情報のなかで知はどこへ失われたか?──T・S・エリオット『めぐり逢えたら』や『恋人たちの予感』で知られる脚本家、ノーラ・エフロン。
彼女が脚本家として大成功したのは、物語の本質をつかむ力によるところが大きい。ジャーナリストのキャリアで磨かれたスキルだ。
だが彼女にもっとも多くを教えたのは、さらにそれ以前、高校時代の授業だった(1)。
ビバリーヒルズ高校でジャーナリズム入門を教えていたのは、チャーリー・O・シムズという先生だった。
最初の授業の内容は、リード・パラグラフ(導入部)の書き方。記事の要旨を簡潔にまとめることが大事だ、とシムズは言った。
いつ、誰が、何を、なぜ、どうしたのか。最初の数行で、情報の本質を伝えなくてはならない。
シムズは生徒たちに話の要約を書くという課題を与え、次のようなストーリーを読み上げた。
「ビバリーヒルズ高校のピーターズ校長は今朝、職員一同に研修旅行の知らせを告げた。
来週木曜、職員全員でサクラメントへ行き、新たな教育メソッドに関する会議に参加する。
当日は人類学者のマーガレット・ミードや教育学者のロバート・M・ハッチンズ、カリフォルニア州知事のパット・ブラウンによる講演も予定されている」生徒たちはタイプライターに向かい、いっせいに要約を書きはじめた。
「マーガレット・ミード、ロバート・M・ハッチンズ、ブラウン州知事は、教育会議に参加し……」「来週木曜日、高校の職員一同はサクラメントで……」シムズは生徒たちの要約に目を通してから教卓に置き、どれも駄目だ、と首を振った。
そしてこう言った。
正しい要約は、「来週木曜は学校が休みだ」。それを聞いた瞬間、エフロンはジャーナリズムの本質を理解した。
「ジャーナリズムとは、単に事実を繰り返すことではなく、核心を見抜くことだと気づきました。いつ誰が何をしたか、それだけでは足りません。
それがどういう意味を持ち、なぜ重要なのかを理解しなくてはならないんです」エフロンはそう言ってから、つけ加えた。
「先生が教えてくれたのは、ジャーナリズムだけでなく、人生の役に立つ教訓でした」あらゆる事実には、本質が隠されている。
すぐれたジャーナリストは、情報の断片を調べ、それらの関係性を発見する。部分の集まりから全体像をつくりあげ、人びとに通じる意味を付与する仕事だ。
単に情報を受け渡すだけなら、誰にでもできる。ジャーナリストの存在意義は、そこに本質的な意味を見いだすところにあるのだ。話を聞いていて、ポイントを見失うことはないだろうか。
情報量に圧倒され、何をどうすればいいかわからなくなることは?依頼が次々と積み上がり、何からやろうかと途方に暮れることは?重要なことをやり忘れていて、あとになって青くなったことはないだろうか?ひとつでも思い当たることがあるなら、エッセンシャル思考のスキルが役に立つはずだ。
大局を見る
1972年12月29日、イースタン航空401便がフロリダ州のエバーグレーズ国立公園に墜落し、100名以上の死者を出した(2)。
歴代の航空機事故のなかでも最悪の部類に入る大事故だ。のちにおこなわれた調査で、機体には何の問題もなかったことが判明した。では、何が原因だったのか。
飛行機が着陸体勢に入ったとき、操縦していたアルバート・ストックスティル副操縦士が異変に気づいた。
前脚が降りたことを示す緑ランプが点灯しない。調べたところ、車輪の異変ではなく、ランプの球切れであることがわかった。
彼らはランプを直そうとしたが、それに気をとられるあまり、自動操縦が解除されていることに気づかなかった。
機体は高度を下げ、そのまま墜落した。要するに原因は機体の故障ではなく、人間の注意不足だったのだ。
目の前の小さなトラブルに気をとられたせいで大きな問題を見逃し、取り返しのつかない悲劇が起こった。ささいなことに気をとられすぎると、大局を見失う。仕事や生き方でも同じだ。
何をするときにも、すぐれたジャーナリストのように、本質を見抜く目を持たなくてはならない。要点に目を向ける訓練をすると、これまで見えなかったものが見えてくる。点の集まりではなく、点同士をつなげる線に気づくことができる。
単なる事実に反応するかわりに、その本当の意味を見抜くことが可能になるのだ。
