「魅了するプレゼン力」から「」「高度なプレゼン技術」は必須条件ではない物語を伝える天才と言えば、アップルの故スティーブ・ジョブズさんをイメージする方も多いのではないかと思います。
ジョブズさんが新製品を発表するときのプレゼンテーションは、まるで大切な宝物を見せるかのごとく幸せそうで、そして自信に満ちていました。
その姿に多くの人々が感動し、アップル社の製品を思わず「ほしい」と思ってしまいました。
ジョブズさんに限らず、すべての社長やリーダーにとって、自分たちの事業や商品・サービスなどは、仲間たちとともにつくり上げた作品であり、大切な宝物ですから、誰にでもジョブズさんのようなプレゼンをするベースはあるはずです。
とはいえ、文化や習慣の違いもあって、彼のようなプレゼンをする日本人リーダーはあまり多くありません。
ただし、ここで1つ整理しておきたいのは、プレゼン力とビジョンを語る力は、必ずしもイコールではないということです。
プレゼンは、多くの人にアピールするためのある種のパフォーマンスです。
プレゼンのような大仰なことを考えなくても、日ごろの仕事のなかでビジョンを伝える方法はたくさんあります。
たとえば、取引先との対話や社内会議の場も、ビジョン伝達のチャンスになります。
取引先で、リーダーであるあなたの「うちは○○な会社です」という自社紹介に耳を傾けているのは、お客様だけではありません。
同行している部下もまた「そうか、うちは○○な会社なのか……」と思いながら聞いています。
会議でも同じです。
つねに、自社のビジョンに照らし合わせながら意思決定することを習慣にすれば、メンバーとともに、ビジョンを深く掘り下げて考える機会を持つことができます。
つまり、ビジョンの伝達には、周到に用意された演出や高度なプレゼン技術は不要です。
それよりも、ビジョンを意識する機会を「いかにたくさん」日常のなかに盛り込めるかが重要なのです。
まずはリーダー自身が「」じつのところ、「ビジョンを伝える」という仕事において最も重要なのは、現場に語りかける以前に、当のリーダー本人が心からそのビジョンに信念を抱いているかということです。
すでに見たとおり、創業社長でもない限り、ビジョンをゼロベースからつくり上げたリーダーというのはまずいらっしゃらないでしょう。
先代から経営理念を引き継いだ社長はもちろんですが、中間管理職の方々も「本当にそれがあなたの信念ですか?」と聞かれれば戸惑うケースのほうが多いのではないでしょうか。
しかし、まずもってリーダー本人がそのビジョンに共感していなければ、どんなに伝え方を工夫したところで、メンバーの心の底にまでビジョンが浸透することはありません。
ビジョンに対して表面的に共感したふりをしていても、メンバーからは容易に見透かされます。
「どうしたんだ?うちのリーダーは急に『きれいごと』を言い出したぞ……」と思われるのが関の山です。
自らの納得感がなければ、立派なビジョンも「空虚な言葉」でしかないことを心得るべきです。
先代からずっと継承されてきた考え方だとしても、まずはそれについて徹底的に考え直し、それを我がものとしていくプロセスが必要なのです。
「そうは言っても……もともと自分が考えたビジョンじゃないんだし……心底から共感するなんてそもそも無理だよ」と言いたくなる人もいるかもしれません。
しかし、創業社長ですら最初から自分のビジョンに100%の確信を持っているかというと、そんなことはないと思います。
朝礼でも、会議でも、お酒の席でも、繰り返し繰り返しビジョンを語る社長は、メンバーにだけではなく自分自身にも、そのビジョンを深く刻み込んでいるのだと言えます。
人に話しているようでいて、じつは自分に語りかけている。
その意味では、自己暗示とも言えるかもしれません。
語れば語るほどビジョンの精度が増し、自らの考えが整理されていく、ある種の自己強化プロセスを取り入れているのです。
直感での決断を、論理的な言葉に「変換」するビジョンが少しずつ自分の腑に落ちてきたら、次に磨くべき能力は、「説明力」です。
もちろん、スキルとしての説明力をどう磨くかということもあるのですが、それ以前に心に据えておくべきことがあります。
それは「誠実さ」です。
リーダーの説明力のベースには、「嘘をつかない」「正直に伝える」「いい加減にしない」といった誠実さが不可欠です。
どれほど高い説明スキルがあろうとも、誠実さがなければビジョン伝達には役立ちません。
