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第17章前進──小さな一歩を積み重ねる

毎日1センチずつでいいから、より良い未来に近づくことをやろう。──ダグ・ファイアボー

車を運転していて、警察に止められた場面を想像してほしい。

とっさに「これはいい用件か、それとも悪い用件か?」と考えるだろうか。まあ、普通はそんなふうに考えない。悪いことに決まっているからだ。

だが、カナダのリッチモンド市の警察は、この常識を見事にくつがえした(1)。

犯罪率を下げたいとき、普通は罰を与えることを考える。法律を厳しくしたり、刑を重くしたり、犯罪撲滅の運動を立ち上げたりする。これらは要するに、これまでやってきたことをより厳しくやろうという発想である。

リッチモンド署も、以前はそういうやり方だった。どこの警察もやっているように取り締まりを厳しくしたが、結果は当然ぱっとしない。再犯率は65%に上り、若者の犯罪率もどんどん上昇していた。

そんなとき、ウォード・クラッパムという若く先進的な人物が新しく署長に就任し、それまでのやり方に疑問を投げかけた(2)。

なぜわれわれは、犯罪が起こるまで待たなくてはならないのか?なぜそんなに受け身なのか?事後対応ばかりでなく、犯罪を未然に防ぐ取り組みはできないものか?トニー・ブレア元首相の言葉を借りるなら、「犯罪だけでなく、犯罪の原因にも断固立ち向かう」べきだと考えたのだ(3)。

クラッパムはこの疑問から出発し、ポジティブ・チケット(善行切符)という新たな試みを考え出した。

悪事にばかり注目せず、いい行動に注目しようというアイデアだ。たとえば、ゴミを投げ捨てずにゴミ箱に捨てる。バイクに乗るときヘルメットをかぶる。スケートボードは決められた場所で乗る。学校に遅刻しない。そんなささやかな善行に対して、ポジティブな切符を切ることにした。

もちろんポジティブ・チケットは、罰金をとるためのものではない。逆に、映画館やコミュニティセンターに無料で入場できるという引換券の役目を持たせることにした。

これなら若者たちに居場所を与えることもできて一石二鳥だ。リッチモンド署の型破りな試みは、予想以上の成功を収めた。

最初はなかなか効果が出ないかと思われたが、長期的な戦略として投資をつづけ、10年後には青少年の再犯率が60%から8%に激減した。

警察にエッセンシャル思考を学ぶとは意外だが、クラッパムの考案したポジティブ・チケットは、まさにやることを減らして成果を増やすエッセンシャル思考の成功例となった。

非エッセンシャル思考の人は、何でもがんばろうとしすぎる嫌いがある。多くを求めて努力すれば、それだけ結果がついてくると思っている。しかし残念ながら、それは間違いだ。

現実には、欲ばれば欲ばるほど、動きが鈍くなってしまう。エッセンシャル思考の人は、もっと現実的だ。何でもいっぺんにやろうとせず、小さな成功を積み重ねる。

見た目だけ派手なプレイに酔いしれるのではなく、本当に大切なところで着実に点をとりに行くのだ。

ちょっとした善行をほめるというクラッパムのやり方は、小さな成功を認めることの大切さを教えてくれる。

ある少年は、車にひかれそうになっていた少女を助けてポジティブ・チケットを手に入れた。

その場にいた警官はチケットを渡すとき、こう声をかけた。

「すばらしいことをしたね。きみは立派なことのできる人だ」少年は家へ帰ると、ポジティブ・チケットを壁に飾った。

「何と引き換えるの?」と母親がたずねると、少年は意外な答えを返した。「引き換えないよ、ずっと持っておくんだ」。

警官に立派だと認めてもらったことが、映画やボウリングなどよりずっと大きな意味を持っていたのだ。そうしたポジティブなやりとりが、年間4万件。

それを10年にわたって積み重ねたのだから、大きな効果が出たのもうなずける。いいことをしたと認めてもらうたびに、若者たちはもっといいことをしようという気持ちになる。

