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第8章睡眠──1時間の眠りが数時間分の成果を生む

毎晩眠りにつくたびに、私は死ぬ。翌朝目を覚ますとき、私は生まれ変わる。──マハトマ・ガンジージェフはベッドの上で跳ね起きた。

何だ、これは?頭の中で何かが爆発したような感覚があった。激しい動悸がして、いやな汗が流れた。じっと耳をすませてみるが、何も聞こえない。気のせいだったのだろうか。彼は目を閉じ、ふたたび眠ろうと努めた。

翌日の夜にも同じことが起こった。3日後には、真っ昼間に同じことが起こった。先日インド旅行に行ったばかりだったから、マラリアの予防接種の副作用かもしれないと思った。

だが症状は良くなるどころか、だんだん悪化していくようだった。不安発作に似ているが、とくに不安は感じない。ただ、身体症状があるだけだ。

ジェフはバイタリティあふれるビジネスマンだった。上昇志向が強く、世界に大きく貢献したいと思っていた。

彼がCEOをつとめる国際的マイクロファイナンス会社は、世界中で1200万人以上の貧しい人びとに融資をおこない、成功のチャンスを与えてきた。

また彼は有力な投資ファンドの共同創設者であるほか、Kiva(発展途上国への融資プログラム)の経営にも参加していた。

アーンスト・アンド・ヤング社の「アントレプレナー・オブ・ザ・イヤー」や、世界経済フォーラムの「ヤング・グローバル・リーダーズ」に選ばれたこともある。

36歳にして、彼は誰もがうらやむほどの成功を手に入れていた。仕事柄、世界中を飛びまわる生活だった。

本社はシアトルだが、サンフランシスコとインドとケニアにも支社がある。

いつもの打ち合わせでロンドンに飛び、それからインドに飛んで6日間で5都市をまわり、ジュネーブで投資家との会談に出席し、シアトルに戻って1日半を過ごすといった調子で、移動時間が人生の大半を占めていた。

おかげで慢性的な睡眠不足だった。6時間眠れたら御の字だ。ところが最近、仕事の忙しさが度を越して、体がおかしくなってきた。

あの夜に始まった発作は悪くなる一方だった。内臓が一つひとつ壊れていった。心拍は不規則になり、立っているだけで苦痛を感じた。固形食がうまく消化できなくなった。血圧は低すぎて、すぐに立ちくらみがした。すでに二度、救急治療室に運ばれていた。

「次の仕事が終わったら休もう」と言いながら、いつまでも休めずにいた。事態の深刻さを直視せず、そのうちなんとかなるさ、と自分に言い聞かせていた。

だが、現実は容赦なくジェフをむしばんだ。体調のせいで会議をキャンセルすることが多くなり、スピーチに立ってもまともに話ができなかった。

これでは会社の足手まといじゃないか、と彼は思った。実際、そのとおりだった。医者は彼に選択を迫った。

このまま一生薬に頼って暮らすか、1〜2年のあいだあらゆる仕事を離れて静養するかだ。だが彼は医者の言うことを真に受けなかった。

トライアスロンの選手でもあった彼は、今回のことを捻挫か何かと同じように考えていた。2カ月も休めばすっかり回復するはずだ、と彼はうそぶいた。

「まあ、見ててくださいよ」彼は2カ月の休暇をとった。自分で思った以上に疲れていたようだった。

1日に14時間眠るようになり、やがて1日中ベッドで過ごすことが多くなった。何ひとつできないまま6週間がたった。

やがて這うようにして医者を訪れた彼は、すぐには回復できそうにないという事実をようやく認めた。

彼はストレスのもとをすべて取り除くことにした。すべての仕事をキャンセルし、自分の会社も辞めた。

「仕事を離れるのは、厳しい決断でした。会議室を出るときには、涙がこらえきれませんでした。私は妻に言いました。『こんなふうに手放すはずじゃなかったんだ!』」彼は医者の助言に従い、回復のことだけを考えて暮らしはじめた。