とはいえ、伝書鳩のように、つねに何でも正直に伝えていては、組織やチームに混乱を招きます。
何を伝え、何を伝えないのかもまた、リーダーが判断すべき重要なポイントです。
たとえば、直感で決めたことを、そのまま「直感で決めた」とメンバーに語ってしまったら、間違いなく誤解を招きます。
そこで必要なのは、決断したプロセスを「説明」することです。
あと付けでもいいので、「なぜそこに向かうことにしたのか」についての論理を組み立てて、しっかりと伝えるのです。
たとえば、自動車メーカーのトップとして「これからは電気自動車マーケットに参入する」という決断を下したのであれば、数十年先を見据えた大きな社会的変化、自社の強みなどとともに、決断に至るまでの物語を伝え、社員にも、株主にも、消費者にも、しっかり納得・共感してもらわなければなりません。
従業員だけでなく、株主や消費者にも理解してもらえれば、周囲の期待感に押され、メンバーのやる気はぐんと高まるでしょうし、さまざまな方面からの応援も得られるはずです。
納得してもらうための説明をすること、共感を得るために心に深く届けることは、リーダーの重要な仕事の1つです。
ここからは、せっかくつくったビジョンを「絵に描いた餅」で終わらせずに、いかにしてメンバーに浸透させ、実際にチームを機能させていくかということについて、さまざまな事例とともに見ていくことにしましょう。
正解がない世界では、「」司馬遼太郎さんの長編歴史小説『坂の上の雲』のなかで、とても印象に残っているシーンがあります。
主人公が軍艦の自室で次なる戦略を決断するシーンです。
ベッドに横たわり天井を見つめながら、「戦略は直感で決めたが、『なぜそう決めたか』を隊員たちにどう説明するか、考える時間が必要だ」といったことを呟きます。
直感が当たるか当たらないかはわかりません。
しかし、最も重要なのは、リーダーが決断しなくてはいけないことのほとんどに「正解」がないということです。
成功するかしないかは誰にもわからないからこそ、リーダーとしては現場が納得できる「説明」をしなければなりません。
決断に至ったプロセスを論理化して伝え、迷わず走り出せるようにメンバーの心を整えることが必要です。
ブータン王国は、現在の5代目国王の父である4代目国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクによって民主化されました。
前国王は民主化の際に、ブータンの全国を行脚したと言います。
自動車が入れない山奥の村では、途中で車を降りて歩き、「ブータンを民主化する」という大きな決断について、国民に説明して回りました。
国民の一部には「王様が国を守ってくれればいい。
民主化して選挙権をもらう必要なんてない」との声もあったそうですが、前国王は国民が納得するまで粘り強く語り続けたそうです。
「私のように国民を大切にしたいと思う国王ばかりが続く保証はない。
とんでもない王が現れたときに、国民が独裁を阻止できるよう準備をしておきたい」そうした国王の言葉にブータンの国民たちは賛同し、民主化に向けて一気に動き出しました。
いまリーダーに求められるのは、こうした「説明能力の高さ」です。
かつてはわざわざ説明などしなくても、誰もが仕事に取り組める仕組みなりマニュアルなりをつくっておき、そこに人材を当てはめて効率的に利益を上げていくスタイルが理想とされていました。
しかし、これから人を動かすのは、「誰でも読めばわかるマニュアル」ではなく、個々のメンバーの納得感・共感を生み出すリーダーの言葉です。
ここでもう1つ、なぜいま、以前にも増してリーダーの「説明」が必要になったのかをお話ししておきたいと思います。
それはグローバル化の流れです。
グローバル化の本質は「多様化」です。
性別や国籍にかかわらず、さまざまな価値観の人々とともに働くためには、これまで「阿吽の呼吸」で伝わっていたことを言葉にして説明し、さらに対話を通じて理解を深めることが不可欠です。
世代間も含め価値観の多様性が進むいま、リーダーが説明能力を軽視していては、チームの力を最大化することはできないでしょう。
では、説明能力を身につけるには、どうすればいいのでしょうか?今度はそれについて考えていきましょう。