そうするうちに、いいことをするのが当たり前になっていったのだ。変化を起こそうとするとき、私たちは派手な目標を掲げがちだ。

私の知り合いも、娘たちのために完璧なおもちゃの家を建てようと意気込んでいたが、やってみると計画が壮大すぎて途中でくじけてしまった。

最初から「すごいことをやろう」などと思うからそうなるのだ。仕事でも、鼻息ばかり荒い企画はそのまま企画倒れになるケースが多い。

心理学の研究によると、人間のモチベーションに対してもっとも効果的なのは「前に進んでいる」という感覚である。

小さくても前進しているという手応えがあれば、未来の成功を信じられる。そのまま進みつづけようという力になる。

ハーバード・ビジネス・レビューの有名な記事『モチベーションとは何か』のなかで、心理学者のフレデリック・ハーズバーグは人の意欲を高める2つの主要因が「達成」と「達成が認められること」であると説いた(4)。

もっと最近の研究では、テレサ・アマビルとスティーブン・クレイマーが数百人の数千日間にわたる日記を分析したものがある。

人の本音が書かれた膨大な記録をもとに、アマビルとクレイマーは「日々のささやかな進歩」こそがやる気を引き出し、高いパフォーマンスを可能にすると結論づけた。

「職場において感情・モチベーション・認知を高める諸要素のなかで、もっとも重要なのは、進歩しているという手応えである」と彼らは言う(5)。

最初から高望みをして途中で挫折したら、何も残らない。少しずつでもいいから結果を出し、地道な成功を積み重ねたほうがずっと生産的だ。成功は次の成功を生み、やがてそれらは飛躍的な達成へとつながっていく。まわりから見れば、まるで一夜のうちに飛躍的な達成を成しとげたように映るかもしれない。大きな困難もなく、ずっとスムーズに進んできたからだ。

スタンフォード大学の元教授であり著名な教育者であったヘンリー・B・アイリングは、次のように述べている。

人や組織の成長を長年見守ってきましたが、大きな進歩を望むなら、日々何度も繰り返す小さな行動にこそ着目すべきです。小さな改善を地道に繰り返すことが、大きな変化につながるのです(6)」

以前、元全米心理学会会長のフィリップ・ジンバルドとランチを共にしたことがある。

有名な「スタンフォード監獄実験」の立案者だ(7)。

1971年夏、ジンバルドはスタンフォード大学の健康な学生を選んで「看守」か「囚人」の役を与え、大学の地下に設けた仮の刑務所に配置した。

ほんの数日のうちに、囚人たちは鬱の症状と極度のストレスを呈し、看守たちはサディスティックになっていった(そのため実験は早期に中止された)。

囚人や看守として扱われただけで、本人の行動がたちまち悪影響を受けたのだ。この有名な実験については、過去にも数々の論考がなされている。だが私には、ひとつ気になる点があった。

悪い役割によって悪影響を受けるのなら、逆に良い役割を与えた場合、その人の行動はポジティブに変化するのだろうか?実を言うと、ジンバルド自身「ヒロイック・イマジネーション・プロジェクト」という壮大な社会実験を試みている(8)。

ヒーローの行動原理を学ぶと、人は勇敢に行動するのではないかという論理だ。正義の行動を評価・促進するシステムをつくることで、人びとはより勇敢になれるとジンバルドは考えている。

どちらを選ぶかは私たち次第だ。

良い行動を促進するシステムを築き上げるか、良い行動をするのが難しいシステムに甘んじるか。ポジティブ・チケットは前者に挑戦し、成功した。

私たちも、自分の生活のなかに同様のシステムを取り入れることができるはずだ。

私と妻のアンナは、このしくみを子育てに取り入れることにした。一時期、子供たちのデジタル機器依存に悩んでいたのだ。テレビ、コンピュータ、スマートフォン、タブレット。

気づくと子供たちは、くだらない娯楽に多大な時間を費やしてしまう。だが、それをやめさせるのは簡単ではなかった。テレビやインターネットの時間を制限すると、猛烈に反発してくる。

つねに見張っていなければならないので、こちらの貴重な時間も削られる。そこで私たちは、チケット制を導入することにした(9)。

週の初めに、子供たちに10枚のチケットを与える。チケットを1枚使うと、30分間はテレビやネットができる。しかし使わずにとっておくと、1枚につき50セントと交換できる。

1週間テレビもネットも我慢すれば、週の終わりには5ドルが手に入るというわけだ。またボーナスポイントとして、30分間読書をすれば1枚おまけのチケットが手に入ることにした。

通常のチケットと同じく、テレビやネットに使ってもいいし、お金と引き換えてもいい。結果は予想以上だった。

テレビやネットをする時間は10分の1に減り、その分読書の時間が増えた。私や妻が目を光らせる必要もなくなり、有意義なことに時間を使えるようになった。

くだらない行動が激減し、本質的な行動をする時間が急増したのだ。

しくみをつくるためのわずかな努力のおかげで、その後はすべてがスムーズにまわっている。仕事でも家庭でも、こうしたしくみをつくることは可能だ。コツは小さく始めること。