情報をフィルタリングする
日々出会う情報はあまりに膨大で、とてもすべてを調べることはできない。
吟味すべき情報を見分けるためには、どんどん飛び込んでくる情報や選択肢をフィルタリングするしくみが必要だ。
先日、有名ジャーナリストのトーマス・フリードマンに会い、不要なノイズの中から本質を見抜く方法について話し合った。
彼はそのとき、ニューヨーク・タイムズ紙に連載しているコラムのためのランチミーティングを終えてきたところだった。
ランチの場にいたある人は、フリードマンの様子を見て、どうも上の空なのではないかと訝しんだらしい。
だが、彼はしっかり耳を傾けていた。すべての会話を把握しつつ、本当に興味深い話題を待っていたのだ。
いったんおもしろい話題が出てくると、彼は次々と質問し、ストーリーの本質に深く踏み込んでいった。
すぐれたジャーナリストは、普通の人には聞こえないものを聞くことができる、とフリードマンは言う。
ランチミーティングで彼が本当に聞いていたのは、語られる内容ではなかった。語られなかったことに、耳を傾けていたのだ。エッセンシャル思考の人は、目と耳がいい。
すべてに注意を向けることが不可能だと知っているので、話の空白を聞き、行間を読む。
映画『ハリー・ポッター』シリーズのハーマイオニーは、それをこう言い表している。
「私ってすごく論理的なのよ。だから無関係な細部に気をとられないで、みんなが見過ごすものを見抜けるの(3)」
非エッセンシャル思考の人は、耳を傾けてはいるけれど、いつも何かを言う準備をしている。無関係な細部に気をとられ、瑣末な情報にこだわってしまう。
声の大きい意見は聞こえるが、その意味を取り違える。自分がコメントすることばかり考えていて、話の本質がつかめない。その結果、彼らは大筋を見失う。
作家C・S・ルイスに言わせれば、「洪水の最中に消火器を振りまわす」状態になるのである(4)。
ジャーナリストの目を手に入れる
現代の職場はカオスだ。誰もが声を張り上げて、私たちの注意を引こうとしている。そんな環境だからこそ、誘惑に惑わされず、本質をつかみとらなくてはならない。
自分の内なるジャーナリストを呼び覚ますための方法を、いくつか紹介しよう。
1日記をつける
ジャーナリストという言葉は、ジャーナル(日記)と語源を同じくしている。もともとジャーナリストとは「日々の記録をつける人」というような意味だ。
だからジャーナリストの目を手に入れるには、まず日記をつけてみるといい。人は忘れやすい生き物だ。
せっかく体験したことを、片っ端から忘れていく。たとえば、先々週の木曜日の夕食が何だったか、思い出せるだろうか。
3週間前の月曜は、どんな会議に参加していた?たいていの人は、まったく思い出せないはずだ。日記は、脳のバックアップ装置のようなものだ。
誰かが言ったように、「どれほどすぐれた記憶力も、鉛筆一本にかなわない」。
私は10年前から日記をつけている。継続の秘訣は、書きすぎないことだ。いざ日記を始めるとなると、張り切って何ページも書いてしまう人が多い。
すると2日目には気が重くなり、3日目には投げ出してしまう。そんなにたくさん書こうと思わず、「より少なく、より良く」書いたほうがいい。
日記の習慣が根づくまでは、意識して減らすことが大切だ。日記をつけたら、2〜3カ月ごとに読み返す習慣をつけよう。
といっても細かいことは気にせず、大きな流れを把握するのだ。1日、1週間、1カ月で、あなたの人生に何が起こっただろうか。
日々の小さな変化は見逃しやすいが、まとめて見ると大きな違いに気づくはずだ。
2現場を見る
スタンフォード大学dスクールの学生だったジェーン・チェンは、「低価格デザインを考える」という授業に参加していた。そのときのテーマは保育器。
1台2万ドル以上する保育器の値段を、100分の1に下げられないかというチャレンジだ。ジェーンはこう説明する。
「400万人もの未熟児が、生後28日以内に亡くなっています。安定した体温を保てるだけの脂肪がないからです(5)」
さて、単に値段を下げるだけなら、安い材料で保育器をつくればいい。
だが、本当にそれでいいのだろうか?チェンとクラスメイトたちは、問題の本質を知るためネパールへ飛んだ。
