人の顔がなじみのだれかのものだったり、高い尊敬を集めている人物の顔だったりした場合、完全に払拭された。

つまり、異なる民族集団に属する赤の他人の顔を見せられると恐怖の回路は発火し、作動を開始するが、その相手に対する親近感があればそうした作用をしずめることができるのだ。

これらの結果からはまた、恐怖の回路をコントロールできれば、他者への偏見やステレオタイプ化を避けられることも示されている。

他人に対する恐怖心を完全に失う病気ドイツのハイデルベルク大学のアンドレア・サントスと同僚はある実験によって、恐怖の回路が人種的偏見を助長するという直接的な証拠を得た。

実験に参加したのは、ウィリアムズ症候群という遺伝的疾患をもつ少女と対照群の少女らだ(28)。

この疾患の特徴のひとつは社会的恐怖心を感じなくなることで、患者は赤の他人に対してもまったく恐怖を抱かない。

この点を研究者は実験に利用した。

結果は次のようなものだった。

この病気の少女らは、大人の男女の性的ステレオ

タイプについては対照群の少女と同様に学習できた。

しかし、人種に関する否定的なステレオタイプについては、ふつうの少女らと異なる反応を示した。

人種的ステレオタイプについて大人が会話するのを耳にしたとき、対照群の少女はそれをすぐに理解したが、ウィリアムズ症候群の少女らは理解しなかった。

それはおそらく、社会的な恐怖心の欠落が、人種的偏見の形成を妨げたためだ。

恐怖の回路は、論理とは無関係にはたらく。

だからこそ、よそ者や新しい技術などへの恐怖心は、生じるのはたやすく、消し去るのはきわめてむずかしい。

脳の中でひとたび何かが危険と結びつけられれば、それを解くのは至難の業になる。

これは恐怖の回路の中心的な性質であり、生きのびるのに不可欠の機能である半面、人間のように巨大化した思考領域と連携している場合、不都合な結果を招きかねない。

有害な心のバイアスを修正できるかここで重要なのは、無自覚のうちに発生する認識のバイアスが、それぞれの世界観に直接影響を与えることだ。

レイニーブレインが過剰に活動し、大きな悲観を抱きがちな人は、ネガティブなものごとに自然に目が行くし、どちらにも受けとめられるような社会的サインに出会えば、まちがいなくそれを悪い方向に解釈してしまう。

いっぽう楽観的なものの見方をする人は、人生のポジティブな面に自然と引き寄せられる。

そして無意識のうちに、どんな状況でもそこに潜む良き面を見つめようとする。

認識上のバイアスがものの見方にこれほど大きく影響するのなら、そのバイアスを変えられれば、世界観を変える強い助けになるのではないだろうか。

慢性的に抑うつや不安に悩まされる人は、いうなれば、ものごとを厳しい観点から見るのに長けた人々だ。

良い出来事は彼らの心にほとんど印象を残さず、そのかわりに失意や失敗ばかりがクローズアップされる。

こうしたバイアスを修正できれば、心理学上の免疫のようなものが得られるのではないか?そのためにはネガティブで有害な心のバイアスを、積極的に正していく必要がある。

では、どうすれば有害な思考形式を修正できるだろう?この問題には多くの認知心理学者や臨床心理学者が取り組んできたが、彼らが今注目しているのが〈認知バイアスの修正〉と呼ばれる進歩的なプログラムだ(29)。