リーダーの「声」が最高のチームをつくるビジョンは「耳」から浸透する経営者向けの講演などで、ビジョン型リーダーシップのお話をすると、参加している方から「どうすれば社員にビジョンが浸透するのでしょうか?」という質問を受けることがあります。
「何かコツのようなものがないか?」ということなのでしょう。
正直なところ、私がたくさんの社長にインタビューしてきた経験から言うと、お手軽にビジョンを浸透させるテクニックというものはありません。
ただ、最も有効と思われる方法をあえてあげるとすれば、それは「リーダーが自らの声で語ること」です。
ビジョンを伝える方法としては、すでにいろいろなものが紹介されていると思います。
最近では、動画やメールなどを使ってメッセージを伝えるという方もいらっしゃいます。
数多くのメンバーを抱える大きなチーム・組織であれば、こうしたツールを積極活用する知恵も必要なのですが、やはり最も効果があるのは、リーダーが自分の声で(口頭で)、メンバーに直接、何度も何度も語りかけることです。
もちろん大企業の経営者や大きな部署のリーダーになると、メンバー全員に向かって語る機会は少なくなっていくでしょう。
また、業績が振るわず精神的にも余裕がなくなってくると、メンバーと顔を突き合わせて話をすることにストレスを覚えるリーダーも多いと思います。
しかし、そんなときこそ、リーダーが直接語りかけるべきです。
経営危機から立ち直った経営者の方にお話を聞くと、「危機のときこそ、現場に行くようにした」と話す方が少なくありません。
ただの「きれいごと」で終わらせないために随分と前のことですが、ANA(全日本空輸株式会社/本社東京都)が経営再建に取り組むことになった当時、代表取締役社長だった大橋洋治さんは、クレドをつくって社員に配布しただけでなく、1年ものあいだ、毎日のように現場を回り、社員に直接語りかけ続けたといいます。
「我が社はこれからどうなっていくべきか」「何のために航空会社を続けるのか」——それを社員に直接伝えなければ再建できないと考え、トップリーダーとしての時間の多くをそれに使ったのです。
当然のことながら、ビジョンに対して最も強い「思い入れ」を持てるのは、リーダー自身です。
だからこそ、本人が自分の声を使って直接伝えようとしない限り、メンバーにはなかなか伝わりません。
メンバーからすれば、「お客様を大切にしよう」とか「顧客第一主義」などという言葉は、どうしても「どこかで聞いたようなきれいごと」です。
その意図や内実まではなかなか理解してもらえません。
私がインタビューした会社のリーダーたちは、「普通に伝えただけでは、まずわかってもらえない」と思っているからこそ、「伝え方」の部分でかなり試行錯誤していました。
ビジョンを表す言葉にしっかりとした「奥行き」を与えられるのは、リーダーだけです。
ちょっとした紙を配ったり、ミーティングで一度話したぐらいでは、リーダーの思いはまず理解されないと思ったほうがいいでしょう。
腑に落ちるまで「」ビジョンを浸透させるために、メンバーからの質問を徹底的に受けるという方法をとった企業リーダーがいます。
インターネットを使った市場調査などで知られる株式会社マクロミル(本社東京都)の創業者の杉本哲哉さんは、会社を改革する必要に迫られた際、「夕方6時以降は社長室を開放する」という取り組みを1年以上続けたそうです。
当時社長だった杉本さんは「何でも聞きにきてほしい。
全部答える。
納得するまでつき合う」と社員に約束し、実際、深夜12時近くまで質問に答えた日も少なくなかったとか……。
それだけメンバーも聞きたいことがたくさんあったし、社長もメンバーに真摯に向き合ったということでしょう。
ビジョンや会社の方針について質問を受け続けるというのは、想像以上に大変なことです。
いくらいろいろな質問を想定していても、なかなか容易に答えられないものもあるでしょうし、社長に聞く必要もないような些細な質問もあるかもしれません。
それでも、どんな質問にも粘り強く答えていかなければなりません。
そもそも人は話を聞いただけではなかなか納得できないものです。
徹底的に質疑応答を繰り返していれば、感情的な応酬に発展することもあるでしょうし、時には語気を荒げるような場面も出てくるかもしれません。
しかし、それが互いの心の奥深くで触れ合う機会となり、ビジョンへの共感度が高まることも十分あるのです。
本当の仲間を「選別」するいくら同じ会社で働くメンバーだとしても、生まれも育った環境も違う人間同士が、理解し合うのは簡単ではありません。
