勇気とは、プレッシャーに負けない品格のことだ。──アーネスト・ヘミングウェイ(作家)
勇気ある「ノー」が、歴史を変えることもある。たとえば、人種差別に対して静かな抵抗を貫いたローザ・パークス。
彼女はアラバマ州モンゴメリーのバスで白人専用席に座り、そこから立ち退くことを拒否した。
この出来事が、その後の公民権運動に火をつけることになる。パークス自身が、そのときのことをこう語っている。
「運転手は私が動かないのを見て、さっさと立たないのか、とたずねました。私は『いいえ、立ちません』と答えました(1)」
よく誤解されるが、パークスは我の強い人間ではない。
NAACP(全米有色人種地位向上協議会)モンゴメリー支部長の秘書に選ばれたときも、かなり謙虚なコメントを残している。
「女性は私だけでしたし、秘書が必要でしたから。なんだか断れなかったんです(2)」
バスの中で断固とした態度を貫いたのは、性格的なものではない。彼女がノーを言えたのは、自分がその瞬間にやるべきことを、心の底から確信していたためだ。
バスの運転手に立てと言われたときのことを、彼女はこう振り返る。
「強い決意が、冬の夜のキルトのように、私の全身を包んでいる感じがしました(3)」
その決意が世界中に反響を呼び起こそうとは、夢にも思わなかった。たしかだったのは、自分の心だ。
彼女は逮捕されながらも、「もう二度と座席のことでこんな屈辱を受けたりしない」と固く誓った(4)。
その屈辱を避けるためなら、刑務所に入るリスクくらい受け入れられると思った。彼女にとって、それが何よりも本質的なことだったのだ。
現代に生きる私たちが、ローザ・パークスのような仕打ちを受ける可能性は低い(と思いたい)。それでも、彼女の行動は大切なことを教えてくれる。
断固として断らなくてはならないとき、あるいは周囲の同調圧力に負けそうになったとき、彼女の強い決意を思い出してほしい。
自分が「正しい」と思うことと、誰かが「やれ」と言うことが、食い違っていた経験はあるだろうか。
心の中で違うと思いながら、仕方なく行動したことは?他人の顔色をうかがい、場を丸くおさめるためにイエスと言ったことは?上司や同僚、友人、親戚、近所の人などの誘いを、断るのが怖くて引き受けてしまったことは?きっと思い当たることがあるはずだ。
他人からのプレッシャーに負けず、きっぱりと上手に断ることは、エッセンシャル思考の必須スキルである。
と同時に、もっとも難しいスキルでもある。断るためには、勇気が必要だ。切り捨てる勇気がなければ、「より少なく」という言葉は空疎なお題目になってしまう。
「重要なことだけに集中しろ」と言うのはたやすいが、それを本当に実践している人は多くない。ノーを言うのは、誰だって不安だ。
せっかくのチャンスを逃すのは怖いし、自分の立場がまずくなるのは困る。尊敬する上司や大事な仲間を失望させたくない。そう思うのは自然であり、何も悪いことではない。
だが、そういう気持ちに打ち克ってノーを言うことができなければ、それよりはるかに大切なものを失うことになってしまう。
大切なことを知っていれば断ることができる
シンシアという女性が、ある印象的なエピソードを話してくれた。昔、父親がサンフランシスコへの出張に連れていってくれたときのことだ。
当時12歳だったシンシアは、父親との「デート」を数カ月前から楽しみにしていた。プランは完璧だった。
父親の講演を最後の1時間だけ聞き、4時半に控え室で落ち合う。誰にもつかまらないうちに会場を出て、ケーブルカーでチャイナタウンへ向かう。
好物の中華料理を食べて、おみやげを買い、しばらく観光したあと映画を見る。それからタクシーをつかまえてホテルに戻り、プールでひと泳ぎ(父親は営業時間外のプールに忍び込むのが好きだった)。
ルームサービスで生クリームたっぷりのホットファッジサンデーを頼み、気がすむまで深夜のテレビを堪能する。
シンシアと父親は、このプランを何度も念入りに話し合った。計画を立ててわくわくするのも、旅行の醍醐味だ。