これはコンピュータを使った簡単なテクニックで、わたしも「可塑性のある」遺伝子の研究のさいに利用した。

この手法は、心の中に潜む無自覚なバイアスを驚くほど簡単に修正できることが実証されている。

出来事の解釈を変えることをめざす認知心理学の世界において、これは新しいアプローチだ。

認知バイアスの修正を受ける患者はコンピュータの前に座り、一五分から二〇分のプログラムを一日一回、週に数度行う。

このテクニックは子どもや兵士から、不安症や抑うつ症の患者まで、多様な人々を集めて実験された。

療法として用いられる場合、このテクニックの目的は、危険な可能性をもつバイアスを修正することにある。

そうしたバイアスは不安症の人の視線を、彼らが恐怖しているまさにその対象に引き寄せてしまうからだ。

危険な認知バイアスを修正したいとき、典型的に用いられるのは次のような手法だ。

まず、患者の前に置かれたコンピュータの画面にふたつの写真もしくはふたつの言葉を映し出す。

ふたつの写真(もしくは言葉)の片方はネガティブなもので、もう片方はおだやかなものだ。

たとえばPTSDを患った兵士の場合、画面には、こちらをまっすぐ向いた銃の写真と、机の上に置かれた鉛筆の写真があらわれる。

PTSDの兵士は本能的に、自分を狙っている銃の写真に視線を向け、その結果、「世界は危険な場所だ」という思いをさらにふくらませてしまう。

認知バイアス修正プログラムは兵士の注意をこの写真から逃がし、もっと無害なイメージに向かわせる。

その仕組みは次の通りだ。

コンピュータの画面におだやかなイメージの写真(もしくは言葉)が浮かんで消えると、その場所にはかならず小さなプローブがあらわれる。

被験者の兵士は、この印をつねに追いかけなければならない。

これを何百回と繰り返すうち、恐怖を誘う画像に強く引き寄せられていた兵士の関心は、もっとおだやかなイメージに自然に向かうように再教育されていく。

認識上のワクチンで脳を再教育するこの手法の中心にある考えはつまり、それまでとちがう思考形式を習慣化し、危機の瞬間にも自然にそうした思考ができるように脳を再教育することだ。

オックスフォード大学の心理学者エミリー・ホルムズの言葉を借りれば、これは危険な思考回路に抵抗するための〈認識上のワクチン〉だ。

いわゆる依存症の多くは、抑制しがたい強烈な衝動とむすびついている。

アルコール依存症の患者が冷蔵庫を開けたとき、そこに冷えたビールがあるのを思いがけず目にしたとしよう。

そうなったら、ほんとうは牛乳のパックを取りにきたはずだったのに、ビール瓶に手を伸ばす衝動を抑えるのは容易なことではない。

認知バイアスの修正の目的はまさに、こうした危うい瞬間に介入し、患者が危険な考えを自然に遠ざけられるように導くことにある。

アムステルダム大学のレイナウト・ヴィアーズは、ヘビー・ドリンカーに典型的に見られる衝動的反応を方向転換させるための認知バイアス修正プログラムを開発した(30)。

それは一種のビデオゲームで、コンピュータの画面に浮かんだ映像に応じて、被験者は操縦レバーを押したり引いたりする。

操縦レバーを引き寄せれば、画面の映像はこちらに接近するように大きくなり、レバーを向こうに押せば、映像は遠のいていく。

ヘビー・ドリンカーがこのゲームを行うと、画面にアルコール飲料の映像が浮かんだとき、ソフトドリンクのときとは段違いのスピードで彼らはレバーを引き、アルコール飲料の映像を手前に引き寄せた。

これは、酒を大量に飲まない人には見られない現象だ。

だが、飲酒癖のない人でも、アルコール飲料が画面にあらわれたとき操縦レバーをかならず引くように教育されると、実験後の試飲テストではより大量のアルコールを摂取するようになる。