しかし、それを乗り越えて1つになることもまた、チームで仕事をする喜びでもあります。
そんなチームをつくるために、時として、メンバーの選別が必要な場面もあります。
ひらまつの平松博利社長は、同社がより大きな企業体に生まれ変わろうとするタイミングで、社員を連れて河口湖に研修に行ったそうです。
平松社長は、当時いた200人くらいの社員を10人単位に分け、連日のように河口湖まで出かけては、自らの思想やこれからの方向性について、自らの口で語りました。
そして、「『この指とまれ』だ。
この指にとまる人間だけでこれから進んでいこう」と宣言したそうです。
もちろん、ビジョンに共感してもらえなければ、指にとまってくれないかもしれません。
しかし、リーダーにとって、メンバーの能力の有無は、2番目3番目の問題なのです。
重要なのは、ビジョンに共感できるかどうか。
さもなくば、能力があっても必要なメンバーとは言えません。
冷酷に思えるかもしれませんが、そうした「選別」もビジョン型リーダーシップには必要なのです。
「社長トーク」では、こうしたビジョン型リーダーシップを実践するリーダーたちに、「メンバーの人選をどのようにしているのか?」を聞いたことがあります。
多くのリーダーに共通する答えは、「素直さ」でした。
組織のメンバーとして、素直に仲間の声に耳を傾けたり、素直にチームの価値観を理解したりしようとする人柄が、チームの結束には不可欠とのこと。
経験がなくても素直さがあれば、どんなことでも吸収でき、成長の可能性は無限大となります。
じつは、多くのリーダーが、この「素直さ」を持っているのも事実です。
ビジョンを浸透させる「」「合宿」する組織が増えているさて、共感できる仲間が集まり、組織の規模が大きくなってくると、リーダーの言葉がメンバー全員に届きづらくなってきます。
そうなると次に必要なのは、リーダーと同じ思いでメンバーに語りかけてくれる「幹部」を育成することです。
いろいろな方法があると思いますが、私が取材してきたなかで、最も効果がありそうなのは、「寝食を共にすること」です。
実際、社長と幹部が合宿をしている会社は増えているように思います。
私も、いくつかの会社の役員合宿などにご一緒させていただいたことがあります。
「どうやって我が社の利益を拡大するか?」というような実利的な話を日中にしていたかと思えば、夜になりお酒も入ると、またひと味違ってくるのが合宿の魅力です。
みんなが座敷で車座になったり、ソファに集まったりして、スーツを着ているときよりも熱い対話がはじまります。
未来志向で夢や議論をぶつけ合ったり、現場の苦労話を共有し合ったりと、心を基点とした独特なコミュニケーションが生まれてくるのです。
合宿の機会は、リーダーのビジョンをチームでを共有するうえで、とても効果的です。
海外の企業などは、こうした取り組みを「オフサイトミーティング」と称し、世界各地のリゾート地などリラックスできる場所で終日語り合ったり、グループワークをしたりするのがあたり前になっています。
日本企業も世界展開をするなかで、オフサイトミーティングのような活動が増えていくと思われます。
すでにITビジネスの最先端を走るベンチャー企業などは、こうした取り組みを頻繁に実践して、チームワークを高めると同時に、新たなビジネスをスピーディに生み出しています。
また、世代的な特徴として、とくにバブル期入社の人たちは、会社の人たちとオフサイトで関わるのを好まない傾向があるように思いますが、新しい世代の起業家たちは、再びこうした取り組みを積極的に取り入れています。
バブル世代を除いた上下の世代が、オフサイトミーティングで信頼を深め合う流れが、いまに起きてくるかもしれません。
リーダー同士で「」羽鳥兼市さんが代表取締役会長を務める中古車販売の株式会社ガリバーインターナショナル(本社東京都)は、設立からたった8年10カ月で東証一部上場を果たすという急成長を遂げた企業ですが、ここでも「寝袋合宿」というものをやっていた時期があったそうです。
社員数が1000人を超えたあたりから、社長の声が現場に届かなくなり、羽鳥さんは「少なくとも役員やマネジャークラスには、会社として進もうとしている方向を伝えねば……」と感じたそうです。
そこで、寝袋を用意して30〜40人ずつでオフィスに泊まり込み、ガリバーのこれからについて話し合う機会を設けました。