食生活を改善し、家族を連れて南フランスに転居した。快適な気候と健全な生活のおかげで、体は確実に回復してきた。

すっかり別人のようになった彼は、今回の経験から学ぶべきことを考えはじめた。2年半後、ジェフはタンザニアを訪れ、世界経済フォーラム主催のイベントに参加した。

ある夜の飛び入りセッションで、ジェフは自分の経験を語ることになった。

200人の世界的な成功者を前にして、彼は込み上げるものを感じながら、大きな犠牲を払って手に入れたシンプルな教訓を語った。「自分の資産を、守ってください」

目次

自分自身という資産を守る

私たちの最大の資産は、自分自身だ。自分への投資を怠り、心と体をないがしろにすると、価値を生み出すための元手がなくなってしまう。

自分という資産を守らなければ、世の中のために働くこともできないのだ。ところが現実には、優秀な人たちがどんどん自分を壊している。

その最大の原因は、睡眠不足である。

ジェフのように休むことを知らず、つねにエネルギッシュに活動している人は、やがて負荷に耐えかねて壊れてしまう。

だから、体をでたらめに酷使するのではなく、戦略的に使うことを考えなくてはならない。自分の力をどう配分し、どのように栄養を補給するのか。

ただひたすらに突っ走っていたら、すぐに燃料切れして一歩も進めなくなる。ジェフは療養生活のなかで、自分の生き方をゆっくりと見つめ直した。

そして気づいたのは、働きすぎることはあまりにも簡単だという事実だった。活動的で向上心あふれる人にとって、自分を酷使するのは苦痛でも何でもない。

本当に難しいのは、働きすぎないように制御することだ。彼は自分と同じようなハードワーカーたちに、こう語りかける。

「自分の能力に自信があるなら、ひとつ大きな難題に挑戦してみてください。目の前のチャンスをきっぱりと断り、昼寝をするんです」私も20代になったばかりの頃は、睡眠を軽視していた。

睡眠は時間を奪う邪魔者であり、減らせるものなら減らしたほうがいいと思っていた。たっぷり眠るのは甘えだ。自分はそんな弱い人間じゃない。

1日3時間の睡眠でバリバリ活動するのは、ある意味で気持ちよかった。自分に酔っていたのだ。睡眠を削減するための目新しい手法も試した。

4時間ごとに20分だけ眠るという細切れサイクルにしたこともある。はじめはうまくいくかと思ったが、起きていても頭が働かないことが多くなった。

冷静な分析や抽象的思考をする余裕がない。判断力が鈍り、ものごとの優先順位が見えなくなった。

そのやり方には懲りたけれど、睡眠を減らすべきだという考えは変わらなかった。

今度は細切れの睡眠をやめて、週に一度だけ徹夜するというやり方にしてみた。ところが、これもやっぱりうまくいかない。

そんなある日、妻が睡眠に関する記事の切り抜きを持ってきた。

その記事は科学的な証拠を示しながら、睡眠は生産性の敵ではなく、パフォーマンスを最大限に高めてくれるものであると主張していた。

世界的なリーダーたちも、1日8時間眠っているという。目から鱗だった。

そういえばクリントン元大統領も、過去の大きな失敗はすべて睡眠不足に起因していると語っていたはずだ。

それ以来、私は8時間睡眠を心がけるようになった。自分の1週間の睡眠を振り返ってほしい。睡眠が7時間以下だった日はあるだろうか。何日も連続で睡眠不足がつづいていないか。

「自分は眠らなくても大丈夫」などと自慢げに語っていないだろうか(もしも4〜5時間の睡眠で足りると思っているなら、この章を注意深く読んでほしい)。

世の中には短時間睡眠で活動できる人もいるが、そういう人はたいてい疲労に慣れきっているだけだ。

たっぷり眠って明晰に考えるという感覚を忘れているのである。非エッセンシャル思考の人は、睡眠を一種の義務のように考えている。

ただでさえ忙しいなかで、さらに時間を食いつぶす足手まといだと思っている。一方でエッセンシャル思考の人は、睡眠を武器だと考え、自分の力を引き出すために活用している。

計画的に十分な睡眠をとることで、仕事の質を最大限に高めているのだ。エッセンシャル思考の人は自分という資産をうまく守るので、ここぞというときに十分な力を発揮できる。