ところが当日、講演会場を出ようとしたとき、父親の仕事仲間にばったり出くわした。学生時代からの友人だが、会うのは数年ぶりだ。
興奮して再会を喜ぶふたりを、シンシアは横で眺めていた。父親の友人はこう言った。
「われわれの会社と仕事をしてくれるなんて、うれしいよ。ルイスも僕も、完璧な人選だと確信しているんだ。ところで、埠頭に最高のシーフードを食わせる店があるんだが、よかったら一緒にどうだい。もちろん、シンシアも一緒にね」
父親はそれを聞くと、勢いよく言った。
「それはいいね。埠頭でディナーとは、最高だろうな!」シンシアは意気消沈した。楽しみにしていたケーブルカーも映画もおやつも、これでおじゃんだ。
シーフードは好きじゃないし、大人たちの会話を聞きつづけるなんて退屈すぎる。だがそのとき、父親はこうつづけた。
「でも今夜は駄目なんだ。シンシアと特別なデートの約束をしているものでね。そうだろう?」父親はシンシアにウインクし、そっと手をとって歩き出した。
会場をあとにしたふたりは、サンフランシスコで一生忘れられない夜を過ごしたのだった。
ちなみに、シンシアの父親は『7つの習慣』で有名なスティーブン・コヴィーだ。私がこの話を聞いたのは、コヴィー氏が亡くなって数週間後のことだった。シンシアは感に堪えない様子で語った。
「この出来事のおかげで、父とのあいだには永遠に切れない絆が生まれました。私がもっとも大切な存在だと示してくれたからです(5)」
ビジネスの世界的権威だったスティーブン・コヴィーは、エッセンシャル思考の人だった。
彼の教えもそうだが──たとえば「肝心なのは、肝心なことを肝心なままにしておくことだ」──本人もそれをつねに実践していた(6)。
娘を優先するという決断によって、彼はいつまでも消えない思い出を娘にプレゼントしたのだ。当然の行動だ、と思う人もいるかもしれない。だが、同じ立場に置かれたとき、娘を優先できる人がどれだけいるだろう。
大切な仕事相手との会食を断り、古い友人と交流を深めるチャンスをふいにする決断が、即座にできるだろうか?急に決断を迫られたとき、その場で正しく本質を選ぶのは難しい。
自分にとって本当に重要なことを明確にしないかぎり、私たちは葛藤に対して無力なままだ。
次々とやってくるタフな選択から私たちを守ってくれるのは、「自分にとって本当に重要なのはこれだ」という確信である。
ローザ・パークスの場合、人種差別に対する道徳的判断が彼女に強さを与えてくれた。スティーブン・コヴィーの場合、娘と楽しい夜を過ごしたいという明確な気持ちだった。何が本当に重要かを知っていたから、それ以外のことに「ノー」と言えたのだ。
上手に「ノー」と言う技術を身につける
急な決断が難しい理由は、もうひとつある。他人にどう思われるか、という不安だ。人は関係性に縛られた生き物である。
数千年前の狩猟採集時代には、仲間とのつながりが生死を分ける鍵だった。周囲の期待に応えなければ、生き延びることができなかったのだ。
同調の必要性が弱まった現代でも、仲間に嫌われたくないという気持ちは私たちの心の奥底に強く根づいている(7)。
人の期待を裏切るのが怖いのは、そのせいだ。友人からの食事の誘い、上司からの仕事の依頼、隣人に頼まれたPTA活動の手伝い。
断ることを考えただけで、胸の中がいやな感じになってくる。罪悪感が込み上げる。相手を失望させたくないし、関係を壊したくない。こうした気持ちが、判断を鈍らせる。現実から目を逸らしてしまう。
本当はノーと言って数分間いやな気持ちになるほうが、イエスと言って何週間や何カ月も後悔するよりずっとましだというのに。
この罠から脱け出すには、きっぱりと、しかも上手にノーと言う技術が不可欠だ。
いったんそれができるようになれば、相手を失望させたり怒らせたりするのではないかという不安は消える。
むしろ、断ることでより良好な関係を築くことが可能になる。エッセンシャル思考になってからつくづく実感するが、人はノーと言う勇気のある人を高く評価し、尊敬するのだ。
現代マネジメントの父と呼ばれるピーター・ドラッカーも、ノーを言う達人だった。
