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第5章孤独──考えるためのスペースをつくる

深い孤独がなければ、まともな作品はつくれない。──パブロ・ピカソフランク・オブライエン、起業家。

彼の創業したマーケティング会社「カンバセーション」は、ビジネス誌『インク』の選ぶ「アメリカでもっとも急成長をとげた民間企業」にランクインした優良企業だ。

同社は慌ただしい世の中に対抗し、おもしろい取り組みをおこなっている。

月に一度、オブライエンは50名の社員全員を会議室に集め、丸一日の集中セッションを実施する。

電話は禁止。メールも禁止。とくに決まった予定表はない。セッションの目的は、じっくりと考え、話し合うこと。

これを月初めの月曜日、いちばん気持ちの引き締まる時期にやるのだ。

社内だけでなく顧客にも周知し、第一月曜日は電話に出ないことを公言している(1)。

なぜそんなことをするのかというと、落ちついて考える時間が必要だからだ。つねに電話を待っていたら、まともにものが考えられない。

ときどき窓口を閉ざして、何が本当に重要なのかを検討しなくてはならない。オブライエンはこう述べている。

「ひと息ついて、まわりを見渡し、考える時間が必要なんです。それがなければ、イノベーションも成長も不可能です」

さらに彼は、このセッションが仕事の質のバロメーターになると語る。

「もしも『忙しすぎてセッションに出られない』と言う人がいたら、それは無駄な仕事が多すぎるんです。あるいは本当に、もっと人を雇うべきか。どちらかですね」

忙しすぎて考える時間もないなら、それは仕事が多すぎる。

シンプルな理屈だ。

多数の瑣末なことのなかから少数の重要なことを見分けるためには、誰にも邪魔されない時間が不可欠だ。

ただし、この忙しい世の中で、そんな余裕が自然に生まれるわけがない。あえて時間をとらなければ、誰も考える余裕など与えてくれない。

ある企業でマネジャーをつとめていた男性は、あと5年早く辞めるべきだったのに、と後悔していた。

業務があまりに忙しすぎて、その会社にいるべきかどうかを考える余裕がなかったのだ。そのせいで、貴重な時間をずいぶん無駄にしてしまった。

また、ある国際的なIT企業の副社長は、週に35時間もミーティングをしていると嘆いていた。

あまりにミーティングばかりしているので、まともにものを考える時間がない。

自分のキャリアも企業の展望も見えないまま、目の前の瑣末な問題に追われ、いつ果てるともしれないプレゼンや議論にどんどん時間を奪われていく。

何事も、まず選択肢を調べないことには、本質を見極めることはできない。非エッセンシャル思考の人は、とにかく目の前のことに反応する。

聞いたばかりのチャンスに飛びつき、読んだばかりのメールに返信する。だがエッセンシャル思考の人は、すぐに飛びついたりしない。調査と検討にたっぷり時間をかけることを選ぶ。

目次

集中せざるをえない状況をつくる

考える余裕の大切さを私に再認識させてくれたのは、スタンフォード大学デザイン研究所(通称dスクール)で講師をしたときの経験だった。

dスクールは学内の多様な学生が集まり、デザイン思考を身につけるという先進的なプログラムだ。教室に足を踏み入れてまず気づいたのは、普通の机と椅子がどこにもないことだった。

その代わりに発泡スチロール製のキューブがあるのだが、座り心地はかなり悪い。欠陥ではなく、意図的にそうしているのだ(dスクールのあらゆることと同じように)。

座って数分もすると立ち上がりたくなるので、歩きまわってふれあう機会が自然と多くなる。

みんなで前を向いて座るより、もっと動的に学ぼうというわけだ。dスクールは空間をデザインすることで、思考と参加を刺激しているのである。またdスクールには、「ブース・ノワール」という小部屋がある。

