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第15章バッファ──最悪の事態を想定する

6時間で木を切れと言われたら、最初の1時間は斧を研ぐのに使うだろう。──エイブラハム・リンカーン

旧約聖書に、エジプトを7年の飢饉から救ったヨセフの話がある。あるとき、エジプトのファラオ(王)が不可解な夢を見た。

どういう意味だろうといぶかしみ、夢に詳しい家来たちに訊いてみたが、誰もその意味を答えられない。だが家来のひとりが、ヨセフという男なら夢の解釈に定評があると言い出した。

そこでファラオは、監獄にいたヨセフを呼び出し、夢の意味を教えてもらうことにした。夢のなかで、ファラオは川べりに立っていた。

すると7頭の太った牛が水から上がってきて、草を食みはじめた。次に、7頭のやせた牛が水から上がってきた。やせた牛は、太った牛をみんな食べてしまった。

ヨセフはこの夢の内容を聞くと、7年間の豊作のあと、7年間の不作がやってくるだろうと告げた。

そしてエジプトの民を守るため、誰か思慮深い者に毎年穫れた作物の5分の1を預けるようにと提案した。

それを保存しておけば、7年の不作が来ても、民に食べ物を分け与えられる。ファラオはこの提案を採用し、ヨセフをエジプトの高官に任命した。

ヨセフは上手に食料を蓄えたので、7年間のひどい不作のあいだも、エジプトや近隣の民が飢えることはなかった。

この話のポイントは、バッファをとることの大切さだ。私たちは、予測不可能な世界に住んでいる。

さすがに飢饉はないかもしれないが、不測の事態はいつでも起こる。

事故で道路が渋滞しているかもしれない。飛行機が遅れたり、欠航になったりするかもしれない。道で転んで、手首の骨を折るかもしれない。

職場で注文した品が届かなかったり、同僚がミスをしでかしたり、顧客が土壇場で仕様変更を言ってきたりするかもしれない。

確実に言えるのは、世の中に確実なことなどないということだけだ。だから、何が起こってもあわてないように、あらかじめ備えておいたほうがいい。

つねにバッファをとっておくのだ。バッファ(緩衝)とは、2つのものがぶつからないようにするためのものを言う。

たとえば、環境用語でバッファ・ゾーンといえば、保護地域を公害や汚染から守るために外の世界とのあいだに設けられた緩衝地帯のことだ。

バッファを持たせることで、周囲の悪影響が届かないように設計されている。以前、子供たちを車に乗せていて、バッファの説明をしたことがある。

もしも車間距離をとらずに、ひたすら全速力で目的地に向かっていたらどうなるだろう?子供たちはすぐに理解した。

まわりの車がどんな動きをするかは予測できないし、信号はいつも青とはかぎらない。前の車がいつ急ブレーキをかけるとも知れない。

ぶつからないようにするためには、前の車とのあいだに距離をとって、余裕を見ておく必要がある。これがバッファだ。

バッファをとることで、周囲の車の思わぬ動きに対応できる。急ブレーキを踏まずにすむし、万が一の事故を防いでくれる。

仕事でも同じで、バッファをとっておけば周囲との衝突を減らし、トラブルを防ぐことができる。

子供たちにこの話をしていたとき、話に夢中になって前の車に近づきすぎてしまった。「パパ、危ないよ」と言われ、あわててブレーキを踏み込む。

バッファをとり忘れていたせいで、不本意な行動をとらざるをえなかったわけだ。

車の運転にかぎらず、バッファのとり忘れは困った事態につながりやすい。プロジェクトの締切当日に、やることが山ほど残っている。

まだ時間があると思っていたのに、当日までプレゼンの準備ができていない。土壇場になって驚愕し、あわてて突貫作業だ。

気体が空間を満たすように、仕事は与えられた時間いっぱいに広がっていく性質がある。さぼっているわけではないのに、なぜか期日まで終わらないのだ。