「フロー体験」の研究で知られる心理学者ミハイ・チクセントミハイは、かつてドラッカーに創造性に関するインタビューを申し込んだが、華麗に断られてしまった。
その手紙に感銘を受けたミハイは、それを一字一句紹介している。
「2月14日のお手紙を拝読し、非常に光栄に思っております。貴殿のご活躍は常々拝見しており、多くを学ばせていただきました。
そのようなお方を失望させるのは非常に心苦しいのですが、残念ながらインタビューに答えることは不可能なのです。創造的と言われましても、私はその意味を存じておりません。私はただ地道に進んでいるのみです。
……無礼な奴だとお考えにならないでほしいのですが、私にとって生産性の秘訣とは(創造性はわかりませんが生産性は信じます)、特大のくずかごを用意し、すべてのこうした誘いをそのなかに入れることなのです。
これまでの経験から言って、生産性とは他人の仕事を助けることではありません。天から与えられた才能を最大限に生かすべく、持てる時間のすべてをそこに費やすことなのです(8)」ピーター・ドラッカーは、エッセンシャル思考を正確に理解していた。
「ノーと言える人は仕事ができる」と彼は考えていた。
非エッセンシャル思考の人は、周囲の期待やプレッシャーに負けて、不本意なイエスを言ってしまう。よく考えもせず、相手を喜ばせるためだけに仕事を引き受ける。単純に、そのほうが気分がいいからだ。
一方、エッセンシャル思考の人は、そうした気分のよさが長続きしないことを知っている。一瞬の満足のあとでやってくるのは、深い後悔だ。
なぜこんなことをやらねばならないのかと、相手を恨み、自分を責める。もっと重要な仕事が犠牲になったことに気づき、ショックを受ける。
あらゆる依頼を断れと言っているわけではない。本当に重要なことをやるために、本質的でない依頼を断るのだ。
肝心なのは、絶対にやるべきこと以外のすべてに対して、上手にノーと言うことである。では、どうすれば上手に断ることができるのだろうか。いくつかのコツと実例を紹介しよう。
◆判断を関係性から切り離す
誰かに何かを頼まれたとき、私たちはそれを関係性の問題だと思ってしまう。頼みを断ることが、相手を拒絶することだと感じてしまうのだ。この2つを分けて考えなくてはならない。
関係性から切り離して考えたとき、判断はより明確になり、それを伝える勇気と思いやりも生まれてくる(9)。
◆直接的でない表現を使う
「ノー」という言葉を使わなくても、ノーを言うことは可能だ。時には直接的な表現を避けて、やんわりと断ることも必要になる。
「声をかけてくれてうれしいのですが、あいにく手がいっぱいで……」「行きたいのは山々ですけど、時間があるかどうか……」この章の後半では、やんわりと断る言い方をより詳しく検討しよう。
◆トレードオフに目を向ける
ここでイエスと言ったら、自分は何を失うのだろうか。そのトレードオフに目を向ければ、中途半端なイエスは言えなくなる。どんな判断をするときも、機会コストを忘れてはならない。
「もしもこれを選んだら、別のもっと価値あることができなくなる」ということだ。全部やってみよう、という非エッセンシャル思考の罠にはまってはいけない。すべてをやることは不可能だ。失うものを冷静に計算し、納得できる答えを出そう。
誰もが何かを売り込んでいる
人はみな、何かをあなたに売り込もうとしている。人間不信になれとは言わないが、それが事実だ。商品にかぎらず、物の見方や特定の意見を売り込んでいることもある。
相手が何を売り込もうとしているのか、自分はそれによって何を失うのか。それを意識して、より合理的な判断をしよう。
◆好印象よりも、敬意を手に入れる
ノーを言うことで、短期的に相手と気まずくなることはある。相手は「これをしてほしい」と思っているのだから、やはり断られたらがっかりする。それは事実だ。
だが、長期的に見ればポジティブな面もある。短期的な気まずさと引き換えに、相手の敬意を手に入れられるからだ。
うまく依頼を断ることは、「自分の時間を安売りしない」というメッセージになる。これはプロフェッショナルの証だ。