3人ほどしか入れない狭さで、窓はなく、外部の音は遮断されている。

このスペースを設計したスコット・ドーリーらは、この部屋を「ローテクを超えたノーテク」と表現した(2)。

1階の片隅にひっそりとたたずむ小部屋は、どの部屋への通り道にもならない。そこへ行くのは、考えるという目的のためだけだ。

集中してものを考えるスペースで、学生たちは自分の思考を研ぎ澄ましている。集中は向こうからやってくるものではない。

だから、集中できる状況に自ら飛び込んでいくことが必要なのだ。集中するためには、集中せざるをえない状況に自分を置くしかない。

集中とは、単にひとつの問題を考えつづけることではない。

エッセンシャル思考における集中とは、100の問題をじっくり検討できるだけのスペースを確保することだ。

それは目の焦点を合わせる作業に似ている。ひとつのものに固執せず、つねに視野全体を把握して焦点を調整するのである。

dスクールの講師をしていたとき、同僚と一緒に新たなタイプの授業を設計することになった。

「人生を本質からデザインする」授業だ。その名のとおり、授業の目的は人生をデザインすること。毎週時間をとって、生き方をじっくりと考える。

パソコンやスマートフォンはすべて電源を切り、自分の思考に全神経を集中させる。そして数ある可能性のなかから、本質的なことだけを取り出していく。

dスクールの学生でなくても、そういう時間を持つことは可能だ。生き方を考えるためのスペースを、ぜひ自分の生活に取り入れてみてほしい。

考える時間を取り戻す

私の知り合いに、優秀なのに注意散漫な会社役員がいる。

いつ見てもツイッターとGメールとフェイスブックといくつかのチャットを同時に開いているような人だ。

集中するためにインターネットの線を抜いてみても、やはりスマートフォンやら何やらでサイトを見てしまう。

あるとき重大なプロジェクトに追われていた彼は、思いきってインターネットのつながらない安宿に泊まり込むことにした。

携帯電話も持たず、まったくのオフライン環境だ。そこで2カ月過ごした結果、いつになく効率的にプロジェクトを終わらせることができた。

そこまでやらなければならないのも考えものだが、彼のやったことは間違っていない。

自分の力を最大限に発揮するためには、誰にも邪魔されない環境が必要なのだ。

あのアイザック・ニュートンも、万有引力を論じた主著の執筆に際し、2年間ほとんどひとりきりで引きこもっていたらしい。

近代物理学の基礎となる偉大な理論は、その孤立した場所から生まれた。

リチャード・S・ウェストフォールによる伝記には、次のように記されている。

「どうやって万有引力の法則を発見したのか、との問いに、ニュートンは『考えつづけていたんだ』と答えた。……考えつづけるといっても、並大抵のレベルではない。

彼はそのことだけを、ひたすら考え抜いていた(3)」ニュートンは集中するためのスペースを確保し、そこで宇宙の本質を追究しつづけたのだ。

私もニュートンを見習い、孤立した環境でこの本を書くことにした。平日は朝の5時から午後1時まで、8時間を本の執筆だけにあてる。

午後1時になるまでは絶対に人に会わず、電話も通じないようにしておく。メールは自動返信に設定し、執筆のために隠遁中であることを伝える。

完全に達成できたわけではないが、それでも効果は抜群だった。想像以上の自由だ。考えることと書くこと。

そのためだけのスペースを確保したおかげで、執筆が早く進んだだけでなく、生活のあらゆる面に余裕が生まれた。

そんなことか、と思うかもしれない。だが、最後にゆっくり座ってものを考えたのはいつのことだろうか。

通勤中や会議中にぼんやり考えるのではなく、誰にも邪魔されないスペースで、考えるためだけの時間を過ごしたことが最近あっただろうか?刺激過多の現代にあって、考える時間を持つのは至難の業だ。