現地を取材してわかったのは、新生児の8割が病院でなく、自宅で生まれているという事実だった。
ネパールの村落は電気が通っていないことが多く、たとえ保育器があっても使えない。
つまり本当の課題は、従来の保育器を安くすることではなく、電気を使わない保育器を開発することだったのだ。
この決定的な気づきを得た彼らは、問題の解決に全力で取り組んだ。
やがて「エンブレイス」という会社を設立し、まったく新たなしくみの安価な保育器を発売するに至った。
お湯と保温ジェルを使った寝袋で、赤ちゃんの体を包み込むというものだ。保温効果は6時間以上つづき、温度が下がってきたらお湯を取りかえるだけでいい。
現場に足を運び、自分の目で問題をたしかめたおかげで、彼らは問題の本質を知ることができた。
だからこそ、多くの命を救うすばらしい解決法を生み出すことができたのだ。
3普通を知り、逸脱を探す
マリアム・セマーンは、レバノン出身の実力派ジャーナリスト。ナイトフェロー研究員としてスタンフォード大学に招かれ、メディアにおけるイノベーションとデザイン思考を研究した専門家である。
そんな彼女に、仕事のコツを訊いてみた。
どうすれば膨大なノイズに惑わされず、ストーリーの本質をつかむことができるのだろうか?知識をつけることです、と彼女は答えた。
ストーリーの本質に迫るためには、その話題を深く知っておくことが不可欠だ。
大切なのは、事件をより大きな文脈のなかに置き、一見無関係な分野とのつながりを発見すること。
そのため彼女はあらゆる関連ニュースに目を通し、ほかのジャーナリストが見落としているものを探す。
「ストーリーの描き出す模様を理解し、普通でないところを見つけ出したいんです。大きな流れのなかで、妙な引っかかりを感じる部分はないか、と」そこで彼女が活用するのは、「別の視点で見る」というテクニックだ。
「別の立場に立ってみると、事態の新たな側面が見えてきます。ある人物の目で見たとき、思いがけない一面に気づくかもしれない」
彼女は関係者一人ひとりの立場を想像し、出来事をあらゆる側面から眺めてみる。そうすることで、より深い動機や説明が見えてくるのだ。
4問題を明確にする
政治家のインタビューを見ていると、質問をはぐらかす技術の巧みさに感心することがある。政治家でなくても、多少はそういうことをやっているものだ。
必要な情報を集めて明確な答えを出すよりも、あいまいに適当な答えを返すほうがずっとたやすい。
だが、そういう答えはさらなるあいまいさを生み、誤解と無理解の悪循環をもたらす。そこから脱け出して本質をつかむためには、質問を明確にすることが不可欠だ。
セールスフォース・ドットコムの元副社長イーライ・コーエンは、5人の部下と共にサンフランシスコの高級ホテルの一室に集まっていた。
経営課題のシミュレーションに臨むためだ。これから3時間のあいだに、ほかのチームを圧倒するような解決策を出さなくてはならない。
コーエンのチームは、なかなか前に進めずにいた。何か意見を言うたびに、さらなる問題や疑問が生まれてくる。
解決策を探していたつもりが、いつしか無秩序な意見のぶつけ合いに変わってしまう。アドバイザーとしてその場にいた私は、15分間待ってから議論を中断させた。
「そもそも今、何の問題を考えているんです?」私がそう言うと、全員気まずそうに黙り込んだ。
それから誰かが別のことを言い、それをきっかけにまた話が脇道に逸れていった。私はもう一度話をやめさせ、同じ質問をした。
何度か繰り返したあと、ようやく彼らは静かになり、問題の本質を考えはじめた。何を解決しなくてはならないか。そのために、何を決めなくてはならないか。
彼らはよけいな話をやめて、個々のアイデアをより深く検討し直した。それらをつなげる大きな流れは、いったい何なのか。
やがてでたらめな動きがやみ、ひとつの大きな推進力が生まれた。その勢いに乗って具体的なアクションプランと条件を決め、責任範囲まで確定させた。ちなみに結果は、彼らのチームの圧勝だった。
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