有名グラフィックデザイナーのポール・ランドは、スティーブ・ジョブズの依頼にノーを言ったことがある(10)。
1985年に立ち上げたNeXT社のロゴを探していたジョブズは、数々の有名企業のロゴを手がけていたランドに連絡をとり、「いくつか候補を出してほしい」と依頼した。
けれどもランドは、いくつも候補など出さない、とジョブズに告げた。
「仕事はしますよ。それで気に入らなければ、使わなくてもかまいません。候補がいくつもほしいなら、ほかを当たればいい。私は、自分の知るかぎり最高の答えをひとつだけ出します。使うかどうかの判断は、そちらでしてください」
そしてランドは「これしかない」という答えを出し、ジョブズを感動させた。一度はノーと言われて苛立ったジョブズだが、のちにランドについてこう語っている。
「彼は私が知るなかで最高にプロフェッショナルな人間だ。プロとして、クライアントとの関係のあり方を徹底的に考え抜いている」ジョブズにノーと言ったとき、ランドは熟慮のうえでリスクをとった。
そして目先の好印象と引き換えに、長期的な敬意を手に入れたのだ。エッセンシャル思考の人は、みんなにいい顔をしようとしない。時には相手の機嫌を損ねても、きちんと上手にノーを言う。
長期的に見れば、好印象よりも敬意のほうが大切だと知っているのだ。
あいまいなイエスはただの迷惑
何かを依頼したことのある人ならわかると思うが、あいまいなまま引き延ばされるよりも、はっきり断られるほうがずっといい。
できないとわかっているのに「うまくいくように動いてみます」とか、「たぶん大丈夫だと思うんですけど……」などと言っておいて、結局できないというのが最悪だ。
あいまいにしておいて結局断るくらいなら、その場ですぐに断るほうがいい。相手へのダメージもずっと少なくてすむ。
断り方のレパートリーを増やす
エッセンシャル思考の生き方は、ノーを言いつづける生活だ。だから、上手な断り方を何種類も身につけておいたほうがいい。
以下に、8つの例を紹介しよう。
1とりあえず黙る
気まずい沈黙を怖がらず、沈黙を味方につけよう。誰かに何かを頼まれたら、少しだけ黙ってみるのだ。ゆっくり3つ数えて、それから自分の意見を言う。
もう少し慣れたら、相手が気まずくなって何か言うまでじっと待ってみよう。
2代替案を出す
代替案を出して、相手に歩み寄りながら断ろう。先日メールでお茶に誘われたとき、私はこう答えた。
「今は本の執筆で手いっぱいなんです。でも、書き終わったらぜひご一緒させてください。夏の終わり頃でどうでしょう?」メールは、ノーを言う練習にちょうどいい。
文章を何度でも推敲できるし、直接顔を見なくてすむからだ。
3予定を確認して折り返します
ある知り合いの女性は、有能であるがゆえに誰からも便利に使われていた。非エッセンシャル思考の典型のような人で、能力があるものだから、何でも引き受けてしまう。
周囲の人はそれを知っているので、何かあると彼女に頼ろうとする。
「このプロジェクトが大変なので、手を貸してくれませんか?」と言われると、彼女はついイエスと言ってしまう。
仕事を抱えすぎて、ストレスばかりが増えてくる。そんな彼女の生活を変えたのは、「予定を確認して折り返します」という言葉だった。
いったん時間をおいて考えると、断ることが容易になる。その場でつい引き受けてしまうことがなくなり、自分のペースで仕事ができるようになった。
4自動返信メール
休暇中や外出中に自動返信メールを使う人は多いと思う。今は返信できないので、あとで折り返しますというものだ。受けとったほうもいやな気持ちにならないし、とても洗練された断り方である。
それなら、休暇中にかぎらず普段から自動返信メールを使ってみてはどうだろう?私はこの本を書いているあいだ、「執筆のために隠遁中」という件名の自動返信メールを設定していた。
「現在、本の執筆に忙殺されております。返信が遅くなりますが、どうかご理解ください」驚いたことに、誰も怒らなかったし文句を言わなかった。
執筆が終わるまで返信できないという事実を、そのまま受け入れてくれたのだ。
5どの仕事を後まわしにしますか?