プレゼンやミーティングも、設定された時間いっぱいは必ずかかる。スライドの数は多すぎるし、話のテーマは詰め込みすぎる。

結局時間が足りなくなって、観客を置いてきぼりにするプレゼンのなんと多いことか。だが、あるカンファレンスの主催者は違った。

予定されていたのは4時間のセッションで、普通なら最後の10分程度を質疑応答にあてるところだが、彼は最後の1時間をそっくり質疑応答にあてようと提案したのだ。

「何があってもいいように、たっぷり時間をとるのが好きなんですよ」と彼は言った。だが参加者たちは、1時間もとるのは無駄だと考え、彼の提案を却下した。

ふたを開けてみると、彼の提案は正しかった。進行はどんどん押し気味になり、ろくに質問の時間などとれなかった。

そこで2日目からは、提案どおり1時間のバッファをとることになった。以降も細かいトラブルはあったが、バッファをとったおかげで問題なく進行できた。

時間に追われて駆け足で進めるかわりに、話に集中できるようになったのだ。また、私の知り合いで、いつもぎりぎりまで旅行の準備をしない女性がいた。

家族で旅行に行くときも、前日の夜になって準備を始めるものだから、夜中までバタバタと準備をして寝不足のまま朝を迎える。

当然、忘れ物は多くなるし、出発時間も遅くなって無理なペースで車を走らせることになる。

そんな彼女があるとき一念発起し、1週間前から準備を始めることにした。前日の夜には荷物を車に積み、あとは起きて車に乗るだけにしておいた。この試みは大成功だった。

一家はたっぷり眠って早起きし、忘れ物もなく、余裕を持って出発できた。道が混んでいても、時間に余裕があるのでイライラしなかった。

いつもよりずっとリラックスして、旅行を存分に楽しむことができたのだ。非エッセンシャル思考の人は、条件に恵まれたケースを前提として予定を立てようとする。希望的観測に従って生きているのだ。

「5分もあれば着くだろう」「この作業なら金曜までに行けるんじゃないかな」「本気を出せば半年で完成するさ」だが、ものごとはけっして思うように進まない。

思わぬトラブルに見舞われたり、予定より作業範囲が広かったり、そもそも見積もりが甘すぎたり。あわてて対応するが、スケジュールはどんどん遅れていく。

結局、徹夜したあげくに完成度の低いものを提出するか、あるいは締切に遅れるか、それとも誰かに後始末を押しつけるか。いずれにしても、思ったような結果は出せない。

だが、エッセンシャル思考の人は違う。

思わぬことは起こるものだと知っているから、あらかじめ何かが起こることを想定して予定を立てる。

万が一に備えてバッファをとり、予定外のことがあってもペースを取り戻せるようにしておくのだ。急にまとまったお金が入ってきたとき、非エッセンシャル思考の人はすぐにパーッと使ってしまう。個人だけでなく、国のレベルでもそのような例はある。

イギリスは北海油田の発見によって1980年に石油輸出国となり、その後の10年間で2500億ドル相当の大金を手に入れた(1)。

そのお金を何に使ったのかという点では諸説あるが、とにかく確実なのは、お金を使ってしまったということだ。

いざというときの備えにするのではなく、すべて消費してしまった。エッセンシャル思考の人は、いざというときに備えて貯蓄する。

イギリスと同様に油田の発見で大金を手に入れたノルウェーは、基金を設立して収入の大半を運用にまわすことにした(2)。

現在、その価値はおよそ7200億ドル相当に達し、世界でも最大級の政府系ファンドとなっている。将来何が起こっても、当面困ることはなさそうだ(3)。

私たちの生きる世の中は、どんどん余裕がなくなっている。車間距離を5センチしかとらずに時速100キロで疾走しているようなものだ。前の車が少しでも速度をゆるめたら、たちまち大きな事故になる。一瞬のミスも許されない。そのため、何をするにもストレスがかかり、つねに追いつめられている感じがする。

