学を為せば日に益し、道を為せば日に損す。──老子
ビジネス書のベストセラー『ザ・ゴール』で、機械メーカーの工場長である主人公のアレックス・ロゴは、経営が悪化している工場をたった3カ月で立て直すという難題に直面する(1)。
アレックスは途方に暮れるが、そこに恩師ジョナが現れ、短時間で大きな成果を上げるには、ボトルネックを探せばいいとアドバイスする。
ボトルネックとは、システム全体の足かせになっている部分のことだ。
ほかのあらゆる部分の性能を高めても、ボトルネックが残っていたら全体の性能はほとんど上がらない、と恩師は説明する。
その話の意味がつかみきれないまま、アレックスは息子たちを連れてボーイスカウトのハイキングに同行する。
アレックスは少年たちを日暮れまでにキャンプサイトに到着させなければならないが、小学生の集団は思うように動いてくれない。
何人かはどんどん先に進んでしまうし、何人かはずっと遅れて見えなくなりそうだ。
とくに遅れているのはハービーという少年で、先頭グループとハービーとの距離は数キロにもなろうとしている。
初めのうち、アレックスは先頭グループにいったん止まるように言い、ほかのみんなが追いつくまで待たせてから出発するという戦略をとった。
そうするといったんは全員が揃うのだが、またすぐに間隔が広がって元どおりになってしまう。そこでアレックスは、別のやり方をとることにした。
ハービーを先頭に立たせて、残りの少年たちを歩く速度が遅い順に並ばせる。
いちばん速い子が列の最後尾だ。一か八かだったが、やってみると列はひとまとまりになってスムーズに動きはじめた。
誰も後れをとらないので、全員に目を配ることができる。ただしハービーが先頭なので、全体のペースは必然的に遅くなった。これでは、全員が遅れてしまうかもしれない。
さて、どうすればいい?アレックスが出した答えは、ハービーの負担をなるべく軽くするというものだった。
全体のペースを決めているのは、いちばん遅いハービーだ。
だからハービーが速く歩けるようになれば、全員の進み方が速くなる。
そこでアレックスは、おやつなどでふくらんだハービーの荷物を開けて、ほかの少年たちに少しずつ負担してもらった。
おかげで歩くペースはずいぶん速くなり、全員が日暮れまでに無事キャンプ場へとたどり着いた。
この出来事が、工場の業務改善に対する大きなヒントになった。
手当たり次第に改善しようとするのではなく、「ハービー」的な部分を見つけることが大切なのだ。
アレックスは部品の待ち行列の長さを調べて、ボトルネックとなっている機械を特定した。
この機械の処理速度を改善した結果、2番目に遅かった機械も自然に速くなった。
そして見る見るうちに、工場全体の生産性が向上しはじめたのだった。
さて、あなたにとっての「ハービー」は何だろう。仕事や日々の生活で、何があなたの進みを妨げているのだろうか。
冷静にボトルネックを特定して取り除くことができれば、見違えるほどスムーズに重要なことを達成できるはずだ。
ただし、当てずっぽうに改善しようとしても意味がない。とくに問題のないところをあちこち改善しても、効果は薄く、短期的だ。まったく無意味ということもある。
システム全体を改善するには──製造システムにかぎらず、チームの業務プロセスでも日々の習慣でも──全体の進捗を邪魔しているボトルネックの発見が鍵となるのだ。
非エッセンシャル思考の人は、場当たり的に問題に対処する。困ったらそれを直し、また別のところが困ったらそれを直すといった具合だ。
たまたま手もとに金づちがあれば、とりあえず釘を打ちつけようとする。だが本当は、中身が重すぎて全体が支えきれなくなっているのかもしれない。
応急処置をしても圧力は高まるばかりで、あちこちに亀裂ができてくる。いくらやっても切りがなく、状況は悪くなるばかりだ。
一方、エッセンシャル思考の人は目の前の症状に惑わされず、どこが本当の問題なのかを見極めようとする。
何が妨げになっているのかを特定し、もっとも効果的に処置をする。
非エッセンシャル思考の人は応急処置でつぎはぎだらけになっていくが、エッセンシャル思考の人は本当に必要なところに一度だけメスを入れる。
これは問題解決にかぎらず、最小限の努力で最大限の結果を得るための普遍的なやり方である。
成果を生まない努力をやめる
アリストテレスは、仕事には3つの種類があると考えた。
1つは「テオリア(理論)」、すなわち真理の追究を目的とする仕事。
2つめは「プラクシス(実践)」で、実用的な行動を指す。
そして忘れられがちなのが3つめの「ポイエーシス(制作)」、仕事のやり方自体を指す言葉だ(2)。
ハイデガーは蛹が蝶になる喩えを用い、ポイエーシスとは今ある形を捨てて新たな形で生成することであると述べている(3)。