上司からの依頼は断りづらいものだ。機嫌を損ねたら、どうなるかわからない。それでも、無理な状況で仕事を引き受けてしまうと、結果はよけいに悪いことになる。
目の前の依頼を断らなければ、もっと重要な仕事が駄目になるかもしれないのだ。単にノーと言うのが難しければ、上司にトレードオフを意識させよう。
たとえば、「はい、ではこの仕事を優先でやります。今抱えている仕事のうち、どれを後まわしにしましょうか?」。
あるいはこんなふうに断ってもいい。
「今かなり仕事を抱えているので、これを無理やり差し込むと品質が落ちてしまいます」私の知り合いも、部下にそうやって断られたと言っていた。
筋の通った断り方に納得し、その仕事は別の何でも引き受ける部下にまわしたそうだ。
6冗談めかして断る
親しい間柄なら、冗談めかして断ってしまえばいい。友人からマラソンに誘われたとき、私は「絶対無理!」と言って断った。
友人は「まったく、きみらしい答えだね」と笑ってくれた。普段からエッセンシャル思考をアピールしておくと、こういうときに話が早くて助かる。
7肯定を使って否定する
喜んで引き受けるふりをして、実は断るという高度なテクニック。たとえば「どうぞ僕の車を使ってください。キーを置いておきますね」。
親切な言葉を使いながら、運転は引き受けないという意志をきっぱりと表現している。いくらかは力になりたいが、全面的に巻き込まれたくない場合にきわめて有効だ。
8別の人を紹介する
「僕は無理ですけど、彼は興味を示すんじゃないかな」と言って、別の人にまわしてしまおう。
自分を見込んで特別に頼んでくれたと思いたいところだが、実際は誰がやってもいい場合がほとんどだ。
アパレル大手のアンを経営するケイ・クリルは、社交の誘いを断るのが大の苦手だった。まったく興味のない交流イベントに参加することもしょっちゅうだった。
会場に入った瞬間、後悔することはわかっているのに。そんなある日、信頼する先輩に「断らなければ駄目だ」と言われた。
どうでもいい人やイベントを切り捨てて、本当に意味のあることに100%の力を注ぎなさい、と。
それを聞いて、彼女は心が軽くなった。選り好みをしてもいいのだ、と思えるようになった。やってみると、誘いを断るのは思ったより簡単だった。
「何が重要かを考えたら、断ることは怖くなくなりました。もっと早く気づけばよかった(11)」ノーを言うことは、優秀な人の必須スキルだ。
どんなスキルでもそうだが、はじめはうまくいかないこともある。それでも練習するうちに、だんだん技術が身についてくる。試行錯誤を重ね、腕を磨いていけばいい。
そのうちに断り方のレパートリーも増えて、そつなく断れるようになるはずだ。どんな相手からのどんな依頼も、上手に断ることはできる。
ハイドリック・アンド・ストラグルズ社のトム・フリールCEOの言葉を引用しよう。
「われわれに必要なのは、もっとゆっくりイエスを言い、もっとすばやくノーを言うことだ」
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