そのほかにも、月1程度のサイクルで「管理職合宿」をしている会社もあります。
役員会などで社長の話を聞く機会が比較的多い役員たちとは違って、中間管理職というのはビジョン伝達の障害となりがちだからです。
中間管理職にあるリーダーたちは、社長と共にする時間がさほど多くないうえ、目標などを受け止める立場ですから、どうしてもビジョンの共有よりも、ノルマや数字の下達に重きを置きがちになってしまう。
そこで、あえて「社長と管理職の合宿」をするようにしている会社があるのです。
東海・関西エリアを中心にリサイクルショップを展開する株式会社買取王国(本社名古屋市)の代表取締役社長・長谷川和夫さんにも以前「社長トーク」に出演いただきましたが、同社でも、近くのビジネスホテルを借りて、社長と支店長・管理職が語り合う研修を月に1回開催しているそうです。
また、通信系の部品メーカーである本多通信工業株式会社(本社東京都)では、会社から徒歩圏内にある社長の自宅を、管理職などの研修・懇親の場として開放しています。
研修後の懇談会では、参加者が当番制で食事の用意をし、社長も含めた全員で食事をしながら、会社の課題やさまざまな考えについて、夜遅くまで語り合うそうです。
「同じ釜の飯を喰う」——古い言葉ではありますが、その価値を見直し、実践している組織が増えています。
「ツールで伝える」から「」ビジョンの語り手としての新人教育担当最近は、幹部や管理職がトップと合宿をするだけではなく、社員旅行や社員集会、運動会など、社長以下全社員が一堂に会すイベントを実施する会社も増えてきているようです。
しかし、やはりイベントは一過性のもの。
そのときに心が動いても、日常業務に身を置いていると、イベントで得られた共感や感動も薄れていくものです。
ですから、業務そのもののなかで、メンバーがビジョンを実感する機会をつくることも大切です。
たとえば、メンバーに新入社員や後輩の教育を担当してもらうというのも、いい方法です。
新人などに向けて会社やチームのビジョンを自ら語る機会をつくることで、当人のなかにも納得感が生まれていくからです。
「うちの会社は○○な会社なんだよ」「私たちの部署というのは○○のためにあるんだ」そうやって後輩社員に説明しているうちに、「そうだ。
もっと○○な会社にするには、ここを工夫できるんじゃないか?」「目先のことを考えるとAだが、『○○する部署』というビジョンに照らせばBを選ぶべきかもなあ……」といった気づきが、教育係になったメンバーのなかに生まれていきます。
現場で売上目標を持ちながら働くメンバーからすれば、「ビジョンなんて言っていても、なかなか現実は厳しいよ」「こんな理想ばかりじゃやっていけない!」と言いたくなることもあるでしょう。
メンバーに新人教育を担当してもらい、ビジョンを意識する機会をつくれば、実務とのあいだに感じる矛盾の解消にもつながります。
何度もビジョンを「」もう1つ、ビジョンを現場に浸透させるための方法として、さまざまな書籍などでも触れられているのが「クレド」です。
クレドとは、ビジョンや行動指針が書かれたカードなどを指します。
クレド経営はかなり一般化しており、社員手帳や社員証の裏に記載されていたり、名刺フォルダーにカードを入れることになっていたりと、かなり多くの企業が取り入れています。
クレドに自分の目標を書いて1年後に達成度を確認するとか、朝礼で声に出して読み上げるという会社も少なくありません。
有名なところでは、ザ・リッツ・カールトン・ホテルカンパニーのクレドカードがあります。
リッツ・カールトンの従業員たちは、行動指針となる「ゴールド・スタンダード」が記載されたクレドカードをつねに携帯しており、その理念を心に刻んでいます。
ただし、クレドをつくったり配ったりするだけでは、ビジョンが浸透することはまずありません。
クレドはビジョンを思い出すための補助ツールでしかなく、これを配りさえすればビジョンが共有されるというほど簡単なものではないのです。
かつて「社長トーク」でお話を伺ったある企業でも、「企業行動憲章」が記載されたクレドカードを従業員に配布していました。
ユニークだったのはその運用の仕方です。
さまざまな地域のお客様に個別対応できるようにと、「現場レベルで何らかの決断を下すときには、必ずクレドカードを見る」というルールが設けられていました。