疲れすぎて肝心なときに倒れるようなことはない。エッセンシャル思考の人は、あとで最高の成果を出すために、目の前の瑣末な仕事を切り捨てる。トレードオフだ。

この小さな駆け引きが、やがて圧倒的な利益となって返ってくる。

十分な睡眠が脳の機能を高める

なぜ人は、貴重な睡眠をすぐに削ろうとするのだろうか?睡眠を削ればもっと働ける、と考えているのかもしれない。数々の証拠が、それとは逆の結果を示しているというのに。

マルコム・グラッドウェルが提唱した「1万時間の法則」をご存知だろうか。

心理学者のK・アンダース・エリクソンがおこなった調査で、一流のバイオリニストは普通の生徒よりも練習時間が格段に多いという事実が明らかになった(1)。

この発見は「生まれつきの天才」という神話を打ち砕き、集中した質の高い練習こそが一流を生み出すという新たな考え方を世の中に広めた。

ただし、この発見は、とにかく量をこなそうという非エッセンシャル思考にきわめて近いものでもある。

「1万時間」という数にとらわれ、質を考慮せずに時間ばかりをだらだらと引き延ばす人も出てきてしまった。

あまり注目されていないが、この調査ではもうひとつの重要な事実が明らかになっている。

一流のバイオリニストはよく練習するだけでなく、よく眠るという事実だ。

エリクソンの調査によると、一流のバイオリニストは、1日平均8・6時間の睡眠をとっている。

アメリカの平均より1時間長い数字だ。さらに、彼らは週に平均で2・8時間の昼寝をしている。これはアメリカの平均より2時間長い。

エリクソンらはこの事実から、睡眠が一流パフォーマーたちの並外れた集中力を支えているのだと結論した。ただ長時間練習しているのではない。たっぷり休養することで、1時間あたりの練習効果を最大限に高めているのだ。