そんな危険な状況を脱け出して、人間らしい余裕を取り戻すために、バッファをつくるコツをいくつか紹介しよう。

目次

徹底的に準備する

スタンフォードの大学院時代に学んだ教訓のひとつは、優秀な成績をとりたかったら徹底的に準備しろということだ。

新学期のシラバスを受けとるや否や、私はコピーをとってカレンダーに貼りつけ、1学期分の予定をすべて把握した。

最初の授業に出る前から授業で出される課題を検討し、すぐにでも研究を始められるようにしておいた。こうしたささやかな準備のおかげで、授業のストレスは大幅に軽減された。

もしも急に忙しくなったり、緊急の用で授業を休んだりすることになっても、課題をやりとげるだけの余裕はちゃんとあるからだ。

人類初の南極点到達をめぐって競い合ったロアール・アムンセンとロバート・スコットのエピソードも、徹底的に準備することの大切さを教えてくれる。

このふたりはどちらも南極点をめざしていたが、やり方は大きく違っていた(4)。アムンセンは最悪の事態を想定し、何が起こってもいいように準備を怠らなかった。

一方、スコットは楽観的に、なんとかなると考えていた。スコットは温度計をひとつしか持参せず、壊れたときには腹を立てた。だがアムンセンはいつ壊れてもいいように、温度計を4つも持参していた。

自分と十数人のスタッフのために用意した食料は、スコットが1トンであるのに対し、アムンセンが3トンだった。

スコットは帰りの旅に必要な物資を1カ所にまとめ、旗を一本だけ立てておいた。少しでも進路がずれれば、物資を見つけられなくなるということだ。

一方、アムンセンは約1・5キロ間隔で20カ所に旗を立て、必ず発見できるようにしておいた。

スコットは最低限の知識で旅に出たが、アムンセンはあらゆる資料を読みあさり、どん欲に知識を手に入れた。

スコットが希望的観測で動いていたのに対し、アムンセンは最悪の事態を想定してバッファを十分にとっていたのだ。

いざ旅に出てみると、スコットの隊は疲労と飢えと凍傷で苦しんだ。だがアムンセンのほうは、(南極探検の困難はあるにせよ)スムーズに旅を進めていった。

その結果、アムンセンたちは無事に南極点に到達できた。スコットとその部下たちは、途中で無念の死をとげた。徹底的な準備が大切なのは、仕事でも同じだ。

この南極探検のエピソードも、ジム・コリンズとモートン・ハンセンの『ビジョナリーカンパニー4自分の意志で偉大になる』のなかで紹介されている。

コリンズらは苦難にも負けず成功する企業の秘密を探るため、2万社以上を対象に調査をおこなった。

そのうち、苦難を乗り越えて圧倒的な成長を手に入れた企業が7社あった。この7社は、やってくる苦難を予測していたわけではない。

不測の事態が起こるという事実を知っていただけだ。うまくいくことを前提にせず、何が起こってもいいように徹底的に準備をしていたのである(5)。

見積もりは1・5倍で考える

私の知り合いで、いつも最短記録をベースに見積もりを立てる人がいる。たとえば家から店まで行くのに、以前5分で行けたことがあるからといって、5分で行ける前提で動くのだ。

実際は10分以上かかることが多いというのに。買い物に行くだけなら、とくに困らないかもしれない。だが何事もそんな調子なので、すっかり遅刻魔の評判が定着してしまった。