このポイエーシスは、まさしくエッセンシャル思考のやり方だと言えるだろう。エッセンシャル思考の人は、仕事を減らすことによって、より多くを生み出す。
どの努力が成果を生み、どの努力がそうでないかについて、私たちは注意を払うことを忘れがちだ。
あるいはそれを意識していても、やはり増やすことに気をとられて減らすことを考えない。
売上を伸ばすために営業人員を増やし、商品を良くするために開発者を増やすといった調子だ。
それでうまくいく場合もあるが、成果を改善するためには、逆から考えることも必要だ。
エッセンシャル思考の場合、人やお金や時間を増やすかわりに、制約や障害を取り除くことを考える。
そのための3つのコツを紹介しよう。
1めざすことを明確にする
めざす成果が明確でなければ、何をすべきかはわからない。最終的にどのような状態であるべきかがわからなければ、そこまでの道筋も見えてこない。
だからまず最初に、こう自問しよう。
「最終的にどこへたどり着きたいのか?」ここでは説明のために、「木曜の午後2時までにレポートの草稿を15ページの分量で作成し、顧客にメールで送る」というゴールを設定してみる。
具体的で明確な目標だ。
2ボトルネックを特定する
めざすべきことがわかったら、仕事にとりかかる前にいったん立ち止まって考えよう。
「この仕事をやりとげるうえで、邪魔になるものは何か?」仕事の完成を邪魔するものがあれば、すべてリストアップしよう。
たとえば情報が足りないとか、疲れているとか、完璧にしないと気がすまないとか、そういったことだ。リストができたら、優先順位をつけよう。
「これを取り除けばほかの問題も解決するような、大きな障害は何か?」と考えるのだ。
ボトルネックを特定するうえで注意しておきたいのは、生産的な行動が大きな邪魔になる場合もあるということだ。
メールで情報共有したり、完成度を高めるために書き直したり──そういった前向きな行動が、今回の目標を達成するうえでのボトルネックになるかもしれない(目標は草稿をつくることであって、美しい完成版ではない)。
目標達成を邪魔する行動は、どれほど前向きな行動であっても疑ってかかる必要がある。
目標達成を邪魔する要素はいくつもあると思うが、最優先で解決すべきことはひとつだけだ。
手当たり次第にいろいろ手を出したところで、肝心のボトルネックが残っていたら何の意味もない。
アレックスが待ち行列の長い機械を見つけたように、一つひとつの行動を冷静に検証し、どこが本当の問題なのかを見定めよう。
3邪魔なものを取り除く
仮にあなたのボトルネックが、完璧にしないと気がすまない性格だったとしよう。どんなレポートも改善点を探せば切りがないが、目標は「草稿」を送ることだ。
だからボトルネックを取り除くために、「完璧じゃないと駄目だ」という考えを捨てて、「完璧をめざすより終わらせることが大事」と考えよう。
完成度よりもスピードを重視するのだ。こうして最大の障害を取り除いておけば、ほかのすべてがスムーズに進みはじめる。
ボトルネックは、自分自身にあるとはかぎらない。難癖をつけたがる上司、予算の承認をしてくれない財務部、すぐに気が変わる顧客。
こうした人たちをうまく動かすには、鞭より飴でいくといい。
たとえば進捗をメールでたずねる代わりに、直接会いに行って、手伝えることはないかと言ってみる。
非難するのではなく、相手の力になりたいという姿勢を見せる。そうすれば、メールを送りつけて催促するよりも、ずっと前向きな返事が得られるはずだ。
子供たちがまだ小さく、私が大学院の学生だった頃、妻は1日中子供たちの面倒を見なくてはならないストレスでかなり参っていた。
私はちょうどボトルネックについての本を読んでいたところだったので、今紹介したようなやり方で問題を解決することにした。
妻の快適な子育てを邪魔している最大の原因は、考えたり計画を立てたりする時間がないことだった。
小さな子供が3人もいれば、落ちついて過ごせる時間などとれるわけがない。そこで私は、授業以外の活動を大幅に減らし、夜は早く家に帰れるようにした。
1日何時間か子供の面倒を見てくれる人も見つけてきた。その結果、妻のストレスは軽減し、子供たちと過ごす時間が以前よりずっと充実するようになった。
やることを減らして、より大きな成果を手に入れたのだ。ボトルネックを取り除くのは、それほど難しいことではない。小さなことが、とても大きな結果につながるからだ。
山の頂上にある石を転がすのと同じで、最初の一押しさえがんばれば、あとは自然にすべてがうまくまわり出す。
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