あるビジネスマンは、ツイッターでこう言っていた。「退屈ってどんな感じだったかな?今じゃ退屈なんて皆無だ」たしかに、彼の言うとおり。

数年前までなら、空港のロビーや病院の待合室で、何もせずただぼんやりと退屈していることもあった。それが今では、誰もが携帯電話やパソコンの画面を見つめている。

退屈しのぎが増えたのはいいことだが、退屈を駆逐した結果、考えるための時間さえ奪われているのではないだろうか。

ここで、もうひとつの逆説的な事実。仕事が忙しくなればなるほど、考える時間を確保することがより必要になる。

生活がノイズに満ちてくればくるほど、静かに集中できるスペースがより必要になってくる。どんなに忙しい人でも、考える時間とスペースを確保することは不可能ではない。

たとえばLinkedIn(リンクトイン)のジェフ・ワイナーCEOは、毎日合計2時間の空白をスケジュールに組み込んでいる。

その時間には何も予定を入れない。

相次ぐミーティングに振りまわされ、まわりが見えなくなるのを防ぐためだ(4)。最初はさぼっているような気分になったが、実践してみると生産性が確実にアップした。

自分のための時間を確保することで、人生の主導権を取り戻せたと彼は言う。

「今でもよく覚えていますが、朝の5時から夜の9時までぶっ通しでミーティングをやっていた日があるんです。

1日を終えたとき、すっかり消耗しきっていました。これじゃ仕事の奴隷じゃないかってね。

でもそのストレスのおかげで、変わる気になれたんだと思います。

その日までは、そういう感覚すら忘れていましたから」彼は空白の時間を使って、本質的な問題を考える。3年後や5年後の会社の姿はどうあるべきか。

サービスをさらに改善し、隠れたニーズを掘り出すには何をすべきか。競合企業に差をつけるにはどうするか。

その時間はまた、自分の心を充電し、気持ちを切り替える場にもなっている。

ワイナーにとって、考える時間を確保することは単なるライフハックではなく、生き方の表明である。

彼は仕事を通じて、多くの人や企業が欲ばりすぎて自分を見失うところを目にしてきた。彼はそうした生き方にノーと言い、自分の選んだ生き方を実践しているのだ。

本を読む時間をつくる

マイクロソフト社創業者のビル・ゲイツも、1週間の「考える週」を定期的にとっていたことで知られている。

じっくりものを考え、本を読むための時間だ。

私は以前、ビル&メリンダ・ゲイツ財団の本部で開かれた質疑応答セッションに参加したことがある。そのときゲイツはちょうど「考える週」を終えたばかりだった。

このときに知ったのだが、彼は80年代からずっとこの習慣をつづけており、会社が急成長してからも中断することはなかったという(5)。

マイクロソフト社が時代の寵児となり、忙しさのピークにあったときも、ゲイツは年に2回ほど時間をつくって1週間仕事を離れた。

ひとりきりで大量の本や記事を読み、最新の技術について学び、これからのことに思いをはせた。ビル&メリンダ・ゲイツ財団の共同会長となった現在も、この習慣はつづいている。

1週間引きこもることが難しければ、日々のなかに小さな「考える週」を差し挟んでみるといい。

たとえば私は、1日の始まりの20分間を読書にあてている。

ブログや軽い読み物でなく、正統派の古典を読むのだ。

以前は目覚めとともにメールをチェックするのが癖だったが、今では落ちついて1日を始められるようになった。

古典は読む者の視野を広げ、時の試練に耐えた本質的な思想に立ち戻らせてくれる。

私のお気に入りは、インスピレーションを与えてくれる思想書だ。

禅や儒教、ユダヤ教やキリスト教、道教、イスラム教、モルモン教、ジェームズ・アレン、ガンジー、ヘンリー・デイヴィッド・ソロー、アウレリウス、ウパニシャッド哲学。何を選んでもいい。

私たちとはまったく違う時代に書かれ、それでいて現代に通じるような思想を読んでほしい。そういう思想は、私たちの「当たり前」を打ち壊してくれるはずだ。

1日に2時間でも、1年に2週間でも、あるいは毎朝5分でもいい。忙しい日常から離れ、自分だけでいられる時間を確保しよう。

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