「ビジョンに照らして正しければ、個別の判断は現場でやっていい」という体制は、まさにビジョン型リーダーシップを実現している例だと言えるでしょう。
「社外の人」の言葉の力を借りるビジョンや会社の方向性を伝える際の一種のテクニックとして、外部の人間の力を借りるという方法も考えられます。
身内が身内に向かって「私たちの仕事にはこんなすばらしい意義があるのだ」と語るだけでは、どうしても説得力に欠ける部分があります。
そこで、あえて外部の人に「あなたたちの仕事って、こんな社会的な意味があるんですよ」と伝えてもらうわけです。
大手金融機関の子会社になったある消費者金融会社の話です。
親会社の金融機関からやってきた新社長さんは、着任早々、社員それぞれに「仕事についてどう考えているか」についてレポートを書いてもらいました。
するとそこには、社員たちが仕事に対して抱えていた負い目や引け目が綴られており、新社長は「みんなが自信を持って働ける職場をつくりたい」と心底思ったそうです。
しかし、社長がいくら、消費者金融の社会的意義を語ったところで、社員たちに広がっていた空気が容易に変わることはありませんでした。
当時、世間では、消費者金融がバッシングの渦中にあり、消費者金融をヤミ金と同列に扱うようなメディア報道も蔓延っていたからです。
そこで社長は、外部の有識者の方々を会社に招くようにしました。
そして、社員の前で有識者と対話したり、社員たちと有識者の方々との対話会を開いたりしたのです。
「消費者金融の社会的意義」についても彼らに語ってもらい、社員が自分たちの仕事について考え直すための機会をつくったのです。
その結果、社員たちは徐々に自信を取り戻していき、「この仕事を通じて自分のキャリアを築いていこう」という意識が生まれていったといいます。
組織やチームのビジョンに共感するのは、内部のメンバーだけではありません。
外部の人間もビジョンに共感します。
ですから、自分たちのビジョンに共感してくれる外部の人がいたならば、積極的にメンバーと交流してもらうといいでしょう。
社外の第三者が、自分たちの組織のビジョンについて語ってくれる言葉は、思った以上にメンバーたちの心に届くものなのです。
リーダーにとって唯一の仕事道具は「言葉」ビジョンをチームの隅々にまで浸透させる方法を事例とともにいくつか紹介してきましたが、突き詰めて言えば、やはりビジョン伝達力の本質とは「言葉の力」です。
リーダーの唯一かつ最強の仕事道具は「言葉」なのです。
そこで、この章の最後に、1つだけ注意をお伝えしておきたいと思います。
それは、「リーダー自身の言葉が持つ力」に自覚を持つことです。
リーダーは、誰よりも言葉に敏感でなければなりません。
組織内のポジションが上がるほど、リーダーがうっかり発した言葉で、人や組織が思わぬ方向に動いてしまうようになります。
私自身も若いころは、はっきりとした物言いをしない上司に不満を抱いた時期がありました。
しかし、私もいざリーダーのポジションになってみると、自分の発言が部下や組織にどれほどの影響力を持っているのかを実感することになりました。
そうした葛藤のなかにありながらも、メンバーたちに納得してもらえるような言葉選びや言葉遣いをしなければならないのがリーダーなのです。
リーダーの発した言葉で、チーム内に不協和が生じたり、プロジェクトが滞ったりするということは、リーダー自身がまだまだチーム全体を高解像度で見られていない証拠です。
たとえば、「最近の営業1課はだめだね」と何気なくリーダーが言うだけでも、チーム全体のなかには「じゃあ、営業1課と組むのはやめよう……」といったムードが広がります。
その結果、営業1課の成績がさらに悪化するという事態につながるかもしれません。
また、メンバーのあいだに「ウチのリーダーは裏表のある人だ」というイメージが広がっていれば、つねにリーダーの言葉の「裏」を読もうとするようになりますから、伝えたいことの真意が伝わらりづらくなっていくでしょう。
つねに誠実かつ正しい言葉を使うことは、リーダーが心がけるべき最重要事項です。
また、広く共感を呼ぶようなビジョンを言語化するには、研ぎ澄まされた言葉の力が必要です。
言葉こそがリーダーの力の源泉であり、言葉の修練はリーダーに不可欠なのです。
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