ハーバード・ビジネス・レビュー誌は「睡眠不足は企業リスクである」という記事を出し、睡眠不足がパフォーマンス低下をもたらす事実を紹介している。

記事を書いたのはハーバード・メディカルスクール教授のチャールズ・A・ツァイスラー。

彼は睡眠不足を酒の飲みすぎになぞらえ、1日の徹夜や1週間の4〜5時間睡眠によって「血中アルコール濃度0・1%分に相当する機能低下」が起こると説明する。

「酔っぱらいを見て『いつも酔っているなんてさすが働き者だ!』と言う人はいないだろう。それなのに、睡眠を削っている人はなぜか働き者だと評価される(2)」

睡眠には、体を休めるだけでなく、脳をリフレッシュさせる役目がある。

ドイツのリューベック大学の研究でも、十分な睡眠は脳の機能を高め、問題解決能力をアップさせるという結果が出ている。

ネイチャー誌に掲載されたこの研究は、100人の被験者に数字クイズを解いてもらうというものだ。

一筋縄ではいかないクイズで、「隠れた暗号」に気づかなければ解けないようになっている(3)。

被験者は2つのグループに分けられ、一方は8時間ゆっくり眠れるが、もう一方は何度も睡眠の邪魔をされた。

そのあとで数字クイズを解かせたところ、8時間寝たグループの正答率は、眠れなかったグループの実に2倍だった。

なぜか?研究者たちによると、私たちが眠っているあいだ、脳は膨大な情報の整理と再構築をおこなっている。

だから、起きたときには神経の新たなつながりができて、より多様な解決策を見つけることが可能になる。

一夜のうちに、答えがひらめきやすくなっているのだ。まとまった睡眠がとれない人は、昼寝をするだけでもいい。

アメリカ科学アカデミー紀要に掲載されたレポートによると、レム睡眠が一度でもあれば、脳はバラバラな情報を統合することができる。

たとえ短時間の眠りでも、世界をより深く洞察できるようになるということだ。

このように眠りは、私たちの能力を引き出し、短時間でより良い成果が出せるようにしてくれる。世の中では相変わらず睡眠が軽視されているが、流れは少しずつ変わっている。

多忙な業界の優秀なリーダーたちが、8時間睡眠をアピールするようになってきたからだ。彼らは良質な眠りが大きな競争優位性を生むという事実を見抜いている。

アマゾン創業者ジェフ・ベゾスは、眠りの効用をこう語る。

「注意力が高まり、思考が明晰になります。8時間眠った日は、ずっと調子がいいですね」

またネットスケープを開発したマーク・アンドリーセンは、日付が変わるまで働いて翌朝7時には起きるという生活をしていたが、もっと睡眠をとるように生活を改めた。

「昔は1日中眠くて、早く帰って眠りたいということばかり考えていました」それが今では、「少なくとも7時間は眠らないと駄目ですね。6時間では足りないし、5時間だと明らかに支障が出る。4時間のときはゾンビ状態です」。

休日には12時間以上眠ると言う。

「よく眠るとパフォーマンスが全然違うんですよ」ウォール・ストリート・ジャーナル紙は「睡眠は成功者の新たなステータスシンボル」という記事で、こうした起業家たちを紹介している(4)。

「もはや疑問の余地はない。多忙なストレス社会のアメリカでは、睡眠が新たなステータスシンボルとなっているのだ。

かつては根性なしとののしられたものだが──80年代には『ランチは負け犬のもの』『睡眠は子供のもの』と叫ばれていた──今では睡眠こそが優秀さの証であり、クリエイティブな経営者の必須アイテムなのである」またニューヨーク・タイムズ紙に掲載された記事では、元リーマン・ブラザーズCFOのエリン・カランが次のように語っている。

「会社のパーティーで、同僚が夫に私のことをたずねたんです。

『奥さんは週末何をしているんですか、カヤックとロッククライミングをこなしたあとでハーフマラソンですか?』と。

普段の働きぶりを見て、そんなふうにからかうんですね。でも夫は首を振って、『寝てますよ』と答えました。事実です。仕事に追われていないときは、とにかく眠って、次の週に備えるんです(5)」

もしもあなたの会社に「眠らない奴がえらい」という風潮があるなら、睡眠の効用を宣伝してみてはどうだろう。

たっぷり眠れば生産性が上がり、創造性がアップして、病気のコストも減る。どう考えても、会社の利益になるわけだ。

そうやって説得すれば、上司や人事部の意識も変わり、眠りを推奨してくれるかもしれない。

チャールズ・A・ツァイスラーは先ほどの記事で、企業の生産性を上げるために「夜のフライトで帰ってきた翌日は出社禁止」「残業した場合、翌日は出社時間を遅くする」といったルールを提唱している。

社員という資産を守ることが、会社の利益のためにも重要なのだ。

私は最近、取材のためにグーグル本社を訪れ、有名な「昼寝ポッド」を体験してきた。カプセル型宇宙船を思わせる白い球体の中で、深くリクライニングした体勢になる。

上半身はカバーされているが、完全には隠れていない状態だ。半ば周囲を意識しながら、だんだん眠りが近づいてくる。

そして30分後、ポッドが震えてやさしく起こしてくれる。深く眠りすぎないので、自然に目を覚ますことが可能だ。

昼寝ポッドに入ったあとは、生き返ったようにすっきりしていた。すべてがクリアで、頭がどこまでも冴えていた。

グーグルの社員は、カレンダーに登録すればいつでも昼寝ポッドを使うことができる。週にどれくらいの人が使うのかと見てみたら、予約は1件しか入っていなかった。

もっと活用されてもよさそうなものだ。それでも、昼寝ポッドがあるというだけで、「睡眠重視」という企業のメッセージになっていると思う。

現代人の最優先課題は、優先順位づけの能力をキープすることだ。多数のどうでもいい(あるいは普通に良い)選択肢のなかから、本当に重要なことを見分けるためには、優先順位をつけることが不可欠だ。

数多くのチャンスは、どれも同じくらい魅力的に見えるかもしれない。だが、本当に重要なことはめったにない。ほとんどはただのゴミだ。

睡眠不足が困るのは、そこを見極める能力が落ちて、優先順位がつけられなくなるからである。たっぷり眠ろう。

そうすれば洞察力が高まり、発想が広がり、より少ない時間でより良い成果を上げることができる。

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