本人も悪いと思っているし、つねに時間に追われてストレスを感じている。あまりに長いあいだその行動スタイルで生きてきたので、ストレスのない状態が思い出せないほどだ。

それでも、やはり5分で店に行けると信じて疑わない。会議は30分で終わるし、大規模な報告書は1週間で終わると信じている。ときどきは、うまくいくのだ。

だが遅れることのほうが多いし、そのせいで周囲を困らせ、罪悪感に苛まれる。

いくらかバッファをとるだけで、今よりずっとうまくいくはずなのだが。

あなたにも、仕事の見積もりが甘すぎて、いざやってみると締切に間に合わなくなった経験があるのではないだろうか。そういう傾向はけっして珍しいものではない。

計画錯誤(プランニング・ファラシー)という言葉もあるほどだ(6)。

計画錯誤とは、ダニエル・カーネマンが1979年に提唱した言葉で、作業にかかる時間を短く見積もりすぎる傾向のことを言う。

以前やったことのある仕事でも、なぜか実際より短く見積もってしまうのだ。

ある実験では、37人の学生に対し、卒業論文の執筆に何日間かかるかという質問をした。

「すべてがうまくいった場合」の見積もりは、平均で27・4日間。「何もかもうまくいかなかった場合」の見積もりは、平均で48・6日間だった。

ところが実際、執筆にかかった平均時間は55・5日間と、最悪の場合の見積もりを超えていた。当初予想した時間内で終わらせた学生は、たった3割だった(7)。

おもしろいことに、見積もりが甘すぎる傾向があることはみんな認めるのだが、それでも目の前の仕事を見積もる段になると甘すぎる見積もりをしてしまう(8)。

なぜ実際より短く見積もってしまうのかという理由については諸説あるが、「周囲によく見られたいから」という説はなかなか興味深い。匿名で見積もりをさせた場合には、計画錯誤が起こらなかったという報告もある(9)。

自分の見積もりが周囲に知られる場合にだけ、実際より早くできると言ってしまうということだ。理由はどうあれ、私たちは何をするのにも、当初の想定より遅れる傾向がある。

ミーティングには遅れるし、仕事の提出物は間に合わないし、支払期日は守れない。実際より短く見積もってしまうせいで、不必要にストレスを感じ、周囲を困らせている。

この状態から脱け出す方法がある。

自分が見積もった時間を、つねに1・5倍に増やして締切を設定するのだ(1・5倍は多すぎると感じるかもしれないが、実際それだけかかることが多いのだから仕方ない)。

仕事の話し合いに1時間かかると思うなら、1時間半の枠をとっておく。息子を習い事に送っていくのに10分かかると思うなら、15分前には家を出る。

こうしておけば、遅れそうになって焦ることもないし、思ったより早くできたときには(そんなことはめったにないが)余った時間がごほうびのように感じられる。

シナリオ・プランニングでリスクを軽減する

ペンシルベニア大学ウォートン・スクールでリスク管理・意思決定センターのセンター長をつとめるアーワン・ミシェル=カージャンは、誰もがリスクマネジメントの手法を学ぶべきだと主張する。

彼は世界銀行と提携し、世界でもとりわけ脆弱性の高い85カ国についてリスク調査を実施。

当時58位だったモロッコに、戦略的なリスク管理のためのアクションプランをもたらした(10)。

アーワンはリスクマネジメント戦略を立てるにあたって、5つの質問を投げかける(11)。

  • ①どこにどんなリスクがあるか?
  • ②どんな物や人が、どの程度の危険にさらされているか?
  • ③それらはどの程度傷つきやすいか?
  • ④そのリスクは個人や事業や国にとってどの程度の経済的負担となるか?
  • ⑤リスク軽減と経済・社会の回復力強化のために、どのような投資をおこなうべきか?

これら5つの問いは、個人のレベルにも応用できる。

今取り組んでいるプロジェクト(仕事でも、家庭のことでもいい)について、次のように考えてみよう。

  • ①このプロジェクトにはどんなリスクがあるか?
  • ②最悪の場合、どんなことになりうるか?
  • ③周囲の人への影響はどのようなものがあるか?
  • ④そのリスクは自分(会社)にとってどの程度の経済的負担となるか?
  • ⑤リスクを減らすためにどのような投資をおこなうべきか?

この5つめの問いへの答えが、広い意味でのバッファとなる。

たとえばプロジェクトの予算を20%増やしたり、ネガティブイメージ対策として広報の人間を巻き込んだり、株価への影響を考慮するために取締役会を開いたり。そういう対策が、不測の事態に対する安全装置となるのだ。

エッセンシャル思考の人は、すべてが思いどおりにはいかないことを知っている。未来が予測不可能であるという現実を受け入れている。

だから、不測の事態が引き起こすダメージをできるだけ緩和するために、あらかじめバッファを計画に組み込んでおくのだ。

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