誘惑に衝動的に反応してしまうのは、人を報奨へと向かわせる快楽中枢のしわざだ。

そのせいで、人間の行動は直接的な影響を受ける。

ヴィアーズと同僚らは、こうした衝動を認知バイアス修正で逆転できるかどうかを考え、次のような実験を行った。

彼らはドイツの病院から二一四名のアルコール依存症患者を集め、その半数を実験的状況下に、残る半数を疑似実験的状況下においた。

被験者はコンピュータの前に座り、画面に縦長の映像があらわれたらそれを向こうに〈押しやり〉、横長の映像があらわれたら手前に〈引く〉よう指示される。

前者の実験グループの画面にはアルコール飲料の映像はいつも縦長であらわれ、かならず向こうに押しやられるが、ソフトドリンクは横長であらわれ、手元に引き寄せられる。

いっぽう後者の対照群の場合、アルコール飲料の映像もソフトドリンクの映像も同率で引き寄せたり押しやったりするように仕組まれている。

実験を行う前、被験者の視線はアルコール飲料の映像に引きつけられる傾向にあったが、認知バイアス修正を行った後、その傾向はアルコールを遠ざける方向へと逆転していた。

実験の終了後、すべての被験者はアルコールを断つための通常のカウンセリング療法を三カ月にわたって受講した。

それから一年後、断酒に失敗した患者は実験グループでは半数以下の四六パーセントにとどまったが、対照群では半数以上にあたる五九パーセントの人が断酒に失敗していた。

認知バイアスを意図的に変える試み

認知バイアス修正という手法はそもそも、恐怖の回路がもたらす有害なバイアスを打ち消すために開発された。

そうした先駆者のひとりが、スコットランド出身の心理学者で現在は西オーストラリア大学で教えるコリン・マクラウドだ。

彼は一九九〇年代の終わりごろから、不安障害の患者に典型的に見られる有害な注意バイアスを、何かの方法で修正できないかと考えはじめた。

もしそれが可能なら、ネガティブな面に注目しがちな不安障害の患者に効果的な療法を提供できるうえ、「精神の疾患は注意バイアスが原因で起きるのか」という疑問を解明する有力な手段も手に入れることができる。

楽観的もしくは悲観的な世界観は、そもそも人間のこうしたバイアスから生じるのか、それとも楽観や悲観が認識のバイアスにつながるのか。

この問題を解き明かすのは、「卵が先かニワトリが先か」という答えのない議論と同じく、きわめてむずかしい。

ネガティブな認知バイアスと不安との関連はまさに「ニワトリと卵」で、どんなに強いバイアスがあっても、因果の方向を知ることはできない。

けれど、認知バイアスを変化させられれば、どちらがどちらに影響しているのかをあきらかにできるかもしれない。

マクラウドが考えた計画は、認知バイアスを人為的に発生させたうえで、ストレスの高い出来事に人がどう反応するか観察するというものだ。

実験に用いられたのは、ネガティブな言葉と中立的な言葉をペアにした標準的な注意プローブ課題だが、研究チームはそこに独自な工夫をひとつ入れた。

プローブが、「攻撃」など脅威に関する言葉のあとにあらわれる確率と、「テーブル」などの中立的な言葉のあとにあらわれる確率は通常なら半分半分に設定されるが、研究チームはこの部分に小さな細工をしたのだ。

脅威を回避する方向にバイアスをつくる場合、プローブはかならず中立的な言葉があった場所にあらわれ、脅威を感じさせる言葉のあとにはあらわれない。

「failure(失敗)とfactory(工場)」、「attack(攻撃)とaccount(会計)」などネガティブな言葉と中立的な言葉のペアが画面の左右にあらわれると、プローブはいつもかならず、中立的な言葉のあった場所にあらわれるのだ。

いっぽう、脅威に向かうバイアスをつくる場合は、逆の細工をする。

画面にペアであらわれる言葉は先のグループと同じだが、プローブはかならず、脅威に関連する言葉があった場所にあらわれる。

どちらのグループにも実験後、狙い通りの認知バイアスがたしかに生まれていた。

これは画期的な結果だった。

脳内にそうしたバイアスを意図的に植えつけるのは可能であることが、しかも、コンピュータのテストを一時間ほどするだけでそれができることが、初めて示されたのだ。

何も存在しなかったところに人為的にバイアスをつくることや、ネガティブなバイアスをオンにしたりオフにしたりすることに成功した研究チームは、それをもとに今度は、危機のときの反応が認知バイアスに左右されるのかどうかを検証しはじめた。

「ネガティブな認知バイアスは長く疑われてきたようにほんとうに有害なのか」、「無害なバイアスはストレスの作用をやわらげる緩衝材としてはたらくのか」というふたつの重要な問いに彼らは答えを出そうとした。

実験は次のように行われた。

まず被験者に認知バイアス修正の処置をほどこし、そのすぐあとに、ややストレス度の高いテストを受けさせる。

もちろん、高いストレスを与えるため、被験者を自動車事故などほんとうにトラウマになりそうな状況に置くことはできないが、さほど大きくないストレスを与えるだけでも、根底にあるメカニズムを解き明かすことは十分可能だ。