小さな成功をほめて、地道な進歩を促進する。いくつか具体的なテクニックを紹介しよう。

目次

最小限の進歩を重ねる

「完璧をめざすよりまず終わらせろ」という言葉がある(10)。

シリコンバレーでよく耳にする言葉だが、これは別に品質を無視しろという意味ではない。瑣末なことに気をとられず、本質をやりとげろという意味だ。

似たような意味で、スタートアップ界隈ではMVP(minimum viable product:実用最小限の製品)という言葉もよく使われる(11)。

「顧客にとって有用なことを最低限実現するには?」と考え、よけいなことをしないというやり方だ。これらを応用し、「実用最小限の進歩」というやり方を取り入れてみよう。

「重要なことをやりとげるために、最低限意味のある進歩は何か?」と考えるのだ。この本の執筆にも「実用最小限の進歩」を利用している。

まだ書きはじめる前の構想段階では、アイデアの切れ端をツイッターで公開することを最小限の進歩に定義した。

もしも反響があれば、それをブログ記事に発展させた。

この小さな進歩の繰り返しによって、自分のアイデアと人びとのニーズとの接点を少しずつ探っていったのだ。

アニメーション制作会社のピクサーも、同じやり方をしている。脚本を書きはじめる前に、彼らはストーリーボードという一種の紙芝居を作成する。

場面を簡単な絵で表現し、それをつなぎ合わせて流れをつくっていくのだ。ピクサーではこの作業を、小さな単位で何百回も繰り返す。

やがて映画ができると、少人数の人に見せてフィードバックをもらいながら改善していく。少しずつ進むから、無駄な努力をしなくてすむ。

ピクサーとディズニーのチーフ・クリエイティブ・オフィサーをつとめるジョン・ラセターは、こうコメントしている。

「映画を完成させるわけじゃない。解放するんだ(12)」

「早く小さく」始める

重要な目標や締切に向かうとき、2つのアプローチが考えられる。早く小さく始めるか、遅く大きく始めるかだ。

「遅く大きく」というのは、最後の最後ですべてをやろうとすること。締切間際に本気を出して、徹夜でなんとか終わらせる。

一方「早く小さく」というのは、できるだけ早い時期に着手し、軽い負担で終わらせること。2週間前に10分間の準備をするだけで、締切前の負担がずいぶん軽くなる。

自分が今抱えている目標や締切を思い浮かべて、「今すぐできる最小限の準備は何だろう?」と考えてみよう。

あるプレゼンテーションの名手は、半年前からプレゼンテーションの準備を始めると言っていた。

半年間毎日それをやっているわけではない。ただ、半年前に準備を始めておくのだ。

数週間後や数カ月後に大事なプレゼンテーションの予定があるなら、今すぐ新しいファイルを開いて思いつくことを何でも書きとめておこう。

たった4分間でいい。4分たったらファイルを閉じる。長すぎてはいけない。始めることが大事なのだ。

ニューヨークに住む同僚は、ミーティングの予定が入るとすぐに15秒間だけ時間をとって、そのミーティングの目的をメモしておく。

それだけで、当日ミーティングの計画をつくる作業がスムーズに進む。

前もってすべてを終わらせておく必要はないが、ほんの少し準備しておけばよけいな苦労をしなくてすむのだ。

進歩を目に見える形にする

小学生のとき、目標達成のためのすごろくシートのようなものを使ったことがあるだろうか。

小さく進歩するたびに、シールを貼ったりスタンプを押したりして、だんだんゴールに近づいていく。日々の進歩が目に見えて、わくわくしたものだ。

あるいは家で、苦手なピーマンを食べたり早寝したりしたときに、ごほうびシールを貼ってもらったことはないだろうか。

シールがほしくてやっているうちに、自然に良い行動が身についてくる。ゴールに近づく様子が目に見えるのは、うれしいものだ。それはいくつになっても変わらない。

子供じみているなどと言わずに、日々の進捗に小さなしるしをつけてみよう。小さく始めて、日々の小さな進捗を評価する。それを何度も何度も繰り返す。

最初から壮大な目標を立てるより、そのほうがずっと遠くまで行ける。小さな達成を繰り返せば、目標までの道のりは楽しく、満足感に満ちたものとなる。

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