マクラウドの研究チームは被験者に、時間制限付きで非常にむずかしいアナグラムに挑戦させ、ストレスを与えた。

被験者となった大学生らには前もって「アナグラムをどれだけ速く解けるかは、その人のIQに関係している」と話しておく。

それだけで彼らの競争心やテンションは驚くほど高まるのだ。

被験者はそれぞれ、問題が印刷された一枚のカードを渡され、二〇秒以内でアナグラムを解くように命じられる。

たとえば以下のような三問のアナグラムなら、六〇秒以内で解答しなければならない。

試してみてほしいが、英語圏の人にとってもこれはかなり難しい。

SIAAVEBROSLURDEHVETIIFUGマクラウドのチームは被験者にこうしたアナグラムの長いリストを渡し、さらにその中に解答のないアナグラムをいくつか紛れ込ませるというおまけまでつけた。

被験者の学生はみなこの課題に高いストレスを感じたが、事前の認知バイアス修正処置で脅威を避けるグループに入った人は、脅威に向かうグループに入れられた人に比べ、ストレスを感じる度合いはずっと低かった。

これにより因果の方向が確認された。

人為的につくられた有害なバイアスはストレスを倍加し、やはり人為的につくられた無害なバイアスはストレスを減じていた。

「認知バイアスしだいで、恐怖への脆弱度は増すのか」という長年の疑問を科学者は今、研究室で自在に検証できるようになったのだ。

ものごとを前向きに解釈する訓練をするとどうなるかマクラウドとそのチームほどには有名でないが、マクラウドのイギリス時代の同僚も同様の実験を行っている。

実験の手順はちがうが、原理はまったく同じだ。

その研究者、アンドリュー・マシューズは世界屈指の臨床科学者で、感情と思考形式の関係を研究する多くの心理学者にも影響を与えてきた。

マシューズは一九八〇年代にロンドンで、この分野で当時は新参だったマクラウドとともに臨床研究を行った。

現在はカリフォルニア大学デーヴィス校で教えるマシューズは、イギリスのケンブリッジ大学の認知脳科学科に所属していたころ、バンディ・マッキントッシュという研究者とチームを組んで研究を行っている。

大胆かつ熱血型の研究者のマッキントッシュは、人間の〈考え方〉と〈感じ方〉とのあいだに見出されつつあった関連性に強い興味を持っていた。

マシューズとマッキントッシュの二人は、実験室の制御された環境下で認知バイアスを修正したり誘発したりできれば、研究上、多くのメリットが生まれることを、ケンブリッジ時代からすでに理解していた。

だが、この二人が注目したのは人々の注意のバイアスよりもむしろ、どちらにも取れるような状況を解釈するときの癖や傾向だった。

二人の研究者は、被験者に次のような単純なシナリオを渡した。

「友人の結婚式でスピーチをするため、あなたが立ち上がったとしましょう。

そのとき、人々が笑い出しました。

さて、あなたはどんな気持ちがするでしょう?人々はあなたが好きで、あなたのユーモラスなスピーチを楽しみにしているのだと思いますか?あるいは人々はあなたのことをちょっと低く見ていて、あなたがいかにも間抜けなふうに見えることを笑ったのだと思いますか?」。

こんなふうにどちらにも取れる状況をどう解釈するかによって、人が感じる不安の度合いや、抱く感情の種類は変化する。

不安や抑うつなどの臨床的症状が、どちらにも取れる社会的状況をネガティブに解釈する傾向を生むことはすでにわかっていた。

そういう人はたとえば、相手の顔に浮かんだ笑みを興味のあらわれではなくうすら笑いに解釈しがちだし、約束したミーティングの時間に同僚がなかなかあらわれなければ、「電車に乗り遅れでもしたのだろう」と考えるかわりに「自分は重要な人間だと見なされていないのだ」と思いこんでしまう。

身の回りで起きるものごとを人はこうして絶えず解釈したりし直したりしている。

日常のすべては解釈上のバイアスから逃れることができない。

ならば、こうした〈解釈のバイアス〉と〈気分の状態〉は、どちらがどちらに影響を与えるのだろうか?この疑問の答えをさがして、マシューズらケンブリッジの研究チームはネガティブにもポジティブにも解釈しうるシナリオを何百通りも考え、実験に使った。

たとえば「その医者はエミリーの成長を調べた」という一文がコンピュータの画面に浮かんで消えたあと、今度は「彼女のは二センチ大きくなっていたのだ」のように、重要な一部が欠けた文章があらわれる。

その文章が消えると次に、ふたつの言葉が画面に一瞬浮かび上がる。

被験者は、どちらの言葉で先の文章の意味が通るかをできるだけ急いで選び取らなくてはならない。

ここでのトリックは、どちらの言葉でも文章の意味は通るが、片方の文章はネガティブな意味になり、もうひとつの文章はポジティブな意味になるという点

だ。

先の例でいえば、選択肢は「身長」と「腫瘍」のふたつだ。

どんな結果が出るかは、読者も想像がつくだろう。

悲観主義者はおそらくネガティブな選択肢に強く引き寄せられるはずだ。

ものごとをネガティブに解釈しがちな彼らにとっては、「彼女のは二センチ大きくなっていたのだ」という文章のほうが当然、意味をなす。

けれど、日頃から世の中をもっと楽観的に解釈している人々は、「彼女の身長は二センチ大きくなっていたのだ」という文章のほうを〈意味が通る〉として素早く認識する。

人間が瞬時に行う無意識下の解釈を、この技法は垣間見せてくれるはずだ。

ケンブリッジの研究チームは被験者に何百ものシナリオを提示したが、マクラウドらの実験と同様、そこには小さなひねりが入れられていた。

それは、片方のグループの選択肢がどちらも必ずポジティブな文章を完成させる言葉であるいっぽう、もう片方のグループでは選択肢がどちらもネガティブな文章を完成させる言葉だったことだ。

このトレーニングによって、ものごとをポジティブもしくはネガティブに解釈する訓練を重ねるうち、個人の生来の傾向は徐々にくつがえされた。

画期的な結果だった。

どちらにも取れる状況の解釈を変化させることで、ストレスへの反応にも大きな変化が生じた。

テレビの刑事ドラマに出てきそうな、胸の悪くなる場面のビデオクリップを強制的に見せたとき、訓練によって状況をポジティブに解釈する癖を身につけた被験者グループは、ネガティブなバイアスを植えつけられたもう片方のグループに比べて、動揺する度合いがずっと低かったのだ。

認知バイアス修正を臨床で応用する何に注目し、それをどう解釈するかが人格に深く作用するという証拠は、英豪両国の心理学の実験室で集まりつつある。

そして、認知バイアス修正の研究に最初の突破口が開かれた十数年前から、同様の結果が実験室の内外でもつぎつぎに確認されてきた。

フロリダ大学の心理学者ノーマン・シュミットは臨床実験で、重度の社会的不安障害を抱える人々に認知バイアス修正の処置をほどこした。

マクラウドが行ったような認知のトレーニングを一日に八セッション、週に二回の頻度で行ったところ、脅威を回避するグループに入った患者の七二パーセントの不安度が、深刻な社会的不安障害とは診断されないレベルにまで下がった。

介入を受けなかった対照グループの回復率は一一パーセントにとどまったのに、認知バイアス修正による簡単な介入を受けたグループは、七二パーセントが症状から脱することができたのだ。

これらの手法は抑うつの治療にも役立てられる。

テキサス大学オースチン校の心理学者クリス・ビーバーズは、抑うつに悩む学生を被験者として多数集め、認知バイアス修正のいくつかのセッションを二週間にわたって受けさせた。

対照群の学生の抑うつの度合いがまったく変化しなかったのに対し、脅威回避のグループに入った学生の抑うつ度は、セッション後四週間が過ぎてもまだかなり低い数値にとどまっていた。

こうした新しい技法の発達に、科学界は沸いている(31)。

その大きな理由は、認知バイアスの修正という手法が低コストでしかも実行しやすいこと、そしてインターネットを用いれば患者が自宅にいながら行えるという利便性にある。

すでに確立された療法にとってかわるということはまずないだろうが、この技法が従来的なカウンセリングや投薬による療法と併用する形で取り入れられる可能性は十分ある。

ここで、いちばん大事なことを短くまとめよう。

位置記憶の訓練によってタクシーの運転手の海馬が肥大したり、体の細かい動きをつかさどる脳の領域が音楽の訓練によって肥大したりするのと同じように、ものごとをある特定のやりかたで見たり解釈したりする訓練を積めば、「アフェクティブ・マインドセット」の根底にある脳内回路にも変化が生まれる可能性があるのだ。

 

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